TPPのISDSに賛成する者は、生存に値しない。
人間としてあまりに恥ずかしく、また、社会にとって有害な存在である。
このことは、私の意見ではなく、単なる事実である。
TPPについては既に合意・批准がなされ、3月8日には関連法案の閣議決定もなされたというのに、NHKを含むマスメディア全体で、現時点ではTPPについての報道がほとんどありません。この状況は、TPPの日本社会に与える影響力の大きさから考えて、極めて異常なことです。
合意されたTPPのISDS条項の内容について検討してみると、その内容の危険性は驚くべきものです。このような合意をしたことは安倍政権の責任問題ですし、その内容は安倍政権の性質を表すものでもあります。
ISDSでは、ある日本の規制(法令等)が外国投資家に対して不当な規制であるかどうかは、国外の仲裁廷が判断します。不当な規制と判断され、政府が損害賠償を支払うことになれば、政府は規制を変えていくことになります。訴えられそうだという予測・可能性に対応して変えていくことも考えられます。
つまり、日本の法令の実質的な解釈権を国外の仲裁廷に与え、諸議会の立法権は制限されることになります。ISDSの受け入れには慎重でなければならないのに、TPPのISDSにおいては、安倍政権は極めて問題のある受け入れ方をしています。
◯ISDSの仲裁制度の問題点
明白で根本的な問題として、ISDSにおける仲裁制度のあり方の酷さということがあります。これは、提示しやすく、分かりやすい問題なのです。
仲裁廷は3名の仲裁人から成ります。仲裁人は、紛争当事者である投資家と投資受入国とが各1名ずつ任命し、仲裁廷の長となる第3の仲裁人は、紛争当事者間の合意で任命されます。
ただし、投資家の請求が仲裁に付託されてから75日以内に3名の仲裁人が選定されない場合には、一方の紛争当事者の要請に応じ、ICSID事務局長がこれを任命することとなります。
だから、仲裁決定に大きな影響を及ぼす仲裁人の具体的な構成においては、ICSID事務局長に決定的な影響力があると言えます。
ISDSには、仲裁廷の決定の是非について判断し是正する外部システムが何もありません。また、TPP内部の上訴機関もありません。
TPPテキストは、訴えられた政府が税金で得たお金をどれだけ企業に支払うかについて、仲裁廷に全面的な裁量を与えていますが、損害賠償の額についての裁量を制限する仕組みもありません。
実際のISDSで仲裁人を務めるのは、少数の法律事務所に属する、ISDSに精通した法律家です。これらの法律家の日常業務は、国際的大企業の顧問弁護士です。
ISDS仲裁人はISDSが多いほど収入が増える人たちであり、申立人である多国籍企業に有利な裁定を下すほどISDSが増えるので、収入が増えることになる人たちです。仲裁人の報酬については、何の規則・指針も与えられていません。
ISDSの仲裁人たちは、訴訟を起こす投資家の代理人としても活動することが許されています。このような二重の立場は、普通の近代的な司法制度では、反倫理的と見なされるものです。
仲裁人が、その職にある間は他の仕事をしないとしても、過去や未来の日常業務が国際的大企業の顧問弁護士である人たちは、「国際的投資家対国家」の紛争解決の仲裁人には不適切であるに決まっています。彼らは国際的大資本の影響を受けやすいからです。
このようにTPPのISDSでは、利益相反、非独立性が構造的です。TPPテキストでは、仲裁人の独立性ないし不偏性を義務づける規定は設けてられていません。「TPP 発効前に投資紛争仲裁人行動規範」を作ると、第9.26条2で約束していますが、それについて各国の国民や議会は、実効性ある介入ができる機会は与えられていません。
さらにTPPのISDSは、投資家でない訴訟当事者やその他の利害関係人が仲裁手続きに参加する権利を認めていません。
第9.22条3に、紛争当事者以外で、当該紛争手続に重要な利害関係をもつ個人または団体が、「法廷助言者書面」を提出できるという内容の規定があります。しかし、仲裁廷はそれについて「紛争当事者双方と協議の後、受け取りかつ考慮してもよい」と規定されているだけです。
このように、TPPのISDSは司法制度とは言えないような制度です。司法制度には、厳格な独立性と公正さが要求されるのですが、ISDSがその要求を満たすことは現実的には期待できないし、現時点では厳格な独立性と公正さを確保する制度設計にはなっていないからです。
司法の目的であるはずの「公益」については、ISDSでは最初から重視されていません。投資家でない訴訟当事者、その他の利害関係人が仲裁手続きに参加する権利を認めていないのですから。この面でも、ISDSは司法とは異なるものと言えます。
しかし、安倍政権は、こんなISDSに日本の社会制度をリンクさせようというのです。日頃、国際的大資本からお金を受け取っている仲裁人から成る仲裁廷が、日本の諸規制について実質的なコントロールをする権限を与えようというのですが、ましてやその仲裁廷のあり方は上述の程度のものなのです。
「投資紛争仲裁人行動規範」によって、仲裁人の独立性と中立性を高め、利益相反性を下げるのだとしても、現時点ではそれはまだ作成されていません。具体的な仲裁のあり方が決まっていないのに、安倍政権はTPPに批准しようとしているのでしょうか。
◯TPPのISDSは安全ではない。
政府や一部の評論家は、TPPのISDSはさほど危険性のないものだと説明していますが、普通に契約書を作ることのできる人がその条項を読めば、そうは考えられません。
ISDSに関する条項には、参加国政府の公益目的の規制を侵害しないような表現になっている諸規定がありますが、それらには「差別的な」とか「正当な」のような、仲裁廷の裁量で何とでも解釈できる言葉が入っていたり、やはり裁量で何とでも解釈できる例外や条件の語句が含まれていたりしています。
(附属書 9-B)では、「公衆衛生、安全性、環境といった正当な公共福祉諸目的を保護するために設計および適用される締約国による非差別的な規制上の諸行為は、まれな諸環境の場合を除いて、間接収用を構成しない」となっています。(内閣官房 TPP 政府対策本部『環太平洋パートナーシップ協定の全章概要』は、「except in rare circumstances.」を「極めて限られた場合を除いて」と訳しています。原文を普通に訳せば「まれな諸環境の場合を除いて」であって、政府の訳は適切とは言えません。)
言い換えれば、「まれな諸環境の場合には、間接収用を構成する」ということです。仲裁機関が、ある事件についてそれが「まれな諸環境」にあると判断すれば、ISDSの対象になるということです。また、ある公益目的の規制が「非差別的」であるかどうかを判断するのも仲裁機関であり、ある規制が差別的であると判断されれば、それはISDSの対象になり得るということでしょう。
第9.15条では、「本章のいかなる規定も、締約国がその領域内における投資活動が、環境、健康あるいはその他の規制上の諸目的に対して慎重を要する仕方でなされることを確保するのに適当と考えるいかなる措置も、それが他の全ての点で本章に合致している限りにおいて、締約国が採用、維持ないし執行することを妨げると解釈されてはならない。」とあります。
「それが他の全ての点で本章に合致している限りにおいて、」という条件がつけられています。つまり、仲裁廷の判断しだいでは、ISDS条項は、ある公益目的の規制を「締約国が採用、維持ないし執行することを妨げる」と解釈されます。そして、仲裁廷の判断は、適切なものであるとは限らないのです。
脚注14には、「いっそう確実にするために、第9.4条(内国民待遇)あるいは第9.5条(最恵国待遇)の下で、「同様の状況」において与えられる待遇であるかどうかは、諸状況の全体性に拠るのであり、それには、関係する待遇が正当な公共の福祉目的にもとづいて諸投資家ないし諸投資を区別するものであるかどうかが、含まれる。」とあります。
「正当な」とありますが、その正当性を判断するのは仲裁廷です。この正当性の基準が条文で示されているわけではなく、その判断は仲裁廷の裁量に委ねられています。
現実のISDSの仲裁では、「内外無差別」であれば「内国民待遇」であるとは見なされていません。ISDSでは、「内外差別待遇禁止」条項は、「国籍に基づく差別」に対してというよりも、むしろ政府による「企業間で異なる待遇全般」に対して、訴訟根拠として使われています。ISDSの仲裁機関は、語句の通常の意味に従わないということです。
「待遇の最低水準」とそれとほとんど同義の「公正かつ衡平な待遇」は、ISDSにおける外国企業勝訴の根拠として最もよく使われてきた条項です。TPPではそれらの基準の明確化と濫用防止のために、第9.6条4と第9.22条7の2つの条項を入れたとされています。
第9.6条4では、「いっそう確実にするために,締約国がある行動を取る、あるいは取らないことで、投資家の期待に合致しないかも知れないという事実のみによっては、たとえその結果として対象投資に対する損失ないし損害があるとしても、本条に対する違反を構成することにはならない。」とあります。
これは、「投資家の期待に合致しない」ことが、「公正かつ衡平な待遇」違反を立証するのに妥当な要素の一つであることを示しているのであって、それを違反要素として否定しているわけではありません。
第9.22条7では、「いっそう確実にするために、もし投資家が第9.6条(待遇の最低水準)に締約国が違反したと申し立てる請求を含む、本節(第 9 章第 B節:投資家国家間紛争解決)に定める請求を付託した場合、国際仲裁に効力を有する国際慣習法の一般的諸原理に合致するその請求の全ての要素を立証する義務は投資家が負う。」とあります。
この規定における立証責任は、ISDSで訴えるのが大企業などの資力のある投資家である場合は、特別に重たい義務であるとは考えられません。
【参考】
『TPP協定の全体像と問題点−市民団体による分析報告−Ver.3(TPP テキスト分析チーム)』より抜粋
http://www.parc-jp.org/teigen/2016/tpptext201601.html
3.投資(第9章)
三雲崇正(新宿区議会議員、TPP 交渉差止・違憲訴訟弁護団)
投資章はA節(実体規定)とB節(投資家と締約国との紛争解決手続規定)とに分かれる。A節は、B節で規定される紛争解決手続が発動した場合に、仲裁廷の判断の基準となるべき原則が規定されている。
・・・
1.A 節の概要及びコメント
・・・
(4)除外規定
ア 適合しない措置(9.12 条。主要なもののみ紹介)
内国民待遇、最恵国待遇、特定措置の履行要求等の義務は、中央政府又は地域政府により維持され、附属書I(Annex I)に記載される措置、及び地方政府により維持される措置については適用しない(9.12条1項)。
内国民待遇、最恵国待遇、特定措置の履行要求等の義務は、附属書II(Annex II)に記載する分野等に関して採用し又は維持する措置については適用しない(9.12条2項)。
内国民待遇、最恵国待遇の義務は、政府調達及び締約国が実施する補助金又は贈与(政府により支援される借款、保証及び保険を含む。)については適用しない(9.12 条6 項)。
<コメント>
Annex I、Annex IIは非適合措置・分野を定めるが、ISDS 条項に基づく仲裁申立てに対し、締約国がこれらに定められた措置・分野であるとの反論を行う場合、当該反論が妥当であるかは原則としてTPP委員会の解釈に従う(9.26 条1項)。(TPP委員会の解釈次第では、Annex I 又はAnnex IIにより投資章の義務が適用されないとの締約国の期待が裏切られる。)
・・・
2.B 節の概要及びコメント
・・・
(1)仲裁手続
・・・
イ 仲裁申立後の手続
・・・
(エ)付属文書等の解釈・科学的問題についての意見
被申立人が、仲裁において問題となっている措置がAnnex I又はAnnex II に定める例外の範囲内であることを抗弁として主張する場合、仲裁廷は、被申立人の要請に基づき、当該問題に関するTPP委員会に解釈を要請しなければならない。
TPP委員会は、当該要請から90日以内に、解釈に関する決定を文書で仲裁廷に提出しなければならない(9.26 条1 項)。TPP 委員会が90日以内に決定を行わない場合、仲裁廷は当該解釈問題について決定しなければならない(同条2項)。
TPP委員会の決定は仲裁廷に対して拘束力を有し、仲裁廷は、当該決定に合致した決定又は仲裁判断を行わなければならない(同条2 項)。(TPP協定の条項の解釈に関するTPP委員会の決定は、仲裁廷に対して拘束力を有し、仲裁廷が行ういかなる決定または仲裁判断も当該決定に矛盾してはならない(9.25条3項)。)
適用される仲裁規則が許す場合、仲裁廷は、当事者の要請に基づき、又は当事者が反対しない場合には自らの判断で、専門家を選任し、当事者が提起した科学的な事項に関する事実に関わる問題につき書面で報告するよう求めることができる(9.27 条)。
<コメント>
Annex I、Annex II は確固とした例外を定めているものでなく、TPP 委員会(全ての締約国政府の代表者により構成される決定機関)の解釈次第では、期待した形で例外を提供しない可能性がある。
また、TPP委員会の意思決定はコンセンサス方式(加盟国が全会一致した場合に限り、「コンセンサス(合意)」が形成されたとして採択する方式)によりなされる(27.3 条1 項)ため、ある締約国が解釈案に異議を差し挟めば、90日以内に解釈に関する決定がなされず、仲裁廷がTPP協定の解釈を行うことになる。
http://www.asyura2.com/13/nametoroku7/msg/581.html