★阿修羅♪ > djJ4akN3SVdGMjI= > 100000
 
g検索 djJ4akN3SVdGMjI=  
 
djJ4akN3SVdGMjI= コメント履歴 No: 100000
http://www.asyura2.com/acat/d/dj/djj/djJ4akN3SVdGMjI=/100000.html
[リバイバル3] 株で儲ける方法教えてあげる(こっそり) 新スレ 中川隆
342. 2020年9月27日 08:51:46 : FA4hCefJjA : djJ4akN3SVdGMjI=[1]
平野憲一の株のお話 2020.09.27 「投資の日」からの株式市場。
http://kasset.blog.fc2.com/

 8月は異例の強さでした。日経平均は7月末の2万1710円から8月末2万3139円まで1429円(6.59%)の上昇でした。その原因はNY株の強さです。

ダウ、SP500、ナスダックはそれぞれ7.6%の上昇で、8月としては1984年以来36年ぶりの上昇率でした。

そのせいか9月に入ってスピード調整となり、ナスダックは9月2日の史上最高値から11.8%の下げになり黄信号がついたくらいです。

元々9月は米国株にとっては鬼門の月で、過去50年間の月間騰落でマイナスなのはこの9月だけです。

10月4日(日)は「投資の日」と言うのはご存知だと思いますが、過去10年間の日経平均の年間チャートを見ると、この日前後から年末にかけて平均10%近くの上昇になっているのはご存じでしょうか。

この習性で言うと、もうすぐ年末上昇相場が始まることになります。
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/822.html#c342

[近代史4] 中国 Topping 社の超格安・超高音質 DAC 中川隆
5. 2020年9月27日 08:59:38 : FA4hCefJjA : djJ4akN3SVdGMjI=[2]
「音楽&オーディオ」の小部屋
鉄は熱いうちに打て 2020年09月27日
https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/cc9503d7675d0feabfce7857d16d4695


つい先日、我が家に試聴に来ていただいたYさん。

クルマで10分ほどの所にお住まいで、日頃から生の楽器(フルート)に親しまれているせいか、すこぶる耳がいい方なので我が家のオーディオの「ご意見番」として大いに貢献してもらっている。

つい最近のブログに登載したように、このほど「RCAケーブル」をすべて「LANケーブル」の素材に代えたので「いかがですか?」とご意見を拝聴したところ「たしかに変わりましたね。音の汚れが取れた感じで音響空間に爽やかな空気感が漂ってきました」と、大好評。

「やっぱり、そうでしょう」と、まだ我が耳が多少なりとも健在であることを確認して喜びもひとしおだった(笑)。

それはいいとして、Yさんが耳寄りのオーディオ情報をもたらしてくれた。

「中国の〇〇メーカーが半年ほど前に新たなDACを発売しました。お値段も手ごろだし、チップも旭化成の最新型だし、オペアンプも日本製の優れものだそうで随分評判がいいようですよ」

「ホウ〜、ぜひモデルの型番を教えてください。北国の真空管博士に問い合わせてご意見を伺ってみましょう」

翌日、さっそく博士からコメントがあった。

「中国の〇〇は以前からお値段のわりに性能が良くて注目していたメーカーです。変換チップも定評のある旭化成のものだし、オペアンプも国産だしとてもいいんじゃないでしょうか。お値段も手ごろだし、お買い得だと思いますよ」と、珍しく太鼓判押し。

「それはうれしい情報ですね。ただ、RCA出力とXLR出力では随分と音質の差があるようにユーザーが言ってますがはたしてどうなんでしょう。」

「基本的にXLR出力は業務用ですからそちらの方に力点を置いているのでしょう。実際に使ってみないと何とも言えませんがあまり拘らなくてもいい範囲ではないかと思いますよ」

デジタル機器は周知のとおり日進月歩の時代なので常に最新情報にアンテナを張っておく必要がある。

とはいえ、中国製のDACはこれまではどうしても「オペアンプ」の性能がイマイチだとの評価が絶えず、乗り気にさせてくれなかったが今回ようやく「変換チップ」と「オペアンプ」のクルマの両輪がそろった感じ。おまけにお値段の方も手ごろだしねえ〜(笑)。

ただし、唯一気になるのが「RCA出力の性能がやや落ちる」とのことなので、「XLR → RCA」変換ケーブルの出番も考えておく必要がありそうだ。

つまり「DACのXLR出力端子」と「プリアンプのRCA入力端子」の間に変換ケーブルを使えばいいという算段となる。

実は、これについてはずっと以前に手持ちの変換ケーブルを使って実際に試してみたことがあるのだが、その時はとても冴えなかった。

明らかに音質の劣化が目立ち、もう二度とこんなことはするまいと決心したのだが、「LAN」素材と、高性能のプラグを使う「T」さん(東海地方)の製作されたものならいけるかもしれないと、ふと頭によぎった。

こうなると速攻あるのみで、すぐに(Tさんに)お願いしてみると「ハイ分かりました。DACの出力端子はオスですか、メスですか?」そこで「はい、オスになります。したがって受ける(作る)側の端子はメスになります。余計なことかもしれませんが2番ホットです。」「了解しました」

そして、早くも2日後には我が家に到着。

「XLRはノイトリックの金メッキ端子です、生産国はリヒテンシュタインです、20〜30年ぐらい前まではスイス製でした、リヒテンシュタインはスイスの隣です、どちらの国も所得水準が高いです。

XLRもRCAもコレットチャックなので中でケーブルを締め付けて固定します、大変良く考えられた製品です。」との、コメント付き。

「T」さんはレスポンスがメチャ早くて大助かり。

「鉄は熱いうちに打て」を身を持って実践されている(笑)。

さっそくDAコンバーター(DAC)に挿し込んで性能を試してみた。

我が家のエースDACで「腐っても鯛」(笑)と重宝している「エルガー プラス」(英国:dCS)の出力端子「XLR」端子(バランス端子)からプリアンプ2号機(安井式)へと接続して聴いてみた。

いやあ、驚きました!

「RCA出力端子」からの出力とまったく音質が変わらぬではありませんか!

これで飛躍的に使い勝手が向上した。

つまり「エルガー プラス」の「RCA端子」からプリアンプ1号機(マランツ7型)へ、「XLR端子」からプリアンプ2号機(安井式)へと自由自在に「エルガー プラス」が使える。

もちろん、これは「瓢箪から駒が出た」ようなものであくまでも付録であり、本命は新たな中国製DACの購入に向けての本格的な検討開始の端緒となるもの。
https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/cc9503d7675d0feabfce7857d16d4695
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/489.html#c5

[リバイバル3] アナログケーブルはLANケーブルが一番良い? スピーカーケーブルは細ければ細い程良い? 中川隆
10. 中川隆[-11129] koaQ7Jey 2020年9月27日 09:00:42 : FA4hCefJjA : djJ4akN3SVdGMjI=[3]
「音楽&オーディオ」の小部屋
鉄は熱いうちに打て 2020年09月27日
https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/cc9503d7675d0feabfce7857d16d4695


つい先日、我が家に試聴に来ていただいたYさん。

クルマで10分ほどの所にお住まいで、日頃から生の楽器(フルート)に親しまれているせいか、すこぶる耳がいい方なので我が家のオーディオの「ご意見番」として大いに貢献してもらっている。

つい最近のブログに登載したように、このほど「RCAケーブル」をすべて「LANケーブル」の素材に代えたので「いかがですか?」とご意見を拝聴したところ「たしかに変わりましたね。音の汚れが取れた感じで音響空間に爽やかな空気感が漂ってきました」と、大好評。

「やっぱり、そうでしょう」と、まだ我が耳が多少なりとも健在であることを確認して喜びもひとしおだった(笑)。

それはいいとして、Yさんが耳寄りのオーディオ情報をもたらしてくれた。

「中国の〇〇メーカーが半年ほど前に新たなDACを発売しました。お値段も手ごろだし、チップも旭化成の最新型だし、オペアンプも日本製の優れものだそうで随分評判がいいようですよ」

「ホウ〜、ぜひモデルの型番を教えてください。北国の真空管博士に問い合わせてご意見を伺ってみましょう」

翌日、さっそく博士からコメントがあった。

「中国の〇〇は以前からお値段のわりに性能が良くて注目していたメーカーです。変換チップも定評のある旭化成のものだし、オペアンプも国産だしとてもいいんじゃないでしょうか。お値段も手ごろだし、お買い得だと思いますよ」と、珍しく太鼓判押し。

「それはうれしい情報ですね。ただ、RCA出力とXLR出力では随分と音質の差があるようにユーザーが言ってますがはたしてどうなんでしょう。」

「基本的にXLR出力は業務用ですからそちらの方に力点を置いているのでしょう。実際に使ってみないと何とも言えませんがあまり拘らなくてもいい範囲ではないかと思いますよ」

デジタル機器は周知のとおり日進月歩の時代なので常に最新情報にアンテナを張っておく必要がある。

とはいえ、中国製のDACはこれまではどうしても「オペアンプ」の性能がイマイチだとの評価が絶えず、乗り気にさせてくれなかったが今回ようやく「変換チップ」と「オペアンプ」のクルマの両輪がそろった感じ。おまけにお値段の方も手ごろだしねえ〜(笑)。

ただし、唯一気になるのが「RCA出力の性能がやや落ちる」とのことなので、「XLR → RCA」変換ケーブルの出番も考えておく必要がありそうだ。

つまり「DACのXLR出力端子」と「プリアンプのRCA入力端子」の間に変換ケーブルを使えばいいという算段となる。

実は、これについてはずっと以前に手持ちの変換ケーブルを使って実際に試してみたことがあるのだが、その時はとても冴えなかった。

明らかに音質の劣化が目立ち、もう二度とこんなことはするまいと決心したのだが、「LAN」素材と、高性能のプラグを使う「T」さん(東海地方)の製作されたものならいけるかもしれないと、ふと頭によぎった。

こうなると速攻あるのみで、すぐに(Tさんに)お願いしてみると「ハイ分かりました。DACの出力端子はオスですか、メスですか?」そこで「はい、オスになります。したがって受ける(作る)側の端子はメスになります。余計なことかもしれませんが2番ホットです。」「了解しました」

そして、早くも2日後には我が家に到着。

「XLRはノイトリックの金メッキ端子です、生産国はリヒテンシュタインです、20〜30年ぐらい前まではスイス製でした、リヒテンシュタインはスイスの隣です、どちらの国も所得水準が高いです。

XLRもRCAもコレットチャックなので中でケーブルを締め付けて固定します、大変良く考えられた製品です。」との、コメント付き。

「T」さんはレスポンスがメチャ早くて大助かり。

「鉄は熱いうちに打て」を身を持って実践されている(笑)。

さっそくDAコンバーター(DAC)に挿し込んで性能を試してみた。

我が家のエースDACで「腐っても鯛」(笑)と重宝している「エルガー プラス」(英国:dCS)の出力端子「XLR」端子(バランス端子)からプリアンプ2号機(安井式)へと接続して聴いてみた。

いやあ、驚きました!

「RCA出力端子」からの出力とまったく音質が変わらぬではありませんか!

これで飛躍的に使い勝手が向上した。

つまり「エルガー プラス」の「RCA端子」からプリアンプ1号機(マランツ7型)へ、「XLR端子」からプリアンプ2号機(安井式)へと自由自在に「エルガー プラス」が使える。

もちろん、これは「瓢箪から駒が出た」ようなものであくまでも付録であり、本命は新たな中国製DACの購入に向けての本格的な検討開始の端緒となるもの。
https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/cc9503d7675d0feabfce7857d16d4695
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/1081.html#c10

[リバイバル3] 最高の音を一番安く手に入れる方法 _ パソコンの iTunes ファイル + プリ機能付き DAC + フルレンジスピーカー 中川隆
122. 中川隆[-11128] koaQ7Jey 2020年9月27日 09:02:58 : FA4hCefJjA : djJ4akN3SVdGMjI=[4]
「音楽&オーディオ」の小部屋
鉄は熱いうちに打て 2020年09月27日
https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/cc9503d7675d0feabfce7857d16d4695


つい先日、我が家に試聴に来ていただいたYさん。

クルマで10分ほどの所にお住まいで、日頃から生の楽器(フルート)に親しまれているせいか、すこぶる耳がいい方なので我が家のオーディオの「ご意見番」として大いに貢献してもらっている。

つい最近のブログに登載したように、このほど「RCAケーブル」をすべて「LANケーブル」の素材に代えたので「いかがですか?」とご意見を拝聴したところ「たしかに変わりましたね。音の汚れが取れた感じで音響空間に爽やかな空気感が漂ってきました」と、大好評。

「やっぱり、そうでしょう」と、まだ我が耳が多少なりとも健在であることを確認して喜びもひとしおだった(笑)。

それはいいとして、Yさんが耳寄りのオーディオ情報をもたらしてくれた。

「中国の〇〇メーカーが半年ほど前に新たなDACを発売しました。お値段も手ごろだし、チップも旭化成の最新型だし、オペアンプも日本製の優れものだそうで随分評判がいいようですよ」

「ホウ〜、ぜひモデルの型番を教えてください。北国の真空管博士に問い合わせてご意見を伺ってみましょう」

翌日、さっそく博士からコメントがあった。

「中国の〇〇は以前からお値段のわりに性能が良くて注目していたメーカーです。変換チップも定評のある旭化成のものだし、オペアンプも国産だしとてもいいんじゃないでしょうか。お値段も手ごろだし、お買い得だと思いますよ」と、珍しく太鼓判押し。

「それはうれしい情報ですね。ただ、RCA出力とXLR出力では随分と音質の差があるようにユーザーが言ってますがはたしてどうなんでしょう。」

「基本的にXLR出力は業務用ですからそちらの方に力点を置いているのでしょう。実際に使ってみないと何とも言えませんがあまり拘らなくてもいい範囲ではないかと思いますよ」

デジタル機器は周知のとおり日進月歩の時代なので常に最新情報にアンテナを張っておく必要がある。

とはいえ、中国製のDACはこれまではどうしても「オペアンプ」の性能がイマイチだとの評価が絶えず、乗り気にさせてくれなかったが今回ようやく「変換チップ」と「オペアンプ」のクルマの両輪がそろった感じ。おまけにお値段の方も手ごろだしねえ〜(笑)。

ただし、唯一気になるのが「RCA出力の性能がやや落ちる」とのことなので、「XLR → RCA」変換ケーブルの出番も考えておく必要がありそうだ。

つまり「DACのXLR出力端子」と「プリアンプのRCA入力端子」の間に変換ケーブルを使えばいいという算段となる。

実は、これについてはずっと以前に手持ちの変換ケーブルを使って実際に試してみたことがあるのだが、その時はとても冴えなかった。

明らかに音質の劣化が目立ち、もう二度とこんなことはするまいと決心したのだが、「LAN」素材と、高性能のプラグを使う「T」さん(東海地方)の製作されたものならいけるかもしれないと、ふと頭によぎった。

こうなると速攻あるのみで、すぐに(Tさんに)お願いしてみると「ハイ分かりました。DACの出力端子はオスですか、メスですか?」そこで「はい、オスになります。したがって受ける(作る)側の端子はメスになります。余計なことかもしれませんが2番ホットです。」「了解しました」

そして、早くも2日後には我が家に到着。

「XLRはノイトリックの金メッキ端子です、生産国はリヒテンシュタインです、20〜30年ぐらい前まではスイス製でした、リヒテンシュタインはスイスの隣です、どちらの国も所得水準が高いです。

XLRもRCAもコレットチャックなので中でケーブルを締め付けて固定します、大変良く考えられた製品です。」との、コメント付き。

「T」さんはレスポンスがメチャ早くて大助かり。

「鉄は熱いうちに打て」を身を持って実践されている(笑)。

さっそくDAコンバーター(DAC)に挿し込んで性能を試してみた。

我が家のエースDACで「腐っても鯛」(笑)と重宝している「エルガー プラス」(英国:dCS)の出力端子「XLR」端子(バランス端子)からプリアンプ2号機(安井式)へと接続して聴いてみた。

いやあ、驚きました!

「RCA出力端子」からの出力とまったく音質が変わらぬではありませんか!

これで飛躍的に使い勝手が向上した。

つまり「エルガー プラス」の「RCA端子」からプリアンプ1号機(マランツ7型)へ、「XLR端子」からプリアンプ2号機(安井式)へと自由自在に「エルガー プラス」が使える。

もちろん、これは「瓢箪から駒が出た」ようなものであくまでも付録であり、本命は新たな中国製DACの購入に向けての本格的な検討開始の端緒となるもの。
https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/cc9503d7675d0feabfce7857d16d4695
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/1002.html#c122

[リバイバル3] OPPO Sonica DAC _ 音楽がわからないアホ・オーディオマニアが絶賛する超お買い得品(?)だけど… 中川隆
71. 中川隆[-11127] koaQ7Jey 2020年9月27日 09:03:29 : FA4hCefJjA : djJ4akN3SVdGMjI=[5]
「音楽&オーディオ」の小部屋
鉄は熱いうちに打て 2020年09月27日
https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/cc9503d7675d0feabfce7857d16d4695


つい先日、我が家に試聴に来ていただいたYさん。

クルマで10分ほどの所にお住まいで、日頃から生の楽器(フルート)に親しまれているせいか、すこぶる耳がいい方なので我が家のオーディオの「ご意見番」として大いに貢献してもらっている。

つい最近のブログに登載したように、このほど「RCAケーブル」をすべて「LANケーブル」の素材に代えたので「いかがですか?」とご意見を拝聴したところ「たしかに変わりましたね。音の汚れが取れた感じで音響空間に爽やかな空気感が漂ってきました」と、大好評。

「やっぱり、そうでしょう」と、まだ我が耳が多少なりとも健在であることを確認して喜びもひとしおだった(笑)。

それはいいとして、Yさんが耳寄りのオーディオ情報をもたらしてくれた。

「中国の〇〇メーカーが半年ほど前に新たなDACを発売しました。お値段も手ごろだし、チップも旭化成の最新型だし、オペアンプも日本製の優れものだそうで随分評判がいいようですよ」

「ホウ〜、ぜひモデルの型番を教えてください。北国の真空管博士に問い合わせてご意見を伺ってみましょう」

翌日、さっそく博士からコメントがあった。

「中国の〇〇は以前からお値段のわりに性能が良くて注目していたメーカーです。変換チップも定評のある旭化成のものだし、オペアンプも国産だしとてもいいんじゃないでしょうか。お値段も手ごろだし、お買い得だと思いますよ」と、珍しく太鼓判押し。

「それはうれしい情報ですね。ただ、RCA出力とXLR出力では随分と音質の差があるようにユーザーが言ってますがはたしてどうなんでしょう。」

「基本的にXLR出力は業務用ですからそちらの方に力点を置いているのでしょう。実際に使ってみないと何とも言えませんがあまり拘らなくてもいい範囲ではないかと思いますよ」

デジタル機器は周知のとおり日進月歩の時代なので常に最新情報にアンテナを張っておく必要がある。

とはいえ、中国製のDACはこれまではどうしても「オペアンプ」の性能がイマイチだとの評価が絶えず、乗り気にさせてくれなかったが今回ようやく「変換チップ」と「オペアンプ」のクルマの両輪がそろった感じ。おまけにお値段の方も手ごろだしねえ〜(笑)。

ただし、唯一気になるのが「RCA出力の性能がやや落ちる」とのことなので、「XLR → RCA」変換ケーブルの出番も考えておく必要がありそうだ。

つまり「DACのXLR出力端子」と「プリアンプのRCA入力端子」の間に変換ケーブルを使えばいいという算段となる。

実は、これについてはずっと以前に手持ちの変換ケーブルを使って実際に試してみたことがあるのだが、その時はとても冴えなかった。

明らかに音質の劣化が目立ち、もう二度とこんなことはするまいと決心したのだが、「LAN」素材と、高性能のプラグを使う「T」さん(東海地方)の製作されたものならいけるかもしれないと、ふと頭によぎった。

こうなると速攻あるのみで、すぐに(Tさんに)お願いしてみると「ハイ分かりました。DACの出力端子はオスですか、メスですか?」そこで「はい、オスになります。したがって受ける(作る)側の端子はメスになります。余計なことかもしれませんが2番ホットです。」「了解しました」

そして、早くも2日後には我が家に到着。

「XLRはノイトリックの金メッキ端子です、生産国はリヒテンシュタインです、20〜30年ぐらい前まではスイス製でした、リヒテンシュタインはスイスの隣です、どちらの国も所得水準が高いです。

XLRもRCAもコレットチャックなので中でケーブルを締め付けて固定します、大変良く考えられた製品です。」との、コメント付き。

「T」さんはレスポンスがメチャ早くて大助かり。

「鉄は熱いうちに打て」を身を持って実践されている(笑)。

さっそくDAコンバーター(DAC)に挿し込んで性能を試してみた。

我が家のエースDACで「腐っても鯛」(笑)と重宝している「エルガー プラス」(英国:dCS)の出力端子「XLR」端子(バランス端子)からプリアンプ2号機(安井式)へと接続して聴いてみた。

いやあ、驚きました!

「RCA出力端子」からの出力とまったく音質が変わらぬではありませんか!

これで飛躍的に使い勝手が向上した。

つまり「エルガー プラス」の「RCA端子」からプリアンプ1号機(マランツ7型)へ、「XLR端子」からプリアンプ2号機(安井式)へと自由自在に「エルガー プラス」が使える。

もちろん、これは「瓢箪から駒が出た」ようなものであくまでも付録であり、本命は新たな中国製DACの購入に向けての本格的な検討開始の端緒となるもの。
https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/cc9503d7675d0feabfce7857d16d4695
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/852.html#c71

[番外地8] 『朝日』元記者・植村隆裁判で西岡力氏が自らの「捏造」認める 中川隆
2. 2020年9月27日 09:15:21 : FA4hCefJjA : djJ4akN3SVdGMjI=[6]
日本の裁判官は自衛隊が合憲だとかデタラメな判決を出していますからね。
慰安婦問題でも日本政府に都合が悪い判決は絶対に出さないですね。

とにかく西岡力が自分の捏造を法廷で認めたのは動きません。普通なら詐欺師認定されて社会から追放されます。
http://www.asyura2.com/20/ban8/msg/418.html#c2

[番外地8] 櫻井よしこに続き西岡力も「捏造」を法廷で白状! 安倍応援団や右派の朝日・慰安婦報道叩きのデタラメが次々露呈 中川隆
1. 中川隆[-11126] koaQ7Jey 2020年9月27日 09:51:08 : FA4hCefJjA : djJ4akN3SVdGMjI=[7]
一番重要なのは慰安婦強制連行を否定する右翼の話はすべてデタラメだ
というのが証明された事だよ
秦郁彦の話も西岡力の話もすべて捏造だとわかってしまったんだ:

慰安婦問題の討論・秦郁彦vs吉見義明、秦郁彦は歴史家の名を利用するのやめたらどうだろう
https://dj19.hatenadiary.org/entry/20130703/p1
http://www.asyura2.com/20/ban8/msg/420.html#c1

[番外地8] アメリカ合衆国の歴史教科書では、 最大で30万人もの14-20歳の女性たちを 強制的に徴集して性行為を強要した 中川隆
1. 2020年9月27日 11:58:49 : FA4hCefJjA : djJ4akN3SVdGMjI=[8]

歴史の定説を否定したいなら画期的な研究をして論文を書くしかないよ。
しかし慰安婦関係の書類はすべて証拠隠滅の為に焼却されているから、もう新しい研究は不可能なんだ。
従って学会の定説は変わらない。教科書の記述も変わらない。
日本のアホ右翼が嘘だ、嘘だと叫んでも歴史学会からは相手にされない。
http://www.asyura2.com/20/ban8/msg/413.html#c1
[近代史5] 終戦時満州に取り残された日本人 ソ連兵と中国人は何をしたか 中川隆
3. 2020年9月27日 12:15:15 : FA4hCefJjA : djJ4akN3SVdGMjI=[9]
はる爺

関東軍の中枢は共産主義者の巣窟であった。

関東軍第三方面軍情報参謀・少佐・志位正二はKGBのスパイ。日本共産党委員長の志位和夫は甥である。また瀬島龍三中佐、朝枝繫晴中佐、種村佐孝大佐、松村知勝少将、池田純友少佐、橋本欣五郎(参謀本部ロシア班長・中佐)あげたらきりがないが「赤い軍人」「クレムリンの犬」がうごめいていたのです。

帝国陸軍の社会主義化・共産主義化はひどく、敗戦で軍が解体されるやこれら陸軍のエリート将校が大挙して日本共産党に入党している。

今も共産主義で全体主義のC国好きで有名な総合商社伊藤忠の元会長が瀬島である。特務機関の原田統吉から、ソ連の「8月上旬侵攻」の至急電文を握りつぶし、婦女子を含む155万人の一般邦人を置き去りにして、関東軍がさっさと武装解除したのも関東軍の参謀部が、松村知勝や瀬島らのコミュニストに支配されており、日本の婦女子がロシア兵に略奪され、レイプさせることを計画的に実行するためだったのだ。それに反して内蒙古を守る駐蒙軍の司令官だった根本博中将は、武装解除を無視し敵の侵入を阻止するため白兵戦を繰り返し、多くの犠牲を出しながら4万人もの邦人を守り抜きました。日本軍人の鏡です。

https://www.youtube.com/watch?v=wl2sBVCXIG8&lc=Ugym7Hf_aBI_lRokWw54AaABAg.9E3heQvDZCU9E5TXEaKV18
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/265.html#c3

[リバイバル3] 現生人類の起源 中川隆
35. 2020年9月27日 12:58:18 : FA4hCefJjA : djJ4akN3SVdGMjI=[10]
雑記帳 2020年09月27日
ネアンデルタール人とデニソワ人のY染色体での系統関係
https://sicambre.at.webry.info/202009/article_35.html

 ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)のY染色体DNA解析に関する研究(Petr et al., 2020)が公表されました。日本語の解説記事もあります。本論文はすでに今年(2020年)3月、査読前に公開されていました(関連記事)。その時と内容は基本的に変わっていないようですが、多少の変更点や私の見落としおよび間違い(平均網羅率など)があるので、それらを訂正しつつ以前の記事を基本的には流用し、以前は掲載しなかった図も取り上げるとともに、その後のネアンデルタール人やデニソワ人に関する知見も取り入れます。


 古代DNA研究により、移住・置換・遺伝子流動など、非現生人類ホモ属(古代型ホモ属)と現生人類(Homo sapiens)の複雑な進化史が明らかにされてきましたが、古代型ホモ属と現生人類の関係の考察は、大半が常染色体に基づいています。一方、ミトコンドリアDNA(mtDNA)とY染色体DNAは、それぞれ母系と父系での単系統のみの遺伝情報を示しますが、性特異的な移住やその他の文化現象のような人口史の多様な側面に独自の視点を提供します。

 ネアンデルタール人とデニソワ人と現生人類においては、mtDNAと常染色体での系統関係の不一致が明らかにされてきました(関連記事)。常染色体ゲノムでは、ネアンデルタール人およびデニソワ人系統が現生人類系統と765000〜550000年前頃に分岐した、と推定されています(関連記事)。しかしmtDNAでは、ネアンデルタール人はデニソワ人よりも現生人類と近縁で、その推定分岐年代は468000〜360000年前頃です。43万年前頃のスペイン北部の通称「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」遺跡(以下、SHと省略)集団は早期ネアンデルタール人とされていますが、mtDNAでは現生人類よりもデニソワ人の方と近縁で、常染色体ではネアンデルタール人系統に位置づけられます(関連記事)。

 これらの知見から、ネアンデルタール人は元々デニソワ人に近いmtDNAを有しており、後に現生人類と関連する早期系統からの遺伝子流動経由で完全に置換された、との見解が提示されています。ネアンデルタール人とデニソワ人のY染色体は、古代型ホモ属と現生人類の間の分岐や遺伝子流動に関する重要な情報を追加できます。しかし、ネアンデルタール人のY染色体のわずかなコーディング配列を除いて、これまでネアンデルタール人とデニソワ人のY染色体の研究はありませんでした。スペイン北部のエルシドロン(El Sidrón)遺跡(関連記事)やベルギーのスピ(Spy)遺跡およびロシアのコーカサス地域のメズマイスカヤ(Mezmaiskaya)遺跡(関連記事)のネアンデルタール人のY染色体は解析されてきましたが、Y染色体全体の包括的な研究を可能とする内在性DNAは、じゅうぶんは得られていませんでした。

 本論文は、南シベリアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)遺跡のデニソワ人2個体と、スピ遺跡とメズマイスカヤ遺跡とエルシドロン遺跡(エルシドロン1253)のネアンデルタール人1個体ずつのY染色体DNAを改めて解析しました。デニソワ人は、84100〜55200年前頃のデニソワ4(Denisova 4)と136400〜105600年前頃のデニソワ8(Denisova 8)、ネアンデルタール人は、39000〜38000年前頃のスピ94a(Spy 94a)と45000〜43000年前頃のメズマイスカヤ2(Mezmaiskaya 2)と53000〜46000年前頃のエルシドロン1253(El Sidrón 1253)です。Y染色体のうち計690万塩基対(エルシドロン1253のみは56万塩基対)が標的領域とされ、平均網羅率は、デニソワ4が1.4倍、デニソワ8が3.5倍、スピ94aが0.8倍、メズマイスカヤ2が14.3倍、エルシドロン1253が7.9倍です。

 これらの解析の結果、ネアンデルタール人3個体とデニソワ人2個体はそれぞれ単系統群(クレード)を形成する、と明らかになりました。ネアンデルタール人とデニソワ人と現生人類のY染色体での系統関係は、核(というか常染色体)ゲノムとは異なり、ネアンデルタール人と現生人類が近縁と明らかになりました。現代人のY染色体ハプログループ(YHg)で最も早く分岐したのはA00ですが(関連記事)、ネアンデルタール人のY染色体系統は、デニソワ人系統とネアンデルタール人および現生人類の共通祖先系統が分岐した後で、全現生人類系統と分岐したことになります。ネアンデルタール人とデニソワ人と現生人類のY染色体での系統関係は、核ゲノムのそれとは一致せず、mtDNAのそれと一致します。

 Y染色体の各系統の推定分岐年代は、YHg-A00と非アフリカ系現代人系統では249000(293000〜213000)年前頃です。非アフリカ系現代人とデニソワ人とでは、デニソワ8が707000(835000〜607000)年前頃、デニソワ4が708000(932000〜550000)年前頃です。非アフリカ系現代人とネアンデルタール人とでは、スピ94aが353000(450000〜287000)年前頃、メズマイスカヤ2が370000(420000〜326000)年前頃、エルシドロン1253が339000(408000〜275000)年前頃です。父系となるY染色体の推定分岐年代は、現生人類およびネアンデルタール人の共通祖先系統とデニソワ人の祖先系統とが70万年前頃、現生人類系統とネアンデルタール人系統とが35万年前頃、ネアンデルタール人3個体では10万年前頃です。以下、ネアンデルタール人3個体とデニソワ人2個体と現生人類のY染色体系統樹(図2A)と合着年代(図2B)を示した本論文の図2です。

画像
https://science.sciencemag.org/content/sci/369/6511/1653/F2.large.jpg

 Y染色体におけるデニソワ人系統と現生人類系統の推定分岐年代は、常染色体ゲノムに基づく推定分岐年代とよく一致しており、現生人類系統とデニソワ人系統のY染色体の分岐は単純な集団分岐の結果と示唆されます。一方、Y染色体におけるネアンデルタール人系統と現生人類系統の推定分岐年代は常染色体ゲノムに基づく推定分岐年代よりもかなり新しく、mtDNAで推測されている、現生人類に近い系統からネアンデルタール人系統への遺伝子流動と一致します。エルシドロン遺跡のネアンデルタール人のY染色体に関する研究(関連記事)では、現生人類系統とネアンデルタール人系統の推定分岐年代は588000年前頃です。一方、本論文ではそれが35万年前頃とかなり新しく、その理由として本論文は、以前の研究ではデータ量が限定的だったことを指摘しています。

 上述のように、ネアンデルタール人とデニソワ人と現生人類のY染色体における系統関係は、mtDNAのそれと一致し、核(というか常染色体)ゲノムのそれとは一致しません。これは、ネアンデルタール人およびデニソワ人の共通祖先系統と分岐した後の(広義の)現生人類系統において、現代人系統と早期に分岐した(父系においての)絶滅系統がネアンデルタール人系統と交雑し、ネアンデルタール人系統にデニソワ人系統よりも現生人類系統に近いmtDNAとY染色体をもたらした、と考えられます。以前の研究では、現生人類からネアンデルタール人への数%程度とわずかな遺伝子流動が指摘されており(関連記事)、最近の研究ではこの遺伝子流動は30万〜20万年前頃に起き、割合は3〜7%と推定されています(関連記事)。ギリシアでは21万年以上前のおそらくは広義の現生人類遺骸が発見されており、ヨーロッパにおける20万年以上前のネアンデルタール人広義の現生人類系統との交雑はじゅうぶん考えられるでしょう(関連記事)。

 他系統からの3〜7%程度の遺伝子流動という条件において、他系統のmtDNAとY染色体への置換は、通常の進化ではひじょうに起きにくいと考えられます。しかし、有効人口規模が現生人類よりも小さいネアンデルタール人においては、現生人類よりも多い有害な変異の蓄積の可能性が指摘されており(関連記事)、じっさい、ネアンデルタール人3個体のエクソン領域に関しては、現代人よりも有害なアレル(対立遺伝子)を多く有している、と明らかになっています。本論文は、有効人口規模が小さい場合のシミュレーションにより、ネアンデルタール人のY染色体が現生人類のY染色体よりも適応度がわずかでも低い場合、完全置換率に強い影響を与える、と明らかにしました。

 具体的には、現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動を5%と仮定した場合、5万年後の置換率は、ネアンデルタール人のY染色体適応度が1%低いと25%に増加し、2%低いと50%に増加します。こうした予測は、Y染色体と同じく単系統遺伝となるmtDNAにも当てはまります。これらの結果は、ネアンデルタール人におけるより高い遺伝的荷重が、ネアンデルタール人のmtDNAおよびY染色体という単系統遺伝の置換可能性の増加と相関していることを示します。繁殖と受精力におけるY染色体の重要性を考慮すると、Y染色体の有害な変異または構造的多様体が、のシミュレーションよりも適応度にずっと大きな影響を与えるかもしれない、と本論文は指摘します。以下、現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人の核(常染色体)ゲノムとmtDNAとY染色体の系統関係(図3A)と、Y染色体系統の置換率(図3B)を示した本論文の図3です。

画像
https://science.sciencemag.org/content/sci/369/6511/1653/F3.large.jpg

 後期ネアンデルタール人のY染色体は、37万〜10万年前頃の間に、ネアンデルタール人やデニソワ人よりも現生人類系統と近縁な絶滅系統からもたらされた、と推測されます。上述のように、早期ネアンデルタール人である43万年前頃のSH集団は、mtDNAでは後期ネアンデルタール人よりもデニソワ人に近いと明らかになっていますが、Y染色体でも同様だろう、と本論文は予測しています。後期ネアンデルタール人のゲノムから推測される、現生人類からネアンデルタール人への限定的な遺伝子流動を考慮すると、後期ネアンデルタール人におけるmtDNAとY染色体の完全な置換は意外ですが、ミトコンドリアと常染色体の不一致は集団遺伝学理論では予測されており、動物の種間交雑では比較的一般的です。本論文は、2集団間の交雑における単系統遺伝子座の遺伝的荷重の違いが、ネアンデルタール人系統におけるmtDNAとY染色体の置換の要因だろう、と指摘します。

 本論文はひじょうに興味深い結果を提示しており、今後、古代型ホモ属のY染色体DNA解析数さらに増えていくよう、期待しています。デニソワ人と確認されている個体はネアンデルタール人と比較してひじょうに少ないので、古代型ホモ属のY染色体DNA解析は当分ネアンデルタール人が中心となりそうですが、まず注目されるのは、本論文でも言及されている早期ネアンデルタール人のSH集団です。SH集団は43万年前頃と後期ネアンデルタール人やデニソワ人よりもずっと古いだけに、Y染色体DNAの解析は難しいかもしれませんが、何とか成功してもらいたいものです。また、ネアンデルタール人系統内でも核DNAとmtDNAで系統の不一致が指摘されているので(関連記事)、Y染色体ではどうなのか、さらに詳しい研究の進展が期待されます。


 以上、ほぼ以前の記事からの流用ですが、本論文の内容をざっと見てきました。査読前の論文を取り上げた後も、現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人の関係について、興味深い研究が複数提示されています。たとえば、ネアンデルタール人と現生人類との複数回の交雑を指摘した研究や(関連記事)、ネアンデルタール人から非アフリカ系現代人へと再導入された遺伝子に関する研究(関連記事)です。デニソワ人に関しては、アジア東部の早期現生人類においてデニソワ人の遺伝的影響が指摘されており、これは現代パプア人やオーストラリア先住民の祖先集団の事例とは異なるデニソワ人との交雑事象を反映している、と推測されています(関連記事)。

 ネアンデルタール人とデニソワ人との交雑も指摘されており、アルタイ地域ではデニソワ人とネアンデルタール人との交雑が一般的だったと推測されていますが、12万〜4万年前頃となるユーラシア西部のネアンデルタール人8個体のゲノムでは、デニソワ人系統は殆ど或いは全く検出されませんでした(関連記事)。非アフリカ系現代人全員のゲノムには、クロアチアのヴィンディヤ洞窟(Vindija Cave)遺跡で発見された5万年前頃のネアンデルタール人と関連する古代型ホモ属に由来する領域が2%ほどある、と推定されています(関連記事)。ユーラシア西部ではデニソワ人は確認されていないため、ユーラシア西部現代人集団のゲノムには、基本的にデニソワ人由来の領域はない、と考えられますが、アイスランド現代人のゲノムには、わずかながらデニソワ人由来の領域が確認されています(関連記事)。

 アルタイ地域のチャギルスカヤ洞窟(Chagyrskaya Cave)のネアンデルタール人の高品質なゲノム配列からは、非アフリカ系現代人全員の共通祖先集団と交雑したネアンデルタール人集団は、デニソワ洞窟の個体(デニソワ5)に代表される東方系のネアンデルタール人よりもヴィンディヤ洞窟個体(Vindija 33.19)に近いものの、チャギルスカヤ洞窟個体とも同等に密接な関係にある、と示唆されています(関連記事)。つまり、非アフリカ系現代人全員の共通祖先集団と交雑したネアンデルタール人集団を表す個体は、まだ発見されていないかゲノムデータが得られていない、と考えられます。この未知の個体のゲノムには、デニソワ人由来の領域がわずかながら存在する、と推測されます。

 このように、現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人の関係は複雑で、相互に複数回の交雑があった、と考えられます。mtDNAの違いから哺乳類における雑種の繁殖力を予測した研究では、現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人は、繁殖力のある子孫の誕生に重要な生物学的障害を予測できるほど、相互にじゅうぶんには分岐していない、と指摘されています(関連記事)。さらに、現生人類・ネアンデルタール人・デニソワ人の共通祖先と分岐した未知の人類系統が、ネアンデルタール人およびデニソワ人の共通祖先系統(関連記事)や、アフリカの現生人類(関連記事)と交雑した、との見解も提示されています。今後、新たな手法の開発により、後期ホモ属間の複雑な関係がさらに解明されていくだろう、と期待されます。


参考文献:
Petr M. et al.(2020): The evolutionary history of Neanderthal and Denisovan Y chromosomes. Science, 369, 6511, 1653–1656.
https://doi.org/10.1126/science.abb6460


https://sicambre.at.webry.info/202009/article_35.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/735.html#c35

[近代史3] 人類進化史 中川隆
61. 中川隆[-11125] koaQ7Jey 2020年9月27日 12:59:27 : FA4hCefJjA : djJ4akN3SVdGMjI=[11]
雑記帳 2020年09月27日
ネアンデルタール人とデニソワ人のY染色体での系統関係
https://sicambre.at.webry.info/202009/article_35.html
 ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)のY染色体DNA解析に関する研究(Petr et al., 2020)が公表されました。日本語の解説記事もあります。本論文はすでに今年(2020年)3月、査読前に公開されていました(関連記事)。その時と内容は基本的に変わっていないようですが、多少の変更点や私の見落としおよび間違い(平均網羅率など)があるので、それらを訂正しつつ以前の記事を基本的には流用し、以前は掲載しなかった図も取り上げるとともに、その後のネアンデルタール人やデニソワ人に関する知見も取り入れます。


 古代DNA研究により、移住・置換・遺伝子流動など、非現生人類ホモ属(古代型ホモ属)と現生人類(Homo sapiens)の複雑な進化史が明らかにされてきましたが、古代型ホモ属と現生人類の関係の考察は、大半が常染色体に基づいています。一方、ミトコンドリアDNA(mtDNA)とY染色体DNAは、それぞれ母系と父系での単系統のみの遺伝情報を示しますが、性特異的な移住やその他の文化現象のような人口史の多様な側面に独自の視点を提供します。

 ネアンデルタール人とデニソワ人と現生人類においては、mtDNAと常染色体での系統関係の不一致が明らかにされてきました(関連記事)。常染色体ゲノムでは、ネアンデルタール人およびデニソワ人系統が現生人類系統と765000〜550000年前頃に分岐した、と推定されています(関連記事)。しかしmtDNAでは、ネアンデルタール人はデニソワ人よりも現生人類と近縁で、その推定分岐年代は468000〜360000年前頃です。43万年前頃のスペイン北部の通称「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」遺跡(以下、SHと省略)集団は早期ネアンデルタール人とされていますが、mtDNAでは現生人類よりもデニソワ人の方と近縁で、常染色体ではネアンデルタール人系統に位置づけられます(関連記事)。

 これらの知見から、ネアンデルタール人は元々デニソワ人に近いmtDNAを有しており、後に現生人類と関連する早期系統からの遺伝子流動経由で完全に置換された、との見解が提示されています。ネアンデルタール人とデニソワ人のY染色体は、古代型ホモ属と現生人類の間の分岐や遺伝子流動に関する重要な情報を追加できます。しかし、ネアンデルタール人のY染色体のわずかなコーディング配列を除いて、これまでネアンデルタール人とデニソワ人のY染色体の研究はありませんでした。スペイン北部のエルシドロン(El Sidrón)遺跡(関連記事)やベルギーのスピ(Spy)遺跡およびロシアのコーカサス地域のメズマイスカヤ(Mezmaiskaya)遺跡(関連記事)のネアンデルタール人のY染色体は解析されてきましたが、Y染色体全体の包括的な研究を可能とする内在性DNAは、じゅうぶんは得られていませんでした。

 本論文は、南シベリアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)遺跡のデニソワ人2個体と、スピ遺跡とメズマイスカヤ遺跡とエルシドロン遺跡(エルシドロン1253)のネアンデルタール人1個体ずつのY染色体DNAを改めて解析しました。デニソワ人は、84100〜55200年前頃のデニソワ4(Denisova 4)と136400〜105600年前頃のデニソワ8(Denisova 8)、ネアンデルタール人は、39000〜38000年前頃のスピ94a(Spy 94a)と45000〜43000年前頃のメズマイスカヤ2(Mezmaiskaya 2)と53000〜46000年前頃のエルシドロン1253(El Sidrón 1253)です。Y染色体のうち計690万塩基対(エルシドロン1253のみは56万塩基対)が標的領域とされ、平均網羅率は、デニソワ4が1.4倍、デニソワ8が3.5倍、スピ94aが0.8倍、メズマイスカヤ2が14.3倍、エルシドロン1253が7.9倍です。

 これらの解析の結果、ネアンデルタール人3個体とデニソワ人2個体はそれぞれ単系統群(クレード)を形成する、と明らかになりました。ネアンデルタール人とデニソワ人と現生人類のY染色体での系統関係は、核(というか常染色体)ゲノムとは異なり、ネアンデルタール人と現生人類が近縁と明らかになりました。現代人のY染色体ハプログループ(YHg)で最も早く分岐したのはA00ですが(関連記事)、ネアンデルタール人のY染色体系統は、デニソワ人系統とネアンデルタール人および現生人類の共通祖先系統が分岐した後で、全現生人類系統と分岐したことになります。ネアンデルタール人とデニソワ人と現生人類のY染色体での系統関係は、核ゲノムのそれとは一致せず、mtDNAのそれと一致します。

 Y染色体の各系統の推定分岐年代は、YHg-A00と非アフリカ系現代人系統では249000(293000〜213000)年前頃です。非アフリカ系現代人とデニソワ人とでは、デニソワ8が707000(835000〜607000)年前頃、デニソワ4が708000(932000〜550000)年前頃です。非アフリカ系現代人とネアンデルタール人とでは、スピ94aが353000(450000〜287000)年前頃、メズマイスカヤ2が370000(420000〜326000)年前頃、エルシドロン1253が339000(408000〜275000)年前頃です。父系となるY染色体の推定分岐年代は、現生人類およびネアンデルタール人の共通祖先系統とデニソワ人の祖先系統とが70万年前頃、現生人類系統とネアンデルタール人系統とが35万年前頃、ネアンデルタール人3個体では10万年前頃です。以下、ネアンデルタール人3個体とデニソワ人2個体と現生人類のY染色体系統樹(図2A)と合着年代(図2B)を示した本論文の図2です。

画像
https://science.sciencemag.org/content/sci/369/6511/1653/F2.large.jpg

 Y染色体におけるデニソワ人系統と現生人類系統の推定分岐年代は、常染色体ゲノムに基づく推定分岐年代とよく一致しており、現生人類系統とデニソワ人系統のY染色体の分岐は単純な集団分岐の結果と示唆されます。一方、Y染色体におけるネアンデルタール人系統と現生人類系統の推定分岐年代は常染色体ゲノムに基づく推定分岐年代よりもかなり新しく、mtDNAで推測されている、現生人類に近い系統からネアンデルタール人系統への遺伝子流動と一致します。エルシドロン遺跡のネアンデルタール人のY染色体に関する研究(関連記事)では、現生人類系統とネアンデルタール人系統の推定分岐年代は588000年前頃です。一方、本論文ではそれが35万年前頃とかなり新しく、その理由として本論文は、以前の研究ではデータ量が限定的だったことを指摘しています。

 上述のように、ネアンデルタール人とデニソワ人と現生人類のY染色体における系統関係は、mtDNAのそれと一致し、核(というか常染色体)ゲノムのそれとは一致しません。これは、ネアンデルタール人およびデニソワ人の共通祖先系統と分岐した後の(広義の)現生人類系統において、現代人系統と早期に分岐した(父系においての)絶滅系統がネアンデルタール人系統と交雑し、ネアンデルタール人系統にデニソワ人系統よりも現生人類系統に近いmtDNAとY染色体をもたらした、と考えられます。以前の研究では、現生人類からネアンデルタール人への数%程度とわずかな遺伝子流動が指摘されており(関連記事)、最近の研究ではこの遺伝子流動は30万〜20万年前頃に起き、割合は3〜7%と推定されています(関連記事)。ギリシアでは21万年以上前のおそらくは広義の現生人類遺骸が発見されており、ヨーロッパにおける20万年以上前のネアンデルタール人広義の現生人類系統との交雑はじゅうぶん考えられるでしょう(関連記事)。

 他系統からの3〜7%程度の遺伝子流動という条件において、他系統のmtDNAとY染色体への置換は、通常の進化ではひじょうに起きにくいと考えられます。しかし、有効人口規模が現生人類よりも小さいネアンデルタール人においては、現生人類よりも多い有害な変異の蓄積の可能性が指摘されており(関連記事)、じっさい、ネアンデルタール人3個体のエクソン領域に関しては、現代人よりも有害なアレル(対立遺伝子)を多く有している、と明らかになっています。本論文は、有効人口規模が小さい場合のシミュレーションにより、ネアンデルタール人のY染色体が現生人類のY染色体よりも適応度がわずかでも低い場合、完全置換率に強い影響を与える、と明らかにしました。

 具体的には、現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動を5%と仮定した場合、5万年後の置換率は、ネアンデルタール人のY染色体適応度が1%低いと25%に増加し、2%低いと50%に増加します。こうした予測は、Y染色体と同じく単系統遺伝となるmtDNAにも当てはまります。これらの結果は、ネアンデルタール人におけるより高い遺伝的荷重が、ネアンデルタール人のmtDNAおよびY染色体という単系統遺伝の置換可能性の増加と相関していることを示します。繁殖と受精力におけるY染色体の重要性を考慮すると、Y染色体の有害な変異または構造的多様体が、のシミュレーションよりも適応度にずっと大きな影響を与えるかもしれない、と本論文は指摘します。以下、現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人の核(常染色体)ゲノムとmtDNAとY染色体の系統関係(図3A)と、Y染色体系統の置換率(図3B)を示した本論文の図3です。

画像
https://science.sciencemag.org/content/sci/369/6511/1653/F3.large.jpg

 後期ネアンデルタール人のY染色体は、37万〜10万年前頃の間に、ネアンデルタール人やデニソワ人よりも現生人類系統と近縁な絶滅系統からもたらされた、と推測されます。上述のように、早期ネアンデルタール人である43万年前頃のSH集団は、mtDNAでは後期ネアンデルタール人よりもデニソワ人に近いと明らかになっていますが、Y染色体でも同様だろう、と本論文は予測しています。後期ネアンデルタール人のゲノムから推測される、現生人類からネアンデルタール人への限定的な遺伝子流動を考慮すると、後期ネアンデルタール人におけるmtDNAとY染色体の完全な置換は意外ですが、ミトコンドリアと常染色体の不一致は集団遺伝学理論では予測されており、動物の種間交雑では比較的一般的です。本論文は、2集団間の交雑における単系統遺伝子座の遺伝的荷重の違いが、ネアンデルタール人系統におけるmtDNAとY染色体の置換の要因だろう、と指摘します。

 本論文はひじょうに興味深い結果を提示しており、今後、古代型ホモ属のY染色体DNA解析数さらに増えていくよう、期待しています。デニソワ人と確認されている個体はネアンデルタール人と比較してひじょうに少ないので、古代型ホモ属のY染色体DNA解析は当分ネアンデルタール人が中心となりそうですが、まず注目されるのは、本論文でも言及されている早期ネアンデルタール人のSH集団です。SH集団は43万年前頃と後期ネアンデルタール人やデニソワ人よりもずっと古いだけに、Y染色体DNAの解析は難しいかもしれませんが、何とか成功してもらいたいものです。また、ネアンデルタール人系統内でも核DNAとmtDNAで系統の不一致が指摘されているので(関連記事)、Y染色体ではどうなのか、さらに詳しい研究の進展が期待されます。


 以上、ほぼ以前の記事からの流用ですが、本論文の内容をざっと見てきました。査読前の論文を取り上げた後も、現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人の関係について、興味深い研究が複数提示されています。たとえば、ネアンデルタール人と現生人類との複数回の交雑を指摘した研究や(関連記事)、ネアンデルタール人から非アフリカ系現代人へと再導入された遺伝子に関する研究(関連記事)です。デニソワ人に関しては、アジア東部の早期現生人類においてデニソワ人の遺伝的影響が指摘されており、これは現代パプア人やオーストラリア先住民の祖先集団の事例とは異なるデニソワ人との交雑事象を反映している、と推測されています(関連記事)。

 ネアンデルタール人とデニソワ人との交雑も指摘されており、アルタイ地域ではデニソワ人とネアンデルタール人との交雑が一般的だったと推測されていますが、12万〜4万年前頃となるユーラシア西部のネアンデルタール人8個体のゲノムでは、デニソワ人系統は殆ど或いは全く検出されませんでした(関連記事)。非アフリカ系現代人全員のゲノムには、クロアチアのヴィンディヤ洞窟(Vindija Cave)遺跡で発見された5万年前頃のネアンデルタール人と関連する古代型ホモ属に由来する領域が2%ほどある、と推定されています(関連記事)。ユーラシア西部ではデニソワ人は確認されていないため、ユーラシア西部現代人集団のゲノムには、基本的にデニソワ人由来の領域はない、と考えられますが、アイスランド現代人のゲノムには、わずかながらデニソワ人由来の領域が確認されています(関連記事)。

 アルタイ地域のチャギルスカヤ洞窟(Chagyrskaya Cave)のネアンデルタール人の高品質なゲノム配列からは、非アフリカ系現代人全員の共通祖先集団と交雑したネアンデルタール人集団は、デニソワ洞窟の個体(デニソワ5)に代表される東方系のネアンデルタール人よりもヴィンディヤ洞窟個体(Vindija 33.19)に近いものの、チャギルスカヤ洞窟個体とも同等に密接な関係にある、と示唆されています(関連記事)。つまり、非アフリカ系現代人全員の共通祖先集団と交雑したネアンデルタール人集団を表す個体は、まだ発見されていないかゲノムデータが得られていない、と考えられます。この未知の個体のゲノムには、デニソワ人由来の領域がわずかながら存在する、と推測されます。

 このように、現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人の関係は複雑で、相互に複数回の交雑があった、と考えられます。mtDNAの違いから哺乳類における雑種の繁殖力を予測した研究では、現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人は、繁殖力のある子孫の誕生に重要な生物学的障害を予測できるほど、相互にじゅうぶんには分岐していない、と指摘されています(関連記事)。さらに、現生人類・ネアンデルタール人・デニソワ人の共通祖先と分岐した未知の人類系統が、ネアンデルタール人およびデニソワ人の共通祖先系統(関連記事)や、アフリカの現生人類(関連記事)と交雑した、との見解も提示されています。今後、新たな手法の開発により、後期ホモ属間の複雑な関係がさらに解明されていくだろう、と期待されます。


参考文献:
Petr M. et al.(2020): The evolutionary history of Neanderthal and Denisovan Y chromosomes. Science, 369, 6511, 1653–1656.
https://doi.org/10.1126/science.abb6460


https://sicambre.at.webry.info/202009/article_35.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/581.html#c61

[近代史4] 売国政治家列伝 _ 中曽根康弘 中川隆
1. 中川隆[-11124] koaQ7Jey 2020年9月27日 13:04:07 : FA4hCefJjA : djJ4akN3SVdGMjI=[12]

 中曽根康弘の追悼式に血税1億円! 2020年09月26日
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1260.html

 中曽根元首相の葬儀、10月に 9600万円支出を決定 2020年9月25日
https://www.asahi.com/articles/ASN9T6WC7N9TULFA036.html

 そんなもの、自民党関係者のポケットマネーでやればいいだろうが。中曽根康弘は国葬に値する人物なのか?
 もう一度、中曽根のやったことを振り返ってみよう。

 中曽根康弘死去であらためて振り返る従軍慰安婦 中曽根の「慰安所つくった」証言と「土人女を集め慰安所開設」防衛省文書 2019.11.29(リテラ)
 https://lite-ra.com/2019/11/post-5119_3.html


nakasone01.jpg


 
 中曽根康弘元首相が、101歳で死去した。メディアでは、国鉄民営化や日米安保体制強化などを功績として振り返っているが、負の側面も非常に大きい政治家ある。

 たとえば、現在の日本社会にもつながる右傾化・歴史修正主義の台頭や新自由主義路
線の端緒となり、日本の戦後民主主義政治を歪めた張本人だ。こうした功罪の罪の部分
も検証されるべきだが、なかでも本人が一度は告白しながら途中からダンマリを貫いたこの問題はきっちり検証するべきだろう。

 そう、日本軍の従軍慰安婦問題だ。

 中曽根元首相が戦時中、海軍主計士官(将校)の地位にあったことは有名だが、その当時、自ら慰安所の設置に積極的に関わり、慰安婦の調達までしていたことを、戦後に自分の“手記”の中で自ら書いているのだ。

 しかも、これは中曽根元首相の思い違いでも妄想でもない。防衛省にも中曽根元首相の“慰安所づくり”証言を裏付ける戦時資料が存在している。

 本サイトでは、2014年夏、朝日新聞の慰安婦記事バッシングが盛り上がり勢いづいた右派の、慰安婦の存在や日本軍の関与までなかったことにしようという歴史修正主義の動きに抵抗するため、この中曽根“慰安所づくり”証言とそれを裏付ける戦時資料について詳しく報じた。(ちなみに、フジ産経グループの総帥だった鹿内信隆にも中曽根元首相と同様に、慰安所づくりへの関与発言があり、やはり本サイトが記事にしているhttps://lite-ra.com/2014/09/post-440.html

 中曽根元首相の証言は、従軍慰安婦に日本軍が組織的に関与していたことを物語る重大な証言だったが、手記出版から30年ほど経ってからこの記述がクローズアップされると、中曽根元首相は一転否定、その後ダンマリを通してきた。

 中曽根元首相には、従軍慰安婦問題とりわけ日本軍の関与について、自らの口で明らかにする歴史的責任があったはずだが、それはかなわなくなってしまった。

 中曽根“慰安所づくり”証言とそれを裏付ける戦時資料から、従軍慰安婦の存在と日本軍関与が事実であることを報じた記事を再録する。「慰安婦は存在しなかった」というデマが大手を振って罷り通るいま、あらためてご一読いただきたい。

●中曽根元首相が「土人女を集め慰安所開設」! 防衛省に戦時記録

 朝日新聞の慰安婦訂正記事で右派陣営が勢いづいている。「朝日は責任をとれ!」と気勢をあげているのはもちろん、自民党の政務調査会議は河野談話も朝日報道が前提だとして「河野談話を撤回し、新たな官房長官談話を!」とぶちあげた。また、同党の議連では朝日新聞関係者、さらに当時の河野洋平元官房長を国会に招致して聴取すべき、という意見までとび出している。
 
 だが、朝日や河野洋平氏を聴取するなら、もっと先に国会に呼ぶべき人物がいる。それは第71代日本国内閣総理大臣の中曽根康弘だ。
 
 大勲位まで受章した元首相をなぜ従軍慰安婦問題で審訊しなければならないのか。それは先の大戦で海軍主計士官(将校)の地位にあった中曽根元首相が、自ら慰安所の設置に積極的に関わり、慰安婦の調達までしていたからだ。

 このとき、中曽根元首相は「旧海軍時代に慰安所をつくった記憶はない」「事実と違う。海軍の工員の休憩と娯楽の施設をつくってほしいということだったので作ってやった」「具体的なことは知らない」と完全否定している。

 だが、これは明らかに嘘、ごまかしである。そもそもたんなる休憩や娯楽のための施設なら、「苦心」する必要があるとは思えないし、中曽根元首相の弁明通りなら、『終りなき海軍』の“手記”のほうがデタラメということになってしまう。
 だが、同書の編者である松浦敬紀はその10年ほど前、「フライデー」の取材に「中曽根さん本人が原稿を2本かいてきて、どちらかを採用してくれと送ってきた」「本にする段階で本人もゲラのチェックをしている」と明言しているのだ。

 いや、そんなことよりなにより、中曽根元首相の慰安所開設には、冒頭に書いたように、客観的な証拠が存在する。 

 国家機関である防衛省のシンクタンク・防衛研究所の戦史研究センター。戦史資料の編纂・管理や、調査研究を行っている研究機関だが、そこにその証拠資料があった。

 資料名は「海軍航空基地第2設営班資料」(以下、「2設営班資料」)。第2設営班とは、中曽根が当時、主計長を務めていた海軍設営班矢部班のことで、飛行場設営を目的にダバオ(フィリピン)、タラカン(インドネシア)を経てバリクパパン(インドネシア)に転戦した部隊だが、この資料は同部隊の工営長だった宮地米三氏がそれを記録し、寄贈。同センターが歴史的価値のある資料として保存していたものだ。
 
 本サイトは今回、同センターでその「第2設営班資料」を閲覧し、コピーを入手した。

 宮地氏の自筆で書かれたと思われるその資料にはまず、「第二設営班 矢部部隊」という表題の後、「一 編制」という項目があり、幹部の名前が列挙されていた。すると、そこには「主計長 海軍主計中尉 中曽根康弘」という記載。そして、資料を読み進めていくと、「5、設営後の状況」という項目にこんな記録が載っていたのだ。

「バリクパパンでは◯(判読不可)場の整備一応完了して、攻撃機による蘭印作戦が始まると工員連中ゆるみが出た風で又日本出港の際約二ヶ月の旨申し渡しありし為皈(ママ)心矢の如く気荒くなり日本人同志けんか等起る様になる
 主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設気持の緩和に非常に効果ありたり」

 さらに「第2設営班資料」のなかには、慰安所設置を指し示す証拠となる、宮地氏の残したものと思われる手書きの地図も存在していた。

 インドネシアで民家だった場所を、日本軍が接収し慰安所に作り変え!
 それはバリクパパン「上陸時」の様子(昭和17年1月24日)と、設営「完了時」の様子(17年1月24日〜同年3月24日)を表す2点の地図資料だ。バリクパパン市街から約20km地点のこの地図から、中曽根たちが設営したと思われるマンガル飛行場滑走路のそばを流れるマンガル河を中心に民家が点在し、またマンガル河から離れた場所に民家が一軒だけポツリと孤立していることがわかる。

 そして2つの地図を見比べてみると、“ある変化”があることに気づく。「上陸時」から「完了時」の地図の変化のひとつとして、その孤立した民家の周辺に、設営班が便所をおいたことが記されている。さらにその場所には「上陸時」にはなかった「設営班慰安所」との記載が書き加えられている。

 つまり、上陸時に民家だった場所を日本軍が接収し、「設営班慰安所」に変えてしまったと思われるのだ。 

 もはや言い逃れのしようはないだろう。「主計長 海軍主計中尉 中曽根康弘」「主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設」という記載。それを裏付ける地図。中曽根元首相が自分で手記に書いたこととぴったり符号するではないか。

 しかも、「土人女を集め」という表現を読む限り、中曽根主計長が命じて、現地で女性を調達したとしか考えられないのである。

 実際、インドネシアでは多くの女性が慰安婦として働かされており、彼女たちは日本軍に命じられた村の役人の方針で、どんなことをさせられるのかもしらないまま日本兵の引率のもと連れ去られたことを証言している。そして、年端も行かない女性達がいきなり慰安所で複数の日本兵に犯されたという悲惨な体験が語られ、その中にはこのパリクパパンの慰安所に連れてこられたという女性もいる。
 
 つまり、中曽根首相がこうした“強制連行”に関与していた可能性も十分あるのだ。

 朝日新聞の訂正で勢いづいた保守・右派勢力は銃剣を突きつけて連行したという吉田証言が虚偽だったという一事をもって、強制連行そのものを否定しようとしている。さらには従軍慰安婦への軍の関与そのものを否定するかのような虚偽を平気でふりまいている。

 しかし、もし、強制連行はない、軍の関与もないといいはるならここはやはり、「土人女を集め」たという元主計長・中曽根康弘を国会に喚問して、どう「集め」たのか、「苦心」とはなんだったのか証言させるべきではないのか。一メディアの誤報をあげつらうより、そのほうがはるかに「歴史の検証」になると思うのだが、いかがだろう。
(エンジョウトオル)
*********************************************************

 引用以上

 中曽根康弘という男は、東大法学部を出て内務官僚となり、海軍主計局に入り、敗戦時には24才で3000人の大隊長という日本軍超エリートコースを歩んだ人物だ。敗戦後は、再び内務官僚に戻り、やがて衆議院議員となり、戦争で競争相手が著しく減ったこともあり政界のエリートコースを駆け上がった。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%9B%BD%E6%A0%B9%E5%BA%B7%E5%BC%98

 中曽根が問題なのは、彼が、岸信介・正力松太郎・笹川良一・児玉誉士夫・文鮮明らとともに戦後、「国際勝共連合」を結成し、戦後労働運動・社会主義運動の最大級の弾圧者・破壊者であったこと。それに、正力と共に、日本原子力開発の大元締めだったことだ。
 彼らの原子力開発は、電源開発に名を借りた「核兵器開発の準備」だった。

 正力が日本で最初に導入した原発は、茨城県東海村の黒鉛減速炭酸ガス冷却型原子炉で、これは当時すでに存在した発電のための軽水炉ではなく、核兵器に転用可能なプルトニウム生産炉だった。発電効率は軽水炉に比べて極めて劣り、おまけに耐震性能が悪く、原電も、あまりの危険性故に廃炉にするしかなかった。

 つまり、正力と中曽根は、平和利用の名の下で原子力をプルトニウム核兵器開発に用いたのであり、この方針は、常陽・もんじゅ・六ヶ所村再処理工場に引き継がれたが、数十兆円という国家予算なみの莫大な血税を投入しながら、すべて失敗に終わっている。
 結局、二人の本心は、「日本を核武装させ、世界に冠たる軍事国家の栄光を復活させる」というものだった。しかし、それはことごとく暗礁に乗り上げている。
 中曽根康弘の経済的基盤は、一心同体である鹿島建設による原発利権から来ていると指摘されている。
 https://8823.teacup.com/minmingifu/bbs/3600

 また、中曽根生涯の大事業と自負した、三公社民営化も、現場の労働者の組織化を分断(国労を破壊)、社会主義思想を破壊する目的で行われたが、結局、国鉄を解体することで得られたものは、労働者の安全意欲の低下と、幹部による組織の私物化、国鉄=JR全体の信頼性の低下だけだった。
 中曽根の肝入りでJR大幹部になった、葛西敬之のJR東海私物化の行状がそれを物語っている。現在、葛西は、最期の大仕事としてリニア中央新幹線を管轄しているが、これも見通しの甘さから失敗が約束されていると私は予想している。

 中曽根の生涯で、最大の暗黒は、日航123便問題である。
 
  日航123便、墜落原因の続報 森永卓郎・青山透子・ベンゼン環 2018年08月14日
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-445.html

 中曽根康弘が死んだ 2019年11月29日
 http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-949.html

 日航123便墜落、世界最大の航空機事故が起きて、その謎が問題になっているときに、中曽根康弘は「秘密を墓場まで持ってゆく」と発言し、その通りに、何も語らないまま死んだ。
 しかし、状況証拠から、坂本九らを乗せた日航123便は、自衛隊機によって撃墜された。御巣鷹山に墜落後は、謎の自衛隊第一陣が生き残った乗客に火炎放射器を浴びせて、持参カメラなどに残された証拠を遺体ごと焼き払った。
 こんな恐ろしい命令を下せるのは、内閣総理大臣、中曽根康弘以外にありえなかった。

 私は、この事件を自分なりに調査するなかで、最初は自衛隊機(ファントム)による模擬ミサイルの誤射と考えていたが、パイロットが自殺するに及んで、もしかしたら、はるかに恐ろしい陰謀が潜んでいるのではないかと考えるようになった。

 それは、事件後に起きた「プラザ合意」の謎である。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%B6%E5%90%88%E6%84%8F#:~:text=%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%B6%E5%90%88%E6%84%8F%EF%BC%88%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%B6%E3%81%94%E3%81%86%E3%81%84,%E3%81%AE%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%B6%E3%83%9B%E3%83%86%E3%83%AB%E3%81%AB%E3%81%A1%E3%81%AA%E3%82%80%E3%80%82

 中曽根政権は、日本経済の崩壊が約束されるような圧倒的に不利な合意を、やすやすと受け入れた。何か、とてつもない謎が隠されているようにしか思えない。
 その後、日本経済は、一度も浮上することなく沈降を続けている。

 その他にも、実は123便には、当時、ビルゲイツが開発していたウィンドウズなど足下に及ばないほど合理的・実用的なメイドインジャパンの白眉、トロンの開発陣(松下電)、全員が乗っていた。(トロンは、その後、実用マイコンのOPSとして世界を席巻している)
 これも、ゲイツの政治的背景を考えれば、十分に、墜落の隠された理由になりうる。

 中曽根康弘を、菅義偉政権がなぜ死後にまでヨイショを続けなければならないのか?
 それは、中曽根がレーガン・サッチャーとともに、フリードマンが提唱した「新自由主義」の旗頭、三羽カラスとも呼ばれ、日本の戦後経済を「新自由主義化」した最大の功労者であり、その後、それを浸透完成させたのが竹中平蔵だからである。

 菅義偉は、竹中平蔵のコピーであり、中曽根康弘を神のように信奉してきた。
 その骨子は、日本国民に格差を持ち込み、序列をつけて、徹底的な差別支配を行うということだ。私に言わせれば、「新奴隷政策」といってもいいと思うほどだ。
 日本人を北朝鮮のように何十通りもの序列格差を与え、互いに反発対立させて、国は、あたかも調停者のようにふるまいながら、全体を容易に支配するという構造である。

 だから、この数年、再び学歴差別が脚光を浴びて、「どこの大学を出た?」と、実力には何の関係もない学歴信仰が復活し、東大出がもてはやされている。
 菅義偉新政権が向かっているゴールもまた、中曽根や竹中が目指した序列差別社会なのだろう。

 貧乏人はますます貧乏に、金持ちはますます金持ちに……という格差社会の慣れの果ては、朝鮮韓国社会であり、インドのカーストに他ならない。
 今の 母子家庭で一日一食しか食べられない子供たちは、栄養不足で体力も知力も育たないので、平均より劣るようになり、まさに奴隷階級予備軍にされてしまう。

 菅政権は、こんな恐ろしい社会を礼賛するために中曽根追悼式に国税を一億円投入しようとしている。

http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-1260.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/1054.html#c1

[近代史4] 紙幣の刷り過ぎでドルが暴落する 中川隆
5. 中川隆[-11123] koaQ7Jey 2020年9月27日 14:10:52 : FA4hCefJjA : djJ4akN3SVdGMjI=[13]
世界最大のヘッジファンド: 紙幣印刷で経済成長率は救える
2020年9月27日 GLOBALMACRORESEARCH
https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/11736


世界最大のヘッジファンドBridgewaterを運用するレイ・ダリオ氏が怒涛の勢いで論考をアップしているため、ここでは連日その内容を紹介している。

世界最大のヘッジファンド: 紙幣の刷り過ぎでドルが暴落するとき
https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/11685


コロナ以後、紙幣印刷の悪影響を懸念する声は特にヘッジファンドマネージャーらの間で大きく、ダリオ氏もその例に漏れないが、ダリオ氏は出来る限り客観的に物事を見る論者であり、紙幣印刷の良い部分も説明しているので今回はそれを紹介しよう。

1970年代のインフレとその後

前回までの記事では戦後にあたる1960年代に日本とドイツの経済が台頭し、アメリカ経済が弱まったことから米国政府は紙幣を増刷、結果として1970年代が物価高騰と景気後退の時代となったことをダリオ氏が紹介していた。

世界最大のヘッジファンド: インフレで株式市場が暴落する理由
https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/11715


このインフレはボルカー議長の断固たる金融引き締めによって収まり、中央銀行は次第に金利を低くしていった。しかし膨大な債務は残ったままであり、ダリオ氏はそれが更に深刻な景気後退を引き起こすと予想した。しかしその予想は外れることになる。

わたしはこれらの債務が大不況を引き起こすと予想したが、それは来なかった。しかもそのシナリオに大きく賭けたために膨大な損失を負った。

この時わたしは本当に一文無しになり、生活費を工面するために父親に4,000ドルを借りなければならなかった。

世界最大のヘッジファンド運用者にもそういう時代があったのだという。しかし何故この時債務は問題にならなかったのだろうか? ダリオ氏は次のように説明している。

わたしが見逃し、この経験から学んだことは、中央銀行が印刷できる通貨で負債が存在するとき、債務危機は管理可能であり、経済全体の脅威とはならないということだ。

中央銀行がローンを焦げ付かした銀行に資金を供給し、しかもアメリカの会計基準では焦げ付いたローンを損失として計上する必要がなかったため、これらのことは処理不可能な大問題とはならなかった。

表沙汰にならないものは当面の間は存在しないも同じだということである。この論理は一見無茶苦茶だが、金融市場にとっては重要である。金融市場は一度パニックになると問題を実態よりも大きくしてしまうからである。

問題はその当面の間に負債の問題を解決できるかどうかなのだが、ダリオ氏は膨大な負債は「美しい債務整理」によって解決されるべきだと口癖のように言っているので、時間を稼いでいる間に債務を何とかするという解決法もありだというのがダリオ氏の主張なのだろう。

金融緩和の対価

ボルカー議長による強烈な金融引き締め以後、金融緩和によってすべては救われたのだろうか? 結果から言うと経済成長率は救われたが、ドルは犠牲になった。以下が1980年代前半の利下げトレンド開始以降のドル円の推移である。


今思い返せばこの期間のドルの下落は先進国の通貨とは思えない急落である。ドルは半分以下になっているが、これはアメリカ国民の資産が実質的に半分以下になったということである。

一方で利下げ開始以降、株式市場とGDPは持ち直した。両方ともドルで計算しているのだから当たり前である。しかし本当はGDPが上がったのではなく、ドルが下がったのである。同じ期間のアメリカのGDPを円建てで表記すると以下のようになる。


15年間何も成長してなどいないのである。その後アメリカ経済が本当の意味で成長を始めるにはインターネットの隆盛を待たなければならなかった。1995年と言えばWindows 95の年であり、この頃からアメリカ経済はようやく本当に成長を始めることになる。

自国通貨建ての繁栄

ダリオ氏はこうした「自国通貨建ての繁栄」の時期における資産防衛について以下のように語っている。

通貨の価値が安ければ安いほど資産価格は高くなる。

よって中央銀行が大量の資金と信用を供給し、その価値を弱めているときには思い切って資産を保有するのが賢明だと言える。

しかし問題はどんな種類の資産を買えば良いかということである。個人投資家が一番最初に思いつくのは株式だろうが、こうした時期には株式も問題を抱えたのは前回説明した通りである。

世界最大のヘッジファンド: インフレで株式市場が暴落する理由
https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/11715

ダリオ氏にとって株式は買いなのだろうか。事実は何かと言えば、ダリオ氏はコロナ後の株高でも米国株は買っていないということである。

世界最大のヘッジファンド、コロナ株高でも米国株買い増さず
https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/11643

そしてダリオ氏は通貨の暴落を懸念している。

世界最大のヘッジファンド: 紙幣の刷り過ぎでドルが暴落するとき
https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/11685

ここまで考えればダリオ氏の考えていることが分かってきそうなものである。

これまでに何度も言っているように、新型コロナによる未曾有の規模の景気後退で株式も債券も為替も無事だというシナリオは有り得ない。どれかは犠牲にならなければならない。

ではダリオ氏はどれが犠牲になると考えているのかと言えば、それは恐らく為替なのだろう。ダリオ氏は明らかにドル暴落によるアメリカの凋落を考えている。

世界最大のヘッジファンド: 中国が覇権を握りドルは基軸通貨でなくなる
https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/10592

1980年以後のトレンドが15年のものだったことを考えれば、ダリオ氏の賭けはかなり長期のものとなりそうである。われわれも同じスパンで物事を考えるべきなのだろう。

https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/11736
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/1039.html#c5

[近代史4] 黒沢清 DOORIII (彩プロ 1996年) 中川隆
1. 中川隆[-11122] koaQ7Jey 2020年9月27日 17:45:13 : FA4hCefJjA : djJ4akN3SVdGMjI=[14]
【第233回】『DOOR3』(黒沢清/1996)

2015/09/29
 95年から96年にかけての黒沢清は、『勝手にしやがれ!!』シリーズ全6本を含む、合計9本の映画を立て続きに撮った。黒沢清の40年に及ぶフィルモグラフィにおいて、これだけ膨大な量の映画を撮ったことは後にも先にもない。それらは全て80分以上90分以内の長編劇映画であり、プログラム・ピクチュアとしての厳密な撮影方法と語るべき物語とを同時に保有していた。『勝手にしやがれ!!』シリーズも『復讐』シリーズも、宝塚映像からの流れの中、自然とケイエスエスとツインズの共同出資で製作されていたが、その中で例外的に彩プロと(株)高澤の出資で製作された。

この『DOOR』という企画はもともと80年代後期のバブル景気の時代に、高橋伴明によって撮られたホラー映画である。高橋伴明の『DOOR』はあまり覚えていないのだが、確か夫の留守中に押し入ったセールスマンによる不法侵入の恐怖を描いた映画だった。主演は高橋伴明の奥様である高橋恵子で、TBSの十津川警部に出ていた堤大二郎の怪演ぶりがかなり怖かった。『DOOR2』も高橋伴明監督で撮られ、主演は青山知可子だったようだが、残念ながら観ていない。今作はそのパート3として、『DOOR』から8年後に製作された物語である。

大手保険会社の外交員の佐々木京(田中美奈子)は、昇進まで後一歩というところで営業成績が伸び悩んでいた。ある日、新規の契約開拓のために飛び込んだビルで、京は美貌の青年と出会う。若くして外資系企業の上級管理職の座にある藤原美鶴(中沢昭泰)というその青年は、不思議なオーラと怪しい香りを身にまとっていた。謎の多い美鶴に、京は警戒しつつも魅了されていく。美鶴と出会った日から、京の周りには奇怪な出来事が起きるようになっていた。

Jホラーや黒沢清の傑作ホラー群を観てしまった後では、ごく普通のホラー映画に映る。ファム・ファタールの男版のような不気味で怪しい男がいて、営業成績が伸び悩む主人公の佐々木京(田中美奈子)は、彼の会社に押し売りでセールスをかける。その会社に一歩足を踏み入れたところから、明らかにおかしい雰囲気が滲んでいる。社内には女性しかおらず、彼女たちもあくせく働く様子もなく、スローモーションのようにゆっくりと動き出す。彼女が部長室に足を踏み入れると、そこには綺麗な顔立ちをした長身の男性がいる。主人公は彼に会った瞬間、恋に落ちるが自分の中にある警戒心が解けない。

彼と会った瞬間から、周りで奇怪なことが連鎖的に起こるという設定は、後の黒沢映画を予感させる。留守番電話に流れるノイズ。こっちを見ている赤い服の女。川向かいからこちらを凝視する黒装束の女。風に揺れるカーテンなどはこの後の作品においても繰り返し用いられたモチーフである。Jホラー以前、黒沢は小中千昭が提唱する「小中理論」を崇拝しており、今作は唯一、小中千昭の単独脚本によるホラー映画となっている。

カメラの動きもだいぶ実験的で、とあるBARで藤原が佐々木京を初めて誘惑する場面を大胆に長回しで撮っている。ミディアム・サイズで正面から対象を据えたその長回しはやや凡庸で、黒沢が男女の交わりに不得手であったことを示す証拠となっている。むしろこの場面よりも、川向かいから黒装束の女がこっちを見つめている様子を望遠レンズの揺れるフレームで抑えた場面にこそ、黒沢の才気を感じずにはいられない。『地獄の警備員』で初めてお目見えした半透明カーテンは、今作でも主人公が藤原の正体を突き止めようと、文献を探す場面で用いられる。半透明カーテンの向こうには、明らかに何者かのシルエットがあり、半透明カーテンをいとも簡単に潜り、彼女たちは主人公のいる空間へと侵犯する。けたたましいBGMと共に、この瞬間はあまりにも怖い恐怖体験となる。

今作では佐々木京の上客である大杉漣以上に、京の直属の先輩だった阿部雅夫(諏訪太朗)の活躍ぶりが素晴らしい。保険会社の外交員を辞め、別の会社に移った諏訪太朗は彼女の頼みを聞き入れ、藤原の正体を探る。その過程で、藤原が謎の変死を遂げていることに気付いた諏訪太朗は、主人公と連絡を取ろうとするが、不幸にも初期の携帯電話はあまり電波が入らない。藤原の古い豪邸に辿り着いた諏訪太朗は、返答がないためうっかり扉を開けてしまう。そこには仰々しい銀色の扉が備え付けられている。恐る恐るその扉を開けてしまった諏訪太朗に、残酷な運命が待ち構えている。

この場面は明らかにトビー・フーパー『悪魔のいけにえ』を想起させる。これは私の勝手な憶測になるが、この『悪魔のいけにえ』の無邪気なオマージュだけで、黒沢がこの企画を引き受けた可能性は大いにあるのではないか?最初に銀色のドアを開け、犠牲となるのは田中美奈子でも真弓倫子でも天宮良でもない。諏訪太朗だということに今作の核心があるのではと考える。彼は主人公の依頼を受け、身を呈して主人公に警告を発しようとする。その警告が元となり、主人公は真弓倫子の二の舞となることをかろうじて拒否する。

しかしながらその諏訪太朗の警告も虚しく、最終的には南米の寄生虫を退治したものの、主人公はどういうわけか感染し、逃れられない運命の犠牲となってしまう。この「感染」という言葉は、黒沢がホラー映画を突き詰めていく時に、あらためて大きな意味を持つことになるのである。『CURE』然り、『回路』然り、この感染力の強さを黒沢は自らの物語の中に巧みに忍ばせている。そのルーツであり端緒が今作にはしっかりと見える。
https://note.com/compactdisco/n/n97c50b49eacb
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/1057.html#c1

   

▲このページのTOPへ      ★阿修羅♪ > djJ4akN3SVdGMjI= > 100000  g検索 djJ4akN3SVdGMjI=

★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/  since 1995
 題名には必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
掲示板,MLを含むこのサイトすべての
一切の引用、転載、リンクを許可いたします。確認メールは不要です。
引用元リンクを表示してください。