76. 達人が世直し[1141] kkKQbIKqkKKSvIK1 2022年1月12日 14:30:08 : vouZoQV3GI : cERhT0preFllVnc=[379]
>74です。
訂正。
2という数字を5に帰るだけで→2という数字を5に変えるだけで
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/145.html#c76
★阿修羅♪ > cERhT0preFllVnc= > 100001
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訂正。
2という数字を5に帰るだけで→2という数字を5に変えるだけで
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/145.html#c76
「・・・公式映画の担当監督の取材において、当該男性から、「お金を受けとって五輪反対デモに参加する予定がある」という話が出たことはありません。・・・」
こちらは、東京スポーツが、とりあげた記事の中の記述。
堀岡淳局長代行は「男性は取材時『これまで複数のデモに参加して現金を受け取ったことがあり、五輪反対のデモにも参加して、お金を受け取る意向がある』と話していた。
どちらかが「嘘」を言っているか、どちらも「嘘」を言っていると言うことだね。
そして謝罪文では。
「デモに参加する「意向がある」と話していた。」
と、ここでも事実を捻じ曲げている。
捏造の言い訳に、捏造の上塗り。
理由は分からないが、五輪の話に「金」を抜いたら興味半減だろう。
デモに参加することに問題など無い。
「金を貰ってデモに参加した、参加しようとした、」、言い換えると、「五輪反対デモは、主催者が、金で参加者を集めたて実施されたものだ」と思わせるように、事実に無いことを「捏造」して放送したことにある。
しかも、公共放送とされている「NHK]が、そのことに手を染めたことに問題がある。
もっと言うと、事件は明らかに政治案件であり、事件の首謀者、その動機、背景、関係者、を洗いざらい明らかにして、再発防止を求めることが必要だ。、
再び、東京2020オリンピック公式映画総監督 河瀬直美が、2022年1月10日に出したコメントの一部。
「・・・」真摯(しんし)に創作に打ち込みたいと思います。
あくまでも、記録映画なので、事実に基づいた作品にしてね。
事実に無いことを創作することを、一般的には、「捏造」と言う。
気を付けてね。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/152.html#c17
報道機関に対抗策はある筈だ。
都の発表する数字については、都の基準ではなく、国の基準に基づいた数字で全国集計し、報道すればいい。
「国の基準に基づいた数字です。」と赤字で、大文字を使って表示して。
その数字に基づいて、専門家のコメントを求めればいい。
そうすれば東京都のやっていることが、どれほど馬鹿げた、理不尽なことか、クローズアップされることにもなる。
やってみて!。
きっと、拍手喝さい、間違いなし。
ブラボー、ブラボーだわ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/153.html#c12
3回目のワクチン接種の予約が、かかりつけの個人病院で始まったとの情報があり、政府を見習って、先手先手でと思い、予約しようと意気込んだ。
予約券が届いた人が対象だった。
わしの所には、未だ予約券なるものは届いていない。
ワクチンは、モデルナだけ。
病院に選択の余地はないと書いてあった。
嫌なら打つなということか?
しかも、予約可能日は、2月9日と10日の二日のみ。
後は未定。
ワクチンの入荷予定が決定次第だそうだ。
何のことはない。
先手先手でアナウンスされているのは、ワクチン接種の「予約」の開始だけ。
ワクチン接種は従来通り、後手後手。
予約開始は2回目接種後6カ月となっても、接種開始は、やっぱり8カ月後というお粗末。
結局、オミクロン株対策で、接種の前倒しの必要性が叫ばれていたのに、オミクロン株の拡大前にという願いは叶わず。
これをもって、「後手後手」と言う。
それに対して、わしは「ゴタゴタ」言う。
それでも政府は「先手先手」と言う。
なんだかなぁ〜。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/158.html#c15
俺は、「何もやってないのか、厚労省は! ふざけるな!」
そして、赤木雅子さん。
「悔しい、国は卑怯だ。ふざけんな!」
赤木俊夫さん。
「・・・、・・・・・。・・・・!」
微かな風に乗せるように、聞こえたような気がする。
「皆さん、忘れないでください・・・、雅子のこと・・・」
来週から通常国会が始まる。
どこの政党が、追及の口火を切るか、見ものだ。
施政方針演説に対する代表質問。
冒頭の一言は、「ふざけんな!」そして、赤木俊夫さんに捧げる「黙とう」1分間。
予算委員会での質問者。
自己紹介は抜きにして、冒頭の一言は、「ふざけんな!」
そして、その後、賛同は求めることなく、1分間の黙とう。
貴重な質問時間だが、国民は許すと思うよ。
俺も、絶対に忘れない。
「ふざけんな!」
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/160.html#c19
振り返って、都知事の言動を見るに、師と仰ぎたくなるような安らぎは感じることは無いし、愛嬌も無く、可愛くも無い。
ましてや、重みすら感じさせることが無い。
なぜなら、その言葉は、心の奥底から発せられるものではなく、自分ファーストなパフォーマンスでしかないからだ。
しかも、聞く者がそのことを感じ取り、今では何を発しても、「またパフォーマンスか?」と思われてしまう。
虚構の塊のような生き様からは、人の心に響く言葉は、生まれない。
自業自得とは言え、言葉に信を失った政治家は退場有るのみではないか。
「排除」という言葉。
使い方を誤れば、一瞬にして「希望」を「絶望」に変えてしまう。
「言葉の力」を目の当たりにして、一体何を学んだのか?
何を反省したのか?
失った「希望」を再び、と蠢くか?
こんな忠告など、「排除」の対象ですらないか。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/174.html#c11
スイカ(好きだった頃、一個は精々1000円、嫌いになった今は、堂々の3000円)
スイカの切り身を大きな皿に盛り、縁側で、孫と種飛ばしを競う。
今では望むべくもない、遠い昔の風物詩。
孫にスイカ割りをせがまれて、急に耳が遠くなった。
トマト(好きだった頃、一個は精々30円、嫌いになった今は、フルーツトマトに名前が変わって、堂々の130円)
孫がトマト嫌〜いと言う。じいちゃんも〜、と盛り上がり、下を向く。
リンゴ(好きだった頃、一個は精々100円、嫌いになった今は、金のシールが貼られて、堂々の200円)
最近では、訳アリでも立派な値段の高級フルーツ。
そういえば、昔は、リンゴは、皮つきで、「丸かじり」して食べてなかったっけ。
忘れてしまったけど・・・。
これって、「スーパーインフレ」って言うんでないかい。
たまたま嫌いになったから、影響ないけど・・・。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/175.html#c16
日本のコロナ対策の拙さ、(杜撰さと言ってもいい)は、上氏の指摘の通りではないか。
要するに、「科学」がない。
この問題は、コロナウイルスの怖さを日本で最初に国民に突き付けた、クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号の悲劇を引き起こした時から言われて来たが、2年の時を費やしても、そのことだけは、変わらない。
「頑な」と言うべきか。
対策の常道は、問題と状況を正確に把握することから始まる。
その入口になるべき、検査による感染者の発見、捕捉が未だに微々たるもので、その頑なさには故意すら感じる。
国内の感染状況が、全く把握できていない状況では、ノーベル賞受賞者を輩出する日本の、優秀な頭脳も出番がない。
オミクロン株の感染力の強さに驚愕し、空気感染もごく自然に語られるようになってきている。
しかし、対策と言う言葉で、国民に要請するのは、従来通り。
誰か、オミクロン株の感染力の強さが、日本の満員電車のあの混雑と重なったら、何が起きるか。
ノーベル賞を懸けて、研究してくれないかな。
今は、頼りにならない政府は、、
「びっくりしたなぁ〜、もう」
と言うだけで、思考停止状態。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/184.html#c14
都民ファーストと言って支持を訴えていた地域政党が、突然「国民ファースト」を言い出すのは、都民に対する裏切りではないかい。
分かり易い。
都民の希望を散々食い散らかして、食い尽くしたから、次は国民を餌食にする気満々。
その手始めに、国民民主党をいまだに支持する、ほんの僅かに残っている国民を、食い物にする図。
国民民主党の支持者を食いつぶしてしまったら、国民民主党の支持者はいなくなる。
それが「希望の党」の再来と言われる所以。
しかしながら、お互いに、
「背に腹は代えられない」
「貧すれば鈍す」
国民民主党は、ファーストに「背乗り」し、ファーストは国民に「背乗り」する。
思惑が一致したように見えて、「居抜き」という同床異夢。
排除する相手としての標的は、一方は、玉木氏、一方は小池氏。
或いはその両方。
後ろで、第3の思惑が蠢いている。
そう、糸を引くのは、前・・・。さらに、その後ろにもう一つ・・・駄目政党が。
結果は、自壊。・・・そして消滅。
立憲民主党は、その様子を過去の自身を見る思いだろう。
「他山の石」とするかは知らないが、彼らの「自壊」を見て、自らは「自戒」すべきだ。
立憲民主党としては、東京都での体制を立て直す、大チャンス到来と言ったところか。
しかし、野党共闘にとっては、三角関係。四角関係。
知恵の輪を解くより難解な問題になるかも。
まさにカオスな世界。
エントロピー増大の法則はここでも正しいということか。
「物事は放っておくと乱雑・無秩序・複雑な方向に向かい、自発的に元に戻ることはない」
エントロピーの増大を抑えるのは、やはり、野党共闘しかない。
それを実現するのは、太郎君か、志位委員長か、小沢一郎氏か。
しばらくは目が離せない。
それにしても、立憲民主党の動きは、遅い。
国民に見える形での、情報発信も圧倒的に少ない。
泉代表の言う、「総括」も未だに出てこない。
「野党合同ヒヤリング」も無いから、メディアにも取り上げられない。
前幹事長の不適切な行動も、不問。
「泣いて馬謖を斬る」の勇気も、自分達への厳しさも、決断力すらも、国民に示すことが出来ていない。
国民からすれば、政府、自民党の問題を指摘もせず、批判もせず、提案もしない、野党には存在意義を感じないだろう。
自己批判すら出来ないなら、なお更ではないか。
「総括」を通して大いに「自戒」すべきだ。
それが出来きて初めて、新しい「立憲民主党」たり得る。
立憲民主党に送る言葉はこれ。
「何をやっている。ふざけんな!」
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/185.html#c37
「・・・任命権者である当時の総理大臣が最終判断したもので、一連の手続きは終了したと承知している」
「その判断が、法律に違反している。手続き論を問題にしている訳ではない。」
と、そのくらいのことを更問出来ないのか?
官邸記者は。
国会が法律を作り、行政は、その法律を忠実に執行する。
その基本を守れない、行政とは、何のために存在する?。
自身が作った法律が、正しく執行されず、そのことを指摘しても糺せない。
そんな、立法府とは何のために存在する?
行政監視機能とは何ぞや?
国会議員は、小学校で、出張教育を実施してはどうか。
そうすれば、勉強し直し、責任を果たせていないことに気が付くだろう。
それも心配だ・・・。大いに心配だ。
心配するなと言われて、心肺停止しそう。
こうしよう。
>国会議員は、小学校で、出張教育を実施してはどうか。
を少し、手を加えて、
「国会議員は、小学校で、再教育を受講してはどうか。」
これなら、どうだ!。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/197.html#c37
それは心配ない・・・。全く心配ない。
心配だと言われても、心肺停止にはならない。
小学校の授業を受ければ、今の国会議員にそんな力は無く、国民からも僅かしか期待されていないことに気が付くだろう。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/197.html#c41
さよか。ほな、一言。
「わしゃぁ、知らんがな!」
雨合羽の在庫、どない、なってんねん。・・・「知らんし」
誰かにやったちゃう?「知らんけど」
責任者?・・・まいっぺんゆーてみて。・・「知らんわ」
いてるかいてへんか知らんけどいっぺん電話してみたらどないや
誰の考えか?・・・もーわやや。「知らんねん」
本当に知らないのか?・・・そんなことばっかし言ーはって、ほんまいけずやわー。「知らん」
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/198.html#c19
ここでも、自宅放置者は、見向きもされていない。
最初から、行政からは忘れられた存在なのだろう。
何と表現すればいいのか。
最悪の医療難民。
見棄てられた医療難民。
忘れられた医療難民。
居ないことにされた医療難民。
唯一の命綱として提供される医療が、パルスオキシメーター、一個とは、悲し過ぎる。
わしは、美人でなくても、若い看護師さんの傍がいい。
相手が療養者で有る以上、正しくは、栄養管理された病院食の提供が基本。
基本の基本は、栄養のバランス。消化が良く、塩分控えめ、甘さ控えめ。
療養者の持病、体調等を配慮すれば、大量生産品は不適切極まりない。
大阪のように、コスト控えめは、もっとも駄目。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/193.html#c23
大阪にもいたな。
”なにわのプリンス”と言われて、いや言わせて、悦に入っている輩が。
車から降りる写真付きで・・・テレビでやってた。
わしは、思わず、なにわのプリズンに護送と思って納得してしまったわ。
そのうち「なにわの帝王」に昇格を夢見るか?
大阪の刑務所の食事は宿泊療養者の弁当よりいいらしい。
娑婆に出てきた際は、よろしくと・・・。
「知らんけど」
いずれにしても、神聖な名を汚していることに変わりがない。
テレビが、それを煽るくらいだから、天皇の威厳もあって無きがごとしだ。
そんな皇族も、娑婆に出たり、皇室に戻ったりするようなことになったら、威厳など保てるはずもない。
何を言いたかったのか分からなくなった。
そうだ、「検察も親しい、お仲間です、」と言いたかっただけだった。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/210.html#c8
「あきらめましたよ どうあきらめた あきらめきれぬとあきらめた」
「こうしてこうすりゃこうなるものと 知りつつこうしてこうなった」
自作で(盗作に近い替え歌)
「金に追われて泣く人よりも 泣かぬお前が身をやつす」
「取った金から 与えた金を 引けば悔いが 残るだけ」
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/208.html#c27
刑事ドラマ風に考えれば、また2つの命が、消されることになるのか。
今は1月。証人尋問は、5月と6月。
この、間延びした期間の長さが、これからの展開を予感させる。
証拠隠滅
契約書捏造
口裏合わせ
家族の生活保証
自死か偽装死か
実行犯の募集
貸し別荘の調達
弁護士、裁判官の買収
隣に住まわせる医師の選定
駆け付ける駐在所警察官の異動
やることが山ほどある。
もう一人分
駅の決定
心療内科診察券の偽造
監視カメラの位置の確認
出張命令の偽装
医師の診断書の偽造
実行犯の募集
目撃者の決定
遺書の偽造
事件物の作家って大変なんだなぁ
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/199.html#c39
謝罪メールの設定らしいが、
愚かしいことの第一は、メールでは、謝罪も糞もあったものではないだろうと言うことに思いが到っていない事。
しかも、メールの中に「謝罪の言葉」が全く見当たらない。
「私が謝罪しています。」と、「嘘」を広報しているだけ。
「私自身も寝不足です。」と言うに至っては、自身の立場が全く分かっていない。
県民の寝不足は、「被害者の寝不足」であり、黒岩知事の寝不足は、あったとしても「加害者の寝不足」であって、その意味は天と地の差がある。
自身に「加害者の側にいるとの意識」が決定的に欠けているから、簡単にトップの責任だという、「恰好付け」が鼻につくパフォーマンスにしか見られない。
国民や県民が、このメールから嗅ぎ取ったのは、黒岩知事の言動の欺瞞性であり、県民を愚弄する心根であることを理解しなければならない。
国民、県民の怒りの本質を知った上で、心から「謝罪の言葉」を述べるべきだ。
黒岩知事に不足しているのは、「リーダーとしての能力」の方ではないのか。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/214.html#c17
「れいわ共生党」・・・いいのではないだろうか。
名前は今一つの感は、あるけど・・・。
この閉塞感を解消するには、劇薬も必要かもしれない。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/218.html#c7
訂正します。
離合衆参→離合集散
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/218.html#c8
BY 国政に一票は持つ、名も無き者
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/220.html#c25
良心が無ければ、真実を見ることが出来ないということ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/222.html#c19
日本でも、「皆さまのNHK」をかたり、白昼堂々と、夜はストーカーの如く市民を待ち伏せし、最初は優しく、そのうち態度を一変させ、やくざ顔負けの大声で罵声を浴びせ、警察官でもないのに、犯罪者呼ばわりする。
質の悪い「押し売り」でもそこまではしない。
誉めるわけではないが、彼らとて、彼らなりに一定の節度を弁えてやっている。
「皆さまのNHK」をかたる輩が、どうやって集まったかは知らないが、全国を徘徊し、人々に、特にイギリス同様、高齢者を標的にして、恐怖をまき散らしている。
しかも悪質なのは、そのことを、執拗に繰り返すと言うことだ。
「皆さまのNHK」は知ってか、知らずか、そんな行為に対して、抗議すらしない。
言ってみれば、「K」な仕事だが、「皆さまのNHK」は自らはそんなことはしないらしい。
紳士だからではない。違法だからでもない。
怖いだけだ。臆病なだけだ。卑怯なだけだ。
そんなことをやらなくたって高給を貰えるのだから、わしでもそうする。
ナディーン・ドリス文化相の言葉は素晴らしいではないか。
公共放送の受信料という制度が、高齢者、貧困にあえぐ社会の弱者、のささやかな安息の生活を脅かし、時には恐怖の淵に追いやっているという側面に、問題を見付け、果敢にその問題の解消に向けた行動を取る。
公共放送の受信料を廃止するとかしないとかという些細な話は、後回しなのだろう。
やらねばならないことは、今住む社会から、あらゆる、不安、恐怖、と言われるものを、一つ一つ取り除くこと。
その為に必要なことを着実に言葉に出して伝え、そして実行する。
これこそ「有言実行」ではないか。
日本政府の「有言不実行」とは、こうも違うのかと、愕然とする。
日本でも、
「(受信料不払いを理由に)高齢者が刑務所行きだと脅されたり、執行人が扉をたたいたりする日々はもう終わりだ」
やればできる。
それをやらなければ、「皆さまのNHK」はもう終わりだ。
甘利まで、こそこそと。
こんなことを続けるから、公私の区別がつかなくなる。
どうせ支払いは、秘書官がというか、「つけ」だもんな。
出所は、いつもわしの納めた税金。
偶には、他の人の税金から出せ!。
この人達の、帰り際の挨拶は、全員が決まって「これ」
「今日も!、ごちそうさまでした。明日はどこですか?」
「俺は、ここ。あんたは?」
・・・「え〜!、嘘!」
「案外、手軽に行けるよ」
「ワハハハハ」、「イヒヒヒヒ、」
「爪楊枝持ってない?松阪牛が、挟まっちゃったみたい」
「ワハハハハ」、「イヒヒヒヒ、」
わしら貧乏人は、
「今日も!割り勘ですかね?明日はどこですか?」
「俺はここ。あんたは?」
・・・「え〜!、嘘!、また吉野家ですか〜?」
「すき屋とかも、案外、手軽に行けるよ」
「トホホホホ」
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/235.html#c29
「逃避」はいかん。
仕事を投げ出してはいかん。
若者は、「PCR検査をしなくてもいい」と専門家会議で、専門家が言ったそうだ。
素人の私も、「冗談」で言ったことがある。
それでも、あくまでも「冗談」の話だ。
周りの人も、勿論「冗談」と知っていたさ。
PCR検査をしないで、確定診断など出来るのだろうか?
病気の原因も分からずに、的確な治療が出来るとでも言いうのだろうか?
わしは医者だと言いながら、不思議なことを言う医者がいるものだ。
感染症対策の基本、「検査、隔離、治療」の「検査」が投げ出された瞬間だ。
これからは、感染者が、自ら「濃厚接触者」を特定し、連絡しなければならないんだと。
誰がするか!だ。
「濃厚接触者」に指名されたら、自宅か、宿泊施設で10日間の自主隔離しなければならない。
日銭で何とか生き延びている人にとっては、それこそ「死刑執行」にも等しい。
コロナに感染したからといって、感染者にそんな権利はないし、ましてや権限などはある筈もない。
感染症の基本、「検査、隔離、治療」の「隔離」が投げ出された瞬間だ。
「治療」などは、自宅療養と言う名の「自宅放置」で、とっくの昔に投げ出されてしまっている。
「逃避」はいかん。
仕事を投げ出してはいかん。
諸外国では、1日、数十万から100万人の感染者を検査で見つけている。
一体1日どのくらいの数の検査しているのだろう。
それに比べて、日本はどうだ。
感染の拡大が始まって1か月足らず。しかも、1日3万人の感染者を発見した程度で、
「もう検査出来ませ〜ん」
だよ。
「もう無政府状態で〜す」
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/250.html#c29
どうだろうか。
泉代表がやると言ってる、先の総選挙の「総括」を「まともに」やれば「分裂」する。
しかも3つ以上に、大分裂。
空中分解に等しい。
歴史は繰り返すというが、まさにそれ。
民進党が分裂した、「希望の党」事件を彷彿とさせることになる。
しかも、騒動の原因は、今に至っても、「希望の党」事件の時の2番煎じ。
反省も、学習もしていないことの現われだ。
役者まで、当時と一緒なんていうのは、もはや喜劇でしかない。
一方で、「総括」が出来なかったり、おざなりな「総括」でお茶を濁そうなどと考えた場合は、いずれ立憲民主党は「消滅」する。
CLP問題にすら、毅然と対応することが出来ないようでは、政府、自民党を追及する行政監視機能など、到底望むべくも無い。
本来なら「隗いより始めよ」で、自身への厳しさを身をもって、国民に示す、最高の機会でもあったはずだ。
残念でならない。
しかも、国民は未だに、納得してくれていない。
「消滅」するという理由は、立憲民主党に期待するものが、何も無いからだ。
「国民の信」を得られているとは言えないからだ。
一応選挙で得た議席は、次の選挙までは残るのだろうが、選挙の度に議席を減らす。
社会民主党の姿に重なっていくのだろう。
立憲民主党が野党第一党として、野党共闘を束ね、「国民の生活が第一」の政治を実現するために、政権交代を目指すならば、やるべきことは一つしかない。
それは、立憲民主党の政党理念、基本政策を、改めて、国民に明確に示し、そしてブレないことだ。
今までのところ、合従連衡を繰り返すたびに、「ブレていく」というのが、率直な感想だ。
原発問題(廃止か、存続か)
消費税の問題(増税か、廃止か)
憲法の問題(改憲か、護憲か)
安全保障の問題(集団的自衛権は、是か否か)
これらの基本政策を、ほとんど1か0かで発信しなければ、国民は理解できないし、自公政権の対立軸ともなり得ない。
連合にしても、基本政策に賛同して貰えるなら、支援を有難く受ければいい。
賤しくも、支援が欲しいと、物乞いのように、信念を失っては、政治家の命取りになると、肝に銘じるべきなのだ。
そして理念は、全ての政治行動は、国民のためであことが伝わる言葉で、国民の心を鷲掴みするようなものであってほしいものだ。
そのうえで、理念、基本政策に賛同する人達を糾合すればいい。
その時初めて「去る者は追わず、来たる者は拒まず」ではないか。
それを、分裂とは言わないし、野合とも言わない。、
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/253.html#c21
確かにそうだが、今の政府や、新型コロナ対策分科会の専門家然としている人に限って言うと、疑わしい。
新型コロナ対策分科会の専門家有志らが、
検査能力の拡充を怠ってきた政府、行政の怠慢、責任に一言も触れることなく、突然の提言案だと。
「・・・若い人は検査をせずに臨床症状だけで新型コロナだと診断できるよう変更を求めた。・・・」
PCR検査もしないで、コロナ感染とどうして診断がつくのか、分かるように説明して貰いたいものだ。
コロナ感染と誤診すれば、10日間以上も隔離され、コロナ病棟で院内感染して、「ほ〜ら、やっぱりコロナだったでしょ。ってか?」
コロナでないと誤診すれば、コロナウイルスをまき散らすスプレッダーを市中に放つことになって、感染拡大の要因を除去できないことになる。
そうこう思っていたら、
案がとれた「提言」はもっと酷いものだった。
「・・・若い人は、体調が多少悪くても、医者の診断を受けずに、静かに自宅療養も可能にする。」だって。
思わずのけ反ってしまった。
しかも「可能にする。」って、何様だと言いたくなるでしょ。
究極の「自宅放置」「医療崩壊」「意識崩壊」と言えよう。
今の日本は、ことコロナ対策に限って言えば、こんな状況にある。
政府も、新型コロナ対策分科会の専門家も、感染拡大のスピードの速さに狼狽し、思考停止状態と言わざるを得ない。
既に、コロナ感染の現状を正しく認知出来ず、したがって的確な判断も出来ない。
新型コロナ対策分科会の専門家然としている人ですら、こうなのだから、大半の知事などは推して知るべしだろう。
一人ひとりが声を出さなければ、未必の故意で、一人ずつ、殺されかねない。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/255.html#c10
ジャーナリストを自認する皆さん、報道機関で真実を国民に知らせることを旨としている皆さん。
「昨年末には、読売新聞大阪本社が大阪府と包括連携協定を結んだことも話題になった。その直後の12月30日、読売新聞オンラインで「吉村洋文知事、休日の筋トレ姿を公開! たくましい筋肉に黄色い声殺到『カッコ良すぎ』『キャー!』」という記事が公開され、物議を醸したものだ。吉村が自身のSNSで筋トレの様子をアップしたところ絶賛コメントが殺到したという愚にも付かない内容だった。」
これが、今の日本で、発行部数トップを誇る報道機関の姿。
今の報道機関なんて、こんなもの、というのが、世の評価だとしたら・・・。
余りにも恥ずかしくないですか?
一線を越えてしまっていると思わないですか?
ここから、あるべき姿に戻るのは、かなり厳しい。
相当の覚悟が求められる。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/258.html#c18
これからは、病院に行くのは駄目で、医者の診察も受けられず、自己診断しなくてはいけないらしい。
どうなってしまうんだろう。
それでも、辛い症状が収まらないので、病院に行こうと、電車に乗って、かかりつけ医の紹介状を持って移動していたら、隣の乗客が心配そ「大丈夫ですか?」と優しく声を掛けてくれた。
俺は、なんだか、嬉しくなって、素直な気持ちで・・・。
俺の自己診断で可確定していたので、「俺はコロナ」。
「今から病院に行くところと」、力なく答えた。
隣の客は、突然、血相を変えて、鬼の形相で、「コロナ、コロナ」と叫びながら、電車の非常停止ボタンを押した。
俺は押してない。
押す元気もない。
あ〜、防護服に身を固めた完全武装の警察官に逮捕されるのか〜。
病院に行こうとしていただけなのに、。
やっぱり病院に行くなということか〜。
さっきの乗客が、まだ何かを叫んでいる。
「コロナ、コロナ・・・」
いや違うか。
「こっちへ、くるな」と言ってるのか・・・。
「俺、大丈夫じゃないんですけど・・・。」
「警察じゃなくて、救急車を呼んでほしい・・・。」
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/261.html#c24
それでも、
「朝三暮四」と国民が喜んでいる間は、安泰だ。
国民は、そろそろ覚醒しなければ・・・
こんなわしにまで、馬鹿にされて、黙っているのか。
悔しくないのか。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/260.html#c14
「連合、参院選は支援政党を明示できず」と言うのが、正確な表現ではないか。
立憲民主党と、国民民主党、既に支援政党は分裂し、連合幹部に至っては、自民党にすり寄る姿勢を隠そうともしない。
連合傘下の労働組合は、既に支援政党が立憲民主党と、国民民主党となって、股裂き状態にあり、両党の再合併の可能性も、「ファースト」とやらの横やりで、「雲散霧消」。
そればかりか、連合幹部や、トヨタ労連などは、自民党に秋波を送る。
この状態で、「連合」としての支援政党など、決められる訳がないではないか。
決めようとした瞬間に、「連合」は「雲散霧消」。「無きがごとし」となる。
結果は、組織としてのガバナンスを失い、糸の切れた凧状態。
「カラスの勝手でしょ」
その方が、連合幹部も、誰にも気兼ねなく、自民党にすり寄れるし、支援も出来る。
「労働貴族の正体見たり」ではないか。
結局は、「連合、参院選は支援政党を明示せず」は、労働者を裏切り、自民党にすり寄ろうとする、連合幹部が考えた自分勝手な「免罪符」にしようという魂胆そのもの。
立憲民主党の支援云々とは、全く関係のない代物と考えた方が良い。
連合の実態は、既に「無きがごとし」。
ありもしない「連合」の支援の有無に怯え、物乞いよろしく、信念を曲げるようでは、政治家としての命取りになるだろう。
信念をもって支援を訴えるべきは、世の中の底辺に喘ぎ、しかしながら日本を支えている「労働者一人ひとり」に対してではないか。
今回の「連合」の参議院選挙に向けた基本方針を、望月衣塑子氏は、「踏み絵を迫る構図」と喝破している。
まるで、「希望の党」騒動の時の踏み絵を彷彿とさせるではないか。
連合の芳野会長が、その先に見据えているのは「排除」。
国民が、さらに、その先に見えているのは、人心を失った挙句の、連合の「消滅」
実行者が、共に女性であるということに、歴史の不思議を感じる。
これも、「歴史は繰り返す」の一例なのだろうか。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/269.html#c32
医療資源は有限なんです!
そんな貴重な医療資源は、今は、上級国民の為に確保しておく必要が有るんです!。
下級国民は、家にジッとして、寝てればいいんです!。
家がない?・・・野宿でいいんでないかい、「知らんけど」
直るかどうか?・・・知りません!。
私達、忙しいんです。
センセー方は、上級国民を守れと、五月蠅いのです。
そのうち、マイナンバーカードを健康保険証として提示する人には、受診の「人数制限」を緩和する、なんてことになるかも・・・。
・・・
・・・
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/268.html#c9
「公選法では、投票や票の取りまとめを依頼する趣旨を認識して金品をもらった側も処罰の対象となる。」
当然だ、「公選法 第221条、第222条」に、ちゃんと書いてある。
河井夫妻の行動を弁護する余地はない。
同様に、金を受け取った「100人もの先生方」の行動にも、弁護する余地はない・・・筈なのだ。
にも拘わらず、特捜部は、後者の事件化を見送った。
刑事処分の対象としなかった。
見送ったと言うより、事件化を避けた、確信犯的に、犯罪者100人を逃がしたと言うことになる。
しかも、「起訴や不起訴の判断すらしていないため、検察の不起訴の是非を市民が審査する検察審査会の対象にもならない。」らしい。
これも理不尽の極みだ。
全く新手の「逃がしのテクニック」ではないか。
検事の悪知恵には恐れ多いものがある。
しかもしかもだ。
「東京地検特捜部の市川宏副部長は「買収事件に関して、起訴すべきものは起訴した」と繰り返す一方、理由は「捜査の内容なので差し控える」と説明。」
全く、「闇の中に放り込む」、という以外に、表現のしようのない蛮行を、行っても恥じない。
動機は一つしかないのだろう。・・・「私利」。金か、地位か、保身か。
危うく、忘れるところだった。
こんな理不尽がまかり通っている、日本社会の病巣、それを糺すべき検察の腐敗という絶望。
そのことを、改めて思い起こさせてくれた、案里の狂言は、少しは、社会への償いになったということかな?
野党は、「批判ばかり」と言われて、これからは、「提案型」で頑張りま〜す。だと。
まるで、「批判ばかり」と言われて、「済みませんでした。反省してま〜す」と言わんばかりではないか。
一般の国民に「批判ばかり」と見えたとしたら、それは、批判の先に見ている、行政の問題が糺せていないからではないのか。
批判はするも、週刊誌記事の後追いでは、いかにも追及が甘いということではないか。
国会議員の重要な責務である、行政監視機能が、的確に、十分に果たせていないという結果ではないのか。
反省するなら、そこだろう。
(蛇足だが、「批判」と「非難」は、似て、全く非なるものであることは言うまでもない)
代表質問で取り上げた「森友事件の損害賠償訴訟」の「認諾」問題にしても、そうだ。
代表質問で取り上げたこと自体は、評価に値すると思う。
しかし、本心かどうかは分からないが、「税金を使うな、加害者に払わせろ」、と言うのでは、問題の本質を見失っていると言えよう。
どうしてそうなるのか。
自分の口から「発信」した、「提案型」という言葉に囚われ過ぎているからだという他はない。、
この問題の本質は、
この事件が「何故」起きたのか。
この事件をきっかけに、「何故」、公文書の改竄が、組織的に行われたのか。
そして、「何故」赤木さんが、自死しなければならなかったのか。
「何故」、赤木さんだったのか。
これらの、「何故」を解明する事が、「森友問題解明」の全てであり、その解明こそが、国民の期待するところではないか。
責任者の処罰は、その次に待っていることは、当然のことだ。
「佐川氏に払わせろ」と提案し、「分かりました、払わせます」と言われたら、問題の追及は、そこで終わりかねない。
政府には、官房機密費という、打ち出の小づちも有るから、安易なことを「提案」しても、墓穴を掘るだけだ。
立憲民主党をはじめ、野党が協力して追及すべきは、あくまでも、先に書いた「何故」の解明ではないか。
その「何故」は今もって、全く解明できていない。
国民に「森友問題」を思い出させた、「認諾」問題は、策に溺れた政府の失策、敵失と捉えるべきだ。
恐らく、この問題の解明の機会は、本国会期間にしかない。
その機会を逃せば、またいつものように、迷宮入り。
人びとの心からも忘れ去られるだけだろう。
そして、追及に成果が無ければ、「批判ばかり」の野党と、あらぬ「非難」の口実を与えることになる。
ここまで言えば、普通なら、「野党合同ヒアリング」の復活もあるよね。当然!?。
それから、記事中の、
「・・・手を握られただけで妊娠するのではと恐れる無知な乙女のごときありさまで・・・」の段落が、大いに気に入りました。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/276.html#c12
頼りの刑事司法は、その入口で検察が、事件の真相解明を積極的に妨害し、裁判の機会を奪い、国民の知る権利すらも奪った。
偉そうに、胸に光らす「秋霜烈日のバッジ」など、自ら「どぶ」に捨てたようなものだ。
己の腐敗を、自ら白日の下に晒して、恥じることも無い。
検察という組織の中にも、OBの人の中に、諫める人もいない、
これで日本は法治国家と言えるのだろうか。
一方の民事司法は、その限界を露呈した。
赤木さんのやるせない気持ちは、国民のやるせない気持ちは、何処にぶつければいいのか。
この問題の真相を解明できるのは、国権の最高機関たる国会しか無いではないか。
国会が行政監視機能を確実に果たすしか無いではないか。
国政調査権を発動させるしか無いではないか。
自民党が反対し、妨害するなら、国民運動を起こし、国民の力を糾合するしか無いではないか。
それが出来るのも、しなければならないのも、国民から負託を受けた、国会議員。
そう、あなた達しかいないではないか。
真相に迫る努力として、唯一残っていたと思っていた、「野党合同ヒヤリング」すら、簡単に手放してしまう。
このままでは、「ふざけんな」の言葉は、
国会議員に向けられる。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/277.html#c9
政権交代どころか、議席を減らすという結果を、開票が終わるまで、想定出来ていなかったというのだろうか。
一体、どのような情勢分析をしていたのだろうか。
野党共闘で政権交代を実現し、野党第一党の枝野幸男を総理大臣にして、自公政権の腐った政治を、「国民の生活が第一」という真っ当な政治に変える。
そんな期待を、野党共闘に抱き、立憲民主党に希望を託した者から見れば、選挙が近づくにしたがって、そんな期待がみるみる萎んでいったという、嫌な感覚は今でも払拭しきれない。
それは、枝野元代表をはじめ、立憲民主党から発信される言動、連合へのあからさまな阿りのいやらしさ、そういった一つ一つの言動が、立憲民主党への期待を萎ませ、野党共闘をして政権交代を実現するという期待すらも、萎ませてしまった。
期待を萎ませられた当人が言うのだから、「当たらずといえども遠からず 」ではないか。
政権交代の期待が薄れていった以上、投票率の向上など望むべくもない。
同様に、大きな期待の反動もあったのだろう、立憲民主党への投票も減る結果になった。
「負けに不思議の負けなし」だ。
「・・・枝野氏はこの件について「総括は新執行部に委ねる」と、一切コメントしていない。」
これがいけない。
関連したコメント投稿を1月9日にしたことがあるので、長くなるが、再掲したい。
以下過去の投稿の再掲
「先の総選挙で政権交代を成し遂げられなかったという事実は、隠しようもない。
誰であれ、どんな立場に立つ人であれ、この厳しい現実は謙虚に受け止めなければならない。
枝野氏が敗北の責任を取る形で立憲民主党の代表を辞任したが、至極当然なことだ。
先の総選挙前の一時期には、多くの国民が政権交代を期待し、その可能性も感じていた筈だ。
誰よりも、政権交代の可能性を感じていたのが、枝野氏本人ではなかったか。
しかし、自民党の敵失を好事と言うのは少々憚られるが、枝野氏自身が「好事魔多し」の罠に落ちたということだろう。
「立憲民主党の単独政権」を口にしたり、「野党共闘を否定」したり、総理に相応しいのは誰か、と叫んだり、と散々ではなかったか。
当初からの「自信過剰」と、「謙虚さの無さ」が、仇となって、彼をして大コケにコケさせたということになる。
枝野氏に厳しく言うのは、理由がある。
彼には、必ずやって貰わなければならないことがあるからだ。
それは、立憲民主党の代表として、野党共闘の総理候補として、政権交代を望む国民のリーダーとして戦った、先の総選挙の敗北の、全ての要因を把握する立場にあった枝野氏が「総括」を主導しなければならないということだ。
「敗軍の将は兵を語らず」
は、「弁解をするな」と言う意味であり、同じように、「総括」でも弁解はあり得ない。
「負けに不思議の負けなし」。
「総括」を通して、負けの要因を洗いざらい摘出し、そのことに気付き、間違いを改め、次の戦いに備える必要がある。
そこには、当然、連合との関係の在り方も見直されるだろう。
今の連合は、先の会長選挙で立候補者が出ないほどに、傘下の労働組合からすれば、魅力も、必要性も無い無駄な組織となっている感がある。
組織として最も必要なガバナンスが成り立っていない。
そんな中で、芳野会長の舞い上がった感の見苦しい振る舞いだけが、クローズアップされる始末だ。
後継者の育成を怠ってきた、前会長の神津氏も所詮は今だけ、金だけ、自分だけの小物だったという証左だろう。
芳野会長に至っては、リーダーの資質も、知性も、知識すらも持ち合わせていない、・・・(この後は言わない)
その上で、次の戦いを泉代表の新執行部に委ねるのが良い。
枝野氏は決して「老兵」にあらず。
小沢一郎の如く生きるべし、ではないか。
目指すは、「国民の生活が第一」の政治が実践される真っ当な社会だ。」
以上再掲終わり。
「総括は新執行部に委ねる」と言うものの、通常国会が始まった今になっても、「総括」などは出てきていない。
どんな事情があり、どんな忖度があるかは知らないが、このままでは、絶対にいけない。
「批判ばかり」と批判されて、これ幸いに、自己批判迄まで放棄するのはいただけない。
批判し、提案する。
「批判」という、牙も爪も失った野党に、存在価値は無い。
そうなってしまったら、行政監視機能が成り立たなくなってしまう。
国民は、そんな姿勢を絶対に支持しない。
今の連合は、組織のガバナンスを、全く消失してしまっていると感じる。
「方針案」が、いとも簡単に漏れ、トップ組織ではなく、「下部組織」が、慌てて、まだ決まってないと「否定」する。
この一事をもってしても、その証左だと言えよう。
元々、芳野会長が選ばれた会長選挙では、立候補する人がいなかった。
俄かに、信じられないでしょ。
「連合」と言えば、全国48産別の労働組合を束ね、組合員数700万人を誇る
日本最大の労働組合の組織であることを考えると、会長に立候補する人が、一人もいないなんて、あり得ないわけで。
そんな、普通にはあり得ないことが、今の連合では、普通にあり得てしまっているわけで。
組織が壊れているか、腐っているか、どちらかでしょ。
少なくとも、頭は腐ってる。きっと。
そんな時に、祭り上げられた芳野会長に至っては、リーダーの資質はおろか、知性も無く、教養も無く、知能すらも無い。
労働者の権利と幸福のために、といった「信念」「理念」など、あろう筈もない。
ただ会長の座にあることが、嬉しいだけで、「舞い上がって」しまい、結果、「連合」の中でも、空高く「浮き上がって」しまった。
そんなところかな。
そのくせ、「・・・共産党と連携する候補者を推薦しない」と言う。
立憲民主党の議員をやってる人も大変なんだぁ〜。
でも冷静に考えると、これって、「思想調査をする」ってことでないかい。
一介の「おばん」が、政治家の思想信条に露骨に「介入する」ってことでしょ。
日本国憲法では、やってはいけないことになっている。
しかも、そのことを、地位を利用して、組合員に強要するなど、犯罪でしかない。
芳野会長は知らないのかも・・・。
ある人は、それを、「踏み絵」踏ませると言う。
昔行われていた「弾圧」の一手法。
芳野会長自身、「何故、共産党との共闘がいけないのか」と聞かれても答えられないと思うよ。
せいぜい、「あの人が言うから」とか、「私に、優しくないから」とか・・・
答える時は、恥ずかしいから、ID変えて、別人に成りすましたりして。
でも、バレてしまう。
どうしようね。
ついでに参考データを一つ。
日本の労働組合に組織されている労働者の数は、連合傘下を含め1000万人。
それでも、組織率は、たったの15〜16%だそうだ。
就業者数は、6600人強。
連合の700万人も凄いけど、働く人は、6600人強。普通に考えても、大票田だよね。
その他にも、わしらみたいなのが、大勢いる。
ちなみに、自民党の党員は党員投票選挙人数で数えると、110万人くらいらしい。
こちらも立派なもんだね。
でも、普通は、党員と言ったら、党費を納めるものだと思っていたら、自民党はそうでもないらしいからなぁ〜。
なんだかなぁ〜。
こちらは、やっぱり「金目」かなぁ〜。
どうしようもないね〜。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/293.html#c25
訂正します。
6600人→6600「万」人
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/293.html#c26
民事とは言え、裁判所にも正義は残っていることを確認出来て、安堵している。
しかも、民事とは言え、「同意が無かった」ことが裁判所で認定された意味は、とてつもなく重大な意味を持つ。
一つは、同意が無い性行為は、加害行為であり、「犯罪である」と認定したこと。
もう一つは、伊藤詩織さんの身に起きたことは、まさに「犯罪行為」による被害だと認定されたこと。
民事裁判に先立つ、刑事事件としての、取り扱いと、結果は、皆さんもご存じの通り、「嫌疑不十分、」での不起訴。
要は、裁判による審理に至らなかったと言うことだ。
つまり、 起訴されて無罪と判断された場合には「一事不再理の原則」によって再度の起訴をすることは出来ないが、不起訴の場合は、裁判所による審理を受けていないため、起訴をすることが可能だと言うことにる。
「嫌疑不十分、」とは、
嫌疑不十分とは、不起訴処分の中でも、「捜査の結果、被疑者が犯罪をした疑いは残るものの裁判で有罪とするほどの証拠がない」という場合をう。
要するに、検察が起訴をして裁判に持ち込んでも、確実に有罪となる証拠が無いと、検事が判断した、というだけのことでしかない。
しかし、刑事裁判では、検事は有罪にする自信が無いという、同じ事件が、民事では犯罪行為が当たり前のように認定されている。
しかも、「加害者の供述は信用に値しない」とまで言って。
検事の判断が、完璧であるとは、誰も思わないだろう。
ましてや、「逃がし屋」の異名まで、いただくような、あくまでも行政官だ。
改めて、刑事裁判で、裁判所の判断を仰いではどうか。
それが、本当の司法であり、法の下の平等を実践するものとなる。
しかし、反面、これ以上、裁判での2次被害を伊藤詩織さんに強いる権利は、私たちには無い。
これ以上言うのも止めよう。
後は、伊藤詩織さんの判断次第。
その判断が、どうであろうと、その判断が正しいと思うし、支持したい。
、
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/299.html#c22
そのことは理解できる気がするんだけど・・・。
だからと言って、
熱が出ても、体調が悪くても、食欲が無くても、医者の診察も受けずに、ただ家でジッとすることを、「可能にしますよ」、と言われても。
仕事にも行かないといけないんですけど。・・・会社を首になってしまう。
せめて、熱が出てたり、体調が悪くなったり、食欲が無かったら、たった一度でいいから、医者の前に座って、「どうしましたか?」と言われ、「あ〜ンして」と言われ、「胸を拡げて」と言われて、冷たい聴診器をあててほしい。、
そのうえで、肩を叩いて、大丈夫です!。と言ってほしい。
検査キットが無いから、検査は出来ないと言われてもいい。
貴方用の薬が無いから、薬は出せませんと言われてもいい。
ニコっと笑って、「大丈夫ですよ。家でじっとしていてください。」
と言われるだけで、安心して家でじっとしていられる。
そんな気がする。
先生が、若い女医さんなら、もっといい。
家にジッとしていないかも知れないけど。
「やっぱり調子悪いんですけど・・・もう一度、診てください・・・」と
そんな気もする。
熱を測ってみよう・・・。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/295.html#c6
どこぞの元大阪府知事が、ちょび髭の藤井さんとやらに、「・・・お前の方が、安もんのヒットラーだろ〜。」と悪態をつくために、軽々しく口する名ではない。
ヒットラーの名前を口にするときは、少なくとも、虐殺されたユダヤ人の悲惨な姿を「思い起こして」いなければならない。
そういう意識が必要だ。
維新が騒ぎ、菅直人氏を批判し、罵詈雑言を浴びせる姿に、世界の良識の欠片も感じない。
抗議が、立憲民主党に向けられているようだが、毅然とした態度で、維新の抗議の、間抜けなところを指摘し、完膚なきまでに、懲らしめてやらねばならないのだろう。
「個人の感想なので・・・」と、面倒に関わりたくないような態度を見せることは、維新を増長させるだけだ。
懇々と、世界の良識を教え、諭してやれ!
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/307.html#c59
何時までも、ぐちぐち言ってないで、「一審も控訴審も、山口の伊藤さんへの「同意のない性行為」という加害行為を明確に認定した。」という、その事実の重みを噛みしめた方がいい。
判決の中でも、「山口の供述は信用できない」と、明確に言われているでしょ。
それが、少なくとも、2度もの裁判で、明らかにされた、事実なのよ。
そして、その判決の内容は、世間の常識に照らしても、納得のいくものであるからこそ、名も知らぬ、多くの人々に支持されているということなのさ。
あんたが、山口の供述を信じるとかは、このスレではこの際どうでもいいことであることに、気付いた方がいい。、
客観的証拠は全て「山口氏有利」と言うが、有利とか、不利と何を言っているのかと言いたい。
裁判で明らかにしようとしている「真実」は、一つしかない訳で。
この勝負、5対5の引き分けみたいな、ゲームを争ってるごとき言い方は、不謹慎だと、言い添えておく。
更に、氏が言う、「客観的証拠」とやらは、証拠採用されたかどうかは知らないが、裁判官は承知した上での判決ではないのか。
私が、一番言いたいことは、ことここに至っても、
「これが「不倫」だったのは間違いないのだろうが、・・・」と、いつの間にか、山口の加害行為が、伊藤さんを共犯にした「不倫」にすり替えられ、「山口氏の妻」を被害者に仕立て上げる。
そんな荒唐無稽な論点をもって、「伊藤はこんなに悪い奴だ」という印象を与える工作をしている。
更に、「成人男女が同意の上性行為を行ったのか、それとも「強姦」だったのかが争われている。」と結論が出たことを、進行形のように、言い募る。
そして、結論が出た。
「一審も控訴審も、山口の伊藤さんへの「同意のない性行為」という加害行為を明確に認定した。」
あんたは、伊藤氏を、「嘘つき」と言い。「不倫をした強かな女」に仕立て上げたいようだが、止めた方がいい。
以前にも言ったと思うが、セカンドレイプに等しい、愚行だ。
こういうと、言論封殺だ、裁判は、終わっていない、上告だ、と言うのだろうが、
願わくば、本件に関しては、阿修羅掲示板以外で、人を納得させるような論陣を張ってもらいたい。
私が言いたいことは、そのことだ。
本件以外では、これからも阿修羅掲示板での、氏の意見を拝読させてもらおうと思っているけど。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/299.html#c54
以下、東京新聞からの中村氏の警察庁長官就任会見の発言。
「中村氏を巡っては、ジャーナリスト伊藤詩織さんが2015年、元テレビ記者山口敬之さんから性的被害を受けたとされる事件で、警視庁が準強姦容疑で逮捕状を取った後、当時、同庁刑事部長だった中村氏の指示で逮捕状の執行を見送ったとされる。
これらの経緯に疑問の声があることについて問われると「法と証拠に基づき組織として捜査を尽くした。捜査指揮では常に法と証拠に基づいて適切に判断してきたと考えている。法と証拠以外の他事を考慮し、何らかの捜査上の判断をしたことは一度もない」と強調した。」
当時も、俄かに信じた人はいなかったと思われるが、今は、「ある疑惑」が「確信」に変わったのではないか。
当時は、新聞記事でも、「性的被害を受けたとされる・・・」との表現が精いっぱい。
今は、民事とは言え、一審、控訴審で共に、「同意のない性行為」により、被害を受けたと、明確に認定されている。
このことを踏まえれば、中村長官の言う、「法と証拠に基づき組織として捜査を尽くした。捜査指揮では常に法と証拠に基づいて適切に判断してきたと考えている。」
その、捜査の質と、判断に、「重大な瑕疵、過失」があったか、重大な「判断ミス」があったことになる。
そうじゃない、と言うなら、「恣意的な「意志」と「判断」があった」との疑惑に信憑性を与えるものとなる。
まさに、「・・・組織として捜査を潰した。」と。
いずれにしても、結果として、一人の女性に、同意のないまま性的被害を与えた加害者を、見逃し、「知らぬ顔の半兵衛」でいる、警察、検察の怠慢を、看過することはできない。
意志をもって、見逃したとすれば、それは既に、新たな犯罪の露見ではないか。
そのことを中村長官に質し、合わせて、彼をして悔悟の念を述べて貰いたいものだ。
ジャーナリストの、真骨頂を見てみたい。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/317.html#c22
遅ればせながら、国会の行政監視機能が、働くことになるのか、働かせることができるのか。
「森友問題」、「さくらの問題」等々、成果を上げられないままだ。
「嘘」と「欺瞞」が大手を振って歩く国会。
こんなことを、続けていていいのか。
私達国民は、目を見開いて、国会の、国会議員の行動を監視する、責任と、義務、そして権利がある。
これまで、内閣府が景気の拡大が続いていると発表していたが、どうしても、自分の置かれている状況と合わないし、肌感覚とも違っていた。
何とも言えない違和感を払拭出来ずにいた。
統計データ「偽造」「改竄」、だけが要因とは、今でも思えない。
国交省だけが、「偽造」「改竄」をしたとも思えない。
他に潜む行政の不正を洗いざらい明らかにするとの、気概をもって、行政監視機能を発揮して貰いたいところだ。
そのうえで、「偽造」「改竄」「捏造」の不正が、政策決定に及ぼした範囲を見極め、その結果歪められてしまった政策を打ち直し、糺して貰いたいものだ。
そこまでを見届けることが、国会議員の義務であり、責任だと思う。
そうでなければ、「偽装された国家」に、私たちは、飼い殺しにされ、見殺しにされ、仮に生きながらえたとしても、見捨てられる。
まるで、感染者の本当の数も分からず、偽装されたコロナ禍で、診察を受けることもなく、自宅に放置され、死と向き合わざるを得ない、今の私達のように。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/315.html#c69
要するに、これと言った対象など、無いと言うことさ。
「左の維新」という、空想、妄想の相手を作り出し、「左の維新」が言ってることに「したり」、やってることに「したり」して、そのことを、罵倒して、自己満足しているだけ。
自分でもさすがに恥ずかしいのか、IDを変えながら・・・。
でも、バレてる。
言ってみれば、大事にしていた、ぬいぐるみを押し入れから取り出してきて、「左の維新」と名前をつけ、朝から晩まで、
>45みたいに
「左の維新の馬鹿
お前には知性はないのか?
腐っているのはお前の脳みそだ」
と罵倒している図。
ぬいぐるみに知性があれば、きっと、こう反論してる。
「俺はぬいぐるみだ、無い脳みそ、腐るわけ無いだろう。お前が馬鹿」
ってね。
同じことを、繰り返し言うのは、痴呆症の初期症状。
気をつけたほうがいい。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/320.html#c57
今の政府は、何でもかんでも、
「先手先手で」と先手先手で言っているつもりなのか、
「先手先手で」と、後手後手で言っているだけなのか、
どちらにしても、結果は、後手後手。
反省がないから、同じ誤りの繰り返しになる。
「年寄の言うことは、聞くもんじゃ。」
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/327.html#c19
先の総選挙前の立憲民主党の振る舞いを振り返ってみると、参議院選挙を目前に控えている今と、何も変わっていないことが分る。
何も、反省してないということなのだろう。
折角の「総括」も名ばかりで、次の行動の改善に繋がっていないということだ。
昨年の11月に以下のようなコメントを投稿したことがある。
「今回の総選挙での立憲民主党の闘い方。
私見。
立憲民主党の公認候補が立候補した選挙区は、他の野党の立候補は止めてね💛。
競合した場合は、立憲の方が得票は多い筈だから、アンタ降りてね。
それが野党統一候補をと、国民が望んでいることよ。
立憲民主党の公認候補が立候補していない選挙区は、夫々よく相談してやってね。
立憲民主党は口を挟まないから。
その代わり、比例では、野党と言えども、政策の違いを訴えて、お互いに切磋琢磨しましょう💛。
連合の手前も有るので、共産党の表立った応援は遠慮してね。
それとなくやってはほしいけど・・・。」
小選挙区選挙では、与野党が「1対1」の構図で戦わなければ野党に勝ち目は無いことは分かり切っていた。
しかし、立憲民主党は、野党の選挙協力には、積極的ではなく、徒に、他党の、もっとはっきり言うと、共産党の候補を取り下げろと、言外にほのめかす姿勢で推移し、共産党の選挙区調整、候補者調整の協議開始の呼びかけにも、無視する態度を取り続けていた。
菅内閣の支持率が、底を這い始めていたころ、立憲民主党の単独政権を、夢想したような言動まで、見聞きするような、弛緩した雰囲気が見られるまでになっていた。
立憲民主党の態度に少し変化が現れたのは、菅総理が、次の自民党総裁選挙に不出馬を表明した時と、機を一にしている。
立憲民主党の焦りが窺える瞬間だ。
そして、市民団体の要請を受ける形で、野党4党の政策協定を締結することになる。
しかし、いかにも付け焼刃であり、時すでに遅し。
国民に、野党4党の政策協定の意味も、政権交代の狙いも、訴え、理解してもらう時間すら、失っていた。
しかも、政策協定締結後の候補者一本化の協議においても、「立憲民主党という党は、党の公認候補は降ろさない党なのです。」と嘯く人が出る始末だ。
枝野氏自身が、「共闘」ではないと、言うところに、本音が現れている。
植草氏が言う、野党共闘に背を向けた、決定的瞬間だった。
この言葉に、野党共闘を支持し、応援した者が、どれほど愕然とさせられたことか。
それは、立憲民主党支持者でも、同じだった筈だと思っている。
枝野氏を含め、立憲民主党の人は、今でも理解できていないだろう。
4党の政策協定も、立憲民主党以外の3党が、候補者を降ろす口実作りの為のものでしかなくしてしまった。、
そんな姿勢についての反省も無く、来たる参議院選挙でも、選挙区での候補者一本化は必要と言う。
要は、未だに、他党の立候補は見合わせてね、という希望を述べているに等しい。
本気で、野党が束になって自公政権と闘う気持ちが有るなら、自然と、「野党統一候補」という言葉になる筈だ。
今度の参議院選挙は、立憲民主党であり、共産党であり、れいわ新選組であり、社民党であり、且つ、「野党統一候補」で戦ってほしいものだ。
まだ言い足りないが、長くなるので、取り敢えず、ここまで・・・とします。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/330.html#c12
>つか共闘の意味わかっていないし、
と言うのは当たっていないと思うよ。
何故なら、意味が分からなければ、辞書を開くか、ググればいいわけだから。
第一、この掲示板を読み、コメントを投稿する人で、共闘の意味が分かってない人はいないと思うけどね。
しかも、今の場合は、共闘の意味を分かったところで、何の意味もないし。
>共闘とは、それぞれ考えの違う者が同じ目標のために協力することなのに
と理解しているなら、その「同じ目標」に目を向けなければ。
理解しなければならないことは、共闘の言葉の意味ではなく、共闘の目標と、その意義ではないか。
「野党共闘の目標は何だったのか。」を問い直さなければならない、それが、今の立憲民主党の問題であり、「総括」に求められる、本質的な課題と言える。
「野党共闘の目標は何だったのか。」
改めて言うまでもなく、それは、「腐った自公政権を倒し、国民の為の真っ当な政治を行う政権を樹立する。」つまりは、「政権交代」。
「野党共闘」も、自公政権を倒すという大義名分があっての、「野党共闘」だ。
それ以外に何があるというのだろうか。
単に、自党の議席増を狙うだけのものなら、「野党共闘」はあり得ないではないか。
「野党共闘」は、立憲民主党の党勢を拡大することを目指したものでは、決してない。
同様に、他の野党の党勢の拡大を目指したものでもない。
「野党共闘」で過半数の議席獲得を目指すものだ。
したがって、「野党共闘」で政権交代を目指して戦う以上、「野党共闘の政権構想」がなければならない筈だ。
志位委員長が言っていた、「一つの旗」
小沢氏が提唱していた「オリーブの木」構想。
目指すところは同じだったはずだ。
しかし、それを示すことが出来ないまま、選挙戦は終わった。。
当然だったのかもしれない。
単に、自公政権の敵失に乗じ、立憲民主党の単独政権を夢想し、徒に時を浪費したうえ、敵の選挙の顔が変わるというだけで狼狽し、
市民団体に繋ぎを求めて、共闘に潜り込んできて
共闘の代表者のような顔をして、各代表の真ん中で、拳を握って、写真に納まってしまう。
しかも、後になって、共闘ではないと、嘯く。
そして結果が悪ければ、共産党と協力したのが良くなかった。と。
立憲民主党が、共産党と、どんな協力をし、選挙を戦ってきたというのか。
共産党、れいわ新選組が、「政権交代」という大義名分を壊さないために、候補者を降ろしたに過ぎないというだけではないのか。
そして、それでも、政権交代を望んだ有権者は、小選挙区では、結果的に一人に絞られた立憲民主党の公認候補を、野党統一候補と見做し、「鼻をつまんででも」投票した。
そんな悲鳴にも似た、投稿がこの掲示板にも、どれほど飛び交ったことか。
そんな大義名分で大同団結しようとしたことも忘れ、考えの違う者は追い出せと言っているんだから。
話にならん、と言うしかないか。
私は、植草氏の分析には賛同するが、「立憲民主内の改革勢力は立憲民主から離脱して中核となる改革野党を新規に創設するべきだ。」ということに対しては、俄かに賛同するものではない。
結果はそうなるかもしれないが、その前にやるべきことがあるとの立場だ。
やるべきこととは、繰り返してきた合従連衡の度に、揺らぎ、不明確になってしまった、立憲民主党の理念と、基本政策を、改めて、国民に明確に示し、そしてブレないことだ。
植草氏が言うのは、今の立憲民主党には、2つの理念と基本政策が混在してしまっている、との指摘ではないかと思っている。
私も、そう思う一人だ。
原発問題(廃止か、存続か)
消費税の問題(増税か、廃止か)
憲法の問題(改憲か、護憲か)
安全保障の問題(集団的自衛権は、是か否か)
これらの基本政策を、ほとんど「1か0かで発信」しなければ、国民は理解できないし、自公政権の対立軸ともなり得ない。
そのうえで、理念、基本政策に賛同する人達を糾合すればいい。
連合にしても、基本政策に賛同して貰えるなら、支援を有難く受ければいい。
支援を得るために、理念や基本政策を変えるのは、本末転倒でしかない。
その時初めて「去る者は追わず、来たる者は拒まず」ではないか。
それを、分裂とは言わないし、野合とも言わない。、
立憲民主党には、まだまだやるべきことが、沢山残っている。
にも拘らず、、参議院選挙を前に、再び貴重な時を浪費するという、同じ誤りを繰り返しそうな気配を危惧してもいる。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/330.html#c21
詳しい内容は分からないが、記事にもある通り、「脱原発・脱炭素を改めて訴えた。」と言うことの、何処がいけないと言うのか。
不思議でならない。
私は、すごく大事な「訴え」だと思うよ。
サプライズがあれば、俺のスクープ記事になったかも、とか?
記者の姿勢に、ドッチラケ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/335.html#c12
どう?・・・俺?「知らんがな!」
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/338.html#c29
米山隆一氏
立憲民主党の最高顧問を務める菅直人氏のツイートが、連日話題を呼んでいる。
菅氏は1月21日、《橋下氏をはじめ弁舌は極めて歯切れが良く、直接話を聞くと非常に魅力的》としたうえで、日本維新の会について《弁舌の巧みさでは第一次大戦後の混乱するドイツで政権を取った当時のヒットラーを思い起こす》などとツイート。維新は26日に抗議文を提出した。
抗議文では、「まったく事実に基づかない妄言であり、誹謗中傷を超えた侮辱と断じざるを得ない。国会議員としてはもとより、人として到底許されるものではない」などとして、1月末までのツイート撤回と、立憲民主党および菅氏へ謝罪を求めている。
この抗議を受けて26日、菅氏は《ツイッターは党の指示ではなく私の一存で発した、私の感想を述べたもの。維新からは私には直接何も言ってきていない。私のツイッターに抗議するなら私にするべき》と主張。《的外れな謝罪要求に応ずるつもりはない》と、謝罪要求に応じない意向を示した。
騒動のさなか、Twitter上で維新の会を批判したのは、衆議院議員の米山隆一氏だ。
《吉村氏「維新を名指ししてヒトラーと同意だと。立憲民主党の現最高顧問の発言ですから公党としてどうとらえるかその回答を待ちたい」との事ですが、それなら2012年は維新が民主に同じ事を言っているので、当時民主党幹部の菅氏に、まず維新・橋下氏が謝るべきかと思います。》
米山氏が指摘したのは、2012年、民主党政権が公約になかった消費税増税を目指していることに対して、橋下氏が「ヒトラーの全権委任法以上だ」と批判していたこと。確かに、橋下氏も「ヒトラー」という固有名詞を持ち出している。
このツイートの “真意” について、米山氏に話を聞いた。
「2012年に橋下氏が『ヒトラーの全権委任法以上だ』と言っているわけですから、それを棚に上げて菅さんだけを批判するのは、明らかにおかしいということでツイートさせていただきました」(以下、米山氏)
このツイートには、「維新にブーメラン!」と賛同する声が多く寄せられた、とも米山氏は語る。維新側から、何か反応はあったのだろうか。
「『(橋下氏の批判は)政策の批判であり、人格の批判ではないことが理解できないのか』という批判がありますが、それを言うなら、菅さんだって《弁舌の巧みさでは》としているのであって、人格批判ではない。
それに、橋下氏の発言だって、単に政策を批判するなら、ナチスを持ち出す必要はない。文脈としては、民主党にいる全員に向けて人格批判をしたことになりますよ。
それなのに、菅さんに対しては、『国会議員としてより、人としてどうか』とまで言っているわけです。しかも所属機関にまで謝罪を求めるのは、ダブルスタンダードだと思います。むしろ、維新の体質を如実に示していると思います。
そもそも、『ナチスに例えるだけでアウト』なんてことはない。例えられた人は怒るけど、トランプ元大統領だって何度も例えられてきた。そういう事実を無視して、菅氏を言いくるめようとするやり方が本当に嫌だなと」
大阪府知事の吉村洋文氏は、菅氏のツイートについて「国際上あり得ない」としている。しかし、多くの専門家たちが「この認識は誤りではないか」と指摘している。米山氏は、こうも続ける。
「自分が言ったことのつじつまを合わせるために、話を展開していくのは罪深いと思うんです。菅氏を批判するために、ありもしない国際規範を、自分が専門家のていででっちあげるのは、弁護士としても、大阪府知事・市長を歴任した者としても、知的誠実さに欠けていますよ」
・・・・・・・
以上が記事。
それよりも、医者に診察も受けられず、出来る筈もない自己診断で、家にじっとしていろ、と言うのを止めてほしいわ。
自己診断の誤診は自己責任ってかい?。
せめて、高級ホテルとは言わないが、何処かの、キャンセルに泣いている、リゾートホテルを手配してよ。
勿論、私の納めた税金でね。
そうでなければ、あっと言う間に家族に感染を広げてしまう。
そんなこと出来ないでしょ。
高齢者と同居している人だって、いるわけだから。
どうして、そのくらいのこと考えないかなぁ〜。
想像力欠乏症か?
はっきり言って、何を言われても、無理!無理!、無理!無理!、無理〜!
政府の言ってることは、道理に悖る。
無理が通れば、道理が引っ込む。
今の日本は、無政府状態そのもの。
政府が逃げ出し、行政が投げ出してしまった。
「本日をもって、行政の組織的対応は消失した。
国民は、各々の判断、努力で、生き延びる道を探ってほしい。」
そう言うことも無く、蜃気楼の如く、消えた。
わしの納めた税金と共に・・・。
「税金と共に、去りぬ」?
国民は、
「コロナと共に、世を去りぬ。」?
私は、コロナは嫌いなんです。
閻魔様だって、コロナは嫌いだと思います。
無理!無理!
お願いです。
それだけは止めてください。
彼に、判断させたら、碌なことはありません。
書くなら、こうであるべきです。
「安倍元首相に対してこそ、「冷静な司法の判断」が求められる。」
ここ10年来、陰に陽に政治家が絡んだ犯罪が噴出し、しかも、そのいずれの犯罪に対しても、納得のいく「司法の裁き」を見たためしがない。
これは、少なくとも、政治家が絡んだ犯罪、あるいは、政治マターといわれる事件に対しては、「冷静な司法の判断」を下すというシステムが、完全に壊れてしまっていることの証左ではないのか。
警察と言えば、政治家の知人と言うだけで、性犯罪すら見逃す。
幼稚園児が大勢、交通事故で死傷しても、何の関心も示さない警察官僚が、元高級官僚が、加害者として重大事故を起こせば、瞬時に蠢く。
目的は何だ?
検察と言えば、次期検事総長になるとも言われた検事長が、常習賭博を自白しても、申し訳程度に略式起訴で、正式裁判を意図的に回避し、公開された裁判での「冷静な司法の判断」を妨害する、
いや、この場合は、阻止すると言った方が正しいか。
官僚が、公文書を改竄しようが、偽造しようが、データを捏造しようが、証拠を隠蔽、隠滅しようが、「証拠不十分」、「嫌疑不十分」での「不起訴」。
「嫌疑なし」が、ほとんど無いことも、事件が多い割に、裁判が少ないことも、不思議な日本と言えよう。
河井案里事件では、買収された100人ものセンセーは、「私、お金貰いました。この人から。案里ちゃんから。」と自白しているにもかかわらず、逮捕、起訴をしないどころか、刑事事件としてすら扱うことを意図的に避ける始末だ。
(検察審査会が意地を見せたけどね。)
何か、Xファクターを想定しなければ、到底説明がつかない。
検察審査会が、これほど、活況を呈していた時代があっただろうか。
今の日本で、不正が跋扈し、政治家がらみの犯罪が後を絶たない現状を糺すのは、至難と言うほかはない。
しかし、座視することも出来ない。
これまでの事例を振り返ると、公開された裁判で「冷静な司法の判断」が下されなかったというよりも、公開された裁判で「冷静な司法の判断」という機会を奪われているという傾向が強いのではないかと思う。
ご存じの通り、日本は、検察が、刑事事件の起訴権を独占する、起訴独占主義を採っている。
さらに、起訴便宜主義(公訴を提起し,これを維持するに足りる十分な犯罪の嫌疑があり,かつ,訴訟条件が具備している場合においても,公訴権者(検察官)の裁量により起訴しないことを認める制度)が採られている。
これらの制度は、全ての検察官が公益の代表者として、相応の倫理感をもっていることが前提として、成り立つものだろうことは言うまでもない。
そう考えた時に、「全ての検察官が公益の代表者として、相応の倫理感をもっている」ことを担保するものが何もないことに、恐怖しませんか。
国民の代表として、高い権限を与えられ、賄賂の誘惑にも負けないように、高い歳費を受け取っている、政治家の不正を見るにつけ、検察官にのみは、高い倫理観があると信じるには、無理がある。
検察官が、政治と癒着を始めたら、その事件は、「冷静な司法の判断」に行きつかないのは当然ではないか。
今、真っ先に必要なのは、検察制度の改革だと思う。
中でも、「起訴便宜主義」が、検察官が、簡単に良心を売り渡す、諸悪の根源ではないかと思っている。
検事総長が変わって、自ら検察の改革がなされるかと期待した時期もあったが、どうも改革は無理らしい。
国会で、議論し、法律を変えることで、制度を変え、結果として検察の改革を断行するしかないのだろうか。
ジャパンライフ事件の記事に触れ、改めてそう思う。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/342.html#c29
少し前に、共産党の小池氏が、参議院選挙に向けた協議を進めようと、立憲民主党への呼びかけを行っていた。
時系列の様子は分からないが、もしも、そのことを踏まえての泉代表の「共産は考え違う」との発言だとしたら、共産党との選挙協力を拒否するとの意向を伝えたものと見做されても、仕方がないだろう。
「愚かな」としか表現の言葉が見つからない。
多くの人の共通した感想ではないか。
昔から、「言いようがある」と言われることを知らないのか。
ここだけは、「提案型」の面影は全くない。
そればかりか、先の総選挙で、「野党共闘」で受けた支援に対しての感謝の気持ちも、欠片も感じられない。
「共闘」など、した覚えはない、と言うことなのだろう。
個人的には、別に、驚いてはいない。
前川元文科省次官のツイートは、さすがに、人柄が現れていて優しい。
キツィ言葉は、「ああ、もうだめかも」、「参院選でボロ負けしてもう一度代表選を行うのか?」
参議員選でボロ負けしたら、もう、今の「立憲民主党」としての代表選挙は無い。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/349.html#c3
「共産はわれわれの考え方とは違う」と突き放す一方で「共産が立憲を自主支援することはあり得る」と言い放つ泉健太代表。
だったそうだ。
本当だとしたら、なんと傲慢な、ひどいことを言う人だと思う
ひどいことを言ったと言うことを自覚していないなら、本当にひどい人だと思う。
その傲慢さは、ヒットラーを想起する。
共産党の小池氏が、来たる参議院選挙に向けての、選挙協力の協議を開始しようと立憲民主党に呼びかけていた。
野党側の体制作りが遅れたという、先の総選挙の反省を踏まえた、出来るだけ早めの開始をとの思いが伝わってくる。
(すでに遅いくらいだが)
国民の声がしっかり聞こえているということなのだと思う。
しかし、その協議が開始された形跡は無い。
そんな状況での、泉氏のこの発言。
共産党の呼びかけに対しての、明らかな拒否宣言。
共産党は、どう受け止めたのだろうか。
心配だ。
わしは、もう心肺停止寸前だ。
泉氏が自慢げに言う「聞き出す力」とは何なのか。「聞かない力」か?
「協議すら嫌だ、連合が見てる。」ってか?
かつて、枝野氏が言った、「迷惑だ!」を「想起する。」
「連合に、ばれない様に、支援して。」
でもない。
「どうしても支援したければ、止めてくれとは言わないけど。」
に近い。
考え方が違うのは当たり前。
そんな中でも、政策の一致点を見つけ出すことを模索するのが協議の目的ではないか。
その協議すら、拒絶するなら、「迷惑だ!」と言ってるに等しい。
立憲民主党にかかったら、野党共闘を呼びかける、国民も、市民団体も、野党も、ストーカー扱いなのだろうか。、
そうだとしたら、思い上がりが甚だしいと言わざるを得ない。
「野党共闘」は、そもそも、政権交代を目指すという大義名分があっての、野党共闘。
政権交代を目指さしていないから、「野党共闘」など、何の興味もないということか。
それが、先の総選挙の「総括」から導き出された、立憲民主党の総意なのか。
俄かには信じたくはないが、そうだとしたら、「今の立憲民主党」を中心にした「野党共闘」との期待は、消えたと考えるしかない。
それでも、そうだとしても、「野党共闘」の芽は他にもある。
大切に育てるしかない。
正直言って、難儀ではあるが・・・。
しかし、政権交代を望み、その実現のために、野党共闘に期待する有権者が、いなくなったわけではない。
無党派層に引き籠る人も、突然覚醒するかもしれない。
政治の営みは、永遠に続く。
その分、茨の道は、永く続く・・・のか〜。
投票先の候補、減っちゃったかなぁ〜。
まあ、慌てず、もう少し、様子を見よっと。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/351.html#c37
こうなったら、佑月氏の出番ということでないかい。
東京の蓮舫、大阪の辻元、日本の室井。
自民党には無い、特徴的な顔ぶれになれる。
三人並び立つだけで、大群衆となり、支持率大幅アップは、間違いないのでは。
地鳴りを伴って、大風が吹き、それこそ。女性旋風で「山が動く」かも知れない。
旦那に相談してみたら?。
立憲で好き嫌いは、日常茶飯事だろうけど、ここは一つ、封印しといてさ。
出馬するなら、応援1票。
鼻つまんででも、投票するよ。
総選挙でも、鼻つまんで投票したから、慣れてるし。
こんなことを、許していれば、彼らは、いずれは、一般市民に、その牙を向けるのは、必然なのだろう。
ここで改めて、マルチン・ニーメラー牧師の告白を思い起こし、自戒としようではないか。
マルチン・ニーメラー牧師の告白
ナチスが共産主義者を攻撃したとき、自分はすこし不安であったが、とにかく自分は共産主義者でなかった。
だからなにも行動にでなかった。
次にナチスは社会主義者を攻撃した。
自分はさらに不安を感じたが、社会主義者でなかったから何も行動にでなかった。
それからナチスは学校、新聞、ユダヤ人等をどんどん攻撃し、自分はそのたびにいつも不安をましたが、それでもなお行動にでることはなかった。
それからナチスは教会を攻撃した。
自分は牧師であった。
だからたって行動にでたが、そのときはすでにおそかった。
( 丸山真男 『現代政治の思想と行動』 未来社 )
菅氏は、そんな「私には、関係がない」と見過ごしてしまう、今の社会の雰囲気に危険を感じたのだろう。
そして、手遅れになる前に、行動を起こした・・・。
れいわ新選組の大石氏のように。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/338.html#c70
わしなんか、4000万円ぽっちでも命を懸けて、ワクチン打ったけど、死んでも、受領有資格者死亡につき、国庫に返納されるんかな?
そういえば、ワクチン打つとき、死んだら4000万円を誰に渡せばいいですか?とも聞かれなかったし、この人に渡してと、書面に書いて提出した記憶も無い。
痴呆症が進んだのかなぁ〜。
みんなは、どお?
それって、痴呆症かも・・・。いわんや行政をや。
忘れないように、遺書には書いておこうっと。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/355.html#c22
「真正保守」って、意味分かんない。
立憲民主党の枝野氏は、
「我々は寛容で多様な、リベラルな日本社会を守る。我々こそが正統な保守政党である」
と言っているから、真正=正統でもないだろうし・・・。
保守本流があれば、保守傍流も有るのかな?
俺が本流、お前は、傍流って・・・
言ったもん勝ちの世界なら、納得がいく。
俺が長男、お前は、次男のように、客観性があればもっと良し。
「保守層からも熱視線」
一読したけど、総じての感想は、
ノーベル賞を受賞した人の周りに、急に「遠い親戚」、「友達」、「同級生」、「中学の恩師」とかが、集まってきた、そんな情景を思い浮かべた。
私も、
「真の独立国家を目指す」や「日米地位協定の改定」を支持しているし、
「脱原発」や「消費税廃止」も強く支持している。
しかし、私は、自分を保守と思ったことは無いし、言われたことも無い。
だから、あんたは「保守!」と言われても、・・・「え〜!、止めて〜!」と言う。
格好良く、英語で、「I`m not Abe.」
発音は自信が無いけど。
私がガチガチの「反米」あるいは、「対米盲従」なら、これは書かない。
「知らぬ顔の半兵衛」を決め込むと思う。
植草氏の考えには、賛同しています。
「政策を基軸に、党派の壁を超えて、主権者が主導する大同団結。」
仲間を糾合するには、旗が必要です。
いずれ誰かが立てなければ、事は成就しないと思います。
それが、「共生党」なのかもしれません。わかりません。
かねがね、「前川喜平、立て!」との願望が捨てきれなくて、困った人状態です。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/353.html#c13
この女の根本的な間違いは、家にいてテレビを見るしか、やることがないような、わしらでも見ない「ワイドショー」を、このコロナ禍にあっても、寸暇を惜しんで、人の命を救おうと奮闘している医療従事者の人達が見ていると思っているところなんだろう。
この一言で、この後に続くどんな言葉も、「私はバカ。故の怖いもの知らず。」と、公表しているようなもの。
わしなんかは、こんな駄文、誰も読みやしないだろうと、自覚を持って書いているから、彼女よりましだ。
彼女には、見識も無ければ、知性も無く、人に対して共感する感性も、想像力すらない。
どんな、名医でも、救いようがないという他はない。
つける薬は無いし、ワクチンも無い。
こういう人には、何を言っても無駄。
「維新」のように、誹謗中傷だ、と騒ぎ立て、「狂気に対して、人が抱く恐怖」を利用して、威圧してくるだけ。
大阪の「やくざ」によく見られる、
コレッテ、怖がりすぎ?
肩書は、「国際政治学者」か。自称?
わしの家内は、「近未来家庭料理研究家」
自称じゃない。わしがそう呼んでる。
お気をつけあそばせ・・・。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/368.html#c33
真っ当な医療を受ける権利。
当然すぎるがゆえに、私たちは、見失っていたのではないか。
或いは、仕方がないと、自分勝手に諦めていたか。
だから、自宅放置で一月の死者が250名にならないと、声を上げない。
いままで、コロナ対策の問題点を、このような言葉で指摘した人を、私は知らない。
まさに、目からウロコが、音を立てて落ちていく思いだ。
これが、本当の国民目線で見た時の答えではないか。
当然、これで全てが解決するわけではないが、大切で、重要な指摘だと思う。
「・・・検査、治療、さらに隔離を受ける権利・・・」
納得だ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/361.html#c68
いやいや、それは、あなたのことであり、あなたのような人のことでもある。
ちなみに、
鏡に自分の顔を映して、しばらくジッと見つめているといい。
そのうちに、あまりの恥ずかしさに、冷や汗が、タラ〜り、タラ〜り、と出てくれば、分かるかもしれない。
可能性は、低いと思うけど、諦めちゃ、駄目。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/374.html#c5
私も、ニュースで見た。
切り取られている面もあるだろうが・・・
菅氏の喧嘩上手には、「恐れ入谷の鬼子母神」
喧嘩する時の、の鉄則は、
相手の弱点を突け。
相手の機先を制す。
曖昧な言葉を排し、断言する。
映像の冒頭から、無断でカメラを入れた馬場氏に、チクりと苦言を言い。
馬場氏が、用件を言う前に、菅氏が、馬場氏に抗議文を突きつける。
今日の喧嘩は、ここで勝負あり。
事情を知らない人は、馬場氏が、菅氏に呼びつけられて、抗議文を受け取りに来て、言い訳を述べている、そんな映像に見えただろう。
力なく、「批判しないで・・」と言うものの、「批判するのがいけないんですか?」と切り返されて、「・・・」
「見解の相違かも知れないけど・・・」と次を言おうとしても、「見解の相違です!。」とぴしゃり。
「公開討論を・・・」と言うも、「必要有りません!。」
挙句の果てに、用が無いなら、「お引き取り下さい!」だもんね。
何しに来たんだ???
後で、馬場氏が、カメラの前で、子供が喧嘩に負けて、悔し紛れに言う「お前のかあちゃん、出べそ」みたいなコメント。
橋下氏が、直接菅氏には何も言わず、真っ先に逃げ出した訳が分ろうというものだ。
菅氏の喧嘩上手は、尋常じゃない。
天晴れ!。
立憲民主党で、「喧嘩塾」を開いて、若い人を鍛え直したらどうか。
その闘争心は、若い人に、見習ってほしい。
政治は、権力闘争だ。
「提案」だけでは、闘争には勝てないと知るべきだ。
権力闘争に勝利することなく、どんな理想を掲げようとも、自分の目指す、政治を実現することは出来ない。
菅氏には、まだまだ、後進の為に、やれる仕事は沢山ありそうだ。
>60氏の、
>維新をケチョンケチョンに叩き潰すことは、
国家・国民、社会のためになるので大歓迎。
には大いに同意。
>子どもの喧嘩第二幕の予感。
には、不同意。
大人と子供の喧嘩・・・が、正確な言い回しではと。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/367.html#c75
「私、小顔なので・・・」とそれとなく・・・・。
それにしても、改めて、壮大な「無駄」と「馬鹿」を「想起する。」
{馬鹿」とは、小顔の女の子のことではないので、くれぐれも、抗議しないように。
安倍が配布希望が余剰枚数を上回ったと自慢する、絶望。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/378.html#c19
出しても、出さなくても、経済活動が止まるなら、出さなきゃ、そん、損。
そう考えるのは、岸田氏か、小池氏か。
国民は?、出ても出なくても、「そん」なの、むし。無視。
冗談はさておいて、
今のまま、状況を放置すると、いずれ社会活動全体が停止する危険が大きい。
この場合の停止は、人間の叡智を超えた状態での、制御不能によって起こるもの。
言ってみれば、社会の無政府状態化。
一方、緊急事態宣言を発出し、一定期間、経済、社会活動を制限するという場合は、社会の混乱も、制御下に置くことが出来る。
損失、被害の出るところも予測でき、手当、保障も出来る。
社会活動、経済活動が停止するという現象は同じでも、質は全く異なる。
こう考えると、どちらが、正しい選択か、自明だ。
一定期間、経済、社会活動を制限することを嫌って、傷口を大きくするよりも、緊急事態宣言を発出することの方が、よほど合理的ではないか。
緊急事態宣言を発出後、状況が早めに大きく改善すれば、あるいは、改善するという専門家の見通しを得れば、、その時は、早めに解除すればいいだけではないのか。
それよりも、自宅療養という名の「棄民政策」を撤回してほしい。
自宅死が、明日は我が身かと、不安と恐怖で、寝不足なんですけど・・・。
社会活動なんて、とてもとても。自主的に、社会活動は既に停止中。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/383.html#c14
しかも、当初から言われてきた、「トイレのないマンション」状態は、一向に解消されない。
原発から出される使用済み核燃料が、数万年にわたり放射能を出し続けるとんでもない存在であることが人々の間に知れわたり、しかもその処分方法が、いまだ確立されていないことも明らかとなって久しい。
今でも、使用済み核燃料がどんどん増え続けている。
一体どうする積りなのだろうか。
この地球は、決して、我々の、現世代の人類だけの物ではない筈だ。
次々と世代間を引き継ぎ、安心、安全な地球を守っていかなければならないという、不文律がある筈ではないか。
数万年にわたって、除去すらできない、「地雷」を埋め込んで、「知らぬ顔の半兵衛」を決め込む。
とても、人間のやることではない。
一方では、賢人ぶって、
「アメリカやロシアなど核兵器を保有する5カ国は、「核戦争をしない」ことなどを盛り込んだ初めての共同声明を発表した。」そうだ。
「不戦の誓い」をしたとでも思っているのだろうか。
自衛のための、核兵器使用は辞さない、と言っている程度の、共同声明にしか過ぎない。
核兵器が、どこかで破裂すれば、核兵器は消滅し、当然原発も消滅する。
数万年にわたって、後世の人類に危険を押し付けるという憂いも無くなって、人類も安堵して消滅出来る。ってかい?
これまでの出来事を振り返ると、昔読んだ、空想漫画か、SF小説で、描かれてきた、夢のようなことが一つ一つ現実の世界で実現されてきているように思う。
新幹線、リニアカー、飛行機、ロケット、宇宙旅行、原子力利用、原発。
既に、実現された。
そして、まだ実現されていないのは、
第三次世界大戦という核戦争。
そして人類の滅亡。
人類の英知で、この二つを阻止出来るだろうか。
世界に君臨する現在のリーダーの不甲斐なさを見るにつけ、絶望という文字しか浮かばない。
いわんや、日本においてをや。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/393.html#c12
第一章 犯人の自白
犯人は、私です。脅されて、言われた通りにやろうとしただけです。
悪いのは、アイツです。
動機は、アベノマスクの配送業務を請け負ったものの、途中で、中止になってしまい、十分に中抜き出来ていなかったので、今回のオペレーションで補填して貰うことになりました。
あの人に火炎瓶風の物を抱えて、文句を言ったら、こうしてくれたのです。
具体的に、どうしようとしたか?って。
倉庫のマスクを、都指定のごみ袋に小分けして入れ、燃えるゴミとして、都内の家庭用ゴミの集積場に、置いて回るのです。
それだけです。誰にも迷惑をかけていません。
都のルールに従っているので、違法ではないと言われました。
仮に警察官に見つかっても、中村君を呼んでくれと言えば、いいらしかったです。
おーい!、中村君!って。そして、この時だけは、偽名で私、山口ですって言えと。
一月も続ければ終わります。コストは、1か月のアルバイト代と、ごみ袋代くらいかな。
あ〜、後は、あれ、キックバックというやつ。あの人へ。
なので、一括契約の10億円はキッチリ頂きます。
ついでに、焼却代も貰えないかな〜。少しは勉強しとくからさ。
燃えるゴミで出すんだから、焼却は「嘘」ではないし。
バレる前に、早くやればよかったなぁ〜。
希望件数が、37万件?って。私は知りません。
貴方確認しました?
口では、何とでも言えるし。
委託事務経費を水増し出来るから、私達としては、全く問題ないことです。
配送するのでは?って。
敗走するって、もう逃げられないでしょ。
あ〜、配送ね。何処に?。誰に?。私は、見てませんが。
貴方確認しました?
まあ、そう言うことになっているなら、リストを作れと言われれば、今晩中にも作りますが・・・
私達、金儲けの仕事は速いので。
ところで、買ってしまった、都指定のごみ袋、返品出来ますかね・・・?
第2章 会計検査院の介入と、特捜の暗躍 (仮題)
は一カ月後予定。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/398.html#c18
「ふざけんな!」
「赤木さんを、忘れんな!」
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/400.html#c11
現代で言えば、「ヤリサー物語」的な三文小説で、芥川賞を受賞したことが、日本人の不幸の始まりだったかも。
徒に、差別主義者を舞い上がらせ、のぼせ上がらせてしまった。
以来、無知な差別主義者を扇動し、自らは差別主義者に利用され、あたかも、旗手気取りではなかったか。
最後まで、はた迷惑な人だったということか。
小心者が、勇ましいことを言うということは、「虚勢を張って生きてきた」と言うことになるのだろうか。
虚勢・・・か〜。疲れただろうに。
お疲れさんでした。これからは、人の視線を気にして、虚勢を張る必要も無くなりました。
心安らかに、お眠りください。
「きょせい落つ」
自分、それあれやで、なんやったっけ・・・えーっと・・・偏見ゆーやつちゃうか?
ちゃう、ちゃうちゃう、ちゃうねん。
「宿泊療養施設に入所予定だったが、19日から本人と連絡が取れなくなった。市、別居家族、かかりつけ医が連絡を試みるも28日、自宅で死亡している男性が発見された。」
5波の時に、何度もニュースに取り上げられて、そのたびに愕然とし、恐怖した、悲劇の再現だ。
こんなのは、人道にも悖る、鬼畜の行いではないのか?
電話にも出られなかったら「ヤバい!」と思うのが普通ではないか。
不幸にも、忘れ去られた人だったのだろう。
棄民・・・。
どのように連絡を試みれば、何とか、10日後に発見できたのだろう。
マニュアルに書いて、公表してほしいものだ。
想像ではあるが、近所の人が通報したのではないか、「・・・異臭がすると。」
本人は、通報する余力も無く、無念にも、息絶えてしまった。
怖かったろう。
悔しかったろう。
哀しかったろう。
生きたかったろう。
自宅療養と言うことは、こういうことでしかない。
医療でも何でもない。「放置」、「棄民」。
何度聞いても、いやな響きだ。
カビの生えたマスクの衛生検査に何億もの税金を使い、体調不良を訴える人への検査は、「やらない」。
使い物にならないマスクを処分するのに、10億も税金を使う一方で、コロナ弱者と言われる高齢者は、「無料で処分」するがごときの振る舞い。
許されない所業ではないか。
怒りが収まらなくなってきた。
「高リスクの患者の自宅療養を極力避けるために、宿泊施設の活用や臨時医療施設の設置に力を入れるべきです」
言われて久しいにもかかわらず、実現しようとの動きは全く見られない。
ついでにと言うのはおかしいが、
コロナ禍の当初、「各市役所の駐車場等に、発熱外来の専用診察所を・・」との提案もあった気がする。
オミクロン株の感染力で、各病院の発熱外来は、既にパンクし、院内感染の震源にもなっている状況だ。
今こそ、「各市役所の駐車場等に、発熱外来の専用診察所を・・」が必要なのではないか。
行政の良心が見えない。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/405.html#c7
「希望の党」騒動の経緯は、植草氏の指摘に、異論を持つ人はいないのではないか。
ここで改めて確認して置かなければいけないのは、「希望の党」騒動の主な役者だ。
「希望の党」設立の構想を主導したのは誰だったか。
「都ファ」の小池百合子、当時の民進党代表の前原誠司、一足先に民進党を離党した細野、そして、当時の「連合」会長の神津。
彼らが「密議」し主導した「排除」は成功したかに見えたが、そのことで人心を失い、瞬く間に「排除」した側の「希望の党」のほうが消滅した。
唯一残ったのは、前原であり、恥ずかしさに耐えかねて、国民民主党と名前を変えても尚、蟄居同様の生き恥を晒している。
そして、今でも支持率は上がらず、小集団のまま。
こうして見てみると、「希望の党」の考え方の根底にあるものを、分析するに、
>7氏の言う通り、
>「自分と同じ考えの者だけが、集まって
> それ以外のものを排除すれば
> たちまち国民の支持が集まって
> 選挙に圧勝できる」
というものがあったことは、否定できない。
しかも、そこに、「連合」の神津が一枚噛んでいるどころか、深く関わっていたとは・・・
トホホではないか。
後釜に座った「連合」会長の芳野までもが、今尚懲りずに、くっつけ、離れろ、排除しろ。
私の言う通りにしろ。さもないと、支援しないと、未だに踏み絵をちらつかせ、脅しと、恫喝三昧。
もしかして、>7氏がいう左の維新とは、「連合」のことか?
ならば「連合」「連合」と連呼するのも、さもありなん。
>10氏の指摘も、左の維新を「連合」と読み変えれば、今の状況に、ぴたりと符合する。
>9氏の言う、「連合」をどうにかしないとダメって事でしょ
と言うのも、良く理解できることになる。
素直に、「連合」と言えばいいのに・・・。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/406.html#c17
このスレで、本気で野党共闘を支持する人の究極の願いは、腐りきった自公政権を倒し、国民の為の、真っ当な政治を実現したい、してほしい、ということに尽きるのではないかと感じている。
そういう視点で、夫々に意見の真意を読み取ろうとすれば、植草氏の究極の願いは、野党共闘を支持する人達と、寸分も変わらないと思っている。
こういう私も、政権交代を願い、野党共闘を支持する人達の一人だという自覚がある。
そのことを、認められるかどうかは、分からない。
認められたいとは思うけど、認められなくても構わないと思ってもいる。
そんな私から見ると、植草氏は、真っ当な政治の実現を願う気持ちの強さは、ほかの野党共闘を支持する人よりも、強いかもしtれない。
少なくとも、私よりは、格段に強いと感じている。
なので、植草氏の展開する政権交代を実現するための、「闘い方」「陣形の組み方」といった、方法論、プロセス論に、反論することはあっても、全否定する積りは無いし、参考になると、熟読する立場にいる。、
簡単に言えば、政権交代を目指す、「師」か「同志」の意見を聞くがごとし。
ちなみに、私の考えは以下の通り。
少し前に、他のスレに投稿したものですが、よろしければ。
以下再掲。
「私は、植草氏の分析には賛同するが、「立憲民主内の改革勢力は立憲民主から離脱して中核となる改革野党を新規に創設するべきだ。」ということに対しては、俄かに賛同するものではない。
結果はそうなるかもしれないが、その前にやるべきことがあるとの立場だ。
やるべきこととは、繰り返してきた合従連衡の度に、揺らぎ、不明確になってしまった、立憲民主党の理念と、基本政策を、改めて、国民に明確に示し、そしてブレないことだ。
植草氏が言うのは、今の立憲民主党には、2つの理念と基本政策が混在してしまっている、との指摘ではないかと思っている。
私も、そう思う一人だ。
原発問題(廃止か、存続か)
消費税の問題(増税か、廃止か)
憲法の問題(改憲か、護憲か)
安全保障の問題(集団的自衛権は、是か否か)
これらの基本政策を、ほとんど「1か0かで発信」しなければ、国民は理解できないし、自公政権の対立軸ともなり得ない。
そのうえで、理念、基本政策に賛同する人達を糾合すればいい。
連合にしても、基本政策に賛同して貰えるなら、支援を有難く受ければいい。
支援を得るために、理念や基本政策を変えるのは、本末転倒でしかない。
その時初めて「去る者は追わず、来たる者は拒まず」ではないか。
それを、分裂とは言わないし、野合とも言わない。、
立憲民主党には、まだまだやるべきことが、沢山残っている。」
以上再掲。
政権交代を願い、野党共闘を支援する人でいたい人なのです・・・が。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/406.html#c55
橋下も、訴える相手を間違った。
どうせ、スピンで訴えるなら、菅元総理にすべきだった。
相手は大物。あわよくば、大阪のおばちゃんだけでも、同情を買って、判官贔屓の世論も期待出来る。
裁判も、水掛け論に終始出来る可能性もある。
しかし、訴える相手が大石氏では構図が真逆で、俄然分が悪い。
橋下が大石氏に、事あるごとに完膚なきまでに打ち負かされた、これまでの経緯を知れば、訴えの動機が、「遺恨」でしかないことがわかる。
まわりの人の目には、年若き女性を執拗に絡み、イジメる不潔な中年男性の図としか映らない。
まるで、伊藤氏を執拗にいたぶる山口の姿を想起させる。
これでは、判官贔屓は大石氏に集まり、勝負にもならない。
橋下のどろどろとした陰湿さが、大石氏、れいわ新選組の明るさを、より一層際立たせてしまう。
この明るさは、「間違ったことはしていない」との自負から生まれるのだろう。
立派ではないか。
応援しないではいられないではないか。
ただ注意も必要だ。
大石氏は、押しも押されもしない国会議員に違いない。
国会議員の責任は、疎かにできない、全うしなければならない。
それに対して、今回の訴状騒ぎは、言ってみれば、あくまでも「私事」。
そのことは、念頭に置いて、「私事にかまけて・・・」と、あらぬ非難を受けるような隙は作らぬように。
そのうえで、完膚なきまでに叩くも、軽くあしらうも、国会議員の仕事の合間に。
言ってみれば、片手間に・・・かな。、
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/411.html#c52
芳野友子連合会長は毎日新聞政治プレミアに寄稿した。「連合の労働運動は、自由で民主的な労働運動を強化、拡大していくということから始まっている。その点で共産とは考え方が違い、相いれない」と語った。
言ってることが、どうもしっくりこない。文章にしても、繋がりがない。
国語力は、赤点だな。
思うに、労働運動を語り、その続きで政党との相性などを語るから、おかしなことになる。
あれも、これも、自分の立場すらも、何も分かっていないということだ。
(ここからしばらく、読み飛ばし可。)
労働運動とは。(ウィキペディアによれば)
「労働運動とは、資本主義社会において、資本家階級からの搾取と抑圧に反抗し、、労働者が団結して自らの、労働条件の改善と社会的な地位の安定や向上の確保、政治権利の獲得などを目指すために 使用者に対して行う運動である。」
「連合」のホームページに寄れば、「連合」は、日本の労働組合のナショナル・センター(全国中央組織)だとある。
更に、労働組合を語り、
「労働組合は、労働条件・職場環境の維持改善といった職場レベルでの課題はもちろん、労働法制、社会保障制度、経済政策など、様々な社会的問題も解決しています。常に働く人や生活者に寄りそう、それが労働組合なのです。」
だそうだ。
全くその通りだ。
その労働組合は、その存在意義を失わないように、自らの存在を守り抜くために、自らを律している、運営上の三つの原則がある。
それは「自主性・民主性」「資本(経営者)からの独立」「政党からの独立」だ。
「自主性・民主性」を、「一致する要求に基づく行動の統一」とする人もいる。
もう一つ、頭に入れておかなければならないことがある。
それは、日本における、労働運動の路線対立。
簡単に言うと、(ウィキペディアによれば)
「労働運動における「右派」、「左派」の表現で表される、労働運動内における立場の違いがあると言うことだ。
日本においては、基本的に、労使協調路線をとる組合を右派、労使対決路線をとる組合を左派と区分するが、イデオロギーや政治団体を初めとする各種団体との結びつきと言った様々な複雑な背景があったり、いわゆる御用組合と言われる名前ばかりの労働組合も多かったりと、単純に色分けすることは難しい。
また、1980年代に労働戦線の再編により左派とみられていた潮流の多数が右派と合流したため、明確なイデオロギー対立が無くなったと言う人もいるが、連合内には、依然として、左派、右派の対立は存在する。」
日本には、もう一つ、「全労連」がある。主に支持する政党はなし。とある。
今はどうか分からないが、誕生の経緯、路線を見れば、共産党との親和性が高いと考えるのが、普通だろう。
「全国労働組合総連合は、日本の労働組合における全国中央組織である。1989年に連合結成を「労働界の右寄り再編」として、官公労労組中心の総評のうち自治労から自治労連、日教組から全教など共産党支持の各労組内非主流派が結成した新単組と統一戦線促進労働組合懇談会加盟単組で、作られたナショナルセンター。 ウィキペディア」
ここからは、私の言いたいこと。読んで!。❤
ここで、改めて「連合」芳野会長の言葉に戻ってみると、全く論理的ではなく、意味不明。
労働運動を語るなら、真っ先に語るべきは、「労働条件の改善と社会的な地位の安定や向上の確保」等々ではないか。
「・・・自由で民主的な労働運動・・・」って、労働組合が、その存在意義を失わないように、自らの存在を守り抜くために、自らを律している、運営上の三つの原則の一つじゃないか?。
「連合」の仇の「全労連」だって、労働組合の三原則は守っているし、守ろうとしている。筈だ。
労使協調路線をとる「連合」が、組合活動で競合しているというのは、労使対決路線をとる(今はどうか知らないが)、「全労連」。
労働組合と、政党とをまぜこぜにしてしまっているのではないか。
思うに、芳野会長の頭では、「連合」の仇は、「全労連」、全労連と仲がいいのが「共産党」。
言ってみれば、「敵の味方は敵」な発想。単細胞と形容出来よう。
自分の発想でなければ、「言わされているだけ」。無知、無責任と形容出来よう。
改めて、上記の三原則を、噛みしめて貰いたいものだ。
「自主性・民主性」「資本(経営者)からの独立」「政党からの独立」
経営者から物心にわたる“援助”をもらったり、組合の一部の幹部が昇進に手心を加えてもらったりでは、労働者の要求実現のために闘うことは出来ない。
経営者から独立して組合を運営し、経営者とは一線を画するという「資本からの独立」は、労働組合にとって絶対に必要ですよね。
労働組合には様々な政党を支持する労働者が、要求に基づき自主的に団結してる。
だからこそ大きな力を発揮できる。
それを特定の政党を押し付けるようなことをすれば、政党支持の違いに応じて組合を作らなければならないことになってしまい、労働者、労働組合の団結が崩れることは明らかではないか。
労働組合の団結を守り、要求を前進させるためには、「政党支持の自由」を尊重することが重要なことは、改めて言うまでもない。
労働組合は組合員一人一人が自分たちの要求を実現するために、自主的に参加している組織。
組合運営には「すぐれた指導者」も必要なのだが、「組合員一人一人が主人公」であり、みんなが組合運営に参加し、そして組合員の様々な意見が大切にされ民主的に運営されることが大切なのではないか。
組織のトップが、トップの立場で発言する時は、その組織の総意を代弁する者でなければならない。
そうでなければ、独善であり、独裁でしかない。
こうして整理してみると、「連合」芳野会長の言動は、労働組合「三原則」にことごとく反していると言える。
そんな人物が、労働組合の頂点に立つこと、そのことを断罪しなければならない。
芳野氏が理解出来たら、自ら会長の職を辞し、労働運動から、足を洗うべきだ。
労働運動に関わる、資質も資格も知識も無い。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/421.html#c29
え〜!そんなひどいことを言ったのか。
・・・しかし確かに、厚化粧ではある。
流石に、作家を騙るだけはある。眼力に衰えはなかったようだ。
一方、厚化粧にも一層磨きがかかっている。
「どうらん」の厚さが、半端ない。
作り笑顔でも見せようものなら、「どうらん」を越えて、皺が顔を出す。
放っておくと、どうらんが渇いて、漆喰が剥がれるように、ぱらぱらと落ちてしまう。
対策は、「笑わない、表情を変えない、短時間で切り上げる。そして、ステイホーム」だそうだ。
石原氏が、存命なら、なんて言っただろうか。
亡くなる前に、取材しといてよ。
真っ先に弔問に駆けつけたことも、単に行先を聞きたかったんじゃないの?
「地獄?、天国?」
まさか、「私綺麗?」はないだろうし。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/422.html#c23
今の「連合」を見ていれば、誰でもそう思う。
「自民党」を見ていても、そう思う。
少ない今だからこそ、人を選ぶべきなのに・・・
うふふふふ。油断大敵。
政治と男の心は、一寸先が闇。
あたしゃ、知ら〜ん。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/426.html#c18
で?、だからどうだと?
「コロナのこの2年間の累積死亡者数は1万8784人(1月31日現在)。」
充分、多いじゃないか!、何人命を落とせば、多いことになるんだ?
人の命は、人、夫々にとって、たった一つしかない、掛け替えのないものだ。
一人5回までは大丈夫で〜す、と言うものではないことを忘れていないか。
三枝氏は、コロナが、指定感染症であることを忘れているか、意識して論点から外しているのではないか。
指定感染症が問題なのは、自分が感染すると「被害者の立場」になるが、同時に、ほかの健康な人に対して、感染させるという「加害者になり得る立場」に追いやられる。
という2面性を持っていることではないか。
「被害者の立場」のみでの議論ならば、死んじゃう人は少ないよ〜、で済ませる論はあってもいいのかもしれない。
人夫々自由を満喫すればいい。
死ぬ確率は少ないから、自由をえらび、死んでも運が悪かったと思えるならそれも自由だ。
しかし、「加害者になり得る立場」に立ってする議論はそうはならない筈だ。
人は誰も、他人に「害を加える自由」など無いからだ。
しかも、死亡率は「ゼロ」でない限り、自身が感染させた人が、そのことで命を落とすかもしれない。
そう想像力を働かせるべきではないのか。
他人に対する責任感、他人の不幸に対して共感する優しさも無いのではないか。
>47氏
私は「真正保守」という言葉の意味が理解できていない。
同じように、「左の維新」という言葉の意味も理解できていない。
使っている人も、この板では何人いるか・・・。
2つのIDを使い分けてる人を数に入れても、片手にもならない。
そんな言葉は目にすることはあっても、意味するところを説明したものを、目にしたことが無い。
この言葉を使っている本人も、意味も分からず使っているのではないかとすら思う。
どこかの、本か、板で目にして、気に入ったので、意味も分からず、使っているか、意味も無く2つの単語を繋げただけか、どちらか・・・。
ここまで言われたら、絶対説明があるよね、普通なら。
「真正保守」って何ぞや?
「左の維新」って何ぞや?
楽しみ。もう少しで、二つの疑問を解消できる。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/421.html#c49
奴らの常套手段が、ここでも顔を現したと、警戒すべきだ。
人が「狂気に対して、感じる、言いようのない恐怖」を利用した、言論封殺、非難の封殺が、彼らの狙い。
大石氏は、単に「見せしめ」。裁判の結果は眼中になし。
裁判沙汰で騒ぎ、国民に恐怖を与えることで、既に目的は達せられたと言える。
どんなに理不尽であっても、裁判所の裁定が出るのは、ずっと先のこと。
それまでは、自分の言い分が正しいと、いい繕える。
そのうちに、国民の記憶にも残らず、何時しか消えていく。
有田芳生議員の例を見るまでもない。
そんなことがあったことを覚えている人は希少だろう。
国民の記憶に残るのは、「裁判沙汰」という事実。
国民の心には、改めて「狂犬」は怖い。
そして、「触らぬ神に祟り無し」が静かに、蔓延していく。
言ってみれば、「やったもん勝ち。」「言ったもん勝ち」
しかも、「虚偽告訴罪」が成立しない、民事での訴え。
自分の安全はしっかり確保して・・・。
あくまでも汚い。どこまでも汚い。犬畜生にも劣る振る舞い。
奴らの言動を見れば、皆そんなもんでしょ。
良心はおろか、「恥」の文化も無い。
まさに、「恥知らず」
そう言われても、彼らにとっては、馬耳東風。
「やったもん勝ち。」「言ったもん勝ち」が、止められない。
大阪の文化がそうさせるのか、
大阪での成功体験が、そうさせるのか。
こう言っても、彼らにとっては、馬耳東風。
「やったもん勝ち。」「言ったもん勝ち」が、止められない。
笑ってばかりはいられない。
どうせ裁判は、代理人しか出てこない。
奴らの目的は、既に達せられた。
大石氏の「脅しに屈しない」「狂気に負けない」「理不尽は許さない」そんな姿勢を国民に見せ続けることが、大切。
大石氏がそんな人だったことが、唯一の救いではないだろうか。
笑ってばかりはいられない。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/432.html#c34
大多数の国民も、普通に考えればこうなる。常識人ならば・・・。
しかし、立憲民主党にかかれば、
「これまでの関係については白紙ということを、我々は宣言している」
となってしまう。
何時、誰が、何処で、誰に、どうやって、「宣言」したというのだろうか。
「宣言」とは、
「個人や団体などが、その意思・意見・方針などを、広く外部に表明すること。」
とある。
この場合の「宣言」は、公党間の約束に関するものを、白紙にするというもの。
公党の立憲民主党は、誰が、どのようなプロセスで、公党の「意志」を纏め、どのような「権限」を根拠に、宣言を発したのか。
まさか、個人の見解でもあるまいに。
立憲民主党としては、まず、そのことを明確にする必要があるのだろう。
関係する他の公党、および、市民団体と何の協議も無く、一方的に宣言したのであれば、論評にすら値しない。
しかも、「白紙」にするなど、BSフジが最も喜びそうな「宣言」を聞き洩らすはずもないのに、「これからどうするんですか?」と聞かれる始末。
それでも「我々は宣言している」と答える。
「・・・広く外部に表明出来てないから、質問されている」と思わないのだろうか?。
不思議な集団だ。常識と言うものを持ち合わせていない。
共産党に対してさえこんな具合だから、れいわ新選組、社会民主党、そして、市民団体にも、一言も説明は無かっただろうことは容易に想像がつく。
「「連合」の芳野友子会長は「『白紙』の意味について明確にするべきではないか」と注文をつけた。」
そうだが、
間違っても、「連合」への報告が先にならないようにね。
共産党、れいわ新選組、社会民主党、そして、市民団体への説明、いや、協議が先でしょ。
それが、世の中の常識と言うものだ。
4党首の嬉しそうな顔が、思い起こされる、いや、思いやられる。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/433.html#c28
福島みずほ党首:「やった〜!嬉しい!、私、頑張る!ね!」
志位委員長 :「やっと一本の旗が立った!。皆さん!、一緒に頑張りましょう!」
太郎君 :「やってやろうじゃないか!。暴れて見せようじゃないか!」
枝野元代表 :「や、や、や、・・ 止めれば良かったかなぁ〜。俺!、共闘なんて言ってない!し。」
これって、何年前の画像だ?
立憲民主党にとっては、消したい一枚。消せない一枚。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/433.html#c38
こうしてどんどん自宅放置者が生み出され、棄民政策が、正当化されていく。
第2次世界大戦のときに、ナチスは当初はユダヤ人を峻別し、収容所送りにしていたが、最後は、連行されてきた人を、無差別に収容所に送るようになった。
そんなナチスと、やってることは大差がない。
ナチスが滅びる断末魔の一断面だったのだろうが、日本の滅亡を暗示しているようで、不気味だ。
建設コストが「ゼロ」の自宅という名の「収容所」。
医療の提供も、もちろん不要。
政治を偽装し、データーを偽装し、医療までも偽装する。
そして、偽装するものが無くなった。
残っているのは、死因の偽装。
流石は、新自由主義ではないか、新資本主義ではないか。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/445.html#c15
「連合」芳野会長の独善か、独裁かは分からない。
労働組合「三原則」の一つ「政党からの独立」を自ら破り、「政党支持の自由」を尊重することなく、特定の政党を押し付けるようなことをすれば、労働者、労働組合の団結が崩れることは明らかではないか。
既に、立憲民主党と、国民民主党の支持を強いることにより、股裂き状態になって、団結が崩れていることが、その証左だ。
したがって、「連合」芳野会長が今のような偏向的言動を続ければ、「連合」という組織は、「分裂」のエントロピーが益々増大し、いずれ、内部から崩壊し、分裂する。
外圧で解体するまでも無い。
外圧を加える、そんなことをすれば、「政党からの独立」を侵す事にもなり兼ねない。
国民としては、「連合」の崩壊を契機に、労働組合まで消滅するような不幸だけは避けなければならない。
一方、今の立憲民主党には、2つの理念と基本政策が混在してしまっている。
原発問題(廃止か、存続か)
消費税の問題(増税か、廃止か)
憲法の問題(改憲か、護憲か)
安全保障の問題(集団的自衛権は、是か否か)
これらの基本政策を、ほとんど「1か0かで発信」しなければ、国民は理解できないし、自公政権の対立軸ともなり得ない。
そのうえで、理念、基本政策に賛同する人達を糾合すればいい。
連合にしても、基本政策に賛同して貰えるなら、支援を有難く受ければいい。
支援を得るために、理念や基本政策を変えるのは、本末転倒でしかない。
その時初めて「去る者は追わず、来たる者は拒まず」ではないか。
それを、分裂とは言わないし、野合とも言わない。
候補者の半数を女性にするというのも、そのこと自体が目標になってしまったとしたら、トンチンカンな話だ。
女性の国会議員を半数にするというなら、理解は出来るが・・・。
それにしても、候補者を公募すると言うが、立憲民主党の理念、基本政策が混とんとしていて、一つの旗が立てられていないのに、公募する人は、立憲民主党のどの部分に賛同して、馳せ参じるのだろうか。
同志を糾合するというなら、まず、明確な旗を示し、立てる必要がある。
そのうえで、「去る者は追わず、来たる者は拒まず」ではないか。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/439.html#c22
「カビ」は目に見えないものの方が多い。
貴重な国会の予算委員会で、「カビマスク」の再利用講座がやられるとは、とても現実のことと、俄かに信じられない。
しかも、最も衛生が大切とされる「産着」に「カビマスク」再生、まさかSDGs?。
流石の大阪でも、このギャグか、ブラックジョークはひくでしょ。
「誰か・・・ほっぺをつねってみて。」
「知らんがな。」
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/444.html#c37
>30氏の解説に寄れば
>「新選組」は、幕府の体制維持のため、現代の「警察庁」長官にあたる、京都守護職の会津藩主・松平容保の庇護のもとで発足しました。
会津藩主・松平容保は知ってる。あの「白虎隊」の、お殿様だった人だ。
最後まで薩長軍と戦った人だ。
私から見れば、最後まで、徳川幕府に対して「信に生き」、「義に生き」、「仁に生き」、そして「義に死んだ」ひとだ。
現在の「警察庁長官」にあたる職にもあったのか〜。
さぞ立派な人だったんだろう。
それに比べて、現在の日本の警察官のトップ「警察庁長官」は、「あの人」。
詳しくは書かないが、「あの人」で通じてしまう、松平容保よりもずっと有名な人。
喜ぶべきや、悲しむべきや、恥じ入るべきや。
そんな、善悪の区別も付けられない令和の社会に、忽然と生まれた「れいわ新選組」。
名前はどうでもいいのだが、そういう集団が生まれた、そこに、何かの暗示を感じるのは私だけではないだろう。
彼らもまた、国民に対して、「信に生き」。「義に生き」、「仁に生き」ている。
その姿を映し出しているのが、彼らの滅私奉公な行動。
そんな姿に、感動し、賛同し、突き動かされているのが、正義感に溢れた若者達、そして大勢のボランティア。
これまで、どろどろした社会と人間を目にして生きてきたが、ここに来て人間の美しさに触れることが出来た思いだ。
私にはとても真似は出来そうもない。
だからこそ、応援したくなるのだろう。
「れいわ新選組」
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/439.html#c31
「なんだこの雑なアンケート。。。」
>19氏へも、1票
久し振りに賛同。
上沼恵美子「私は絶対にオベンチャラ言わない女だけど、100年に1度の危機の時に吉村知事がリーダーで良かったと心から思う。目を見ればわかる。本気で実行力があって。付いていこうという気になる」「そら人気出るわ」
私は絶対にオベンチャラ言わない女だけど、→これから言うのは「オベンチャラ」宣言。
更に、「私は、「嘘」は言うけど、オベンチャラは・・・」か?
「目を見ればわかる。本気で実行力があって。・・・」
目を見てわかるのは、本気ではなく、その人が、正気か狂気かどちらか。
この場合、分かったのは、「狂気」
「本気で実行力があって。」は、「平気で高齢者を死に追いやる実行力」
「付いていこうという気になる」は、「死神に取り付かれたという気になる」
「そら人気出るわ」も、スタジオの中だけの話。
私、人気のある、「アイドル」・・・言ったもん勝ち。
「そら、血の気ひくわ」は
大阪では、公共の電波を使って、こんな嘘が、垂れ流されているのか〜。
非難を浴びないように、巧みに、「しゃれ」で包み隠して。
公共の電波も、大阪の狂気に触れると、たちどころに、「凶器」に変わる。
怖ろしや〜。
いや、その前に「医療が非常に逼迫」したのは誰のせいだ!!
「知らんがな。」とは言わせない。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/451.html#c13
広島空港なら、こんな感じ?。
道産子は、なまら優しいからね。
あ〜、こわいわ。
そ〜だね。
釧路まで来て、迷惑かけんな。
「ふざけんな!」
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/442.html#c30
釧路の人に迷惑かけんな。
「ふざけんな」
BY 田舎が釧路の人
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/455.html#c23
政府も行政も、何もしない。
手すら上げない。
国民は、検査も出来ない、入院も出来ない。
コロナに喉をやられて、声すら上げられない。
吉幾三「俺らこんな村いやだLv.100」替え歌
理性が無ェ 正気じゃ無ェ
人かどうかもわから無ェ
油断も無ェ 隙も無ェ
コロナ 毎日ぐーるぐる
朝起きて 飛びつかれ
喉を噛まれる散歩道
薬も無ェ ワクチン無ェ
生き抜ぐためには こさぇねば無ェ
俺らこんな国いやだ
俺らこんな街いやだ
生き抜いて帰るだ
生きて帰ったら 銭コァ貯めて
田舎で家買うだぁ
(YOU ARE DEAD!)
(あ〜ヨイショ)
検査も無ェ 隔離も無ェ
治療もそれほどやって無ェ
ホテルも無ェ ベッドも無ェ
保健師毎日ぐーるぐる
朝起ぎで 犬連れで
生きてる証の散歩道
電話も無ェ メールも無ェ
コロナ患者は数多いる
俺らこんな国いやだ
俺らこんな街いやだ
生き抜いて帰るだ
生きて帰ったら
銭コァ貯めで
田舎で嫁っこ、探す〜。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/448.html#c32
例え話で言えば、
「俺、立憲民主党支持なんだ!」
「え〜!、本当!、私も立憲民主党支持よ!偶然ね❤。」
「どんなところを支持してるの?」
「俺は、原発廃止、と消費税減税、と言ってるところかな・・・。」
「ん?、私は、原発存続と、消費税の増税と言ってるところ・・・???」
「???、立憲民主党って、どっちだっけ?」
「あ〜、わかんな〜い」
「駄目だこりゃ!、見直そう〜っと」
これでは、支持したくても支持出来ないし、支持率も上がりようがないではないか。
私も、今は立憲民主党支持ではない。理由は右に同じだ。
敢えて言えば、未だに「オリジナル民主党」の夢を捨てきれない、未練がましい人と言える。
そういう夢を追いつつ、見つけるまでは、居場所は無党派層かな。
一方の「連合」についても、植草氏は、「今の連合」の実態を見切っているということなのだろう。
思い起こされるのは、結果的に、野党結集ではなく野党分断に動いた「希望の党」騒動。
「希望の党」設立の構想を主導したのは誰だったか。
「都ファ」の小池百合子、当時の民進党代表の前原誠司、一足先に民進党を離党した細野、そして、当時の「連合」会長の神津。
枝野氏らを、安保法制への対応で「踏み絵」を実行し、「排除」した彼らを、忘れるわけにはいかない。
しかも、そこに、「連合」の神津が一枚噛んでいるどころか、深く関わっていたとは・・・
トホホではないか。
後釜におさまった「連合」会長の芳野までもが、今尚懲りずに、くっつけ、離れろ、「排除」しろ。
私の言う通りにしろ。さもないと、支援しないと、未だに「踏み絵」をちらつかせ、脅しと、恫喝三昧。
「連合」の本分は、労働組合としての、労働運動のはずだ。
労働組合の三原則にある、「政党からの独立」を自ら侵し、恥じることを知らない。
そんな連合の「連合は共産党とは相いれない」との言葉に、唯々諾々と頭を垂れて、共産党との「これまでの関係については白紙ということを、我々は宣言している」と口走る代表。
何時、誰が、何処で、誰に、どうやって、「宣言」したというのだろうか。
公党の立憲民主党は、誰が、どのようなプロセスで、公党の「意志」を纏め、どのような「権限」を根拠に、宣言を発したのか。
代表個人の意見を、公党の総意として表明したとしたら、事は重大ではないか。
関係する他の公党、および、市民団体と何の協議も無く、一方的に宣言したのであれば、なお更ではないか。
立憲民主党は、正々堂々と、一つの理念と基本政策を明確にし、国民に、労働者に訴えればいいではないか。
「連合」傘下の労働組合員には、「政党支持の自由」が認められているし、そのことを労働組合存立の要として、大切に守っている筈だ。
今、立憲民主党が問われているのは、「自主自律の気概」ではないのか。
「「連合」の芳野友子会長は「『白紙』の意味について明確にするべきではないか」と注文をつけた。」
そうだが、
立憲民主党から、答えた風も無い。恥ずかしくて答えられない。のだろうか。
まるで、「左の維新」の意味について明確にするべきではないか」と言われて、
恥ずかしくて答えられない。
それと同じではないか。
そんな恥ずかしいことはない。
無責任とも言えよう。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/456.html#c22
定期航空協会2021年07月16日
新型コロナウイルス感染拡大防止のための、お客様へのお願い(マスク等の着用について)
定期航空協会は、航空分野における新型コロナウイルス感染拡大防止を図るため、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議において出された「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(2020年5月)に基づき、国土交通省航空局ならびに医療関係の専門家にご確認いただき、提供するサービスの場面ごとの具体的な感染予防のためのガイドラインを作成しており、これを踏まえ、感染拡大の防止に向けて、空港・航空機をご利用のお客様へマスクの着用や発熱(37.5度以上)時の利用自粛等をお願いしているところです。
お客様に安心して飛行機をご利用いただくためのお願いとして、昨年よりマスク等の着用に関するご案内をしておりますが、ワクチン接種後についても引き続き、空港・飛行機内ではマスク等の着用をお願いいたします。なお、ご利用の航空会社のホームページなどで、随時掲示等をして参ります。
感染拡大防止に向けて、全てのお客様により安心してご利用頂けるよう、ご理解とご協力をお願いします。
こんなものを掲げるまでもなく、彼らの、これまでの主張、行動を知れば、明らかに、確信犯であることがわかる。
彼らに決定的に欠落しているのは、「公序良俗」という社会規範を守るという常識。
「公序良俗」
公序良俗とは、公の秩序又は善良の風俗の略であり、これに反する法律行為は無効とされる。 ローマ法以来、すべての法制の認めるところであるが、個人意思の絶対を尊重する法制の下においては、個人意思を制限する例外としての地位を与えられたにすぎない。 ウィキペディア
また別な記述もある。
公の秩序と善良な風俗のこと。社会的な妥当性が認められる道徳観のこと。民法九〇条では、これに反する内容の法律行為は無効とされる旨を規定している。
つまりは、
人権尊重を絶対とする考えの下においても、個人意思を制限する例外として、消すことが出来なかったという、法に優先する不文律。
法律を振り回しても、駄目なものは、駄目だということさ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/455.html#c44
あれも、これも、後手後手と言われて、思い詰めてしまったか〜。
どうして、こうなってしまうのだろう。
どう考えたら、こうしようということになるのだろう。
笑うしかないのか・・・?
怒っちゃだめなの?
霞が関では、夜を徹して考えた結果の、満を持して出した答え。
絶望。ここでも、薬がない。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/461.html#c17
大阪の実態がこれほど酷いものだとは、当の大阪府民も、俄かには信じられないのではないか。
正に、「唖然茫然」の形容が相応しい。
しかし、大阪府民以外は、意外と驚きは無く受け止めている。
それは、大阪が理由も無く、全国ワーストの汚名を拝している訳ではないからだ。
そのことは、ある事実と他の事実との間に「原因と結果の関係」、いいかえれば、ある事実から他の事実が引き起こされたという、「因果関係」の概念で捉えることが出来る。
大阪府民は、その「何故?」に目を向け、気付かねばならない。
その「何故?」を突き詰めていくと、常に、「維新」の「政策の誤り」に行き着く筈だ。
大阪の外から見ると、そのことは、ずっと以前から明らかだった。
その政策の誤り、失敗が、コロナ禍を契機として噴出していると言うことだ。
大阪府民は、そのことに気付かなければならないし、気付いているのに、気付かない振りをしてもいけない。
維新を選んだのは府民。
そんな府民から、今も聞こえる、阿鼻叫喚。
自業自得と切り捨てるには、忍びない。
何とかしてあげたい。してあげなければ・・・。
「浪速のスーパースター」を追いかけてる暇など有りはしない。
既に、コロナにとりつかれも、入院先すらなくなっている。
自分達が、コロナに追いかけられ、守ってくれるはずの「医療」が壊されていたことに気付かなければならない。
政府も、「広域火葬計画」の支持を出した。
どういう訳か、これだけは先手だ。
喫緊の課題として、大阪府が対象になっていることは明らかだ。
一度壊されてしまった地域の「医療」を回復し、再建するには、30年を越える、長い時間が必要だろう。
しかし、行動を起こさなければ、何も始まらない。
まず、手始めにすべきことは、A級戦犯たる「維新」の追放でないか。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/460.html#c39
「広域火葬計画」の支持を出した。→「広域火葬計画」の指示を出した。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/460.html#c40
彼らが飛行機を降ろされた理由を改めて確認しよう。
記事によれば、
「・・・2人は客室乗務員の説明を遮り、『マスクの着用は強制できないはずだ』と大声を上げ、威圧的な態度を取ったため、警察官を呼び、一緒に降機してもらいました」
とある。
この記事の内容を信じ、素直に読み取れば、
乗務員の説明を聞こうともせず、・・・大声を上げ・・・威圧的な態度を取って、乗務員ばかりでなく、乗客にも、不快と恐怖を与えたために、警察官の助けを借りなければ収拾できない状況になった。
となるのではないか。
マスクを装着していなかったから飛行機を降ろされたのではなく、乗務員ばかりでなく、乗客にも、「不快と恐怖」を与えたためということではないか。
ここでの恐怖は、「狂気に対して感じる、あの恐怖だ。」
何をされるか分からない・・・という、恐怖。
もし、こんな騒ぎを8000m上空の機内で起こされたとしたら、私なら、遺書を書き始めていただろう。
飛行機を降ろされて当然だ。
どんなに立派な主義、主張であっても、「法」は勿論、「公序良俗」という社会規範に反する手段をもって実行する権利はない。そんなことは許されない。
動機が「自分達の存在を顕示したい」だけだとしたら、迷惑でしかない。
湧き上がってくる、怒り、と虚脱感を抑えきれない。
少なからず、こんな人達がいることが、哀しい。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/455.html#c68
私が探してたのは、つける薬だったんですが・・・。
イベルメクチンも、大臣が一度は、コロナに対する効果を認めたし、一企業とはいえ、治験での効果も報告されているのに。
・・・承認しないことに対して、不満で、理解が出来ないのは、同感です。
厚労省として確認出来ないなら、自分で飲んでみればいいのにと思う。
「馬鹿」に効けば、コロナには絶対効きそうじゃないですか。
付ける薬ではないけど、新薬見つけた〜。って。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/461.html#c31
選挙の度に、櫛の歯が抜けるように、議席を減らす。仲間を減らす。
まるで、穀潰し。
溝に捨てたに等しい、国民の貴重な数千万票。
あ〜、勿体ない。
いま一番楽しみにしていること。
先の総選挙の時に、野党4党と、市民連合の間で交わした政策協定が、夏の参議院選挙で、立憲民主党の公約に、何項目残るか。
立憲民主党の将来を占う、「リトマス紙」、となる。
その時まで、立憲民主党が、「あれば」の話だけど・・・。
分裂しようが、しまいが、立憲民主党の存亡の危機にあると、思わないのだろうか。
何時までも、惰眠を貪ってるんじゃね〜ぞ!
いい加減、目を覚ませ!。
参議院選挙は、もう、すぐそこに来てる。だろ〜!
もう一つ楽しみがあった。
忘れるところだった。
今度の参議院選挙でも、
れいわ新選組の「山本太郎」と日本共産党の「池内さおり」のコラボを見てみたい。
実現したら、きっと、希望が湧いてくる。
「多くの子供たちが甲状腺がんに苦しみ」の記述のどこが「科学的事実」に反していると言っているのか分からない。
細野氏の言う、「科学的事実」とは何ぞや?。だ。
「多くの」子供たち・・・の「多くの」の記述か?
多くの「子供たち」・・・の「子供たち」の記述か?
が「甲状腺がん」に苦しみ・・・の「甲状腺がん」の記述か?
が甲状腺がんに「苦しみ」・・・の「苦しみ」の記述か?
どの部分がを明示し、そのことに付いて「科学的事実」を示して、反証すればいい。
細野氏の言う、仰々しい「科学的事実」などどいう言葉は、ここでは何の意味も表していない。
ちなみに、
科学的な事実とは、同じ条件の下で同じ手続きに従えば誰がやっても同じ出来事が生じるという事実のこと。 科学的事実には再現性がある。
だから、科学者は、誰もが、実験ノートを大切にする。
細野氏の言うことが、へんてこりんなのが、分かるというものだ。
だけど、間違っても、再現させようなんて考えないでほしいわ。
原発再稼働を目論むグループが、「世界の人類が最大限の危機感を持って阻止しようとしている地球温暖化問題」を人質に取って、ごり押ししようとしていることは許せない。
今や、ドローン技術が進歩し、GPSの技術と組み合わせて、何時でも、何処へでも、所定の荷物を、所定の時間に、安全に届けることが出来る時代になった。
その場所が、遠くにある原発であっても、指定さえすれば、科学技術は、忠実に荷物をお届けする。
届け先に設定されるのは、変電所と、非常用電源。
そして「ババ〜ン!」「ドド〜ン」・・・「パラパラパラ」「・・・・・・」
高価なミサイルを使うまでも無い。
そのことを改めて、念頭に刻み込む必要が有るのではないか。
原発の安全は、あくまでも「神話」。
福島第一原発が、科学的事実として、証明して見せてくれた。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/482.html#c2
しかし、細心の注意が必要だ。
参考になるかどうかは分からないが、以下に記す。
サイコパスとは、反社会性の人格を持った人格障害の1つ。和名では『精神病質者』といわれている。
対処法は、「関りを持たない」ことが一番らしい。
残念ながらサイコパスには、話しても理解されない。
そうもいかない人の為に・・・
サイコパスが嫌う人は以下のパターン。
ひたすら逃げる人
冷徹で薄情な人
権力にこびない人
同調せずに突っぱねる人
話に全く取り合ってくれない人
極めて冷静でドライな人
嘘が通用しない人
サイコパスの特徴を知り尽くしている人
サイコパスの弱みは以下の通り。
孤立しやすい
自由を奪われると何もできない
根気がなく継続力に欠ける
サイコパスに捕食されやすい=利用されやすい人は以下のパターン。
責任感が強い人
自責意識が高い人
耐えることを美徳とする人
「敵を知り、己を知れば、百戦して殆(あや)うからず」 『孫子』。
各々方、努々、油断召されるな。
サイコパスの特徴は割愛します。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/485.html#c28
合掌・・・
《だめだこりゃ 岸田ショックの日経大暴落で資産失った国民可哀想です》
わしも、その可哀想な人の一人です。
資産という程のものではないけど、受けたショックだけは、人一倍大きい。
受けたいのは、援助なんだけど・・・
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/484.html#c33
国家公安委員長「カネは配ったけど買収じゃない」。
警察庁長官「逮捕を逃れさせたけど、犯人隠避じゃない」
検事長「賭けマージはしたけど、賭博じゃない」
泥棒を見つけて、「誰か!、警察呼んで!」と叫んだら、「俺のこと、呼んだ?」と泥棒が振り向くの図。
吉本でも、使えそうにない、ギャグ。
笑えない。
警察と検察が、そろって、悪の巣窟だと、すべての国民が知っている。
マスコミだけが、知らないふりをしているだけ。
どちらも、子供には見せられない、醜悪な所業に違いは無い。
こんな奴らは、邪魔者以外の何物でもないわ。
こんな組織は、邪魔物以外の何物でもないわ。
自衛隊は、少なくとも、災害被害の拡大を阻止しようと出動する。
警察は、デモの拡大を阻止しようと出動する。
どちらの存在が、「国民の為」になっている?
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/487.html#c23
この道はいつか来た道
ああ〜、そうだよ〜ぉ〜
まやかしの策に泣いてる〜
政府・行政は第5波までの感染拡大に、何も学ばなかったのか。
第5波では、自宅放置された人達の中から大勢の死者を出してしまったではないか。
自宅に放置したことを、忘れたのか。
ホテル療養も機能せず、自宅療養も言葉だけで、実態は患者の人数が多すぎて、日々の健康観察のフォローすら出来ていなかったではないか。
忘れたのか。
自宅療養者が、保健所に電話しても、繋がらなかったではないか。
忘れたのか。
救急車を呼んでも、すぐには来てくれなかったではないか。
やっと来てくれたとしても、病院に運んでくれなかったではないか。
忘れたのか。
第6波は、感染者は第5波よりもさらに多くなる予想が言われている。
ということは、自宅療養者も5波の数倍、下手をしたら数十倍に上るのではないか。
とても、個別に健康観察など出来る筈もない。
出来もしないことを、やれるようなことを言わない方が良い。
それは、「まやかし」でしかない。
そんな「まやかし」ではなく、愚直に、大規模な療養施設を作って、人を含めた医療資源を集中し、患者の誰もが、医療の目が行き届く環境で回復を待つことが出来るようにするべきだ。
そのことが、家庭での感染拡大を防止することにも繋がっていくことになる。
「喉元過ぎれば・・・」で過去の経験を忘れてしまったなら、再び「恐山のイタコ」に「口寄せ」をお願いするしかないか。
恐山のイタコに会って
単身赴任で東京勤務だった夫の霊を口寄せして貰った。
夫の亡くなる直前の生活が、どうしても想像できず、知りたかったからだ。
イタコの口から、私を呼ぶ夫の言葉が発せられた。
「俺が発見されたのは、死後何日目だった?」
死後3日目。早く気が付かず、御免なさい、と謝った。
「3日か〜。ギリギリだな。嫌な思いをさせたな。ゴメン。」
「ところで、お腹のこどもは元気か?男の子かな?それとも女の子かな?」
「俺は、お前に似た、女の子がいいなぁ。きっと美人になる。」
私は、どうしても聞きたかったことを、聞いた。
どうして、連絡くれなかったの?
保健所からの電話にも出なかったの?
「それは〜。みんな、「軽症」とか「療養」という言葉で、自己暗示にかかっているんだと思う。俺もそうだった。油断してたというか・・・」
「第一、医者の診察を受けてた訳ではないもの。軽症ですねと言ったのは、保健所のおばちゃん・・。か、容体を聞かれた俺」
「俺も、あの日の朝、目が覚めたときは、熱は少し高かったけど、少し息苦しい程度だった。」
「だけど、何の前触れもなく、突然、本当に突然に、息が苦しくなって、布団の中で藻掻くしか出来なくなったんだ。」
「途中、遠くで電話が鳴ったのを、聞いた気がするけど、出ることなど、とてもできなかった。」
「急にそんな状態になってしまって、救急車も呼べないし、お前にも電話出来なかった。本当に、ゴメン。」
「これから苦労かけてしまうね。元気な子を産んでくれ。」
「おれは、もう戻るけど、機会があれば、政府と行政の偉い人に伝えてくれ。」
「自宅療養は、無くさないと駄目だ。絶対に」
「俺みたいのが既に200人も出てるんだろ。この後何人死ねば気が付くのかと。」
私は口ごもり、自公政権の間は・・・と言いかけた。
夫は、「せばだばまいねびょん」
何故か、そこだけは、津軽弁だった。
私の不満を、夫が人に分からないように、代弁したんだと思った。
「ばくせ・・・」
・・・
「へばな」
再掲ここまで。
そう思っていたら、6波では・・・
検査もしない。
診察もしない。
健康観察も、自分でしろと。
保健所にも電話するな。
救急車も呼ぶな。
家でジッとしてろ。
これって、「医療」とは言わないでしょ。いくら何でも。
なんかで見たことがある。「医療難民」。それだわ。
今では、「検査難民」が旬らしい。
年金から、健康保険料はしっかり、取られてるのに。
やっと、来たかと思ったら、「お迎え」なんて、それだけは、ご勘弁を。
どうしても連れて行くというなら、保険料をしっかり戻してからにして。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/490.html#c19
そういうアンタも、メディアに養われている一人じゃないのかい?。
何時も、自分を外野に置いて、「高みの見物」を決め込むようでは、いいジャーナリストにはなれないぞ。
敵愾心の有るジャーナリストだったら、橋下の過去の言動を、洗いざらい書き上げて、どれほどの人々を傷つけ、名誉を毀損してきたかを、公衆の前に曝け出し、公衆の面前で、断罪すべきではないのかい。
彼の言葉の暴力、パワハラは、枚挙にいとまがないだろうし。
自分でも言ってるでしょ。
「橋下徹のこれまでの発言についても同時に検証される必要があるのだろう」って。
大石氏の今の国会議員という立場では、対抗処置は自ずと限界があるわけだから・・・。
それに比べて、ジャーナリストとしては、ペンの力を振るう絶好の見せ場ではないのかい。
ジャーナリストならね。
やってみな。応援するよ。
しかし、細心の注意が必要だよ。
参考になるかどうかは分からないが、以下に記すね。
サイコパスとは、反社会性の人格を持った人格障害の1つ。和名では『精神病質者』といわれている。
対処法は、「関りを持たない」ことが一番らしい。
残念ながらサイコパスには、話しても理解されない。
そうもいかない人の為に・・・
サイコパスが嫌う人は以下のパターン。
ひたすら逃げる人
冷徹で薄情な人
権力にこびない人
同調せずに突っぱねる人
話に全く取り合ってくれない人
極めて冷静でドライな人
嘘が通用しない人
サイコパスの特徴を知り尽くしている人
貴方は、どのタイプかな?。全部当てはまれば、凄い。
鬼に金棒。
ジャーナリストにペン。
悪からは嫌われるジャーナリストたれ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/492.html#c3
コロナが最初若者を攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は若者ではなかったし、重症者も少なかったから
彼らが子供たちたちを攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は子供ではなかったし、軽症か、無症状が多かったから
その後、多くの高齢者が重症病床に入れても貰えず、次々と亡くなったときも、私は声をあげなかった
私は高齢者ではなかったし、亡くなったのは、多くが高齢者だったから
そして、彼らが私を攻撃したとき
私のために残された病床は無く、唯ひとり自宅で死と向き合うしかなかった。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/493.html#c30
※2 連合の政治方針(附則)推薦基準
(a) 略
(b)人格、識見、行動が、連合の推薦候補者としてふさわしいと判断される候補者を選択する。
そしてこう思った。
「人格、識見、行動が、連合の幹部としてふさわしいと判断できない人に言われてもなぁ〜、何だかなぁ〜」と。
みんな、きっと、けつ拭いて、そのままトイレに流したんじゃないの。
便秘も解消して、スッキリ・・・。って。
労働組合「三原則」の一つに、「政党からの独立」というものがある。
労働組合の団結を守るために「政党支持の自由」を尊重することが重要なことは、改めて言うまでもない。
それを特定の政党を押し付けるようなことをすれば、政党支持の違いに応じて組合を作らなければならないことになってしまい、労働者、労働組合の団結が崩れることは明らかではないか。
「連合」自身が認めている。
「・・・組織一丸となった取り組みを呼びかけてきたが、構成組織によって支援政党が異なる状況での困難さがあった。・・・」
個々の組合員に「政党支持の自由」を尊重する以上、支持政党を強制することに無理が有ることを改めて肝に銘じ、行動の誤りを正さなければなならいのが、今の「連合」だと言える。
植草氏の言う通り、
「枝野氏は、共闘の対象は国民民主と連合であって、共産、社民、れいわとは共闘しないと述べていたのである。」
私も知ってる。確かにそう言っていた。
そして、泉氏に至っては、
そんな連合の「連合は共産党とは相いれない」との言葉に、唯々諾々と頭を垂れて、共産党との「これまでの関係については白紙ということを、我々は宣言している」と口走る代表。
何時、誰が、何処で、誰に、どうやって、「宣言」したというのだろうか。
その説明は無い。
立憲民主党よ、何処へ行く。右か?、左か?
「連合」よ、何処へ行く。右か?、左か?
話が少し逸れてしまうが、この板でも右だ、左だ、右翼だ、左翼だと飛び交うことは多い。
交通標語にもある。「右、左、急いでいても まず確認」。
以下は、参考のためにググってみたので、興味と時間の有る方はどうぞ。
「左翼・右翼とは、政治的スペクトルの一つで、政治的な立場を位置づける一般的な方法である。伝統的な意味では進歩派勢力を左翼、保守・復古主義勢力を右翼と呼ぶが、具体的な思想や範囲は時代や立場や視点により変化する。 ウィキペディア」
ここで、大切なことは、具体的な思想や範囲は時代や立場や視点により変化する。
とのくだり。
つまり、一言では語れないと言うことになる。
具体的な思想の例を挙げると、
「「左」「左翼」は、人間は本来「自由」「平等」で「人権」があるという理性、知性で考えついた理念を、世に実現しようと志します。これらの理念は、「国際的」で「普遍的」であって、その実現が人類の「進歩」であると考えられるからです。
ですから、現実に支配や抑圧、上下の身分、差別といった、「自由」と「平等」に反する制度があったら、それを批判し改革するのが「左、左翼」と自任する人の使命となります。ゆえに多くの場合、「改革派」「革命派」なのです。
また、そうした改革、革命は、支配や抑圧、身分の上下、差別によってわりを食っていた下層の人々の利益となるはずです。ゆえに「下層階級」と結びつきます。」
「対するに「右」「右翼」は、「伝統」や「人間の感情、情緒」を重視します。「知性」や「理性」が賢しらにも生み出した「自由」「平等」「人権」では人は割り切れないと考えます(「反合理主義」「反知性主義」「反啓蒙主義」)。
ゆえに、たとえそれらに何ら合理性が認められないとしても、「長い間定着してきた世の中の仕組み(「秩序」)である以上は、多少の弊害があっても簡単に変えられないし、変えるべきでもない」と結論します。
こうした「伝統」的な世の中の仕組みには、近代以前に起源を有する王制、天皇制、身分制などが含まれ、それらは大方、「階層的秩序」「絶対的権威」を含んでいます。
「右、右翼」と称する人は、それら威厳に満ちた歴史あるものを貴く思って憧れる「伝統的感情」を重んじ(「歴史主義」「ロマン主義」)、そんなものは人権無視で抑圧的で差別の温床だなどと賢しら(「知性的」「合理的」「啓蒙的」)に批判する左翼らが企てる「革命」「改革」から、それらを「保守」しようと志します。
「市場原理主義」は右か、左か
「自由」を徹底させているようだし、既得権の否定などは「平等」実現にも思える。では「左」でしょうか。しかし「格差拡大」を容認するなどは、反平等ですから「右」のようでもあります。」
一言では言い表せられない。
ウィキペディアによれば、視点によっても変化するとあるので、それに従うと、
現代の、経済的格差ばかりではなく、いろいろな場面での格差、その格差に起因する不平等と、這いあがれない弱者の存在を、正そうとするのが左翼だとしたら、私は「左」だな。
立憲民主党は、ある時は、「左」、ある時は「右」。
「連合」は少なくとも幹部は「右」だな。貴族だし。
しかし、一文字ではとても言い表せられない。
みんなも、使う時は、説明付きで頼むね。
「右、左、急いでいても まず確認」
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/502.html#c35
誰しもが思う、不自然さ。
不祥事のショボさといい、取って付けたようなニュース、放映といい、何か怪しい。
うちの社長なんかは、会社のカードを財布に入れて、何時でもそれを使って、カード決済だったわ。
領収書を貰って、後で精算と言うのは、わしらのような平社員くらいでないかい。
どう?あんたの会社では。
そう考えると、プンプン臭う。
絶対に隠したい、「不都合な真実」がある。
文春記者の稼ぎ時なのではないか。
あれもこれも、芋ずる式に出てきて、記事ネタには困らない。
何か、ドキドキする。
テレ朝の会長も今頃、ドキドキしてるだろう。
辞任した社長も、しばらくは、電車のホームに立つのは控えた方がいい。
「私は、絶対に、死んでも、死ぬ気はありません」と宣言しておいた方がいい。
それにしても、公共の電波を使っている放送局の不祥事なら、普通はこうでしょう。社会の常識は、こういう絵でしょう。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/507.html#c24
馬場氏が、菅元総理の事務所を襲った時の会話。
菅氏「第一に橋下氏と維新との関係について、まずお聞きしたい・・・」
馬場氏「橋下さんと維新とは全く関係がありません。・・・」
菅氏「橋下さんが維新の顧問とか、そういう関係もないということですか」
馬場氏「そういう時期もありましたが、今は全く維新とは関係がありません」
菅氏「例えば、弁護士としての顧問でもないのですか」
馬場氏「ないです」
維新と言うと、日本維新の会、と大阪維新の会がある。
2017年10月に、日本維新の会の松井一郎代表(大阪府知事)は26日、党法律顧問を務める橋下徹前大阪市長との契約を解消し、地域政党・大阪維新の会の法律顧問とする契約を同日付で結んだと明らかにした。
日本維新で橋下氏の肩書はなくなったが、大阪維新に形を変えて関係を続けることになる。
これをどう評価するかだね。大阪維新と言えば、大阪の府政を牛耳っている地域政党だ。
今もまだ、法律顧問として報酬を得ているのだろうか。
その法律顧問が、私人と言うのは、いかにも「嘘」くさい言い訳だ。
ましてや、大石氏への言いがかりは、大阪維新の組織を挙げての言論封殺の試みに他ならない。
本人が「私人が、」「私人だ」と強調すればするほど、「公人」の姿が、強調される。
そんな「公人」が、「私人」を騙って、テレビのコメンテータを気取るなどと言うのは、不偏・不党を金科玉条に掲げる放送人を愚弄するものに他ならない。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/504.html#c18
この記事を見て、真っ先に思い出したのが、あの言葉。あの事件。
「息ができない・・・」。
2020年5月25日、中西部ミネソタ州ミネアポリスで、黒人のジョージ・フロイド氏(当時46歳)が元白人警官のデレク・ショービン被告に殺害された事件で、フロイド氏が、必死に命乞いをした、最後の言葉。
「息ができない・・・」。
正常な人間が、正常な心理のまま実行できる行為とは思われなかった。
殺人者の警察官の平然とした表情が、より一層、狂気を感じさせ、写真を見るだけでも、恐れおののき、恐怖に震撼させられたことを覚えている。
まさか、それと同じ、まさに同じ事件が、この日本で起きていたとは、信じられない。
しかも、公権力を使って「正義」の名の下に行われているところも、米国と同じではないか。、
アメリカの警察官は、当然の如く訴追され、殺人罪で有罪となった。
日本が、法治国家であろうとするならば、当然、訴追し、裁判での裁きを下し、そして、再発防止を誓わなければならないのだろう。
公権力を使った「正義」の名の下の、暴力と、犯罪行為は、一入管のみならず、沖縄辺野古の反対運動においても、日常的にやられていることを知らなければいけないし、忘れてはいけない。
日本でも、Black Lives Matter、「BLM」運動を起こさなければならない、そんな国だったとは。
目を覆いたくなる思いだ。
しかし、この現実は、目を見開いて、しっかり見届ける必要が有る。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/511.html#c16
国対協議の枠組みで共産党除き「やり方は誤りであった」立民が謝罪撤回
[2022年2月15日15時33分]
日本共産党の穀田恵二国対委員長は15日、立憲民主党、日本維新の会、国民民主党の国対委員長代理らが国会内で14日、共産党を除く形で2022年度予算案の審議日程などについて情報交換を行い、今後も定期的に開催することを申し合わせたことついて、立民の馬淵澄夫国対委員長から謝罪撤回があり、了承したことを明らかにした。
この日午前に穀田氏と会談した馬淵氏から「国対委員長代理のレベルで共産党を除く党との協議を行い、共産党とは個別で行う、という枠組みのやり方については誤りであった」などと謝罪を受けたという。立民の西村智奈美幹事長も、共産党の小池晃書記局長に対し、謝罪撤回を重ねた。
共産党は、日本維新の会を与党の補完勢力として共闘の対象外とする。穀田氏は「維新とやることは考えていない。野党としての立場が根本から問われる」と日本維新の会を加えた国対協議の枠組みについて否定的な見解を示した。これまで野党は国対委員長による協議で国会対応を行ってきたが、昨年11月に国民が枠組みから離脱を表明した。
共産党は、夏の参院選へ向けて立民と、1人区の候補者一本化への早急な協議を求めているが「まだ正式に申し入れはない。1日も早く」(穀田氏)と、現時点では白紙だ。今回の国対協議の不協和音が、野党共闘の行方に影響する可能性も出てきた。【大上悟】
いまだに正式な申し入れは無いと言うことは、選挙区調整すらやる気は無いということだろう。
出来るだけ、「勝手連」で候補者降ろしてね。立憲民主党は、公認候補は降ろさない党なので・・・。
こんな腰の定まらない党を積極的に支持する人は、減ることがあっても、増えることは無いだろう。
人びとが最も嫌う、「右顧左眄」=「信用できない」
立憲民主党の中での、崩壊は既に始まっていると言うことなのだろうか。
謝罪はあったとはいえ、一時でも、共産党を排除する動きを、隠そうともしなくなってきたということは、・・・そういうことなのだろう。
見切り時は、もうそこまで来ているということか?
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/522.html#c15
「結果責任」
故意、過失の有無にかかわらず、結果として生じた損害に責任を負うこと。
松井市長の定義に従えば、東京の3.5倍もの死者を出してしまった大阪府政の結果責任は、一義的に吉村大阪府知事、松井大阪市長、そして、府議会与党の大阪維新の会が負うべき。と言うことだ。
正論ではないか。責任を取って貰おうじゃないか。
政治家の責任の取り方は、一つしか無い。
「故意、過失の有無にかかわらず」だから、言い訳は聞かない。
「超高齢者・・・」云々は、聞くに堪えない、言い訳に他ならない。
大阪府民は、「東京の3.5倍もの死者を出してしまった」事実を前に、その「何故か」に向き合い、再発防止を真剣に考える責任がある。
大阪の惨状を外から見ている国民は皆、既にその「何故か」を知っている。
しかし、再発防止は大阪府民にしか出来ないことも知っている。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/523.html#c15
制圧方法に「世界標準」があるとは知らなんだ。
ISOも、いつの間にか、取り扱い製品を拡げたものだ。
山口真由の「世界のスタンダード」発言と同類か、それ以下。
出来の悪い子供が、悪さをして叱られた時に、「学校では皆がやってるもん」という言い訳にもならない言い訳をしているの図。
一つの行動が、善か悪か、正か邪かを判断する時は、世界に頼らず、自分の良心に従うのが、いい。
世界に責任を転嫁しても、悪事は悪事で、何も変わることは無い。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/511.html#c23
党内のガバナンスなんてものは、既に無いのか?
あっちに、ぺっぺこ。こっちに、ぺこぺこ。
米つきバッタみたいな「醜態」を何度晒すんじゃ。
是正すべきは、そこんところじゃ。
角谷浩一氏は言う。「いったい、なにをやりたいのか立憲民主党は迷走しています。・・・もう一度、野党第1党にはなにが求められているのか、基本から考えるべきです」
多くの国民の思いも同じだろう。
迷走しているのは、立憲民主党がばかりか、国民から見ても、立憲民主党が分からなくなってしまっているというのが実情ではないか。
今の立憲民主党には、2つの「理念と基本政策」は混在したまま、混然一体となっていることが、根本原因に外ならない。
外部からは、混然一体の姿が、「混乱」となって見えている。
今回の迷走も、その一つにしか過ぎない。
そのことのみを是正したところで、今のままでは、また新たな混迷、醜態を招くだけだ。
先の総選挙の「総括」も厳しく反省も出来ず、玉虫色なオブラートで包んでしまう。
そのことを、人は「その場しのぎ」と言う。
日本維新の会を野党と捉える人が、政調会長なんかやってるようでは、成長出来る訳がない。
その結果がこれだ。
角谷浩一氏は言う。「・・・基本から考えるべきです。」
今の立憲民主党に求められるのは、「旗幟鮮明」の一言。
多少の血が流れても、断行すべきだ。
一つの政党には、一つの「理念と基本政策」が当然ではないか。
ところで、「ふざけんな!」の問題。
「佐川に負担させるろ」と「提案」し、「できません」と言われて、お終いですか?
「全容解明」は止めたのですか?
野党合同ヒアリングを止めたので、手も足も出ませんか?
「全容解明」しましょうと、「提案」しないのですか?
「あれ」で終わりなら、「ふざけんな!」
「赤木さんを、忘れんな!」
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/525.html#c30
立憲は14日に始めた国対委員長代理級の協議を、共産などの反発を受けて翌15日に中止し、共産に陳謝。協議に入っていなかったれいわ新選組にも陳謝していた。泉氏は投稿で「国会で野党各党を代表して与党側と交渉する立場として、共産を除外することも維新と組むことも、考えておりません」と釈明した。
一方、維新の馬場伸幸共同代表は16日の記者会見で「謝罪してしかるべきだ」と立憲の対応に反発。立憲が、今国会で岸田政権の新型コロナウイルス対応などを「朝令暮改」と批判していたことも指摘し、「呼びかけた方(立憲)が急にやめるわけで、あの党の皆さんは社会常識を知らない」と皮肉った。【田所柳子】」
毎日新聞の記事によれば、問題の火の手は大きく立ちのぼり、役者も、泉代表、西村幹事長、馬淵国対委員長に代わり、相手も共産党、れいわ新選組、という公党対公党の問題になっていることに、目を背けてはいけない。
共産党、れいわ新選組に「謝罪」するなら、わしらにもしろ!と、維新の「あの共同代表」からまで、「謝罪」を求められる始末だ。
挙句の果てには、「あの党の皆さん」は社会常識を知らない、とまで言われて。
悔しくはないのか?。
皮肉られているのは、国対委員長代理ばかりでなく、立憲民主党の「皆さん」なのに。
どんな肩書であろうと、公党の名前を背負って協議すると言うことは、「公党」対「公党」の関係を作ること以外に、あり得ないではないか。
党全体の問題になっているからこそ、執行部がやっきになって、火消しに走っている訳だ。
そして、それを見る国民は、「立憲民主党」はまたか〜、と思う。
決して、「国対委員長代理」はまたか〜、とは思はない。
そんなことも理解できない>10は
労働組合の三原則というものがある。
その中の一つに、「政党からの独立」というものがある。
組合員は「政党支持の自由」が保障されているということだ。
そのことを、三原則の一つに掲げて、大切に守り続けてきた筈・・・だった。
今の「連合」は、傘下の組合、組合員に、支持政党を幹部の思惑で強要してきた結果、労働組合の団結、組合員の団結、が崩れ、既に、股裂き状態になってしまっている。
これ以上、幹部の思惑で支持政党を強要すると、組織が持たない、崩壊するという危機的状況にあると言うことではないか?。
もしくは、連合幹部が、自民党に接近することへの、「免罪符」を得たいとか?。
いずれにしても、「バカな大将、敵より怖い」と言うことには変わりない。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/530.html#c15
体調が悪くなったら、自己診断で、コロナ感染を確定し、保健所に報告しようとするも、電話が繋がらないので、後回し。
数日の後に症状が和らいだら、その日から、数日経てば、自動的に「みなし治癒」で、直った〜!。
明日から会社に行ける〜。
喜んで保健所に連絡すると、「感染してたんですか?」「治癒して良かったですね。担当のお医者さんは、何クリニックの先生ですか?」
「・・診察受けてない?だれが治癒したと・・・。いやいいです。分かりました。」
そこには、医療行為は全くない。
手のかからない、楽な病気だ。
わしは、コロナに感染して、昨日亡くなった。
保健所への報告が出来ていなかったので、電話した。
「わし、昨日亡くなった者だけど、これってコロナ死ですか?」
「お名前は?、コロナの感染者には登録されていないので、コロナ死ではないですね。良かったですね。葬式して貰えますね。」
何なんだろう。何かがおかしい。
狂ってしまっている。
法大名誉教授の五十嵐仁氏のこの言葉に尽きる。
「感染拡大で自宅療養者が増え、治療が間に合わずに亡くなる人がこれだけ多くいるとすれば、これが医療崩壊でなくて何なのでしょう。医療に適切にアクセスできれば救えた命があるのです。この国の政治は何度、同じ過ちを繰り返せば気が済むのか。オミクロン株は重症化率が低いからと、楽観論にのっとって対策を怠ってきた政府の責任は重大です」(法大名誉教授の五十嵐仁氏=政治学)
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/531.html#c30
そのことを知っていながら、対策を採らなかった大阪の行政は、「未必の故意」によって被害を与えた罪に問われて然るべきではないのか。
重症で、後遺症が残ったら「傷害罪」
不幸にも、死亡させたら、「〇〇罪」
「吉村知事が急性期病床を229床も削減」
これも、229人の死者から、「未必の故意による〇人」との誹りを逃れることは難しい。
「大阪市に至っては約270万人に1つの保健所しかない」
これでは、保健所に電話しても、つながらない筈だ。
保健所に電話してもつながらずに、一人、寂しく、無念の死を迎えた人が何人いただろう。
これから何人が、そんな悲劇に見舞われるのだろう。
あれも、これも、行政が対策を打たなければ、死者数が東京の3.5倍というような、現在の状況になり得ることは簡単に想定出来ていたはずだ。
やはり、あれだ。
「未必の故意」による・・・。っていうやつ。
責任は重いよ。
そして、
テレビに出た時は、背後霊として、夜、寝た時は、夢枕に、毎晩入れ替わり立ち代わり立って、・・・。
〇〇めしや〜。〇〇むら〜、〇〇い〜、〇〇げ〜。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/536.html#c23
これは、もう、裁判に訴えるしかないか。
デモ参加者に対する、「名誉棄損」。
請求する損害賠償金額は、名誉を毀損された、デモ参加者の人数と、再発防止を徹底するために、「懲罰」を考慮し、10億円くらいが相当かな。
1億円程度だと、国民から簒奪した受信料を使って、瞬く間に「認諾」されてしまいそうなので・・・。
そうだ、思い出した。
「赤木さんを忘れんな。」
東京新聞なら、「認諾」その後を追って、記事にしてくれないかなぁ〜。
衣塑子記者の署名記事がいい。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/535.html#c4
コラボと言えば、
今度の参議院選挙では、「山本太郎」と、共産党「池内さおり」のコラボも見てみたい。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/538.html#c21
募集人員:800名。
仕事内容:入院患者エキストラ。不定期。
食事3食付き、テレビ、冷蔵庫、完備。個室
高給優遇。
資格不要。経験不要。オーディション無し。
ただし、コロナ陰性証明要。
誰でも安心して寝てられます。
あり得そうで怖い。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/537.html#c19
所謂、「特区」と同じ発想。
合法的に、特定の人間に、利益を享受させるための、魔法の仕組み。
皇室が、これに手を染めてしまったら、「お終いよ」
皇室の、今後の全ての言動が、同じように「利益供与」と見られてしまう。
目先の利益に、目が眩んだか。
天皇は、日本国憲法において日本国および日本国民統合の象徴と規定される地位、またはその地位にある個人。
日本国民あっての象徴であるべきはずが、特区の象徴になってしまう。
阿修羅を開いたら、気分が悪くなった。
常軌を逸した、狂気の連投。誰のことか分かるよね。
今年に入って何度目だ?。
もう少し、常識的にやろうよ。
また消されるよ。命までとか言わないが・・・。
管理人さんは、まだお休み中?
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/538.html#c62
今国会で、久しぶりに憲法審査会が開催されることになり、そして開催された。
予想通りと言うか、馬脚を現したというか、自民党はじめ、改憲勢力と言われる集団が声高に叫ぶのは、憲法審査会の冒頭から「緊急事態条項」の憲法へに規定。
憲法9条への自衛隊の明記等々、憲法改正への誘い水に利用した項目は、どこへやら。
憲法審査会が開催されたら、用無しの体ではないか。
当然と言えよう。
「緊急事態条項」さえ、憲法に規定すれば、今の日本国憲法に、どんな美辞麗句で、人権、自由、平和を、謳っていても、内閣総理大臣の「緊急事態を宣言する!」の一言で、単なる「飾りもの」に出来るのだから。
権力者にとって、こんな美味い話は無い。
まさに「ナチスの手口に学べ」、そのものの手口ではないか。
平野貞夫氏がこう言う。
「・・・連合が与党に近づき、右傾化しつつあるのも、軍需産業などを背景にしたミリタリー・キャピタリズムの動きと無関係ではないでしょう」
同じように見える、トヨタ労連の立憲民主党支持からの離脱、転換。
いまの自民党は、ジワリと、国民に気付かれないように、メディアをも巧みに利用し、
「・・・メディアのトンチンカンな「批判ばかり」報道を気にして野党が健全な批判をやめさせる」空気を作り出し、もって国民の批判を封殺し、「いつか来た道」に引きずり込もうとしている。
「・・・今の政治情勢は似ているところがあるでしょう。」
「大政翼賛会」で表現される、戦前、戦中のあの時代に・・・。
ただ一党、共産党だけが、反対を叫び、そして、ただ一党、共産党だけが弾圧された「あの時代」に。
誰が叩いているのか?「あの警鐘」の音。
聞こえませんか?
決して「杞憂だろう」では済まされない。
「歴史は繰り返す」の格言は、歴史自らが証明している。
ついでながら・・・
>12氏が言う、
「労働貴族だと、正社員を目の敵にする・・・」
これは、「労働貴族」の言葉を都合よく、と言うよりは、悪意を持って曲解し、正社員を「労働貴族」に加えることで、本当の「労働貴族」への批判をかわすための、言ってみれば「人間の盾」にしているつもりな、だけ。
「労働貴族」の正しい認識とは、
労働貴族とは、労働者の中の貴族を意味する用語。一般の労働者よりも「不当に」特別高い賃金や「特権的」な待遇を得ている労働組合幹部層または労働組合そのものを批判的に指す用語。ウィキペディア
「不当に」と「特権的」がポイント。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/542.html#c34
「労働貴族」の意味するところを、理解出来ていないと思って、わざわざ書き出して示してやったのに。
改めて、
「労働貴族」の正しい認識とは、
労働貴族とは、労働者の中の貴族を意味する用語。一般の労働者よりも「不当に」特別高い賃金や「特権的」な待遇を得ている労働組合幹部層または労働組合そのものを批判的に指す用語。ウィキペディア
分かり易く、短く縮めると
労働貴族とは、・・・労働組合幹部層または労働組合そのもの。
そして、誤解を招くといけないから、
労働貴族とは、・・・「不当に」特別高い賃金や「特権的」な待遇を得ている労働組合幹部層または労働組合そのもの。
氏の言う「正社員」も「非正規層」も出てこない。
そして、
労働貴族とは、一般の労働者よりも「不当に」特別高い賃金や「特権的」な待遇を得ている労働組合幹部層または労働組合そのもの。
氏の言う「正社員」も「非正規層」は、どちらも一般の労働者に含まれている。
つまり、ウィキペディアの解説では、一般の労働者(氏の言う「正社員」も「非正規層」も)は、「労働貴族」の対極に位置付けて、分かり易く説明しているでしょ。
これでも、理解出来ないとしたら、・・・敢えて曲解してると言うことだね。
疲れる人だ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/542.html#c39
本当かどうかは分からないけど、
氏が、やっと名乗り出た「原作者」かい?
早く言ってよ〜。
この板でも、意味するところが、とんと不明で、困っている人が多数。
解説してよと頼んでも、誰も解説してくれないので、諦めかけていたところで〜す。
分かり易く、解説してください。
長文、OKです。
氏のコメント履歴見たけど、確かに使ってた。
だけど、最初に使ってるコメントが、今年の2月4日だからね〜。
これだと、著作権は主張出来ないよ。
ID変えてる?
誰かさんみたいに。
なんか、インチキ臭い
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/542.html#c40
公党の代表の立場にあることを思えば、気持ちは、分からなくも無いけど。
それにしても、「正気の沙汰」ではないね。
まさに、「狂犬」。よだれをを垂らして、見境も無く、吠え、噛みつく。
そりゃ〜、話だってしたくないと思うよ〜。
だって〜、怖いも〜。
まだ死にたくないも〜。
街中で、こんな狂犬を見つけたら、普通は保健所に通報が入って、大勢で捕獲して、その後は殺処分と、相場が決まっている。
マニュアルだってあるかもしれない。
大阪はここまで、保健所が逼迫してるんだなぁ〜。
大石氏が、パニック訴訟と言ってたけど、本当だわ。
一体何をパニクってるんだろう?。
何か、重大な「不都合な真実」を覆い隠すための、スピンではないかと勘ぐってしまいそう。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/543.html#c22
朝日新聞デジタル(添田樹紀 2022年2月17日 20時30分)
「感染入力遅れ問題 委託契約なしで業者が作業 大阪市「問題ある」」
新型コロナ感染者の発生届のシステム入力が遅れた問題で、大阪市が委託契約を結ばずに民間業者に入力作業をさせていたことが17日、明らかになった。業者から見積書の提出はなく、口頭で伝えられた委託料9650万円を承諾していた。
・・・、17日時点でも契約は締結しておらず、市内部の決裁も終わっていないという。市契約管財局は「契約手続き上、問題がある。契約の公平性が保持されているとは言えない」
公務員の基本の基すら、出来ていない。
役人は、自分の判断でこういうことはやらない。
こんなデタラメは、決してやらない。
何故なら、起案書は何人もの決済が必要だからだ。
責任を問われる立場の人が、必ずブレーキを掛ける。
第一、委託料9650万円の妥当性は誰もチエックしていない訳だから。業者はやり放題だ。
今回の不祥事は、政治マターと言えよう。
「やれ!」と言ったのは間違いなく「あいつ」だ!
そして、民間業者とは、間違いなく「パ・・」いや分からない。発表出来ないだろうから。
発表しても、「やっぱり」となって、記事性がない。
問題は、これが、「氷山の一角」と言うことだろう。
この事案を契機に、大阪行政の実態が明らかにされ、大阪市、大阪府の利権に群がり、税金を掠め取っている輩の姿が明らかになれば、「維新」は持たない。
皆が、薄々感じていた事象が次々と明らかになり、推測が事実に変わるからだ。
「維新」にとっては、今は小さな綻びでも、放置すれば「維新瓦解」を招く危機なのだろう。
最近の維新のパニックは、スピンであり、不祥事の追及を阻止したいが故の、スラップ訴訟をチラつかせた、所謂「口封じ」、「脅し」。
その行動が、既に「推測が事実であると自白」している証左ではないのか。
到底見過ごす訳にはいかない。
これなども、大阪がコロナ死日本一の「何故?」の解の一つだろう。
第2の赤木さんを出してはいけない。
忘れないようにしよう。「赤木さん」
そして「ふざけんな!」の言葉。
「ふざけんな!」
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/555.html#c28
名前よりも、中身を見つめ直せといいたい。ね。
民主党など、腐るほどあるではないか。
自由民主党
社会民主党
立憲民主党
国民民主党
意地悪して、N国を排除しても、残り8つの国政政党のうち、半分の4つの政党が〇〇民主党だよ。
それだから、投票用紙に「民主」と書いたら、選管で無効票になるんだって言うじゃないか。
初めて知ったわ。
「民主党」と書いたら、「立憲民主党」と「国民民主党」で案分なんだって。
普通に考えたら、「民主」と書いても、「民主党」と書いても、1/4づつ分けるんでないの。
学校の生徒会長選挙なら・・・。そうなる。
先の総選挙で「民主党」との記載は362万票、「民主」に至っては、数多だそうだ。
国民の1票がいかに軽く扱われているか、分かるというものだ。
折角、投票所に足を運んだのに。
膝が、痛かったんだぞ!。
わしは、難しい漢字は苦手だから、ひらがなで書いたけど、どうなっただろう。心配だ。
そんなことよりも・・・と言っても、止めないだろうから、早く結論を出して、参議院選挙に向けた、「公約」とか、「候補者」とか、他党との「選挙協力」とか、早く着手しないと。
「早く協議しよう」と、既にねじを巻かれてるでしょ〜。
着手する時には、先の総選挙で市民団体と、他の3党との間で交わした、「政策協定の約束」は忘れてはいけないよ。
国民との約束らしいから。
「白紙」なんて言わないでよ。絶対に!。
既に袖にされた「国民民主党」に、これ以上縋りつく振る舞いは、はた目から見ていても、見苦しいぞ。
以前に誰かが言ってたけど、「迷惑だ!」と言われちゃうと、それこそ面子が潰れるよ。
「連合」からも、無視されて、・・・。
「連合の正体見たり・・・」ではないの?。何股掛けられれば気が付くのか。
記事の転載では省略してたけど、「・・・すでに入力遅れは解消していたが、・・・」とあるので、・・・
もしかしたら、氏の言うように、AHOを安く雇って、アイフォンで入力させたのかもしれないですね。
そして、当然「中抜き」。
そうだとしたら、委託料9650万円はまさに、「ぼったくり」し放題。
そのことが、更に疑念を強くさせると思いませんか。
そういう私は、
いまだに、ガラケーなので、氏の言うアイフォンの良さが理解できていないのです。
この3月で3Gのサービスが終了するので、やっと強制的にスマホデビュー予定です。
しかしながら初心者なので、アイフォンとはいかず、用意されている、無料で交換してくれるスマホからですが・・・。
ウクライナの偽装された内戦とは言え、その紛争がきっかけで、それが、ウクライナとベラルーシの間であっても、国家間の戦争になれば、その先に見えてくるのは、世界大戦。
国家権力が、国民の命と安全を守るという建前に立てば、権力者は戦争を止めることは出来ない。
なぜなら、敵国から攻撃を受け、反撃しなければ、その政権は崩壊するからだ。
したがって、国家権力がぶつかる「戦争」は起こせないだろう。
あくまでも、「地域紛争」のままでの決着を目指すはずだ。
「ウクライナ情勢は正義よりも金儲け」はその通りなのだろう。
しかも、ウクライナ情勢ばかりではない。
そのことはアメリカにも、ロシアにも言える。そして、日本にも。
それが、現実だと、素直に思う。
その「金儲け」の犠牲にされるのが、弱い「一般市民」と言うのも、世界中で繰り返し起こっている事実だ。
私たちは、時の権力者に、そのような蛮行を許す隙を見せないよう、政治への関心は常に持ち続けなければならない。
日本における国政選挙の投票率が、50%そこそこなどと言うのは、世界の笑いものだろう。
もう少しで、コロナの陽性率に抜かされてしまう。
それでも、検査数が増えていかない。
感染者数は、他国に比べ少ない、見つけた!ファクターXなどと喜んでいる。
「民度の低さ」故?、
コロナに怯えて引き籠ることはあっても、政治に無関心で引き籠ることは、もう止めようじゃないか。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/562.html#c31
米山氏の文章には、無駄がないと関心させられる。
私には、とても真似が出来そうにない。
そして、今度も、長文になりそうな予感・・・。
もしも、私人「芳野 友子」が、兼ねてからの友人「小渕優子」と食事をしたという「私事」なら、これほどまでに、批判を浴びないだろう。
(これとても、非難は免れられないだろうが・・・)
そうではなく、連合会長「芳野 友子」が、自民党 組織運動本部長「小渕優子」と、「極秘」に会談したとなれば、様相はがらりと変わる。
看過する方がどうかしている。
わしですら、見逃しはしない。
食費を削って。プロバイダに支払いをしているわしなんかは、すぐ「割り勘だったのかな?」とそっちの方が気になってしまう。
「小渕優子」が払えば、「わしの払った税金」だろうし、「芳野 友子」が払えば、「わしは払ってないけど組合費」だろう。
「割り勘」にしたところで、「税金」と「組合費」の割り勘だろうから許せない。
連合会長の立場を利用しつつ、ここまで、無知故の勝手をされ、意識しての暴走をされて、「連合」内部から非難の声が上がらないとすれば、「連合」には、既に、組織を守り、維持しようとする意志も、気力も残っていないと言うことだ。
「連合」に残された道は、芳野会長を解任し、私人「芳野 友子」に戻してあげるか、ナショナルセンター「連合」の瓦解。
どちらの道を選ぶかは、傘下の組合の労働組合としての矜持と、解体的出直しの意志次第。
組合員にとっては、「連合」は既に「あってなきがが如し」。
夏の参院選は、「立憲」と「国民」に間借りでもしたつもりなのか、両党の「比例区」から9人の連合組織内候補が立候補する予定だそうだが、これも、今となっては「虫が良すぎ」はしないかい?
どうしても立候補するというなら、間借り等せずに、無所属での立候補だろう。
そして、堂々と「選挙区」で戦え!と思うわ。
どうせ、勝負にならない。
そうすれば、「共産党を含めた野党共闘」の重要さ、意味が分かろうというものだ。
そんな発想も無く、理念も、基本政策も、違う人間を、立憲民主党の組織に潜り込ませることは、内部からの攪乱を目的とした、所謂、「トロイの木場」に他ならない。
こんなのが、混ざってくるから、濁ってしまい、国民からして、中が見えなくなってしまう。
今から遡る事、たったの4ケ月前、昨年10月の総選挙直前に立憲民主党枝野幸男代表は記者に対して次のように述べた。
「「野党共闘」というのは皆さんがいつもおっしゃっていますが、私の方からは使っていません。
あくまでも国民民主党さんと2党間で連合さんを含めて政策協定を結び、一体となって選挙を戦う。
共産党さんとは(共産、社民、れいわの3党と一致した政策に)限定した範囲で閣外から協力を頂く。」
覚えている人は多いでしょ。
そして参議院選挙を目前にした、今はどうか。
立憲、国民、両党との政策協定締結についても記述を削除。連合幹部は「今回は締結しない」と明かす。
両党合流の見通しが立たないなか、立憲支持の官公労系と国民民主支持の民間産別労組の対立が深刻化するのを避けるため、「支援政党なし」に踏み切った。
政策協定も、結んでもらえない。
「白紙」だって宣言されて。
「連合」よ、恥知らず!。
「立憲民主党」よ、恥を知れ!。
でしょ!。
下の画像の、夫々の党首の胸の内を呟いて貰ったら・・・
こうなるのだろうか?
福島みずほ党首:「やった〜!嬉しい!、私、頑張る!ね!」
志位委員長 :「やっと一本の旗が立った!。皆さん!、一緒に頑張りましょう!」
太郎君 :「やってやろうじゃないか!。暴れて見せようじゃないか!」
枝野元代表 :「や、や、や、・・ 止めれば良かったかなぁ〜。俺!、共闘なんて言ってない!し。」
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/564.html#c37
全然違うんじゃないの。
氏の解釈で、「れいわ新選組」を「左の維新」と呼ぶとしたら、
氏は、「れいわ新選組」を「真正保守」と呼ばなくてはいけないことになる。
第一、「れいわ新選組」と言う立派な名前があるにもかかわらず、「左の維新」とか「真正保守」とか、言う必要など、無いわけだから。
「れいわ新選組」という言葉を使うのが怖い理由でもあるとか?、
対象が曖昧で、自分の頭でも整理がつかないから、「解説」も出来ない。
要するに、自分の気に入らない人は、皆「左の維新」。
子供が、「お前のか〜ちゃん、出べそ}程度の戯言でしかない。
「真正保守」にしても、同じ。
定義出来ない言葉は、使わないに限る。
それか、解説付きで使うとか。工夫がいるよ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/564.html#c49
全然違うんじゃないの。
氏の解釈で、「れいわ新選組」を「左の維新」と呼ぶとしたら、
氏は、「れいわ新選組」を「真正保守」と呼ばなくてはいけないことになる。
第一、「れいわ新選組」と言う立派な名前があるにもかかわらず、「左の維新」とか「真正保守」とか、言う必要など、無いわけだから。
「れいわ新選組」という言葉を使うのが怖い理由でもあるとか?、
対象が曖昧で、使っている本人も、自分の頭でも整理がつかないから、「解説」も出来ない。
「解説」が無いので、努力して解釈すると、
私の解釈では、要するに、自分の気に入らない人は、皆「左の維新」。
子供が、「お前のか〜ちゃん、出べそ}程度の戯言でしかない。
「真正保守」にしても、同じ。
定義出来ない言葉は、使わないに限る。
それか、解説付きで使うとか。工夫がいるよ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/564.html#c50
こういう言い方をするから、駄目になったのかなぁ〜。
内閣府のお役人さんに、
「忙しい中、お越しいただいて、分かり易く、かみ砕いて、理由をご教示ください、」と言えば良かったのかなぁ〜。
懐かしいなぁ〜。「野党合同ヒアリング」
中止するって言っちゃったからなぁ〜。
いや、アレは、「注視する」って言ったんだぞ。
なら、再開出来るね!。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/565.html#c27
いろいろと考えを説明してくれて、深謝です。
氏の>45のコメントで、
>「親米保守」の「維新の会」は右ですが、「真正保守」の「れいわ新組」・・・
とありました。
一方で、私としては、「真正保守」の意味を理解するために、その対義語を探してもいました。
普通に、難しいことを言わずに考えれば、「親米保守」の対義語は「反米保守」もありうるかなと・・・。
賛同はしてませんが。
そして、「真正保守」の対義語はどうなるのか?
その答えが、氏の>56の説明の中に有りました。
◆ 魚本公博『反米こそ、真正と似非を区別するカギ』
この言葉を引用すれば、「真正保守」の対義語は、「似非保守」。
つまり、「反米」保守こそが保守であり、「真正保守」たる所以だと。
そして、「親米保守」は「似非保守」であり、保守にあらず。と。
『反米こそ、真正と似非を区別するカギ』の文章そのものが、手前味噌な発想なので、同意はできないですけどね。
したがって、氏が言う、
>真正保守とは、保守思想の中で、「反米」と「民族主義」・「国家主義」を前面に出した思想だと、私は理解しています。
と言うのも、保守には、「真正保守」以外にもあると考えていそうなところが、原作者とは少し違うかなと・・・
結論的には、
>「真正保守」「真正保守主義」について、端的に説明された記述は見つからなかった。
に尽きるのではないかと思います。
原作者は既に亡くなっているようなので、聞くことも出来ないし・・・。
この使命感が、今の立憲民主党の議員さんには欠けている。
「提案型」で選挙に勝てるなら、それでもいい。
しかし、そのことが、議員としての「自己満足」で終わるなら、「提案型」など撤回してほしい。
「野党合同ヒアリング」も注視すると言ったでしょ。
早く再開してよ。
赤木さんも待ってるだろうし。
どうなったのか?忘れたのか?
まさか「白紙?」
やる気があるのか、疑ってしまう。
「ふざけんな!」
政権交代が第一義的な使命との自覚を持ってほしい。
有権者が望んでるのはそれじゃないの。
改めて、書き出さないが、マルティン ニーメラ―牧師の警句を改めて、胸に刻む必要があるのではないか。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/572.html#c12
委託業務の仕様書も無い。
作業量など分かるはずもない。
当然見積書など、出てくるはずもない。
当然、契約書もあるはずも無く、作れるはずも無い。
当然、発注書など有るはずも無い。
それでも、作業は進む。・・・そんなこと、あるか〜?。
しかも、作業量も分からないまま、単価は一緒だから、不適切ではないとは。
何を問題にされて、何を聞かれ、そして何を答えているのかも、分かっていない。
「知らんし」だな。大阪弁では?
ちゃう、か?
あるとしたら、実作業が無かったということだろう。
作業もしていないのに、金を払う。
それを一般的には「架空発注」と言い、背任罪にも問われる重罪だ。
しかも、公金1億円の横領罪付きで。
市政の責任者の誰かが、公金1億円を横領し、「架空発注」により、利益供与し、もって、「参議院選挙、よろしく」の買収を偽装したとしたら・・・。
さらに、重罪が一つ加わることになる。
担当者が誰かは知らないが、恐らくそれも「架空」の人物だろう。
端っから、知らないことを、「失念」したとは言わない。
「私は、関りござんせん」と言う。
大阪では、「知らんがな!」かな。
ましてや、「先送りしすぎた」?
は〜?だろう。
日本語にもなっとらん。
大阪府、大阪市の行政を監視する責務は、府議会、市議会にある。
ここは一つ、百条委員会を設置し、事件の発端から、今日に至るまでの経緯を時系列に、解明するとともに、関係者の証人喚問を幅広く実施し、併せて、類似の犯罪が隠れていないか、府政全体、市政全体を見直す必要が有るのではないか。
今回の事件は、単に「氷山の一角」が、ドジを契機に発覚したに過ぎないのではないか。
個人的には、ドジで発覚したのではなく、正義の「内部告発」であってほしいところだが。
大阪府政、大阪市政に、計り知れない「深い闇」を感じるのは、私だけではないだろう。
松井市長の、まともな説明が出来ない姿を見るにつけ、その疑念は、益々深まるばかりだ。
維新は既にパニック状態だ。
この問題を、どんどん拡散し、騒ぎ、しゃべらせることだ。
人間、嘘をつき通すことは、簡単ではない。
嘘を取り繕うために、嘘を重ねる。
そして自滅していく。
犯罪者の「落ちる」姿の定番だ。
騒げば騒ぐほど、相手は益々狼狽し、どんどん墓穴を掘ってくれる。
ちゃう、か?〜。
「・・総合選挙対策本部の代表代行など幹部ポストでの処遇だった。」
これが、小沢氏の求めた「見返り」だとしたら、小沢氏も落ちぶれたものだというしかない。
また、泉氏なり記者なりが、これを「見返り」と意識したとしたら、小沢氏も見くびられたものだ、と言うしかない。
小沢氏にとって、こんな端役は見返りでも何でもないだろう。
細かい事情は知らないが、もし、泉氏の代表就任に、小沢氏と、小沢氏グループの尽力が大きく貢献していたとするならば、その「見返り」は、「幹事長ポスト」しかないだろうに。
そんな話もせず、小沢氏は、その視線の先には、既に夏の参議院選挙を見ていたのだと思うぞ。
小沢氏を「嫌い」、「避ける」、グループが依然としてあることは、小沢氏が一番に認識している筈だ。
そんな党内情勢・事情を考慮し、尚且つ、夏の参議院選挙を戦おうとしたときに、自らが積極的に貢献できると思い詰めた役職は、せめて、総合選挙対策本部の代表代行だったのだろう。
小沢氏の好きな「一兵卒」の限界を痛感している、小沢氏ならではの、ぎりぎりの選択だったのではないか。
もし、小沢氏に、「私心」があったとしたら、要求する「見返り」は幹事長ポストしかないではないか。
小沢氏に、「僅かの私心も無い」ということの証左ではないのか。
「私心」があるとしたら、それは、「自己保身」に走った、泉氏の方だと言えよう。
小沢氏が、面会を拒否したとある。
当然だろう。
どんな些細な約束であれ、人が人と約束を結ぶということは、相互の信頼の存在が前提となっているはずだ。
約束を破ると言うことは、そこ存在していた「信頼」すら破棄したことにもなる。
共産党とは、「関係を白紙にする」と言って公党間の信頼を失い、国民民主党からも突き放され、連合からも袖にされた。
そして、今度は、党内の大切な支援者、支援グループの信頼を失った。
人との信頼関係が築けない、と言うか、「壊す」。
何を考えているんだ?
何てことをしてくれるんだ?。
小沢氏の「面会拒否」が、
「早く気付けよ!」
「過ちては改むるに憚ること勿れ 」
の教えであることを、願ってやまない。
一国の宰相であろうとするならば、国民が「雲外蒼天」という言葉を信じて頑張っている今こそ、明確な方針と、施策を明らかにし、自身は「泰然自若」とした姿を国民に示すべきところだ。
しかし、現実は・・・。
口を開けば。「自己弁護」、「責任転嫁」、「自己逃避」
こんなことばかり言ってる私は、「自己嫌悪」
「ああ・・無情」
自分のやるべきことをやるしないか・・・。
これって、「自己責任」?・・・やめて、それだけは・・・いや。
私にも、小さな夢くらいはある。「雲外蒼天」を信じよう。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/583.html#c15
聞くに堪えない、読むに堪えない「汚い言葉」でディするのは、子猫がよくする「マウント」に過ぎない。
相手にしないのが吉。
気分が悪くなるから、読まないのが吉。
触らぬ神に祟り、あるかもしれないけど・・・それでも無視が吉。
本人が、気付くまではね。
そうでないと、管理人さんでもないのに、「うせろ!」と言われる。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/579.html#c111
早く、「白紙」を白紙撤回した方がいいぞ。
早く、小沢氏に「詫び」を入れた方がいいぞ。
幹事長のポストをよこせとは言わないからさ。代表辞任を考えろと言われるかもしれないけどな。
その時は、「参議院選挙を一緒に戦わさせてください。」と頭を下げればいいさ。
それでいい。それがいい。
どうせ、その他の人は、高みの見物なんだから。
一度失った「信頼」を取り戻すためには、相当の覚悟と努力が必要だぞ。
泉氏は「まずは真意を聞きたい。対話そのものは丁寧に続けていきたい」とも語った。
(小沢さんには、そんな高飛車では駄目だぞ。悪いのはあんたの方だからな。)
「ねえ、ねえ〜。どうやって自民党に取り入ったの?丁寧に教えて。」
「今だったら、あれしか無いっしょ。改憲発議。俺、賛成しますからって、言っちゃったのよ!。」
そしたら、予算に賛成すれば、信じるって。だから・・・」
「トリガー条項は賛成する口実作りに、言ってもらったの。選択肢でいいからって。」
「与党宣言のトリガーだ!ったりして・・・」
「うまいこと言うな〜、この〜。しかし、やってることは、酷いぞ!」
国民民主党、消滅の断末魔だね。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/585.html#c31
「質疑からはトリガー凍結解除は”検討”の域を出ない。予算案に賛成する理由は?」
玉木代表「岸田総理と話をした。予算審議中なので全てを言うことはできないが、公党の代表同士で話をしたことが全てだ。」
以下は、わしの妄想中のことなので、全てを言うことかできないが、・・・
わしの聞いた範囲での大体の雰囲気はこう。
「ねえ、ねえ〜。どうやって自民党に取り入ったの?丁寧に教えて。」
「今だったら、あれしか無いっしょ。改憲発議。俺、賛成しますからって、言っちゃったのよ!。」
そしたら、予算に賛成すれば、信じるって。だから・・・」
「トリガー条項は賛成する口実作りに、言ってもらったの。選択肢でいいからって。」
「与党宣言のトリガーだ!ったりして・・・」
「うまいこと言うな〜、この〜。しかし、やってることは、酷いぞ!」
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/589.html#c20
「合掌」しかないか。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/596.html#c14
ウィキペディアを見ても以下の通りだし。
「左翼・右翼とは、政治的スペクトルの一つで、政治的な立場を位置づける一般的な方法である。伝統的な意味では進歩派勢力を左翼、保守・復古主義勢力を右翼と呼ぶが、具体的な思想や範囲は時代や立場や視点により変化する。 ウィキペディア」
ここで、大切なことは、「具体的な思想や範囲は時代や立場や視点により変化する。」
とのくだり。
つまり、一言では語れないと言うことになる。
いくら努力しても、「群盲象を評す」で終わってしまうのではないか。
議論することを否定はしないが、対象が多様過ぎて、阿修羅の板の容量を越えてしまう。
世間でも、俺は「保守」だ、「革新」だ、「中道」だという人は多いが、そういう人たちは、概ね「自称」でしかない。
他人が見たときの評価と一致するかどうかは、なんの担保するものは無い。
ちなみに、「れいわ新選組」が「右翼」か、「左翼」か。「保守」か「革新」かといった話は、「れいわ新選組」の自称のレベルでも聞いたことが無い。
本人たちも、そんな分類は、興味が無いのではないか。
唯々、「我が道を行く」だと思うよ。
ちなみに、私はどうかと言えば、(興味は無いだろうけど・・・)
自称は「無党派」だけど、どうしても、分類しろと言うのならば、
現代の、経済的格差ばかりではなく、いろいろな場面での格差、その格差に起因する不平等と、這いあがれない弱者の存在を、正そうとするのが左翼だとしたら、私は「左」だな。
その程度の問題だと言うこと。
つまるところ、拘るのは、「オタク」な人達。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/587.html#c35
以前にも書いたけれども、氏の紹介してくれた
◆ 魚本公博『反米こそ、真正と似非を区別するカギ』
の言葉から推察するに、
「真正保守」とは、我だけが「本物の保守」であり、他は「似非保守」と言うのが、主張の基本と考えざるを得ない。
言い方は悪いが、「我だけの保守」として、自己陶酔していると思えなくもない。
西部邁という人は、自己陶酔し、思い上がって、天まで昇ってしまったか。
「蔓延する偽善的な平和主義に抗して老師ニシベが語る「核」への天下の正論。」
等と、仰々しい言葉がうさん臭さを感じさせる。
個人的には、たったこれだけの文字の中に、思想の傲慢さを感じ、距離を置きたくなる。
氏が、
「・・・各国の民族主義に基づく、日本を含む世界中の国々の核武装、それを危惧しているのです。」
と言うことに対しては、全くの同感です。
しかしながら、「れいわ新選組」が、傲慢な「真正保守」の名を冠されることに付いては、不同意です。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/587.html#c40
これこそが、ヒトラーの『我が闘争』
同じような性向は、岸田首相が、「新資本主義」と言う言葉に自己陶酔しているあたりにも見られる。
これなども、言葉の「まやかし」でしかない。
本人もその何たるかを、未だに説明できない。
「新」を付ければ、何か今までにないものに感じてしまう。
中身は、これから識者を集めて考えます、でしょ。
氏の「新共産主義クラブ」の場合はそんなことは無いと思うけど。
それでも、氏の姿勢にも、似た傾向を感じるとしたら、そこに少なからず、リスクを感じると言われても仕方がないことになる。
人の思想、信条は、その人の心が決めるものであって、他人が外見を見たり、親交が有ったり、食事をしたりする相手を見て決めるものでもないと思うけど。
氏の発想でいえば、自民党の二階氏などは、バリバリの共産主義者になってしまわないかい?。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/587.html#c42
国の税金が原資になり、その税金が、正当に使われていない疑いが払拭出来ない以上、国の所定の機関が調査に乗り出すべきだろう。
大坂の特捜は、チョット?だけど・・・。
大阪行政にメスを入れる、一歩になるのではないか。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/595.html#c37
結論が出ないと思いますので、この件は、グッと堪えて、このくらいにして、、一旦は閉めましょう。
皆さん、取り敢えずは、オンライン コーヒータイムということで、しばし、くつろぐのが良いかと。
他のスレにコメントする時間が無くなりますよ。
そこまでよ!
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/579.html#c221
ワレ〜!、なめとんのか!。
文句言わずに、はよ〜喰え!。
おら〜。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/596.html#c57
差し詰め、これ。
ワレ〜!、なめとんのか!。
文句言わずに、はよ〜喰え!。
おら〜。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/596.html#c58
神様、どうか戦争を止めさせてください。
神様、どうか人を殺すのは止めさせてください。
神様、どうか、ウクライナにいる猫の命も、お守りください。
畜生!
何てことをしてくれるんだ!。
「ふざけんな!」
あ〜、思い出した。
「森友問題と赤木さん」忘れないでください!。
アーメン。
挙句の果てのは、核兵器を持ち出してのウクライナのみならず世界各国への威嚇、恫喝。
「ソ連崩壊で多くのものを失ったが、現代のロシアは世界で最も強力な核保有国のひとつ」
「最新兵器でも優位性がある」と核使用をチラつかせ、
「わが国を攻撃すれば、壊滅し、悲惨な結果になることに疑いない」
正気な沙汰とは思えない。
昔で言えば、「殿、御乱心!」だ。
ロシア国民ですら黙って見過ごしは出来ないだろう。
「気違いに刃物」の恐怖を感じざるを得ない。
少し前に、「核兵器の不使用」の共同宣言は何だったのか。
「ウクライナ領土の占領は計画していない」
だから何だというのだろう。
占領しなければ、武力攻撃、武力侵攻してもいいとでもいうのか、
撤退っすればいいとでも?。
戦闘で、あるいは戦闘に巻き込まれ、命を落した人は、撤退しても、生き返りはしない。
ロシアのこれまでの行動は、最初から、笑えない、三文芝居、田舎芝居を見せられているような感覚がある。
親ロシア派が実効支配するウクライナ東部ドンバスの「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認。
それから3日後、傀儡の両共和国トップ2人から軍事支援を要請されたとの口実でウクライナへ派兵。
これらは、国連憲章のいう、@個別的自衛権、とA集団的自衛権、の行使を、正当化するための、芝居だ。
しかし、これをもって、@個別的自衛権、とA集団的自衛権の行使の正当化は出来ない。
何故なら、前提となる、「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認。そのことが、既に国連憲章違反だからだ。
国連憲章違反の行動からは、国連憲章で正当化される行動は生まれない。
国連憲章は、
@個別的自衛権、A集団的自衛権、B国連による軍事的措置――の3つの武力行使を認めている。
@個別的自衛権とは、違法な戦争で攻め込まれた当事国が自衛の範囲内で反撃する権利だ。
A集団的自衛権とは、攻め込まれた当事国と友好関係にある国が一緒に反撃する権利だ。
B国連による軍事的措置とは、国連加盟国が一体となって攻め込んだ国に対して軍事的制裁を行うことだ。
国連の第1の目的は、戦争が起きそうな場合に、軍事力を用いずに平和的に解決することだとある。
国連憲章第6章「紛争の平和的解決」では、当事者は、交渉・仲介・調停・裁判などによって平和的な解決を求めなければならないことを定めている。
しかし話し合いで解決せず、戦争が起こってしまう場合もある。
その時には、国連憲章第7章「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動」に基づき、事態の悪化を防ぐために第41条〔非軍事的措置〕、または第42条〔軍事的措置〕を取ることになっている。
〔非軍事的措置〕とは、兵力を伴わずに輸出入・通信・輸送手段などを中断すること、外交関係を断絶することなどだ。
〔軍事的措置〕とは、国連の指揮の下で兵力を使用して示威・封鎖・その他の行動を行うことだ.
戦争が起きそうな場合の国連が定める解決方法は、@当事者の話し合い→A国連による調停や勧告→B戦争が起こった場合にはそれを止めるための国連決議→C非軍事的措置→D国連指揮下での軍事的措置――という順番をたどることに成っている。
建前は。・・・
今回、ウクライナには、@個別的自衛権を認められる立場にある。
そうだとしても、軍事力の彼我の差は明らかであり、象の前に竦む蟻のごとし。
しかし、NATOに加盟できていないが為に、A集団的自衛権の行使による、世界各国の支援も期待出来ない。
正に、軍事的には、孤立無援と言ったところだ。
NATO諸国もA集団的自衛権の行使を大義名分に出来ず、忸怩たる思いだろう。
残された、B国連による軍事的措置はどうだろうか。
ウクライナが期待できる軍事的支援は、これしかないのだろう。
所謂、国連軍の派遣だ。
しかし、これも、今の国連の何も決められない、形骸化した仕組みの中では、全く機能しそうにない。
今の国連安保理の議長国がたまたまロシアだからということでもなさそうだ。
国際連盟の反省を踏まえて生まれた国際連合も、軍事強大国の前には、糞の蓋にもならないというものに変貌していると言うことができる。
核戦争の危険が高まっている現在においては、国連の改革は急務と言わざるを得ない。
第一次世界大戦の反省から生まれた国際連盟。
第二次世界大戦の反省から生まれた国際連合。
今、改革しなければ、第三次世界大戦の後にはなにも残らない。
これまで見てきたように、世界各国は、国連は元より、誰も、ロシアを笠に着たプーチンを止められない。
止められるのは、ロシア国民しかいない。それを支援する全人類の声と共に。
止められるのは、ロシア国民の良識しかない。そして、人類の叡智と。
ロシア国民は、元同胞が、狂人プーチンによって殺戮されることを黙って見過ごすことが出来るのだろうか。
ロシアの世論が、プーチンの蛮行を止めるまでは、ウクライナの国民は耐えるしかないのだろう。
一人ひとりは蟻のように弱い存在でも、ウクライナ国民と、ロシア国民が、気持ちを一つに立ち向かえば、この局面も変えられる筈だ。
「蟻のひと噛み巨象を倒す。」
のたとえを信じよう。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/619.html#c144
な〜んだ、伝聞か〜。
「一国の首相がうそをつくわけがない。早く3月中に約束を果たしてほしい」
この感覚、政治家としてどうよ!。
岸田首相に、プレッシャーをかけた積り?
だめだ、こりゃ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/633.html#c17
それにしても、連合新潟なんかは、早々と、自民党と一緒に現職支持だから困ったものだ。
「自民、連合と政策協議推進 運動方針案発表、野党分断狙う」
東京新聞にこんなタイトルで、記事を書かれるようでは、先が思いやられる。
今、「連合」内部で何が起こっているのか、簡単に想像がつくというものだ。
少し前に、夏の参議院選挙に向けて、立憲民主党、国民民主党とは、政策協定を結ばないと言っていた「連合」。
そして、連合会長と、小渕優子組織運動本部長の極秘会談があり、この東京新聞の記事。
もう、連合の幹部が何を考えているのか、分かろうというものだ。
立憲民主党などは、見たくないから、見ないだけ。
お化け屋敷に入って、最初から目をつむり、耳を塞いで、出てくるようなものだ。
自分達に不都合な真実に慄き、その現実からの逃避に時間を費やす。
しかし、それでは現実は変えられない。
朝日新聞によれば、
「立憲民主党の泉健太代表は25日、連合の芳野友子会長と面会し、夏の参院選の1人区では、共産党を含めた野党候補の一本化をはかる方針を確認した。終了後、泉氏は芳野氏と共同記者会見し、「連合と一致したのは『候補者調整』というキーワードであり、方向性だ」と語った。
キーワードは「候補者調整」なんだと。
したがって、さきの総選挙を前に、市民団体と野党4党で交わした「政策協定」も無い。
「野党共闘」は無い、と宣言したに等しいではないか。
何も分かっていないし、何も反省していない。
立憲民主党の言う「候補者調整」とは、
「立憲民主党の公認候補を立てた選挙区には、他党が候補を立てることは遠慮してね。立憲民主党という党は、公認候補は降ろさない党なので。
立憲民主党が候補を立てない選挙区は、夫々の党で相談して決めてね。立憲民主党は口を挟まないから。
比例区では、夫々の政策を訴えて、切磋琢磨しましょう。💛。
それじゃよろしく。協議も無駄だから、止めましょう。野党第一党の立憲民主党は、候補者は降ろさないので・・・。」
これで「候補者調整」が出来ると考える方がどうかしている。
よしんば、一部で、野党候補に乱立を防げたとしても、他党の支持者が立憲民主党の後任候補に投票する「大義名分」も無いし、「義理」も無い。
とすれば、抗議の「白票」か、絶望の「棄権」しかないではないか。
「候補者調整」レベルで、選挙に勝てるくらいなら、先の総選挙で、既に政権交代を実現していただろう。
「野党分断狙う」。
自民党の狙いがこれほどまでに、明らかなのに、今はまだ野党第一党たる立憲民主党の「無為無策」は万死に値するだろう。
野党を糾合し、国民を糾合するにはどうすればいいか。
そのことを考えるのが、野党第一党の責務ではないか。
野党第一党に籍を置く者の矜持ではないか。
国民の期待をこれ以上裏切ることは、もう許されない。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/634.html#c18
後任候補→公認候補
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/634.html#c19
「ウクライナ領土の占領は計画していない」
だから何だというのだろう。
占領しなければ、武力攻撃、武力侵攻してもいいとでもいうのか、
撤退っすればいいとでも?。
戦闘で、あるいは戦闘に巻き込まれ、命を落した人は、撤退しても、生き返りはしない。
ロシアのこれまでの行動は、最初から、笑えない、三文芝居、田舎芝居を見せられているような感覚がある。
親ロシア派が実効支配するウクライナ東部ドンバスの「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認。
それから3日後、傀儡の両共和国トップ2人から軍事支援を要請されたとの口実でウクライナへ派兵。
これらは、国連憲章のいう、@個別的自衛権、とA集団的自衛権、の行使を、正当化するための、芝居だ。
しかし、これをもって、@個別的自衛権、とA集団的自衛権の行使の正当化は出来ない。
何故なら、前提となる、「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認。そのことが、既に国連憲章違反だからだ。
国連憲章違反の行動からは、国連憲章で正当化される行動は生まれない。
国連憲章は、
@個別的自衛権、A集団的自衛権、B国連による軍事的措置――の3つの武力行使を認めている。
@個別的自衛権とは、違法な戦争で攻め込まれた当事国が自衛の範囲内で反撃する権利だ。
A集団的自衛権とは、攻め込まれた当事国と友好関係にある国が一緒に反撃する権利だ。
B国連による軍事的措置とは、国連加盟国が一体となって攻め込んだ国に対して軍事的制裁を行うことだ。
国連の第1の目的は、戦争が起きそうな場合に、軍事力を用いずに平和的に解決することだとある。
国連憲章第6章「紛争の平和的解決」では、当事者は、交渉・仲介・調停・裁判などによって平和的な解決を求めなければならないことを定めている。
しかし話し合いで解決せず、戦争が起こってしまう場合もある。
その時には、国連憲章第7章「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動」に基づき、事態の悪化を防ぐために第41条〔非軍事的措置〕、または第42条〔軍事的措置〕を取ることになっている。
〔非軍事的措置〕とは、兵力を伴わずに輸出入・通信・輸送手段などを中断すること、外交関係を断絶することなどだ。
〔軍事的措置〕とは、国連の指揮の下で兵力を使用して示威・封鎖・その他の行動を行うことだ.
戦争が起きそうな場合の国連が定める解決方法は、@当事者の話し合い→A国連による調停や勧告→B戦争が起こった場合にはそれを止めるための国連決議→C非軍事的措置→D国連指揮下での軍事的措置――という順番をたどることに成っている。
建前は。・・・
今回、ウクライナには、@個別的自衛権を認められる立場にある。
そうだとしても、軍事力の彼我の差は明らかであり、象の前に竦む蟻のごとし。
しかし、NATOに加盟できていないが為に、A集団的自衛権の行使による、世界各国の支援も期待出来ない。
正に、軍事的には、孤立無援と言ったところだ。
NATO諸国もA集団的自衛権の行使を大義名分に出来ず、忸怩たる思いだろう。
国連憲章を守り、国際法を守ろうとすればするほど、NATOが軍事介入することは、自己矛盾に陥ることになる。
そして、軍事介入した瞬間に、ロシアへの批判は自分達に降りかかり、行き着く先は第三次世界大戦・・・そして核戦争・・・そして人類と文明の消滅。
残された、B国連による軍事的措置はどうだろうか。
ウクライナが期待できる軍事的支援は、これしかないのだろう。
所謂、国連軍の派遣だ。
しかし、これも、今の国連の何も決められない、形骸化した仕組みの中では、全く機能しそうにない。
今の国連安保理の議長国が、たまたまロシアだからということでもなさそうだ。
国際連盟の反省を踏まえて生まれた国際連合も、軍事強大国の前には、糞の蓋にもならないというものに変貌していると言うことができる。
核戦争の危険が高まっている現在においては、国連の改革は急務と言わざるを得ない。
第一次世界大戦の反省から生まれた国際連盟。
第二次世界大戦の反省から生まれた国際連合。
今、改革しなければ、第三次世界大戦の後にはなにも残らない。
これまで見てきたように、世界各国は、国連は元より、誰も、ロシアを笠に着たプーチンを止められない。
止められるのは、ロシア国民しかいない。それを支援する全人類の声と共に。
止められるのは、ロシア国民の良識しかない。そして、人類の叡智と。
ロシア国民は、元同胞が、狂人プーチンによって殺戮されることを黙って見過ごすことが出来るのだろうか。
ロシアの世論が、プーチンの蛮行を止めるまでは、ウクライナの国民は耐えるしかないのだろう。
ロシア人という同胞をいとも簡単に殺戮する様は、あの「スターリンの虐殺」を思い起こさせる。
一人ひとりは蟻のように弱い存在でも、ウクライナ国民と、ロシア国民が、気持ちを一つに立ち向かえば、この局面も変えられる筈だ。
「蟻のひと噛み巨象を倒す。」
のたとえを信じよう。
救国に燃えるウクライナ兵士の士気は高そうだ。
一方の大義名分の無いロシア兵の士気は、上がる筈もない。
今、目の前で行われている戦闘は、ほんの少し前には同胞だった人達どうしだ。
長引けばロシア兵、ロシア国民の厭戦意識は沸点を越えるだろう。
ウクライナ国民、兵士にとっては、それまでが、辛抱のしどころだ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/632.html#c79
そこまで分かっているなら、それなりの対策を採ったらどうだ、と言うだけのことだ。
どうして、そういう発想にならないのだろう?
言い訳している暇があったら、
テレビ何ぞに出ている暇があったら、
介護現場の視察をするとか、(ただし邪魔はするんじゃねえぞ!足をさするくらいならいいが・・・)
医療現場の視察をするとか、(ただし邪魔はするんじゃねえぞ!床の掃除をするくらいはいいが・・・)
宿泊療養施設のホテルの食事を食べてみるとか、(ただし、タダでは喰うな。金は払え。1500円、な!。)
アンタは、これで何人の大阪府民の命を奪ったんだ?
当然、数えているよな!。
大阪市は、亡くなっても、数えてないみたいだけど・・・。
それで・・・いいの?
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/641.html#c34
「大阪府の把握している数字で、今までに何人が亡くなったか?」・・・「知らん」
「知事も把握してない?」・・・「知らんわ」
「知事の進退?」・・・「知らんがな」
大阪府民、明日は我が身・・・「知らんけど」
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/644.html#c13
そう言うわしも、反コロナ、反ワクチンな人だ。
しかし、ワクチンはしっかり打っている。
先日も、世のため、人のためと思って、一肌脱いできた。
服の袖をめくり、張りを失い、皺のよった人肌を晒して、チクりを受けてきた。
これで、かれこれ3回目だ。
今回の看護師さんは、少し年がいっていた分、上手だった。が内心は残念。
わしは、今のワクチンが、まだ緊急使用の域を出ていないことを知っている。
副反応の怖さも、理解しているつもりだ。
将来、人体にどのような悪影響を及ぼすかも分からないことも意識している。
一方で、第6波と言われる今も、毎日の死者が200人強に及んでいることも知っている。
医療従事者の人が、懸命の努力を続けていることも理解している。
それでも尚、感染者の増加に追い詰められ、医療現場が逼迫していることも分かっているつもりだ。
わしがワクチンを打つのは、コロナに感染しても、医療現場に少しでも負担を掛けないようにし、そのことによって、救われるべき人の命が、当然のように救われる、そんな医療を取り戻すための一助になればと思っているということもある。
それと、自分から孫や家族に万一にも感染させられないという気持ちからかな。
その為に、自分の命を差し出している気分で、ワクチンを打っている。
言ってみれば、わしも、命を懸けて、コロナと闘っていることになる。
のだろうか?
ワクチンを打ちたくない人が増えてきているのは事実だろう。
当然だ。
3回も打つことになろうなどと、誰が想像しただろうか。
しかし、ワクチンを打ちたい人がいることも否定できない事実だ。
今は、ワクチンを打ちたい人でも、打てない状況が続いていることが問題だ。
地域によっては、ワクチンを土日しか打っていない病院もある。
ワクチンが、行き届いていないからだ。
そして、毎日200人の命が、コロナに奪われていることが最大の問題だ。
反ワクチンの人も、打つなとお節介を焼くのではなく、ワクチンに代わる、より安全な治療薬の開発を推進するよう、論陣を張るべきではないのか。
今日も、200人もの人が、コロナに命を奪われることになるのだろう。
人の命に、老若男女で貴賤は無い。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/649.html#c21
今、プーチンの「私戦」を止められるのは、間接的には国際世論であり、ロシア国民の世論しかない。
ウクライナの勝利を待つにはあまりにも被害が大きすぎる。
経済制裁で、ロシア国民の覚醒を促すために、世界各国は、自身に降りかかる負担は甘受する覚悟が必要だ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/650.html#c51
連ツイにも無反応にしていれば、寂しさのあまり、狂い死ぬのではないか?。
きっと。
「うさぎは寂しいと死ぬ」と言うのは、都市伝説だが、「サイコパスは寂しいと死ぬ」は、真実か?、都市伝説か?試してみようではないか。
興味は尽きない。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/651.html#c26
むしろ問題にすべきはこちらではないか。
「『敵基地攻撃能力』という言葉にこだわらない方がいい。軍事中枢を狙っていく。軍事をつかさどるインフラを破壊していく」
これは、調子に乗って、「語るに落ちた」と言うことだ。
『敵基地攻撃能力』という言葉そのものが、眉唾で、狙いは、完全な「敵攻撃能力」であることが明らかになったわけだ。
野党は、こちらの方も、強く問い詰めなければならないだろう。
自民党の狙う憲法改正の危険性を国民に広く知らしめなければならない。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/655.html#c21
「ウラジーミル、君と僕は同じ未来を見ている」「ゴールまで、ウラジーミル、2人の力で、駆けて、駆け、駆け抜けようではありませんか」
と、プーチン大統領に向かって呼びかけた、安倍晋三さんと、親しそうに核談義に花を咲かせる暇があったら、「ロシアの志願兵として、ウクライナに行ってはどうですか?」くらい言ったらどうか。
「俺は行かないけど・・・」と、さ。
ヘタレには、無理か。
サイコパスな人への対応は、関わらないことが第一らしいが、どうしてもいじってしまう。
わしも、まだまだだな。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/662.html#c13
これは、鳩山氏が、反省を求められても仕方がない。
鳩山氏曰く、
<私はあらゆる戦争を非難する。ロシアは一刻も早く停戦すべきだ>
ロシア「は」と、この度の戦争の責任は、一義的にロシアにあると言っていることは、彼の本心のあらわれだろうと思う。
ウクライナ国内で、ドネツク、ルガンスクに住む親露派住民とウクライナ政府のあいだで、武力紛争が続いている事は事実だ。その紛争の中で住民に被害が出ていることも事実なのだろう。
そのことを虐殺と言うなら、そうなのだろう。
鳩山氏が、言いたかったことは、『テロリストだから絶対に会わない』という、対話を拒否した姿勢を糺せと言うことではなかったか。
私はそのように捉えている。
このタイミングで、しかも、誤解を招きかねない、ツイッターでの短文投稿は危険だし、真意を伝えきれていないとしたら、二重に批判を甘受しなければならない。
問題なのは舛添氏のこのツイッターでの発言だ。腹が立つ。
「欧州に留学し、欧州大陸の安全保障史を研究してきた立場からは、ゼレンスキー大統領は地政学、歴史を無視した無能な政治家だ。ロシアの攻撃を招いた失策の責任は免れない。ロシアの国際法違反を私は弾劾するが、ウクライナの指導者の問題点も指摘すべきだ。政治は結果責任だ。」
ウクライナ問題を利用して、しっかり自慢話をする。
その心根に腹が立つ。
しかも言っていることは、何てことはない。
例えて言うと、
「大阪に在住の家族の家に押し込強盗が入り、死傷者が出た事件を前に、自分が研究した成果に照らせば、大阪の治安の悪さを無視して、戸締り等の安全対策を怠った主人は無能だ。押し込み強盗の侵入を許した失策の責任は免れない。押し込み強盗の犯罪は弾劾するが、強盗に襲われた家族の問題点も指摘すべきだ。」と言っているに等しい。
まるで、性暴力に会った女性に対して、女性にも男に劣情を起こさせるような非があったのではないかと、想像逞しく言い募るのと同じではないか。
政治は結果責任だ。?
どこかで聞いたことがある。
そうだ!、安倍晋三、松井、橋下らが良く使う言葉だ。
大体が、反論をされたくない時に、常用する。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/660.html#c76
国連加盟国は、国連憲章により、自衛以外の「戦争」は禁止されている。
国連憲章で認めている自衛とは、
@個別的自衛権とは、「違法な戦争で攻め込まれた当事国」が自衛の範囲内で反撃する権利です。
とある。
この国連憲章で言う、個別的自衛権が、ロシアと、ウクライナの、どちらにあるかは自明ではないか。
同時にコピペされたツイッターを読むに、その心理の深層に流れているのは、
「愚かに愚かを重ねても気づかない。恥じないのが大衆の多数派ですので、この手の人は絶えることがありません。」
などとの書き込みを見れば分かるように、大衆を小馬鹿にした、「愚民蔑視」。
自分のみが正しいと思い込む「選民思想」。
危険と言わざるを得ない。
それこそが、書き込み者が警告する、予断、バイアス、偏見でしかない。
こんなものを、自分の意見かどうかも分からないままコピペするのは、よくよく考えた方が良い。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/660.html#c121
当然、そんなこと出来る訳がない。
それでも、氏の狙いは、ロシアの戦争責任を、矮小化し、「どっちもどっち」論で、責任の所在を曖昧にすることではないかと勘ぐってしまう。
そして、意識してか、無意識なのかわ分からないが、そういう狙いを感じさせる展開になっている。
「ウクライナ紛争経緯を正しく知る。」
そのことは大変結構なことだ。
しかし、それだからこそ、事実と、自身の感想とは、明確に区別して、示されねばならない。
そうでなければ、「報道における偏向」を非難する資格を失ってしまう。
「強硬姿勢を示すロシアに対して、米国のバイデン大統領は紛争が勃発しても米軍を展開することはないことを明言してきた。
他方、NATOもウクライナがNATOに加盟していないことを理由に、NATO軍を配備することはないことを明言してきた。」
そのことは、国連憲章に照らして、全く正しい行動ではないか。
国連加盟国は、国連憲章により、自衛以外の「戦争」は禁止されている。
国連憲章は、
@個別的自衛権、A集団的自衛権、B国連による軍事的措置――の3つの武力行使を認めている。
@個別的自衛権とは、違法な戦争で攻め込まれた当事国が自衛の範囲内で反撃する権利だ。
A集団的自衛権とは、攻め込まれた当事国と友好関係にある国が一緒に反撃する権利だ。
B国連による軍事的措置とは、国連加盟国が一体となって攻め込んだ国に対して軍事的制裁を行うことだ。
アメリカも、NATOとしても、国連憲章を守ろうとすれば、ウクライナに於いて、@個別的自衛権、A集団的自衛権のいずれも行使できない。
「これらの行動がロシアの軍事侵攻を促進した面を否めない。
おびき寄せられて侵攻に踏み切り、その後に激しく非難されている図式が浮かび上がる。」
「おびき寄せられて・・・」のくだりになると、あたかも、ロシアが、騙された、罠にはめられた、被害者の姿を描いているも同然ではないか。
長くなりそうなので、止めるが、「どっちもどっち」論に対しての私の意見は、以下の通りであることを、言い添えておきたい。
国連加盟国は、国連憲章により、自衛以外の「戦争」は禁止されている。
アメリカがどうのこうの、過去がどうのこうのと言ったところで、今回のロシアの、ウクライナ侵攻の「免罪符」にはなり得ない。
アメリカの非道があったとしても、過去にどんな非道があったとしても、そのことは、糾弾されて然るべきであるとしても、それでも、今回のロシアの、ウクライナ侵攻の「免罪符」にはなり得ない。
このこと自体が、既に「戦争犯罪」でしかないからだ。
「戦争犯罪」そのことは、厳しく糾弾されなければならない。
そうでなければ、どこかの国が、将来「不法な戦争」を始めた時、非難が出来なくなり、不毛な言い合いの歴史が繰り返されることになる。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/653.html#c118
オイオイ、おいおい、そんなに簡単に、プーチンの責任を脇に置くなよ。
最も糾弾されるべき、「戦争犯罪者 プーチン」を隠避してどうするよ。
プーチンの非道を十二分に詰ったうえで、それから脇に置いてくれないか。
「無慈悲な大国を相手に一歩も引かないゼレンスキー大統領は英雄なのか。」
ゼレンスキー大統領が英雄かどうかを評価することは、この際何の意味も無い。
大切なのは、ロシアという巨象に蹂躙されようとしているウクライナという国、ウクライナの国民を、彼我の兵力の歴然とした差を承知の上で、ウクライナ兵士、国民が、果敢に、阻止しようと、戦っているという事実だろう。
ウクライナ政府から戦うことを強制されているからではなく、あくまでも、自発的意思に支えられているからこその、高い士気ではないのか。
そうでなければ、人命優先と言うなら、ロ軍に投降すれば済むわけだから。
「プーチンの野望を断つには経済制裁しか道はないのか。」
あるというなら、ここに、書き上げるべきではないか。
国連加盟国は、国連憲章により、自衛以外の「戦争」は禁止されている。
その国連憲章に堂々と違反し、「違法な戦争」を仕掛けたのが、ロシアだ。プーチンだ。
そのプーチンを、批判し、戦争を止めさせるために、アメリカや、NATOが、国連憲章に違反し、武力介入したとしたら、そこに生まれるのは、「身勝手な正義」がぶつかり合う「無法地帯」しかないではないか。
国連憲章は、
@個別的自衛権、A集団的自衛権、B国連による軍事的措置――の3つの武力行使を認めている。
@個別的自衛権とは、違法な戦争で攻め込まれた当事国が自衛の範囲内で反撃する権利だ。
A集団的自衛権とは、攻め込まれた当事国と友好関係にある国が一緒に反撃する権利だ。
B国連による軍事的措置とは、国連加盟国が一体となって攻め込んだ国に対して軍事的制裁を行うことだ。
ウクライナでは、アメリカもNATOも国連憲章を守ろうとすれば、@個別的自衛権、A集団的自衛権、のいずれも行使出来ない。
唯一残る、B国連による軍事的措置にしても、当事者ロシアの拒否権で役に立たない、空文に堕してしまっている。
何か、可笑しいと思わないですか?
「戦争で苦しむのは常に庶民だ」
その通りだ。
だからこそ、国連憲章でも戦争を禁止しているし、その前に、明文化されていなくても、人類は等しく「戦争はやってはいけない」、どんな理由があろうとも「戦争は悪」だと思っている筈だ。
起きてしまった戦争なら、一刻も早く停止すべきなのだ。
戦争を続けながらの、「話し合い」など、成り立つ筈がない。
戦闘を停止し、他国に侵入した軍隊を国外に退去させたうえで、国連という唯一の国際機関のもとで話し合いを進めるのが順当なのだろう。
そうでなければ、互いに「自分達の正義」を主張する場に過ぎなくなる。、
経済制裁により、ロシア国民へ、世界各国の意志を示し、ロシア国民の覚醒により、プーチンの蛮行を止める。
今、プーチンの「私戦」を止められるのは、ロシア国民しかいない。
プーチン以外にこの戦争の責任を求めることが、あたかも自分は視野が広いと、勘違いしてはいないか?。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/673.html#c36
また「新・・・・」か。いや「核・・・」か
どちらにしても、うさん臭い。
アメリカが、核のボタンを日本に持たせる筈無かろうに。
よしんば、核を置いたとしたら、それは、「おとり」。
狙うなら、最初は、日本のここにしてね・・・だろうさ。
もう少し言葉を尽くしてくれないと、真意が伝わらないよ。
なので、問われていると仮定して、答えると、
私の正義はこんなものじゃないよ。
外れていたら、ご容赦を。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/673.html#c44
プーチンの「私戦」とは、私の造語です。
この戦争は、ロシアの為にも、ロシア国民の為にもならない、強いて言うなら、プーチンの私欲、保身のために引き起こされたものと考え、
そういう意味で、プーチンの「私戦」と表現したところです。
「ロシア国民しかいない」と言う意味について、
これは、各国の経済制裁も、どんなに大きな国際世論の声も、プーチンは、見向きもしないし、耳を貸さないだろうとの考えに立って、この戦争を止められるのは、プーチンを大統領に選んだ、ロシア国民の、また、ロシア国民であるロシア兵士の明確な反戦の意思表示しかないと考えたからです。
各国の経済制裁と、国際世論の声は、ロシア国民が、反戦の声を上げ、反戦の意思表示の行動を後押しするものと考えます。
言葉を尽くすと言うことは、難しいと実感。気付かされました。
とは言え、わたしには長文投稿の癖があるので、兼ね合いが難しそうなのが、悩ましいところです。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/673.html#c51
いつまでこんな状態を繰り返すのだろうか。
政府も、行政も、もっとやる気を見せないと。
3回目のワクチン接種にしても、似たような状態だ。
国民は、安心して付いて行かれない。
検査数増やして、と言い疲れた。
もう、好きにしたら、の気分だ。
危険な兆候でしょ、これって。
吉幾三「俺らこんな村いやだLv.100」替え歌
科学が無ェ 真面目じゃ無ェ
患者かどうかもわから無ェ
油断も無ェ 隙も無ェ
コロナ 毎日ぐーるぐる
朝起きて 犬連れで
距離を取っての散歩道
薬も無ェ ワクチン無ェ
生き抜ぐためには こさぇねば無ェ
俺らこんな国いやだ
俺らこんな街いやだ
生き抜いて帰るだ
生きて帰ったら 銭コァ貯めて
田舎で家買うだぁ
(YOU ARE DEAD!)
(あ〜ヨイショ)
検査も無ェ 隔離も無ェ
治療もそれほどやって無ェ
ホテルも無ェ ベッドも無ェ
保健師毎日ぐーるぐる
朝起ぎで マスクして
保健所までの散歩道
電話も無ェ メールも無ェ
コロナ患者は数多いる
俺らこんな国いやだ
俺らこんな街いやだ
生き抜いて帰るだ
生きて帰ったら
銭コァ貯めで
田舎で嫁っこ、探す〜。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/679.html#c6
植草氏曰く、
「紛争の解決に武力を用いないこと。」
「この意味で、ウクライナで生じている現実は悲しむべきこと。」
「ロシアは武力の行使を実行するべきでなかった。」
ここまで言っておきながら、、ロシアに向かって、直ちに武力行使を止め、ウクライナ国外に退去すべきだとは言わない。
言わないどころか、
「しかし、この問題はロシアだけの問題でない。」
と言う。
おいおい、そっちかい!
どっち向いて、話てるんだ〜、ではないか。
「しかし、この問題はロシアだけの問題でない。」と言った瞬間に、今現在も、他国を侵略し、他国民を殺戮している現状を、肯定せずとも、是認したに等しいことになる。
それ以降の記述に、ロシア非難は一切無く、あるのはバイデン批判、アメリカ批判のみ。
どんなに、紛争の遠因を分析し、冷静に経緯を見極めたところで、
どんなに、バイデン、アメリカの非を論ったとしても、プーチンが、現在ウクライナで実行している非道な、武力行使は、正当化することは出来ない。
そのこと自体が「戦争犯罪」だからだ。
「早期に停戦を実現するために、すべての国家が力を注ぐべきである。」
と言う前に、ロシアが攻撃を止め、ウクライナから退去すれば、違法な戦争は終わる。
何故そう言えないのだろうか?。
各国のウクライナに対しての武器支援を非難する前に、孤立無援のウクライナに対しての、国連の関与を訴えないのか?
植草氏の鋭い舌鋒で、目の前に展開されているロシアの非道な戦闘に対しての、厳しい批判を聞いてみたい。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/680.html#c35
「ウラジーミル、君と僕は同じ未来を見ている」
「ゴールまで、ウラジーミル、2人の力で、駆けて、駆け、駆け抜けようではありませんか」
どうしようね?
わしはとっくに堪忍袋の緒が切れてるわ。
「プ チーン」
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/685.html#c23
国連の第1の目的は、戦争が起きそうな場合に、軍事力を用いずに平和的に解決することだとある。
国連憲章第6章「紛争の平和的解決」では、当事者は、交渉・仲介・調停・裁判などによって平和的な解決を求めなければならないことを定めている。
しかし話し合いで解決せず、戦争が起こってしまう場合もある。
その時には、国連憲章第7章「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動」に基づき、事態の悪化を防ぐために第41条〔非軍事的措置〕、または第42条〔軍事的措置〕を取ることになっている。
詳しくは書かないが、要は、日刊ゲンダイの記者が、バイデン大統領に期待していることは、お門違いなのであって、その期待は国連に向かうべきことだ。
そして、国連は150か国もの国が、「プーチンの違法な戦争」を糾弾している。
決議に反対したのがロシア、ベラルーシを含めても、5か国だ。
中国、インドなどは、反対するのが恥ずかしいあまり、棄権に逃げ込む始末ではないか。
今、ウクライナは軍事的には、孤立無援に等しい。
見殺し・・・と言うのも、否定できない状況だ。
本来は、国連軍の出動が順当なのだろうが、常任理事国のロシアの拒否権でそれもままならない。
想定外のことが起こり、国連が機能不全に陥っていることを改めて、確認されたのではないか。
紛争当時国のロシアを常任理事国から外すということも排除しないという意見が出るのも、不思議ではない。
国連軍の派遣もままならないまま、ウクライナが、ロシアに蹂躙され、その結果のウクライナがどういうことになるのかは予断は許さない。
しかし、ロシアの「不法行為」によって、変えられたウクライナは、国際世論を味方にして、必ず、無条件での原状回復を要求をするだろう。
その原状回復を要求する権利は、ウクライナ側にある。
国連は、そのことを支援すべきだ。
今、アメリカが、NATOが、軍事介入すれば、バイデン大統領が言うように第三次世界大戦の口火となるだろうことは、素人の私でも、容易に想像がつく。
人類の叡智は、そんな愚行は求めないだろう。
しかし、この戦争で失われた尊い人命の原状回復の方法を人類は知らない。
そういう意味で、プーチンは、人類に対して取り返しのつかない蛮行を行ったことになる。
「狂人プーチン」の称号が相応しい。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/694.html#c11
これが風刺画なら、説明してくれないとよくわからない。
わしが見るに・・・
真実(REALITY)は、
獰猛な熊が、捕らえた子熊の首を抑えて、「これ以上逆らえば、こ奴らの細首をへし折るぞ〜!」「あっちへ行け〜!}
と恫喝し、
武器といえば、槍しか持たない人間が、小熊の命大切さに、抵抗を逡巡している図を描いた。
捏造(NARRATIVE)は、
「勝者は俺だ。命はもらった。精々お祈りしてろ!。」
どうでしょ?。
今、すべての戦場はウクライナ国内にある。
プーチンは、熊穴に隠れているのではなく、遠く離れた、世界で最も安全な、クレムリンの暖かい部屋に隠れ、子熊の肉に舌鼓なことだろう。
プーチンの凶刃は、ロシア国民にも向け始められた。
プーチンにとって、不都合な真実が、電波に乗って、世界中を、ロシア中を駆け巡っている。
慌てて作る、情報発信を禁止し、重罰を科す法律など、誰が従うものか。
どんな法律も、人類の公序良俗に反するものは無効なのは、改めて言うまでもない。
しかし、国家権力が暴走したとき、国民の犠牲は防ぎようもない。
プーチンの振舞い、ロシアの蛮行を止められない状況を見て、私たちは、何を学ばなければならないのか。
それは、国家権力の暴走から、国民を守るためにある「憲法」の大切さを認識し、
その「憲法」を飾り物にしてしまう、「緊急事態条項」を憲法に書き込もうとする、改憲派の動きに毅然として反対の行動を起こすことではないか。
ウクライナ頑張れ!、ロシアは帰れ!
ウクライナのせいだ!、ロシアは悪くない!
と言い合うのもいいが、真実は一つしかない。
何が真実かは、プーチンの凶刃が、ロシア国民にも向けられ始めた事実を見れば明らかではないか。
私たちは、ロシアの振舞いを見、ウクライナ国民の振舞いを見、かつて、近隣諸国を侵略した、あの時代の日本に再び戻ることがないようにしなければならないのではないか。
私は、そう思う。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/695.html#c73
「国連が3月2日に国連総会緊急特別会合を開き、ロシアによるウクライナ侵攻を非難する決議を賛成多数で採択した。」
その意味を、少しでも矮小化したいようだ。
そのために、
「反対、棄権、意思表示なしの国の人口を合計すると、全193ヵ国の人口の約半数になる。
この意味で、世界人口比では賛成と賛成以外がほぼ同数ということになっている。」と、とんでもない詭弁を弄してまでとは、・・・
もっと自分を大切にしたらと思わざるを得ない。
世界の人口比を引き合いに出すことも驚きだが、
「賛成したのは193ヵ国中の141ヵ国。
反対は5ヵ国、棄権35ヵ国、意思表示なしが12ヵ国だった。」
と明確なのに、あえて、「賛成」とそれ以外を「非賛成」と勝手に、都合よくまとめて、「ほら、同数でしょ・・・」
というのだから、開いた口も塞がらない。
この場合は、どうしても纏めたいなら、決議案に「反対(5ヵ国)」と「非反対(賛成141ヵ国、棄権35ヵ国、意思表示なしが12ヵ国)」で評価するのが正しい。
結果は明らかなので、私は人口比は確認しないけどね。
暇な人がいたら試してみて。
棄権(35ヵ国)、意思表示なし(12ヵ国)の各国は、反対することは良心が許さず、かといって賛成するには、ロシアとの付き合い上、今後の影響が大きいと判断し、どうせ賛成多数で決議されるとわかっての行動ではなかったか。
ロシアの切り崩しもここまで。・・・
無駄な足掻きだったというオチだろう。
植草氏曰く、
「世界に価値観は多様に存在する。
特定の価値観を独立国家に強要することはできない。」
それを誰に向かって言っているのだろうか。
今、この時点では、その言葉は、ロシアに向かって言わねばならないのではないだろうか。
最後に
「今回の問題は原発の潜在リスクを改めて白日の下に晒したという意味を持つ。」
は重要な言葉であることは間違いない。
いとも簡単に、原発が攻撃対象になり、そして敵に制圧された事実は大きい。
そして、冷却設備の電源が遮断されたら・・・
原発はどうか知らないが、うちの場合は、ブレーカーのスイッチは一個だ。
ちょっと引くだけ。それで原発はメルトダウン、日本は沈没。
日本のノー天気な原発の安全神話に対して、一つの大きな警鐘となったのではないか・・・。
と思っていたら、日本の官房長官が、
「原発にミサイル攻撃されたらどうするのか?」
と聞かれて、「ミサイル迎撃システムで撃ち落とすから、問題ない、問題ない。」だと。
どうしよう。ね。
ミサイル迎撃システムって、上向いてるんじゃなかった?
巡航ミサイルは、横から低空を縫うようにして進んでくると思ってたけど・・・。
ミサイルという高価な武器を使わずとも、今ではドローンというものもあるしね。
どうするんだろう。ね。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/700.html#c13
山口氏、「私は与党だ。あくまでも野党の玉木氏の要望は聞き置いておく。ありがたく思え!。ところで、原発再稼働が土産か?」
と言ったところではないか。
玉木氏は、いずれ「緊急事態条項」を憲法に盛り込むことにも、土産に差し出し、賛成するだろう。
そして、論功行賞として、自民党入り、・・・を夢想しているのではないか。
そこには、国民はおろか、国民民主党の党員への思いすら存在しない。
その姿は「ぬゑ」と言おうか、「太鼓持ち」と表現しようか、いずれにしても、公党の代表には、最も相応しくない人物と言える。
これで立憲民主党と国民民主党の復縁はなくなった。
国民民主党が立憲民主党に潜り込むか、都ファと合体するかで、分裂するのだろう。
同じように、反原発か原発再稼働容認かで、立憲民主党も分裂の危機を迎える。
夏の参議院選挙の公約を取りまとめる時が、発火点となるのだろう。
どういう結果になるかは予断を許さないが、いずれにしても、一つの党に2つの理念、基本政策が混在しているようでは、政党の体をなしていないことを考えれば、当然の帰結と言える。
原発の安全神話などは、ミサイルや、ドローンの前には、屁のツッパリにもならない。
しかも、今や携行ミサイルだと。
わしは、ガラケーだから、人様のことは言えないが、世の中の技術は日進月歩だ。
時間が止まっているのは、原子力ムラ。
しんわの時代から動かない。既に化石化してしまっている。
今は、れいわの時代だというのに。
わしも、いよいよ3月11日にスマホデビューじゃ。
技術の進歩を直接肌で感じなければ、時代に取り残されてしまう。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/705.html#c21
弁護団の布陣を見れば、誰でもそうなるよね。
橋下の代理人なんかは、明日あたりに、辞任だろう。
相手が悪すぎる。経歴に傷がつくだけだもんね。
あるいは、訴えの取り下げとか・・・
そして、第一回口頭弁論には、橋下は勿論、代理人すら欠席でないかい。
無断で・・・。無断欠席は良くないでしょ。
都合よく、代理人がコロナに罹ったりして。そして橋下が、濃厚接触者?
言葉を換えれば敵前逃亡だからね。
橋下や維新が、あんまり図に乗るようなら、「訴訟詐欺」とか、国会議員に対する「威力業務妨害」とか「偽計業務妨害」とかで告発してほしいわ。
維新のやり口にくぎを刺してほしいね。
そうしなければ、これからも、言論封殺のスラップ訴訟の悪用は止まらないだろう。
弁護団の布陣を見れば、この民事裁判を撥ねつける以外の、もっと別の狙いも感じるけど・・・どうだろうか。
いずれにしても、公開で、橋下に謝罪を求めるべきだと思うよ。
「もう、二度としません。許してください」というのを聞きたい。
大石氏は、何て返すだろうか?
大阪弁で、「何してくれてんねん、このボケ、カス、アホが!」
か、
「二度と、ふざけた真似はするな!」
か、
「ふざけんな!」
かな?
そういえば、思い出した。
「森友問題」は未だに何も解明されていない。
「赤木さんが、自死に至る経緯も、本当の加害者が誰かも、何も解明されていない」
忘れないぞ。
「ふざけんな!」
みんなも
「忘れんな!」
規範意識とは、
道徳、倫理、法律等の社会のルールを守ろうとする意識のこと。遵法精神ともいう。
ウィキペディア
それでは規範とは何か?。
規範とは、「〜である」と記述される事実命題に対し、「〜べきである」と記述される命題ないしその体系をいう。法規範や社会規範がその典型であり、道徳や倫理も規範の一種である。社会学において人間社会集団におけるルール・慣習のひとつでもある。 ウィキペディア
今、ウクライナという国では、戦争が起きている。
ロシアとウクライナが、お互いに「正義」を主張し、人間同士が、殺し合いをしている。
ほんの少し前までは、ロシアとウクライナの国際社会での、互いの関わり合いを大切にする思いや行動があったからこそ、両国関係という「社会」が成り立っていたはずだ。
同胞と言われ、兄弟国と言われていたくらいだ。
しかし、今、ウクライナという国では、ウクライナとロシアの間で、悲惨な戦争が起きている。
戦争が止められないのは、規範意識が失われてしまっているからだ。
人々は、失いかけた規範意識を取り戻さなければならない。
その意識の復活がなければ、どんな立派な規範があったとしても意味が無い。
人間が人間でなくなる瞬間だ。
すべての人が冷静になり、人間性を取り戻して、一刻も早く、規範意識を取り戻さなければならない。
そのうえで、現在、国際社会で、国家間の紛争を解決するための「規範」を守るという基本に立ち返り、その「規範」に示されている、武力を用いることなく、「話し合い」による解決を、粘り強く追求すべきではないか。
今、私たちは、「国連憲章」という「規範」を持っている。
国連に加盟している各国は、すべての国が「国連憲章」に従うことを誓っていたのではないか。
国連の第1の目的は、戦争が起きそうな場合に、軍事力を用いずに平和的に解決することだとある。
国連憲章第6章「紛争の平和的解決」では、当事者は、交渉・仲介・調停・裁判などによって平和的な解決を求めなければならないことを定めている。
今、この瞬間に、この戦争を止められるのは、ロシアのプーチン大統領しかいない。
そして、たった一言、「戦闘止め!」の命令を下せば、取り敢えず、人間同士の悲惨な殺し合いを止めることができる。
そういう意味において、そのことをを実行しないプーチン大統領の責任は重大だ。
プーチン大統領に規範意識が残っていれば、「国連憲章」に、その「規範」を求め、行動すべき責任がある。
ウクライナとの問題も、NATOとの関係も、問題があるなら、「国連」という機関において堂々と、ロシアの言い分を述べればいい。
プーチン大統領には、人間性を取り戻し、規範意識を取り戻すために、自身を振り返る時間が必要だし、側近の諫言が必要ではないか。
そもそも、プーチンの周りに、諫言する人がいないとなれば、それは、プーチンにとって不幸であり、ロシア国民の不幸でもある。
その不幸は、ウクライナに及び、ひいては世界に波及しつつある。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/712.html#c60
今回の裁判は、弁護士の善悪を判断するものではないだろう?。
橋下の悪を白日の下に晒すことが、最終目的なんだから。
「飛んで火に入る夏の虫」のごとし。
橋下や、維新が、二度と、このようなえげつないやり方で、言論封殺しようなどと思うことがないように、徹底的にやり込めてやらなければならない。
助さん!、格さん!、「懲らしめてやりなさい。」だろう。
本質的な議論をしないと。ね。
>29氏も、論点をずらしなさんんな。
「彼を知り己を知れば百戦殆からず」
ということもあるし、
「機を以て機を奪い、毒を以て毒を制す」
ということもある。
と言っても、そこは本質ではない。
本質的な議論をしないと。ね。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/706.html#c30
皆、この言葉に異論がないでしょ。
この感覚が、「常識」というもの。
普通一般な多くの人の感情、考えだと思うよ。
そのことは、人種、国家、主義主張の違いは関係ない。
植草氏に欠けているのは、そのことではないかな。
なんで、人と人が殺し合っているんだ?
そのことの説明が出来る人はいる?
日本だったら、誰でも、まず、警察を呼ぶだろう。
襲い掛かった方に向かって、「やめろ!」と叫ぶだろ。
改めて、論点をずらしなさんんな。
この裁判騒動の本質は、橋下、ひいては維新による、国会議員に対する、言論封殺のための攻撃と捉えるのが正しい。
あくまでも、攻撃を仕掛けたのは橋下、降りかかった火の粉を払おうとしているのが大石氏。
この機会を捉えて、橋下や、維新が、二度と、このようなえげつないやり方で、言論封殺をしようなどと思うことがないように、徹底的にやり込めてやらなければならない。
橋下や維新が、あんまり図に乗るようなら、「不当訴訟」「訴訟詐欺」とか、国会議員に対する「威力業務妨害」とか「偽計業務妨害」とかで告発、反訴も考慮して然るべき案件だ。
この構図もって、「『維新』と正面から戦っているのは、『立憲民主党』ではなく、『れいわ新選組』です!」を演出するためのプロレス興行」というのは、あまりにも穿った見方と言わざるを得ない。
第一、この裁判を待たずに、弘中惇一郎弁護士の登場を待たずとも、「『維新』と正面から戦っているのは、『れいわ新選組』です!」というのは、周知の事実ではないか。
だから、橋下が無理筋な訴訟を起こす理由も、知れようというものだ。
本質が理解できたところで、改めて氏の論点ずらしに付き合うと、
スポーツ報知, 2022/2/9の記事が事実として、「山本氏は、騒動を「泥プロレス」と名付け、「橋下さんを心配しています」と話した。」
ことについての私の感想は以下の通りかな。
山本氏は、「泥仕合」のことを言いたかったんだと思うよ。
それを「泥試合」と間違って頭に浮かべ、転じて「泥プロレス」と表現した。
「泥仕合」とは、
「互いに、相手に対して欠点や弱点、秘密などを言って非難し醜く争うこと。」
そうだとしたら、客観的に見て、橋下に勝ち目がないことは歴然ではないか。
山本氏が「橋下さんを心配しています」というのも、「むべなるかな」ではないかな。
このタイトルは、ちょっと違うのではないか。読者を誤った方向に誘導する。
このタイトルでは、戦争が生み出す狂気に警鐘を鳴らすも、戦争を起こした犯罪人そのものは隠していることになる。
物分りのいい人の、居心地のいい「一億総懺悔」の発想に迷い込んでいるに等しい。
正しいタイトルは、
「何もかも狂わせたプーチンの狂気」止めようともしない侵略と殺戮。
が相応しいのではないか。
記事では、
「戦争を起こしたプーチンが正気を失っているのは間違いない。」と言い、
「プーチン大統領の狂気が、世界を一変させている。」とも言う。
「一方的にウクライナに武力侵攻したプーチンに非があるのは間違いない。国際法違反なのは明らかである。」とまでも言う。
しかし、その後は、プーチン擁護に転ずるのは、どういう訳か。
「プーチンを非難する側も異様な興奮状態になっている」と言い、
「・・・どうしてプーチンがウクライナに攻め込んだのかを理解せず、感情的に批判しているだけでは、・・・」と、狂気のプーチンを理解しろとも言う。
今の世界の、プーチン批判が、感情的だと・・・どうして決めつけられるのか。
それこそが、「感情的」ではないか。
そして、言う、
「国際世論は「ロシアが悪、ウクライナが善」という単純な構図になっているが、ウクライナに全く非がないわけではない。」
ちょっと待てよ。
国際世論は、「ウクライナが善」と言ってるか?
今回の戦争に限っていえば、ウクライナは明らかに「自衛」の戦いを強いられている側だ。
プーチンによって仕掛けられた違法な戦争で、国民が殺戮されている側だ。
「ロシアが悪」とも言っていない。
そんな軽い話ではない。
「狂人プーチンとその取り巻きが起こした違法な戦争を、殺戮を、即刻止めろ」と言っているのではないのか?
プーチンが側近を恫喝し、有無を言わさずに、服従を誓わせているテレビ映像を見るにつけ、「狂人プーチン」ということが確信に変わった。
あの映像の中で震えていた側近たちは、いったい何に怯えていたのだろうか。
自身の地位を失うとしても、あそこまでは怯えないだろう。
あそこまでの「怯え」は、「自分の命」と「家族の命」が、既に「人質」になっているという意識からではないのだろうか。
「命あっての物種」「触らぬ神に祟り無し」「きちがいに刃物」「バカな大将、敵より怖い」「驕る者久しからず」「風前の灯火」「もうしばらくの辛抱だ」
そんな思いを巡らせていたのではないか。
あの映像を見て、そう感じた。
記事が言う。
「外交交渉は両者が譲歩しなければ成立しない。このままでは、プーチンが国際世論に包囲されて白旗を揚げるか、ウクライナが焦土化するまで戦争が続いてしまうのではないか。」
ウクライナが焦土化しても戦争は続く。プーチンが白旗を揚げるまで。
「首都キエフの陥落が、ウクライナという国家の敗北であり、戦争は終わる」、といった見方は、誤りではないか。
正常に機能している中央政府の存在する場所を首都と考えれば、キエフがその環境でなくなったとすれば、場所を、より安全な、西へ移せばいいだけだの話だ。
個々の都市の陥落に一々拘らず、個々の都市の攻防で、ロシア軍の損害、消耗を大きくし、戦線を西へ誘導し、そのことにより、ロシアの補給線を大きく間延びさせることが出来る。
ロシアは占領した個々の都市の治安維持に相当の兵力を割かざるを得ず、西部戦線での戦力は低下することになる。
かつて、ナチスドイツが、ソ連に侵攻し、そして、ソ連領深く誘い込まれて、結果大敗を帰した、そういう歴史の再現が見られるだろう。
残念ながら、当然、ウクライナの兵士、市民の犠牲は甚大なものとなるだろう。
今のウクライナ政府が、勝利を掴むまで、心情的にそのことに耐えられるかも大きなポイントになる。
ウクライナの人口は4400万人。
一割の国民が戦闘に参加すれば400万人の兵士となる。
戦闘に必要な兵器は、NATO他の諸国から支援を期待できるだろう。
ロシア兵が15万人、30万人規模で侵略してきたところで、400万人を鎮圧出来ないことは自明ではないか。
核兵器の使用をチラつかせても、恐れることはない。
ロシアの西に位置するウクライナで核兵器が爆発すれば、その「死の灰」は偏西風に乗って、ロシアに運ばれ、モスクワに運ばれ、ロシア国民とクレムリンに降り注ぐ。
待っているのは、自滅しかない。
「大義」の無い戦争に勝利がない所以だ。
ウクライナの国民が、今のウクライナ政府をどこまで支持し続けられるかが、ポイントになるのではないか。
この二つのポイントは、結局は、ウクライナ政府とウクライナ国民の間の信頼関係に帰結される。
現ウクライナ政権(それが、国外に逃れた亡命政府であったとしても)が存在し続けている間は、ロシアがどんな傀儡政権を立ち上げようとも、意味は無い。
ロシアのウクライナ侵略を際立たせるだけにしかならない。
「国家」とは、一定の領土に定住する多数人で構成される団体で,排他的な統治組織をもつもの。一般に,領土・人民・主権(統治権)の3要素からなるとされる
仮に、ウクライナの領土が、ロシア軍に蹂躙され、ウクライナ国民の主権が奪われ、プーチンの傀儡政権が偽装されたとしても、そのことをもってして「国家」とは言えない。
ウクライナ国民の主権が失われた瞬間に、ウクライナという国は消滅する。
言い方を変えれば、ウクライナ国民が一人でも残っていれば、ウクライナという国
は滅びることはないということになる。
したがって、ウクライナが焦土化しても戦争は続く。プーチンが白旗を揚げるまで。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/744.html#c32
しかも、賛成の理由が、「トリガー条項を撤廃する」というのか、「トリガー条項の撤廃を検討する」という程度の個人的な思い込みにしか過ぎなかったのだから、世界の「笑いもの」でしかない。
挙句の果には、総理本人から明確に否定されるに至っては、すでに公党の党首でいられるわけがない。
党首に居座るとすれば、それは「私利私欲」であり「保身」であろう。
「恥知らず!」と言うしかない。
近い将来、自分を、高く自民党に売り込む算段なのではないか。
さらには、原発の再稼働を提案するとは、どこまで国民を裏切れば気が済むのか。
立憲民主党が、「密約」を疑うのも、「むべなるかな」ではないか。
もしかしたら、「緊急事態条項の憲法への記載」という、「悪魔の改憲」に手を貸すことまでをも、密約したか?
そのくらいに、驚天動地の「予算案の賛成」であるにもかかわらず、国民民主党内からは、さざ波が立つ気配すらない。
党所属議員の政治生命の消滅とともに、一つの公党が、終わった瞬間なのだろう。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/745.html#c19
「法の下の平等」などという綺麗ごとを、実感している人が、どのくらいの割合で存在しているだろうか。
法律が、政府はもとより、警察、検察、裁判所、さらには検察審査会までもが、法律を恣意的に運用している現状で、例を挙げたらキリがないのではないか。
有名どころでは、山口某の逮捕妨害、黒川検事長の微罪放免、案里事件の被買収先生方の不問、沖縄の辺野古基地建設等々、すべてが、法の抜け穴を、あるいは、与えられた権限を、法律の専門家が悪用した結果起こったものだ。
そのことによって、罪を逃れ、得をした者が必ずいる。
罪を逃れさせた者も、同様に、有形無形に利益を享受したに相違ない。
そうでなければ、法的な危険を冒す動機が無くなるからだ。
「侮辱罪厳罰化」も罰する対象を恣意的に選択することによって、自由な言論の封殺を狙うものだろう。
この阿修羅掲示板も、当然監視の対象になっているはずだ。
「各々方、ご用心召されよ!」ではないか。
とは言え、そんなことは今に始まったことではないことも、皆さんご存じだ。
日本にも、秘密保護法という、恐ろしい法律がすでにある。
「情報」を得ようと近づいた途端に、「はい、逮捕!」だからね。
近づいただけで逮捕される「情報」は、逮捕されても分からないという代物だ。
恐ろしいこと極まりない。
しかし、権力者が狙う究極の法は、「緊急事態条項の憲法への記載」に他ならない。
それさえ実現できれば、時の総理大臣の権限は、今のプーチンの比ではなくなる。
「緊急事態」を「宣言」するだけで、立法府も司法府も停止させ、内閣だけで、どんなことも可能となるということだから、恐ろしい。
絶対に阻止しなければならない。
敵は、着実に外堀を埋めてきている。
「侮辱罪厳罰化」もその一環とみることができる。
ところで・・・、
「侮辱罪」に当たる言葉の事例を二つばかり揚げとくね。
@「アホ」や「バカ」というような抽象的な誹謗中傷は侮辱罪に当たる
・お前って本当にバカだよな!
・お前ほどのアホはこの世の中にいないよ!
・○○さんって人間のクズみたいな考え方するよね。など
A容姿を否定するような誹謗中傷も侮辱罪に当たる
これらは、阿修羅の掲示板でもお馴染みだけど、これからは気を付けようぜ。
「きちがいに刃物」「バカな大将、敵より怖い」
これって、ダメ?
今朝コメントで、使ってしまったけど・・・。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/746.html#c18
その時の記事に2月27日に投降したコメントを以下に再掲したい。
以下再掲。
新潟県知事選で立憲民主党が独自候補の擁立を断念。
残念と言うより、情けない。
既に野党第一党の矜持も失っている、と言わざるを得ない。
有権者に選択肢くらい、提供したらどうだ。
戦う前から「敵前逃亡」なのだから、どうしようもない。
地方選とは言え、新潟は原発で明確な対立軸がある筈だ、
「反原発」を掲げて、野党を糾合すれば、多くの県民には必ず支持して貰えると思うのだが。
仮に、負けたとしても、地方での野党一体となった闘いは、国政選挙でも、必ずや、効果を上げるだろう。
それにしても、連合新潟なんかは、早々と、自民党と一緒に現職支持だから困ったものだ。
「自民、連合と政策協議推進 運動方針案発表、野党分断狙う」
東京新聞にこんなタイトルで、記事を書かれるようでは、先が思いやられる。
今、「連合」内部で何が起こっているのか、簡単に想像がつくというものだ。
少し前に、夏の参議院選挙に向けて、立憲民主党、国民民主党とは、政策協定を結ばないと言っていた「連合」。
そして、連合会長と、小渕優子組織運動本部長の極秘会談があり、この東京新聞の記事。
もう、連合の幹部が何を考えているのか、分かろうというものだ。
立憲民主党などは、自分に不都合な現実を、見たくないから、見ないだけ。
お化け屋敷に入って、最初から目をつむり、耳を塞いで、出てくるようなものだ。
自分達に不都合な真実に慄き、その現実からの逃避に時間を費やす。
しかし、それでは現実は変えられない。
朝日新聞によれば、
「立憲民主党の泉健太代表は25日、連合の芳野友子会長と面会し、夏の参院選の1人区では、共産党を含めた野党候補の一本化をはかる方針を確認した。終了後、泉氏は芳野氏と共同記者会見し、「連合と一致したのは『候補者調整』というキーワードであり、方向性だ」と語った。
キーワードは「候補者調整」なんだと。
したがって、先の総選挙を前に、市民団体と野党4党で交わした「政策協定」も無い。
「野党共闘」は無い、と宣言したに等しいではないか。
何も分かっていないし、何も反省していない。
立憲民主党の言う「候補者調整」とは、
「立憲民主党の公認候補を立てた選挙区には、他党が候補を立てることは遠慮してね。立憲民主党という党は、公認候補は降ろさない党なので。
立憲民主党が候補を立てない選挙区は、夫々の党で相談して決めてね。立憲民主党は口を挟まないから。
比例区では、夫々の政策を訴えて、切磋琢磨しましょう。💛。
それじゃよろしく。協議も無駄だから、止めましょう。野党第一党の立憲民主党は、候補者は降ろさないので・・・。」
これで「候補者調整」が出来ると考える方がどうかしている。
よしんば、一部で、野党候補に乱立を防げたとしても、他党の支持者が立憲民主党の公認候補に投票する「大義名分」も無いし、「義理」も無い。
とすれば、抗議の「白票」か、絶望の「棄権」しかないではないか。
「候補者調整」レベルで、選挙に勝てるくらいなら、先の総選挙で、既に政権交代を実現していただろう。
「野党分断狙う」。
自民党の狙いがこれほどまでに、明らかなのに、今はまだ野党第一党たる立憲民主党の「無為無策」は万死に値するだろう。
野党を糾合し、国民を糾合するにはどうすればいいか。
そのことを考えるのが、野党第一党の責務ではないか。
野党第一党に籍を置く者の矜持ではないか。
国民の期待をこれ以上裏切ることは、もう許されない。
再掲、ここまで。
共産党と協議を開始した瞬間に、立憲民主党の公認候補予定者の何名かは降ろさねばならなくなり、その覚悟も、党内説得の力量もないということなら、諦めるしかない。
無いものねだりで、時間の浪費は、お互いの不幸を招くのみ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/750.html#c12
これも、巧妙な詭弁ではないか。
ロシアによるウクライナ侵攻が開始されて以降、「米は善」というニュースも記事も私は目にしたことがない。
日刊ゲンダイの記事には、
「国際世論は「ロシアが悪、ウクライナが善」という単純な構図になっているが、ウクライナに全く非がないわけではない。」
というものがあったが、私は同意していない。
国際世論は、「ウクライナが善」と言ってるか?という立場だ。
今回の戦争に限っていえば、ウクライナは明らかに「自衛」の戦いを強いられている側だ。
プーチンによって仕掛けられた違法な戦争で、国民が殺戮されている側だ。
そして、「ロシアが悪」とも言っていない。
そんな軽い話ではない。
「狂人プーチンとその取り巻きが起こした違法な戦争を、殺戮を、即刻止めろ」と言っているのではないのか?
だからこそ、ロシア国民の反戦デモのニュースに触れ、わずかな希望の光を探すのではないのか。
「米は善露は悪」とは、植草氏や、そのお仲間が言っているだけではないのか。
植草氏の考えでも、さすがにロシアをあからさまに擁護できないので、「米は善露は悪」という意見を創造し、「米は善」との考えが誤りであることを強調することで、「米は善露は悪」の考え方を浅はかと断じ、ひいては「ロシアは悪」も否定して見せる。
同様の手口は、橋下によく見られる。
自作自演であり、マッチポンプであり、詭弁でもある。
植草氏も、まるで人が変わってしまったようでもある。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/749.html#c25
適切な例を挙げるとすれば、
今、我々が目にしているのは、「街中で、一人の男が包丁を手にし、一人の男に馬乗りになって、包丁でめった刺しにしている、あるいは、無差別に周りの人を刺しまくっている光景。」
まさにその現場に立って、目撃しているということではないか。
私も含め、周りに集まった群衆が口々に叫ぶのは、「包丁を持った男」に向かって「やめろ!」、「おい、ヤメロ!」ではないか。
今はここ。
まさか、「刺されている男」に向かって、おまえにも非があったんだろうよ、「知らんけど」とは言わんでしょ。
同じように、刺されてる男は、昨日、包丁を持った男を殴ってたかどうか、調べることもしないだろうし、
誰かが物知り顔で、「あいつ、昨日、包丁男を殴ってた」と言っても、まともには聞いてないと思うよ。
それどころではないと・・・。
この瞬間はね。
そんな余裕も無く、ただ、ただ、包丁を持った男に向かって「やめろ!」、「おい、ヤメロ!」と叫ぶ。
それが人間の行動として普通で自然だ。
今のロシアがウクライナで行っている戦争は、ここ。
今日も、この瞬間にも、多くの命が失われている。
問題の本質はここにある。
争いの原因、遠因などは、包丁男を取り押さえてから、裁判で明らかにすればいいことではないか。
正当防衛を主張したければ、裁判で訴えればいいではないか。
今は、とにかく、包丁男が、包丁を捨て、馬乗り状態を解消すべきと言うことだ。
すなわち、ロシアというより、プーチンが「戦闘止め」の命令を下し、ウクライナ国外へ退去することが求められる。
ウクライナが、国民の生命に甚大な危険を及ぼすことを恐れて「降伏」しろと、もっともらしく言う人も散見されるが、それはウクライナの死を意味しており、先の例でいえば、馬乗りになられていた人に向かって、抵抗は止めて「殺されろ」と言うに等しい。
ウクライナの人から見れば、「よく言うよ」ではないか。
戦闘を止め、ウクライナ国外へ退去したうえで、その次に、ウクライナとロシア間の紛争を国連という国際機関で調停、審理されるべきだというのが、国際世論の大勢であり、期待ではないのかと思うところだ。
そこで初めて、「どっちもどっち」論も俎上に上がることができる。
自公は、
@年金生活者を対象に、「臨時特別給付金」を、1回限りで5000円程度支給。
A改憲で、緊急事態条項の憲法への記載。
B新資本主義を目指した政治。
旧(今はそうとしか言わざるを得ないのが辛い)野党共闘は、
@消費税の廃止。
A護憲、憲法九条死守。
B「国民の生活が第一」の政治
今度こそ、日和るな!、立憲民主党!
政策協定の締結の無い「候補者調整」では、他党支持者の票は、立憲民主党の候補に一本化されたとしても、素直に、立憲民主党には向かわないことを理解しよう。
何もしなければ、他党支持者の票は、「抗議の白票」か、「絶望の棄権」で消える。
せっかくの国民の権利も。「雲散霧消」
他党支持者にとっては、立憲民主党の候補に一票を投ずる「大義名分」も「義理」も無いことは分かって貰わないとね。
立憲民主党は、国民に、少なくとも他党支持者に、「大義名分」を用意しなければならない。
そういうと、また分裂の危機が・・・となるのかな。
そんな時は、「去る者は追わず、来る者は拒まず」
私は、「貰えるものは拒まず」
それでも自公には投票しないから安心していいよ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/807.html#c30
どこかで聞いたことがある「議論すべき」と言う言い方。
そうだ、「改憲の議論はすべき」と言ってた、あれだ。
あの時も、最初は「議論はすべきだ。」から始まった。
そして、いつの間にか「改憲はすべきだ。」に変わった。
それが、今では堂々と、「緊急事態条項の記載」を口にする。
その成功体験に味を占めた、今度の、「(米国との)核シェアリング(共有)を議論すべき」の狙いは何か?
それは、「非核三原則の骨抜き」と、「敵基地攻撃能力保持の既成事実化」、これだろう。
NATOの一部の国が共有している核兵器はどんなものか。
大陸弾道弾のような戦略核なら、NATOに配備する必要がない。
彼らが必要性を感じるのは、冷戦当時の旧ソ連との戦争勃発に備えた、戦術核のほうだ。
要するに、局地戦で使用可能な核兵器ということになる。
そのことを日本に当てはめて考えた場合、四方を海に囲まれた日本では、戦術核兵器は使用する機会がない。
日本が仮に戦術核兵器を共有し、使用するとすれば、それは、「他国の領土において」でしかあり得ない。
そして、他国の領土で使うためには、「自衛のための敵基地攻撃」を正当化しなければならない。
つまるところ、「敵基地攻撃能力保持の必要性」の議論と、「(米国との)核シェアリング(共有)を議論すべき」という話は、相互に補完しあっているということになる。
努々、誘いに乗ってはならない。
冷静になって考えれば、米国が日本に核のスイッチを持たせるわけがないではないか。
日本が保有するプルトニウムの量さえも神経質に監視しているくらいだ。
第一、日本はいまだに「敵国条項」に記載が残っている国でしかない。
そのことを、忘れてしまっていないか?
「敵国条項」とは、国連憲章第53条、第77条1項b、第107条に規定されている。
その内容を端的に言えば、第二次大戦中に連合国の敵国であった国が、戦争の結果確定した事項に反したり、侵略政策を再現する行動等を起こした場合、国際連合加盟国や地域安全保障機構は、安保理の許可がなくとも当該国に対して軍事制裁を科すことができる、としている。
すなわち日本は、国連憲章も、日本に対する武力侵攻も、戦争も禁じていないという立場にあることを忘れてはいけない。
他国に口実を与えるような軽挙妄動は、現に慎まねばならない。
「敵基地攻撃能力保持」が、隣国から見て、「侵略政策を再現する行動」と見做されれば、先制攻撃を受けても、非難できない立場だ。
国連の支援も期待できない。
その結果は、かって国際連盟の脱退から始まった悲劇の繰り返しになるだろう。
私たちは、「権力者、為政者の暴走を抑え、国民を守るための憲法」を絶対に手放してはいけない。
権力者、為政者は、あらゆる手段を用いて、自身の権力行使の足かせにを取り除こうとする。
「護憲」
これは、為政者と国民の戦いであり、将来の国民を戦争の悲劇から守る戦いに他ならない。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/811.html#c14
調査方法は、各種世論調査で一般的に行われている、いわゆるRDD方式ではないらしい。
札幌市によれば、郵送調査、インターネット調査、街頭調査を組み合わせたんだと。
一般的ではない調査方法をあえて選択し、しかも、そんなのを3つも組み合わせるとは・・・。
狙いがちっとも理解できない。
どうして、電話によるRDD方式の調査が外されているのだろうか?。
少なくとも、3つの調査方法の一つに入れないとね。
あるいは、調査方法を4つにするとか・・・。
郵送調査も、インターネット調査も、街頭調査も、調査の母集団の偏り、選択されたサンプルの偏り等を排除することが担保されているとは言えない。
全く、科学的に統計学によって母集団の傾向を把握できるものではない。
何故、こんな無駄なことをするのか。
調査をしたとのアリバイ作りと、道民の賛成過半数を捏造するためなのか。
世論調査を実施してきた新聞各社には期待したいが、少なくとも、北海道新聞は、独自に、世論調査を実施すべきだろう。
その結果によっては、行政の恣意的な世論誘導の疑いが明らかになり、、行政の公平性に重大な疑念が生じる。
札幌市民の意思表示は、2023年の札幌市会議員選挙で示されるだろう。
そして、2027年の札幌市会議員選挙で。
あわせて、同年の北海道知事選の重要な争点になることも避けられない。
個人的には、「コカ・コーラへようこそ」のあの、「ドンジャラ」「ドンジャラ」騒ぎは願い下げだ。
再び、ぼったくりバッハに、わかってて「ぼったくられる」のも勘弁願いたい。
「感動の押し売り」にも辟易しているところだ。
しかも、電通やパソナの「中抜きやり放題」を再び見せられるのは、御免こうむりたい。
北海道は広い、札幌にしてもしかり。
行政の支援を必要としている地域は数多あり、行政の支援を待っている人々も、大勢いる。
行政は、そのことに目を向け、真剣に取り組むべきではないか。
五輪などは、その後でいい。
優先順位は、ずっと後ろでしかない。
五輪など、日本でやらなくても誰も困らないことを考えれば、当然ではないか。
わしのところに調査が来ないかな〜。
「反対」一票を投じるけど・・・。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/818.html#c19
同じ口で「・・・でも、まず逃げる・・・」。と人道者ぶって言う。
今でもすでに300万人近くの人々が国外に避難している。
そして人道の立場で受け入れている国々も、すでに限界に近づいているのではないか。
ほかにも大勢の人が、橋下に言われるまでもなく逃げたいはずだ。
しかし、ウクライナ国民は4500万人を擁する大国だ。
この4500万人の全てをどうやって非難させられるというのか。
どこの国が受け入れられるというのだろうか。
そのことには、一切言及しない。
結局は、多くのウクライナ国民はウクライナという国家の存在する、ウクライナの領土で暮らすしかない。
そこで生きるしかない。生きる基盤がそこにしかない。
だから命をかけて国を、領土を、家族を、生活を守ろうとする。
ウクライナに残っているのは、ウクライナ政府が強要し、人間の盾に利用されているというような、戯言を言う人も阿修羅でも散見されるが、正気かと問いたい。
橋下は、違法な戦争を「政治」という言葉でカモフラージュし、プーチンの犯罪行為を、隠す行為に等しい。
しかし、それは結果であって、おそらく、橋下にとってはどっちでもいいことだ。
彼にとっては、公共の電波に乗せて、自分を優秀な、人間に、政治家に、人道者に、思想家に、コメンテーターに見せることが何よりも大切なことであり、発言の動機もその実現を目指すものでしかない。
だから、その場の雰囲気、空気で、過去の発言と矛盾することを平気で口にするし、できる。
自分がスーパーヒーローを演じていると思っているだけで、皆が三文役者と評価し閉口していることに気が付かない。
公共の電波を使うなら、
「・・・でも、まず逃げる・・・」
と言うのではなく、
「まず、戦闘を止め、殺戮を止め、国外に撤退しろ・・・」
と言うべきではないのか。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/822.html#c15
そういう認識に立てば、9条の規定は、時の権力者が暴走することがあっても、先の大戦のような「侵略戦争」を禁じ、放棄することを宣言したものだということがわかる。
時の権力者に「侵略戦争」を起こさせないためのものであると解釈するのが正しい。
憲法9条の1項の記述の主語が、主権者である「日本国民」であることが、そのことの決意を示している。
「日本国民は、・・・国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」
一方、憲法9条の2項の記述はどうか。
1項の戦争放棄の宣言の実行を担保するために、国家権力、為政者に対しての権限、政策を制限しているものと解釈するのが正しいのではないか。
「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」
つまり、過去に「侵略戦争」につながった、「戦力」を持つという政策は認めないし、国家権力に他国に戦争を仕掛ける権限を認めないし、国民を戦争に狩立てる権限も認めない。
主権者たる日本国民が、時の為政者に対して、「侵略戦争」を含め、その他のいかなる「能動的な戦争」をすることは「認めない」と、法体系の頂点にある憲法に明記したということではないか。
憲法9条では、自衛権については直接的には述べていない。
何故なら、それは改めて述べるまでもなく、小林先生が言うように「独立主権国家の自然権として自衛権はある」ということが、不文律として、どの国にも認められていることを、どの国も認めているからだ。
改めて憲法に記載するまでもない。
あえて探すとすれば、憲法前文の「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」
という記述に、その思想を見ることができよう。
もし、自衛権が無いなどと書こうものなら、国民が日本国憲法を認めないだろう。
あえて記載するとすれば、為政者が「自衛」を口実にして「能動的な戦争」を起こす可能性を排除する、歯止めの条文だろう。
「国の交戦権は、これを認めない。」が、その歯止めだろうと考える。
これにより、集団的自衛権は、禁じられることになる。
自衛権が放棄されていないとの認識に立てば、自衛隊を持つことも禁止されてはいないと考えることに無理はない。
問題は、自衛のために持つ「戦力」の中身だろう。
自衛のための「必要最小限の武力」と言っても、正直その中身は、百人百様だろう。
時代によっても変化するに違いない。
しかし、少なくとも、世界にある196か国中9位の軍事費を使って準備する日本の「戦力」が、「必要最小限の武力」と言えない。
必要最小限の範囲を大きく逸脱しているのは間違いない。
「必要最小限の武力」などと曖昧な言葉で逃げていても、問題の解決にはならない。
自衛のための武力の行使は、日本の領土、領空、領海内に限るとか、恣意的な判断、曖昧な判断の入る余地のない「厳格な規定・制限・罰則」が必要なのだろう。
今は、そうなってはいない。
小林先生の言う「専守防衛の質を高める努力であろう。」とは、そういうことも含まれているのだろうと思うところだ。
「敵基地攻撃能力の保有」、「核共有」などという議論が出るような隙を与えてはいけない。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/824.html#c22
植草氏は、中立公正の立場から、ウクライナや米国の非を指摘しているつもりらしい。
そのことは大切な姿勢だと思う。
しかし、口先だけなら、まったく意味がない。
それにしては、今日もプーチン批判は見えないし、プの字もない。
ロシア批判を探しても、この長文の中で、「先に手を出したロシアは悪いが、」のたったの14文字。
これでは、到底、中立公正とは言えないのではないだろうか。
しかも、「先に手を出した・・・」と、まるで、プーチンが、先にゼレンスキーの肩をド突いたような、この軽い表現は、何なんだろう。
今日も、今この瞬間にも、ウクライナ国民が、空爆され、砲撃され、銃撃され、多くの命が奪われているというのに。
そんな光景を思い浮かべる想像力すら失ってしまっているのか。
中立公平を標榜するなら、文章スペースの半分をプーチン批判に割いたうえで、その後に、思いっきり、ウクライナや米国の非を指摘してもらいたい。
さらに誤解のないように言っておかなければならないことがある。
植草氏は「先に手を出した点でロシアが集中砲火を浴びているが・・・」と書いているが、集中砲火を浴びている理由に、誤解があるか、あえて捻じ曲げて表現しているようだ。
私はこの戦争を「プーチンの私戦」と表現したことがある。
そしてロシア国民の反戦の声によって戦争終結に期待してもいる。
私は、ロシアを非難してはいない。ロシア国民も被害者だと思っているくらいだ。
私は、狂人プーチンを批判している。
私は、プーチンが国連憲章に違反した「違法な戦争」を仕掛け、ウクライナの領土を「侵略」し、ウクライナ国民を「殺戮」していることを、さらには、ウクライナの兵士ばかりではなくロシア兵士をも、大義の無い戦争で、「命の奪い合い」を強いている、そのことを批判している。
国際世論も、私と同じことを批判しているのだと考えている。
そして、一刻も早く戦闘を停止させ、ロシア軍をウクライナから退去させるよう、プーチンに向かって集中砲火を浴びせるように叫んでいるのではないか。
そのうえで、国連という機関において、双方で言い分を言い合い、審理、仲裁してもらうべきだと、叫んでいるのではないか。
プーチンに向かって。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/841.html#c12
プーチンがロシア大統領という「公人」だから、彼の仕掛けた戦争が「私戦」はあり得ないというなら、それは少し違うと思うよ。
プーチンが、「私の目的を達するために」、勝手に他国に対して起こした戦争と、個人的には思っている。
「私の目的を達するため」すなわち、「私利私欲」のために、ロシア大統領の立場を利用しているとしたら、余計に許せないでしょ。
レベルはチンケイだが、安倍氏が総理大臣の立場を利用して、「私の目的を達するために」桜を見る会で、後援会の人や、反社な人に、税金を使って饗応することもあるわけだから。
しかし、私が言いたいことは、「私戦」かどうかではなく、私が非難しているのが、プーチンであり、他の多くの人も、ロシアを非難しているわけではなく、プーチンを非難しているということだ。
植草氏が、「西側メディアは、ロシアが悪魔で・・・」と言うが、認識に誤りがあるか、恣意的に「プーチン」を隠しているように、感じるから、
「それは違うんでないの」
と指摘するのが、趣旨なので、そのことはご理解いただきたい。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/841.html#c24
論点がずれている。
>12で述べているように、
>私は、狂人プーチンを批判している。
私は、プーチンが国連憲章に違反した「違法な戦争」を仕掛け、ウクライナの領土を「侵略」し、ウクライナ国民を「殺戮」していることを、さらには、ウクライナの兵士ばかりではなくロシア兵士をも、大義の無い戦争で、「命の奪い合い」を強いている、そのことを批判している。
ロシア国民のみが判断すれば済む話ではないことは、分かるでしょ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/841.html#c33
突然、冒頭から、「子猫のマウント」かい?
「オマエ」は願い下げだな、
第一、私は、「アンタ」の顔も素性も知らない。
「オマエ」と言われて喜ぶのは、初心な乙女が、彼氏に「オマエ」と呼ばれ、二人の絆が深まったと感じたときくらいではないかい。
私は乙女ではないから、せめて「アンタ」くらいにしといてくれないかな。
「アンタ」も良く使ってたでしょ。他で。
ついでに、もう一つ。
「アンタ」にとっては、「左翼」「バカ左翼」の言葉は、まるで「子猫用の猫じゃらし」だね。
「仮想の獲物」という意味でね。
最近見なくなったけど、「左の維新」とか言ってたやつと、同類の振舞だよ。
前置きはこのくらいにして・・・
>自衛権は述べられていない”なんて当たり前の話だ。
>憲法制定時には自衛隊は存在していない。
論理がひっくり返っている。
自衛権は、自衛隊のために生まれた言葉でも、概念でもないでしょ。
小林先生が言うように「・・・自然権として自衛権はある」が正論だろうに。
「アンタ」にとって「自衛権」とは何?
自衛隊とか、警察とか、いわゆる、実力組織にのみ与えられるものなの?
「アンタ」の考えはどう?
私の9条の解釈についても、「アンタ」が過去に書いていた
「9条1項で「戦争放棄」をしているにも関わらず、2項で「交戦権否認」とわざわざ書かれている以上、2項で1項以上の放棄を求めていると考えるべき」
というものよりは、少しはまともかと思うし。
「アンタ」の言いようでは、2項の、特に「国の交戦権は認めない」の記述は、1項の繰り返しということで、わざわざ書く必要がなかった論に近いものになる。
私の解釈では、2項こそが、理想を現実にするための、より重要な記述と言うことだ。
つまり、1項は日本国民の決意を世界に向けて示したものであり、2項は、時の権力者、為政者に向けて、その権限に、制限を加えたものである。
言葉の先に、見ている相手が全く違うということで、「わざわざ」でもないし、「繰り返し」でもない。
そのことは、「認めない」の言葉に表れている。
もし単に1項と同じく表明なら「交戦権を放棄する」になってるだろう。
>「厳格な規制」とやらも守られねば意味がない。どうやって守る気だ?
以下の反問に答えてもらってからにしよう。
「憲法」とやらも守られねば意味がない。どうやって守る気だ?
愚問でしかない。
ところで、「アンタ」は良く「通説」を持ち出すが、自分の言葉で、自分の考えを語ってみたら・・・バカ何とか言わないで、拝聴するよ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/824.html#c25
自分で言ってた。
2日でキエフを落とし、勝利すると。
批判を浴びる前に、戦争は終わって、過去の話にできると思ってたんじゃないの。
今頃は、「天は我を見放したかーー」かな。
「ロシア脳」など持ち出さないで、自分の頭で考えたことを述べないと。
ロシア脳を持ったロボットの評論など、何の参考にもならない。
自分を、安全地帯において、架空の人物を仕立て上げて、プーチン擁護をする。
新手か?
そんな分析は、この戦争を止めさせてからにしないですか!
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/845.html#c11
言葉尻を捉えての遊びは止めよう。
私も、今回のウクライナへの違法な戦争を仕掛ける前のプーチンを狂人とまで、感じたことはない。
プーチンは、いつロシア大統領に選ばれたのか?
氏の論で言えば、
安倍晋三を長い間総理大臣にしていた日本人は、皆安倍と同じ「〇〇」と言うことになる。
同じ人もいるかもしれない。
しかし、同じでない人もいる。
I‘m not Abe.
戦争の悲劇を忘れないようにしようと、誓い合っても、
そんな人類の英知をしても、戦争の悲劇は繰り返されている。
「リメンバー パールハーバー」と言われて、何が不満なのか。
「ノーモア 広島、ノーモア 長崎」と言ってもらえなかったからか?
プーチンは、核兵器の使用さえチラつかせ、世界に脅しをかけ、恐怖で、世界の人々の口を塞ごうとしている。
日本人なら、今こそ「ノーモア 広島、ノーモア 長崎」を声高に叫ぶべきではないか。
「リメンバー パールハーバー」と言われて、気分を害したなどと言ってる暇は無い。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/848.html#c27
>しかし、あなたはあたかもロシアの国民がプーチンに迷惑しているかのように言っている。
―――→ 私はそんなことは言っていない。
その証拠に、氏ですら「・・・かのように・・」としか言わざるを得ない。
>しかし、それが本当ならロシアの国民が自分達の手でプーチンを引きずり下ろせばいいのです。
氏は、私が言ってもいないことに対して、架空の意見を捏造、あるいは創造して、それが、あたかも私の意見だとして、反論している。
>あなたの考えだとロシア国内に暗殺者を送り込んでプーチンを暗殺すればそれは国民のためになる、と、そういう風にとれるのです。
これも、自分の都合に合わせて、曲解しているか、捏造でしかない。
私には反論ができない。
何故なら、氏が反論しているのは、私の意見、考えに対してではないから。
私に言えることは、「それは、私の考え、意見ではない。」
ということくらいか。
氏の言ってることは、「わら人形論法」と言われる、典型的な「詭弁」だ。
ダミー論証(別名「わら人形論法」、「架空の論法」、「ストローマン」)とは、詭弁の一種で、相手が主張していないことを自分の都合の良いように表現しなおし、さも主張しているかのように取り上げ論破することで、相手の主張を論破したかのように見せかける手法だ。
論理的でない人は無意識にダミー論証を行うことがあるというから、気を付けるべきだ。
私も、気を付けてはいるが、これが結構難しい。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/841.html#c40
私が、前河氏と同列にコメントされることには、「光栄」と言うしかない。
前河氏には申し訳ない気持ちはあるが、それでも、「よし!」の気分だ。
今日は、朝から「気分爽快」
しかし、私は氏の挑発には乗らない。
私の意見は、すでに述べてある。
氏の言う「ロシア、中国敵視は、・・・」私の考えではない。
前河氏が何度も指摘しているが、人が言っていないことを言ったことにして、反論するのは、詭弁だ。「わら人形論法」と言うそうだ。
私は、常に冷静を心掛けている。
野犬のように、涎をたらし、キャンキャンと口汚い、罵詈雑言で、スレ汚しはしない。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/848.html#c53
>「自然権」とはどのような権利か。一度自然権を記述した本文を見せてもらえませんか。
自分で調べればいいことじゃないの?
今時、ちょっとググれば、すぐ出てくる。
まあ、最低限の理解力は求められるとは思うけど。
例えば、こんなのがありましたよ。
自然権(natural rights)とは、人間が保持している生命・自由・財産・健康に関する不可譲の権利のことで、これまでホッブス、グローティウス、ジョン・ロックなどに より論 じられてきた。米国のバージニア権利章典(1776)、フランス人権宣言(1789)、日本国憲法(11条、97条:1946)
ブリタニカ国際大百科事典:「法的規定以前に人間が本性上もっている権利を「自然権と」 いう。伝統的「自然法」を社会形成の積極的な構成原理に援用した際に生れた近代的な観念である。思想的先駆は T.ホッブズで,彼は個人の生存の欲求とそのための力の行使を自然権として肯定した。自然権は政治的変革を正当化する原理として歴史的に重要な機能を果す とともに,現代の人権思想の根底ともなった。 J.ロックは「生命,身体および財産」への権利であるとし,国家はこの自然権を保障するための組織であるから,いかなる国家権力も自然権を侵害することは 許されず,そのような侵害に対して人民は抵抗権をもつと主張」自然権)する。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/824.html#c28
氏は、また同じ誤りをしている。
「誤解が生じるというのは・・・」と言うが、私は氏が「私の意見を誤解している」とは言っていない。
私は、曲解か、捏造か、創造と言っている。
それを誤解・・・と言う。
これも、同じ「わら人形論法」という詭弁だ。
「・・・続けるのならおつきあいしますよ。w」Wまで付けちゃって。
私は、氏にお付き合いを頼んだ記憶はない。
頼まれてもいないことを、頼まれたように言うのは、なんという「詭弁」になるのか。
「あなたにその気が無ければここで止めるもよし、続けるのならおつきあいしますよ。w」
そういわれても、私は、答えを持っていない。
何故なら、私は、氏におつきあいを頼んだことがないから。
その返事は、氏におつきあいを頼んだ人に貰ったらよいのでは。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/841.html#c42
なんとも手のかかるお人だ。
>それなら最初からやり直してもいいですよ・・・
「それなら」とは何のことを指しているのか分からないし、
>やり直してもいいですよ、・・・
と言われても、「やり直して」と頼んでもいないし・・・
これも、同じ「わら人形論法」という詭弁だな。
なのに、
>その気ありますか?。
と聞かれても・・・ね。
そんな時、氏なら何と答える?
私なら、無視か、「え!俺に聞いてる?」かな。
氏が、「最初からやり直させてください」と頼むのなら、少しはまともに思えるけどね。
それでも、丁重にお断りするだろうけど。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/841.html#c44
井筒氏流の強烈な皮肉だ。
世界に対しての皮肉であり、国連に対しての皮肉であり、アメリカに対しての皮肉であり、ロシア中枢部に対しての皮肉だろう。
日本に対しては、賢人を求めると言っても、皮肉にもならないとの諦めを感じる。
日本に対しては、さらに痛烈な皮肉ではないか。
我々には、この戦争を止められない。
プーチン自らが、「戦闘止め!」の命令を発しない限り、あるいは、ロシア兵が組織的に戦闘を放棄しない限り、この戦争は終わらない。
仮に、現在のウクライナ政府が表面上「降伏」したとしても、戦乱が収束することは期待できない。
日本にいる我々には、この戦争を止められない。
しかし、私たちが、今目撃している戦争から目を背けてはいけない。
戦争の悲惨さを目に焼き付けておかなければならない。
そのことに、右も左もない。
戦争体験がない世代が大半となった日本人が、戦争というものが、どういう経緯を経て、どういう形で始まり、大義名分がどのようにして創作され、国民へのプロパガンダ、言論統制がどのように実行され、為政者が、兵士を戦場に狩立て、犬死を強いているか。
戦場に送られた兵士が、いとも簡単にとは言わないが、砲弾を撃ち込み、名前も知らない敵兵向けて、あるいは、一般市民に向けて銃を放つことができるようになるのか。
さらに強く刻み込まなければならないことは、大義名分が、いつも共通して、「自衛」であり、「人道」であるることだ。
お互いに「正義」を振りかざして「戦争」を続け、激しい戦闘の中で、いつの間にか「正義」は消え、「人道」も消えていく。
そして、戦争という殺し合いの中で、「嘘」がどのようにまき散らされ、「真実」がどのように隠され、捻じ曲げられていくか、そのことを、しっかりと見届けることが必要だ。
そのことが、次に起こるかもしれない戦争を、一つでも、防ぐことにつながるに違いない。
そのことによって、日本国憲法9条の貴重さを理解できるし、守らねばならない日本の宝であることが認識できる。
それとは別に、この戦争を通して、国連の機能不全が改めて明らかとなった。
この戦争が終結した後になるのだろうが、国連改革の必要性を、訴えなければならない。
今の世界は、国連憲章の中に、紛争解決の行動規範を持っている。
その規範が実行できないという、その一点を解決することが必要だ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/855.html#c17
「「自然権」はよく読んだが、・・・」と言うが、良く理解したわけではないようだ。最低限の理解力は求められるとは思うけど。と言ったことが当たったかな。
>28で示した2つの資料によれば、
ブリタニカ国際大百科事典:「法的規定以前に人間が本性上もっている権利を「自然権と」 いう。」
法的規定ではないから「具体的な条文はない。」のは当然だし、「法律を作るための・・・」ものでもない。
まず、そのことを理解する必要がありそうだと思うよ。
>国家のことは書いてないと思うが。
氏の言う「国家」とは、どういう視点で言うものかわからないが、一般的な考えで言われている「国家」とは、
「一定の領土に定住する多数人で構成される団体で,排他的な統治組織をもつもの。一般に,領土・人民・主権(統治権)の3要素からなるとされるが,」
とすれば、
自然権を持つ多数人の「人間」で構成される団体とする「国家」に自然権があるとするのは当然であり、そういう発想がなければ、「・・・国家はこの自然権を保障するための組織であるから・・・」との考え方は理解できなくて当然かも。
Aには自然権がると言い、Bにはそのことに触れていないからと言って、Bには自然権が無いと言っていることにはならないでしょ。
小林先生は、その考え、思想は、「国家」に対しても同じだと言っている。
そして、「独立主権国家の自然権として自衛権はある」ということが、不文律として、「どの国にも認められていることを、どの国も認めている。」と教えている。
後ろの方は、私の言葉だけどね。
>それから、小林節先生の言うように、仮に「独立主権国家の自然権として自衛権はある」というなら、明快に「戦争放棄・戦力保持」が書いてある憲法九条は、自然権を認めない欠陥憲法ではないでしょうか。
言ってることがわからない。
氏は、「戦争放棄・戦力保持」(戦力不保持の間違いだろうが)の記述で、自衛権という自然権を認めていないと言うが、どうしてそうなるのか理解できない。
それと、私の解釈からすると、一項の「戦争放棄」と2項の「戦力不保持」は、分かれているいることに大きな意義があるのであり、氏のように、「戦争放棄・戦力不保持」と表記するのは、誤りを誘発する。
さらに言えば、重要な「国の交戦権を認めない」の記述を避けているのは、意識してか、無意識かは知らないが、いずれにしても、良いことではない。
もう一度、>28の資料に戻って、確認しよう。
「・・・いかなる国家権力も自然権を侵害することは 許されず,そのような侵害に対して人民は抵抗権をもつと主張」自然権)・・・
自然権としての自衛権が、いずれの国家にも認められていることを「その通り!」とし、その自然権が、「いかなる国家権力も自然権を侵害することは 許されず,」
という考えを「その通り!」とするならば、
「戦争放棄」は、他国の自然権を尊重するとの、表明であり、「戦力不保持」は、その表明を担保し、併せて「国の交戦権を認めない」と記述することで、時の権力者、為政者に戦争をする権限を認めないと権限を制限したものと考えるのが妥当と考える。
日本国憲法には、「自然権を認めない」とは、書いてないし、欠陥憲法どころか、世界に誇れる憲法ではないか。
氏が一番言わせたいのは、
「敵の領土内から飛んでくるミサイルの基地を攻撃するのは自然権に入るのでしょうか、入らないのでしょうか。」
のくだりだと思うが、
日本の「真珠湾への奇襲」の例を引くまでもなく、今ウクライナを戦場にプーチンが仕掛けている戦争に対して、ロシア側の言い分を、思い起こせば、答えは明快ではないか。
ロシアは、「攻撃の対象は、軍事施設のみとしており、民間施設は、攻撃していない。」と言う。
氏の問いでは、「日本は、ミサイルを我が国に向けて発射する敵基地を、攻撃するのみ」という?。
いずれも、相手国の自然権など眼中にない。
氏の問いにたいする答えは、
相手国の侵してはいけない自然権を侵害する、蛮行であり、明確な、日本国憲法違反である。
日本にも認められている、自衛権という自然権の行使とは言えない。
>自然権には「戦争放棄・戦力不保持」のことはどう書いてあるんですか。
(「戦争放棄」、「戦力不保持」ね。)
こういう問いがでてくるということが、自然権の考えを理解していないということだよ。
自分で調べてみて。 見つからないと思うけど・・・。
ついでに、一言。
私は、別に、「自然権に詳しいあなたに聞くが、」とか言われて、講釈するほど詳しくないよ。
それに、私はあなたに雇われた家庭教師でもないし。
>小林節先生に聞いても手間がかかるから
とか言わないで、手間をかけて、自分で調べてよ。
私もそうしてるんだから。さ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/824.html#c31
氏の発想が、
「飛んでくるミサイルを専守防衛するためには、敵基地を専守攻撃する以外に、どういう方法があるんだ。」
という人だからなぁ〜。
「専守攻撃」などと言っても、理解できる人はいないだろうに。ね。
氏の問いに答える前に、一つ質問をさせてもらおうか。
次々と飛んでくるミサイルの基地をを攻撃すると言うが、その基地はどこにあるのか?。
基地が移動しても、さっきまでいたところが、基地じゃ!と言い張るのか?
潜水艦から発射されたことが明らかなときは、日本のミサイルはどこに飛んでいくのか?。
どうしていいか分からなくなって、ミサイルを止めるには、司令部の機能を止めるしかないと、、相手の司令部を攻撃するのか、それとも、もう政府を転覆するしかないと、政権の中枢を攻撃するのか?。
氏の発想は、日本からのミサイルで、敵のミサイルの基地をピンポイントで破壊できるということが前提にあるらしいが。
「氏の言う敵のミサイルの基地とは何ぞや?」。
移動して存在を隠すミサイル発射基地を、あるいは、ミサイルを発射した潜水艦を日本からの、ミサイルで、破壊できるとでも?。
日本の領空に飛来したミサイルを確認した時には、発射基地は、用件は済んだと、店じまいしているのではないか?。
安全なところに隠れて、コーヒーを啜ってるだろう。
「お疲れさん」とか言って。
まったく、現実を無視した、妄想でしかない。
想像力を働かせなさいよ。
もしかしたら、宇宙空間から、飛んでくるかもしれない。
今、ウクライナは、ロシア軍から、100発以上のミサイルを撃ち込まれて、市民の死傷者も日に日に増加している。
それでも、ウクライナが、反撃の矛先をモスクワに設定しないのは、そのことが、国連憲章で認められた、個別的自衛権の反撃の範囲を越えると考えているからだろう。
越えた瞬間に、ルールの無い、全面戦争になり、ウクライナに集まっている国際世論の支持を失うことが分かっているからだ。
国連憲章で認められた、個別的自衛権とは、
@個別的自衛権とは、違法な戦争で攻め込まれた当事国が自衛の範囲内で反撃する権利だ。
反撃は、無制限に許されるわけではなく、制限される。
ウクライナの場合は、ウクライナに侵攻してきたロシア軍を撃滅し、ウクライナの領土外に、押しやるところまでだろう。
それが、国際世論ではないか。
本来の国連の機能が健全であれば、この間に、国連が、停戦に動き、調停の行動を起こすというものだが、その部分の機能不全が、戦争を長引かせている一因でもあると考えている。
断っておくが、ここで言う違法な戦争とは、単に、先制攻撃を仕掛けた1発目のミサイルが、国際法違反だというような、局所的な話ではないよ。
不法に、独立国家の領土に侵攻し、その国民を殺戮しているそのことが、違法な戦争と言うことだ。
「最初の一発は国際法違反なんだね。」と言うような戯れ言は、慎むべきだ。
最後に氏の更問いに対する、回答だが、もう、予想が付いているでしょ。
飛んでくるミサイルの数を数えて、自衛権のありようが変わるわけはない。
わたしの答えは、
相手国の侵してはいけない自然権を侵害する、蛮行であり、明確な、日本国憲法違反である。
日本にも認められている、自衛権という自然権の行使とは言えない。
日本の場合も、ウクライナと同じように、反撃の範囲は、日本の領土、領空、領海の中という、限定されたものであるべきだ。
それが、「自衛の範囲での反撃」と言うものではないか。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/824.html#c33
またまた、人の意見を部分的に切り出し、人の言っていないことを、自分の都合に良いように表現し直し、反論するという、「詭弁」が始まった。
>日本が敵の領土内からミサイル攻撃を受けた後、次々と飛んでくるミサイルの基地を攻撃するのは自然権に入るのでしょうか、入らないのでしょうか。(32 多摩散人)
という氏の問いに対して、
相手国の侵してはいけない自然権を侵害する、蛮行であり、明確な、日本国憲法違反である。
と言った。
だから、そんな行為は、
>日本にも認められている、自衛権という自然権の行使とは言えない。(33 達人が世直し)
氏が、意識して抜いたであろう、その部分を理解してないから、しようとしないから、
>すると・・・以降の、訳の分からない文章になっていく。
「敵は安心して、・・・・発射できるんですね。それで、日本の自然権は・・・出来ないんですね。」
と「・・・ですね。」という語尾で、人の考えを念を押して確認している風を装って、人が言ってもいないことを、その人の考えであるかのように取り上げる。
>日本の自然権は守られなくてもいいと、あなたは言うんでしょうか。
人が、言っていないことを、しかも、自分の都合のいい言葉で、、捏造し、そのことを詰問調で、言い募ってくる。
今回も、同じように、氏の考えは、一言たりとも述べられていない。
自分の考えが無い人なのか?
>33で私が問いかけには、答えるつもりはないと?
都合が悪くて答えられないか?
そこには、日本の自然権が守れる秘策があるんでしょ。
氏も時々、誰に対してか知らないが、「あの質問の答えはどうした?」と言ってるよね。
以下のことを言うのは、これで二人目だ。
氏の言ってることは、「わら人形論法」と言われる、典型的な「詭弁」だ。
ダミー論証(別名「わら人形論法」、「架空の論法」、「ストローマン」)とは、詭弁の一種で、相手が主張していないことを自分の都合の良いように表現しなおし、さも主張しているかのように取り上げ論破することで、相手の主張を論破したかのように見せかける手法だ。
論理的でない人は無意識にダミー論証を行うことがあるというから、気を付けるべきだ。
今回は、「・・・ですね」「・・・ですね」と言われても、せいぜい「え!、そんなこと言ってないけど・・・」くらいしか答えようがない。
それより、>33の問いかけに、答えてよ。
答えられないということは、「何も考えていないということですね。」
あるいは、「日本から、何発もミサイルを撃ち込んでも、敵のミサイル基地は、制圧できないということですね。」
「そういうことでいいですね。」
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/824.html#c36
このような緊張感のない、惰性で政策が進んでいく政治を改めるには、政権交代が有り得るというくらいの緊張感を、いつも永田町に漂わせる必要がある。
政権交代のチャンスは、基本は4年ごとしか来ないが、逆の言い方をすれば、政権交代のチャンスは、4年以内ごとに、必ず訪れるということになる。
しかも、繰り返し、繰り返し。
政権交代を目指す野党勢力は、次期衆議院選挙に狙いを定め、戦略的に、計画的に、地域に根を下ろす活動を愚直に実行し、すべての行動が、次期衆議院選挙の勝利のための行動となるよう、邁進してもらいたい。
そんな活動が、国民に認識されれば、支持者も必然的に増え、だらけた永田町にも、最低限の緊張感が、出てくるのではないか。
そんな活動の取っ掛かりが、夏の参議院選挙になる。
立憲民主党の、動きが鈍いとの報道も見られるが、これからの動きで挽回は可能だ。
今、立憲民主党に、歯がゆい思いを感じている人は、立憲民主党が、その主体性を発揮していないところに対してではないか。
基本政策が、明確な言葉で、国民に伝えられていないことに対してではないか。
中途半端な対応、政策は、国民に響かない。
政治家も、国民も、緊張感の持てる、政策、理念を打ち出してほしいものだ。
本当の戦場は、国会ではなく、地域にある。
頼み?の「連合」傘下の組合員も、会社から帰宅すれば、地域に生活を営む人だ。
連合も大切だろうが、地域はもっと大切にしなければならない。
前川喜平氏は、まだ、隠遁中なんだろうか。
鳩山友紀夫元首相の再登場は無いのだろうか。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/859.html#c7
結局は、
「日本から、何発もミサイルを撃ち込んでも、敵のミサイル基地は、制圧できないということですね。」
「何も考えていないということですね。」
「そういうことでいいですね。」
鳴り物入りの「敵基地攻撃能力」も、蓋を開けてみれば、「闇夜の鉄砲か〜。」
ふざけた話だ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/824.html#c38
>私は、「敵基地攻撃能力」は「闇夜の鉄砲だ」なんて言っていない。ふざけた話だ。
これこそが、「わら人形論法」と言われる、典型的な「詭弁」だよ。
先に指摘したばかりなのに。
私は、「氏が、「敵基地攻撃能力」は「闇夜の鉄砲だ」と言った」なんて、言っていない。
「闇夜の鉄砲」
《闇夜に鉄砲を撃つ意から》目標の定まらないこと。あてずっぽうに行うこと。また、やっても効果のないこと。
これは、氏が強調する「敵基地攻撃能力」は「やっても効果が無い」と伝えるために、たとえとして、私が言った言葉だ。
それをあたかも、氏が言っていないことを、私が「捻じ曲げて」氏が言ったかのように言っていると取り上げ、ふざけた話だ。と言いう。
ダミー論証(別名「わら人形論法」、「架空の論法」、「ストローマン」)とは、詭弁の一種で、相手が主張していないことを自分の都合の良いように表現しなおし、さも主張しているかのように取り上げ論破することで、相手の主張を論破したかのように見せかける手法だ。
論理的でない人は無意識にダミー論証を行うことがあるというから、気を付けるべきだ。
氏の>36の答えにならない答えも、詭弁の羅列でしかない。
文脈無視の切り出し論法(Quote mining)
問われていることの趣旨をあえて曲解し、答えているとの姿勢を装う「ごはん論法」もこの詭弁の亜種だそうだ。
不誠実でしかない。
氏の言う、敵基地攻撃能力が、「無用の長物」「ガラクタ」でしかないことが明らかになり、氏の言う、「専守攻撃」の考えが破綻した以上、この後、氏のやるべきことは、小林先生の言う、「専守防衛の質の向上」について、趣旨を理解し、人に答えを求めるのではなく、自身で、調べ、考えることではないかと思うけど。
読解力の問題かもしれないけど、「相手の自然権は侵してはいけないもの、自分たちの自然権は、侵されたら、侵すものがいたら、それを排除する抵抗権を持つ、というものだからね」
それと、「戦争放棄」、「戦力不保持」ね。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/824.html#c41
「ゼレンスキーは正義でプーチンは悪」
ゼレンスキーは正義って?
誰が言ったの?
わしは言っていない。
わしは、プーチンは悪とは言った。狂人とまで言った。
叱られたけど・・・。
あんた、言った?
「この戦争は民主主義と独裁主義の闘いのような言われ方もされますが・・・」
誰が言ったの?
わしは言っていない。
あんた、言った?
「ゼレンスキーは正義でプーチンは悪」と併記し、一方の「ゼレンスキーは正義」の方を否定することで、「ゼレンスキーは正義でプーチンは悪」全体を否定していると勘違いを誘う。
そのことで、「プーチンは悪」も否定していることになる。
「正義の戦争」と誰が言ったか分からないが、架空の発言を創造し、そのことを批判して見せる。
また「正義か不正義か」「善か悪か」「肯定か否定か」このような二分法の誤謬を誘う書き方などは、ペンを生活の糧にしている記者は、厳に慎むべきではないか。
紙面に、「正義」の言葉が躍り始めたときは、要注意という「サイン」と思った方が良い。
戦争に「正義」という言葉は、相応しくない。
今まで人類が経験した全ての戦争で、使い回され、使い古された、一番安易な言い訳でしかない。
記事が言う、
バイデンに向かって、「この戦争を止めろ!」と。
しかしその前に、
プーチンに向かって、「この戦争を止めろ!」と、
言うべきではないのか。
あれ?間違ったか?
いや、いいんだよね。
全体の文脈から、判断すれば・・・フリガナいらないよね。。
日本語は、難しい・・・。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/868.html#c51
今朝、氏の問いかけを見つけました。
いつの間にか、このスレも、地下水に、マグマが触れて、水蒸気爆発状態。
将来、歴史家がこの戦争を何と命名するのかは分からないが、そんな戦争が起きてしまうプロセスをなぞって見せているような雰囲気を感じところです。
そんな訳で、私の考えを書いても、今更の感はあると思っている・・・。
しかしながら、せっかくの問いかけを見つけた以上、返答しない失礼も犯したくないので、以下に、私の考えを書いておきます。
氏は、(たまたまだとは思いますが、そうでなければ私のように長文になってしまう。)ロシアが、問題と主張する項目を、ウクライナ政府のロシア系住民の迫害や生物兵器研究と設定しています。
すでに戦争が起きてしまった、現時点においては、問題がその範囲という前提で、氏の疑問には、同意です。
しかし、私は少し、時間を戻した時点で考えてしまいます。
どこまで戻すかは、それぞれ人によって違うと思いますが、私は、ロシアが、ウクライナ国境周辺で軍事演習を実施し、国際世論に対してウクライナに侵攻するつもりはないと表明していた、その時点まで、戻ります。
氏が取り上げた問題が、ロシアのウクライナ侵攻の後に発覚した問題とは思えず、ウクライナ周辺で軍事演習していた時点で、少なくとも「事実、もしくは疑念」としてプーチンの認識にあったと考えています。
私の考えは、
「プーチンが、ウクライナ侵攻を避けようと望むなら、まずやるべきは国連調査団の派遣だ。ロシアが主張するウクライナ政府のロシア系住民の迫害や生物兵器研究の有無を国連調査団を送り確認する。そのことを国連の安保理に提起し、国連総会で訴える、という手段をとるべきだった。そして、プーチンには、それが出来たと考える。
もし、そのことが、西側諸国の反対で実現できなかったとしても、ロシアは大義を得ることができるし、、西側の制裁は世界秩序の「不正義」となる。」
そういう考えを背景に、私は、「プーチンに向かって、「この戦争を止めろ!」と、言っています。
「何故バイデンは出来ないのか?」
そのことについては、少なくとも、2つの要素があると考えています。
すでにロシア、ウクライナ両国で本気かどうかわかりませんが、停戦交渉が始まっています。
一つ目の要素は、そこから報道等で漏れ聞こえる範囲で、ロシア側の主張する「停戦条件」が、過酷すぎると考えています。
過酷すぎるというよりは、「独立国家」に対する要求を越え、かつて日本が突き付けられた「無条件降伏」を迫るに等しいものだとすれば、会話により停戦の仲介を行うのは不可能だろうと思うところです。
私からすれば、筒井氏が、賢人はいないのか?と嘆くのも、「むべなるかな」、です。
二つ目の要素は、今の段階で、バイデン大統領が仲介に入っても、停戦できる何の見通しも無いのだと考えます。
バイデンが仲介するとすれば、失敗は許せません。最後の切り札ではないかと考えます。
水面下で実施されていると思いたい、停戦へ向けての交渉等によって、停戦合意の見通しが立った時に、バイデンが動き、そのことを、プーチンが振り上げたこぶしを下ろす「名分」とすることができる。と考えるところです。
今、戦争を止められるのは、プーチンが、「戦闘止め!」の命令を発するか、ロシア軍が、組織的に戦闘を放棄するかしかないと考えています。
仮にウクライナが「降伏」して、表向き「戦争」が終結したとしても、この「戦乱」は終わらないと考えるからです。
プーチンに向かって、「この戦争を止めろ!」といっても、戦争は止められません。
しかし、プーチンをして、意識を停戦に向かわせる一助くらいにはなってほしいと考えるところです。
いつものような長文ですが、このスレに戻ってきて、目に触れれば、時間の許す範囲で、一読ください。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/868.html#c178
「日本は防弾チョッキやヘルメットなど非殺傷の防衛装備をウクライナ政府に提供しているが、それは戦争を支援するための物資だ。」
このように言う記者は、現地で危険に身を晒して取材を重ねる日本人記者が、ヘルメットをかぶり、防弾チョッキらしきベストを身に着けて、取材活動を続けている姿を見て、何と言うだろうか。
「戦争のための装備を身に着けて、義勇兵にでもなったのか!」と罵倒するのだろうか?
あるいは、自分が現地取材で派遣されたとしたら、ワイシャツにネクタイ、しゃれたスーツ姿で戦場を駆け回ることができると思っているのだろうか?。
ヘルメットも、防弾チョッキも、戦争をするために身に着けるものではない。
大切な命を守るために身に着けるものだろう。
一つのヘルメットが、名も、顔も知らない、一つの命を救うかもしれない。
いや、救ってほしい。
一着の防弾チョッキが、名も、顔も知らない、一つの命を救うかもしれない。
いや、救ってほしい。
この記事を書いた記者も、
そのヘルメットが、防弾チョッキが、意に反しながらも徴兵された若い兵士の命を救う可能性もあるという想像力は持っていた方がいいかもしれない。
救われるとして、その命が、兵士の命であったら何か問題でもあるというのだろうか。
一般市民であろうと、若い兵士であろうと、腰の曲がった老兵であろうと、命の尊さに、わずかの差もある筈がない。
山東参院議長が、「貴国の人々が生命をかえりみず祖国のために戦う姿を拝見し、感動しております」と声を張り上げた。」そうだが、最低だ。
しかも、日本の「良識の府」と言われる参議院の議長が・・・・。
まるで、オリンピックのサッカー試合を、安全な場所から観戦し、下馬評で劣勢を伝えられていたチームが、意外にも善戦した姿に、「感動」したとでも言いたげな、この言葉の軽さは、どんな感性があれば口にすることができるのか。
ここのところ、私たちが毎日目にするニュースで流れる、戦火に荒れた景色は、難民となって海外に逃れる子供と女性の姿、
空爆に怯え、地下室で死の恐怖に震えながら身を寄せ合う、国外に逃げることができない人々の姿、
そして空爆で破壊され廃墟と化した町の姿ではないか。
これらのどこを探せば「感動」があるというのか。
私は、ウクライナ国内の「感動」するような映像は見たことがない。
わずかに、「感動」らしき感情を探せば、国外へ逃れてきた避難民に対して、ボランティアの人たちが、優しい眼差しで、炊き出しをし、暖かい居場所を提供している姿を映像で見る時くらいか。
彼らには、プーチンもない、ゼレンスキーもないだろう。
あるのは、戦火に追われて路頭に迷う避難民に、少しでも多くの救いの手を差し伸べること。
この記事を書いた記者なら、ウクライナ人に避難先を、食料を提供するのは、戦争を支援することだというのかも・・・。
山東参院議長にしても、「感動したと」柄でもないことを言うことが、ウクライナ国民に寄り添っていることになると、勘違いしているに違いない。
おそらく、この言葉を聞いたウクライナ国民は、怒りに鳥肌が立ち、血の気が引いたのではないか。
ウクライナ国民に聞かれていないことを祈りたい。
この戦争を、日本にいる私たちには、止めることはできないが、国際世論の一翼を担うことはできる。
それと、人道的な支援は際限なくできる。
その支援の一部が、戦闘に寄与したとしても気にすることはない。
そのことで、大切な人命が救われるのであれば、その可能性があれば、躊躇する必要はない。
誰に恥じることもない。
戦争に参加していることにもならない。
戦争の本質は、人と人が、その命を奪い合う、鬼畜な行動でしかない。
そう考えれば、人命を救う行動は、戦争の対極に位置する尊い行動と言える。
私は、そう考えたい。
この記事の肝は、むしろ政治評論家・本澤二郎氏のこの言葉だ。
「政府の暴走で国民が戦争に巻き込まれないためには憲法9条の歯止めが必要なのに、自民党政権は解釈変更で平和憲法を破壊してしまった。さらには、核共有や敵基地攻撃能力の議論が進んでいることに危惧を覚えます」
さらに付け加えれば、憲法に「緊急事態条項」を書き加えようとの動きを、絶対に阻止しなければならないということではないか。
今、自公政権が狙っている、「緊急事態条項」は、コロナ禍に「緊急事態宣言」として対処するためのものではないことは、しっかり認識する必要がある。
「緊急事態条項」は、ナチスドイツが、あのヒトラーの独裁を許した、「全権委任法」よりも恐ろしいものだ。
ワイマール憲法が、改憲されたわけでもなく、いつの間にか、単なる飾り物にされてしまい、結果として、「あの悲劇」に繋がった。
私たちは、忘れてはいけない。
「ナチスドイツに学べ」と言った、自公政権の本音を。
私たちは、明らかな憲法違反である「核共有や敵基地攻撃能力の保有」を認めてはならない。
こんなものを許せば、その瞬間に、憲法9条は死文化し、単なる記憶遺産化してしまう。
議論はすべきだ、議論することは構わないという、詭弁に惑わされてはいけない。
今、議論すべきは、本澤氏が言うように、
「政府の暴走で国民が戦争に巻き込まれないためには憲法9条の歯止めが必要」
という、その歯止めを、抽象的な言葉で濁すのではなく、厳格に規定し、解釈により変更ができないものにすることではないか。
憲法が、政府、為政者の暴走から国民を守るものであり、そのために政府、為政者の権限に、制限を加えるものであるとの認識に立てば、国民が戦争に巻き込まれる危険のある権限と、政策実行を、明確に禁じることが、求められる。
そして、憲法9条は、既にそれを記述している。
1項で、日本国民の名で「戦争放棄」を世界に表明し、
2項で、時の権力者、為政者に対して、「戦力不保持」すなわち「戦力を保有しようとするいかなる政策も禁じ」、さらには、「国の交戦権を認めない」と記述することで、時の権力者、為政者が他国に戦争を仕掛け、国民を戦争に引きずり込む権限を、権力者、為政者からはく奪する、としている。
どういう経緯で、憲法9条が生れ、憲法9条で、何を禁じ、何を守ろうとしているかを考えれば、その目指すところは自明ではないか。
そんな話を、私が小さいころ、ばあちゃんから良く聞かされた、かすかな記憶が残っている。
しかし、悲しいことに、私は孫たちに、そんな話をした記憶はない。
そんなことを真面目な顔で話そうものなら、孫らから一斉に「嘘つき」と非難されそうで、とても話せない。
仕方ないので、「嘘は泥棒の始まり」か、「騒いだり、言うことを聞かないと、お巡りさんに連れていかれるよ」と言うくらいにしている。
まったくその通りなので、私も鼻が高い。
私の記憶では、国民は、法の下に平等ではなかったか。
日本国憲法においては14条1項に規定されている。
「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」
しかし、「犯罪」は、法の下に平等ではないらしい。
特に、犯罪を、刑事司法で裁くときと、民事司法で裁く時では、どうしてこれほどまでに、結論に天地の差ほどの違いが生れてしまうのか。、
刑事司法では、「公訴もされず、公開で行われる裁判の審理、それすら受けることもなく、闇に葬られるようにして、世間から忘れ去られ、いくつもの「犯罪」は無かったことにされていく。
その同じ「犯罪」が、民事司法の場で審理された瞬間に、ごく当たり前のように、「犯罪」が「認定」される。
今回の道警による言論封殺事案も、道警の刑事責任は問おうとすらされていなかった。
そんな例は数えきれないほどある。
山口某が、伊藤詩織さんを凌辱した事件も、刑事司法では、証拠不十分で不起訴。公訴されず、裁判所の審理を受けていない。
その同じ「事件」に対する民事裁判では、当然のように、明確に、山口某の「犯罪」を一審、控訴審の両方で、認定される。
「山口某」の供述は「到底信用できない」と言われて。
刑事事案としても、当然、検察に同じ供述をしたのだろう。
裁判官が、「到底信用できない供述」を、検察官は、いとも簡単に信用してしまうものなのか。
信用しろ、公訴するな、と圧力でもかかったのか?
今後、最高裁で結論が出されるのだろうが、同様に、「犯罪」が認定されれば、当然、刑事事件として、立件し、公訴する責任が検察に生ずることは、世の中の常識と言うものだろう。
話がそれたが、
まだある。
「森友事件」だ、刑事事案としては、ことごとく不起訴。
しかし、いざ民事で裁判になれば、加害者側が、「被害者のおっしゃる通りです。」と「認諾」だと。
もう、びっくり。
「ふざけんな!」
「被害者のおっしゃる通り」なら、刑事事件としての立件が出来るはずだ。
公訴されていないから、一事不再理の壁も無い。
そこにあるのは、「あの壁」だけだ。
植草氏の言う、巨大な「裁量権」の壁だ。
刑事司法が、おかしなことになってしまっている元凶は、
起訴便宜主義(公訴を提起し,これを維持するに足りる十分な犯罪の嫌疑があり,かつ,訴訟条件が具備している場合においても,公訴権者(検察官)の裁量により起訴しないことを認める制度)
と言うことができる。
一行政官に過ぎない検事が、自分で集める「犯罪の証拠」が、十分に集まっても、公訴しないと闇に葬ることができる。
そこまでいかなくても、十分に集められなかったと言えば、すべての「犯罪」が、裁判という公開された場で、審理されることもない。
そして、公訴しない理由を説明しなくてもいいとなれば・・・
司法も、立法も、そんな不合理を、認めていることに、何の疑問も感じないのか。
今の日本において、法の下の平等を取り戻すためには、検察の改革が必要不可欠ではないか。
特に、起訴便宜主義などは、検察犯罪の温床でしかない。
こんなものは、廃止しなければならない。
犯罪の有無、罪の軽重を判断するのは、裁判官の専権であることを、徹底しなければならない。
犯罪を裁くプロセスに、効率を求めてはいけない。
国民の、法の下の平等を守ることに、効率を求めてはいけない。
植草氏は、重要な問題提起をしている。
氏の言葉を熟読し、問題を共有しなければならない。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/897.html#c31
私が記者なら、
「・・・東京地裁(武藤貴明裁判長)は25日、「『いいね』は抽象的、多義的な表現行為で、特段の事情がなければ違法ではない」と、特段の事情がなければと、抽象的、多義的な表現をし、伊藤さんの請求を棄却した。」
と報じただろう。
この判決には、ネトウヨが良く使用する、「詭弁」が用いられている。
この裁判で問題にされている「いいね」は、ツイッター等のSNSの表現ツール上で、定義されている「いいね」であることは明らかではないか。
裁判長も、そのことは認識しているようだ。
例えばツイッター上で、人はどういう意味で、どういう意識で「いいね」を押すのか?
そのことについては、以下の説明が一般的であり、常識ではないか。。
「投稿に「いいね!」 すると、その投稿が良かった、面白かったといった好意的な感情を気軽に相手に伝えられます。 コメントが苦手なときは「いいね!」をして相手に伝えましょう。」
ここで言っているのは、「いいね」はアプリケーションが用意したツールであり、ボタンでしかない。
このボタンを「クリック」することで、「その投稿が良かった、面白かったといった好意的な感情を気軽に相手に伝えられます。 」よと言うことだ。
裁判長は言う、
「・・・ただし、「いいね」は、ツイートのどの部分を対象にしているか特定できない上、どの程度の感情で押されたのか特定できないため・・・」、
投稿に「いいね!」 するということは、「その投稿」が良かったと、賛意を表現する以外に、何の表明があり得るというのか。
誹謗中傷の言葉に、感情の強さが、適法、違法を決める要因である筈がない。
投稿に「いいね!」を するということは、投稿全体が「いいね!」そのものでしかない。
あえて言えば、「いいね!」の「!」は、取り得る表現手段としては、最高の強さの感情を表現したものではないのか。
裁判長が「・・・『いいね』は抽象的、多義的な表現行為で・・・」という表現で使う「いいね」は、ツイッター等で使用している「いいね」ではなく、日常会話で使われる「いいね」に、意味をあえて曲解して用いていると言える。
文脈無視の切り出し論法であり、
語義曖昧論法
である。
ツイッター等で使われている「いいね」は、「その投稿が良かった、面白かったといった好意的な感情を気軽に相手に伝える以外に表現方法としての意義はない。
そう理解して、裁判長の言う「・・・特段の事情がなければ違法ではない」
との表現を振り返れば、問題の「いいね」が、ツイッター等で「特段の事情で使われている表現方法であり、その意味が、投稿者の表現に賛意を表明するものであることは明らかであることを認定すれば、違法な誹謗中傷に賛意を示すことも、誹謗中傷を口にしたと同じことであり、違法であることは明らかではないか。
この裁判長も、杉田水脈衆院議員の行為の違法性を認識しているからこそ、「いいね」が、文脈を無視し、井戸端会議で飛び交う「いいね」と一般化する、「詭弁」を用いることしか、救いの手は、見いだせなかったということなのだろう。
杉田水脈の言い訳の、「ブックマーク」などと言うのも、「募った」けれども、「募集はしていない」と言うのと同じで、恥を晒しているだけだ。
「投稿に「いいね!」 すると、その投稿が良かった、面白かったといった好意的な感情を気軽に相手に伝えられます。 コメントが苦手なときは「いいね!」をして相手に伝えましょう。」
それ以上でも、それ以下でもない。
裁判長が、「いいねは肯定的・好意的な感情を示す以外の目的もある」
言うのも、恥ずかしい。
裁判長も、「いいね」を「ブックマーク」に使っているとでもいうのか?
「そうそう、私も使ってる。あれっていいよね〜💛」って?
あまりに、杉田水脈にシンクロしすぎて、「語るに落ちた」としか言いようがない。
玉木代表は、自らを高く売るために、政府予算に「賛成」し、「原発再稼働」を明言した。
まさに、「自分だけ」
あと、残っているのは、「改憲」での、「緊急事態条項」の規定の「加憲」。
参議院選前には、持てる土産をすべて差し出すのだろう。
そして、雑巾のように、捨てられる。
そのとき、立憲民主党は、「来たる者は拒まず」とはならないだろう。
国民から見ても、今の自民党は大所帯すぎる。
そんな時に、自民党2軍はどこからも必要とされない。
改憲の発議に利用されたところで、お終いだろう。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/899.html#c33
問題の本質は、理由の如何を問わず、「殺人」であり、「殺戮」だ。
どうして、問題の本質から、目を逸らそうとするのか。
プーチンの蛮行のみを批判される現状が気に食わないのか?。
アメリカの過去の蛮行を批判しないことが気に食わないのか?。
以前、「いじめ」に例えた投稿に、コメントした内容を以下に再掲する。
以下再掲・・・・・
いじめ問題に例を引くから、本質を見失ってしまう。
適切な例を挙げるとすれば、
今、我々が目にしているのは、「街中で、一人の男が包丁を手にし、一人の男に馬乗りになって、包丁でめった刺しにしている、あるいは、無差別に周りの人を刺しまくっている光景。」
まさにその現場に立って、目撃しているということではないか。
私も含め、周りに集まった群衆が口々に叫ぶのは、「包丁を持った男」に向かって「やめろ!」、「おい、ヤメロ!」ではないか。
今はここ。
まさか、「刺されている男」に向かって、おまえにも非があったんだろうよ、「知らんけど」とは言わんでしょ。
同じように、刺されてる男は、昨日、包丁を持った男を殴ってたかどうか、調べることもしないだろうし、
誰かが物知り顔で、「あいつ、昨日、包丁男を殴ってた」と言っても、まともには聞いてないと思うよ。
それどころではないと・・・。
この瞬間はね。
そんな余裕も無く、ただ、ただ、包丁を持った男に向かって「やめろ!」、「おい、ヤメロ!」と叫ぶ。
それが人間の行動として普通で自然だ。
今のロシアがウクライナで行っている戦争は、ここ。
今日も、この瞬間にも、多くの命が失われている。
問題の本質はここにある。
争いの原因、遠因などは、包丁男を取り押さえてから、裁判で明らかにすればいいことではないか。
正当防衛を主張したければ、裁判で訴えればいいではないか。
今は、とにかく、包丁男が、包丁を捨て、馬乗り状態を解消すべきと言うことだ。
すなわち、ロシアというより、プーチンが「戦闘止め」の命令を下し、ウクライナ国外へ退去することが求められる。
ウクライナが、国民の生命に甚大な危険を及ぼすことを恐れて「降伏」しろと、もっともらしく言う人も散見されるが、それはウクライナの死を意味しており、先の例でいえば、馬乗りになられていた人に向かって、抵抗は止めて「殺されろ」と言うに等しい。
ウクライナの人から見れば、「よく言うよ」ではないか。
戦闘を止め、ウクライナ国外へ退去したうえで、その次に、ウクライナとロシア間の紛争を国連という国際機関で調停、審理されるべきだというのが、国際世論の大勢であり、期待ではないのかと思うところだ。
そこで初めて、「どっちもどっち」論も俎上に上がることができる。
再掲終わり。
今、声を涸らして、プーチンの蛮行を非難し、「殺戮」を止めさせなければ、過去のアメリカの蛮行を非難する「資格」を放棄することにもなる。
そのことに気付くべきだ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/107.html#c9
>ブックマーク代わりに使用する場合もある。
この問題で、そういうことを言うのは、単なる言い訳だと、私は言っている。
人を殺めといて、「殺すつもりはなかった」と言っているようなもの。
「いいね」のボタンを押すことの本来の意味を知っている以上、その時はたまたま、別の意味で押しましたと言い張ることに、なんの意味があろうか。
「刑事」なら、「故意」であるかどうか問われるが、「民事」では、過失によって引き起こされたものであっても、責任を問われることになる。
ツイッター上で、「いいね」するということは、「不特定多数の人が認識できる状態で示すことなり(「公然性」)、その結果、ある人の社会的な評価を低下させることになる。
このことを、「名誉を棄損した」と言う。
違いますか?
「賛同」を意味しないって、注意書きを書いていれば、分からないけど。
と、一般化の罠にはまりそう。
杉田水脈は、そういうことを書いていたわけではないし。
氏が言っていることは、一般論化した、「論点ずらし」でしかない。
それを、「慎重な判断」とは、笑止ではないか。
蛇足になるが、「ブックマーク」の解説を見ると、以下の通りだ。
「「ブックマーク」とは、よく閲覧するWebページのURLを登録し、後で見返したいときに簡単に呼び出せるように保存しておく機能です。本でいうところのしおりのような役割で「お気に入り」と呼ばれる場合もあります。」
とある。
「お気に入り」とまで呼ばれる場合のある、この機能。
使うときは、何度でも読み返したいと思うくらいに、気に入った投稿に使う。
まさに、「いいね!」の表明ではないか。
「募った」けれども、「募集はしていない」と言うのと同じで、恥を晒しているだけだ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo285/msg/903.html#c33
氏の例えを見て、ルーマニアのチャウチェスク大統領の最後を想起した。
同じような光景が、近い将来ロシア国内で起こるのではと。
プーチンは明らかに何かに怯えている。
それは何なのか?
大統領でいられなくなった後の、過去の悪行に対する「訴追」か?
あるいは、政敵による「暗殺」か?
はたまた、民衆による、「革命」による「政権崩壊」か?
いずれにしろ、明るい展望は、皆無なのだろう。
この画像を見れば、プーチンの精神的な異常さが伝わってくる。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/107.html#c23
>揶揄ってルんじゃないですか?
>うむ?と一瞬考えてから、
>ジワる笑い。
プーチンが演出し、カメラで撮影し、電波に乗せて世界に発信していることを考えれば、そこには明確な意思と意図を感じることができる。
目的が、氏の想像するように、
>うむ?と一瞬考えてから、
>ジワる笑い。
を取ることであるとすれば、
>揶揄ってルんじゃないですか?
という、その相手は、「ゼレンスキー」と言うことになるのだろうか?
しかし、そうだとしたら、「すべってる感」は半端じゃない。
お笑い芸で「ゼレンスキー」に敵うはずもない。
プーチンが、負ける争いをするはずもない。
この画像を見ての、普通の感じ取り方は、
>うむ?と一瞬考えてから、
>ジワる「恐怖」。
狂人を目の前にした時の、あの、得も言われぬ「恐怖」。
何をされるか分からないという「恐怖」
「キチガイに刃物」という「恐怖」
プーチンに意図があったとすれば、「俺は、何をするか分からないぞ」と知らしめること。
いずれにしても、今のプーチンのやることは、「普通ではない」。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/107.html#c32
揚げ足を取るつもりは毛頭ないが、
「とりあえずの停戦交渉」は既に数回行われている。
しかしながら、それで止めるべき殺戮は、依然として続いている。
直接の当事国でない国は、殺戮を止めるために「戦闘をやめろ」と言わなければならない。
今、戦闘を止められるのは、ロシア側であり、プーチンが、「戦闘止め!」の命令を発するか、ロシア軍が組織的に戦闘を放棄するしかない。
ウクライナ側に「戦闘をやめろ」と言うのは、「降伏をしろ」と言うのと同義ではないか。
だからと言って、「ロシアに向かって、戦闘を止めろ」と言わない人に「オマエはロシアの味方なのか!」とも言わない。
人が殺戮をされている現実を目の前にして、争いを単なる「喧嘩」に矮小化し、「オマエら落ち着け!」と言う、第三者。
オマエ「ら」と言う時点で、真意が「どっちもどっち」論であることがわかる。
私が言うのは、プーチンが戦闘を止めさせ、ロシア軍が、ウクライナ国外へ退去したうえで、その次に、ウクライナとロシア間の紛争を国連という国際機関で調停、審理されるべきだというもので、国際世論の大勢であり、期待ではないのかと思うところだ。
そこで初めて、「どっちもどっち」論も俎上に上がることができる。
どちらにも与しない仲介者として客観的第三者の存在が必要になるのは、その時点からだろう。
殺戮を止めるまでは、あっちも、こっちも、客観的第三者も、ありはしない。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/107.html#c42
>軍事力供与(防弾チョッキもそれにあたるだろう)
のくだりについては、私の考えは、違っているので、そのことについて伝えたい。
以下、日刊ゲンダイの記事で
「日本は防弾チョッキやヘルメットなど非殺傷の防衛装備をウクライナ政府に提供しているが、それは戦争を支援するための物資だ。」
と書かれていた時に、私の考えをコメント投稿したものの、抜粋です。
以下、抜粋
このように言う記者は、現地で危険に身を晒して取材を重ねる日本人記者が、ヘルメットをかぶり、防弾チョッキらしきベストを身に着けて、取材活動を続けている姿を見て、何と言うだろうか。
「戦争のための装備を身に着けて、義勇兵にでもなったのか!」と罵倒するのだろうか?
あるいは、自分が現地取材で派遣されたとしたら、ワイシャツにネクタイ、しゃれたスーツ姿で戦場を駆け回ることができると思っているのだろうか?。
ヘルメットも、防弾チョッキも、戦争をするために身に着けるものではない。
大切な命を守るために身に着けるものだろう。
一つのヘルメットが、名も、顔も知らない、一つの命を救うかもしれない。
いや、救ってほしい。
一着の防弾チョッキが、名も、顔も知らない、一つの命を救うかもしれない。
いや、救ってほしい。
この記事を書いた記者も、
そのヘルメットが、防弾チョッキが、意に反しながらも徴兵された若い兵士の命を救う可能性もあるという想像力は持っていた方がいいかもしれない。
救われるとして、その命が、兵士の命であったら何か問題でもあるというのだろうか。
一般市民であろうと、若い兵士であろうと、腰の曲がった老兵であろうと、命の尊さに、わずかの差もある筈がない。
・・・
・・・
この記事を書いた記者なら、ウクライナ人に避難先を、食料を提供するのは、戦争を支援することだというのかも・・・。
・・・
・・・
この戦争を、日本にいる私たちには、止めることはできないが、国際世論の一翼を担うことはできる。
それと、人道的な支援は際限なくできる。
その支援の一部が、戦闘に寄与したとしても気にすることはない。
そのことで、大切な人命が救われるのであれば、その可能性があれば、躊躇する必要はない。
誰に恥じることもない。
戦争に参加していることにもならない。
戦争の本質は、人と人が、その命を奪い合う、鬼畜な行動でしかない。
そう考えれば、人命を救う行動は、戦争の対極に位置する尊い行動と言える。
私は、そう考えたい。
抜粋以上。
氏が、「・・・戦闘行為が続行され被害者が増え続けるだけだろう。」
との懸念は、その通りなのでしょう。
しかし、この戦争が長く続き、被害者が増える原因を、ウクライナ側の抵抗に求めたり、ウクライナ側への支援に求めるのは、間違いと言うしかない。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/107.html#c51
私に問いかける前に、氏の考えを述べて貰えないだろうか。
そうでなければ、
「抵抗するために敵の陣地を攻めるのは・・・」という質問の内容が理解できないから。
想定している状況を理解するためには、「切り出す」のではなく、前後に言葉を尽くす必要があるのでは?
それから、
>あなたの言う「自然権」では・・
と言うけど、「自然権」とは、私が勝手に言ってる言葉ではないよ。
どうしても理解できないのか、理解したくないのか・・・
氏が自分で調べないから、例えば、こんなのを見つけてきてあげたでしょ。。
自然権(natural rights)とは、人間が保持している生命・自由・財産・健康に関する不可譲の権利のことで、これまでホッブス、グローティウス、ジョン・ロックなどに より論 じられてきた。米国のバージニア権利章典(1776)、フランス人権宣言(1789)、日本国憲法(11条、97条:1946)
ブリタニカ国際大百科事典:「法的規定以前に人間が本性上もっている権利を「自然権と」 いう。伝統的「自然法」を社会形成の積極的な構成原理に援用した際に生れた近代的な観念である。思想的先駆は T.ホッブズで,彼は個人の生存の欲求とそのための力の行使を自然権として肯定した。自然権は政治的変革を正当化する原理として歴史的に重要な機能を果す とともに,現代の人権思想の根底ともなった。 J.ロックは「生命,身体および財産」への権利であるとし,国家はこの自然権を保障するための組織であるから,いかなる国家権力も自然権を侵害することは 許されず,そのような侵害に対して人民は抵抗権をもつと主張」自然権)する。」
読解力の問題かもしれないけど、「相手の自然権は侵してはいけないもの、自分たちの自然権は、侵されたら、侵すものがいたら、それを排除する抵抗権を持つ、というものだからね。
こういう考え方に立って、小林先生も、日本には、「自衛権」があるといっている。
こういう考え方に立って、国連憲章でも、個別的自衛権、集団的自衛権を認めている。
そして、@個別的自衛権とは、違法な戦争で攻め込まれた当事国が自衛の範囲内で反撃する権利だ。
という条文が導き出されてくる。
ここで大切なのは、「自衛の範囲内で反撃」という言葉だ。
自分たちの自然権は、侵されたら、侵すものがいたら、それを排除する抵抗権を持つ。
つまり、侵すものを「排除する」ところまでということだ。
もう一度、おさらいしてから、それでも、問いかけるなら、
氏の考えを述べたうえで、問いの内容を、具体化して、問いかけてもらいたい。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/107.html#c69
氏の言ってることは、プーチンの主張と茶番な行為をなぞっているに等しい。
国際世論は、プーチンがウクライナに侵攻した行為は、国連憲章で明確に禁止している「戦争」と認定している。
(プーチンは、ロシア国内で「戦争」ではなく「特殊軍事作戦」と言っているらしいが、「なんじゃい、それ!」だろう。)
何故なら、プーチンが、そして氏が侵攻の根拠としている集団的自衛権の行使が、偽装されたものだからだ。
そして、その偽装された集団的自衛権を正当化するために、国際法に違反して、同盟国を、偽装、偽造、捏造した。
氏が解説する、
>上の条件を成立させるためドンバス地方の「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」を正式に「主権国家」として承認し、「同盟国」となるために「友好・協力条約」を締結し、さらに
国会での「批准」も済ませて条約を発効させ、しかる後に両国首脳からの救援要請書簡を受領 ...
というものは、集団的自衛権の行使を正当化するが為の「茶番」でしかない。
違法に作られた国家に、集団的自衛権の行使などあり得ない。
第一、国連加盟国の「ロシア」が、国連憲章を無視し、違反して、「戦争」を始めた。
その戦争を正当化するために、国連に加盟もしていない、「国」を捏造し、国連憲章で規定する、集団的自衛権の行使を主張する。
無茶苦茶と言うしかない。
違法に始められた行為は、どこまで行っても、違法でしかない。
私は、アメリカが過去に行ってきた蛮行を、擁護はしない。
同様に、ウクライナという国で、民族問題の絡んだ紛争で、悲惨な殺戮が行われてきたことも、擁護するつもりはない。
氏が引用する文章にある「あなた方の小さな「NO TO WAR」のプラカードは、残酷なまでに遅い。」と言われれば、そうかもしれない。
しかし、「ロシアのほんとうの意図などどうでもいい。」というのは賛同できない。
何故なら、ロシアの蛮行が、新たに悲惨な殺戮を生んでいるからだ。
さらに、氏が引用する文章にある「私が言いたいのは、あなた方の支援も連帯も得られないまま何万人もの子どもや老人、女性が死んでいたのに、それには口を噤み、今回の戦争についてぺらぺら話すのは恥知らずだということだ。」
恥知らずだから、戦争を非難してはいけないことにはならない。
むしろ恥を知ればこそ、戦争を非難しなければならないのではないだろうか。
私は、プーチンを非難することで、だからこそ、アメリカの蛮行も、ウクライナ国内で起こされてきた悲惨な行為も、非難する資格を、失っていないと思っている。
今、プーチンの蛮行を非難しなければ、過去のアメリカの蛮行も、これから起きるどんな蛮行にも、非難する資格を放棄することになるのではないかと、危惧するところだ。
氏が引用した文章が、プーチン批判の口封じに利用する、プロパガンダでないことを祈りたい。
「・・・一方の見解だけ聞き、それを国会決議などにつなげていくなら、この動きには疑問がある。」
と、
ならば、当事国のどちらの見解も聞かないで、そのまま国会決議などにつなげていくなら、孫崎氏はなんと言うだろうか?。
一方の見解だけを聞くという不公正さは無いが。
ロシアによるウクライナ侵略を非難する決議
衆議院:3月1日
参議院:3月2日
ゼレンスキー大統領のオンラインによる国会演説: 3月23日
「彼は100%政治的に無罪な人物ではないのである。」
この表現は、2分法の誤謬を誘う。
無意識なら、注意を促したい。
意識したものなら、反省を促したい。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/114.html#c72
お小言。
地下爺さんの 恥ずかしすぎるゼレンスキー 対応
なのか
地下爺さんの恥ずかしすぎる ゼレンスキー 対応
なのか
どちらにしても、「らしくない」よ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/118.html#c7
コピペが多すぎて、読むのが辛い。
なので、氏の言葉と思しきところを拾い読みした範囲で、感じたことを書いておきますね。
>これは、「ロシア側は「戦時国際法」を守る意思がある。」という事を言っています。
まるで、プーチンのスポークスマンのような口ぶり・・・。感服。
「戦時国際法」を守るということは、氏も、プーチンも、これは「戦争」だと、認識している証左と言うものでないかい。
(プーチンは、ロシア国内で「戦争」ではなく「特殊軍事作戦」と言っているらしいが、「なんじゃい、それ!」だろう。)
世界中の多くが「戦争と思う」。
これって国際世論とちゃうの?
>実際、その公約を守っているようです。
守らなければ、「戦争犯罪」として、断罪されるのみ。
当たり前すぎて、書く意味すらない。
コピペが多くて、氏の言葉を探すのも大変だ・・・。
>よく知りもしないことを軽々しく断定するのは、やめた方がいいですよ。
>あなた、伊勢崎さんより、国際法に詳しい積りでいるんですか?はあ、そうですか。
私は、氏の言う伊勢崎さんを知らないし、したがって、その伊勢崎さんが、「国際法」のどれほどの権威のお方かも知らない。
ただ、氏がコピペした、
「簡単に「国連憲章違反の侵略戦争」と断定できない理由は、今回の武力行使が「集団的自衛権の発動」と言い得るような手続きを踏んだ後に実行されたからです。・・・」
を補足している積りなら、
「集団的自衛権の発動」と「言い得るような手続き」としか言えない時点で、破綻してると言える。
私は、「言い得るような手続き」そのことが、偽装、偽造、捏造そして、茶番でしかないと考えている。
信ずるところがあるならば、「集団的自衛権の発動」と言い切らねばならないだろう。
ここで、権威者を引き合いに出すことは、「権威者の言うことは正しい」との錯誤を利用する、権威を笠にきた「詭弁」になる。
正しい対応は、伊勢崎さんの名前を出すのではなく、氏が伊勢崎さんの考えを理解し、自分の意見として述べなければならない。
あとは・・・
国家の承認かな?
氏が引用したことは、私も、「少し」は知っている。
私の趣旨は、先に述べているように、
「第一、国連加盟国の「ロシア」が、国連憲章を無視し、違反して、「戦争」を始めた。
その戦争を正当化するために、国連に加盟もしていない、「国」を捏造し、国連憲章で規定する、集団的自衛権の行使を主張する。
無茶苦茶と言うしかない。」
というものだ。
国連加盟国が守らねばならない「国連憲章」に違反して行動するロシアと、、国連に加盟もしていない、ロシアだけが言う「国?」が、「国連憲章」で認められている「集団的自衛権の発動」を、そのことだけを偽装し、正当性を主張する、その姿を
無茶苦茶と言うしかない。
違法に始められた行為は、どこまで行っても、違法でしかない。、
としか言いようがないというものだ。
「国連憲章」に違反している国連加盟国と、国連に加盟していない(勝手に国と称する)国が、手を携えて「国連憲章」に自分たちの行動の正当性、法的根拠を求める。
おかしいでしょ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/107.html#c82
>はい、では、まだ答えをもらっていない質問をもう一度問いかけましょう。
>日本が敵の領土内からミサイル攻撃を受けた後、次々と飛んでくるミサイルの基地を攻撃するのは自然権に入るのでしょうか、入らないのでしょうか。
(自然権に入るのでしょうか、のくだりは、自衛権の行使に入るのでしょうか、が正しい)
あたかも、いまだに、私が答えていないような言い方は、金輪際謹んで貰いたいものだ。
>日本にも認められている、自衛権という自然権の行使とは言えない。(達人が世直し 同 #c33)
と、氏は一部を切り出しているが、もっと言葉を尽くていた筈だ。
その一部を書き出しても、以下のことは伝えている。
「・・・最後に氏の更問いに対する、回答だが、もう、予想が付いているでしょ。
飛んでくるミサイルの数を数えて、自衛権のありようが変わるわけはない。
わたしの答えは、
相手国の侵してはいけない自然権を侵害する、蛮行であり、明確な、日本国憲法違反である。
日本にも認められている、自衛権という自然権の行使とは言えない。
日本の場合も、ウクライナと同じように、反撃の範囲は、日本の領土、領空、領海の中という、限定されたものであるべきだ。
それが、「自衛の範囲での反撃」と言うものではないか。」
改めて言えば、「敵基地攻撃能力」などと言うことは、明らかに、自衛の範囲を越えている。
従って、「敵基地攻撃能力」の保有など、もっての他であり、憲法違反だ。
>日本は、自分を守るために何が出来るんですか。
憲法9条を守ること。・・・・出来るでしょ。変えなければいいだけだ。
戦後80年近く、日本が戦火に見舞われなかったのは、憲法9条があったからではないか。
反撃の範囲は、日本の領土、領空、領海の中という、「自衛の範囲での反撃」に徹すること。・・・既にやってるでしょ。
他国の航空機が、不法に領空侵犯したら、スクランブルをかけて、日本領空の外に追い出してるでしょ。
他国の船舶が、不法に日本の領海内に侵入したら、日本の領海外への排除行動を取ってるでしょ。
多国の軍隊が、不法に日本の領土内に侵攻してきたら、日本の領土外に押し戻すために、日本各地に、自衛隊基地が、配置されているでしょ。、
日本の領海、領空、領土にミサイルが飛んで来たら、それを撃ち落とすためのミサイル迎撃システムを装備しているんでしょ(イージス何たらを)。
私個人的には、ミサイル迎撃システムなどは、氏の言う、「敵基地攻撃能力」と同様、役に立たない「ガラクタ」と思ってるけどね。
氏はそんなこと言えないよね。
「 反撃と言うものは、攻撃もそうだが、100%成功するとは言えない。成功率は5%か50%か分からない。まあ、「真昼の決闘」じゃなかった「真昼の鉄砲」くらいのものだ。それなのに、100%でなければ無意味だというなら、どんな戦争も、どんなスポーツも、どんな計画も、無意味になってしまう。100%成功するなんてことはまずないんだから。」
と言って、「敵基地攻撃能力」が「ガラクタ」であることを認めたうえで、「無いよりマシだ」みたいに言ってた人だからね。
さらに言えば、攻撃を受けたときに、被害が甚大となる「原発」は廃止とか・・・
ミサイルが飛んで来たら、警報を鳴らして、頭を抱えて、その場にしゃがむとか・・・。訓練でやらなかった?
外交面の在り方等々、
小林先生の言う、「専守防衛の質を高める」
やるべきは、まさにそのことではないかい。
そうすれば、「ミサイルが飛んで来たら、警報を鳴らして、頭を抱えて、その場にしゃがむとか」は、冗談で終わるでしょ。
理解出来ないかもしれないね。
氏の発想が、
「飛んでくるミサイルを専守防衛するためには、敵基地を専守攻撃する以外に、どういう方法があるんだ。」
という人だからなぁ〜。
氏が「専守攻撃」などと言っても、誰も理解できる人はいないだろうに。ね。
最後に苦言を一つ。
氏の言う「敵基地攻撃能力」も、発射基地が移動式だったり、潜水艦を想定した瞬間に、目標を捕捉できず、
「 反撃と言うものは、攻撃もそうだが、100%成功するとは言えない。成功率は5%か50%か分からない。まあ、「真昼の決闘」じゃなかった「真昼の鉄砲」くらいのものだ。それなのに、100%でなければ無意味だというなら、どんな戦争も、どんなスポーツも、どんな計画も、無意味になってしまう。100%成功するなんてことはまずないんだから。」
と言わざるを得ない「ガラクタ」に気付き「破綻」したことを反省し、今回は、あろうことか、そのことを隠して、
「・・・すると、日本では敵基地攻撃は自然権として認められていないから、それを行使できない。それなら、敵は安心して、ミサイル防衛も不要な地上の固定基地から安心して何発でもミサイルを日本に発射できる。日本は敵にやられっぱなしでも、反撃することは出来ない。・・・」
という。
まるで、日本が「敵基地攻撃能力」を保有しなければ、敵はミサイル防衛も不要な地上の固定基地をつくる、ことが決まってるような決めつけ。
そして、「敵基地攻撃能力」の標的は、「敵の地上の固定基地」が前提であるかのように、誘導する。
自分にとって都合の良い状況設定をする。
意識してなら最悪だ、無意識でも良くないことだ。
しかし、日本が「敵基地攻撃能力」を持ったら、移動式基地になり、潜水艦発射になり、基地を捕捉できないことになり、「ガラクタ」であることに変わりはない。
>日本は敵にやられっぱなしでも、反撃することは出来ない。・・・」
既にやってるでしょのくだりを見てね。
改めて言うね。
氏の言う、「敵基地攻撃能力」が、「無用の長物」「ガラクタ」でしかないことが明らかになり、氏の言う、「専守攻撃」の考えが破綻した以上、この後、氏のやるべきことは、小林先生の言う、「専守防衛の質の向上」について、趣旨を理解し、人に答えを求めるのではなく、自身で、調べ、考えることではないかと思うけど。
愚か者は、戦前復古の本音を、「教育勅語」に隠そうとする。
「教育勅語」が廃棄されたから、それを復活させようと目論む。
その「教育勅語」が隠していたものは、すでに暴かれている。、
「教育勅語」に本音を隠す、その手口は、すでに本音を隠しようもない。
何故なら、「教育勅語」は、戦前復古の本音を隠す、唯一の道具と認定されているからだ。
私なら、まったく新しい森を作る。
「新」教育勅語ってね。
愚か者のやることは、どこまで行っても、愚かでしかない。
「新」を付ければ、過去の汚名を払しょくできる?。
「新資本主義」しかり。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/121.html#c69
このことわざは、言うまでもなく、
世に知られることの重要さや困難さを示唆する言葉といえる。
いまの時点で、玉木氏と、泉氏を比較すれば、玉木氏の「悪名」は、泉氏の「無名」に勝ると言わざるを得ないのではないだろうか。
そのことは、立憲民主党の主張が、いくら正しくても、国民に伝わっていない現状をそのまま、表していると言える。
国民が一番望むのは、「水戸黄門」の勧善懲悪であることは間違いないが、「山賊」でも「やくざ」でも義理人情、仁義に篤ければ、それなりに喝采を浴びるものだ。
水戸黄門でなくてもいい、清水の次郎長、鼠小僧次郎吉、石川五右衛門、中国で探せば、水滸伝に出てくる宋江、などなど。
「我が子のためなら鬼にでも蛇にでもなれる、それが親とゆうもの」
国民のためなら、鬼にでも蛇にでもなる。それが、政治家というもの。
「無名は、悪名に劣る。」
何をやってる、立憲民主党。狼煙を上げろ!。
自分たちを目立たせろ!。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/130.html#c23
今の政府、日銀に求められているのは、「引き返す勇気」そのことだけではないか。
自分たちの失政をいくら糊塗しようとしても、「無駄足掻き」でしかない。
そんなことよりも、過去の自分たちの失政の原因を探し、できる限りの「原状回復」
と、「歪み切った経済」を立て直す策を真剣に考えるべきだ。
しかし、「敗軍の将、兵を語らず」ということもあるから、潔く後進に道を譲り、問題の解決をゆだねるのもお勧めだ。
間違っても、すべてを放り出し、お腹を壊して、「敵前逃亡」などということを企てることは、やってはいけない。
それを「やっちまった」人も近所にいるけど・・・。
それだけは、やってはいけない!。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/132.html#c16
国民が、「主権在民」の心を忘れ、主権の存在を忘れ去ったとき、自衛隊、警察といった実力組織が、どれほど危険な存在に変貌しまうか、については言を待たない。
そうなることを、事前に阻止するためには、日々のたゆまぬ努力と、細心の注意を払わなければならない。
そのことを忘れたとき、いずれの日にか、その銃口が、主権者たる国民に向けられる日が訪れるに違いない。
既に、その兆候があちらこちにらに見られるではないか。
実力組織が、国民を守るものであることを忘れ、権力の犬と化してからでは、すべてが、遅すぎることになる。
改めて、それぞれが、日本国憲法の前文を読み直そうではないか。
「日本国民は正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、・・・政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。・・・われらはこれに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、・・・平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。・・・われらは全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和の内に生存する権利を有することを確認する。
われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけて、全力をあげて崇高な理想と目的を達成することを誓う。」
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/142.html#c26
変貌しまうか、→変貌してしまうか、
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/142.html#c27
地下爺さんが、日本には、他国が侵略する価値がないから、したがって攻めてこないから、「丸腰」でいいというなら、同意はできない。
何故なら、日本には、今では1億2000万もの守られるべき大切な命と、細々と営まれている、小さくとも、幸せな生活があるのだから。
それらを侵すことは何人も許されないし、侵すものがあれば、抵抗する権利がある。
この権利は、放棄しても無くすことができない、根源的権利なのだから。
この権利は、自分たちが主張するだけではなく、同じ権利は、他国の人たちにも存在し、その権利を私たちは侵してはならない。
当然ではないか。
憲法9条を見てみよう。
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
1項で、日本国民の名で「戦争放棄」を世界に表明し、
2項で、時の権力者、為政者に対して、「戦力不保持」すなわち「戦力を保有しようとするいかなる政策も禁じ」、さらには、「国の交戦権を認めない」と記述することで、時の権力者、為政者が他国に戦争を仕掛け、国民を戦争に引きずり込む権限を、権力者、為政者からはく奪する、としている。
自衛権の行使のことは、一言たりとも書いていない。
何故なら、書いても意味をなさないから。
自衛権は、先に述べたように、いくら大声で、憲法で、放棄しても無くすことができない、根源的権利なのだから。
(自衛権を、2項に書き加えることも、同じ理由で無意味と言わざるを得ない。)
従って、「丸腰」でいいかどうかは、世界の環境が決めることになるのではと。
個人的には、そうなってほしいと思う気持ちがあるが、私達が生きている間は、そうはならないという気持ちの方が強い。
憲法9条で、日本が「丸腰」を宣言したわけではないことは、認識しなければならない。(そうすることに意味がない)
ところで、日本では、市民は「丸腰」でないと官憲に連行されてしまう。
「銃刀法違反じゃ」と言われて、現行犯で・・・。
気を付けましょう。
「丸腰」のまま、包丁男に襲われ、包丁を投げつけられたとして、その包丁を避けるために、棒で叩き落したり、身をかわしたりすることは、自衛の行動として当然だが、払い落とした包丁を手にして、包丁男に襲い掛かって、刺したり、包丁を投げつけて殺傷することは、正当防衛の範囲を越える、過剰防衛と認定される可能性が高いので、気を付けましょう。
自衛権の行使と言っても、自ずと制約があるということ。
(ΦωΦ)はそのことが理解できない。
>その外交に武力を除外して考える所があなたの根本的な過ちなんだよ。「戦争放棄」という女に騙されているんだよ。
と、いまだに、この程度の認識だから。
憲法を、読んでいないのか、読んでも理解できないのか、理解できても守ろうという意思が、端から無いのか。
だとしたら、いずれにしても、無法地帯で、案山子と言い争っているようなものだ。
(ΦωΦ)の言うことには、何の規範もない。
画像の女の子は、カンフーの名人か、空手の師範か、ボクシングの世界チャンピオンかもね。
それでも、拳も、時には、凶器と見做されるから注意は必要だ。
(ΦωΦ)を相手にしていて、90氏のようなコメントに接すると、何故かほっとする。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/107.html#c91
「主権在民」という言葉に対して、
>海外に住んでいる日本人は無視するんですか?
と反応した人に出会うのは初めてだ。
「主権在民」とは、
「主権が国民にあること。日本国憲法は前文で宣言している。国民主権。」
もう少し書くとすれば、
「国民主権は、主権は国民にある、という思想であり、つまり国民が政治権力の源・責任主体であり、政府は国民の意志により設立され運営される機関であるとする思想。 ウィキペディア」
在民の在は、在日の在に非ず。
主権が民に存(存在)するという意味。
>民=日本人
これも間違い。
民=国民
日本国民たる要件は、法律でこれを定める。と憲法に規定されている。
この調子だと、「主権」の意味すら理解してないのではないかと不安になる。
国民が主権を持った今、国民の責任、つまり、あなたの責任もそれなりに重いということだよ。
自分の理解できない言葉を「造語」などと言って切り捨てることは、主権者のやることではない。
反省してよ!。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/142.html#c32
>29氏への間違いです。
>26は自分でした。自分に氏なんかつけちゃった・・・。
少し調子が悪い。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/142.html#c33
世界がコロナ禍に襲われてから、2年以上が経過し、日本も当然コロナ禍によって、個人の生活も、経済的活動も、ままならない状況は未だに続いている。
そんな中で、相対的な経済的弱者と強者を探すと、「維新の会」が支持を伸ばしていることがあながち、不思議でないことがわかる。
先に「強者」を探そう。
世の中の景気がどんなに落ち込もうと、緊急事態宣言が何度発せられても、職を失う不安もなく、給与が大きく下がる心配もない。・・・そんな職業は?・・・公務員。
選挙で落ちない限り、世界一高額な歳費を受け取っている。・・・そんな職業は?・・・国会議員。
コロナ禍が続いているにもかかわらず、過去最高益を連発し、組合の賃上げ要求に当然のように満額回答できる、一流と言われる企業の、概ね「連合」傘下の組合員労働者。
こうしてみると、コロナ禍にあっても、経済的「強者」は結構いるものだ。
しかも、コロナ禍でなくても、いつも「強者」な人たちだ。
一方、経済的「弱者」はというと、
勤め先の業績が悪化すると、簡単に職を失ってしまう、アルバイト、パート、派遣社員、といった非正規な労働者。
当然、組合など持たない、立場の弱い労働者。
コロナ禍で客足が落ち、事業の継続もままならなくなっている、旅行業、観光業、旅館・ホテル、飲食業で働いてきた人たち。
他には、アルバイト収入を失った学生、もともと弱者の年金生活者、生活保護受給者。母子家庭、父子家庭、
これらの経済的弱者は、もともと弱者であった人ほど、このコロナ禍で、耐え忍び、何とか生きながらえてきたものの、その限界を超えてしっまた人も多いのではないか。
そんな状況の中で、既得権益を非難し、公務員を敵に回した言動を繰り返し、労働組合を悪しざまに言うことで、公務員と、大企業の労働者を敵に仕立て上げて、その敵を叩く、そんなスタイルが、「弱者」には、受け入れられたとしても不思議はないのではないか。
自分たち政治家の既得権益や、公務員のもっと後ろにいる「官僚」や、大企業組合員の後ろにいる「金持ち」に触れないとしても、・・・。
同じ労働者同士の比較の中で、どうして俺たちだけが・・・の不満を掻き立てられる。
自分の努力ではどうしようもない不平等に怒り、結果、分断が起きたとしても不思議ではない。、
弱者の意識を労働者階級の経済格差に目を向けさせることで、政治家、官僚、テレビ芸人等々との不合理な格差に対する非難の矛先を逸らす。
古典的な「敵」を作り、その敵と「戦っている姿勢」を示す手法で、不満を抱えた人の支持を獲得していく。
それが、今の「維新の会」の手口だ。
それに対抗するには、
本当の敵が、どこにあるか知らしめ、、
経済的弱者に直接的に救援の手を差し伸べる政策を実現すべく、「戦う姿」を見せるしかない。
そして、そのことを「発信力」を高めて国民に伝える努力を怠らないことと、国会議員が、地元を大切に、足が地に着いた不断の活動が大切なのは、私が言うまでもない。
こうして見てみると、「連合」に擦り寄り、頭を垂れるような公党は、経済的弱者から、どう見られてしまうか分かるというものではないか。
「敵の味方は敵」
でしょ。
「当たらずとも、遠からず」ではないだろうか。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/166.html#c18
覚えたての「自然権」、さっそく使ってるね💛。
だけど、「自然権」の理解が、全く間違ってるよ。
初歩の説明はしてあげたでしょ。
今のままだと、これ以上は、恥をかくだけだから、止めた方がいい。
ところで、氏の言う「敵基地攻撃」とは、敵の「ミサイル発射基地」を攻撃することではなかったかい?確か。
しかし、氏の言う「「敵基地攻撃能力」はガラクタだから、このままではどうにも具合が悪いし、分も悪い。
「 反撃と言うものは、攻撃もそうだが、100%成功するとは言えない。成功率は5%か50%か分からない。まあ、「真昼の決闘」じゃなかった「真昼の鉄砲」くらいのものだ。それなのに、100%でなければ無意味だというなら、どんな戦争も、どんなスポーツも、どんな計画も、無意味になってしまう。100%成功するなんてことはまずないんだから。」
と言って、「敵基地攻撃能力」が「ガラクタ」であることを認めたうえで、「無いよりマシだ」みたいに言ってた人だからね。
「しまった!」だね。
それで、今度は、「敵基地を敵の領土と言い換えれば、ガラクタな「敵基地攻撃能力」でも、敵領土のどこかには着弾するだろう」・・・いくら何でもってかい?
つまり「司令部だろうと首都だろうと、敵軍のある場所は、敵基地」と、いつの間にか、宗旨替えかい?
恥ずかしいね?
付き合い切れん。
第一、あの安倍氏と発想が同じであることを、恥じるどころか、
>安倍さんの言う通りだ。
と言うに至っては、救いようがない。
こんな少ないスペースでも、「恥」が3つもある。
そして、「恥」が、また一つ。
>世界中の国で、防衛のための攻撃を認めていない国があるか、
この質問には答えられる人はいないでしょ。
質問の意味が通じない、というより、日本語になっていない。
せめて、氏の言う「専守攻撃」の解説をして貰ってからでないとね。
防衛とは:防ぎ守ること。 外国の侵略から国を守ること。(対義語は、侵略、攻撃等)
攻撃とは:進んで敵を攻めること。(対義語は、守備、防御、防禦)
「防衛のための攻撃」の矛盾に気が付くでしょ。意味不明。
氏の無理解からくる混乱を解消するには、以下の説明を理解するのが、いいかと。
「「攻撃」は、”進んで敵を攻め打つ”という意味であり、「戰」は、”武器を持って敵と争う”という意味ですから、
「攻撃戦」は、”進んで敵を攻め打つために、武器を持って敵と争う”であり、
「防衛戦」は、”他からの攻撃に対して防ぎ守るために、武器を持って敵と争う”です。」
国連憲章では、戦争を禁止し、認めている個別的自衛権も、違法な戦争で攻め込まれた当事国が自衛の範囲内で反撃する権利だ。
>世界中の国で、防衛のための攻撃を認めていない国があるか、あったら、国名を教えてほしい。
質問の趣旨を何とか理解して、その上で回答するとすれば、「少なくとも、国連加盟国の193か国。」
いや、ロシアは違うか。
国名は自分で調べて。
正しい設問は、以下の通り。
世界中の国で、「違法な戦争で攻め込まれた当事国が自衛の範囲内で反撃する権利」を認めていない国があるか、あったら、国名を教えてほしい。
これなら、答えは、そんな国は「無い」。
質問するなら、日本語で、正確に。
誤った質問は、誤った答えを誘導する。
それから、氏の言う「自然権」・・・間違い、ね。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/169.html#c39
国会では、森友問題だけで、100回以上も嘘をついてきた「嘘つき」が、何を話しても、既に信じる人はいないことに、気が付いていない。
これだけは信じられる、そんな「旨い話」はない。
裸のバカ大将。
既に、お抱えのスピーチライターもいなくなり、ネタ元は「HANADA」くらいしかなくなったか?
そのうち、「自分の下でやってない改憲は、改憲に非ず」とか言い出しそう。
ソーシャルディスタンスがお勧め。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/175.html#c21
>込み入った文で理解できません。
この程度の短文を理解出来ないとは、私に愚痴る前に、自分の理解力の無さを「恥じて」、「反省」し、理解できるよう「努力」することをお勧めするわ。
確かに理解できていないことはわかる。
「違法な戦争・・・」の文字を見て、「合法な戦争」を探す・・・
「違法な犯罪・・・」の文字を見て、「合法な犯罪」を探すようなものではないか。
氏の思考の根本に欠けるのは、第二次世界大戦の惨禍に対する、先人の「反省」に学ぶ、そういう謙虚な気持ちではないのか。
あのような惨禍を二度と起こしてはいけないという、人間としての、ごく「自然」な心の持ちよう。
そのような、ごく「自然」な心の持ちようから生まれている、「自然権」の思想を、氏が未だに理解出来ていないのは、「むべなるかな」ではないか。
氏には、それがない。100年以上前から時間が止まったというような状態。
いつまでも、自分の都合の良い妄想の世界に生きていてはだめだ。
時計を動かすには、勉強するしかないだろう。
今の世界は、第二次世界大戦の反省から生まれた「国際連合」の下に193か国が参集し、国連憲章を行動規範とすることを誓って、その上で加盟した。
その国連憲章では、「戦争は禁止」されている。
そして同じく第二次世界大戦の反省から生まれた、日本国憲法は、「戦争を放棄」している。
このようなスレにコメントを投稿はするものの、国連憲章も、日本国憲法の前文すら読んだことが無いのではないのかと思わざるを得ない。
もしくは、読んでも、どうしようもなく理解できない、か。
>中国が、仮にアメリカから侵略戦争でミサイル攻撃された時、そのアメリカのミサイル基地(アメリカの国内にあるとして)を攻撃する権利を、中国は自然権として持っているか、もっていないか。
標的は、また変わったのかい?
ワシントンとか、ペンタゴンとかでなくてもいいの?
中国の保有する敵基地攻撃能力は、氏の想定する日本の敵基地攻撃能力より格段に高いから、大丈夫、ガラクタと言われないから、とか?
あるいは、その基地が、(アメリカの国内にあるとして)でないと都合が悪い?
答えは以下の通り。
「持っていない」、そんなものを持っている国は「無い」。
氏の誤りは、「・・・を攻撃する権利を、「自然権として」持っているか、」と質問するところ。
そんなもの、「自然権」でも何でもない。
これこそが「自然権」を理解していない証左でしかない。
こんな質問が出なくなったとき、少しは理解が進んだと言えるかも・・・。
知らんけど。
氏の「専守攻撃」論を説明しようとすれば、自分の誤りに気が付くと思うので、一度、このスレで、「専守攻撃」論を解説してみて。
待ってます。(持っていますじゃないよ。まっています。)
改めて言っとくけど、氏の言う「自然権」・・・間違い、ね。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/169.html#c67
日本が目指す「国連改革」の、その実態はと言えば、「国連憲章」から「敵国条項を削除」することでしかない。
東洋の島国の、ローカルな都合を押し付けるものでしかない。
国連加盟国193か国のうち、敵国条項に感心を持つ国がどれほどあるというのだろうか。
大方の国は、急いで削除しなくても、「問題ないじゃん」くらいの感覚だろう。
感心があるのは、隣国の中国、韓国、北朝鮮、そして今、旬な話題のロシアくらいではないか。
近頃、やけに姦しい安倍氏の言動を見るにつけ、虎視眈々と隙を狙っていてもおかしくはない。
「敵基地攻撃能力」保有論とか。「核共有」とか、隣国からすると、平和憲法を溝に捨てるに等しい、極めて危険で、きな臭い政策転換に見えるに違いない。
改めて言うまでもないが、
「敵国条項とは、国連憲章第53条、第77条1項b、第107条に規定されている。その内容を端的に言えば、第二次大戦中に連合国の敵国であった国が、戦争の結果確定した事項に反したり、侵略政策を再現する行動等を起こした場合、国際連合加盟国や地域安全保障機構は、安保理の許可がなくとも当該国に対して軍事制裁を科すことができる、としている。
つまり、あらゆる紛争を国連に預けることを規定した、先の国連憲章51条の規定には縛られず、敵国条項に該当する国が起こした紛争に対して、自由に軍事制裁を課する事が容認されるのである。」
「敵基地攻撃能力」保有論とか。「核共有」を囃す輩は、そのことの危険性を認識しているのだろうか。
そういう輩こそが、憲法9条が、日本を戦火から守ってきたことを認識できない、「お花畑の住民」そのものではないのか。
一方、日本以外が唱える「国連改革」は、ロシアのウクライナ侵攻を目の当たりにし、いまだにプーチンの蛮行を止められない現実を憂うるならば、喫緊の課題というものだ。
「国連は、国際紛争の平和的解決を義務付け、武力による威嚇又は武力の行使を一般的に禁止した。とはいえ、国際社会において何らかの紛争が起きるであろうことは否定できない現実である。そこで国連は、武力行使禁止原則の例外としての武力行使権限を、国連のみが有することとした。つまり、武力行使権限は、平和に対する脅威、平和の破壊又は侵略行為に関する紛争の解決のためだけに国連の安保理のみが行使し得るのであり、条件付きで国家の固有の権利としての自衛権を認めはするものの、国連安保理が国際の平和及び安全の維持に必要な措置を採るまでの間に限る、としたのである。」
今回、違法な戦争を仕掛けた国が、ロシアであり、安保理常任理事国であるという事態は、国連、安保理、そして国連憲章の想定外の事態だろう。
国連が、想定した手続きに沿って、その責務を果たし、貫徹することができれば、既に、紛争は収束しているか、最悪でも、国連軍が間に入って、無意味な殺戮を止めさせることはできていただろう。
それが、戦争当事国である、ロシアという安保理常任理事国の、たった一つの拒否権によって、阻まれた。
「国連改革」の必要性が叫ばれる所以だ。
ベレンスキーが言う、国連改革もまさにこれだろう。
「国連軍は、いつ派遣されるのだ!。」
「いつまで、自衛のための範囲内での反撃で、持ちこたえればいいんだ!。」
「誰か、教えてくれ!」
だろう。
「約束が、違うじゃないか・・・」
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/179.html#c13
ゼレンスキーさんごめんなさい。ベレンスキーは、知らない人。
名前、間違えちゃった。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/179.html#c14
一部の言葉を変えて、同じ質問を繰り返すのは、時間の無駄だから、ほどほどのところにしといてね。
>中国は、・・・・・攻撃する権利を持っていると言っているが。中国は自然権では認められていないことを、やると言っているんですか。
中国が「・・・攻撃する権利を持っていると言っているが・・・」と氏は言うが、そのことを、私は知らない。
そのうえで、氏が言うように「そう言っている」として、>67でコメントしたように、
そんなもの、「自然権」でも何でもない。
「自然権」でも何でもないことを、やると言っているんじゃないの。
第一、氏のように、「自然権で認められている」とか、中国が言ってる訳ではないでしょ。
それが答えかな。
>世界で、仮に外国から侵略戦争でミサイル攻撃された時、その外国のミサイル基地(その外国の国内にあるとして)を攻撃する権利を持っていないと認めている国が世界に一つでもあるんですか。あるなら、国名を教えてほしい。
これも、言葉を変えただけで、同じ質問の繰り返しだね。
なので、答えは>39のコメントに同じ。
「少なくとも、国連加盟国の193か国。」
いや、ロシアは違うか。
国名は自分で調べて。
そして、これも同じ、
氏の「専守攻撃」論を解説してみて。
待ってます。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/169.html#c80
懲りずに問いかけがあったから、返信はするけど、
その前に、忘れないうちに、先に言っとくね。
氏の「専守攻撃」論を解説してみて。
待ってます。
忘れないでよ。本当に・・・。
そのうえで、氏の質問A
>ということは、中国は「自然権」の範囲を超えてつまり「自然権」に違反しているということでいいですか。
答えは、「駄目です。」点数をつけるとすれば、0点。
氏が設定していることは、単に「殴られたから、殴り返す」そういっているだけ。
そして、「なんか、文句あっか〜。」「俺にはやり返す権利がある!」
氏が言いたいことは、そういうことでないのかい?
自然権の思想は、そのような「畜生と同じような生き方」を戒め、人類が安寧に暮らすための考え方を教えるものだからね。
言い換えれば、「人類が、氏のような考え方をしないように」、自然権の思想で生きなさい、と教えるものだからね。
もう一度だけ、氏に合った視点で、自然権についての考え方を書いとくね。
「他者の自然権は、これを侵してはならない。自然権を侵されたり、侵そうとするものがあれば、阻止する抵抗権がある。」
この文の前段部分「他者の自然権はこれを侵してはならない、」は、どのような状況でも生きている言葉だ。
今、氏のやっていることは、後段の部分のみを都合よく切り取り、理解せずに、権利を振り回しているだけでしかない。
自然権の思想を冒涜しているに等しい。
だから、>39で、恥ずかしいから止めた方がいいと忠告した。
自然権は侵してはいけないもの。
範囲を超えてとか、違反して、とかいう言葉は、なじまない。
蛇足だそうだが、・・・
「中国は、仮にアメリカから侵略戦争でミサイル攻撃された時、そのアメリカのミサイル基地(アメリカの国内にあるとして)を攻撃する権利を持っていると言っているが。」…B
>Bの文の「権利」とは、自然権のことではないので「権利」と書いたのです。要するに私とあなたは同じことを言っているらしいです。
オイオイ、勝手に一緒にすんなよ、と言ったところか。
自分の考えで述べたことには、きちんと責任を持って貰いたいもんだ。
>20での氏のコメントは、何なん?
・・・防衛のための攻撃も認めている。敵の中枢、つまり司令部だろうと首都だろうと、敵軍のある場所は、当然攻撃する権利が自然権として存在している。
言い訳も辻褄を考えて言ってくれ。
私が「誤解しているだけ」みたいに思われるだろ!。
それが狙いかも知れないけど・・・。
>これは私とあなたが同じことを言っているので、議論の必要はないでしょう。
どうしてこうなってしまうのだろう。理解不能。
頼むから、勝手に、一緒にしないでくれないか。
氏と一緒なんて思われたら、恥ずかしくて、生きていけないかも。
最初のこれ↓、忘れないでね。
氏の「専守攻撃」論を解説してみて。
待ってます。
忘れないでよ。本当に・・・。
ついでに、気になったので・・・
氏が、>90で言ってる
「専守防衛。反撃してはいけない。やられてもやりかえしてはいけない」などと言っている・・・」
これ、詭弁な。
藁人形論法というやつ。
勝手に人の考えを、自分と一緒にしたり、こんなのが多いぞ。
注意しろ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/169.html#c99
どうにも困った人だ。
自分で質問した内容すら覚えていない体ではないか。
>「駄目です」とは、誰が駄目なんですか、私ですか、中国ですか。
私が「駄目です」と答えた、氏の質問にもどろうか?。
>中国は、仮にアメリカから侵略戦争でミサイル攻撃された時、そのアメリカのミサイル基地(アメリカの国内にあるとして)を攻撃する権利を持っていると言っているが。中国は自然権では認められていないことを、やると言っているんですか。(74 多摩散人)
・・・・
>ということは、中国は「自然権」の範囲を超えてつまり「自然権」に違反しているということでいいですか。…質問A
答えは、「駄目です。」点数をつけるとすれば、0点。
>「駄目です」とは、誰が駄目なんですか、私ですか、中国ですか。
「中国は「自然権」の範囲を超えてつまり「自然権」に違反しているということ」
と考えた人に決まってるだろ。
それは「あんた」以外に誰がいるの。
私は考えてないぞ。
「中国は「自然権」の範囲を超えてつまり「自然権」に違反しているということでいいですか」
と聞いた人に決まってるだろう。
それは「あんた」以外に誰がいるの。
その「あんた」が、「・・・ということでいいですか」と聞くから、
答えは、「駄目です。」点数をつけるとすれば、0点。と答えた。
第一、中国が、「自然権」がどうのこうのと、言ってないし、考えてもいないと思うけど。
氏がよく利用する、架空の設定。
妄想でしかない。
自分の都合のいい状況設定をして、議論しようとする、「詭弁」。
>Aの質問への答えは、
> 1.中国は自然権に違反している。
> 2.中国は自然権に違反していない。
>のどっちかだと思うんですが。どっちですか。
分からない人だ。
他者の自然権は侵してはいけないもの。
範囲を超えてとか、違反して、とかいう言葉は、なじまない。
この程度のことくらい、理解してくれなきゃ。
出来ないなら、「自然権」という言葉は、使わない方がいい。
知らないことが、すぐばれてしまう。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/169.html#c102
この熊見たことある。
ボリショイサーカスが、日本で公演したときかな。
熊さん「かわいい〜💛」
乗ってる奴「怖い〜。」鬼か?
いや、外道だ!。
動物愛護の精神が全くない。
人を愛せないのも納得がいく。
本当の自然とは、これ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/182.html#c43
>中国が、仮にアメリカから侵略戦争でミサイル攻撃された時、そのアメリカのミサイル基地(アメリカの国内にあるとして)を攻撃(反撃)したら、中国は自然権を侵していますか、それとも自然権を侵していませんか。
>1.自然権を侵(おか)している。
>2.自然権を侵(おか)していない。
>のどっちかですか。答えて下さい…質問C
氏が「違反している」を「侵(おか)している。」と言い換えた意味が、
「交通違反している」と言ったら、「違うだろ〜」と言われたから、「交通法規を犯(おか)している。」と言い換えた程度の認識でないことを祈る。
氏の、どっちか答えてくださいとの要求に応える前に、
>もっと正しい質問法があればお教えください。
の方に、答えたい。
>104氏(早速使わせてもらいました、無断で失礼します。)が引用してくれている文中にもあるように、
「・・・人が生まれながらにして有する・・・」という自然権。
私も持っているし、氏も当然持っている。
人はみな平等に持っている。自然権。
そういう認識にっ立てば、
>中国が、仮にアメリカから侵略戦争でミサイル攻撃された時、そのアメリカのミサイル基地(アメリカの国内にあるとして)を攻撃(反撃)したら、中国は自然権を侵していますか、それとも自然権を侵していませんか。
氏がここで言ってる「自然権」が、「誰のものを指しているのか」を、明確に言わなければならない。
その上で、必要なら、更問いして。
>99でも書いたけど、
「他者の自然権は、これを侵してはならない。自然権を侵されたり、侵そうとするものがあれば、阻止する抵抗権がある。」
この文の前段部分「他者の自然権はこれを侵してはならない、」は、どのような状況でも生きている言葉だ。
今、氏のやっていることは、後段の部分のみを都合よく切り取り、理解せずに、権利を振り回しているだけでしかない。」
このことが理解できれば、小林先生の言う、「専守防衛」の意味が理解できるようになる。
なるほどと得心が行くはずだ。
そうなって、初めて、「自然権」という言葉を使う資格が得られる。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/169.html#c108
あ!! しまった。 わしの プーチン 嫌い バレてしまった?
もし出来れば、ご内密に・・・
このお馬さんも見たことある。
ボリショイサーカスが、日本で公演したときかな。
お馬さんさん「かわいい〜💛」
でも、迷惑そうにしてて、かわいそう・・・。
乗ってる奴「怖い〜。」鬼か?
いや、外道だ!。
動物愛護の精神が全くない。
人を愛せないのも納得がいく。
くそ〜!、地下ジジイ!
俺の嫁をどこに隠した〜!
ウガ〜!
繰り返しになるけど、
「他者の自然権は、これを侵してはならない。自然権を侵されたり、侵そうとするものがあれば、阻止する抵抗権がある。」
を念頭において、氏の例文を見てみると、局所的には合っていると思うが、言葉が足りない。
もっと、言葉を尽くさないと・・・。
私が理解している範囲で、氏の例文に言葉を付け加えるとしたら、以下の感じになる。
>1.国家の自然権としての「自衛権」は日本にもある。
国家の自然権は、これを侵してはならない。また、日本の自然権を侵されたり、侵そうとするものがあれば、阻止する抵抗権という自然権としての「自衛権」は日本にもある。
>2.国家の自然権は日本にもある。
国家の自然権は、これを侵してはならない。そういう、国家の自然権は日本にもある。
>3.国家の自然権としての「自衛権」は日本も持っている。
国家の自然権は、これを侵してはならない。また、日本の自然権を侵されたり、侵そうとするものがあれば、阻止する抵抗権という自然権としての「自衛権」は日本も持っている。
>4.国家の自然権は日本も持っている。
国家の自然権は、これを侵してはならない。そういう、国家の自然権は日本も持っている。
>5.全ての国家には、国家の自然権としての「自衛権」がある。
国家の自然権は、これを侵してはならない。また、全ての国家には、自国の自然権を侵されたり、侵そうとするものがあれば、阻止する抵抗権という自然権としての「自衛権」がある。
>6.全ての国家は、国家の自然権としての「自衛権」を持っている。
国家の自然権は、これを侵してはならない。また、全ての国家には、自国の自然権を侵されたり、侵そうとするものがあれば、阻止する抵抗権という自然権としての「自衛権」を持っている。
>7.全ての国家は、国家の自然権を持っている。
全ての国家は、国家の自然権を持っている。他国の自然権は、これを侵してはならない。
そのうえで、>108で書いた、
氏がここで言ってる「自然権」が、「誰のものを指しているのか」
を確定してみて。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/169.html#c112
やっぱり分かっていないということか。
> この観点で「自然権」を論じてはいけないんでしょうか。
>いいのでしょうか、いけないのでしょうか。
この問いに答える前に、
「そのうえで、>108で書いた、
氏がここで言ってる「自然権」が、「誰のものを指しているのか」
を確定してみて。」
を実行してみると、答えが少し見えてくると思うよ。
答えを求めるのはそれからにしよう。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/169.html#c116
ふざけてるんじゃなかろうね。
>60
>中国が、仮にアメリカから侵略戦争でミサイル攻撃された時、そのアメリカのミサイル基地(アメリカの国内にあるとして)を攻撃する権利を、中国は自然権として持っているか、もっていないか。
> これなら、分かりやすく教えてもらえるかな。
事のはじまりはこれかな。
自分で状況設定したことを忘れてしまったか?。
以下私の返答は省略する。
この後、都度、言葉をあれこれ変えたから、自分でも、何を言ってたか忘れてしまったか。、
>74で氏が再び問うた。
>しかし、中国は、仮にアメリカから侵略戦争でミサイル攻撃された時、そのアメリカのミサイル基地(アメリカの国内にあるとして)を攻撃する権利を持っていると言っているが。中国は自然権では認められていないことを、やると言っているんですか。
さらに、
>、Bの文の「権利」とは、自然権のことではないので「権利」と書いたのです。
と氏の言い訳に対して、
私は、
>20での氏のコメントは、何なん?
・・・防衛のための攻撃も認めている。敵の中枢、つまり司令部だろうと首都だろうと、敵軍のある場所は、当然攻撃する権利が自然権として存在している。
と明言していることとの、矛盾を指摘した。
それに対する、>100での氏の言いっぷりがひどい。
都合の悪い答えを言われて、意味を曲解し、とぼけた質問で返す。
氏のコメントによく見る詭弁だ。
そして106での氏のコメント
> 質問の言葉遣いが悪くてすみません。重々、お詫びします。もう一度質問させてください。
>中国が、仮にアメリカから侵略戦争でミサイル攻撃された時、そのアメリカのミサイル基地(アメリカの国内にあるとして)を攻撃(反撃)したら、中国は自然権を侵していますか、それとも自然権を侵していませんか。
>1.自然権を侵(おか)している。
>2.自然権を侵(おか)していない。
>のどっちかですか。答えて下さい…質問C
ほんの4月7日のコメントだ。
そして私が指摘したのは、4月8日。昨日じゃないか。
>108で、
>中国が、仮にアメリカから侵略戦争でミサイル攻撃された時、そのアメリカのミサイル基地(アメリカの国内にあるとして)を攻撃(反撃)したら、中国は自然権を侵していますか、それとも自然権を侵していませんか。
氏がここで言ってる「自然権」が、「誰のものを指しているのか」を、明確に言わなければならない。
このくらいでいいでしょ。
氏が、106の質問で設定した、状況で言う「自然権」
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/169.html#c118
またいつものように、都合の悪い質問には曲解で、質問の趣旨を捻じ曲げ、結局質問には答えない。
ここは一つ、逃げないで答えて貰わないと、いけないね。
なんと言っても、結論に近いところだから。
>中国が、仮にアメリカから侵略戦争でミサイル攻撃された時、そのアメリカのミサイル基地(アメリカの国内にあるとして)を攻撃(反撃)したら、中国は自然権を侵していますか、それとも自然権を侵していませんか。
と言って設問をしたのは、他ならぬ「あんた」だ。
文中に出てくる国名は、「中国」と「アメリカ」。
これも「あんた」が自分で設定した状況だ。
従って、上記の文中の自然権の前に付けるべき国名は、「中国の」か「アメリカの」しかない。
ここまでは反論は無いでしょ。
氏は、嫌な様子だから、私が、試しに挿入してみようか?
「中国の」を挿入してみよう。
>中国が、仮にアメリカから侵略戦争でミサイル攻撃された時、そのアメリカのミサイル基地(アメリカの国内にあるとして)を攻撃(反撃)したら、中国は中国の自然権を侵していますか、それとも自然権を侵していませんか。
日本語の文章になっていないことくらいは、理解できるでしょ。
日本語になっていないから、これが、質問だとしたら、答えは、無い。
何故なら、質問の意味が????だから。、
次に、「アメリカの」を挿入してみよう。
>中国が、仮にアメリカから侵略戦争でミサイル攻撃された時、そのアメリカのミサイル基地(アメリカの国内にあるとして)を攻撃(反撃)したら、中国はアメリカの自然権を侵していますか、それとも自然権を侵していませんか。
こちらは、立派な日本語の文章になっている。
これなら氏の質問が理解出来るし、私でも答えられる。
そして、答えは、「、中国はアメリカの自然権を侵している。」
> 私の106のコメントの「自然権」も、「国家が自分の自然権を自分で侵(おか)している」という意味ですが、ここでは「自然権」には「侵す」という用語がなじまないので、分かりにくいと思います。これは、あなたの
>(自然権という言葉は)範囲を超えてとか、違反して、とかいう言葉は、なじまない。(102)
と言うお教えの顔を立てて使いました。
言い訳も、もう少し、気の利いた内容にしてほしいものだ。
支離滅裂ではないか。
何を言っているのか全く理解できない。
私の顔など、立てる必要はない。
あたかも、私の顔を立てるがために、支離滅裂になちゃった・・みたいな・・・。
「あんた」の支離滅裂は私のせいかい。
>「自分の自然権も自分で侵してはいけないもの」として使いました。
なるほど・・・。
ならば、私には答えられなかったが、氏ならば答えられそうだ。
>中国が、仮にアメリカから侵略戦争でミサイル攻撃された時、そのアメリカのミサイル基地(アメリカの国内にあるとして)を攻撃(反撃)したら、中国は中国の自然権を侵していますか、それとも自然権を侵していませんか。
という、自分で設定した質問の答えを、答えてもらおうか。
改めて書くよ、
「他者の自然権は、これを侵してはならない。自然権を侵されたり、侵そうとするものがあれば、阻止する抵抗権がある。」
結論を言うと、(国と国の関りで表現すると)
他国の自然権は、これを侵してはならない。自国の自然権を侵されたり、侵そうとするものがあれば、阻止する抵抗権がある。
抵抗権の行使においても、他国の自然権は、これを侵してはならないのは、言うまでもない。
そういう認識で、小林先生の「専守防衛」の考え方を復習すれば、納得がいくと思うけど。
氏の理解では、「自然権」の言葉は使わない方が良い。と言うしかない。
氏の認識では、
単に「殴られたから、殴り返す」そういっているだけ。
そして、「なんか、文句あっか〜。」「俺にはやり返す権利がある!」
「専守防衛」で思い出した。
氏の「専守攻撃」論。解説まだ?
>もう少し待ってください。
と言ってたけど、忘れないでよ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/169.html#c121
支離滅裂の後は、人のコメントすら、理解できない状態か?
私の答えは既に>121出している。
答えは、「、中国はアメリカの自然権を侵している。」
自分の都合が悪いことは、いつものように、スルー。
>中国が、仮にアメリカから侵略戦争でミサイル攻撃された時、そのアメリカのミサイル基地(アメリカの国内にあるとして)を攻撃(反撃)したら、中国はアメリカの自然権を侵していますか、それとも自然権を侵していませんか。
私の答えについては、氏も納得したということでいいですね。
質問DもEも、設問としても成り立っていない。
いつものように、自分の都合のいいように、言葉を変えていく。
自分の無知を、覆い隠すために・・・。
自然権の何たるかも、ほとんど理解していないことが、あからさまになってしまっているのに、そのことに気が付かない。
気付こうともしない。
いや、気付いて、過去の、言質を取り繕っているだけか。
今まで答えてきたことが、、バカバカしくなってしまう。
これからも、答えることが、バカバカしくなってきた。
挙句の果てには、
>答え:中国は中国の(自分の・自分の持っている)自然権を自分で侵していることはない。
笑うしかない。
こんなコメントを臆面もなく書けるとは、恥知らずなお方だ。
さらには、駄目の駄目押し。
>「専守攻撃」とは、「反撃を含む自衛」
あほらしい。
内容も意味不明だが、、これで解説した積りとは、トホホ。
せっかくの解説のようだが、コメントに値しない。
やっぱり、「自然権」という言葉は、「あんた」は使わない方がいい。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/169.html#c124
>122の質問Dでも質問Eでもいいから、答えて頂ければうれしいです。
私は既に答えている。
誤った設問に対しては、「設問が誤っている」と指摘すること、を答えとする以外にない。
ましてや、いつものように、自分の都合のいいように、言葉を変えていく。
その姿勢を見るにつけ、そこまでして、答えを要求する意味が分からない。
>・・・中国は中国の自然権を侵していますか、それとも自然権を侵していませんか。
と、
>・・・中国は自然権として持っているか、もっていないか。
とが、どうして、
>と同じ趣旨です。となるのか。
誤った設問に「正解はあり得ない」。
誤った設問に、まともに答えようとすること自体、その誤りを認めたに等しいことにもなりかねない。
なので、質問DもEも、設問としても成り立っていない、と誤りを指摘するのみ。
> 全然納得していません。私の答えは、122・123に書いてあります。
答えにもなっていないと言われていることに、そこまで固執する理由は何か?
その理由を解剖すると以下のようになる。
>中国が、仮にアメリカから侵略戦争でミサイル攻撃された時
氏の、この設定は、
アメリカからミサイルが飛んできて、中国の領土の、どこかに着弾した。とし、
自然権の思想に照らして、この場合明らかに、「アメリカは、侵してはいけない中国の自然権を侵している。」
という状況を想定している。
ここで復習すると、
J.ロックは自然権とは「生命,身体および財産」への権利であるとした。
そして、国家はこの自然権を保障するための組織であるから,いかなる国家権力も自然権を侵害することは 許されず,そのような侵害に対して人民は抵抗権をもつと主張」。これも自然権した。
従って、この場合、
アメリカは、侵してはいけない中国の、中国国民の「生命,身体および財産」への自然権を侵している。ことになる。
次に、
>そのアメリカのミサイル基地(アメリカの国内にあるとして)を攻撃(反撃)したら、
どうなるだろうか?
氏の、この設定は、
中国からミサイルが飛んできて、アメリカの領土のどこかに着弾した、となる。
前段の設定と比較すると、
ミサイルの発射された国と、着弾した国が、逆になっただけだ。
従って、前段の前例に倣うとすれば、
自然権の思想に照らして、この場合明らかに、「中国は、侵してはいけないアメリカの自然権を侵している。」
となる。
しかし、このことを否定することは、同時に、前段の前例となる「アメリカは、侵してはいけない中国の自然権を侵している。」
そのことも、否定しなければならなくなってしまう。
氏には、それはできない。
何故なら、
否定した瞬間に、氏の言う、アメリカを攻撃する、唯一の根拠を失ってしまうからだ。
氏が具体的に設定した、状況では、まぎれもなく、
「中国は、侵してはいけないアメリカの、アメリカ国民の「生命,身体および財産」への自然権を侵している。ことになる。
氏の設定は、既に、抜け出せない、自己矛盾に陥っていることにに気が付くはずだ。
>全然納得していません。
と言うしかないのも道理かもしれない。
納得した瞬間に、過去の自分の言説が、ガラガラと音を立てて屈ずれていく。
従って、設問にもならない、設問を作り出し、論点をずらしたいと。
このことを、「敵基地攻撃能力の保有」議論に置き換えて、見直してみると、
敵の領土に、ミサイルを撃ち込んだりする行為は、侵してはいけない他国の、他国民の「生命,身体および財産」への自然権を侵している。ことになる。」
その行為が、日本も当然持っている自然権としての抵抗権を言い換えた自衛権の行使と言い募ったたところで、
侵してはいけない他国の、他国民の「生命,身体および財産」への自然権を侵している。ことになる。」
という、その実態は何ら変わるものではない。
従って、そんな「敵基地攻撃能力」などは、保有してはいけないということだ。
小林先生のいう、「専守防衛」を逸脱しているということだ。
氏も、折角、自然権の思想に触れたのだから、そこから少しでも、何かを得て、今後は「敵基地攻撃能力」の保有、などとは言わないようになってほしいと思うところだ。
長いやり取りではあったけど、これでやっと、最初に繋がったでしょ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/169.html#c128
>>それはそれとして、よく分かりました。
よく分かりました。と言いつつ、「それはそれとして、」と、都合の悪いことは、スルー、し、次に意味のない設問をぶつけて、論点を逸らす。
これは、詭弁を弄する輩がよく使う、論点を逸らすための「詭弁」の常套手段でしかないな。
そして、論点を逸らすための、「意味のない」設問がこれだ。
あまりにも内容が無いので、質問FGHの文は省略。
>質問FGHの「言葉遣い」は正しいでしょうか。
こんなことを聞いて、どうするの?
文章の意味ではなく、「言葉遣い」を聞いているなら、「今の中国は」では、状況説明を尽せていないから、「言葉遣い」としては、落第。
読む人にとっては、どんな中国ことをの言っているのか、想像すら難しい。
読む人の立場に立って、言葉を選び、尽くす必要があるね。
なので、そのあたりを修正した後で、なお他の「言葉遣い」を聞いているなら、更問いしてみて。
応えられるかどうかは、設問が理解できるかどうかかかっているから、それからだね。
>131氏
ここのコメントは、極めて重大な問題がある。と言っておこう。
ここは、省略せずに、引用しながら、見ていこう。
氏が、引用したのは、3月4日の日刊ゲンダイの記事を、3月10日に赤かぶ氏が、投稿したものの中に出てくる、小林先生の言葉だ。
>そこで、9条の意味を確認してみたい。1項は「国際紛争を解決する手段としての戦争(国際法用語としての『侵略戦争』)」を放棄している。さらに2項は「戦力(軍隊)と交戦権」(国際法上の戦争の手段)を否認した。だから、日本は他国と戦争はできない。
>しかし、国家の自然権としての「自衛権」は日本にもあり(国連憲章51条)、行政権(65条)の一環としての警察権により、国内と公海上では全力で自由に自衛ができる。これが「専守防衛」の意味である。
確かに、この言葉は、日刊ゲンダイの記事の中に、見ることができる。
問題なのは、>131のコメントに書かれている、次の文章だ。
>「国家の自然権としての「自衛権」」の範囲内で「専守防衛」は出来る。つまり、「専守防衛」を逸脱することは、「国家の自然権としての「自衛権」」を逸脱することである、という言葉遣いをしています。
日刊ゲンダイの記事のどこを探しても、このような文章は見つからない。
何度読んでも、意味が通じない。
もしかして、氏の捏造ではないのか?
小林先生が言ってる風に書いているが、ふたつの文章を対比してみれば、一目瞭然だ。
小林先生に、失礼極まりない。
簡単なところで言っても、「・・・の範囲内で・・・」とか、「・・・逸脱すること・・・」という言葉すら無い。
>という言葉遣いをしています。
どこにそんな言葉を遣っているのか?。妄想か?幻覚か?
小林先生が言ってもいないことを、さも言ったようにいうのは、藁人形論法と言う、典型的な詭弁だ。
しかも、小林先生という、権威が言ってるかのように書くのも、権威を笠に着せる。詭弁だ。
これで「詭弁」は、何個目だ。
>132氏
> 全ての国家は、国家の自然権としての「自衛権」を持っている。「自衛権」は反撃権をも含む。もちろん、日本も自然権を持っている。反撃権として敵地攻撃の権利も持っている。私は「敵基地攻撃」ではなく「敵地攻撃」が正しい言い方だと思っています。
これもまた、めちゃくちゃだ。
支離滅裂状態が、収まっていないようだ。
>全ての国家は、国家の自然権としての「自衛権」を持っている。
この文章は、自然権の一面だけしかとらえていないので、点数をつけるとすれば、甘めにみて、30点かな。
ここで復習すると、
「J.ロックは自然権とは「生命,身体および財産」への権利であるとした。
そして、国家はこの自然権を保障するための組織であるから,
いかなる国家権力も自然権を侵害することは 許されず,そのような侵害に対して人民は抵抗権をもつと主張」。
これも自然権とした。
ここで出てくる自然権には、
「生命,身体および財産」への自然権と。
それが侵害されたときの、抵抗権、これも自然権とした。
がある。
>「自衛権」は反撃権をも含む。
これは嘘。嘘を自覚していなければ、無知。無知ゆえの誤り。
氏が、自分で言ってるだけでないのか。
「専守攻撃」と同類の意味不明用語。
自衛とは、「他からの暴力・侵略を、自分の力で防ぐこと。」
一方反撃とは、「敵の攻撃に対して、防御にとどまらずに、攻めかえすこと。」
「自衛権」は反撃権?など含まないことがわかるだろう。
従って、これも、勝手に言葉の意味を変えて、主張をする、「詭弁」でしかない。
>反撃権として敵地攻撃の権利も持っている。
「自衛権」は反撃権をも含むという主張が破綻し、根拠のない詭弁であることが明らかになった以上、
「反撃権として敵地攻撃の権利も持っている。」という主張は、まったく意味がない。
しかも、実態は、侵してはいけない、他国の「生命,身体および財産」への自然権
を侵しているわけだから、犯罪でしかない。
そん権利は無いと私が言う所以だ。
氏の妄想でしかない。
>私は「敵基地攻撃」ではなく「敵地攻撃」が正しい言い方だと思っています。
これは、かつて、敵ミサイル基地は、捕捉できないと、私に「ガラクタ」と言われた、氏の言う「敵基地攻撃」能力の改善の見通しが立たないものだから、
今となっては、敵の領土のどこでもいいや。
それなら、敵の領土のどこかには着弾するから、「ガラクタ」とは言わせないぞ〜、と言いたいだけ。
そして、それが正しいんだと。
笑う気もなくなってしまう。
恥ずかしい、という言葉を知らないのだろうか。
やはり、「言葉遣い」の勉強が必要な・・・。
>この考えに賛成か反対かを議論すれば、話は早いんじゃないですか。
間違った考えに対して、賛成も反対もあるわけがない。
間違いを指摘するのみ。
これが、氏の得意とする、「無限ループへの誘い」なのか。
今までのやり取りは、無かったことにして、「賛成か反対か」で、最初からやり直そうと・・・。?
よほど、支離滅裂になった、これまでを、消したいようだ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/169.html#c133
>要するに、「自然権」についての私の意見は、
> 全ての国家は、国家の自然権としての「自衛権」を持っている。「自衛権」は反撃権をも含む。もちろん、日本も自然権を持っている。反撃権として敵地攻撃の権利も持っている。
ということです。
それが、間違いだと、指摘している。
これ以上は、ただただ恥をかくだけだから、「自然権」を振り回すのは、ヤメロと忠告している。
もっとはっきり言うと、はた迷惑ということだ。
次のコメントも見ておこうか。
>私は「敵基地攻撃」ではなく「敵地攻撃」が正しい言い方だと思っています。
> これは、敵のミサイルは敵の基地の中にあるとは限らないから、「敵基地」ではなく「敵地」と表現しただけです。
これも、単なる、その場限りの、言い逃れでしかない。
私に、氏の言う「敵基地攻撃能力」をガラクタといわれ、反論できずに、こう言わざるを得ないというだけ。
言葉がその場限りだから、自分の過去の発言との整合性を考えもしない。
その証拠に、過去のコメントで、氏が何と言っていたか、ここに再掲しよう。
「憲法9条でこの国は守れるのか? 専守防衛の質の向上こそが急務 ここがおかしい 小林節が斬る!(日刊ゲンダイ)」
のタイトルで、投稿されたスレでの、氏とのやり取りの中の一コマだ。
前後は省略するが、私が「氏の言う敵のミサイルの基地とは何ぞや?」。
との問いに対する、氏の回答が以下のもの。
珍しくお褒めに預かった問いだ。
>37での氏の回答。
>これは良い質問だ。私は、ミサイルが発射される場所だと考えている。それが病院の中庭だろうと、そこからミサイルが発射されれば、そこがミサイル基地だと考えている。
この2つの考えが、同一人物の口から発せられたものであるとは・・・、支離滅裂というしかない。
定見も無く、その場しのぎの回答をしているから、必然的に、矛盾を抱え、窮地に陥るの図という訳だ。
どこまで、いい加減なのか。
次の質問もでたらめだ。、
>それで、世界に、自然権としての自衛権と反撃権をもっていることを自ら否定している国が、今までの日本以外に、一つでもあるんですか。あれば、国名を教えてほしい。…質問I
>質問の文章が悪ければ、あなたが正しい文章に直して、それに答えて下さい。
とあるので、面倒だが、直してから答えよう。
正しい文章は、
「世界に、自然権としての自衛権をもっていることを自ら否定している国が、今までの日本以外に、一つでもあるんですか。あれば、国名を教えてほしい。」
これで、質問は間違っているが、文章は正しくなった。
答えは、「自衛権を否定している国を私は知らない。日本を含め、国連加盟国193か国は、自衛権を認める国連憲章を承認している。」
そして、もう一つの文章。(誤りのサンプル)
「世界に、自然権としての反撃権をもっていることを自ら否定している国が、今までの日本以外に、一つでもあるんですか。あれば、国名を教えてほしい。」
誤りその1:「自然権としての反撃権」などというものはない。「反撃権」という単語すら、氏が捏造した造語ではないか。「専守攻撃」と同じく。
誤りその2:「無いもの」を、もっていることを自ら否定している(持ってないと言っていることになるか?)国。理解に苦しむ、日本語だ。
答えは、「無いもの」を持っていないと言うのは、当然なので、日本を含め、国連加盟国193か国。
「自然権としての自衛権と反撃権・・・」と併記することで、「反撃権」も自然権
であるかの如く思わせ、錯誤を誘う。
立派な「詭弁」と言えよう。
そもそも。氏は、上で、
>「自衛権」は反撃権をも含む。
と言ってたお人だ。
その人が、自然権としての「自衛権」と「反撃権」・・・と言い出す。
細かく当てはめれば、
自然権としての「反撃権を含む自衛権」と「反撃権」・・・
明らかに、へんてこな日本語になってしまうでしょ。
これは、私が指摘した、
自衛とは、「他からの暴力・侵略を、自分の力で防ぐこと。」
一方反撃とは、「敵の攻撃に対して、防御にとどまらずに、攻めかえすこと。」
を十分消化して、過去の言葉を、見直す努力を怠った為だね。
質問Iにも回答したし、もう、いいかな?
それにしても、>134の、こんな短いコメントの中に、「間違い」「言い逃れ」
「過去との整合性のないコメント」「単語の捏造」そして「詭弁」。
>無限ループなんて言われたくないからね。・・・
と言ってる割には、その日のうちに、無限ループに入っちゃってるよ。
自覚ない?
こういうのも、「舌の根の乾かぬうちに」というんだよ。
気を付けな〜。
今度の質問がJということは、既に、私は氏の9つの質問に答えてきたということになるのか。
そんな、私の回答に、氏の反論が無いということは、私の回答を理解し、反省しているということだな。
まあ、悪くはないな。
しかし、いまだに、質問が出るということは、理解力に難点を抱えているということになる。
これは、良くはないな。
>世の中には、「守ることと攻めることは切り離せない」という考えと、「守ることと攻めることは別である」という二つの見方があるから、両方の言い方をしただけです。
これも、「無いもの」を、あたかも「あるもの」として、自分の都合のいいように主張を進める、「詭弁」の一つだな。
世の中には、「守ることと攻めることは切り離せない」という考えは・・・私は知らない。。どこから拾ってきたものか。単なる、空想・妄想か捏造。
「守ることと攻めることは別である」というのは・・・ある。
私が調べた(というか、ちょっと、ググっただけだけどね)、自衛と、反撃の意味の説明の通りだ。
>両方の言い方をしただけです。
両方の言い方をする意味が分からない。
仮に、2つの見方があったとしても、氏の見方は、そのうちのどちらかであり、どちらか一方を主張するのが、道理というものではないか。
ただ、深くは考えていない、ということもあり得るかもね。
従って、これも、単なる言い逃れに過ぎない。
>それで、攻撃されても、敵の領土内に反撃することを自らに禁じている国が、世界に一つでもあるんですか。…質問J
これが10個めの質問だ。
また、これまでのように、言葉を変え、状況設定を都合よく変えただけではないのか?
「反撃権」という言葉が消えたということは、「反撃権」という単語は、氏の捏造だったという、私の指摘通りだというわけだな。
権利でなくなったから、「持ってる」、「持ってない」という表現は適切ではないから、使えなくなった。
氏の意識の中では、「自衛権」という言葉も、「自然権」という言葉さえ使えなくなっている、ということだ。
氏にとっては、
「反撃権を含まない自衛権」など、何の価値も意味も無いだろうし、ましてや、「他国の自然権は、これを侵してはいけない」、という自然権の思想は、今となっては、邪魔物でしかない。
と言ったところだろう。
ご愁傷様というべきや。
しかも、今まで何度も出てきた、敵のミサイル基地、敵基地の言葉も無くなってしまった。
日本の「ガラクタ」な「敵基地攻撃能力」では、今までの氏の主張が破綻してしまったので、その時の都合の悪い言葉は、すべて消し去り、
まさか、また新しい状況設定を創造して、今までのやり取りは、無かったことにして、「最初からやり直そう」ということことなのだろうか。
これも、氏の得意とする、「無限ループへの誘い」なのだろう。
今までのやり取りは、無かったことにして、「賛成か反対か」で、最初からやり直そうと・・・。
と、「無限ループへ誘う手口」は似たようなものだ。
狙いは、これまでの、氏の支離滅裂なやり取りを、無かったことにしたい・・・。
無限ループへのお誘いは、丁重にお断りするので、質問Jの回答は、私からはしない。
氏の「自らに禁じている」という意味が、「その国の法体系の中で禁じられている」という意味だとしたら、世界の国の法律を調べないといけないので、、人に聞かないで、自分で調べれば済む話だ。
自分で調べることはできるはずだし、きっと見つかると思うから。
最後に、一言言っておくと、氏の発想は、幼すぎる。
>世界に一つでもあるんですか。
と聞く意味が、
小学生が、悪さをして、叱られた時に、「(ΦωΦ)ちゃんだって、学校でやってるもん・・・」という程度の言い訳を探しているのと同様だとしたら、悲しすぎない?。
と書かれて、そのことに反論するコメントが、今のところ見つからない。
悲しくなり、泣いてる当事者が見ているかも。
反論しなくてもいいけど、立憲民主惨敗かと危機を言われているのに、無視かよ・・・。
出てくるコメントは、個人名ばかり・・・。
危機は立憲民主にあり、だろう。
という私も、立憲民主党を応援するコメントは、春バテのため、お休み。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/232.html#c27
同時に、緊急事態の宣言と、緊急事態条項の適用。
そのことによる、実質的な憲法の効力停止。
そして、次にくるのが、「皇国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ」
その後に、「隣組の復活」、「欲しがりません、勝つまでは」、「国家総動員」
歴史は、正確に繰り返す。特に、忌まわしい歴史は。
何故なら、忌まわしすぎるが故に、人々は記憶から消し去ろうとするからだ。
忌まわしい記憶を消し、あのような惨禍を二度と繰り返さないとの誓いすら、意識の中から消し去ってしまう。
その方が、今を楽に生きられるからだ。
惨禍が再び起きるまでは・・・。
しかし・・・
「本日、我が国は、戦争状態に入れり。」
日本国民は、憲法9条の1項で、
日本国民の名で「戦争放棄」を世界に表明した。
そして、2項で、
為政者が、戦争のための戦力を持つ政策の実行を禁じた。
同時に、為政者が「国の交戦権」を行使することを、認めない。
そのことを、日本国の最高法規たる、憲法に明記した。
「本日、我が国は、戦争状態に入れり。」
テレビの三文芝居であることを、祈らずにはいられない。
国会の与野党の勢力の差により、国会の論戦、抵抗、では止められないとすれば、広く国民運動を展開するしかないのではないか。
国会で護憲を叫ぶと同時に、国民へ平和の危機を訴え、国民の力によって、憲法9条を守るしかない。
日本では、久しく見なくなった、「国民運動」。
世界では、当たり前のように、実践されている。
日本だけが、やれない理由は見当たらない。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/233.html#c54
山本太郎だから出来る、高等戦術だろう。
国会議員多しといえども、こんな芸当を真似できる議員は、いないだろう。
国会議員でいることが唯一の目的となっている議員には、考えすら浮かばない。
私から見ると、山本太郎の「滅私の姿」が、眩しくさえある。
「れいわ」の議員が10名を超えるまでは、人々を、あっと驚かせながら、しかし、順法で、どんどん暴れたらいい。
今回は選挙区での立候補を目指すと言っているようだが、再び比例区での立候補でいいのではないか。
山本太郎なら、この戦法は、あと何回か使うことができる。
同時に、共産党とのコラボも期待したい。
立憲民主党とのコラボは、泉氏次第というところか・・・。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/245.html#c58
昨日の今日。
まさに、「舌の根も乾かないうちに」だね。
どうしても、支離滅裂になってしまった、あのやり取りが、忌まわしい記憶として、消えずに残っているのだろう。
嫌でも、あのやり取りを、一人で、もう一度振り返るか、「憲法9条」と、「専守防衛」を勉強し直すといいよ。「専守攻撃」ではなくて。
人に聞くばかりでは、身につかない。
ただし、普通程度の理解力は必要だけど・・・。
氏に贈る言葉を思い付いた。
歴史は、正確に繰り返す。特に、忌まわしい歴史は。
何故なら、忌まわしすぎるが故に、人々は記憶から消し去ろうとするからだ。
忌まわしい記憶を消し、あのような惨禍を二度と繰り返さないとの誓いすら、意識の中から消し去ってしまう。
その方が、今を楽に生きられるからだ。
惨禍が再び起きるまでは・・・。
しかし・・・
>どうしたらいいと思いますか。
諦めな。支離滅裂になってしまった自分を受け入れな。
その方が、今を楽に生きられるから。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/233.html#c68
その前に、憲法前文の中から、関連する重要なフレーズを拾ってみた。
日本国憲法前文(抜粋)(番号は、私が加筆した。)
@日本国民は正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、・・・
政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、
ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。
A日本国民は、恒久の平和を念願し、・・・
われらは全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和の内に生存する権利を有することを確認する。
B日本国民は、国家の名誉にかけて、全力をあげて崇高な理想と目的を達成することを誓う。
これらは、すべてが、読み落とせない重要な言葉である。
@は、日本国憲法の狙い、憲法9条の狙いが、
「・・・政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにする」ことにあると明言している。
日本国憲法が、政府の暴走から国民を守り、政府の行為による戦争は、絶対に起こさせないぞ、という決意表明だ。
Aは、先の侵略戦争で隣国の人々に多大な犠牲者を強いただけではなく、日本国民さえも300万人もの犠牲者を出した、惨禍の反省の上に立って、
平たく言えば、日本国民は、全世界の国民(当然日本国民も含む)の「平和の内に生存する権利」を尊重し、侵しません、と誓ったということだ。
この誓いの根底にあるのは、「自然権」の思想だろう。
J.ロックは「生命,身体および財産」への権利であるとし,国家はこの自然権を保障するための組織であるから,いかなる国家権力も自然権を侵害することは 許されず,そのような侵害に対して人民は抵抗権をもつと主張、これも自然権とした。
ここに出てくる自然権は、
「生命,身体および財産」への自然権と。
それが侵害されたときの、抵抗権。
憲法前文に取り入れられているのは、このうち、「生命,身体および財産」への自然権のほうということになるだろう。
自然権の思想においては、その行動が抵抗権の行使であったとしても、その行動の結果として、他者、他国の「生命,身体および財産」への自然権を侵してはならないというものだ。
そして、日本国民は、憲法前文で、全世界の国民(当然日本国民も含む)の「平和の内に生存する権利」を尊重し、侵しません、と誓った。
Bは、日本国民の名誉にかけて、世界に誓うと、断言した。
なんと、崇高な言葉ではないか。
次に、「憲法9条」を見てみよう。
「第9条 」
1項
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
国権の発動たる戦争と、
武力による威嚇又は武力の行使は、
国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2項
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない。
現在の日本国憲法が制定された経緯に目を向ければ、憲法9条を素直に理解できる。
すなわち、
先の大東亜戦争、第二次世界大戦で、日本の権力者、為政者が列強からの「解放」を名目にして、あるいは「自衛」を錦の御旗にして、日本国民を徴兵で強制的に狩立て、アジア近隣諸国を「侵略」し、他国民の「生命・財産・生活」を奪い、同時に、日本国民を無謀な「侵略戦争」の地獄の中で、日本人だけでも、軍人、民間人、合わせて300万人もの犠牲者を出してしまった。
そんな悲劇を二度と起こさない、起こさせない、との「誓い」が、9条には込められている。
そういう認識に立てば、9条の規定は、時の権力者が暴走することがあっても、先の大戦のような「侵略戦争」を禁じ、放棄することを、宣言したものだということがわかる。
時の権力者、為政者に「侵略戦争」を起こさせないためのものであると解釈するのが正しい。
憲法9条の1項の記述の主語が、主権者である「日本国民」であることが、そのことの決意を示している。
「日本国民は、・・・国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」
一方、憲法9条の2項の記述はどうか。
1項の「戦争放棄」の宣言の実行を担保するために、国家権力、為政者に対しての権限、政策を制限しているものと解釈するのが正しいのではないか。
「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」
つまり、主権者たる国民が、過去に「侵略戦争」につながった、「戦力」を持たないと宣言し、そのことにより、為政者に対して、戦力を持つという政策は認めないとした。
さらに、国家権力に他国に戦争を仕掛ける権限を認めないし、
国民を戦争に狩立てる権限も認めない。
と、法体系の頂点にある憲法に明記したということではないか。
権力者の権力を縛るという憲法の、真骨頂と言えよう。
憲法9条では、自衛権については直接的には述べていない。
何故なら、それは改めて述べるまでもなく、独立主権国家の自然権として、「その国の自然権が侵害されたときの、抵抗権」としての自衛権はあるということが、不文律として、どの国にも認められていることを、どの国も認めているからだ。
改めて憲法に記載するまでもない。
あえて探すとすれば、憲法前文の
「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」
という記述に、その思想を見ることができよう。
危険なのは、「自衛権」という言葉の意味をあえて曲解し、拡大解釈して、敵基地攻撃能力の保有とか、核共有などと、憲法違反の政策を、声高に叫ぶ輩が少なくないということだ。
しかし、「自衛権」の意味するところを、その根源に遡って考えれば、彼らの「詭弁」ぶりが明らかになる。
そもそも、「自衛権」とは、国家の「自然権」として、「その国の自然権が侵害されたときの、「抵抗権」を「自衛権」と言い換えたに等しい。
言葉の意味を再確認し、整理しよう
「抵抗する」とは:
英語で言えば、resist。日本語に訳し直すと、堪える、抵抗する、反抗する。
「自衛する」とは:
英語で言えば、defend oneself、日本語に訳し直すと、自らを守る、身を守る、防御する。
「攻撃する」とは:
英語で言えば、attack。日本語に訳し直すと、攻撃する、襲撃する、攻める。
「反撃する」とは:
英語で言えば、たとえば、counterattackが分かり易いか。日本語に訳し直すと、反撃する、逆襲する、切り返す。要するに、防御から一転して攻撃に移ること。
ここで分かるように、大元の「抵抗」という言葉にも、それを言い換えた「自衛」という言葉にも、「攻める」という概念が入ってこない。
従って、国、人の「自然権」とはいうものの、「自衛権」とは、ひたすら、堪え、抗い、防御し、身を守るという、制限されたものであることがわかるだろう。
この場合も、武力で攻撃されたときに、武力で抗い、防御することを否定しているわけではない。
自然権の思想でもそのことには触れていない。。
抵抗権にしろ、それを言い換えた自衛権にしろ、非武装、無抵抗を謳っているわけではない。。
ただし、抵抗にしても、自衛にしても、決して無制限であるわけがない。
自ずと制限がある。
それは、自衛のために武力で抗い、防御するために武力を行使する場合であっても、
他者、他国の「生命,身体および財産」への自然権を侵してはならないというものだ。
日本国民が、憲法で「全世界の国民(当然日本国民も含む)の「平和の内に生存する権利」を尊重し、侵しません、と誓った。」、そのことの重大さが理解できるだろう。
そう考えると、敵基地攻撃能力の保有とか、核共有などというものは、「他者、他国の「生命,身体および財産」への自然権を侵すための戦力でしかなく、発想がすでに憲法に違反しているし、そんなものを保有することは、憲法9条の2項に明確に違反することは明らかだ。
自衛権は自然権だから、憲法に超越するだの、自衛権には反撃権を含むだの、自衛権と反撃権は自然権だのと、単語を捏造しながら、戯言を、恥ずかしげもなく吹聴する輩もいるが、そんなのは、無知を越えて、単なる「恥さらし」でしかない。
仮に、相手国から先にミサイルを撃ち込まれたとして、そのことを「錦の御旗」にして、敵の領土にミサイルを撃ち返したとき、そのニュースの号外のタイトルを想像してみよう。
きっと、
「本日、我が国は、戦争状態に入れり。」
同時に、緊急事態の宣言と、緊急事態条項の適用。
そのことによる、実質的な憲法の効力停止。
そして、次にくるのが、「皇国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ」
その後に、「隣組の復活」、「欲しがりません、勝つまでは」、「国家総動員」
そうなることは、繰り返し行われてきた戦争の歴史が、証明している。
「本日、我が国は、戦争状態に入れり。」
日本国民は、「戦争放棄」を表明している。
従って、「本日、我が国は、戦争状態に入れり。」となるような行動はとれない。為政者が、そのような行動をとることは、憲法9条で明確に禁じている。
さらに、世界に目を向ければ、国連憲章においても、戦争は禁止している。
従って、日本を含め、国連に加盟している193か国は、戦争を禁止している国連憲章を承認したうえで、加盟していることを考えれば、当然、戦争を禁じていると言える。
どのような状況においても、他国の領土にミサイルを撃ち込むことに、免罪符などはないということだ。
他国の領土にミサイルを撃ち込むこと、そのことが、「戦争」そのものではないか。
今の、ロシアは、非難されて当然と言える。彼らとて、どのように言い繕おうとも、免罪符とはなり得ない。
実は、私は、一つの「詭弁」を用いている。
それは、「仮に、相手国から先にミサイルを撃ち込まれたとして、そのことを「錦の御旗」にして、敵の領土にミサイルを撃ち返したとき、」という状況設定においてだ。
現実には、どこからともなく、突然ミサイルが飛んでくることなどあり得ない。
飛んできたとしても、どこの国のミサイルかもわからないだろう。、
いまの時代、国と国とがミサイルを撃ち合うような「戦争」が始まる前には、必ず紛争を話し合いで解決しようとする、「努力」がある。
それは、「外交」に他ならない。
「戦争」を防ぐために、その最も大切な「外交」については、効果がなかったかの如く、黙殺し、「ミサイルが飛んできた・・・」というところから、話始めた。
外交のフェーズをスルーすることで、「外交」の重要性を主張する意見を封殺し、「外交」が有効でないとの錯誤を誘ったものだ。
誤解のないように、改めて書けば、国と国の紛争を解決するための最も大切な行動は、「話し合い」であり「外交」だ。
国連憲章の示す行動規範も、「話し合い」による解決を求めている。
最後に、
外交の努力も叶わず、ミサイルが撃ち込まれてきた場合の日本がとるべき行動は、敵の領土にミサイルを撃ち返すことではなく、(皮肉を込めて言えば)日本が世界に誇る、イージス艦を主体とする、ミサイル迎撃システムのお出ましではないのか。
個人的には、「ガラクタ」でしかないと思っているが・・・。莫大な税金を投入されてしまったものである以上、働いてもらわなければとの心境だ。
ミサイルが撃ち込まれてきた、そんな時に、敵の領土にミサイルを撃ち返す以外に、「何もせずに、何もできない」などとは言わせない。
実戦にお出ましして、その時、「ガラクタ」でしかなかったことがわかるだろう。
日本が、他国から武力をもって「平和の内に生存する権利」を侵害され時、日本の自衛権を行使し、武器を手にして抗えるのは、日本の領土、領海、領空内、である。
公海上については知識がないのでコメントができない。
そうすれば、全世界の国民(当然日本国民も含む)の「平和の内に生存する権利」を尊重し、侵しません、との誓いに反しない。
戦争を放棄する、との誓いにも反しない。
日本国憲法が、改めて、世界に誇れる、日本国民の宝物であることがわかろうというものだ。
権力者が、「権力者の権力を縛る憲法」を変えたいとする、「動機」は一つしかない。
「動機」は、権力行使を縛るものを取り除く。
条文を削除するか、上書きして、権力を縛ることを無効化するか、緊急事態条項のように、憲法そのものを、飾り物にするかだ。
「ナチスに学べ」の実践だ。
そんな改憲は、現在の子供たち、未来の子供たちのために、絶対に阻止しなければならない。
一般に、抑止とは、「相手が攻撃してきた場合、軍事的な対応を行って損害を与える姿勢を示すことで攻撃そのものを思いとどまらせる」軍事力の役割とされる。
抑止が機能するためには、抑止する側に、軍事的対応を実行する意図と能力があり、かつ、それが相手に正しく認識されることが必要であるとされる。
安全保障の分野では「拒否的抑止」と「懲罰的抑止」の2種類に分けて議論される。
「拒否的抑止」は相手の攻撃を物理的に阻止する十分な能力を持ち、目的を達成できないと思わせて攻撃を断念させる。
ミサイル防衛などがあたる。
「懲罰的抑止」は攻撃されたら相手に耐えがたい打撃を与えると「威嚇」し、「反撃」を受けるコストが大きいと思わせて断念させる。
「敵基地攻撃能力の保有」とか、「核共有」などということが、抑止力という方便の下で語られるとき、そこで言う抑止力とは、先の分類に従うと、「懲罰的抑止」に違いない。
懲罰的抑止を成立させるためには、@相手に対する(堪え難い)「報復能力の保持」、A相手に対する「報復意思の明示」、B相手が@Aを理解すること、という3条件を満たすことが必要となる。
ここで、日本国憲法の9条を思い起こしてみよう。
「第9条 」
1項
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
国権の発動たる戦争と、
武力による威嚇又は武力の行使は、
国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2項
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない。
改めて言うこともないが、日本は、戦争を放棄すると同時に、「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」と誓った。
「懲罰的抑止」は攻撃されたら相手に耐えがたい打撃を与えると「威嚇」し、そのための「報復能力を保持」し、相手に対する「報復意思を明示」することで、「武力の行使を表明する」ものだ。
明らかに、、「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」という憲法9条に違反するものでしかない。
日本は、常に国際紛争を起こさないように、不断の「外交努力」を全力で実行することが求められている。
それが、日本国憲法を定めた、主権者たる日本国民の求めるものだ。
外交の努力も叶わず、武力による侵害を受けるという不安が払拭できない場合であっても、日本において検討すべき「抑止力」は、「拒否的抑止」の範囲を逸脱することは許されない。
「懲罰的抑止」の議論は、際限のない、「軍拡競争」の議論を、言い換えただけに過ぎない。
とんでもないと言うしかない。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/273.html#c4
こんなところで、こそこそと嘘を振りまいていたか。
>もちろん憲法九条には違反だが、・・・
やっと自覚したか。これは魚拓にとっておくからね。
言い訳は聞かないよ。
「もちろん」まで付けて・・・いっちゃったね。(言っちゃたね、ではなく、逝っちゃったね。のほう)
勿論(もちろん)とは:論じる必要のないほど、はっきりしているさま。言うまでもなく。無論。
自然権を振り回すと、恥をかくことになると、忠告してあっただろうに・・・。
>憲法を超越する自然権には違反しないので・・・
憲法とは、国民の権利・自由を守るために、国がやってはいけないこと(またはやるべきこと)について国民が定めた決まり(最高法規)だ。
自然権とは、思想、考え方。
自然権思想とは、人は生まれながらにして自由かつ平等であり、生命や財産についての「自然権」を有するとする考え方のこと。
社会契約とは、自然権を自分一人で守ることは不可能であるため、自然権保護を国家に委ねる契約。
氏には難しすぎるかな?
纏めると、
自然権思想、考え方に基づいて、自然権保護を国家に委ねる社会契約をし、その国家が、やってはいけないこと(またはやるべきこと)について国民が定めた決まり(最高法規)。それが、憲法。
「自然権思想」が、近代立憲主義憲法の大前提となっている。
「もちろん」日本国憲法も、「自然権思想」を大前提に作られたものだ。
ここまで書けば、
>憲法を超越する自然権には違反しないので・・・
という、氏の認識が、いかに「とんちんかん」で「恥ずかしい」ものであるかが理解できると思うけどね。
私の忠告が、心温まるものであることが分かるかと・・・。
どういう訳か、
>改憲は必要なし。
これだけは、正しいわ。不思議だね。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/266.html#c18
氏の主張は、自身が名付けた「専守攻撃」じゃなかったか。
この「専守攻撃」という言葉は、小林先生の言う「専守防衛」の考えを、あざ笑って、氏が作り出した造語だ。
私の求めに応じた体を装って、でたらめな解説を開陳していたではないか。
楽老さんの考えを私は知らないが、氏が引用している範囲を見る限りでは、小林先生と同じく、「専守防衛」の考え方に立って、主張している。
「もちろん」私もそうだ。
そして、小林先生は「もちろん」、楽老さんの考えも、氏が引用した範囲では、誤りはない。
それを、自分の「専守攻撃」という考えの破綻を取り繕うために、氏があざ笑った
「専守防衛」の考えを引き合いに出すなど、自己矛盾でしかないだろう。
言い訳にもなっていない。
叱られた子供が、「楽老ちゃんだって、学校で言ってるもん・・・」
と、誰も言っていないことを、言ったことにして、言い訳した積りになっているのと変わらない。
氏が16で言っている
>私の従来の主張は、
> 日米安保堅持のまま自衛力増強→自主防衛力・敵地攻撃力の保持→アメリカからの独立→不平等地位協定の廃止→日米安保の相互防衛条約への転換→対等な日米同盟の確立
です。
>もちろん憲法九条には違反だが、憲法を超越する自然権には違反しないので、改憲は必要なし。
これは、当然だが、まぎれもなく、私に解説した「専守攻撃」の主張そのものではないか。
しかも、「もちろん憲法九条には違反だが・・・」と。
今までの氏の主張は、「もちろん」が付くほど、明確な「憲法九条には違反」と自分も分かっていて主張してきたことになる。
ことここに至っても、自分のバカさ加減に気付く気配がない。
自分の主張が「憲法九条違反」であると認識していることを告白したなら、「改心して、「改憲は必要なし。」の主張を展開しろ。
少しは、罪滅ぼしになるかもしれない。
これなら、
>私の9条無限ループは阿修羅内にお叱りもあるので・・・
と心配することもない。
むしろ、氏の「9条無限ループ」を解消することに繋がる。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/266.html#c21
横やりで失礼します。
氏は、楽老さんに向かって、
>あなたは昔、憲法を超越したものとして自然権があると言ったよね。
と言う。
(昔・・・)
しかし、氏は、ほんの昨日のコメントで、
>もちろん憲法九条には違反だが、憲法を超越する自然権には違反しないので、改憲は必要なし。
と言っている。
だから、氏は、
>自然権は、敵地攻撃を認めている。自然権は専守防衛を認めているが、敵地攻撃は認めていないというなら、自然権の本文を見せてくれ。
と楽老さんに要求する前に、
自然権は、専守防衛を認めている。敵地攻撃を認めていない。
氏が、敵地攻撃が認められているというなら、自然権の本文を見せてくれ。
この問いに答えるのが先ではないのか。
上手くいかないことを、人のせいにしてはいけないし、自分で調べる努力を、人に押し付けるのも・・・なんだかぁ〜。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/273.html#c35
「・・・熱狂に身を投じ、悲憤慷慨している・・・」のは狙撃兵本人ではないのか。
今、この瞬間にも、ウクライナで、人と人とが殺し合いをし、人命が失われている現実を目の前にして、「放火魔」なんぞを追いかけているとは。
何と、のん気なことよ。
そんなことよりも、先に、
救急車を呼べ。
消防車を呼べ。
だろう。
「放火魔」は、鎮火させた後に、ゆっくり指名手配し、捜索し、逮捕し、断罪すればいい。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/279.html#c49
ゼレンスキー大統領が、国際社会に呼び掛けているのは、ウクライナに対する支援だろう。
それは、国連加盟国として、当然受けるべき権利のある、国連憲章でうたっている、「紛争解決の行動規範に基づいた支援」が受けられず、孤立無援状態にあったウクライナとしては、当然の行動ではないか。
人が命を奪われているのに、「助けて!」と言わない方がどうかしている。
そして、人が命を奪われているのに、「助けて!」ということを非難するのは、もっと、どうかしている。
氏は、
>ゼレンスキー本人が、「カネよこせ!! 武器よこせ!!戦車よこせ!!戦闘機よこせ!!兵隊よこせ!!」と叫ぶばかりで、
と、まるで、ゼレンスキーが「斜め上から目線で」支援を強要しているように言うが、それは、事実と反するのではないか。
ウクライナを「支援してください」と言ってるんだろう。
僻みっぽ人だ。
「懇願している」ことを「強要している」風に言うのは、藁人形論法じゃないかい。
>消防車や救急車をよこせと言ったためしがない。
これも、ゼレンスキーに絡めるのは、間違いだね。
文脈も把握できていないらしい。
コラム狙撃兵の記事が、「放火魔」の存在云々と言ってることに対して、私が、嫌みを利かして、記事を書いた記者に対して、今叫ぶなら、
救急車を呼べ。
消防車を呼べ。
だろう。
「放火魔」は、鎮火させた後に、ゆっくり指名手配し、捜索し、逮捕し、断罪すればいい。
要は、戦闘を止めさせることが、喫緊の課題だろうということだ。
「放火魔」は、隠れても、消えるわけではないし、ゆっくり炙り出せばいい。
と思わないかい。
氏こそ、これを、おかしいと思わないのは、相当、感受性や思考力に問題がありますよ。
だから、のん気なものだという。
>今や、アゾフが民間人を盾にして製鉄所に立て籠もっていることも明らかになった。そうしたウクライナにアメリカは湯水のように武器を送り込む。
と言う(民間人を盾にしていると、検証された証言も、証拠も無いのに・・・)。
しかし、一方で、ロシアはすでに1000発以上のミサイルをウクライナ国内に、湯水のごとく撃ち込んでいる。
こちらの方は、事実だろ。
これをおかしいと思わないのは、相当、感受性や思考力に問題がありますよ。
>真の「達人」なら、
人の先入観は恐ろしい。親から貰った名前に、真も偽もない。いや真でいいか?
>この紛争の根本問題を創り出したアメリカの問題点について指摘すべきであるが、それが全く欠落しているのは、・・・
それとなく、「この紛争の根本問題を創り出したのはアメリカ」と自分の考えを入れ込み、それに同調しないのは、バカだという。
自信過剰も甚だしい。
私は、その前に、戦闘を停止させることが、最優先課題だと言っている。
だから、のん気なものだという。
私が、氏の考えに同調するかどうかは、その後の話でしかない。
>ロシアは、その先頭に立ったと見なしても無理はない。
氏の考えが、反米であることは何となく伝わってきたが、
>これをおかしいと思わないで、どのように「世直し」しようとするのか?
根拠も示さず、自分の主張を正しいと思わせる、定番の「セリフ」そして「反語」。
反語を使った詭弁では、あくまで“疑問形”での問いかけなので、自分の意見の証明や説明の責任逃れが可能だと言われている。また、自分の主張を“暗示”することで「自分の意見こそが正しい」という主張をさりげなく押しつけたり、相手に「なぜそう思うのですか」と質問することを封じ込めたりする効果がある。
と言われている。
氏もまた、「詭弁」を多用する人か?
これも「反語」だね。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/279.html#c70
>救急車を呼べ。
>消防車を呼べ。
>そうかな?
「放火魔を追え」、よりは、少しはまともでないかい。
放火魔を逃がせ、と言ってる訳ではないし。
>ゼレンスキーがプーチンの要求を飲めば戦争は直ちに終わる。
私は、今の戦争を、少なくとも、戦闘を終わらせる方法は、2つくらいしか思い付かない。
一つは、プーチンが、「戦闘止め!」の命令を発すること。
そして、ウクライナ国外に、ロシア軍を退去させること。
もう一つは、ロシア軍が、組織的に、その場で戦闘を放棄し、ウクライナ国外に撤退すること。
ウクライナの首都キーウ周辺から、ロシア軍が撤退した後、キーウ周辺での戦闘が止んだことが、その証左と言えるだろう。
いまだに、ミサイルを撃ち込むなど、狂気以外の何物でもない。
「ゼレンスキーがプーチンの要求を飲めば」、と言うことは、平たく言えば、「降伏しろ」と言うことかい。
それは、ウクライナ国民を人質にして、独立国家の領土と、主権を奪うということに他ならない。
領土と、主権を奪われた国家は、既に国家ではなくなる。
真偽のほども分からない、「民間人を盾にして・・・」とウクライナを非難する前に、ウクライナ国民を、そしてその命を人質にしている、ロシアの行動を止めるべきだろう。
国家の三要素
領域(領土、領水、領空)- 一定に区画されている。
人民(国民、住民)- 恒久的に属し、一時の好悪で脱したり復したりはしない。
権力ないし主権- 正統な物理的実力のことである。この実力は、対外的・対内的に排他的に行使できなければならない、つまり、主権的でなければならない。
今のプーチンの蛮行は、武力によって、ウクライナの領土を侵し、人民を殺戮し、さらに人質にとった上で、主権さえも奪おうとしていることに他ならない。
ウクライナの国家そのものを、消滅させようとしているに等しい。
ウクライナの行動は、そんな理不尽に、武力をもって、抗うものではないか。
どうして、非難出来ようか。
ウクライナとロシアとの確執、その他の国の思惑などを、評論家然として、解説する向きのお人も少なくはないが、それもこれも、「話し合い」で解決するしかない。
「話し合い」を始めるには、「戦闘を止める」しかない。
それが、物事の「道理」ではないか。
>ペンネームなので、当然、「達人」というのが実名だとは思いませんでした。
>・・・つまり、master(expert)の類かと思いましたね。
私は、「群盲象を評す」の愚の見本として、氏に示したものだ。
そこまで、理解し、反省しないとね。
>「斜め上目線」はゼレンスキーでなしに、「達人」さんに言っているのです。
そんなことは、私の読解力をもってすれば、当然のようにわかる。
氏は、「斜め上目線」という言葉で、主張ではなく、主張者の人格を非難するという卑劣に気が付いていない。
>余計なお世話かも・・・
に続く書き込みにも如実に表れているが、私に対する、長々とした、根拠のない論評も、まさにそれ。
議論に敗れた人が、人格攻撃に走る。
「詭弁」の一つとして、よく見かける景色ではないか。
>ゼレンスキーは口を開けば、「カネよこせ!! 武器よこせ!!戦車よこせ!!戦闘機よこせ!!兵隊よこせ!!」と何度も何度も言ったのは、まぎれもない事実。逆に、人道支援的な意味で「助けて」と言ったためしがない。
これも、藁人形論法として、良く知られた「詭弁」だ。
ゼレンスキー大統領ができる日本語は、せいぜい「ありがとう」くらいではないのか。
「カネよこせ!! 武器よこせ!!戦車よこせ!!戦闘機よこせ!!兵隊よこせ!!」という言葉は、明らかに日本語だろ。
ゼレンスキー大統領は、何語でこれを話したというのか。
そして、誰が、日本語に翻訳した言葉なのか。
氏は、どこで、この翻訳を知ったのか。
>何度も何度も言ったのは、まぎれもない事実。
というが、直接聞き、氏の自慢の英語力をもってしても、理解したとは思えない。
だとすれば、「伝聞」か、「捏造」でしかない。
>逆に、人道支援的な意味で「助けて」と言ったためしがない。
これも、文脈無視の、切り出し論法。「詭弁」の一つだ。
自己防衛的に、「人道支援的な意味で」と言う言葉を、それとなく挿入するところが、これまた姑息ではないか。
私は、「ゼレンスキー大統領が、国際社会に呼び掛けているのは、ウクライナに対する支援だろう。」と書いた。
支援とは、「支え助ける」ことだ。
ここで言う、ウクライナに対する支援とは、国家を守るための全ての支援を言ってることくらい理解しなきゃ。
逆に、人道支援的な意味ですが「助けて」、と言ったらおかしいだろ。
「人道支援的な支援」を含むことくらいは、普通の読解力の持ち主なら、当然のことだろう。
>ウクライナは孤立無援どころか、アメリカやイギリス、そして、NATOから、・・・
国連加盟国であるウクライナと、ロシアの紛争。そして、国連憲章で禁じられている「戦争」
国連憲章は、国連加盟国の紛争を解決する行動規範を、明確に示している。
知ってるよね。
しかし、この戦争では、その規範に則って、紛争を解決する、手続きも手順も取られていない。
真っ先に非難すべきは、そのことではないのか。
何故、今に至っても、手続きも、手順も取られていないか、理由は明らかだ。
氏もウクライナに対して、「降伏しろ」と言う。
それは、ウクライナ国民を人質にして、独立国家の領土と、主権を奪うということに他ならない。
領土と、主権を奪われた国家は、既に国家ではなくなる。
真偽のほども分からない、「民間人を盾にして・・・」とウクライナを非難する前に、ウクライナ国民を、そしてその命を人質にしている、ロシアの行動を止めるべきだろう。
>アゾフ大隊という・・・
それ以降の記述も、正誤も判然としないまま、氏が書き出すよりも、氏に言われるまでもなく、紛争の当事者が、一番良く認識しているはずだ。
ここでも、「群盲象を評す」の愚を犯してはいないか?
そんなことは、紛争の当事者が、「話し合い」の場で、証拠を示しながら、自分の主張の正当性を客観的に示せばいいだけの話ではないのか。
いまの段階で、そんなことを書き連ねたところで、ロシアの蛮行の免罪符とはならないことくらい、理解出来るだろ。
これも、論点すり替え論法。一種の「詭弁」だろう。
>断っておきますが、・・・云々
それとなく、自分の、英語の実力と経歴、そして子供の自慢を差し挟む。
結局は、これを言いたかったのか?
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/279.html#c85
>ではお聞きします。
>あなたがゼレンスキー大統領の立場だったら、今、ゼレンスキーの取っている行動と同じことをするわけですね?
これは、私が>70で>66氏に対して、指摘した、「反語」を使った「詭弁」の見本みたいなものだ。
反語を使った詭弁では、あくまで“疑問形”での問いかけなので、自分の意見の証明や説明の責任逃れが可能だと言われている。また、自分の主張を“暗示”することで「自分の意見こそが正しい」という主張をさりげなく押しつけたり、相手に「なぜそう思うのですか」と質問することを封じ込めたりする効果がある。
と言われている。
>どうですか、どちらが良いと思いますか?
と、いつの間にか、私のとる行動が、ゼレンスキーの取っている行動と同じであると決め付けられてしまっている。
でしょ。
しかも、その行動が「どんな行動」かも言及がない。
なんじゃい、それ、だろ。
そして自分の考えが優れていると、誇り、自己満足している。
自分の行動のおかしさに、気が付かないのだろうか。
視点を変えれば、藁人形論法という「詭弁」の見本とも言える。
私は、ゼレンスキー大統領でもないし、ウクライナの大統領になるという野心もないので、ウクライナの大統領の立場に立った自分を想像できない。
従って、「ではお聞きします。」と丁寧に言われても、答えを持っていない。
氏が、ウクライナの大統領になって、政権を担う姿は、もっと想像がつかない。
従って、氏のウクライナ大統領としての発言を評価することもないし、興味もない。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/279.html#c91
氏の言う事実とはどれのことを言っているのか。
まさか、氏が「まぎれもない事実。」と断言したことが「事実」になるとでも?
伝聞か捏造でしかないだろう。
そこのところを、論理的な反論とやらで、反論して見せてくれ。
例えば、氏が、
>ゼレンスキーは口を開けば、「カネよこせ!! 武器よこせ!!戦車よこせ!!戦闘機よこせ!!兵隊よこせ!!」と何度も何度も言ったのは、まぎれもない事実。
と言う。そして、
>あなたが見つけた「事実」で反論したらどうですかね。
とも言う。
矛盾に気が付かない?
私は、そんな事実はない、氏の、伝聞か、捏造ではないのかと言う。
私が見つけた「事実」は、「無い」のよ。
無い「事実」は見つけられないでしょ。
極めて、論理的でないかい。
氏が、思い描く、まともな論文なら、事実として書く以上は、その裏付けとなるエビデンスを合わせて明示するでしょ。
しかし事実がない場合は、それは、できないのよ。
氏の書き込みには、それが一切ない。
人に対しては、いろいろと論評するが、自身の言動が、矛盾していると思わないのだろうか。
度重なる、私に対する、長々とした、根拠のない論評も、まさにそれ。
議論に敗れた人が、人格攻撃に走る。
「詭弁」の一つとして、よく見かける景色ではないか。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/279.html#c93
>91での私のコメントを、理解していないと見える。
「しかも、その行動が「どんな行動」かも言及がない。
なんじゃい、それ、だろ。」
と言ってるが・・・
しかも、この場、
>・・・評価しますか評価しませんか?
と質問するのは、「二分法の誤謬を誘う、」誤った質問の仕方だ。
>別の行動をとれる可能性があったことを認めますか認めませんか?
これは、誘導尋問という。
一般論で言えば、、人の行動は、いろいろな可能性を秘めている。
可能性を認めると、どんな可能性かと、畳みかける。
可能性を、認めないと答えると、一般論であり得ないと言う。、
しかも、これまた、「二分法の誤謬を誘う、」誤った質問の仕方だ。
私に、
>ゼレンスキー大統領の行動を評価しますか評価しませんか?、
と、どんな行動かもわからない行動の評価を聞くことが、このスレで、どんな意味を持つというのか。
>また、別の行動をとれる可能性があったことを認めますか認めませんか?どうでしょう。
と同じように、どんな行動かもわからない可能性の有無を聞くことが、このスレで、どんな意味を持つというのか。
>では、・・・
と言う前に、自分の「詭弁」ぶりを反省してからにしな。
最初から、やり直させてください、と言っても、聞かないよ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/279.html#c107
私はあなたに回答を回避する理由を答えているわけではないのですがね。w
その訳は、氏が、次の質問に答えようとした時に分かると思いますよ。
答えようとしてみてください。
では、違う聞き方をします、あなたは自分の行動を評価しますか評価しませんか?、
また、別の行動をとれる可能性があったことを認めますか認めませんか?どうでしょう。
この質問は、氏の質問の「ゼレンスキー大統領」の部分を「自分」と言い換えただけです。
氏自身のことですから、より、答え易いはずですね。
答えられましたか?
気が付きました?
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/279.html#c114
そうやって、すぐ言葉を変えていくね。
問いは、
あなたは「自分の行動」を評価しますか評価しませんか?、
また、別の行動をとれる可能性があったことを認めますか認めませんか?どうでしょう。
氏の答えは、答えになっていない。
しかも、設問は2つなのに・・・。
>私は自分の評価はできるつもりですが?
ズレているのか、わざとズラしているのか。
氏の質問の趣旨に従えば、氏の答えの語尾は、「・・・評価します。」か、「・・・評価しません。」
そして、もう一つ、「・・・認めます。」か、「・・・認めません。」
答えられないんでしょ。
答えられるわけがない。
質問の意味が通じないんだから・・・。
ここまで来て、ようやく、そのことに気付いたんじゃないの。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/279.html#c116
多くの国民は、こんなどうでもいい略称問題を、いつまでもグダグダやってる立憲民主党に、心底、辟易しているのではないか。
近頃は、阿修羅ですら、スレが立っても、ちっとも盛り上がらないし。
コアの支持者も、櫛の歯が抜けるように、逃げ出しているのではないかと思うよ。
危機感の無さばかりが、際立ってしまう。
略称は、「民主党」
ビラのキャッチは、「りっけん」
何のための「りっけん」?と聞きたくなるのは、私だけではないだろう。
投票で「民主党」と書いてほしければ、ビラにも「民主党」だろう。
どう考えても・・・。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/298.html#c22
>私は、自分の行動を評価します、でいいですか?
氏は、自分の「どの行動」を評価しますと言っているのか?。
あと、設問の、2つめは?、やっぱり回答できないか・・・
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/279.html#c118
>どの行動と言ってもあなたにわかる私の行動はここであなたに質問したことですから、・・・
それは、この質問の文言だけでは、氏自身が、どの行動かを特定でないから、一般化して「質問」と言って誤魔化しているに過ぎない。
同様に、氏の「ゼレンスキー大統領の行動」の質問には、具体性もなく、それを模した、具体性のない私の質問に対する氏の答えにも、具体性がない。
私が言っているのは、氏の質問は、質問になっていないし、日本語にすらなっていないことを指摘したまでだ。
ちなみに、私が想定していた「氏の行動」とは、
先に私が指摘した、氏の「この行動」だ。
>ではお聞きします。
>あなたがゼレンスキー大統領の立場だったら、今、ゼレンスキーの取っている行動と同じことをするわけですね?
・・・
>どうですか、どちらが良いと思いますか?
と、いつの間にか、私のとる行動が、ゼレンスキーの取っている行動と同じであると決め付けられてしまっている。
しかも、その行動が「どんな行動」かも言及がない。
そして自分の考えが優れていると、誇り、自己満足している。
「自分の行動」のおかしさに、気が付かないのだろうか。
と指摘した、
「詭弁」を弄した「氏の行動」だ。
具体的にとは、こういうことだろ。
氏の質問をそのまま模しても、このことは、誰にも伝わらない。
何故なら、氏の質問は、質問になっていないし、日本語にすらなっていないから。
従って、必然的に、答えが、答えにならなくなってしまう。
残るのは、虚しい、「答えにならない答え」を答えた、という自己満足のみ。
質問の内容が、具体的に理解されれば、私の指摘した、氏の「詭弁」を弄した「氏の行動」は、誰も「評価しない」、だろう。
言葉は、相手に伝わらなければ、まったく意味をなさない。
心に刻み込んでおくといい。
>私は自分の行動に別の可能性があったことを認めます、これでいいですか?
これも、全く具体性に欠ける。
不誠実に、ただ「オウム返し」に言っているだけでしかない。
「答えにならない答え」を答えた、という自己満足のみ。
別の可能性あったことを認め、それが、具体的には「反省」と言うなら、
それでいいですよ。
言っとくけど、
「では・・・」
という、更問いは、止めてよ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/279.html#c123
更問いは、止めてよ。と言ったのに。困ったお人だ。
しかも、私が、>123で指摘した、氏にとって不都合な事実は、いつものように「スルー」か。
>123は何だったんだろうね。
氏がやるべきことは、私の指摘を認めるなら、「反省」を述べることではないか。
なんとも、困ったお人だわ。
仕方がないから、一回だけ答えよう。
と言っても、以下の氏の質問には、私は、既に、>84で氏に答えている。
忘れてしまったか、自分の都合に合わない回答は興味がないか、読解力が欠如しているか・・・。
>ゼレンスキー大統領は国民にロシアに対する徹底抗戦を呼びかけ、NATO諸国への支援を呼びかける行動をとっていますがあなたはこれを肯定しますか肯定しませんか?
少しは、質問の内容が通じるようになってきたね。
私は、既に、>84で氏に答えている。
抜粋を書き出すと、
・・・・・・
今のプーチンの蛮行は、武力によって、ウクライナの領土を侵し、人民を殺戮し、さらに人質にとった上で、主権さえも奪おうとしていることに他ならない。
ウクライナの国家そのものを、消滅させようとしているに等しい。
ウクライナの行動は、そんな理不尽に、武力をもって、抗うものではないか。
「どうして、非難出来ようか。」
・・・・・・
ロシアの違法なウクライナへの武力侵攻に対して、ゼレンスキー大統領の指揮下で、ウクライナ国民のとっている行動は、「専守防衛」「個別自衛権の行使」の見本のような行動ぶりではないか。
既に1000発以上のミサイルをウクライナ国内に撃ち込まれているにも拘わらず、ウクライナ国内からは、ロシア領土に対して、一発のミサイルも撃ち込んでいない。
ミサイルを保有していない訳でもない。
この意味するところを、理解しなければならないだろ。
私は、そのことを、肯定するどころか、羨望の眼で注視している。
氏も見習ったらどうだ?
氏とのやり取りをしていると、多摩散人を思い出す。
多摩散人のクローンかと感じさせる、この粘着質は、同質の物だ。
言っとくけど、
「では・・・」
という、更問いは、止めてよ。
言っといたよ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/279.html#c125
待ってたみたいだね。
>プーチンの要求はウクライナの非武装化と中立化、及び東部ドネツク、ルガンスク両州の独立です。
そうだっけ?クリミア・・・とかも言ってなかったかな?
停戦協議では、もっと項目があったような・・・報道では、だけどね。
それに、プーチンは、ウクライナ侵攻前に、既に、ドネツク、ルガンスクの独立を承認していたと思ったけど。
違った?
ウクライナは、両州の独立の部分は、プーチンが侵攻する前にプーチンの要求を飲んだということなのかな?、
氏は、その辺の事情に詳しそうだから聞くけど、どうなの?
本当のところは、どうなっているんでしょうね。
>ゼレンスキー大統領が多数の国民の命を犠牲にしてまでプーチンの要求をはねつける理由は何だと思いますか?。
難問だね、時間がかかりそう。
ところで、そう言う氏は、何だと思いますか?
>127
>しかしプーチンはウクライナの独立国としての存続を認めているのですから国民はなんのために犠牲を払わなくてはならないのか分からないのではないでしょうか?
私も、そう思うわ。同感。
プーチンはウクライナの独立国としての存続を認めているのですから、その独立国に対して、ミサイルを1000発以上も撃ち込み、ウクライナ国民の生命。財産、生活までも奪うプーチンの蛮行を目の前にして、国民は、なんでこんなことをするの?と思うだろうし、、国民はなんでこんな犠牲を払わなくてはならないのか分からないのではないでしょうか?
きっと、ウクライナ国民は、プーチンは狂人か?という気持ちですよね。氏もそうですよね。
違うなんて言ったら、それこそお前も狂人かと言われますよね。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/279.html#c141
この後に続く言葉は、「なし崩し」
いまの状態を表現すると、「タガが外れた」
そして近い将来に起こるのは、「戦争」
そんな日本にした人間は、その頃は「鬼籍」
それを阻止できたとしたら、日本の「奇跡」
それがこの男の、唯一の成功体験なのだろう。
選挙で落とすしかない。
呉市民の民度に委ねるしかない。
私は諦めの境地。
阿修羅でも、似たような人を結構簡単に見かける。
どうなってしまうんだろう・・・日本という国。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/307.html#c39
それそれ、私も、それを知りたいわけ。
なので、そう言う氏は、何だと思いますか?
と、事情に詳しそうな、氏に聞いている。わけ。
明快なるご回答をぜひ。w
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/279.html#c143
嘘をおっしゃいますな、
私は、氏が引用したように、
「・・・見本のような行動ぶりではないか。」と感嘆しているのよ。
そんなエネルギーが、どこから湧いてきているのかと感嘆しているのよ。
感嘆はしているけど、その理由が分からないから、注視しているわけ。
分からないのに、その理由を述べられたらおかしいのですよ、
いい加減な嘘を言うのは、”喝”、です。w
ところで、そう言う氏は、何だと思いますか?
>145氏
>いやいや失礼、あなたはその理由を述べておられる、
いやいや失礼、私は、「難問だね、時間がかかりそう。」
と言っている。
そう、断った上で、「ところで、そう言う氏は、何だと思いますか?」
と聞いている。
私の今のステータスは、依然として、「難問だね、時間がかかりそう。」
から、進展がないわけ。ゴメンね。
ところで、そう言う氏は、何だと思いますか?
>いやいや失礼、あなたはその理由を述べておられる、
と書いている以降の、氏のコメントは、自作自演の「一人芝居」。
自分で、設問を起こし、だれも答えていないのに、「誰かが言ったと勝手に答えを見つけた」ことにして、それが間違っていると、指摘し、悦に入っている。
気が付きませんか?
氏が、どこからか見つけてきた答えが、間違っていると言うなら、それを「誰かの答えと思って見つけてきた、氏自身が間違っていただけのことではないか?。
馬鹿馬鹿しい。
私は、>123で、やってはいけない「氏の行動」の問題を指摘したことがある。
私が指摘した、氏の「この行動」だ。
>ではお聞きします。
>あなたがゼレンスキー大統領の立場だったら、今、ゼレンスキーの取っている行動と同じことをするわけですね?
・・・
>どうですか、どちらが良いと思いますか?
と、いつの間にか、私のとる行動が、ゼレンスキーの取っている行動と同じであると決め付けられてしまっている。
しかも、その行動が「どんな行動」かも言及がない。
そして自分の考えが優れていると、誇り、自己満足している。
「自分の行動」のおかしさに、気が付かないのだろうか。
と指摘した、
「詭弁」を弄した「氏の行動」だ。
思い出しましたか? w。
(w の使い方、合ってるかなぁ・・・。)
その時と、まったく同じではないか。
何の反省もない。
藁人形論法と言う「詭弁」
藁人形論法では、相手の意見を歪曲、誇張、言い換えなどをし、本人の本来の意見でなく、都合よく歪曲した意見を叩く。あたかも本人でなく、自分で作り出したわら人形を攻撃するかのようにだ。これにより、相手を論破したことにしようとするテクニックだ。これは一種の論点のすり替えでもある。
しかし、ちょっと違うか?
氏の場合は、相手の意見を歪曲、誇張、言い換えなどではなく、「相手が言ってもいないことを言ったことにする」捏造だから、もっと始末に負えない。
こんなのは、何と言えば通じるのだろうか。
どっちも、やってはいけないことに変わりはないから、似たようなものか・・・。
ところで、そう言う氏は、何だと思いますか?
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/279.html#c149
以下は、別のスレで投稿したものだが、再掲したい。
以下再掲
「敵基地攻撃能力の保有」とか、「核共有」などということが、抑止力という方便のもとで、声高に叫ばれることが多くなってきた。
彼らの言う「抑止力」とは何なのか?
一般に、抑止とは、「相手が攻撃してきた場合、軍事的な対応を行って損害を与える姿勢を示すことで攻撃そのものを思いとどまらせる」軍事力の役割とされる。
抑止が機能するためには、抑止する側に、軍事的対応を実行する意図と能力があり、かつ、それが相手に正しく認識されることが必要であるとされる。
安全保障の分野では「拒否的抑止」と「懲罰的抑止」の2種類に分けて議論される。
「拒否的抑止」は相手の攻撃を物理的に阻止する十分な能力を持ち、目的を達成できないと思わせて攻撃を断念させる。
ミサイル防衛などがこれにあたる。
「懲罰的抑止」は攻撃されたら相手に耐えがたい打撃を与えると「威嚇」し、「反撃」を受けるコストが大きいと思わせて断念させる。
「敵基地攻撃能力の保有」とか、「核共有」などということが、抑止力という方便の下で語られるとき、そこで言う抑止力とは、先の分類に従うと、「懲罰的抑止」に違いない。
懲罰的抑止を成立させるためには、@相手に対する(堪え難い)「報復能力の保持」、A相手に対する「報復意思の明示」、B相手が@Aを理解すること、という3条件を満たすことが必要となる。
ここで、日本国憲法の9条を思い起こしてみよう。
「第9条 」
1項
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
国権の発動たる戦争と、
武力による威嚇又は武力の行使は、
国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2項
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない。
改めて言うこともないが、日本は、戦争を放棄すると同時に、「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」と誓った。
「懲罰的抑止」は攻撃されたら相手に耐えがたい打撃を与えると「威嚇」し、そのための「報復能力を保持」し、相手に対する「報復意思を明示」することで、「武力の行使を表明する」ものだ。
明らかに、、「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」という憲法9条に違反するものでしかない。
日本は、常に国際紛争を起こさないように、不断の「外交努力」を全力で実行することが求められている。
それが、日本国憲法を定めた、主権者たる日本国民の求めるものだ。
外交の努力も叶わず、武力による侵害を受けるという不安が払拭できない場合であっても、日本において検討すべき「抑止力」は、「拒否的抑止」の範囲を逸脱することは許されない。
「懲罰的抑止」の議論は、際限のない、「軍拡競争」の議論を、言い換えただけに過ぎない。
とんでもないと言うしかない。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/312.html#c47
>「感嘆しているのよ」
>なるほど。
>あなたはウクライナ戦争を「鑑賞」しているわけですな、
藁人形論法と言う「詭弁」そして、論点ずらしと言う「詭弁」
しかし、ちょっと違うか?
氏の場合は、相手の意見を歪曲、誇張、言い換えなどではなく、「相手が言ってもいないことを言ったことにする」捏造だから、もっと始末に負えない。
今度は、「相手がやってもいないことをやったことにする」捏造だから、もっと、もっと始末に負えない。
呆れるしかない。
一人寂しく、藁人形と戯れるしか、やることがないのか。
最後は、笑って誤魔化すか?ワハハハ・・・。・・・フウ・・。
しかし、虚勢を張っても、藁人形は、笑ってくれない。
いつもの通りの、一人笑。
ところで、そう言う氏は、何だと思いますか?
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/279.html#c158
こんなところで、再び無知を振り撒いているのか。
しかも、
>今まで左翼は、「・・・自衛戦争は憲法を超越する自然権だ」と言って来たが・・・、
そんなこと、「あんた」しか言っていない。
再び、藁人形相手の一人芝居か?
いや、単純に、開き直っただけか?
過去の氏の主張の魚拓を晒そうか。
・・・・・
>>。ヨ5年をめどにGDP比2%以上を目指すよう政府に提言する方針」!!
多摩散人です。
賛成です。私の従来の主張は、
日米安保堅持のまま自衛力増強→自主防衛力・敵地攻撃力の保持→アメリカからの独立→不平等地位協定の廃止→日米安保の相互防衛条約への転換→対等な日米同盟の確立
です。
もちろん憲法九条には違反だが、憲法を超越する自然権には違反しないので、改憲は必要なし。
・・・・
「あんた」が言っているだけ、
「あんた」しか言っていない。
自然権と、憲法の関係は、簡単に言えば、以下の通りだ。
何度も説明したでしょ。
自然権思想、考え方に基づいて、自然権保護を国家に委ねる社会契約をし、その国家が、やってはいけないこと(またはやるべきこと)について国民が定めた決まり(最高法規)。それが、憲法。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/312.html#c99
こんなところで、再び「無知」を振り撒いているのか。
>憲法を超越する「自然権」は自衛戦争を認めているから・・・
この部分が、誰でもわかる「嘘」
このような「嘘」を前提にして、あらぬ主張を繰り返すから、すぐに、論理破綻を招いてしまうことに気が付かない。
いや、気が付いているから、必死の形相で、「憲法を超越する「自然権」は自衛戦争を認めているから・・・」と、「嘘」を言い募る。
しかし、氏は、その根拠を示すことができない。
氏の言葉を、オウム返しに言えば、
「・・・その本文を示してくれ」
と言われても、ダンマリを決め込むしかない。
そんな本文を見た人は、この世に、誰もいない。
勿論、多摩散人も見ていない。
従って、多摩散人が、「その本文」を示したところを誰も見たことがない。
そんなこと、「あんた」しか言っていない。「嘘」なのよ。
再び、藁人形相手の一人芝居か?
いや、単純に、開き直っただけか?
過去の氏の主張の魚拓を晒そうか。
・・・・・
>>。ヨ5年をめどにGDP比2%以上を目指すよう政府に提言する方針」!!
多摩散人です。
賛成です。私の従来の主張は、
日米安保堅持のまま自衛力増強→自主防衛力・敵地攻撃力の保持→アメリカからの独立→不平等地位協定の廃止→日米安保の相互防衛条約への転換→対等な日米同盟の確立
です。
もちろん憲法九条には違反だが、憲法を超越する自然権には違反しないので、改憲は必要なし。
・・・・
「あんた」が言っているだけの「嘘」。
「あんた」しか言っていない「嘘」。
自然権と、憲法の関係は、簡単に言えば、以下の通りだ。
何度も説明した筈だが。。
自然権思想、考え方に基づいて、自然権保護を国家に委ねる社会契約をし、その国家が、やってはいけないこと(またはやるべきこと)について国民が定めた決まり(最高法規)。それが、憲法。
>32
で、
>「反撃権」は「自然権」だ。それで終わりだよ。
良くも言ったりではないか。
これも「嘘」。
普通なら、「間違い」と指摘すべきところだが、氏の場合は、既に「間違い」を理解したうえで、あえて言っているので「嘘」と言うことになる。
おさらいをすれば、
.ロックは「生命,身体および財産」への権利であるとし,国家はこの自然権を保障するための組織であるから,いかなる国家権力も自然権を侵害することは 許されず,そのような侵害に対して人民は抵抗権をもつと主張、これも自然権とした。
ここに出てくる自然権は、
「生命,身体および財産」への自然権と。
それが侵害されたときの、抵抗権。
まさに、専守防衛の思想ではないか。
>26 地下爺さんの引用を、お借りするなら、
・・・受け身の立場から攻勢に転ずること。
前半が、「専守防衛」、後半が「反撃」(攻勢に転ずること。)
後半の「反撃」は、自然権では、やってはいけない行為でしかない。
何故なら、他国の、他国民の「生命,身体および財産」への自然権を侵すことに他ならないからだ。
嘘も大概にしろ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/311.html#c51
自主独立の精神、立派じゃね?。
「あいつだって、やってるじゃん・・・」は、お子ちゃまの言い訳によく見られる、
幼児性の特徴。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/312.html#c103
>だって・・・、だって。プ!。
「鑑賞」とは、芸術作品に接して、味わい理解すること。
ウクライナ戦争を「芸術作品」と同列に置いてしまう、氏の認識が、不謹慎であり、無知の証明でしかない。
しかも今度は、「映画見て・・・」だと。
どうせ書くなら、「映画観て・・・」だろう。
今現在も、人の命が奪われている、ウクライナ戦争を、
「ボケーっと、見てるんじゃねーよ。」
といわれるぞ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/279.html#c160
だから、あなたにとって「自分の取ってる行動」が、「詭弁にまみれた、作品」であり、「妄想で捏造された、作品」なんだよ。w
おっと、無駄口をたたいて、忘れるところだった。
「ところで、そう言う氏は、何だと思いますか?」
忘れないでよ。
もうかなり、時間が経過しているけど・・・。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/279.html#c162
>小林節先生がこう言っていますよ。と
氏が引用している文に、
「・・・だから、日本は他国と戦争はできない。」
と、はっきり言っている。
どんな認識で、この文章を引用しているのだろうか。
自分で引用しておいて、理解していないのは自分だけとは、無知の恥さらしでしかない。
>憲法九条では日本は戦争は出来ないが、自然権としての自衛権は日本にもあり、専守防衛の戦争は出来る。と言っています。
これは、小林先生が言っているというのは、あまりにも酷い「嘘」だ。
これを「嘘」つきと言う。
氏が小林先生の言葉として引用した文の、どこを探しても、「専守防衛の戦争」と言う文言は、見つからない。
しかも、「日本は他国と戦争はできない。」と言ってる文を引用した、すぐそばから、
「専守防衛の戦争は出来る。」と言っています。
と、平然と「嘘」を言う。
これ以上の「嘘」は無い。
言葉をどうして変えるかなぁ〜。そして、どうして、曲解するかなぁ〜。
「専守防衛の戦争」と言う言葉も、得意の氏の「捏造した」ものだろ。
「専守攻撃」と同じく。
良くないですね、と反省してたんじゃなかったのか?
>小林節先生がこう言っていますよ。
と氏が引用している文に、
「・・・国内と公海上では全力で自由に自衛ができる。これが「専守防衛」の意味である。」
と、はっきり言っている。
氏としては、これでは都合が悪い。
これをもって、戦争が出来ると言うためには、「嘘」でも「専守防衛の戦争」という言葉を捏造するしかない。
さらに、専守防衛の戦争は出来る。と言っていると、小林先生の発言を捏造してまで、・・・あきれ返るとしか言いようがない。
「嘘に嘘を重ねる」とはこんなことを言うんだろう。
>小林先生は「自然権」を「国内と公海上」に限定しているが、そんな国は日本だけ。・・・
ここでも、「嘘」を平気で、言っている。
「自然権」の何たるかを知らない、無知が作り出す、下手な捏造文章でしかない。
小林先生の言葉は、
「国家の自然権としての「自衛権」は日本にもあり(国連憲章51条)、行政権(65条)の一環としての警察権により、国内と公海上では全力で自由に自衛ができる。これが「専守防衛」の意味である。
明らかに違うだろ。
どうして、いちいち言葉を変えるかなぁ〜。
自然権としての「自衛権」と、そのまま引用すればいいだけではないか。
しかし、氏にはそれは出来ない。
馬鹿と言われようと、アホと言われようと、出来ない。
氏が小林先生の言葉を、そのまま引用しない動機は、ただ一つ。
「自然権としての「自衛権」・・・」のくだりが、都合が悪いからだ。
後に、「自然権としての「反撃権」」と言うためには、「自衛権」と明確に言われると困る。
そのために、ここは、「自然権」と、言葉を曖昧にしておかなければならない。
自然権と言う言葉の正確な意味など、この際関係ないという訳だ。、
氏の度重なる「嘘」は、確信犯としての、必然的な行動ということになる。
>攻撃されても、敵の領土内に反撃することを自らに禁じている国が、世界に一つでもあるんですか。
愚問ではあるが・・・
氏が引用した文章に答えがあるだろ。そして、自分で答えている。
「・・・「国内と公海上」に限定しているが、そんな国は日本だけ。・・・」
教えてくれて、ありがとう・・・。
答えは、日本です。
自分が、何を言っているのか、何を書いているのかすら、理解できていない。
もう、支離滅裂と言うしかない。
歴史は正確に繰り返す。
「嘘」をつき、その「嘘」を根拠にした、どんな主張も、どこまで行っても「嘘」でしかないことが、分かったか?
それを避けようと、さらに「嘘」を重ねる。
「嘘」を言い張る。
それが、今の氏の姿。
氏は、
>もちろん憲法九条には違反だが、憲法を超越する自然権には違反しないので、改憲は必要なし。
とまで言って、今までの氏の主張は、「もちろん」が付くほど、明確な「憲法九条には違反」と自分も分かっていて主張してきた。
それを自ら告白したから、反省するかと思いきや、なんと・・・
「憲法を超越する自然権」なる「嘘」をあみ出し、その嘘を、そこらじゅうで言い募る。
憐れとしか言いようがない。
質問されるだけでは、詰まらないので、
私からも、質問を一つ。
自然権は、専守防衛を認めている。敵地攻撃を認めていない。
氏が、敵地攻撃が認められているというなら、自然権の本文を見せてくれ。(質問1かな)
先に言っとくけど、氏が引用した小林先生の言葉は違うよ、
見せるのは、氏の好きな、「自然権の本文」だからね。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/312.html#c111
詭弁の言い訳に、詭弁か?
論点ずらしか?
大切な質問を忘れ去られてしまいそうだ。
私が>141で、氏に問い返した、この質問。
氏の質問は、こうだった。忘れてないだろ。
>ゼレンスキー大統領が多数の国民の命を犠牲にしてまでプーチンの要求をはねつける理由は何だと思いますか?。
難問だね、時間がかかりそう。
ところで、そう言う氏は、何だと思いますか?
氏は、私が答える前に、どこからか、間違った答えを見つけてくれたみたいだけど、私には、そういう能力はない。
なので、氏の回答を待つしかない。ので、よろしく・・・。
自分の起こした設問だから、問われている内容は理解できるよね。
>私は私自身をどう思うかとの問いですかな?
これも、問われている内容を、勝手に変更し、答えている体を装う。
質問に真正面から答えず、論点をずらして逃げるという論法です。
まるで、詭弁のデパートだ。w (wの使い方、合ってるかなぁ〜)
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/279.html#c165
名前つけてあげるの忘れた。
分かっているだろうけど・・・。
「ごはん論法。」
質問に真正面から答えず、論点をずらして逃げるという論法です。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/279.html#c166
>ちゃんと答えなかった私に落ち度がありますね、ではお答えします。
分かりません。これが答えです、私がわかっていたらあなたにお尋ねするこたはないのです。
ご飯論法と言われて、
>ちゃんと答えなかった私に落ち度がありますね、ではお答えします。
と言いつつ
その答えが「ご飯論法」の教科書に載りそうな、「ご飯論法」。
自分でも、そのことに気が付いたのだろう・・・。
>168
で慌てて、続き・・・だと。
しかも、
>しかしことの真実は分からないまでも強いて予想するならば、
と、防衛線だけはしっかりと張って・・・。
詭弁とは、
主に説得を目的として、命題の証明の際に、実際には誤っている論理の展開が用いられている「推論」である。誤っていることを正しいと思わせるように仕向けた議論。奇弁、危弁とも。意図的ではない「誤謬」とは異なる概念である。ウィキペディア
簡単に言うと、間違った内容・意見を正しく見せかけたり、自分の意見に言いくるめようとしたりする話し方のことを指す。
氏は言う。
>「鑑賞」というのは「虚偽の推論」には当たらない。
と、
しかし、
>私はあなたのことを戦争を「鑑賞」しているとして・・・
と文章にして言うと、そのまま、氏の言う「虚偽の推論」になることに気が付かない。
もしかして、気が付いているから、「鑑賞」などと、単語を切り出し、論点をずらしてしているのか?
>私はあなたのことを戦争を「鑑賞」しているとして・・・
と言うのは、氏の言う「虚偽の推論」に当たるから、氏も言う「詭弁」。
「鑑賞」などと、単語を切り出すのも、論点をずらしてしているだけで、これも詭弁。
どちらにしても、詭弁(自分の意見に言いくるめようとしたりする話し方)
自分でも、答えが分からないような設問を、自分で起こし、藁人形に、これがお前の答えだろう、間違ってるぞ、と言って、悦に入ってる。
そのうち、藁人形にも、それ「ご飯論法」いや、「詭弁」と言われるぞ。
ことの真実は分からないまでも強いて予想するならば、だけどね。
聖書でも教えているらしい。
「虚偽の推論によって自分を欺いてはなりません。」
と。
ましてや、他人おや、ではないか?
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/279.html#c169
>「詭弁」は理論を使って人を騙すことを言います。
違うね。
>簡単に言うと、間違った内容・意見を正しく見せかけたり、自分の意見に言いくるめようとしたりする話し方のことを指す。
>あなたは私が使ったとする「詭弁」で騙されましたか?騙されていないでしょ?。
あなたが、詭弁を使って、私を騙そうとした、そのことを「詭弁」を弄したという。
私が、騙されたか、騙されなかったかは、「詭弁」の定義外のことでは?
氏の言葉を使って修正すれば・・・
>「詭弁」は理論を使って人を騙すことを言います。
正しくは、「詭弁」は理論を使って人を騙そうとすることを言います。
「理論」は語弊があると思うけどね、
「詭弁を弄する」、氏の言葉には、「理論」の欠片も感じないし。
>また、私のゼレンスキー観についてはどう思いますか?
>しかしことの真実は分からないまでも強いて予想するならば、
と言う、氏の無理した予想に興味はない。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/279.html#c171
答える前に、>116氏に「あっさり」と言われてしまったが、本質を掴んでいることが窺われる、コメントと思います。(生意気言うようで、済みません。感服してます。)
116氏のコメントに、関連して、過去に>112氏に説明した内容を再度書き出してみよう。
自然権とは、思想、考え方。
自然権思想とは、人は生まれながらにして自由かつ平等であり、生命や財産についての「自然権」を有するとする考え方のこと。
社会契約とは、自然権を自分一人で守ることは不可能であるため、自然権保護を国家に委ねる契約。
憲法とは、国民の権利・自由を守るために、国がやってはいけないこと(またはやるべきこと)について国民が定めた決まり(最高法規)だ。
自然権思想と、憲法の関係をまとめると、
自然権思想、考え方に基づいて、自然権保護を国家に委ねる社会契約をし、その国家が、やってはいけないこと(またはやるべきこと)について国民が定めた決まり(最高法規)。それが、憲法。
自然権思想が、近代立憲主義憲法の大前提となっている。
「もちろん」日本国憲法も、「自然権思想」を大前提に作られたものだ。
>112氏のコメントに戻れば、
定義の安定しない「戦争」と言う言葉の曖昧さを利用して、錯誤を誘うものでしかない。
特に昨今、「経済戦争」「電子戦争」などなど、「戦争」という言葉が使われる範囲が、際限なく広がりつつある。
使うなら、厳密に定義してから使うべきだ、
日本国憲法9条の記述のように。
「戦争」という言葉の曖昧さを避けるためには、「武力の行使」と言い換えてみると分かり易い。
例えば、「専守防衛の武力の行使」「侵略のための武力の行使」などなどとなる。
これだと、「戦争」の曖昧さは解消できる。
その上で答えれば、
日本に認められているのは、氏の思い描く「戦争」ではなく、「武力で侵害された場合も、自然権を守るため、武力の行使をもって、抵抗し、自衛すること。
そして、その武力を行使できる範囲は、氏が引用している通り、「国内と公海上」ということだ。
氏自身が、氏の考えは、
>もちろん憲法九条には違反だが、・・・
と告白してたではないか。
116氏の簡潔な言葉を噛みしめてみることだ。
>その通りです。敵地攻撃権を否定している、今までの日本です。では、日本が敵の領地からミサイルで攻撃されたら、逃げ回るだけ、また、何百発と攻撃されたら、降伏するしかないんですか。
言葉は違うが、同じ趣旨で、以前にも、聞かれたことのある質問だ。
同じ質問を、繰り返さないでもらいたい。
その時の答えをそのまま再掲すると、以下の通りだ。
・・・・
他国の航空機が、不法に領空侵犯したら、スクランブルをかけて、日本領空の外に追い出してるでしょ。
他国の船舶が、不法に日本の領海内に侵入したら、日本の領海外への排除行動を取ってるでしょ。
他国の軍隊が、不法に日本の領土内に侵攻してきたら、日本の領土外に押し戻すために、日本各地に、自衛隊基地が、配置されているでしょ。
日本の領海、領空、領土にミサイルが飛んで来たら、それを撃ち落とすためのミサイル迎撃システムを装備しているんでしょ(イージス何たらを)。
私個人的には、ミサイル迎撃システムなどは、氏の言う、「敵基地攻撃能力」と同様、役に立たない「ガラクタ」と思ってるけどね。
氏はそんなこと言えないよね。
「 反撃と言うものは、攻撃もそうだが、100%成功するとは言えない。成功率は5%か50%か分からない。まあ、「真昼の決闘」じゃなかった「真昼の鉄砲」くらいのものだ。それなのに、100%でなければ無意味だというなら、どんな戦争も、どんなスポーツも、どんな計画も、無意味になってしまう。100%成功するなんてことはまずないんだから。」
と言って、「敵基地攻撃能力」が「ガラクタ」であることを認めたうえで、「無いよりマシだ」みたいに言ってた人だからね。
さらに言えば、攻撃を受けたときに、被害が甚大となる「原発」は廃止とか・・・
ミサイルが飛んで来たら、警報を鳴らして、頭を抱えて、その場にしゃがむとか・・・。訓練でやらなかった?
外交面の在り方等々、
小林先生の言う、「専守防衛の質を高める」
やるべきは、まさにそのことではないかい。
そうすれば、「ミサイルが飛んで来たら、警報を鳴らして、頭を抱えて、その場にしゃがむとか」は、冗談で終わるでしょ。
理解出来ないかもしれないね。
氏の発想が、
「飛んでくるミサイルを専守防衛するためには、敵基地を専守攻撃する以外に、どういう方法があるんだ。」
という人だからなぁ〜。
氏が「専守攻撃」などと言っても、誰も理解できる人はいないだろうに。ね。
・・・・・
>逃げ回るだけ、また、何百発と攻撃されたら、降伏するしかないんですか。
そんなことは言わせない。
貴重な、しかも膨大な税金を投入して、世界に誇る、ミサイル防衛システムとかを、装備したのではなかったか。
氏は、逃げ回るだけではなく、それを使えと、声を大にして言うべきではないか?
ただし、氏が引用するように、「国内と公海上」でね。
ここが大事なところだ。
私としては、「公海上」のことは、不勉強なので、なんとも言えないけどね。
>他人を殴っておいて、「殴ったのではない。撫でたのだ」と言えば、殴ったのではなく、撫でたことになるんですか。
そうはならない。「殴った」と言う行為を「撫でた」とは言えない。
これはいい例えだ。
これについて、「戦争」に相当する言葉を探せば、なんだろうか?
「喧嘩」か、「虐待」か、
他人を殴っておいて、これは「喧嘩」じゃない、「虐待」じゃないと、逃げ口上は言える。
だから、いろいろな定義が可能な、「戦争」という単語よりも、「武力の行使」という方が、錯誤は少ないという道理だ。
>攻撃されても、敵の領土内に反撃することを自らに禁じている国が、日本以外に、世界に一つでもあるんですか。あったら、国名を教えて下さい。…質問K
一つ答えたら、二つでもあるんですか?とならないか?大丈夫か?
禁止と言うと、各国の法体系から、条文を調べなければならないので、そのあたりは、氏の努力に任せたい。
国連憲章では、戦争を禁止している。これはどうだ。
196か国もその国連憲章を承認し、加入しているらしい。
ウクライナは、ロシアから2000発近くのミサイル攻撃を受けても、ロシアの領土内に、ミサイルを一発も撃ち込んでいない、戦車すら、ロシア領土に進めたという話も聞かない。
これは、ウクライナが、国連憲章を守って、自衛権の範囲で、武力の行使を行っているからに他ならない。
ウクライナの法体系の中で、攻撃されても、敵の領土内に反撃することを自らに禁じているかどうかは分からないが・・・
興味があれば自分で調べて。
「あいつだって、やってるじゃん・・・」は、お子ちゃまの言い訳によく見られる、幼児性の特徴。
>自然権の本文を見せてくれ。…質問L
自然権の何たるかを知っている人は、「・・・自然権の本文を見せてくれ。」という質問は、絶対にしない。
自分は、自然権の何たるかも知らない、と公言しているようなものだ、
知っていれば、116氏のようなコメントになる。
>はい。自然権の本文は、私は存在を確認したことがありません。だから、あなたに見せることは出来ません。
確認もせずに、
憲法を超越する自然権とか、
自然権としての、「反撃権」とか、
>敵基地攻撃は憲法を超越する自然権だ。とか、
いままで、氏が吹聴してきた、これらは、全部、「嘘」でしたとの自白だな。
>自然権の本文を見せてくれ。…質問L
との質問Lに答える前に、氏の、「自然権」に対する理解度を確認させてもらってからでも遅くはなさそうだ。
氏の言う「自然権」とやらを、ここで、皆がわかるように、言葉を尽くして、「解説」してくれないか。
私が言う「自然権」とは、まったく異質のものではないかとの疑念を、払拭させてくれ。
「専守攻撃」の時の解説の再現は止めてくれ。
あれを、解説と言う人はいないからね。
とんでもないことになってきた。
白昼堂々と憲法違反の提言をどや顔で公表し、総理大臣に提出するとは・・・。
しかも総理も一枚噛んだ、田舎芝居の開演と言うのだから、見ざるを得ない国民にっとっては、これ程はた迷惑なことはない。、
「敵基地攻撃能力の保有」とか、「核共有」などということが、抑止力という方便のもとで、声高に叫ばれる。
しかも、ここにきて、「指揮統制機能等」を含むとまで言い始めた。
彼らの言う「抑止力」とは何なのか?
一般に、抑止とは、「相手が攻撃してきた場合、軍事的な対応を行って損害を与える姿勢を示すことで攻撃そのものを思いとどまらせる」軍事力の役割とされる。
抑止が機能するためには、抑止する側に、軍事的対応を実行する意図と能力があり、かつ、それが相手に正しく認識されることが必要であるとされる。
安全保障の分野では「拒否的抑止」と「懲罰的抑止」の2種類に分けて議論される。
「拒否的抑止」は相手の攻撃を物理的に阻止する十分な能力を持ち、目的を達成できないと思わせて攻撃を断念させる。
ミサイル防衛などが、これあたる。
「懲罰的抑止」は攻撃されたら相手に耐えがたい打撃を与えると「威嚇」し、「反撃」を受けるコストが大きいと思わせて断念させる。
「敵基地攻撃能力の保有」とか、「核共有」などということが、抑止力という方便の下で語られるとき、そこで言う抑止力とは、先の分類に従うと、「懲罰的抑止」に違いない。
懲罰的抑止を成立させるためには、@相手に対する(堪え難い)「報復能力の保持」、A相手に対する「報復意思の明示」、B相手が@Aを理解すること、という3条件を満たすことが必要となる。
ここで、日本国憲法の9条を思い起こしてみよう。
「第9条 」
1項
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
国権の発動たる戦争と、
武力による威嚇又は武力の行使は、
国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2項
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない。
改めて言うまでもないが、日本は、戦争を放棄すると同時に、「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」と誓った。
「懲罰的抑止」は攻撃されたら相手に耐えがたい打撃を与えると「威嚇」し、そのための「報復能力を保持」し、相手に対する「報復意思を明示」することで、「武力の行使を表明する」ものだ。
明らかに、「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」という憲法9条に違反するものでしかない。
そのことを認識しているからこそ、憲法9条をなし崩しにする「緊急事態条項」の創設に躍起なのだ。
その意味で、彼らの行動は、「ナチスに学べ」で一貫している。
国民は、もっと、身構えるべきだ。
今こそ、ナチスに蹂躙された、ドイツの悲劇を思い起こすべきだ。
日本は、常に国際紛争を起こさないように、不断の「外交努力」を全力で実行することが求められている。
それが、日本国憲法を定めた、主権者たる日本国民の求めるものだ。
外交の努力も叶わず、武力による侵害を受けるという不安が払拭できない場合であっても、日本において検討すべき「抑止力」は、「拒否的抑止」の範囲を逸脱することは許されない。
「懲罰的抑止」の議論は、際限のない、「軍拡競争」の議論を、言い換えただけに過ぎない。
とんでもないと言うしかない。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/346.html#c39
自民党の議論の行き着く先は、際限の無い軍拡競争でしかない。
どうしてこのような憲法違反の政策が議論され、総理大臣にまで提出されるのだろうか。
総理大臣は、どうして憲法違反の提言を受け取ることが出来るのか?。
憲法99条を知らないのだろうか?
「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」
これは、主権者たる日本国民が、立法、司法、行政に携わる公務員に対して、絶対に守らなければならない、義務として課したものに他ならない。
なぜなら、「憲法」は、時の権力者、為政者の暴走から、国民を守るために存在するものだからだ。
憲法を尊重し、擁護することが、国民を守ることになるからに他ならない。
そうしてみると、今の自民党の議論は、国民を守る意思が無いということの証左ではないか。
「敵基地攻撃能力の保有」とか、「核共有」などということが、抑止力という方便のもとで、声高に叫ばれる。
しかも、ここにきて、「指揮統制機能等」を含むとまで言い始めた。
彼らの言う「抑止力」とは何なのか?
一般に、抑止とは、「相手が攻撃してきた場合、軍事的な対応を行って損害を与える姿勢を示すことで攻撃そのものを思いとどまらせる」軍事力の役割とされる。
抑止が機能するためには、抑止する側に、軍事的対応を実行する意図と能力があり、かつ、それが相手に正しく認識されることが必要であるとされる。
安全保障の分野では「拒否的抑止」と「懲罰的抑止」の2種類に分けて議論される。
「拒否的抑止」は相手の攻撃を物理的に阻止する十分な能力を持ち、目的を達成できないと思わせて攻撃を断念させる。
ミサイル防衛などが、これあたる。
「懲罰的抑止」は攻撃されたら相手に耐えがたい打撃を与えると「威嚇」し、「反撃」を受けるコストが大きいと思わせて断念させる。
「敵基地攻撃能力の保有」とか、「核共有」などということが、抑止力という方便の下で語られるとき、そこで言う抑止力とは、先の分類に従うと、「懲罰的抑止」に違いない。
懲罰的抑止を成立させるためには、@相手に対する(堪え難い)「報復能力の保持」、A相手に対する「報復意思の明示」、B相手が@Aを理解すること、という3条件を満たすことが必要となる。
ここで、日本国憲法の9条を思い起こしてみよう。
「第9条 」
1項
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
国権の発動たる戦争と、
武力による威嚇又は武力の行使は、
国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2項
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない。
改めて言うまでもないが、日本は、戦争を放棄すると同時に、「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」と誓った。
「懲罰的抑止」は攻撃されたら相手に耐えがたい打撃を与えると「威嚇」し、そのための「報復能力を保持」し、相手に対する「報復意思を明示」することで、「武力の行使を表明する」ものだ。
明らかに、「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」という憲法9条に違反するものでしかない。
そのことを認識しているからこそ、憲法9条をなし崩しにする「緊急事態条項」の創設に躍起なのだ。
その意味で、彼らの行動は、「ナチスに学べ」で一貫している。
国民は、もっと、身構えるべきだ。
今こそ、ナチスに蹂躙された、ドイツの悲劇を思い起こすべきだ。
日本は、常に国際紛争を起こさないように、不断の「外交努力」を全力で実行することが求められている。
それが、日本国憲法を定めた、主権者たる日本国民の求めるものだ。
外交の努力も叶わず、武力による侵害を受けるという不安が払拭できない場合であっても、日本において検討すべき「抑止力」は、「拒否的抑止」の範囲を逸脱することは許されない。
「懲罰的抑止」の議論は、際限のない、「軍拡競争」の議論を、言い換えただけに過ぎない。
そのことは、同時に、防衛予算の増額要求が付いて回っていることに示されている。
「語るに落ちる」とは、このことではないか。
とんでもないと言うしかない。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/352.html#c22
>憲法九条は守る必要はない。日本は自衛のためには九条を破って戦争が出来る。これが私の主張だ。私はこれが言いたいだけだ。
少し前には、氏はこんな風に言っていた。
>私の従来の主張は、
> 日米安保堅持のまま自衛力増強→自主防衛力・敵地攻撃力の保持→アメリカからの独立→不平等地位協定の廃止→日米安保の相互防衛条約への転換→対等な日米同盟の確立
です。
> もちろん憲法九条には違反だが、憲法を超越する自然権には違反しないので、改憲は必要なし。
「憲法を超越する自然権」などと、在りもしない自然権を振り回し、説明がつかなくなると、今度は、憲法9条を守る必要がない。・・・だと。
> もちろん憲法九条には違反だが、憲法を超越する自然権には違反しないので、改憲は必要なし。
の言葉から、「憲法を超越する自然権」などないから削除すると、残るのは、
> もちろん憲法9条には違反だが、改憲は必要なし。
の言葉しかなくなる。
そして、今では、どんな説明も破綻してしまい、
>憲法九条は守る必要はない。日本は自衛のためには九条を破って戦争が出来る。
と言い出す始末だ。
始末に負えないとは、こういうことではないか。
単に、過去の自分の言葉の整合性が取れなくなってしまって、「開き直った」だけでしかない。
「憲法九条は守る必要はない。」などとは、意見でも何でもない。
憲法違反と言う、犯罪の教唆で監獄行きだろう。
さらに言えば、
>>攻撃されても、敵の領土内に反撃することを自らに禁じている国が、世界に一つでもあるんですか。あったら、国名を教えて下さい。…(質問J 多摩散人 108)
> 自分の質問に自分で答えよう。反撃を自らに禁じている国など世界に一つもない。
氏は、>112で、次のように書いている。
>>攻撃されても、敵の領土内に反撃することを自らに禁じている国が、世界に一つでもあるんですか。…質問J(多摩散人)
>答えは、日本です。(達人が世直し)
> その通りです。敵地攻撃権を否定している、今までの日本です。
私の答えを、>112で、その通りです、と明確に認めていながら、今度は、平然と、それを否定する。
虚言癖も甚だしい。
「嘘」をつくにしても、バレないような、「嘘」を言うんだね。
馬鹿馬鹿しいたらありゃしない。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/312.html#c139
「読判任」とやらも、氏の捏造した、「逃げ口上」にすぎない。
氏の書き込みの矛盾を指摘されても、一片の反論も、言い訳もできない。
当たり前だろう。
これだけ矛盾したことを言ってしまえば、もう「開き直る」しかないのも道理だ。
逃げ足が速い割には、ちょろちょろと、またぞろ顔を出すのだろう。
しかし、「開き直る」のは止めたほうがいいと思うぞ。
>あなたみたいな人がいる限り、・・・九条批判の無限ループを続けないわけにいかないんですよ。
氏の無限ループには、誰もが辟易していることは、氏も認識しているようだ。
しかし、その責任を、私に転嫁しないでもらいたいものだ。
氏の無限ループが、自分の責任と言う認識は、全く無いようだな。
困ったものだ。
>憲法九条は守る必要はない。日本は自衛のためには九条を破って戦争が出来る。これが私の主張だ。私はこれが言いたいだけだ。
と開き直った以上は、これからは、無限ループになることはないだろう。
と思ったら、
>憲法九条は、日本国民誰一人として守ろうと思っていないし、守れるとも思っていません。
と、何を言い出すやら。
以下>32の氏のコメントは、読むに堪えないし、
読んでも、意味が通じない。
全くの妄想の世界で、書き込んでるようだ。
藁人形に向かって、「おまえは、バカだ」といっているだけ。
藁人形が話せたら、「オマエも、ね」と言われているだろう。
>33にしても、いったい何が言いたいのか?、何をしたいのか?、
そんな意味不明な書き込みをする暇があったら、
「読判任」とやらの、氏の捏造した、「逃げ口上」を吐いて
氏の書き込みの矛盾を指摘されても、一片の反論も、言い訳も出来ずに、逃げていることに、決着を付けたらどうだ。
これだけ矛盾したことを言ってしまえば、もう「開き直る」しかないのも道理だが。
逃げ足が速い割には、ちょろちょろと、またぞろ顔を出すのだろう。と予想したが、その通りになった。
しかし、「開き直る」のは止めたほうがいいと思うぞ・・・。
同時に、氏の「自然権」とやらの解説も、未だ聞こえてこないし。
解説が無ければ、どう考えても、「読判任」とはいかないのではないのか?
>無限ループを続けないわけにいかないんですよ。
じゃないの?
言行不一致じゃないの?
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/352.html#c43
ところが、ロシアが停戦を嫌っている。
ウクライナに無制限、無尽蔵にミサイルを撃ち込んで、ウクライナ国民の最後の一人まで大切な命を奪おうと推進している。
戦火がロシアに及ぶことはない。
植草氏の戦争の批判の先に、直接の一方の当事者が見えない。
変なの・・・。
植草氏の言う「停戦の実現」とは、「ウクライナの降伏」と同義なのだろう。
偽善でしかない。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/371.html#c4
黒田総裁としては、自分の任期中に日銀の債務超過など、死んでも容認できない。
「毒を喰らわば皿まで」の心境だろう。
被害を被るのは、我々庶民だ。
これ以上の金融緩和の継続は、死んでも容認できない。
既に、庶民の家計は、債務超過している。
「生きた心地がしない」の心境だ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/369.html#c24
>読者に訴えるために書いているんです。
「読者」とやらに、読んで貰えているかどうかは知らないが、
>憲法九条は、日本国民誰一人として守ろうと思っていないし、守れるとも思っていません。
と、何を言い出すやら。
以下>32の氏のコメントは、読むに堪えないし、
読んでも、意味が通じない。
せめて、読む人に、意味が通じる書き込みをするのが、最低限の礼儀だろう。
>「自然権」は、・・・それを逆手に取って反論したが、・・・」
その結果が、これ・・・かい?。
>もちろん憲法九条には違反だが、憲法を超越する自然権には違反しないので、改憲は必要なし。
そして、行き場を失って、これかい?、
>憲法九条は守る必要はない。日本は自衛のためには九条を破って戦争が出来る。
酷いことになってしまって。
自然権」を振り回すなと忠告した理由が理解できただろ。
しかし、だからと言って、逆手に取った積りだとしての、氏の「自然権」とやらを、氏が解説する課題は無くならないぞ。
氏の「自然権」とやらの解説も、未だ聞こえてこないし。
解説が無ければ、どう考えても、「読判任」とはいかないのではないのか?
反論とやらを、通じさせるためにも、解説は必要ではないかい?
最後に一言
用もないなら、呼びかけないでくれ。
それと、私は、近藤さんじゃないよ。
何か、分かったつもりになってるようだが・・・。
それとも、論点を逸らす。スピンか?
氏が分からなければならないのは、今は「自然権」だろ?。
>近藤さん、じゃなかった、
は2回目か?
近藤さんとは、氏の話相手の、藁人形に着けた名前でないのかい?
もう、誰が、誰やらも分からなくなってしまった、支離滅裂状態だ・・・な。
>また機会があったら試してみます。
「読判任」に代わる、新作の、「逃げ口上」だな。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/352.html#c45
>わざと間違えたんだよ。
ということは、論点を逸らすための、下手なスピンということだな。
しかし、だからと言って、逆手に取った積りだとしての、氏の「自然権」とやらを、氏が解説する課題は無くならないぞ。
氏の「自然権」とやらの解説も、未だ聞こえてこないし。
解説が無ければ、どう考えても、「読判任」とはいかないのではないのか?
反論とやらを、通じさせるためにも、解説は必要ではないかい?
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/352.html#c47
> だから、憲法九条は破るべきなんだよ。
と言う。
これは、私が>39で書いている通り、憲法9条に違反していることを、氏が「もちろん」自覚していることを示している。
>39 ・・・「懲罰的抑止」は攻撃されたら相手に耐えがたい打撃を与えると「威嚇」し、そのための「報復能力を保持」し、相手に対する「報復意思を明示」することで、「武力の行使を表明する」ものだ。
明らかに、「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」という憲法9条に違反するものでしかない。
つまり、氏の認識を借りて言ったとしても、
自民党が言う「敵基地攻撃能力」の保有は、「反撃能力」の保有、と言い換えたとしても、明確な憲法9条に違反するものだということだ。
>だから、憲法九条は破るべきなんだよ。
こんなことを言うのは、論外でしかない。
誰も相手にしないだろう。
改めて過去の氏の書き込みを拾えば、
> もちろん憲法九条には違反だが、憲法を超越する自然権には違反しないので、改憲は必要なし。
と言っていた。
ところが、「憲法を超越する自然権」など無いから、早速破綻してしまい、
> もちろん憲法9条には違反だが、改憲は必要なし。
の言葉しか残らなくなった。
そして、今では、どんな説明も破綻してしまい、
>憲法九条は守る必要はない。日本は自衛のためには九条を破って戦争が出来る。
と言い出す始末だ。
そしてここにきて、
>だから、憲法九条は破るべきなんだよ。
と言い始めた。「破るべき」なんだとよ。
始末に負えないとは、こういうことではないか。
単に、過去の自分の言葉の整合性が取れなくなってしまって、恥ずかしさのあまり、保身のために「開き直った」だけでしかない。
>そもそも、護憲論者は・・・
という書き出しで、護憲論者が誰かを特定できないようにした上で、誰も言っていないことを、あたかも言っていたことにする、藁人形論法という「詭弁」まで弄して、何をしたいのか?
既に、小林先生は使えなくなってしまったしな。
護憲論者と一般化するところなんかは、狙いがあからさまで、「卑劣」と言う他はない。
>憲法九条は破るべきなんだよ。
なんて、何を寝ぼけているんだ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/346.html#c75
氏の言う「停戦」とは、植草氏と同様に「ウクライナの降伏」と同義なのだろう。
氏の紹介している、ロシアの停戦条件が、正確だとすると、
国際社会が非難している、武力による現状変更を求めていることに他ならないし、
ウクライナという独立国家の主権を踏みにじるものであることは、間違いないし、
そんなことのために、ウクライナ国民を殺戮するなど、戦争犯罪でしかない。
今のウクライナは、プーチンによって仕掛けられた違法な戦争に対して、受動的に、自衛のために武力の行使を強いられている立場だ。
従って、プーチンがロシア軍に対して、戦闘停止を命じれば、即時に停戦は成立する。
ウクライナは、戦争を嫌がっています。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/371.html#c55
今の立憲民主党、いや、野党に欠けているものは、
「次の政権交代へ向けて燃える」
このことではないのだろうか。
そのためには、まず、リーダーが、真っ先に、燃えなければ・・・。
国民民主党のリーダーのように、「炎上」してるのとは訳が違うぞ。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/382.html#c8
>同胞を護るため
>自国を護るため
過去のほとんどの「侵略戦争」で使い古されてきた、「自衛のため」やむを得ず・・・という理由。
今のプーチンにとっては、唯一残された言い訳。
「こうするしか方法が無かった・・・」
自己欺瞞でしかない。
「自衛のため」を理由にした瞬間に、相手を殲滅し、相手を滅ぼさなければ、戦争目的は達成できない。
そうでなければ、戦後の「自衛」も実現できない。
相手が生き残っている限り、「報復の恐怖」に怯えなければならないからだ。
>同胞を護るため
>自国を護るため
というのが、戦争の目的と言うのであれば、
氏の言うロシアの停戦条件は、矛盾することになる。
プーチンの狙いは、現在のウクライナという国家の転覆により、ロシアに併合することで、相手を滅ぼすか、親ロシアな傀儡政権を捏造し、現在のウクライナという敵国の消滅を図る。
そこにあると考えるのが妥当ではないか。
戦争とは、それほどまでに、人間を狂わせてしまう。
>あんたの根本的間違いは、ウクライナ人が日本人みたいに単一の民族だと勘違いしているところだと思う。
あんたの根本的間違いは、日本人が単一の民族だと勘違いしているところだと思う。
日本人とは、
・日本の国籍(日本国籍)を持つ人。
・日本列島に居住する民族(大和民族、アイヌ民族、琉球民族など)を血統に持つ人。
・上記の民族を自らのアイデンティティとする人。
・日本語を母語とする人。
民族のくくりで言っても、大和民族、アイヌ民族、琉球民族などがあり、、決して単一民族の国家ではない。
そこのところの認識を改めてから、コメントの見直しだね。
http://www.asyura2.com/22/senkyo286/msg/371.html#c85
今、「専守防衛」の見直しと言えば、真っ先に頭に浮かぶのは、「敵基地攻撃能力の保有」とか、「核共有」に関連させることだと思う。
これまでも、「敵基地攻撃能力の保有」とか、「核共有」などということが、抑止力という方便のもとで、声高に叫ばれてきた。
しかも、ここにきて、「指揮統制機能等」を含むとまで言い始めた。
彼らの言う「抑止力」とは何なのか?
一般に、抑止とは、「相手が攻撃してきた場合、軍事的な対応を行って損害を与える姿勢を示すことで攻撃そのものを思いとどまらせる」軍事力の役割とされる。
抑止が機能するためには、抑止する側に、軍事的対応を実行する意図と能力があり、かつ、それが相手に正しく認識されることが必要であるとされる。
安全保障の分野では「拒否的抑止」と「懲罰的抑止」の2種類に分けて議論される。
「拒否的抑止」は相手の攻撃を物理的に阻止する十分な能力を持ち、目的を達成できないと思わせて攻撃を断念させる。
ミサイル防衛などが、これあたる。
「懲罰的抑止」は攻撃されたら相手に耐えがたい打撃を与えると「威嚇」し、「反撃」を受けるコストが大きいと思わせて断念させる。
「敵基地攻撃能力の保有」とか、「核共有」などということが、抑止力という方便の下で語られるとき、そこで言う抑止力とは、先の分類に従うと、「懲罰的抑止」に違いない。
懲罰的抑止を成立させるためには、@相手に対する(堪え難い)「報復能力の保持」、A相手に対する「報復意思の明示」、B相手が@Aを理解すること、という3条件を満たすことが必要となる。
ここで、日本国憲法の9条を思い起こしてみよう。
「第9条 」
1項
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
国権の発動たる戦争と、
武力による威嚇又は武力の行使は、
国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2項
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない。
改めて言うまでもないが、日本は、戦争を放棄すると同時に、「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」と誓った。
「懲罰的抑止」は攻撃されたら相手に耐えがたい打撃を与えると「威嚇」し、そのための「報復能力を保持」し、相手に対する「報復意思を明示」することで、「武力の行使を表明する」ものだ。
明らかに、「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」という憲法9条に違反するものでしかない。
そのことを認識しているからこそ、憲法9条をなし崩しにする「緊急事態条項」の創設に躍起なのだ。
その意味で、彼らの行動は、「ナチスに学べ」で一貫している。
国民は、もっと、身構えるべきだ。
今こそ、ナチスに蹂躙された、ドイツの悲劇を思い起こすべきだ。
日本は、常に国際紛争を起こさないように、不断の「外交努力」を全力で実行することが求められている。
それが、日本国憲法を定めた、主権者たる日本国民の求めるものだ。
外交の努力も叶わず、武力による侵害を受けるという不安が払拭できない場合であっても、日本において検討すべき「抑止力」は、「拒否的抑止」の範囲を逸脱することは許されない。
そして、他国からの武力による侵害があり、自衛権として、受動的に武力を行使する場合であっても、その武力行使の範囲は、日本の、領空、領海、領土内に(あるいは、公海上も含まれるか?ここは、詳しくないので、よく分からない)限定されたものでなければならない。
今の日本の「専守防衛」の姿勢を見直す必要はない。
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