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[近代史4] どうしても戦争だけはやりたくなかったドナルド・トランプ大統領 中川隆
137. 中川隆[-7383] koaQ7Jey 2025年3月20日 06:47:39 : uWGsonBVEI : aVR4WGhVOU1WZXc=[1]
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トランプとトランプを熱狂的に支持しているキリスト教「福音派」は自分達が古代 yudaya人の子孫だと考えている。
トランプ前大統領を支えているのが、大統領選に大きな影響力を持つキリスト教保守派の「福音派」と呼ばれる人たちです。共和党大会最終日に銃撃事件後初となる演説を行ったトランプ前大統領。
トランプ前大統領「(銃撃を受けたが)私はとても安全だと感じた。なぜなら神が私の側にいると感じたからだ」「私がみなさんの前に立っているのは、全能の神の恵みのおかげだ」

繰り返し口にしたのは「神」という言葉でした。
事件後の世論調査では、共和党を支持する人の65%が「トランプ氏が一命をとりとめたのは神の摂理」だと回答。さらに、党大会の会場の一角では、銃撃事件の写真と共にトランプ氏“公認”の聖書が1冊約9000円で販売されていました。

トランプ前大統領「全てのアメリカ人の家に聖書が必要です。私の大好きな本です」

これまでも「信仰心のあつさ」をアピールしてきたトランプ氏。その背景にあるのが、今、トランプ氏を熱狂的に支持するキリスト教の保守派「福音派」と呼ばれる人たちです。
聖書を「神の言葉」だと信じ、バイデン政権が支持する中絶や性的少数者の権利について否定的な考えを持つ福音派。アメリカの成人人口の4分の1を占めていて、そのうちの81%がトランプ氏に投票するというのです。

ロック牧師「敵はサタンのことだ。悪魔が文化に影響を与えているのは間違いない」「世界中のあらゆるものがLGBTQを推進している」
近年、アメリカで見られる中絶や同性婚を認める動きに対し、牧師は伝統的な価値観がリベラルに変化することへ危機感を募らせていました。
ロック牧師「絶対に同性婚を覆すべきで、中絶を覆して連邦政府として禁止して犯罪にすべきです」「福音派がトランプを支持する最大の理由は、彼が、私たちが信じていることを話すことを許してくれるからだ」
銃撃事件を受け、“神格化”が進むトランプ氏。福音派の信仰心が愛国心と一体となり、国内の分断がますます進むことが予想されます。
https://news.ntv.co.jp/category/international/8ec40e5a8a674d1f9065c115515b4be9

キリスト教シオニズム
イエスが復活する時、yudaya人以外の民族はすべて滅びる事になっているのですが、アングロサクソンは自分達は古代yudaya人の直系の子孫なので、yudaya人と一緒に天国に入れると信じているのです:

イギリスでは16世紀に自分たちを「失われた十支族」の末裔だと信じる人が現れた。そのひとりがスチュワート朝のジェームズ6世で、自分はイスラエルの王だと信じていたという。そのジェームズ6世の息子であるチャールズ1世は「ピューリタン革命(17世紀半ば)」で処刑されたが、その「革命」で重要な役割を果たした人物がカルバン派のオリバー・クロムウェル。

 彼の私設秘書だったジョン・サドラーも同じように考え、彼は1649年に作成されたパンフレット『王国の権利』の中でイギリス人はイスラエルの失われた部族のひとつであり、yudaya人と同族であると主張、イギリス・イスラエル主義の始まりを告げている。

 ちなみに、旧約聖書の記述によると、イスラエル民族の始祖はヤコブだとされている。彼には12人の息子があり、それぞれ支族を形成、そのうちユダ族とベニヤミン族の後裔とされる人びとが「yudaya人」と呼ばれているのだ。残りは行方不明で、旧約聖書を信じる人びとから「失われた十支族」と呼ばれているのだが、それは神話だ。

 クロムウェルの聖書解釈によると、世界に散ったyudaya人はパレスチナに再集結し、ソロモン神殿を再建することになっていた。この解釈に基づいて彼は政権を樹立し、1656年のyudaya人のイングランド定住禁止令を解除、パレスチナにイスラエル国家を建国することを宣言したのだが、その後、ピューリタン体制は倒されてシオニズムは放棄される。

 クロムウェルを支持する人びとの一部はアメリカへ亡命、ジョージ・ワシントン、トーマス・ジェファーソン、ベンジャミン・フランクリンらはその後継者だと主張したというが、19世紀の終わり近くまでyudaya人でシオニズムを支持していたのはエリートだけで、大多数のyudaya教徒はシオニズムを非難していたとされている。アメリカではウィリアム・ブラックストーンなる人物が1891年にyudaya人をパレスチナに送り出そうという運動を展開し、ベンジャミン・ハリソン米大統領に働きかけていた。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202408060000/

アメリカの歴史は先住の「アメリカ・インディアン」を殲滅、土地を奪い、奴隷に働かせるところから始まる。そのアメリカはイギリスから独立するが、人権を否定するという点で両者に大差はない。アメリカのいわゆる「独立宣言」は「すべての人間は平等」としているが、その人間の中に先住民や奴隷が含まれていないことは歴史が示している。

 そうした帝国主義的な行為を正当化するため、彼らはしばしば「神」を持ち出す。アメリカを「自由と民主主義」に基づく「正義の国」だと主張する人は、虐殺されたアメリカ・インディアンを「悪魔の創造物」だと考えているのかもしれない。特定の人以外は劣等だとする優生学がイギリスやアメリカで生まれ発展した。

 優生学の創始者とされているフランシス・ゴールトンは『種の起源』で知られているチャールズ・ダーウィンの従兄弟にあたる。ダーウィンはトーマス・マルサスの『人口論』から影響を受け、「自然淘汰」を主張していた。当時、イギリスの支配階級に広まっていた信仰だが、その信者にはセシル・ローズも含まれていた。彼は1877年6月にフリーメーソンへ入会、その直後に『信仰告白』を書いている。

 その中で彼はアングロ・サクソンを最も優秀な人種だと位置づけ、その領土が広がれば広がるほど人類にとって良いことだと主張している。大英帝国を繁栄させることは自分たちの義務であり、領土の拡大はアングロ・サクソンが増えることを意味するというのだ。

 イギリスで生まれた優生学はアメリカの支配層へ広まり、イギリス以上に社会へ大きな影響を与えることになる。
 優生学の信奉者はアングロ・サクソン、ドイツ系、北方系の人種が優秀だと主張、劣等な種を「淘汰」するべきだと考える。

 いわゆる『新約聖書』にもそうした思想が書き込まれている。例えば「ヨハネの黙示録」の第7章には天使が「我々の神の僕たちの額の上に我々が印をつけるまでは、地と海と木を害してはならぬ」と語ったとしてある。その僕とは「イスラエルの各支族の中から印をつけられた者」で、その印を付けられた人だけが殺されるのを免れるのだという。(田川健三訳著『新約聖書 訳と註 7 ヨハネの黙示録』作品社、2017年)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202301240000/

▲△▽▼

yudaya陰謀論とグローバリズムを考える _ ヨーロッパ化されたキリスト教がyudaya思想の正体で、yudaya教やyudaya人とは何の関係も無かった
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/504.html

東海アマ 福音派キリスト教はキリスト教の仮面を被ったyudaya教
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/487.html

欧米のキリスト教徒全員の行動指針となっているヨハネの默示録
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/506.html

イエスの本当の教え _ 神の国、神の子とは何か?
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14006907

イエスが殺された本当の理由
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/371.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/1152.html#c137

[近代史5] GDP・経済成長率や株価の上昇に意味は無い _ 貨幣価値が下がったから GDP も株価も名目値が上がっているだけ 中川隆
60. 中川隆[-7382] koaQ7Jey 2025年3月20日 16:30:03 : uWGsonBVEI : aVR4WGhVOU1WZXc=[2]
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中国”成長先取り”のジレンマ、低成長を受け入れられず債務急増
2025.03.20
https://www.thutmosev.com/archives/81849999.html

中国は実際より少し高いGDPを発表し、お金を使う事で成長を先取りしてきた

17747
画像引用:http://cdn.statcdn.com/Infographic/images/normal/17747.jpeg

”成長の先取り”の後始末がこれから始まる

後進国が経済成長するパターンは決まっており外国から投資を受けて借金で国内投資して経済成長する

最初のGDPが小さいほどこのロケットは強力に点火し、敗戦後の日本やアジア諸国がそうだった

やがてある程度経済成長を達成し中進国になると、7%以上だった成長率が鈍化し4%以下になる

成長率が高かった時には借金をして経済成長すれば経済成長で金利分を返済できるので、事実上金利負担しなくて済んだ

高度成長下の国ではいくらでも実質無金利で借金し、借金した以上に勝手にお金が増えていきます

銀行から金利5%で1000億円借りて、土地を買ったら翌年2000億円に値上がりするような感覚です

実際日本の高度成長期やバブル期はこの通りの事が起き、個人も企業も国もどんどん借金を増やして成長した

だが1人当たりGDPが1万ドル前後になると成長率がどんどん低下し、借金して土地を買っても値上がりしなくなります

一転して低成長時代になると地価と株価が下がるが、借金だけが増えて経済成長しなくなります

これが中進国(中所得国の罠)のワナと呼ばれる現象で、多くの後進国は先進国になる手前で跳ね返された

昔小泉首相がサミットでJブッシュに「韓国を先進国首脳会議に加えてはどうか」と提案したら「それは面白いジョークだな」と真に受けなかったという

小泉首相は韓国から賄賂を貰っていたか何かの弱みを握られたのか、この頃既にボケが始まっていたのかも知れません

中国の”先取り経済”とは
中国の代表的株価指数は上海総合ですが、2000年に2000だったのが2007年に5900、2015年にも5100まで上昇した。

それが今は3400程度で、この間GDPが1.2兆ドルから18兆ドルへ15倍になったのに、株価は1.5倍しか増えていません

あまりにも不自然だが中国の資産のほとんどは土地であり、土地価格は2000年から10倍以上上昇している

2000年代に中国の成長率は7%から13%だったが、現在は5%と発表していて実際にはもっと低いとされている

中国は経済成長を先取りするため成長率を2から3%多く発表していたが、6%の成長率で3%も多く発表したら2倍になってしまう

成長率の先取りとは中国は共産主義国で計画経済なので、前年に翌年の成長率を決定し、そうなるように予算を組みます

例えば10%の成長率と決めて、実現するために100兆円の公共事業が必要なら、そのように予算を組みます

この方式では経済成長率を高く設定したほうが速く経済成長できるので、中国は実際より高いGDPを発表します

高度成長している間はこれで成長速度が速まったが、低成長時代になると借金が急増してしまいます

ほんとうに中国経済が成長しているなら上海総合は2000年の5倍か10倍にはなっている筈なのに、1.5倍なのはおかしい

株価が上がらない理由の一つは中国企業は共産党の支配下にあるからで、アリババやファーウェイも見た目ほど強くない

途方もない売上を上げているが、共産党や党幹部や地方役人などに吸い取られて実際の利益は少ないのです

中国企業はどれだけ巨大になろうとも、中国共産党の民間部門に過ぎないから、資本主義国の企業のような独立性がありません

欧米や日本の企業は国家から出て行ってでも企業利益を追求するが、中国企業は「共産党ファーウェイ支部」のままです

こうした矛盾はさらに成長率を押し下げ、中国政府はさらに強引な経済成長を試みるでしょう

その結果現在4000兆円規模(GDPの2倍)に達するとされる公的債務は、さらに急増するでしょう

その後中国は成長の先取りをした分、「後払い」に悩まされる事になる
https://www.thutmosev.com/archives/81849999.html
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/391.html#c60

[近代史5] GDPでは国民所得はわからない _ 日本人の平均月収は15万円以下 中川隆
44. 中川隆[-7381] koaQ7Jey 2025年3月20日 16:30:37 : uWGsonBVEI : aVR4WGhVOU1WZXc=[3]
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中国”成長先取り”のジレンマ、低成長を受け入れられず債務急増
2025.03.20
https://www.thutmosev.com/archives/81849999.html

中国は実際より少し高いGDPを発表し、お金を使う事で成長を先取りしてきた

17747
画像引用:http://cdn.statcdn.com/Infographic/images/normal/17747.jpeg

”成長の先取り”の後始末がこれから始まる

後進国が経済成長するパターンは決まっており外国から投資を受けて借金で国内投資して経済成長する

最初のGDPが小さいほどこのロケットは強力に点火し、敗戦後の日本やアジア諸国がそうだった

やがてある程度経済成長を達成し中進国になると、7%以上だった成長率が鈍化し4%以下になる

成長率が高かった時には借金をして経済成長すれば経済成長で金利分を返済できるので、事実上金利負担しなくて済んだ

高度成長下の国ではいくらでも実質無金利で借金し、借金した以上に勝手にお金が増えていきます

銀行から金利5%で1000億円借りて、土地を買ったら翌年2000億円に値上がりするような感覚です

実際日本の高度成長期やバブル期はこの通りの事が起き、個人も企業も国もどんどん借金を増やして成長した

だが1人当たりGDPが1万ドル前後になると成長率がどんどん低下し、借金して土地を買っても値上がりしなくなります

一転して低成長時代になると地価と株価が下がるが、借金だけが増えて経済成長しなくなります

これが中進国(中所得国の罠)のワナと呼ばれる現象で、多くの後進国は先進国になる手前で跳ね返された

昔小泉首相がサミットでJブッシュに「韓国を先進国首脳会議に加えてはどうか」と提案したら「それは面白いジョークだな」と真に受けなかったという

小泉首相は韓国から賄賂を貰っていたか何かの弱みを握られたのか、この頃既にボケが始まっていたのかも知れません

中国の”先取り経済”とは
中国の代表的株価指数は上海総合ですが、2000年に2000だったのが2007年に5900、2015年にも5100まで上昇した。

それが今は3400程度で、この間GDPが1.2兆ドルから18兆ドルへ15倍になったのに、株価は1.5倍しか増えていません

あまりにも不自然だが中国の資産のほとんどは土地であり、土地価格は2000年から10倍以上上昇している

2000年代に中国の成長率は7%から13%だったが、現在は5%と発表していて実際にはもっと低いとされている

中国は経済成長を先取りするため成長率を2から3%多く発表していたが、6%の成長率で3%も多く発表したら2倍になってしまう

成長率の先取りとは中国は共産主義国で計画経済なので、前年に翌年の成長率を決定し、そうなるように予算を組みます

例えば10%の成長率と決めて、実現するために100兆円の公共事業が必要なら、そのように予算を組みます

この方式では経済成長率を高く設定したほうが速く経済成長できるので、中国は実際より高いGDPを発表します

高度成長している間はこれで成長速度が速まったが、低成長時代になると借金が急増してしまいます

ほんとうに中国経済が成長しているなら上海総合は2000年の5倍か10倍にはなっている筈なのに、1.5倍なのはおかしい

株価が上がらない理由の一つは中国企業は共産党の支配下にあるからで、アリババやファーウェイも見た目ほど強くない

途方もない売上を上げているが、共産党や党幹部や地方役人などに吸い取られて実際の利益は少ないのです

中国企業はどれだけ巨大になろうとも、中国共産党の民間部門に過ぎないから、資本主義国の企業のような独立性がありません

欧米や日本の企業は国家から出て行ってでも企業利益を追求するが、中国企業は「共産党ファーウェイ支部」のままです

こうした矛盾はさらに成長率を押し下げ、中国政府はさらに強引な経済成長を試みるでしょう

その結果現在4000兆円規模(GDPの2倍)に達するとされる公的債務は、さらに急増するでしょう

その後中国は成長の先取りをした分、「後払い」に悩まされる事になる
https://www.thutmosev.com/archives/81849999.html
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/697.html#c44

[近代史5] 東アジア3か国は地価を上げることで資産価値を上げ、GDPをかさ上げする手法でGDPを積み増してきました 中川隆
41. 中川隆[-7380] koaQ7Jey 2025年3月20日 16:31:17 : uWGsonBVEI : aVR4WGhVOU1WZXc=[4]
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中国”成長先取り”のジレンマ、低成長を受け入れられず債務急増
2025.03.20
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中国は実際より少し高いGDPを発表し、お金を使う事で成長を先取りしてきた

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”成長の先取り”の後始末がこれから始まる

後進国が経済成長するパターンは決まっており外国から投資を受けて借金で国内投資して経済成長する

最初のGDPが小さいほどこのロケットは強力に点火し、敗戦後の日本やアジア諸国がそうだった

やがてある程度経済成長を達成し中進国になると、7%以上だった成長率が鈍化し4%以下になる

成長率が高かった時には借金をして経済成長すれば経済成長で金利分を返済できるので、事実上金利負担しなくて済んだ

高度成長下の国ではいくらでも実質無金利で借金し、借金した以上に勝手にお金が増えていきます

銀行から金利5%で1000億円借りて、土地を買ったら翌年2000億円に値上がりするような感覚です

実際日本の高度成長期やバブル期はこの通りの事が起き、個人も企業も国もどんどん借金を増やして成長した

だが1人当たりGDPが1万ドル前後になると成長率がどんどん低下し、借金して土地を買っても値上がりしなくなります

一転して低成長時代になると地価と株価が下がるが、借金だけが増えて経済成長しなくなります

これが中進国(中所得国の罠)のワナと呼ばれる現象で、多くの後進国は先進国になる手前で跳ね返された

昔小泉首相がサミットでJブッシュに「韓国を先進国首脳会議に加えてはどうか」と提案したら「それは面白いジョークだな」と真に受けなかったという

小泉首相は韓国から賄賂を貰っていたか何かの弱みを握られたのか、この頃既にボケが始まっていたのかも知れません

中国の”先取り経済”とは
中国の代表的株価指数は上海総合ですが、2000年に2000だったのが2007年に5900、2015年にも5100まで上昇した。

それが今は3400程度で、この間GDPが1.2兆ドルから18兆ドルへ15倍になったのに、株価は1.5倍しか増えていません

あまりにも不自然だが中国の資産のほとんどは土地であり、土地価格は2000年から10倍以上上昇している

2000年代に中国の成長率は7%から13%だったが、現在は5%と発表していて実際にはもっと低いとされている

中国は経済成長を先取りするため成長率を2から3%多く発表していたが、6%の成長率で3%も多く発表したら2倍になってしまう

成長率の先取りとは中国は共産主義国で計画経済なので、前年に翌年の成長率を決定し、そうなるように予算を組みます

例えば10%の成長率と決めて、実現するために100兆円の公共事業が必要なら、そのように予算を組みます

この方式では経済成長率を高く設定したほうが速く経済成長できるので、中国は実際より高いGDPを発表します

高度成長している間はこれで成長速度が速まったが、低成長時代になると借金が急増してしまいます

ほんとうに中国経済が成長しているなら上海総合は2000年の5倍か10倍にはなっている筈なのに、1.5倍なのはおかしい

株価が上がらない理由の一つは中国企業は共産党の支配下にあるからで、アリババやファーウェイも見た目ほど強くない

途方もない売上を上げているが、共産党や党幹部や地方役人などに吸い取られて実際の利益は少ないのです

中国企業はどれだけ巨大になろうとも、中国共産党の民間部門に過ぎないから、資本主義国の企業のような独立性がありません

欧米や日本の企業は国家から出て行ってでも企業利益を追求するが、中国企業は「共産党ファーウェイ支部」のままです

こうした矛盾はさらに成長率を押し下げ、中国政府はさらに強引な経済成長を試みるでしょう

その結果現在4000兆円規模(GDPの2倍)に達するとされる公的債務は、さらに急増するでしょう

その後中国は成長の先取りをした分、「後払い」に悩まされる事になる
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http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/1476.html#c41

[近代史4] GDPを増やすには不動産を高騰させればよい 中川隆
57. 中川隆[-7379] koaQ7Jey 2025年3月20日 16:31:37 : uWGsonBVEI : aVR4WGhVOU1WZXc=[5]
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中国”成長先取り”のジレンマ、低成長を受け入れられず債務急増
2025.03.20
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中国は実際より少し高いGDPを発表し、お金を使う事で成長を先取りしてきた

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”成長の先取り”の後始末がこれから始まる

後進国が経済成長するパターンは決まっており外国から投資を受けて借金で国内投資して経済成長する

最初のGDPが小さいほどこのロケットは強力に点火し、敗戦後の日本やアジア諸国がそうだった

やがてある程度経済成長を達成し中進国になると、7%以上だった成長率が鈍化し4%以下になる

成長率が高かった時には借金をして経済成長すれば経済成長で金利分を返済できるので、事実上金利負担しなくて済んだ

高度成長下の国ではいくらでも実質無金利で借金し、借金した以上に勝手にお金が増えていきます

銀行から金利5%で1000億円借りて、土地を買ったら翌年2000億円に値上がりするような感覚です

実際日本の高度成長期やバブル期はこの通りの事が起き、個人も企業も国もどんどん借金を増やして成長した

だが1人当たりGDPが1万ドル前後になると成長率がどんどん低下し、借金して土地を買っても値上がりしなくなります

一転して低成長時代になると地価と株価が下がるが、借金だけが増えて経済成長しなくなります

これが中進国(中所得国の罠)のワナと呼ばれる現象で、多くの後進国は先進国になる手前で跳ね返された

昔小泉首相がサミットでJブッシュに「韓国を先進国首脳会議に加えてはどうか」と提案したら「それは面白いジョークだな」と真に受けなかったという

小泉首相は韓国から賄賂を貰っていたか何かの弱みを握られたのか、この頃既にボケが始まっていたのかも知れません

中国の”先取り経済”とは
中国の代表的株価指数は上海総合ですが、2000年に2000だったのが2007年に5900、2015年にも5100まで上昇した。

それが今は3400程度で、この間GDPが1.2兆ドルから18兆ドルへ15倍になったのに、株価は1.5倍しか増えていません

あまりにも不自然だが中国の資産のほとんどは土地であり、土地価格は2000年から10倍以上上昇している

2000年代に中国の成長率は7%から13%だったが、現在は5%と発表していて実際にはもっと低いとされている

中国は経済成長を先取りするため成長率を2から3%多く発表していたが、6%の成長率で3%も多く発表したら2倍になってしまう

成長率の先取りとは中国は共産主義国で計画経済なので、前年に翌年の成長率を決定し、そうなるように予算を組みます

例えば10%の成長率と決めて、実現するために100兆円の公共事業が必要なら、そのように予算を組みます

この方式では経済成長率を高く設定したほうが速く経済成長できるので、中国は実際より高いGDPを発表します

高度成長している間はこれで成長速度が速まったが、低成長時代になると借金が急増してしまいます

ほんとうに中国経済が成長しているなら上海総合は2000年の5倍か10倍にはなっている筈なのに、1.5倍なのはおかしい

株価が上がらない理由の一つは中国企業は共産党の支配下にあるからで、アリババやファーウェイも見た目ほど強くない

途方もない売上を上げているが、共産党や党幹部や地方役人などに吸い取られて実際の利益は少ないのです

中国企業はどれだけ巨大になろうとも、中国共産党の民間部門に過ぎないから、資本主義国の企業のような独立性がありません

欧米や日本の企業は国家から出て行ってでも企業利益を追求するが、中国企業は「共産党ファーウェイ支部」のままです

こうした矛盾はさらに成長率を押し下げ、中国政府はさらに強引な経済成長を試みるでしょう

その結果現在4000兆円規模(GDPの2倍)に達するとされる公的債務は、さらに急増するでしょう

その後中国は成長の先取りをした分、「後払い」に悩まされる事になる
https://www.thutmosev.com/archives/81849999.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/996.html#c57

[近代史4] 日中のGDPのいい加減さ 中川隆
46. 中川隆[-7378] koaQ7Jey 2025年3月20日 16:31:52 : uWGsonBVEI : aVR4WGhVOU1WZXc=[6]
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中国”成長先取り”のジレンマ、低成長を受け入れられず債務急増
2025.03.20
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中国は実際より少し高いGDPを発表し、お金を使う事で成長を先取りしてきた

17747
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”成長の先取り”の後始末がこれから始まる

後進国が経済成長するパターンは決まっており外国から投資を受けて借金で国内投資して経済成長する

最初のGDPが小さいほどこのロケットは強力に点火し、敗戦後の日本やアジア諸国がそうだった

やがてある程度経済成長を達成し中進国になると、7%以上だった成長率が鈍化し4%以下になる

成長率が高かった時には借金をして経済成長すれば経済成長で金利分を返済できるので、事実上金利負担しなくて済んだ

高度成長下の国ではいくらでも実質無金利で借金し、借金した以上に勝手にお金が増えていきます

銀行から金利5%で1000億円借りて、土地を買ったら翌年2000億円に値上がりするような感覚です

実際日本の高度成長期やバブル期はこの通りの事が起き、個人も企業も国もどんどん借金を増やして成長した

だが1人当たりGDPが1万ドル前後になると成長率がどんどん低下し、借金して土地を買っても値上がりしなくなります

一転して低成長時代になると地価と株価が下がるが、借金だけが増えて経済成長しなくなります

これが中進国(中所得国の罠)のワナと呼ばれる現象で、多くの後進国は先進国になる手前で跳ね返された

昔小泉首相がサミットでJブッシュに「韓国を先進国首脳会議に加えてはどうか」と提案したら「それは面白いジョークだな」と真に受けなかったという

小泉首相は韓国から賄賂を貰っていたか何かの弱みを握られたのか、この頃既にボケが始まっていたのかも知れません

中国の”先取り経済”とは
中国の代表的株価指数は上海総合ですが、2000年に2000だったのが2007年に5900、2015年にも5100まで上昇した。

それが今は3400程度で、この間GDPが1.2兆ドルから18兆ドルへ15倍になったのに、株価は1.5倍しか増えていません

あまりにも不自然だが中国の資産のほとんどは土地であり、土地価格は2000年から10倍以上上昇している

2000年代に中国の成長率は7%から13%だったが、現在は5%と発表していて実際にはもっと低いとされている

中国は経済成長を先取りするため成長率を2から3%多く発表していたが、6%の成長率で3%も多く発表したら2倍になってしまう

成長率の先取りとは中国は共産主義国で計画経済なので、前年に翌年の成長率を決定し、そうなるように予算を組みます

例えば10%の成長率と決めて、実現するために100兆円の公共事業が必要なら、そのように予算を組みます

この方式では経済成長率を高く設定したほうが速く経済成長できるので、中国は実際より高いGDPを発表します

高度成長している間はこれで成長速度が速まったが、低成長時代になると借金が急増してしまいます

ほんとうに中国経済が成長しているなら上海総合は2000年の5倍か10倍にはなっている筈なのに、1.5倍なのはおかしい

株価が上がらない理由の一つは中国企業は共産党の支配下にあるからで、アリババやファーウェイも見た目ほど強くない

途方もない売上を上げているが、共産党や党幹部や地方役人などに吸い取られて実際の利益は少ないのです

中国企業はどれだけ巨大になろうとも、中国共産党の民間部門に過ぎないから、資本主義国の企業のような独立性がありません

欧米や日本の企業は国家から出て行ってでも企業利益を追求するが、中国企業は「共産党ファーウェイ支部」のままです

こうした矛盾はさらに成長率を押し下げ、中国政府はさらに強引な経済成長を試みるでしょう

その結果現在4000兆円規模(GDPの2倍)に達するとされる公的債務は、さらに急増するでしょう

その後中国は成長の先取りをした分、「後払い」に悩まされる事になる
https://www.thutmosev.com/archives/81849999.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/714.html#c46

[近代史5] GDP300%超えの債務問題が人民元レートを崩壊させる 中川隆
19. 中川隆[-7377] koaQ7Jey 2025年3月20日 16:32:07 : uWGsonBVEI : aVR4WGhVOU1WZXc=[7]
<■61行くらい→右の▽クリックで次のコメントにジャンプ可>
中国”成長先取り”のジレンマ、低成長を受け入れられず債務急増
2025.03.20
https://www.thutmosev.com/archives/81849999.html

中国は実際より少し高いGDPを発表し、お金を使う事で成長を先取りしてきた

17747
画像引用:http://cdn.statcdn.com/Infographic/images/normal/17747.jpeg

”成長の先取り”の後始末がこれから始まる

後進国が経済成長するパターンは決まっており外国から投資を受けて借金で国内投資して経済成長する

最初のGDPが小さいほどこのロケットは強力に点火し、敗戦後の日本やアジア諸国がそうだった

やがてある程度経済成長を達成し中進国になると、7%以上だった成長率が鈍化し4%以下になる

成長率が高かった時には借金をして経済成長すれば経済成長で金利分を返済できるので、事実上金利負担しなくて済んだ

高度成長下の国ではいくらでも実質無金利で借金し、借金した以上に勝手にお金が増えていきます

銀行から金利5%で1000億円借りて、土地を買ったら翌年2000億円に値上がりするような感覚です

実際日本の高度成長期やバブル期はこの通りの事が起き、個人も企業も国もどんどん借金を増やして成長した

だが1人当たりGDPが1万ドル前後になると成長率がどんどん低下し、借金して土地を買っても値上がりしなくなります

一転して低成長時代になると地価と株価が下がるが、借金だけが増えて経済成長しなくなります

これが中進国(中所得国の罠)のワナと呼ばれる現象で、多くの後進国は先進国になる手前で跳ね返された

昔小泉首相がサミットでJブッシュに「韓国を先進国首脳会議に加えてはどうか」と提案したら「それは面白いジョークだな」と真に受けなかったという

小泉首相は韓国から賄賂を貰っていたか何かの弱みを握られたのか、この頃既にボケが始まっていたのかも知れません

中国の”先取り経済”とは
中国の代表的株価指数は上海総合ですが、2000年に2000だったのが2007年に5900、2015年にも5100まで上昇した。

それが今は3400程度で、この間GDPが1.2兆ドルから18兆ドルへ15倍になったのに、株価は1.5倍しか増えていません

あまりにも不自然だが中国の資産のほとんどは土地であり、土地価格は2000年から10倍以上上昇している

2000年代に中国の成長率は7%から13%だったが、現在は5%と発表していて実際にはもっと低いとされている

中国は経済成長を先取りするため成長率を2から3%多く発表していたが、6%の成長率で3%も多く発表したら2倍になってしまう

成長率の先取りとは中国は共産主義国で計画経済なので、前年に翌年の成長率を決定し、そうなるように予算を組みます

例えば10%の成長率と決めて、実現するために100兆円の公共事業が必要なら、そのように予算を組みます

この方式では経済成長率を高く設定したほうが速く経済成長できるので、中国は実際より高いGDPを発表します

高度成長している間はこれで成長速度が速まったが、低成長時代になると借金が急増してしまいます

ほんとうに中国経済が成長しているなら上海総合は2000年の5倍か10倍にはなっている筈なのに、1.5倍なのはおかしい

株価が上がらない理由の一つは中国企業は共産党の支配下にあるからで、アリババやファーウェイも見た目ほど強くない

途方もない売上を上げているが、共産党や党幹部や地方役人などに吸い取られて実際の利益は少ないのです

中国企業はどれだけ巨大になろうとも、中国共産党の民間部門に過ぎないから、資本主義国の企業のような独立性がありません

欧米や日本の企業は国家から出て行ってでも企業利益を追求するが、中国企業は「共産党ファーウェイ支部」のままです

こうした矛盾はさらに成長率を押し下げ、中国政府はさらに強引な経済成長を試みるでしょう

その結果現在4000兆円規模(GDPの2倍)に達するとされる公的債務は、さらに急増するでしょう

その後中国は成長の先取りをした分、「後払い」に悩まされる事になる
https://www.thutmosev.com/archives/81849999.html
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/218.html#c19

[番外地7] レオ・スレザーク名唱集 中川隆
2. 中川隆[-7376] koaQ7Jey 2025年3月20日 20:03:59 : uWGsonBVEI : aVR4WGhVOU1WZXc=[8]
<■469行くらい→右の▽クリックで次のコメントにジャンプ可>
レオ・スレザーク(1873.8.18 - 1946.6.1)男性歌手


声に聞くユーモア、レオ・スレーザークの「夜と夢」
2021年1月13日
http://www.leier-seele.com/naka/8407.html

レオ・スレーザークと言ってわかる人が少ないことは知っています。こんな知る人ぞ知るような歌い手のことを書くのは忍びないのですが、彼は私がドイツ歌曲を歌った歌手の中で一番感動した歌い手だと言うことで紹介したいと思います。幸いYouTubeでも検索できるので思い切って紹介します。

一世を風靡した超一流のテノールです。古今東西、どこを探しても彼のように歌える人はいないと太鼓判を押します。私にとって、シューベルトを歌わせて、彼の追随を許す者はいないと断言します。評価する人は最高の賛辞を送って褒めちぎるのですが、そうでない人は今更こんな歌い方は古臭いといい、俗な節回しでヤクザな歌い方だといいます。もちろんこっ酷く貶す人もいます。それでも私には最高の歌い手です。

最近は声を楽器のように訓練することが支流ですから、声が楽器のようになってしまいました。声は楽器とも機械音とも違う有機的なものですから、本当の声に出会ったときの喜びはひとしおです。発声法で作られた大抵の声は作り声に聞こえます。声学的に発声を学んだ声ですが、実は技術の方が聞こえてきて、歌がほったらかしになっていたりします。

スレーザークの歌を聴いていると思わず微笑んでしまいます。ドイツの歌曲を聴いている時にこんな経験はスレーザーク以外では起こらないことです。皆さん真面目に歌い過ぎているのではないかと思います。

YouTubeで「レオ・スレーザーク」と検索すれば、Nacht und Treume(夜と夢)、Litanai(連禱、祈りの歌)Du bis die Ruh(なんじこそ憩い)などが出てきます。まず何よりもNacht und Trueme(夜と夢)を聴いてみてください。


Schubert Nacht und Träume Leo Slezak - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Schubert++Nacht+und+Tr%C3%A4ume+++Leo+Slezak

Schubert Litanei Leo Slezak - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Schubert++Litanei++++Leo+Slezak

Schubert Du bis die Ruh Leo Slezak - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Schubert++Du+bis+die+Ruh+++Leo+Slezak


スレーザーク自身、シューベルトの歌曲を特別なものと感じていました。「ミサをあげるような気持ちで歌う」と彼の自伝で書いているほどです。言葉通り確かに深い祈りでシューベルトの歌に向かって、心を込めて丁寧に歌いあげます。そこにはホットできる音楽空間があるのです。「リタナイ」という祈りのうたは、日本で言えば連歌のような作りの、ある詩の形が繰り返され、連綿と祈りを捧げるのですが、スレーザークの歌には、10世紀11世紀頃のヨーロッパの宗教画のような、ユーモラスな明るさがあって、詩に歌われている人たちは、彼とシューベルトに祈られて本当に成仏しそうな感じがしてきます。

スレーザークは特異な歌い手ですから位置づけは難しいですが、歌曲の歌い手としては唯一の例外と言った方がいいと思います。経歴も特異です。もともとは園芸家で、音楽学校とは無縁です。街のコーラスで歌っていたところをスカウトされ、頭角を表し、マーラーに見出されウィーンのオペラで歌っていました。メトロポリタンにも招待されトスカニーニの指揮でも歌っています。

彼の歌う「夜と夢」は夢の中を、彼の歌声といつしょに彷徨っているような気分になります。実に不思議な体験です。気持ちの良い無重力状態の中を彼の歌声とともに彷徨うことができるのです。このように歌えるのは、歌の技術ではなく、スレーザークの心の豊かさからです。歌が彼のように聞き手を掴むことは、ほとんどあり得ないことだと思います。歌を音楽として表現しているなんて言う技術的なものではなく、歌を、音楽を具現しているのです。歌になりきつていると言ってもいいのかもしれません。歌の神様とでもいいたくなるような姿が目の前に浮かんできます。
http://www.leier-seele.com/naka/8407.html


▲△▽▼


レオ・スレザークの語るような歌
2018年2月9日
http://www.leier-seele.com/naka/6176.html

レオ・スレザークの歌は別格です。ぜひ多くの方に聞いていただきたいと願っています。

戦前にヨーロッパのオペラ界で活躍したテナーですが、ドイツ歌曲の歌い手としても名声を博しました。今日では、知る人ぞ知るという好事家の対象になったと言うのならまだしも、この歌い手の歌い方に昨今の音楽の常識が焦点を合せられなくなってしまって名前すら出てこないという状態で、忘れられた歌い手です。

私がこの歌い手を紹介するのは、彼のように歌う歌い手、歌える歌い手が現在どこを見渡してもいないという理由からです。なんだそんなことかと言われ片付けられてしまうことかもしれませんが、私にとってこれは大問題なのです。

本当に大問題なのです。それは何もドイツの歌い手の世界だけの問題ではないと考えているからです。そんな狭い了見でものを見ているのではありません。今日の音楽、特に歌は発生の面で危機に面していて、そこに一石を投じることがスレザークの歌にはあると考えているので、スレザークを忘れた音楽界に物申し、音楽の根本に新たな光を当てたいと考えるのです。音楽という芸術のあり方にとっても、とても健全なことだと考えています。ひいては芸術全般にもそして人生観を変えるにも良い刺激になるに違いありません。

先日の声について述べたブログ「声のすすめ」の最後のところで、「吸う声」について述べておきました。「吸う声」というのは、力んだ無駄な力を抜いた所で本来の力が一番発揮できるのだということの、私流の言い方です。

スレザークはその「吸う声」で歌った数少ない歌い手です。ですから最近のYouTubeにアップされたものを通してその声に接することができる利点を活用し、多くの人に「吸う声」を体験してもらえたらと願ってこの文章をしたためています。最後に彼の声の聞けるYouTubeを紹介しておきますのでぜひ聞いてみて下さい。

スレザークの「吸う声」はどう言うものかと言うと、こればかりは実際に聞いていただくのが一番なのですが、非常に滑らかです。しかも聞き手を包み込むような広がりがあり、歌詞の言葉がとても聞きやすく、言葉の美しさにうっとりさせられます。ただ時々、これが私の苦手としているところでもあるのですが、オペラを歌った歌い手たちの悪い癖で張り上げてしまいます。悲しいかなオペラを歌った人が身につけてしまう悪い癖ですが、この部分を抜けば、彼の歌は静かで、しっとりしていて、繰り返し聞いても疲れない歌だといえます。この声で歌われた歌詞の言葉はには力があり、語りかけられているようで、安心して歌に身を預けて聞いていられるのがいつも不思議です。

昨今のオペラ歌手たちの張り上げる声はどうして作られるのかと言うと、彼らの発声法は声の響きを求めているためです。よく響く声と言う意味です。そのため音響効果に囚われて、言葉の響きを置き去りにし、さらに声を楽器として扱うため、言葉のための声から遠ざかって、響のための声になってしまい、多くの方が経験しておられる様に、言葉が歌われているのに何を歌っているのか分からないと言う悲劇が生まれます。

スレザークの歌う歌の場合はそんなことはなく、言葉がはっきりと聞こえます。しかも語られているように聞こえるのです。声が音響のための道具ではなく、言葉のための道具だからです。そして聞いている側にとっては、ほかの歌い手に歌われた同じ歌詞と比べてみるとよくわかるのですが、スレザークの歌には言葉に説得力がありこちらに伝わって来るのです。

音楽学校の歌指導の中には今日でも「語るように歌う」という意識はあります。誰もがそのことの重要性を頭で知識として理解しているはずなのですが、実際の声作りの段になると、音響効果が優先され、楽器化してしまい、現実には張り上げるように指導されてしまうのです。しかもそれが今日の音楽教育では歌い手の声として高く評価されているので、学生たちは当然そちらを目指します。

ということは、スレザークのように歌ったら、今日の音大は卒業できないということでもあるのです。スレザークが好きになって、あのように歌いたいと思ったら指導の先生方に相手にされませんから音大をやめざるをえないわけです。今日スレザークのように歌える歌い手が世界中探してもいないのはそのためです。

ここで補足しなければならないことがあります。

実を言うと、今日一人もいないと言いましたが、彼が活躍した当時も彼のように歌える歌手は数少なかったのです。ここでは歌の神様とまで言われた、ロシアのバス、シャリアピンを「吸う声の持ち主」の一人として挙げるにとどめますが、「吸う声」は当時ですら本当にわずかだったのです。と言うことは、西洋の歌の世界ではもう長いこと「吸う声で歌う」ということは忘れられてしまっていたと言っていいのかもしれません。時たま「吸う声」を持って生まれた人が「吸う声」歌えたと言うことのようです。スレザークは生まれながらにしてその声に恵まれていたのでしょう。彼の歌は歌なのにまるで語りかけられているように聞こえてグイクイと引き込まれてしまいます。

「吸う声」。これは何も歌だけの事ではなく、私たちが普段話をするときにも考えていい事のはずです。「吸う声」で話せば、聞き手を引き込むことができるのです。今日の様に吐く息だけで言葉にしてしまうと、声は硬いものになって、相手にぶつかってしまいます。言葉は聞きづらくなりそのため相手がバリアを張って警戒するので、言葉が相手に伝わらなくなってしまいます。今日の声楽家たちの声も基本的には吐く息からの声で、そのため言葉が聞き取りにくいことを思い出していただけると、私が言いたい事が多少でもご理解いただけるのではないかと思います。「吸う声」は聞いてもらえる声の事でもあります。


YouTubeで聞けるスレザークの歌を最後に紹介します。

Leo Slezak sings ‘Nacht und Träume’ (Schubert)
https://www.youtube.com/results?search_query=Leo+Slezak+++Nacht+und+Tr%C3%A4ume+++Schubert

Leo Slezak sings ‘Mondnacht’ (Schumann)
https://www.youtube.com/results?search_query=Leo+Slezak+++Mondnacht++Schumann

R.Strauss – Morgen! – Leo Slezak
https://www.youtube.com/results?search_query=R.Strauss++Morgen!+++Leo+Slezak


これだけ見れば関連のところにスレザークのほかの歌もありますから、いろいろと聞いてみて下さい。
http://www.leier-seele.com/naka/6176.html


▲△▽▼


Leo Slezak; AM MEER (Schubert)
https://www.youtube.com/watch?v=pQ5trM6EEQw

Polydor 60162-A (Japan press)
1928
EMG MkXb, thorn needle


シューベルト「海辺にて」(歌曲集『白鳥の歌』より)/レオ・スレザーク
2017年10月06日
https://ameblo.jp/eiketu333/entry-12317292550.html

海辺にて
ハインリヒ・ハイネ 石井不二雄・訳

海原は名残りの夕日に

遥か沖まで輝いていた。

ひっそりとした漁師小屋のそばに、

僕たちはじっと二人だけで坐っていた。

霧が立ち昇り、潮が満ちた、

鷗が飛び交っていた。

君の目からは愛情に満ちた

涙がいく粒もしたたり落ちた。

その涙が君の手に落ちるのを見て

僕は崩れ折れるようにひざまずき、

君の白い手を取って

そこから涙をむさぼり飲んだ。

あの時以来、僕の身体は

憔悴し、

心は憧れに死に果てている。――

あの不幸な女が彼女の涙で

僕に毒を注いだのだ。

シューベルトは、生涯にわたり海を見たことがなかったという。どんなに想像をふくらませ、海へと思いを馳せていたのだろうか――シューベルトのこの作品を聴くと、そんなことを思う。シューベルトの海への憧憬が感じられてならないのである。

この曲を聴くと、まるで、たそがれ時の海の情景が目の前に広がってくるような気がする。

だが、この作品の真の素晴らしさは、海の情景描写が、即ち心理描写となっている点にあろう。愛の喜びと苦しみが、海の容貌と一体になった奇跡のような作品。

こんなにも美しく、切なく、苦しい作品を残したシューベルトに対して、心から感謝せずにおれない。

ユーチューブは、往年の名テノール、スレザークを選ぶ。同一録音がいくつかアップされていたが、やはりSPレコードを蓄音機で再生したものが素晴らしい音質だった。

かつては、こんなにもロマンティックに、陶酔的に歌われていたのだった。「古いスタイル」なのかもしれないが、真実に迫る歌唱がここにはある。
https://ameblo.jp/eiketu333/entry-12317292550.html


Wolf - Verborgenheit - Leo Slezak (1928)
https://www.youtube.com/watch?v=AfICyHI81IQ

Leo Slezak, tenor
Heinrich Schaker, piano
Grammophon, 1928


ヴォルフ「隠棲」/スレザーク
2016年09月14日
https://ameblo.jp/eiketu333/entry-12200031326.html

隠棲
エドアルト・メーリケ 小林一夫・訳

世間の人々よ、私をこのままにしておいて下さい!
世俗的な喜びで私を誘さそわず
喜びであれ、悩みであれ、
そのままの姿で私の心に味わわせて下さい!

私がなぜ悲しいか、自分でも分らないのです。
それは、根拠のない苦痛です。
私は絶えず涙のヴェールを通してのみ
太陽の慈愛の光を見ているのです。

私は、しばしば意識が定かでないことがあります。
すると、明るく澄んだ喜びが
私を悩ましている鬱うつの状態を通して
突然、私の心に喜びが過よぎるのです。

世間の人々よ、私をこのままでいさせて下さい!
親切や誘惑で私の心を惑わすことなく、
私の感じる喜びや悩みを、
まぎれなく、この心にお与え下さい!


「隠棲」。初めて聴いた時、この憂いを帯びた優美なメロディに、そして中間部のドラマティックな盛り上がりの対比の妙に心奪われたことを思い出す。長い間、ヴォルフは、私にとってとっつきにくい作曲家だったが、この曲は心に迫ってきた。ヴォルフがなくてはならない作曲家となる、そんなきっかけの一つになった作品でもある。いろんなことに思い悩んでいた時だったから、「世間の人々よ、私をこのままにしておいて下さい!」と訴えるメーリケの詩が、胸を打った。

ユーチューブは、往年の名テノール、レオ・スレザークの歌唱を選ぶ。ドイツの作曲家フーゴー・ヴォルフの生まれが1860年、テノール歌手レオ・スレザークの生まれが1873年。私たちにとってヴォルフは歴史上の人物であるが、スレザークにとっては、一回り以上年上とは言え、同じ時代を生き、共に呼吸した作曲家であったに違いない。

この「隠棲」の演奏も、スレザークの、ヴォルフに対する心からの共感と敬愛がにじみ出ているように思う。フィッシャー=ディースカウやボストリッジの名唱を横目に見つつも、この曲を聴くときは、ついついスレザークの演奏に手が伸びてしまう。たとえ録音が古くとも、この演奏に私は心惹かれる。
https://ameblo.jp/eiketu333/entry-12200031326.html


▲△▽▼


NHK-FMから、突然 レオ・スレザークの声が。
http://scherzo111.blog122.fc2.com/blog-entry-469.html
 
 少し前のこと、いつものように 仕事で移動中の合間に営業車のFMを点けると、NHK「音楽遊覧飛行 」の放送帯 − 毎回 複数のパーソナリティが交替で 番組進行を務める 平日のポピュラー音楽プログラム − ちょうどダ・カーポの榊原広子さんが「東京都の上田さん 」という方の リクエスト葉書を 読み終えられたところでした。

 残念ながら そのお便りの内容は 殆ど聴けませんでしたが、続けて 「上田さん 」のリクエスト曲が放送されました。

 意外なことに、それは たいへん古いSP録音でした。

 何と 1928年、
 レオ・スレザークの歌唱による
 シューマンの歌曲「くるみの木 」ですと・・・

 レオ・スレザークとは、
 かつてメトで マーラーやトスカニーニにも起用された
 オーストリアのテノール歌手 というおぼろげな認識くらいしかなく、
 正直 名前しか知らないに等しい存在でした。

 ああ、これは聴いておかねば −
 と、思わず 農道の路肩(笑 )に車を寄せ、エンジンを止めます。

 率直に驚きました。
 初めて聴く その歌い方は、スレザークという人が たしかヘルデン・テノールだったという 私の浅い先入観を
 あっさりと覆すものだったからです。


Leo Slezak, "Der Nussbaum" Schumann - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=C2KGJSe39zA


 それは、ドイツ語特有の美しい発語 ―
 r を舌の上で転がす音・・・
 Sch という擦過音・・・
 とても格調高い発音
 素晴らしい
 柔和な声の表現に
 それはもう 心が洗われるようでした。

 戦前のドイツ・リートとは これほどまで「語る 」ものなのか ―
 オーケストラ・ピットに拮抗して演じているオペラ歌手でも
 聴き手を目の前にしたリートを歌うときには その発声も巧みに使い分け、
 根本から異なる歌唱形態で聴かせるのだなあ、と改めて感じ入りました。


レオ・スレザーク Leopold Slezak(1873.08.18 - 1946.06.01 )
モラヴィア出身、オーストリアのテノール歌手で 1896年ブルノ市立劇場で「ローエングリン 」タイトルロールでデビューします。

ロンドンのコヴェント・ガーデン王立歌劇場で喝采を受けました。

1901年から34年まで ウィーン国立歌劇場のヘルデン・テノールとして活躍。オテロ、ローエングリンの他、ワルター(「マイスタージンガー 」 )、タンホイザー、ジークフリート、ラダメス(「アイーダ 」 )、マンリーコ(「トロヴァトーレ 」 )など、主にワーグナーやヴェルディを中心に、多彩なレパートリーを誇りました。

メトロポリタン歌劇場でも活躍し、1910年にはチャイコフスキーの「スペードの女王」米初演(グスタフ・マーラー指揮 ! )で主役のゲルマンを務めました。


 レオ・スレザークと言えば、私の乏しい記憶の中では、とても機知に富んだユーモラスな人という 勝手な印象があります (次の白鳥はいつ 出航かね? )。

 それは、たしか渡辺護氏が どこかで紹介しておられた 傑作なエピソードのせいかもしれません。 何で読んだのか忘れてしまいましたが、私 発起人の記憶の中から、以下 再現させて頂きます。どうぞ ご笑納あれ。

 レオ・スレザークがベルリンで マイアベーアの歌劇「預言者 」の主人公を務めた時の逸話です。

 このオペラの第4幕で 彼は僭王として君臨し、華やかな戴冠式を執り行う場面があるのですが、ベルリンの劇場が特別に用意した豪華な王冠と衣装の出来が素晴らしく、公演の大成功に貢献したのでした。
 ちょうどウィーンでも同じ役で出演することが決まっていたスレザークは、このお気に入りの王冠と衣装を わざわざ借りて、ウィーンまで持って帰ることにしました。

 彼の乗った夜行列車がドイツとオーストリアの国境に到着したのは真夜中でしたが、税関の役人は厳格な男で 寝台車にいたスレザークを起こすと手荷物検査のため鞄を開けさせました。その中に王冠が無造作に入っているのを見つけた途端、小道具とは知らずに 顔面蒼白となった役人は 靴のかかとを鳴らし 直立不動の姿勢をとって スレザークに最敬礼、「御無礼をお許しください、皇帝陛下 ! 」
http://scherzo111.blog122.fc2.com/blog-entry-469.html


▲△▽▼


Schumann: Myrthen, Op. 25: 3. Der Nussbaum · Leo Slezak
https://www.youtube.com/watch?v=fzMCx4a7kcU

℗ 1928 Deutsche Grammophon GmbH, Berlin


スレザークが歌うシューマンの「くるみの木」
2022年09月10日
https://ameblo.jp/eiketu333/entry-12763658417.html

今日、スレザークが歌うシューマンの「くるみの木」(1928年録音)を久しぶりに聴き、感動を新たにしたのでブログにアップしました。

レオ・スレザーク(1873.8.18 - 1946.6.1)は、チェコスロバキア生まれのオーストリアのテノール歌手。たしか中学生の頃、ラジオで流れた、このシューマンの「くるみの木」に心がとろけるような感動を覚えました。その後、ずっとこの演奏が忘れることができず、CDを探していましたが、スレザークの復刻版は発売されておらず(発売されていたとしても見たことがなく)、大変残念に思ったものです。

それから後のことです。東京に就職して間もないころ、友人から誘われてFレコ―ド社に行きました。そこで、博物館でしか見たことがないSPレコードなるものが売られているのを初めて目にしました。ワルター、メンゲルベルク、ティボー、クライスラー、コルトー・・・そうそうたる巨匠たちのレコードがところ狭しと売られていました。すごいレコードが売られているものだと、びっくりしたものです。

とその中に、このレコードを見つけました。視聴が可能だったので、さっそく店員さんに再生してもらいました。視聴しながら、涙が止まりませんでした。

あまりの感動に、レコードプレーヤーもないのにそのレコードを買いました。
そんなわけで、私にとって、この演奏は大変思い入れがあります。

音楽評論家の宇野功芳氏が、スレザークについて「二十世紀最高の声楽家の一人であり、英雄的なテノールとして一世を風靡した」と、次のように評しています。

 電気録音が発明された頃はすでに声が衰え、音程が下がったり、高音が硬くなったりしているが、それでもドイツ歌曲におけるロマンティシズムの権化といいたい陶酔的な歌い方は、麻薬のように聴く者の心をとろかしてしまう。

 テンポやリズムの思いきったくずし方、はなはだしいポルタメントの乱用は、指揮のメンゲルベルクと好一対であり、とくに甘美なピアニッシモは一度耳にしたら絶対にわすれられない。(『名演奏のクラシック』講談社現代新書)

この「くるみの木」もまさに「ロマンティシズムの権化」と呼びたい絶唱。ロマン派の曲には、ロマンティックな演奏が似合います。
https://ameblo.jp/eiketu333/entry-12763658417.html


▲△▽▼


板起こし音源 レオ・スレザークの歌うレーヴェ「詩人トム」他
http://classic-cdreview.seesaa.net/article/459067409.html

戦前、しかも第1次世界大戦前が全盛期だった歴史的テノール歌手 レオ・スレザーク。録音が少なくリート好きな人でもあまり知られていない。故宇野功芳氏が褒めていた歌手だったからか、未だにこの人のシューマン「胡桃の木」だけはブログに取りあげる人がたまにいます。

そんな彼の音源で、家に眠っている国内初期盤LPが1枚あります。SP復刻盤でLP出たての頃の製品だからか、恐らく180gはある重みのあり作りがしっかりしたLP盤。あえて「胡桃の木」では無く、渋いレーヴェ「詩人トム」を聴きたくなり、久しぶりに板起こしを。


レーヴェ 歌曲「詩人トム」
テノール:レオ・スレザーク
1920年代の録音

詩は下記の通りです。


詩人のトーマスは小川に寝そべる
小石だらけの小川 ハントリーの城のそば
そこで見たのはブロンドの女性
白い馬にまたがった

彼女は白い馬にまたがっていた
そのたてがみはきれいに編まれていて
それぞれの網目には明るくつるされていた
キラキラした銀の鈴が

さて詩人トムは帽子を脱いで
膝元にかがんで彼女にあいさつし、そして言った
「あなたは天界の女王さまですね!
 あなたはこの地上におられるお方ではない!」

そのブロンドの女性は馬を止めて
「そなたに告げようぞ、わらわが誰なのかを
 わらわは天界の若きおなごではない
 妖精の女王なのじゃ

 そなたのハープを取れ、弾きそして歌うのじゃ
 そなたの一番の歌をわらわに聞かせよ!
 されどもし そなたがわらわのくちびるにくちづけるならば
 そなたはわらわのもとで7年間を仕えねばならぬ!」

「喜んで! 7年間、おお女王さま
 あなたさまにお仕えするなど、私はまるで恐くはございません」
彼は女王にキスして 女王さまも彼にキスをした
一羽の小鳥がトネリコの木で歌った

「さあこれでそなたはわらわの物じゃ、わらわの側に寄れ
 さあこれでそなたはわらわの物じゃ 7年の間」
ふたりは緑の森の馬で駆けていった
なんと詩人の幸せだったこと!

ふたりは緑の森の馬で駆けていった
鳥の歌声と太陽の光あふれる中を
そして女王が軽やかに手綱を引けば
鈴が明るい音を響かせる


一片のアリアのような起承転結のしっかりとした音楽。非常にロマンティックな歌唱とピアノ・・・特に中間部の音が零れ落ちてきそうなほどピアノとスレザークの弱音によるポルタメントをかけた歌い方が見事。今の時代にこんなことをしたら時代錯誤も甚だしいという程耽美的。

是非、MP3でご一聴を。B面丸ごとトラック切りをしていないのでご容赦下さい。6曲目が「詩人トム」です。

再生できない場合、ダウンロードはこちら
https://classic-cdreview.up.seesaa.net/image/E382B9E383ACE382B6E383BCE382AFE38080BE99DA2.mp3


1、シューマン 「月の夜」
2、ブラームス 「野のさびしさ」
3、ブラームス 「セレナード」
4、R・シュトラウス 「なつかしの幻」
5、R・シュトラウス 「たそがれの夢」
6、レーヴェ 「詩人トム」
7、ワーグナー 「はるかなる園に」〜ローエングリン
8、ワーグナー 「懸賞の歌」〜マイスタージンガー

どの曲も歌い方は古い。しかし、この甘い声は夜に相応しい・・・これがもう約1世紀前の歌声だと思うと感慨一入。どうぞ耳を傾けてみてください。
http://classic-cdreview.seesaa.net/article/459067409.html


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Leo Slezak - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Leo+Slezak&sp=CAI%253D


Leo Slezak Mozart - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Leo+Slezak++Mozart&sp=CAI%253D

Leo Slezak Schubert - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Leo+Slezak++Schubert&sp=CAI%253D

Leo Slezak Schumann - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Leo+Slezak++Schumann

Leo Slezak Wagner - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Leo+Slezak++Wagner&sp=CAI%253D

Leo Slezak Brahms - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Leo+Slezak++Brahms&sp=CAI%253D


L.Slezak, H.Schlusnus, G.Hüsch SP復刻版
uchukyoku1
https://www.youtube.com/playlist?list=PLF9sHH6NFGJPDtCaKst27f0F570X7XOx2

レオ・スレザーク - トピック - YouTube
https://www.youtube.com/channel/UCof3xJAnkwFGkTSnR0ZXmzw

Leo Slezak - YouTube
作成者: CMSKGramophone
https://www.youtube.com/playlist?list=PLX1jY_Fu4OHXXTLWvexZlTsGc1JjGAD2H


レオ・スレザーク(1873-1946)のディスコグラフィー
https://ibotarow.exblog.jp/23884764/ 


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シューベルト

Leo Slezak_ Schubert : " Du bist die Ruh " 君はわが憩い D.776
https://www.youtube.com/watch?v=efy2fJqN9d4&list=PLF9sHH6NFGJPDtCaKst27f0F570X7XOx2&index=1

Leo Slezak (1873 - 1946)
78rpm / POLYDOR-60161-B
on HMV-163 gramophone

Friedrich Rückert フリートリヒ・リュッケルト

Leo Slezak_ " Der Lindenbaum " 菩提樹 (Schubert : Die Winterreise)
https://www.youtube.com/watch?v=8OtwOcBaMxk&list=PLF9sHH6NFGJPDtCaKst27f0F570X7XOx2&index=2

Leo Slezak (1873 - 1946)
78rpm / POLYDOR-60161-A
on HMV-163 gramophone

Leo SLEZAK_" Ungeduld " (Schubert)
https://www.youtube.com/watch?v=pFj9UzTuNM4&list=PLF9sHH6NFGJPDtCaKst27f0F570X7XOx2&index=3

Leo SLEZAK (1873 - 1946)
シューベルト:焦 燥 ("Impatience" from Die schöne Müllerin )
78rpm / POLYDOR-45108 B
on British Columbia #121 Gramophon with Columbia Mica reproducer

Leo SLEZAK_"Ständchen" (Schubert)
https://www.youtube.com/watch?v=Eswi-kFMOuE&list=PLF9sHH6NFGJPDtCaKst27f0F570X7XOx2&index=4

Leo SLEZAK (1873 - 1946)
シューベルト:セレナーデ(from "Schwanengesang")
78rpm / POLYDOR-45108 A
on British Columbia #121 Gramophon with Columbia Mica reproducer

Leo Slezak - Schubert : "Die Post", "Wohin?" (1928)
https://www.youtube.com/watch?v=x5E5E15ugNA&list=PLF9sHH6NFGJPDtCaKst27f0F570X7XOx2&index=21

"Die Post" from Die Winterreise
"Wohin?" from Die schöne Müllerin
78rpm / Jpn Polydor-50025, recorded in 1928
on HMV-163 gramophone
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/911.html#c2

[番外地7] ゲルハルト・ヒュッシュ名唱集 中川隆
2. 中川隆[-7375] koaQ7Jey 2025年3月20日 20:07:33 : uWGsonBVEI : aVR4WGhVOU1WZXc=[9]
<■239行くらい→右の▽クリックで次のコメントにジャンプ可>
ゲルハルト・ヒュッシュ - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=%E3%82%B2%E3%83%AB%E3%83%8F%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%92%E3%83%A5%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5&sp=CAI%253D

Gerhard Hüsch - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Gerhard+H%C3%BCsch&sp=CAI%253D


L.Slezak, H.Schlusnus, G.Hüsch SP復刻版
uchukyoku1
https://www.youtube.com/playlist?list=PLF9sHH6NFGJPDtCaKst27f0F570X7XOx2


ゲルハルト・ヒュッシュ - トピック - YouTube
https://www.youtube.com/channel/UChXPjABcrAwxTMsOrzLOjEA

Schubert: Die schöne Müllerin, D.795 - YouTube
https://www.youtube.com/playlist?list=OLAK5uy_l6n_VmfZRmXj3GPNKyeXxI_sCM0y6jpMk

Franz Schubert: Die Schöne Müllerin - YouTube
https://www.youtube.com/playlist?list=OLAK5uy_moPe4pa912mGmpq35HDCPql8_buCbiX6o

Schubert: Winterreise, D.911 - YouTube
https://www.youtube.com/playlist?list=OLAK5uy_n-f2j6eruEf1F9baK_o604PlBSJJEZCAo

Franz Schubert: Winterreise - YouTube
https://www.youtube.com/playlist?list=OLAK5uy_k62SSBKQ8LboqylEXFvPqaTQ_G73pj9mE

Schumann: Dichterliebe, Op.48 - YouTube
https://www.youtube.com/playlist?list=OLAK5uy_kgQcXkPhGvy7bYAHd8-mYh3g6nI-i7hpc


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モーツァルト

Gerhard Hüsch_ Mozart : Figaro's Cavatina "Se vuol ballare "
https://www.youtube.com/watch?v=GtmFZHw-KPc&list=PLF9sHH6NFGJPDtCaKst27f0F570X7XOx2&index=20

Gerhard Hüsch (1901 - 1984)
Berlin State Opera Orch. cond. by F.Weissmann
フィガロのアリア「もし踊りをなさりたければ」
78rpm / Columbia, S-30057
on HMV-163 gramophone


シューベルト

Gerhard Hüsch - Schubert : Winterreise D.911 - No.1,2,3 & 4 (1933)
https://www.youtube.com/watch?v=cpxENelqm8U&list=PLF9sHH6NFGJPDtCaKst27f0F570X7XOx2&index=17

Gerhard Hüsch - Schubert : Winterreise D.911 - No.5,6 & 7 (1933)
https://www.youtube.com/watch?v=MEuFlVMvLXg&list=PLF9sHH6NFGJPDtCaKst27f0F570X7XOx2&index=16

Gerhard Hüsch - Schubert : Winterreise D.911 - No.8,9,10 & 11 (1933)
https://www.youtube.com/watch?v=pUAVHUzaG_4&list=PLF9sHH6NFGJPDtCaKst27f0F570X7XOx2&index=15

Gerhard Hüsch - Schubert : Winterreise D.911 - No.12,13,14,15 & 16 (1933)
https://www.youtube.com/watch?v=6ch15c_nNSg&list=PLF9sHH6NFGJPDtCaKst27f0F570X7XOx2&index=14

Gerhard Hüsch - Schubert : Winterreise D.911 - No.17,18,19 & 20 (1933)
https://www.youtube.com/watch?v=MswvrFapeWA&list=PLF9sHH6NFGJPDtCaKst27f0F570X7XOx2&index=13

Gerhard Hüsch - Schubert : Winterreise D.911 - No.21,22,23 & 24(1933)
https://www.youtube.com/watch?v=q8yIPvHJe00&list=PLF9sHH6NFGJPDtCaKst27f0F570X7XOx2&index=12

Liederzyklus nach Gedichten von Wilhelm Müller
Hans Udo Müller, piano
transfer from Jpn Victor 78s / JD-3612(2B-6510-1, 2D-1639-2),
JF-52(OD-1638-2), recorded in 1933

ゲルハルト・ヒュッシュ 白鳥の歌 - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=%E3%82%B2%E3%83%AB%E3%83%8F%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%92%E3%83%A5%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5++%E7%99%BD%E9%B3%A5%E3%81%AE%E6%AD%8C

Gerhard Hüsch Schwanengesang - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Gerhard+H%C3%BCsch++Schwanengesang+


Gerhard Hüsch_Schubert : " Doppelgänger " 影法師
https://www.youtube.com/watch?v=k94PPDc0pC0&list=PLF9sHH6NFGJPDtCaKst27f0F570X7XOx2&index=18

Piano ; Hans Udo Müller
78rpm / Victor, RL-66
on HMV-163 gramophone

D957 Schwanengesang 白鳥の歌
Lieder nach Gedichten von Heinrich Heine ハイネの詩による6つの歌曲

Gerhard Hüsch_Schubert : "Der Erlkönig" 魔王
https://www.youtube.com/watch?v=F2iBYbWDuIo&list=PLF9sHH6NFGJPDtCaKst27f0F570X7XOx2&index=19

Piano ; Hans Udo Müller
78rpm / Victor, RL-66
on HMV-163 gramophone

Erkönig D328 魔王
Johann Wolfgang von Goethe ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

ワーグナー

Gerhard Hüsch - Wagner : Tannhauser - Als du in kühnem Sange
https://www.youtube.com/watch?v=NeRFuAOsbmA&list=PLF9sHH6NFGJPDtCaKst27f0F570X7XOx2&index=27

Act T. 歌に勝ちて
Berlin State Opera Orch. cond. by Hans Udo Muller
78rpm / Jpn Victor - ND-725(2RA-1388)
on HMV-163 gramophone


Gerhard Hüsch - Wagner : Tannhauser - Als du in kühnem Sange 歌に勝ちて(Act 1)-電気再生
https://www.youtube.com/watch?v=4Vc1vpkY2DM&list=PLF9sHH6NFGJPDtCaKst27f0F570X7XOx2&index=31

Berlin State Opera Orch. cond. by Hans Udo Muller
transferred from Jpn Victor 78s / ND-725(2RA-1388)


Gerhard Hüsch - Wagner :Tannhauser - Wohl wusst' ich hier sie im Gebet zu
https://www.youtube.com/watch?v=diWw33SOKCc&list=PLF9sHH6NFGJPDtCaKst27f0F570X7XOx2&index=28

Act V.かの祠に祈る人こそ
Berlin State Opera Orch. cond. by Hans Udo Muller
78rpm / Jpn Victor - ND-725(2RA-1387)
on HMV-163 gramophone


Gerhard Hüsch - Wagner :Tannhauser - Wohl wusst' ich hier sie im Gebet zu finden (電気再生)
https://www.youtube.com/watch?v=M1r8nJEgrLM&list=PLF9sHH6NFGJPDtCaKst27f0F570X7XOx2&index=33

Act V.かの祠に祈る人こそ
Berlin State Opera Orch. cond. by Hans Udo Muller
transferred from Jpn Victor 78s / ND-725(2RA-1387)


Gerhard Hüsch - Wagner :Tannhauser - O du, mein holder Abendstern 夕星の歌 (Act V)
https://www.youtube.com/watch?v=wWCJW1xbb9k&list=PLF9sHH6NFGJPDtCaKst27f0F570X7XOx2&index=29

Berlin State Opera Orch. cond. by Hans Udo Muller
78rpm / Jpn Victor - ND-669(2RA-1386)
on HMV-163 gramophone


Gerhard Hüsch - Wagner :Tannhauser - O du, mein holder Abendstern 夕星の歌 (Act V) -電気再生
https://www.youtube.com/watch?v=-HDlsnLdyOI&list=PLF9sHH6NFGJPDtCaKst27f0F570X7XOx2&index=34

Berlin State Opera Orch. cond. by Hans Udo Muller
transferred from Jpn Victor 78s / ND-669(2RA-1386)

Gerhard Hüsch - Wagner : Tannhauser - Blick' ich umher in diesem edlen Kreise
https://www.youtube.com/watch?v=cNnGC6RSzbs&list=PLF9sHH6NFGJPDtCaKst27f0F570X7XOx2&index=30

Act U.かくも気高き集いを見渡せば
Berlin State Opera Orch. cond. by Hans Udo Muller
78rpm / Jpn Victor - ND-669(2RA-1385)
on HMV-163 gramophone


Gerhard Hüsch - Wagner : Tannhauser - Blick' ich umher in diesem edlen Kreise (電気再生)
https://www.youtube.com/watch?v=90Y1abR2ozA&list=PLF9sHH6NFGJPDtCaKst27f0F570X7XOx2&index=32

Act U.かくも気高き集いを見渡せば
Berlin State Opera Orch. cond. by Hans Udo Muller
transferred from Jpn Victor 78s / ND-669(2RA-1385)


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クレデンザ1926×78rpmの邂逅 ゲルハルト・ヒュッシュ シューベルト『冬の旅』全曲 (1933) - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=a-phFsImfNw

クレデンザ1926×78rpmの邂逅 #43〜ゲルハルト・ヒュッシュ シューベルト『冬の旅』全曲(1933)
2021年4月28日
https://note.com/bach_kantaten/n/n7890dd8b663b


今回はちょっとした大作を。
20世紀を代表するドイツのバリトン、ゲルハルト・ヒュッシュ(Gerhard Hüsch, 1901年2月2日 - 1984年11月21日)が1933年にロンドンとベルリンでレコーディングしたシューベルトを、そしてドイツ・リートを代表する歌曲集『冬の旅』全24曲をグレデンザ蓄音機で再生。
ピアノはヒュッシュにとっては絶対的信頼関係で結ばれたハンス・ウド・ミュラー。


手元にあるのは日本ビクター蓄音機社製の12inch×6枚、10inch×3枚の9枚組。幸いにして盤、そしてバインダー・ジャケットともコンディションがよい。


ゲルハルト・ヒュッシュ

ゲルハルト・ヒュッシュは1901年にハノーファーで生また。
当時の歌手の多くがそうであったように地元で声楽、そして演技の勉強をし、ドイツの地方都市の歌劇場で経験を積んでいった。
その過程でヒュッシュには傑出したコミック・キャラクターの才があることが知られるようになる。その代表はモーツァルトの『魔笛』でのパパゲーノにおいて顕著であった。
1925年から1944年の間はベルリン国立歌劇場に数多く出演し、ドイツ国内の有数の歌劇場の他、ロンドンのコヴェント・ガーデン・ロイヤル・オペラ、ミラノ・スカラ座にも招かれている。
パパゲーノに加え、彼が得意とした役柄にワーグナーの『タンホイザー』でのヴォルフラムがあり、1930年と31年のバイロイト祝祭に出演し、アルトゥーロ・トスカニーニの下で演じている。
指揮者で言えば、ブルーノ・ヴァルターやサー・トーマス・ビーチャムがヒュッシュの才能を高く評価し、度々共演している。

そんなオペラでの活躍に加え、ヒュッシュはドイツ・リートの歌唱史においても、その名を深く刻んでいる。
少し前にヒュッシュの一世代上にあたる、同じくドイツを代表する、そしてベルリンで活躍したバリトン、ハインリヒ・シュルスヌスのドイツ・リートについて綴った。


シュルスヌス〜ヒュッシュ〜ホッター〜フィッシャー=ディースカウ
シュルスヌスが19世紀のロマン主義的解釈、歌唱を継承した立場にあったのと比較すると、ヒュッシュのそれは彼が活躍し始めた1920年代という時代の風潮を直に吸収したもの、つまり新古典主義、即物主義(ザハリッヒカイト)なものということが出来よう。
テンポの自由な揺れ動きは少なく、直截的でどちらかと言えば早いテンポで進んでいく。それと相まって彼の明確なドイツ語の発音によって、活き活きとした、瑞々しい歌が紡ぎ出される。
こうしたヒュッシュの芸風は、更に下の世代であるハンス・ホッタ―、そしてディートリヒ・フィッシャー=ディースカウに継承されていく。


しかし、ホッタ―とフィッシャー=ディースカウ、二人の『冬の旅』がより理知的で整然としている(後者はセッション録音、ライブ録音、映像作品などを総合すると、13種類ほどの『冬の旅』を残しているので、包括的に語るのは無理があるが)のと比較すると、少しほど滑らかで丸みを帯びたヒュッシュの歌声は、シューベルトをより身近な青年作曲家として感じさせ、自らの死を意識する中でその気持ちを託したこの歌曲集のリアリティをより伝えているように思われる。

1933年、ヒュッシュ32歳、ミュラー28歳、そして、プロデューサーのウォルター・レッグに至っては27歳という若さ。
この3人だからこそ成し得た『冬の旅』。

全24曲、ごゆっくりお楽しみあれ。
https://note.com/bach_kantaten/n/n7890dd8b663b


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ゲルハルト・ヒュッシュ(Gerhard Hüsch, 1901年2月2日 - 1984年11月21日)は、ドイツのハノーファー出身のバリトン歌手。

ベルリン国立歌劇場やロイヤル・オペラハウス、バイロイト音楽祭などで活躍。『魔笛』のパパゲーノや『タンホイザー』のヴォルフラムを得意とした。『冬の旅』、『美しき水車小屋の娘』などのリートの名唱でも知られる。門下に中山悌一がいる。

戦後は日本とも関係が深く、1961年から2年間東京芸術大学で声楽を教え、また愛知県立芸術大学他、日本各地にて教壇に立った。大阪フィルハーモニー交響楽団の第100回記念定期演奏会時に来日しており、合唱指揮をしている(曲目はマーラーの交響曲第8番)。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%AB%E3%83%8F%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%92%E3%83%A5%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5

http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/913.html#c2

[番外地12] エディタ・グルベローヴァ(1946年12月23日 - 2021年10月18日)女性歌手 中川隆
5. 中川隆[-7374] koaQ7Jey 2025年3月20日 20:16:08 : uWGsonBVEI : aVR4WGhVOU1WZXc=[10]
<■100行くらい→右の▽クリックで次のコメントにジャンプ可>
「音楽&オーディオ」の小部屋
史上最高の「夜の女王」歌手の訃報 2021年10月21日
https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/056eceeb67b34caaa54b0b85d830de44

一昨日(20日)の早朝、読売の朝刊を見ていたら「エディタ・グルヴェローラ」の訃報記事が目に飛び込んできた。享年74歳。惜しい、まだ早すぎる!


史上最高の「コロラトゥーラ」歌手を偲んで過去記事の「史上最高の夜の女王」を再掲し、ここに哀悼の意を捧げよう。

「5月6日から始めた 「光テレビ」(NTT)による「クラシカ・ジャパン」(クラシック音楽専門チャンネル)の無料試聴期間(16日間)が終了したものの、うまく引継ぎが出来て現在は「スカパー」(CS専用アンテナ+チューナー)による無料試聴期間の続行中。

そして、手当たり次第に録画した中から、シャハム兄妹の「ヴァイオリン・ソナタ(モーツァルト)」に続いて二度目の大当たりとなったのが「ポートレート〜エディタ・グルベローヴァ」(1時間半)である。彼女の生い立ちから歌手デヴュー、そして今や世界屈指の歌手となった現在に至るまでを克明に追った番組。
             

実を言うと「エディタ・グルベローヴァ」(ソプラノ)という名前を聞いただけで背筋がゾクッ、ゾクッとくるほどの大ファンなのである。

まず、話を展開する前に基礎知識として「女声の種類」をチェックしておこう。

☆ ソプラノ(女声の歌う高い方の声域)

コロラトゥーラ → もっとも高いソプラノ(夜の女王役「魔笛」)

スーブレット → もっとも軽いソプラノ

リリック・ソプラノ → その次に軽いソプラノ(王女役「魔笛」)

リリコ・スピント → その次に軽いソプラノ

ドラマティック・ソプラノ → もっとも重量級のソプラノ

ただし、スーブレット以下の区分は、音色と声質の差であり音域はあまり関係ない

☆ メゾ・ソプラノ(女声の中間声域、ソプラノより暗く低い音域)

☆ アルト(女声の最低音域)

グルベローヴァは最も高い声域が要求されるコロラトゥーラ歌手であり、そのコロラトゥ−ラの出番といえば何といっても最高のはまり役が「夜の女王」(モーツァルトのオペラ「魔笛」)。

最も難度が高いと言われる「夜の女王」役をこれまで無難に歌いこなせた歌手は手元の「魔笛」(44セット)を聴いた中でも数名程度である。最高音の”ハイF(ファ)”のときにどうしても声が続かなかったり、不安定になったりしてあえなく敗退の憂き目にあった歌手は数知れず。

「魔笛」(全二幕)は誰憚ることなくモーツァルトの最高傑作だと自信を持って言えるが(ちなみに、ベートーヴェンもゲーテもそう言っている!)、この「夜の女王」役と「ザラストロ」役(バス:男性の最低音域)に適任者を得ないと、オペラそのもののスケールが”こじんまり”となってしまうから恐ろしい。

そういう重要な役柄の中で、今もって「これは最高だ!」と鮮明に記憶に残っているのが「クリスティーナ・ドイテコム」(ショルティ盤)と「エディタ・グルベローヴァ」のご両人である。

ドイテコムは残念なことに歌手人生が短くてあっという間に居なくなったが、グルベローヴァはDVDではサバリッシュ盤、CDではハイティンク盤、アーノンクール盤に出演しており、夜の女王役以外にも多彩な活躍をしていて極めて息の長い歌手生命を保っている。

さあ、折角なので久しぶりに改めて両者を比べてみようかと、ハイティンク盤(1981年)、アーノンクール盤(1987年)のグルベローヴァと、ショルティ盤(1969年)のドイテコムを聴いてみた。

意外にもドイテコムはこれまで持っていた印象と異なって”ちょっと落ちる”と思った。オーディオ装置が変わったせいもあるが、如何せん、1969年のアナログ録音が古すぎて音質がイマイチでお気の毒〜。レコード再生ならいい線を行くかもしれない。

グルベローヴァについては「アーノンクール」盤よりも「ハイティンク」盤の方が断然いい。声量と勢いが違う。同じ歌手でもこういうことがあるから油断できない。しかし、やはり並みの歌手と比べて歌唱のレベルが抜きんでていて史上最高の「夜の女王」の感を一層深くした。

それにしてもハイティンク盤の「魔笛」は素晴らしい。録音も奥行き感に秀でて聴き出すと途中で止められなくなって最後まで聴き惚れてしまった。            

さて、録画した「ポートレート〜エディタ・グルベローヴァ」では興味深いエピソードが満載だった。

☆ チェコのひなびた農村出身の彼女が地元の唱歌隊で神父や指揮者から才能を見込まれ「オペラ歌手になりなさい」と熱心に進められたのが歌手デヴューのきっかけ

☆ ウィーン国立歌劇場でのテストを受けたとき、試験官の芸術監督は奥の窓際に立って外ばかり見ていたが、テスト曲の「夜の女王」役の”ハイF”音を歌い上げたときに初めて振り向いて彼女を見つめた。同時に周囲にいた者たちが寄り集まってきて、そのまま事務局に連れて行かれて、即契約!

☆ 音楽評論家のヨハヒム・カイザー教授によると、「マリア・カラス、サザーランド、リタ・シュトライヒなどこれまで数知れぬコロラトゥーラの名歌手たちを聴いてきたが彼女は同等か、それ以上の存在であり、スラブ的な真面目さがあって農民出身らしく浮ついたところがない」とのこと。

☆ グルべローヴァによると、「歌手は経験を積んで来たら絶対にモーツァルトを歌わないといけない。その音楽には宇宙的な広がりがある」。

最後に、グルヴェローバさん安らかにお眠りくださいね、合掌。
https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/056eceeb67b34caaa54b0b85d830de44

グルベローヴァ 夜の女王 - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%99%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A1+++%E5%A4%9C%E3%81%AE%E5%A5%B3%E7%8E%8B&sp=CAI%253D

Gruberova Der Hölle Rache - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=Gruberova+Der+H%C3%B6lle+Rache+

Gruberova - Der Hölle Rache kocht in meinem Herzen
https://www.youtube.com/watch?v=-HXHTHgNfnw&t=10s

Edita Gruberova as "Die Königin der Nacht" - Bayerische Staatsoper 1983


Edita Gruberova Königin der Nacht 1982
https://www.youtube.com/watch?v=P6Ke12fGeEQ
http://www.asyura2.com/24/ban12/msg/373.html#c5

[近代史4] J・F・ケネディ-はヤラセの東西冷戦体制を終わらせようとしたのでユダヤ金融資本に殺された 中川隆
26. 中川隆[-7373] koaQ7Jey 2025年3月20日 20:57:35 : uWGsonBVEI : aVR4WGhVOU1WZXc=[11]
<■193行くらい→右の▽クリックで次のコメントにジャンプ可>
2025.03.20XML
JFK暗殺に関する文書の機密解除で明らかにされない情報
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202503200000/

 アメリカの国立公文書館は3月18日、ジョン・F・ケネディ大統領暗殺記録コレクションに含まれ、これまで機密扱いのため公開されなかった文書のうち約6万3000ページをウェブサイトにアップロードした。今後、さらに文書が公開される予定になっている。ドナルド・トランプ大統領は就任直後にケネディ大統領、ロバート・F・ケネディ上院議員、公民権運動家マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの暗殺に関連する政府文書の機密解除を求める大統領令に署名していた。

 しかし、一般的に言って、最高機密に属す事実の決定や命令は口頭だけで行われ、それに準ずる情報は文書化されていても問題化すれば速やかに廃棄されてしまう。今回の機密解除で決定的な情報が明らかになる可能性は小さいが、想定外の場所から重要な文書が出てくることもあるため、公開を嫌がる人も少なくないはずだ。JFK暗殺の場合、CIAはイスラエルの情報機関に関する情報の開示に異議を唱えていたとされている。

 1963年11月22日にダラスで暗殺される前、ケネディ大統領は強大な勢力と緊張関係にあった。

 例えば、大統領に就任した直後、ケネディはインフレを回避するために鉄鋼会社の経営者と労働者に協力を求めていたのだが、業界のトップ企業だったUSスチールの会長は1962年4月、大統領と会談した翌日に3.5%の鋼材値上げを発表すると通告、実際に値上げを発表、業界第2位のベツレヘム・スチールなども後を追っている。この決定に大統領は怒り、鋼材の購入先をまだ値上げを発表していないルーケンスに変更、鉄鋼産業とケネディ大統領との関係は悪化した。

 第2次世界大戦後、アメリカでは軍や情報機関の好戦派がソ連に対する先制核攻撃を計画、それに対してソ連はキューバへ中距離ミサイルを持ち込んで対抗する。この事実をアメリカ政府は1962年8月に察知、9月には地対空ミサイル発射装置を確認した。10月19日にケネディ大統領は統合参謀本部のメンバーと会い、協議。その中にはCIAのアレン・ダレス長官と同じような好戦派がいた。そのひとりがカーチス・ルメイである。(Jeffrey T. Richelson, "The Wizards of Langley," Westview Press, 2001)

 好戦派は運び込まれたミサイルを空爆で破壊すべきだと主張した。空爆してもソ連は手も足も出せないはずだというのだが、ケネディ大統領はこうした好戦派の主張を拒否。そのかわり、10月22日にキューバにミサイルが存在する事実をテレビで公表、海上封鎖を宣言した。その際に戦略空軍はDEFCON3(通常より高度な防衛準備態勢)へ引き上げ、24日には一段階上のDEFCON2にする一方、ソ連を空爆する準備をしている。

 結局ケネディ大統領とソ連の最高指導者だったニキータ・フルシチョフはキューバ危機を外交的に解決するが、ダニエル・エルズバーグによると、その後、国防総省の内部ではクーデター的な雰囲気が広がっていたという。ちなみに、ジョン・フランケンハイマーが監督した映画「5月の7日間」はケネディ大統領自身の勧めで制作されているが、映画が完成する前にケネディは暗殺された。(Peter Dale Scott, “The American Deep State,” Rowman & Littlefield, 2015)

 ケネディ大統領はイスラエルの核兵器の開発を懸念、ダビッド・ベングリオン首相と後任のレビ・エシュコル首相に対し、半年ごとの査察を要求する手紙を送りつけ、核兵器開発疑惑が解消されない場合、アメリカ政府のイスラエル支援は危機的な状況になると警告。(John J. Mearsheimer & Stephen M. Walt, “The Israel Lobby”, Farrar, Straus And Giroux, 2007)しかもケネディはイスラエル建国のために故郷を追われて難民化したパレスチナ人の苦境に同情、住んでいた家へ戻り、隣人と平和的に暮らす意思のある難民の帰還を認めた国連決議194号の履行を支持している。(Seymour M. Hersh, “The Samson Option,” Random House, 1991)

 キューバ危機を外交的に解決したケネディ大統領は1963年6月にアメリカン大学の卒業式で「平和の戦略」と呼ばれる演説を行い、はソ連と平和共存する道を歩き始めると宣言した。アメリカが軍事力で世界に押しつける「パックス・アメリカーナ(アメリカ支配による平和)」を否定することから演説は始まり、アメリカ市民は「まず内へ目を向けて、平和の可能性に対する、ソ連に対する、冷戦の経過に対する、また米国内の自由と平和に対する、自分自身の態度を検討しはじめるべき」(長谷川潔訳『英和対訳ケネディ大統領演説集』南雲堂、2007年)だと語りかけている。この演説もソ連を核攻撃で破壊しようと目論んでいる勢力を刺激した。

 またケネディ大統領は通貨制度へもメスを入れようとしている。1913年に連邦準備法が制定されて以来、アメリカでは通貨政策を民間の銀行が支配、連邦準備制度に加盟する市中銀行の出資する連邦準備銀行が紙幣も発行していた。第2次世界大戦後にドルが世界の基軸通貨になったことから米英の巨大金融資本が世界の金融に大きな影響力を及ぼすことになった。この仕組みが財政問題の根本にあると考えたケネディ大統領は考えていたのだ。ケネディは1963年6月にEO11110と呼ばれている大統領令を出し、連邦準備制度の枠外で銀兌換紙幣を発行するように命令するのだが、大統領は暗殺され、この命令は取り消されて市中に流通していた紙幣は回収された。

 ケネディ大統領が暗殺されたダラスには情報機関のネットワークが存在していた。例えば市長のアール・キャベルは大統領に解任されたCIA副長官だったチャールズ・キャベル元副長官の弟だ。

 パレードの警護をしていたダラス警察のジョージ・ランプキン副本部長は予備役の第488情報分遣隊で副隊長を務めていたが、隊長のジャック・クライトンはダラスの石油業者で、同業者のジョージ・H・W・ブッシュと親しかったが、第2次世界大戦中にはCIAの前身であるOSSに所属していた。

 大統領がパレードで使ったリムジンは防弾仕様でなく、屋根はシークレット・サービスのウィンストン・ローソンの指示で取り外されていた。またリムジンのリア・バンパーの左右には人の立てるステップがあり、手摺りもついているのだが、パレードのときには誰も乗っていない。

 当初、警察は大統領が乗ったリムジンの両側に警察のオートバイを走らせる予定だったのだが、パレードの前日にシークレット・サービスからオートバイを後ろに下げるように言われている。(James W. Douglass, “JFK”, Orbis, 2008)

 銃撃が始まると、大統領を乗せたリムジンの後ろを走る自動車にいたシークレット・サービスのエモリー・ロバーツは部下に対し、銃撃だと確認されるまで動くなと命令するのだが、これを無視してクリント・ヒルは前のリムジンに飛び乗った。

 ヒルによると、銃撃の後に喉を押さえるケネディ大統領を見てのことで、まだステップに足がかかる前、血、脳の一部、頭骨の破片が自分に向かって飛んできて、顔、衣類、髪の毛についたとしている。ステップにヒルの足がかかった時、大統領夫人のジャクリーンもボンネットの上に乗り、大統領の頭部の一部を手に触れようとしていた。その時、大統領の頭部の中が見えたという。リムジンの前方から銃撃されたことは決定的だ。(Clint Hill with Lisa McCubin, “Mrs. Kennedy and Me”, Gallery Books, 2012)

 ケネディ大統領の死亡が確認されたのはダラスのパークランド記念病院。死体を見た同病院のスタッフ21名は前から撃たれていたと証言、確認に立ち会ったふたりの医師、マルコム・ペリーとケンプ・クラークは大統領の喉仏直下に入射口があると記者会見で語っている。前から撃たれたということだ。

 その後、ペリーにベセズダ海軍病院から電話が執拗にかかり、記者会見での発言を撤回するように求められたという。これは同病院で手術や回復のための病室を統括していた看護師、オードリー・ベルの証言。ペリー本人から23日に聞いたというが、数カ月後にそのペリーは記者会見での発言を取り消し、喉の傷は出射口だとする。ウォーレン委員会でもそのように証言した。(Peter Janney, “Mary’s Mosaic,” Skyborse, 2013)

 大統領の死体は法律を無視してパークランド記念病院から強引に運び出された。検死の責任者だったアール・ローズは激しく抗議したが、シークレット・サービスは銃口をそのローズに突きつけて持ち去ったのだ。ローズが退かなければ撃たれていただろうと現場にいた医師のチャールズ・クレンショーは語っていた。検死解剖はワシントンDCのベセズダ海軍病院で行われたが、担当した軍医のジェームズ・ヒュームスは検死に不慣れだったとも言われている。(Daniele Ganzer, “USA The Ruthless Empire,” Skyhorse Publishing, 2020)

 パレードでは沿道の警備も不自然だった。少なくとも沿道の建物の窓は閉めさせ、開いていれば捜査官を派遣してチェックさせるのが当然である。そうした状況下で保安官が警備からはずされ、警察の警備体制を緩くさせたりしている。

 シークレット・サービスはパレードのコースも当日になって変更している。当初、本通りを直進する予定で地元紙もそのように報道していたのだが、ヒューストン通りを右折、エルム通りとの交差点、オズワルドが働いていた教科書ビルの直前で左折するよう変えられた。

 銃撃の直後、ダラス警察のジョー・マーシャル・スミスは「グラッシー・ノール(草で覆われた丘)」へ駆けつけ、硝煙の臭いを嗅いでいる。そこで近くの駐車場にいた自動車修理工のように見えた男を職務質問したところ、シークレット・サービスのエージェントだということを示されたのだが、そこにシークレット・サービスの人間は配置されていなかったことが後に判明している。

 暗殺の直後にリー・ハーベイ・オズワルドが逮捕されたが、そのオズワルドは逮捕当日に硝煙反応テストを受け、反応は出ていない。暗殺当日にオズワルドの妻マリーナから警察は事情聴取しているが、彼女はロシア語しかできないため、イリヤ・ママントフなる人物が通訳として呼ばれた。このママントフは共和党の活動家で、「赤の脅威」についてダラスで講演していたことでも知られている。ウォーレン委員会におけるママントフの証言によると、通訳の件で最初に電話してきたのはクライトン。ついで、ランプキン副本部長が連絡してきたという。

 暗殺事件に関する調査はアール・ウォーレン最高裁長官を委員長とする委員会で行われた。この委員会は設置したのは副大統領から大統領へ昇格したリンドン・ジョンンソン。1963年11月29日のことだ。委員会のメンバーはウォーレンのほか、リチャード・ラッセル上院議員(当時、以下同じ)、ジョン・クーバー上院議員、ヘイル・ボッグス下院議員、ジェラルド・フォード下院議員、アレン・ダレス元CIA長官、ジョン・マックロイ元世界銀行総裁がいた。そして主席法律顧問はリー・ランキン。

 このうちダレスはウォール街の弁護士で、大戦中から破壊活動を指揮し、ケネディ大統領にCIA長官を辞めさせられた人物。マックロイはウォール街の大物で、大戦の後に世界銀行の総裁を経てドイツの高等弁務官としてナチスの大物たちを守っている。フォードはフーバーFBI長官に近いと言われているが、議会における最良のCIAの友人と評価するメディアもあった。ランキンはCIAとFBIにつながり、ダレスは委員会の中で唯一の専従だ。(Daniele Ganzer, “USA The Ruthless Empire,” Skyhorse Publishing, 2020)ダレスの側近で1966年6月から73年2月までCIA長官を務めたリチャード・ヘルムズによると、彼がダレスを委員にするように説得したのだという。(David Talbot, “The Devil’s Chessboard,” HarperCollins, 2015)

 このウォーレン委員会が報告書を出した3週間後の1964年10月12日にひとりの女性が散歩中に射殺された。その女性、マリー・ピンチョット・メイヤーはケネディ大統領と親しかった。銃弾の1発目は後頭部、2発目は心臓へ至近距離から撃ち込まれている。マリーの元夫であるコード・メイヤーはCIAで秘密工作部門の幹部を務めていた人物。ふたりは1958年に離婚している。

 そのケネディ大統領が暗殺された直後にマリーは友人でハーバード大学で心理学の講師をしていたティモシー・リアリーに電話し、泣きじゃくりながら「彼らは彼をもはやコントロールできなくなっていた。彼はあまりにも早く変貌を遂げていた。・・・彼らは全てを隠してしまった。」と語ったという。(Timothy F. Leary, Flashbacks, Tarcher, 1983)

 実は、ダラスを訪れる前、11月2日にケネディ大統領はシカゴを訪問する予定になっていた。そのシカゴで大統領を暗殺する計画があるとする警告が警備当局に対し、2カ所からもたらされた。ひとつはFBIの情報源から、もうひとつはシカゴ警察のバークレー・モイランド警部補からだ。こうしたこともあり、ケネディにシカゴ訪問は取りやめになる。

 そうした情況にあったため、大統領の周辺、例えばウイリアム・フルブライト上院議員たちは大統領に対し、ダラス行きを中止するようにワシントンDCで20日に忠告している。(Anthony Summers, "The Kennedy Conspiracy," Paragon House, 1989)

 ケネディ大統領暗殺の公式ストーリーはウォーレン委員会の報告書に書かれているが、それが事実に反していることが発表直後から指摘された。研究者やジャーナリストだけでなく一般の人もさまざまな形で調査研究を開始、公式ストーリーは崩れ始めた。その崩壊を食い止めるために編み出された呪文が「陰謀論」にほかならない。
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