64. 肱雲[7] jW6JXw 2020年4月11日 04:35:02 : AoEflMd3Y2 : SDhRTi5Gd3kyclE=[1]
神戸大学名誉教授村田邦夫氏の「日本の「政治」の〈可能性〉と〈方向性〉について考える」https://blog.goo.ne.jp/noborou55/d/20200409オニクタラムのブログは、混沌とするコロナ禍の世界に警鐘を鳴らす秀逸なものだ。以下、その一説を紹介しよう。
私に言わせれば、もはやかつての先進国は国民国家がその中核を担っていた分厚い中間層の解体と連動して、国家それ自体も解体化。融解化しているのだが、それに関してはまったく声を大にして、誰もその先を語ろうとはしないのである。一番肝心だと思われる主権国家とか国民国家について、どのような展望を描いているかが示されないのだ。
それができないままに、先の消費税がどうのだとか、集団的自衛権がどうだとかの、「まやかしの議論」ばかりに明け暮れているのではあるまいか。そこに今回のコロナ禍なのだ。まさにこれこそ、日本という国家の、すなわち主権国家と国民国家の存続。存亡にかかわる問題が問われているはずなのに、そのような方向へとはいかないで、逆に先のような話ばかりなのだ。
この日本をどんな日本にしたいのか、どのような方向に引っ張っていこうとしているのか。この問題への答えが、今の日本政府や与野党とその政治家から聞こえてこないのである。むしろひたすら避けている、逃げ迷っているかの感がある。それならば、まだ救いがあるかもしれないのだが、どうもそうではないようである。問題それ自体の所在に気が付かないままなのではあるまいか。もしそうだとすれば、これはコロナウイルス感染以上に、脅威ではあるまいか。
それが、すなわち国家存続や存亡の危機に関する問題が語られないくせに、その先の問題が、つまり首都圏や他の道府県に緊急事態宣言がどうだとか、一人何十万にするとか、消費税をどうするかとかの同時にまた病院とその病床の確保がどうだとか、そうそうマスクが足りない、消毒液がどうだとか、人工呼吸器が足りないとか等々の議論ばかりなのだ。
私には、何か奇妙というか、おかしく思われるのだ。誤解のないように言えば、確かにコロナ禍に対処・対応するのも「政治」ではあろうが、首相がマスクの配布がどうのとか、外出を控えて云々と言う話ばかりとなると、もうこんな首相は不要ではないか、国会もその議員もいらないではないか、と私は心底思うのである。あれだけ外敵の脅威がとか、北朝鮮の、中国の脅威がーーーと叫んでいたのに、もうその危機は消滅したのだろうか。世界中がコロナ、コロナで大騒ぎをしている今がまさに、好機だとして「戦争」を仕掛けようとしている「テロ」集団の存在も「否定はできない」だろうと考えて、それに対処すべく安倍政権は動いているのだろうか。それが全く感じられないのである。
以上は、神戸市外国語大学名誉教授村田邦夫氏のブログから一部掲載させて頂いた。以下は私の拙ブログ内での内容となる。
PCR検査を受けてもし陽性にでもなったら大変な事になる。首長がテレビでズカズカとプライバシーを蹂躙し、保健所から防護服付けた消毒人がやって来て、罹患者の家が特定されてしまう。こうなったらタダでは済まされなくなる。自分だけじゃなく関わった者の殆どが白い目で見られ、他人の人生まで狂わせてしまう。下手すれば営業停止に追い込まれ一家離散の憂き目に遭ったりして…こんな事を考えていたら、「早く検査をしろ〜!」と要求しながら、その後の事を考えて自己規制してしまう複雑な心理が働く。これがダメな日本を形成する元凶なのではないか。
韓国の様に、罹患する事が不名誉だなんて云う下らぬ思いに負けず、ドライブスルー検査などをどんどんやり、罹ってない者が逆に少数派になれば世間体を気にする事も無くなり恐いものなしになる。「皆で罹れば怖く無い!」と思える雰囲気が無ければ、何時迄も後手後手の対応するばかりで、終息には程遠くなる。
省益しか頭に無い忖度厚労官僚が此の国の住人を死に追いやる。相も変わらず厚労相のノラリクラリ対応。未だにPCR検査の簡易化が出来ず、検査対象のハードルを下げようとしない。増加数の抑止にだけ拘泥し続け、国民の命なんて何とも考えぬ厚労官僚に仕切られた組織には、只々省の権益しか眼中にない。こうした厚労相の指揮下にある日本の医療には、コロナ対策など出来よう筈がない。末端の医療現場で良心的に命懸けで頑張ってる従事者も、こんなクダラナイ厚労官僚の都合で犠牲となるなんて、コロナのバカヤロ〜ではなく、政治屋達や官邸忖度傀儡官僚達の糞バカヤロ〜!だ。
密閉・密集・密接の「三密」を避ける。これが感染拡大を防止するポイントだなんてよく耳にする。そんな事は今更言われなくても解り切った事で、マスク着用・手洗いなどもその部類だ。でも肝心の敵の正体が解らず不気味だという事が、即ち、「秘密のコロナ」が最大の問題なのである。これを暴露する事がなければ、真の問題解消には繋がらない。「触らぬコロナにタタリ無し」この発想が「三密」を避けると云う原始的取り組みにも繋がる。「感染第1号は誰で、それには絶対なりたくない」と、恐れ戦く深層心理がヘンテコリンな国の姿に反映する。テレビニュースのアナウンサー達が距離を置いて突っ立ち、「三密」を避けようとか飛沫感染予防のつもりかお互い離れて話してる。だがマスクして喋ってるアナウンサーは皆無だ。マスクして喋るのは相手に対し失礼だと、危険を顧みずマスク外して会話する。そんな周囲を気遣い相手を慮(おもんばか)る所謂、「忖度」文化がチグハグ曖昧姿勢にも反映されるのだ。人の命が懸かっている「緊急事態」の「ギリギリの瀬戸際」ならば、形(なり)振り構わず、忖度なんて二の次三の次にして、ヤルベキ事を率先垂範スベキだろう。それが出来ない以上、全く説得力は無いのであって、周知徹底など出来よう筈はない。緊急事態宣言なんてパフォーマンスしても死者は増え続けるのだ。外出禁止を徹底させるなら、ウロウロしている輩には罰則設けて厳しく規制しなければダメだ。「性善説」的自粛要請だけではコロナには通用しない。
http://www.asyura2.com/20/senkyo271/msg/331.html#c64