69. 2020年6月16日 12:14:29 : WfPiB1ysqE : ankwVFlXRWlyRWs=[1]
政治は数。
これが今までのやり方。
これからも、続かかどうかは有権者次第。
野党共闘で数を集めても、結局、各自は自分が可愛い。
自分の取り分に執着する。
すべての議員とはいわないが、野党といえども本質は与党と同じ、糞みそのなかま。どの組織に入るかは、そのときの偶然が作用する。
理想と現実は違う。
理想は金にならないが、
現実は金になる。
おおかたの人間は金を選択する。
したがって、与党も野党も人間がもつ醜さの量に対して変わらない。
この醜さに関しては有権者も同じ。
だから、個人的に利権を運んでくる立候補者を選び、支援する。
何故なら、金になるからだ。
だから、どの立候補者が一番信用できるかどうかは有権者によって違う。
さて、私は都民ではないから票は持たない。
票は持っていないが、どの候補者を取捨選択するとしたら、
1、公約は美しかったが実現しようと努力しなかった立候補者は捨てる。
2.概念的スローガンをかかげる立候補者は捨てる。
3.カタカナ語を多用し、イメージ作戦をする立候補者は捨てる。
4、視線が社会の底辺層にある立候補者は拾う。
5、しがらみにがんじがらめの立候補者は捨てる。
まだ、他にもあるが、このへんでやめとく。
人間はえてして変わる生き物だからね、それも仕方がない。
彼らとて生き延びなければならないから、ときに嘘をつく。