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[近代史4] 新型コロナウイルス感染症は再感染しなくても再活性化する 中川隆
12. 中川隆[-12928] koaQ7Jey 2020年4月27日 07:59:37 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[1]
【新型コロナ】韓国の患者、ついに再々陽性に! もはや無茶苦茶だな…
April 26, 2020 韓国ニュース 30
https://jp24h.com/post/80253.html

韓国でついに再々感染の事例が出てしまったそうだ。1回目の入院は3月1日、2回目の入院は4月5日だそうだ。どちらも治療して退院したはずだが、すぐにまた陽性になってしまったという。他の国でも同様の事例が発生しているのかは分からないが、韓国の医療の程度が伺えるお粗末な事態と言える。


韓国、新型コロナ3回陽性3人…2回陽性は228人
4/25(土) 12:51配信 中央日報日本語版

韓国国内の新型コロナウイルス感染者のうち陽性判定を3回受けた患者は3人であることが分かった。

中央防疫対策本部のクァク・ジン患者管理チーム長は24日の定例記者会見で「国内で3回陽性となった事例は計3人」とし「江原道(カンウォンド)、大邱(テグ)、慶尚北道(キョンサンブクド)で各1件ずつ報告された」と明らかにした。

江原道原州(ウォンジュ)に居住する新天地教会の信徒Aさん(50、女性)は先月1日、初めて新型コロナ陽性と判明した。その後、入院して治療を受け、先月20日に退院した。しかし半月後の今月5日にまた陽性となり、再入院して治療を受けた。Aさんは9日に完治判定を受け、14日間の自宅隔離に入った。自宅隔離解除のため23日に選別診療所で検査を受けたところ、3回目の陽性判定となった。Aさんはまた入院した。

クァクチーム長は「23日に慶尚北道でも3回の陽性判定を受けた患者が出た。それ以前にも大邱でも同じケースの患者が出ている」と伝えた。現在、大邱・慶尚北道の患者のケースは詳細に伝えられていない。

ただ、クァクチーム長は「3回目の陽性が確認されたが、ほかの患者と特に異なる点があるわけではない」とし「再陽性事例と同じく3回目の陽性が出た時点に対する追加の調査をしている」と説明した。

続いて「再陽性となった患者も、(完治後)新型コロナの症状が再発して検査で再陽性の判定を受けたり、自治体の一斉検査で無症状状態で発見されたりしている」とし「(3回の陽性判定を受けた)3人に対してこのような追跡調査をしている」と述べた。

新型コロナ再陽性判定を受けたケースはこの日基準で計228人にのぼる。年齢別には20代が55人(24.1%)で最も多く、50代が35人(15.4%)、30代が34人(14.9%)、40代が33人(14.5%)、60代が27人(11.8%)。

ただ、前日の防疫当局の発表によると、再陽性の患者はウイルス伝播力がほとんどないことが分かった。中央防疫対策本部が再陽性患者のうち39人の検体を確保し、ウイルス分離培養検査を行った結果、1次培養で全員が陰性判定となった。
・・・

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200425-00000006-cnippou-kr

韓国のコロナウイルス治療は治療にあらず

3回陽性って事は、3回検査したんですよね?

ここでの3回目の陽性というのは2回治療して退院した後という意味だね。つまり韓国の治療は治療になってないというわけだ。再陽性なのか再感染なのかさえもはっきりとしていない。

ええっ?じゃあ、やっぱり韓国は治療できてないのに退院させたんですか?

おそらく対症療法の域を出てないんだと思う。免疫力の向上で一時的にウイルスが引っ込んで陰性が出たが、免疫が落ちてきてまた症状が出て再陽性と。あるいは最初から陽性だったものを陰性とPCR検査キットが判定してたのかもしれないよな。

実は、昨日ネット掲示板で韓国の検査キットも信用できなくて、返品の山だっていうトピックが立ってたんです!でも、ソースがいまいちなので採用はしませんでした・・・。

ふむ。後で調べてみよう。中国の検査キットは信用ならないという声は複数の国で上がってるけど、韓国についてもとなるとやはりアジアは信用できないということになってしまうよな。

迷惑な話ですよね・・・。日本のアビガンも、誤解されてるような気もします。

それはあるよ。数千円の飲み薬で簡単に治るようなコロナウイルスに苦しめられていたというシナリオは特に今の米国民にとっては受け入れがたいものだ。だからせめて数十万円はするレムデシビルという効果の不明な薬の治験に期待するしかないわけ。そうでなければ苦痛に対する適切な成果にならないと思う。
アビガンこそが明暗を分ける唯一無二の治療薬なのか

黒井さん、この前シンガポールの話でもそれを言ってましたよね?シンガポールは学歴社会なので、結果が出ないとイライラするって。

シンガポールは統計でうそをつかなかった好例だと思う。統計で怪しいのは中国を筆頭に香港、韓国、ベトナム辺りだね。台湾とタイはアビガンを使っているという報告があったから疑惑からは除外される。

調べてみたら、ベトナムもアビガンの効果は認定してるみたいです!東南アジアは、みんな使ってると思います。シンガポールも、犠牲者の数は少ないですよね?

そこなんだよ。シンガポールは犠牲者数では依然として優等国家ぶりを発揮している。その点東南アジアだとインドネシアが断トツで危険で、次にフィリピンという感じだね。

フィリピンも、アビガンは欲しがってるみたいです!1億個作っても足りないですね・・・。マスクよりも、アビガン生産を優先した方がいいのでは?

ふむ。そうか。となるとやはり原材料を握っている中国が優勢ということになってしまうね。これも同じく米国には受け入れられないシナリオだ。だから何としても国産治療薬を開発しようとしてるんだろうが、今回ばかりはトランプの米国ファーストは裏目に出ると思う。悲しいことだがこれが現実だ。

確かに・・・。オーストラリアでは、イベルメクチンが効果あるって言われましたよね?多分アビガンも使ってると思います!

俺の勘だと米国大陸、つまり北米から南米までのあの大陸でアビガンを使ってる国は存在しないと思う。一様に感染者数が爆発してるからな。それからロシアにも行き渡ってない。まさにアビガン争奪戦の様相を呈してきてるわけだが、米国自身がそのことに気付かない限り韓国も方針転換することはないだろうね。
アビガンを使っていない韓国は統計を偽装している可能性大

じゃあ、韓国はやっぱりアビガンは使ってないんでしょうか?

3回目の陽性という話が事実ならおそらく使ってない。アビガンはRNAポリメラーゼの増殖そのものを阻害するから、再陽性にはおそらくならないと思うんだ。

ホントですか?証拠はないですよね?

まあな。だが治療薬の原理的にそうじゃないかと思ったまでだ。その代わり不妊リスクなどの副作用が出るわけで。医学の素人で断言はできないから“おそらく”と入れた。

グーグルさんで調べたんですけど、確かに「再陽性」が出てるのは日本と韓国だけみたいですね・・・。日本の場合は、アビガンを服用できてない人かもしれないです!

やはりか。傍証としてはまずまずだな。あとは医学的根拠となる論文や調査結果があれば悪くない。ひとまずネットユーザーの反応を見ようか。

まとめました!
・治療と言うけど、何をしたのかが不明。抗体検査はしたの?(AFさん)
・ウィルスがほぼ一生潜むと言われてる(87さん)
・最初のPCR検査の結果がニセの陽性なのでは?抗体検査をして判断するしかない(ZAさん)
・輸出キットに不良品が多く出てるし、悪い事例にならない事を願います(KUさん)
・体の中にRNAの残骸が残ってて、それを拾うなんて事があるの?(1Oさん)

検査キットの不良のせいなのか、それともPCR検査そのものの精度の低さのせいなのか、あるいは単に残骸が見つかってるだけなのかが見分けつかないよな。PCR検査キットを検査するキットがほしいところだ。

どういう意味ですか?

不良品が多いことに対する皮肉だよwww 抗体検査は1つの方法ではあるね。その人が確実にコロナ感染者だったと言えるから。抗体ができるとは限らないと言われてるのが不安材料ではあるが。

アビガンでウィルスをやっつけても、抗体はできるんですか?

それも分からないな…。抗体うんぬんはちょっと横に置いといた方がいいと思う。アビガンを使わずに治療できることの根拠にされかねない危険な論理だからな。スウェーデンなどが主張している集団免疫も眉唾ものだね。

アビガンで完璧に治るなら、その方が絶対にいいです!ロックダウンもすぐ解除できるし、犠牲になる人も減らせます!

な。治療薬の開発で争ってる場合じゃないと思うんだが、そこは男たるもの沽券に関わるし譲れないんだろうね。だから女性指導者の方がいいとか言われてしまうんだ。人類はもう少し成熟すべきだと最近は強く感じることが多い。

「沽券」ってどんなチケットですか?何万円するんですか?

チケットww 軽い扱いだなwww ネット百科事典によればこういうことだそうだ。
沽券 は、近世日本において、家屋敷の売渡しを証する書面をいう。沽券状とも。 町役人・五人組が立会いのもとで土地の売買が行われ、契約書である沽券が作成されたので、沽券は土地権利証としても機能した。

まあ要するに土地の所有権を証明する大事なものだから、それほどまでに譲れないという意味だよ。一国一城の主とも言うだろ?

お城って、広くて掃除が大変そうですよね・・・。お手伝いさんを、10人は雇わないといけないです。

話が妙な方向に向かう前に締めるぞww 韓国はそろそろ中国に素直に頭を下げてチャビガンを使わせてもらったらどうだ?再陽性はアビガン不使用の証拠となる可能性が今回高まったが、日本からは提供する余裕がないし義理もない。中国の軍門に下ればそれが可能になるだろう。当然日本は1ミリも関与しない状態でだ。

韓国の皆さん、愛国心を発揮するのはやめましょう!現実に目を向けてください!

日本は関係ない!併合おめでとう!韓国さようなら!


https://jp24h.com/post/80253.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/770.html#c12

[近代史4] コロナ肺炎を治すには温泉療法しかない 中川隆
6. 中川隆[-12927] koaQ7Jey 2020年4月27日 08:14:17 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[2]
高齢者の重症化原因? 新型コロナは全身の血管に感染することが判明
2020/04/23
https://nazology.net/archives/57616

新型コロナウイルスは初期には新型肺炎と呼ばれており、呼吸器系に感染するウイルスだと思われていました。

ですが増加する死亡者の検死解剖を行った結果、死者の多くに、複数の臓器にまたがる甚大な損壊が生じていることが明らかになってきました。
これは呼吸器系の症状からだけでは説明がつきません。

そこでスイスの研究者は、原因を探るために、ウイルスにより亡くなった患者の臓器の詳細な観察を行いました。

その結果、コロナウイルスは肺だけでなく、全身の血管に感染する能力をもっていることがわかりました。死んだ患者の血管内皮に、ウイルス粒子がビッシリとこびりついていたのです。

そのため死者の臓器では末梢の血管が崩壊しており、血液の流出を引き起こし、臓器の壊死を引き起こしていました。

また追加の分析で、高齢者や糖尿病や高血圧、心疾患などにより、既に身体中の血管にダメージを受けている患者ほど、ウイルスによる血管への感染に脆弱であることがわかりました。

これは既知の知識である「高齢者や持病がある人ほど重症化しやすい」という現象の最終的な原因になると、研究者は結論付けています。
全身の血管を狙う新型コロナウイルスに対して、人類はどのような治療を行えばよいのでしょうか?

新型コロナウイルスは全身の血管内皮に感染できる

新型コロナウイルスは全身の血管内皮に感染する力がある/Credit:THE LANCET
新型コロナウイルスは、表面にあるスパイクと呼ばれる構造を、人間の細胞表面に存在するアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)に結合することで感染します。
今回の研究により、ウイルスは肺に存在するACE2にだけ感染するのではなく、体全体の血管内皮に存在するACE2にも感染することが判明しました。

上の画像では、ウイルスが腎臓の血管内皮に入り込んでいる様子が示されています。

ウイルスが感染した血管内皮は炎症を引き起こすだけでなく、ウイルスが細胞を喰い破る物理的な破壊を受けて体内で出血を引き起こします。

高齢者や血管系にかかわる生活習慣病などの持病がある人は既に血管が弱っているため、ウイルスによる感染と破壊に血管が耐えきれず、症状が重篤化すると考えられます。

血管を守るためにできることは健康維持

「健康体ならコロナウイルスに負けない」は精神論ではなく医学的な事実だった/


今回の研究成果により、新型コロナウイルスの正体はただの肺炎ではなく「全身性血管炎症」であることがわかりました。

そのため、感染した患者が高齢者や血管系にかかわる持病がある場合は、優先して血管を保護する必要性が生じます。

リスクを抱えた感染患者の救護には、既存の血管保護の医療技術が役立つ可能性があります。

また現在、生活習慣病などに陥っている人は一刻も早く健康体に近づくことが、ウイルス感染による症状の重篤化を避ける一番の手となります。

ウイルス対策で生活習慣病から抜け出せるなら、一石二鳥と言えるかもしれません。

研究内容はチューリッヒ大学のズザナ・ヴァルガ氏らによってまとめられ、4月20日に、世界五大医学雑誌の一つである「THE LANCET」に掲載されました。
Endothelial cell infection and endotheliitis in COVID-19
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736%2820%2930937-5/fulltext#

https://nazology.net/archives/57616

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/743.html#c6

[近代史4] 新型コロナウイルスは糖尿病患者が最も危険 中川隆
1. 中川隆[-12926] koaQ7Jey 2020年4月27日 08:14:46 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[3]
高齢者の重症化原因? 新型コロナは全身の血管に感染することが判明
2020/04/23
https://nazology.net/archives/57616

新型コロナウイルスは初期には新型肺炎と呼ばれており、呼吸器系に感染するウイルスだと思われていました。

ですが増加する死亡者の検死解剖を行った結果、死者の多くに、複数の臓器にまたがる甚大な損壊が生じていることが明らかになってきました。
これは呼吸器系の症状からだけでは説明がつきません。

そこでスイスの研究者は、原因を探るために、ウイルスにより亡くなった患者の臓器の詳細な観察を行いました。

その結果、コロナウイルスは肺だけでなく、全身の血管に感染する能力をもっていることがわかりました。死んだ患者の血管内皮に、ウイルス粒子がビッシリとこびりついていたのです。

そのため死者の臓器では末梢の血管が崩壊しており、血液の流出を引き起こし、臓器の壊死を引き起こしていました。

また追加の分析で、高齢者や糖尿病や高血圧、心疾患などにより、既に身体中の血管にダメージを受けている患者ほど、ウイルスによる血管への感染に脆弱であることがわかりました。

これは既知の知識である「高齢者や持病がある人ほど重症化しやすい」という現象の最終的な原因になると、研究者は結論付けています。
全身の血管を狙う新型コロナウイルスに対して、人類はどのような治療を行えばよいのでしょうか?

新型コロナウイルスは全身の血管内皮に感染できる

新型コロナウイルスは全身の血管内皮に感染する力がある/Credit:THE LANCET
新型コロナウイルスは、表面にあるスパイクと呼ばれる構造を、人間の細胞表面に存在するアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)に結合することで感染します。
今回の研究により、ウイルスは肺に存在するACE2にだけ感染するのではなく、体全体の血管内皮に存在するACE2にも感染することが判明しました。

上の画像では、ウイルスが腎臓の血管内皮に入り込んでいる様子が示されています。

ウイルスが感染した血管内皮は炎症を引き起こすだけでなく、ウイルスが細胞を喰い破る物理的な破壊を受けて体内で出血を引き起こします。

高齢者や血管系にかかわる生活習慣病などの持病がある人は既に血管が弱っているため、ウイルスによる感染と破壊に血管が耐えきれず、症状が重篤化すると考えられます。

血管を守るためにできることは健康維持

「健康体ならコロナウイルスに負けない」は精神論ではなく医学的な事実だった/


今回の研究成果により、新型コロナウイルスの正体はただの肺炎ではなく「全身性血管炎症」であることがわかりました。

そのため、感染した患者が高齢者や血管系にかかわる持病がある場合は、優先して血管を保護する必要性が生じます。

リスクを抱えた感染患者の救護には、既存の血管保護の医療技術が役立つ可能性があります。

また現在、生活習慣病などに陥っている人は一刻も早く健康体に近づくことが、ウイルス感染による症状の重篤化を避ける一番の手となります。

ウイルス対策で生活習慣病から抜け出せるなら、一石二鳥と言えるかもしれません。

研究内容はチューリッヒ大学のズザナ・ヴァルガ氏らによってまとめられ、4月20日に、世界五大医学雑誌の一つである「THE LANCET」に掲載されました。
Endothelial cell infection and endotheliitis in COVID-19
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736%2820%2930937-5/fulltext#

https://nazology.net/archives/57616

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/716.html#c1

[近代史4] 新型コロナウイルスはデザイナーズウィルス、免疫細胞を無効化することが判明 中川隆
32. 中川隆[-12925] koaQ7Jey 2020年4月27日 08:58:59 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[4]
2020/4/27
新型コロナウイルスは血管の内皮細胞に感染する?・・・エボラとは違う  新型コロナウイルス
https://green.ap.teacup.com/pekepon/2557.html

 この記事を書いた直後に、急激な重篤化の主要因と思われる記事を見つけたので、この記事にある血管内皮細胞へのウイルス感染は、肺炎以外の急激な症状悪化の原因と考えた方が良いかも知れません。そして、その発生確率はそれ程、高く無い可能性を考慮に入れて、この記事をお読み下さい。

■ 新型コロナウイスは血管の内皮細胞に感染する能力が有る ■

777さんがコメントを下さった情報が、何となく新型コロナウイスによる重篤化や旧死の説明的にししっくりするので、そのまま引用させて頂きます。

<777さんのコメントを引用>

高齢者の重症化原因? 新型コロナは全身の血管に感染することが判明

新型コロナウイルスは初期には新型肺炎と呼ばれており、呼吸器系に感染するウイルスだと思われていました。

ですが増加する死亡者の検死解剖を行った結果、死者の多くに、複数の臓器にまたがる甚大な損壊が生じていることが明らかになってきました。
そこでスイスの研究者は、原因を探るために、ウイルスにより亡くなった患者の臓器の詳細な観察を行いました。

その結果、コロナウイルスは肺だけでなく、全身の血管に感染する能力をもっていることがわかりました。死んだ患者の血管内皮に、ウイルス粒子がビッシリとこびりついていたのです。

そのため死者の臓器では末梢の血管が崩壊しており、血液の流出を引き起こし、臓器の壊死を引き起こしていました。

また追加の分析で、高齢者や糖尿病や高血圧、心疾患などにより、既に身体中の血管にダメージを受けている患者ほど、ウイルスによる血管への感染に脆弱であることがわかりました。

新型コロナウイルスは全身の血管内皮に感染できる

新型コロナウイルスは全身の血管内皮に感染する力がある

新型コロナウイルスは、表面にあるスパイクと呼ばれる構造を、人間の細胞表面に存在するアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)に結合することで感染します。
今回の研究により、ウイルスは肺に存在するACE2にだけ感染するのではなく、体全体の血管内皮に存在するACE2にも感染することが判明しました。

上の画像では、ウイルスが腎臓の血管内皮に入り込んでいる様子が示されています。

ウイルスが感染した血管内皮は炎症を引き起こすだけでなく、ウイルスが細胞を喰い破る物理的な破壊を受けて体内で出血を引き起こします。

高齢者や血管系にかかわる生活習慣病などの持病がある人は既に血管が弱っているため、ウイルスによる感染と破壊に血管が耐えきれず、症状が重篤化すると考えられます。

今回の研究成果により、新型コロナウイルスの正体はただの肺炎ではなく「全身性血管炎症」であることがわかりました。

<引用終わり>

■ DIC(播種性血管内凝固症候群、敗血症)や血栓を指摘している専門家も ■

ここ数日、新型コロナウイルス感染者の死因に「血栓」が関係しているのでは無いかとの報道がチラホラ見られます。

又、イタリアの著名な病理学者は新型コロナウイルス患者が「DIC(播種性血管内凝固症候群、敗血症)」を発症していると指摘しています。

細菌などが血管中で増殖する際に、細菌の出す発熱物質(エンドトキシン)が、白血球の一種のマクロファージや単球のに血液の凝固因子となる組織因子を発生させ、血液の凝固が血管内で始まる事によって引き起こされます。全身の血管内で凝固が始まると、微細な血栓が大量に出来、細い血管を詰まらせる事で、組織や臓器に血液が流れなくなり組織の壊死が起ります。

さらに、凝固制御因子のアンチトロンビンや、血栓を溶かすプラスミンが活発に働くようになり、本来なら出血を止める為に必要な凝固を阻害する事で、出血が止まらなくなる症状が並行して発生します。

これが新型コロナウイルス感染で疑われている「DIC(播種性血管内凝固症候群、敗血症)」です。

■ 子供の足指に凍傷(しもやけ)の様な症状が出る ■

新型コロナウイルスに感染した子供の足指に凍傷(しもやけ)の様な症状が出る事も指摘されています。これも血栓による末端血流の阻害が原因では無いかと思われます。

<引用開始>

abcニュース(4月21日)によると、皮膚科医たちが「コロナの爪先(COVID Toes)」と呼んでいる現象があるそうだ。凍傷と同じように、つま先が赤や紫に変色するのだが、症状の軽い子供や若年層に多く見られる。さらに、紫色の網目のような模様が出ることもあり、いずれも血栓との関係が疑われている。

<引用終わり>

■ 血栓の原因は血管内皮細胞の感染によって引き起こされる? ■

777さんが教えて下さった新型コロナウイルスが血管の内皮細胞に感染する能力が有り、その結果血管内皮細胞が破壊されて出血が発生した場合、当然、出血を止める為に血液凝固因子が働き、血管内に大量の血栓が生成される事は容易に想像が付きます。

■ 高齢者の死因の多くは、サイトカインストームでは無く肺血栓では無いか ■

これらの血栓に一部が肺の欠陥を塞げば肺血栓を引き起こします。高齢者の欠陥は細くなっているので、若者よりも血栓にって血管が詰まり易い。又、心臓疾患の一部は心臓の冠状動脈が細くなっているので、ここに血栓が詰まると心筋梗塞を起こし易い。糖尿病患者も心臓の血管障害を併発している場合が多い。

これまで、新型コロナウイルスによる急激な重篤化の原因はサイトカインストームでは無いかと言われていましたが、高齢者に急変患者が多く事などから、私は若者以外でサイトカインストームが高率に発生する事に疑問を持っていました。

サイトカインストームは過剰免疫反応ですから、免疫の低下した高齢者では普通は起こり難いはずです。

一方、免疫力の低下した高齢者ならば、ウイルスが血管の内皮細胞に感染する事を防ぐ事が出来ずに、その結果、微細な血栓が大量に生成され、肺を始め様々な組織の毛細血管を詰まらせる事は容易に想像が出来ます。

■ 軽症者が多いという事は、通常の免疫反応(IgM)が働く状況では血管内皮細胞の感染は起こらない? ■

全身の血管から出血する症状はエボラ出血熱の特徴ですが、新型コロナウイルスはエボラの様な極端な出血による死亡は報告ありません。

「一方で、全身の臓器が溶けた様になっていた」などHIVの患者の様な症例も報告されていますが、これも血管内皮細胞への感染である程度説明が付きます。

一方、世界的に多くの感染者が無症状、或いは軽症の事からも、血管内皮細胞への感染は、通常は免疫で防がれていると考えるのが自然です。

上気道や気管支の免疫はIgAが担当していますが、血液内の免疫はIgMが担当しています。IgAはウイルスの型に対応して最初に作られる抗体なので、コロナウイルスが血管内に侵入しても免疫系の対応が速やかで、その増殖は通常抑え込まれてしまうハズです。

一方、粘膜の抗体IgAは様々な細菌やウイルスに対応していますが、その発現がIgMに比べると遅いので、インフルエンザや風邪では、ウイルス感染から数日はIgAが活性化していません。一部、多量体のIgAはかなり広範なウイルスに対して即効性が有る様ですが、量は多くありません。感染が進行するか、軽微や無症状で済むかは、浸入したウイルスの量や、多量体のIgAの量や、T細胞など通常の免疫系の活性度で決まるのでしょう。

確かに子供の足指の凍傷(しもやけ)の様な症状からも、若年者でも血栓が生じる可能性は有りますが、通常にIgMが働く状態で、それが敗血症の様な全身症状に至るケースは希なのでしょう。

■ 軽症者は風邪程度 ■

新型コロナウイルスは次の様な進行をするのでは無いか


1) 鼻や口から体内に侵入

2) 鼻腔の奥、上気道、気管支などで増殖

ここで、通常免疫によって撃退されると症状は軽症か、風邪程度の症状

3) 気管支での感染が肺に広がり、肺炎を引き起こす

人工呼吸器を必要としないが、治療が必用な状態


4) 肺炎が両肺に広がり、酸素供給機能が失われる

人工呼吸器が必用な状態


これとは別に、上気道や気管支などの感染箇所の組織破壊で血管内にウイルスが浸入した場合

1) 血管内の通常免疫やIgMによってウイルスが撃退される

大多数の人は、血管内皮細胞の感染は防がれる


2)  血管内皮細胞への感染が広がる

3) 血管内皮細胞が破壊され出血が始まると、それを止める為、血液凝固因子が作られる

4) 血管内に大量の微細な血栓が生成される

5) 組織の毛細血管などが血栓によって塞がれ、組織の壊死が起る

6) 一部は肺血管に詰まり、肺血栓を引き起こす


新型コロナウイルス感染で突然重篤化するケースは、血管内皮細胞の感染が原因として疑われる。

しかし、エボラ出血熱の様な極端な血管組織破壊というよりも、軽微な血管内皮細胞の破壊が多くの箇所で発生する事で血栓が大量に生成される事による、2次的血流阻害による組織の壊死という進行を取ると思われる。

新型コロナウイルスの急激な重篤化の原因の一つに、血管内皮細胞へのウイルスの感染による血栓の影響が考えられるが、エボラ出血熱の様な急激な血管の損傷は起こらないと思われます。

通常にIgM抗体が働く健常者は特に心配は要りませんが、高齢者は肺血栓などの予防を心掛ける必要が有りそうです。
https://green.ap.teacup.com/pekepon/2557.html


2020/4/27
重症化しても呼吸困難を感じない・・・急激な重症化の原因  新型コロナウイルス
https://green.ap.teacup.com/pekepon/2558.html
 

■ 肺炎が進行しても息苦しさを感じない ■

東洋経済の4/24の「コロナ『突然重症化』した人の驚くべき共通点 10日間救急治療室で患者を診た石の見解」
は必読です。

1)新型コロナ肺炎の患者は、肺の機能低下で血中酸素濃度が低下しても息苦しさを感じない
2)酸素の供給能力は低下しているが、二酸化炭素の換気は出来ている
3)血中二酸化炭素濃度が上昇しないので、呼吸困難の症状が出ない
4)病院に搬送される時点で相当血中酸素濃度が低下しているので、その後急変し易い

5)パルス・オキシメーターで血中酸素飽和度を測定すれば感染の発見に繋がる

どうやら、新型コロナウイルスに感染しても肺胞に水が溜まったりするのは、かなり症状が進んだ段階で、普通は肺炎を起こしても、二酸化炭素の換気が出来ている為に、症状に気づかないでいるケースが多い様です。

そして、呼吸困難を訴えた時点では、肺の機能は相当に失われ、その後の急激な重篤化に進むらしい。


■ パルス・オキシメーターって昔、富士山に登る時使った ■

血中酸素飽和度を測定する機械は、指を穴に入れるだけで血液を採取する必要も無い「パルス・オキシメーター」という装置ですが、現在では昔流行した「デジモン」程度の大きさの装置も売られている。

10年程前まで、我が家では家族で富士登山をする習慣が有りましたが、子供の自由研究のテーマが「高山病と血中酸素飽和度」だったので、家内の病院からパルス・オキシメーターをお借りして、バスケ部の部員を登山に同行させていました。(引率の教諭と良く間違えられました)

気圧が低く、酸素分圧も低い高山では、さぞ血中酸素飽和度も低くなるかと思いきや、運動(登山)を停止すると直ぐに90%程度には回復してしまいます。結果、富士登山で頭痛や吐き気などの症状(高山病では無く、山酔いと呼ばれる程度の症状)が出るのは、血中酸素飽和度の低下が原因では無いと結論付けました。

(個人的には過換気による血中二酸化炭素濃度低下で血液PHが低下し、血中のアンモニア濃度が高まる事が原因と妄想しています。脳が軽い二日酔い的な状態になるのはアンモニアが原因では無いかと・・妄想しています。)

話がだいぶ逸れましたが、医療関係者などはパルス・オキシメータで血中酸素飽和度を測定して70%などとう数字になったらPCR検査をすれば、発熱などの症状が出てからPCR検査をするより早期発見に繋がると書かれています。

ただ、心拍同様に少しの運動などでも血中酸素飽和度は変化し易いので、素人がこの装置を買って、ちょっと血中酸素飽和度が下がったからと言って直ぐに病院に行く様な事は避けて下さい。そもそも、素人が買様な装置ではありませんが。(小さくても医療危機なのでそれなるのお値段です)


新型コロナウイルスは日替わりメニューの様に、重症化の可能性が有る新たな要因が報道されます。しかし、致死率が著しく低い日本人が、これらの情報に怯える必要は在りません。

ただ、感染したかなと思た時や、自宅待機になった時、何を気を付ければ良いかの目安にはなると思います。
https://green.ap.teacup.com/pekepon/2558.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/768.html#c32

[近代史4] 新型コロナウイルス肺炎は「間質性肺炎」で致死率100% ? 中川隆
47. 中川隆[-12924] koaQ7Jey 2020年4月27日 08:59:35 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[5]
2020/4/27
新型コロナウイルスは血管の内皮細胞に感染する?・・・エボラとは違う  新型コロナウイルス
https://green.ap.teacup.com/pekepon/2557.html

 この記事を書いた直後に、急激な重篤化の主要因と思われる記事を見つけたので、この記事にある血管内皮細胞へのウイルス感染は、肺炎以外の急激な症状悪化の原因と考えた方が良いかも知れません。そして、その発生確率はそれ程、高く無い可能性を考慮に入れて、この記事をお読み下さい。

■ 新型コロナウイスは血管の内皮細胞に感染する能力が有る ■

777さんがコメントを下さった情報が、何となく新型コロナウイスによる重篤化や旧死の説明的にししっくりするので、そのまま引用させて頂きます。

<777さんのコメントを引用>

高齢者の重症化原因? 新型コロナは全身の血管に感染することが判明

新型コロナウイルスは初期には新型肺炎と呼ばれており、呼吸器系に感染するウイルスだと思われていました。

ですが増加する死亡者の検死解剖を行った結果、死者の多くに、複数の臓器にまたがる甚大な損壊が生じていることが明らかになってきました。
そこでスイスの研究者は、原因を探るために、ウイルスにより亡くなった患者の臓器の詳細な観察を行いました。

その結果、コロナウイルスは肺だけでなく、全身の血管に感染する能力をもっていることがわかりました。死んだ患者の血管内皮に、ウイルス粒子がビッシリとこびりついていたのです。

そのため死者の臓器では末梢の血管が崩壊しており、血液の流出を引き起こし、臓器の壊死を引き起こしていました。

また追加の分析で、高齢者や糖尿病や高血圧、心疾患などにより、既に身体中の血管にダメージを受けている患者ほど、ウイルスによる血管への感染に脆弱であることがわかりました。

新型コロナウイルスは全身の血管内皮に感染できる

新型コロナウイルスは全身の血管内皮に感染する力がある

新型コロナウイルスは、表面にあるスパイクと呼ばれる構造を、人間の細胞表面に存在するアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)に結合することで感染します。
今回の研究により、ウイルスは肺に存在するACE2にだけ感染するのではなく、体全体の血管内皮に存在するACE2にも感染することが判明しました。

上の画像では、ウイルスが腎臓の血管内皮に入り込んでいる様子が示されています。

ウイルスが感染した血管内皮は炎症を引き起こすだけでなく、ウイルスが細胞を喰い破る物理的な破壊を受けて体内で出血を引き起こします。

高齢者や血管系にかかわる生活習慣病などの持病がある人は既に血管が弱っているため、ウイルスによる感染と破壊に血管が耐えきれず、症状が重篤化すると考えられます。

今回の研究成果により、新型コロナウイルスの正体はただの肺炎ではなく「全身性血管炎症」であることがわかりました。

<引用終わり>

■ DIC(播種性血管内凝固症候群、敗血症)や血栓を指摘している専門家も ■

ここ数日、新型コロナウイルス感染者の死因に「血栓」が関係しているのでは無いかとの報道がチラホラ見られます。

又、イタリアの著名な病理学者は新型コロナウイルス患者が「DIC(播種性血管内凝固症候群、敗血症)」を発症していると指摘しています。

細菌などが血管中で増殖する際に、細菌の出す発熱物質(エンドトキシン)が、白血球の一種のマクロファージや単球のに血液の凝固因子となる組織因子を発生させ、血液の凝固が血管内で始まる事によって引き起こされます。全身の血管内で凝固が始まると、微細な血栓が大量に出来、細い血管を詰まらせる事で、組織や臓器に血液が流れなくなり組織の壊死が起ります。

さらに、凝固制御因子のアンチトロンビンや、血栓を溶かすプラスミンが活発に働くようになり、本来なら出血を止める為に必要な凝固を阻害する事で、出血が止まらなくなる症状が並行して発生します。

これが新型コロナウイルス感染で疑われている「DIC(播種性血管内凝固症候群、敗血症)」です。

■ 子供の足指に凍傷(しもやけ)の様な症状が出る ■

新型コロナウイルスに感染した子供の足指に凍傷(しもやけ)の様な症状が出る事も指摘されています。これも血栓による末端血流の阻害が原因では無いかと思われます。

<引用開始>

abcニュース(4月21日)によると、皮膚科医たちが「コロナの爪先(COVID Toes)」と呼んでいる現象があるそうだ。凍傷と同じように、つま先が赤や紫に変色するのだが、症状の軽い子供や若年層に多く見られる。さらに、紫色の網目のような模様が出ることもあり、いずれも血栓との関係が疑われている。

<引用終わり>

■ 血栓の原因は血管内皮細胞の感染によって引き起こされる? ■

777さんが教えて下さった新型コロナウイルスが血管の内皮細胞に感染する能力が有り、その結果血管内皮細胞が破壊されて出血が発生した場合、当然、出血を止める為に血液凝固因子が働き、血管内に大量の血栓が生成される事は容易に想像が付きます。

■ 高齢者の死因の多くは、サイトカインストームでは無く肺血栓では無いか ■

これらの血栓に一部が肺の欠陥を塞げば肺血栓を引き起こします。高齢者の欠陥は細くなっているので、若者よりも血栓にって血管が詰まり易い。又、心臓疾患の一部は心臓の冠状動脈が細くなっているので、ここに血栓が詰まると心筋梗塞を起こし易い。糖尿病患者も心臓の血管障害を併発している場合が多い。

これまで、新型コロナウイルスによる急激な重篤化の原因はサイトカインストームでは無いかと言われていましたが、高齢者に急変患者が多く事などから、私は若者以外でサイトカインストームが高率に発生する事に疑問を持っていました。

サイトカインストームは過剰免疫反応ですから、免疫の低下した高齢者では普通は起こり難いはずです。

一方、免疫力の低下した高齢者ならば、ウイルスが血管の内皮細胞に感染する事を防ぐ事が出来ずに、その結果、微細な血栓が大量に生成され、肺を始め様々な組織の毛細血管を詰まらせる事は容易に想像が出来ます。

■ 軽症者が多いという事は、通常の免疫反応(IgM)が働く状況では血管内皮細胞の感染は起こらない? ■

全身の血管から出血する症状はエボラ出血熱の特徴ですが、新型コロナウイルスはエボラの様な極端な出血による死亡は報告ありません。

「一方で、全身の臓器が溶けた様になっていた」などHIVの患者の様な症例も報告されていますが、これも血管内皮細胞への感染である程度説明が付きます。

一方、世界的に多くの感染者が無症状、或いは軽症の事からも、血管内皮細胞への感染は、通常は免疫で防がれていると考えるのが自然です。

上気道や気管支の免疫はIgAが担当していますが、血液内の免疫はIgMが担当しています。IgAはウイルスの型に対応して最初に作られる抗体なので、コロナウイルスが血管内に侵入しても免疫系の対応が速やかで、その増殖は通常抑え込まれてしまうハズです。

一方、粘膜の抗体IgAは様々な細菌やウイルスに対応していますが、その発現がIgMに比べると遅いので、インフルエンザや風邪では、ウイルス感染から数日はIgAが活性化していません。一部、多量体のIgAはかなり広範なウイルスに対して即効性が有る様ですが、量は多くありません。感染が進行するか、軽微や無症状で済むかは、浸入したウイルスの量や、多量体のIgAの量や、T細胞など通常の免疫系の活性度で決まるのでしょう。

確かに子供の足指の凍傷(しもやけ)の様な症状からも、若年者でも血栓が生じる可能性は有りますが、通常にIgMが働く状態で、それが敗血症の様な全身症状に至るケースは希なのでしょう。

■ 軽症者は風邪程度 ■

新型コロナウイルスは次の様な進行をするのでは無いか


1) 鼻や口から体内に侵入

2) 鼻腔の奥、上気道、気管支などで増殖

ここで、通常免疫によって撃退されると症状は軽症か、風邪程度の症状

3) 気管支での感染が肺に広がり、肺炎を引き起こす

人工呼吸器を必要としないが、治療が必用な状態


4) 肺炎が両肺に広がり、酸素供給機能が失われる

人工呼吸器が必用な状態


これとは別に、上気道や気管支などの感染箇所の組織破壊で血管内にウイルスが浸入した場合

1) 血管内の通常免疫やIgMによってウイルスが撃退される

大多数の人は、血管内皮細胞の感染は防がれる


2)  血管内皮細胞への感染が広がる

3) 血管内皮細胞が破壊され出血が始まると、それを止める為、血液凝固因子が作られる

4) 血管内に大量の微細な血栓が生成される

5) 組織の毛細血管などが血栓によって塞がれ、組織の壊死が起る

6) 一部は肺血管に詰まり、肺血栓を引き起こす


新型コロナウイルス感染で突然重篤化するケースは、血管内皮細胞の感染が原因として疑われる。

しかし、エボラ出血熱の様な極端な血管組織破壊というよりも、軽微な血管内皮細胞の破壊が多くの箇所で発生する事で血栓が大量に生成される事による、2次的血流阻害による組織の壊死という進行を取ると思われる。

新型コロナウイルスの急激な重篤化の原因の一つに、血管内皮細胞へのウイルスの感染による血栓の影響が考えられるが、エボラ出血熱の様な急激な血管の損傷は起こらないと思われます。

通常にIgM抗体が働く健常者は特に心配は要りませんが、高齢者は肺血栓などの予防を心掛ける必要が有りそうです。
https://green.ap.teacup.com/pekepon/2557.html


2020/4/27
重症化しても呼吸困難を感じない・・・急激な重症化の原因  新型コロナウイルス
https://green.ap.teacup.com/pekepon/2558.html
 

■ 肺炎が進行しても息苦しさを感じない ■

東洋経済の4/24の「コロナ『突然重症化』した人の驚くべき共通点 10日間救急治療室で患者を診た石の見解」
は必読です。

1)新型コロナ肺炎の患者は、肺の機能低下で血中酸素濃度が低下しても息苦しさを感じない
2)酸素の供給能力は低下しているが、二酸化炭素の換気は出来ている
3)血中二酸化炭素濃度が上昇しないので、呼吸困難の症状が出ない
4)病院に搬送される時点で相当血中酸素濃度が低下しているので、その後急変し易い

5)パルス・オキシメーターで血中酸素飽和度を測定すれば感染の発見に繋がる

どうやら、新型コロナウイルスに感染しても肺胞に水が溜まったりするのは、かなり症状が進んだ段階で、普通は肺炎を起こしても、二酸化炭素の換気が出来ている為に、症状に気づかないでいるケースが多い様です。

そして、呼吸困難を訴えた時点では、肺の機能は相当に失われ、その後の急激な重篤化に進むらしい。


■ パルス・オキシメーターって昔、富士山に登る時使った ■

血中酸素飽和度を測定する機械は、指を穴に入れるだけで血液を採取する必要も無い「パルス・オキシメーター」という装置ですが、現在では昔流行した「デジモン」程度の大きさの装置も売られている。

10年程前まで、我が家では家族で富士登山をする習慣が有りましたが、子供の自由研究のテーマが「高山病と血中酸素飽和度」だったので、家内の病院からパルス・オキシメーターをお借りして、バスケ部の部員を登山に同行させていました。(引率の教諭と良く間違えられました)

気圧が低く、酸素分圧も低い高山では、さぞ血中酸素飽和度も低くなるかと思いきや、運動(登山)を停止すると直ぐに90%程度には回復してしまいます。結果、富士登山で頭痛や吐き気などの症状(高山病では無く、山酔いと呼ばれる程度の症状)が出るのは、血中酸素飽和度の低下が原因では無いと結論付けました。

(個人的には過換気による血中二酸化炭素濃度低下で血液PHが低下し、血中のアンモニア濃度が高まる事が原因と妄想しています。脳が軽い二日酔い的な状態になるのはアンモニアが原因では無いかと・・妄想しています。)

話がだいぶ逸れましたが、医療関係者などはパルス・オキシメータで血中酸素飽和度を測定して70%などとう数字になったらPCR検査をすれば、発熱などの症状が出てからPCR検査をするより早期発見に繋がると書かれています。

ただ、心拍同様に少しの運動などでも血中酸素飽和度は変化し易いので、素人がこの装置を買って、ちょっと血中酸素飽和度が下がったからと言って直ぐに病院に行く様な事は避けて下さい。そもそも、素人が買様な装置ではありませんが。(小さくても医療危機なのでそれなるのお値段です)


新型コロナウイルスは日替わりメニューの様に、重症化の可能性が有る新たな要因が報道されます。しかし、致死率が著しく低い日本人が、これらの情報に怯える必要は在りません。

ただ、感染したかなと思た時や、自宅待機になった時、何を気を付ければ良いかの目安にはなると思います。
https://green.ap.teacup.com/pekepon/2558.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/741.html#c47

[近代史4] 新型コロナウイルス肺炎は「間質性肺炎」で致死率100% ? 中川隆
48. 中川隆[-12923] koaQ7Jey 2020年4月27日 09:04:51 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[6]

コロナ「突然重症化した人」の驚くべき共通点
10日間救急治療室で患者を診た医師の見解
The New York Times 2020/04/24
https://toyokeizai.net/articles/-/346423


患者が「息苦しさ」を感じて病院を訪れる時には、肺炎がかなり進行している可能性がある。その理由とは(写真:REUTERS/Giorgos Moutafis )

私は30年間救急医療に携わっている。1994年には、挿管法を指導する画像システムを考案した。呼吸を助けるための管を挿入するプロセスを指導するものだ。これを契機に私は挿管法のリサーチを行うようになり、その後、過去20年は世界各地の医師たちに向けて気管処置の講座を行っている。

3月末、新型コロナウイルス感染患者がニューヨークの病院にあふれ返るようになり、ベルビュー病院で10日間、ボランティアで支援にあたった。この間私は、このウイルスによって致命的となる肺炎の早期発見ができていないこと、そして患者を、人工呼吸器を使わずに回復させるための方法がもっとあるはずだと考えるようになった。

肺炎症状が出ているのに、息切れ感じない

ニューハンプシャー州の自宅からニューヨークまでの長距離運転中、友人のニック・カプトに連絡をした。彼はブロンクスに勤務する救急医で、すでに新型コロナ騒ぎの渦中で奮闘していた。私は今後自分が直面するだろう事態、安全を保つ方法、そしてこの疾患に対する彼の見解を知りたかった。

「リック、これはいまだかつて誰も見たことのないものだぞ」と彼は言った。

その通りだった。新型コロナによる肺炎はニューヨーク市内の医療システムに重大な影響を及ぼしている。通常、救急治療室(ER)に運ばれる患者は、 心臓麻痺や脳卒中といった重篤な状態から、軽度の裂傷、中毒症状、整形外科系のケガ、偏頭痛といった軽症までさまざまだ。

ところが、ベルビュー病院で10日間ボランティアをした期間中、 ERの患者はほとんどすべて新型コロナによる肺炎患者だったのだ。私はシフト開始からわずか1時間の間に、2人の患者に挿管していた。

呼吸器系の症状がない患者でも新型コロナ性の肺炎を患っていた。肩を刺された患者が来て、傷が肺に届いていないかを確認するためにレントゲンを撮った際、彼も肺炎だった。転倒してケガをしたということでCT

スキャンを撮った患者たちにも偶然、肺炎が見つかった。原因不明で失神した高齢者、多くの糖尿病患者も新型コロナに感染していた。

そして次の事実が私たちを心底驚かせた。こうした患者たちの胸のレントゲンは、肺炎が進んでいることを示しており、飽和酸素レベルも正常以下であるにもかかわらず、ほとんどが呼吸上の問題を訴えていなかったのだ。

いったいこれはどういうことなのだろうか。

私たちは、新型コロナ肺炎が、最初に「サイレント(無症候性)低酸素症」という酸素欠乏を引き起こすことを認識し始めた。陰湿で検出しにくい性質から「サイレント」と呼ばれている。

肺炎では患者は通常、胸部の不快感や呼吸時の痛みなどの呼吸障害を発症する。しかし、新型コロナ肺炎の場合、当初患者は酸素量が低下しても、息切れを感じない。しかしその間、驚くほど酸素濃度が低下し、中等度から重度の肺炎(胸部X線写真で見られる)になっていく。正常な酸素飽和度は94%から100%だが、私が見た患者の中には、酸素飽和度が50%にまで低下していた例もある。

来院時点ではすでに重体になっていることも

驚いたことに、私が見た患者のほとんどは、1週間ほど前から発熱、咳、胃もたれ、倦怠感などの症状が出ていたが、来院するまで息切れは感じていなかった。肺炎は明らかに何日も続いており、来院した時はすでに重体になっていることが多い。

救急科では、さまざまな理由で重症患者に呼吸管を挿入する。しかし、私の30年の経験では、緊急挿管を必要とする患者のほとんどは、ショック状態にあるか、精神的に混乱しているか、あるいは、息をするためにうなり声を上げるかしている。急性低酸素症のために挿管を必要とする患者は、多くの場合、意識を失っていたり、呼吸をするためにあらゆる筋肉を使っている。だが、新型コロナ肺炎の症例はまったく違う。

私が診た新型コロナ肺炎患者の大多数は、トリアージ時の酸素飽和度が著しく低く、一見通常生活を送れないような状態なのに、挿管の準備をする時でさえスマホをいじっていた。呼吸は速いし、胸部レントゲンでは危険なほど酸素濃度が低く、ひどい肺炎であったにもかかわらず、見た目には比較的最小限の苦痛を抱えているだけだったのだ。

なぜそうなるのか、私たちはようやく理解し始めたばかりだ。コロナウイルスは界面活性剤物質(サーファクタント)を産生する肺細胞を攻撃する。この物質のおかげで、肺の中の肺胞は呼吸の合間に膨らんだ状態を維持できる。サーファクタントは、肺が正常に機能する上で重要な物質だ。

新型コロナ肺炎の炎症が起こり始めると、肺胞が虚脱し、酸素レベルが低下する。それでも当初は、肺はこの状態に適応し、硬くなることも、液体を貯めることもない。この状態であれば、患者は二酸化炭素を排出できる。二酸化炭素が蓄積されなければ、患者は息切れを感じない。

患者は血中の酸素が低下するにつれ、より速く、深く呼吸をするようになる。無自覚に、だ。この無症候性低酸素症とそれに対する患者の生理的反応によって、炎症はいっそう進み、より多くの肺胞が虚脱する。ついには肺炎が悪化して、酸素レベルが急激に低下する。患者が激しく呼吸することで、いっそう肺を傷つけているわけだ。


患者の2割はその後、より危険性の高い肺損傷段階へと進展する。液体がたまり、肺は硬くなる。二酸化炭素レベルが上昇し、患者は急性呼吸不全を発症する。

目立って呼吸がきつくなり、危険なほどの低酸素レベルで病院にやってきたときにはもう、最終的に人工呼吸器が必要となることが多い。 息切れを感じることなく突然死亡する新型コロナ患者の症例は、無症候性低酸素症が急速に呼吸不全に進展する事態で説明できる(ただし、新型コロナ患者の大半は症状が比較的軽度で、治療なしで、1、2週間で回復しているようだ)。

救急で訪れる患者の肺損傷が驚くほど重篤なため、このパンデミックは医療体制に大きな負荷をかけている。新型コロナによる死亡は、肺機能の悪化によるものが圧倒的に多い。また、肺炎が十分進行するまで病院に行かない患者があまりに多いため、多くの人が最終的に人工呼吸器につながれ、これが機器不足につながっている。そして、いったん人工呼吸器につながれたら、多くの人が死んでいく。

低酸素症を早めに検知するには

人工呼吸器の使用を避けることは、患者と医療システムの双方にとって非常に有益である。人工呼吸器を装着した患者のためには、膨大な資源を必要とする。通気口をつけた患者に対しては、ベントに抵抗したり、誤って呼吸管を取り外したりしないように、複数の鎮静剤が必要である。

患者は静脈および動脈経路、さらにIV薬およびIVポンプを必要とする。また、気管内チューブに加えて、胃および膀胱にもチューブを挿入する。チームのメンバーは1日2回、各患者の肺機能を改善させるため、腹部を下に、さらに背中を下にして寝かせながら、動かすことが求められる。

新型コロナ肺炎を患う患者をより多く迅速に特定し、それらの患者をより効果的に治療するひとつの方法がある。その方法では、病院または医院でのコロナウイルス検査を待つ必要はない。普及型の医療器具を使って無症候性の低酸素症を早期に発見することが求められる。その器具とは「パルスオキシメーター」であり、ほとんどの薬局で処方箋なしに購入できる。

パルスオキシメーターは、体温計と同様、複雑なものではない。この小さな機器はボタン1つで起動する。利用者が指先に装着すると数秒で、酸素飽和度と脈拍数を表す2つの数字が表示される。パルスオキシメーターは、酸素化障害および高心拍数を検知する器具として非常に信頼度が高い。

パルスオキシメーターは、私が知る2人の救急医の命を救うのに役立った。早い段階で治療の必要性を警告したのだ。2人とも自分の酸素レベルが下がっていることに気づき、病院に行って症状回復へと至った(1人ははより長く、高度な治療が必要だったが)。低酸素症の発見、早期治療、詳細なモニタリングは、イギリスのボリス・ジョンソン首相の治療にも役立ったようだ。


自分で機器を使ってチェックするにせよ、クリニックや診療所で測ってもらうにせよ、パルスオキシメーターを活用したクリーニングが広く普及することにより、新型コロナ肺炎に関連した呼吸障害を早期に発見できるシステムが確立できる。

パルスオキシメーターを自宅で使う人は誤って測定した数値を誤解し、不必要にERに来訪することを避けるために、使用にあたってはかかりつけ医に相談したほうがいいだろう。慢性の肺疾患を患っていることで、新型コロナとは関係なく、数値が比較的低くなる人も一部いるかもしれない。

検査で無症状になった人は2週間測るべき

新型コロナウイルスの検査で陽性になったすべての患者は、血中酸素飽和度のチェックを2週間にわたりするべきだ。新型コロナ肺炎は通常、この2週間のうちに発症する。

咳、倦怠感、発熱のある人たちについても、たとえウイルス検査を受けていなくても、あるいは検査結果が陰性だったとしても、血中酸素飽和度のモニタリングを受けるべきだ。PCR検査の精度は約70%しかないからだ。アメリカ人の大部分は、このことを知らない。

挿管や人工呼吸器に頼ることを避けるために私たちができることはほかにもある。患者の体位変換(患者をうつ伏せや横に寝かせること)を行うことにより、新型コロナ肺炎で最も影響を受ける下肺と後肺が開くことができる。

酸素投与と体位変換は患者の呼吸を助け、多くの場合、病気の進行を防ぐように見受けられた。カプトによる予備研究では、新型コロナ肺炎が進行した患者4人のうち3人が、この戦略で対処した直後の24時間内に人工呼吸器を必要としなくなったとのことだ。

現在までに、新型コロナによるアメリカ内での死者数は4万600人を超え、ニューヨーク州だけで1万人を超えている。パルスオキシメーターの正確性は100%ではなく、また万能薬でもない。今後も、避けられない死や最悪な結果がなくなることはないだろう。

なぜ特定の患者が重症化するのか、なぜ多臓器不全を発症する患者がいるのか、私たちはまだ完全には理解していない。すでに慢性疾患で衰弱している多くの高齢者や基礎的な肺疾患のある人々には、どんなに積極的な治療を行ってもそれが及ばない場合もある。

しかし、私たちは現在より上手く対処することができる。現在、多くの緊急治療室がこの病気に圧倒されているか、あるいはその状態に陥るまで秒読みの状況にある。無症候性の低酸素症をスクリーニングすることにより、新型コロナ肺炎の初期段階を早期に特定して治療するためのリソースを提供する必要がある。

ウイルスを追跡するのではなく、ウイルスより先回りするのは今だ。

(筆者のRichard Levitan氏は緊急医療医)

(C)2020 The New York Times News Services


http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/741.html#c48

[近代史4] 新型コロナウイルスはデザイナーズウィルス、免疫細胞を無効化することが判明 中川隆
33. 中川隆[-12922] koaQ7Jey 2020年4月27日 09:05:46 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[7]
コロナ「突然重症化した人」の驚くべき共通点
10日間救急治療室で患者を診た医師の見解
The New York Times 2020/04/24
https://toyokeizai.net/articles/-/346423


患者が「息苦しさ」を感じて病院を訪れる時には、肺炎がかなり進行している可能性がある。その理由とは(写真:REUTERS/Giorgos Moutafis )

私は30年間救急医療に携わっている。1994年には、挿管法を指導する画像システムを考案した。呼吸を助けるための管を挿入するプロセスを指導するものだ。これを契機に私は挿管法のリサーチを行うようになり、その後、過去20年は世界各地の医師たちに向けて気管処置の講座を行っている。

3月末、新型コロナウイルス感染患者がニューヨークの病院にあふれ返るようになり、ベルビュー病院で10日間、ボランティアで支援にあたった。この間私は、このウイルスによって致命的となる肺炎の早期発見ができていないこと、そして患者を、人工呼吸器を使わずに回復させるための方法がもっとあるはずだと考えるようになった。

肺炎症状が出ているのに、息切れ感じない

ニューハンプシャー州の自宅からニューヨークまでの長距離運転中、友人のニック・カプトに連絡をした。彼はブロンクスに勤務する救急医で、すでに新型コロナ騒ぎの渦中で奮闘していた。私は今後自分が直面するだろう事態、安全を保つ方法、そしてこの疾患に対する彼の見解を知りたかった。

「リック、これはいまだかつて誰も見たことのないものだぞ」と彼は言った。

その通りだった。新型コロナによる肺炎はニューヨーク市内の医療システムに重大な影響を及ぼしている。通常、救急治療室(ER)に運ばれる患者は、 心臓麻痺や脳卒中といった重篤な状態から、軽度の裂傷、中毒症状、整形外科系のケガ、偏頭痛といった軽症までさまざまだ。

ところが、ベルビュー病院で10日間ボランティアをした期間中、 ERの患者はほとんどすべて新型コロナによる肺炎患者だったのだ。私はシフト開始からわずか1時間の間に、2人の患者に挿管していた。

呼吸器系の症状がない患者でも新型コロナ性の肺炎を患っていた。肩を刺された患者が来て、傷が肺に届いていないかを確認するためにレントゲンを撮った際、彼も肺炎だった。転倒してケガをしたということでCT

スキャンを撮った患者たちにも偶然、肺炎が見つかった。原因不明で失神した高齢者、多くの糖尿病患者も新型コロナに感染していた。

そして次の事実が私たちを心底驚かせた。こうした患者たちの胸のレントゲンは、肺炎が進んでいることを示しており、飽和酸素レベルも正常以下であるにもかかわらず、ほとんどが呼吸上の問題を訴えていなかったのだ。

いったいこれはどういうことなのだろうか。

私たちは、新型コロナ肺炎が、最初に「サイレント(無症候性)低酸素症」という酸素欠乏を引き起こすことを認識し始めた。陰湿で検出しにくい性質から「サイレント」と呼ばれている。

肺炎では患者は通常、胸部の不快感や呼吸時の痛みなどの呼吸障害を発症する。しかし、新型コロナ肺炎の場合、当初患者は酸素量が低下しても、息切れを感じない。しかしその間、驚くほど酸素濃度が低下し、中等度から重度の肺炎(胸部X線写真で見られる)になっていく。正常な酸素飽和度は94%から100%だが、私が見た患者の中には、酸素飽和度が50%にまで低下していた例もある。

来院時点ではすでに重体になっていることも

驚いたことに、私が見た患者のほとんどは、1週間ほど前から発熱、咳、胃もたれ、倦怠感などの症状が出ていたが、来院するまで息切れは感じていなかった。肺炎は明らかに何日も続いており、来院した時はすでに重体になっていることが多い。

救急科では、さまざまな理由で重症患者に呼吸管を挿入する。しかし、私の30年の経験では、緊急挿管を必要とする患者のほとんどは、ショック状態にあるか、精神的に混乱しているか、あるいは、息をするためにうなり声を上げるかしている。急性低酸素症のために挿管を必要とする患者は、多くの場合、意識を失っていたり、呼吸をするためにあらゆる筋肉を使っている。だが、新型コロナ肺炎の症例はまったく違う。

私が診た新型コロナ肺炎患者の大多数は、トリアージ時の酸素飽和度が著しく低く、一見通常生活を送れないような状態なのに、挿管の準備をする時でさえスマホをいじっていた。呼吸は速いし、胸部レントゲンでは危険なほど酸素濃度が低く、ひどい肺炎であったにもかかわらず、見た目には比較的最小限の苦痛を抱えているだけだったのだ。

なぜそうなるのか、私たちはようやく理解し始めたばかりだ。コロナウイルスは界面活性剤物質(サーファクタント)を産生する肺細胞を攻撃する。この物質のおかげで、肺の中の肺胞は呼吸の合間に膨らんだ状態を維持できる。サーファクタントは、肺が正常に機能する上で重要な物質だ。

新型コロナ肺炎の炎症が起こり始めると、肺胞が虚脱し、酸素レベルが低下する。それでも当初は、肺はこの状態に適応し、硬くなることも、液体を貯めることもない。この状態であれば、患者は二酸化炭素を排出できる。二酸化炭素が蓄積されなければ、患者は息切れを感じない。

患者は血中の酸素が低下するにつれ、より速く、深く呼吸をするようになる。無自覚に、だ。この無症候性低酸素症とそれに対する患者の生理的反応によって、炎症はいっそう進み、より多くの肺胞が虚脱する。ついには肺炎が悪化して、酸素レベルが急激に低下する。患者が激しく呼吸することで、いっそう肺を傷つけているわけだ。


患者の2割はその後、より危険性の高い肺損傷段階へと進展する。液体がたまり、肺は硬くなる。二酸化炭素レベルが上昇し、患者は急性呼吸不全を発症する。

目立って呼吸がきつくなり、危険なほどの低酸素レベルで病院にやってきたときにはもう、最終的に人工呼吸器が必要となることが多い。 息切れを感じることなく突然死亡する新型コロナ患者の症例は、無症候性低酸素症が急速に呼吸不全に進展する事態で説明できる(ただし、新型コロナ患者の大半は症状が比較的軽度で、治療なしで、1、2週間で回復しているようだ)。

救急で訪れる患者の肺損傷が驚くほど重篤なため、このパンデミックは医療体制に大きな負荷をかけている。新型コロナによる死亡は、肺機能の悪化によるものが圧倒的に多い。また、肺炎が十分進行するまで病院に行かない患者があまりに多いため、多くの人が最終的に人工呼吸器につながれ、これが機器不足につながっている。そして、いったん人工呼吸器につながれたら、多くの人が死んでいく。

低酸素症を早めに検知するには

人工呼吸器の使用を避けることは、患者と医療システムの双方にとって非常に有益である。人工呼吸器を装着した患者のためには、膨大な資源を必要とする。通気口をつけた患者に対しては、ベントに抵抗したり、誤って呼吸管を取り外したりしないように、複数の鎮静剤が必要である。

患者は静脈および動脈経路、さらにIV薬およびIVポンプを必要とする。また、気管内チューブに加えて、胃および膀胱にもチューブを挿入する。チームのメンバーは1日2回、各患者の肺機能を改善させるため、腹部を下に、さらに背中を下にして寝かせながら、動かすことが求められる。

新型コロナ肺炎を患う患者をより多く迅速に特定し、それらの患者をより効果的に治療するひとつの方法がある。その方法では、病院または医院でのコロナウイルス検査を待つ必要はない。普及型の医療器具を使って無症候性の低酸素症を早期に発見することが求められる。その器具とは「パルスオキシメーター」であり、ほとんどの薬局で処方箋なしに購入できる。

パルスオキシメーターは、体温計と同様、複雑なものではない。この小さな機器はボタン1つで起動する。利用者が指先に装着すると数秒で、酸素飽和度と脈拍数を表す2つの数字が表示される。パルスオキシメーターは、酸素化障害および高心拍数を検知する器具として非常に信頼度が高い。

パルスオキシメーターは、私が知る2人の救急医の命を救うのに役立った。早い段階で治療の必要性を警告したのだ。2人とも自分の酸素レベルが下がっていることに気づき、病院に行って症状回復へと至った(1人ははより長く、高度な治療が必要だったが)。低酸素症の発見、早期治療、詳細なモニタリングは、イギリスのボリス・ジョンソン首相の治療にも役立ったようだ。


自分で機器を使ってチェックするにせよ、クリニックや診療所で測ってもらうにせよ、パルスオキシメーターを活用したクリーニングが広く普及することにより、新型コロナ肺炎に関連した呼吸障害を早期に発見できるシステムが確立できる。

パルスオキシメーターを自宅で使う人は誤って測定した数値を誤解し、不必要にERに来訪することを避けるために、使用にあたってはかかりつけ医に相談したほうがいいだろう。慢性の肺疾患を患っていることで、新型コロナとは関係なく、数値が比較的低くなる人も一部いるかもしれない。

検査で無症状になった人は2週間測るべき

新型コロナウイルスの検査で陽性になったすべての患者は、血中酸素飽和度のチェックを2週間にわたりするべきだ。新型コロナ肺炎は通常、この2週間のうちに発症する。

咳、倦怠感、発熱のある人たちについても、たとえウイルス検査を受けていなくても、あるいは検査結果が陰性だったとしても、血中酸素飽和度のモニタリングを受けるべきだ。PCR検査の精度は約70%しかないからだ。アメリカ人の大部分は、このことを知らない。

挿管や人工呼吸器に頼ることを避けるために私たちができることはほかにもある。患者の体位変換(患者をうつ伏せや横に寝かせること)を行うことにより、新型コロナ肺炎で最も影響を受ける下肺と後肺が開くことができる。

酸素投与と体位変換は患者の呼吸を助け、多くの場合、病気の進行を防ぐように見受けられた。カプトによる予備研究では、新型コロナ肺炎が進行した患者4人のうち3人が、この戦略で対処した直後の24時間内に人工呼吸器を必要としなくなったとのことだ。

現在までに、新型コロナによるアメリカ内での死者数は4万600人を超え、ニューヨーク州だけで1万人を超えている。パルスオキシメーターの正確性は100%ではなく、また万能薬でもない。今後も、避けられない死や最悪な結果がなくなることはないだろう。

なぜ特定の患者が重症化するのか、なぜ多臓器不全を発症する患者がいるのか、私たちはまだ完全には理解していない。すでに慢性疾患で衰弱している多くの高齢者や基礎的な肺疾患のある人々には、どんなに積極的な治療を行ってもそれが及ばない場合もある。

しかし、私たちは現在より上手く対処することができる。現在、多くの緊急治療室がこの病気に圧倒されているか、あるいはその状態に陥るまで秒読みの状況にある。無症候性の低酸素症をスクリーニングすることにより、新型コロナ肺炎の初期段階を早期に特定して治療するためのリソースを提供する必要がある。

ウイルスを追跡するのではなく、ウイルスより先回りするのは今だ。

(筆者のRichard Levitan氏は緊急医療医)

(C)2020 The New York Times News Services

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/768.html#c33

[近代史4] コロナ肺炎を治すには温泉療法しかない 中川隆
7. 中川隆[-12921] koaQ7Jey 2020年4月27日 09:38:40 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[8]
2020/4/27
新型コロナウイルスは血管の内皮細胞に感染する?・・・エボラとは違う  新型コロナウイルス
https://green.ap.teacup.com/pekepon/2557.html
 この記事を書いた直後に、急激な重篤化の主要因と思われる記事を見つけたので、この記事にある血管内皮細胞へのウイルス感染は、肺炎以外の急激な症状悪化の原因と考えた方が良いかも知れません。そして、その発生確率はそれ程、高く無い可能性を考慮に入れて、この記事をお読み下さい。


■ 新型コロナウイスは血管の内皮細胞に感染する能力が有る ■

777さんがコメントを下さった情報が、何となく新型コロナウイスによる重篤化や旧死の説明的にししっくりするので、そのまま引用させて頂きます。

<777さんのコメントを引用>

高齢者の重症化原因? 新型コロナは全身の血管に感染することが判明

新型コロナウイルスは初期には新型肺炎と呼ばれており、呼吸器系に感染するウイルスだと思われていました。

ですが増加する死亡者の検死解剖を行った結果、死者の多くに、複数の臓器にまたがる甚大な損壊が生じていることが明らかになってきました。
そこでスイスの研究者は、原因を探るために、ウイルスにより亡くなった患者の臓器の詳細な観察を行いました。

その結果、コロナウイルスは肺だけでなく、全身の血管に感染する能力をもっていることがわかりました。死んだ患者の血管内皮に、ウイルス粒子がビッシリとこびりついていたのです。

そのため死者の臓器では末梢の血管が崩壊しており、血液の流出を引き起こし、臓器の壊死を引き起こしていました。

また追加の分析で、高齢者や糖尿病や高血圧、心疾患などにより、既に身体中の血管にダメージを受けている患者ほど、ウイルスによる血管への感染に脆弱であることがわかりました。

新型コロナウイルスは全身の血管内皮に感染できる

新型コロナウイルスは全身の血管内皮に感染する力がある

新型コロナウイルスは、表面にあるスパイクと呼ばれる構造を、人間の細胞表面に存在するアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)に結合することで感染します。
今回の研究により、ウイルスは肺に存在するACE2にだけ感染するのではなく、体全体の血管内皮に存在するACE2にも感染することが判明しました。

上の画像では、ウイルスが腎臓の血管内皮に入り込んでいる様子が示されています。

ウイルスが感染した血管内皮は炎症を引き起こすだけでなく、ウイルスが細胞を喰い破る物理的な破壊を受けて体内で出血を引き起こします。

高齢者や血管系にかかわる生活習慣病などの持病がある人は既に血管が弱っているため、ウイルスによる感染と破壊に血管が耐えきれず、症状が重篤化すると考えられます。

今回の研究成果により、新型コロナウイルスの正体はただの肺炎ではなく「全身性血管炎症」であることがわかりました。

<引用終わり>

■ DIC(播種性血管内凝固症候群、敗血症)や血栓を指摘している専門家も ■

ここ数日、新型コロナウイルス感染者の死因に「血栓」が関係しているのでは無いかとの報道がチラホラ見られます。

又、イタリアの著名な病理学者は新型コロナウイルス患者が「DIC(播種性血管内凝固症候群、敗血症)」を発症していると指摘しています。

細菌などが血管中で増殖する際に、細菌の出す発熱物質(エンドトキシン)が、白血球の一種のマクロファージや単球のに血液の凝固因子となる組織因子を発生させ、血液の凝固が血管内で始まる事によって引き起こされます。全身の血管内で凝固が始まると、微細な血栓が大量に出来、細い血管を詰まらせる事で、組織や臓器に血液が流れなくなり組織の壊死が起ります。

さらに、凝固制御因子のアンチトロンビンや、血栓を溶かすプラスミンが活発に働くようになり、本来なら出血を止める為に必要な凝固を阻害する事で、出血が止まらなくなる症状が並行して発生します。

これが新型コロナウイルス感染で疑われている「DIC(播種性血管内凝固症候群、敗血症)」です。

■ 子供の足指に凍傷(しもやけ)の様な症状が出る ■

新型コロナウイルスに感染した子供の足指に凍傷(しもやけ)の様な症状が出る事も指摘されています。これも血栓による末端血流の阻害が原因では無いかと思われます。

<引用開始>

abcニュース(4月21日)によると、皮膚科医たちが「コロナの爪先(COVID Toes)」と呼んでいる現象があるそうだ。凍傷と同じように、つま先が赤や紫に変色するのだが、症状の軽い子供や若年層に多く見られる。さらに、紫色の網目のような模様が出ることもあり、いずれも血栓との関係が疑われている。

<引用終わり>

■ 血栓の原因は血管内皮細胞の感染によって引き起こされる? ■

777さんが教えて下さった新型コロナウイルスが血管の内皮細胞に感染する能力が有り、その結果血管内皮細胞が破壊されて出血が発生した場合、当然、出血を止める為に血液凝固因子が働き、血管内に大量の血栓が生成される事は容易に想像が付きます。

■ 高齢者の死因の多くは、サイトカインストームでは無く肺血栓では無いか ■

これらの血栓に一部が肺の欠陥を塞げば肺血栓を引き起こします。高齢者の欠陥は細くなっているので、若者よりも血栓にって血管が詰まり易い。又、心臓疾患の一部は心臓の冠状動脈が細くなっているので、ここに血栓が詰まると心筋梗塞を起こし易い。糖尿病患者も心臓の血管障害を併発している場合が多い。

これまで、新型コロナウイルスによる急激な重篤化の原因はサイトカインストームでは無いかと言われていましたが、高齢者に急変患者が多く事などから、私は若者以外でサイトカインストームが高率に発生する事に疑問を持っていました。

サイトカインストームは過剰免疫反応ですから、免疫の低下した高齢者では普通は起こり難いはずです。

一方、免疫力の低下した高齢者ならば、ウイルスが血管の内皮細胞に感染する事を防ぐ事が出来ずに、その結果、微細な血栓が大量に生成され、肺を始め様々な組織の毛細血管を詰まらせる事は容易に想像が出来ます。

■ 軽症者が多いという事は、通常の免疫反応(IgM)が働く状況では血管内皮細胞の感染は起こらない? ■

全身の血管から出血する症状はエボラ出血熱の特徴ですが、新型コロナウイルスはエボラの様な極端な出血による死亡は報告ありません。

「一方で、全身の臓器が溶けた様になっていた」などHIVの患者の様な症例も報告されていますが、これも血管内皮細胞への感染である程度説明が付きます。

一方、世界的に多くの感染者が無症状、或いは軽症の事からも、血管内皮細胞への感染は、通常は免疫で防がれていると考えるのが自然です。

上気道や気管支の免疫はIgAが担当していますが、血液内の免疫はIgMが担当しています。IgAはウイルスの型に対応して最初に作られる抗体なので、コロナウイルスが血管内に侵入しても免疫系の対応が速やかで、その増殖は通常抑え込まれてしまうハズです。

一方、粘膜の抗体IgAは様々な細菌やウイルスに対応していますが、その発現がIgMに比べると遅いので、インフルエンザや風邪では、ウイルス感染から数日はIgAが活性化していません。一部、多量体のIgAはかなり広範なウイルスに対して即効性が有る様ですが、量は多くありません。感染が進行するか、軽微や無症状で済むかは、浸入したウイルスの量や、多量体のIgAの量や、T細胞など通常の免疫系の活性度で決まるのでしょう。

確かに子供の足指の凍傷(しもやけ)の様な症状からも、若年者でも血栓が生じる可能性は有りますが、通常にIgMが働く状態で、それが敗血症の様な全身症状に至るケースは希なのでしょう。

■ 軽症者は風邪程度 ■

新型コロナウイルスは次の様な進行をするのでは無いか


1) 鼻や口から体内に侵入

2) 鼻腔の奥、上気道、気管支などで増殖

ここで、通常免疫によって撃退されると症状は軽症か、風邪程度の症状


3) 気管支での感染が肺に広がり、肺炎を引き起こす

人工呼吸器を必要としないが、治療が必用な状態


4) 肺炎が両肺に広がり、酸素供給機能が失われる

人工呼吸器が必用な状態


これとは別に、上気道や気管支などの感染箇所の組織破壊で血管内にウイルスが浸入した場合

1) 血管内の通常免疫やIgMによってウイルスが撃退される

大多数の人は、血管内皮細胞の感染は防がれる


2)  血管内皮細胞への感染が広がる

3) 血管内皮細胞が破壊され出血が始まると、それを止める為、血液凝固因子が作られる

4) 血管内に大量の微細な血栓が生成される

5) 組織の毛細血管などが血栓によって塞がれ、組織の壊死が起る

6) 一部は肺血管に詰まり、肺血栓を引き起こす


新型コロナウイルス感染で突然重篤化するケースは、血管内皮細胞の感染が原因として疑われる。

しかし、エボラ出血熱の様な極端な血管組織破壊というよりも、軽微な血管内皮細胞の破壊が多くの箇所で発生する事で血栓が大量に生成される事による、2次的血流阻害による組織の壊死という進行を取ると思われる。


新型コロナウイルスの急激な重篤化の原因の一つに、血管内皮細胞へのウイルスの感染による血栓の影響が考えられるが、エボラ出血熱の様な急激な血管の損傷は起こらないと思われます。


通常にIgM抗体が働く健常者は特に心配は要りませんが、高齢者は肺血栓などの予防を心掛ける必要が有りそうです。
https://green.ap.teacup.com/pekepon/2557.html

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/743.html#c7

[近代史4] 新型コロナウイルスはデザイナーズウィルス、免疫細胞を無効化することが判明 中川隆
34. 中川隆[-12920] koaQ7Jey 2020年4月27日 09:55:42 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[9]
“ゴースト血管”が危ない 〜美と長寿のカギ 毛細血管〜」

ゴースト血管 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E8%A1%80%E7%AE%A1

若くても油断できない――毛細血管が消えていく「ゴースト血管」のリスク
https://news.yahoo.co.jp/feature/933

加齢や生活習慣の乱れなどをきっかけに、全身の毛細血管が血液の通らない管だけになってしまう――そんな「ゴースト血管」が注目されている。放置すれば毛細血管そのものが消滅し、酸素と栄養が全身に行きわたらなくなる恐れがある。そのため、ゴースト血管は肌のシワやたるみ、骨粗しょう症、肝臓や腎臓の機能低下、さらには認知症など、深刻な病にもつながるという。私たちの若さと健康をむしばむ、ゴースト血管の危険性、そしてその対策を追った。(取材・文=NHKスペシャル「“ゴースト血管”が危ない」取材班/編集=Yahoo!ニュース 特集編集部)

毛細血管と肌の老化との深い関係

「お客さまから、肌が内側から衰えていくという実感が寄せられていました。肌を根本からケアしたいという要望に応えるため、以前から毛細血管に着目してきました」

横浜市都筑区にある、資生堂リサーチセンターで、研究員の加治屋健太朗さんが説明する。ヘアケア製品「TSUBAKI」やメイクアップ製品「マキアージュ」といったヒット商品を生んだこの研究所では、肌と毛細血管の関係について20年間にわたり基礎研究が進められてきた。

資生堂リサーチセンターでは、肌の毛細血管に焦点を当てた研究を重ねている(撮影:殿村誠士)

資生堂では、1万人以上の顔面をモニタリングして研究を重ね、2016年には頬や目じりの毛細血管を世界で初めて3Dで表すことに成功した。

「50代以降の顔の毛細血管の数は、10〜40代と比べ4割も減ります」と加治屋さんは言う。「例えば目じりの毛細血管なら、平均すると70代では30代の半分になります。その結果、シワやたるみが発生します」

1万人以上の肌をリサーチ。毛細血管にアプローチすることで得られた知見とそれに基づく薬剤は、資生堂の化粧品やサプリメントに活用されている(撮影:殿村誠士)

毛細血管にアプローチする知見とそれに基づく薬剤は、資生堂の化粧品やサプリメントに既に導入されており、今後も商品化や用途が拡大していく見込みだ。資生堂以外にも、加齢関連疾患の治療法を研究する慶応大学医学部の百寿総合研究センターが、長寿と毛細血管の関係について調査を始めるなど、毛細血管と健康の関係に着目する企業や研究の事例は増えている。
管だけで血液が流れない「ゴースト血管」

人間の血管のうち95〜99%を占めるといわれる毛細血管は、約37兆個と言われる細胞すべてに酸素や栄養を届ける役割を持つ。毛細血管には小さな隙間が開いており、そこから血液が微量ずつ漏れることで周囲の細胞に酸素や栄養を届ける仕組みだ。毛細血管が、全身の細胞にとっての「栄養配送網」を担っている。そのため、ゴースト血管になると、その周辺の細胞に酸素や栄養が届かず、問題が発生する。

毛細血管の断面図。血液中を流れる円盤状の赤血球が、血管の隙間から有効成分を押し出す(提供:NHK)

血管研究の権威である大阪大学微生物病研究所の倉伸幸教授はこう説明する。

「毛細血管自身も、血液が流れ続けることでみずみずしい状態を保ち、健全な状態を維持しています。ところが何らかの原因で血管構造が破綻すると、血管網の途中で血液成分が漏れすぎてしまい、末端まで届かなくなる。その状態が続くと毛細血管はボロボロになっていき、最終的に消失してしまうのです」

血液が流れなくなった毛細血管は、幽霊のように消えていく(提供:NHK)

倉教授は、血液が流れなくなり消えていく毛細血管のことを、まるで幽霊のように消えてしまうさまから「ゴースト血管」と名づけた。何が原因で発生するのか。

「ゴースト血管の発生は、加齢も原因の一つではありますが、生活習慣が大きく影響します。睡眠不足や糖分・脂肪分の過剰摂取など偏った食生活といった不摂生が重なると、毛細血管はもろくなり、ゴースト血管が発生しやすくなります。肌の場合、浴びた紫外線量が増えると毛細血管の減少は加速します」

大阪大学微生物病研究所の高倉伸幸教授(撮影:殿村誠士)

毛細血管が消失すれば、周辺の細胞への栄養配送網もカットされる。供給を失った細胞は当然衰える。さらに、そうした細胞で構成される臓器は劣化していく、というスパイラルに陥る。

「ゴースト血管は、放置すると美容だけでなく健康にも悪影響を及ぼします。肌で起きればシワやたるみに、肝臓で起きると肝機能が低下、骨で起きると骨粗しょう症の原因になります」
認知症の陰にも

ゴースト血管の影響は、脳にも及ぶ。

神経内科医であり、認知症を専門とする冨本秀和・三重大学教授は「脳は非常に豊富な血流を必要とする場所で、身体に取り込んだ酸素の2割を消費します。最も毛細血管が重要な臓器です」と言う。

冨本教授らの2007年の研究で、アルツハイマー病患者の脳では健常者と比べ、29%も毛細血管が減少していることが分かった。「毛細血管は、アルツハイマー病の原因物質となる『アミロイドβ』を回収する通り道としての役割を持っていると考えられています。その道が減ることで、脳にアミロイドβが蓄積しやすくなり、アルツハイマー病の進行が速まるのではないでしょうか」

ゴースト血管とアルツハイマー病の関係を研究する三重大学の冨本秀和教授(提供:NHK)

脳の組織に血液が行きわたらないことで現れる「白質病変」も、ゴースト血管が原因だと考えられている。白質病変は、認知症患者の脳に見られる病変の一つだ。愛媛大学が2015年に行った研究では、白質病変がある患者には軽度認知障害のリスクが倍増することが分かっている。

愛媛大学医学部附属病院抗加齢・予防医療センターの伊賀瀬道也センター長(提供:NHK)

「白質病変が重篤なほど、軽度認知障害のリスクは上がります」と、愛媛大学医学部附属病院抗加齢・予防医療センターの伊賀瀬道也センター長は指摘する。「59歳から75歳までの1400人を調査した結果、約6割から白質病変が見つかりました。かなり多くの方が、脳にゴースト血管を抱えている可能性があります」
ゴースト血管は寝たきりも招く

「骨の丈夫さ」もゴースト血管と無縁ではない。

「骨は硬くて変化していないと思われがちですが、日々古い骨が壊され、新しい骨に作り替えられています。その『作り替え』に必要な材料を骨に運ぶのが毛細血管。ゴースト化のダメージが大きな場所と言えます」

骨と毛細血管の関係について語る独マックスプランク研究所のラルフ・アダムス博士(提供:NHK)

こう語るのは、血管研究の世界的権威で、骨と毛細血管の関係を研究しているラルフ・アダムス博士(独マックスプランク研究所)だ。「ゴースト血管は、骨がもろくなる骨粗しょう症も招きます。骨粗しょう症は寝たきりの大きな原因になっていますから、特に影響は深刻です」


健康な骨(上)とスカスカになった骨の比較イメージ。赤い毛細血管の数もいきわたる養分や酸素の量も大きく差がある(提供:NHK)
年齢だけの問題ではない

「ゴースト血管は自覚症状がなく、あってもせいぜい冷え性くらいのもの。さまざまな臓器での『異変』を感じたときには、かなり症状が進んでしまっている可能性が高い」(倉教授)という。

実際にどのくらい「潜在患者」がいるのか。今回、高倉教授の監修で調査した。

20代から70代までの男女200人の被験者の協力で、毛細血管の状況を検査。手の指先の毛細血管を専門の機器で解析することで、被験者の毛細血管の様子を数値解析した。

あっと社が開発した採血不要の毛細血管スコープ「血管美人」で指先の毛細血管画像を解析した(撮影:殿村誠士)

その結果、200人中21名が「ゴースト血管の危険あり」と判定された。どの世代にも満遍なく「ゴースト血管持ち」が確認され、20代でも70代より毛細血管の状態が悪い被験者がいた。

「一般的に、少なくともおよそ1割から2割の人がゴースト血管の危険ありだと考えています」と、倉教授は言う。「若いからといって油断はできません。早期のゴースト血管化は、老化を早め、重篤な病気にかかりやすくなるリスクを高める恐れがあります」

健康な毛細血管の画像(提供:NHK)

世代間で差があまりなく、若い世代にもリスク大の被験者がいたのは、「生活習慣の乱れ、不摂生が原因でしょう」と倉教授はみる。

「たとえば睡眠時間。毛細血管は睡眠中に修復されますから、睡眠時間が短いと十分に修復されず、『漏れ』が多くなり、ゴースト血管につながります」

ゴースト血管化してしまっている一例(提供:NHK)

食生活の乱れも影響が大きい。循環器内科学や女性医療が専門の金沢医科大学の赤澤純代准教授は言う。

「特に大きいと考えているのは『大食い』です。過剰な糖を摂取した際に体内で生成される成分が、血管の細胞を傷つけ、『漏れ』を加速させてしまいます。その結果、ゴースト血管が進行するのです」
まずは血流を上げることが大事

年齢に関係なく忍び寄ってくるゴースト血管。今回、赤澤准教授の協力を得て、ゴースト血管のリスクを簡易的に調べることができるチェックテストも用意した。

簡単な設問に答えることで、ゴースト血管の危険度をチェックできる(提供:NHK)

このチェックテストで「リスクあり」と出たらどうすればいいのだろうか。基本的な対策は、「血流アップ」を心がけること。血流を上げると、管だけになった毛細血管に再び血液が通うようになる。また、毛細血管の内側の細胞同士の結びつきが強くなり、血液成分が漏れにくい、つまりゴースト化しにくい血管を作ることができる。

血流アップに効果的かつ手軽な方法として、高倉教授が勧めるのは「スキップ」だ。「第2の心臓と呼ばれるふくらはぎを鍛えることで、全身の血流が上がります」

血流アップにはスキップが有効だ(提供:NHK)

スキップができない場合は、その場でかかとの上げ下ろしをするだけでも効果がある。「それでも難しいなら、腹式呼吸による深呼吸をお勧めします。深呼吸でも血流は上がります」

毛細血管を「いたわる」食事もある。特に効果を期待できるのは、シナモンだ。「シナモンに含まれる物質が毛細血管の細胞の接着力を上げ、『漏れ』を防ぐ働きにつながります」と、赤澤准教授は言う。スパイスの一つであるヒハツやルイボスティーなども、シナモンと同様の効果があるという。

ゴースト血管対策には、シナモンの摂取が効果的(提供:NHK)

生活習慣や食生活の改善で、ゴースト血管の進行は食い止められる可能性がある。健康のバロメーターにもなる毛細血管の状態を良好に保つために、ゴースト化しない生活スタイルを心がけたい。倉教授はこう警鐘を鳴らす。

「毛細血管は消えてゴースト化しやすい半面、すぐに血流を通せば復活させられます。しかし、いったん毛細血管が消えてしまうと、新しく作ることは非常に難しい。ゴースト化から消滅までのタイムリミットは正確には分かっていませんが、とにかく早めに対策を取らなければいけません」

「“ゴースト血管”が危ない 〜美と長寿のカギ 毛細血管〜」は、4月1日(日)午後9時〜生放送(NHK総合)

全身に張り巡らされ、命を支えている毛細血管が幽霊のように消えてしまう“ゴースト血管”。 全身のあらゆる部分をむしばみ、認知症や骨粗しょう症などの深刻な病につながることが明らかになってきた。 どう予防・対策するか?最新研究の取材をもとに迫る。
https://news.yahoo.co.jp/feature/933

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/768.html#c34

[近代史4] 新型コロナウイルス肺炎は「間質性肺炎」で致死率100% ? 中川隆
49. 中川隆[-12919] koaQ7Jey 2020年4月27日 09:56:24 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[10]
“ゴースト血管”が危ない 〜美と長寿のカギ 毛細血管〜」

ゴースト血管 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E8%A1%80%E7%AE%A1

若くても油断できない――毛細血管が消えていく「ゴースト血管」のリスク
https://news.yahoo.co.jp/feature/933

加齢や生活習慣の乱れなどをきっかけに、全身の毛細血管が血液の通らない管だけになってしまう――そんな「ゴースト血管」が注目されている。放置すれば毛細血管そのものが消滅し、酸素と栄養が全身に行きわたらなくなる恐れがある。そのため、ゴースト血管は肌のシワやたるみ、骨粗しょう症、肝臓や腎臓の機能低下、さらには認知症など、深刻な病にもつながるという。私たちの若さと健康をむしばむ、ゴースト血管の危険性、そしてその対策を追った。(取材・文=NHKスペシャル「“ゴースト血管”が危ない」取材班/編集=Yahoo!ニュース 特集編集部)

毛細血管と肌の老化との深い関係

「お客さまから、肌が内側から衰えていくという実感が寄せられていました。肌を根本からケアしたいという要望に応えるため、以前から毛細血管に着目してきました」

横浜市都筑区にある、資生堂リサーチセンターで、研究員の加治屋健太朗さんが説明する。ヘアケア製品「TSUBAKI」やメイクアップ製品「マキアージュ」といったヒット商品を生んだこの研究所では、肌と毛細血管の関係について20年間にわたり基礎研究が進められてきた。

資生堂リサーチセンターでは、肌の毛細血管に焦点を当てた研究を重ねている(撮影:殿村誠士)

資生堂では、1万人以上の顔面をモニタリングして研究を重ね、2016年には頬や目じりの毛細血管を世界で初めて3Dで表すことに成功した。

「50代以降の顔の毛細血管の数は、10〜40代と比べ4割も減ります」と加治屋さんは言う。「例えば目じりの毛細血管なら、平均すると70代では30代の半分になります。その結果、シワやたるみが発生します」

1万人以上の肌をリサーチ。毛細血管にアプローチすることで得られた知見とそれに基づく薬剤は、資生堂の化粧品やサプリメントに活用されている(撮影:殿村誠士)

毛細血管にアプローチする知見とそれに基づく薬剤は、資生堂の化粧品やサプリメントに既に導入されており、今後も商品化や用途が拡大していく見込みだ。資生堂以外にも、加齢関連疾患の治療法を研究する慶応大学医学部の百寿総合研究センターが、長寿と毛細血管の関係について調査を始めるなど、毛細血管と健康の関係に着目する企業や研究の事例は増えている。
管だけで血液が流れない「ゴースト血管」

人間の血管のうち95〜99%を占めるといわれる毛細血管は、約37兆個と言われる細胞すべてに酸素や栄養を届ける役割を持つ。毛細血管には小さな隙間が開いており、そこから血液が微量ずつ漏れることで周囲の細胞に酸素や栄養を届ける仕組みだ。毛細血管が、全身の細胞にとっての「栄養配送網」を担っている。そのため、ゴースト血管になると、その周辺の細胞に酸素や栄養が届かず、問題が発生する。

毛細血管の断面図。血液中を流れる円盤状の赤血球が、血管の隙間から有効成分を押し出す(提供:NHK)

血管研究の権威である大阪大学微生物病研究所の倉伸幸教授はこう説明する。

「毛細血管自身も、血液が流れ続けることでみずみずしい状態を保ち、健全な状態を維持しています。ところが何らかの原因で血管構造が破綻すると、血管網の途中で血液成分が漏れすぎてしまい、末端まで届かなくなる。その状態が続くと毛細血管はボロボロになっていき、最終的に消失してしまうのです」

血液が流れなくなった毛細血管は、幽霊のように消えていく(提供:NHK)

倉教授は、血液が流れなくなり消えていく毛細血管のことを、まるで幽霊のように消えてしまうさまから「ゴースト血管」と名づけた。何が原因で発生するのか。

「ゴースト血管の発生は、加齢も原因の一つではありますが、生活習慣が大きく影響します。睡眠不足や糖分・脂肪分の過剰摂取など偏った食生活といった不摂生が重なると、毛細血管はもろくなり、ゴースト血管が発生しやすくなります。肌の場合、浴びた紫外線量が増えると毛細血管の減少は加速します」

大阪大学微生物病研究所の高倉伸幸教授(撮影:殿村誠士)

毛細血管が消失すれば、周辺の細胞への栄養配送網もカットされる。供給を失った細胞は当然衰える。さらに、そうした細胞で構成される臓器は劣化していく、というスパイラルに陥る。

「ゴースト血管は、放置すると美容だけでなく健康にも悪影響を及ぼします。肌で起きればシワやたるみに、肝臓で起きると肝機能が低下、骨で起きると骨粗しょう症の原因になります」
認知症の陰にも

ゴースト血管の影響は、脳にも及ぶ。

神経内科医であり、認知症を専門とする冨本秀和・三重大学教授は「脳は非常に豊富な血流を必要とする場所で、身体に取り込んだ酸素の2割を消費します。最も毛細血管が重要な臓器です」と言う。

冨本教授らの2007年の研究で、アルツハイマー病患者の脳では健常者と比べ、29%も毛細血管が減少していることが分かった。「毛細血管は、アルツハイマー病の原因物質となる『アミロイドβ』を回収する通り道としての役割を持っていると考えられています。その道が減ることで、脳にアミロイドβが蓄積しやすくなり、アルツハイマー病の進行が速まるのではないでしょうか」

ゴースト血管とアルツハイマー病の関係を研究する三重大学の冨本秀和教授(提供:NHK)

脳の組織に血液が行きわたらないことで現れる「白質病変」も、ゴースト血管が原因だと考えられている。白質病変は、認知症患者の脳に見られる病変の一つだ。愛媛大学が2015年に行った研究では、白質病変がある患者には軽度認知障害のリスクが倍増することが分かっている。

愛媛大学医学部附属病院抗加齢・予防医療センターの伊賀瀬道也センター長(提供:NHK)

「白質病変が重篤なほど、軽度認知障害のリスクは上がります」と、愛媛大学医学部附属病院抗加齢・予防医療センターの伊賀瀬道也センター長は指摘する。「59歳から75歳までの1400人を調査した結果、約6割から白質病変が見つかりました。かなり多くの方が、脳にゴースト血管を抱えている可能性があります」
ゴースト血管は寝たきりも招く

「骨の丈夫さ」もゴースト血管と無縁ではない。

「骨は硬くて変化していないと思われがちですが、日々古い骨が壊され、新しい骨に作り替えられています。その『作り替え』に必要な材料を骨に運ぶのが毛細血管。ゴースト化のダメージが大きな場所と言えます」

骨と毛細血管の関係について語る独マックスプランク研究所のラルフ・アダムス博士(提供:NHK)

こう語るのは、血管研究の世界的権威で、骨と毛細血管の関係を研究しているラルフ・アダムス博士(独マックスプランク研究所)だ。「ゴースト血管は、骨がもろくなる骨粗しょう症も招きます。骨粗しょう症は寝たきりの大きな原因になっていますから、特に影響は深刻です」


健康な骨(上)とスカスカになった骨の比較イメージ。赤い毛細血管の数もいきわたる養分や酸素の量も大きく差がある(提供:NHK)
年齢だけの問題ではない

「ゴースト血管は自覚症状がなく、あってもせいぜい冷え性くらいのもの。さまざまな臓器での『異変』を感じたときには、かなり症状が進んでしまっている可能性が高い」(倉教授)という。

実際にどのくらい「潜在患者」がいるのか。今回、高倉教授の監修で調査した。

20代から70代までの男女200人の被験者の協力で、毛細血管の状況を検査。手の指先の毛細血管を専門の機器で解析することで、被験者の毛細血管の様子を数値解析した。

あっと社が開発した採血不要の毛細血管スコープ「血管美人」で指先の毛細血管画像を解析した(撮影:殿村誠士)

その結果、200人中21名が「ゴースト血管の危険あり」と判定された。どの世代にも満遍なく「ゴースト血管持ち」が確認され、20代でも70代より毛細血管の状態が悪い被験者がいた。

「一般的に、少なくともおよそ1割から2割の人がゴースト血管の危険ありだと考えています」と、倉教授は言う。「若いからといって油断はできません。早期のゴースト血管化は、老化を早め、重篤な病気にかかりやすくなるリスクを高める恐れがあります」

健康な毛細血管の画像(提供:NHK)

世代間で差があまりなく、若い世代にもリスク大の被験者がいたのは、「生活習慣の乱れ、不摂生が原因でしょう」と倉教授はみる。

「たとえば睡眠時間。毛細血管は睡眠中に修復されますから、睡眠時間が短いと十分に修復されず、『漏れ』が多くなり、ゴースト血管につながります」

ゴースト血管化してしまっている一例(提供:NHK)

食生活の乱れも影響が大きい。循環器内科学や女性医療が専門の金沢医科大学の赤澤純代准教授は言う。

「特に大きいと考えているのは『大食い』です。過剰な糖を摂取した際に体内で生成される成分が、血管の細胞を傷つけ、『漏れ』を加速させてしまいます。その結果、ゴースト血管が進行するのです」
まずは血流を上げることが大事

年齢に関係なく忍び寄ってくるゴースト血管。今回、赤澤准教授の協力を得て、ゴースト血管のリスクを簡易的に調べることができるチェックテストも用意した。

簡単な設問に答えることで、ゴースト血管の危険度をチェックできる(提供:NHK)

このチェックテストで「リスクあり」と出たらどうすればいいのだろうか。基本的な対策は、「血流アップ」を心がけること。血流を上げると、管だけになった毛細血管に再び血液が通うようになる。また、毛細血管の内側の細胞同士の結びつきが強くなり、血液成分が漏れにくい、つまりゴースト化しにくい血管を作ることができる。

血流アップに効果的かつ手軽な方法として、高倉教授が勧めるのは「スキップ」だ。「第2の心臓と呼ばれるふくらはぎを鍛えることで、全身の血流が上がります」

血流アップにはスキップが有効だ(提供:NHK)

スキップができない場合は、その場でかかとの上げ下ろしをするだけでも効果がある。「それでも難しいなら、腹式呼吸による深呼吸をお勧めします。深呼吸でも血流は上がります」

毛細血管を「いたわる」食事もある。特に効果を期待できるのは、シナモンだ。「シナモンに含まれる物質が毛細血管の細胞の接着力を上げ、『漏れ』を防ぐ働きにつながります」と、赤澤准教授は言う。スパイスの一つであるヒハツやルイボスティーなども、シナモンと同様の効果があるという。

ゴースト血管対策には、シナモンの摂取が効果的(提供:NHK)

生活習慣や食生活の改善で、ゴースト血管の進行は食い止められる可能性がある。健康のバロメーターにもなる毛細血管の状態を良好に保つために、ゴースト化しない生活スタイルを心がけたい。倉教授はこう警鐘を鳴らす。

「毛細血管は消えてゴースト化しやすい半面、すぐに血流を通せば復活させられます。しかし、いったん毛細血管が消えてしまうと、新しく作ることは非常に難しい。ゴースト化から消滅までのタイムリミットは正確には分かっていませんが、とにかく早めに対策を取らなければいけません」

「“ゴースト血管”が危ない 〜美と長寿のカギ 毛細血管〜」は、4月1日(日)午後9時〜生放送(NHK総合)

全身に張り巡らされ、命を支えている毛細血管が幽霊のように消えてしまう“ゴースト血管”。 全身のあらゆる部分をむしばみ、認知症や骨粗しょう症などの深刻な病につながることが明らかになってきた。 どう予防・対策するか?最新研究の取材をもとに迫る。
https://news.yahoo.co.jp/feature/933

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/741.html#c49

[近代史4] 新型ウイルスで非正規の10%超が失業、このままでは平成デフレの再現 中川隆
1. 中川隆[-12918] koaQ7Jey 2020年4月27日 10:06:18 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[11]

コロナショックの不況で日本政府が困窮者を救えないなら貧困地区が誕生する
2020.04.27
https://blackasia.net/?p=18249

中国発コロナウイルスによって日本人全体が貧困化していくのに、ハイセンスな街ばかりできても仕方がない。需要があるのは、ボロボロでも安いアパートがひしめき、貧困層を相手にした激安の食材を売る店があり、屋台が安い一品を売ってくれて、汚れた服を着ても誰も文句を言わない同じ貧困層が住んでいる地区だ。(鈴木傾城)

普通の人は自粛していたら食えなくなってしまう

今のところ、まだコロナ感染者の死者ばかりに焦点が当たっているのだが、これからやってくるのは、それと同時に「経済死」に陥る人たちである。

中国発コロナウイルスによる経済的ダメージは全世界に及んでいるのだが、これによって世界では5億人が新たに貧困状態に陥ると国際団体オックスファムは2020年4月10日に警告している。

無理もない。現在、世界中で労働者の81%、数にして約33億人が職場の閉鎖によって解雇や休業に追いやられており、このままでは約2億人が失業するとみられているからだ。これは戦後でも最悪の危機である。

もしパンデミックが早期に収束できないのであれば、39億人が貧困状態に落ちている可能性もオックスファムは指摘している。

日本も4月7日に緊急事態宣言が出される前からすでに経済は急減速して戦後最悪とも言える経済不況に落ちていこうとしているのだから他人事ではない。

失業者も増えれば、生活保護受給者はどんどん増え続けていくことになるだろう。そして、いったん生活保護に落ちた人たちが這い上がれなくなるような社会情勢になってしまうだろう。

2020年は私たちが想像している以上に危険な世界なのである。まだ、それが分かっていないで「自粛・休業・ステイホームを徹底しろ」と言っている人が大勢いるが、これが徹底されたら経済が破壊して日本人のほぼ全員がまとめて地獄に落ちてしまうことをしっかり把握した方がいい。

金持ちの有名人やら政治家やら芸能人が上から目線で「自粛しろ」と言っているのだが、彼らは自粛しても生きていけるからそう言っているわけであって、普通の人は自粛していたら食えなくなって路頭に迷う。

今後、壮絶なまでに経済破綻していく人たちが増えるだろう。さしずめ、生活保護受給者はうなぎ上りに増えていくはずだ。

「もう時間切れになったのではないか?」という事実

生活保護受給者の51%は高齢層が占めている。高齢層は支給される年金で食べていけず、貯金を取り崩しながら生きるしかないのだが、多くの高齢者は貯金の取り崩しが想定よりも大きいことに驚く。

夫婦で暮らしていると、どちらかが病気になれば一方は貯金をすべて投げ打ってでも助けようとする。子供が困っていれば、やはり自分たちのことよりも子供を優先して助けようとする。

家があったらあったで修繕費がかかり、家がなければないで家賃がかかる。かくして、なけなしの貯金はどんどん切り崩されて10年も経ったら1000万円くらいはあっと言う間に消し飛んでいく。

もっとも最初から1000万円という貯金など持っていない高齢者も多い。たとえば、高齢独身女性は追い詰められていることが多い。

日本で独身女性は社会的地位が低く見られており、年齢が上がると正社員で雇われることもほとんどないので、元々貧困率が高い。こうした女性が高齢化するとますます貧困の度合いが深まる。

独身男性も悲惨で、高齢で働けなくなると一気に孤立化して社会から見捨てられていく。社会から見捨てられると、孤独の中で貧困に苦しみながら「ただ生きているだけ」の生活に陥るわけで、毎日テレビだけを点けてぼーっと暮らしている生活と化す。

こうした高齢者の保護を行っているNGO団体によると、「このままでは9割の高齢者が孤独なまま貧困化したとしても不思議ではない」と警鐘を鳴らしている。

社会から見捨てられていく高齢層と、こうした高齢層を救済するための社会福祉費の増大によって、日本の貧困の現場はますます深刻化していくことになる。そこに中国発コロナウイルスによる戦後最悪の不況が覆いかぶさっていくのだ。

「国は何をやっているのだ?」「政治は何をやっているのだ?」という話になって、いかにこうした人々を救済するかが議題になるが、日本人はそろそろ気づかなければならないことがある。

「もう時間切れになったのではないか?」という点を……。

「救済されるもの」から「放置されるもの」に

1990年代のバブル崩壊以後、日本は非正規雇用者がどんどん増える社会となって、貧困が社会の裏側で蔓延していく社会となった。今では労働人口の約4割が非正規雇用者で占められている。

非正規雇用者は、どんなに仕事に熟練しても賃金が上がることはない。そして、彼らの立場は「景気の調整弁」なので、社会情勢が悪化したら真っ先にクビを切られる存在である。昇進もない。非常に不利な労働条件だ。

こうした中で、日本人の貧困層はどんどん膨らんで内需も縮小し、若年層から高齢者までが等しく貧困に苦しむようになってきた。日本に貧困問題が発生してから30年以上経ち、それは「解決しなければいけない」と言われながら放置され続けて来た。

そして、国家予算の半分以上が社会保障費と化した今、「日本の国家財政は限界に達したのではないか?」と言われるようになっていたのだった。2019年10月、安倍政権は消費税を10%に引き上げたが、これによって景気はさらなる悪化に見舞われた。

そして2020年、中国発コロナウイルスが日本に襲いかかって、消費税引き上げどころではない経済的ダメージを日本に与えた。もはや日本政府は国民を助ける手段を失ったかのように右往左往して迷走が止まらない。

今後も貧困層は増えるのは確実なのだが、政府や官僚は本気で国民を助けようとは思っていない。給付金を出し渋ったり、救済措置を受けるのに複雑な書類を書かせたりするのを見ても分かる。

つまり、これから起きるのは「困窮者はこれからも増えるかもしれないが、もう国は困窮者を助けない」ということである。助けないのであれば、どうするつもりなのか。見捨てるということだ。

日本の貧困問題は、今後「救済されるもの」から「放置されるもの」になり、相対的貧困という曖昧な貧困から、絶対貧困へと貧困の度合いが深まっていく可能性が高まっている。

同じ環境の人間がひしめいて相互扶助も成り立つ場所

日本はおしゃれでハイセンスな街が多い。しかし、これから今後の日本に必要なのはそんな先進国の金持ちぶった街ではなく、ごちゃごちゃとして物価も安い「貧困街」の方ではないか。

考えてみても分かるが、中国発コロナウイルスによって日本人全体が貧困化していくのに、ハイセンスな街ばかりできても仕方がない。

需要があるのは、ボロボロでも安いアパートがひしめき、貧困層を相手にした激安の食材を売る店があり、屋台が安い一品を売ってくれて、汚れた服を着ても誰も文句を言わない同じ貧困層が住んでいる地区だ。

貧困層が放置されるのであれば、逆に言えば貧困層が貧困のまま暮らせる「貧困地区」が必要となってくる。

日本はこうした「貧困地区」を駆逐した国なので、多くの日本人は「貧困地区」が必要だと言えば否定的な見方しかない。しかし、東南アジアやインドでスラムを見て来ると、「貧困地区」は大いに存在価値があることに気づく。

貧困地区は何もかも劣悪なのだが、貧困が放置される国ではそんなエリアこそが貧困層の救済として機能するようになるのである。そこでは衣食住すべてで安い物が揃い、同じ環境の人間がひしめいて相互扶助も成り立つ。

貧困層が見捨てられたら自分たちで何とか生きていくしかないが、その「何とか生きていく」という環境が貧困地区で構築される。

もちろん、「貧困層を見捨てて貧困地区というゲットーに押し込めよ」と言っているのではないし、そこが素晴らしいところであると言っているわけでもない。

しかし、貧困層が必然的に見捨てられて貧困地区が形成された時、それは必ずしも絶望を意味するわけではない。むしろ貧困層でも破綻せずに生きていけるエリアとして機能する一面もある。

どこの国でも必要悪として貧困地区を持っている。日本にも明確な貧困地区があっても不思議なことではない。中国発コロナウイルスによって貧困層が救済できなくなった時、それは自然発生的に生まれ、育ち、定着することになるのかもしれない。
https://blackasia.net/?p=18249
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/801.html#c1

[近代史4] 新型ウイルスで非正規の10%超が失業、このままでは平成デフレの再現 中川隆
2. 中川隆[-12917] koaQ7Jey 2020年4月27日 10:11:18 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[12]
もう自民党や自民党のMMTバカには政治を任せられない

コロナ危機で中産階級が没落する
赤字国債大量発行はこれだけ貧富の差を拡大する

バブル崩壊で勝ったのは国債だけだったという事実
http://www.thutmosev.com/archives/68138564.html


―― 安倍政権はコロナ対策だけでなく、国民生活を守る経済政策にも失敗しています。

内田 コロナ禍がもたらした最大の社会的影響は「中間層の没落」が決定づけられたということでしょう。民主主義の土台になるのは「分厚い中産階級」です。しかし、新自由主義的な経済政策によって、世界的に階級の二極化が進み、中産階級がどんどん痩せ細って、貧困化している。

 コロナ禍のもたらす消費の冷え込みで、基礎体力のある大企業は何とか生き残れても、中小企業や自営業の多くは倒産や廃業に追い込まれるでしょう。ささやかながら自立した資本家であった市民たちが、労働以外に売るものを持たない無産階級に没落する。このままゆくと、日本社会は「一握りの富裕層」と「圧倒的多数の貧困層」に二極化する。それは亡国のシナリオです。食い止めようと思うならば、政策的に中産階級を保護するしかありません。

―― 中産階級が没落して民主主義が形骸化してしまったら、日本の政治はどういうものになるのですか。

内田 階層の二極化が進行すれば、さらに後進国化すると思います。ネポティズム(縁故主義)がはびこり、わずかな国富を少数の支配階層が排他的に独占するという、これまで開発独裁国や、後進国でしか見られなかったような政体になるだろうと思います。森友問題、加計問題、桜を見る会などの露骨なネポティズム事例を見ると、これは安倍政権の本質だと思います。独裁者とその一族が権力と国富を独占し、そのおこぼれに与ろうとする人々がそのまわりに群がる。そういう近代以前への退行が日本ではすでに始まっている。


―― 日本が失敗したからこそ、独裁化の流れが生まれてくる。どういうことですか。

内田 日本はコロナ対応に失敗しましたが、これはもう起きてしまったことなので、取り返しがつかない。われわれに出来るのは、これからその失敗をどう総括し、どこを補正するかということです。本来なら「愚かな為政者を選んだせいで失敗した。これからはもっと賢い為政者を選びましょう」という簡単な話です。でも、そうはゆかない。

 コロナ終息後、自民党は「憲法のせいで必要な施策が実行できなかった」と総括すると思います。必ずそうします。「コロナ対応に失敗したのは、国民の基本的人権に配慮し過ぎたせいだ」と言って、自分たちの失敗の責任を憲法の瑕疵に転嫁しようとする。右派論壇からは、改憲して非常事態条項を新設せよとか、教育制度を変えて滅私奉公の愛国精神を涵養せよとか言い出す連中が湧いて出て来るでしょう。


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赤字国債大量発行は貧富の差を拡大し階級社会を完成させる _ MMT(現代貨幣理論) は日本を滅ぼす

MMTは国際金融資本が儲ける為の現状追認で時代錯誤の対症療法、MMTでは国難は救えない、自民党では経済改革はできない


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赤字国債大量発行はこれだけ貧富の差を拡大する


1990年台バブル崩壊で「1円も損をせず」「元金が7倍以上になった」のは日本国債を買った人だけだった。

1980年に日本国債を購入した人は、30年後の2010年に7倍に増えていて、もし最初に1000万円なら7000万円、100万円でも700万円に増えていたのです。

バブル崩壊も阪神大震災も福島原発もリーマンショックもすべて無関係で、1980年台に買っていさえすれば誰でも7倍になったのです。

では日本国債を買う以外でこの30年間に投資で資産を7倍にした人がどれだけ居たか、聞くまでもなくほとんど居ないはずです。

「そんなのウソだ。日本国債はゼロ金利じゃないか」というもっともな意見がありますが、それでも30年間毎年金利が付くことで、5倍とか7倍に増えるのです。

考え方を変えれば本当に「金利ゼロ」だったとしても、デフレで物価が下がると実質的にお金が増えるのです。
http://www.thutmosev.com/archives/68138564.html

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最近宣伝されているMMT は国際金融資本の要請で、過去の欠陥金融システムを肯定するだけの対症療法、赤字国債大量発行は資本家と国際金融資本だけに利益をもたらし、貧富の差を拡大、マルクスが預言した階級社会を完成させる。

高度成長が一段落してもマネーストックは増え続けている。 それは政府が毎年税収以上の金をばら撒いているから。そしてその金はすべて資本家に再分配されている。労働者の賃金は全く上がらないからデフレになるんですね。

つまり、MMTも含めて今の金融システムは、国民から集めた税金を資本家に再分配するシステムなんです。


「MMT(現代貨幣理論)」は最近話題ですが、根本的に物事を解決するわけではありません。今の金融システムの矛盾を維持したまま、それを続けるための詭弁です。

なぜ今、MMT(現代貨幣理論)なのか? 白崎一裕×大西つねき緊急対談ライブ
https://www.youtube.com/watch?v=zCROccYD64A

2018.7.16「資本主義がダメな理由」大西つねきの週刊動画
https://www.youtube.com/watch?v=iKP_cr7KdwM&feature=emb_title
https://www.youtube.com/watch?v=DmlNXEEXesM&feature=emb_title


資本主義の仕組みは既に破綻している:

資本主義経済を動かしているのは貸した金にかける利子、国債・企業債の利子、株の配当金と貸した土地の地代・貸家にかかる家賃で、
利子・配当金・地代・家賃が巨大投資家だけに集まるから貧富の差が生じ、階級社会になる。
これでは農奴の時代、小作人を搾取していた時代と何も変わらない。

特に国際金融資本や大資本家の利益に一番貢献しているのが政府の発行する国債
MMT論者が薦めている大量の赤字国債発行は階級社会を完成する事になる。

格差が無いまともな経済に戻すには

・国債ではなく政府紙幣を発行する
・輸出依存経済からの脱却
・人材派遣会社、鉄道、電気・ガス会社、郵便局、病院、学校等のインフラは公営化する
・高速道路無料化
・年金保険料の徴収を廃止
・子供一人当たり月5万円の子育て資金を出す、大学までの教育費を無料にする
・ベーシックインカム
・土地を公有化する

という社会主義に近い経済体制にするしかない。

資本主義の金融システム自体が機能しなくなっているのが今の低金利・デフレの原因ですね。そもそも国債を銀行と生命保険会社に売って政府の運営資金を作っているのがおかしいんですね。

政府紙幣を発行すれば利子を払わなくても済むのに、意図的に銀行や生命保険会社に利子を払って、富裕層に税金で集めた金を再分配しているんですね。
日本政府が国債を発行して銀行や生命保険会社に利子を払うというのは、日本国民が金を銀行や生命保険会社にやっているというのと同じです。 国民主権国家なら銀行や生命保険会社に金を出すより、国民の福祉に金を使います。

日本のマネタリーベースが毎年増えているのは、国債の利子の影響が大きいです。
経済成長がストップしているのにマネーストックだけ増えて、増えた金がすべて資産家の資産に変わってしまったのですね。これがトマ・ピケティの『21世紀の資本』の言っていた 『格差はこうして生まれる』システムですね。

そもそも現在は科学技術が進歩して、人間が働かなくても生活できる時代なんですね。平成30年の農業就業人口は175万人、そのうち約68%の120万人が65歳以上。 それで日本人が消費する価格ベースで7割の農作物を作っている。

アフリカやアマゾンの狩猟採集民の労働時間は1日2時間程度なのですね。

現代人も2時間も働けば普通に生活できる筈なのです。しかし、欧米人に搾取されたり、資産家に搾取されるので、毎日10時間働かないと食べていけないのです。

欧米の資本家による日本人からの搾取の実例としては

日経平均株価が上がる程、日本人はどんどん貧しくなっていく

アベノミクスがもたらした株価上昇による100兆円の損失
http://stockbondcurrency.blog.fc2.com/blog-entry-184.html  

最近は MMTとか チャンネル桜が流すデマを信じて、金が無ければ国債をどんどん発行すればいいというアホばかりになったけど、MMTというのは国際金融資本が資金に困ったから、政府に金を出させようという話です。
大昔から国債の金利や株式の値上がりで稼いでいるのが資本家なのです。

地方銀行とか国債の金利が下がってから営業危機になって倒産寸前です。

本当はお金が一部の資本家に集中し、市場経済が崩壊しつつあるから金利が下がってデフレになっているのです。
財政出動すれば解決する問題ではないんですけど、MMTバカは洗脳されてそれがわからないんですね。
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/801.html#c2

[近代史4] 天皇一族は何故日本を滅ぼそうとしているのか? 中川隆
1. 中川隆[-12916] koaQ7Jey 2020年4月27日 10:29:49 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[13]
天皇制と奥の院の共通点とは・・・「すべて裏から支配」
http://web.joumon.jp.net/blog/2020/04/3687.html

金貸しの世界は古くは海賊に遡る。4000年前〜3000年前に海の民と呼ばれる海賊が地中海に登場し、3200年前にカルタゴを建国。以後交易民として地中海を制覇するが、2200年前にローマ帝国に滅ぼされて一旦消滅。以後イタリア、スペインに再結集してサボイ、デルバンコ等の氏族となり、銀行を生み出し、現代に繋がる金貸しの親玉、奥の院を形成した。

この金貸しの最大の特徴は決して表舞台に出ない事。現在も世界中の企業や資本家を牛耳っているロスチャイルド家を実質上コンロールしているのも彼ら奥の院の存在である。この金貸しの特徴は、「資力第一」で「裏から操る方が利益大、損失小」という鉄則を持っており黒幕であり裏の存在として十字軍遠征以後の世界を支配してきた。宗教革命を引き起こし、近代思想を生み出し、共産革命を仕掛けた。

第一次、第二次大戦も彼らが絡んでいる。今回のコロナ禍においても彼らが仕掛けた騒動である可能性が透けている。しかし、マスコミ初め彼らを決して上げる事はできない。政治的にも企業としても登場せず、常に為政者や国をそそのかし、対立を生み出し、その両者から利益を得てきた。市場とはそれ単独では存在せず、国家に巣食う寄生虫のようなものとはよく言うが、奥の院の存在そのものが市場の本質と近似しており、それは彼らの出自が海賊であり、略奪という最も効率の良い商売をしていたからだ。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※

日本の天皇制。実はこの奥の院に極めて似ている。

いくつか似ている点を挙げてみる。同時に過去のるいネットの記事にその根拠が掲載されているのでそれも紹介したい。

1)出自は海の民。中国や朝鮮半島からたどり着いた徐福や秦氏、百済の一派が天皇制を立ち上げた。

2)天皇制は天皇自体が政治を担わない事。一国の長という位置づけを与えられながら、役割は祭祀だけであった。

3)表の天皇の存在そのものは江戸時代まで存在薄く、大衆にとっては居ても居なくてもよい存在。しかし天皇が時の為政者を任命し、承認する制度は変わってない。つまり本当の支配者は天皇の奥に存在する秦氏であり、百済王族の末裔 藤原氏である。

彼らは裏に隠れる事で天皇制を使って日本をこれまで2000年間間接支配してきた。

4)天皇は祭祀の長であり、全国の神社、寺社の総元締めになってきた。

5)国家や為政者であればトップの力が落ちれば取って代るが、天皇制を敷く日本は建国以来、史実上は天応家の交代がなく国としては一度も分裂せず続いている。南北朝という危機はあったが、それも両者の話し合いと実質的な奥の院である秦氏のコントロールの中で制圧されてきた。

奥の院も天皇システムも似た構造。

・出自は商人、
・表舞台に出ない、裏から操作
・資力が第一
・歴史が永続してきた
・国家に寄生している

そしてこの構造とはきわめて長持するある意味非常に優れたシステムなのだ。
私権社会が終焉し、資力第一にしてきた彼らがそのまま生き延びるには資力から共認形成力(操作力)へ転換しつつある。しかし共認支配と本物の共認とは異なる。人々がその操作に気が付き、事実追求をベースにした本物の共認時代に転換できるか、それがこの優れたシステムに対応できるかどうかの分かれ目でもある。

日本の古代官僚制の歴史(4)〜奈良時代の官僚制度
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=217733


大化の改新以降、その後の法整備によって日本は氏族的連合支配から全住民を地域に従って行政的に組織し支配するという国家形態が作られた。それらを実現するために天皇制は権威化され神聖化絶対化されていった。国家において天皇は国土創造の神の子孫であり、アキツミカミすなわち「人間として現れている神」と言われる神的な権威であり、同時に全国土も人民も天皇の所有とした。

律令の条文には天皇の権限については何ら定められていないが、天皇は法を超越するものであり、天皇は国家そのものであるとみなされた。

現実の支配は、天皇から任命された官僚によって、法と機構を通じて実現される。この点から言えば律令国家「日本」は前代の氏姓貴族が各個にその氏人・部民を支配することをやめ、天皇を中枢としてみずからを統合し、一体となって全人民を支配する権力機構であった。

中央政府は天皇の祖先神々を祭り、神社を管理する神祀官と、一般国政を行う太政官の2官に分かれ、太政官には太政大臣の下、左大臣、右大臣があり、政務を総括しその下で行政は八省に分けて行われた。べつに官吏を監察する弾圧台その他の機関もある。

天皇制が担っていた役割とは何か

奈良時代に列強である唐に対抗するためにいち早く律令制を取り入れた新生日本国であったが、ほとんどが唐の律令制の模倣のなか、唯一天皇制というシステムだけは日本のオリジナルとして組み込んでいた。

中国の皇帝に匹敵する役職であるが、中国の皇帝が政治も神事も統合する実質上の最高権力者であったのに対して天皇は神事のみを扱う最高位であった。神事は政治の上位に位置づけられていたため、天皇は形式上の最高権力者であったが、実質上の政治権力は太政官である藤原が握っていた。

大宝律令は藤原不比等自身がプロデュースしており、最初から実質と形式を分離する為政者側の思慮があったものと思われる。

なぜこのような制度を執ったのか、これについては様々な理由が考えられるが、邪馬台国の時から政教を分離していたように、日本の政治体制は伝統的に神事を政の上に置く事で集団を統合するというシステムが構築されており、それが天皇制の母体になっているのではないかと推察する。

西洋の法王制と日本の天皇制、どちらも政教分離で共通しているように見えるが、似て否なるものである。西洋の場合は皇帝という絶対権力者が後に大衆を支配するために宗教を使って法王という位を作る事で宗教を支配の道具にしたが、日本の場合は地域の土着豪族集団を中央に統合するために宗教(神話)が使われた。神話の世界で架空の祖霊(天皇)を物語として地域に定着させる事で武力を使わずにクニを統合する手法を編み出している。その点で神事は常に上位であり、政治は神事に仕えるという位置にあった。

西洋でも中国でも皇帝が武力で滅ぼされると国の名前が変わる。日本の場合は幕府が倒されても天皇血縁が継続している限り国名は変わる事がない。この日本独自の政教分離システム=天皇制があったからこそ、大きな戦乱を起こさず、時の為政者が倒れても建国以来日本の歴史は継続することが出来たと言えるだろう。

「寺社は「金貸し」であり、その頂点が天皇家?
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=331763

往時の寺社勢力は、国家の政治経済(社会)の中枢に位置していた。財閥勢力であり、治外法権を把持する特権階級だった。なぜなら、寺社は莫大な財とそれを維持するための武力を持っていたからである。いまでもバチカン市国は、その財政が闇のなかで、マフィアともつながり、巨大な金融組織となっている。同じようなものだったろう。室町時代から戦国時代にかけて、日本の資産の大半は寺社が所有していた。当時は八大財閥があって、自治都市の堺と大山崎、それに細川高国、大内義興、あとは寺社が4つ。しかもその4つのうち3つが比叡山関連だった。

http://web.joumon.jp.net/blog/2020/04/3687.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/818.html#c1

[近代史4] 天皇一族は反日売国奴 中川隆
4. 中川隆[-12915] koaQ7Jey 2020年4月27日 10:30:34 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[14]
天皇制と奥の院の共通点とは・・・「すべて裏から支配」
http://web.joumon.jp.net/blog/2020/04/3687.html

金貸しの世界は古くは海賊に遡る。4000年前〜3000年前に海の民と呼ばれる海賊が地中海に登場し、3200年前にカルタゴを建国。以後交易民として地中海を制覇するが、2200年前にローマ帝国に滅ぼされて一旦消滅。以後イタリア、スペインに再結集してサボイ、デルバンコ等の氏族となり、銀行を生み出し、現代に繋がる金貸しの親玉、奥の院を形成した。

この金貸しの最大の特徴は決して表舞台に出ない事。現在も世界中の企業や資本家を牛耳っているロスチャイルド家を実質上コンロールしているのも彼ら奥の院の存在である。この金貸しの特徴は、「資力第一」で「裏から操る方が利益大、損失小」という鉄則を持っており黒幕であり裏の存在として十字軍遠征以後の世界を支配してきた。宗教革命を引き起こし、近代思想を生み出し、共産革命を仕掛けた。

第一次、第二次大戦も彼らが絡んでいる。今回のコロナ禍においても彼らが仕掛けた騒動である可能性が透けている。しかし、マスコミ初め彼らを決して上げる事はできない。政治的にも企業としても登場せず、常に為政者や国をそそのかし、対立を生み出し、その両者から利益を得てきた。市場とはそれ単独では存在せず、国家に巣食う寄生虫のようなものとはよく言うが、奥の院の存在そのものが市場の本質と近似しており、それは彼らの出自が海賊であり、略奪という最も効率の良い商売をしていたからだ。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※

日本の天皇制。実はこの奥の院に極めて似ている。

いくつか似ている点を挙げてみる。同時に過去のるいネットの記事にその根拠が掲載されているのでそれも紹介したい。

1)出自は海の民。中国や朝鮮半島からたどり着いた徐福や秦氏、百済の一派が天皇制を立ち上げた。

2)天皇制は天皇自体が政治を担わない事。一国の長という位置づけを与えられながら、役割は祭祀だけであった。

3)表の天皇の存在そのものは江戸時代まで存在薄く、大衆にとっては居ても居なくてもよい存在。しかし天皇が時の為政者を任命し、承認する制度は変わってない。つまり本当の支配者は天皇の奥に存在する秦氏であり、百済王族の末裔 藤原氏である。

彼らは裏に隠れる事で天皇制を使って日本をこれまで2000年間間接支配してきた。

4)天皇は祭祀の長であり、全国の神社、寺社の総元締めになってきた。

5)国家や為政者であればトップの力が落ちれば取って代るが、天皇制を敷く日本は建国以来、史実上は天応家の交代がなく国としては一度も分裂せず続いている。南北朝という危機はあったが、それも両者の話し合いと実質的な奥の院である秦氏のコントロールの中で制圧されてきた。

奥の院も天皇システムも似た構造。

・出自は商人、
・表舞台に出ない、裏から操作
・資力が第一
・歴史が永続してきた
・国家に寄生している

そしてこの構造とはきわめて長持するある意味非常に優れたシステムなのだ。
私権社会が終焉し、資力第一にしてきた彼らがそのまま生き延びるには資力から共認形成力(操作力)へ転換しつつある。しかし共認支配と本物の共認とは異なる。人々がその操作に気が付き、事実追求をベースにした本物の共認時代に転換できるか、それがこの優れたシステムに対応できるかどうかの分かれ目でもある。

日本の古代官僚制の歴史(4)〜奈良時代の官僚制度
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=217733


大化の改新以降、その後の法整備によって日本は氏族的連合支配から全住民を地域に従って行政的に組織し支配するという国家形態が作られた。それらを実現するために天皇制は権威化され神聖化絶対化されていった。国家において天皇は国土創造の神の子孫であり、アキツミカミすなわち「人間として現れている神」と言われる神的な権威であり、同時に全国土も人民も天皇の所有とした。

律令の条文には天皇の権限については何ら定められていないが、天皇は法を超越するものであり、天皇は国家そのものであるとみなされた。

現実の支配は、天皇から任命された官僚によって、法と機構を通じて実現される。この点から言えば律令国家「日本」は前代の氏姓貴族が各個にその氏人・部民を支配することをやめ、天皇を中枢としてみずからを統合し、一体となって全人民を支配する権力機構であった。

中央政府は天皇の祖先神々を祭り、神社を管理する神祀官と、一般国政を行う太政官の2官に分かれ、太政官には太政大臣の下、左大臣、右大臣があり、政務を総括しその下で行政は八省に分けて行われた。べつに官吏を監察する弾圧台その他の機関もある。

天皇制が担っていた役割とは何か

奈良時代に列強である唐に対抗するためにいち早く律令制を取り入れた新生日本国であったが、ほとんどが唐の律令制の模倣のなか、唯一天皇制というシステムだけは日本のオリジナルとして組み込んでいた。

中国の皇帝に匹敵する役職であるが、中国の皇帝が政治も神事も統合する実質上の最高権力者であったのに対して天皇は神事のみを扱う最高位であった。神事は政治の上位に位置づけられていたため、天皇は形式上の最高権力者であったが、実質上の政治権力は太政官である藤原が握っていた。

大宝律令は藤原不比等自身がプロデュースしており、最初から実質と形式を分離する為政者側の思慮があったものと思われる。

なぜこのような制度を執ったのか、これについては様々な理由が考えられるが、邪馬台国の時から政教を分離していたように、日本の政治体制は伝統的に神事を政の上に置く事で集団を統合するというシステムが構築されており、それが天皇制の母体になっているのではないかと推察する。

西洋の法王制と日本の天皇制、どちらも政教分離で共通しているように見えるが、似て否なるものである。西洋の場合は皇帝という絶対権力者が後に大衆を支配するために宗教を使って法王という位を作る事で宗教を支配の道具にしたが、日本の場合は地域の土着豪族集団を中央に統合するために宗教(神話)が使われた。神話の世界で架空の祖霊(天皇)を物語として地域に定着させる事で武力を使わずにクニを統合する手法を編み出している。その点で神事は常に上位であり、政治は神事に仕えるという位置にあった。

西洋でも中国でも皇帝が武力で滅ぼされると国の名前が変わる。日本の場合は幕府が倒されても天皇血縁が継続している限り国名は変わる事がない。この日本独自の政教分離システム=天皇制があったからこそ、大きな戦乱を起こさず、時の為政者が倒れても建国以来日本の歴史は継続することが出来たと言えるだろう。

「寺社は「金貸し」であり、その頂点が天皇家?
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=331763

往時の寺社勢力は、国家の政治経済(社会)の中枢に位置していた。財閥勢力であり、治外法権を把持する特権階級だった。なぜなら、寺社は莫大な財とそれを維持するための武力を持っていたからである。いまでもバチカン市国は、その財政が闇のなかで、マフィアともつながり、巨大な金融組織となっている。同じようなものだったろう。室町時代から戦国時代にかけて、日本の資産の大半は寺社が所有していた。当時は八大財閥があって、自治都市の堺と大山崎、それに細川高国、大内義興、あとは寺社が4つ。しかもその4つのうち3つが比叡山関連だった。

http://web.joumon.jp.net/blog/2020/04/3687.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/782.html#c4

[リバイバル3] ベールにつつまれた奈女沢温泉 _ 医者に見放された患者が最後に縋る奇跡の水とは 中川隆
17. 中川隆[-12914] koaQ7Jey 2020年4月27日 10:53:47 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[15]

コロナ肺炎を治すには温泉療法しかない

高齢者の重症化原因? 新型コロナは全身の血管に感染することが判明
2020/04/23
https://nazology.net/archives/57616

新型コロナウイルスは初期には新型肺炎と呼ばれており、呼吸器系に感染するウイルスだと思われていました。

ですが増加する死亡者の検死解剖を行った結果、死者の多くに、複数の臓器にまたがる甚大な損壊が生じていることが明らかになってきました。
これは呼吸器系の症状からだけでは説明がつきません。

そこでスイスの研究者は、原因を探るために、ウイルスにより亡くなった患者の臓器の詳細な観察を行いました。

その結果、コロナウイルスは肺だけでなく、全身の血管に感染する能力をもっていることがわかりました。死んだ患者の血管内皮に、ウイルス粒子がビッシリとこびりついていたのです。

そのため死者の臓器では末梢の血管が崩壊しており、血液の流出を引き起こし、臓器の壊死を引き起こしていました。

また追加の分析で、高齢者や糖尿病や高血圧、心疾患などにより、既に身体中の血管にダメージを受けている患者ほど、ウイルスによる血管への感染に脆弱であることがわかりました。

これは既知の知識である「高齢者や持病がある人ほど重症化しやすい」という現象の最終的な原因になると、研究者は結論付けています。
全身の血管を狙う新型コロナウイルスに対して、人類はどのような治療を行えばよいのでしょうか?

新型コロナウイルスは全身の血管内皮に感染できる

新型コロナウイルスは全身の血管内皮に感染する力がある/Credit:THE LANCET
新型コロナウイルスは、表面にあるスパイクと呼ばれる構造を、人間の細胞表面に存在するアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)に結合することで感染します。
今回の研究により、ウイルスは肺に存在するACE2にだけ感染するのではなく、体全体の血管内皮に存在するACE2にも感染することが判明しました。

上の画像では、ウイルスが腎臓の血管内皮に入り込んでいる様子が示されています。

ウイルスが感染した血管内皮は炎症を引き起こすだけでなく、ウイルスが細胞を喰い破る物理的な破壊を受けて体内で出血を引き起こします。

高齢者や血管系にかかわる生活習慣病などの持病がある人は既に血管が弱っているため、ウイルスによる感染と破壊に血管が耐えきれず、症状が重篤化すると考えられます。

血管を守るためにできることは健康維持

「健康体ならコロナウイルスに負けない」は精神論ではなく医学的な事実だった/


今回の研究成果により、新型コロナウイルスの正体はただの肺炎ではなく「全身性血管炎症」であることがわかりました。

そのため、感染した患者が高齢者や血管系にかかわる持病がある場合は、優先して血管を保護する必要性が生じます。

リスクを抱えた感染患者の救護には、既存の血管保護の医療技術が役立つ可能性があります。

また現在、生活習慣病などに陥っている人は一刻も早く健康体に近づくことが、ウイルス感染による症状の重篤化を避ける一番の手となります。

ウイルス対策で生活習慣病から抜け出せるなら、一石二鳥と言えるかもしれません。

研究内容はチューリッヒ大学のズザナ・ヴァルガ氏らによってまとめられ、4月20日に、世界五大医学雑誌の一つである「THE LANCET」に掲載されました。
Endothelial cell infection and endotheliitis in COVID-19
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736%2820%2930937-5/fulltext#

https://nazology.net/archives/57616


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2020/4/27
新型コロナウイルスは血管の内皮細胞に感染する?・・・エボラとは違う  新型コロナウイルス
https://green.ap.teacup.com/pekepon/2557.html

 この記事を書いた直後に、急激な重篤化の主要因と思われる記事を見つけたので、この記事にある血管内皮細胞へのウイルス感染は、肺炎以外の急激な症状悪化の原因と考えた方が良いかも知れません。そして、その発生確率はそれ程、高く無い可能性を考慮に入れて、この記事をお読み下さい。

■ 新型コロナウイスは血管の内皮細胞に感染する能力が有る ■

777さんがコメントを下さった情報が、何となく新型コロナウイスによる重篤化や旧死の説明的にししっくりするので、そのまま引用させて頂きます。

<777さんのコメントを引用>

高齢者の重症化原因? 新型コロナは全身の血管に感染することが判明

新型コロナウイルスは初期には新型肺炎と呼ばれており、呼吸器系に感染するウイルスだと思われていました。

ですが増加する死亡者の検死解剖を行った結果、死者の多くに、複数の臓器にまたがる甚大な損壊が生じていることが明らかになってきました。
そこでスイスの研究者は、原因を探るために、ウイルスにより亡くなった患者の臓器の詳細な観察を行いました。

その結果、コロナウイルスは肺だけでなく、全身の血管に感染する能力をもっていることがわかりました。死んだ患者の血管内皮に、ウイルス粒子がビッシリとこびりついていたのです。

そのため死者の臓器では末梢の血管が崩壊しており、血液の流出を引き起こし、臓器の壊死を引き起こしていました。

また追加の分析で、高齢者や糖尿病や高血圧、心疾患などにより、既に身体中の血管にダメージを受けている患者ほど、ウイルスによる血管への感染に脆弱であることがわかりました。

新型コロナウイルスは全身の血管内皮に感染できる

新型コロナウイルスは全身の血管内皮に感染する力がある

新型コロナウイルスは、表面にあるスパイクと呼ばれる構造を、人間の細胞表面に存在するアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)に結合することで感染します。
今回の研究により、ウイルスは肺に存在するACE2にだけ感染するのではなく、体全体の血管内皮に存在するACE2にも感染することが判明しました。

上の画像では、ウイルスが腎臓の血管内皮に入り込んでいる様子が示されています。

ウイルスが感染した血管内皮は炎症を引き起こすだけでなく、ウイルスが細胞を喰い破る物理的な破壊を受けて体内で出血を引き起こします。

高齢者や血管系にかかわる生活習慣病などの持病がある人は既に血管が弱っているため、ウイルスによる感染と破壊に血管が耐えきれず、症状が重篤化すると考えられます。

今回の研究成果により、新型コロナウイルスの正体はただの肺炎ではなく「全身性血管炎症」であることがわかりました。

<引用終わり>

■ DIC(播種性血管内凝固症候群、敗血症)や血栓を指摘している専門家も ■

ここ数日、新型コロナウイルス感染者の死因に「血栓」が関係しているのでは無いかとの報道がチラホラ見られます。

又、イタリアの著名な病理学者は新型コロナウイルス患者が「DIC(播種性血管内凝固症候群、敗血症)」を発症していると指摘しています。

細菌などが血管中で増殖する際に、細菌の出す発熱物質(エンドトキシン)が、白血球の一種のマクロファージや単球のに血液の凝固因子となる組織因子を発生させ、血液の凝固が血管内で始まる事によって引き起こされます。全身の血管内で凝固が始まると、微細な血栓が大量に出来、細い血管を詰まらせる事で、組織や臓器に血液が流れなくなり組織の壊死が起ります。

さらに、凝固制御因子のアンチトロンビンや、血栓を溶かすプラスミンが活発に働くようになり、本来なら出血を止める為に必要な凝固を阻害する事で、出血が止まらなくなる症状が並行して発生します。

これが新型コロナウイルス感染で疑われている「DIC(播種性血管内凝固症候群、敗血症)」です。

■ 子供の足指に凍傷(しもやけ)の様な症状が出る ■

新型コロナウイルスに感染した子供の足指に凍傷(しもやけ)の様な症状が出る事も指摘されています。これも血栓による末端血流の阻害が原因では無いかと思われます。

<引用開始>

abcニュース(4月21日)によると、皮膚科医たちが「コロナの爪先(COVID Toes)」と呼んでいる現象があるそうだ。凍傷と同じように、つま先が赤や紫に変色するのだが、症状の軽い子供や若年層に多く見られる。さらに、紫色の網目のような模様が出ることもあり、いずれも血栓との関係が疑われている。

<引用終わり>

■ 血栓の原因は血管内皮細胞の感染によって引き起こされる? ■

777さんが教えて下さった新型コロナウイルスが血管の内皮細胞に感染する能力が有り、その結果血管内皮細胞が破壊されて出血が発生した場合、当然、出血を止める為に血液凝固因子が働き、血管内に大量の血栓が生成される事は容易に想像が付きます。

■ 高齢者の死因の多くは、サイトカインストームでは無く肺血栓では無いか ■

これらの血栓に一部が肺の欠陥を塞げば肺血栓を引き起こします。高齢者の欠陥は細くなっているので、若者よりも血栓にって血管が詰まり易い。又、心臓疾患の一部は心臓の冠状動脈が細くなっているので、ここに血栓が詰まると心筋梗塞を起こし易い。糖尿病患者も心臓の血管障害を併発している場合が多い。

これまで、新型コロナウイルスによる急激な重篤化の原因はサイトカインストームでは無いかと言われていましたが、高齢者に急変患者が多く事などから、私は若者以外でサイトカインストームが高率に発生する事に疑問を持っていました。

サイトカインストームは過剰免疫反応ですから、免疫の低下した高齢者では普通は起こり難いはずです。

一方、免疫力の低下した高齢者ならば、ウイルスが血管の内皮細胞に感染する事を防ぐ事が出来ずに、その結果、微細な血栓が大量に生成され、肺を始め様々な組織の毛細血管を詰まらせる事は容易に想像が出来ます。

■ 軽症者が多いという事は、通常の免疫反応(IgM)が働く状況では血管内皮細胞の感染は起こらない? ■

全身の血管から出血する症状はエボラ出血熱の特徴ですが、新型コロナウイルスはエボラの様な極端な出血による死亡は報告ありません。

「一方で、全身の臓器が溶けた様になっていた」などHIVの患者の様な症例も報告されていますが、これも血管内皮細胞への感染である程度説明が付きます。

一方、世界的に多くの感染者が無症状、或いは軽症の事からも、血管内皮細胞への感染は、通常は免疫で防がれていると考えるのが自然です。

上気道や気管支の免疫はIgAが担当していますが、血液内の免疫はIgMが担当しています。IgAはウイルスの型に対応して最初に作られる抗体なので、コロナウイルスが血管内に侵入しても免疫系の対応が速やかで、その増殖は通常抑え込まれてしまうハズです。

一方、粘膜の抗体IgAは様々な細菌やウイルスに対応していますが、その発現がIgMに比べると遅いので、インフルエンザや風邪では、ウイルス感染から数日はIgAが活性化していません。一部、多量体のIgAはかなり広範なウイルスに対して即効性が有る様ですが、量は多くありません。感染が進行するか、軽微や無症状で済むかは、浸入したウイルスの量や、多量体のIgAの量や、T細胞など通常の免疫系の活性度で決まるのでしょう。

確かに子供の足指の凍傷(しもやけ)の様な症状からも、若年者でも血栓が生じる可能性は有りますが、通常にIgMが働く状態で、それが敗血症の様な全身症状に至るケースは希なのでしょう。

■ 軽症者は風邪程度 ■

新型コロナウイルスは次の様な進行をするのでは無いか


1) 鼻や口から体内に侵入

2) 鼻腔の奥、上気道、気管支などで増殖

ここで、通常免疫によって撃退されると症状は軽症か、風邪程度の症状


3) 気管支での感染が肺に広がり、肺炎を引き起こす

人工呼吸器を必要としないが、治療が必用な状態


4) 肺炎が両肺に広がり、酸素供給機能が失われる

人工呼吸器が必用な状態


これとは別に、上気道や気管支などの感染箇所の組織破壊で血管内にウイルスが浸入した場合

1) 血管内の通常免疫やIgMによってウイルスが撃退される

大多数の人は、血管内皮細胞の感染は防がれる


2)  血管内皮細胞への感染が広がる

3) 血管内皮細胞が破壊され出血が始まると、それを止める為、血液凝固因子が作られる

4) 血管内に大量の微細な血栓が生成される

5) 組織の毛細血管などが血栓によって塞がれ、組織の壊死が起る

6) 一部は肺血管に詰まり、肺血栓を引き起こす


新型コロナウイルス感染で突然重篤化するケースは、血管内皮細胞の感染が原因として疑われる。

しかし、エボラ出血熱の様な極端な血管組織破壊というよりも、軽微な血管内皮細胞の破壊が多くの箇所で発生する事で血栓が大量に生成される事による、2次的血流阻害による組織の壊死という進行を取ると思われる。


新型コロナウイルスの急激な重篤化の原因の一つに、血管内皮細胞へのウイルスの感染による血栓の影響が考えられるが、エボラ出血熱の様な急激な血管の損傷は起こらないと思われます。


通常にIgM抗体が働く健常者は特に心配は要りませんが、高齢者は肺血栓などの予防を心掛ける必要が有りそうです。
https://green.ap.teacup.com/pekepon/2557.html


▲△▽▼

コロナという「敵」を甘く見る態度は、先の大戦で連合軍を侮り、根拠のない楽観論に頼って惨敗を重ねた旧日本軍のそれとそっくりだ。歴史から学ばない者は今の問題への対応でも常に間違うのだ。

確かに若い人はすぐには死なないけど、肺が線維化してエイズ様になって、5年かけてじんわり死んでいく。 最後は水に溺れた様な表情で窒息死する 。 年寄りだけ罹患を防げばいい訳じゃない。

新型コロナウイルス肺炎は「非可逆的(致死的な)特発性間質性肺炎」なのか?

間質性肺炎の一般大衆向け解説 (パニックを防ぐ為に発信しているらしい)
これまで知られている一般的な(インフルエンザ)ウイルス性肺炎の場合は、特発性でなく治療回復可能なもの。
ウイルス性肺炎は「特発性=IPF」ではなく、可逆性(治療回復可能な)のある間質性肺炎が殆どです。

非可逆的(致死的な)間質性肺炎は、特発性=IPF(肺線維症など)です。
ウイルス性肺炎は間質性肺炎ですが特発性間質性肺炎と違って可逆的であることがほとんどですし病理像も全く異なります。

▲△▽▼

新型コロナウイルスはT細胞に侵入し制御を奪った後に、全機能を破壊する、遺体はエイズ患者と酷似

【研究】新型コロナウイルスは免疫細胞を無効化することが判明 ★8
https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1586868945/

コロナ・ウイルスの変異パターンは3種類、日本で流行っているコロナAは風邪みたいなもので、BとCが凶悪
https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1586555081/l50

新型コロナ、肺に到達すれば「肺の修復は物理的に不可能」に
https://leia.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1583810699/

COVID-19の臨床的特徴は,インフルエンザのような感冒症状に加えて,致死性の間質性肺炎・肺障害を発症する点にある。
https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=14278&fbclid=IwAR23nWTK3V9eTEUYYQiKND6rSSsi5hPvcbjTuuoXNwgFyE2gWLg-sG6TPhw

新型コロナの免疫とワクチンの話をしよう 免疫学の第一人者・宮坂先生にお尋ねしました 2020/3/28
https://news.yahoo.co.jp/byline/kimuramasato/20200328-00170083/
https://news.yahoo.co.jp/byline/kimuramasato/20200329-00170179/


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2020年04月06日
ニューヨークシティのICU医師からの警告。コロナは肺炎ではない!
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/52051221.html

ニューヨークシティが今大変なことになっています。コロナの感染者数が爆発的に増えてしまいました。医療崩壊も進行中です。医師らは必死に患者の治療にあたっています。そんな中、ICUでコロナの患者の治療を続けてきた医師が、コロナは肺炎ではないとユーチューブで発信しました。肺炎ではない重篤患者に人工呼吸器を使うのは危険なのだそうです。

4月5日付け By: Mike Adams / Natural News ニューヨーク・シティ、ブルックリンのメディカルセンターの緊急治療室・究明救急医師(Cameron Kyle-Sidell)が2つのビデオをユーチューブに投稿し、COVID−19は肺炎ではないと訴えています。この医師によると:

COVID-19は肺炎のような感染病ではない。この病気の症状は酸素欠乏であり、一部の患者に高圧の人工呼吸器を使えば肺を損傷させ重篤化させる。
世界中で実践されているCOVID−19の治療法は誤ったものかもしれない。COVID-19は、医学エスタブリッシュメントが独断的に発表しているものとは全く別物かもしれない。

この医師は、感染者の治療にあたりながら、COVID−19に肺炎の治療は道理にかなわないと感じた。肺炎患者は急性呼吸促迫症候群へと進行していくが、COVID−19の患者はこのような症状は現れない。

過去9日間に現場で治療に当たった医師が目にしたものは、COVID-19は肺炎ではないということ。そしてこれまでの治療法は適切ではないということを理解した。医師らは全く別の病気を治療しているようだ。患者に誤った治療を続けていては短期間に大勢の患者を重篤化させてしまう。

COVID−19の肺疾患は、この医師の見るところでは、肺炎とは違う。そのため肺炎の治療は全く適さない。

この病は、高山病によく似たウイルス誘導の病気の一種である。つまり、ニューヨーク市民が乗った飛行機が高さ3万フィートのところを飛んでいる最中にキャビン内の圧力を徐々に抜いたような状態と同じ。

COVID−19の患者は徐々に酸素欠乏に陥っている。

COVID−19で重篤化した瀕死の患者は肺炎のような症状を見せていない。むしろ、飛行機からエベレスト山頂に突然つき落とされたような状態になる。
そして呼吸不全に陥った患者に対して高圧の人工呼吸器を使うのは危険である。酸素不足に陥っている患者に呼吸器不全であるとして人工呼吸器で加圧すれば、患者の肺に大きな負担をかけることになる。人工呼吸器は患者に肺障害を起こしてしまうことになる。
現行の治療法では何十万人もの患者の肺が危機にさらされているということだ。つまり、COVID−19は、肺炎を生じさせるのではなく酸素欠乏を生じさせるということだ。

この情報は、明白な理由で非常に重要であり、コロナウイルスの起源が何なのか、このウイルスは単にウイルスだけでなく何等かの外的因子が加えられた結果、複合効果(重度の酸素欠乏)がもたらされているのかについて解明されるべきである。


▲△▽▼


@OdNezu
コロナの真の死因発見?

「私の病院では心臓超音波検査も行っているが、これまで推測されてきたことがデータとして出てきている。

集中治療が必要なのは肺の静脈血栓が原因なのだ。
つまり血栓の解消が先決、人工呼吸器は不用である。」
(イタリア、サンドロ・ジョヴァンニ医師)
https://buongiornonews.it/coronavirus-una-speranza-dalla-scoperta-del-prof-giannini/

午後7:41 · 2020年4月13日·Twitter Web App


@OdNezu 4月13日

「血液の流れが阻害されている肺に酸素を送っても意味がない。十人に九人が亡くなる。呼吸困難の真の原因は呼吸器系ではなく心血管系なものだからだ。死因は肺炎ではなく超微細な静脈血栓にある。血栓の生成は、炎症によって引き起こされる複雑だがよく知られた病態生理学的現象である。」


@OdNezu 4月13日
「多くの死者は10〜15日間の高熱を発したが正しい治療が施されなかったため炎症が悪化し、血栓の形成される条件が整ったのだ。これはウィルスの作用ではなく、免疫機能がウィルスの侵入した細胞を破壊した結果だ。関節リウマチ患者が重篤化したことがないのはコーチゾンに抗炎症効果があるからだ。」


▲△▽▼


報道されないコロナ情報 @JPYlTqpLzb65rdX

・南京医科大学の王博士が研究、発表
肺に蜂の巣状の穴や臓器各所、脳神経に後遺症が残るのは既出
それに加えさらに生殖器(精巣)もダメージを受け損傷、ほとんどの男性が不妊化してしまうという
子供も作れなくなる、今回のウイルスの代償は大きすぎる

報道されないコロナ情報 @JPYlTqpLzb65rdX
現時点でのまとめとなります
https://twitter.com/JPYlTqpLzb65rdX/status/1252464860161441800



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新型コロナで突然の脳梗塞、30〜40代の患者で相次ぐ 米
2020.04.23 Thu posted at 13:29 JST
https://www.cnn.co.jp/usa/35152843.html

米NYで新型コロナにより脳梗塞を併発する30〜40代の患者が相次いでいる/CNN

(CNN) 新型コロナウイルスに感染した30〜40代の患者が脳梗塞(こうそく)を併発する症例が相次いでいる。米ニューヨークのマウントサイナイ病院が22日に報告した。

同病院によると、新型ウイルスの感染者で病院があふれ返っているという話を聞き、救急車を呼ぶことをためらう患者もいるとみられる。

新型コロナウイルスをめぐっては、血栓を引き起こしたという報告が増えており、結果として脳梗塞を発症したと思われる。


マウントサイナイ病院は、同病院で診察した患者5人の症例を報告した。いずれも50歳未満で、新型コロナウイルス感染症の症状は軽症か無症状だった。

同病院のトーマス・オックスリー医師は、「同ウイルスの影響で大動脈の血栓が増大し、重度の脳卒中につながったと思われる」と説明する。「我々の報告では、若い患者が突然の脳卒中に見舞われた症例はこの2週間で7倍に増えた。ほとんどの患者に既往症はなく、症状が軽かった(2人は無症状だった)ため、自宅にいた」
新型コロナウイルスの検査では、全員が陽性と判定された。2人については救急車を呼ぶのが遅れていた。

この年代で脳卒中を発症する患者はそれほど多くない。マウントサイナイ病院の場合、それまでの12カ月間は、大きな血管の脳梗塞のために治療を受けた50歳未満の患者は、2週間ごとの平均で0.73人にとどまっていた。
こうした血栓はすぐに摘出しなければ重い障害が残ることもある。同病院で診察した患者のうち少なくとも1人は死亡し、残る患者もリハビリ施設や集中治療室などに入院しているという。1人だけは退院できたが、集中的な介護を必要とする状態にある。

オックスリー医師は、新型コロナウイルス感染症の症状があり、脳卒中が疑われる場合は、すぐに救急車を呼ぶよう促している。

https://www.cnn.co.jp/usa/35152843.html



http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/568.html#c17

[リバイバル3] ベールにつつまれた奈女沢温泉 _ 医者に見放された患者が最後に縋る奇跡の水とは 中川隆
18. 中川隆[-12913] koaQ7Jey 2020年4月27日 10:54:49 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[16]

温泉水の効果は毛細血管への血の流れを改善する事


“ゴースト血管”が危ない 〜美と長寿のカギ 毛細血管〜」

ゴースト血管 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E8%A1%80%E7%AE%A1

若くても油断できない――毛細血管が消えていく「ゴースト血管」のリスク
https://news.yahoo.co.jp/feature/933

加齢や生活習慣の乱れなどをきっかけに、全身の毛細血管が血液の通らない管だけになってしまう――そんな「ゴースト血管」が注目されている。放置すれば毛細血管そのものが消滅し、酸素と栄養が全身に行きわたらなくなる恐れがある。そのため、ゴースト血管は肌のシワやたるみ、骨粗しょう症、肝臓や腎臓の機能低下、さらには認知症など、深刻な病にもつながるという。私たちの若さと健康をむしばむ、ゴースト血管の危険性、そしてその対策を追った。(取材・文=NHKスペシャル「“ゴースト血管”が危ない」取材班/編集=Yahoo!ニュース 特集編集部)

毛細血管と肌の老化との深い関係

「お客さまから、肌が内側から衰えていくという実感が寄せられていました。肌を根本からケアしたいという要望に応えるため、以前から毛細血管に着目してきました」

横浜市都筑区にある、資生堂リサーチセンターで、研究員の加治屋健太朗さんが説明する。ヘアケア製品「TSUBAKI」やメイクアップ製品「マキアージュ」といったヒット商品を生んだこの研究所では、肌と毛細血管の関係について20年間にわたり基礎研究が進められてきた。

資生堂リサーチセンターでは、肌の毛細血管に焦点を当てた研究を重ねている(撮影:殿村誠士)

資生堂では、1万人以上の顔面をモニタリングして研究を重ね、2016年には頬や目じりの毛細血管を世界で初めて3Dで表すことに成功した。

「50代以降の顔の毛細血管の数は、10〜40代と比べ4割も減ります」と加治屋さんは言う。「例えば目じりの毛細血管なら、平均すると70代では30代の半分になります。その結果、シワやたるみが発生します」

1万人以上の肌をリサーチ。毛細血管にアプローチすることで得られた知見とそれに基づく薬剤は、資生堂の化粧品やサプリメントに活用されている(撮影:殿村誠士)

毛細血管にアプローチする知見とそれに基づく薬剤は、資生堂の化粧品やサプリメントに既に導入されており、今後も商品化や用途が拡大していく見込みだ。資生堂以外にも、加齢関連疾患の治療法を研究する慶応大学医学部の百寿総合研究センターが、長寿と毛細血管の関係について調査を始めるなど、毛細血管と健康の関係に着目する企業や研究の事例は増えている。
管だけで血液が流れない「ゴースト血管」

人間の血管のうち95〜99%を占めるといわれる毛細血管は、約37兆個と言われる細胞すべてに酸素や栄養を届ける役割を持つ。毛細血管には小さな隙間が開いており、そこから血液が微量ずつ漏れることで周囲の細胞に酸素や栄養を届ける仕組みだ。毛細血管が、全身の細胞にとっての「栄養配送網」を担っている。そのため、ゴースト血管になると、その周辺の細胞に酸素や栄養が届かず、問題が発生する。

毛細血管の断面図。血液中を流れる円盤状の赤血球が、血管の隙間から有効成分を押し出す(提供:NHK)

血管研究の権威である大阪大学微生物病研究所の倉伸幸教授はこう説明する。

「毛細血管自身も、血液が流れ続けることでみずみずしい状態を保ち、健全な状態を維持しています。ところが何らかの原因で血管構造が破綻すると、血管網の途中で血液成分が漏れすぎてしまい、末端まで届かなくなる。その状態が続くと毛細血管はボロボロになっていき、最終的に消失してしまうのです」

血液が流れなくなった毛細血管は、幽霊のように消えていく(提供:NHK)

倉教授は、血液が流れなくなり消えていく毛細血管のことを、まるで幽霊のように消えてしまうさまから「ゴースト血管」と名づけた。何が原因で発生するのか。

「ゴースト血管の発生は、加齢も原因の一つではありますが、生活習慣が大きく影響します。睡眠不足や糖分・脂肪分の過剰摂取など偏った食生活といった不摂生が重なると、毛細血管はもろくなり、ゴースト血管が発生しやすくなります。肌の場合、浴びた紫外線量が増えると毛細血管の減少は加速します」

大阪大学微生物病研究所の高倉伸幸教授(撮影:殿村誠士)

毛細血管が消失すれば、周辺の細胞への栄養配送網もカットされる。供給を失った細胞は当然衰える。さらに、そうした細胞で構成される臓器は劣化していく、というスパイラルに陥る。

「ゴースト血管は、放置すると美容だけでなく健康にも悪影響を及ぼします。肌で起きればシワやたるみに、肝臓で起きると肝機能が低下、骨で起きると骨粗しょう症の原因になります」
認知症の陰にも

ゴースト血管の影響は、脳にも及ぶ。

神経内科医であり、認知症を専門とする冨本秀和・三重大学教授は「脳は非常に豊富な血流を必要とする場所で、身体に取り込んだ酸素の2割を消費します。最も毛細血管が重要な臓器です」と言う。

冨本教授らの2007年の研究で、アルツハイマー病患者の脳では健常者と比べ、29%も毛細血管が減少していることが分かった。「毛細血管は、アルツハイマー病の原因物質となる『アミロイドβ』を回収する通り道としての役割を持っていると考えられています。その道が減ることで、脳にアミロイドβが蓄積しやすくなり、アルツハイマー病の進行が速まるのではないでしょうか」

ゴースト血管とアルツハイマー病の関係を研究する三重大学の冨本秀和教授(提供:NHK)

脳の組織に血液が行きわたらないことで現れる「白質病変」も、ゴースト血管が原因だと考えられている。白質病変は、認知症患者の脳に見られる病変の一つだ。愛媛大学が2015年に行った研究では、白質病変がある患者には軽度認知障害のリスクが倍増することが分かっている。

愛媛大学医学部附属病院抗加齢・予防医療センターの伊賀瀬道也センター長(提供:NHK)

「白質病変が重篤なほど、軽度認知障害のリスクは上がります」と、愛媛大学医学部附属病院抗加齢・予防医療センターの伊賀瀬道也センター長は指摘する。「59歳から75歳までの1400人を調査した結果、約6割から白質病変が見つかりました。かなり多くの方が、脳にゴースト血管を抱えている可能性があります」
ゴースト血管は寝たきりも招く

「骨の丈夫さ」もゴースト血管と無縁ではない。

「骨は硬くて変化していないと思われがちですが、日々古い骨が壊され、新しい骨に作り替えられています。その『作り替え』に必要な材料を骨に運ぶのが毛細血管。ゴースト化のダメージが大きな場所と言えます」

骨と毛細血管の関係について語る独マックスプランク研究所のラルフ・アダムス博士(提供:NHK)

こう語るのは、血管研究の世界的権威で、骨と毛細血管の関係を研究しているラルフ・アダムス博士(独マックスプランク研究所)だ。「ゴースト血管は、骨がもろくなる骨粗しょう症も招きます。骨粗しょう症は寝たきりの大きな原因になっていますから、特に影響は深刻です」


健康な骨(上)とスカスカになった骨の比較イメージ。赤い毛細血管の数もいきわたる養分や酸素の量も大きく差がある(提供:NHK)
年齢だけの問題ではない

「ゴースト血管は自覚症状がなく、あってもせいぜい冷え性くらいのもの。さまざまな臓器での『異変』を感じたときには、かなり症状が進んでしまっている可能性が高い」(倉教授)という。

実際にどのくらい「潜在患者」がいるのか。今回、高倉教授の監修で調査した。

20代から70代までの男女200人の被験者の協力で、毛細血管の状況を検査。手の指先の毛細血管を専門の機器で解析することで、被験者の毛細血管の様子を数値解析した。

あっと社が開発した採血不要の毛細血管スコープ「血管美人」で指先の毛細血管画像を解析した(撮影:殿村誠士)

その結果、200人中21名が「ゴースト血管の危険あり」と判定された。どの世代にも満遍なく「ゴースト血管持ち」が確認され、20代でも70代より毛細血管の状態が悪い被験者がいた。

「一般的に、少なくともおよそ1割から2割の人がゴースト血管の危険ありだと考えています」と、倉教授は言う。「若いからといって油断はできません。早期のゴースト血管化は、老化を早め、重篤な病気にかかりやすくなるリスクを高める恐れがあります」

健康な毛細血管の画像(提供:NHK)

世代間で差があまりなく、若い世代にもリスク大の被験者がいたのは、「生活習慣の乱れ、不摂生が原因でしょう」と倉教授はみる。

「たとえば睡眠時間。毛細血管は睡眠中に修復されますから、睡眠時間が短いと十分に修復されず、『漏れ』が多くなり、ゴースト血管につながります」

ゴースト血管化してしまっている一例(提供:NHK)

食生活の乱れも影響が大きい。循環器内科学や女性医療が専門の金沢医科大学の赤澤純代准教授は言う。

「特に大きいと考えているのは『大食い』です。過剰な糖を摂取した際に体内で生成される成分が、血管の細胞を傷つけ、『漏れ』を加速させてしまいます。その結果、ゴースト血管が進行するのです」
まずは血流を上げることが大事

年齢に関係なく忍び寄ってくるゴースト血管。今回、赤澤准教授の協力を得て、ゴースト血管のリスクを簡易的に調べることができるチェックテストも用意した。

簡単な設問に答えることで、ゴースト血管の危険度をチェックできる(提供:NHK)

このチェックテストで「リスクあり」と出たらどうすればいいのだろうか。基本的な対策は、「血流アップ」を心がけること。血流を上げると、管だけになった毛細血管に再び血液が通うようになる。また、毛細血管の内側の細胞同士の結びつきが強くなり、血液成分が漏れにくい、つまりゴースト化しにくい血管を作ることができる。

血流アップに効果的かつ手軽な方法として、高倉教授が勧めるのは「スキップ」だ。「第2の心臓と呼ばれるふくらはぎを鍛えることで、全身の血流が上がります」

血流アップにはスキップが有効だ(提供:NHK)

スキップができない場合は、その場でかかとの上げ下ろしをするだけでも効果がある。「それでも難しいなら、腹式呼吸による深呼吸をお勧めします。深呼吸でも血流は上がります」

毛細血管を「いたわる」食事もある。特に効果を期待できるのは、シナモンだ。「シナモンに含まれる物質が毛細血管の細胞の接着力を上げ、『漏れ』を防ぐ働きにつながります」と、赤澤准教授は言う。スパイスの一つであるヒハツやルイボスティーなども、シナモンと同様の効果があるという。

ゴースト血管対策には、シナモンの摂取が効果的(提供:NHK)

生活習慣や食生活の改善で、ゴースト血管の進行は食い止められる可能性がある。健康のバロメーターにもなる毛細血管の状態を良好に保つために、ゴースト化しない生活スタイルを心がけたい。倉教授はこう警鐘を鳴らす。

「毛細血管は消えてゴースト化しやすい半面、すぐに血流を通せば復活させられます。しかし、いったん毛細血管が消えてしまうと、新しく作ることは非常に難しい。ゴースト化から消滅までのタイムリミットは正確には分かっていませんが、とにかく早めに対策を取らなければいけません」

「“ゴースト血管”が危ない 〜美と長寿のカギ 毛細血管〜」は、4月1日(日)午後9時〜生放送(NHK総合)

全身に張り巡らされ、命を支えている毛細血管が幽霊のように消えてしまう“ゴースト血管”。 全身のあらゆる部分をむしばみ、認知症や骨粗しょう症などの深刻な病につながることが明らかになってきた。 どう予防・対策するか?最新研究の取材をもとに迫る。
https://news.yahoo.co.jp/feature/933

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/568.html#c18

[近代史4] 新型コロナウイルスはデザイナーズウィルス、免疫細胞を無効化することが判明 中川隆
35. 中川隆[-12912] koaQ7Jey 2020年4月27日 11:35:55 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[17]
新型コロナウイルス感染症にみられる特徴的な皮膚症状
大塚篤司 | 医師、コラムニスト、医学博士、皮膚科専門医、がん治療認定医
4/24
https://news.yahoo.co.jp/byline/atsushiotsuka/20200424-00171478/


新型コロナウイルス感染症では、一部の患者さんに嗅覚・味覚異常がおきることが報じられています。

「カレーの味がわからない」
「コーラを飲んでも炭酸水のように感じた」

など、患者さんの体験談がマスコミを通して拡散され、新型コロナウイルス感染症を疑う症状として一般の方にも広く知られています。

一方で、こういった嗅覚・味覚異常は新型コロナウイルス感染症だけに起きる症状ではなく、日本耳鼻咽喉科学会からは注意喚起のアナウンスがされています。


嗅覚・味覚障害と新型コロナウイルス感染症について―耳鼻咽喉科からのお知らせとお願い―

1. 37.5度以上の発熱が4日以上続く場合や、咳、息苦しさ、だるさがあれば、お住まいの区市町村の帰国者・接触者相談センターにご相談ください。厚生労働省のホームページからも確認することができます。

各都道府県における帰国者・接触者相談センター紹介(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/covid19-kikokusyasessyokusya.html

2. 急に「におい」や「あじ」の異常を感じるようになった場合には、万が一、新型コロナウイルス感染症であったときに周囲の人に感染を拡大する可能性がありますので、2週間は出来るだけ不要不急の外出を控えてください。その間、医療機関への受診は控え、体温を毎日測定し、手洗いをこまめにしてください。人と接する際にはマスクをつけて対話をしてください。

3. 嗅覚・味覚障害の治療は急ぐ必要はありません。自然に治ることも多いのでしばらく様子を見てください。特効薬はありませんが、2週間経っても他の症状なく嗅覚や味覚が改善しない場合は耳鼻咽喉科外来を受診してください。

さて、最近になって新型コロナウイルス感染症に伴う皮膚症状の報告が相次いでいます。

イタリアの新型コロナ感染症病棟からのデータをまとめた報告(文献1)では、88名の患者のうち18名(20.4%)に何らかの皮膚症状が出現したとのこと。18名のうち8名の患者さんは発症とともに、残りの10名は入院後に皮膚症状が確認されたようです。

皮膚症状のタイプですが、18名中の14名がよく見られる赤いぶつぶつ(紅斑性皮疹)、3名がじんま疹のような症状、1名が”みずぼうそう”(水疱瘡)のような発疹でした。これらは体幹を中心に出現し、かゆみはあまりないようです。

18例と少ない症例数からの解析結果ではありますが、皮膚症状と新型コロナ感染症の重症度は関連がなかったと報告されています。

新型コロナウイルス感染症に見られる”みずぼうそう”の様な皮膚症状


”みすぼうそう”の皮膚症状。出典:Wikipedia

”みずぼうそう”とよく似た皮膚症状が新型コロナウイルス感染症でおきることは、他の論文でも指摘されています。

新型コロナウイルスに感染したイタリア人の8歳女児に”みずぼうそう”様の症状が出現したという報告があります(文献2)。
全身に出現した小さな水ぶくれ以外に、この女児は肺炎などの全身症状が出現しなかったようです。

同じくイタリアから、新型コロナウイルス感染症で皮膚症状が出現した22名の解析が報告されています(文献3)。

この論文では、小さな水ぶくれ(水ぼうそうのような症状)が12例(54.5%)に認められました。先の論文と同様に、かゆみはあっても少ないとのことでした。
以上のことから、感染が拡大している今は”みずぼうそう”の様な発疹が出現したら新型コロナウイルス感染症も疑った方が良いでしょう。

"しもやけ"の様な皮膚症状も新型コロナウイルス感染症に特徴的

つい先日、新型コロナウイルス感染症に伴う新たな発疹が報告されました(文献4)。

ベルギーからの論文では、新型コロナウイルスに感染した23歳の男性患者さんに”しもやけ”のような皮膚症状が出現したと報告されています。

さらに、クエートからも同様の報告があります(文献5)。

新型コロナウイルス感染症と診断された27歳と35歳の女性が、指先に"しもやけ"様の発疹が出現したようです。そして、この2名の患者さんは皮膚の症状以外に熱や咳、味覚障害などの全身症状が出ていなかったということでした。

”しもやけ”は皮膚が赤く腫れ硬くなる病気で、寒さによる血流障害が原因です。この血流障害は”しもやけ”だけに見られる症状ではありません。血管に炎症が起きる"血管炎"でも出現します。

最近、新型コロナウイルスに感染すると小さな血管に炎症が起こることが報告されました(文献6)。このことから、新型コロナウイルス感染症に伴う”しもやけ”の症状は血管炎がおきた結果なのかもしれません。

では、血管炎が激しくなるとどうなるでしょうか。

皮膚にある血管の炎症がすすむと、小さな内出血が見られます。いわゆる点状出血という皮膚所見です。

タイからの報告(文献7)では、新型コロナ感染症の患者さんにデング熱と同じような皮膚症状が出現したようです。デング熱は紅斑と点状の出血を伴う典型的な皮膚症状が出現します。タイではデング熱が多いため、患者さんの初診の段階では新型コロナ感染症とはわからず誤診したとのことでした。

つまり、新型コロナウイルス感染に伴う血管炎が、指先に起これば"しもやけ"の様な症状となり、体に出現すればデング熱のような点状出血がみられる可能性があります。

以上のことから、暖かくなってきたこの季節に”しもやけ”のような症状が出現した場合、新型コロナウイルス感染症の可能性も考えられます。感染を広めないためにも、咳や息苦しさの症状出現に注意しつつ、外部との接触を控えましょう。


まとめ

新型コロナウイルス感染症にともなう皮膚症状についてまとめました。

現在のところ、"みずぼうそう"と"しもやけ"のような症状は新型コロナウイルス感染症で出現しうる皮膚所見です。注意していただきたいのは、こういった皮膚症状が出たからといって新型コロナウイルスに感染した証拠となるわけではなく、他の病気(本当のみずぼうそうや膠原病など)の可能性もあるということです。

また、若い方は新型コロナウイルス感染症にかかると、肺炎などの症状が出ることなく"みずぼうそう"や"しもやけ"のような皮膚症状が出現することがあります。感染を拡大させないように一人ひとりの注意が必要です。

https://news.yahoo.co.jp/byline/atsushiotsuka/20200424-00171478/
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/768.html#c35

[近代史4] 新型コロナウイルス肺炎は「間質性肺炎」で致死率100% ? 中川隆
50. 中川隆[-12911] koaQ7Jey 2020年4月27日 11:36:28 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[18]

新型コロナウイルス感染症にみられる特徴的な皮膚症状
大塚篤司 | 医師、コラムニスト、医学博士、皮膚科専門医、がん治療認定医
4/24
https://news.yahoo.co.jp/byline/atsushiotsuka/20200424-00171478/


新型コロナウイルス感染症では、一部の患者さんに嗅覚・味覚異常がおきることが報じられています。

「カレーの味がわからない」
「コーラを飲んでも炭酸水のように感じた」

など、患者さんの体験談がマスコミを通して拡散され、新型コロナウイルス感染症を疑う症状として一般の方にも広く知られています。

一方で、こういった嗅覚・味覚異常は新型コロナウイルス感染症だけに起きる症状ではなく、日本耳鼻咽喉科学会からは注意喚起のアナウンスがされています。


嗅覚・味覚障害と新型コロナウイルス感染症について―耳鼻咽喉科からのお知らせとお願い―

1. 37.5度以上の発熱が4日以上続く場合や、咳、息苦しさ、だるさがあれば、お住まいの区市町村の帰国者・接触者相談センターにご相談ください。厚生労働省のホームページからも確認することができます。

各都道府県における帰国者・接触者相談センター紹介(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/covid19-kikokusyasessyokusya.html

2. 急に「におい」や「あじ」の異常を感じるようになった場合には、万が一、新型コロナウイルス感染症であったときに周囲の人に感染を拡大する可能性がありますので、2週間は出来るだけ不要不急の外出を控えてください。その間、医療機関への受診は控え、体温を毎日測定し、手洗いをこまめにしてください。人と接する際にはマスクをつけて対話をしてください。

3. 嗅覚・味覚障害の治療は急ぐ必要はありません。自然に治ることも多いのでしばらく様子を見てください。特効薬はありませんが、2週間経っても他の症状なく嗅覚や味覚が改善しない場合は耳鼻咽喉科外来を受診してください。

さて、最近になって新型コロナウイルス感染症に伴う皮膚症状の報告が相次いでいます。

イタリアの新型コロナ感染症病棟からのデータをまとめた報告(文献1)では、88名の患者のうち18名(20.4%)に何らかの皮膚症状が出現したとのこと。18名のうち8名の患者さんは発症とともに、残りの10名は入院後に皮膚症状が確認されたようです。

皮膚症状のタイプですが、18名中の14名がよく見られる赤いぶつぶつ(紅斑性皮疹)、3名がじんま疹のような症状、1名が”みずぼうそう”(水疱瘡)のような発疹でした。これらは体幹を中心に出現し、かゆみはあまりないようです。

18例と少ない症例数からの解析結果ではありますが、皮膚症状と新型コロナ感染症の重症度は関連がなかったと報告されています。

新型コロナウイルス感染症に見られる”みずぼうそう”の様な皮膚症状


”みすぼうそう”の皮膚症状。出典:Wikipedia

”みずぼうそう”とよく似た皮膚症状が新型コロナウイルス感染症でおきることは、他の論文でも指摘されています。

新型コロナウイルスに感染したイタリア人の8歳女児に”みずぼうそう”様の症状が出現したという報告があります(文献2)。
全身に出現した小さな水ぶくれ以外に、この女児は肺炎などの全身症状が出現しなかったようです。

同じくイタリアから、新型コロナウイルス感染症で皮膚症状が出現した22名の解析が報告されています(文献3)。

この論文では、小さな水ぶくれ(水ぼうそうのような症状)が12例(54.5%)に認められました。先の論文と同様に、かゆみはあっても少ないとのことでした。
以上のことから、感染が拡大している今は”みずぼうそう”の様な発疹が出現したら新型コロナウイルス感染症も疑った方が良いでしょう。

"しもやけ"の様な皮膚症状も新型コロナウイルス感染症に特徴的

つい先日、新型コロナウイルス感染症に伴う新たな発疹が報告されました(文献4)。

ベルギーからの論文では、新型コロナウイルスに感染した23歳の男性患者さんに”しもやけ”のような皮膚症状が出現したと報告されています。

さらに、クエートからも同様の報告があります(文献5)。

新型コロナウイルス感染症と診断された27歳と35歳の女性が、指先に"しもやけ"様の発疹が出現したようです。そして、この2名の患者さんは皮膚の症状以外に熱や咳、味覚障害などの全身症状が出ていなかったということでした。

”しもやけ”は皮膚が赤く腫れ硬くなる病気で、寒さによる血流障害が原因です。この血流障害は”しもやけ”だけに見られる症状ではありません。血管に炎症が起きる"血管炎"でも出現します。

最近、新型コロナウイルスに感染すると小さな血管に炎症が起こることが報告されました(文献6)。このことから、新型コロナウイルス感染症に伴う”しもやけ”の症状は血管炎がおきた結果なのかもしれません。

では、血管炎が激しくなるとどうなるでしょうか。

皮膚にある血管の炎症がすすむと、小さな内出血が見られます。いわゆる点状出血という皮膚所見です。

タイからの報告(文献7)では、新型コロナ感染症の患者さんにデング熱と同じような皮膚症状が出現したようです。デング熱は紅斑と点状の出血を伴う典型的な皮膚症状が出現します。タイではデング熱が多いため、患者さんの初診の段階では新型コロナ感染症とはわからず誤診したとのことでした。

つまり、新型コロナウイルス感染に伴う血管炎が、指先に起これば"しもやけ"の様な症状となり、体に出現すればデング熱のような点状出血がみられる可能性があります。

以上のことから、暖かくなってきたこの季節に”しもやけ”のような症状が出現した場合、新型コロナウイルス感染症の可能性も考えられます。感染を広めないためにも、咳や息苦しさの症状出現に注意しつつ、外部との接触を控えましょう。


まとめ

新型コロナウイルス感染症にともなう皮膚症状についてまとめました。

現在のところ、"みずぼうそう"と"しもやけ"のような症状は新型コロナウイルス感染症で出現しうる皮膚所見です。注意していただきたいのは、こういった皮膚症状が出たからといって新型コロナウイルスに感染した証拠となるわけではなく、他の病気(本当のみずぼうそうや膠原病など)の可能性もあるということです。

また、若い方は新型コロナウイルス感染症にかかると、肺炎などの症状が出ることなく"みずぼうそう"や"しもやけ"のような皮膚症状が出現することがあります。感染を拡大させないように一人ひとりの注意が必要です。

https://news.yahoo.co.jp/byline/atsushiotsuka/20200424-00171478/
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/741.html#c50

[リバイバル3] 孫正義の詐欺の手口 中川隆
19. 中川隆[-12910] koaQ7Jey 2020年4月27日 11:58:36 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[19]

2020年04月27日
ソフトバンクは傷んだピザ、素人の火遊びに10兆円は大きすぎた


孫氏の眼力やフォースはミスターマリックの超魔術に似ている


画像引用:ソフトバンク孫正義CEO、毎月マスク3億枚を無利益供給 - Sputnik 日本https://jp.sputniknews.com/covid-19/202004127355649/

ビジョン・ファンド投資先の多くが「傷んだピザ」

孫正義がソフトバンク・ビジョン・ファンドを華々しく立ち上げたのは2017年の事だが僅か3年でそのピザは腐ってしまった。

欧米メディアはソフトバンクを傷んだピザと書いたが、投資したピザ宅配スタートアップ企業からきている。

宅配ピザのズームに3.75億ドルを投資したのは3年ほど前だが、ズーム・ピザはソフトバンクグループのお荷物になっている。



ピザ屋だけでなく配車アプリのウーバー、シェアオフィスのウィーワーク、携帯電話のスプリントも赤字を出し続けている。

この数年で孫氏が投資した企業で利益を上げているのは半導体設計の英アームくらいだが、そのアームも3.3兆円の取得額に対して利益はごくわずかです。

アームの売り上げはせいぜい2000億円で利益はその1割程度で、しかもソフトバンク買収後に経営悪化している。


これは良くあるパターンで経営者は高額で買収して欲しいのでせいいっぱい利益を膨らませるが、買収が済むと本来の姿に戻ります。

買収前はコストダウンを図ったり投資や支払いを後回しにするが、いつまでも遅らせることはできない。

ソフトバンクが買収した企業の多くが同様に見栄えを良くした新興企業でした。

孫正義のカリスマ経営

孫氏はカリスマ経営で知られていて投資する際にも買収先の経営者に直接会って「一目で見抜いた」と言うのが大好きです。

この「一目で見抜いた」の始まりはアリババのジャックマーだったが、アリババ以外成功例はないようです。

出資者や投資家はこの孫氏の眼力に投資していて、最近は「フォースを感じた」とも言っていた。


孫氏は一般的な投資ファンドより遥かに高額で企業買収するので知られ、英アームやスプリントは話題になった。

高額で買収するのでその分「真の利益」が出るまで長期間かかり、実際には今まで利益が出たのはアリババだけです。

ビジョンファンドは10兆円だったが孫氏は「10兆円なんか使い切る。次は100兆円だ」と言っていました。


ここで問題なのはビジョンファンドに集めた10兆円は「借金」と同じで投資家に利子をつけて返さなくてはならない。

投資したのに配当がなかったり出資金額が返ってこないのでは投資家は資金を引き揚げてしまいます。

実際ビジョンファンドの第2弾募集を2019年に開始したが、今までに応募は1社もないという。


ビジョンファンド第一弾の出資者は本当は解約して資金を引き揚げたいが、おそらく元本割れするので我慢している。

ソフトバンクは10兆円や100兆円を扱うには専門的な能力に欠け、企業価値を正しく判断できていない。

他社が1兆円と値踏みした企業を3兆円で買って世間を驚かせ、「さすが孫さんだ」と称賛されるがそれだけです。
http://www.thutmosev.com/archives/82797510.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/965.html#c19

[近代史3] ソフトバンク 孫正義は日本人の敵 中川隆
19. 中川隆[-12909] koaQ7Jey 2020年4月27日 11:59:02 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[20]

2020年04月27日
ソフトバンクは傷んだピザ、素人の火遊びに10兆円は大きすぎた


孫氏の眼力やフォースはミスターマリックの超魔術に似ている


画像引用:ソフトバンク孫正義CEO、毎月マスク3億枚を無利益供給 - Sputnik 日本https://jp.sputniknews.com/covid-19/202004127355649/

ビジョン・ファンド投資先の多くが「傷んだピザ」

孫正義がソフトバンク・ビジョン・ファンドを華々しく立ち上げたのは2017年の事だが僅か3年でそのピザは腐ってしまった。

欧米メディアはソフトバンクを傷んだピザと書いたが、投資したピザ宅配スタートアップ企業からきている。

宅配ピザのズームに3.75億ドルを投資したのは3年ほど前だが、ズーム・ピザはソフトバンクグループのお荷物になっている。



ピザ屋だけでなく配車アプリのウーバー、シェアオフィスのウィーワーク、携帯電話のスプリントも赤字を出し続けている。

この数年で孫氏が投資した企業で利益を上げているのは半導体設計の英アームくらいだが、そのアームも3.3兆円の取得額に対して利益はごくわずかです。

アームの売り上げはせいぜい2000億円で利益はその1割程度で、しかもソフトバンク買収後に経営悪化している。


これは良くあるパターンで経営者は高額で買収して欲しいのでせいいっぱい利益を膨らませるが、買収が済むと本来の姿に戻ります。

買収前はコストダウンを図ったり投資や支払いを後回しにするが、いつまでも遅らせることはできない。

ソフトバンクが買収した企業の多くが同様に見栄えを良くした新興企業でした。

孫正義のカリスマ経営

孫氏はカリスマ経営で知られていて投資する際にも買収先の経営者に直接会って「一目で見抜いた」と言うのが大好きです。

この「一目で見抜いた」の始まりはアリババのジャックマーだったが、アリババ以外成功例はないようです。

出資者や投資家はこの孫氏の眼力に投資していて、最近は「フォースを感じた」とも言っていた。


孫氏は一般的な投資ファンドより遥かに高額で企業買収するので知られ、英アームやスプリントは話題になった。

高額で買収するのでその分「真の利益」が出るまで長期間かかり、実際には今まで利益が出たのはアリババだけです。

ビジョンファンドは10兆円だったが孫氏は「10兆円なんか使い切る。次は100兆円だ」と言っていました。


ここで問題なのはビジョンファンドに集めた10兆円は「借金」と同じで投資家に利子をつけて返さなくてはならない。

投資したのに配当がなかったり出資金額が返ってこないのでは投資家は資金を引き揚げてしまいます。

実際ビジョンファンドの第2弾募集を2019年に開始したが、今までに応募は1社もないという。


ビジョンファンド第一弾の出資者は本当は解約して資金を引き揚げたいが、おそらく元本割れするので我慢している。

ソフトバンクは10兆円や100兆円を扱うには専門的な能力に欠け、企業価値を正しく判断できていない。

他社が1兆円と値踏みした企業を3兆円で買って世間を驚かせ、「さすが孫さんだ」と称賛されるがそれだけです。
http://www.thutmosev.com/archives/82797510.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/549.html#c19

[近代史4] 天皇一族は反日売国奴 中川隆
5. 中川隆[-12908] koaQ7Jey 2020年4月27日 12:53:30 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[21]

>>4
>天皇制と奥の院の共通点とは・・・「すべて裏から支配」


つまり、

江戸時代までの奥の院は秦氏と藤原氏
明治以降の奥の院はJPモルガンとロックフェラー

という事ですね:


明治維新以降、日本は大陸侵略の拠点であり、日本人はアングロ・サクソンの傭兵としての側面がある。明治維新によって安藤昌益を生んだ徳川時代は終わり、大陸を侵略する天皇制の明治時代が始まる。
____

2019.07.07
自由な海上輸送を許さないアングロ・サクソンの長期戦略
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201907070000/


 イランが運行するタンカー「グレイス 1」をイギリスの海兵隊がジブラルタル沖で拿捕した。シリア向けの石油を運んでいる疑いが拿捕の理由だというのだが、それはイギリスやアメリカの勝手な言い草であり、海賊行為以外の何物でもない。


 ちなみに、ジブラルタルはイベリア半島の南端近くにあり、地中海と大西洋を結ぶ狭い通路。そこをイギリスが占領、領土としている。海運を支配する一環だ。


 かつて、中国から西アジアを経由して地中海へ至るシルク・ロードという交易ルートがあったが、物流の中心はやはり海運だった。その海路を支配することで勢力を伸ばした国のひとつがイギリスである。海路を支配するということは、自由な航行を許さないということでもある。


 その戦略を体系化したのがハルフォード・マッキンダーというイギリスの学者。1904年に世界制覇のため、ユーラシア大陸の沿岸地域を制圧して内陸部を締め上げていくという戦略を発表している。


 マッキンダーは世界を制覇するためにロシアを支配する必要があると考えた。ロシアには耕作地が広がり、19世紀には領内で油田が発見された資源国であり、国民の教育水準も高い。ロシアの南にある中国も古くから栄え、莫大な資産が蓄えられている。


 ロシアや中国を締め上げるため、マッキンダーは西ヨーロッパ、パレスチナ、サウジアラビア、インド、東南アジア諸国、朝鮮半島をつなぐ内部三日月帯を、その外側に外部三日月地帯を想定した。


 内部三日月帯を海路でつなぐためにスエズ運河がイギリスにとっていかに重要かということは言うまでもないだろう。地中海からスエズ運河を通って紅海へ入り、そこからインド洋へ抜ける際に通過するアデン湾はアラビア半島の南端(イエメン)とアフリカの角(ソマリア)に挟まれている。


 マッキンダーが想定する内部三日月帯はアラビア半島を通過しているが、かつて、そこにイギリスの拠点はなかった。そしてイギリスはイスラエル(1948年)とサウジアラビア(1932年)を作る。その三日月帯の東端に日本はある。大陸を侵略する拠点として格好の場所だ。


 イギリスは19世紀から中国(清)を食い物にしようとしてきた。そして実行されたのが1840年に勃発したアヘン戦争と56年に始まった第2次アヘン戦争だ。


 前にも書いたことだが、アヘン戦争と第2次アヘン戦争でイギリスは勝利したものの、内陸部を支配する戦力がない。アヘン戦争に投入されたイギリス軍は5000名。7000名はインドの兵士だった。第2次アヘン戦争でイギリス軍は兵士の数を増やしたが、それでも1万3127名。フランスから7000名ほどが参加している。


 要するに、イギリスは戦力が圧倒的に不足している。そこで目をつけられたのが日本だ。明治維新はそうした側面から考える必要がある。ちなみに日清戦争で日本軍は24万人が投入された。明治維新以降、日本は大陸侵略の拠点であり、日本人はアングロ・サクソンの傭兵としての側面があるのだ。明治維新によって安藤昌益を生んだ徳川時代は終わり、大陸を侵略する天皇制の明治時代が始まる。


 イギリスがアヘン戦争を仕掛けたのは資本主義が破綻したからにほかならない。資本主義は富を循環させるのではなく集中させる。必然的に貧富の差が拡大し、経済は持続できない。そこで国外で略奪するしかないのだ。世界市場の形成、原料の入手と言えば聞こえは良いが、押し売りと略奪だ。押し売りの商品の中には麻薬も含まれている。


 今回のタンカー拿捕はアメリカが東シナ海や南シナ海で展開している軍事行動の性格も示している。中国などアメリカに楯突く国の海上輸送をいつでも断ち切れる体制を確立したいということだ。日本はその手先にされている。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201907070000/

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2019.07.03
独立記念日を祝うアメリカ国民だが、独立宣言を忘れているようだ 《櫻井ジャーナル》
 7月4日はアメリカの独立記念日である。1776年7月4日に独立宣言が採択されたことを記念して定められたのだ。


 ヨーロッパからの植民者がイギリスからの独立を宣言したのだが、その執筆者はトマス・ジェファソン。「すべての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている」と謳っている。


 宣言に署名した人びとが何を考えていたかはともかく、宣言にある「人間」に制限はついていない。すべての人間は人種、民族、性別、思想、信仰、身分、家柄などに関係なく平等であり、人間としての権利を持っているということだ。


 当然、生まれながらに持っている能力を発揮するために必要な環境がすべての人間に保証されなければならない。人種、民族、性別、思想、信仰、身分、家柄などによって、そうした環境に差があってはならない。安心して生活でき、教育を受けることができ、働くことができなければならない。


 こうした権利を保障しない政府を人びとは「改造または廃止し、新たな政府を樹立し、人民の安全と幸福をもたらす可能性が最も高いと思われる原理をその基盤とし、人民の安全と幸福をもたらす可能性が最も高いと思われる形の権力を組織する権利を有する」と独立宣言は主張している。


 さらに、「権力の乱用と権利の侵害が常に同じ目標に向けて長期にわたって続き、人民を絶対的な専制の下に置こうとする意図が明らかであるときには、そのような政府を捨て去り、自らの将来の安全のために新たな保障の組織を作ることが人民の権利であり義務である」ともしている。


 アメリカでは19世紀に「泥棒男爵」と呼ばれる人びとが出現した。不公正な手段で財産を手に入れ、巨万の富を築いた人たちだ。石油業界を支配することになるジョン・D・ロックフェラー、金融帝国を築いたJ・P・モルガン、鉄鋼業界のアンドリュー・カーネギー、ヘンリー・クレイ・フリック、鉄道のエドワード・ヘンリー・ハリマン、金融や石油で財をなしたアンドリュー・W・メロンなどが含まれている。


 こうした人びとの権力が強大化する切っ掛けになった出来事が1913年12月にあった。連邦準備制度が創設され、連邦準備理事会が金融政策の樹立と遂行を監督、12の連邦準備銀行が政策を実行することになったのだ。このシステムを支配するのは富豪たちだ。


 連邦準備制度を作るための秘密会議が1910年11月にジョージア州のジキル島で開かれている。会議に参加したメンバーはクーン・ローブやJPモルガンの使用人やジョン・D・ロックフェラー・ジュニアの義父、つまりロスチャイルド、モルガン、ロックフェラーの代理人たちだった。こうした人びとがアメリカの通貨を発行する特権を持つことになる。


 こうした富豪が拠点にしている場所がウォール街やシティ。そこの住人に立ち向かった大統領もかつてはいた。フランクリン・ルーズベルトやジョン・F・ケネディたちだ。


 ルーズベルトは1932年の大統領選挙で勝利したのだが、その時にライバルだったハーバート・フーバーは現職の大統領。スタンフォード大学を卒業した後、鉱山技師としてアリゾナにあるロスチャイルドの鉱山で働いていた人物。政治家になってからはウォール街から支援を受けていた。


 そのフーバーとは違い、ルーズベルトは労働者の権利を認めてファシズムに反対するニューディール派を率いていた。そのルーズベルトをウォール街は嫌った。


 本ブログでは繰り返し書いてきたが、1933年から34年にかけてウォール街の大物たちはニューディール派を排除するためにクーデターを計画する。そのため、軍の内部で大きな影響力を持っていた海兵隊のスメドリー・バトラー退役少将を抱き込もうとするのだが、失敗してしまう。計画の内容はバトラー、そしてバトラーと親しかったジャーナリストが議会で証言、記録として残っている。


 クーデターで中心的な役割を果たしたのはJPモルガンだったとされているが、その総帥であるジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアの妻のいとこ、ジョセフ・グルーは1932年に駐日大使として来日している。


 ちなみに、JPモルガンの共同経営者だったエドワード・ストーテスベリーと結婚したエバ・ロバーツ・クロムウェルの娘の夫はダグラス・マッカーサーである。


 グルーは皇族を含む日本の支配層に強力なネットワークを持つ人物で、特に松岡洋右と親しかった。松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父にあたる。


 日本軍が真珠湾を奇襲攻撃して日本とアメリカが戦争を始めてしばらくの間、グルーは日本に滞在。離日したのは1942年8月だが、その直前に彼がゴルフをした相手は岸信介だ。大戦後、日本の進む方向を決めたジャパン・ロビーの中心にもグルーはいた。グルーが親ファシスト勢力に属していたことを忘れてはならない。


 すでにアメリカでは強大な私的権力が国を上回る力を持っている。その結果、「権力の乱用と権利の侵害が常に同じ目標に向けて長期にわたって続き、人民を絶対的な専制の下に置こうとする意図が明らか」になっていると言える。


 2011年9月11日以降、アメリカでは国外での侵略戦争、国内での刑務所化が急速に進んでいる。アメリカの属国である日本もその後を追っている。そうした現状を見ながら、「それでもアメリカは民主主義国だ」とか「それでもアメリカの方がましだ」という「左翼」、「リベラル派」、「革新勢力」が日本にはいる。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201907030000/


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櫻井ジャーナル 2019.06.27
19世紀から中国を手に入れようとしているアングロ・サクソンにとって日本は重要
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201906250000/
 アメリカの支配層は自分たちの意に沿わない国、組織、人物をさまざまな手段を使い、攻撃してきた。1991年12月にソ連が消滅するまでは一応、国連を尊重していたが、それ以降は単独行動主義を打ち出している。日本では国連中心主義を主張していた細川護煕政権が潰されてしまった。1994年4月のことである。


 勿論、細川政権が成立するはるか前から日本とアメリカは軍事同盟を結んでいた。日米安保条約だ。この条約によってアメリカ軍は日本占領が認められている。アメリカが日本を占領し続けたい理由は、日本が侵略のための重要な拠点だからだ。その日本がより積極的にアメリカの戦争に加担することを求められたのである。


 細川政権が設置した諮問機関の防衛問題懇談会はその年の8月に「日本の安全保障と防衛力のあり方(樋口レポート)」というタイトルの報告書発表したが、ネオコンはこの報告書を問題視する。国連中心主義に基づいて書かれていたからだ。


 このレポートを最初に問題だと主張したのはマイケル・グリーンとパトリック・クローニン。ふたりはカート・キャンベル国防次官補(当時)を説得してジョセイフ・ナイ国防次官補(同)らに自分たちの考えを売り込む。そしてナイは1995年2月に「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表。そこには在日米軍基地の機能を強化、その使用制限の緩和/撤廃が謳われていた。ナイ・レポートを境にして日本はアメリカの戦争マシーンへ組み込まれていく。


 そうした動きを後押しする出来事も引き起こされた。例えば1994年6月の松本サリン事件、95年3月の地下鉄サリン事件、その直後には警察庁長官だった國松孝次が狙撃されている。國松は1994年7月に城内康光から引き継いでいた。1995年8月にはアメリカ軍の準機関紙と言われるスターズ・アンド・ストライプ紙が日本航空123便に関する記事を掲載、その中で自衛隊の責任を示唆している。


 その一方、日本の支配システムを揺るがす出来事も相次ぐ。株式相場の暴落直後の証券スキャンダルでは興銀と東洋信金が関係した不正取引も明らかになった。この取り引きはマネーロンダリングだったという疑いも持たれている。1995年の大和銀行ニューヨーク支店の巨額損失発覚、98年には長銀事件だ。銀行の業務には大蔵省(現在の財務省)が深く関与、不正行為に官僚が無関係だとは言えないだろう。この推測が正しいなら、アメリカの支配層は日本の金融システムの弱みを握り、自由に操る体制ができたと言える。


 第2次世界大戦の終盤、1945年4月にアメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領は急死、ホワイトハウスの主導権はウォール街が奪還して大統領はハリー・トルーマンになる。


 トルーマン政権は中国に国民党政権を樹立しようとするが、失敗。破壊工作機関のOPCも1949年には拠点を上海などから日本へ移動させている。その年に国鉄を舞台とした怪事件、つまり下山事件、三鷹事件、松川事件が引き起こされたのは興味深い。


 中国は19世紀にイギリスから侵略されている。1840年に勃発したアヘン戦争と56年に始まった第2次アヘン戦争だ。香港はその時にイギリスが中国から奪った場所。その後、略奪の拠点として機能する。イギリスやアメリカが香港を手放そうとしないのはそのためだ。アメリカが麻薬取引と深く関係していた蒋介石の国民党に肩入れしたのもそうした背景が影響しているのだろう。


 アヘン戦争と第2次アヘン戦争でイギリスは勝利したが、それは海戦。運輸の中心である海をイギリスに押さえられた中国は苦境に陥るが、イギリスには内陸部を支配する戦力はない。アヘン戦争に投入されたイギリス軍は5000名。7000名はインドの兵士だ。第2次アヘン戦争でイギリス軍は兵士の数を増やしたが、それでも1万3127名。フランスから7000名ほどが参加している。


 圧倒的にイギリスは戦力が不足している。そこで目をつけられたのが日本。明治維新はそうした側面から考える必要がある。ちなみに日清戦争で日本軍は24万人が投入された。明治維新以降、日本は大陸侵略の拠点であり、日本人はアングロ・サクソンの傭兵としての側面がある。


 この構図が揺らいだのはフランクリン・ルーズベルトが大統領だった1933年3月から45年4月。当時、日本を支配していたウォール街がホワイトハウスの主導権を奪われていたのだ。ただ、それでも1932年にJPモルガンの中枢にいたジェセフ・グルーが駐日大使になっている意味は小さくない。なお、大戦後に日本の進路を決めたジャパン・ロビーの中心にもグルーはいた。GHQや吉田茂は日米主従構造において脇役にすぎない。主役はウォール街と昭和天皇だ。戦争が終わった直後、ウォール街の代理人を務めていた人物がジョン・フォスター・ダレスにほかならない。


 アヘン戦争以降、アングロ・サクソンにとって東アジアで最も重要な侵略ターゲットは中国。現在、中国と同盟関係にあるロシアも重要な獲物だ。1991年12月にソ連が消滅した直後に作成されたウォルフォウィッツ・ドクトリン、アメリカが唯一の超大国になったと認識したネオコンが描いた世界制覇プランを実現するためにもアメリカは中国とロシアを屈服させる必要がある。そのプランを放棄しない限り、ドナルド・トランプがどのようなことを書き込もうと、彼らが日米安保条約を放棄することはありえない。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201906260000/

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2019.05.02
日本で天皇の代替わり儀式が行われる中、米政府はベネズエラでクーデターに失敗
 日本のマスコミは天皇が退位する、即位すると騒いでいる。彼らにとって天皇とは「至高の存在」なのだろう。日本は第2次世界大戦で降伏する前と同じように天皇制官僚国家であり、その元首は天皇だということである。


 しかし、徳川時代の天皇は忘れ去られた存在だった。当時の天皇は生活に困窮し、短歌を売っていたという話を聞いたこともある。徳川の拠点である江戸に住む人びとが「公方様」として意識していたのは徳川家だ。


 その忘れられた天皇を発掘し、徳川に代わる体制の象徴にしようとした人びとがいた。その人びとによって現在の天皇制、明治王朝が誕生した。その後ろ盾がイギリスの支配層だ。


 徳川から明治へ移行する時期、つまり明治維新の頃、イギリスはビクトリア女王が君臨していた。心霊術にのめり込んでいた人物として知られている。


 女王は夫のアルバート(ドイツのザクセン・コーブルク・ゴータ公の次男で、夫妻はいとこの関係)からアドバイスを受けていたとされているが、それ以上に影響力を持っていたと思われるのがネイサン・ロスチャイルド、セシル・ローズ、ウィリアム・ステッド、レジナルド・ブレット(エシャー卿)、アルフレッド・ミルナー(ミルナー卿)など。


 言うまでもなくロスチャイルドは強大な金融資本の支配者でローズのスポンサー。ステッドはジャーナリストで、ブレッドはビクトリア女王の相談相手だ。後にブレッドはエドワード7世やジョージ5世の顧問を務めることになる。


 当時のイギリスはいわゆる産業革命で生産力が上がったものの、商品が思うように売れない。国内では貧富の差が拡大、民の貧困化が深刻になる。そこで始めたのが麻薬取引と侵略戦争。中国(清)の富を奪うためにアヘン戦争を始めたのが1840年。その年にビクトリア女王とアルバートが結婚している。イギリスが「世界経済の覇者」と呼ばれるようになるのはそれ以降だ。大英帝国とは侵略と略奪で成り立っていた。


 中国より前にイギリスが植民地化していたインドでは1857年に傭兵(セポイ)が武装蜂起、一般のインド人を巻き込んで大反乱になった。鎮圧されたのは1859年。その年にアヘンと武器の取り引きで大儲けしていたジャーディン・マセソンは日本へふたりのエージェントを送り込む。ひとりは歴史小説で有名なトーマス・グラバーで、赴任地は長崎。もうひとりはジャーディン・マセソンの創設者一族に属すウィリアム・ケズウィックで、赴任地は横浜。


 明治政府は1872年の琉球併合から台湾派兵、江華島事件、日清戦争、日露戦争というように東アジア侵略を開始、その背後にはイギリスが存在していた。日本人はイギリスの支配者に操られていたと言える。


 そのイギリスは1899年からボーア戦争(南アフリカ戦争)を開始、金やダイヤモンドを産出する南アフリカを制圧する。その直前に南アフリカではダイヤモンドが発見され、その利権に目をつけたイギリスの支配者たちが引き起こした戦争だった。後に首相となるウィンストン・チャーチルもこの戦争で頭角を現している。この戦争で世界の金をイギリスが支配するようになり、金本位制を採用する国々の通貨も支配できるようになった。


 ちなみにチャーチルは貴族階級の家に生まれたが、父親のランドルフ・チャーチルは甘やかされて育ったプレーボーイで、46歳のときに梅毒が原因で死亡している。


 生前、ランドルフはネイサン・ロスチャイルドから多額の借金をしていたことでも知られ、その額は現在の価値に換算すると数百万ポンド、つまり数億円。いくらでも借りられたという。ランドルフがロスチャイルドを裏切らない限り、借金は返済する必要がなかったようだ。


 ネイサン・ロスチャイルドと親しい関係にあったジョージ・ピーボディーは銀行を経営していたが、そのパートナーがジュニアス・モルガン。その息子がジョン・ピアポント・モルガンだ。ネイサンはこの若者をアメリカにおけるビジネスの責任者にしている。そして巨大銀行のJPモルガンが生まれる。関東大震災以降の日本に大きな影響力を及ぼすことになるのはこのJPモルガン。


 この銀行が中心になり、アメリカでは1933年から34年にかけてフランクリン・ルーズベルト政権を倒し、ファシズム体制を樹立させようというクーデターが計画されている。


 そのJPモルガンが駐日大使として日本へ送り込んできたのがジョセフ・グルー。本ブログでは繰り返し書いてきたが、グルーと親しかった日本人には秩父宮、松平恒雄、徳川家達、樺山愛輔、牧野伸顕、吉田茂、岸信介、松岡洋右などが含まれる。中でも親しかったのは松岡。戦争が始まり、離日する直前にグルーがゴルフした相手は岸だ


 要するにイギリスとアメリカの金融資本はつながっているのだが、その金融資本を中心とする支配層がベネズエラの石油を狙っている。


 4月30日にもクーデターが試みられたが失敗、フアン・グアイドと反政府派の象徴になっているレオポルド・ロペス(2014年のクーデター未遂で自宅軟禁中だったが、クーデター派によって解放されていた)はスペイン大使館へ逃げ込み、クーデターに参加した兵士25名はブラジル大使館へ逃げ込んだ。


 クーデタの失敗を受け、アメリカのマイク・ポンペオ国務長官はメディアに対し、ベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領は航空機でキューバへ逃げようとしていたが、ロシアの説得で留まったと主張している。実際はごく狭い地域で混乱があっただけで、基本的に国内は安定、逃亡するような状況ではなかった。ポンペオは失笑を買っただけ。


 アメリカ支配層が発する嘘の質が急速に劣悪化している。アメリカを中心とする支配システムの崩壊は早いかもしれない。アメリカの支配システムが崩れれば、日本の天皇制官僚制も維持できなくなる。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201905010001/


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2019.04.02
天皇制官僚国家の象徴としての「元号」
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201904020000/

 安倍晋三政権は4月1日、新しい「元号」を「令和」にすると発表した。元号の法的な根拠は1979年に成立した「元号法」だが、その前提として天皇制がある。その天皇制については日本国憲法の第1条から第8条で定められ、いわゆる「戦争の放棄」を定めた第9条はその後だ。この順番から考えて、日本国憲法の主眼は天皇制の維持にあると言えるだろう。


 この憲法は「日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこ」んだ天皇が「枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第73条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し」て、1946年11月3日に公布したものである。


 第2次世界大戦でアメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領は反ファシストの立場から戦っていたが、1933年から34年にかけての時期にルーズベルトを中心とするニューディール派を排除し、ファシズム体制を樹立させようとした勢力がアメリカ支配層には存在した。その中心だったのは巨大金融資本だ。


 本ブログでは何度も書いてきたが、1923年9月に起こった関東大震災の復興資金をJPモルガンに頼って以来、日本はアメリカの巨大金融資本の強い影響下に入った。


 ウォール街の住人たちは反ルーズベルト政権のクーデター計画でも金本位制への復帰を強く求めていたが、日本政府に対しても同じことを要求、受け入れられた。JPモルガンに言われるまま、浜口雄幸政権は緊縮財政も推進する。その時に大蔵大臣を務めていたのが井上準之助だ。


 この結果、不況はますます深刻化し、東北地方では娘の身売りが増えて大きな社会問題になっている。こうした経済政策を推進した浜口首相は1930年11月に東京駅で銃撃されて翌年の8月に死亡、32年2月には井上が本郷追分の駒本小学校で射殺されている。


 1932年に駐日大使として日本へやってきたジョセフ・グルーがJPモルガンと極めて緊密な関係にあることも本ブログで繰り返し書いてきた。グルーの従兄弟がジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア、つまりJPモルガンの総帥と結婚していたのである。しかも、グルーの妻の曾祖父の弟は「黒船」で有名なマシュー・ペリーだ。


 グルーは秩父宮、松平恒雄、徳川家達、樺山愛輔、牧野伸顕、吉田茂、岸信介などと昵懇にしていたが、中でも親しかったのは松岡洋右。戦争が始まり、離日する直前にグルーが岸とゴルフしたことも有名な逸話だ。安倍晋三の祖父は大戦前からアメリカの支配層と親しかったのである。敗戦後に「転向」したわけではない。


 戦前の天皇制官僚システムはウォール街の影響下にあった。ところが1933年から45年4月にルーズベルト大統領が急死するまでそのウォール街はホワイトハウスで主導権をニューディール派に奪われていた。ルーズベルトの死で日米主従関係は本来の姿に戻ったと言える。ウォール街が天皇制を存続させようとしたのは当然だ。その体制によって彼らは日本を支配していたからだ。それを攪乱させたのが血盟団や二・二六事件の将校たちだった。


 しかし、連合国の内部には天皇制官僚システムを破壊するべきだと考える人も少なくなかった。日本軍と直接戦ったイギリスやオーストラリア、そしてソ連。日本が降伏した直後はアメリカが日本をコントロールできる状態だったが、時間を経ればそうした国々の軍人や官僚が日本へやってきて民主化を要求、天皇制の廃止も主張する可能性が高い。それに留まらず、天皇の戦争責任は必ず問われる。


 日本の侵略を受けていた国々の人びとは、そうした軍人以上に厳しい目を向けていた。日本が降伏した直後、堀田善衛は上海で中国の学生から「あなた方日本の知識人は、あの天皇というものをどうしようと思っているのか?」と「噛みつくような工合に質問」されたという。(堀田善衛著『上海にて』)


 天皇制官僚システムを維持するためには、アメリカが日本で主導権を握っているうちに天皇制の存続を定めた憲法を制定し、天皇を被告席に立たせずに戦争責任を問う裁判を終わらせてしまう必要があった。それをアメリカは実行した。


 第2次世界大戦の帰趨が決したのは1944年6月にアメリカ軍を中心として実行されたノルマンディー上陸作戦(オーバーロード作戦)だと考えてる人が高名な学者の中にもいるが、実際はドイツ軍の主力がスターリングラードの戦いで壊滅、1943年1月に降伏した時に勝負はついていた。ノルマンディー上陸作戦で決着がついたという話はハリウッドが作り上げた幻影だ。


 アドルフ・ヒトラーの側近だったルドルフ・ヘスが飛行機でスコットランドへ渡ったのが1941年5月。そこでイギリス政府の要人と何かを話し合ったはずだが、その内容は未だに秘密。そして6月に310万人のドイツ軍が西側に90万人を残してソ連へ向かって進撃を開始する。バルバロッサ作戦だ。


 当然のことながら、このときにドイツ軍の首脳は西部方面を防衛するために東へ向かう部隊に匹敵する数の将兵を配備するべきだと主張したが、アドルフ・ヒトラーがそれを退けたとされている。(David M. Glantz, The Soviet-German War 1941-1945,” Strom Thurmond Institute of Government and Public Affairs, Clemson University, October 11, 2001)ヒトラーは西側から攻めてこないことを「予知」していたのだろう。


 ドイツ軍の主力が壊滅したことに驚いたアメリカとイギリスは急遽会談し、1943年7月に米英軍はシチリア島へ上陸、そしてノルマンディー上陸作戦だ。それと同時に西部戦線で戦っていたレジスタンスに対抗するため、OSSはゲリラ戦部隊ジェドバラを組織、それが大戦後、CIAの秘密工作部門になる。


 それまで傍観していた米英軍が慌てて動き始めたのだが、それと並行してドイツ側はOSS(CIAの前身)と盛んに接触するようになる。こうした接触はルーズベルト大統領には秘密にされていた。


 OSSのアレン・ダレスたちが接触した相手にはSA(突撃隊)を組織したヘルマン・ゲーリングも含まれ、ダレスたちは彼を戦犯リストから外そうとしたのだが、失敗した。(David Talbot, “The Devil’s Chessboard,” HarperCollins, 2015)


 しかし、ナチスの大物たちをアメリカ支配層は保護、逃亡させ、後に雇っている。その逃走にローマ教皇庁の一部勢力が参加していたことも広く知られている。


 日本では天皇制が存続、内務官僚、思想検察、特別高等警察といった治安体制の中枢は戦後も要職に就いた。「国体」は護持されたのだ。護持したのはウォール街である。


 大戦後、日本占領の中枢だったGHQ/SCAP(連合国軍最高司令官総司令部)の中にも天皇を中心とする侵略戦争の象徴である靖国神社の焼却を主張した将校が多かったのだが、焼かれなかったのは、ローマ教皇庁が送り込んでいたブルーノ・ビッターが強く反対したからだという。ビッターは闇ドルにも手を出していた人物で、CIAのエージェントだったと見られている。靖国神社とCIAには何らかの関係があるのだろう。

(朝日ソノラマ編集部『マッカーサーの涙』朝日ソノラマ、1973年)
https://www.amazon.co.jp/%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%81%AE%E6%B6%99%E2%80%95%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%93%E3%83%83%E3%83%86%E3%83%AB%E7%A5%9E%E7%88%B6%E3%81%AB%E3%81%8D%E3%81%8F-1973%E5%B9%B4-%E6%9C%9D%E6%97%A5%E3%82%BD%E3%83%8E%E3%83%A9%E3%83%9E%E7%B7%A8%E9%9B%86%E9%83%A8/dp/B000J9DIP6


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2019.03.04
非核化で朝鮮側が米国側との交渉に熱意をなくしても不思議ではない(1/2)
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 朝鮮側から流れている情報によると、金正恩労働党委員長はドナルド・トランプ米大統領との朝鮮半島の非核化を目的とした交渉に興味を失った可能性があるという。


 アメリカの支配層と話し合っても意味はないと言う人もいるが、それは彼らに歩み寄るという発想がなく、交渉とは自分たちの意向に従うかどうかだからだ。しかも約束を守らない。朝鮮が交渉を続けるとしたなら、それは交渉自体に意味がある場合だけだろう。


 本ブログでは繰り返し書いているように、アメリカやイギリス、つまりアングロサクソン系の国々の支配層は20世紀初頭にハルフォード・マッキンダーがまとめたハートランド理論に基づいて今でも行動している可能性が高い。


 その理論とは世界制覇のためにはロシアを制圧する必要があり、そのためにユーラシア大陸の沿岸部を支配して内陸部を締め上げていかなければならないというもの。


 つまり、西ヨーロッパ、パレスチナ(1948年にイスラエル建国を宣言)、サウジアラビア(サウード家のアラビアを意味するサウジアラビアが登場するのは1932年)、インド、東南アジア諸国、朝鮮半島をつなぐ内部三日月帯を、またその外側に外部三日月帯を想定、内陸部に圧力をかけていこうというわけだ。そうした三日月帯の西の果てがイギリス、東の果てが日本である。


 イギリスは中国(清)を侵略して富を奪うため、1840年から42年にかけてアヘン戦争、56年から60年にかけてアロー戦争(第2次アヘン戦争)を仕掛けて勝利した。麻薬を売りつけるだけが目的ではない。


 戦争の結果、清は広州、厦門、福州、寧波、上海の開港とイギリス人の居住、香港の割譲、賠償金やイギリス軍の遠征費用などの支払いを最初の戦争で認めさせられ、次の戦争では賠償金の支払い、天津の開港、九龍半島の割譲を認めさせられている。香港はイギリスによるアヘン密輸と侵略戦争の象徴だ。


 しかし、当時のイギリス軍に清の内陸部を支配する力はなかった。戦争でイギリス軍が制圧できたのは沿岸の一部地域だけ。内陸を支配するためにはそれなりの規模の地上部隊が必要だった。そこで目をつけられたのが日本だ。


 イギリスを後ろ盾とする薩摩と長州が徳川体制を倒して明治体制をスタートさせ、琉球併合、台湾への派兵、江華島での軍事的な挑発、日清戦争、日露戦争と続くが、これはイギリスの戦略に合致している。明治政府の支配層はそれが自分たちの私的な利益につながると認識していただろう。


 日本は関東大震災でウォール街に君臨していたJPモルガンの影響下に入ったが、この巨大金融資本は歴史的にイギリスのシティを拠点とする巨大資本の支配下にあった。


 アメリカでは1932年の大統領選挙でウォール街と対立していたニューディール派の大統領、フランクリン・ルーズベルトが勝利する。ルーズベルトを生んだ一族は支配層の一角を占めているが、自身が病気で下半身不随になったこともあり、その出身母体から離れたという。1933年から34年にかけてウォール街がニューディール派政権を倒そうとクーデターを計画したのはそのためだ。


 その1932年、つまりウォール街と強う結びついていたハーバート・フーバー政権の最後の年にアメリア大使として日本へ送り込まれたジョセフ・グルーはJPモルガンの総帥の妻の従兄弟。この人物は日本の政界、財界、そして皇族にも太いパイプを持っていた。第2次世界大戦後、日本の進路を決めたジャパン・ロビーの中心はジョセフ・グルーにほかならない。


 ちなみにグルーの妻は少女時代に華族女学校(女子学習院)で学んだことがあり、その曾祖父にあたるオリバー・ペリーはアメリカ海軍の伝説的な軍人で、その弟は「黒船」で有名なマシュー・ペリーだ。(つづく)
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非核化で朝鮮側が米国側との交渉に熱意をなくしても不思議ではない(2/2)
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 アングロ・サクソンの長期戦略は1991年12月にソ連が消滅したことで目的をほぼ達成したように見えた。アメリカの支配層だけでなく、少なからぬ人がアメリカは唯一の超大国になったと信じる。そして1992年2月に作成されたのが潜在的なライバルを潰し、力の源泉であるエネルギー源を支配する戦略。国防総省のDPG草案という形で1992年2月に作成された。


 その当時のアメリカ大統領はジョージ・H・W・ブッシュ、国防長官がディック・チェイニー、国防次官がポール・ウォルフォウィッツ。このウォルフォウィッツが中心になって書き上げられたことからウォルフォウィッツ・ドクトリンとも呼ばれている。


 当然のことながら、アメリカの支配層は属国である日本もこのドクトリンにしたがって政策を変更するように求めてくるが、反応は鈍かった。


 怒ったネオコンは自分たちでプランを作成する。それが1995年2月に発表された「東アジア戦略報告」。国防次官補だったジョセイフ・ナイが書き上げたことからナイ・レポートとも呼ばれている。


 この文書は日本に対して国連中心主義を放棄し、アメリカの単独行動を容認するように求めている。この年に日本はアメリカの戦争マシーンへ組み込まれたのだ。1995年は日本にとって節目となる年だ。


 その直前、1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、ナイ・レポートが発表された翌月の95年3月には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布され(地下鉄サリン事件)、その月の30日には警察庁長官だった國松孝次が狙撃されて重傷を負っている。


 8月27日付けのスターズ・アンド・ストライプ紙には、1985年8月12日に墜落した日本航空123便に関する記事が掲載されたことも無視できない。墜落当時、大島上空を飛行していたアメリカ軍の輸送機C-130の乗組員だったマイケル・アントヌッチの証言に基づく記事で、自衛隊の責任を示唆している。


 アンドヌッチらは上官から口外しないように命令され、10年の間沈黙を守っていたのだが、このタイミングで公表した。この新聞はアメリカ軍の準機関紙であり、アメリカ軍上層部が証言とその証言の掲載を許可、あるいは命令したのだろう。


 1995年に日本はアメリカの戦争マシーンに組み込まれた。沖縄県の普天間基地の返還合意が発表されたのはその翌年の4月。1995年に引き起こされたアメリカ兵による少女暴行事件が理由だとされているが、似たような事件は繰り返されてきたわけで、これは表面的な理由だろう。


 21世紀に入ってロシアはウラジミル・プーチンらによって再独立に成功、ウォルフォウィッツ・ドクトリンの前提は崩れたのだが、このドクトリンも放棄されていない。ドクトリンを軌道に戻すため、アメリカの支配層はロシアや中国に対する攻撃を強めるつもりだろう。


 昨年(2018年)5月に米太平洋軍は米インド・太平洋軍へ名称が変更になった。担当海域が大幅に拡大したわけだ。太平洋の拠点は日本、インド洋の拠点はインド、ふたつをつなぐ役割をインドネシアが担うという。ディエゴ・ガルシア島も重要な役割を果たすことになる。


 中国は一帯一路と呼ばれる政策を推進、ユーラシア大陸の東と西を結びつけようとしているが、これを寸断するためにアメリカはジハード傭兵などを投入して戦争の種を要所要所にまいている。


 南シナ海や東シナ海を中国の船が自由に航行することをアメリカは阻止するつもりだろう。朝鮮半島が鉄道、道路、パイプラインが結びつけられることもアメリカ支配層は受け入れられない。彼らが認める朝鮮半島の統一とは、そこが自分たちの支配地域になる場合だけだろう。朝鮮側がアメリカへ全面降伏する意思がない以上、トランプ大統領と金正恩委員長の交渉が行き詰まるのは必然だったと言える。(了)
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戦前の天皇一族は JPモルガンと、戦後はロックフェラー家と大の仲良し

天皇という力の正体とは?〜ロックフェラーと手を結んだ昭和天皇〜


天皇財閥は、日本株式会社の長として、戦後も変わることなく勢力を維持し続けてきました。

エリート官僚上がりの首相達が、アメリカの意向にそった政治を行ってきたことは、周知の事実ですが、その礎を築いてきたのが、実は昭和天皇とのことです。昭和天皇は、戦後間もなく、ロックフェラー一族との絆を深め、政界にその影響力を及ぼしていたようです。


引き続き、『天皇財閥 皇室による経済支配の構造』から抜粋→転載します。


◆属国・日本の指導者を管理する要員


日本は戦後、こぞってアメリカの軍門に降った。これが戦勝国と敗戦国の関係であり、当然のことであった。同時にそれは日本国の「国策」でもあったのだろう。そのことは、昭和天皇みずから範を示すかのように、息子である皇太子(今上天皇)に、アメリカからの家庭教師をつけたことをみても分かる。「ヴァイニング夫人」と呼ばれたエリザベス・ヴァイニング(1902−1999)である。


ヴァイニング夫人は終戦直後から4年間、英語家庭教師及び学習院講師として皇太子の教育にあたった。熱心なクェーカー教徒であった。敗戦国の君主が、皇太子に、戦勝国からの家庭教師をつけるということは、完全にその国に従属したことを示している。最も、これはアメリカから押し付けられたのではなく、昭和天皇みずからの提案であったとヴァイニング夫人は述べている。

日本滞在時の回想録『皇太子の窓』で、彼女は次のように書いている。


「アメリカ人び家庭教師」というのは、占領軍から押し付けられたのだというような推測がしばしば行われているが、これくらい事実に反するものはない。「アメリカ人の家庭教師」というは天皇御自身が思いつかれたのである。皇太子の教育を委任されている人々とご相談になることさえなく、御自分から進んで申し出られたのであって、まったく先例のないことであった。(『皇太子の窓』31ページ)


では、どのようにしてヴァイニング夫人が選ばれたのか。『皇太子の窓』の記載に寄れば、昭和21年(1946)に訪日したアメリカ教育使節団が皇居を訪れた際に、団長のジョージ・ストダード博士に向って、昭和天皇が皇太子の家庭教師をひとり、世話してもらえないかと声をかけたのが、きっかけだったという。


アメリカ教育使節団とは、日本に民主教育を植え付けることを目的とした使節団である。その報告書「アメリカ教育使節団報告書」は、戦後の日本民主教育の大綱であり、いまだに適用され続けている文書である。戦後の「教育勅語」といってよい。


アメリカ教育使節団はマッカーサーの連合軍総司令部からの要請によって招致された団体であり、日本の軍国主義的教育を一掃する目的があった。もっとはっきり言えば、日本人がこれ以上、アメリカに逆らえないように「洗脳」するのが目的であった。この報告書は『アメリカ教育使節団報告書』として講談社から文庫で出版されており、使節団の全員の名前が記載されている。その中には、当然のように「ロックフェラー財団」の名前も見える。


ロックフェラー財団やフォード財団といったアメリカの「財界」は、戦後の日本に対して「フィランソロピー」、つまり慈善事業として巨額の資金を投入している。このことは『戦後日米関係とフィランソロピー』に詳しい。ただし、それは純粋に善意によるものではなく、長期的な「投資」だった。つまり、日本が今後良好な市場になるように、反米的な教育をしないように、下地をつくっていたのである。


こうして背景を探っていけば、昭和天皇がアメリカの政財界、特にアメリカ最大の財閥であるロックフェラー一族に対して、自らの皇太子の教育を任せたことの意味が分かるだろう。ヴァイニング夫人は、属国の指導者を管理するための要員なのである。


一国のトップの行動は、下々の者たちにも影響を与えるだろう。お上のやることを、下々のものはみな真似をするのである。日本の支配階級が、ほぼ例外なく、アメリカべったりであるのは、このような理由があるのである。


◆天皇財閥最後の総帥、昭和天皇


昭和天皇は、天皇財閥の最後の総帥であった。

昭和50年(1975)に、昭和天皇はアメリカを訪問している。ホワイトハウスで開かれた、フォード大統領夫妻主催の晩餐会で行った、有名な「私が深く悲しみとする、あの不幸な戦争」というスピーチが、日米両国民の胸を打ったというエピソードとして長く語り継がれている。


そして、そのスピーチは「暖かい好意と援助の手をさしのべられたことに対し、貴国民に直接感謝の言葉を申し述べる」と続く。これは、戦後の「天皇外交」により、直接アメリカ財界の代表者であったダレスと談判して今後の日本の体制をつくったのが、昭和天皇であったことを考えれば、みずから決断した事業に対する振り返りであっただろう。


昭和天皇はアメリカ滞在中の10月5日、ニューヨークではロックフェラー三世(1906−1978)邸を訪問している。そして翌日の6日には、ロックフェラー三世主催のジャパンハウスでのレセプションに参加した。


ロックフェラー邸訪問は、大統領との会見などと同じ公式行事ではない。そのために日曜日が選ばれている。このアメリカ訪問の目的、最も重要な目的はこの「非公式行事」にある。それが、ロックフェラー邸訪問であった。朝日新聞社の『天皇のアメリカ ご訪米記念写真集』に収められた隋行記には次のように記されている。


4日夕、ニューヨークのケネディ空港に着き,宿舎ウォルドルフ・アストリア・タワーズに入られた天皇、皇后両陛下は、明けて5日、ご滞米中最初の日曜日を楽しまれた。朝、散歩に出られたセントラルパークでは、待ち受けていた中学生達の日本語のコーラスの輪に囲まれ、お二人とも相好をくずされた。お昼は郊外のロックフェラー家に招待され、投手のロックフェラー三世、弟のロックフェラー副大統領から、家族的なもてなしを受けられた。(『天皇のアメリカ ご訪米記念写真集』89ページ)


ロックフェラー邸では、チェイス・マンハッタン銀行頭取のデイビッド・ロックフェラー氏が「皇居のそばにウチの銀行の東京支店があるからご利用下さい」と申し出たのを「預金ですか、貸し出しですか?」とユーモラスに切り返された。(『天皇のアメリカ ご訪米記念写真集』92ページ)


昭和天皇は、戦前期の天皇財閥の総帥であった。そして戦後の日本においても「象徴」として、「法人」として、日本経済の中枢に存在し続けていた。その天皇が、アメリカを代表する財閥の、統治の党首であるロックフェラー三世(現在の党首は、三世の息子の四世ジェイ・ロックフェラー上院議員)と親しく会っているのである。


おそらく、天皇とロックフェラー三世は初対面ではない。

そのことは、状況証拠から明らかである。それは、昭和26年(1951)の「天皇・ダレス会見」時に、ダレスといっしょに来日したのが、ほかならぬロックフェラー三世だったからである。

ジャーナリスト、松本重治の『昭和史への一証言』はこのように伝えている。


その年(引用者註:1951年)、ジョン・F・ダレスはサンフランシスコ講和条約を結ぶためのアメリカと駆使として日本にやってきますが、その時、ジョン・ロックフェラー三世を連れてきたのです。それはダレスなりの考えがあってのことでした。(中略)日米の文化交流ができないだろうかというわけで、ロックフェラーを連れてきたのです。ロックフェラー自身も、同じ考え方をしていました。(『昭和史への一証言』236ページ)


天皇とロックフェラー三世は、朝鮮戦争さなかの1951年に東京で会っていただろう。そして、ロックフェラー財閥の代理人であるダレスとともに、今後の日本の行方を決定したのである。

昭和天皇は、その返礼のために、四半世紀を経てロックフェラーを訪れた。それは、日本とアメリカを代表する、大財閥の党首同士による約束だったのだろう。
http://www.kanekashi.com/blog/2015/06/4231.html


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戦前の天皇一族は JPモルガンと、戦後はロックフェラー家と大の仲良し


天皇家と国際金融資本との関係

日本にもアメリカ軍の恒久的な軍事基地がいくつもあるが、これは中国やロシアを締め上げるための出撃基地。明治時代から日本はダーイッシュと同じように、アングロ-シオニストの傭兵として扱われてきた。

例外はアメリカでウォール街と対立していたニューディール派がホワイトハウスの主導権を握っていた期間だけだ。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201709250000/


2017.08.26
94年前の9月1日に起こった関東大震災は虐殺事件を引き起こし、日本をJPモルガンの属国にした

8月も終わり、9月を迎えようとしている。

1923年9月1日、日本にとって大きな節目になる出来事が起こった。相模湾を震源とする巨大地震が関東地方を襲い、10万5000名以上の死者/行方不明者を出し、その損害総額は55億から100億円に達したのだ。

震災対策の責任者は朝鮮の独立運動を弾圧したコンビ、水野錬太郎内相と赤池濃警視総監だった。震災当日の夕方、赤池総監は東京衛戍(えいじゅ)司令官の森山守成近衛師団長に軍隊の出動を要請、罷災地一帯に戒厳令を布くべきだと水野内相に進言しているが、その頃、「社会主義者や朝鮮人の放火が多い」、「朝鮮人が来襲して放火した」といった流言蜚語が飛び交いはじめ、翌日の夜に警視庁は全国へ「不定鮮人取締」を打電した。

そうした中、朝鮮人や社会主義者が虐殺され、千駄ヶ谷では伊藤圀夫という日本人が朝鮮人に間違われて殺されそうになる。伊藤圀夫はその後「千駄ヶ谷のコリアン」をもじり、千田是也と名乗るようになった。アナーキストの大杉栄が妻の伊藤野枝や甥の橘宗一とともに憲兵大尉の甘粕正彦に殺されたのもこの時だ。この虐殺には治安当局が関係している疑いがあり、その意味でもこの時の犠牲者を追悼するという姿勢を東京都知事は見せてきた。それを止めるという意味は対外的にも重い。

震災後、山本権兵衛内閣の井上準之助蔵相は銀行や企業を救済するために債務の支払いを1カ月猶予し、「震災手形割引損失補償令」を公布している。すでに銀行が割り引いていた手形のうち、震災で決済ができなくなったものは日本銀行が再割引して銀行を救済するという内容だった。

震災手形で日銀の損失が1億円を超えた場合は政府が補償することも決められたが、銀行は地震に関係のない不良貸付、不良手形をも再割引したために手形の総額は4億3000万円を上回る額になり、1926年末でも2億円を上回る額の震災手形が残った。しかもこの当時、銀行の貸出総額の4割から7割が回収不能の状態だ。

復興に必要な資金を調達するため、日本政府は外債の発行を決断、それを引き受けることになったのがJPモルガン。この金融機関の総帥はジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアだが、大番頭として銀行業務を指揮していたのはトーマス・ラモントだ。このラモントは3億円の外債発行を引き受け、それ以降、JPモルガンは日本に対して多額の融資を行うことになる。

この巨大金融機関と最も強く結びついていた日本人のひとりが井上準之助。1920年に対中国借款の交渉をした際にこの巨大金融機関と親しくなったという。ラモントは日本に対して緊縮財政と金本位制への復帰を求めていたが、その要求を浜口雄幸内閣は1930年1月に実行する。そのときの大蔵大臣が井上だ。

金解禁(金本位制への復帰)の結果、1932年1月までに総額4億4500万円の金が日本から流出、景気は悪化して失業者が急増、農村では娘が売られるなど一般民衆には耐え難い痛みをもたらすことになる。そうした政策の責任者である井上は「適者生存」、つまり強者総取りを信奉、失業対策に消極的で労働争議を激化させることになる。こうした社会的弱者を切り捨てる政府の政策に不満を持つ人間は増えていった。

1932年にはアメリカでも大きな出来事が引き起こされている。巨大企業の活動を制限し、労働者の権利を認めるという政策を掲げるニューディール派のフランクリン・ルーズベルトがウォール街を後ろ盾とする現職のハーバート・フーバーを選挙で破ったのだ。

フーバーはスタンフォード大学を卒業した後、鉱山技師としてアリゾナにあるロスチャイルドの鉱山で働いていた。利益のためなら安全を軽視するタイプだったことから経営者に好かれ、ウォール街と結びついたという。(Gerry Docherty & Jim Macgregor, “Hidden History,” Mainstream Publishing, 2013)

このフーバーは1932年、駐日大使としてジョセフ・グルーを選び、日本へ送り込んだ。この人物のいとこにあたるジェーン・グルーはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア、つまりJPモルガンの総帥の妻。またグルーが結婚していたアリス・ペリーは幕末に「黒船」で日本にやって来たマシュー・ペリー提督の末裔で、少女時代を日本で過ごしている。その際、華族女学校(女子学習院)へ通っているのだが、そこで親しくなったひとりが九条節子、後の貞明皇后である。

グルーの皇室人脈をそれだけでなく、松平恒雄宮内大臣、徳川宗家の当主だった徳川家達公爵、昭和天皇の弟で松平恒雄の長女と結婚していた秩父宮雍仁親王、近衛文麿公爵、貴族院の樺山愛輔伯爵、当時はイタリア大使だった吉田茂、吉田の義父にあたる牧野伸顕伯爵、元外相の幣原喜重郎男爵らにもつながっていた。(ハワード・B・ショーンバーガー著、宮崎章訳『占領 1945〜1952』時事通信社、1994年)

そうした人脈を持つグルーだが、個人的に最も親しかったひとりは松岡洋右だと言われている。松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父にあたる。1941年12月7日(現地時間)に日本軍はハワイの真珠湾を奇襲攻撃、日本とアメリカは戦争に突入するが、翌年の6月までグルーは日本に滞在、離日の直前には岸信介とゴルフをしている。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007)

当時、アメリカの大統領就任式は3月に行われていた。その前、2月15日にルーズベルトはフロリダ州マイアミで開かれた集会で狙撃事件に巻き込まれている。ジュゼッペ・ザンガラなる人物が32口径のリボルバーから5発の弾丸を発射、ルーズベルトの隣にいたシカゴのアントン・セルマック市長に弾丸が命中して市長は死亡した。

群衆の中、しかも不安定な足場から撃ったので手元が狂い、次期大統領を外した可能性があり、本来なら事件の背景を徹底的に調査する必要があるのだが、真相は明らかにされなかった。ザンガラは3月20日に処刑されてしまったのである。

そして1934年、名誉勲章を2度授与された伝説的な軍人、海兵隊のスメドレー・バトラー退役少将がアメリカ下院の「非米活動特別委員会」でウォール街の大物たちによるクーデター計画を明らかにしている。少将の知り合いでクーデター派を取材したジャーナリストのポール・フレンチは、クーデター派が「コミュニズムから国家を守るため、ファシスト政府が必要だ」と語っていたと議会で証言している。

バトラーに接触してきた人物はドイツのナチスやイタリアのファシスト党、中でもフランスの「クロワ・ド・フ(火の十字軍)」の戦術を参考にしていた。彼らのシナリオによると、新聞を利用して大統領を健康問題で攻撃し、フランスの「クロワ・ド・フ(火の十字軍)」のような50万名規模の組織を編成して大統領をすげ替えることにしていたという。クーデター計画と並行する形で、ニューディール政策に反対する民主党の議員は「アメリカ自由連盟」を設立している。活動資金の出所はデュポンや「右翼実業家」だった。

それに対し、50万人の兵士を利用してファシズム体制の樹立を目指すつもりなら自分は50万人以上を動かして対抗するとバトラーは応じた。内戦を覚悟するように警告したわけだ。そうしたこともあり、クーデターは実行されていない。クーデターを計画したとされた人々は誤解だと弁明、非米活動特別委員会はそれ以上の調査は行われず、メディアもこの事件を追及していない。捜査当局も動かなかった。

言うまでもなくジョセフ・グルーは第2次世界大戦後にジャパンロビーの中心的な存在となり、日本で進んでいた民主化の流れを断ち切り、天皇制官僚国家を継続させている。大戦前、思想弾圧の中心になった思想検察や特高警察の人脈は戦後も生き残った。これが「戦後レジーム」の実態であり、「戦前レジーム」とはウォール街の属国になることを意味している。そうした意味で、安倍晋三の言動は矛盾していない。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201708260000/


2017.10.21
選挙だけで国の行く末を変えることはできず、事態が悪化してきたことを過去の出来事は教えている

投票日が近づいているが、選挙だけで国の行く末を決められるとは言えない。「自由と民主主義の国」だと宣伝されているアメリカでは事実上、選択肢は民主党と共和党という大差のない政党だけ。この2党に属さない大統領が誕生する可能性があったのは2000年の選挙だが、このときは最有力候補と言われていたジョン・F・ケネディ・ジュニアが1999年7月16日に不可解な飛行機事故で死亡している。

より露骨な形で排除されそうになったり、排除された大統領も存在する。例えば、ウォール街と対立関係にあったニューディール派を率いるフランクリン・ルーズベルトが1932年の選挙で大統領に選ばれると、33年から34年にかけてウォール街の大物たちはクーデターを計画、これはスメドリー・バトラー海兵隊少将が議会で証言、記録に残っている。金融資本、巨大鉄鋼会社、情報機関や軍の好戦派、イスラエルなど少なからぬ敵がいたジョン・F・ケネディは1963年11月22日にテキサス州ダラスで暗殺されている。

日本の場合、明治維新からイギリスやアメリカの強い影響下にある。アメリカの巨大金融機関JPモルガンが日本に君臨するようにあったのは関東大震災から。1932年にはウォール街の影響下にあったハーバート・フーバー大統領がジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアの妻のいとこ、ジョセフ・グルーを大使として日本へ送り込んできた。

このグルーが結婚したアリス・ペリーは幕末に「黒船」で日本にやって来たマシュー・ペリー提督の末裔で、少女時代を日本で過ごしている。その際、華族女学校(女子学習院)へ通っているのだが、そこで九条節子、後の貞明皇后と親しくなったと言われている。

グルーは松平恒雄宮内大臣、徳川宗家の当主だった徳川家達公爵、昭和天皇の弟で松平恒雄の長女と結婚していた秩父宮雍仁親王、近衛文麿公爵、貴族院の樺山愛輔伯爵、当時はイタリア大使だった吉田茂、吉田の義父にあたる牧野伸顕伯爵、元外相の幣原喜重郎男爵らにもつながっていた(ハワード・B・ショーンバーガー著、宮崎章訳『占領 1945〜1952』時事通信社、1994年)のだが、個人的に最も親しかったひとりは松岡洋右だと言われている。松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父にあたる。1941年12月7日(現地時間)に日本軍はハワイの真珠湾を奇襲攻撃、その翌年6月に離日する直前には岸信介とゴルフをしている。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007)

言うまでもなく、岸信介の孫が安倍晋三。安倍は「戦前レジーム」を復活させたいようだが、その体制とはウォール街に支配された天皇制官僚国家だ。ニューディール派が実権を握った期間だけ、この構図が崩れた。

第2次世界大戦後の日本を形作る司令塔的な役割を果たしたグループが存在する。ジャパン・ロビーだが、その中心にいた人物がジョセフ・グルー。アメリカのハリー・トルーマン政権ががあわてて作った現行憲法の第1条は天皇制存続の宣言で、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」とある。「神聖にして侵すべからざる存在」から「象徴」へタグは取り替えられたものの、その本質に根本的な変化はなかった。

日本が降伏した直後はアメリカの影響力が圧倒的に強かったが、時間を経るに従って日本の戦争責任を追及するであろう国の影響が強まってくることが予想された。当然、天皇の戦争責任が問われることになる。その前に「禊ぎ」を済ませる必要がある。日本国憲法にしろ、東京裁判にしろ、「天皇制」の存続が重要な目的だったのだろう。

比較的日本に寛容だったと思われるアメリカ軍の内部にも厳しい意見はあった。そのターゲットのひとつが靖国神社。朝日ソノラマが1973年に出した『マッカーサーの涙/ブルーノ・ビッテル神父にきく』によると、GHQ/SCAP(連合国軍最高司令官総司令部)では多数派の将校が靖国神社の焼却を主張していた。それをブルーノ・ビッテル(ビッター)の働きかけで阻止したというのだ。(朝日ソノラマ編集部『マッカーサーの涙』朝日ソノラマ、1973年)

このビッターはカトリックの聖職者で、ニューヨークのフランシス・スペルマン枢機卿の高弟だとされている。ジョバンニ・モンティニ(後のローマ教皇パウロ六世)を除くと、この枢機卿はCIAと教皇庁を結ぶ最も重要な人物。ビッターもCIAにつながっている可能性は高い。

1953年秋にリチャード・ニクソン副大統領が来日、バンク・オブ・アメリカ東京支店のA・ムーア副支店長を大使館官邸に呼びつけ、「厳重な帳簿検査と細かい工作指示を与えた」と伝えられている。この席にビッターもいたという。ドワイト・アイゼンハワー大統領がニクソンを副大統領に選んだ理由は、ニクソンが闇資金を動かしていたからだと言われている。

そのビッターはニクソンと会談した2カ月後、霊友会の闇ドル事件にからんで逮捕されてしまう。外遊した同会の小谷喜美会長に対し、法律に違反して5000ドルを仲介した容疑だったが、ビッターが逮捕されたときに押収された書類はふたりのアメリカ人が警視庁から持ち去り、闇ドルに関する捜査は打ち切りになってしまう。秘密裏に犬養健法相が指揮権を発動したと言われている。

日本では天皇制官僚国家という型を壊すことは許されない。「左翼」とか「リベラル」というタグをつけていても、この型から抜け出さなければ許される。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201710200000/


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2017.11.08
祖父の岸信介の真似をしたのか安倍首相はトランプ米大統領とゴルフをしたが、岸はウォール街一派

安倍晋三首相とドナルド・トランプ米大統領は11月5日、プロゴルファーの松山英樹を引き連れて越谷市のゴルフ場でプレーしたようだ。

安倍首相が敬愛しているという祖父の岸信介もゴルフが好きだったようで、ハワイの真珠湾を日本軍が奇襲攻撃した翌年の1942年に岸は駐日大使だったジョセフ・グルーをゴルフに誘い、敗戦後の57年に首相としてアメリカを訪問した際にはドワイト・アイゼンハワー大統領、通訳の松本滝蔵、そしてプレスコット・ブッシュ上院議員とゴルフをしている。言うまでもなく、プレスコットはジョージ・H・W・ブッシュの父親、ジョージ・W・ブッシュの祖父にあたる。

本ブログでは何度も書いてきたが、グルーは1932年、ハーバート・フーバー大統領が任期最後の年に大使として日本へ送り込んでいる。グルーのいとこにあたるジェーン・グルーはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア、つまりモルガン財閥総帥の妻で、グルー本人はモルガン人脈の中核グループにいたと言えるだろう。その人脈の中心には巨大金融機関のJPモルガンがあり、この金融機関は1923年にあった関東大震災の復興資金を調達したことから日本に大きな影響を及ぼすようになった。

また、グルーの妻であるアリス・ペリーは幕末に「黒船」で日本にやって来たマシュー・ペリー提督の末裔で、少女時代には日本で生活、華族女学校(女子学習院)へ通っている。そのときに親しくなった友人のひとりが九条節子、後の貞明皇后(大正天皇の妻)だという。

グルーを日本へ送り込んだフーバーはスタンフォード大学を卒業してから鉱山技師としてアリゾナにあるロスチャイルド系の鉱山で働き、利益のためなら安全を軽視するタイプだったことから経営者に見込まれて出世、大統領になった人物だ。(Gerry Docherty & Jim Macgregor, “Hidden History,” Mainstream Publishing, 2013)

1932年の大統領選挙でもJPモルガンをはじめとするウォール街の住人はフーバーを支援していたが、ニューディール派のフランクリン・ルーズベルトに敗れてしまう。このグループは巨大企業の活動を規制し、労働者の権利を拡大するという政策を打ち出し、植民地やファシズムにも反対していた。ウォール街とは対立関係にある人物が大統領に選ばれたわけである。そこで日米従属関係が揺らぐ。

その当時、大統領就任式は3月に行われていたが、その前の月にルーズベルトはマイアミで銃撃事件に巻き込まれている。大統領に就任した後にはウォール街のクーデター計画が待ち受けていた。

ウォール街のクーデター派はイタリア、ドイツ、フランスのファシスト団体の活動に注目し、中でもフランスの「クロワ・ド・フ(火の十字軍)」を研究、改憲して別の政府を設立するわけでなく、「スーパー長官」のようなものを新たに設置して大統領の仕事を引き継ぐというシナリオだったという。クーデターを成功させるため、ウォール街の勢力は名誉勲章を2度授与され、人望が厚かった海兵隊のスメドリー・バトラー退役少将を抱き込みにかかるのだが、失敗してしまう。

計画に反発した少将はクーデター計画をジャーナリストのポール・フレンチに話し、そのフレンチは1934年9月にクーデター派を取材している。その時、コミュニストから国を守るためにファシスト政権をアメリカに樹立させる必要があると聞かされたと語っている。

それに対し、バトラー少将はクーデター派に対し、「ファシズムの臭いがする何かを支持する兵士を50万人集めるなら、私は50万人以上を集めて打ち負かす」と宣言、内戦を覚悟するように伝えている。(“Statement of Congressional Committee on Un-American Activities, Made by John W. McCormack, Chairman, and Samuel Dickstein, Vice Chairman, Sitting asa Subcommittee” / ”Investigation of Nazi Propaganda Activities and Investigation of Certain Other Propaganda Activities,” Public Hearings, Special Committee on Un-American Activities, House of Representatives, December 29, 1934)

その際、クーデター派は新聞を使い、「大統領の健康が悪化しているというキャンペーンを始めるつもりだ。そうすれば、彼を見て愚かなアメリカ人民はすぐに信じ込むに違いない。」とも話していたとしている。ルーズベルトは1945年4月、ドイツが降伏する直前に急死してウォール街がホワイトハウスで主導権を奪還した。その際、ルーズベルト大統領には健康に問題があったと宣伝された。

こうしたアメリカの権力バランスの変化は日本の占領政策にも影響、「逆コース」が推進される。その中心で活動していたのが1948年6月に設立されたACJ(アメリカ対日協議会)、いわゆるジャパン・ロビーである。そのACJの中心的な存在だったのがジョセフ・グルーにほかならない。

ACJはウォール街が創設した破壊工作(テロ)機関のOPCとも人脈が重なっているが、そのOPCはアレン・ダレスの腹心だったフランク・ウィズナーが率いていた。ちなみに、ふたりともウォール街の弁護士だ。

OPCの東アジアにおける拠点は上海に設置されたが、49年1月に解放軍が北京へ無血入城、5月には上海を支配下におき、10月には中華人民共和国が成立するという展開になったことから日本へ移動している。日本では6カ所に拠点を作ったが、その中心は厚木基地に置かれた。(Stephen Endicott & Edward Hagerman, “The United States and Biological Warfare”, Indiana University Press, 1998)その1949年に日本では国鉄を舞台とした怪事件が相次ぐ。つまり、7月5日から6日にかけての下山事件、7月15日の三鷹事件、そして8月17日の松川事件である。そして1950年6月に朝鮮半島で戦争が勃発する。朝鮮戦争だ。

この戦争でアメリカのSAC(戦略空軍総司令部)は63万5000トンの爆弾を投下したと言われている。大戦中、アメリカ軍が日本へ投下した爆弾は約16万トンであり、その凄まじさがわかるだろう。1948年から57年までSACの司令官を務め、日本での空爆も指揮しいたカーティス・ルメイは朝鮮戦争の3年間で人口の20%を殺したと認めている。

その後、ルメイやアレン・ダレスを含むアメリカの好戦派はロシアに対する先制核攻撃を計画、1957年に作成したドロップショット作戦では300発の核爆弾をソ連の100都市で使い、工業生産能力の85%を破壊する予定になっていた。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012)

​テキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授によると​、ルメイを含む好戦派は1963年の終わりに奇襲攻撃を実行する予定にしていた。その頃になれば、先制核攻撃に必要なICBMを準備できると見通していたのだ。この計画に強く反対し、好戦派と激しく対立したジョン・F・ケネディ大統領は1963年11月22日に暗殺された。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201711080000/


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76年前の日本軍による真珠湾攻撃の原因を米国の制裁に求めるなら朝鮮に対する制裁も反対すべき

今から76年前、1941年12月7日の午前7時48分(現地時間)に日本軍はハワイの真珠湾を奇襲攻撃した。ここは海岸が遠浅で攻撃が技術的に難しく、守りの堅い軍港。非常識とまでは言えないだろうが、攻撃のリスクは高い。それを厳しい訓練でクリアしたということだ。

アメリカ政府の対日制裁でやむなく攻撃した、あるいはアメリカ側は事前に攻撃を知っていたと主張する人がいるが、日本軍は実際に攻撃している。つまりアメリカによる偽旗作戦ではない。

日本に対する制裁には歴史的な背景がある。1872年の琉球併合から74年の台湾派兵、75年にはソウルへ至る水路の要衝である江華(カンファ)島へ軍艦(雲揚)を送り込んで挑発、日清戦争、日露戦争を経て東アジア侵略を本格化、米英の利権と衝突して対日制裁になるわけだ。こうした制裁が軍事行動を誘発すると考えている人は、例えば朝鮮に対する制裁にも反対しているのだろう。そうでなければ矛盾だ。あるいは朝鮮に圧力を加え、戦争を誘発したいと考えているのだろうか?

明治維新から1932年までの日本はイギリスとアメリカというアングロ・サクソン系の国に従属、その手先として動いた側面がある。明治維新はイギリスの思惑と違って内戦が早い段階で終結、徳川時代の人脈が生きていたので完全な属国にはならなかったが、大きな影響下に置かれたことは間違いない。

ここでいうアメリカとはウォール街を意味する。1923年9月1日に相模湾を震源とする巨大地震、つまり関東大震災が発生、復興に必要な資金を調達するために日本政府は外債の発行を決断、それを引き受けることになったのがJPモルガンだ。

この金融機関の総帥はジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアだが、大番頭として銀行業務を指揮していたのはトーマス・ラモント。このラモントは3億円の外債発行を引き受け、それ以降、JPモルガンは日本に対して多額の融資を行うことになる。

この巨大金融機関と最も強く結びついていた日本人のひとりが井上準之助。1920年に対中国借款の交渉をした際にこの巨大金融機関と親しくなったという。ラモントは日本に対して緊縮財政と金本位制への復帰を求めていたが、その要求を浜口雄幸内閣は1930年1月に実行する。そのときの大蔵大臣が井上だ。

この政権が進めた政策はレッセ-フェール、つまり新自由主義的なもので、その責任者で「適者生存」を信じるある井上は失業対策に消極的。その結果、貧富の差を拡大させて街には失業者が溢れて労働争議を激化させ、農村では娘が売られると行った事態になった。一般民衆に耐え難い痛みをもたらすことになったわけだ。

当然のことながら、アメリカでもJPモルガンを中心とするウォール街の住人は強い影響力を持ち、1929年に大統領となったハーバート・フーバーもそのひとり。フーバーはスタンフォード大学を卒業した後、鉱山技師としてアリゾナにあるロスチャイルドの鉱山で働いていた人物で、利益のためなら安全を軽視するタイプだったことから経営者に好かれ、ウォール街と結びついたという。(Gerry Docherty & Jim Macgregor, “Hidden History,” Mainstream Publishing, 2013)

ところが、1932年の大統領選挙でフーバーは負けてしまう。当選したのは巨大企業の活動を制限し、労働者の権利を認めるという政策を掲げるニューディール派のフランクリン・ルーズベルトだ。大きな力を持っていたとはいえ、今に比べるとアメリカ支配層の力はまだ小さく、選挙で主導権を奪われることもありえた。

このフーバーはホワイトハウスを去る少し前、1932年にJPモルガンと関係の深いジョセフ・グルーを駐日大使として日本へ送り込んだ。なお、この年に井上準之助は血盟団のメンバーに暗殺されている。

グルーのいとこにあたるジェーン・グルーはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア、つまりJPモルガンの総帥の妻で、グルーが結婚していたアリス・ペリーは少女時代を日本で過ごし、華族女学校(女子学習院)へ通っている。そこで親しくなったひとりが九条節子、後の貞明皇后だという。

グルーの皇室人脈はそれだけでなく、松平恒雄宮内大臣、徳川宗家の当主だった徳川家達公爵、昭和天皇の弟で松平恒雄の長女と結婚していた秩父宮雍仁親王、近衛文麿公爵、貴族院の樺山愛輔伯爵、当時はイタリア大使だった吉田茂、吉田の義父にあたる牧野伸顕伯爵、元外相の幣原喜重郎男爵らにもつながっていた。(ハワード・B・ショーンバーガー著、宮崎章訳『占領 1945〜1952』時事通信社、1994年)

こうした人脈を持つグルーが日本軍の動向に関する機密情報を入手していても不思議ではないが、このグルーとルーズベルト大統領との関係が良好だったとは言えない。情報がきちんと伝えられていたかどうか疑問があるが、JPモルガンへは詳しく伝達されていただろう。

グルーが大使として日本へ来る前年、1931年に日本軍の奉天独立守備隊に所属する河本末守中尉らが南満州鉄道の線路を爆破、いわゆる「満州事変」を引き起こした。この偽旗作戦を指揮していたのは石原莞爾や板垣征四郎だ。1932年には「満州国」の樹立を宣言するのだが、この年にアメリカでは風向きが変わっていた。本来なら日本はその変化に対応する必要があったのだが、そのまま進む。そして1937年7月の盧溝橋事件を利用して日本は中国に対する本格的な戦争を開始、同年12月に南京で虐殺事件を引き起こしたのだ。そして1939年5月にはソ連へ侵略しようと試みてノモンハン事件を起こし、惨敗した。

本ブログで何度か指摘したように、このソ連侵攻作戦はアングロ・サクソンの長期戦略に合致している。その作戦が失敗したことから南へ向かい、米英の利権と衝突するわけだ。ドイツ軍がソ連に対する大規模な軍事侵攻、いわゆるバルバロッサ作戦を開始したのはその2年後、1941年6月のことだ。

この作戦でドイツは軍の主力を投入したが、ドイツ軍の首脳は西部戦線防衛のために大軍を配備するべきだと主張、反対している。日本が真珠湾を攻撃する前で、アメリカは参戦していないが、それでもイギリスがその気になれば、西側からドイツを容易に攻略することができるからだ。この反対意見を退けたのはアドルフ・ヒトラー。この非常識な「判断」との関連で注目されているのがヒトラーの側近だったルドルフ・ヘスの動きだということも本ブログでも指摘した。1941年5月10日にヘスは単身飛行機でスコットランドへ飛んでいるのだ。

ドイツ軍は1941年7月にレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)を包囲、9月にはモスクワまで80キロメートルの地点まで迫り、42年8月にスターリングラード市内へ突入して市街戦が始まった。ここまではドイツ軍が圧倒的に優勢だったが、1942年11月にソ連軍が猛反撃を開始、ドイツ軍25万人を完全に包囲して43年1月に生き残ったドイツの将兵9万1000名は降伏する。主力を失ったドイツ軍の敗北はこの時点で決定的だ。

その4カ月後、1943年5月に米英両国はワシントンDCで会談して善後策を協議、7月にアメリカ軍はイギリス軍と共にシチリア島に上陸した。ハスキー計画だ。このとき、アメリカ軍はマフィアと手を組んでいる。9月にはイタリア本土を占領、イタリアは無条件降伏した。ハリウッド映画で有名になったオーバーロード(ノルマンディー上陸)作戦は1944年6月になってからのことである。ノルマンディー上陸作戦の結果、ドイツ軍が負けたと思い込んでいる人も少なくないようだが、これはハリウッドによる洗脳の効果を証明している。

その一方、スターリングラードでドイツ軍が壊滅した後にアレン・ダレスなどアメリカ支配層はフランクリン・ルーズベルト大統領には無断でナチスの幹部たちと接触を始めている。例えば、1942年の冬にナチ親衛隊はアメリカとの単独講和への道を探るために密使をOSSのダレスの下へ派遣、ドイツ降伏が目前に迫った45年初頭にダレスたちはハインリッヒ・ヒムラーの側近だった親衛隊の高官、カール・ウルフに隠れ家を提供、さらに北イタリアにおけるドイツ将兵の降伏についての秘密会談が行われている。(Christopher Simpson, “The Splendid Blond Beast”, Common Courage, 1995 / Eri Lichtblau, “The Nazis Next Door,” Houghton Mifflin Harcourt, 2014)イタリアとスイスとの国境近くでウルフがパルチザンに拘束された際にはダレスが部下を派遣して救出している。(Eri Lichtblau, “The Nazis Next Door,” Houghton Mifflin Harcourt, 2014)

ドイツは1945年5月に降伏しているが、その前の月にルーズベルト大統領は急死、ホワイトハウスの主導権をウォール街が奪還した。副大統領から昇格したハリー・トルーマンはルーズベルトとの関係が希薄。トルーマンのスポンサーだったアブラハム・フェインバーグはシオニスト団体へ法律に違反して武器を提供し、後にイスラエルの核兵器開発を資金面から支えた富豪のひとりとして知られている。
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関東大震災でウォール街の影響下に入った日本(その2)


 本ブログでは何度も書いてきたが、ルーズベルトが大統領に就任するとJPモルガンをはじめとするウォール街の勢力がクーデターを計画する。スメドリー・バトラー海兵隊少将によると、1934年の夏に「コミュニズムの脅威」を訴える人物が訪ねてきた。


 その訪問者はJPモルガンと関係が深く、いわばウォール街からの使者。ドイツのナチスやイタリアのファシスト党、中でもフランスのクロワ・ド・フ(火の十字軍)の戦術を参考にしてルーズベルト政権を倒そうとしていた。彼らのシナリオによると、新聞を利用して大統領をプロパガンダで攻撃し、50万名規模の組織を編成して恫喝、大統領をすげ替えることにしていたという。


 バトラーの知り合いだったジャーナリスト、ポール・フレンチはクーデター派を取材、「コミュニズムから国家を守るため、ファシスト政府が必要だ」という発言を引き出している。


 バトラーとフレンチは1934年にアメリカ下院の「非米活動特別委員会」で証言し、モルガン財閥につながる人物がファシズム体制の樹立を目指すクーデターを計画していることを明らかにした。ウォール街の手先は民主党の内部にもいて、「アメリカ自由連盟」なる組織を設立している。活動資金の出所はデュポンや「右翼実業家」だったという。


 バトラー少将は計画の内容を聞き出した上でクーデターへの参加を拒否、50万人の兵士を利用してファシズム体制の樹立を目指すつもりなら、自分はそれ以上を動員して対抗すると告げる。ルーズベルト政権を倒そうとすれば内戦を覚悟しろ、というわけである。


 クーデター派の内部にはバトラーへ声をかけることに反対する人もいたようだが、この軍人は名誉勲章を2度授与された伝説的な人物で、軍隊内で信望が厚く、クーデターを成功させるためには引き込む必要があった。


 1935年にはニューディール派以上のウォール街を批判していたヒューイ・ロング上院議員が暗殺されている。彼は当初、ルーズベルト政権を支持していたが、ニューディール政策は貧困対策として不十分だと考え、1933年6月に袂を分かつ。ロングは純資産税を考えていたという。ロングが大統領になることをウォール街が恐れたことは想像に難くない。ロングが大統領になれなくても、ニューディール派の政策を庶民の側へ引っ張ることは明らかだった。


 一方、日本ではウォール街とつながっていた人物が殺されている。ひとりは1930年に銃撃されて翌年に死亡した浜口雄幸、32年には血盟団が井上準之助と団琢磨を暗殺、また五・一五事件も実行された。団はアメリカのマサチューセッツ工科大学で学んだ三井財閥の最高指導者で、アメリカの支配層と太いパイプがあった。


 1932年にアメリカ大使として来日したジョセフ・グルーのいとこ、ジェーン・グルーはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア、つまりモルガン財閥総帥の妻で、自身の妻であるアリス・グルーは大正(嘉仁)天皇の妻、貞明皇后と少女時代からの友だち。大戦前からグルーは日本の皇室に太いパイプを持っていた。日本の皇室はウォール街と深く結びついていたとも言える。


 グルーの人脈には松平恒雄宮内大臣、徳川家達公爵、秩父宮雍仁親王、近衛文麿公爵、樺山愛輔伯爵、吉田茂、牧野伸顕伯爵、幣原喜重郎男爵らが含まれていたが、グルーが個人的に最も親しかったひとりは松岡洋右だと言われている。松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父にあたる。


 1941年12月7日(現地時間)に日本軍はハワイの真珠湾を奇襲攻撃、日本とアメリカは戦争に突入するが、翌年の6月までグルーは日本に滞在、離日の直前には商工大臣だった岸信介からゴルフを誘われてプレーしたという。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007)


 ルーズベルト政権と対立関係にあったJPモルガンは関東大震災から戦後に至るまで日本に大きな影響力を維持していた。大戦後、グルーはジャパン・ロビーの中心人物として活動して日本をコントロールすることになる。(了)
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米巨大資本に従属する日本人エリートが破壊する日本(その3)

 明治維新から後の日本を支配している人びとはアングロ・サクソン、つまりイギリスやアメリカの支配層と密接な関係にある。19世紀後半からアングロ・サクソンは日本を中国侵略の拠点と見なしてきたのだ。


 その頃、イギリスは中国(清)との貿易赤字に苦しんでいた。そこでイギリスは麻薬のアヘンを清に売りつけ、それを清が取り締まると戦争を仕掛けた。1840年から42年までのアヘン戦争や56年から60年にかけてのアロー戦争(第2次アヘン戦争)である。この戦争でイギリスは勝利、広州、厦門、福州、寧波、上海の開港とイギリス人の居住、香港の割譲、賠償金やイギリス軍の遠征費用などの支払いなどを中国に認めさせた。


 しかし、これらの戦争は基本的に海で行われ、イギリス軍は内陸部を占領できなかった。それだけの戦力がなかったのだ。海上封鎖はできても中国を占領することは不可能。そこで日本に目をつけ、日本はイギリスの思惑通りに大陸を侵略していく。勿論、イギリスやその後継者であるアメリカの支配層(巨大資本)の利益に反することを日本が行えば「制裁」されることになる。


 イギリスは他国を侵略するため、傭兵を使ったり第3国に攻撃させたりする。例えば、インドを支配するためにセポイ(シパーヒー)と呼ばれる傭兵を使い、アラビア半島ではカルトのひとつであるワッハーブ派を支配が支配するサウジアラビアなる国を樹立させ、パレスチナにイスラエルを建国させている。


 このイギリスを日本へ行き入れたのが長州と薩摩。イギリスを後ろ盾とする両国は徳川体制の打倒に成功、明治体制(カルト的天皇制官僚国家)へ移行していく。


 このイギリスの主体は金融界、いわゆるシティ。1923年の関東大震災で日本政府は復興資金の調達をアメリカのJPモルガンに頼るが、この銀行の歴史をたどるとシティ、より具体的に言うとロスチャイルドへ行き着く。アメリカの金融界はウォール街とも呼ばれるが、そのウォール街でJPモルガンは中心的な立場にあった。


 このウォール街を震撼させる出来事が1932年に起こる。この年に行われた大統領選挙でニューディール派のフランクリン・ルーズベルトが当選したのだ。ニューディール派は巨大企業の活動を規制し、労働者の権利を認め、ファシズムに反対するという看板を掲げていた。巨大企業の金儲けを優先させ、労働者から権利を奪い、ファシズムを支援するウォール街とは考え方が正反対だった。圧倒的な資金力を持つウォール街の候補、現職のハーバート・フーバーが敗北したのは、言うまでもなく、それだけ庶民のウォール街への反発が強かったからだ。


 1933年から34年にかけてウォール街はニューディール政権を倒すためにクーデターを計画、この計画はスメドリー・バトラー海兵隊少将によって阻止された。こうしたことは本ブログで繰り返し書いてきたとおり。庶民の反発はニューディール派より巨大資本に批判的だったヒューイ・ロング上院議員への人気につながるのだが、このロングは1935年に暗殺された。


 ロングは当初、ルーズベルト政権を支持していたのだが、ニューディール政策は貧困対策として不十分だと考え、1933年6月に袂を分かつ。ロングは純資産税を考えていたという。ロングが大統領になったなら、ウォール街を含む支配層は大きなダメージを受けることになり、内戦を覚悟でクーデターを実行することになっただろう。


 そうしたウォール街の強い影響を受けていたのが関東大震災以降の日本。JPモルガンと最も親しかった日本人は井上準之助だった。アメリカのマサチューセッツ工科大学で学んだ三井財閥の最高指導者、団琢磨もアメリカ支配層と強く結びついていた。このふたりは1932年、血盟団によって暗殺された。


 この年、駐日大使として日本へ来たジョセフ・グルーはJPモルガンと関係が深い。つまり、彼のいとこ、ジェーン・グルーはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアの妻で、グルー自身の妻であるアリス・グルーは大正(嘉仁)天皇の妻、貞明皇后と少女時代からの友だち。大戦前からグルーは日本の皇室に太いパイプを持っていた。


 グルーの人脈には松平恒雄宮内大臣、徳川家達公爵、秩父宮雍仁親王、近衛文麿公爵、樺山愛輔伯爵、吉田茂、牧野伸顕伯爵、幣原喜重郎男爵らが含まれていたが、グルーが個人的に最も親しかったひとりは松岡洋右だと言われている。松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父にあたる。


 1941年12月7日(現地時間)に日本軍はハワイの真珠湾を奇襲攻撃、日本とアメリカは戦争に突入するが、翌年の6月までグルーは日本に滞在、離日の直前には商工大臣だった岸信介からゴルフを誘われてプレーしたという。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007)


 第2次世界大戦後、グルーはジャパン・ロビーの中心人物として活動して日本をコントロールすることになる。グルーと親しかった岸信介。その孫にあたる安倍晋三が戦前レジームへの回帰を目指すのは、日本をウォール街の属国にしたいからだろう。


 それに対し、ロシアと中国は関係を強めている。ドナルド・トランプ政権は軍事的にロシアを脅しているが、それに対し、プーチン政権は9月11日から15日にかけてウラル山脈の東で30万人が参加する大規模な演習ボストーク18を実施。​その演習に中国軍は3200名を参加させている​。経済面で手を差し伸べる一方、軍事的な準備も怠らない。


 明治維新から日本の支配層はシティやウォール街、つまりアングロ・サクソンの支配層に従属することで自らの権力と富を得てきた。そうした従属関係が日本経済を窮地に追い込んでいる。この矛盾に日本の支配システムがいつまで耐えられるだろうか?(了)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201809130001/


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2018.09.21 自民党総裁選という茶番

 自民党の次期総裁を決める同党国会議員による投票が9月20日に行われ、安倍晋三首相が石破茂を破って3選が決まったという。茶番としか言い様がない。安倍に限らないが、日本の総理大臣は基本的にアメリカ支配層の傀儡にすぎず、彼らの意向に反する人物が選ばれれば強制的に排除される。安倍も石破もそうした類いの人間ではない。


 アメリカ支配層の戦略は国内におけるファシズム化と国外における侵略。本ブログでは何度も書いてきたが、アメリカの巨大金融資本は遅くとも1933年の段階でアメリカにファシズム政権を樹立させようとしていた。そこで、1932年の大統領選挙で勝利したフランクリン・ルーズベルトを排除するためにクーデターを計画、これはスメドリー・バトラー海兵隊少将の告発で明るみに出ている。


 ウォール街からナチス政権下のドイツへ資金が流れていたことも知られているが、そうしたパイプ役のひとりがジョージ・ヒューバート・ウォーカー。ロナルド・レーガン政権での副大統領を経て1989年に大統領となるジョージ・H・W・ブッシュの母方の祖父にあたる。


 アメリカの好戦派がソ連に対する先制核攻撃を作成した1950年代、彼らは地下政府を編成する準備をしている。「アイゼンハワー10」と呼ばれる人びとによって権限を地下政府へ与えることになっていたのだ。


 その延長線上にFEMA、そしてCOGがある。COGは緊急事態の際に政府を存続させることを目的とした計画で、ロナルド・レーガン大統領が1982年に出したNSDD55で承認され、88年に出された大統領令12656によってその対象は「国家安全保障上の緊急事態」へ変更された。(Andrew Cockburn, “Rumsfeld”, Scribner, 2007)


 1991年12月にソ連が消滅するとネオコンはアメリカが唯一の超大国にあったと認識、92年2月には国防総省のDPG草案という形で世界制覇プランを作成する。旧ソ連圏だけでなく西ヨーロッパ、東アジアなどの潜在的なライバルを潰し、膨大な資源を抱える西南アジアを支配しようとしている。中でも中国が警戒され、東アジア重視が打ち出された。


 このDPG草案が作成された当時の国防長官はリチャード・チェイニーだが、作成の中心になったのは国防次官だったポール・ウォルフォウィッツ。そこで、ウォルフォウィッツ・ドクトリンとも呼ばれている。この長官と次官はネオコンのコンビで、2001年に始まるジョージ・W・ブッシュ政権ではそれぞれ副大統領と国防副長官を務めた。


 唯一の超大国になったアメリカは国連を尊重する必要はないとネオコンは考え、単独行動主義を打ち出す。アメリカの属国である日本に対しても国連無視を強制、1995年2月に「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」が作成されてから日本はアメリカの戦争マシーンに組み込まれていった。日本人を侵略戦争の手先として利用しようというわけだ。勿論、その延長線上に安倍内閣は存在する。


 安倍は「戦後レジーム」を嫌悪、「戦前レジーム」へ回帰しようとしているらしいが、この両レジームは基本的に同じ。戦後レジームとは民主主義を装った戦前レジーム。関東大震災以降、日本はJPモルガンを中心とするウォール街の影響下にあり、その構図は戦後も続いている。JPモルガンが敵対関係にあったニューディール派のルーズベルト政権は1933年から45年4月まで続くが、この期間は日本の支配者にとって厳しい時代だった。


 1932年に駐日大使として日本へ来たジョセフ・グルーはJPモルガンと極めて関係が深い。いとこであるジェーン・グルーはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア、つまりJPモルガン総帥の妻なのだ。


 グルーは皇室とも深いパイプを持っていた。結婚相手のアリス・ペリー・グルーの曾祖父の弟は「黒船」で有名なマシュー・ペリー。ジェーン自身は少女時代を日本で過ごし、華族女学校(女子学習院)へ通い、そこで後の貞明皇后と親しくなったという。


 グルーの人脈には松平恒雄、徳川家達、秩父宮雍仁、近衛文麿、樺山愛輔、吉田茂、牧野伸顕、幣原喜重郎らが含まれていたが、グルーが個人的に最も親しかったひとりは松岡洋右だと言われている。


 松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父。1941年12月7日(現地時間)に日本軍はハワイの真珠湾を奇襲攻撃、日本とアメリカは戦争に突入するが、翌年の6月までグルーは日本に滞在、離日の直前には商工大臣だった岸信介からゴルフを誘われてプレーしている。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007)


 安倍晋三が目指す戦前レジームとはアメリカの巨大金融資本が日本を支配する体制にほかならない。彼がアメリカ支配層に従属しているのは当然なのだ。戦前レジームへの回帰とアメリカ支配層への従属は何も矛盾していない。これを矛盾だと考える人がいるとするならば、その人は歴史を見誤っているのだ。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201809210000/


天皇家の蓄財(2.26事件の真の闇/補遺)2007年02月23日 | Weblog

 2・26事件について書いたときに、若干皇室の資産に触れた。

 皇室の蓄財に関して、『神々の軍隊』(濱田政彦著)ではこう書かれている。

 「戦前、皇室には予算として年額450万円が国家予算から計上されていたが、一説によれば天皇の総資産は少なく見積もっても約16億円であるという。だが、宮内庁のこの数字は嘘で、本当の資産総額は、海外へ隠した資産を含めれば、信じ難いような天文学的金額であるともいわれている。

皇室予算だけではこのような金額を貯蓄することは不可能であるが、当時皇室は横浜正金(後の東京銀行)、興銀、三井、三菱ほか、満鉄、台湾銀行、東洋拓殖、王子製紙、台湾製糖、関東電気、日本郵船等、大銀行、大企業の大株主であり、その配当総計は莫大なものであった。すなわち、これら企業・銀行の盛衰は、そのまま皇室に影響を及ぼすわけである。こうなると戦争で、財界が植民地から搾りとるほどに皇室は豊かになるということになる。」

 戦前の天皇家と国家、あるいは天皇家と資本家の関係がこれで言い尽くされているであろう。天皇は昭和の大戦争に深く関与した。戦争責任はある。いかにユダヤから仕掛けられた戦争であろうとも、大企業、大銀行はみんな戦争経済へと誘導したのであって、その大株主であった天皇が戦争を指導したのだから、責任なしとは言えない。私は先の戦争に関して連合国に謝る理由はないと思うが、天皇に戦争の責任は重大だったと思う。

先の引用にもあるように、天皇家と日本郵船は明治期から深い仲にあった。日本郵船の大株主は天皇と三菱財閥であった。当時は海外渡航といえば船舶しかなく、日本郵船は日本貿易の命綱である。この日本郵船が大量の移民をアメリカに送り込んだ(数十万人といわれる)し、また大量の若い女性を海外に運んだのである(娼婦にするためである!)。

 日本郵船だけでなく、天皇は大阪郵船の大株主でもあり、これを使って、日本は手に入れた外地へ、人間や物資を運ばせ、莫大な利益をあげさせた。

 鬼塚英昭氏の『天皇のロザリオ』(成甲書房)によれば、福沢諭吉は「賎業婦人(娼婦)の海外出稼ぎするを公然許可するべきこそ得策なれ」と主張している。外貨稼ぎに日本の女性を使えと言ったのであるから、どこが「天は人の下に人をつくらず」だ! 

つまり諭吉は、娼婦の海外輸出は天皇と三菱に利益もたらすから「得策だ」と平然と言ったのである。だから諭吉はユダヤ・フリーメースンの会員だったのだ。慶應義塾とは日本資本主義と天皇を支える私立の重要な学校であった。財界人を多く輩出したのは慶應義塾や官製の東京帝国大学であった。

 そこを出た財界のトップたちは、記述のように、2・26事件を影で操り、そこから一気に戦争経済へ主導し、政府要職にも就くなどして日本を大戦争とその果ての破局へと導くのである。

 鬼塚英昭氏の『天皇のロザリオ』には、戦前の皇室が銀行支配も徹底していたことを書いている。皇室は日本銀行の47% の株を所持していた。だから紙片を発行し、公定歩合を調整するたびに、莫大な利益が皇室に流れた、とある。日銀は発足当初からユダヤ国際金融資本の日本支店であるから、これでいかに天皇家とユダヤ資本が深い関係かがわかるだろう。

 さらに鬼塚氏は天皇とアヘンの関係も暴露している。

 「同じ手口(米国に移民を送って儲けた話)を皇室と三菱は考えた。ペルシャ(イラン)からのアヘンの輸入であった。皇室と三菱は三井も仲間に入れることにした。三井を入れなければ内乱が起こる可能性があったからだ。三井と三菱は隔年でアヘンをペルシャから入れ、朝鮮に送り込んだ。満州という国家はこのアヘンの金でできた。

 天皇一族はこの利益を守るために秘密組織をつくった。厚生省という組織に、天皇は木戸幸一(後に内大臣)を入れ、アヘン政策を推進させた。1938(昭和13)年12月に興亜院がつくられ、アヘン政策を統括した。日本でもケシ栽培をし、朝鮮にほうり込んだ。中国でも熱河省でケシ栽培をした。この利益も皇室の財産の形成に大きく貢献した。 

 多くの(ほとんどと言うべきか)軍人たちが、三菱と三井のアヘンの利益の一部をもらって遊興にあけくれた。」

 天皇も、財閥も、軍人も、アヘンという恥ずべき巨悪に手を染め、巨利を得ては遊興に使うために、戦争を次々に仕掛けたのだった。このゆえをもって、天皇はついに終生、中国と朝鮮には足を踏み入れることができなかった。ちなみに沖縄も、天皇は自らの助命と引き換えに、米軍の永久使用を提供したので、これまたついに沖縄を行幸することはできなかった。

 さて、再び『神々の軍隊』の続きである。

 「皇室は蓄えた資産をモルガン商会を通して海外で運用していたが、金塊、プラチナ、銀塊などがスイス、バチカン、スウェーデンの銀行に預けられていた。さらに取り巻きの重臣たちもそれに倣って同商会に接触し、そのおこぼれに預かっていた。中立国スイスには敵対する国の銀行家同士が仲良く机を並べて仕事をしている奇妙な現象が見られるが、なかでも国際決済銀行、通称バーゼルクラブは、世界の超富豪が秘密口座を持つ銀行で、治外法権的な存在であった。同行は不安定な紙幣ではなく、すべてを金塊で決算する銀行であった。

 内大臣・木戸幸一は、日米英戦争末期の昭和19年1月、日本の敗北がいよいよ確実になると、各大財閥の代表(銀行家)を集め、実に660億円(当時)という気の遠くなるような巨額の皇室財産を海外に逃すよう指示した。皇室財産は中立国であるスイスの銀行に移され、そこできれいな通貨に“洗浄”されたが、その際皇室財産は、敵対国にばれぬようナチスの資産という形で処理された。スイスは秘密裏にナチスに戦争協力したので、ナチスの名のほうが安全だったわけである。」

 昭和天皇は大東亜戦争中、宮中に大本営を置いて陸海軍の下僚参謀を指揮して作戦を実行した。それの実態が連合軍にバレれば自分も戦犯として処刑されるという恐怖と、せっかく築いた莫大な資産が取り上げられることを心配したのだ(むろん実態は連合国は承知していた)。だから彼は、資産をスイスや南米の銀行に預けた。海軍の潜水艦を私的に使ってアルゼンチンに金塊を避難することまでやった。

 そして進駐軍がくると、マッカーサーに卑屈に叩頭し、朕はキリスト教徒になってもいい、日本をカソリックの国にしてもよいと申し出た。宮中の女性を東京裁判のキーナン検事に提供して歓心を買い、戦争中の陸軍軍人の内輪情報を(田中隆吉を使って)チクっては責任を全部東条らに押しつけて、彼らが絞首刑になるよう誘導した。みんな、自分の命乞いのため、そして資産保全のためである。
 
 小林良彰の『日本財閥の政策』は、鈴木大拙と出光の関係を書いたときに紹介したが、こんなことも書いている。

 「中島知久平(中島飛行機 ゼロ戦の製造で有名)は、陸軍が(支那事変で)未だ戦線を黄河あたりにまででとどめようとしているとき、閣僚の一人として漢口まで行かねばならないと主張した。もっとも大胆に(中国戦線)拡大を唱えたのは、鐘紡社長津田信吾である。

彼は中国との全面戦争とともに、イギリスとの戦争を説いた。彼の強硬論は鐘紡の高利益の基礎に外地会社の多角経営があり、これを積極的に中国領内に拡大する希望を持ったこと、(中略)中国国内に原材料基地を見出さねばならぬという因果関係からくるものであろう。」

 中島知久平が閣僚になって戦争を主張したように、また王子製紙社長の藤原銀治郎は、海軍顧問、商工大臣、国務大臣。軍需大臣を歴任し、その地位を利用して戦争でしこたま儲けたクチである。

 戦後、自民党の大物議員で60年安保時に外相を務めた藤山愛一郎も戦前、大日本製糖社長として、戦争を煽った人物である。彼は台湾での製糖事業を一手に握っていたが、さらに南方と中国南部に製糖工場を広げるべき軍部と結託した人間である。

 こうした三井.三菱以外の中小財閥も、積極的に戦争経済を推進しようと図ったのである。それを最も喜んだのはこれらの会社の大株主だった天皇であった。

 こうして見てきたように、天皇は莫大な蓄財を行うために、財閥と組んで国民を売りとばし、戦争を仕掛けて国民を殺してきた。責任はすべて軍人と国民とに押し付けた。血も涙もない、とはこのことではなかろうか。

 終戦後、彼は「人間宣言」のあと、全国を巡幸して歩いた。その映像は今も残る。敗戦で打ちひしがれた国民を激励すると称して(膨大な予算を使って)行幸したときの姿は、わざと古着にすり減ったクツを履いて、軍部に騙された気の毒な天皇という哀愁を演出してみせたのだった。

彼は1901年生まれだから、巡幸のころはまだ40代後半なのに、わざと猫背にして60歳くらいの老人のように見せているように、映像や写真からは伺える。何を説明しても「あ、そう」と答えたことは有名になったが、これも自分は戦争を指揮したりしない、言われるがままの人間だったという印象を与えるためだろう。

戦前には絶対に大衆の前に姿を晒さなかった彼が、大衆に向けてソフト帽子をふりふり、愛想笑いを浮かべて「平和天皇」を演じてみせたことは、戦犯から除外してもらうための進駐軍へのポーズでもあったし、見事に国民をも騙すことにも成功したのであった。

 戦後もついにマッカーサーをも騙しきって、資産を守った天皇が、なんで古着にボロ靴なのか。その心根の深奥をわれわれ国民は知るべきであろう。
http://web.archive.org/web/20100212091907/http://blog.goo.ne.jp/hienkouhou/e/b2add89dad958852f4994fb54f0874b0


最近、古本屋で購入した

「自伝的戦後史」著者 羽仁五郎
https://www.amazon.co.jp/%E8%87%AA%E4%BC%9D%E7%9A%84%E6%88%A6%E5%BE%8C%E5%8F%B2-%E4%B8%8A-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E7%BE%BD%E4%BB%81-%E4%BA%94%E9%83%8E/dp/4061340913


の帯にも

「日本の天皇は戦前3億円ぐらいだった財産を、戦争が終わってみたら300億円ぐらいにしていた」

とあります。


▲△▽▼


天皇家は戦争中に何をしていたのか
http://blog.livedoor.jp/shiderz402-seikei/archives/8120443.html


先日から、

「歴史の真相と大麻の正体」内海聡 著 三五館 刊
https://www.amazon.co.jp/%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E3%81%AE%E7%9C%9F%E7%9B%B8%E3%81%A8%E3%80%81%E5%A4%A7%E9%BA%BB%E3%81%AE%E6%AD%A3%E4%BD%93-%E5%86%85%E6%B5%B7-%E8%81%A1/dp/4883206289

という本を読んでいて、その本は私が大麻というものが世界に及ぼしてきた事実を、私が知らない見解で記してあるかもしれない、という期待から読んでいると記してきました。

2そしてこの本は、第一部:歴史の真相 第二部:大麻の正体 に分かれていて、私は第二部の大麻の正体を読むことが一番の目的で読んでいるのですが、その前の第一部の歴史の真相のところで気になることがあったので、先日2回ほどそのことについて書かせて頂きました。ですがまた、その第一部の歴史の真相のところで気になったところがあったのでそのことについて記したいと思います。ではますは「歴史の真相と大麻の正体」からその部分を引用します。

(引用開始)

タイトル:「原爆を落とされてもしょうがない」

商船三井の共同経営者は、天皇家とCIAの日本作戦部長のマクスウェル・クライマンであった。そして天皇家が大東亜戦争時に蓄財した金はナチスのヒトラーの口座に隠されていた。ヒトラーはじつは隠れユダヤ人であることは有名だが、そのヒトラーとともに戦争ビジネスをやっていたのはだれかを考えねばならない。


天皇家の蓄財1

天皇が「原爆を落とされてもしょうがない」と発言したことが知られるが、広島、長崎に原爆が落ちた時も、天皇家はどうやって自分の資産を維持するかに腐心していた。この問題を調査したマーク・ゲインは、海外に天皇が逃がした蓄財は累計で5〜10億ドルにのぼるとしている。天皇家の蓄財に関しては濱田政彦著 「神々の軍隊」(三五館)などが詳しい。

(引用終わり)

これは大東亜戦争時、日本の多くの兵隊が海外に行き、命をかけて戦って死に、東京大空襲など、日本の津々浦々で行われた大空襲で多くの日本国民が命を亡くした最中に、昭和天皇が皇室の資産をいかに守ることに腐心していたかを記した文になります。

この引用文の最後に、

「天皇家の蓄財に関しては

濱田政彦 著 「神々の軍隊」(三五館)
https://www.amazon.co.jp/%E7%A5%9E%E3%80%85%E3%81%AE%E8%BB%8D%E9%9A%8A%E2%80%95%E4%B8%89%E5%B3%B6%E7%94%B1%E7%B4%80%E5%A4%AB%E3%80%81%E3%81%82%E3%82%8B%E3%81%84%E3%81%AF%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E9%87%91%E8%9E%8D%E8%B3%87%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%97%87-%E6%B5%9C%E7%94%B0-%E6%94%BF%E5%BD%A6/dp/4883202119


などが詳しい」とあります。では、その「神々の軍隊」には天皇家の蓄財についてどのように書かれているのか、以下にその部分を引用したいと思います。


(引用開始)


@ 戦前、皇室には予算として年額450万円が国家予算から計上されていたが、一説によれば天皇の総資産天皇家の蓄財3は、最も控えめに見積もっても約16億円であるという。だが、宮内省のこの数字は嘘で、本当の資産総額は、海外に隠した資産を含めれば、信じ難いような天文学的金額であると言われている。皇室予算だけではこのような金額を貯蓄することは不可能であるが、当時皇室は横浜正金、興銀、三井、三菱ほか、満鉄、台湾銀行、東洋拓殖、王子製紙、台湾製糖、関東電気、日本郵船等、大銀行、大企業の大株主であり、その配当総計は莫大なものであった。すなわち、これら企業・銀行の盛衰は、そのまま皇室に影響を及ぼすわけである。こうなると戦争で、財界が植民地から搾り取るほどに皇室は豊かになるということになる。


A 2.26事件で天皇が、まっ先に事件が日本経済に与える影響を心配したのは当然であろう。「朕が信頼する重臣」とは、財界の代理人たちであるからその怒りは天皇にとっては、しごく正統な怒りであったのだ。


B 財界のトップたちは、2.26事件後の大勢翼賛、国家総動員体制の下、政府の要職に就いて日本を破局へと導いた。一例を挙げれば王子製紙の藤原銀治郎は、海軍省顧問、産業設備営団総裁、商工大臣、国務大臣、軍需大臣を歴任し、戦争経済に貢献している。


C 皇室は蓄えた資産をモルガン商会を通して海外で運用していたが、金塊、プラチナ、銀塊などがスイス、バチカン、スウェーデンの銀行に預けられていた。さらに取り巻きの重臣たちもそれに倣って同商会に接触し、そのおこぼれに預かっていた。中立国スイスには敵対する国の銀行家同士が仲良く机を並べて仕事をしている奇妙な現象が見られるが、中でも国際決済銀行、通称"バーゼルクラブ"は、世界の超富豪が秘密口座を持つ銀行で、治外法権的な存在であった。同行は不安定な紙幣でなく、すべてを金塊で決済する銀行であった。


D 内大臣・木戸幸一は、日米英戦争末期の昭和19年1月、日本の敗北がいよいよ確実になると、各大財閥の代表(銀行家)を集め、実に660億円(当時)という気の遠くなるような皇室財産を海外に逃がすように指示した。皇室財産は中立国であるスイスの銀行に移され、そこできれいな通貨に"洗浄"されたが、その際に皇室財産は、敵対国にばれぬようナチスの資産という形で処理された。スイスは極秘裏にナチスに協力していたので、ナチスの名のほうが安全だったわけである。


E 価値の高い資産である金塊(どこから手に入れたのであろうか?)の一部については、国際金融資本と密接な関係にある華僑(日本軍はユダヤ商人とならんで老練な華僑によって、中国問題で苦しめられた)に売却して外国通貨に換え、スイスにある皇室の口座に入れた。さらにその一部はナチスの資産逃亡の手口を倣って、潜水艦によって秘かに南米アルゼンチンに移送された。


F 大戦末期、ナチスの残党は、親ナチの南仏、スペイン、ポルトガルを経て、潜水艦でナチスの資産が隠され天皇家の蓄財4ている南米(アルゼンチン、チリ)に大挙して逃走した。そして南米各地に拠点置き、戦後も世界の反共団体に援助をあたえ、世界政治に隠然たる影響を及ぼし続けているが、このナチスの隠し資産には天文学的な量の金塊が含まれていた。これらはアルゼンチン、チリを経て、さらに南極に移送されたというが、皇室が潜水艦でアルゼンチンに金塊を移送したというのは、想像以上にナチスコネクションと日本の関係が深いことを示唆するものである。加えて言えば、バチカンがナチスに戦争協力したことが近年明らかになってきているが、皇室とバチカン、そしてバチカンとフリーメーソンの関係をたどっていくと、世界的な闇が明らかになってくると思われる。おそらく戦後の皇室がえらく貧乏に見えるのは、その資産を戦後の復興に使ったからなのかも知れない。

M資金の闇は深い・・・・。


(引用終わり)※数字は私の書き込みによる。

ではこの引用文についてまとめ及び気になることを書いていきたいと思います。

まず@段落のところですが、

・戦前に天皇家は天文学的な金額を蓄財していた。

・天皇家は横浜正金、興銀、三井、三菱ほか、多くの銀行、財閥の大株主であり、その利益が莫大であった。

・銀行、財閥は当時、戦争経済で儲けていて戦争を続けさせ、植民地政策のもとで利益を上げていて、それによって株価が上がり結果、天皇家の資産は莫大なものになっていった。


A段落目で、「2.26事件で天皇が、まっ先に事件が日本経済に与える影響を心配したのは当然であろう。「朕が信頼する重臣」とは、財界の代理人たちであるからその怒りは天皇にとっては、しごく正統な怒りであったのだ。」とありますが、当時上述したように戦争を遂行すればするほど銀行、財閥などは儲かり結果、天皇家も儲かっていたわけですからその財閥が日本の軍隊に入り込んで、戦争を遂行するように仕向けていたわけです。だから2.26事件で純粋に心から日本の未来を憂いた青年将校が起こした2.26事件が起こったときも昭和天皇は、「天皇家がカネ儲けできなくなる」という理由で2.26事件そして青年将校に対して怒りを覚えたのです。

B段落目

上述したとおりのことが書かれています。「一例を挙げれば王子製紙の藤原銀治郎は、海軍省顧問、産業設備営団総裁、商工大臣、国務大臣、軍需大臣を歴任し、戦争経済に貢献している」、ということです。

C段落目

天皇家は資産を海外でモルガン商会(ユダヤ系財閥)を通して蓄財していて、天皇に近い重臣たちもそのおこぼれに預かり、儲けていたということです。そして天皇家とバチカン、‘バーゼルクラブ’などはグルになってカネ儲けしていたことを示唆しています。

D段落目

田布施2ここではまとめというよりは、文中の、「内大臣・木戸幸一は、日米英戦争末期の昭和19年1月、日本の敗北がいよいよ確実になると、各大財閥の代表(銀行家)を集め、実に660億円(当時)という気の遠くなるような皇室財産を海外に逃がすように指示した。」の中の「昭和19年」に焦点を当てたいと思います。というのはこの昭和19年に天皇家の資産の蓄財において大きな変化あったからです。では、昭和19年(1944年)に何があったのか。そのことが先日も引用させて頂いた

「日本のいちばん醜い日」鬼塚英昭 著 成甲書房 刊
https://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E3%81%84%E3%81%A1%E3%81%B0%E3%82%93%E9%86%9C%E3%81%84%E6%97%A5-%E9%AC%BC%E5%A1%9A-%E8%8B%B1%E6%98%AD/dp/4880862169


に書かれていましたので以下に引用します。

(引用開始)

(前略)シーグレーブ夫妻の「ヤマト・ダイナスティ」の中に次のような一節がある。

「裕仁は1944年に材木の蓄えで大もうけしたはずだが、御料林の価値も御料地の値上がり分も含んでいなかった。天皇家は日本一の大地主で、ほとんどは徳川幕府が崩壊したときに天皇家にもたらされた(明治維新後に獲得したものがほとんどである:引用者注)。まさしく当時の日本の大地主であったのだ。もちろん、ヒロヒトの自己申告の中には、本土や海外の隠匿された財宝は含まれていない。SCAPの審査員が、この審査をパスさせたのであるが、彼は不機嫌そうに記したのだ。「正確さという面では、この部門では問題外とされた」

占領が終わり、日本人の専門家が天皇の財産を再計算した。その中には皇居や御用邸の不動産、工芸美術品などは計算外としたが、それでも660億円を超えていた。」

私はこのシーグレーブの本を読み、納得した。それは天皇と男爵住吉門左衛門が特殊な関係にあったがゆえであると思ったのである。天皇家の御料地のほとんどが住友財閥の力で移動し、売却されたのである。1944年、住友林業の所有地が莫大に増加するのである。

「裕仁は1944年に材木の蓄えで大もうけしたはずだが、御料林の価値も御料地の値上がり分を含んでいなかった」とシーグレーブが書いているのは事実である。紙幅の都合上、これ以上は書かないが、私は明治から戦前までの御料地獲得に執念を燃やす田布施一族の歴史を追求してきた。そして、この帝国秘密探偵社の資料とシーグレーブの本を読み合わせ、納得した。(後略)

(引用終わり)

昭和天皇の側近であった木戸幸一(木戸孝允の孫)が天皇家の財産を海外に逃がすよう指示した金額は(当時の貨幣価値で)660億円。だがその660億円もの大金であるにもかかわらずそこには天皇家が所有する御料地すなわち皇居や日本各地にある御用邸の土地や御料林は含まれていない。

そして、「裕仁は1944年に材木の蓄えで大もうけしたはずだが、御料林の価値も御料地の値上がり分を含んで天皇家の蓄財2いなかった」とあるように昭和天皇ヒロヒトは1944年に大もうけをした。しかもそれが、前述したように、天皇家が当時結託していた大財閥の一つである住友財閥の住友林業であったわけです。

この事実は私は日本人として絶対に忘れてはいけない事実であると考えます。なぜか? 1944年といったら日本の兵隊の方々が海外に出て、命をかけて、玉粋覚悟で、時には「天皇陛下バンザーイ」と叫んで、心から日本のため、と思いながら死んでいきました。また、日本国内では、多くの日本人が数千人否、数万人否、数十万人否、数百万人もの日本人が空襲で死にました。そのさなかに天皇家は大財閥と結託して、日本国民のことなど露ほどにも頭になく、蓄財に励んでいたからです。この事実は‘戦争とは何か’、‘天皇家とは何か’という疑問を見事に解き明かしています。

E段落目はそのまま抜粋します。

「価値の高い資産である金塊(どこから手に入れたのであろうか?)の一部については、国際金融資本と密接な関係にある華僑(日本軍はユダヤ商人とならんで老練な華僑によって、中国問題で苦しめられた)に売却して外国通貨に換え、スイスにある皇室の口座に入れた。さらにその一部はナチスの資産逃亡の手口を倣って、潜水艦によって秘かに南米アルゼンチンに移送された。」

ここで「さらにその一部はナチスの資産逃亡の手口を倣って、潜水艦によって秘かに南米アルゼンチンに移送された。」とあります。この‘南米’というところに注目すべきと考えます。その理由は次の7段落目に記されています。

F段落目

「大戦末期、ナチスの残党は、親ナチの南仏、スペイン、ポルトガルを経て、潜水艦でナチスの資産が隠されている南米(アルゼンチン、チリ)に大挙して逃走した。そして南米各地に拠点置き、戦後も世界の反共団体に援助をあたえ、世界政治に隠然たる影響を及ぼし続けているが、このナチスの隠し資産には天文学的な量の金塊が含まれていた。これらはアルゼンチン、チリを経て、さらに南極に移送されたというが、皇室が潜水艦でアルゼンチンに金塊を移送したというのは、想像以上にナチスコネクションと日本の関係が深いことを示唆するものである。加えて言えば、バチカンがナチスに戦争協力したことが近年明らかになってきているが、皇室とバチカン、そしてバチカンとフリーメーソンの関係をたどっていくと、世界的な闇が明らかになってくると思われる。おそらく戦後の皇室がえらく貧乏に見えるのは、その資産を戦後の復興に使ったからなのかも知れない。

M資金の闇は深い・・・・。」

この段落では大戦末期から戦後に至る南米地域の状況について書かれています。なぜ南米地域にナチスの残党は逃走したのか?なぜ南米なのか?そしてヒットラーも実は戦争末期に自殺したのではなく、アルゼンチンに逃走した、という説があります。そして私がこの段落を読んで気になったのは第2次世界大戦後、この南米地域の各国がハンガリー系ユダヤ人であるミルトン・フリードマンが唱えたシカゴ経済学(大企業ボロ儲け経済学)を信奉したシカゴ・ボーイズといわれる連中に乗り込まれ、その国の政治・経済を乗っ取られ、結果その国の経済市場が欧米系の大企業に乗っ取られた、という事実です。アルゼンチンやチリやホンジュラスなどがそうです。

そしてその事実と引用文の、「そして南米各地に拠点置き、戦後も世界の反共団体に援助をあたえ、世界政治に隠然たる影響を及ぼし続けている」という記述が関係していると思います。ですがここではこのことについてこれ以上記しません。ただ関係していると思われる、とだけ記させて頂きます。
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天皇家は戦争中に何をしていたのか A
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先日、太平洋戦争中における天皇家の蓄財に記させて頂きました。戦争中に天皇家が日本の土地を買い占めて戦争で多くの日本人が死んでいくさ中に蓄財に励んでいてそれも莫大に儲けていたことや、そもそも天皇家は当時の多くの大財閥、銀行などの大株主で、戦争が長引けば長引くほど植民地における大財閥の事業拡大、生産増産、戦争資金の需要増大による銀行、大企業の株価高騰で大儲けしていたことなどについて記しました。

今日はその天皇家の蓄財について違った面から考察し、記していきたいと思います。では、まずはそのことについて詳しく記してある、先日も引用した「日本のいちばん醜い日」 鬼塚英昭 著 成甲書房 刊  からの引用から始めたいと思います。

(引用開始)

(前略)アメリカは公式には日本への石油の輸出を禁止した。しかし、アメリカ国籍の船、または日本国籍の船によるものが禁止されただけであった。あの太平洋戦争田布施2中も秘密ルートでアメリカの石油、重要な原料(タングステン、四塩化エチル等)が日本へ送られた。

これが戦争の本当の姿なのだ。昭和天皇はこのからくりを知っていたが、近衛首相や木戸幸一内大臣に秘密にしていた。

あの国際赤十字社のシステムは、戦傷者を救うためにつくられたのではない。国際金融同盟の連中が、商売(=戦争)をスムーズに長きにわたって続けるためにつくられたのである。太平洋の委任統治諸島で密かに石油や重要物資が日本の赤十字の船に移される。この船は攻撃できないという国際条約ができているので、安心して石油や重要物資を日本は購入できた。(後略)

(引用終わり)

前回は戦争時においてその、戦争することによって派生する日本の植民地事業において三井、三菱、住友などの財閥、銀行などが大儲けし、結果天皇家も大儲けする、ということについて記させて頂きました。ですがこの引用文は戦争から派生する要素ではなく、戦争そのものが天皇家を儲けさせていたことを記す内容となっています。

あの、戦前に日本への制裁としてABCD(アメリカ、イギリス、中国、オランダ)包囲網が1941年に敷かれてアメリカから石油の輸入が途絶え、日本は窮地に追い込まれた、と我々は学校の歴史の授業で教わってきました。だが、実際には「赤十字」という看板を掲げた船で石油が輸入されていた。その赤十字は実は戦傷者の傷を治したり命を救うために設立されたのではなく、戦争を‘スムーズ’に長引かせるために国際金融同盟の連中がつくり上げたものだった。つまり戦者が簡単に死んでしまっては戦争がすぐに終わってしまい、国際金融同盟の連中やそれに纏わる財閥、銀行そして天皇家もカネ儲けができなくなる。だから赤十字を設立して、兵隊の傷の治療をし、延命させ、再度戦場に送り込む、ために赤十字がつくられたということです。

では次に同著から上の引用文に続く、その石油購入の資金についての記述を以下に引用します。

(引用開始)

では、あの大戦中、その莫大な支払い代金はどうしたのか、という問題が出てくる。この代金の主なものは、ア天皇家の蓄財5ジア支配の途中で略奪した、金、銀、プラチナ等の貴金属である。その一部は日本へ持ち帰り(赤十字のマークをつけた船で)、マルフクという金貨に鋳造する。これを現地に送り、食料等の必要物資の現地での購入にあてる。残りの金塊や宝石類は、スイスの国際決済銀行(BIS)に送る。ここで貴金属をドルまたはスイス・フランにし、迂回経路で必要物資の支払いにあてる。残ったドルやスイス・フランは、国際決済銀行か、同一系統のスイス国立銀行の秘密口座に入っていく。かくて、戦争が長引けば長引くほどに天皇一族と、秘密裏に天皇一族を支えた財閥の資産は天文学的に増えていった。

(引用終わり)

日本に石油はなかったが中国侵略などで強奪した金・銀・プラチナを代金の支払いにあてた。その一部が天皇家の資産となった。つまり戦争で金・銀・プラチナなどの貴金属を強奪すればするほど天皇家は儲かるということです。ではさらにこの引用文に続く記述を引用したいと思います。

(引用開始)

近衛文麿首相は幾度も天皇に戦争の中止を訴えた。天皇一族は日清戦争、日露戦争を通じて多額の賠償金を得て、その一部をスイスの銀行に入れることで逆に彼らから弱みを握られた。ルーズヴェルトは借金漬けで弱みを握られていた。チャーチルしかり。スターリンは過去の悪行のほぼ全データを握られ、彼ら国際金融資本家たちを‘ご主人様’と呼んでいた。フルシチョフ元首相の「フルシチョフ回想録」にそのことが克明に書かれている。明治、大正と続く皇室のスキャンダルを彼らはすべて記録していた。スイスの秘密口座もスキャンダルの種になりえた。ここに、近衛首相の忠告を無視して太平洋戦争に突入しなければならなかった日本の悲劇の源がある。

(引用終わり)

この引用文は世界を支配する、本当の仕組みを示唆する記述となっています。ルーズヴェルト、チャーチルというときのアメリカ大統領とイギリス首相が借金漬けで、ロシアのスターリンは悪行のほぼ全データを握られ、国際金融資本家たちに弱みを握られていた、と非常に興味深いことが書かれています。ではここでこの3人のうちの1人であるチャーチルのそのあたりについて同じ鬼塚氏の「20世紀のファウスト」成甲書房 刊 という著作に詳しく書いてあるので以下に引用します。

(引用開始)

(前略)1938年3月下旬、第2次世界大戦勃発の1年前、チャーチルは借金のために田舎の別荘を売りに出そうとしていた。ロスチャイルドから依頼を受けた金融業者サーケインズ5・ヘンリー・ストラコッシュが借金の肩代わりを申し入れた。チャーチルは受けた。そしてそのとき、一つの条件を受け入れることになる。金のないチャーチルはヴィクトリア地区の汚らわしいモルペス・マンションに住んでいた。その過去をみることにしよう。

1928年当時、チャーチルは第一次世界大戦の回顧録「世界の危機」の続編を執筆していた。アスター卿の「タイムズ」から2000ポンドの前払い印税を支払ってもらった。これとは別に世界各国での連載を含めての5,000ポンド以上が彼の懐に入っていた。しかし、彼は貧乏のどん底にあった。ウォール街での株投資で大損失をしていたからだ。このことはすでに書いた。

ユダヤ王ロスチャイルド一族のバーナード・バルークはチャーチルにアメリカ講演旅行をやらせ、1万ポンドの保証をしてやった。それでも借金は返せず、バルークに特別に用立ててもらった。彼はユダヤ王ロスチャイルドの御用新聞「デイリー・メール」のビーヴァルック卿と特別契約を結び、8,000ポンド近い原稿料を得ていた。だがそれでも彼の経済的困窮は、別荘を売り払う段階までいったのである。

しかしチャーチルは海軍大臣、首相へとなっていく。政治家になれば収入は極端に減る。では誰が、何の目的のためにチャーチルの借金を返してやったのだろうか。ここまで書けば答えは書かなずもがなであろう。1939年3月、チェンバレン首相は海軍大臣にチャーチルを迎えなければならなくなる。チャーチルは1914年8月に海軍省に入っている。

海軍大臣になると、チャーチルはルーズヴェルト大統領に手紙を出した。2人は数多くの手紙をやりとりをする。一海軍大臣がアメリカ大統領と、どうして秘密のルートで手紙の交換が出来るのであろうか。この2人は「黒い犬」で、ユダヤ王ロスチャイルドから長い長い鎖の手綱で引っ張られていることを考えれば納得がいくのである。

チャーチルの人気は上昇していく。なぜか。チェンバレン首相の宥和政策に公然と抗議しだしたからである。ヒトラーがポーランド領ダイツィヒの割譲を要求した。チャーチルはヒトラーと闘えと叫びだした。黒い貴族の新聞は、戦争を煽りだした。1938年9月30日、イギリスとフランスは宥和政策をとり、侵略されたチェコを犠牲にして、ヒトラーと現状維持の協定を結んだ。この宥和政策は後にヒトラーによるポーランド侵攻により破られ、第2次世界大戦へと拡大していく。(後略)

(引用終わり)

チャーチルはウォール街での株投資で大損し、借金漬けになっていた。本を書いても借金は返せず、別荘まで天皇家の蓄財6売り払わざるをえないとこまで落ちぶれていて、ヴィクトリア地区の汚いマンション暮しをしていた。そこにユダヤ王ロスチャイルドの回し者バーナード・バルークが大戦が始まる1年前にきて、‘一つの条件’をのまされた。その条件とは・・・・上に書いてあるとおりです。首相になって第二次世界大戦を引き起こす、という条件です。

つまりユダヤ王ロスチャイルドなどの国際金融同盟の連中は、弱みをもっている人間をピックアップし、金を渡し、もちろん恫喝もし、操るということです。このことは世界中で起こっており、日本でも頻繁に起こされていて、政治家のスキャンダル暴露はその一つです。‘女を抱かせる’というハニー・トラップも含めて。

そして天皇家にも、スキャンダルは多々あり、そのことが国際金融同盟の天皇家支配に繋がっているということです。ゆえに「近衛首相の忠告を無視して太平洋戦争に突入しなければならなかった日本の悲劇の源がある」と著者の鬼塚氏は書いているのです。

そして先の引用文にさらに続く文章ではその戦争時におけるマネー・ゲームの様相が記されていました。以下に引用します。

(引用開始)

この国際決済銀行を舞台にして、戦争は続けられたのである。日本銀行と横浜正金銀行の大株主は天皇であった。天皇は、二人の役員(それ以外に事務局員たちも)をこの国際決済銀行に送り、取引をさせていたのである。天皇の代理人の役員が金儲けに奔走する場面がハイアムの「国際金融同盟」の中に書かれている。

「1942年夏、フランス政府の閣僚であり、ナチス占領下のパリにある民間銀行のヴォルムス銀行の役員であるピエール・プシューは、イブ・ブレアール・ド・ボアサンジューとBISで会合を持った。プシューはボアサンジューにドワイト・D・アイゼンハワー大将が北アフリカに侵攻する作戦を計画中であると語った。彼はこの情報を友人であるヴィシー駐在のアメリカ国務省代表のロバート・マーフィーから手に入れたのである。ボアサンジューはクルト・フォン・シュレーダーにこの情報を伝えた。シュレーダーと他のドイツ人の銀行家たちは直ちに、フランスの取引銀行と同調して、九〇億フランの金貨をBIS経由でアルジェに搬送した。ドイツの敗北を予測して、ドルの為替差損でボロ儲けを狙ったのである。ナチスの協力者たちはほとんど一晩で、自分たちの持ち金を三億五千万ドルから五億二五百万ドルまで増やしたのだった。この取引に関しては、BISのトーマス・H・マッキトリック、ヘルマン・シュミッツ、ミエル・プール、そして日本人役員たちも共謀に加担していた。この取引の別の協力者でナチス最高司令部にいる他の幹部たちに、この秘密を漏らしたものがいた。この男はバチカンの諜報活動グループに所属する工作員だった。この情報は1946年6月21日にオットー・アーベッツがアメリカ政府担当者に宣誓供述したことで明らかになった。」

この一文は、「戦争とは何か」を如実に示している。戦争は国家間の利害、憎悪の衝突から起こるものだけではなく、巨大なマネー・ゲームでもある。ヒトラーもスターリンも、それを知り尽くしていた。ルーズヴェルトとチャーチルはマネー・ゲームをさせられていたのである。天皇が仕掛けた南進策は、巨大なマネー・ゲームの創造であった。

この面を考察しないから、私たちの日本史は欺瞞だらけのエセ日本史となっている。天皇とその一族は、三井、三菱、住友らの財閥と組んでマネー・ゲームをしていたのである。それゆえ、国際決済銀行に日本銀行と横浜正金銀行が参加したわけである。この銀行に加入していなければ、中国本土に攻め込む力さえなかったのである。ひと度、この銀行に加入してから天皇とその一族は、国際金融のグループ、主としてロスチャイルド財閥の手に落ちていったのである。ドイツのアフリカでの敗北を見こして、日本の役員たちも、スイスという黒い貴族たちの巣窟でマネー・ゲームに興じ、天皇のために金を稼ぐのである。戦争がいちばん金の儲かるゲームであることを天皇ヒロヒトほど知りつくした人物は日本にいなかったし、これからも登場しないだろう。(後略)

(引用終わり)

このように‘戦争’とは国と国の間で行われる利益の収奪、憎悪だけでなく、国際金融同盟の連中がカネ儲けするために引き起こされるということです。否、その方が多いのです。

ところで前回記した私の文で引用させて頂いた「神々の軍隊」濱田政彦 著 三五館 刊 の文の最後に、「おそらく戦後の皇室がえらく貧乏に見えるのは、その資産を戦後の復興に使ったからなのかも知れない」と記してありましたが、私はこの一文に強く違和感を覚えました。本当にそうか? と。

ではここで上に引用させていただいた本の著者である鬼塚氏の他の著作の一つである、

「天皇のロザリオ」成甲書房 刊
https://www.amazon.co.jp/%E5%A4%A9%E7%9A%87%E3%81%AE%E3%83%AD%E3%82%B6%E3%83%AA%E3%82%AA-%E4%B8%8A%E5%B7%BB-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E6%95%99%E5%9B%BD%E5%8C%96%E3%81%AE%E7%AD%96%E8%AC%80-%E9%AC%BC%E5%A1%9A-%E8%8B%B1%E6%98%AD/dp/4880862002


からこの一文についての鬼塚氏の見解が書いてある部分を抜粋してこの文を終わりたいと思います。

(引用開始)

(前略)日本の作家で井上清の名を挙げた。2000年に濱田政彦の「神々の軍隊」が出た。この本の中で濱田は天皇の秘密資金について触れている。引用する。私のこれまでのストーリーを追認するものである。

天皇家の蓄財3「 皇室は蓄えた資産をモルガン商会を通して海外で運用していたが、金塊、プラチナ、銀塊などがスイス、バチカン、スウェーデンの銀行に預けられていた。さらに取り巻きの重臣たちもそれに倣って同商会に接触し、そのおこぼれに預かっていた。中立国スイスには敵対する国の銀行家同士が仲良く机を並べて仕事をしている奇妙な現象が見られるが、中でも国際決済銀行、通称"バーゼルクラブ"は、世界の超富豪が秘密口座を持つ銀行で、治外法権的な存在であった。同行は不安定な紙幣でなく、すべてを金塊で決済する銀行であった。


内大臣・木戸幸一は、日米英戦争末期の昭和19年1月、日本の敗北がいよいよ確実になると、各大財閥の代表(銀行家)を集め、実に660億円(当時)という気の遠くなるような皇室財産を海外に逃がすように指示した。皇室財産は中立国であるスイスの銀行に移され、そこできれいな通貨に"洗浄"されたが、その際に皇室財産は、敵対国にばれぬようナチスの資産という形で処理された。スイスは極秘裏にナチスに協力していたので、ナチスの名のほうが安全だったわけである。


価値の高い資産である金塊(どこから手に入れたのであろうか?)の一部については、国際金融資本と密接な関係にある華僑(日本軍はユダヤ商人とならんで老練な華僑によって、中国問題で苦しめられた)に売却して外国通貨に換え、スイスにある皇室の口座に入れた。さらにその一部はナチスの資産逃亡の手口を倣って、潜水艦によって秘かに南米アルゼンチンに移送された。


大戦末期、ナチスの残党は、親ナチの南仏、スペイン、ポルトガルを経て、潜水艦でナチスの資産が隠されている南米(アルゼンチン、チリ)に大挙して逃走した。そして天皇家の蓄財7南米各地に拠点置き、戦後も世界の反共団体に援助をあたえ、世界政治に隠然たる影響を及ぼし続けているが、このナチスの隠し資産には天文学的な量の金塊が含まれていた。これらはアルゼンチン、チリを経て、さらに南極に移送されたというが、皇室が潜水艦でアルゼンチンに金塊を移送したというのは、想像以上にナチスコネクションと日本の関係が深いことを示唆するものである。加えて言えば、バチカンがナチスに戦争協力したことが近年明らかになってきているが、皇室とバチカン、そしてバチカンとフリーメーソンの関係をたどっていくと、世界的な闇が明らかになってくると思われる。おそらく戦後の皇室がえらく貧乏に見えるのは、その資産を戦後の復興に使ったからなのかも知れない。

M資金の闇は深い・・・・。」

濱田政彦の書いていることは間違いない。ただし、「おそらく戦後の皇室がえらく貧乏に見えるのは、その資産を戦後の復興に使ったからなのかも知れない。」には全く賛成できない。私は、昭和天皇が戦後も、マニングの書いているように蓄財作戦に熱中したと思っている。天皇家の秘密資金の一部がM資金となり、多くの人びとを悩ませたのである。

マーク・ゲインの「ニッポン日記」
https://www.amazon.co.jp/%E3%83%8B%E3%83%83%E3%83%9D%E3%83%B3%E6%97%A5%E8%A8%98-%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%BE%E5%AD%A6%E8%8A%B8%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%AF-%E3%82%B2%E3%82%A4%E3%83%B3/dp/4480084282


には天皇の財産について詳しく書かれている。だがここではすべて省略する。初版本で書かれていることが再版本では省略されているとのみ書く。1946年3月24日、マーク・ゲインは天皇の埼玉行幸を描いている。

大麻3「天皇はただ一人で正食をとった。天皇以外の我々は、冷たい飯と悪臭鼻をつく大根の漬物と、その紡績会社から出された刺身の小片を口に押し込んだ。窓からみると、女工たちが列をなして並んでいたので話をしようと思って戸外に出た。彼女らははずかしそうにクスクス笑うだけで誰も答えてくれそうになかった。が、とにかく彼女等は「十五歳」 ---- 最低就労年齢 ---- で、1日9時間半働き、一日三円乃至五円支払われていることを聞き出した。そこへ天皇が出て来たので、彼女等は最敬礼をし、支配人の号令一下、万歳を唱えた。それから彼女等の専制君主をみようと首を伸ばすのであった。」

当時の女性の日給は1日9時間半働いて1日3三円ないし五円。1945年8月15日から約半年たっているので
、インフレが進んだ後だから半年前はもっと安い。たぶん一円から三円であろう。

計算機を手にして、当時の天皇がどれくらいの金を持っていて、海外の秘密口座に入れたかを計算されよ。そうすれば、その金額の天文学的金額がクローズアップされる。

それでは読者にヒントを一つ与えよう。1945年10月にGHQが発表した皇室財産の内容は書いた。「土地・建物・木材・現金・有価証券(美術品・宝石は含まない)は三十七億二千万円」。

木下道雄の(元侍従長の)「側近日記」
https://www.amazon.co.jp/%E5%81%B4%E8%BF%91%E6%97%A5%E8%AA%8C-%E6%9C%A8%E4%B8%8B-%E9%81%93%E9%9B%84/dp/4163442103


が昭和天皇の死去の翌年の1990年に出版された。この本の解説は伊藤隆(当時東大教授)であった。彼は次のように書いている。

「ところで戦争直後の天皇家の財産は37億5千万円だった。日銀物価価格統計により現在の貨幣価値の311倍で換算すると7,912億円である。」

この数字の10倍近くをスイスの銀行に送り込んで終戦工作に天皇は入ったのである。敗戦前の国家予算は100天皇家の蓄財8億円を切っていた。天皇は自らの生命を守るためと、このスイスの秘密預金を維持し、さらに増やすために戦後工作に入るのである。天皇の「キリスト教入信」対策は、この2つの大事なものを守りぬくべく実行された。国民は依然として雑草のような民草であった。

これが大東亜戦争を天皇が仕掛けた第一の原因だと分かるだろう。

それでもあなたは、天皇陛下にむかって「天皇陛下バンザーイ」と叫ぶのであろうか。それとも広田弘毅(私の注:終戦前の首相経験者の1人)のように「天皇陛下マンザーイ」と叫ぶのであろうか。

(引用終わり)

ということです。戦前も戦後も天皇家は全く貧乏なんかではないのです。そしてこの天皇を安倍晋三は今の象徴から戦前の元首にしようとしています。明治維新後、伊藤博文が大室寅之祐を明治天皇に仕立て上げ、元首にしたように。その狙いは....... 皆さんもう、お分かりですよね?
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フランクリン・ルーズベルトとニューディール派がウォール街の金融資本家と対立していた理由

大恐慌や平成バブル崩壊はウォール街の金融資本家が計画的に仕組んだものだった


1929年10月24日、ニューヨーク・ウォール街では、世界大恐慌の引き金となって、株式大暴落が起こりました。そして、あれから60年後、今度は日本を叩き潰す為に、1990年2月、巨大な経済の逆回転が始まり、平成バブル経済が崩壊しました。

 平成バブルが崩壊するバブル・ピーク時、CIA(Central Intelligence Agency/アメリカ大統領直属の中央情報局)は、ベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦後の次の敵は、日本だと考え始めていました。

事実、1989年秋から始まった、アメリカ系証券会社の株価動向は不気味な動きをし始めました。バブルと、その崩壊に携わったのは、ユダヤ系の金融機関であるソロモン・ブラザーズ(現在のソロモン・スミスバーニー)という証券会社でした。

 ソロモン・ブラザーズは資本主義の歴史に詳しく、また日本の昭和初期の経済にも精通していて、1989年11月、ニューヨークで「日経平均株価が大暴落したら大儲け」という『プット・ワラント』のデリバティブ商品を機関投資家や大口投資家に大量に売り始めたのでした。それ以来、ソロモン・ブラザーズが中心になって、債券、為替、株価のトリプル安が始まります。これがバブル崩壊の裏側に隠れたメカニズムだったのです。

 バブル崩壊のシナリオは、どのようにして仕組まれたのか、その筋書きを追ってみましましょう。

 バブル絶頂期は、1989年にそのピークを迎え、株価は天井でした。この時、多くの日本人は、株価の高騰(こうとう)並びに地下の高騰に、湧きに湧き、怕(こわ)いもの知らずで、日本の投機家達は今迄になく傲慢(ごうまん)になっていました。そしてこの頃、事実CIAは、アメリカの敵は日本であると考え始めていました。

 CIA経済部門のスペシャリスト達は、アメリカ系証券会社のソロモン・ブラザーズ(現在はソロモン・スミスバーニー)と手を組み、日本経済の崩壊作戦に向けて本格的に動き出しました。これが今日の不況を長引かせる要因を作ったのです。これが日本株式市場に於ける下落のシナリオ「バブル崩壊作戦」でした。


ソロモン・ブラザーズは、1989年当時の沸き立つような好景気も、60年前のアメリカ・ニューヨーク.ウォール街での大恐慌と同一のものであると、そのバブル崩壊を予測したのです。

 かつて、国際金融資本の総帥・ロスチャイルドの配下であったロックフェラーやデュポン(世界最大の化学メーカー)らは、この大恐慌を利用して天文学的な巨富を手にしていました。ソロモン・ブラザーズはこれに因(ちな)み、バブル崩壊を企てる研究に取りかかったのです。

 「どうしたら一儲けできるか」からはじまり、「どうしたら日本経済を徹底的に叩く事が出来るか」という結論を導き出し、日本経済崩壊に向けて模索し始めたのです。

 60年前のウォール街での「暗黒の木曜日」の立役者は、国際金融資本の総帥・ロスチャイルドの息の掛かる東部のエスタブリュシュメント達(ロックフェラーを筆頭に、デュポン、ケネディ、オナシス、アスター、バンディ、コリンズ、フリーマン、ラッセル、ファンダイン、リー・クアンシューの超大富豪十二家)でした。

 この者達は手持ち株を売り捲り、その結果、下落に下落を重ね、二束三文になった株式を買い叩いたのです。それで巨万の富を手にしたのですが、今日とは情況が違うことに気付きます。この難題に、しばらく苦慮しますが、ついに糸口を掴んだのです。

 その糸口とは、「何が株価を暴落させる要因になるか」と言うものでした。つまり株価が暴落する切っ掛けを作ればよいのです。そして、「下落によって、下がった株で大儲けできる商品を持っていればよい」ということに行き当たったのです。それが「デリバティブ」でした。

 デリバティブとは、金融派生商品(通貨・金利・債券・株式・株価指数などの金融商品を対象とした先物取引)のことで、「先物取引」という意味合いを持っています。

次の研究課題は「どうやったら大暴落を人工的に作り出し、然(しか)も、そのタイミングに合わせて、自分達の狙うポイントに、総てを集約することが出来るか」という研究に取りかかったのです。
 人工的に大暴落を作り出す場合、60年前の大恐慌では、アメリカの大富豪達による「大量売浴せ」という手法が使われました。

 大量売浴せとは、売方が買方の買数量より、多量の売物を出して買方を圧倒し、相場を押し下げようとすることで、「売り崩し」とも言われます。
 しかし、それでは巨額な資金が必要であり、当時と違って、それほど経済構造は単純なものではなくなっていました。研究に研究を重ねた結果、巧妙(こうみょう)な手口を考え出します。

 それは、「膨らんだ風船を、更に膨らませる手口」だったのです。
 風船は、空気を送り込んで膨らませれば、それだけ膨らみますが、その実体は「バブル」です。膨らむものは、いつか破裂して、大爆発を起こす物理的法則に制約されます。経済とて、この法則下に制約されているのです。彼等はこれに気付いたのでした。

 彼等はそのシナリオを、綿密なストーリーで組み立てました。徐々に膨らみを見せる風船に、意図的に、頃合いを見計らって、更に膨らませ、次に急激に膨らませるという巧妙なストーリーを演出したのです。風船は、今まで徐々に、周囲の状態に馴染みながら膨らんでいたのですが、これに急激な吹圧を掛け、パンパンの膨張状態を作っておいて、一挙に破裂させるという巧妙な演出を画策したのでした。

 彼等は、この原理を東京株式市場に応用して、バブル崩壊を目論んだのです。
 そして彼等は「デリバティブ」という、風船を一突きにする「針」を手に入れ、膨張し過ぎて破裂状態になったところで、一突きにする演出を手がけたのでした。

1989年当時、日本人エコノミスト達は「デリバティブ」という「先物」の実体を知りませんでした。経済や金融の専門家でも、この実体が何なのか、未だに分からず仕舞いでした。またこの事が、バブル崩壊の悲劇を大きくし、当時の日本経済界は全く無防備であったと言えます。


ソロモン・ブラザーズは裁定取引を使って、意図的に、無防備な日本経済に先制攻撃を仕掛けたのです。「梃子(てこ)の原理」(レバレッジ)を利用して、なるべく少ない資金で、効果的にバブル崩壊に導く人工爆発の状態を作り上げる研究をしたのです。次に、バブル崩壊に導く為に、彼等は日経平均の株価操作の研究に没頭しました。

 彼等は、この二つの研究から面白い現象に気付きます。それは日経平均株価(日本経済新聞社が、東京証券取引所一部上場の代表的な225銘柄について算出し、発表しているダウ式平均株価)が単純平均(相加平均のことで、算術平均ともいわれ、n個の数を加えた和をnで除して得る平均値のこと)で作られた「指数」から出来ている事と、もう一つはこれらの指数の分析から、品薄な銘柄を意図的に買うと、少ない資金で日経平均株価を持ち上げることができるという経済現象に気付いたのです。

 こうして研究の成果を、実行に移した時期が1989年の秋から冬に掛けての事でした。日経平均株価は瞬(またた)く間に膨らみ、バブルは天井へと向かっていました。

 その頃、日本の話題はベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦構造が終焉(しゅうえん)を迎えれば、世界市場に進出できる等と、日本人経営者の多くが高を括(くく)っていた頃で、日本人の思い上がりの裏側では、こうした巧妙な仕掛けが、水面下で仕掛けられていたのです。

 大蔵官僚も、エコノミストも、この仕掛けには全く気付いていなかったのです。


ソロモン・ブラザーズの真の狙い

 当時の多くの日本人投資家は、「日経平均株価は10万円に到達する」と信じて疑わない人が多くいました。誰もが強気で、今こそ、この好景気に乗って、買いに転じる時機(とき)だと確信していたのです。その結果、バブルは急速な加速度をつけて、瞬く間に膨らみ始めました。

 この時、ソロモン・ブラザーズは信じられない事をニューヨーク・ウォール街で展開していました。

 1989年11月、彼等は「東京株式大暴落の図式」に則り、『プット・ワラント』という金融派生商品を売り始めていたのです。

 『プット・ワラント』とは、「日経平均株価が大暴落したら大儲け」という新商品であり、この商品をアメリカの大口機関投資家に大量売り込みを図っていたのです。また、これには大口投資家も飛びついたのです。

 彼等の新商品に対するキャッチ・フレーズは「年末から年始に掛けて、日本の株式は大暴落するから、60年前の《1929年10月24日の暗黒の木曜日》の時と同じくらいの大儲けが出来ますよ」でした。

1990年1月2日、ニューヨーク・ウォール街では、日本とは逆に、信じられない現象が起こっていました。突然、為替が円安へと向かったのです。この円安はソロモン・ブラザーズが『プット・ワラント』販売に因(ちな)み、債券や為替や株価の「トリプル安」を企てたものでした。

 そして1月が過ぎ、2月に入り、その月は既に中旬に入っていました。この頃、日経株価はジリ安でしたが、大暴落の兆しは現われていませんでした。

 日本人はまだ、この時にも何も気付いていなかったのです。そして日本経済が、瀕死(ひんし)の重傷に陥っている自覚症状すら、エコノミスト達は感じ取ることが出来なかったのです。

 当時の政治背景としては、自民党の政治家は2月中旬の衆議院選挙で大勝したことに祝杯を上げていた頃で、政界も財界も危機管理意識はなく、全く無防備でした。

 日本人は、まさに「ライオンに、餌を差し出す為に手を伸す呑気(のんき)な兎」でした。腕ごと食いちぎられるか、体ごと丸呑みされるかの、こうした危険すら感じる事もなく、呑気な行動をとっていたのです。

 日本人投資家が、株を買いに奔走している頃、アメリカの金融の裏側ではソロモン・ブラザーズの売り攻勢が激化を極め、これまでジリ安で状態であった株価は、一挙に大暴落へと転じました。バブル崩壊の引き金はこの時に引かれたのです。

ついに1990年2月末には、膨らむだけ膨らんだバブルは、日経平均15,000円台を大幅に割れ込みました。一挙に大暴落が起こったのです。

 ソロモン・ブラザーズの秘密兵器はデリバティブでした。

 デリバティブは説明の通り、現物と先物との価格差を狙った「サヤ取り」であり、「裁定取引」と「オプション」で、日本の株価は下落したら大儲けという派生商品です。この派生商品を、至る処に仕掛けておいて、株価を自由に操ったのです。バブル崩壊の大暴落は証券会社のみならず、大蔵省までを翻弄(ほんろう)の渦に巻き込んだのです。

 この巧妙な仕掛けでソロモン・ブラザーズは、僅か三年の研究とその実行で、一兆円にも昇る莫大な利益を手にしたのです。

 そしてこの後、日本では更に悲惨な状態が続くことになります。

 日経平均株価の大暴落は、株式市場の株価下落だけに止まらず、不動産の分野にも悪影響が及びます。この悪影響は、政府が不動産融資へのマネー供給を停止するという事から始まり、今まで高騰(こうとう)を見せていた大都市の不動産の資産価値が急速に下落したことでした。

 この現象は大都会だけに止まらず、地方にまで波及していきます。不動産の資産価値が下落するとは、それを担保にしていた金融機関の担保価値も大幅に減少したということになります。こうして不良債権の波及が表面化するのです。

 これに対して政府の後手政策は、次から次へと傷口を広げ、日本の資産とマネーの急速な収縮は、今日に見る不景気と連動し始めることになります。
 昇り詰めたものは、いずれ落ちる。これは物事の道理です。この道理に随(したが)い、ソロモン・ブラザーズは、次のプロセスへと準備にかかります。

ソロモン・ブラザーズの真の目的は、ただ単に、日経平均株価を下落させて大儲けすることだけではなかったのです。彼等の真の目的は、日本人の個人金融資産の1300兆円にも上る郵貯(郵便局で取り扱う国営の貯金事業で、元金・利子の支払いは国によって保証される)の食い潰しでした。日本のエコノミスト達は、この事すらも見抜けなかったのです。

 ソロモン・ブラザーズが研究の末に計画した事は、こうした下落が生じた時、政治家はもとより、財界人を始めとして、証券会社等が「これを何とかしろ」と、政府に詰め寄り、殺到することを計算に入れていたのでした。これこそ彼等の真の目的であり、ここに「日本発世界大恐慌」を画策した真の狙いが、ここにあったのです。
http://www.daitouryu.com/iyashi/shinizama/shinizama20.html


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その昔、日本は国民総ででバブルに踊った時代がありますたね。
バブルを起こして潰す。奴らの詐欺手口の最たるものですた。
バブルがはじけて今では失われた10年と言われていますが、今だに日本経済はその後遺症を引きずっています。自殺者はバブル崩壊から毎年3万人。今だにその数は変わっていません。

その手口を見れば分かるのですがいつもワンパターンです。
最初は甘い話でカモを釣る。こうやれば儲かりますよ。おいしい話でカモを誘います。

そしてころ合いを見計らって真っ逆さまに突き落とす。詐欺師の典型的なパターンです。

最初に奴らはバカスカ札束を刷って、バブルを引き起こす。銀行は貸して貸して貸しまくる。株に投資すれば儲かるよ。土地を買えば儲かるよ。そしてカモが罠にかかったころ合いで急に蛇口を閉める。貸し渋りをやるわけです。
これをやられたら投資家はいきなり資金難に陥ります。そして、資金難に陥ったカモ達から担保として株、土地、あらゆる資産を奪い取るのです。昔からやっていることは同じです。

いい加減気付いたらどうかと思うのですが、今だに引っ掛かっている人がいます。


その当時の日銀総裁であった澄田智(すみださとし)と言う方をご存じでしょうか。日銀退官後は日本ユニセフ協会の会長などをやっていた方です。

澄田さんがバブル潰しの張本人と言われています。
プラザ合意以降、5%だった金利を2.5%に下げ、銀行は貸して貸して貸しまくった。その当時は、黙ってても銀行が頭を下げて貸しに来たという話は誰でも覚えているはずです。そういうジャブジャブ溢れた資金が株や不動産に流れ込んだ。借金しても金利は安いし土地や株を買えば値上がりするしで猛烈なバブルが起きたのですた。

そしてバブルが膨らみきったころ合いを図って、澄田さんはいきなり公定歩合を8%、長期金利は 10%まで引き揚げた。蛇口を閉めたのですた。借金すると金利が高い。値下がりリスクのある株や不動産よりも安全な銀行預金の方が良いということで投資家は一斉に株と不動産から資金を引き上げた。土地や株は一気に値下がり=バブル崩壊と言われています。

バカスカ金を貸し出して狂乱状態を作ってからブルを破裂させる。
その後には膨大な焼け野原、不良債権の山だけが残る。
それを二束三文で奴らが買い叩く。
昔からの手口。ばればれの三文シナリオだったのですた。

さて、それにしても、そのバブル潰しの張本人澄田さんはどのような経歴の持ち主だったのでしょうか。

澄田さんと言えばフランスに留学した留学組で、その後ベルギー大使館、フランス大使館の一等書記官からキャリアをスタートしたエリート官僚ですた。
そしてその後は、順調に大蔵省で出世して日銀総裁になっています。
澄田さんとフランス財界のつながりはお父様の代から囁かれていますた。


澄田智さんは、日銀総裁を辞めた後、ロスチャイルド・フランスの旗艦、投資銀行ラザール・不レールに最高顧問として天下りしています。

ちっとはカモフラージュでもして隠せと思うのですが、親子二代に渡って奴らの充実な部下だったという、そのまんまの経歴の持ち主ですた。
http://goldentamatama.blog84.fc2.com/


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2005年11月30日
最近、株価が上昇してますが、日本経済に株価が上昇するようなファクターがあったっけかな?と不思議に思っていました。GENDAI NETに気になる記述を見つけました


10月23日(日)の「がっちりマンデー!!」という民放番組を見ていると、ゲストに当時の竹中蔵相を招いて「竹中大臣の新日本経済入門U」みたいなのをやっていました(リンク)。

その番組中で竹中前蔵相は、「それを私の口から言ってしまうと問題がある」とは言いつつもニヤニヤしながら“これから投資の時代ですよ〜”、みたいなニュアンスを醸し出していました。民放とつるんで、朝からTV漬けの主婦など(竹中氏曰く“IQが低い”←リンク)の層を個人投資家として株式市場に参加させ、バブルを起こさせようというのが狙いか?と疑ってしまいます。それでも個人投資家のシェアは15年前から7%程伸びただけというのが実情。

注目はやはり、15年間で4倍にも跳ね上がって、いまやシェアの半分になろうとしている外国人投資家の方でしょう。日本の株式市場なのに、国内機関投資家のシェアがたったの3%以下(信託入れても12%)なのに、外国人投資家が46.7%もあるというのも、いかにも異常な感じがします。

国内機関投資家は、体力が無いのと前回のバブルでひどい目にあったので“羹に懲りて膾を吹く”みたいなことでシェアが少ないのかもしれませんが、個人投資家はしっかり37%のシェア。もしかして彼らは、バブルを経験していない(orその当時ひどい目に遭わなかった?)新興の勢力なのかもしれません。だとしたら、外国人投資家にとっては、投資にそれほど慣れていない(でも、「もうからへんかいな〜」と甘い夢を見ている)連中は恰好の“カモ”に映っているのではないでしょうか(実際、投資経験の浅い学生や主婦がデイトレを始める中心層とよく聞きます)。

もしそうだとすると、いやな予感が脳裏をよぎります。

彼らの投資資金は、海千山千の外国人投資家に揺さぶりをかけられて丸ごと持っていかれる…というシナリオなのではないでしょうか。

1994年:メキシコをはじめとする中南米バブル、1997年:東南アジアバブル、1998年ロシア金融危機など、次々と各地でバブルを演出し、そのたびに自分達だけがっぽり儲けて、地元の経済や社会をボロボロに破壊し、そこに付けこんでIMFを介して世界各国の経済支配を強化してきた勢力がいます(参照:17664、リンク)。

今回は、小泉首相をはじめ官庁やマスコミまでがグルになって旗を振って、国民を道連れにバブルに突き進もうとしているかのように見えます。私達は、それらの勢力やエコノミストたちの戯言に惑わされて、前回のバブル崩壊や中南米・アジアと同じ轍を踏むようなことはあってはならないと思います。
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=101985


http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/782.html#c5

[近代史4] 天皇一族は何故日本を滅ぼそうとしているのか? 中川隆
2. 中川隆[-12907] koaQ7Jey 2020年4月27日 12:54:12 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[22]

>>1
>天皇制と奥の院の共通点とは・・・「すべて裏から支配」


つまり、

江戸時代までの奥の院は秦氏と藤原氏
明治以降の奥の院はJPモルガンとロックフェラー

という事ですね:


明治維新以降、日本は大陸侵略の拠点であり、日本人はアングロ・サクソンの傭兵としての側面がある。明治維新によって安藤昌益を生んだ徳川時代は終わり、大陸を侵略する天皇制の明治時代が始まる。
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2019.07.07
自由な海上輸送を許さないアングロ・サクソンの長期戦略
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201907070000/


 イランが運行するタンカー「グレイス 1」をイギリスの海兵隊がジブラルタル沖で拿捕した。シリア向けの石油を運んでいる疑いが拿捕の理由だというのだが、それはイギリスやアメリカの勝手な言い草であり、海賊行為以外の何物でもない。


 ちなみに、ジブラルタルはイベリア半島の南端近くにあり、地中海と大西洋を結ぶ狭い通路。そこをイギリスが占領、領土としている。海運を支配する一環だ。


 かつて、中国から西アジアを経由して地中海へ至るシルク・ロードという交易ルートがあったが、物流の中心はやはり海運だった。その海路を支配することで勢力を伸ばした国のひとつがイギリスである。海路を支配するということは、自由な航行を許さないということでもある。


 その戦略を体系化したのがハルフォード・マッキンダーというイギリスの学者。1904年に世界制覇のため、ユーラシア大陸の沿岸地域を制圧して内陸部を締め上げていくという戦略を発表している。


 マッキンダーは世界を制覇するためにロシアを支配する必要があると考えた。ロシアには耕作地が広がり、19世紀には領内で油田が発見された資源国であり、国民の教育水準も高い。ロシアの南にある中国も古くから栄え、莫大な資産が蓄えられている。


 ロシアや中国を締め上げるため、マッキンダーは西ヨーロッパ、パレスチナ、サウジアラビア、インド、東南アジア諸国、朝鮮半島をつなぐ内部三日月帯を、その外側に外部三日月地帯を想定した。


 内部三日月帯を海路でつなぐためにスエズ運河がイギリスにとっていかに重要かということは言うまでもないだろう。地中海からスエズ運河を通って紅海へ入り、そこからインド洋へ抜ける際に通過するアデン湾はアラビア半島の南端(イエメン)とアフリカの角(ソマリア)に挟まれている。


 マッキンダーが想定する内部三日月帯はアラビア半島を通過しているが、かつて、そこにイギリスの拠点はなかった。そしてイギリスはイスラエル(1948年)とサウジアラビア(1932年)を作る。その三日月帯の東端に日本はある。大陸を侵略する拠点として格好の場所だ。


 イギリスは19世紀から中国(清)を食い物にしようとしてきた。そして実行されたのが1840年に勃発したアヘン戦争と56年に始まった第2次アヘン戦争だ。


 前にも書いたことだが、アヘン戦争と第2次アヘン戦争でイギリスは勝利したものの、内陸部を支配する戦力がない。アヘン戦争に投入されたイギリス軍は5000名。7000名はインドの兵士だった。第2次アヘン戦争でイギリス軍は兵士の数を増やしたが、それでも1万3127名。フランスから7000名ほどが参加している。


 要するに、イギリスは戦力が圧倒的に不足している。そこで目をつけられたのが日本だ。明治維新はそうした側面から考える必要がある。ちなみに日清戦争で日本軍は24万人が投入された。明治維新以降、日本は大陸侵略の拠点であり、日本人はアングロ・サクソンの傭兵としての側面があるのだ。明治維新によって安藤昌益を生んだ徳川時代は終わり、大陸を侵略する天皇制の明治時代が始まる。


 イギリスがアヘン戦争を仕掛けたのは資本主義が破綻したからにほかならない。資本主義は富を循環させるのではなく集中させる。必然的に貧富の差が拡大し、経済は持続できない。そこで国外で略奪するしかないのだ。世界市場の形成、原料の入手と言えば聞こえは良いが、押し売りと略奪だ。押し売りの商品の中には麻薬も含まれている。


 今回のタンカー拿捕はアメリカが東シナ海や南シナ海で展開している軍事行動の性格も示している。中国などアメリカに楯突く国の海上輸送をいつでも断ち切れる体制を確立したいということだ。日本はその手先にされている。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201907070000/

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2019.07.03
独立記念日を祝うアメリカ国民だが、独立宣言を忘れているようだ 《櫻井ジャーナル》
 7月4日はアメリカの独立記念日である。1776年7月4日に独立宣言が採択されたことを記念して定められたのだ。


 ヨーロッパからの植民者がイギリスからの独立を宣言したのだが、その執筆者はトマス・ジェファソン。「すべての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている」と謳っている。


 宣言に署名した人びとが何を考えていたかはともかく、宣言にある「人間」に制限はついていない。すべての人間は人種、民族、性別、思想、信仰、身分、家柄などに関係なく平等であり、人間としての権利を持っているということだ。


 当然、生まれながらに持っている能力を発揮するために必要な環境がすべての人間に保証されなければならない。人種、民族、性別、思想、信仰、身分、家柄などによって、そうした環境に差があってはならない。安心して生活でき、教育を受けることができ、働くことができなければならない。


 こうした権利を保障しない政府を人びとは「改造または廃止し、新たな政府を樹立し、人民の安全と幸福をもたらす可能性が最も高いと思われる原理をその基盤とし、人民の安全と幸福をもたらす可能性が最も高いと思われる形の権力を組織する権利を有する」と独立宣言は主張している。


 さらに、「権力の乱用と権利の侵害が常に同じ目標に向けて長期にわたって続き、人民を絶対的な専制の下に置こうとする意図が明らかであるときには、そのような政府を捨て去り、自らの将来の安全のために新たな保障の組織を作ることが人民の権利であり義務である」ともしている。


 アメリカでは19世紀に「泥棒男爵」と呼ばれる人びとが出現した。不公正な手段で財産を手に入れ、巨万の富を築いた人たちだ。石油業界を支配することになるジョン・D・ロックフェラー、金融帝国を築いたJ・P・モルガン、鉄鋼業界のアンドリュー・カーネギー、ヘンリー・クレイ・フリック、鉄道のエドワード・ヘンリー・ハリマン、金融や石油で財をなしたアンドリュー・W・メロンなどが含まれている。


 こうした人びとの権力が強大化する切っ掛けになった出来事が1913年12月にあった。連邦準備制度が創設され、連邦準備理事会が金融政策の樹立と遂行を監督、12の連邦準備銀行が政策を実行することになったのだ。このシステムを支配するのは富豪たちだ。


 連邦準備制度を作るための秘密会議が1910年11月にジョージア州のジキル島で開かれている。会議に参加したメンバーはクーン・ローブやJPモルガンの使用人やジョン・D・ロックフェラー・ジュニアの義父、つまりロスチャイルド、モルガン、ロックフェラーの代理人たちだった。こうした人びとがアメリカの通貨を発行する特権を持つことになる。


 こうした富豪が拠点にしている場所がウォール街やシティ。そこの住人に立ち向かった大統領もかつてはいた。フランクリン・ルーズベルトやジョン・F・ケネディたちだ。


 ルーズベルトは1932年の大統領選挙で勝利したのだが、その時にライバルだったハーバート・フーバーは現職の大統領。スタンフォード大学を卒業した後、鉱山技師としてアリゾナにあるロスチャイルドの鉱山で働いていた人物。政治家になってからはウォール街から支援を受けていた。


 そのフーバーとは違い、ルーズベルトは労働者の権利を認めてファシズムに反対するニューディール派を率いていた。そのルーズベルトをウォール街は嫌った。


 本ブログでは繰り返し書いてきたが、1933年から34年にかけてウォール街の大物たちはニューディール派を排除するためにクーデターを計画する。そのため、軍の内部で大きな影響力を持っていた海兵隊のスメドリー・バトラー退役少将を抱き込もうとするのだが、失敗してしまう。計画の内容はバトラー、そしてバトラーと親しかったジャーナリストが議会で証言、記録として残っている。


 クーデターで中心的な役割を果たしたのはJPモルガンだったとされているが、その総帥であるジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアの妻のいとこ、ジョセフ・グルーは1932年に駐日大使として来日している。


 ちなみに、JPモルガンの共同経営者だったエドワード・ストーテスベリーと結婚したエバ・ロバーツ・クロムウェルの娘の夫はダグラス・マッカーサーである。


 グルーは皇族を含む日本の支配層に強力なネットワークを持つ人物で、特に松岡洋右と親しかった。松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父にあたる。


 日本軍が真珠湾を奇襲攻撃して日本とアメリカが戦争を始めてしばらくの間、グルーは日本に滞在。離日したのは1942年8月だが、その直前に彼がゴルフをした相手は岸信介だ。大戦後、日本の進む方向を決めたジャパン・ロビーの中心にもグルーはいた。グルーが親ファシスト勢力に属していたことを忘れてはならない。


 すでにアメリカでは強大な私的権力が国を上回る力を持っている。その結果、「権力の乱用と権利の侵害が常に同じ目標に向けて長期にわたって続き、人民を絶対的な専制の下に置こうとする意図が明らか」になっていると言える。


 2011年9月11日以降、アメリカでは国外での侵略戦争、国内での刑務所化が急速に進んでいる。アメリカの属国である日本もその後を追っている。そうした現状を見ながら、「それでもアメリカは民主主義国だ」とか「それでもアメリカの方がましだ」という「左翼」、「リベラル派」、「革新勢力」が日本にはいる。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201907030000/


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櫻井ジャーナル 2019.06.27
19世紀から中国を手に入れようとしているアングロ・サクソンにとって日本は重要
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201906250000/
 アメリカの支配層は自分たちの意に沿わない国、組織、人物をさまざまな手段を使い、攻撃してきた。1991年12月にソ連が消滅するまでは一応、国連を尊重していたが、それ以降は単独行動主義を打ち出している。日本では国連中心主義を主張していた細川護煕政権が潰されてしまった。1994年4月のことである。


 勿論、細川政権が成立するはるか前から日本とアメリカは軍事同盟を結んでいた。日米安保条約だ。この条約によってアメリカ軍は日本占領が認められている。アメリカが日本を占領し続けたい理由は、日本が侵略のための重要な拠点だからだ。その日本がより積極的にアメリカの戦争に加担することを求められたのである。


 細川政権が設置した諮問機関の防衛問題懇談会はその年の8月に「日本の安全保障と防衛力のあり方(樋口レポート)」というタイトルの報告書発表したが、ネオコンはこの報告書を問題視する。国連中心主義に基づいて書かれていたからだ。


 このレポートを最初に問題だと主張したのはマイケル・グリーンとパトリック・クローニン。ふたりはカート・キャンベル国防次官補(当時)を説得してジョセイフ・ナイ国防次官補(同)らに自分たちの考えを売り込む。そしてナイは1995年2月に「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表。そこには在日米軍基地の機能を強化、その使用制限の緩和/撤廃が謳われていた。ナイ・レポートを境にして日本はアメリカの戦争マシーンへ組み込まれていく。


 そうした動きを後押しする出来事も引き起こされた。例えば1994年6月の松本サリン事件、95年3月の地下鉄サリン事件、その直後には警察庁長官だった國松孝次が狙撃されている。國松は1994年7月に城内康光から引き継いでいた。1995年8月にはアメリカ軍の準機関紙と言われるスターズ・アンド・ストライプ紙が日本航空123便に関する記事を掲載、その中で自衛隊の責任を示唆している。


 その一方、日本の支配システムを揺るがす出来事も相次ぐ。株式相場の暴落直後の証券スキャンダルでは興銀と東洋信金が関係した不正取引も明らかになった。この取り引きはマネーロンダリングだったという疑いも持たれている。1995年の大和銀行ニューヨーク支店の巨額損失発覚、98年には長銀事件だ。銀行の業務には大蔵省(現在の財務省)が深く関与、不正行為に官僚が無関係だとは言えないだろう。この推測が正しいなら、アメリカの支配層は日本の金融システムの弱みを握り、自由に操る体制ができたと言える。


 第2次世界大戦の終盤、1945年4月にアメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領は急死、ホワイトハウスの主導権はウォール街が奪還して大統領はハリー・トルーマンになる。


 トルーマン政権は中国に国民党政権を樹立しようとするが、失敗。破壊工作機関のOPCも1949年には拠点を上海などから日本へ移動させている。その年に国鉄を舞台とした怪事件、つまり下山事件、三鷹事件、松川事件が引き起こされたのは興味深い。


 中国は19世紀にイギリスから侵略されている。1840年に勃発したアヘン戦争と56年に始まった第2次アヘン戦争だ。香港はその時にイギリスが中国から奪った場所。その後、略奪の拠点として機能する。イギリスやアメリカが香港を手放そうとしないのはそのためだ。アメリカが麻薬取引と深く関係していた蒋介石の国民党に肩入れしたのもそうした背景が影響しているのだろう。


 アヘン戦争と第2次アヘン戦争でイギリスは勝利したが、それは海戦。運輸の中心である海をイギリスに押さえられた中国は苦境に陥るが、イギリスには内陸部を支配する戦力はない。アヘン戦争に投入されたイギリス軍は5000名。7000名はインドの兵士だ。第2次アヘン戦争でイギリス軍は兵士の数を増やしたが、それでも1万3127名。フランスから7000名ほどが参加している。


 圧倒的にイギリスは戦力が不足している。そこで目をつけられたのが日本。明治維新はそうした側面から考える必要がある。ちなみに日清戦争で日本軍は24万人が投入された。明治維新以降、日本は大陸侵略の拠点であり、日本人はアングロ・サクソンの傭兵としての側面がある。


 この構図が揺らいだのはフランクリン・ルーズベルトが大統領だった1933年3月から45年4月。当時、日本を支配していたウォール街がホワイトハウスの主導権を奪われていたのだ。ただ、それでも1932年にJPモルガンの中枢にいたジェセフ・グルーが駐日大使になっている意味は小さくない。なお、大戦後に日本の進路を決めたジャパン・ロビーの中心にもグルーはいた。GHQや吉田茂は日米主従構造において脇役にすぎない。主役はウォール街と昭和天皇だ。戦争が終わった直後、ウォール街の代理人を務めていた人物がジョン・フォスター・ダレスにほかならない。


 アヘン戦争以降、アングロ・サクソンにとって東アジアで最も重要な侵略ターゲットは中国。現在、中国と同盟関係にあるロシアも重要な獲物だ。1991年12月にソ連が消滅した直後に作成されたウォルフォウィッツ・ドクトリン、アメリカが唯一の超大国になったと認識したネオコンが描いた世界制覇プランを実現するためにもアメリカは中国とロシアを屈服させる必要がある。そのプランを放棄しない限り、ドナルド・トランプがどのようなことを書き込もうと、彼らが日米安保条約を放棄することはありえない。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201906260000/

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2019.05.02
日本で天皇の代替わり儀式が行われる中、米政府はベネズエラでクーデターに失敗
 日本のマスコミは天皇が退位する、即位すると騒いでいる。彼らにとって天皇とは「至高の存在」なのだろう。日本は第2次世界大戦で降伏する前と同じように天皇制官僚国家であり、その元首は天皇だということである。


 しかし、徳川時代の天皇は忘れ去られた存在だった。当時の天皇は生活に困窮し、短歌を売っていたという話を聞いたこともある。徳川の拠点である江戸に住む人びとが「公方様」として意識していたのは徳川家だ。


 その忘れられた天皇を発掘し、徳川に代わる体制の象徴にしようとした人びとがいた。その人びとによって現在の天皇制、明治王朝が誕生した。その後ろ盾がイギリスの支配層だ。


 徳川から明治へ移行する時期、つまり明治維新の頃、イギリスはビクトリア女王が君臨していた。心霊術にのめり込んでいた人物として知られている。


 女王は夫のアルバート(ドイツのザクセン・コーブルク・ゴータ公の次男で、夫妻はいとこの関係)からアドバイスを受けていたとされているが、それ以上に影響力を持っていたと思われるのがネイサン・ロスチャイルド、セシル・ローズ、ウィリアム・ステッド、レジナルド・ブレット(エシャー卿)、アルフレッド・ミルナー(ミルナー卿)など。


 言うまでもなくロスチャイルドは強大な金融資本の支配者でローズのスポンサー。ステッドはジャーナリストで、ブレッドはビクトリア女王の相談相手だ。後にブレッドはエドワード7世やジョージ5世の顧問を務めることになる。


 当時のイギリスはいわゆる産業革命で生産力が上がったものの、商品が思うように売れない。国内では貧富の差が拡大、民の貧困化が深刻になる。そこで始めたのが麻薬取引と侵略戦争。中国(清)の富を奪うためにアヘン戦争を始めたのが1840年。その年にビクトリア女王とアルバートが結婚している。イギリスが「世界経済の覇者」と呼ばれるようになるのはそれ以降だ。大英帝国とは侵略と略奪で成り立っていた。


 中国より前にイギリスが植民地化していたインドでは1857年に傭兵(セポイ)が武装蜂起、一般のインド人を巻き込んで大反乱になった。鎮圧されたのは1859年。その年にアヘンと武器の取り引きで大儲けしていたジャーディン・マセソンは日本へふたりのエージェントを送り込む。ひとりは歴史小説で有名なトーマス・グラバーで、赴任地は長崎。もうひとりはジャーディン・マセソンの創設者一族に属すウィリアム・ケズウィックで、赴任地は横浜。


 明治政府は1872年の琉球併合から台湾派兵、江華島事件、日清戦争、日露戦争というように東アジア侵略を開始、その背後にはイギリスが存在していた。日本人はイギリスの支配者に操られていたと言える。


 そのイギリスは1899年からボーア戦争(南アフリカ戦争)を開始、金やダイヤモンドを産出する南アフリカを制圧する。その直前に南アフリカではダイヤモンドが発見され、その利権に目をつけたイギリスの支配者たちが引き起こした戦争だった。後に首相となるウィンストン・チャーチルもこの戦争で頭角を現している。この戦争で世界の金をイギリスが支配するようになり、金本位制を採用する国々の通貨も支配できるようになった。


 ちなみにチャーチルは貴族階級の家に生まれたが、父親のランドルフ・チャーチルは甘やかされて育ったプレーボーイで、46歳のときに梅毒が原因で死亡している。


 生前、ランドルフはネイサン・ロスチャイルドから多額の借金をしていたことでも知られ、その額は現在の価値に換算すると数百万ポンド、つまり数億円。いくらでも借りられたという。ランドルフがロスチャイルドを裏切らない限り、借金は返済する必要がなかったようだ。


 ネイサン・ロスチャイルドと親しい関係にあったジョージ・ピーボディーは銀行を経営していたが、そのパートナーがジュニアス・モルガン。その息子がジョン・ピアポント・モルガンだ。ネイサンはこの若者をアメリカにおけるビジネスの責任者にしている。そして巨大銀行のJPモルガンが生まれる。関東大震災以降の日本に大きな影響力を及ぼすことになるのはこのJPモルガン。


 この銀行が中心になり、アメリカでは1933年から34年にかけてフランクリン・ルーズベルト政権を倒し、ファシズム体制を樹立させようというクーデターが計画されている。


 そのJPモルガンが駐日大使として日本へ送り込んできたのがジョセフ・グルー。本ブログでは繰り返し書いてきたが、グルーと親しかった日本人には秩父宮、松平恒雄、徳川家達、樺山愛輔、牧野伸顕、吉田茂、岸信介、松岡洋右などが含まれる。中でも親しかったのは松岡。戦争が始まり、離日する直前にグルーがゴルフした相手は岸だ


 要するにイギリスとアメリカの金融資本はつながっているのだが、その金融資本を中心とする支配層がベネズエラの石油を狙っている。


 4月30日にもクーデターが試みられたが失敗、フアン・グアイドと反政府派の象徴になっているレオポルド・ロペス(2014年のクーデター未遂で自宅軟禁中だったが、クーデター派によって解放されていた)はスペイン大使館へ逃げ込み、クーデターに参加した兵士25名はブラジル大使館へ逃げ込んだ。


 クーデタの失敗を受け、アメリカのマイク・ポンペオ国務長官はメディアに対し、ベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領は航空機でキューバへ逃げようとしていたが、ロシアの説得で留まったと主張している。実際はごく狭い地域で混乱があっただけで、基本的に国内は安定、逃亡するような状況ではなかった。ポンペオは失笑を買っただけ。


 アメリカ支配層が発する嘘の質が急速に劣悪化している。アメリカを中心とする支配システムの崩壊は早いかもしれない。アメリカの支配システムが崩れれば、日本の天皇制官僚制も維持できなくなる。
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2019.04.02
天皇制官僚国家の象徴としての「元号」
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201904020000/

 安倍晋三政権は4月1日、新しい「元号」を「令和」にすると発表した。元号の法的な根拠は1979年に成立した「元号法」だが、その前提として天皇制がある。その天皇制については日本国憲法の第1条から第8条で定められ、いわゆる「戦争の放棄」を定めた第9条はその後だ。この順番から考えて、日本国憲法の主眼は天皇制の維持にあると言えるだろう。


 この憲法は「日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこ」んだ天皇が「枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第73条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し」て、1946年11月3日に公布したものである。


 第2次世界大戦でアメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領は反ファシストの立場から戦っていたが、1933年から34年にかけての時期にルーズベルトを中心とするニューディール派を排除し、ファシズム体制を樹立させようとした勢力がアメリカ支配層には存在した。その中心だったのは巨大金融資本だ。


 本ブログでは何度も書いてきたが、1923年9月に起こった関東大震災の復興資金をJPモルガンに頼って以来、日本はアメリカの巨大金融資本の強い影響下に入った。


 ウォール街の住人たちは反ルーズベルト政権のクーデター計画でも金本位制への復帰を強く求めていたが、日本政府に対しても同じことを要求、受け入れられた。JPモルガンに言われるまま、浜口雄幸政権は緊縮財政も推進する。その時に大蔵大臣を務めていたのが井上準之助だ。


 この結果、不況はますます深刻化し、東北地方では娘の身売りが増えて大きな社会問題になっている。こうした経済政策を推進した浜口首相は1930年11月に東京駅で銃撃されて翌年の8月に死亡、32年2月には井上が本郷追分の駒本小学校で射殺されている。


 1932年に駐日大使として日本へやってきたジョセフ・グルーがJPモルガンと極めて緊密な関係にあることも本ブログで繰り返し書いてきた。グルーの従兄弟がジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア、つまりJPモルガンの総帥と結婚していたのである。しかも、グルーの妻の曾祖父の弟は「黒船」で有名なマシュー・ペリーだ。


 グルーは秩父宮、松平恒雄、徳川家達、樺山愛輔、牧野伸顕、吉田茂、岸信介などと昵懇にしていたが、中でも親しかったのは松岡洋右。戦争が始まり、離日する直前にグルーが岸とゴルフしたことも有名な逸話だ。安倍晋三の祖父は大戦前からアメリカの支配層と親しかったのである。敗戦後に「転向」したわけではない。


 戦前の天皇制官僚システムはウォール街の影響下にあった。ところが1933年から45年4月にルーズベルト大統領が急死するまでそのウォール街はホワイトハウスで主導権をニューディール派に奪われていた。ルーズベルトの死で日米主従関係は本来の姿に戻ったと言える。ウォール街が天皇制を存続させようとしたのは当然だ。その体制によって彼らは日本を支配していたからだ。それを攪乱させたのが血盟団や二・二六事件の将校たちだった。


 しかし、連合国の内部には天皇制官僚システムを破壊するべきだと考える人も少なくなかった。日本軍と直接戦ったイギリスやオーストラリア、そしてソ連。日本が降伏した直後はアメリカが日本をコントロールできる状態だったが、時間を経ればそうした国々の軍人や官僚が日本へやってきて民主化を要求、天皇制の廃止も主張する可能性が高い。それに留まらず、天皇の戦争責任は必ず問われる。


 日本の侵略を受けていた国々の人びとは、そうした軍人以上に厳しい目を向けていた。日本が降伏した直後、堀田善衛は上海で中国の学生から「あなた方日本の知識人は、あの天皇というものをどうしようと思っているのか?」と「噛みつくような工合に質問」されたという。(堀田善衛著『上海にて』)


 天皇制官僚システムを維持するためには、アメリカが日本で主導権を握っているうちに天皇制の存続を定めた憲法を制定し、天皇を被告席に立たせずに戦争責任を問う裁判を終わらせてしまう必要があった。それをアメリカは実行した。


 第2次世界大戦の帰趨が決したのは1944年6月にアメリカ軍を中心として実行されたノルマンディー上陸作戦(オーバーロード作戦)だと考えてる人が高名な学者の中にもいるが、実際はドイツ軍の主力がスターリングラードの戦いで壊滅、1943年1月に降伏した時に勝負はついていた。ノルマンディー上陸作戦で決着がついたという話はハリウッドが作り上げた幻影だ。


 アドルフ・ヒトラーの側近だったルドルフ・ヘスが飛行機でスコットランドへ渡ったのが1941年5月。そこでイギリス政府の要人と何かを話し合ったはずだが、その内容は未だに秘密。そして6月に310万人のドイツ軍が西側に90万人を残してソ連へ向かって進撃を開始する。バルバロッサ作戦だ。


 当然のことながら、このときにドイツ軍の首脳は西部方面を防衛するために東へ向かう部隊に匹敵する数の将兵を配備するべきだと主張したが、アドルフ・ヒトラーがそれを退けたとされている。(David M. Glantz, The Soviet-German War 1941-1945,” Strom Thurmond Institute of Government and Public Affairs, Clemson University, October 11, 2001)ヒトラーは西側から攻めてこないことを「予知」していたのだろう。


 ドイツ軍の主力が壊滅したことに驚いたアメリカとイギリスは急遽会談し、1943年7月に米英軍はシチリア島へ上陸、そしてノルマンディー上陸作戦だ。それと同時に西部戦線で戦っていたレジスタンスに対抗するため、OSSはゲリラ戦部隊ジェドバラを組織、それが大戦後、CIAの秘密工作部門になる。


 それまで傍観していた米英軍が慌てて動き始めたのだが、それと並行してドイツ側はOSS(CIAの前身)と盛んに接触するようになる。こうした接触はルーズベルト大統領には秘密にされていた。


 OSSのアレン・ダレスたちが接触した相手にはSA(突撃隊)を組織したヘルマン・ゲーリングも含まれ、ダレスたちは彼を戦犯リストから外そうとしたのだが、失敗した。(David Talbot, “The Devil’s Chessboard,” HarperCollins, 2015)


 しかし、ナチスの大物たちをアメリカ支配層は保護、逃亡させ、後に雇っている。その逃走にローマ教皇庁の一部勢力が参加していたことも広く知られている。


 日本では天皇制が存続、内務官僚、思想検察、特別高等警察といった治安体制の中枢は戦後も要職に就いた。「国体」は護持されたのだ。護持したのはウォール街である。


 大戦後、日本占領の中枢だったGHQ/SCAP(連合国軍最高司令官総司令部)の中にも天皇を中心とする侵略戦争の象徴である靖国神社の焼却を主張した将校が多かったのだが、焼かれなかったのは、ローマ教皇庁が送り込んでいたブルーノ・ビッターが強く反対したからだという。ビッターは闇ドルにも手を出していた人物で、CIAのエージェントだったと見られている。靖国神社とCIAには何らかの関係があるのだろう。

(朝日ソノラマ編集部『マッカーサーの涙』朝日ソノラマ、1973年)
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2019.03.04
非核化で朝鮮側が米国側との交渉に熱意をなくしても不思議ではない(1/2)
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 朝鮮側から流れている情報によると、金正恩労働党委員長はドナルド・トランプ米大統領との朝鮮半島の非核化を目的とした交渉に興味を失った可能性があるという。


 アメリカの支配層と話し合っても意味はないと言う人もいるが、それは彼らに歩み寄るという発想がなく、交渉とは自分たちの意向に従うかどうかだからだ。しかも約束を守らない。朝鮮が交渉を続けるとしたなら、それは交渉自体に意味がある場合だけだろう。


 本ブログでは繰り返し書いているように、アメリカやイギリス、つまりアングロサクソン系の国々の支配層は20世紀初頭にハルフォード・マッキンダーがまとめたハートランド理論に基づいて今でも行動している可能性が高い。


 その理論とは世界制覇のためにはロシアを制圧する必要があり、そのためにユーラシア大陸の沿岸部を支配して内陸部を締め上げていかなければならないというもの。


 つまり、西ヨーロッパ、パレスチナ(1948年にイスラエル建国を宣言)、サウジアラビア(サウード家のアラビアを意味するサウジアラビアが登場するのは1932年)、インド、東南アジア諸国、朝鮮半島をつなぐ内部三日月帯を、またその外側に外部三日月帯を想定、内陸部に圧力をかけていこうというわけだ。そうした三日月帯の西の果てがイギリス、東の果てが日本である。


 イギリスは中国(清)を侵略して富を奪うため、1840年から42年にかけてアヘン戦争、56年から60年にかけてアロー戦争(第2次アヘン戦争)を仕掛けて勝利した。麻薬を売りつけるだけが目的ではない。


 戦争の結果、清は広州、厦門、福州、寧波、上海の開港とイギリス人の居住、香港の割譲、賠償金やイギリス軍の遠征費用などの支払いを最初の戦争で認めさせられ、次の戦争では賠償金の支払い、天津の開港、九龍半島の割譲を認めさせられている。香港はイギリスによるアヘン密輸と侵略戦争の象徴だ。


 しかし、当時のイギリス軍に清の内陸部を支配する力はなかった。戦争でイギリス軍が制圧できたのは沿岸の一部地域だけ。内陸を支配するためにはそれなりの規模の地上部隊が必要だった。そこで目をつけられたのが日本だ。


 イギリスを後ろ盾とする薩摩と長州が徳川体制を倒して明治体制をスタートさせ、琉球併合、台湾への派兵、江華島での軍事的な挑発、日清戦争、日露戦争と続くが、これはイギリスの戦略に合致している。明治政府の支配層はそれが自分たちの私的な利益につながると認識していただろう。


 日本は関東大震災でウォール街に君臨していたJPモルガンの影響下に入ったが、この巨大金融資本は歴史的にイギリスのシティを拠点とする巨大資本の支配下にあった。


 アメリカでは1932年の大統領選挙でウォール街と対立していたニューディール派の大統領、フランクリン・ルーズベルトが勝利する。ルーズベルトを生んだ一族は支配層の一角を占めているが、自身が病気で下半身不随になったこともあり、その出身母体から離れたという。1933年から34年にかけてウォール街がニューディール派政権を倒そうとクーデターを計画したのはそのためだ。


 その1932年、つまりウォール街と強う結びついていたハーバート・フーバー政権の最後の年にアメリア大使として日本へ送り込まれたジョセフ・グルーはJPモルガンの総帥の妻の従兄弟。この人物は日本の政界、財界、そして皇族にも太いパイプを持っていた。第2次世界大戦後、日本の進路を決めたジャパン・ロビーの中心はジョセフ・グルーにほかならない。


 ちなみにグルーの妻は少女時代に華族女学校(女子学習院)で学んだことがあり、その曾祖父にあたるオリバー・ペリーはアメリカ海軍の伝説的な軍人で、その弟は「黒船」で有名なマシュー・ペリーだ。(つづく)
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非核化で朝鮮側が米国側との交渉に熱意をなくしても不思議ではない(2/2)
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 アングロ・サクソンの長期戦略は1991年12月にソ連が消滅したことで目的をほぼ達成したように見えた。アメリカの支配層だけでなく、少なからぬ人がアメリカは唯一の超大国になったと信じる。そして1992年2月に作成されたのが潜在的なライバルを潰し、力の源泉であるエネルギー源を支配する戦略。国防総省のDPG草案という形で1992年2月に作成された。


 その当時のアメリカ大統領はジョージ・H・W・ブッシュ、国防長官がディック・チェイニー、国防次官がポール・ウォルフォウィッツ。このウォルフォウィッツが中心になって書き上げられたことからウォルフォウィッツ・ドクトリンとも呼ばれている。


 当然のことながら、アメリカの支配層は属国である日本もこのドクトリンにしたがって政策を変更するように求めてくるが、反応は鈍かった。


 怒ったネオコンは自分たちでプランを作成する。それが1995年2月に発表された「東アジア戦略報告」。国防次官補だったジョセイフ・ナイが書き上げたことからナイ・レポートとも呼ばれている。


 この文書は日本に対して国連中心主義を放棄し、アメリカの単独行動を容認するように求めている。この年に日本はアメリカの戦争マシーンへ組み込まれたのだ。1995年は日本にとって節目となる年だ。


 その直前、1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、ナイ・レポートが発表された翌月の95年3月には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布され(地下鉄サリン事件)、その月の30日には警察庁長官だった國松孝次が狙撃されて重傷を負っている。


 8月27日付けのスターズ・アンド・ストライプ紙には、1985年8月12日に墜落した日本航空123便に関する記事が掲載されたことも無視できない。墜落当時、大島上空を飛行していたアメリカ軍の輸送機C-130の乗組員だったマイケル・アントヌッチの証言に基づく記事で、自衛隊の責任を示唆している。


 アンドヌッチらは上官から口外しないように命令され、10年の間沈黙を守っていたのだが、このタイミングで公表した。この新聞はアメリカ軍の準機関紙であり、アメリカ軍上層部が証言とその証言の掲載を許可、あるいは命令したのだろう。


 1995年に日本はアメリカの戦争マシーンに組み込まれた。沖縄県の普天間基地の返還合意が発表されたのはその翌年の4月。1995年に引き起こされたアメリカ兵による少女暴行事件が理由だとされているが、似たような事件は繰り返されてきたわけで、これは表面的な理由だろう。


 21世紀に入ってロシアはウラジミル・プーチンらによって再独立に成功、ウォルフォウィッツ・ドクトリンの前提は崩れたのだが、このドクトリンも放棄されていない。ドクトリンを軌道に戻すため、アメリカの支配層はロシアや中国に対する攻撃を強めるつもりだろう。


 昨年(2018年)5月に米太平洋軍は米インド・太平洋軍へ名称が変更になった。担当海域が大幅に拡大したわけだ。太平洋の拠点は日本、インド洋の拠点はインド、ふたつをつなぐ役割をインドネシアが担うという。ディエゴ・ガルシア島も重要な役割を果たすことになる。


 中国は一帯一路と呼ばれる政策を推進、ユーラシア大陸の東と西を結びつけようとしているが、これを寸断するためにアメリカはジハード傭兵などを投入して戦争の種を要所要所にまいている。


 南シナ海や東シナ海を中国の船が自由に航行することをアメリカは阻止するつもりだろう。朝鮮半島が鉄道、道路、パイプラインが結びつけられることもアメリカ支配層は受け入れられない。彼らが認める朝鮮半島の統一とは、そこが自分たちの支配地域になる場合だけだろう。朝鮮側がアメリカへ全面降伏する意思がない以上、トランプ大統領と金正恩委員長の交渉が行き詰まるのは必然だったと言える。(了)
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戦前の天皇一族は JPモルガンと、戦後はロックフェラー家と大の仲良し

天皇という力の正体とは?〜ロックフェラーと手を結んだ昭和天皇〜


天皇財閥は、日本株式会社の長として、戦後も変わることなく勢力を維持し続けてきました。

エリート官僚上がりの首相達が、アメリカの意向にそった政治を行ってきたことは、周知の事実ですが、その礎を築いてきたのが、実は昭和天皇とのことです。昭和天皇は、戦後間もなく、ロックフェラー一族との絆を深め、政界にその影響力を及ぼしていたようです。


引き続き、『天皇財閥 皇室による経済支配の構造』から抜粋→転載します。


◆属国・日本の指導者を管理する要員


日本は戦後、こぞってアメリカの軍門に降った。これが戦勝国と敗戦国の関係であり、当然のことであった。同時にそれは日本国の「国策」でもあったのだろう。そのことは、昭和天皇みずから範を示すかのように、息子である皇太子(今上天皇)に、アメリカからの家庭教師をつけたことをみても分かる。「ヴァイニング夫人」と呼ばれたエリザベス・ヴァイニング(1902−1999)である。


ヴァイニング夫人は終戦直後から4年間、英語家庭教師及び学習院講師として皇太子の教育にあたった。熱心なクェーカー教徒であった。敗戦国の君主が、皇太子に、戦勝国からの家庭教師をつけるということは、完全にその国に従属したことを示している。最も、これはアメリカから押し付けられたのではなく、昭和天皇みずからの提案であったとヴァイニング夫人は述べている。

日本滞在時の回想録『皇太子の窓』で、彼女は次のように書いている。


「アメリカ人び家庭教師」というのは、占領軍から押し付けられたのだというような推測がしばしば行われているが、これくらい事実に反するものはない。「アメリカ人の家庭教師」というは天皇御自身が思いつかれたのである。皇太子の教育を委任されている人々とご相談になることさえなく、御自分から進んで申し出られたのであって、まったく先例のないことであった。(『皇太子の窓』31ページ)


では、どのようにしてヴァイニング夫人が選ばれたのか。『皇太子の窓』の記載に寄れば、昭和21年(1946)に訪日したアメリカ教育使節団が皇居を訪れた際に、団長のジョージ・ストダード博士に向って、昭和天皇が皇太子の家庭教師をひとり、世話してもらえないかと声をかけたのが、きっかけだったという。


アメリカ教育使節団とは、日本に民主教育を植え付けることを目的とした使節団である。その報告書「アメリカ教育使節団報告書」は、戦後の日本民主教育の大綱であり、いまだに適用され続けている文書である。戦後の「教育勅語」といってよい。


アメリカ教育使節団はマッカーサーの連合軍総司令部からの要請によって招致された団体であり、日本の軍国主義的教育を一掃する目的があった。もっとはっきり言えば、日本人がこれ以上、アメリカに逆らえないように「洗脳」するのが目的であった。この報告書は『アメリカ教育使節団報告書』として講談社から文庫で出版されており、使節団の全員の名前が記載されている。その中には、当然のように「ロックフェラー財団」の名前も見える。


ロックフェラー財団やフォード財団といったアメリカの「財界」は、戦後の日本に対して「フィランソロピー」、つまり慈善事業として巨額の資金を投入している。このことは『戦後日米関係とフィランソロピー』に詳しい。ただし、それは純粋に善意によるものではなく、長期的な「投資」だった。つまり、日本が今後良好な市場になるように、反米的な教育をしないように、下地をつくっていたのである。


こうして背景を探っていけば、昭和天皇がアメリカの政財界、特にアメリカ最大の財閥であるロックフェラー一族に対して、自らの皇太子の教育を任せたことの意味が分かるだろう。ヴァイニング夫人は、属国の指導者を管理するための要員なのである。


一国のトップの行動は、下々の者たちにも影響を与えるだろう。お上のやることを、下々のものはみな真似をするのである。日本の支配階級が、ほぼ例外なく、アメリカべったりであるのは、このような理由があるのである。


◆天皇財閥最後の総帥、昭和天皇


昭和天皇は、天皇財閥の最後の総帥であった。

昭和50年(1975)に、昭和天皇はアメリカを訪問している。ホワイトハウスで開かれた、フォード大統領夫妻主催の晩餐会で行った、有名な「私が深く悲しみとする、あの不幸な戦争」というスピーチが、日米両国民の胸を打ったというエピソードとして長く語り継がれている。


そして、そのスピーチは「暖かい好意と援助の手をさしのべられたことに対し、貴国民に直接感謝の言葉を申し述べる」と続く。これは、戦後の「天皇外交」により、直接アメリカ財界の代表者であったダレスと談判して今後の日本の体制をつくったのが、昭和天皇であったことを考えれば、みずから決断した事業に対する振り返りであっただろう。


昭和天皇はアメリカ滞在中の10月5日、ニューヨークではロックフェラー三世(1906−1978)邸を訪問している。そして翌日の6日には、ロックフェラー三世主催のジャパンハウスでのレセプションに参加した。


ロックフェラー邸訪問は、大統領との会見などと同じ公式行事ではない。そのために日曜日が選ばれている。このアメリカ訪問の目的、最も重要な目的はこの「非公式行事」にある。それが、ロックフェラー邸訪問であった。朝日新聞社の『天皇のアメリカ ご訪米記念写真集』に収められた隋行記には次のように記されている。


4日夕、ニューヨークのケネディ空港に着き,宿舎ウォルドルフ・アストリア・タワーズに入られた天皇、皇后両陛下は、明けて5日、ご滞米中最初の日曜日を楽しまれた。朝、散歩に出られたセントラルパークでは、待ち受けていた中学生達の日本語のコーラスの輪に囲まれ、お二人とも相好をくずされた。お昼は郊外のロックフェラー家に招待され、投手のロックフェラー三世、弟のロックフェラー副大統領から、家族的なもてなしを受けられた。(『天皇のアメリカ ご訪米記念写真集』89ページ)


ロックフェラー邸では、チェイス・マンハッタン銀行頭取のデイビッド・ロックフェラー氏が「皇居のそばにウチの銀行の東京支店があるからご利用下さい」と申し出たのを「預金ですか、貸し出しですか?」とユーモラスに切り返された。(『天皇のアメリカ ご訪米記念写真集』92ページ)


昭和天皇は、戦前期の天皇財閥の総帥であった。そして戦後の日本においても「象徴」として、「法人」として、日本経済の中枢に存在し続けていた。その天皇が、アメリカを代表する財閥の、統治の党首であるロックフェラー三世(現在の党首は、三世の息子の四世ジェイ・ロックフェラー上院議員)と親しく会っているのである。


おそらく、天皇とロックフェラー三世は初対面ではない。

そのことは、状況証拠から明らかである。それは、昭和26年(1951)の「天皇・ダレス会見」時に、ダレスといっしょに来日したのが、ほかならぬロックフェラー三世だったからである。

ジャーナリスト、松本重治の『昭和史への一証言』はこのように伝えている。


その年(引用者註:1951年)、ジョン・F・ダレスはサンフランシスコ講和条約を結ぶためのアメリカと駆使として日本にやってきますが、その時、ジョン・ロックフェラー三世を連れてきたのです。それはダレスなりの考えがあってのことでした。(中略)日米の文化交流ができないだろうかというわけで、ロックフェラーを連れてきたのです。ロックフェラー自身も、同じ考え方をしていました。(『昭和史への一証言』236ページ)


天皇とロックフェラー三世は、朝鮮戦争さなかの1951年に東京で会っていただろう。そして、ロックフェラー財閥の代理人であるダレスとともに、今後の日本の行方を決定したのである。

昭和天皇は、その返礼のために、四半世紀を経てロックフェラーを訪れた。それは、日本とアメリカを代表する、大財閥の党首同士による約束だったのだろう。
http://www.kanekashi.com/blog/2015/06/4231.html


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戦前の天皇一族は JPモルガンと、戦後はロックフェラー家と大の仲良し


天皇家と国際金融資本との関係

日本にもアメリカ軍の恒久的な軍事基地がいくつもあるが、これは中国やロシアを締め上げるための出撃基地。明治時代から日本はダーイッシュと同じように、アングロ-シオニストの傭兵として扱われてきた。

例外はアメリカでウォール街と対立していたニューディール派がホワイトハウスの主導権を握っていた期間だけだ。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201709250000/


2017.08.26
94年前の9月1日に起こった関東大震災は虐殺事件を引き起こし、日本をJPモルガンの属国にした

8月も終わり、9月を迎えようとしている。

1923年9月1日、日本にとって大きな節目になる出来事が起こった。相模湾を震源とする巨大地震が関東地方を襲い、10万5000名以上の死者/行方不明者を出し、その損害総額は55億から100億円に達したのだ。

震災対策の責任者は朝鮮の独立運動を弾圧したコンビ、水野錬太郎内相と赤池濃警視総監だった。震災当日の夕方、赤池総監は東京衛戍(えいじゅ)司令官の森山守成近衛師団長に軍隊の出動を要請、罷災地一帯に戒厳令を布くべきだと水野内相に進言しているが、その頃、「社会主義者や朝鮮人の放火が多い」、「朝鮮人が来襲して放火した」といった流言蜚語が飛び交いはじめ、翌日の夜に警視庁は全国へ「不定鮮人取締」を打電した。

そうした中、朝鮮人や社会主義者が虐殺され、千駄ヶ谷では伊藤圀夫という日本人が朝鮮人に間違われて殺されそうになる。伊藤圀夫はその後「千駄ヶ谷のコリアン」をもじり、千田是也と名乗るようになった。アナーキストの大杉栄が妻の伊藤野枝や甥の橘宗一とともに憲兵大尉の甘粕正彦に殺されたのもこの時だ。この虐殺には治安当局が関係している疑いがあり、その意味でもこの時の犠牲者を追悼するという姿勢を東京都知事は見せてきた。それを止めるという意味は対外的にも重い。

震災後、山本権兵衛内閣の井上準之助蔵相は銀行や企業を救済するために債務の支払いを1カ月猶予し、「震災手形割引損失補償令」を公布している。すでに銀行が割り引いていた手形のうち、震災で決済ができなくなったものは日本銀行が再割引して銀行を救済するという内容だった。

震災手形で日銀の損失が1億円を超えた場合は政府が補償することも決められたが、銀行は地震に関係のない不良貸付、不良手形をも再割引したために手形の総額は4億3000万円を上回る額になり、1926年末でも2億円を上回る額の震災手形が残った。しかもこの当時、銀行の貸出総額の4割から7割が回収不能の状態だ。

復興に必要な資金を調達するため、日本政府は外債の発行を決断、それを引き受けることになったのがJPモルガン。この金融機関の総帥はジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアだが、大番頭として銀行業務を指揮していたのはトーマス・ラモントだ。このラモントは3億円の外債発行を引き受け、それ以降、JPモルガンは日本に対して多額の融資を行うことになる。

この巨大金融機関と最も強く結びついていた日本人のひとりが井上準之助。1920年に対中国借款の交渉をした際にこの巨大金融機関と親しくなったという。ラモントは日本に対して緊縮財政と金本位制への復帰を求めていたが、その要求を浜口雄幸内閣は1930年1月に実行する。そのときの大蔵大臣が井上だ。

金解禁(金本位制への復帰)の結果、1932年1月までに総額4億4500万円の金が日本から流出、景気は悪化して失業者が急増、農村では娘が売られるなど一般民衆には耐え難い痛みをもたらすことになる。そうした政策の責任者である井上は「適者生存」、つまり強者総取りを信奉、失業対策に消極的で労働争議を激化させることになる。こうした社会的弱者を切り捨てる政府の政策に不満を持つ人間は増えていった。

1932年にはアメリカでも大きな出来事が引き起こされている。巨大企業の活動を制限し、労働者の権利を認めるという政策を掲げるニューディール派のフランクリン・ルーズベルトがウォール街を後ろ盾とする現職のハーバート・フーバーを選挙で破ったのだ。

フーバーはスタンフォード大学を卒業した後、鉱山技師としてアリゾナにあるロスチャイルドの鉱山で働いていた。利益のためなら安全を軽視するタイプだったことから経営者に好かれ、ウォール街と結びついたという。(Gerry Docherty & Jim Macgregor, “Hidden History,” Mainstream Publishing, 2013)

このフーバーは1932年、駐日大使としてジョセフ・グルーを選び、日本へ送り込んだ。この人物のいとこにあたるジェーン・グルーはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア、つまりJPモルガンの総帥の妻。またグルーが結婚していたアリス・ペリーは幕末に「黒船」で日本にやって来たマシュー・ペリー提督の末裔で、少女時代を日本で過ごしている。その際、華族女学校(女子学習院)へ通っているのだが、そこで親しくなったひとりが九条節子、後の貞明皇后である。

グルーの皇室人脈をそれだけでなく、松平恒雄宮内大臣、徳川宗家の当主だった徳川家達公爵、昭和天皇の弟で松平恒雄の長女と結婚していた秩父宮雍仁親王、近衛文麿公爵、貴族院の樺山愛輔伯爵、当時はイタリア大使だった吉田茂、吉田の義父にあたる牧野伸顕伯爵、元外相の幣原喜重郎男爵らにもつながっていた。(ハワード・B・ショーンバーガー著、宮崎章訳『占領 1945〜1952』時事通信社、1994年)

そうした人脈を持つグルーだが、個人的に最も親しかったひとりは松岡洋右だと言われている。松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父にあたる。1941年12月7日(現地時間)に日本軍はハワイの真珠湾を奇襲攻撃、日本とアメリカは戦争に突入するが、翌年の6月までグルーは日本に滞在、離日の直前には岸信介とゴルフをしている。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007)

当時、アメリカの大統領就任式は3月に行われていた。その前、2月15日にルーズベルトはフロリダ州マイアミで開かれた集会で狙撃事件に巻き込まれている。ジュゼッペ・ザンガラなる人物が32口径のリボルバーから5発の弾丸を発射、ルーズベルトの隣にいたシカゴのアントン・セルマック市長に弾丸が命中して市長は死亡した。

群衆の中、しかも不安定な足場から撃ったので手元が狂い、次期大統領を外した可能性があり、本来なら事件の背景を徹底的に調査する必要があるのだが、真相は明らかにされなかった。ザンガラは3月20日に処刑されてしまったのである。

そして1934年、名誉勲章を2度授与された伝説的な軍人、海兵隊のスメドレー・バトラー退役少将がアメリカ下院の「非米活動特別委員会」でウォール街の大物たちによるクーデター計画を明らかにしている。少将の知り合いでクーデター派を取材したジャーナリストのポール・フレンチは、クーデター派が「コミュニズムから国家を守るため、ファシスト政府が必要だ」と語っていたと議会で証言している。

バトラーに接触してきた人物はドイツのナチスやイタリアのファシスト党、中でもフランスの「クロワ・ド・フ(火の十字軍)」の戦術を参考にしていた。彼らのシナリオによると、新聞を利用して大統領を健康問題で攻撃し、フランスの「クロワ・ド・フ(火の十字軍)」のような50万名規模の組織を編成して大統領をすげ替えることにしていたという。クーデター計画と並行する形で、ニューディール政策に反対する民主党の議員は「アメリカ自由連盟」を設立している。活動資金の出所はデュポンや「右翼実業家」だった。

それに対し、50万人の兵士を利用してファシズム体制の樹立を目指すつもりなら自分は50万人以上を動かして対抗するとバトラーは応じた。内戦を覚悟するように警告したわけだ。そうしたこともあり、クーデターは実行されていない。クーデターを計画したとされた人々は誤解だと弁明、非米活動特別委員会はそれ以上の調査は行われず、メディアもこの事件を追及していない。捜査当局も動かなかった。

言うまでもなくジョセフ・グルーは第2次世界大戦後にジャパンロビーの中心的な存在となり、日本で進んでいた民主化の流れを断ち切り、天皇制官僚国家を継続させている。大戦前、思想弾圧の中心になった思想検察や特高警察の人脈は戦後も生き残った。これが「戦後レジーム」の実態であり、「戦前レジーム」とはウォール街の属国になることを意味している。そうした意味で、安倍晋三の言動は矛盾していない。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201708260000/


2017.10.21
選挙だけで国の行く末を変えることはできず、事態が悪化してきたことを過去の出来事は教えている

投票日が近づいているが、選挙だけで国の行く末を決められるとは言えない。「自由と民主主義の国」だと宣伝されているアメリカでは事実上、選択肢は民主党と共和党という大差のない政党だけ。この2党に属さない大統領が誕生する可能性があったのは2000年の選挙だが、このときは最有力候補と言われていたジョン・F・ケネディ・ジュニアが1999年7月16日に不可解な飛行機事故で死亡している。

より露骨な形で排除されそうになったり、排除された大統領も存在する。例えば、ウォール街と対立関係にあったニューディール派を率いるフランクリン・ルーズベルトが1932年の選挙で大統領に選ばれると、33年から34年にかけてウォール街の大物たちはクーデターを計画、これはスメドリー・バトラー海兵隊少将が議会で証言、記録に残っている。金融資本、巨大鉄鋼会社、情報機関や軍の好戦派、イスラエルなど少なからぬ敵がいたジョン・F・ケネディは1963年11月22日にテキサス州ダラスで暗殺されている。

日本の場合、明治維新からイギリスやアメリカの強い影響下にある。アメリカの巨大金融機関JPモルガンが日本に君臨するようにあったのは関東大震災から。1932年にはウォール街の影響下にあったハーバート・フーバー大統領がジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアの妻のいとこ、ジョセフ・グルーを大使として日本へ送り込んできた。

このグルーが結婚したアリス・ペリーは幕末に「黒船」で日本にやって来たマシュー・ペリー提督の末裔で、少女時代を日本で過ごしている。その際、華族女学校(女子学習院)へ通っているのだが、そこで九条節子、後の貞明皇后と親しくなったと言われている。

グルーは松平恒雄宮内大臣、徳川宗家の当主だった徳川家達公爵、昭和天皇の弟で松平恒雄の長女と結婚していた秩父宮雍仁親王、近衛文麿公爵、貴族院の樺山愛輔伯爵、当時はイタリア大使だった吉田茂、吉田の義父にあたる牧野伸顕伯爵、元外相の幣原喜重郎男爵らにもつながっていた(ハワード・B・ショーンバーガー著、宮崎章訳『占領 1945〜1952』時事通信社、1994年)のだが、個人的に最も親しかったひとりは松岡洋右だと言われている。松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父にあたる。1941年12月7日(現地時間)に日本軍はハワイの真珠湾を奇襲攻撃、その翌年6月に離日する直前には岸信介とゴルフをしている。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007)

言うまでもなく、岸信介の孫が安倍晋三。安倍は「戦前レジーム」を復活させたいようだが、その体制とはウォール街に支配された天皇制官僚国家だ。ニューディール派が実権を握った期間だけ、この構図が崩れた。

第2次世界大戦後の日本を形作る司令塔的な役割を果たしたグループが存在する。ジャパン・ロビーだが、その中心にいた人物がジョセフ・グルー。アメリカのハリー・トルーマン政権ががあわてて作った現行憲法の第1条は天皇制存続の宣言で、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」とある。「神聖にして侵すべからざる存在」から「象徴」へタグは取り替えられたものの、その本質に根本的な変化はなかった。

日本が降伏した直後はアメリカの影響力が圧倒的に強かったが、時間を経るに従って日本の戦争責任を追及するであろう国の影響が強まってくることが予想された。当然、天皇の戦争責任が問われることになる。その前に「禊ぎ」を済ませる必要がある。日本国憲法にしろ、東京裁判にしろ、「天皇制」の存続が重要な目的だったのだろう。

比較的日本に寛容だったと思われるアメリカ軍の内部にも厳しい意見はあった。そのターゲットのひとつが靖国神社。朝日ソノラマが1973年に出した『マッカーサーの涙/ブルーノ・ビッテル神父にきく』によると、GHQ/SCAP(連合国軍最高司令官総司令部)では多数派の将校が靖国神社の焼却を主張していた。それをブルーノ・ビッテル(ビッター)の働きかけで阻止したというのだ。(朝日ソノラマ編集部『マッカーサーの涙』朝日ソノラマ、1973年)

このビッターはカトリックの聖職者で、ニューヨークのフランシス・スペルマン枢機卿の高弟だとされている。ジョバンニ・モンティニ(後のローマ教皇パウロ六世)を除くと、この枢機卿はCIAと教皇庁を結ぶ最も重要な人物。ビッターもCIAにつながっている可能性は高い。

1953年秋にリチャード・ニクソン副大統領が来日、バンク・オブ・アメリカ東京支店のA・ムーア副支店長を大使館官邸に呼びつけ、「厳重な帳簿検査と細かい工作指示を与えた」と伝えられている。この席にビッターもいたという。ドワイト・アイゼンハワー大統領がニクソンを副大統領に選んだ理由は、ニクソンが闇資金を動かしていたからだと言われている。

そのビッターはニクソンと会談した2カ月後、霊友会の闇ドル事件にからんで逮捕されてしまう。外遊した同会の小谷喜美会長に対し、法律に違反して5000ドルを仲介した容疑だったが、ビッターが逮捕されたときに押収された書類はふたりのアメリカ人が警視庁から持ち去り、闇ドルに関する捜査は打ち切りになってしまう。秘密裏に犬養健法相が指揮権を発動したと言われている。

日本では天皇制官僚国家という型を壊すことは許されない。「左翼」とか「リベラル」というタグをつけていても、この型から抜け出さなければ許される。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201710200000/


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2017.11.08
祖父の岸信介の真似をしたのか安倍首相はトランプ米大統領とゴルフをしたが、岸はウォール街一派

安倍晋三首相とドナルド・トランプ米大統領は11月5日、プロゴルファーの松山英樹を引き連れて越谷市のゴルフ場でプレーしたようだ。

安倍首相が敬愛しているという祖父の岸信介もゴルフが好きだったようで、ハワイの真珠湾を日本軍が奇襲攻撃した翌年の1942年に岸は駐日大使だったジョセフ・グルーをゴルフに誘い、敗戦後の57年に首相としてアメリカを訪問した際にはドワイト・アイゼンハワー大統領、通訳の松本滝蔵、そしてプレスコット・ブッシュ上院議員とゴルフをしている。言うまでもなく、プレスコットはジョージ・H・W・ブッシュの父親、ジョージ・W・ブッシュの祖父にあたる。

本ブログでは何度も書いてきたが、グルーは1932年、ハーバート・フーバー大統領が任期最後の年に大使として日本へ送り込んでいる。グルーのいとこにあたるジェーン・グルーはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア、つまりモルガン財閥総帥の妻で、グルー本人はモルガン人脈の中核グループにいたと言えるだろう。その人脈の中心には巨大金融機関のJPモルガンがあり、この金融機関は1923年にあった関東大震災の復興資金を調達したことから日本に大きな影響を及ぼすようになった。

また、グルーの妻であるアリス・ペリーは幕末に「黒船」で日本にやって来たマシュー・ペリー提督の末裔で、少女時代には日本で生活、華族女学校(女子学習院)へ通っている。そのときに親しくなった友人のひとりが九条節子、後の貞明皇后(大正天皇の妻)だという。

グルーを日本へ送り込んだフーバーはスタンフォード大学を卒業してから鉱山技師としてアリゾナにあるロスチャイルド系の鉱山で働き、利益のためなら安全を軽視するタイプだったことから経営者に見込まれて出世、大統領になった人物だ。(Gerry Docherty & Jim Macgregor, “Hidden History,” Mainstream Publishing, 2013)

1932年の大統領選挙でもJPモルガンをはじめとするウォール街の住人はフーバーを支援していたが、ニューディール派のフランクリン・ルーズベルトに敗れてしまう。このグループは巨大企業の活動を規制し、労働者の権利を拡大するという政策を打ち出し、植民地やファシズムにも反対していた。ウォール街とは対立関係にある人物が大統領に選ばれたわけである。そこで日米従属関係が揺らぐ。

その当時、大統領就任式は3月に行われていたが、その前の月にルーズベルトはマイアミで銃撃事件に巻き込まれている。大統領に就任した後にはウォール街のクーデター計画が待ち受けていた。

ウォール街のクーデター派はイタリア、ドイツ、フランスのファシスト団体の活動に注目し、中でもフランスの「クロワ・ド・フ(火の十字軍)」を研究、改憲して別の政府を設立するわけでなく、「スーパー長官」のようなものを新たに設置して大統領の仕事を引き継ぐというシナリオだったという。クーデターを成功させるため、ウォール街の勢力は名誉勲章を2度授与され、人望が厚かった海兵隊のスメドリー・バトラー退役少将を抱き込みにかかるのだが、失敗してしまう。

計画に反発した少将はクーデター計画をジャーナリストのポール・フレンチに話し、そのフレンチは1934年9月にクーデター派を取材している。その時、コミュニストから国を守るためにファシスト政権をアメリカに樹立させる必要があると聞かされたと語っている。

それに対し、バトラー少将はクーデター派に対し、「ファシズムの臭いがする何かを支持する兵士を50万人集めるなら、私は50万人以上を集めて打ち負かす」と宣言、内戦を覚悟するように伝えている。(“Statement of Congressional Committee on Un-American Activities, Made by John W. McCormack, Chairman, and Samuel Dickstein, Vice Chairman, Sitting asa Subcommittee” / ”Investigation of Nazi Propaganda Activities and Investigation of Certain Other Propaganda Activities,” Public Hearings, Special Committee on Un-American Activities, House of Representatives, December 29, 1934)

その際、クーデター派は新聞を使い、「大統領の健康が悪化しているというキャンペーンを始めるつもりだ。そうすれば、彼を見て愚かなアメリカ人民はすぐに信じ込むに違いない。」とも話していたとしている。ルーズベルトは1945年4月、ドイツが降伏する直前に急死してウォール街がホワイトハウスで主導権を奪還した。その際、ルーズベルト大統領には健康に問題があったと宣伝された。

こうしたアメリカの権力バランスの変化は日本の占領政策にも影響、「逆コース」が推進される。その中心で活動していたのが1948年6月に設立されたACJ(アメリカ対日協議会)、いわゆるジャパン・ロビーである。そのACJの中心的な存在だったのがジョセフ・グルーにほかならない。

ACJはウォール街が創設した破壊工作(テロ)機関のOPCとも人脈が重なっているが、そのOPCはアレン・ダレスの腹心だったフランク・ウィズナーが率いていた。ちなみに、ふたりともウォール街の弁護士だ。

OPCの東アジアにおける拠点は上海に設置されたが、49年1月に解放軍が北京へ無血入城、5月には上海を支配下におき、10月には中華人民共和国が成立するという展開になったことから日本へ移動している。日本では6カ所に拠点を作ったが、その中心は厚木基地に置かれた。(Stephen Endicott & Edward Hagerman, “The United States and Biological Warfare”, Indiana University Press, 1998)その1949年に日本では国鉄を舞台とした怪事件が相次ぐ。つまり、7月5日から6日にかけての下山事件、7月15日の三鷹事件、そして8月17日の松川事件である。そして1950年6月に朝鮮半島で戦争が勃発する。朝鮮戦争だ。

この戦争でアメリカのSAC(戦略空軍総司令部)は63万5000トンの爆弾を投下したと言われている。大戦中、アメリカ軍が日本へ投下した爆弾は約16万トンであり、その凄まじさがわかるだろう。1948年から57年までSACの司令官を務め、日本での空爆も指揮しいたカーティス・ルメイは朝鮮戦争の3年間で人口の20%を殺したと認めている。

その後、ルメイやアレン・ダレスを含むアメリカの好戦派はロシアに対する先制核攻撃を計画、1957年に作成したドロップショット作戦では300発の核爆弾をソ連の100都市で使い、工業生産能力の85%を破壊する予定になっていた。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012)

​テキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授によると​、ルメイを含む好戦派は1963年の終わりに奇襲攻撃を実行する予定にしていた。その頃になれば、先制核攻撃に必要なICBMを準備できると見通していたのだ。この計画に強く反対し、好戦派と激しく対立したジョン・F・ケネディ大統領は1963年11月22日に暗殺された。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201711080000/


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76年前の日本軍による真珠湾攻撃の原因を米国の制裁に求めるなら朝鮮に対する制裁も反対すべき

今から76年前、1941年12月7日の午前7時48分(現地時間)に日本軍はハワイの真珠湾を奇襲攻撃した。ここは海岸が遠浅で攻撃が技術的に難しく、守りの堅い軍港。非常識とまでは言えないだろうが、攻撃のリスクは高い。それを厳しい訓練でクリアしたということだ。

アメリカ政府の対日制裁でやむなく攻撃した、あるいはアメリカ側は事前に攻撃を知っていたと主張する人がいるが、日本軍は実際に攻撃している。つまりアメリカによる偽旗作戦ではない。

日本に対する制裁には歴史的な背景がある。1872年の琉球併合から74年の台湾派兵、75年にはソウルへ至る水路の要衝である江華(カンファ)島へ軍艦(雲揚)を送り込んで挑発、日清戦争、日露戦争を経て東アジア侵略を本格化、米英の利権と衝突して対日制裁になるわけだ。こうした制裁が軍事行動を誘発すると考えている人は、例えば朝鮮に対する制裁にも反対しているのだろう。そうでなければ矛盾だ。あるいは朝鮮に圧力を加え、戦争を誘発したいと考えているのだろうか?

明治維新から1932年までの日本はイギリスとアメリカというアングロ・サクソン系の国に従属、その手先として動いた側面がある。明治維新はイギリスの思惑と違って内戦が早い段階で終結、徳川時代の人脈が生きていたので完全な属国にはならなかったが、大きな影響下に置かれたことは間違いない。

ここでいうアメリカとはウォール街を意味する。1923年9月1日に相模湾を震源とする巨大地震、つまり関東大震災が発生、復興に必要な資金を調達するために日本政府は外債の発行を決断、それを引き受けることになったのがJPモルガンだ。

この金融機関の総帥はジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアだが、大番頭として銀行業務を指揮していたのはトーマス・ラモント。このラモントは3億円の外債発行を引き受け、それ以降、JPモルガンは日本に対して多額の融資を行うことになる。

この巨大金融機関と最も強く結びついていた日本人のひとりが井上準之助。1920年に対中国借款の交渉をした際にこの巨大金融機関と親しくなったという。ラモントは日本に対して緊縮財政と金本位制への復帰を求めていたが、その要求を浜口雄幸内閣は1930年1月に実行する。そのときの大蔵大臣が井上だ。

この政権が進めた政策はレッセ-フェール、つまり新自由主義的なもので、その責任者で「適者生存」を信じるある井上は失業対策に消極的。その結果、貧富の差を拡大させて街には失業者が溢れて労働争議を激化させ、農村では娘が売られると行った事態になった。一般民衆に耐え難い痛みをもたらすことになったわけだ。

当然のことながら、アメリカでもJPモルガンを中心とするウォール街の住人は強い影響力を持ち、1929年に大統領となったハーバート・フーバーもそのひとり。フーバーはスタンフォード大学を卒業した後、鉱山技師としてアリゾナにあるロスチャイルドの鉱山で働いていた人物で、利益のためなら安全を軽視するタイプだったことから経営者に好かれ、ウォール街と結びついたという。(Gerry Docherty & Jim Macgregor, “Hidden History,” Mainstream Publishing, 2013)

ところが、1932年の大統領選挙でフーバーは負けてしまう。当選したのは巨大企業の活動を制限し、労働者の権利を認めるという政策を掲げるニューディール派のフランクリン・ルーズベルトだ。大きな力を持っていたとはいえ、今に比べるとアメリカ支配層の力はまだ小さく、選挙で主導権を奪われることもありえた。

このフーバーはホワイトハウスを去る少し前、1932年にJPモルガンと関係の深いジョセフ・グルーを駐日大使として日本へ送り込んだ。なお、この年に井上準之助は血盟団のメンバーに暗殺されている。

グルーのいとこにあたるジェーン・グルーはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア、つまりJPモルガンの総帥の妻で、グルーが結婚していたアリス・ペリーは少女時代を日本で過ごし、華族女学校(女子学習院)へ通っている。そこで親しくなったひとりが九条節子、後の貞明皇后だという。

グルーの皇室人脈はそれだけでなく、松平恒雄宮内大臣、徳川宗家の当主だった徳川家達公爵、昭和天皇の弟で松平恒雄の長女と結婚していた秩父宮雍仁親王、近衛文麿公爵、貴族院の樺山愛輔伯爵、当時はイタリア大使だった吉田茂、吉田の義父にあたる牧野伸顕伯爵、元外相の幣原喜重郎男爵らにもつながっていた。(ハワード・B・ショーンバーガー著、宮崎章訳『占領 1945〜1952』時事通信社、1994年)

こうした人脈を持つグルーが日本軍の動向に関する機密情報を入手していても不思議ではないが、このグルーとルーズベルト大統領との関係が良好だったとは言えない。情報がきちんと伝えられていたかどうか疑問があるが、JPモルガンへは詳しく伝達されていただろう。

グルーが大使として日本へ来る前年、1931年に日本軍の奉天独立守備隊に所属する河本末守中尉らが南満州鉄道の線路を爆破、いわゆる「満州事変」を引き起こした。この偽旗作戦を指揮していたのは石原莞爾や板垣征四郎だ。1932年には「満州国」の樹立を宣言するのだが、この年にアメリカでは風向きが変わっていた。本来なら日本はその変化に対応する必要があったのだが、そのまま進む。そして1937年7月の盧溝橋事件を利用して日本は中国に対する本格的な戦争を開始、同年12月に南京で虐殺事件を引き起こしたのだ。そして1939年5月にはソ連へ侵略しようと試みてノモンハン事件を起こし、惨敗した。

本ブログで何度か指摘したように、このソ連侵攻作戦はアングロ・サクソンの長期戦略に合致している。その作戦が失敗したことから南へ向かい、米英の利権と衝突するわけだ。ドイツ軍がソ連に対する大規模な軍事侵攻、いわゆるバルバロッサ作戦を開始したのはその2年後、1941年6月のことだ。

この作戦でドイツは軍の主力を投入したが、ドイツ軍の首脳は西部戦線防衛のために大軍を配備するべきだと主張、反対している。日本が真珠湾を攻撃する前で、アメリカは参戦していないが、それでもイギリスがその気になれば、西側からドイツを容易に攻略することができるからだ。この反対意見を退けたのはアドルフ・ヒトラー。この非常識な「判断」との関連で注目されているのがヒトラーの側近だったルドルフ・ヘスの動きだということも本ブログでも指摘した。1941年5月10日にヘスは単身飛行機でスコットランドへ飛んでいるのだ。

ドイツ軍は1941年7月にレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)を包囲、9月にはモスクワまで80キロメートルの地点まで迫り、42年8月にスターリングラード市内へ突入して市街戦が始まった。ここまではドイツ軍が圧倒的に優勢だったが、1942年11月にソ連軍が猛反撃を開始、ドイツ軍25万人を完全に包囲して43年1月に生き残ったドイツの将兵9万1000名は降伏する。主力を失ったドイツ軍の敗北はこの時点で決定的だ。

その4カ月後、1943年5月に米英両国はワシントンDCで会談して善後策を協議、7月にアメリカ軍はイギリス軍と共にシチリア島に上陸した。ハスキー計画だ。このとき、アメリカ軍はマフィアと手を組んでいる。9月にはイタリア本土を占領、イタリアは無条件降伏した。ハリウッド映画で有名になったオーバーロード(ノルマンディー上陸)作戦は1944年6月になってからのことである。ノルマンディー上陸作戦の結果、ドイツ軍が負けたと思い込んでいる人も少なくないようだが、これはハリウッドによる洗脳の効果を証明している。

その一方、スターリングラードでドイツ軍が壊滅した後にアレン・ダレスなどアメリカ支配層はフランクリン・ルーズベルト大統領には無断でナチスの幹部たちと接触を始めている。例えば、1942年の冬にナチ親衛隊はアメリカとの単独講和への道を探るために密使をOSSのダレスの下へ派遣、ドイツ降伏が目前に迫った45年初頭にダレスたちはハインリッヒ・ヒムラーの側近だった親衛隊の高官、カール・ウルフに隠れ家を提供、さらに北イタリアにおけるドイツ将兵の降伏についての秘密会談が行われている。(Christopher Simpson, “The Splendid Blond Beast”, Common Courage, 1995 / Eri Lichtblau, “The Nazis Next Door,” Houghton Mifflin Harcourt, 2014)イタリアとスイスとの国境近くでウルフがパルチザンに拘束された際にはダレスが部下を派遣して救出している。(Eri Lichtblau, “The Nazis Next Door,” Houghton Mifflin Harcourt, 2014)

ドイツは1945年5月に降伏しているが、その前の月にルーズベルト大統領は急死、ホワイトハウスの主導権をウォール街が奪還した。副大統領から昇格したハリー・トルーマンはルーズベルトとの関係が希薄。トルーマンのスポンサーだったアブラハム・フェインバーグはシオニスト団体へ法律に違反して武器を提供し、後にイスラエルの核兵器開発を資金面から支えた富豪のひとりとして知られている。
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関東大震災でウォール街の影響下に入った日本(その2)


 本ブログでは何度も書いてきたが、ルーズベルトが大統領に就任するとJPモルガンをはじめとするウォール街の勢力がクーデターを計画する。スメドリー・バトラー海兵隊少将によると、1934年の夏に「コミュニズムの脅威」を訴える人物が訪ねてきた。


 その訪問者はJPモルガンと関係が深く、いわばウォール街からの使者。ドイツのナチスやイタリアのファシスト党、中でもフランスのクロワ・ド・フ(火の十字軍)の戦術を参考にしてルーズベルト政権を倒そうとしていた。彼らのシナリオによると、新聞を利用して大統領をプロパガンダで攻撃し、50万名規模の組織を編成して恫喝、大統領をすげ替えることにしていたという。


 バトラーの知り合いだったジャーナリスト、ポール・フレンチはクーデター派を取材、「コミュニズムから国家を守るため、ファシスト政府が必要だ」という発言を引き出している。


 バトラーとフレンチは1934年にアメリカ下院の「非米活動特別委員会」で証言し、モルガン財閥につながる人物がファシズム体制の樹立を目指すクーデターを計画していることを明らかにした。ウォール街の手先は民主党の内部にもいて、「アメリカ自由連盟」なる組織を設立している。活動資金の出所はデュポンや「右翼実業家」だったという。


 バトラー少将は計画の内容を聞き出した上でクーデターへの参加を拒否、50万人の兵士を利用してファシズム体制の樹立を目指すつもりなら、自分はそれ以上を動員して対抗すると告げる。ルーズベルト政権を倒そうとすれば内戦を覚悟しろ、というわけである。


 クーデター派の内部にはバトラーへ声をかけることに反対する人もいたようだが、この軍人は名誉勲章を2度授与された伝説的な人物で、軍隊内で信望が厚く、クーデターを成功させるためには引き込む必要があった。


 1935年にはニューディール派以上のウォール街を批判していたヒューイ・ロング上院議員が暗殺されている。彼は当初、ルーズベルト政権を支持していたが、ニューディール政策は貧困対策として不十分だと考え、1933年6月に袂を分かつ。ロングは純資産税を考えていたという。ロングが大統領になることをウォール街が恐れたことは想像に難くない。ロングが大統領になれなくても、ニューディール派の政策を庶民の側へ引っ張ることは明らかだった。


 一方、日本ではウォール街とつながっていた人物が殺されている。ひとりは1930年に銃撃されて翌年に死亡した浜口雄幸、32年には血盟団が井上準之助と団琢磨を暗殺、また五・一五事件も実行された。団はアメリカのマサチューセッツ工科大学で学んだ三井財閥の最高指導者で、アメリカの支配層と太いパイプがあった。


 1932年にアメリカ大使として来日したジョセフ・グルーのいとこ、ジェーン・グルーはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア、つまりモルガン財閥総帥の妻で、自身の妻であるアリス・グルーは大正(嘉仁)天皇の妻、貞明皇后と少女時代からの友だち。大戦前からグルーは日本の皇室に太いパイプを持っていた。日本の皇室はウォール街と深く結びついていたとも言える。


 グルーの人脈には松平恒雄宮内大臣、徳川家達公爵、秩父宮雍仁親王、近衛文麿公爵、樺山愛輔伯爵、吉田茂、牧野伸顕伯爵、幣原喜重郎男爵らが含まれていたが、グルーが個人的に最も親しかったひとりは松岡洋右だと言われている。松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父にあたる。


 1941年12月7日(現地時間)に日本軍はハワイの真珠湾を奇襲攻撃、日本とアメリカは戦争に突入するが、翌年の6月までグルーは日本に滞在、離日の直前には商工大臣だった岸信介からゴルフを誘われてプレーしたという。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007)


 ルーズベルト政権と対立関係にあったJPモルガンは関東大震災から戦後に至るまで日本に大きな影響力を維持していた。大戦後、グルーはジャパン・ロビーの中心人物として活動して日本をコントロールすることになる。(了)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201809020000/


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米巨大資本に従属する日本人エリートが破壊する日本(その3)

 明治維新から後の日本を支配している人びとはアングロ・サクソン、つまりイギリスやアメリカの支配層と密接な関係にある。19世紀後半からアングロ・サクソンは日本を中国侵略の拠点と見なしてきたのだ。


 その頃、イギリスは中国(清)との貿易赤字に苦しんでいた。そこでイギリスは麻薬のアヘンを清に売りつけ、それを清が取り締まると戦争を仕掛けた。1840年から42年までのアヘン戦争や56年から60年にかけてのアロー戦争(第2次アヘン戦争)である。この戦争でイギリスは勝利、広州、厦門、福州、寧波、上海の開港とイギリス人の居住、香港の割譲、賠償金やイギリス軍の遠征費用などの支払いなどを中国に認めさせた。


 しかし、これらの戦争は基本的に海で行われ、イギリス軍は内陸部を占領できなかった。それだけの戦力がなかったのだ。海上封鎖はできても中国を占領することは不可能。そこで日本に目をつけ、日本はイギリスの思惑通りに大陸を侵略していく。勿論、イギリスやその後継者であるアメリカの支配層(巨大資本)の利益に反することを日本が行えば「制裁」されることになる。


 イギリスは他国を侵略するため、傭兵を使ったり第3国に攻撃させたりする。例えば、インドを支配するためにセポイ(シパーヒー)と呼ばれる傭兵を使い、アラビア半島ではカルトのひとつであるワッハーブ派を支配が支配するサウジアラビアなる国を樹立させ、パレスチナにイスラエルを建国させている。


 このイギリスを日本へ行き入れたのが長州と薩摩。イギリスを後ろ盾とする両国は徳川体制の打倒に成功、明治体制(カルト的天皇制官僚国家)へ移行していく。


 このイギリスの主体は金融界、いわゆるシティ。1923年の関東大震災で日本政府は復興資金の調達をアメリカのJPモルガンに頼るが、この銀行の歴史をたどるとシティ、より具体的に言うとロスチャイルドへ行き着く。アメリカの金融界はウォール街とも呼ばれるが、そのウォール街でJPモルガンは中心的な立場にあった。


 このウォール街を震撼させる出来事が1932年に起こる。この年に行われた大統領選挙でニューディール派のフランクリン・ルーズベルトが当選したのだ。ニューディール派は巨大企業の活動を規制し、労働者の権利を認め、ファシズムに反対するという看板を掲げていた。巨大企業の金儲けを優先させ、労働者から権利を奪い、ファシズムを支援するウォール街とは考え方が正反対だった。圧倒的な資金力を持つウォール街の候補、現職のハーバート・フーバーが敗北したのは、言うまでもなく、それだけ庶民のウォール街への反発が強かったからだ。


 1933年から34年にかけてウォール街はニューディール政権を倒すためにクーデターを計画、この計画はスメドリー・バトラー海兵隊少将によって阻止された。こうしたことは本ブログで繰り返し書いてきたとおり。庶民の反発はニューディール派より巨大資本に批判的だったヒューイ・ロング上院議員への人気につながるのだが、このロングは1935年に暗殺された。


 ロングは当初、ルーズベルト政権を支持していたのだが、ニューディール政策は貧困対策として不十分だと考え、1933年6月に袂を分かつ。ロングは純資産税を考えていたという。ロングが大統領になったなら、ウォール街を含む支配層は大きなダメージを受けることになり、内戦を覚悟でクーデターを実行することになっただろう。


 そうしたウォール街の強い影響を受けていたのが関東大震災以降の日本。JPモルガンと最も親しかった日本人は井上準之助だった。アメリカのマサチューセッツ工科大学で学んだ三井財閥の最高指導者、団琢磨もアメリカ支配層と強く結びついていた。このふたりは1932年、血盟団によって暗殺された。


 この年、駐日大使として日本へ来たジョセフ・グルーはJPモルガンと関係が深い。つまり、彼のいとこ、ジェーン・グルーはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアの妻で、グルー自身の妻であるアリス・グルーは大正(嘉仁)天皇の妻、貞明皇后と少女時代からの友だち。大戦前からグルーは日本の皇室に太いパイプを持っていた。


 グルーの人脈には松平恒雄宮内大臣、徳川家達公爵、秩父宮雍仁親王、近衛文麿公爵、樺山愛輔伯爵、吉田茂、牧野伸顕伯爵、幣原喜重郎男爵らが含まれていたが、グルーが個人的に最も親しかったひとりは松岡洋右だと言われている。松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父にあたる。


 1941年12月7日(現地時間)に日本軍はハワイの真珠湾を奇襲攻撃、日本とアメリカは戦争に突入するが、翌年の6月までグルーは日本に滞在、離日の直前には商工大臣だった岸信介からゴルフを誘われてプレーしたという。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007)


 第2次世界大戦後、グルーはジャパン・ロビーの中心人物として活動して日本をコントロールすることになる。グルーと親しかった岸信介。その孫にあたる安倍晋三が戦前レジームへの回帰を目指すのは、日本をウォール街の属国にしたいからだろう。


 それに対し、ロシアと中国は関係を強めている。ドナルド・トランプ政権は軍事的にロシアを脅しているが、それに対し、プーチン政権は9月11日から15日にかけてウラル山脈の東で30万人が参加する大規模な演習ボストーク18を実施。​その演習に中国軍は3200名を参加させている​。経済面で手を差し伸べる一方、軍事的な準備も怠らない。


 明治維新から日本の支配層はシティやウォール街、つまりアングロ・サクソンの支配層に従属することで自らの権力と富を得てきた。そうした従属関係が日本経済を窮地に追い込んでいる。この矛盾に日本の支配システムがいつまで耐えられるだろうか?(了)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201809130001/


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2018.09.21 自民党総裁選という茶番

 自民党の次期総裁を決める同党国会議員による投票が9月20日に行われ、安倍晋三首相が石破茂を破って3選が決まったという。茶番としか言い様がない。安倍に限らないが、日本の総理大臣は基本的にアメリカ支配層の傀儡にすぎず、彼らの意向に反する人物が選ばれれば強制的に排除される。安倍も石破もそうした類いの人間ではない。


 アメリカ支配層の戦略は国内におけるファシズム化と国外における侵略。本ブログでは何度も書いてきたが、アメリカの巨大金融資本は遅くとも1933年の段階でアメリカにファシズム政権を樹立させようとしていた。そこで、1932年の大統領選挙で勝利したフランクリン・ルーズベルトを排除するためにクーデターを計画、これはスメドリー・バトラー海兵隊少将の告発で明るみに出ている。


 ウォール街からナチス政権下のドイツへ資金が流れていたことも知られているが、そうしたパイプ役のひとりがジョージ・ヒューバート・ウォーカー。ロナルド・レーガン政権での副大統領を経て1989年に大統領となるジョージ・H・W・ブッシュの母方の祖父にあたる。


 アメリカの好戦派がソ連に対する先制核攻撃を作成した1950年代、彼らは地下政府を編成する準備をしている。「アイゼンハワー10」と呼ばれる人びとによって権限を地下政府へ与えることになっていたのだ。


 その延長線上にFEMA、そしてCOGがある。COGは緊急事態の際に政府を存続させることを目的とした計画で、ロナルド・レーガン大統領が1982年に出したNSDD55で承認され、88年に出された大統領令12656によってその対象は「国家安全保障上の緊急事態」へ変更された。(Andrew Cockburn, “Rumsfeld”, Scribner, 2007)


 1991年12月にソ連が消滅するとネオコンはアメリカが唯一の超大国にあったと認識、92年2月には国防総省のDPG草案という形で世界制覇プランを作成する。旧ソ連圏だけでなく西ヨーロッパ、東アジアなどの潜在的なライバルを潰し、膨大な資源を抱える西南アジアを支配しようとしている。中でも中国が警戒され、東アジア重視が打ち出された。


 このDPG草案が作成された当時の国防長官はリチャード・チェイニーだが、作成の中心になったのは国防次官だったポール・ウォルフォウィッツ。そこで、ウォルフォウィッツ・ドクトリンとも呼ばれている。この長官と次官はネオコンのコンビで、2001年に始まるジョージ・W・ブッシュ政権ではそれぞれ副大統領と国防副長官を務めた。


 唯一の超大国になったアメリカは国連を尊重する必要はないとネオコンは考え、単独行動主義を打ち出す。アメリカの属国である日本に対しても国連無視を強制、1995年2月に「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」が作成されてから日本はアメリカの戦争マシーンに組み込まれていった。日本人を侵略戦争の手先として利用しようというわけだ。勿論、その延長線上に安倍内閣は存在する。


 安倍は「戦後レジーム」を嫌悪、「戦前レジーム」へ回帰しようとしているらしいが、この両レジームは基本的に同じ。戦後レジームとは民主主義を装った戦前レジーム。関東大震災以降、日本はJPモルガンを中心とするウォール街の影響下にあり、その構図は戦後も続いている。JPモルガンが敵対関係にあったニューディール派のルーズベルト政権は1933年から45年4月まで続くが、この期間は日本の支配者にとって厳しい時代だった。


 1932年に駐日大使として日本へ来たジョセフ・グルーはJPモルガンと極めて関係が深い。いとこであるジェーン・グルーはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア、つまりJPモルガン総帥の妻なのだ。


 グルーは皇室とも深いパイプを持っていた。結婚相手のアリス・ペリー・グルーの曾祖父の弟は「黒船」で有名なマシュー・ペリー。ジェーン自身は少女時代を日本で過ごし、華族女学校(女子学習院)へ通い、そこで後の貞明皇后と親しくなったという。


 グルーの人脈には松平恒雄、徳川家達、秩父宮雍仁、近衛文麿、樺山愛輔、吉田茂、牧野伸顕、幣原喜重郎らが含まれていたが、グルーが個人的に最も親しかったひとりは松岡洋右だと言われている。


 松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父。1941年12月7日(現地時間)に日本軍はハワイの真珠湾を奇襲攻撃、日本とアメリカは戦争に突入するが、翌年の6月までグルーは日本に滞在、離日の直前には商工大臣だった岸信介からゴルフを誘われてプレーしている。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007)


 安倍晋三が目指す戦前レジームとはアメリカの巨大金融資本が日本を支配する体制にほかならない。彼がアメリカ支配層に従属しているのは当然なのだ。戦前レジームへの回帰とアメリカ支配層への従属は何も矛盾していない。これを矛盾だと考える人がいるとするならば、その人は歴史を見誤っているのだ。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201809210000/


天皇家の蓄財(2.26事件の真の闇/補遺)2007年02月23日 | Weblog

 2・26事件について書いたときに、若干皇室の資産に触れた。

 皇室の蓄財に関して、『神々の軍隊』(濱田政彦著)ではこう書かれている。

 「戦前、皇室には予算として年額450万円が国家予算から計上されていたが、一説によれば天皇の総資産は少なく見積もっても約16億円であるという。だが、宮内庁のこの数字は嘘で、本当の資産総額は、海外へ隠した資産を含めれば、信じ難いような天文学的金額であるともいわれている。

皇室予算だけではこのような金額を貯蓄することは不可能であるが、当時皇室は横浜正金(後の東京銀行)、興銀、三井、三菱ほか、満鉄、台湾銀行、東洋拓殖、王子製紙、台湾製糖、関東電気、日本郵船等、大銀行、大企業の大株主であり、その配当総計は莫大なものであった。すなわち、これら企業・銀行の盛衰は、そのまま皇室に影響を及ぼすわけである。こうなると戦争で、財界が植民地から搾りとるほどに皇室は豊かになるということになる。」

 戦前の天皇家と国家、あるいは天皇家と資本家の関係がこれで言い尽くされているであろう。天皇は昭和の大戦争に深く関与した。戦争責任はある。いかにユダヤから仕掛けられた戦争であろうとも、大企業、大銀行はみんな戦争経済へと誘導したのであって、その大株主であった天皇が戦争を指導したのだから、責任なしとは言えない。私は先の戦争に関して連合国に謝る理由はないと思うが、天皇に戦争の責任は重大だったと思う。

先の引用にもあるように、天皇家と日本郵船は明治期から深い仲にあった。日本郵船の大株主は天皇と三菱財閥であった。当時は海外渡航といえば船舶しかなく、日本郵船は日本貿易の命綱である。この日本郵船が大量の移民をアメリカに送り込んだ(数十万人といわれる)し、また大量の若い女性を海外に運んだのである(娼婦にするためである!)。

 日本郵船だけでなく、天皇は大阪郵船の大株主でもあり、これを使って、日本は手に入れた外地へ、人間や物資を運ばせ、莫大な利益をあげさせた。

 鬼塚英昭氏の『天皇のロザリオ』(成甲書房)によれば、福沢諭吉は「賎業婦人(娼婦)の海外出稼ぎするを公然許可するべきこそ得策なれ」と主張している。外貨稼ぎに日本の女性を使えと言ったのであるから、どこが「天は人の下に人をつくらず」だ! 

つまり諭吉は、娼婦の海外輸出は天皇と三菱に利益もたらすから「得策だ」と平然と言ったのである。だから諭吉はユダヤ・フリーメースンの会員だったのだ。慶應義塾とは日本資本主義と天皇を支える私立の重要な学校であった。財界人を多く輩出したのは慶應義塾や官製の東京帝国大学であった。

 そこを出た財界のトップたちは、記述のように、2・26事件を影で操り、そこから一気に戦争経済へ主導し、政府要職にも就くなどして日本を大戦争とその果ての破局へと導くのである。

 鬼塚英昭氏の『天皇のロザリオ』には、戦前の皇室が銀行支配も徹底していたことを書いている。皇室は日本銀行の47% の株を所持していた。だから紙片を発行し、公定歩合を調整するたびに、莫大な利益が皇室に流れた、とある。日銀は発足当初からユダヤ国際金融資本の日本支店であるから、これでいかに天皇家とユダヤ資本が深い関係かがわかるだろう。

 さらに鬼塚氏は天皇とアヘンの関係も暴露している。

 「同じ手口(米国に移民を送って儲けた話)を皇室と三菱は考えた。ペルシャ(イラン)からのアヘンの輸入であった。皇室と三菱は三井も仲間に入れることにした。三井を入れなければ内乱が起こる可能性があったからだ。三井と三菱は隔年でアヘンをペルシャから入れ、朝鮮に送り込んだ。満州という国家はこのアヘンの金でできた。

 天皇一族はこの利益を守るために秘密組織をつくった。厚生省という組織に、天皇は木戸幸一(後に内大臣)を入れ、アヘン政策を推進させた。1938(昭和13)年12月に興亜院がつくられ、アヘン政策を統括した。日本でもケシ栽培をし、朝鮮にほうり込んだ。中国でも熱河省でケシ栽培をした。この利益も皇室の財産の形成に大きく貢献した。 

 多くの(ほとんどと言うべきか)軍人たちが、三菱と三井のアヘンの利益の一部をもらって遊興にあけくれた。」

 天皇も、財閥も、軍人も、アヘンという恥ずべき巨悪に手を染め、巨利を得ては遊興に使うために、戦争を次々に仕掛けたのだった。このゆえをもって、天皇はついに終生、中国と朝鮮には足を踏み入れることができなかった。ちなみに沖縄も、天皇は自らの助命と引き換えに、米軍の永久使用を提供したので、これまたついに沖縄を行幸することはできなかった。

 さて、再び『神々の軍隊』の続きである。

 「皇室は蓄えた資産をモルガン商会を通して海外で運用していたが、金塊、プラチナ、銀塊などがスイス、バチカン、スウェーデンの銀行に預けられていた。さらに取り巻きの重臣たちもそれに倣って同商会に接触し、そのおこぼれに預かっていた。中立国スイスには敵対する国の銀行家同士が仲良く机を並べて仕事をしている奇妙な現象が見られるが、なかでも国際決済銀行、通称バーゼルクラブは、世界の超富豪が秘密口座を持つ銀行で、治外法権的な存在であった。同行は不安定な紙幣ではなく、すべてを金塊で決算する銀行であった。

 内大臣・木戸幸一は、日米英戦争末期の昭和19年1月、日本の敗北がいよいよ確実になると、各大財閥の代表(銀行家)を集め、実に660億円(当時)という気の遠くなるような巨額の皇室財産を海外に逃すよう指示した。皇室財産は中立国であるスイスの銀行に移され、そこできれいな通貨に“洗浄”されたが、その際皇室財産は、敵対国にばれぬようナチスの資産という形で処理された。スイスは秘密裏にナチスに戦争協力したので、ナチスの名のほうが安全だったわけである。」

 昭和天皇は大東亜戦争中、宮中に大本営を置いて陸海軍の下僚参謀を指揮して作戦を実行した。それの実態が連合軍にバレれば自分も戦犯として処刑されるという恐怖と、せっかく築いた莫大な資産が取り上げられることを心配したのだ(むろん実態は連合国は承知していた)。だから彼は、資産をスイスや南米の銀行に預けた。海軍の潜水艦を私的に使ってアルゼンチンに金塊を避難することまでやった。

 そして進駐軍がくると、マッカーサーに卑屈に叩頭し、朕はキリスト教徒になってもいい、日本をカソリックの国にしてもよいと申し出た。宮中の女性を東京裁判のキーナン検事に提供して歓心を買い、戦争中の陸軍軍人の内輪情報を(田中隆吉を使って)チクっては責任を全部東条らに押しつけて、彼らが絞首刑になるよう誘導した。みんな、自分の命乞いのため、そして資産保全のためである。
 
 小林良彰の『日本財閥の政策』は、鈴木大拙と出光の関係を書いたときに紹介したが、こんなことも書いている。

 「中島知久平(中島飛行機 ゼロ戦の製造で有名)は、陸軍が(支那事変で)未だ戦線を黄河あたりにまででとどめようとしているとき、閣僚の一人として漢口まで行かねばならないと主張した。もっとも大胆に(中国戦線)拡大を唱えたのは、鐘紡社長津田信吾である。

彼は中国との全面戦争とともに、イギリスとの戦争を説いた。彼の強硬論は鐘紡の高利益の基礎に外地会社の多角経営があり、これを積極的に中国領内に拡大する希望を持ったこと、(中略)中国国内に原材料基地を見出さねばならぬという因果関係からくるものであろう。」

 中島知久平が閣僚になって戦争を主張したように、また王子製紙社長の藤原銀治郎は、海軍顧問、商工大臣、国務大臣。軍需大臣を歴任し、その地位を利用して戦争でしこたま儲けたクチである。

 戦後、自民党の大物議員で60年安保時に外相を務めた藤山愛一郎も戦前、大日本製糖社長として、戦争を煽った人物である。彼は台湾での製糖事業を一手に握っていたが、さらに南方と中国南部に製糖工場を広げるべき軍部と結託した人間である。

 こうした三井.三菱以外の中小財閥も、積極的に戦争経済を推進しようと図ったのである。それを最も喜んだのはこれらの会社の大株主だった天皇であった。

 こうして見てきたように、天皇は莫大な蓄財を行うために、財閥と組んで国民を売りとばし、戦争を仕掛けて国民を殺してきた。責任はすべて軍人と国民とに押し付けた。血も涙もない、とはこのことではなかろうか。

 終戦後、彼は「人間宣言」のあと、全国を巡幸して歩いた。その映像は今も残る。敗戦で打ちひしがれた国民を激励すると称して(膨大な予算を使って)行幸したときの姿は、わざと古着にすり減ったクツを履いて、軍部に騙された気の毒な天皇という哀愁を演出してみせたのだった。

彼は1901年生まれだから、巡幸のころはまだ40代後半なのに、わざと猫背にして60歳くらいの老人のように見せているように、映像や写真からは伺える。何を説明しても「あ、そう」と答えたことは有名になったが、これも自分は戦争を指揮したりしない、言われるがままの人間だったという印象を与えるためだろう。

戦前には絶対に大衆の前に姿を晒さなかった彼が、大衆に向けてソフト帽子をふりふり、愛想笑いを浮かべて「平和天皇」を演じてみせたことは、戦犯から除外してもらうための進駐軍へのポーズでもあったし、見事に国民をも騙すことにも成功したのであった。

 戦後もついにマッカーサーをも騙しきって、資産を守った天皇が、なんで古着にボロ靴なのか。その心根の深奥をわれわれ国民は知るべきであろう。
http://web.archive.org/web/20100212091907/http://blog.goo.ne.jp/hienkouhou/e/b2add89dad958852f4994fb54f0874b0


最近、古本屋で購入した

「自伝的戦後史」著者 羽仁五郎
https://www.amazon.co.jp/%E8%87%AA%E4%BC%9D%E7%9A%84%E6%88%A6%E5%BE%8C%E5%8F%B2-%E4%B8%8A-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E7%BE%BD%E4%BB%81-%E4%BA%94%E9%83%8E/dp/4061340913


の帯にも

「日本の天皇は戦前3億円ぐらいだった財産を、戦争が終わってみたら300億円ぐらいにしていた」

とあります。


▲△▽▼


天皇家は戦争中に何をしていたのか
http://blog.livedoor.jp/shiderz402-seikei/archives/8120443.html


先日から、

「歴史の真相と大麻の正体」内海聡 著 三五館 刊
https://www.amazon.co.jp/%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E3%81%AE%E7%9C%9F%E7%9B%B8%E3%81%A8%E3%80%81%E5%A4%A7%E9%BA%BB%E3%81%AE%E6%AD%A3%E4%BD%93-%E5%86%85%E6%B5%B7-%E8%81%A1/dp/4883206289

という本を読んでいて、その本は私が大麻というものが世界に及ぼしてきた事実を、私が知らない見解で記してあるかもしれない、という期待から読んでいると記してきました。

2そしてこの本は、第一部:歴史の真相 第二部:大麻の正体 に分かれていて、私は第二部の大麻の正体を読むことが一番の目的で読んでいるのですが、その前の第一部の歴史の真相のところで気になることがあったので、先日2回ほどそのことについて書かせて頂きました。ですがまた、その第一部の歴史の真相のところで気になったところがあったのでそのことについて記したいと思います。ではますは「歴史の真相と大麻の正体」からその部分を引用します。

(引用開始)

タイトル:「原爆を落とされてもしょうがない」

商船三井の共同経営者は、天皇家とCIAの日本作戦部長のマクスウェル・クライマンであった。そして天皇家が大東亜戦争時に蓄財した金はナチスのヒトラーの口座に隠されていた。ヒトラーはじつは隠れユダヤ人であることは有名だが、そのヒトラーとともに戦争ビジネスをやっていたのはだれかを考えねばならない。


天皇家の蓄財1

天皇が「原爆を落とされてもしょうがない」と発言したことが知られるが、広島、長崎に原爆が落ちた時も、天皇家はどうやって自分の資産を維持するかに腐心していた。この問題を調査したマーク・ゲインは、海外に天皇が逃がした蓄財は累計で5〜10億ドルにのぼるとしている。天皇家の蓄財に関しては濱田政彦著 「神々の軍隊」(三五館)などが詳しい。

(引用終わり)

これは大東亜戦争時、日本の多くの兵隊が海外に行き、命をかけて戦って死に、東京大空襲など、日本の津々浦々で行われた大空襲で多くの日本国民が命を亡くした最中に、昭和天皇が皇室の資産をいかに守ることに腐心していたかを記した文になります。

この引用文の最後に、

「天皇家の蓄財に関しては

濱田政彦 著 「神々の軍隊」(三五館)
https://www.amazon.co.jp/%E7%A5%9E%E3%80%85%E3%81%AE%E8%BB%8D%E9%9A%8A%E2%80%95%E4%B8%89%E5%B3%B6%E7%94%B1%E7%B4%80%E5%A4%AB%E3%80%81%E3%81%82%E3%82%8B%E3%81%84%E3%81%AF%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E9%87%91%E8%9E%8D%E8%B3%87%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%97%87-%E6%B5%9C%E7%94%B0-%E6%94%BF%E5%BD%A6/dp/4883202119


などが詳しい」とあります。では、その「神々の軍隊」には天皇家の蓄財についてどのように書かれているのか、以下にその部分を引用したいと思います。


(引用開始)


@ 戦前、皇室には予算として年額450万円が国家予算から計上されていたが、一説によれば天皇の総資産天皇家の蓄財3は、最も控えめに見積もっても約16億円であるという。だが、宮内省のこの数字は嘘で、本当の資産総額は、海外に隠した資産を含めれば、信じ難いような天文学的金額であると言われている。皇室予算だけではこのような金額を貯蓄することは不可能であるが、当時皇室は横浜正金、興銀、三井、三菱ほか、満鉄、台湾銀行、東洋拓殖、王子製紙、台湾製糖、関東電気、日本郵船等、大銀行、大企業の大株主であり、その配当総計は莫大なものであった。すなわち、これら企業・銀行の盛衰は、そのまま皇室に影響を及ぼすわけである。こうなると戦争で、財界が植民地から搾り取るほどに皇室は豊かになるということになる。


A 2.26事件で天皇が、まっ先に事件が日本経済に与える影響を心配したのは当然であろう。「朕が信頼する重臣」とは、財界の代理人たちであるからその怒りは天皇にとっては、しごく正統な怒りであったのだ。


B 財界のトップたちは、2.26事件後の大勢翼賛、国家総動員体制の下、政府の要職に就いて日本を破局へと導いた。一例を挙げれば王子製紙の藤原銀治郎は、海軍省顧問、産業設備営団総裁、商工大臣、国務大臣、軍需大臣を歴任し、戦争経済に貢献している。


C 皇室は蓄えた資産をモルガン商会を通して海外で運用していたが、金塊、プラチナ、銀塊などがスイス、バチカン、スウェーデンの銀行に預けられていた。さらに取り巻きの重臣たちもそれに倣って同商会に接触し、そのおこぼれに預かっていた。中立国スイスには敵対する国の銀行家同士が仲良く机を並べて仕事をしている奇妙な現象が見られるが、中でも国際決済銀行、通称"バーゼルクラブ"は、世界の超富豪が秘密口座を持つ銀行で、治外法権的な存在であった。同行は不安定な紙幣でなく、すべてを金塊で決済する銀行であった。


D 内大臣・木戸幸一は、日米英戦争末期の昭和19年1月、日本の敗北がいよいよ確実になると、各大財閥の代表(銀行家)を集め、実に660億円(当時)という気の遠くなるような皇室財産を海外に逃がすように指示した。皇室財産は中立国であるスイスの銀行に移され、そこできれいな通貨に"洗浄"されたが、その際に皇室財産は、敵対国にばれぬようナチスの資産という形で処理された。スイスは極秘裏にナチスに協力していたので、ナチスの名のほうが安全だったわけである。


E 価値の高い資産である金塊(どこから手に入れたのであろうか?)の一部については、国際金融資本と密接な関係にある華僑(日本軍はユダヤ商人とならんで老練な華僑によって、中国問題で苦しめられた)に売却して外国通貨に換え、スイスにある皇室の口座に入れた。さらにその一部はナチスの資産逃亡の手口を倣って、潜水艦によって秘かに南米アルゼンチンに移送された。


F 大戦末期、ナチスの残党は、親ナチの南仏、スペイン、ポルトガルを経て、潜水艦でナチスの資産が隠され天皇家の蓄財4ている南米(アルゼンチン、チリ)に大挙して逃走した。そして南米各地に拠点置き、戦後も世界の反共団体に援助をあたえ、世界政治に隠然たる影響を及ぼし続けているが、このナチスの隠し資産には天文学的な量の金塊が含まれていた。これらはアルゼンチン、チリを経て、さらに南極に移送されたというが、皇室が潜水艦でアルゼンチンに金塊を移送したというのは、想像以上にナチスコネクションと日本の関係が深いことを示唆するものである。加えて言えば、バチカンがナチスに戦争協力したことが近年明らかになってきているが、皇室とバチカン、そしてバチカンとフリーメーソンの関係をたどっていくと、世界的な闇が明らかになってくると思われる。おそらく戦後の皇室がえらく貧乏に見えるのは、その資産を戦後の復興に使ったからなのかも知れない。

M資金の闇は深い・・・・。


(引用終わり)※数字は私の書き込みによる。

ではこの引用文についてまとめ及び気になることを書いていきたいと思います。

まず@段落のところですが、

・戦前に天皇家は天文学的な金額を蓄財していた。

・天皇家は横浜正金、興銀、三井、三菱ほか、多くの銀行、財閥の大株主であり、その利益が莫大であった。

・銀行、財閥は当時、戦争経済で儲けていて戦争を続けさせ、植民地政策のもとで利益を上げていて、それによって株価が上がり結果、天皇家の資産は莫大なものになっていった。


A段落目で、「2.26事件で天皇が、まっ先に事件が日本経済に与える影響を心配したのは当然であろう。「朕が信頼する重臣」とは、財界の代理人たちであるからその怒りは天皇にとっては、しごく正統な怒りであったのだ。」とありますが、当時上述したように戦争を遂行すればするほど銀行、財閥などは儲かり結果、天皇家も儲かっていたわけですからその財閥が日本の軍隊に入り込んで、戦争を遂行するように仕向けていたわけです。だから2.26事件で純粋に心から日本の未来を憂いた青年将校が起こした2.26事件が起こったときも昭和天皇は、「天皇家がカネ儲けできなくなる」という理由で2.26事件そして青年将校に対して怒りを覚えたのです。

B段落目

上述したとおりのことが書かれています。「一例を挙げれば王子製紙の藤原銀治郎は、海軍省顧問、産業設備営団総裁、商工大臣、国務大臣、軍需大臣を歴任し、戦争経済に貢献している」、ということです。

C段落目

天皇家は資産を海外でモルガン商会(ユダヤ系財閥)を通して蓄財していて、天皇に近い重臣たちもそのおこぼれに預かり、儲けていたということです。そして天皇家とバチカン、‘バーゼルクラブ’などはグルになってカネ儲けしていたことを示唆しています。

D段落目

田布施2ここではまとめというよりは、文中の、「内大臣・木戸幸一は、日米英戦争末期の昭和19年1月、日本の敗北がいよいよ確実になると、各大財閥の代表(銀行家)を集め、実に660億円(当時)という気の遠くなるような皇室財産を海外に逃がすように指示した。」の中の「昭和19年」に焦点を当てたいと思います。というのはこの昭和19年に天皇家の資産の蓄財において大きな変化あったからです。では、昭和19年(1944年)に何があったのか。そのことが先日も引用させて頂いた

「日本のいちばん醜い日」鬼塚英昭 著 成甲書房 刊
https://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E3%81%84%E3%81%A1%E3%81%B0%E3%82%93%E9%86%9C%E3%81%84%E6%97%A5-%E9%AC%BC%E5%A1%9A-%E8%8B%B1%E6%98%AD/dp/4880862169


に書かれていましたので以下に引用します。

(引用開始)

(前略)シーグレーブ夫妻の「ヤマト・ダイナスティ」の中に次のような一節がある。

「裕仁は1944年に材木の蓄えで大もうけしたはずだが、御料林の価値も御料地の値上がり分も含んでいなかった。天皇家は日本一の大地主で、ほとんどは徳川幕府が崩壊したときに天皇家にもたらされた(明治維新後に獲得したものがほとんどである:引用者注)。まさしく当時の日本の大地主であったのだ。もちろん、ヒロヒトの自己申告の中には、本土や海外の隠匿された財宝は含まれていない。SCAPの審査員が、この審査をパスさせたのであるが、彼は不機嫌そうに記したのだ。「正確さという面では、この部門では問題外とされた」

占領が終わり、日本人の専門家が天皇の財産を再計算した。その中には皇居や御用邸の不動産、工芸美術品などは計算外としたが、それでも660億円を超えていた。」

私はこのシーグレーブの本を読み、納得した。それは天皇と男爵住吉門左衛門が特殊な関係にあったがゆえであると思ったのである。天皇家の御料地のほとんどが住友財閥の力で移動し、売却されたのである。1944年、住友林業の所有地が莫大に増加するのである。

「裕仁は1944年に材木の蓄えで大もうけしたはずだが、御料林の価値も御料地の値上がり分を含んでいなかった」とシーグレーブが書いているのは事実である。紙幅の都合上、これ以上は書かないが、私は明治から戦前までの御料地獲得に執念を燃やす田布施一族の歴史を追求してきた。そして、この帝国秘密探偵社の資料とシーグレーブの本を読み合わせ、納得した。(後略)

(引用終わり)

昭和天皇の側近であった木戸幸一(木戸孝允の孫)が天皇家の財産を海外に逃がすよう指示した金額は(当時の貨幣価値で)660億円。だがその660億円もの大金であるにもかかわらずそこには天皇家が所有する御料地すなわち皇居や日本各地にある御用邸の土地や御料林は含まれていない。

そして、「裕仁は1944年に材木の蓄えで大もうけしたはずだが、御料林の価値も御料地の値上がり分を含んで天皇家の蓄財2いなかった」とあるように昭和天皇ヒロヒトは1944年に大もうけをした。しかもそれが、前述したように、天皇家が当時結託していた大財閥の一つである住友財閥の住友林業であったわけです。

この事実は私は日本人として絶対に忘れてはいけない事実であると考えます。なぜか? 1944年といったら日本の兵隊の方々が海外に出て、命をかけて、玉粋覚悟で、時には「天皇陛下バンザーイ」と叫んで、心から日本のため、と思いながら死んでいきました。また、日本国内では、多くの日本人が数千人否、数万人否、数十万人否、数百万人もの日本人が空襲で死にました。そのさなかに天皇家は大財閥と結託して、日本国民のことなど露ほどにも頭になく、蓄財に励んでいたからです。この事実は‘戦争とは何か’、‘天皇家とは何か’という疑問を見事に解き明かしています。

E段落目はそのまま抜粋します。

「価値の高い資産である金塊(どこから手に入れたのであろうか?)の一部については、国際金融資本と密接な関係にある華僑(日本軍はユダヤ商人とならんで老練な華僑によって、中国問題で苦しめられた)に売却して外国通貨に換え、スイスにある皇室の口座に入れた。さらにその一部はナチスの資産逃亡の手口を倣って、潜水艦によって秘かに南米アルゼンチンに移送された。」

ここで「さらにその一部はナチスの資産逃亡の手口を倣って、潜水艦によって秘かに南米アルゼンチンに移送された。」とあります。この‘南米’というところに注目すべきと考えます。その理由は次の7段落目に記されています。

F段落目

「大戦末期、ナチスの残党は、親ナチの南仏、スペイン、ポルトガルを経て、潜水艦でナチスの資産が隠されている南米(アルゼンチン、チリ)に大挙して逃走した。そして南米各地に拠点置き、戦後も世界の反共団体に援助をあたえ、世界政治に隠然たる影響を及ぼし続けているが、このナチスの隠し資産には天文学的な量の金塊が含まれていた。これらはアルゼンチン、チリを経て、さらに南極に移送されたというが、皇室が潜水艦でアルゼンチンに金塊を移送したというのは、想像以上にナチスコネクションと日本の関係が深いことを示唆するものである。加えて言えば、バチカンがナチスに戦争協力したことが近年明らかになってきているが、皇室とバチカン、そしてバチカンとフリーメーソンの関係をたどっていくと、世界的な闇が明らかになってくると思われる。おそらく戦後の皇室がえらく貧乏に見えるのは、その資産を戦後の復興に使ったからなのかも知れない。

M資金の闇は深い・・・・。」

この段落では大戦末期から戦後に至る南米地域の状況について書かれています。なぜ南米地域にナチスの残党は逃走したのか?なぜ南米なのか?そしてヒットラーも実は戦争末期に自殺したのではなく、アルゼンチンに逃走した、という説があります。そして私がこの段落を読んで気になったのは第2次世界大戦後、この南米地域の各国がハンガリー系ユダヤ人であるミルトン・フリードマンが唱えたシカゴ経済学(大企業ボロ儲け経済学)を信奉したシカゴ・ボーイズといわれる連中に乗り込まれ、その国の政治・経済を乗っ取られ、結果その国の経済市場が欧米系の大企業に乗っ取られた、という事実です。アルゼンチンやチリやホンジュラスなどがそうです。

そしてその事実と引用文の、「そして南米各地に拠点置き、戦後も世界の反共団体に援助をあたえ、世界政治に隠然たる影響を及ぼし続けている」という記述が関係していると思います。ですがここではこのことについてこれ以上記しません。ただ関係していると思われる、とだけ記させて頂きます。
http://blog.livedoor.jp/shiderz402-seikei/archives/8120443.html


天皇家は戦争中に何をしていたのか A
http://blog.livedoor.jp/shiderz402-seikei/archives/8123592.html


先日、太平洋戦争中における天皇家の蓄財に記させて頂きました。戦争中に天皇家が日本の土地を買い占めて戦争で多くの日本人が死んでいくさ中に蓄財に励んでいてそれも莫大に儲けていたことや、そもそも天皇家は当時の多くの大財閥、銀行などの大株主で、戦争が長引けば長引くほど植民地における大財閥の事業拡大、生産増産、戦争資金の需要増大による銀行、大企業の株価高騰で大儲けしていたことなどについて記しました。

今日はその天皇家の蓄財について違った面から考察し、記していきたいと思います。では、まずはそのことについて詳しく記してある、先日も引用した「日本のいちばん醜い日」 鬼塚英昭 著 成甲書房 刊  からの引用から始めたいと思います。

(引用開始)

(前略)アメリカは公式には日本への石油の輸出を禁止した。しかし、アメリカ国籍の船、または日本国籍の船によるものが禁止されただけであった。あの太平洋戦争田布施2中も秘密ルートでアメリカの石油、重要な原料(タングステン、四塩化エチル等)が日本へ送られた。

これが戦争の本当の姿なのだ。昭和天皇はこのからくりを知っていたが、近衛首相や木戸幸一内大臣に秘密にしていた。

あの国際赤十字社のシステムは、戦傷者を救うためにつくられたのではない。国際金融同盟の連中が、商売(=戦争)をスムーズに長きにわたって続けるためにつくられたのである。太平洋の委任統治諸島で密かに石油や重要物資が日本の赤十字の船に移される。この船は攻撃できないという国際条約ができているので、安心して石油や重要物資を日本は購入できた。(後略)

(引用終わり)

前回は戦争時においてその、戦争することによって派生する日本の植民地事業において三井、三菱、住友などの財閥、銀行などが大儲けし、結果天皇家も大儲けする、ということについて記させて頂きました。ですがこの引用文は戦争から派生する要素ではなく、戦争そのものが天皇家を儲けさせていたことを記す内容となっています。

あの、戦前に日本への制裁としてABCD(アメリカ、イギリス、中国、オランダ)包囲網が1941年に敷かれてアメリカから石油の輸入が途絶え、日本は窮地に追い込まれた、と我々は学校の歴史の授業で教わってきました。だが、実際には「赤十字」という看板を掲げた船で石油が輸入されていた。その赤十字は実は戦傷者の傷を治したり命を救うために設立されたのではなく、戦争を‘スムーズ’に長引かせるために国際金融同盟の連中がつくり上げたものだった。つまり戦者が簡単に死んでしまっては戦争がすぐに終わってしまい、国際金融同盟の連中やそれに纏わる財閥、銀行そして天皇家もカネ儲けができなくなる。だから赤十字を設立して、兵隊の傷の治療をし、延命させ、再度戦場に送り込む、ために赤十字がつくられたということです。

では次に同著から上の引用文に続く、その石油購入の資金についての記述を以下に引用します。

(引用開始)

では、あの大戦中、その莫大な支払い代金はどうしたのか、という問題が出てくる。この代金の主なものは、ア天皇家の蓄財5ジア支配の途中で略奪した、金、銀、プラチナ等の貴金属である。その一部は日本へ持ち帰り(赤十字のマークをつけた船で)、マルフクという金貨に鋳造する。これを現地に送り、食料等の必要物資の現地での購入にあてる。残りの金塊や宝石類は、スイスの国際決済銀行(BIS)に送る。ここで貴金属をドルまたはスイス・フランにし、迂回経路で必要物資の支払いにあてる。残ったドルやスイス・フランは、国際決済銀行か、同一系統のスイス国立銀行の秘密口座に入っていく。かくて、戦争が長引けば長引くほどに天皇一族と、秘密裏に天皇一族を支えた財閥の資産は天文学的に増えていった。

(引用終わり)

日本に石油はなかったが中国侵略などで強奪した金・銀・プラチナを代金の支払いにあてた。その一部が天皇家の資産となった。つまり戦争で金・銀・プラチナなどの貴金属を強奪すればするほど天皇家は儲かるということです。ではさらにこの引用文に続く記述を引用したいと思います。

(引用開始)

近衛文麿首相は幾度も天皇に戦争の中止を訴えた。天皇一族は日清戦争、日露戦争を通じて多額の賠償金を得て、その一部をスイスの銀行に入れることで逆に彼らから弱みを握られた。ルーズヴェルトは借金漬けで弱みを握られていた。チャーチルしかり。スターリンは過去の悪行のほぼ全データを握られ、彼ら国際金融資本家たちを‘ご主人様’と呼んでいた。フルシチョフ元首相の「フルシチョフ回想録」にそのことが克明に書かれている。明治、大正と続く皇室のスキャンダルを彼らはすべて記録していた。スイスの秘密口座もスキャンダルの種になりえた。ここに、近衛首相の忠告を無視して太平洋戦争に突入しなければならなかった日本の悲劇の源がある。

(引用終わり)

この引用文は世界を支配する、本当の仕組みを示唆する記述となっています。ルーズヴェルト、チャーチルというときのアメリカ大統領とイギリス首相が借金漬けで、ロシアのスターリンは悪行のほぼ全データを握られ、国際金融資本家たちに弱みを握られていた、と非常に興味深いことが書かれています。ではここでこの3人のうちの1人であるチャーチルのそのあたりについて同じ鬼塚氏の「20世紀のファウスト」成甲書房 刊 という著作に詳しく書いてあるので以下に引用します。

(引用開始)

(前略)1938年3月下旬、第2次世界大戦勃発の1年前、チャーチルは借金のために田舎の別荘を売りに出そうとしていた。ロスチャイルドから依頼を受けた金融業者サーケインズ5・ヘンリー・ストラコッシュが借金の肩代わりを申し入れた。チャーチルは受けた。そしてそのとき、一つの条件を受け入れることになる。金のないチャーチルはヴィクトリア地区の汚らわしいモルペス・マンションに住んでいた。その過去をみることにしよう。

1928年当時、チャーチルは第一次世界大戦の回顧録「世界の危機」の続編を執筆していた。アスター卿の「タイムズ」から2000ポンドの前払い印税を支払ってもらった。これとは別に世界各国での連載を含めての5,000ポンド以上が彼の懐に入っていた。しかし、彼は貧乏のどん底にあった。ウォール街での株投資で大損失をしていたからだ。このことはすでに書いた。

ユダヤ王ロスチャイルド一族のバーナード・バルークはチャーチルにアメリカ講演旅行をやらせ、1万ポンドの保証をしてやった。それでも借金は返せず、バルークに特別に用立ててもらった。彼はユダヤ王ロスチャイルドの御用新聞「デイリー・メール」のビーヴァルック卿と特別契約を結び、8,000ポンド近い原稿料を得ていた。だがそれでも彼の経済的困窮は、別荘を売り払う段階までいったのである。

しかしチャーチルは海軍大臣、首相へとなっていく。政治家になれば収入は極端に減る。では誰が、何の目的のためにチャーチルの借金を返してやったのだろうか。ここまで書けば答えは書かなずもがなであろう。1939年3月、チェンバレン首相は海軍大臣にチャーチルを迎えなければならなくなる。チャーチルは1914年8月に海軍省に入っている。

海軍大臣になると、チャーチルはルーズヴェルト大統領に手紙を出した。2人は数多くの手紙をやりとりをする。一海軍大臣がアメリカ大統領と、どうして秘密のルートで手紙の交換が出来るのであろうか。この2人は「黒い犬」で、ユダヤ王ロスチャイルドから長い長い鎖の手綱で引っ張られていることを考えれば納得がいくのである。

チャーチルの人気は上昇していく。なぜか。チェンバレン首相の宥和政策に公然と抗議しだしたからである。ヒトラーがポーランド領ダイツィヒの割譲を要求した。チャーチルはヒトラーと闘えと叫びだした。黒い貴族の新聞は、戦争を煽りだした。1938年9月30日、イギリスとフランスは宥和政策をとり、侵略されたチェコを犠牲にして、ヒトラーと現状維持の協定を結んだ。この宥和政策は後にヒトラーによるポーランド侵攻により破られ、第2次世界大戦へと拡大していく。(後略)

(引用終わり)

チャーチルはウォール街での株投資で大損し、借金漬けになっていた。本を書いても借金は返せず、別荘まで天皇家の蓄財6売り払わざるをえないとこまで落ちぶれていて、ヴィクトリア地区の汚いマンション暮しをしていた。そこにユダヤ王ロスチャイルドの回し者バーナード・バルークが大戦が始まる1年前にきて、‘一つの条件’をのまされた。その条件とは・・・・上に書いてあるとおりです。首相になって第二次世界大戦を引き起こす、という条件です。

つまりユダヤ王ロスチャイルドなどの国際金融同盟の連中は、弱みをもっている人間をピックアップし、金を渡し、もちろん恫喝もし、操るということです。このことは世界中で起こっており、日本でも頻繁に起こされていて、政治家のスキャンダル暴露はその一つです。‘女を抱かせる’というハニー・トラップも含めて。

そして天皇家にも、スキャンダルは多々あり、そのことが国際金融同盟の天皇家支配に繋がっているということです。ゆえに「近衛首相の忠告を無視して太平洋戦争に突入しなければならなかった日本の悲劇の源がある」と著者の鬼塚氏は書いているのです。

そして先の引用文にさらに続く文章ではその戦争時におけるマネー・ゲームの様相が記されていました。以下に引用します。

(引用開始)

この国際決済銀行を舞台にして、戦争は続けられたのである。日本銀行と横浜正金銀行の大株主は天皇であった。天皇は、二人の役員(それ以外に事務局員たちも)をこの国際決済銀行に送り、取引をさせていたのである。天皇の代理人の役員が金儲けに奔走する場面がハイアムの「国際金融同盟」の中に書かれている。

「1942年夏、フランス政府の閣僚であり、ナチス占領下のパリにある民間銀行のヴォルムス銀行の役員であるピエール・プシューは、イブ・ブレアール・ド・ボアサンジューとBISで会合を持った。プシューはボアサンジューにドワイト・D・アイゼンハワー大将が北アフリカに侵攻する作戦を計画中であると語った。彼はこの情報を友人であるヴィシー駐在のアメリカ国務省代表のロバート・マーフィーから手に入れたのである。ボアサンジューはクルト・フォン・シュレーダーにこの情報を伝えた。シュレーダーと他のドイツ人の銀行家たちは直ちに、フランスの取引銀行と同調して、九〇億フランの金貨をBIS経由でアルジェに搬送した。ドイツの敗北を予測して、ドルの為替差損でボロ儲けを狙ったのである。ナチスの協力者たちはほとんど一晩で、自分たちの持ち金を三億五千万ドルから五億二五百万ドルまで増やしたのだった。この取引に関しては、BISのトーマス・H・マッキトリック、ヘルマン・シュミッツ、ミエル・プール、そして日本人役員たちも共謀に加担していた。この取引の別の協力者でナチス最高司令部にいる他の幹部たちに、この秘密を漏らしたものがいた。この男はバチカンの諜報活動グループに所属する工作員だった。この情報は1946年6月21日にオットー・アーベッツがアメリカ政府担当者に宣誓供述したことで明らかになった。」

この一文は、「戦争とは何か」を如実に示している。戦争は国家間の利害、憎悪の衝突から起こるものだけではなく、巨大なマネー・ゲームでもある。ヒトラーもスターリンも、それを知り尽くしていた。ルーズヴェルトとチャーチルはマネー・ゲームをさせられていたのである。天皇が仕掛けた南進策は、巨大なマネー・ゲームの創造であった。

この面を考察しないから、私たちの日本史は欺瞞だらけのエセ日本史となっている。天皇とその一族は、三井、三菱、住友らの財閥と組んでマネー・ゲームをしていたのである。それゆえ、国際決済銀行に日本銀行と横浜正金銀行が参加したわけである。この銀行に加入していなければ、中国本土に攻め込む力さえなかったのである。ひと度、この銀行に加入してから天皇とその一族は、国際金融のグループ、主としてロスチャイルド財閥の手に落ちていったのである。ドイツのアフリカでの敗北を見こして、日本の役員たちも、スイスという黒い貴族たちの巣窟でマネー・ゲームに興じ、天皇のために金を稼ぐのである。戦争がいちばん金の儲かるゲームであることを天皇ヒロヒトほど知りつくした人物は日本にいなかったし、これからも登場しないだろう。(後略)

(引用終わり)

このように‘戦争’とは国と国の間で行われる利益の収奪、憎悪だけでなく、国際金融同盟の連中がカネ儲けするために引き起こされるということです。否、その方が多いのです。

ところで前回記した私の文で引用させて頂いた「神々の軍隊」濱田政彦 著 三五館 刊 の文の最後に、「おそらく戦後の皇室がえらく貧乏に見えるのは、その資産を戦後の復興に使ったからなのかも知れない」と記してありましたが、私はこの一文に強く違和感を覚えました。本当にそうか? と。

ではここで上に引用させていただいた本の著者である鬼塚氏の他の著作の一つである、

「天皇のロザリオ」成甲書房 刊
https://www.amazon.co.jp/%E5%A4%A9%E7%9A%87%E3%81%AE%E3%83%AD%E3%82%B6%E3%83%AA%E3%82%AA-%E4%B8%8A%E5%B7%BB-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E6%95%99%E5%9B%BD%E5%8C%96%E3%81%AE%E7%AD%96%E8%AC%80-%E9%AC%BC%E5%A1%9A-%E8%8B%B1%E6%98%AD/dp/4880862002


からこの一文についての鬼塚氏の見解が書いてある部分を抜粋してこの文を終わりたいと思います。

(引用開始)

(前略)日本の作家で井上清の名を挙げた。2000年に濱田政彦の「神々の軍隊」が出た。この本の中で濱田は天皇の秘密資金について触れている。引用する。私のこれまでのストーリーを追認するものである。

天皇家の蓄財3「 皇室は蓄えた資産をモルガン商会を通して海外で運用していたが、金塊、プラチナ、銀塊などがスイス、バチカン、スウェーデンの銀行に預けられていた。さらに取り巻きの重臣たちもそれに倣って同商会に接触し、そのおこぼれに預かっていた。中立国スイスには敵対する国の銀行家同士が仲良く机を並べて仕事をしている奇妙な現象が見られるが、中でも国際決済銀行、通称"バーゼルクラブ"は、世界の超富豪が秘密口座を持つ銀行で、治外法権的な存在であった。同行は不安定な紙幣でなく、すべてを金塊で決済する銀行であった。


内大臣・木戸幸一は、日米英戦争末期の昭和19年1月、日本の敗北がいよいよ確実になると、各大財閥の代表(銀行家)を集め、実に660億円(当時)という気の遠くなるような皇室財産を海外に逃がすように指示した。皇室財産は中立国であるスイスの銀行に移され、そこできれいな通貨に"洗浄"されたが、その際に皇室財産は、敵対国にばれぬようナチスの資産という形で処理された。スイスは極秘裏にナチスに協力していたので、ナチスの名のほうが安全だったわけである。


価値の高い資産である金塊(どこから手に入れたのであろうか?)の一部については、国際金融資本と密接な関係にある華僑(日本軍はユダヤ商人とならんで老練な華僑によって、中国問題で苦しめられた)に売却して外国通貨に換え、スイスにある皇室の口座に入れた。さらにその一部はナチスの資産逃亡の手口を倣って、潜水艦によって秘かに南米アルゼンチンに移送された。


大戦末期、ナチスの残党は、親ナチの南仏、スペイン、ポルトガルを経て、潜水艦でナチスの資産が隠されている南米(アルゼンチン、チリ)に大挙して逃走した。そして天皇家の蓄財7南米各地に拠点置き、戦後も世界の反共団体に援助をあたえ、世界政治に隠然たる影響を及ぼし続けているが、このナチスの隠し資産には天文学的な量の金塊が含まれていた。これらはアルゼンチン、チリを経て、さらに南極に移送されたというが、皇室が潜水艦でアルゼンチンに金塊を移送したというのは、想像以上にナチスコネクションと日本の関係が深いことを示唆するものである。加えて言えば、バチカンがナチスに戦争協力したことが近年明らかになってきているが、皇室とバチカン、そしてバチカンとフリーメーソンの関係をたどっていくと、世界的な闇が明らかになってくると思われる。おそらく戦後の皇室がえらく貧乏に見えるのは、その資産を戦後の復興に使ったからなのかも知れない。

M資金の闇は深い・・・・。」

濱田政彦の書いていることは間違いない。ただし、「おそらく戦後の皇室がえらく貧乏に見えるのは、その資産を戦後の復興に使ったからなのかも知れない。」には全く賛成できない。私は、昭和天皇が戦後も、マニングの書いているように蓄財作戦に熱中したと思っている。天皇家の秘密資金の一部がM資金となり、多くの人びとを悩ませたのである。

マーク・ゲインの「ニッポン日記」
https://www.amazon.co.jp/%E3%83%8B%E3%83%83%E3%83%9D%E3%83%B3%E6%97%A5%E8%A8%98-%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%BE%E5%AD%A6%E8%8A%B8%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%AF-%E3%82%B2%E3%82%A4%E3%83%B3/dp/4480084282


には天皇の財産について詳しく書かれている。だがここではすべて省略する。初版本で書かれていることが再版本では省略されているとのみ書く。1946年3月24日、マーク・ゲインは天皇の埼玉行幸を描いている。

大麻3「天皇はただ一人で正食をとった。天皇以外の我々は、冷たい飯と悪臭鼻をつく大根の漬物と、その紡績会社から出された刺身の小片を口に押し込んだ。窓からみると、女工たちが列をなして並んでいたので話をしようと思って戸外に出た。彼女らははずかしそうにクスクス笑うだけで誰も答えてくれそうになかった。が、とにかく彼女等は「十五歳」 ---- 最低就労年齢 ---- で、1日9時間半働き、一日三円乃至五円支払われていることを聞き出した。そこへ天皇が出て来たので、彼女等は最敬礼をし、支配人の号令一下、万歳を唱えた。それから彼女等の専制君主をみようと首を伸ばすのであった。」

当時の女性の日給は1日9時間半働いて1日3三円ないし五円。1945年8月15日から約半年たっているので
、インフレが進んだ後だから半年前はもっと安い。たぶん一円から三円であろう。

計算機を手にして、当時の天皇がどれくらいの金を持っていて、海外の秘密口座に入れたかを計算されよ。そうすれば、その金額の天文学的金額がクローズアップされる。

それでは読者にヒントを一つ与えよう。1945年10月にGHQが発表した皇室財産の内容は書いた。「土地・建物・木材・現金・有価証券(美術品・宝石は含まない)は三十七億二千万円」。

木下道雄の(元侍従長の)「側近日記」
https://www.amazon.co.jp/%E5%81%B4%E8%BF%91%E6%97%A5%E8%AA%8C-%E6%9C%A8%E4%B8%8B-%E9%81%93%E9%9B%84/dp/4163442103


が昭和天皇の死去の翌年の1990年に出版された。この本の解説は伊藤隆(当時東大教授)であった。彼は次のように書いている。

「ところで戦争直後の天皇家の財産は37億5千万円だった。日銀物価価格統計により現在の貨幣価値の311倍で換算すると7,912億円である。」

この数字の10倍近くをスイスの銀行に送り込んで終戦工作に天皇は入ったのである。敗戦前の国家予算は100天皇家の蓄財8億円を切っていた。天皇は自らの生命を守るためと、このスイスの秘密預金を維持し、さらに増やすために戦後工作に入るのである。天皇の「キリスト教入信」対策は、この2つの大事なものを守りぬくべく実行された。国民は依然として雑草のような民草であった。

これが大東亜戦争を天皇が仕掛けた第一の原因だと分かるだろう。

それでもあなたは、天皇陛下にむかって「天皇陛下バンザーイ」と叫ぶのであろうか。それとも広田弘毅(私の注:終戦前の首相経験者の1人)のように「天皇陛下マンザーイ」と叫ぶのであろうか。

(引用終わり)

ということです。戦前も戦後も天皇家は全く貧乏なんかではないのです。そしてこの天皇を安倍晋三は今の象徴から戦前の元首にしようとしています。明治維新後、伊藤博文が大室寅之祐を明治天皇に仕立て上げ、元首にしたように。その狙いは....... 皆さんもう、お分かりですよね?
http://blog.livedoor.jp/shiderz402-seikei/archives/8123592.html


▲△▽▼

フランクリン・ルーズベルトとニューディール派がウォール街の金融資本家と対立していた理由

大恐慌や平成バブル崩壊はウォール街の金融資本家が計画的に仕組んだものだった


1929年10月24日、ニューヨーク・ウォール街では、世界大恐慌の引き金となって、株式大暴落が起こりました。そして、あれから60年後、今度は日本を叩き潰す為に、1990年2月、巨大な経済の逆回転が始まり、平成バブル経済が崩壊しました。

 平成バブルが崩壊するバブル・ピーク時、CIA(Central Intelligence Agency/アメリカ大統領直属の中央情報局)は、ベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦後の次の敵は、日本だと考え始めていました。

事実、1989年秋から始まった、アメリカ系証券会社の株価動向は不気味な動きをし始めました。バブルと、その崩壊に携わったのは、ユダヤ系の金融機関であるソロモン・ブラザーズ(現在のソロモン・スミスバーニー)という証券会社でした。

 ソロモン・ブラザーズは資本主義の歴史に詳しく、また日本の昭和初期の経済にも精通していて、1989年11月、ニューヨークで「日経平均株価が大暴落したら大儲け」という『プット・ワラント』のデリバティブ商品を機関投資家や大口投資家に大量に売り始めたのでした。それ以来、ソロモン・ブラザーズが中心になって、債券、為替、株価のトリプル安が始まります。これがバブル崩壊の裏側に隠れたメカニズムだったのです。

 バブル崩壊のシナリオは、どのようにして仕組まれたのか、その筋書きを追ってみましましょう。

 バブル絶頂期は、1989年にそのピークを迎え、株価は天井でした。この時、多くの日本人は、株価の高騰(こうとう)並びに地下の高騰に、湧きに湧き、怕(こわ)いもの知らずで、日本の投機家達は今迄になく傲慢(ごうまん)になっていました。そしてこの頃、事実CIAは、アメリカの敵は日本であると考え始めていました。

 CIA経済部門のスペシャリスト達は、アメリカ系証券会社のソロモン・ブラザーズ(現在はソロモン・スミスバーニー)と手を組み、日本経済の崩壊作戦に向けて本格的に動き出しました。これが今日の不況を長引かせる要因を作ったのです。これが日本株式市場に於ける下落のシナリオ「バブル崩壊作戦」でした。


ソロモン・ブラザーズは、1989年当時の沸き立つような好景気も、60年前のアメリカ・ニューヨーク.ウォール街での大恐慌と同一のものであると、そのバブル崩壊を予測したのです。

 かつて、国際金融資本の総帥・ロスチャイルドの配下であったロックフェラーやデュポン(世界最大の化学メーカー)らは、この大恐慌を利用して天文学的な巨富を手にしていました。ソロモン・ブラザーズはこれに因(ちな)み、バブル崩壊を企てる研究に取りかかったのです。

 「どうしたら一儲けできるか」からはじまり、「どうしたら日本経済を徹底的に叩く事が出来るか」という結論を導き出し、日本経済崩壊に向けて模索し始めたのです。

 60年前のウォール街での「暗黒の木曜日」の立役者は、国際金融資本の総帥・ロスチャイルドの息の掛かる東部のエスタブリュシュメント達(ロックフェラーを筆頭に、デュポン、ケネディ、オナシス、アスター、バンディ、コリンズ、フリーマン、ラッセル、ファンダイン、リー・クアンシューの超大富豪十二家)でした。

 この者達は手持ち株を売り捲り、その結果、下落に下落を重ね、二束三文になった株式を買い叩いたのです。それで巨万の富を手にしたのですが、今日とは情況が違うことに気付きます。この難題に、しばらく苦慮しますが、ついに糸口を掴んだのです。

 その糸口とは、「何が株価を暴落させる要因になるか」と言うものでした。つまり株価が暴落する切っ掛けを作ればよいのです。そして、「下落によって、下がった株で大儲けできる商品を持っていればよい」ということに行き当たったのです。それが「デリバティブ」でした。

 デリバティブとは、金融派生商品(通貨・金利・債券・株式・株価指数などの金融商品を対象とした先物取引)のことで、「先物取引」という意味合いを持っています。

次の研究課題は「どうやったら大暴落を人工的に作り出し、然(しか)も、そのタイミングに合わせて、自分達の狙うポイントに、総てを集約することが出来るか」という研究に取りかかったのです。
 人工的に大暴落を作り出す場合、60年前の大恐慌では、アメリカの大富豪達による「大量売浴せ」という手法が使われました。

 大量売浴せとは、売方が買方の買数量より、多量の売物を出して買方を圧倒し、相場を押し下げようとすることで、「売り崩し」とも言われます。
 しかし、それでは巨額な資金が必要であり、当時と違って、それほど経済構造は単純なものではなくなっていました。研究に研究を重ねた結果、巧妙(こうみょう)な手口を考え出します。

 それは、「膨らんだ風船を、更に膨らませる手口」だったのです。
 風船は、空気を送り込んで膨らませれば、それだけ膨らみますが、その実体は「バブル」です。膨らむものは、いつか破裂して、大爆発を起こす物理的法則に制約されます。経済とて、この法則下に制約されているのです。彼等はこれに気付いたのでした。

 彼等はそのシナリオを、綿密なストーリーで組み立てました。徐々に膨らみを見せる風船に、意図的に、頃合いを見計らって、更に膨らませ、次に急激に膨らませるという巧妙なストーリーを演出したのです。風船は、今まで徐々に、周囲の状態に馴染みながら膨らんでいたのですが、これに急激な吹圧を掛け、パンパンの膨張状態を作っておいて、一挙に破裂させるという巧妙な演出を画策したのでした。

 彼等は、この原理を東京株式市場に応用して、バブル崩壊を目論んだのです。
 そして彼等は「デリバティブ」という、風船を一突きにする「針」を手に入れ、膨張し過ぎて破裂状態になったところで、一突きにする演出を手がけたのでした。

1989年当時、日本人エコノミスト達は「デリバティブ」という「先物」の実体を知りませんでした。経済や金融の専門家でも、この実体が何なのか、未だに分からず仕舞いでした。またこの事が、バブル崩壊の悲劇を大きくし、当時の日本経済界は全く無防備であったと言えます。


ソロモン・ブラザーズは裁定取引を使って、意図的に、無防備な日本経済に先制攻撃を仕掛けたのです。「梃子(てこ)の原理」(レバレッジ)を利用して、なるべく少ない資金で、効果的にバブル崩壊に導く人工爆発の状態を作り上げる研究をしたのです。次に、バブル崩壊に導く為に、彼等は日経平均の株価操作の研究に没頭しました。

 彼等は、この二つの研究から面白い現象に気付きます。それは日経平均株価(日本経済新聞社が、東京証券取引所一部上場の代表的な225銘柄について算出し、発表しているダウ式平均株価)が単純平均(相加平均のことで、算術平均ともいわれ、n個の数を加えた和をnで除して得る平均値のこと)で作られた「指数」から出来ている事と、もう一つはこれらの指数の分析から、品薄な銘柄を意図的に買うと、少ない資金で日経平均株価を持ち上げることができるという経済現象に気付いたのです。

 こうして研究の成果を、実行に移した時期が1989年の秋から冬に掛けての事でした。日経平均株価は瞬(またた)く間に膨らみ、バブルは天井へと向かっていました。

 その頃、日本の話題はベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦構造が終焉(しゅうえん)を迎えれば、世界市場に進出できる等と、日本人経営者の多くが高を括(くく)っていた頃で、日本人の思い上がりの裏側では、こうした巧妙な仕掛けが、水面下で仕掛けられていたのです。

 大蔵官僚も、エコノミストも、この仕掛けには全く気付いていなかったのです。


ソロモン・ブラザーズの真の狙い

 当時の多くの日本人投資家は、「日経平均株価は10万円に到達する」と信じて疑わない人が多くいました。誰もが強気で、今こそ、この好景気に乗って、買いに転じる時機(とき)だと確信していたのです。その結果、バブルは急速な加速度をつけて、瞬く間に膨らみ始めました。

 この時、ソロモン・ブラザーズは信じられない事をニューヨーク・ウォール街で展開していました。

 1989年11月、彼等は「東京株式大暴落の図式」に則り、『プット・ワラント』という金融派生商品を売り始めていたのです。

 『プット・ワラント』とは、「日経平均株価が大暴落したら大儲け」という新商品であり、この商品をアメリカの大口機関投資家に大量売り込みを図っていたのです。また、これには大口投資家も飛びついたのです。

 彼等の新商品に対するキャッチ・フレーズは「年末から年始に掛けて、日本の株式は大暴落するから、60年前の《1929年10月24日の暗黒の木曜日》の時と同じくらいの大儲けが出来ますよ」でした。

1990年1月2日、ニューヨーク・ウォール街では、日本とは逆に、信じられない現象が起こっていました。突然、為替が円安へと向かったのです。この円安はソロモン・ブラザーズが『プット・ワラント』販売に因(ちな)み、債券や為替や株価の「トリプル安」を企てたものでした。

 そして1月が過ぎ、2月に入り、その月は既に中旬に入っていました。この頃、日経株価はジリ安でしたが、大暴落の兆しは現われていませんでした。

 日本人はまだ、この時にも何も気付いていなかったのです。そして日本経済が、瀕死(ひんし)の重傷に陥っている自覚症状すら、エコノミスト達は感じ取ることが出来なかったのです。

 当時の政治背景としては、自民党の政治家は2月中旬の衆議院選挙で大勝したことに祝杯を上げていた頃で、政界も財界も危機管理意識はなく、全く無防備でした。

 日本人は、まさに「ライオンに、餌を差し出す為に手を伸す呑気(のんき)な兎」でした。腕ごと食いちぎられるか、体ごと丸呑みされるかの、こうした危険すら感じる事もなく、呑気な行動をとっていたのです。

 日本人投資家が、株を買いに奔走している頃、アメリカの金融の裏側ではソロモン・ブラザーズの売り攻勢が激化を極め、これまでジリ安で状態であった株価は、一挙に大暴落へと転じました。バブル崩壊の引き金はこの時に引かれたのです。

ついに1990年2月末には、膨らむだけ膨らんだバブルは、日経平均15,000円台を大幅に割れ込みました。一挙に大暴落が起こったのです。

 ソロモン・ブラザーズの秘密兵器はデリバティブでした。

 デリバティブは説明の通り、現物と先物との価格差を狙った「サヤ取り」であり、「裁定取引」と「オプション」で、日本の株価は下落したら大儲けという派生商品です。この派生商品を、至る処に仕掛けておいて、株価を自由に操ったのです。バブル崩壊の大暴落は証券会社のみならず、大蔵省までを翻弄(ほんろう)の渦に巻き込んだのです。

 この巧妙な仕掛けでソロモン・ブラザーズは、僅か三年の研究とその実行で、一兆円にも昇る莫大な利益を手にしたのです。

 そしてこの後、日本では更に悲惨な状態が続くことになります。

 日経平均株価の大暴落は、株式市場の株価下落だけに止まらず、不動産の分野にも悪影響が及びます。この悪影響は、政府が不動産融資へのマネー供給を停止するという事から始まり、今まで高騰(こうとう)を見せていた大都市の不動産の資産価値が急速に下落したことでした。

 この現象は大都会だけに止まらず、地方にまで波及していきます。不動産の資産価値が下落するとは、それを担保にしていた金融機関の担保価値も大幅に減少したということになります。こうして不良債権の波及が表面化するのです。

 これに対して政府の後手政策は、次から次へと傷口を広げ、日本の資産とマネーの急速な収縮は、今日に見る不景気と連動し始めることになります。
 昇り詰めたものは、いずれ落ちる。これは物事の道理です。この道理に随(したが)い、ソロモン・ブラザーズは、次のプロセスへと準備にかかります。

ソロモン・ブラザーズの真の目的は、ただ単に、日経平均株価を下落させて大儲けすることだけではなかったのです。彼等の真の目的は、日本人の個人金融資産の1300兆円にも上る郵貯(郵便局で取り扱う国営の貯金事業で、元金・利子の支払いは国によって保証される)の食い潰しでした。日本のエコノミスト達は、この事すらも見抜けなかったのです。

 ソロモン・ブラザーズが研究の末に計画した事は、こうした下落が生じた時、政治家はもとより、財界人を始めとして、証券会社等が「これを何とかしろ」と、政府に詰め寄り、殺到することを計算に入れていたのでした。これこそ彼等の真の目的であり、ここに「日本発世界大恐慌」を画策した真の狙いが、ここにあったのです。
http://www.daitouryu.com/iyashi/shinizama/shinizama20.html


▲△▽▼


その昔、日本は国民総ででバブルに踊った時代がありますたね。
バブルを起こして潰す。奴らの詐欺手口の最たるものですた。
バブルがはじけて今では失われた10年と言われていますが、今だに日本経済はその後遺症を引きずっています。自殺者はバブル崩壊から毎年3万人。今だにその数は変わっていません。

その手口を見れば分かるのですがいつもワンパターンです。
最初は甘い話でカモを釣る。こうやれば儲かりますよ。おいしい話でカモを誘います。

そしてころ合いを見計らって真っ逆さまに突き落とす。詐欺師の典型的なパターンです。

最初に奴らはバカスカ札束を刷って、バブルを引き起こす。銀行は貸して貸して貸しまくる。株に投資すれば儲かるよ。土地を買えば儲かるよ。そしてカモが罠にかかったころ合いで急に蛇口を閉める。貸し渋りをやるわけです。
これをやられたら投資家はいきなり資金難に陥ります。そして、資金難に陥ったカモ達から担保として株、土地、あらゆる資産を奪い取るのです。昔からやっていることは同じです。

いい加減気付いたらどうかと思うのですが、今だに引っ掛かっている人がいます。


その当時の日銀総裁であった澄田智(すみださとし)と言う方をご存じでしょうか。日銀退官後は日本ユニセフ協会の会長などをやっていた方です。

澄田さんがバブル潰しの張本人と言われています。
プラザ合意以降、5%だった金利を2.5%に下げ、銀行は貸して貸して貸しまくった。その当時は、黙ってても銀行が頭を下げて貸しに来たという話は誰でも覚えているはずです。そういうジャブジャブ溢れた資金が株や不動産に流れ込んだ。借金しても金利は安いし土地や株を買えば値上がりするしで猛烈なバブルが起きたのですた。

そしてバブルが膨らみきったころ合いを図って、澄田さんはいきなり公定歩合を8%、長期金利は 10%まで引き揚げた。蛇口を閉めたのですた。借金すると金利が高い。値下がりリスクのある株や不動産よりも安全な銀行預金の方が良いということで投資家は一斉に株と不動産から資金を引き上げた。土地や株は一気に値下がり=バブル崩壊と言われています。

バカスカ金を貸し出して狂乱状態を作ってからブルを破裂させる。
その後には膨大な焼け野原、不良債権の山だけが残る。
それを二束三文で奴らが買い叩く。
昔からの手口。ばればれの三文シナリオだったのですた。

さて、それにしても、そのバブル潰しの張本人澄田さんはどのような経歴の持ち主だったのでしょうか。

澄田さんと言えばフランスに留学した留学組で、その後ベルギー大使館、フランス大使館の一等書記官からキャリアをスタートしたエリート官僚ですた。
そしてその後は、順調に大蔵省で出世して日銀総裁になっています。
澄田さんとフランス財界のつながりはお父様の代から囁かれていますた。


澄田智さんは、日銀総裁を辞めた後、ロスチャイルド・フランスの旗艦、投資銀行ラザール・不レールに最高顧問として天下りしています。

ちっとはカモフラージュでもして隠せと思うのですが、親子二代に渡って奴らの充実な部下だったという、そのまんまの経歴の持ち主ですた。
http://goldentamatama.blog84.fc2.com/


▲△▽▼


2005年11月30日
最近、株価が上昇してますが、日本経済に株価が上昇するようなファクターがあったっけかな?と不思議に思っていました。GENDAI NETに気になる記述を見つけました


10月23日(日)の「がっちりマンデー!!」という民放番組を見ていると、ゲストに当時の竹中蔵相を招いて「竹中大臣の新日本経済入門U」みたいなのをやっていました(リンク)。

その番組中で竹中前蔵相は、「それを私の口から言ってしまうと問題がある」とは言いつつもニヤニヤしながら“これから投資の時代ですよ〜”、みたいなニュアンスを醸し出していました。民放とつるんで、朝からTV漬けの主婦など(竹中氏曰く“IQが低い”←リンク)の層を個人投資家として株式市場に参加させ、バブルを起こさせようというのが狙いか?と疑ってしまいます。それでも個人投資家のシェアは15年前から7%程伸びただけというのが実情。

注目はやはり、15年間で4倍にも跳ね上がって、いまやシェアの半分になろうとしている外国人投資家の方でしょう。日本の株式市場なのに、国内機関投資家のシェアがたったの3%以下(信託入れても12%)なのに、外国人投資家が46.7%もあるというのも、いかにも異常な感じがします。

国内機関投資家は、体力が無いのと前回のバブルでひどい目にあったので“羹に懲りて膾を吹く”みたいなことでシェアが少ないのかもしれませんが、個人投資家はしっかり37%のシェア。もしかして彼らは、バブルを経験していない(orその当時ひどい目に遭わなかった?)新興の勢力なのかもしれません。だとしたら、外国人投資家にとっては、投資にそれほど慣れていない(でも、「もうからへんかいな〜」と甘い夢を見ている)連中は恰好の“カモ”に映っているのではないでしょうか(実際、投資経験の浅い学生や主婦がデイトレを始める中心層とよく聞きます)。

もしそうだとすると、いやな予感が脳裏をよぎります。

彼らの投資資金は、海千山千の外国人投資家に揺さぶりをかけられて丸ごと持っていかれる…というシナリオなのではないでしょうか。

1994年:メキシコをはじめとする中南米バブル、1997年:東南アジアバブル、1998年ロシア金融危機など、次々と各地でバブルを演出し、そのたびに自分達だけがっぽり儲けて、地元の経済や社会をボロボロに破壊し、そこに付けこんでIMFを介して世界各国の経済支配を強化してきた勢力がいます(参照:17664、リンク)。

今回は、小泉首相をはじめ官庁やマスコミまでがグルになって旗を振って、国民を道連れにバブルに突き進もうとしているかのように見えます。私達は、それらの勢力やエコノミストたちの戯言に惑わされて、前回のバブル崩壊や中南米・アジアと同じ轍を踏むようなことはあってはならないと思います。
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=101985


http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/818.html#c2

[近代史4] 新型コロナウイルスはデザイナーズウィルス、免疫細胞を無効化することが判明 中川隆
36. 中川隆[-12906] koaQ7Jey 2020年4月27日 13:40:16 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[23]
2015年のネイチャーに載ってる

■石正麗(Shi Zhengli) 55歳女性 武漢ウイルス研究所 研究主任

彼女は2015年のNature Medicine誌において、「SARSコロナウイルスバックボーンと中国キクガシラコウモリの遺伝子操作により
人間のACE2受容体と結合できるハイブリッドコロナウイルスを設計した」と発表。

コロナウイルスには王冠のような突起があり、その突起が人間と結合すれば感染する仕組みだが、コウモリの中にいた元のコロナウイルスは人間とは結合できない種類。
しかし石正麗はそのコロナウイルスを改造し、人間への感染を可能にした新型コロナウイルスを開発。
その上で更に研究を進め、ヒトが新型コロナに対して免疫を持ちにくくするため、HIVウイルスとの遺伝子合成する研究も行っていた。
https://www.nature.com/articles/nm.3985


■新型コロナウイルスは「免疫細胞を無効化する」
上海の復旦大学ル・ル氏とニューヨーク血液センターのチャン・シボ氏の研究者チームによって、新型コロナウイルスが人の免疫細胞を殺すことを発見したのです。

この免疫破壊作用は、コロナウイルスの感染症である重症急性呼吸器症候群(SARS)にはなく、新型コロナウイルス特有のものであるとのこと。
https://nazology.net/archives/56567
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/768.html#c36

[近代史4] 新型コロナウイルス肺炎は「間質性肺炎」で致死率100% ? 中川隆
51. 中川隆[-12905] koaQ7Jey 2020年4月27日 13:40:58 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[24]
2015年のネイチャーに載ってる

■石正麗(Shi Zhengli) 55歳女性 武漢ウイルス研究所 研究主任

彼女は2015年のNature Medicine誌において、「SARSコロナウイルスバックボーンと中国キクガシラコウモリの遺伝子操作により
人間のACE2受容体と結合できるハイブリッドコロナウイルスを設計した」と発表。

コロナウイルスには王冠のような突起があり、その突起が人間と結合すれば感染する仕組みだが、コウモリの中にいた元のコロナウイルスは人間とは結合できない種類。
しかし石正麗はそのコロナウイルスを改造し、人間への感染を可能にした新型コロナウイルスを開発。
その上で更に研究を進め、ヒトが新型コロナに対して免疫を持ちにくくするため、HIVウイルスとの遺伝子合成する研究も行っていた。
https://www.nature.com/articles/nm.3985


■新型コロナウイルスは「免疫細胞を無効化する」
上海の復旦大学ル・ル氏とニューヨーク血液センターのチャン・シボ氏の研究者チームによって、新型コロナウイルスが人の免疫細胞を殺すことを発見したのです。

この免疫破壊作用は、コロナウイルスの感染症である重症急性呼吸器症候群(SARS)にはなく、新型コロナウイルス特有のものであるとのこと。
https://nazology.net/archives/56567
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/741.html#c51

[近代史4] 焼け太る中国!対策が打てない日本!コロナ恐慌に打ち勝つには! 中川隆
25. 中川隆[-12904] koaQ7Jey 2020年4月27日 13:41:33 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[25]
2015年のネイチャーに載ってる

■石正麗(Shi Zhengli) 55歳女性 武漢ウイルス研究所 研究主任

彼女は2015年のNature Medicine誌において、「SARSコロナウイルスバックボーンと中国キクガシラコウモリの遺伝子操作により
人間のACE2受容体と結合できるハイブリッドコロナウイルスを設計した」と発表。

コロナウイルスには王冠のような突起があり、その突起が人間と結合すれば感染する仕組みだが、コウモリの中にいた元のコロナウイルスは人間とは結合できない種類。
しかし石正麗はそのコロナウイルスを改造し、人間への感染を可能にした新型コロナウイルスを開発。
その上で更に研究を進め、ヒトが新型コロナに対して免疫を持ちにくくするため、HIVウイルスとの遺伝子合成する研究も行っていた。
https://www.nature.com/articles/nm.3985


■新型コロナウイルスは「免疫細胞を無効化する」
上海の復旦大学ル・ル氏とニューヨーク血液センターのチャン・シボ氏の研究者チームによって、新型コロナウイルスが人の免疫細胞を殺すことを発見したのです。

この免疫破壊作用は、コロナウイルスの感染症である重症急性呼吸器症候群(SARS)にはなく、新型コロナウイルス特有のものであるとのこと。
https://nazology.net/archives/56567
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/762.html#c25

[近代史4] 河添恵子 : 習政権が必死に隠している武漢コロナ・ウイルスの発生源 中川隆
19. 中川隆[-12903] koaQ7Jey 2020年4月27日 13:42:13 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[26]
2015年のネイチャーに載ってる

■石正麗(Shi Zhengli) 55歳女性 武漢ウイルス研究所 研究主任

彼女は2015年のNature Medicine誌において、「SARSコロナウイルスバックボーンと中国キクガシラコウモリの遺伝子操作により
人間のACE2受容体と結合できるハイブリッドコロナウイルスを設計した」と発表。

コロナウイルスには王冠のような突起があり、その突起が人間と結合すれば感染する仕組みだが、コウモリの中にいた元のコロナウイルスは人間とは結合できない種類。
しかし石正麗はそのコロナウイルスを改造し、人間への感染を可能にした新型コロナウイルスを開発。
その上で更に研究を進め、ヒトが新型コロナに対して免疫を持ちにくくするため、HIVウイルスとの遺伝子合成する研究も行っていた。
https://www.nature.com/articles/nm.3985


■新型コロナウイルスは「免疫細胞を無効化する」
上海の復旦大学ル・ル氏とニューヨーク血液センターのチャン・シボ氏の研究者チームによって、新型コロナウイルスが人の免疫細胞を殺すことを発見したのです。

この免疫破壊作用は、コロナウイルスの感染症である重症急性呼吸器症候群(SARS)にはなく、新型コロナウイルス特有のものであるとのこと。
https://nazology.net/archives/56567
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/602.html#c19

[近代史4] イスラエルは中東の対立を煽る為に作られた 中川隆
1. 中川隆[-12902] koaQ7Jey 2020年4月27日 14:44:47 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[27]

ペトロダラーシステム崩壊?


2020.04.21
原油価格マイナス!史上初! 通貨紙屑化の重要サイン来たーーー!
https://golden-tamatama.com/blog-entry-oil-value-minus.html


つぉぉぉぉおお。

ぇああああああああ。
何このチャート。
原油価格がぁぁあ。


初のマイナスになってしまいますた。


逆オイルショック来たー


価格がマイナスってどういうこと?
イメージつきにくいかもしれませんが。
石油買ったらお金貰えるということです。


初の原油価格マイナスを受けて
NYダウも592ドル安。


はい。
そうか。
これからガソリン価格安くなるんだ。
ワーイ(∩´∀`)∩
そんな単純な話じゃない。
もっと根本的な。。
次の段階。
そう。
これは次の段階の重要なサイン。
通貨の紙屑化。
いよいよ来る。
なぜそうなるのか。
前に書いた説明を再度載せときます。
皆さん知っての通りアメリカは借金大国ですよね。
不思議に思わないでしょうか、なんで毎年あんな借金してやってけるんだ?
毎年80兆の赤字。
輸入と輸出の差し引きが輸入が80兆も上回っている借金大国です。

えっ?
アメリカってそんなに毎年赤字なの?
だってgoogleとかappleとかfacebookとかamazonがあるじゃない。
それはアメリカのシリコンバレーの企業でしょ。
いやいや、IT企業はどっちかというと無国籍企業です。
タックスヘイブン企業。
アメリカの会社じゃぁありません。
アメリカは自動車、電気製品、食料品。
ありとあらゆるものを輸入してます。
完全輸入超過大国です。
これを個人の家計で例えるなら、支出と収入で差し引き毎年800万の赤字。
収入がちょびっとしかないのに、毎年バカスカ買い物してるキチガイ一家ってことです。
普通なら破産しちゃいますよね。
ぇえ?
なんでそれでやってけるの?
どらえもーーん。
毎年無駄遣いし過ぎて借金で首が回らないよ〜。
もうしょうがないなぁ のび太君は。

はい。
ペトロダラーシステム〜
じゃーん。

これを使えばどんなに借金をしようがやってけるんだ。
わーい(∩´∀`)∩
ありがとうカネえもーん。
そう。何度も今まで書いたことですね。
そりゃぁあんた。
米ドルが基軸通貨だからです。
アメリカはとにかく毎年米ドルを刷りまくってる。
そのため借金しようがなんだろうが、やってけるのです。
ぇ?
でも、そんなに米ドルを刷りまくったらハイパーインフレになるんじゃない?
例えばベネズエラなんて、こんなハイパーインフレになっちゃいますたよ。

いやいや。
ベネズエラの通貨ボリバルなんて誰も欲しがりません。
というか通貨名すら知りません。
そんな通貨を刷りまくったらそりゃインフレになるのは当たり前です。
でも、米ドルは世界中の人が欲しがってますよね。
だから米ドルは紙屑にならないのです。
これをペトロダラーシステムというのです。
アメリカが借金大国なのにやっていける仕組み。
米ドルが紙屑にならない仕組み。
例えばあなたが世界のどっかの国の人だとします。
そうですね。
あなたは例えば極北のアイスランド人だったとして。
ガクガクガクガク。
寒い。凍え死ぬ。
石油欲しい。
石油欲しいよ〜
そう思って、サウジアラビアさんに問い合わせる。
すみません。石油売ってくれませんか?
そうすると、1バレル70ドルですね。
そう言われる。
ドル以外では買えないんですか?
アイスランドの通貨クローナでは買えないの?
すみません。うちはドルでしか売ってないんですよ。
そう断られる。
そうですか。。。
で、しょうがないので他のイラクとかクェートとかいろんな国に問い合わせる。
でも、全部ドルでしか売ってくれないのですた。
実は原油はぜーーーんぶドルでしか買えない。
つまり、あなたは原油を手に入れようと思ったら、
まず自分の通貨とドルを交換してからそれで原油を買わざる得ないのですた。
これをペトロダラーシステムと言うのですた。
ペトロ(石油)とドルをくっつけた造語です。
ってことは普通に分かると思いますが、ドルの価値は下がりませんね。
だって、世界中の人が石油を欲しがる限り、ドルと交換したがるわけですから。
なので米ドルを刷りまくってもインフレにならないのです。
で、産油国はどんどん米ドルが貯まってきちゃいます。
当たり前ですが。
この溜まった米ドルどうしよう。
で、産油国はその米ドルをなにかで運用しようとするのですが、どこで運用するでしょうか。
実は、産油国はその米ドルで米国債を買ってるんですね。
つまりアメリカにお金を貸してあげてるのです。
https://news.yahoo.co.jp/byline/kosugetsutomu/20180109-00080211/


https://golden-tamatama.com/wp-content/uploads/2018/03/WS20180220AZC21AGAG000611.jpg

サウジアラビアさんなどの産油国は貯まった米ドルで米国債(借用証書)を買ってるのです。

これが必殺のペトロダラーシステムです。
どらえもんの出してくれた打出の小づち。

これで借金大国アメリカは維持されているのですた。
まわりまわって価値がアメリカに還流する仕組み。
どんなに使おうが、価値が回って戻って来るのです。
はい。
ですから
原油がマイナスになった。
この意味分かりますね。
その仕組みが逆回転し始めるのです。
今まで価値が米国にまわって来たものが、
今度は米国から価値がどんどん逃げてくくということです。
米ドルは石油価格で、価値を裏付けされてきた。
でも、マイナスになったということは。
こんな紙屑、なんで引き受けなきゃならないの?
引き受けてあげてもいいけど、保管料5万円よこせ。
このようになるのです。

いや、基軸通貨ドルに重要なサイン出た。
いよいよ来た。
世界の株価は半値戻しつつある。
でもそこから真っ逆さまに。。
かなり近い。
ひじょーに近い。

https://golden-tamatama.com/blog-entry-oil-value-minus.html
 


▲△▽▼

ペトロダラーの終焉か、人民元建て原油先物の取引開始迫る
小菅努 | マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト
2018/1/9
https://news.yahoo.co.jp/byline/kosugetsutomu/20180109-00080211/

中国で人民元建て原油先物取引が間もなく開始される。昨年12月に中国政府は取引開始の最終承認を行っているが、ポータル・ニュースサイト界面(Jiemian.com)は匿名の先物業者の話として、「1月18日」の取引開始で決まったと報じている。上場される上海期貨交易所の上海国際エネルギー取引所(INE)からの正式発表は行われていないが、12月中にシステムテストも終わっており、昨年から何度も延長が繰り返されていた人民元建て原油先物取引の開始が間近に迫っている。

国際原油価格については、米国のNYMEXで取引されているWTI原油先物、欧州のICEで取引されているブレント原油先物、そして中東(ドバイ)原油の三つが国際指標になるが、いずれもドル建てで取引されている。1バレル(約159kl)を何ドルにするのかを市場で決定し、これを指標価格に油種などに応じて各国が取引価格を決定していく流れになる。

一方、日本では東京商品取引所(TOCOM)がドバイ原油先物取引を上場しており、これは1klを何円にするのかを決定している。国内ではリットル単位の方が利便性が高く、自国通貨である円建ての指標価格を決定している。

その意味では、中国で人民元建て原油先物取引が開始されても、何ら議論に値しないとみることもできる。実際に、中国には上海期貨交易所の他に大連商品取引所、鄭州商品取引所などの大型の商品取引所が存在しており、工業用素材から農産物まで幅広いコモディティ(商品)の人民元建て指標価格が決定されている。

しかし、マーケットでは人民元建て原油先物取引の開始は、銅や大豆といった他のコモディティ先物取引とは異なる意味がある動きとの評価が存在している。すなわち、単純に人民元建て原油の指標価格を決定するのみならず、中国のより大きな国家戦略の中に位置づけられる動きとみられているのだ。具体的には、国際基軸通貨ドルに人民元が挑戦する通貨戦略がいよいよ佳境に入ったとみられている。


■ペトロダラーに挑戦する中国

この議論を理解するためには、「ペトロダラー(Petrodollar)」の話から始めなければならない。あまり聞きなれない言葉かもしれないが、「petroleum(=石油)」と「dollar(=ドル)」を合成した用語であり、国際原油取引では米ドルが国際決済通貨の殆どを占めることで、このような呼ばれ方をする。もっと踏み込むと、国際基軸通貨としてのドルの地位を維持するために、あらゆる国が必要としている石油をドルのみで取引する体制を創出・維持することを通じて、ドルの地位を守るアメリカの国家戦略システムと言える。

ペトロダラーの役割を重視する人達は、このペトロダラーの再循環(リサイクル)体制こそが、米国が世界最大の超大国としての地位を守るために、重要な役割を果たしていると考える。アメリカは「双子の赤字」と言われる巨額の貿易赤字と財政赤字を抱えており、通常であればインフレや通貨価値の低下、国際通貨としての地位低下といったアメリカにとって歓迎できない動きが想定される。それにもかかわらず、一貫して巨額の軍事支出が可能であり、中国に次ぐ世界第二位の経済規模を維持できているのは、ペトロダラーの再循環体制の恩恵と言える訳だ。

ロジックとしては、あらゆる国家は石油を必要としており、その国際決済をドルで行う限りは、産油国に巨額のドルが流れ込むことになる。そして、産油国はこのドルを米国債購入などを通じて米経済に還流させることで、アメリカの経済・財政を支援することになる。そしてアメリカはこうした流れを維持するために原油価格を高値誘導する必要があり、国際通貨基金(IMF)などを通じて新興国に資金援助(ドル)を行い、そのドルが原油購入を通じて再び米国に帰ってくる流れになる。


こうした視点からは、米経済とドルはペトロダラーの再循環体制によって支えられていると言え、今回の中国による人民元建て原油先物取引の開始は、このポスト金本位制のアメリカ経済とドルを支えてきた体制への挑戦ではないかとみられているのだ。

この辺の議論は陰謀論のようなものも数多く、例えばブッシュ政権がイラク攻撃で湾岸戦争に踏み切った背景としては、その当時のフセイン大統領が原油取引の決済をドル建てからユーロ建てに移行すると表明したことが、アメリカの「レッドライン」を超えたとの見方がある。イラクがペトロダラー体制に明確な反旗を翻したことで、他産油国がこうした動きに同調することを阻止するための見せしめとして、アメリカはイラク攻撃に踏み切ったという訳だ。

本稿ではこうした分析の是非については評価しないが、いずれにしても金、ドル、原油市場などには、ペトロダラーの再循環体制が崩壊した場合には、経済・政治・軍事などの面で大きな混乱が生じるとの見方が存在していることは間違いない。中国の人民元国際化への歩みが新たなステージに突入し、ペトロダラー再循環体制に危機が生じるとの見方が存在することが、人民元建て原油先物取引開始の動きが、マーケットで注目されている理由である。

従来は、ペトロダラーに挑戦する通貨があるとすればユーロだとみられていたが、欧州債務危機でユーロは自滅してドルに挑戦する当面の権利を失った。こうした中、世界最大の経済規模を確立し、軍事・政治の点でもプレゼンスを増す中国の通貨人民元が、いよいよドルに本格挑戦を開始する一里塚になるかもしれない動きになっている。


■結論が出るまでは長い時間が必要

仮に世界最大の原油輸入国である中国が、原油取引を順次人民元建てに移行することができれば、原油市場のみならずドルや金市場、更には国際政治・軍事にも大きな影響が生じる可能性がある。中国は既に「一帯一路(シルクロード経済圏)」構想において、資金提供を人民元建てで行うと同時に、地域の資源調達においても人民元決済を広げるなど、中国国外にも人民元建て決済圏を広げる努力を行っている。

その最終段階ともいえる国際基軸通貨ドルへの挑戦は1年や2年で結論が出るものではないが、少なくとも中国の原油取引決済でドルから人民元へのシフトが進めば、ペトロダラー再循環体制の議論を無視するとしても、ドルを取り巻く環境には大きな変化が生じる可能性がある。

ここ数年の通貨市場では法定通貨と仮想通貨との共存が可能かを巡る議論が活発化しているが、その法定通貨内では人民元のドルに対する挑戦が着実にレベルを引き上げている。TOCOMのドバイ原油先物上場などと、中国の原油先物上場の議論は、全く別次元のものである可能性が高いのだ。中国の人民元建て原油先物価格のスタートで、世界の政治経済環境に大きな変革が生じるか否かが注目される局面になっている。
https://news.yahoo.co.jp/byline/kosugetsutomu/20180109-00080211/



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マイナスの原油価格が語るものとは?専門家の意見
© REUTERS / Maxim Shemetov 2020年04月22日

ニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)でWTI(West Texas Intermediate)先物の5月物が月曜日の終値で300%暴落し、1バレルあたりマイナス37.63ドルまで落ち込んだ。このショッキングな数字は何を意味するのか、これにより世界経済は大惨事シナリオにどれだけ近づくのか、スプートニクが専門家にきいた。
金融アナリストのアンナ・コロリョワ氏は、今後の状況について、控えめながらも楽観的な予測を語った。

「どの産油国も採掘を行う企業に費用を支払わなければなりません。原価はどう計算しても、1バレル30ドルを下りません。企業にしてみれば、価格がマイナスになれば、倒産した方がマシです。身を切って従業員に給与を支払い、さらに生産した原油を買い取ってもらうために購入者に追加の支払いをするよりは、その方がマシです。これは完全に非現実的なシナリオであるため、原油価格の状況は必ず正常化します。もちろん、すぐ近い将来という訳にはいきませんが、私の予測では2ヶ月ほどで、市場に積み上がった膨大な在庫がはければすぐに、原油は値上がりするでしょう。」


1兆ドルで日本の経済は救われるか?

4月9日、OPECプラスの産油国は合計で日量1000万バレルの減産を話し合うビデオ会議を実施した。そのとき、メキシコ以外のすべての参加国が減産提案に同意し、翌日にはメキシコもアメリカと減産を調整した。それなのに、なぜこの合意が効かなかったのか?

アンナ・コロリョワ氏は言う。「完全に均衡を失った原油市場は、事実上、依然として続いています。今の市場には、コロナウイルスのパンデミックによる急激な不安定が原因で、何をしても効きません。たとえ政治化の声明でもです。市場は単に彼らを信じておらず、具体的なタイミングでどうするのが良いかという自らの考えに基づいて行動しているのです。」

ここでもうひとつ当然の疑問が湧いてくる。どうしてこの最悪で恐ろしい石油価格暴落が、ベンチマークだと考えられている北海ブレントではなく、WTI先物の5月物で起こったのだろうか?(編集部注:北海ブレントとWTIは、比重や加工度(精製レベル)の仕様が異なる2つの油種である。)

アンナ・コロリョワ氏は、今回のWTI先物の5月物には具体的な投機的要素があったと考えている。「これは(価格を暴落させ、市場の自然な動きを待たずに、上がるところで稼ごうとする)投機的な売りです。ですから、WTI先物の状況は近いうちに解消すると考えるのが合理的です。つまり、大暴落はおそらく通常の市場の下落に変わるだろうということです。そしてWTI先物の価格も近いうちに元に戻るはずです。」

ただしコロリョワ氏は、コロナウイルスによる世界経済の損失額を計算した人はまだいないため、石油価格を「当てる」ことや石油市場を正確に予測することには、現段階では意味がないと考えている。
https://jp.sputniknews.com/business/202004227385361/



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焼け太り中国がコロナ後に世界を支配する

コロナ後の世界 - 内田樹の研究室 2020-04-22
http://blog.tatsuru.com/2020/04/22_1114.html

『月刊日本』にロングインタビューが掲載された。「コロナ後の世界」について。


■「独裁か、民主主義か」という歴史的分岐点

―― 世界中がコロナ危機の対応に追われています。しかしたとえコロナが収束しても、もはや「元の世界」には戻らないと思います。内田さんはコロナ危機にどんな問題意識を持っていますか。

内田 新型コロナウイルス禍は、これからの世界のあり方を一変させると思います。「コロナ以前」と「コロナ以後」では世界の政治体制や経済体制は別のものになるでしょう。

 最も危惧しているのは、「新型コロナウイルスが民主主義を殺すかもしれない」ということです。こういう危機に際しては民主国家よりも独裁国家の方が適切に対処できるのではないか・・・と人々が思い始めるリスクがある。今回は中国が都市閉鎖や「一夜城」的な病院建設や医療資源の集中という、民主国家ではまず実施できない政策を強権的に下して、結果的に感染の抑制に成功しました。逆に、アメリカはトランプ大統領が秋の大統領選での再選という自己都合を優先させて、感染当初は「まったく問題ない」と言い張って初動に大きく後れを取り、感染が広がり出してからは有権者受けを狙った政策を連発しました。科学的で巨視的な対策を採れなかった。

 この差は、コロナ禍が終息した後の「アメリカの相対的な国威の低下」と「中国の相対的な国威の向上」として帰結すると予測されます。パンデミックを契機に、国際社会における米中のプレゼンスが逆転する。

 中国は新型コロナウイルスの発生源になり、初期段階では情報隠蔽や責任回避など、非民主的体制の脆さを露呈しましたが、党中央が仕切るようになってからは、強権的な手法で一気に感染拡大を抑え込んだ。それだけではなくて、中国は他国の支援に乗り出した。中国はマスクや検査キットや人工呼吸器や防護服などの医療資源の生産拠点です。どの国も喉から手が出るほど欲しがっているものを国内で潤沢に生産できる。このアドバンテージを利用して、習近平は医療支援する側に回った。

 イタリアは3月初旬に医療崩壊の危機に瀕しました。支援を要請しましたがEUの他のメンバーは反応してくれなかった。中国だけが支援を申し出た。人工呼吸器、マスク、防護服を送りました。これでイタリア国民の対中国評価は一気に上がった。知り合いのイタリア人も「いま頼りになるのは中国だけだ」と言っていました。

 もちろん中国も国益優先です。でも、トランプは秋の大統領選までのことしか考えていないけれど、習近平はこれから5年先10年先の地政学的地位を見越して行動している。短期的には「持ち出し」でも、長期的にはこの出費は回収できると見越して支援に動いた。この視野の広さの差がはっきりした。コロナ禍への対応を通じて、中国は国際社会を支える能力も意志もあることを明示し、アメリカは国際社会のリーダーシップを事実上放棄した。コロナ禍との戦いはこれから後も場合によっては1年以上続くかも知れませんが、アメリカがどこかで軌道修正をしないと、これ以後の国際協力体制は中国が指導することになりかねない。

―― 今回、中国の成功と米国の失敗が明らかになった。それが「コロナ以後」の政治体制にもつながってくるわけですね。

内田 そうです。今後、コロナ禍が終息して、危機を総括する段階になったところで、「米中の明暗を分けたのは政治システムの違いではないか」という議論が出て来るはずです。

 米中の政治システムを比較してみると、まず中国は一党独裁で、血みどろの権力闘争に勝ち残った人間がトップになる。実力主義の競争ですから、無能な人間がトップになることはまずない。それに対してアメリカの有権者は必ずしも有能な統治者を求めていない。アレクシス・ド・トクヴィルが洞察した通り、アメリカの有権者は自分たちと知性・徳性において同程度の人間に親近感を覚える。だからトランプのような愚鈍で徳性に欠けた人間が大統領に選ばれるリスクがある。トクヴィルの訪米の時のアメリカ大統領はアンドリュー・ジャクソンでインディアンの虐殺以外に見るべき功績のない凡庸な軍人でしたが、アメリカの有権者は彼を二度大統領に選びました。さいわいなことに、これが中国だったら致命的なことになりますが、アメリカは連邦制と三権分立がしっかり機能しているので、どれほど愚鈍な大統領でも、統治機構に致命的な傷を与えることはできない。

 少なくとも現時点では、アメリカン・デモクラシーよりも、中国的独裁制の方が成功しているように見える。欧州や日本でも、コロナに懲りて、「民主制を制限すべきだ」と言い出す人が必ず出てきます。

 中国はすでに顔認証システムなど網羅的な国民監視システムを開発して、これをアフリカやシンガポールや中南米の独裁国家に輸出しています。国民を監視・管理するシステムにおいて、中国はすでに世界一です。そういう抑圧的な統治機構に親近感を感じる人は自民党にもいますから、彼らは遠からず「中国に学べ」と言い始めるでしょう。


■なぜ安倍政権には危機管理能力がなかったのか

―― そのような大勢のなかで日本の状況はどう見るべきですか。

内田 日本はパンデミックの対応にははっきり失敗したと言ってよいと思います。それがどれくらいの規模の失敗であるかは、最終的な感染者・死者数が確定するまでは言えませんが、やり方を間違えていなければ、死者数ははるかに少なく済んだということになるはずです。

 東アジアでは、ほぼ同時に、中国、台湾、韓国、日本の4か国がコロナ問題に取り組みました。中国はほぼ感染を抑え込みました。台湾と韓国は初動の動きが鮮やかで、すでにピークアウトしました。その中で、日本だけが、感染が広まる前の段階で中国韓国やヨーロッパの情報が入っているというアドバンテージがありながら、検査体制も治療体制も整備しないで、無為のうちに二カ月を空費した。準備の時間的余裕がありながら、それをまったく活用しないまま感染拡大を迎えてしまった。

―― なぜ日本は失敗したのですか。

内田 為政者が無能だったということに尽きます。それは総理会見を見れば一目瞭然です。これだけ危機的状況にあるなかで、安倍首相は官僚の書いた作文を読み上げることしかできない。自分の言葉で、現状を説明し、方針を語り、国民に協力を求めるということができない。

 ドイツのメルケル首相やイギリスのボリス・ジョンソン首相やニューヨークのアンドリュー・クオモ州知事はまことに説得力のあるメッセージを発信しました。それには比すべくもない。

 安倍首相は国会質疑でも、記者会見でも、問いに誠実に回答するということをこれまでしないで来ました。平気で嘘をつき、話をごまかし、平気で食言してきた。一言をこれほど軽んじた政治家を私はこれまで見たことがありません。国難的な状況では決して舵取りを委ねてはならない政治家に私たちは舵取りを委ねてしまった。それがどれほど日本に大きなダメージを与えることになっても、それはこのような人物を7年間も政権の座にとどめておいたわれわれの責任です。

 感染症対策として、やるべきことは一つしかありません。他国の成功例を模倣し、失敗例を回避する、これだけです。日本は感染拡大までタイムラグがありましたから、中国や台湾、韓国の前例に学ぶ時間的余裕はあったんです。しかし、政府はそれをしなかった。

 一つには、東京オリンピックを予定通り開催したいという願望に取り憑かれていたからです。そのために「日本では感染は広がっていない。防疫体制も完璧で、すべてはアンダーコントロールだ」と言い続ける必要があった。だから、検査もしなかったし、感染拡大に備えた医療資源の確保も病床の増設もしなかった。最悪の事態に備えてしまうと最悪の事態を招待するかも知れないから、何もしないことによって最悪の事態の到来を防ごうとしたのです。これは日本人に固有な民族誌的奇習です。気持ちはわからないでもありませんが、そういう呪術的な思考をする人間が近代国家の危機管理に当るべきではない。

 先行する成功事例を学ばなかったもう一つの理由は安倍政権が「イデオロギー政権」だからです。政策の適否よりもイデオロギーへの忠誠心の方を優先させた。だから、たとえ有効であることがわかっていても、中国や韓国や台湾の成功例は模倣したくない。野党も次々と対案を出していますが、それも採用しない。それは成功事例や対案の「内容」とは関係がないのです。「誰」が出した案であるかが問題なのです。ふだん敵視し、見下しているものたちのやることは絶対に模倣しない。国民の生命よりも自分のイデオロギーの無謬性方が優先するのです。こんな馬鹿げた理由で感染拡大を座視した国は世界のどこにもありません。

 安倍政権においては、主観的願望が客観的情勢判断を代行する。「そうであって欲しい」という祈願が自動的に「そうである」という事実として物質化する。安倍首相個人においては、それは日常的な現実なんだと思います。森友・加計・桜を見る会と、どの事案でも、首相が「そんなものはない」と宣告した公文書はいつのまにか消滅するし、首相が「知らない」と誓言したことについては関係者全員が記憶を失う。たぶんその全能感に慣れ切ってしまったのでしょう、「感染は拡大しない。すぐに終息する」と自分が言いさえすれば、それがそのまま現実になると半ば信じてしまった。

 リスクヘッジというのは「丁と半の両方の目に張る」ということです。両方に張るわけですから、片方は外れる。リスクヘッジでは、「準備したけれど、使わなかった資源」が必ず無駄になります。「準備したが使用しなかった資源」のことを経済学では「スラック(余裕、遊び)」と呼びます。スラックのあるシステムは危機耐性が強い。スラックのないシステムは弱い。

 東京五輪については「予定通りに開催される準備」と「五輪が中止されるほどのパンデミックに備えた防疫対策策の準備」の二つを同時並行的に行うというのが常識的なリスクヘッジです。五輪準備と防疫体制のいずれかが「スラック」になる。でも、どちらに転んでも対応できた。

 しかし、安倍政権は「五輪開催」の一点張りに賭けた。それを誰も止めなかった。それは今の日本の政治家や官僚の中にリスクヘッジというアイディアを理解している人間がほとんどいないということです。久しく費用対効果だとか「ジャストインタイム」だとか「在庫ゼロ」だとかいうことばかり言ってきたせいで、「危機に備えるためには、スラックが要る」ということの意味がもう理解できなくなった。

 感染症の場合、専門的な医療器具や病床は、パンデミックが起きないときにはほとんど使い道がありません。だから、「医療資源の効率的な活用」とか「病床稼働率の向上」とかいうことを医療の最優先課題だと思っている政治家や役人は感染症用の医療準備を無駄だと思って、カットします。そして、何年かに一度パンデミックが起きて、ばたばた人が死ぬのを見て、「どうして備えがないんだ?」とびっくりする。


■コロナ危機で中産階級が没落する

―― 日本が失敗したからこそ、独裁化の流れが生まれてくる。どういうことですか。

内田 日本はコロナ対応に失敗しましたが、これはもう起きてしまったことなので、取り返しがつかない。われわれに出来るのは、これからその失敗をどう総括し、どこを補正するかということです。本来なら「愚かな為政者を選んだせいで失敗した。これからはもっと賢い為政者を選びましょう」という簡単な話です。でも、そうはゆかない。

 コロナ終息後、自民党は「憲法のせいで必要な施策が実行できなかった」と総括すると思います。必ずそうします。「コロナ対応に失敗したのは、国民の基本的人権に配慮し過ぎたせいだ」と言って、自分たちの失敗の責任を憲法の瑕疵に転嫁しようとする。右派論壇からは、改憲して非常事態条項を新設せよとか、教育制度を変えて滅私奉公の愛国精神を涵養せよとか言い出す連中が湧いて出て来るでしょう。

 コロナ後には「すべて憲法のせい」「民主制は非効率だ」という言説が必ず湧き出てきます。これとどう立ち向かうか、それがコロナ後の最優先課題だと思います。心あるメディアは今こそ民主主義を守り、言論の自由を守るための論陣を張るべきだと思います。そうしないと、『月刊日本』なんかすぐに発禁ですよ。

―― 安倍政権はコロナ対策だけでなく、国民生活を守る経済政策にも失敗しています。

内田 コロナ禍がもたらした最大の社会的影響は「中間層の没落」が決定づけられたということでしょう。民主主義の土台になるのは「分厚い中産階級」です。しかし、新自由主義的な経済政策によって、世界的に階級の二極化が進み、中産階級がどんどん痩せ細って、貧困化している。

 コロナ禍のもたらす消費の冷え込みで、基礎体力のある大企業は何とか生き残れても、中小企業や自営業の多くは倒産や廃業に追い込まれるでしょう。ささやかながら自立した資本家であった市民たちが、労働以外に売るものを持たない無産階級に没落する。このままゆくと、日本社会は「一握りの富裕層」と「圧倒的多数の貧困層」に二極化する。それは亡国のシナリオです。食い止めようと思うならば、政策的に中産階級を保護するしかありません。

 野党はどこも「厚みのある中産階級を形成して、民主主義を守る」という政治課題については共通しているはずです。ですから、次の選挙では、「中産階級の再興と民主主義」をめざすのか「階層の二極化と独裁」をめざすのか、その選択の選挙だということを可視化する必要があると思います。

―― 中産階級が没落して民主主義が形骸化してしまったら、日本の政治はどういうものになるのですか。

内田 階層の二極化が進行すれば、さらに後進国化すると思います。ネポティズム(縁故主義)がはびこり、わずかな国富を少数の支配階層が排他的に独占するという、これまで開発独裁国や、後進国でしか見られなかったような政体になるだろうと思います。森友問題、加計問題、桜を見る会などの露骨なネポティズム事例を見ると、これは安倍政権の本質だと思います。独裁者とその一族が権力と国富を独占し、そのおこぼれに与ろうとする人々がそのまわりに群がる。そういう近代以前への退行が日本ではすでに始まっている。


■民主主義を遂行する「大人」であれ!

―― 今後、日本でも強権的な国家への誘惑が強まるかもしれませんが、それは亡国への道だという事実を肝に銘じなければならない。

内田 確かに短期的なスパンで見れば、中国のような独裁国家のほうが効率的に運営されているように見えます。民主主義は合意形成に時間がかかるし、作業効率が悪い。でも、長期的には民主的な国家のほうがよいものなんです。

 それは、民主主義は、市民の相当数が「成熟した市民」、つまり「大人」でなければ機能しないシステムだからです。少なくとも市民の7%くらいが「大人」でないと、民主主義的システムは回らない。一定数の「大人」がいないと動かないという民主主義の脆弱性が裏から見ると民主主義の遂行的な強みなんです。民主主義は市民たちに成熟を促します。王政や貴族政はそうではありません。少数の為政者が賢ければ、残りの国民はどれほど愚鈍でも未熟でも構わない。国民が全員「子ども」でも、独裁者ひとりが賢者であれば、国は適切に統治できる。むしろ独裁制では集団成員が「子ども」である方がうまく機能する。だから、独裁制は成員たちの市民的成熟を求めない。「何も考えないでいい」と甘やかす。その結果、自分でものを考える力のない、使い物にならない国民ばかりになって、国力が衰微、国運が尽きる。その点、民主主義は国民に対して「注文が多い」システムなんです。でも、そのおかげで復元力の強い、創造的な政体ができる。

 民主主義が生き延びるために、やることは簡単と言えば簡単なんです。システムとしてはもう出来上がっているんですから。後は「大人」の頭数を増やすことだけです。やることはそれだけです。

―― カミュは有名な小説『ペスト』のなかで、最終的に「ペストを他人に移さない紳士」の存在に希望を見出しています。ここに、いま私たちが何をなすべきかのヒントがあると思います。

内田 『ペスト』では、猛威を振るうペストに対して、市民たち有志が保健隊を組織します。これはナチズムに抵抗したレジスタンスの比喩とされています。いま私たちは新型コロナウイルスという「ペスト」に対抗しながら、同時に独裁化という「ペスト」にも対抗しなければならない。その意味で、『ペスト』は現在日本の危機的状況を寓話的に描いたものとして読むこともできます。

 『ペスト』の中で最も印象的な登場人物の一人は、下級役人のグランです。昼間は役所で働いて、夜は趣味で小説を書いている人物ですが、保健隊を結成したときにまっさきに志願する。役所仕事と執筆活動の合間に献身的に保健隊の活動を引き受け、ペストが終息すると、またなにごともなかったように元の平凡な生活に戻る。おそらくグランは、カミュが実際のレジスタンス活動のなかで出会った勇敢な人々の記憶を素材に造形された人物だと思います。特に英雄的なことをしようと思ったわけではなく、市民の当然の義務として、ひとつ間違えば命を落とすかもしれない危険な仕事に就いた。まるで、電車で老人に席を譲るようなカジュアルさで、レジスタンスの活動に参加した。それがカミュにとっての理想的な市民としての「紳士」だったんだろうと思います。

「紳士」にヒロイズムは要りません。過剰に意気込んだり、使命感に緊張したりすると、気長に戦い続けることができませんから。日常生活を穏やかに過ごしながらでなければ、持続した戦いを続けることはできない。

「コロナ以後」の日本で民主主義を守るためには、私たち一人ひとりが「大人」に、でき得るならば「紳士」にならなけらばならない。私はそう思います。
http://blog.tatsuru.com/2020/04/22_1114.html






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原油先物大惨事! (^_^)/~
2020年04月21日
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1098.html

 原油先物WTIがマイナス。歴史的大惨事。::::緊急経済対策、緊急事態宣言、日経平均、下落、ダウ平均、日銀、FRB、GDP、円高、株安、破綻、地
  https://www.youtube.com/watch?v=gCTG_1aZPNM

 この十数年というもの、原油価格の高騰に泣かされてきた庶民としては、快哉を叫ぶしかない珍事が起きている。

 ガソリンスタンドに行って給油すると、1リットル100円だという。
 私 「満タンにしてください」

 店 「40リットル入りました」

 私 「なら4000円だよね……」 はい、といって1万円を渡す。
 
 店 「お釣り出します、1万4000円です……どうぞ」

 私 「ん ???……」

 店 「40リットル入りましたから4000円をお渡しします、ガソリンは1リットル、マイナス100円なんですよ……」

 てな不思議な光景が見られることはないのだが、国際先物原油価格が、1バレル40ドル近いマイナス価格になってしまった。
 https://twitter.com/livedoornews/status/1252358993248321538?ref_src=twsrc%5Egoogle%7Ctwcamp%5Eserp%7Ctwgr%5Etweet

 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58291780R20C20A4000000/

 詳細な理由は、冒頭にリンクしたオリーブの木の動画に説明されている。
 要するに、先物は、先払いして取引が成立済みなので、現物は定まった期日に引き渡される。このとき、必ず引き取らなければならない契約義務が発生しているため、需要が減退して保管タンクが満杯になり、引き取れない事情になってしまった場合、引き取る余裕のある業者に転売しなければならない。
 ニーズもないのに、無理矢理、転売を押しつけるわけだから、引受業者は足下を見て、転売手数料をぼったくることになり、商品価格は暴落どころか、赤字を生むだけの無価値なものとして、マイナス価格がついてしまうわけだ。

 まだ、本日、先ほどのニュースなので、誰もグラフ化しておらず、古い原油価格推移グラフを引用する。

 2016年1月までの古いグラフなので、その後、起きている劇的なドラマは反映されていない。しかし、これまでの原油デリバティブの歴史で、最低価格はバレル15ドルあたりをつけた34年前、1986年1月であるが、それより低い価格は、原油先物の歴史には存在しない。
 それが、先ほど、いきなりマイナス40ドルという価格が成立した。

 これは、驚愕的な価格であり、何を意味するかというと、世界中の原油生産が完全にストップするのである。  
 世界最大の石油輸出国である、アメリカのシェールオイル産業は、これで一気に壊滅するしかない。もしかしたら復興することもできないかもしれない。
 大半が先物に依存した、不安定な綱渡り経営なので、持ちこたえられる体力など存在しないからだ。

 同時に、原油先物に資産を投じてきた、世界中のファンドや、投資企業も倒産することを意味している。そして、倒産に伴う、CLO・CDSなどの保証保険の意味を持った高利回り元本不保証債権は、すべて完全なゴミとなり、これを購入している金融機関・投資家を追い詰める。
 
 1930年代、ニューデール恐慌も佳境に至ったウオール街では、誰も歩道を歩く者がいなくなった。
 一文無しになった投資家たちが、次々に高層ビルから飛び降りて、肉片血しぶきを飛び散らせるからだ。
 同じ光景が再現されるかもしれない。
 https://www.moneypost.jp/644632

 もう原油を掘りだしても、何の意味もない。すべて赤字を生むだけだからだ。
 世界中の、すべての石油生産がストップするだろう。一番困るのは、もちろんアメリカのシェールオイル業界、次にロシア、サウジアラビアだ。
 ドバイの栄華は、色あせ、原油販売を当てにして作られた虚構の市街地の息の根が止まる。

 これが、どれくらい続くかといえば、世界中の備蓄原油が半分くらい消費されてからだろうが、コロナ禍のおかげで、石油消費率が数分の一になってしまっているので、ずいぶん長く続く可能性がある。
 私など、来週あたりから、ありったけの容器で石油を買いだめしたいのだが、残念なことに石油には酸化による劣化があり、品質が、どんどん落ちていってしまうのだ。

 こうした市場供給システムは、一度崩壊してしまうと、元通りに再建するには、とても時間がかかる。業界は綱渡り経営が多いので、「倒産」というイベントを経ると、うまく他社による買収に乗れない場合、資産はバラバラに売り飛ばされ、組織も完全に瓦解してしまって元に戻れない。
 したがって、原油価格が元に戻っても、供給体制そのものが、根底から瓦解しているわけで、崩壊前のシステムが再現されることにはならない。

 ガソリンや灯油価格が下がるのは、とても嬉しいことだが、在庫が減って価格が回復しても、元通りの供給体制が復活しないので、市場価格はひどく不安定な時間を過ごさねばならなくなる。
 輸出入為替システムも崩壊しているので、石油製品の安定供給が非常に困難になると考えるべきだ。この不安定は、数ヶ月ではすまない期間、続く可能性がある。

 シェール業界はじめ、一定の備蓄在庫がある業界は、債務引き当てのため、備蓄を放出するしかないのだが、それも、バレルあたりマイナス40ドルでは不可能になってしまう。世界中の企業備蓄が、二束三文で市場に出回ることになるだろう。
 何よりも、先物投資家たちは、レバレッジをかけているのが普通なので、多くが全財産を失うことになるだろう。
 だから、これは「ニューデール大恐慌が裸足で逃げ出す」ほどの凄まじい経済崩壊が避けられないのである。

 これまで、何度も説明してきたが、何が起きるかというと、金融機関のBIS規制が事実上達成できないので、為替操作が世界的に不可能になり、全世界の物資、食料の流通が止まってしまう。
 リーマンショックの時、為替崩壊により、燃料購入が不可能になり、世界を彷徨った貨物船がたくさんいたことを思い出さねばならない。
 したがって、食料備蓄や自給率の小さな日本のような国では、たちまち輸入食品が手に入らなくなる。誰も経験したことのない、飢餓が始まるのだ。

 だから、私は、ずいぶん前から、プランターでいいから「芋の作り方」を練習しておけよと繰り返し書いてきた。
 何が起きるのか? 食べ物が消えるので、みんなが、わずかな土壌に殺到して、必死になって芋を作り始めるのだ。
 これからは、「芋作りの達人」が、もっとも尊敬される人である。

 そして、何よりも、仲間と共同してダーチャを持つことだと、書いてきた。理想は「ポツンと一軒家」だ。
 私は、この番組が20%を超える視聴率を獲得したことの意味は、視聴者の集合無意識に、これから起きることの不安と、その解決策が示されているからだと考えた。

 http://yadokari.net/real-estate/42085/

http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-298.html

http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1031.html

 これから、コロナ禍と巨大経済崩壊を生き延びるために一番大切なことを考えたい。

 私は、「人の心は弱いもの」だと思う。いつでも、他人と自分を比較して、優越感と劣等感の狭間に揺られて生きている人々は、過去数十年間、一度も経験したことのない凄まじい社会崩壊に、自分と比較すべき、また付和雷同すべき人物が見つからないのだ。
 つまり、たくさんの人が、いったい何をしたらよいのか? 問題解決に何をしたらよいのか分からないまま、食料危機や燃料危機の情勢に、海に漂う漂流物のように流されてゆくしかなくなる。

 こんなときのために人間には知恵がある。
 「三人寄れば文殊の知恵」というとおり、信用できそうな仲間と手を組んで、一緒に困難にあたれば打開策も見つかるはずだ。
 団結する相手を間違えてはいけない。だから、普段から、「いざとなったら、この人と一緒に行動する」と、目星をつけておかねばならないのだ。

 そうして、孤立を避けながら、過疎の田舎にダーチャによる活路を見いだそう。
 まずは、芋を作って食料危機に備えよう。みんなが思ってるほど食料生産は難しいものではない。本当の難しさを思い知るのは、病気が発生しやすくなる三年以上経てからである。

 甘藷は、発芽させれば、それが、そのまま苗になり、想像以上に大量に作ることができる。これが「救荒作物」と呼ばれるゆえんだ。
 しかし、PHや肥料に関する基礎知識もないまま栽培しても、小さな「イモモドキ」しか作ることはできない。
 普段から、ネットで勉強し、できればプランターで試験栽培し、苗や種芋を売っている店を覚えておきたい。

 食べ物と、暖かい家と衣類があれば、なんとか生き延びていけるはずだ。
 もう一つ、一番大切なのは、「信頼できる友」である。友人を大切にし、小さな共同体を結成して、困難にあたろう。

 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-924.html


http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1098.html



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2020/4/23
「コロナ・ショック」と「大崩壊」の先にある世界  
https://green.ap.teacup.com/pekepon/2550.html
 
■ 新コロナウイルスは人工ウイルスか? ■

「新コロナウイスの塩基配列は70%がSARSと共通で、HIVのウイルスも交じっている」とインド工科大学の研究者が感染初期に論文を発表しましたが、直ぐに修正して当たり障りの無い表現に替えてしまいました。しかし、様々な研究の結果、これは、あながち間違いで無い事が分かってきています。

新コロナウイルスの元は中国のキクガシラ・コウモリのウイルスで、それがセンザンコウを介して人に感染する様に変異したというのが表向きの感染経路です。しかし、センザンコウはベトナムなどに生息する絶滅危惧種で(アニメ『キリングバイツ』を観てね)、いくら中国人がセンザンコウのウロコを漢方薬にするからと言って、こんな感染経路は「レア」過ぎて確率論から言えば「奇跡のウイルス」になってしまいます。

それよりも「研究室でチョチョイと作られた」た可能性の方が高いと考えるのは自然の流れで、最初の感染が広がった武漢に中国のウイルス(兵器)の研究所が有る事から、ここからの漏洩が疑われています。意図的では無く「漏れちゃった」というのがミソ。

■ 武漢の感染感染爆発より前に既に中国国内で感染が広がっていた ■

COVID-19の感染で興味深いのは、東アジアや中国の武漢以外の地域での被害の少なさです。これは弱毒性のウイルス感染による事前の抗体の獲得を示唆していますが、日本には武漢株が入って来る前に広東経由で別の株が浸入しているとゲノム解析の結果が示しています。

新型コロナ日本感染ルーツとウイルスの種類:中国のゲノム分析から yahooニュース 3/10 より

この事から、武漢で「強毒?」株が蔓延する以前に、中国本土では既に別の株の感染が拡大していた可能性が高い。


■ 強毒株の出所は中国か?アメリカか? ■

強毒株が最初に武漢で感染を拡大した事から、武漢の感染研究所からの漏洩が疑われる流れとなっていますが、中国の責任を追及するアメリカは「漏洩」を疑っています。いくらなんでも、中国が自国民を犠牲にして、欧米にウイルスによる「バンザ・アタック」を仕掛けたなどとは公には言い難い。

一方、中国の駐仏大使は「「フォート・デトリックの米陸軍研究機関「細菌・生物兵器研究所から漏洩したウイルスが米軍経由で持ち込まれた」と主張します。

米メリーランド州フォート・デトリックの米陸軍研究機関「細菌・生物兵器研究所」が2019年7月、汚染水漏れを起こし、 米疾病対策センター(CDC)の指示によって閉鎖された事件は以前から知られていました。

武漢では感染の始まる前に米軍も参加した「軍人運動会」が開かれていたので、ここで米兵が感染源になったと主張しているのです。

ただ、この主張も「米国内で漏れたウイルスが米兵を介して持ち込まれた」というスタンスです。決して「米国が撒いた」とは言わない。


■ 米中で責任の擦り合いが始まるだろうが、答えは闇の中 ■

米中の責任の擦り合いは、今後ますますエスカレートするハズです。しかし、結論は闇の中でしょう。そもそも、コロナウイルスの変異実験などは、世界中の研究機関(生物兵器開発機関)が手掛けているでしょうから、どこから漏れても不思議では有りません。全然違う研究所のウイルスが武漢で撒かれても誰にも分からないのです。

■ 米中対立と、米中デカップリングこそが目的 ■

私は「世界の経営者」を信じる陰謀論者で、「アメリカだろうが、中国だろうが、ロシアだろうが世界は上で繋がっている」と妄想しますから、今回のウイルス騒動で結果的に何が起きるか妄想する方が好きです。

今回のウイルス騒動で起こるのは「アメリカと中国のデカップリング」です。トランプは中国を仮想敵国として口撃して来ましたが、米経済は中国依存度が高いので、中国と完全に対立する事は不可能です。

アップルはiPhoneを世界中に売って巨額の利益を上げていますが、中国の工場で生産していました。GMも中国国内で生産して中国人相手に車を売っています。スターバックスのチェーン店は中国国内にも沢山有ります。

この様にアメリカ国内で販売される安い製品の多くが中国製であり、アメリカの製造業が生産も消費も中国に依存している状況で、米中が決定的に対立する事は難しい。

しかし、コロナ危機を切っ掛けに、アメリカ経済の中国離れは加速するハズです。トランプは元々、産業の国内回帰を促していました。サムソンも最新の半導体工場をアメリカ国内に建設させられています。


■ 原油安はペトロ・ダラーの存続を脅かすので中東で戦争が始まる ■

ここで注目すべきは「原油安」です。産油国の協調減産の足並みが乱れた事と、コロナショック需要が急激に落ち込んだ事で、原油先物市場では前代未聞の「マイナス」という価格が一時的に付いています。これはヘッジファンドが損切で投げ売りした為に起きた事ですが、それ以降も10ドル台という超安値が続いています。(リーマンショック直後には140ドル/バレルの高値を付けていたと記憶しています。)

原油安はアメリカにとって二つの「不都合な真実」を露呈させます。

1) シェール企業が破綻し、ジャンク債市場も破綻する
2) ペトロ・ダラー(石油兌換通貨)としてのドルの価値が下がる

アメリカにとっては原油価格は50−70ドル程度が適正なはずで、現在の様な極端な低価格が長引くと、手を打たなくてはならない。

「手」とは何かと言えば「中東での戦争」です。これはアメリカの「常套手段」で、ニクソンショックでドルの金兌換が停止された時にも中東で戦争が起こり、原油価格が高騰してドルの価値を支えました(オイルショック)。

リーマンショックの直後にもアメリカがイランを経済制裁する事で、ホルムズ海峡で緊張が高まりました。この時もドルの信用に疑問が持たれていました。

しかし、アメリカがイランと本格的に戦闘する事は避けられていました。何故なら、イランの背後にはロシアと中国が控えています。仮に、イランとサウジアラビアが全面戦争に突入したら、米と中露の対立は決定的となり、場合によっては局地的な直接戦闘も起こり兼ねません。(シリアでは米傘下の過激派や民間武装会社とロシア軍の戦闘は散発的に発生)

しかし、現在の様に米経済の中国依存度が高い状態で、戦争が始まると、中国がアメリカに経済攻撃を仕掛ける可能性が高い。米国からの輸入を禁じて、さらに米国への輸出を禁じる。中国は独裁国家ですから、多少経済にダメージが生じても国内の不満を強権で抑え込み、「憎きアメリカ」キャンペーンで不満の矛先をアメリカに向ける事が出来ます。

一方、アメリカは米中対立による景気の急激な悪化は、資産市場を直撃して暴落を発生させますし、国内のインフレ率も急上昇するので、政権維持すらままならない。

ですから、中東で米中が決定的に対立する前に、米中の経済のデカップリングが達成されていなければなりません。その切っ掛けを作ったのがコロナショックです。これで、米企業は中国依存の危険性を痛感しましたし、ウイルスの責任の擦り合いのエスカレートにも警戒するハズです。


■ ブロック化する世界 ■

仮にドルの価値を保つ為に中東で戦争が起こっても、アメリカやドルの凋落は止まらないでしょう。何故なら、アメリカの一国覇権こそが、世界の成長の限界の原因なのですから。

昨今の先進国や世界は「成長の限界」に達していました。その結果、金利はゼロになりました。これでは、経済を回す事が出来ません。

「成長の限界」の原因は二つ有ります。

1) 世界が抱える過剰生産性
2) アメリカ一極主義による消費制約

現在のドル基軸システムはアメリカの消費によって世界経済を成長させるシステムです。しかし、世界の抱える生産力はアメリカの消費より遥かに多い。しかし、ドル基軸体制では利益の多くがアメリカに還元されてしまうので、新興国の成長にも限界が生じ、過剰供給力が世界の物価し下げてしまいます。

これを解消する方法は、アメリカの一国覇権を終了する事。但し、一気にこれを進めると世界が混乱するので、一旦世界はブロック化の方向に進むはずです。

A) ドル円・グループ・・・TPPグループ(南北米大陸 + 環太平洋地域)
B) 元ルーブル・グループ・・・一帯一路グループ
C) ユーロ・グループ・・・EUとその周辺国
D) ディナール・グループ・・・中東・アフリカ


多分、世界はこの様な形でブロック化され、過度なグローバル化が制限されると予想されます。SDRの発展形の様な世界共通の電子通貨が発行されるかは??です。各国の調整が着かない可能性が高いのでは・・・・。


■ 米軍はハワイ・グアムラインまで退く ■

多極化によって米軍は「世界の警察」の役割を放棄します。ドルによる「みかじめ料」が失われるので、縄張りを守る必要も無くなります。

東アジア地域では、在韓米軍と在日米軍がグアムとオーストラリアに退くでしょう。これは随分以前から「トランスフォーム」として米軍が予定していたものですが、米中関係が良好だったので延期されていたものです。

空母を中核とする米機動部隊は。中国の精密弾道弾の恰好の標的ですから、米中対立が本格化した場合、米海軍は中国の周辺に近づけなくなります。


■ 日本は東南アジア諸国と連携して、中国と上手く付き合うしか無い ■

日本は米軍の様な中国から距離を取る事が出来ません。韓国なん陸続きですからもっと深刻です。

日本は中国に近過ぎますから、結局、中国と上手に付き合っていくしか有りません。一応、アメリカの後ろ盾があるとは言え、ハワイの向こうからワンワン言うだけで、率先して日本を守る事はしてくれませんから。

日本は東南アジア諸国と連携して中国と渡り合う事になるでしょう。これは経済でも軍事でも同様です。ただ、譲歩する事も多いでしょうが・・・・中国の市場も魅力的です・・・。


■ 斜陽の東洋の島国・・・・ ■

人口動態の悪化から、日本は「斜陽の東洋の島国」と呼ばれる様になるでしょう。これは高齢者が減り、人口動態が改善するまで続きます。

それ以降は「減った人口」が日本の強みになります。AI化と自動化によって、人口は国家の重荷になる時代、コンパクト化を達成した国の生産性は高くなります。

「せっかく減った人口です。これ以上増やさずに優良な人種だけを残します。」とはギレン・ザビの言葉ですが、「人口=国力」の時代に最初に分かれを告げるのは日本なのかも知れません。


まあ、私が生きている間に達成されるかは・・・・。

<追記>

ブロック化の後に、世界は再び一つに収斂して行くでしょう。陰謀論者の好きな「ワン・ワールド」とか「ニューワールド」とか「世界政府」ですが、そこまでの道のりは長い・・・。

https://green.ap.teacup.com/pekepon/2550.html



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新型コロナによる世界恐慌でヨーロッパ経済壊滅の可能性2020年4月22日
https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/10350

新型コロナウィルスの流行による世界的なロックダウンで世界経済は停止している。そして問題は停止していた間の経済損失だけではなく収入と資産の減少によるその後の消費停滞、経済減速だということを以下の記事で説明した。

•新型コロナで景気後退が続く仕組みと経済対策の影響を分かりやすく説明する

それはどうやら2008年のリーマンショック級の不況になりそうである。それでもアメリカと日本は何とか生き残るかもしれないが、ヨーロッパ経済がコロナショック後に原型を留めていることはかなり難しいだろう。

一昔前の覇権国

世界最大のヘッジファンドを運用するレイ・ダリオ氏はコロナショックによる世界恐慌がアメリカの覇権を危うくする事態を警告している。

•世界最大のヘッジファンド: アメリカの覇権が中国に奪われる4つの道筋

この歴史的な観点で言えばヨーロッパは先進国の中でもっとも古い覇権であり、その衰退は100年以上前から細々と続いている。そして今回のコロナショックが瀕死のヨーロッパにとどめを差してしまうかもしれない。

例えばイタリアの予算局は1-3月期のGDP成長率が5%のマイナス、4-6月期が10%のマイナスになると予想している。この予想が正しければ、仮に今年の後半は前年の水準に戻ったとしても(そんなことはあり得ないが)、2020年のイタリア経済は約4%のマイナス成長ということになる。実際には6%程度の景気後退となると考えられ、これはリーマン・ショック時の2009年の5.3%を上回る。

問題はこの6%の景気後退ではなく、その後の消費の減少である。記事の最初に載せた説明記事に借金の概念を付け加えて景気後退を説明した記事が以下である。

•新型コロナで借金が実体経済に影響を与える仕組みを分かりやすく説明する
https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/10248

この記事で説明したように、経済のなかに借金をして消費を無理矢理大きくしている経済主体がいる場合、景気後退による資金減少で借金ができなくなり債務がしぼむと無理矢理増やしていた分の消費がなくなるため、経済後退を乗り越えた後の経済水準は景気後退の前よりも一段弱いものとなる。詳しくは上記の記事を読んでもらいたい。

ではイタリアのGDPがリーマンショック以後どうなっているかというと、こうなっている。


リーマンショック前の水準をいまだ大きく下回っているのである。それで株価も上がっていない。


しかもその間政府債務はGDP比100%から130%に増えている。債務を無理矢理増やしてGDPも株価も上がっていないことに着目したい。そして今回のコロナショックでこの両方がもう一段下がることになるだろう。

これはヨーロッパにおいてイタリアだけの問題ではない。スペインやポルトガルも同じような状況にあり、ギリシャでは問題はより大きくなるだろう。ギリシャ政府は否定しているが、2020年は10%のマイナス成長になるという予想もある。

結論

もう一度イタリアのGDPと株価のチャートを考えてもらいたい。今だから「リーマンショック前の高値を回復していない」と言えるが、ここからもう一段下がればそれが長期的な下落トレンドであることを認めざるを得なくなる。それが最初に書いた「ヨーロッパの覇権の凋落」なのである。

•世界最大のヘッジファンド: アメリカの覇権が中国に奪われる4つの道筋

これはダリオ氏の観点を借りれば100年前からの長期トレンドであり、債務を無理矢理増やすことによってそれに抗ってきたが、明らかに限界が来ている。

ダリオ氏はアメリカの覇権の凋落を気にしているようだが、恐らくそれはヨーロッパに一番当てはまる表現だろう。ヨーロッパが先進国となってから数百年だが、コロナショックの後にはイタリアを含むヨーロッパ諸国の大半は先進国とは呼べない経済状況になっているかもしれない。今回の世界恐慌はそれだけ大きいものなのである。

https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/10350


http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/833.html#c1

[近代史4] 新型コロナウイルス感染症は再感染しなくても再活性化する 中川隆
13. 中川隆[-12901] koaQ7Jey 2020年4月27日 14:54:48 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[28]
【ロイター】中国でも「再陽性」増加
SARSにない未知の特性
<容態が回復してもなお陽性>

12月にウイルスが初めて確認された武漢では、
医師たちが「容態は回復し症状は見られないのに、依然として検査では陽性となる患者の数が増大している」と話す。

医師たちによれば、こうした患者は全員、容態回復後のある時点で陰性と判定されている。
だがその後、人によっては最大70日後に、再び陽性と判定された。
多くは50〜60日後に再陽性となっている。

イタリアでは、新型コロナウイルスの患者が約1カ月にわたって陽性を示す可能性があることを医療当局者が認識している。

世界全体での感染者数は250万人、
死者は17万1000人に達している。

「SARS(重症急性呼吸器症候群)の時は、このような事は起きなかった」と言う。
2003年のSARS流行では、
中国を中心に世界全体で8098人が感染した。
https://jp.reuters.com/article/health-coronavirus-china-patients-idJPKCN22602O
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/770.html#c13

[近代史4] 新型コロナウイルスはデザイナーズウィルス、免疫細胞を無効化することが判明 中川隆
37. 中川隆[-12900] koaQ7Jey 2020年4月27日 15:04:06 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[29]

<コロナ特性まとめ>

・最短2秒で感染、米英では空気感染扱い
・簡易防護服とマスクとゴーグル着用での感染報告あり、完全防護
 には 軍用防護服とマスク、酸素ボンベを基本装備する必要あり
・孤独死や変死体からのコロナウイルス感染を確認
・発症まで平均5日〜12日 最長は24〜40日程度の間
・無症状でも感染拡大させる危険性、免疫落ちれば即発症
・咳、飛沫で空中拡散した場合は最長で3時間生存
・プラスチック表面には3日間残存、最大で9日程度維持も確認
・基本再生産数(患者1人から感染する人数)は1.4〜6.5で平均値は3.3
・ヒト細胞との結合力はSARSの最大1,000倍
・致死率5%はインフルエンザの50倍
・初期症状として味覚障害、嗅覚障害、発語障害が起きる
・無症状,無自覚者も含む容態の急変、突然死も報告
・肺炎は初期症状で、脳炎、髄膜炎、心筋炎、全身痙攣、多臓器不全も報告
 特に30〜50代の若い世代に血栓による脳梗塞、心筋梗塞での突然死報告多数
 血栓、合併症による四肢切断報告例もあり
・症状の軽い子供や若年層に凍傷同様つま先が赤や紫に変色したり紫色の網目
 のような模様が出るするとの報告多数。いずれも血栓との関係が疑われる
・回復者の3割近くが十分な抗体を持たず発症から50日以上経過後再発(再感染)
 報告も、何度でも再発(再感染)か、そもそも治るのか疑義あり
・小便大便から飛び出て再感染
・肺に大量の粘液が溜まり窒息死するケースあり
・PCRを執拗に何度も突破
・男性の重症経験者の中から無精子症が見つかる
・肺炎が治癒しても肺に不可逆的損傷が残り生涯にわたり経過観察が必要
 社会復帰困難なケースもあり(間質性肺炎の場合、急性増悪を含め寿命は5年前後)
・突然変異を繰り返すため有効な治療薬無し、バイオセーフティーレベル4
・HIV、エボラ、マラリア等の特性から各種治療薬を使用を試みるも現時点で
 ワクチンの効果は不明瞭
・気温37度から-80度の間で活発に活動、熱帯地域、中東アフリカの環境下でも活動
・60°Cで1時間加熱しても生存し複製が可能
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/768.html#c37

[近代史4] 新型コロナウイルス肺炎は「間質性肺炎」で致死率100% ? 中川隆
52. 中川隆[-12899] koaQ7Jey 2020年4月27日 15:04:46 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[30]

<コロナ特性まとめ>

・最短2秒で感染、米英では空気感染扱い
・簡易防護服とマスクとゴーグル着用での感染報告あり、完全防護
 には 軍用防護服とマスク、酸素ボンベを基本装備する必要あり
・孤独死や変死体からのコロナウイルス感染を確認
・発症まで平均5日〜12日 最長は24〜40日程度の間
・無症状でも感染拡大させる危険性、免疫落ちれば即発症
・咳、飛沫で空中拡散した場合は最長で3時間生存
・プラスチック表面には3日間残存、最大で9日程度維持も確認
・基本再生産数(患者1人から感染する人数)は1.4〜6.5で平均値は3.3
・ヒト細胞との結合力はSARSの最大1,000倍
・致死率5%はインフルエンザの50倍
・初期症状として味覚障害、嗅覚障害、発語障害が起きる
・無症状,無自覚者も含む容態の急変、突然死も報告
・肺炎は初期症状で、脳炎、髄膜炎、心筋炎、全身痙攣、多臓器不全も報告
 特に30〜50代の若い世代に血栓による脳梗塞、心筋梗塞での突然死報告多数
 血栓、合併症による四肢切断報告例もあり
・症状の軽い子供や若年層に凍傷同様つま先が赤や紫に変色したり紫色の網目
 のような模様が出るするとの報告多数。いずれも血栓との関係が疑われる
・回復者の3割近くが十分な抗体を持たず発症から50日以上経過後再発(再感染)
 報告も、何度でも再発(再感染)か、そもそも治るのか疑義あり
・小便大便から飛び出て再感染
・肺に大量の粘液が溜まり窒息死するケースあり
・PCRを執拗に何度も突破
・男性の重症経験者の中から無精子症が見つかる
・肺炎が治癒しても肺に不可逆的損傷が残り生涯にわたり経過観察が必要
 社会復帰困難なケースもあり(間質性肺炎の場合、急性増悪を含め寿命は5年前後)
・突然変異を繰り返すため有効な治療薬無し、バイオセーフティーレベル4
・HIV、エボラ、マラリア等の特性から各種治療薬を使用を試みるも現時点で
 ワクチンの効果は不明瞭
・気温37度から-80度の間で活発に活動、熱帯地域、中東アフリカの環境下でも活動
・60°Cで1時間加熱しても生存し複製が可能
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/741.html#c52

[近代史4] イスラエルは中東の対立を煽る為に作られた 中川隆
2. 中川隆[-12898] koaQ7Jey 2020年4月27日 15:28:46 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[31]
重信房子、北朝鮮、オウム真理教の深い関係


山下太郎、田中清玄…。かつて日本から実力者たちが何人もアラブ世界に飛び、交流を高めわが国の政治経済に貢献した。日本赤軍の重信房子もこうした流れの中でアラブに渡ったものであり、彼女が中東に飛ぶ際に CIA工作員の岸信介(当時首相)は当時のカネで500万円を手渡したと伝えられる。
http://www.asyura2.com/0502/holocaust1/msg/495.html

よど号リバプールZ48という感じであの時も北朝鮮だダッカだテルアビブだと子供ながらにハラハラさせられたが

重信房子がばばあになって帰ってきて娘が平気でテレビに出るとか

不自然でこの親子もなんちゃって一座の団員でスーチー型やダライラマ型という感じがする
http://maru101.blog55.fc2.com/blog-date-201408.html

▲△▽▼


ang********さん 2009/6/22 07:16:49
重信房子ってのは、戦前の大物≪右翼≫の娘だよ。

父親(重信末夫)は鹿児島県出身であり、戦前の右翼の血盟団のメンバーであり、四元義隆とは同郷の同志である。


要するに≪反体制がかっこいい≫というレベルの遺伝子の持ち主。
思想・信条は関係ない。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1427486559


P・グラレム‏ @pinkglalem · 2014年7月7日
@mayshigenobu @cinematoday
重信末夫は、四元義隆を通じて佐々弘雄と友人関係にあった。
つまり重信房子は佐々淳行と昔から知り合いだった。

連合赤軍のテロ事件は、警視庁や日本政府と組んだ茶番だった。
オメ-ラのやり方は、昔からキッタネーなぁ...?


P・グラレム‏ @pinkglalem · 2014年7月9日
@cinematoday @mayshigenobu
ハマスは、パレスチナをイスラエルが攻撃する口実作りの為に、被害が最小限のテロを行っている。

ハマスは実はモサドが作り、支援している似非テロ組織。
その実体は日本の連合赤軍にそっくり。
https://twitter.com/mayshigenobu/status/486330664204001280


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日本赤軍のテルアビブ空港襲撃事件が世界中に大きな衝撃の理由は
イスラエルとパレスチナの紛争に、全く利害関係を持たないはずの日本の極左組織が、命を掛けて参加した理由が分からないことである。

 彼らは宗教的にイスラム教を信奉しているわけでもないし、命をかけるほどの利益があるわけでもない。

従がって、イスラエルの空港に日本赤軍と称する組織が命がけの攻撃をする理由は、西洋人は勿論、中東の人々にも理解できなかった。

何故、日本赤軍は、自分たちの命を犠牲にしてイスラエル空港を攻撃したのか? 

そしてそれに輪を掛けて理解できなかったことは、日本政府がこの襲撃事件に遺憾の意を表明して、犠牲者に100万ドルの賠償金を支払ったことである。
http://www.araki-labo.jp/samayoe017.htm


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重信房子は、父・重信末夫が右翼の大物で、四本義隆や佐々弘雄(佐々淳行の父)とつながりがあった。当時、数々の極左テロ事件の鎮圧を指導したのが佐々淳行と後藤田正晴だ(佐々と後藤田は、後に中曽根首相の側近となった)。冷戦期のグラディオ作戦の日本版が、日本の極左テロ事件だ(西欧で起きた数々の極左テロは、実は民衆の世論を反共へ誘導するためNATOが仕組んだもの、というのがグラディオ作戦)。

 オウム事件では、オウムは裏で統一教会や北朝鮮と関わりがあったが、当然、CIAの関与もあったはずだ(オウムが撒いたとされるサリンは、米軍製のサリンとなぜか成分が同じだ)。麻原は拘置所で薬漬けにされ、口封じされた。

 安保闘争も、学生運動や極左テロも、オウム事件も、裏では支配層が巧妙に運動や組織をコントロールしていた。そして、これらの政治的事件の顛末は、日本人に「政治には無関心でいるのが無難」という意識を植えつける、悪影響をもたらした(それが、属国日本の支配層=米国の手先の狙いだったのだから)。
https://johosokuhou.com/2018/03/30/2831/


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2001 年 4 月 26 日 重信房子、よど号犯、オウム真理教の深い関係
 細井 保(ジャーナリスト)
http://www.asyura2.com/sora/bd13/msg/96.html

 重信房子とよど号犯の関係

 日本赤軍最高幹部の重信房子は、平成十二年十一月に大阪で逮捕された。これまでの新聞報道によると、重信は数年前から日本への入国を繰り返し、日本から北京などにたびたび渡航していた。北京を拠点のひとつにして、偽造旅券を使って世界各地に渡航していた。使われたパスポートの偽造には、よど号犯グループが関った可能性が高い。

 日本赤軍は昭和四十六年(一九七一年)、共産主義者同盟赤軍派(共産同赤軍派)のメンバーのうち、レバノンに出国した重信房子、奥平剛士等によって組織された。結成以降、日本赤軍はパレスチナ・ゲリラと共同し、または単独で、国際テロ組織の中でも極めて活発なテロ活動を世界各地で展開してきた。彼らが起こした事件の中で最も忌しい事件は、昭和四十七年(一九七二年)五月、イスラエルのテルアビブ・ロッド空港での銃乱射事件だ。奥平剛士、安田安之、岡本公三の三人が自動小銃を乱射し、一般旅行者ら九十六人を殺傷(うち死亡二十四人)した。

 よど号グループは、同じ赤軍派の一つで、故・田宮高麿ら九人だ。彼らは昭和四十五年(一九七〇年)三月によど号をハイジャックして北朝鮮に渡った。彼らの“宿命”について、高沢皓司氏が著書『宿命−よど号亡命者たちの秘密工作』(新潮社刊)に描いている。北朝鮮で彼らの革命幻想は打ち砕かれ、彼らは北朝鮮の思想に思想改造され、北朝鮮の対外工作員に変じていく。よど号犯のうちには粛清された者、死亡した者もいるが、なお五名が現在、平壌市周辺で執筆業や貿易会社を営むなどしていると伝えられる。

 警察の発表によると、重信が使用していたパスポート二通のうち一通は、約三年前に取得されたものだ。これは、よど号犯グループの関係者が使用していた複数の偽造旅券と、旅券番号の一部が一致するなど、数多くの共通点がみられる。

 重信は偽造パスポートを使って、最近の約三年間に五回以上日本へ入国し、出国先はいずれも中国方面だった。そして、北京を拠点によど号犯グループのメンバーの関係者と接触を続けていたとみられる。関西の赤軍派支援グループのメンバーも北京などに渡航し、現地のホテルなどでひそかに会合を持っていたとみられる。

 平成八年(一九九六年)夏には、重信が当時滞在していた北京から、ひそかに北朝鮮に入国していた可能性がある。この夏、平壌で各国の革命を目指すグループの集会が開かれた。この集会に参加するため北京から北朝鮮に入ったとみられる。重信が集会前後に、よど号犯グループメンバーと接触していた可能性もある。この集会は、各国の革命家やグループなど数十人規模で、日本赤軍の新たな拠点づくりとも関連していたとみられる。参加者の中で重信は重要な役割を果たしていたとされ、この集会に参加する目的で北京を出国した可能性が高いとみられる。

 また平成十二年五月にも、重信が中国・北京に滞在していたことが、CIAによって確認されている。

 日本赤軍は近年、レバノンを活動の拠点とする一方、中東以外の地域に新たな拠点構築を目指し、世界各地で活動を展開していた。しかし、平成七年(一九九五年)、ルーマニアで浴田由紀子が逮捕され、平成八年、ペルーで吉村和江が逮捕、城崎勉がネパールで身柄拘束された。こうした中、平成九年(一九九七年)二月、レバノン国内に潜伏していた日本赤軍のメンバー五人(和光晴生、足立正生、山本萬里子、戸平和夫、岡本公三)が発見され、レバノン当局に身柄を拘束された。本拠地ともいえるレバノンにおいて、政府当局によりメンバーが逮捕されたことは、日本赤軍が最も重要な拠点を失ったことを意味している。メンバーの大量検挙と合わせて、組織として極めて大きな打撃を受けたものとみられる。そこで、重信らは日本へと目を向けてきたのではないか。

 警察の捜査によると、重信の家宅捜索では、新たな組織の構想を記した文書が押収されている。文書は「人民革命党綱領」と「綱領解説」と題されていた。

 人民革命党とは日本国内で革命を実現し権力を奪取するための組織で、平成三年(一九九一年)八月、シリア・ダマスカスで結党された。重信は相次ぐメンバーの逮捕で弱体化した組織を立て直すため、国内で人民革命党の旗揚げを目指し、党綱領をまとめ、来春から活動する計画だったとみられる。同党は運動方針などで対立している国内組織や支援者を一本化して、革命で政権を奪うことを目標にしている。
 東京地裁で先に開かれた拘置理由開示の手続きで、重信容疑者は「来春、いつ司法に身をゆだねてもよい準備を完了する予定だった」と述べた。その旗揚げの準備が完了する前に、最高幹部・重信房子を逮捕したことは、日本警察の功績だろう。

 これまでの報道を通じて、重信に関して二つの疑惑が浮かび上がってくる。よど号グループとの関係、さらに北朝鮮及び中国政府との関係である。この疑惑はオウム真理教と北朝鮮・よど号犯グループの関係に関する疑惑へとつながっていく。
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金正日の極秘指令を受けたよど号犯

 重信ら日本赤軍はよど号犯グループと昭和五十年代から提携をもってきたとみられる。もとは同じ共産同赤軍派である。よど号犯には重大な事実がある。それは、彼らは北朝鮮の指令を受けて、日本国内及び国際的にさまざまな活動をしてきたという事実である。そして、そこに浮かび上がってくるのがオウム真理教との関係なのである。

 よど号犯グループと親しいジャーナリストが高沢皓司氏である。高沢氏は長年彼らを取材してきたことをもとに著書『宿命』を書いた。この本は平成十一年度の講談社ノンフィクション賞を受賞した。

 その後、高沢氏は平成十一年八月から十月にかけて、「週刊現代」に「『オウム真理教と北朝鮮』の闇を解いた」という記事を掲載した。十一回に及ぶ連載の中で高沢氏は、オウム真理教と北朝鮮の闇の中に、赤軍派、よど号犯グループの存在があることを明らかにしている。

 連載の中で、高沢氏は驚くべき事実を公表した。氏によると、昭和五十七年(一九八一年)五月六日、よど号犯は金正日から直筆の極秘指令を受けた。その指令書は実在している。指令書の内容は金日成主義によって日本革命を準備・達成せよ、というものだ。金正日は自衛隊工作や軍事クーデターの中核的人間の育成などを指示していた。よど号犯は指令に従って、対日工作を行ってきたのだという。

 よど号犯グループは金正日から指令書を受けるより前に日本赤軍と接触していた。早くも昭和五十年代(一九七〇年代後半)から、彼らは東欧等で複数回接触していた。これは今回の重信逮捕でわかってきたことである。

 よど号犯グループは日本赤軍のために、偽造旅券を手配していた可能性が高いtp見られている。昭和五十五−五十六年(一九八〇−一九八一)ごろ、日本赤軍の戸平和夫が使用した偽造旅券は、北朝鮮に拉致された疑いの強い男性のパスポートと旅券番号などが酷似していた。

 よど号犯グループは金正日のロボットとなって対日工作を行う一方で日本赤軍との連携を深めていったとみられる。当時、日本赤軍は中東での足場を次第に失い始め、新たな活動拠点を探して東南アジアなどで広域に活動するようになった。よど号犯グループとの連携は、これ以後の日本赤軍に大きな活動力を与えただろう。その背後には金正日の存在があると推測される。

 よど号犯の日本工作活動はメンバーの相次ぐ逮捕などのために、昭和六十年代(一九八〇年代後半)に挫折した。よど号犯による工作が挫折した後、北朝鮮は、ある集団を工作の対象として目をつけた。それがオウム真理教だった、と高沢氏はみている。
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なぞの多いオウム真理教事件

 オウム裁判は進んでいる。判決も続々と出ている。しかしオウム事件にはあまりにも謎が多い。ジャーナリストの一橋文哉氏は独自の取材によってオウム事件を追及している。平成七年に月刊誌「新潮45」(新潮社刊)に、一橋氏は追跡記事を数度に亘って掲載した。その原稿をもとに平成十二年七月、単行本『オウム帝国の正体』(新潮社刊)が発刊された。

 一橋氏が書いているように、一連のオウム事件は疑惑に包まれたまま真相がほとんど明らかにされていない。オウム真理教の存在が、国民に広く知られるようになったのは、平成元年(一九八九年)十一月四日の坂本弁護士一家拉致殺人事件だ。その翌年、平成二年二月、麻原彰晃は真理党を創設し、二十五人の候補を立てて国政選挙に打って出た。しかし、それは惨敗に終わり、教団は深刻な財政危機に陥ったとみられる。ところが、その年の五月には熊本県波野村に六ヘクタールの土地を購入。そして翌三年にはロシアを訪問、エリツィン大統領の側近のロボフに面会して、「ロシア日本大学」構想を打ち上げる。麻原は平成四年には信者三百人を引き連れてロシアを訪問、政権中枢に接触して本格的な布教活動を開始した。

 一体、どこからこれだけのことをする巨額の資金が出てきたのか。その背後には、オウム真理教に資金を提供した団体があるのではないかとみられている。統一教会と創価学会が、疑惑の対象として挙がっている。また「オウムは金のなる木」として、オウムに食い込んだ暴力団の存在が浮かび上がっている。

 その後、オウム真理教は平成六年六月二十七日には、松本サリン事件、七年二月二十八日には、東京・目黒公証役場事務長逮捕監禁致死事件を起こした。そして遂に、同年三月二十日、東京都心部で地下鉄サリン事件を起こす。死者十二名、被害者五千五百名以上という大事件だった。

 これは単発のテロではない。「井上メモ」が示しているのは、オウム真理教の計画には天皇陛下が国会にお出ましになっているときに、国会の周辺で、サリンを大量に散布するというものがあった。計画は未然に防ぐことができたが、もし実行されていたらどのような結果となっていたか、慄然たるものがある。

 オウムはサリンによる無差別大量テロに続いて、国家中枢テロを行って、クーデターを起こし、さらにはアメリカ、ロシアを巻き込んだ第三次世界大戦を引き起こそうとしていたともみられている。

 オウム真理教はサリン事件の十日後、三月三十一日、国松孝次警察庁長官を狙撃する。そして四月二十四日、オウム真理教幹部の村井秀夫科学技術省大臣が、オウム本部前で刺殺された。一橋氏は一連の事件の中でも三つの事件は、特に疑問が多いとしている。つまり坂本弁護士一家拉致事件、国松長官狙撃事件、村井刺殺事件だ。一橋氏は徹底した取材によって、多くの疑問点を記している。

 そこから浮かび上がってくるのは、オウムに関っていた暴力団、疑惑のある宗教団体、そして大物政治家の存在である。この方面はある段階で「上から」捜査にストップがかかった。捜査当局はオウム事件を、オウム真理教単独による犯行として処理しようとしている。また、裁判において検察は、この方面については、ほとんど何も追及しようとしていない。重要点の多くに関係する早川は、裁判において、この領域に関しては固く口を閉ざしたままだ。

 早川はオウム真理教と北朝鮮・ロシアの関係についても明らかにしていない。毒ガス、偽ドル、麻薬、銃火器、潜水艦、軍用ヘリコプターなどオウム真理教の一連の事件は、日本史上、かつてない国際的な事件である。さらには核兵器製造に関する情報がやりとりされていた可能性もある。背後には北朝鮮や暴力団とのつながり、オウムをロシアに紹介した元代議士、その背後にいるとみられる大物政治家、ロシアにおける国際的な武器商人の暗躍等々、日本の内外を結ぶ組織的な関与が見え隠れする。これが単に噂の類ではないことは、CIAがオウム事件の調査を行い、アメリカの上院で大部の報告書が出されていることを知れば、わかるだろう。

 事件の真相は日本の警察、司法によって、ほとんど何も明らかにされていない。オウム事件は深い闇に閉ざされたまま次々に判決が出されている。徹底的に事実を追求していけば、類例を見ない大スキャンダルが暴露され、また国際的な大問題となる可能性があるのだろう。
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よど号犯、オウム工作に関与か

 オウム真理教の一連の事件の背後には、北朝鮮やロシアの影がある。高沢氏は金正日がよど号犯を使って行っていた日本破壊・攪乱工作が挫折した後、それを「ちがう筋で見事に実行したのが、オウムではなかったのか」とみている。

 高沢氏はよど号犯グループは、北朝鮮のオウム工作に関っていたことを強調する。それを明らかにするのが、北朝鮮のオウム工作員Aの存在であると、氏は書いている。同氏によると、オウムには北朝鮮の主体思想(金日成・金正日を絶対化した思想)を身につけた工作員Aが潜入していた。その頃からオウムは急激に変質・過激化した。Aは村井秀夫科学技術省大臣に重用されて武器製造に関与していた。平成七年(一九九五年)三月二十日、オウム真理教は東京で地下鉄サリン事件を起こしたが、サリンの製造責任者は村井だった。

 Aに連なる潜入工作員は複数いたことが明らかになっている。その一人、霜島隆二は医師としてオウム真理教付属医院に入り、林郁夫の下で働いていた。霜島は共産党系の病院に医師として勤務していた時にオウムに入信した。ある日突然、都内にある北朝鮮系の病院に移り、さらにオウム付属病院へ移った。霜島は以後、林の右腕となり、麻酔剤、電気ショック、LSDなどを用いて、信者に洗脳を行っていた。

 これらの方法は、高沢氏によると「北朝鮮の洗脳技術と瓜ふたつ」だ。北の毒ガス等の兵器開発と「まったく同じ軌道上にあるもの」という。しかも霜島は「教祖・麻原に対しても心理療法、あるいは催眠療法などの『イニシエーション』を行える立場にあった」とみた。それゆえ、北朝鮮のオウム工作は麻原自身に及んでいたと考えられる。

 工作員Aはオウム事件でオウムの幹部が逮捕された後にオウムを脱会し、スペインのマドリッドへ飛んだ。高沢氏はマドリッドでAを取材した。Aは一連のオウム事件当時のオウム信者である。Aは高沢氏に対し、今でも主体思想は「すばらしい思想」だと言い、主体思想の作成者の黄長Yから直接指導を受けたと明かす。マドリッドは北朝鮮の工作拠点のある街。その土地は、柴田泰弘らよど号犯とその妻たちが、北朝鮮による日本人留学生を北朝鮮に拉致する等の活動拠点としていた場所だ。中でも柴田はマドリッドにしばしば滞在して活動していた。高沢氏によると、Aは柴田と同じホテルに宿泊していたことが明らかになっている。

 柴田泰弘は昭和六十三年(一九八八年)五月に、北朝鮮帰国者の偽造旅券で日本に潜入帰国をしていた時に逮捕された。しかし、平成六年(一九九四)七月に刑を終え出所している。柴田の逮捕は、対日工作を進める北朝鮮にとって打撃だったのだろう。高沢氏の著書『宿命』によると「事態を重く見たピョンヤンからは日本潜伏中の工作員に緊急の帰国指示命令が平壌放送を通じて流された」「柴田泰弘の国内での逮捕と、その後につづく一連の事態はよど号グループにとってすべての日本潜入工作が挫折したことを意味していた。…妻たちへの緊急の帰国指令は、からくも彼女たちの国内での逮捕だけはまぬがれさせたのである」という。

 柴田は出所後も、よど号グループのスポークスマン、「自主日本の会」などの活動を活発に続けている。北朝鮮及びオウム真理教との関りも持続していたとみられる。

 北朝鮮による日本人拉致事件は、なにも解決していない。日本国政府は北朝鮮に対して非常に弱腰であり、「拉致」を「拉致」として主張すらしていない。今後、この事件を解明するには、よど号犯グループによる日本人拉致の実態を明らかにされなければならないだろう。それは、金正日と北朝鮮政府の国家的な国際犯罪を暴露することになろう。

 オウム真理教へのよど号犯の関与は、偽ドルについても考えられている。偽ドルは北朝鮮が偽造して、世界に広く使用しているものだ。

 よど号犯の一人、田中義三は平成八年(一九九六年)、タイのパタヤで偽ドル札を使用したとして起訴された。この事件については、平成十一年(一九九九年)六月に無罪になり、拘留先のタイ・バンコクから昨年六月二十八日、日本へ移送された。田中が使った北朝鮮の偽ドルは「スーパーK」だった。彼が北朝鮮から出国したとき、北京を通過した可能性が高いとみられている。

 オウムの元幹部の証言によると、早川建設省大臣はドイツから精巧な印刷機を手配し、北朝鮮の偽ドル印刷に関係していたという。その一方、オウムには、外部から多額の資金提供を受けていた疑惑がある。それは、赤軍派・よど号犯の田中義三が使用して逮捕された偽ドル、スーパーKだった疑いが濃いと、高沢氏は言う。もしそうだとすれば、赤軍派・よど号犯とオウム真理教は、北朝鮮の偽ドルへの協力という点でもつながってくる。
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オウムの北朝鮮コネクション

 オウム真理教と北朝鮮の関係についてに疑惑は、多数の死傷者を出したサリンやその他の武器にも関っている。この点において、よど号犯の関与はわかっていない。

 工作員Aがサリン製造責任者の村井に重用されていたことを再確認しておこう。
 高沢氏は言う、「オウム真理教が毒ガスや細菌兵器の開発に手を染めはじめていたのは、そこに北朝鮮の工作組織の浸透があったとすれば、けっして偶然ではないのである」と。

 金日成の著作集には、毒ガスや細菌兵器についての大量の論文。教示がある。朝鮮戦争後、北朝鮮では毒ガスや細菌兵器の研究が行われている。そして麻原らにサリンなどの知識を吹き込み、オウムを北朝鮮型の組織体系に誘導した工作組織が存在すると想定されるのだ。

 オウムと北朝鮮の関係の焦点にいるのが、早川紀代秀建設省大臣と村井秀夫科学技術省大臣だ。早川は麻原と共にオウムの前身である「オウム神仙の会」を創設した人物。オウムのナンバー・ツーといわれる大幹部だ。早川は元統一教会の信者である。それが阿含宗に入り込み、そこで麻原彰晃と巡り合い、オウム神仙の会を作った。オウム真理教の創設後も早川は統一教会の会員と会っていたという。

 早川はロシア射撃ツアーを企画したり、軍事訓練を受けたりと、非常にロシアに接近している。麻原オウムがロシアに接近しようとした最初のヒントは、恐らく、この早川によるものだろう。早川はロシアで武器の購入を行っていた。また頻繁にウクライナの首都・キエフへ行き、さらにそこを経由して北朝鮮に行っていたことがわかっている。

 一方、村井はサリン開発の責任者だった。オウム事件のなかで最も不透明で謎に満ちている事件の一つが、村井の刺殺事件だ。実行犯、徐浩行の背後には暴力団の存在があり、また同時に北朝鮮の工作組織の影が濃い。徐には数年間、北朝鮮に渡っていた形跡がある。彼は北朝鮮の「きわめて高度に訓練されたテロリストであり、工作員」と高沢氏はみる。

 村井はテレビで、オウムの資金は一千億円あると言った。また、地下鉄で使われた毒ガスはサリンではないとも証言した。とすれば、ガスの製造元はどこの国なのか。そして、さらに村井が曝け出しかねなかった秘密があったのだろう。

 その秘密は、北朝鮮と暴力団がらみの麻薬取引だった疑いもある。高沢氏は、それ以上の秘密があったのではないかと見ている。刺殺される前、村井はテレビでその秘密に触れかねない発言をしていた。そのことが、きわめて強い危惧を、北朝鮮側に抱かせたのだ。それは、日本の原子力発電所に関するものではなかったか。
 早川は頻繁にウクライナの首都・キエフへ行き、またそこを経由して北朝鮮に行っていたと先に書いた。高沢氏は、早川がロシアで武器の購入だけでなく、核燃料のプルトニウムの密輸にも関係があったのではないか、とみる。

 というのも、オウムは日本の原子力発電所に関する膨大な機密書類を手に入れていたのだ。村井らが約二百人もの作業員を潜入させて収集したものだ。専門家も初めて見るようね詳細な資料だ。こうした原発の機密資料が、早川ルートによって北朝鮮に流出していた可能性がある。そして、早川が北朝鮮の窓口としていたのは、北朝鮮の核兵器関連物資やIC機器の調達を行う部署、「第二経済委員会」だった可能性が、最も高いと、高沢氏は書いている。

 早川は、国際的な「死の商人」風のところがある。これに対し、村井は物理学の専門家であり、原発のデータを理解することができた。村井は早川とともに北朝鮮に渡航し、関係を持っていた。村井は究極の教団武装化として核開発を考えていた。北朝鮮も核開発のために、日本の技術とデータを必要としてオウムを利用していた。両者の利益は一致していたとも考えられる。

 オウムの一連の事件への「北朝鮮の関与、工作組織の存在は、村井の命を奪ってもなお、死守しなければならない機密に属していた」と高沢氏は言う。しかし、その真相は謎のままだ。北朝鮮は既に核兵器の開発を進め、既に数発の核兵器を持っているのではないかという観測がある。こうした国が連合赤軍など国際的なテロ組織とつながりを持ち、いや国際的なテロ組織を領導しようとしていたとすれば、どうだろうか。そうしたテロリストが、核兵器を掌中にしたならば、世界は震撼するだろう。勿論、掌中にあるのはサリンや生物化学兵器であるかも知れない。
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赤軍派とオウムを結ぶ線

 オウム真理教が一連の事件を起こしたのか。それとも、外国の工作や国内の諸団体の関与によって操られていたのか。

 高沢氏は北朝鮮の存在を重く見る。氏はオウムは北朝鮮に「徹底して領導され、誘導され、利用され尽くしたともいえるのでは」と高沢氏はみる。「サリンをはじめとした一連のオウム真理教のテロ事件は、日本攪乱工作(クーデター工作)の、いわば予行演習でもあり得たのである」と。首都中枢の霞ヶ関を狙ったサリン事件については、北朝鮮が「日本の危機管理のずさんさと、どのような動きが取られるのかというシミュレーションのデータを得るためにこそ、攪乱工作の第一歩は必要だった」と述べている。

 もしそうだとすると、赤軍派・よど号犯グループは、こうした北朝鮮のオウム工作にどの程度関っていたのか。そして、重信ら日本赤軍はそれを関知していたのか。

 よど号犯グループは、中国北京を重要な拠点として活動してきた。平成八年の夏、重信房子は北京からひそかに北朝鮮に入国し、平壌で開かれた各国の革命を目指すグループの集会に参加したらしい。当然、重信はよど号犯グループメンバーと接触していただろう。

 日本赤軍の重信は、よど号犯グループが北朝鮮の国際工作員となっていることを知りながら、彼らとともに活動してきた可能性がある。それは同時に日本赤軍が、北朝鮮の対日工作や世界戦略に協力する、あるいは金正日の指令に従って動いてきたということを示唆する。

 実態はまだ明らかでないが、北朝鮮という国に重信や国際的なテロリストが集まるということは、当然、北朝鮮政府・指導部は、これを承知していたとみるべきだろう。北朝鮮政府は一体、何のためにこのような国際テロリスト集会を自国で開催したのか。そして、日本赤軍に対して何を提供し、また何を求めたのか。

 重信は北京を拠点として、日本や北朝鮮などでの活動をしてきたとみられる。果たして中国政府は日本赤軍やよど号犯グループと関りはないのか。

 今後、国際的な赤軍派の活動を解明してゆけば、オウム事件とそれに関る外国勢力の存在に、ぶつかるにちがいない。そこにメスを入れるとき始めて真相が見えてくるのではないのか。これは外交問題となることは必至である。

 いずれにせよ、やがて日本の政・官界の恥部や、暴力団などの絡む闇の権力が光に曝されるだろう。日本の背骨まで蝕むガンの病巣は、皮膚の下で破裂寸前にまで膨れ上がっているからだ。

(了)

(細井 保 (ジャーナリスト) 「重信房子、よど号犯、オウム真理教の深い関係」『動向』2001年1・2月合併号より)
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重信房子

重信 房子(しげのぶ ふさこ、1945年9月28日 - )は、日本の新左翼活動家、革命家。元赤軍派中央委員、日本赤軍の元最高幹部である。

ハーグ事件の共謀共同正犯として有罪となり、懲役20年の判決を受けた。
現在、東日本成人矯正医療センターにて服役中。


生い立ち

東京都世田谷区で4人兄弟の次女として生まれた。父の重信末夫は四元義隆と同郷の鹿児島県出身で、第二次世界大戦前の血盟団事件に関与した右翼団体金鶏学院の門下生であった(血盟団メンバーと報じられることがあるが、メンバーではなく事件にも一切関与していない)。房子はこの父の影響を強く受けた。少女時代は「小さな親切運動」に熱心に取り組み、表彰を受けた[1]。また、文学少女でもあった[1]。東京都立第一商業高等学校卒業後、キッコーマンで働きながら小学校教員を目指し[2]、明治大学文学部史学地理学科の夜学に通う。大学では文学研究会で『一揆』というミニコミ誌を出していた[1]。


学生運動

大学入学後、夜学連に参加し[3]、2年次に文学研究会が属していた研究部連合会の事務長を務めていた[3]重信は学費値上げに絡んで明大闘争に参加した。この際、後に連合赤軍山岳ベース事件でリンチ殺人の犠牲となった遠山美枝子(二部法学部、麒麟麦酒勤務)と知り合う。明大闘争において全学連における立場を失墜させた共産主義者同盟(第二次ブント)の再建に協力してほしいとオルグされ、加入[4]。系列の明大現代思想研究会、二部の社会主義学生同盟の責任者として活動。神田カルチェ・ラタン闘争にも関わった[5]。その後分裂した共産主義者同盟赤軍派に創立メンバーとして加わる。塩見孝也ら幹部が逮捕され弱体化する中で主導権を握った森恒夫と対立した。


日本赤軍

重信は1971年に「国際根拠地論」に基づいて、パレスチナに赤軍派の海外基地を作ろうとする。奥平剛士と偽装結婚(奥平剛士は1972年5月、民間人ら23人を殺害、計100人以上を無差別殺傷したテルアビブ空港乱射事件のテロ行為で死亡)をし、「奥平房子」という戸籍を得て2月28日に出国した。なお重信は、後にパレスチナ人男性と結婚した。

その後、奥平剛士らとパレスチナで日本赤軍を結成し、創設当初は「アラブ赤軍」、「赤軍派アラブ委員会」、「革命赤軍」等と称し、その名称さえきちんと定まっていなかったが、1974年以降、「日本赤軍」を正式名称とした。

重信が「最高指導者」となった日本赤軍は、レバノンのベカー高原を主な根拠地に「革命運動」を自称し1970年代から1980年代にかけて、パレスチナ解放人民戦線(PFLP)などパレスチナの極左過激派と連携し、一連のハイジャックや空港内での乱射事件などの無差別殺人を起こした。さらに外国公館の政府要人やハイジャックした飛行機の乗客を人質に取って、身代金や仲間の奪還を目論む事件を起こしたり、外国公館に攻撃をするなど、多数の民間人をも巻き込んだテロ事件を繰り返し世界各国から非難を受けた。


逮捕

その後重信は「ハーグ事件」への関与で国際手配を受けたものの逃亡を続け、不法に入手した偽造旅券を使って日本に不法入国し、その後しばらく大阪市西成区のマンションに潜伏していた。

2000年、日本赤軍の支援者を視察していた大阪府警警備部公安第三課は視察対象者が重信に似た女性と接触していたのを現認し視察・捜査を開始。重信はホクロが特徴となっていたが化粧でホクロを隠していたものの、特有のタバコの吸い方や、重信に似た女が某所で飲んだ際に使用されたコーヒーカップから指紋を採取、照合したところ重信の指紋と一致したことから公安第三課は女が重信であることを突き止めると、ハーグ事件から26年後の11月8日に潜伏していた大阪府高槻市において旅券法違反容疑で逮捕された。なお、大阪から警視庁への移送には東海道新幹線が用いられ、逃亡を防止する為グリーン車の個室に閉じ込めての移送となった。

重信が逮捕の際に押収された資料、それを報じた新聞などによれば、重信は1997年12月から2000年9月に、自ら他人になりすまして日本国旅券を取得し、関西国際空港から計16回にわたって中華人民共和国などに出入国を繰り返し、また1991年から日本での「武力革命」を目的とした「人民革命党」及びその公然活動部門を担当する覆面組織「希望の21世紀」を設立。またそれを足がかりとして、日本社会党との連携を計画していたとされる。

なお「希望の21世紀」は同事件に関連し、警視庁と大阪府警の家宅捜索を受けたが、日本赤軍との関係を否定している。また社会民主党区議の自宅なども「希望の21世紀」の関連先として同時に捜索を受けたが、社会民主党は「何も知らなかったが事実関係を調査する」とした。また、重信が残した多数の証拠品により支援組織が解明され、会社社長・教諭・医師・病院職員が次々に重信を匿った犯人隠避の疑いで検挙された。


解散

2001年には獄中から、組織として事実上崩壊していた日本赤軍の解散を発表している。2009年6月に、初めて産経新聞のインタビューに応じ、過去の活動について「世界を変えるといい気になっていた」と語った。一方で「運動が行き詰まったとき、武装闘争に走った。世界で学生運動が盛り上がっていたが、故郷に戻り、運動を続けたところもあった。私たちも故郷に戻って運動を続けていれば、変わった結果になったかもしれない」と自責の念にも駆られていたとも述べた[6]。


ハーグ事件裁判

起訴

重信は1974年9月13日に日本赤軍がフランス当局に逮捕されたメンバー(山田義昭)を奪還するために、オランダのハーグで起こしたフランス大使館占拠事件、いわゆる「ハーグ事件」への関与をめぐり、逮捕監禁罪・殺人未遂罪などでの共謀共同正犯で起訴された。

検察側は日本赤軍が実行翌日に犯行声明を出したり、その他の日本赤軍の刊行物からパレスチナ解放人民戦線(PFLP)に武器調達や解放された仲間を受け入れる国との調整を依頼していたこと、事件後の会議で重信が準備不足などを反省する発言をしたとする元メンバーらの供述などの証拠から、ハーグ事件について首謀者として犯行を主導したと主張し無期懲役を求刑した。これに対して弁護側は「ハーグ事件当時、日本赤軍が組織体制を確立しておらず、PFLPの作戦であったから重信が指示・指導する立場ではなかったうえ、謀議があったとされる時期にはリビアにいてアリバイがある」と無罪を主張した。

東京地方裁判所は2006年2月23日に「重信被告は武器調達や解放された仲間を受け入れる国との調整をPFLPに依頼するという重要な役割を担っていた」と認定し、さらにアリバイについては「共謀の詳しい内容や時期、場所は明らかではないが、被告がアラブ諸国の協力組織を介するなどして実行犯と共謀しており、アリバイとして成立しない」と認定した。量刑は「自らの主義や主張を絶対視し、多数の生命、身体への危険を意に介さない身勝手な犯行であり、真摯な反省がみられない」としたが、一方で「犯行の重要事項については実行犯の和光晴生が決定しており、被告は中核的立場を担ったものの犯行を主導したと断言できない」とし、検察が求刑していた無期懲役を退けて懲役20年の判決を言い渡した[7]。


懲役

これに対して重信の娘の重信メイと主任の大谷恭子弁護人は同日控訴した。控訴審では弁護側と検察側双方が、1970年代から1980年代にかけ重信と同様に世界各国でテロ事件を起こし多数の民間人を虐殺し、フランスで終身刑を受けているテロリストの「カルロス」受刑者から、「ハーグ事件」の指揮系統や武器提供の経緯についての証言を得て、裁判所に提出された。

2007年12月20日に東京高等裁判所は一審判決を支持し、控訴を棄却した[8]。重信は上告したが2010年7月15日に棄却が決定し刑が確定した[9]。重信は上告棄却決定に対する異議申し立てを行ったが、2010年8月4日に最高裁判所第2小法廷(竹内行夫裁判長)は棄却する決定をし、懲役20年とした一・二審判決が確定し重信はその後服役した。ただし、未決勾留期間の810日の3年を刑期に算入するため実質17年となり重信の出所予定は2027年となった。


その他

八尾恵(よど号グループの柴田泰弘の元妻)の『謝罪します』には、「1970年代後半に北朝鮮に在住し始めた時の夫の柴田のアルバムに、日本赤軍の重信房子がチマチョゴリを着て2歳くらいの娘と一緒の写真があった」と書かれており、重信とよど号グループとの関係が指摘されている。

和光晴生は1974年に北朝鮮当局に資金援助を求める手紙を見せられたこと、そして翌1975年に重信が北朝鮮に渡航したことと、その後、同国の「主体思想」に基づく「思想闘争」という活動形態が組織内部に持ち込まれたことを述懐している[10]。

但し、重信自身は和光の述懐の内容について「穿ち過ぎ」であるとし[11]、「思想闘争」や「自己批判」を行う「援助会」に関してはイスラエルやヨルダン政府などとの闘いの中で生まれたものだ、として否定している[12]。また、足立正生は1974年に日本赤軍に合流した際に年長者として思想や組織、革命に関しての議論を活発にさせたと述懐しており[13]、全てが北朝鮮やよど号グループの影響なのかは判然としない面がある。

公安関係者には「重信ファン」が少なからずいたという[14]。

2018年現在、東日本成人矯正医療センターにて抗がん剤の治療を行っている。

著書

『わが愛わが革命』講談社、1974年 [15] パレスチナ解放闘争史: p.260 - 263

『十年目の眼差から』話の特集、1983年
『大地に耳をつければ日本の音がする 日本共産主義運動の教訓』ウニタ書舗、1984年
『ベイルート1982年夏』話の特集、1984年
『りんごの木の下であなたを産もうと決めた』幻冬舎、 2001年
『ジャスミンを銃口に 重信房子歌集』幻冬舎、2005年
『日本赤軍私史 パレスチナと共に』河出書房新社、2009年
『革命の季節 パレスチナの戦場から』幻冬舎、2012年


共編著

『資料・中東レポート』1-2(日本赤軍との共編著)ウニタ書舗、1985-86年[16][17]
『重信房子の半生記』サンデー毎日連載、構成:竹中労、1985-1986年
『赤軍 1969→2001総特集』足立正生夫妻、山本万里子、中山千夏、平岡正明、松田政男、平井玄他、河出書房新社、2001年
『日本赤軍!世界を疾走した群像』和光晴生、足立正生、若松孝二、塩見孝也、小嵐九八郎、聞き手 図書新聞 2010年
『丸岡修自述―元・日本赤軍軍事指揮官告白録』 風塵社、2013年
『天皇制と共和制の狭間で』 小沢信男、日野百草、山本健治、藤田真利子、天野恵一、松田ひろむ、高橋武智、鹿島正裕他、第三書館、2018年[18]
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8D%E4%BF%A1%E6%88%BF%E5%AD%90


▲△▽▼

左翼運動・マルクス主義運動には国際金融資本が資金提供していた

ソ連成立とその成長、ナチスヒトラー勃興、ベトナム戦争、左翼運動の背後に同一一貫した組織(秘密結社)が画策し資金と技術をグループワークで提供していた。私たちが教えられ、表でみているのは、彼らの情報操作のたまものだった。
http://www.asyura.com/2003/dispute8/msg/819.html


アンソニー=サットン(Antony C. Sutton)博士が昨年6月になくなった。77才だった。英国生まれ、ロンドン大学出身。米国でスタンフォード大学など第一級の大学の経済学部の教授だったが、彼がスタンフォード大のフ−バー研究所に在籍中の68年、インパクトのある研究書(3巻からなる)を刊行した。もともと経済と技術の関連を専門とする経済学者だったようだが、これらの書物で、米国の銀行がソ連(成立以来)に融資と技術の提供を一貫して行ってきたこと。ベトナム戦争時、ソ連の東欧での武器工場などは米国の融資と技術が提供され、そこで作られたソ連製武器がハノイに持ち込まれ、それにより、米国兵が殺されていたこと。これらの一見敵対する国々に米国が融資と技術提供している実態をこの書で明らかにした。その後、同じことがナチスドイツに対してもおこいていたこと等を明らかにしていった。本来折り紙付きの第一級の学者,将来を託され嘱望されていた学者だったが、これら一連の執筆業により、過激分子とみなされ、彼は学会、大学組織から追い出され、2度と学問と教育の場に戻れなくなった。その後彼は、米国の権力機構の機微・実態を徹底した資料分析で解析し総計26冊の著書を出して昨年この世を去ったのだ。

68年の刊行物で、融資と技術の流れを突き止めたものの、彼は、なぜ敵対する国に、あるいは自国のカネと技術で自国の戦士たちがしななければならないのか、一体どうなっているのか、全く理解できなかったという。ところが80年代の初頭、彼に一通の手紙が届いた。もしあなたが興味があるなら、スカル&ボーンズという秘密結社のメンバーリストを24時間だけ供与するがどうか、と記されていた。この組織のメンバーの家族が、身内が入会していてうんざりで、実態を知って欲しいと思ってのことだったという。送付して欲しい、と了承。黒革製の2巻からなる本は一冊は故人リスト、もう一冊は現在のリストだった。この時点までかれはこの秘密結社のことなど聞いたことも思ったこともなかったという。しかし、これらのリストの人物を綿密に調査したところ、この組織はただ者ではない、と驚愕。68年刊行物で疑問に思っていたことが氷解したという。つまり、この組織の連中のネットワークが米国政策決定過程を導き、このような売国的なことが行われていることを突き止めるに及んだという。

 彼は、スカル&ボンズは、ドイツを発祥とする秘密結社イル皆ティーの連動組織である、という。徹底した調査によって以下のことが判明したという。


1ソ連は国際金融資本によって創設され維持された。

2ナチスドイツは国際金融資本に資本と技術供与を受けていた。

3ベトナム戦争は国際金融資本のやらせだった。つまり米国ソ連の背後にいるのは同一組織だった。

4 60年代アメリカの左翼運動マルクス主義運動は国際金融資本が資金提供していた。

Divide&Conquer (分割統治)方式により、一国一社会を相反する2項対立の相克状態に持っていく基本戦略が使われた。右翼左翼という対立項は実は彼らが戦略的に作ったものであるという。言い換えれば、この視点からものを見ては彼らの思うツボであるという。大事なのは、超金持ちvs一般人この枠組みで物事を見るべきだ、という。

超権力は左翼右翼という見方を推進することで、一握りの超富裕者と一般人との拮抗関係という見方を弱めようとしているわけである。

(日本の60年代70年代の左右対立も実はこの仕掛けにはまった側面が強いことが推測される。いわゆる現今のポチ保守はこの左右対立の見方を徹底して利用し、自分たちの富裕的支配性の隠れみのにしてきた可能性がある。多くの一般日本人が、あるいは貧乏な日本人同士がやれ、お前は右だろ左だろどうせ土井支持者だろなどと滑稽にののしりあっている図が見える。これが彼らの思うツボなのだ。実際馬鹿げている。)
http://www.asyura.com/2003/dispute8/msg/819.html


 

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/833.html#c2

[近代史4] 新型ウイルスで非正規の10%超が失業、このままでは平成デフレの再現 中川隆
3. 中川隆[-12897] koaQ7Jey 2020年4月27日 15:41:16 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[32]

2020年04月27日
コロナで日本の大改革が始まる。適応できなければ退場

日本政府は国民も企業も救済しない

コロナウイルスによって日本国内での経済的打撃が次第に表面化しています

宮崎県内の繁華街同業組合は4月23日、宮崎市の繁華街「ニシタチ」で1割に当たる120店が既に廃業したと発表しました。

同組合では県に休業補償を求めているが、おそらく応じても雀の涙程度になるでしょう。


東京都などは大規模な休業補償を発表しているが、大規模と言っても倒産や廃業を少し遅らせるだけです。

全国で企業のコロナ倒産は100件近くに達しているが、これは一定以上の規模の事業所だけの統計と思われます。

卒業就職シーズンと重なったが、内定をキャンセルされて失業者になった人が続出している。


つい1月まで人手不足だと言っていたのが3月にはリストラや内定取り消し、雇い止めが広がっている。

先日発表された中国のGDPは3か月で12.8%減、アメリカの予想は3か月で10%減、欧州主要国も同様に10%前後マイナス予想です。

すると日本も10%減と見るのが妥当で、これはたった3か月でGDPが55兆円消えたのを意味しています。


これをカバーするには政府が55兆円の支出を作り出す必要があるが、補正予算は約18兆円でした。

政府が18兆円支出すると民間と合わせて36兆円GDPが増えると思うが、安倍首相は「すぐ18兆円使う」とは言っていない。

見た目の経済対策は膨らませたが、現実に今すぐ支出するお金が僅かだったら、日本のGDPは大幅マイナスになります。

弱肉強食で強者だけが生き残る

一例をあげると政府は国民全員に10万円配るが、経済回復するまで「毎月国民全員に10万円配る」くらいしないとダメです。

財源は国債を発行して日銀が直接買い取ればよく、3日もあれば国会で法改正が可能です。

4月中に新規感染者がゼロになり5月の連休前に自粛解除という奇跡が起きない限り、1月から3月、4月から6月GDPも大幅マイナスになる。


悪い話ばかりでもなく、強制的にテレワークが進み日本の産業構造が一気に強化される。

「なにもしてないけど働くふりして皆で残業」みたいにやってる会社は2020年で倒産します。

ダメ企業ほど「用はないけど8時に出社して朝礼」「出たくないけど全員で忘年会」などとにかく1円にもならない行事が大好きです。


政府がこうした企業を一切救済しなければ、自然な力学によって強い企業だけが生き残ります。

非効率な会社や技術力のない会社はバタバタ倒産し、本物しか存在できなくなる。

名刺の受け取り方やハンコの押し方を、プログラミング技術より重視する会社は潰れれば良いです。


事務職でテレワークができない会社とかは問題外で、コロナに対応して上手く立ち回る企業だけが生き残ります。

テレビ局でテレ東がいち早く出社ゼロにしたそうですが、できないテレビ局は潰れれば良いのです。

http://www.thutmosev.com/archives/82793830.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/801.html#c3

[近代史3] ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズの正体 中川隆
4. 中川隆[-12896] koaQ7Jey 2020年4月27日 17:23:06 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[33]

ビル・ゲイツ:全人類の敵



http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/727.html#c4
[近代史3] 米国から購入する兵器は国債を発行して日銀が国債を買い取り、無料で購入する事になる 中川隆
7. 中川隆[-12895] koaQ7Jey 2020年4月27日 17:47:20 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[34]
2020年04月27日
武器輸出で儲かるは幻想 フランスは7兆円赤字


戦闘機Dassault Rafaleは次々にキャンセルされた

引用:http://www.bestdreamworks.com/hobby/items/1227//h4.jpg

兵器輸出で赤字だったフランス

兵器輸出の先進国で大儲けしていると思われていたフランスだが、実は赤字だった。

調べてみると米露中など「輸出大国」はどれも、儲かっているとは言いがたい。

日本では数年前に武器輸出が解禁され、防衛企業や政府が海外への売り込みに力を入れた。


商業的な成約は1件も無いが武器を輸出すれば大儲けできるのでは無いかという期待がある。

だがそうした期待に冷や水を浴びせるように、武器輸出先進国のフランスが大損失を計上していた。

2015年ごろにフランス政府は600億ドル(7兆円)の損失を被った。


損失のほとんどはインドとエジプト向け戦闘機Dassault Rafaleによるもので、大半がキャンセルされた。

インドは126機のDassault Rafaleの購入を予定していたが、やはり大半をキャンセルした。

フランス製戦闘機は元々、政治的理由でアメリカ製を購入出来ない国にとって、代用品という位置づけだった。


輸出攻勢をかけたのがロシアで、カタログ性能がフランス戦闘機より優れ、価格が安い。

もっとも最高速度や航続距離、爆弾搭載量で優れても、電子装備やミサイルの性能で優れているフランス戦闘機が実戦では勝つでしょう。

とはいえ購入する国はカタログで性能を見て決める訳で、フランスとロシアが戦って決める訳ではありません。

激化する価格競争

こうした事は戦闘機以外の兵器でも起きていて、東西冷戦の壁がなくなった事で、西側の国もロシア製兵器を購入しています。

アメリカは自国が世界最大の兵器購入国なので、輸出が多くても少なくてもあまりダメージを受けません。

性能が良ければ日本のような国が購入するので、値引きは一切しない殿様商売をしています。


フランスは兵器輸出を振興し、大いに儲けようという政策を取っていました。

だがロシアの低価格攻勢に加えて、中国も兵器輸出を拡大し、韓国なども輸出を目指している。

これらの国に対して性能で勝つのは簡単だが、価格で勝つことは不可能です。


日本はオーストラリアに潜水艦を輸出しようとしてキャンセルされたが、兵器の世界では日常茶飯事です。

結局どんな兵器でも現代では複数国の競争になってしまい、「値段はいくらですか?」と相手に聞かれるのです。

価格を引き下げる原因の一つになっているのは中国で、中国の輸出先はパキスタン、バングラデシュ、ミャンマー、アフリカなどが占めている。

儲かっていない兵器輸出国

パキスタンは中国から最新潜水艦8隻を50億ドル(6000億円)で購入するが、経済は破綻していてお金を持っていない。

じゃあ何で支払うかというと鉱物資源と物々交換で支払うとされていて、早い話無償供与に近い。

石ころの値段を6000億円にすれば「6000億円で売れた」事になり、中国は武器輸出で世界3位になれる。


パキスタン、バングラデシュ、ミャンマーにはいずれも実質武器援助をしているが、お金を受け取った事にしている。

世界最大の輸出国アメリカは年間100億ドル以上を輸出していて、凄い金額のように一見思える。

だがたった1兆円に過ぎないので、ペットボトルのコーラでも輸出したほうがマシな「市場規模」でしか無いのです。


そしてアメリカは同盟国や友好国に対して、膨大な無償援助を行っているのを忘れてはならない。

アメリカは1兆円を輸出しているが、同時に無償援助で損をしているので、トータルすれば全然儲かっていない。

「武器商人は儲かる」という人が居るが、確かに商人は儲かると思うが、国家は儲かっていない。


実は世界の兵器「輸出」市場はかなり小さく、1位アメリカが100億ドル、2位ロシア60億ドルでした。

3位以下は10億ドル程度に過ぎず、全世界合計でも300億ドルに過ぎません。

世界の軍事費合計は1兆7470億ドル(約206兆3400億円、2013年)に対して、非常に小さいと言えます。


この小さな市場の中に日本が割って入っていって、大儲けができる可能性は少ない。

武器輸出国のほとんどは友好国に無償援助しているので、差し引きしたら赤字で輸出しています。

日本は日本で従来どおり自国の中で完結する防衛産業を基本にして、加えて輸出も目指す程度で良い。

http://www.thutmosev.com/archives/41122310.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/593.html#c7

[近代史4] 朝鮮人の事大主義の起源 中川隆
1. 中川隆[-12894] koaQ7Jey 2020年4月27日 18:04:28 : AaNA4mmVHM : VHlkQlJjWE56d3M=[35]
396不要不急の名無しさん2020/04/26(日) 04:57:21.03ID:2dnQ93O70

《 中国と陸続きの悲惨な朝鮮半島の隷属半島としての歴史 》

紀元前108年〜220年:漢(植民地)
221年〜245年:魏(植民地)
108年〜313年:晋(植民地)
314年〜676年:晋宋梁陳隋唐(属国)

690年〜900年:渤海(属国)
1126年〜1234年:金(属国)
1259年〜1356年:モンゴル(属国)
1392年〜1637年:明(属国)

1637年〜1897年:清(属国)
1897年:日本の尽力で下関条約により清の属国から開放される
1903年:ロシア朝鮮半島を南下。日本がロシアを撃退しロシアによる属国化を回避
1905年〜1945年:日本(保護国、併合)
1945年〜1948年:アメリカ・ソ連(非独立)
1948年:大韓民国成立(アメリカ軍による南部朝鮮統治によって国家基盤が形成され成立)
1948年:朝鮮民主主義人民共和国成立(ソ連軍による北部朝鮮統治によって国家基盤が形成され成立)
1948年:南・軍事独裁政権誕生
1948年:南・済州島4.3事件 3万人虐殺

1950年:朝鮮戦争 400万人殺し合い
1950年:北・ソウル大附属病院事件 1000人虐殺
1950年:南・保導連盟事件 30万人虐殺
1951年:南・国民防衛軍事件 10万人虐殺
1951年:南・居昌事件 8500人虐殺
1952年:南・竹島不法占拠 日本人44人虐殺・4000人を不法拘留
1965年:南・ベトナム出兵 ベトナム人3万6000人虐殺・強姦被害者多数
1970年〜:北・日本人拉致に着手

1979年:南・軍出身の大統領政権誕生
1980年:南・光州事件 600人虐殺
1993年:南・初の文民政権誕生(民主化)
1994年:北・IAEA脱退、核開発に着手
1997年:南・アジア通貨危機・国家財政崩壊
2015年:輸入症例を発端としたMERSの流行

https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1587822038/
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/756.html#c1

   

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