25. シリア、暗黒時代に突入[134] g1aDioNBgUGIw42Vjp6R44LJk8uT_A 2025年3月22日 13:27:26 : ueFUzqtnHo : Ny9IOVh5eU5yUm8=[1]
このウォーレン委員会が報告書を出した3週間後の1964年10月12日にひとりの女性が散歩中に射殺された。マリーの元夫であるコード・メイヤーはCIAで秘密工作部門の幹部を務めていた。ふたりは1958年に離婚している。その女性、マリー・ピンチョット・メイヤーはケネディ大統領と親しかった。銃弾の1発目は後頭部、2発目は心臓へ至近距離から撃ち込まれている。
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Mary Pinchot Meyer メアリー ピンチョット マイヤーについて:
メアリー・マイヤーは社交界の婦人で、JFKの2年越しの愛人。
2013年刊『メアリーのモザイク』の著者ピーター・ジェニーは、メアリー・マイヤーはJFKの平和共存の思想に影響を与えた人物とみている。
本の序には次のような事が書かれている:
彼女の死の数日後に、WP記者ベン・ブラッドレーの妻であった彼女の妹、コード・マイヤー、ジェームス・アングルトンと彼の妻が彼女の日記を探しにジョージタウンの彼女の家に行くが見つからなかった。その後、彼女の妹が日記とJFKの手紙を見つけたのでそれをアングルトンに手渡す。 アングルトンはそれをCIA本部に持っていくが、最終的には焼き払う。 (アングルトンの妻はメアリーの友達)
著者のピーター・ジェニーの父親はCIA幹部の役職にあり、でアングルトンやコード・マイヤーの同僚でもあった。
著者は、1976年にアングルトンに会い、『メアリーの日記』の事を聞く。
アングルトンの答えは、CIAの仕事としてやったのではなく、ある家族の為に私人として行動した事、と答えている。
詰り、アングルトンは、誰かのために証拠隠滅の為に日記を探しに行き、焼却したのである。
誰かの為とは? 恐らくLBJ.
LBJが自分の事が書かれているかもしれない、と心配したのかもしれない!
http://www.asyura2.com/24/kokusai35/msg/405.html#c25