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2022.03.07XML
ネオ・ナチが拠点にしてきたマリウポリなどから市民の脱出が始まった
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202203060000/
マリウポリやボルノバーハから市民を脱出するルートが3月6日の朝から開いたと伝えられている。3月4日に親衛隊の主力である「アゾフ大隊(またはアゾフ連隊)」の拠点はマリウポリ。その拠点がミサイルで破壊され、5日の午前11時から市民の脱出が始まることが決まるが、ウクライナ兵に阻止され、中止になっていた。
親衛隊は2014年3月、クーデターの翌月に組織された。アゾフ大隊はこの年の5月にネオ・ナチを中心に編成され、親衛隊の中核になる。創設資金を出したイゴール・コロモイスキーはウクライナ、キプロス、イスラエルの三重国籍を持つシオニストの富豪。その後、アゾフはアメリカからも資金を受け取っている。
アメリカの白人至上主義者に関する裁判でFBIの特別捜査官が2018年10月に提出した宣誓供述書でも、アゾフ大隊はネオ・ナチ思想と結びつき、ナチのシンボル主義を使っていると認めている。この武装集団を称賛するということは、ネオ・ナチを称賛することに等しい。
ネオ・ナチは自力でここまで生き延びてきたわけではない。1942年8月にドイツ軍25万人はスターリングラードの市内へ突入するが、11月にソ連軍が反撃を開始、ソ連軍に完全包囲されてしまった。生き残ったドイツ軍の将兵9万人余りは1943年1月に降伏する。
そのころからドイツのSS(親衛隊)は実業家のマックス・エゴン・フォン・ホヘンローヘをスイスにいたアメリカの戦時情報機関OSS(戦略事務局)のアレン・ダレスの下へ派遣して交渉を始めている。
しかし、ウォール街とナチスとの関係は第2次世界大戦の前から始まっている。遅くとも1933年にダレスが所属していたアメリカの金融界(ウォール街)はナチスに接近、資金を提供するようになったのだ。ディロン・リード、ブラウン・ブラザース・ハリマン、ユニオン・バンキングなどが資金を供給するパイプだった。
1944年になるとOSSのフランク・ウィズナーを介してダレスのグループがドイツ軍の情報将校、ラインハルト・ゲーレン准将(ドイツ陸軍参謀本部第12課長)と接触、同志的な関係になる。
ダレスたちは1945年の初頭、ハインリッヒ・ヒムラーの側近だった親衛隊のカール・ウルフに隠れ家を提供、さらに北イタリアにおけるドイツ将兵の降伏についての秘密会談が行われた。「サンライズ作戦」である。1945年5月にドイツは無条件降伏、その前の月にアメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領は急死した。(Christopher Simpson, “The Splendid Blond Beast”, Common Courage, 1995)
ドイツの情報将校だったゲーレンはソ連関連の資料を携えてCIC(米陸軍対敵諜報部隊)に投降、アメリカ第12軍のG2(情報担当)部長だったエドウィン・サイバート准将とゲーレン准将は1946年7月に新しい情報機関の創設を決めた。いわゆる「ゲーレン機関」だ。この組織にはナチスの残党が吸い込まれていき、1956年4月から西ドイツの国家機関、BND(連邦情報局)になる。
一方、アメリカの国務省はナチスの元幹部や元協力者の逃走を助け、保護し、雇い入れる「ブラッドストーン作戦」を1948年から秘密裏に始めている。この年に作成されたNSC20では、「結果として戦争を起こし、ソ連政府を打倒する」という方針が示されていた。(クリストファー・シンプソン著、松尾弌訳『冷戦に憑かれた亡者たち』時事通信社、1994年)
ナチスの元幹部や元協力者を逃すルートが「ラットライン」、ナチスの科学者を保護し、自分たちの研究開発に役立てようという「ペーパークリップ作戦」もあった。
ウクライナのネオ・ナチでステファン・バンデラを中心に集まっていたOUN・Bは1943年春にUPA(ウクライナ反乱軍)として活動を開始する。その年の11月に「反ボルシェビキ戦線」を設立、大戦が終わった後の1946年4月にこの組織はABN(反ボルシェビキ国家連合)になる。
ABNは中央ヨーロッパをカトリックで支配しようというインターマリウム構想の勢力と連合、バンデラの側近だったヤロスラフ・ステツコが指揮するようになった。
1948年にアメリカでは極秘のテロ組織OPCが設立され、アルバニア対する工作を最初に行う。この極秘組織とステツコたちは連携するが、ソ連のスパイだったMI6のキム・フィルビーからソ連側へ情報は伝えられていた。(Stephen Dorril, “MI6”, Fourth Estate, 2000)
東アジアでは1954年にAPACL(アジア人民反共連盟、後にアジア太平洋反共連盟に改名)が組織されるが、このAPACLとABNは1966年に合体してWACL(世界反共連盟。1991年にWLFD/世界自由民主主義連盟へ名称変更)になる。この組織がCIAと緊密な関係にあったことは広く知られている。(Scott Anderson & Jon Lee Anderson, “Inside the League”, Dodd, Mead & Company, 1986)
こうした形でアメリカはナチス人脈を保護、育成、さまざまな工作に利用した。第2次世界大戦でナチスは滅びなかった。ナチスの黒幕が健在だからだ。その黒幕はソ連消滅後にナチスの後継者、いわゆるネオ・ナチを旧ソ連圏へ送り返して工作に使う。
そうしたネオ・ナチが現在、ウクライナで大きな影響力を持ち、ロシア制圧を目指している。分離独立が良いか悪いかという話ではない。そのネオ・ナチが今回のロシア軍による作戦で劣勢。そこでアメリカはシリアなどからアル・カイダ系武装集団やダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国とも表記)の戦闘員をウクライナへ移動させているようだ。
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2022.03.06XML
避難する人びとに対する対応から見える西側の偽善と虚偽
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ウクライナでロシア軍と戦っているのはネオ・ナチ(ステファン・バンデラの信奉者)を主体とする親衛隊だと言われている。ウクライナの安全保障会議から漏れたと言われている文書によると、ウクライナ側の軍事力は75%が破壊されている。東部地域で親衛隊が支配できている場所はマリウポリだけだ。
マリウポリからザポリージャをつなぐ市民の脱出ルートをロシア軍は設定、そのプランをICRC(赤十字国際委員会)へ通知。3月5日午前11時から脱出が始まる予定だったが、ウクライナ兵に阻止され、脱出は困難になったようだ。マリウポリにいるキエフ側の兵士は親衛隊員の可能性が高い。
ウクライナの現体制は2014年2月のネオ・ナチによるクーデターから始まるが、クーデター軍は5月9日にマリウポリへ戦車部隊を突入させ、銃撃で住民を死傷させた。その際、住民が逃げずに集まり、兵士に抗議している。その様子は携帯電話で撮影され、世界に発信された。クーデターで排除されたビクトル・ヤヌコビッチ大統領が支持基盤にしていた東部と南部では住民の多くがクーデターに反対していた。
そして現在。OHCHR(国連人権高等弁務官事務所)によると、2月24日から3月3日の深夜12時までの間に殺されたと確認された市民は331名。ドンバスに限ると77名だという。ロシア軍は軍事施設を集中的に攻撃しているとされているので、マリウポリから市民が脱出することを親衛隊は恐れているだろう。
日欧米の政府やメディアはロシア軍の攻撃を非難しているが、アメリカ主導で2003年3月に開始したイラクへの先制攻撃では違う光景が見られた。イギリスの医学雑誌、ランセットに発表されたジョンズ・ホプキンズ大学とアル・ムスタンシリヤ大学の共同研究によると、開戦から2006年7月までに65万4965名以上のイラク人が死亡、そのうち60万1027名は暴力行為(要するに戦闘)が原因だとしている。またイギリスのORB(オピニオン・リサーチ・ビジネス)は2007年夏までに約100万人が殺されたという調査結果を公表している。アメリカが制裁されたという話は聞かない。
ウクライナからポーランドへ多くの人が脱出しているが、快く受け入れられているのは、西側メディアの表現を借りると、「目が青く、ブロンドのキリスト教徒」だ。同じように脱出しようとしたインド人学生の場合、国境でウクライナの兵士や警官に阻止され、棍棒などで殴打されている。「目が青く、ブロンドのキリスト教徒」でない人びとが置かれた立場はインド人学生と似ている。
アメリカはヤヌコビッチを2度、大統領の座から引きずり降ろしている。2004年から05年にかけての「オレンジ革命」と2014年のクーデターだ。これは東部や南部の人びとの意思を踏みにじる行為でもある。
歴史的な背景から東部や南部にはロシア語を話す人が多く、ロシアに親近感を持つ人が少なくない。巨大金融資本をはじめとするアメリカやイギリスの支配層はそれが許せなかった。そして2014年にはネオ・ナチが使われたのである。
クーデター体制はネオ・ナチの影響力が強くなり、政治経済は破綻した。ロシアとの関係修復を訴えていたボロディミル・ゼレンスキーが2019年の3月から4月にかけて実施された大統領選挙で勝利した理由はそこにあるのだが、ゼレンスキーにはアメリカ/NATOやその手先であるネオ・ナチの圧力を跳ね除ける力はなかった。
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