★阿修羅♪ > わおわお gu2CqILtgqg > 100000
 
g検索 gu2CqILtgqg   g検索 ujSJf5/ME7mIM
 
わおわお gu2CqILtgqg コメント履歴 No: 100000
http://www.asyura2.com/acpn/g/gu/gu2/gu2CqILtgqg/100000.html
[Ψ空耳の丘Ψ61] 稲作が朝鮮半島から日本に伝わったという教師は中学地理を知らない 会員番号4153番
20. わおわお[1] gu2CqILtgqg 2016年12月19日 22:38:55 : eX0O3PxdTE : w27DH4wuQv8[1]
大昔の記事だけどちょっと気になったのでコメントしてみる

記事中で一番重要なのは遺伝子に関するところだろう
日本には@Aしかない
朝鮮はAが7割で@は無い
長江、そして中国は全種ある
これらの情報については、この調査結果がよほど恣意的なものでない限り覆らないと考える

ではこの条件下で朝鮮が先であるとしたらどのような状況が考えられるか?

(1)まず@は別経路で後から入ったものでなければならない
(2)コメの流通がごく限られていた時代にAが朝鮮半島へ流入し、
(3)寒冷な気候でも稲作を行えるだけの技術、品種の改良がおこなわれ、
(4)そののちに未だコメが流入していない日本にやってきた

これら4つの条件を満たす場合、朝鮮半島経由で稲作技術が流入したといえるだろう
逆に日本が先であるためには

(1)寒冷な地方で稲作を行えるようになる前に日本にコメが伝播した

これだけでよい
朝鮮に先に流入したとしても育てられなければ稲作は根付かないからだ
従って朝鮮が先である可能性は0ではないが低いと言わざるを得ない

沖縄に遺構がないことも考えれば長江周辺の部族が戦乱を逃れて海沿いに移動し、大陸はどこも戦乱ゆえに危険であり、朝鮮は寒すぎて稲の育ちが悪く、さらに先の日本までやってきてそこで根付いた、というストーリーが一番自然であると思う
稲の遺伝子の種類が少ないのも、その逃れてきた部族が持っていた少数の稲がすべての日本の稲の始祖であるからだとすれば説明がつくだろう
無論、絶対ではないが。

なお朝鮮系の人と稲作の起源について言い合う意味は全くない
なぜなら稲作開始当時朝鮮に住んでいた民族は彼らの手で滅ぼされているからである
どちらにせよ彼らには関係のない話なのだ
http://www.asyura2.com/12/bd61/msg/170.html#c20

   

▲このページのTOPへ      ★阿修羅♪ > わおわお gu2CqILtgqg > 100000  g検索 gu2CqILtgqg

★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/  since 1995
 題名には必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
掲示板,MLを含むこのサイトすべての
一切の引用、転載、リンクを許可いたします。確認メールは不要です。
引用元リンクを表示してください。