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雑記帳 2020年12月07日
琉球諸島への人類最初の航海
https://sicambre.at.webry.info/202012/article_9.html
琉球諸島への人類最初の航海に関する研究(Kaifu et al., 2020)が公表されました。人類史において渡海は100万年以上前から行なわれていましたが、明らかな航海が確認されているのは、現時点では現生人類(Homo sapiens)だけです(関連記事)。現生人類の航海の最古の証拠となりそうなのは、海洋酸素同位体ステージ(MIS)3となる5万年前頃のサフルランド(更新世の寒冷期にはオーストラリア大陸・ニューギニア島・タスマニア島は陸続きでした)への拡散です。MIS3には、西太平洋における別の航海の証拠も確認されています。それは琉球諸島で、35000年前頃までさかのぼります。琉球列島の近くの海域には南方からの黒潮があり、これは世界でも有数の規模と速さを有しています。そのため、人類が琉球諸島へ黒潮により偶然漂着した可能性も指摘されています。
そこで本論文は、黒潮により人類が南方、その中でも可能性が高い台湾から琉球諸島へ到達した可能性があるのか、1989〜2017年に台湾沖またはルソン島北東沖を漂流した、138個の衛星追跡ブイの軌跡を調査しました。台湾沖を漂流した122個のブイのうち、114個は黒潮により北上し、そのうち3個は悪天候の中、琉球諸島中部と南部から20km以内に入っていました。また、ルソン島沖を漂流した16個のブイのうち13個が黒潮に乗って漂流しましたが、琉球諸島に向かって移動したのは1個のみで、これは台風の影響によるものでした。
問題となるのは、現代よりも気温が低かったMIS3には、海面が現在より低く、地形が現在とは違うことです。海面変動の影響を調査した研究には違いも見られますが、本論文は、さまざまな調査結果を考慮して、黒潮の流れは過去10万年間、少なくとも東シナ海の入口では変わっておらず、その北方でも同様だっただろう、と推測します。ただ本論文は、黒潮の強度に関しては、過去と現在とで異なっている可能性も、異なっていない可能性もある、と指摘します。これらの知見から本論文は、漂流船に乗った人類が黒潮による偶発的な漂流によって琉球諸島に到達する確率は低い、と推測します。つまり、35000年前頃に人類が琉球諸島へと到達するには、黒潮を意図的にわたった可能性が高い、というわけです。また本論文は、台湾から琉球諸島へ到達した人々が、故地に戻って来た可能性も指摘します。
本論文の見解は興味深いものの、過去の地形と黒潮や風の影響に関しては今後さらに調査が進み、検証されていく必要があるとは思います。琉球諸島への人類最初の移住に関しては、形態やミトコンドリアDNA(mtDNA)の研究が進められています(関連記事)。そうした研究では、更新世における琉球諸島最初期の人類は南方から到来し、現代人も含めて完新世人類集団とのつながりは明確ではないというか、どちらかというと否定的に考えられているようです。
おそらく、琉球諸島最初の人類は、現代人ではアンダマン諸島集団、更新世〜完新世の人類ではアジア南東部のホアビン文化(Hòabìnhian)集団と近縁な集団(ユーラシア東部南方系統)だったのでしょう。あるいは、オーストロネシア語族集団の主要な祖先となったアジア東部南方系統か、両者の混合系統だったかもしれません。この琉球諸島最初の人類集団と現代人との関係については、更新世琉球列島の人類の核ゲノムデータが得られるまで、断定を避けておくのが妥当だと思います。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
考古学:旧石器時代に、水平線の彼方の琉球諸島へ船出した現生人類
現生人類は、航海に出た時点で琉球諸島は見えていなかったにもかかわらず、意図的に海を渡って琉球諸島に移住したと考えられることを示した論文が、Scientific Reports に掲載される。
人類は、旧石器時代(3万5000〜3万年前)に台湾東部から海を渡って琉球諸島に移住したと考えられている。しかし、琉球諸島にたどり着いたのは黒潮による偶発的な漂流の結果なのか、計画的な船旅だったのかが明らかになっていなかった。黒潮は、フィリピンのルソン島沖から台湾沖を経由して日本へ流れ込んでいる。
今回、東京大学の海部陽介(かいふ・ようすけ)たちの研究チームは、黒潮による偶発的な漂流によって人類が琉球諸島に到達した確率を調べるため、1989〜2017年に台湾沖またはルソン島北東沖を漂流した138個の衛星追跡ブイの軌跡を調査した。台湾沖を漂流した122個のブイのうち、114個は黒潮によって北上し、そのうち3個は悪天候の中、琉球諸島中部と南部から20キロメートル以内に入っていた。また、ルソン島沖を漂流した16個のブイのうち13個が黒潮に乗って漂流したが、琉球諸島に向かって移動したのは1個のみであり、これは台風の影響によるものだった。黒潮の流れは10万年前から変わっていないと考えられていることから、今回の研究結果は、漂流船に乗った人類が黒潮による偶発的な漂流によって琉球諸島に到達する確率が低いことを示している。以上の知見は、約3万5000年前に人類が琉球諸島に移住するために、世界で最も強い海流の1つである黒潮を意図的に横切ったことを示唆している。
琉球諸島の中で台湾東部に最も近い与那国島は、台湾の海沿いの山々から時々しか見ることができない。海部らは、人類が、船旅の後半になって初めて視野に入ってくるような島々に向かって航海したと考えている。
参考文献:
Kaifu Y. et al.(2020): Palaeolithic voyage for invisible islands beyond the horizon. Scientific Reports, 10, 19785.
https://doi.org/10.1038/s41598-020-76831-7
https://sicambre.at.webry.info/202012/article_9.html
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/199.html#c4