ヤマト「社外秘資料」入手!代金着服、事故隠蔽…不正・懲戒の実態
https://diamond.jp/articles/-/177542
2018.8.16 週刊ダイヤモンド編集部
ヤマト運輸で起きた不正行為や犯罪、事件・事故に対する懲戒事案をまとめた「懲戒委員会審査決定事項について」という社外秘資料を、本誌は独自入手した。ヤマトは昨年の大規模な違法労働問題に続き、7月には法人向け引っ越し事業の全国的な過大請求が判明したが、本丸の宅急便事業ではどのようなコンプライアンス体制を敷いているのか。(「週刊ダイヤモンド」編集部・柳澤里佳)
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ヤマトの通称「赤社報」の表紙(左)と、その内容(右)。個人氏名と懲戒の内容が生々しく記されている
「懲戒」と赤文字で大きく書かれた表紙。中をめくると「交通事故を隠蔽していた」「代金の着服を行った」など物々しい文面が幾つも並んでいる。
これは宅配便最大手のヤマト運輸で起きた不正行為や犯罪、事件・事故に対する懲戒事案をまとめた「懲戒委員会審査決定事項について」という社外秘資料。通称「赤社報」だ。本誌は同社関係者から、2017年4月13日付の第432回分から同年12月22日付の第440回分までの赤社報を入手。これを基に懲戒の種類やそれに対する審議、主なケースをまとめたのが次ページの図である(なお、ヤマト運輸に対して資料の確認と幾つかの質問をしたところ、同社は「コメントは控える」と回答し、否定しなかった)。
その数、9ヵ月間で総計203件。資料を提供した関係者は、「お客さまから運賃や代引き手数料を頂きながら、不正に着服する行為が全国的に多い。飲酒運転などで逮捕される事案も毎月のように発生している」と深刻さを訴える。そして「これは宅急便事業のみの不祥事で、グループ全体では驚くほどの件数になる」という。
まるでそれを裏付けるかのような問題が起きている。7月、引っ越し事業を行うグループ会社のヤマトホームコンビニエンス(YHC)が過去2年間にわたり、法人客2640社に総額17億円を過大請求していたことが判明した。
「顧客から信頼を頂いているクロネコブランドとして、あってはいけないこと」。ヤマトホールディングスの山内雅喜社長は記者会見の席で謝罪を繰り返し、「組織的に指示したことはない」と弁明。しかし全国の事業所の9割近くで過大請求が見つかっており、全社的に不正が横行していたのは明らかだ。会見の数日後に過大請求額を過去5年間で総額31億円に訂正するなど、その全容は計り知れず、今月9日には国土交通省がYHC本社に立ち入り検査を行う異例の事態となっている。
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ヤマトは昨年、本丸の宅急便事業で230億円もの未払い残業代が発覚し、働き方改革に取り組んでいる真っ最中。にもかかわらず、またもコンプライアンス(法令・社会的規範の順守)違反が露呈した。いったい同社のコンプライアンス体制はどうなっているのか。その実態を垣間見ることができるのが冒頭の赤社報なのだ。
衝撃的な事案が並ぶ中でもひときわ目を引くのが、首都圏のあるセンターで起きたコレクト商品(通信販売などの代金引換商品)の代金の着服である。約1年間で353件、総額7652万0392円を、ドライバーが「遊興費欲しさから」着服したと記してある。
それはどんな手口なのか。複数の関係者に取材すると、通称「コレクトの回し」と呼ばれるもので着服の「常とう手段」だという。
具体的にはこうだ。ヤマトの各センターでは毎日、全ての荷物をドライバーが持つ携帯端末とそれにひも付く基幹システムで管理しているのだが、ドライバーがコレクト商品を「持ち出し」(配達)の入力をしないで客に届け、回収した代金を着服する。または配達は完了して代金を回収しているが、端末には持ち戻り(不在)で入力し、代金は懐に入れる。こうした不正を繰り返すのがコレクトの回しで、そのトータルが353件、7652万円に上ったとみられる。
しかし、こうした行為を防ぐために一応は「牽制管理システム」がある。コレクト商品の配達状況をチェックし、何日も持ち戻りが続いたり、センターに入金がなかったりするとアラートが出る仕組みだ。通常は荷物や金が行方不明になれば事務員や早朝アシストと呼ばれる荷物の仕分け作業員、あるいは別のドライバーが気付いて捜索が始まる。ところが幾つかの「抜け穴」があり、周囲に気付かれないことも現実にはあるという。
「この場合は当該ドライバーが他の人にチェックをさせなかったり、休みの前日に着服分を幾らか入金したりして、ばれないようにしていたのだろう」(関係者)。平均すると1件につき約20万円の高額商品を1年も「回し」続けたことになり、当該センターは相当ずさんな管理体制だったと推測される。
取材中、9ヵ月間で203件の懲戒事案数に対して、「マンモス企業だから仕方ない」という関係者の声もあった。何しろ、ヤマトは全国に6000の営業拠点を抱え、従業員数は20万人超。件数と従業員数の割合で測れば、一般的水準という意味だ。
だからといって、ヤマトも不正を野放図に放置しているわけではなく、仕組みは整備している。まず、コレクト回しの荷物に対して、「届いた商品が壊れている」と客からのクレームが入れば、システム上では「届いているはずのない荷物」として判明するようになっている。
マザーキャッツは、いる?
さらに、大きいのが社内監査だ(監査に関する質問もヤマトから回答を得られなかったため、現場社員の証言を基に述べる)。監査には幾つかパターンがある。ざっくり言えば本社の監査部が年に1回程度実施する“本監査”と、その前に主管支店が実施する“主管監査”がある。本監査はより厳密な監査を行うために、当該センターが所属する管轄以外の、遠く離れた別のエリアの監査人を派遣する場合もある。
他方、ヤマトで古株社員を中心に語り継がれるのが警察OBなど“プロ”が集う特別調査部隊で、特に悪質な不正を担当する通称「マザーキャッツ」の存在だ。クロネコに引っ掛けて、母猫が目を光らせる様子からその名が付いたもよう。「組織図にも載せていない秘密組織」とうわさされている。
実際は、マザーキャッツ課は10年以上前に「品質監理課」に名称が変更されているし、監査部は組織図上に示されている。しかも昨年春からは働き方改革の一環で、監査部は社長直轄に切り替わり、より表に出てきている。つまり現場で語り継がれるマザーキャッツは“都市伝説”に近い。ただ、それだけ現場社員にとって監査部隊は、謎のベールに包まれ、恐れ多い存在なのだ。
加えて赤社報そのものが不正防止に役立っている。全国のセンターに配布され、正社員・契約社員だけでなく末端のパート・アルバイトも回覧し確認のサインをすることから「全社全員で情報を共有する赤社報はコンプラ違反の抑止力になっている」と評されている。
このように、仕組みや抑止力は二重三重に張り巡らされていて、社員もそれを認知し恐れている。
ところが、社歴20年超のベテランドライバーは「多い、少ないじゃなくて、“懲りない”だ」と明かす。「赤社報を初めて見たときから着服、暴力、事故隠蔽はずっと掲載されていて、何ら変わっていない」(同)という。
まっとうな仕組みにもかかわらず、不正が繰り返される原因は仕組みを動かす“人”にありそうだ。冒頭の関係者は「結局、本社の経営陣が真に有効な手を打っていない。全従業員に対するコンプライアンス研修すらない」と憤る。
不正の発生に対して本社や支社の幹部が責任を取ることはまれで、当事者と、場合によっては併せてその現場の上司(センター長やエリア支店長)、あるいはせいぜい主管支店長が軽い懲戒を受ける程度。宅急便は地域に根差した業務の性質上、本社や支社から事細かに指示を出すというよりも、現場に裁量を与える「現場主義」だ。この方針は時に「現場任せ」となり、不祥事の責任も現場に“丸投げ”する構造で、改善されない。
他方、現場からは「人手不足で誰彼構わず採用したせいで、人材の質が低下しているのが原因だ」(中堅ドライバー)。「昔は先輩から後輩へ指導する過程で、仕事に対するモラルも自然と伝わっていたと思う。しかし今は目の前の業務に手いっぱいで余裕がない」(前出のベテランドライバー)。要するにネット通販の荷物の急増に端を発した労働過多が、現場のモラル低下を招いているという。
最後に、大多数の従業員は真面目に業務を遂行していることを強調したい。本誌の調査では「サービスの質が高い配送業者」として8割弱の利用者が「ヤマト」と答えている(右図参照)。消費者からの絶大な信頼を裏切らないためにも、引っ越し事業、宅急便事業を問わず、ヤマトはグループ総出で企業倫理の在り方を見直すべきである。