11. 2022年4月19日 12:05:57 : t3M6xSyAKI : WlNtSFRXNUU5bnc=[1]
21世紀に於けるウクライナ国の体制が善か悪かと問う前に、ロシアの体制に立つ側の見方をしている方は、ロシアの現体制は、ロシア国民にとって正解なのかどうかと云うのを、見つめ直さねばならないのでは無かろうかと思っている。
一般的にロシアと中国の二大国は、社会主義体制国家と思われている。そうであろうか。社会主義国家では決して無い。つまりは、どちらの国にもデモクラシーは確立されていないからである。労働者階級独裁等のマルクス主義経済哲学を国是として標榜するその範疇にあって、いやしくも社会主義社会国家であると標榜するのであれば、そこには民主主義が絶対のものとして君臨されていなければならないはずであるのだ。では、現実のロシア、中国にそれがあるのか、全く存在してはてはいないでは無いか。これは、社会主義社会では無いと断じて云えることである。
そこで、ロシアの現体制に、ウクライナの現体制を容認出来るか、出来無いかは別として、本当にロシア国民は満たされているのかと云う次元を考察してみなければならないはずである。これだけの大国で、資本主義の上を目指すと標榜しながら、実は、為政者の見識は、明らかにそれ以下のものであったことは、今日を見れば明らかなことである。彼等の体制が築上したものは、対資本主義への敵対軍備第一主義であったことが、革命後100年に迫ろうとしている現在、デモクラシーもままならぬほどに其処に邁進して来たものであることは、誰が見ても明らかなことであろう。つまりは、そこに自由に振る舞えると云う空間は、国民には全くと云う程提示されてこなかったし、明らかに国民への関心は、側道に於かれ、結果インフラ整備もおぼつかず、自動車産業なども全く思索外、これは国民生活を犠牲にすることでここまできているのだ。このようなものは社会主義国家では全く無いし、単に帝政ロシアの主役が変わっただけの話で、あきれるばかりなのである。まして、その上に、革命以前のように、プーチン王国と云える程の、カリスマ一人の全体主義国家と成り下がってしまっている。
最初に戻るが、如何にウクライナがどの様な体制yであるとしても、自国の体制を顧みることすらせずに、隣国のやり方が気にくわないからといって、武力をもって、これに殴りかかる体制とは、これはもう21世紀に於ける所業ではあるまい。まずは、自国についての反省、反証が先決と思えるのだ。何がロシアが正しいのだ。明らかにその方法は間違えている。
仮に、ウクライナが違った形に存在するとしても、それはウクライナが判断したことであって、それにコンタクトを取るには、べつの方法ですることが、許されることであるのだ。