42. 2020年8月02日 10:31:36 : XHPWogQfug : Tzc3cEJadXV2bEE=[1]
この石原慎太郎が使ってる「業」とは、「バチが当たった」とか「因果応報」とか、おそらくそういう意味で使用していて、あまり感心できない考え方だろうな。
介護を過剰にすべきでないと、病気に罹るのは、当人または家族が不謹慎な人間だから病気に罹るのだというのとは全く異なる。
日本で介護が過剰(尊厳死を認めない)というのは、軍国主義を引きずっているからで、そういう意味からも、過剰な介護・行政の介護管掌は撤廃せねばならないが、石原慎太郎のこの言い方では、逆に介護縮小(若者への介護従事強制を禁ずる)ことに逆行世論化する。
日本では、年金と医療が一元化されているが、これは富国強兵時代の、戦争障害と遺族年金が一体処理されていた名残で、こういう医療と年金を社会保障という名の下に一元化することは、極めて危険な軍国主義である。
2者は完全に別物で、尊厳死というと直ぐ自殺と取られることが問題だが、、、
日本を含めた軍事体制下の各国が自死を禁じた理由は、医業が充実していないと戦争が継続できず、医業を事業として国家予算の注入目的で取られた措置なので(だから東大は医学部がトップ)、尊厳死を考えないことは軍国主義を捨てないというのと殆ど同じだ。
大西の「殺せ」につながるとは、「行政が選別するから殺せにつながる」というだけなので、本人の苦痛・家族の負担を本人と家族が考慮の上、過剰な治療を選択しないことが常識(尊厳死)となるよう、これ以上、介護の政府事業化を肥大させることは憲法上も許されない。
http://www.asyura2.com/20/senkyo274/msg/621.html#c42