53. 2019年3月01日 12:21:25 : XC4kc1n7Fs : bDlMWTRHTEplTTY=[1]
>>28.
>いやいや、言ってないと思います。
まず、安倍が「私が国家です(よ)」という文字列・音の列を口にしたのは事実。
しかも、途中で切ることなく、一気に言っている(これ重要)。
ポイントは、これが「何かほかのことを言おうとしたのに、こう言ってしまった」可能性があるのかどうか。
また、もし言い間違いであるなら、本当はどう言おうとしたのか、ということ。
安倍はこう言ってる――
あのー今、長妻議員はですね、国家の危機かどうかと、私が国家です(よ)、総理大臣が国家の危機という重大な発言を求めているわけでありますから、まず説明をちゃんとするのが当然のことではないでしょうか。
全体としての意味は安倍の言葉としては比較的明瞭な部類だ。
そのことから、その「全体として明瞭な意味」に沿って、この文脈に沿って、「私が国家です(よ)」という異常なフレーズを解釈しようという態度も散見される(というか、ツイッターで2つほど見た。2つとも、普段はおかしなことはほとんど言わない人の発言)。
そういう解釈に従うと、「私が国家です(よ)」を含むこの発言は大体こんな感じになる。
「(総理大臣である)私が、国家(の危機について)です(よ)、(発言するという重大なこと)を求めているわけでありますから…」
確かにこういう解釈も可能だったかもしれない。
もし安倍が「私が、国家(の)、ですよ」と少しずつでも句切りながら発音していれば。
だがさっき書いたように、安倍はこれを一気に言っている。
上のようなことを言おうとしたのに、「私が国家です(よ)」と一気に言ってしまった、というのはやはり違うのではないか。
言い間違いにはその人間の無意識が表れると言う。
であるなら、、「私が国家です(よ)」というフレーズは、上のように好意的に、というか「普通の知性を持った人間が言ったならこういう意味だろう」と解釈するのではなく、
安倍のアタマの中には「私が国家である」というフレーズ、概念、意識が確固として存在していると考える方が自然ではないのか。
尊大な、肥大した自意識の表れというか。
そう解釈した方が、安倍のほかの発言や行動との整合性がとれる。
最後に付け加えておくと、
たとえ安倍のこの発言を、好意的に、普通の人が言いそうな、まともな意味に解釈したとしても、
「そういう重大な発言を総理大臣に求めているのだから長妻議員は説明する義務がある」というのは
何の答えにもなっていない屁理屈、ただの時間稼ぎのイチャモンにすぎないことは強調しておく。
というか、そういう発想自体が、これまた尊大で肥大した自意識の表れだろう。
ここでの安倍はただ、「国家の危機だという認識があるかどうか」を答えればよかったのである。