71. 中川隆[-7554] koaQ7Jey 2025年2月27日 12:50:29 : G8ygNj99yU : RDY5c3gzUFY3QlE=[1]
続壺齋閑話 (2025年2月27日 08:58)
https://blog2.hix05.com/2025/02/post-8205.html#more
2023年のアメリカ映画「オッペンハイマー(Oppenheimer クリストファー・ノーラン監督)」は、原爆の父と呼ばれるロバート・オッペンハイマーの生涯を描いた伝記映画である。日本を含め世界中で話題になった。ウクライナ戦争をめぐり、プーチンが核兵器使用を示唆するなど、原爆の危機がせまっているなかで、原爆について人々に考えさせるものがある、というのが大方の受け止め方だ。要するに、平和の尊さを考えさせる映画だというわけである。しかし、この映画を虚心坦懐に見れば、そういう印象は伝わってこない。かえって原爆は基本的にはよいものであり、それを開発したオッペンハイマーは賞賛されるべきだというようなメッセージが伝わってくる。
映画は、1954年に実施された米議会によるオッペンハイマーの聴聞の場面からはじまり、それを軸として、オッペンハイマーの過去が再現されるという形で進んでいく。ときあたかも赤狩り全盛の時期であり、コミュニストのレッテルを張られた人間に対する迫害が盛んにおこなわれていた。オッペンハイマーもその迫害の被害者の一人だった。迫害の理由は、オッペンハイマーがソ連の核開発に関与していたのではないかとの疑念だ。またオッペンハイマーの弟夫婦は共産党員であり、オッペンハイマーの周囲にはソ連に好意的な左翼の連中がいた。オッペンハイマーはそうした連中の中心にいたのではないか、という疑念が、議会による聴聞に結びついたのである。この聴聞をふまえて、オッペンハイマーは事実上追放処分になる。そうした時代の空気に、この映画は批判的ではある。
学生時代に遡ってオッペンハイマーの過去が再現される。ハーバードを卒業後、ケンブリッジで物理学をまなび、さらにゲッティンゲン大学ではハイゼンベルグの指導を受ける。その後アメリカにもどり、バークレーで量子力学を教える。そんなかれをマンハッタン計画に招き入れたのは米陸軍の将校レズリー・グローヴズである。かれがそれにかかわることを承諾したのは、ナチスによる原爆開発への危機感からだった。ユダヤ人であるオッペンハイマーはナチスを憎んでおり、ナチスよりも先に原爆を開発する必要があると強く感じていた。ナチスへの憎しみがかれを原爆開発にかりたてたというわけである。
ナチスが降伏すると、オッペンハイマーの原爆投下の目標は日本になる。かれは日本を個人的に憎んでいたわけではないが、原爆投下に前のめりになっている軍部に同調する。軍部の背後にはトルーマンがいる。かくして広島・長崎に原爆が落とされる。それについてオッペンハイマーが疑念を抱いた形跡はない。映画には、広島と長崎は出てこない。あたかも原爆が殺したのは人間ではなく、ハエのようなものだと言わんばかりである。ハエを殺したからと言って、大げさに騒ぐ必要はないということだろう。そういうところにこの映画の傲慢さを感じる。まあアメリカ人が原爆を描けばこういうことになるのだろう。
映画は、1954年に実施された米議会によるオッペンハイマーの聴聞の場面からはじまり、それを軸として、オッペンハイマーの過去が再現されるという形で進んでいく。ときあたかも赤狩り全盛の時期であり、コミュニストのレッテルを張られた人間に対する迫害が盛んにおこなわれていた。オッペンハイマーもその迫害の被害者の一人だった。迫害の理由は、オッペンハイマーがソ連の核開発に関与していたのではないかとの疑念だ。またオッペンハイマーの弟夫婦は共産党員であり、オッペンハイマーの周囲にはソ連に好意的な左翼の連中がいた。オッペンハイマーはそうした連中の中心にいたのではないか、という疑念が、議会による聴聞に結びついたのである。この聴聞をふまえて、オッペンハイマーは事実上追放処分になる。そうした時代の空気に、この映画は批判的ではある。
学生時代に遡ってオッペンハイマーの過去が再現される。ハーバードを卒業後、ケンブリッジで物理学をまなび、さらにゲッティンゲン大学ではハイゼンベルグの指導を受ける。その後アメリカにもどり、バークレーで量子力学を教える。そんなかれをマンハッタン計画に招き入れたのは米陸軍の将校レズリー・グローヴズである。かれがそれにかかわることを承諾したのは、ナチスによる原爆開発への危機感からだった。ユダヤ人であるオッペンハイマーはナチスを憎んでおり、ナチスよりも先に原爆を開発する必要があると強く感じていた。ナチスへの憎しみがかれを原爆開発にかりたてたというわけである。
ナチスが降伏すると、オッペンハイマーの原爆投下の目標は日本になる。かれは日本を個人的に憎んでいたわけではないが、原爆投下に前のめりになっている軍部に同調する。軍部の背後にはトルーマンがいる。かくして広島・長崎に原爆が落とされる。それについてオッペンハイマーが疑念を抱いた形跡はない。映画には、広島と長崎は出てこない。あたかも原爆が殺したのは人間ではなく、ハエのようなものだと言わんばかりである。ハエを殺したからと言って、大げさに騒ぐ必要はないということだろう。そういうところにこの映画の傲慢さを感じる。まあアメリカ人が原爆を描けばこういうことになるのだろう。
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