5. 2021年1月08日 20:59:19 : EQEgdTDVjb : RGh6aEFvWnlhTWc=[1]
>>2、>>3は完全に論理破綻している。というか論の出発点(PCRの信頼性を問うという大前提)からしてダメなのだ。
PCRの科学的信頼性の欠如の指摘に対して、「PCR検査の信頼性があるかないかだけを主張しても意味がない。」とかわし、指摘を否定する科学的論駁を何もせず「PCRは有用性がある」というのを大前提にしてすべての論を展開している。
「有用性」という言葉を使っているが>>2、>>3の文脈からして「PCRの信頼性はある」との思い込みを「有用性」と言い換えているに過ぎない。そしてその有用性(信頼性)の根拠といえば、PCRの信頼性を担保するなんの科学的論拠にもならない「世界中でPCRを使っているから疑う余地は無い」と言うのを聞くとまったく開いた口が塞がらない。海外情報に関する情弱さが見える。
いかがわしさ満載が広く知られるWHOの先導による世界的な集団信仰あるいは洗脳の結果である可能性を疑ってみることさえしない。ここまで言うのはPCRの信頼性を否定する見解が世界の多くの学者、専門家の間に存在するからである。
>>2、>>3の論を担保するのは、一にも二にもPCRの信頼性を科学的に問うこと以外に無い。これが結論だ。
それを「PCRの信頼性があるか無いかの主張に意味はない」つまり信頼性を問うことに意味は無いとは本末転倒である。
>>2、>>3は、スピードメーターの精度を問わずスピード違反の有無を争ったり、画像解析の解像度を問わず腫瘍の有無を判定したり、測定値が低く出るように工作されたモニタリングポストの数値で放射能の安全性を議論しているようなものだ。
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