2. 2015年12月21日 11:03:19 : e9xeV93vFQ : X@Yfiwe5Mok[1]
9年ぶりの米利上げに見る2つの風景
米国の「明」と中国の「暗」
2015.12.20(日) 武者 陵司
米FRB、9年半ぶり金利引き上げ 金融危機対応に幕
米ニューヨーク証券取引所で、連邦準備制度理事会の利上げを報じる画面を見つめるトレーダー(2015年12月16日撮影)。(c)AFP/Getty Images/Spencer Platt〔AFPBB News〕
(1)明──米国、米国で見られる新時代の萌芽
労働と資本の余剰、顕著に減少
2006年以来9年ぶりの米国の利上げは、米国経済がリーマン・ショックの後遺症を完全に払しょくした自信の表れと言える。
リーマン・ショック後の大不況の困難は、2000年以降のIT革命の進行による生産性の上昇により生まれた余剰労働力、余剰資本が2007年まで建設部門(=バブル産業)に吸収されていたものが、バブルの崩壊により一気に顕在化し、戦後最大の失業・賃金停滞とカネ余り・低金利を引き起したことにある。
(カネ余り・低金利の原因は各国中央銀行による量的金融緩和であるとする見解が多くみられるが、それは見当違いであろう。量的金融緩和がもし打ち出されなかったら、各国の経済不況は一段と深刻化し、資本はリスク回避を強めて安全資産である現金・国債に集中し、さらなる金利低下をもたらしたであろう。低金利は量的金融緩和があろうとなかろうと起こっていた事であり、それはより深い歴史的現実〜IT革命による資本余剰〜に起因していると言える。)
この労働力と資本の余剰が、辛抱強い量的金融緩和によりほぼ解消しつつある。
図表1は失業率推移であるが2009年のピーク10.0%から直近では5.0%まで低下した。また図表2により米国企業のフリーキャッシュフローを見ると、2000年以降の大幅な余剰がほぼなくなっている。設備投資額の増加が好調なキャッシュフローに追いついてきたためである。
さらにようやく労働賃金が上昇し始め(図表3、4)、2000年以降急低下していた労働分配率が底入れから上昇に転じ始めた(図表5)。この労働分配率の低下こそ、企業収益を歴史的水準に押し上げた(図表6)主因であり、企業の過剰貯蓄の根本原因でもあった。
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IT革命下のライフスタイルの向上、個人サービス需要の急拡大
さて、労働分配率の低下を引き起したものこそIT革命であったと考えられるが、そのIT革命が依然進行する中に労働分配率の低下が止まったとすれば、その理由は何なのか。それは労働需給が改善し、賃金上昇に弾みがつき始めたからに外なるまい。
米国の雇用がどこで増加したのかを図表8で見ると、教育医療、専門サービス、娯楽観光など、ひとえに個人向けサービス分野であることが鮮明である。IT革命の下でのイノベーションと個人のライフスタイルの向上が進行し、個人向けサービス需要が急増しているのである。情報化時代の新ビジネスモデルと新ライフスタイルが垣間見える。
在宅勤務、ビジネスマンの兼業の一般化、アウトソーシングの一般化、新ネットワークビジネスの誕生、ネットによる物流が主チャンネルになりつつあることなどにより、個人生活の一層のフレキシブル化が進行している。
実際、米国の個人消費をけん引しているのがサービス分野であることは、図表9のISM非製造業指数の上昇を見ても明らかである。
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このように米国では、リーマン・ショック後の辛抱強い量的金融緩和により、個人のライフスタイル変化を伴った新規需要がサービス分野において勃興し、それが労働と資本の余剰を大きく吸収し始めたと言える。企業収益段階にとどまっていたIT革命の成果がようやく個人のライフスタイルを変え、生活水準の一段の向上に結び付きつつあり、それは米国において歴史を画する情報ネット新時代の萌芽が見られ始めていると評価できる。
米国流の新ライフスタイルの向上と個人生活水準向上は、今後ユーロ圏や日本などに伝播していくものと見られる。
いち早くデフレ危機から脱出へ
米国においてはデフレに陥る危機は去ったと考えられる。
米国の長期金利が日欧のそれを1%以上、上回って推移しているのはそれを如実に示している。それは米国株式の高バリュエーションにも表れている。12月16日の米国利上げを可能にしたものは、そうした労働余剰と資本余剰の顕著な減少であった。
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(2)暗──中国、元切り下げの誘惑にかられないか
人民元不安を強めるか
他方、米利上げが悪影響をもたらす最大の懸念は、人民元の不安定化であろう。景気失速が止まらない中国にとって、元安は自然で、かつ望ましい。
第一に、大きく落ち込んでいる輸出を立て直すためには輸出競争力の回復が必要である。図表12に見るように、今や中国の人件費はアジア新興国の中で最も高くなり、中国からASEANなど他国への工場移転が急速に進行している。元安はその流れを食い止めるためには必須である。
第二に、至上命題である不動産バブル崩壊を回避するための度重なる金融緩和を実効性のあるものにするためにも、元安が望ましい。元高を維持するための元買いドル売り介入は、国内の金融緩和を相殺してしまう。
とはいえ、8月のIMFの勧告に基づく為替変動幅拡大を理由とする元安誘導は市場の大パニックを引き起こし失敗した。そうした中での米利上げは元安を希求する中国当局にとって、格好の口実となりえる。中国当局がその誘惑にかられないとも限らない。
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元安は両刃の剣
しかし、元安は中国にとって両刃の剣である。それによって巨額の資本流出に歯止めがかからなくなる恐れがあるからである。
中国の巨額の外貨準備の過半は対外債務に基づくものであり、ひとたび中国で経済失速不安、バブル崩壊不安、元下落不安が起きれば、巨額の対中国投資資金が堰を切ったように流出する恐れがある。また中国人自身も資本の海外逃避を加速させるだろう。
そうなると人民元相場はアンコントローラブルの急落となる可能性がある。元の急落は設備過剰に悩む中国企業を輸出ドライブに駆り立て、市況下落を引き起すばかりか輸出先国のシェアを奪うことで世界中にデフレ圧力を高める。また中国国内では外国資本の引き上げが金融をタイトにし、バブル崩壊を促進するという経路も考えられる。巨額の海外資本に依存してきた中国にとって、人民元の扱いはアキレス腱なのである。
つまり、今回の利上げが引き起こす最も危険な連鎖は、可能性は低いものの中国人民元急落にあると言える。
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(*)本記事は、武者リサーチのレポート「ストラテジーブレティン」より「第152号(2015年12月18日)」を転載したものです。
(*)本記事の情報に基づく損害について株式会社日本ビジネスプレスは一切の責任を負いません。投資対象および銘柄の選択、売買価格などの投資にかかる最終決定は、必ずご自身の判断でなさるようにお願いします。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45595
李克強指数で中国経済を判断すると間違える理由
2015.12.21(月) 瀬口 清之
訪仏中の中国首相、温室効果ガス排出削減目標を発表
仏パリのエリゼ宮で、昼食会の前にフランスのフランソワ・オランド大統領(右)の出迎えを受ける中国の李克強首相(左、2015年6月30日撮影)〔AFPBB News〕
1. 李克強指数とは
李克強指数から判断すれば中国の成長率はもっと低いはずだという見方に対し、これまでもしばしばその誤りを指摘してきた。
しかし、最近になっても、政府機関、有識者、メディア報道等において、李克強指数で中国経済を判断している例は枚挙にいとまがない。そこで改めて、この問題について論点を整理してみたい。
李克強指数というのは、以前李克強総理が総理に就任する前に、中国の経済指標で信頼できるのは、電力消費量、鉄道貨物輸送量、中長期の銀行貸し出しの3つであると述べたことから、このような名前が付けられた。
結論から言えば、李克強指数を見て中国経済を判断できた時代は過ぎ去った。10年前であれば、ある程度意味のある指標だった。
その後、中国経済の構造は大きく変化したため、今では李克強指数を見て判断すれば、確実に実体経済に比べて下方バイアスがかかる。したがって、中国経済を客観、中立的に分析する場合には李克強指数を用いるべきではない。以下ではその理由を説明する。
2.中国経済のサービス化
李克強指数に含まれる3つの指標のうち、電力消費量と鉄道貨物輸送量は製造業の生産動向に左右されやすい一方、サービス産業の動向は反映しにくい。
製造業の生産拠点は高炉、造船所、石油化学コンビナート、自動車工場、半導体工場など電力多消費型である。サービス産業の生産拠点であるオフィスビル、商店、レストラン、病院、学校などに比べて電力消費量が桁違いに大きい。
また、鉄道貨物は製造業の生産に必要な原材料や生産された製品を運ぶ手段であり、サービス業にはほとんど無縁である。
このように、電力消費量と鉄道貨物輸送量は製造業の生産動向を判断するのに適した経済指標である。したがって、製造業の動向が中国経済の動きを代表していた時代には、李克強指数は中国経済を判断するうえである程度有益な指標だった。
しかし、ここ数年、中国経済は急速な構造変化の時代に入っている。
図1を見ると、2012年以降、中国のGDP(国内総生産)に占める製造業のウェイトが急速に低下する一方、サービス産業のウェイトが急上昇していることが分かる。
習近平政権は「新常態」(=ニューノーマル)を経済政策運営の基本方針に掲げ、重化学工業を中心とする過剰設備の削減を進めている。このため、製造業の生産の伸びは大幅に低下した。
製造業のウェイトが高かった2003〜06年には工業生産が毎年16〜17%も伸びていたが、足もとの伸び率は5〜6%だ。
一方、サービス産業と関係の深い小売総額を見ると、2003〜06年は13〜15%だったのに対して、今も10〜11%と小幅の低下にとどまっている。このように製造業とサービス業の伸び率は完全に逆転し、その結果、GDPに占めるウェイトが図1のように急速に変化している。
図1 GDPに占める産業分野別ウェイト(資料:CEIC)
習近平政権が堅持する「新常態」(=ニューノーマル)の政策運営方針の下、過剰設備の削減は少なくとも今後2〜3年は続く一方、都市化の進展に伴うサービス産業の発展も続くと見られていることから、この構造変化は今後一段と顕著となる見通しである。
このような構造変化をGDP成長率の寄与度の観点から見ると、図2にあるように、2012年以降、製造業の寄与度が急速に縮小する一方、サービス産業は寄与度を維持している。
これは、中国経済の成長の牽引役がすでに製造業からサービス産業に移ったことを明確に示している。
3.重化学工業の停滞と電力需要減少
このように経済のサービス化の急速な進展を背景に、製造業と関係の深い李克強指数が実体経済の動向を適切に反映しなくなっている。
それに加え、製造業の中でもとくに過剰設備問題が深刻な鉄鋼、アルミ、造船、石油化学、ガラスといった重化学工業分野の停滞が、李克強指数と実体経済の乖離に追い打ちをかけている。
重化学工業は製造業の中でもとくに電力多消費型の産業であるため、この分野の停滞は、他の産業以上に電力消費量を減少させる影響が大きい。
図2 実質GDP成長率の産業分野別寄与度(資料:CEIC)
さらに、中国の重化学工業は従来より電力の浪費が問題視されていたことから、近年省エネ努力を進めてきている。
今でも日本企業に比べれば、さらなる省エネの余地は大きいが、以前の浪費レベルに比べれば大幅な改善が見られている。これも電力消費量を実体経済の伸びに比べて押し下げる要因となっている。
4.鉄道貨物からトラック輸送へのシフト
貨物輸送については、経済発展に伴って高速道路等の整備が進むと、トラック輸送の利便性・効率性が大幅に向上することから、鉄道輸送からトラック輸送へとシフトする(図3参照)。
このため鉄道貨物輸送量は経済全体の成長速度に比べて伸び悩む。
この現象は、かつて日本の高度経済成長期(1955〜75年)においても同様に見られた(図3参照)。当時の日本では高い経済成長が続いていたにもかかわらず、鉄道貨物輸送量はほぼ横ばいで推移した一方、トラック輸送だけが高い伸びを示した。
現在、中国でも同様の現象が起きていると見るべきである。
中国でも高速道路の整備が急ピッチで進む中、貨物輸送の主役はトラック輸送である。とくに中国の鉄道貨物は、貨物を発送してから目的地に到着するまでの日数が何日かかるか分からないという問題も抱えていることから、トラック輸送を利用するニーズが強い。
このため、李克強指数の鉄道貨物輸送量は実体経済の伸びから大きくマイナス方向に乖離した推移を辿っている。
図3 中国と日本の貨物輸送量(資料:CEIC)
5.中国の経済統計に関する誤解
以上の説明により、李克強指数で中国経済を判断すれば実体経済に比べて下方バイアスのかかった見方になることが明らかになったと思う。
李克強指数の問題に加え、中国の経済統計に関してよく耳にするもう1つの誤解がある。それは、中国の経済統計は政府が都合のいいように操作しているので信用できないという誤解である。
確かに中国の経済統計の作成方法は日米欧諸国と大きく異なる部分があるため、単純に比較することができない。
たとえば、GDPの推計方法を見ても、日米欧諸国は支出法を採用しており、消費、設備投資、政府支出、輸出、輸入、在庫といったコンポーネント別に推計して合算している。
これに対して、中国では生産法を主に採用しており、第1次産業(農林水産業)、第2次産業(製造業)、第3次産業(サービス産業)の産業分野別に推計して合算する。中国政府は支出法による推計結果も公表しているが、年1回である。
また、各地方政府が各地域のGDP(GRPという方が適当)を推計しているが、地方の成長率の平均が国家全体のGDPを上回ることはよく指摘されている。地方政府の推計するGDP推計については、国家統計局が関与しておらず、その推計の精度も保証されていない。
しかし、そうした問題点を含んでいることを十分理解したうえで、中国全体および各地方のGDPなどの経済指標を時系列で比較すれば、経済情勢を分析・判断することは可能である。
また、中国は地域別に貧富の格差が非常に大きく、所得水準が高い北京市、上海市と極めて低い甘粛省、貴州省の農村を比較すれば、依然として数倍の格差が存在する。これほど生活水準が異なると、消費生活の中味が全く異なる。
北京や上海では教育費、医療費、娯楽費、外食費などのウェイトが高いが、貧困地域ではそもそも高等教育機関、塾、高水準の医療機関、レジャー施設、中級以上のレストランなどがない。
これほど生活水準が異なる地域が国内に併存している状況で、統一的に消費者物価などの経済データを計測するのは極めて難しいというのも中国独自の問題である。
しかし、中国政府内でマクロ経済政策担当の人々はこの分析・判断が難しい経済を分析し、的確に経済政策を企画・運営している専門家である。
彼らは国家統計局が公表する経済統計指標だけでは多様な中国経済の実情を理解するには不十分であることを知っているため、各地の実情を把握するためにしばしば中国各地に出張し、実体経済の実情を自分の目で見て分析・判断している。
その分析の基本にはやはり国家統計局が公表している各種の経済統計を用いている。これは、彼らと1991年以来ずっとフランクに意見交換してきた筆者の経験から分かることである。
もし彼らが経済分析に際して公表統計とは異なる統計を用いていれば、すぐに分かる。実際、彼らと中国経済について議論する際の判断材料となる経済指標はほとんどが国家統計局の公表統計である。
もしこの統計が政府の都合のいいように操作されていれば、実体経済と経済指標の動きに乖離が生じる。そんな統計に基づいて経済分析を行えば、分析結果は不正確となり、それに基づく政策判断も間違える。
それは経済政策運営にとって致命傷になりかねない。マクロ経済政策に携わる人間にとって、経済統計は最も重要な判断材料であり、それが信用できなければ仕事にならないのである。
中国経済統計は日米欧諸国の統計指標とは異なっているため、単純に比較することはできないが、総合的かつ時系列的に分析すれば、中国経済の実情を分析・判断することは十分可能である。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45574
原油安で本当は誰が泣き、誰が笑っているのか
サウジの究極的体力勝負で減産見送り、あの組織も大打撃
2015.12.21(月) 加谷 珪一
米国は原油の世界最大の消費国。原油安による恩恵は大きい。新車販売も好調だ(写真はイメージ)
OPEC(石油輸出国機構)が減産見送りを決定したことで、原油価格は当分の間、低迷することがほぼ確実となった。原油安は石油を大量に消費する先進国にとってはメリットが大きいが、物価上昇を抑制させるリスクがあるほか、新興国の経済にとっては直接的な打撃となる。
原油価格の動向は経済的な側面で報道されることが多いが、原油安の継続は、実は政治的なインパクトの方が大きい。原油安の継続によって、ロシアやベネズエラなど資源価格に依存してきた反米的な国々の財政が危険な状態に追い込まれている。また活動資金の多くを原油の密売に依存しているIS(イスラム国)にとってもそれは同じである。結果論かもしれないが、想定外の原油安の継続は、米国にとってメリットが大きい。
原油安はロシア経済を直撃
原油安でもっとも打撃を受けているのはやはりロシアだろう。ロシアは世界的に見ても有力な産油国の1つである。ロシアの原油産出量は1日当たり約1000万バレルとなっており、世界最大の産油国である米国やサウジアラビアに匹敵する産出量を誇っている。
だがロシアには目立った産業がなく、原油をはじめとしたエネルギー輸出以外に外貨を稼ぐ手段がない。ロシアは2013年に年間約5000億ドルの輸出を行っているが、その7割は石油などエネルギー関連であり、原油だけでも約2500億ドルに達する。
2013年には原油価格が1バレル100ドル前後だったが、現在は40ドルを切る水準まで下落している。単純計算すると、ロシアの輸出額は3割以上減少したことになる。金額ベースでは毎年18兆円以上の損失だ。
これに加えてロシアはクリミア侵攻にともなう経済制裁を各国から受けており、通貨ルーブルは暴落している。クリミア侵攻以前と比較してルーブルの対ドル・レートは半分に下落しており、ロシアからは資金流出が続いている。
ロシアには米国や欧州のようなグローバルな金融市場がなく、外貨の調達は海外市場か石油の輸出に限定されてしまう。ロシアは軍事的オペレーションを継続するため、ドルなどの外貨を必要としているが、軍事的オペレーションによって外貨の獲得がさらに困難になるという皮肉な状況となっている。
ちなみにロシアは、近年、建艦技術の遅れが目立っており、自前で高性能な艦船を準備することができない状況にある。このため、フランスから最新鋭の強襲揚陸艦2隻を購入し、うち1隻を北方領土対策として日本海に配備する予定だった。だが西側による経済制裁の結果、購入計画は撤回され、揚陸艦を準備できない状況となっている。
ロシアでは10%を超えるインフレが続いており、ロシア中央銀行は一時、政策金利を10%台後半まで引き上げるという状況まで追い込まれた(現在は11%)。国内では外貨建ての住宅ローンの返済ができずに破たんする人や、生活必需品の調達に苦慮する人も出てきている。
ベネズエラの独裁政権は瓦解寸前に
ロシアと共に、原油価格下落の影響を大きく受けたのが、反米を掲げ、社会主義的な政策を強引に推し進めてきた南米のベネズエラである。12月6日に行われた総選挙では、中道右派の野党連合民主統一会議が3分の2の議席を獲得し、大勝利を収めた。
同国では1998年、経済悪化などによる政治不信を背景に、軍人出身のチャベス氏が大統領に当選。企業の国有化など社会主義的な政策を推し進めてきた。外交的には「反米」を掲げ、キューバやロシア、中国に接近、チャベス氏は自らの政策を、南米諸国における独立運動の指導者であるシモン・ボリバルにちなんでボリバル革命と呼んだ。
一方、チャベス政権は民主主義者など野党勢力に対しては徹底的な弾圧を加えており、野党指導者であるロペス氏は身柄を拘束された。チェベス氏は2013年にがんで死去したが、バス運転手出身の副大統領マドゥロ氏が大統領に就任、チャベス路線を継承している。
非民主的なチャベス路線が維持できた背景にあるのは、2000年代後半に進んだ原油高である。ベネズエラは輸出の95%以上を石油が占めるという完全な石油依存型経済である。原油価格の高騰で同国の財政は潤い、低所得者向けにバラマキ政策を継続したことで、チャベス路線に対する高い支持が続いた。
この風向きが変わるきっかけとなったのは、2014年から始まった原油価格の下落である。原油価格の下落は、国家収入のほとんど原油に頼るベネズエラ経済を直撃した。もともとベネズエラには目立った産業がなく、20%台の高いインフレ率が続いていたが、原油価格の下落によってインフレが加速、2014年のインフレ率は40%に達し、今年はすでに200%以上の高インフレ状態となっているとも言われる。
米国は以前から公然と反米を掲げるベネズエラへの対応に苦慮していたが、原油価格の下落によって、独裁政権は自壊し始めている状況である。米国にとっては非常に好都合だ。
ISは何とシリアに石油を売って資金を確保している
原油価格の下落は、目下最大の国際問題となっているIS(イスラム国)の活動にも影響を与えるかもしれない。その理由は、ISの活動資金の多くが石油の密売によって得られているからである。
ISは国際的な密売業者を介して石油を輸出しており、これによって活動資金の多くを獲得している。ISは国際的に孤立しているので、表向きはISから石油を買う国は存在しないはずである。しかし、現実にISは石油の密売を行っており、相応の外貨収入を得ることに成功している。そして、ISが主に石油を売っている先は何と敵対するシリアである。
シリアのアサド政権はISと内戦状態にあるが、シリア国内では油田の多くをISに制圧されており、石油を確保することができない。このため、密売ルートを通じて、敵対するISから石油を買うという矛盾した状況に陥っている。ISが外貨を欲しがるのは、当然のことながら外国製の武器を購入したいからである。つまりシリアはISから石油を買うことで、ISが武器を購入するための貴重な外貨を提供していることになる。
最近ではこれに加えてトルコがISから石油を購入しているのではないかとの疑惑が持ち上がっている。
シリアとトルコの国境付近において11月24日、トルコ軍機がロシアの戦闘爆撃機を領空侵犯で撃墜するという事件が発生した。ロシアはトルコの行動に対して激しく反発しており、プーチン大統領は、トルコのエルドアン大統領一家がISの石油密売に関与していると名指しで批判する事態となっている。この話が本当なのかは不明だが、もし本当であれば、トルコも表面的には敵対しながら、背後ではISから石油を購入していることになる。
減産見送りでISの財政は苦境に
ちなみに、ISは1日あたり4万バレル程度の石油生産能力があるといわれている。現在、原油価格は1バレル40ドル前後で推移しているので、ISは年間で6億ドル(720億円)ほどの収入を得ている計算だ。密売価格のレートはもっと安いと考えられるので、現実的な金額はさらに少なくなる可能性が高いが、それでも500億円程度の収入はあるだろう。
さらにいえば、原油価格は今年の前半は約60ドル、昨年は100ドル前後の水準だったので、ISには今の2倍以上の豊富な資金が流れ込んでいたことになる。これだけの金額があれば、近代的な兵器をある程度の水準まで装備することは難しいことではない。
逆に言えば、石油によるISの資金源を絶たないと、ISの活動を本当の意味で抑制することは難しいということになる。
その点で考えれば、今回のOPECによる減産見送りは、ISの活動能力を低下させる効果があるだろう。原油価格が安ければ、わざわざ密売ルートの石油を欲しがるユーザーは減ってくるからだ。また安い価格からさらに大幅にディスカウントすれば、純収益はさらに小さくなってしまう。
今回のOPECの決定は、最大の産油国であるサウジアラビアが、究極的な体力勝負に出たことを意味している。ロシアやベネズエラといった他の産油国はサウジアラビアと比較すると採掘コストが極めて高い。こうした高コストな産油国の事業者が撤退するまで、減産は行われないだろう。当分の間、ロシアとベネズエラそしてISは苦しい立場に置かれることになる。
サウジが減産に応じない理由
一連のサウジアラビアの行動は、表面的には米国のシェールガス事業者を撤退させることが狙いといわれている。だが、減産を見送るサウジと、減産を求める他の産油国との亀裂は大きく、OPECの内部はガタガタであるともいわれる。産油国の盟主であるサウジアラビアが、OPECという組織を犠牲にしてまで、米国のシェールガス事業者と張り合う合理性は少ない。
欧米メディアでは、サウジが減産に応じないのは、米国との何らかの合意があるとの報道も一部にはある。
減産せず体力勝負に持ち込み、シェア争いで勝利するという戦略は、サウジ側のメリットを総合的に判断した結果だろう。だが、明示的な合意はなくても、サウジ側がある程度、米国に恩を売る目的で、米国側の意向を汲んだことは想像に難くない。
米国は世界最大の石油産出国だが、一方で最大の石油消費国でもある。原油価格の下落は、米国にとって最終的にはニュートラルか、消費拡大のメリットが上回る。実際、原油価格下落後は、燃費の悪い大型車が飛ぶように売れており、新車販売は絶好調である。
これに加えて、ロシアとベネズエラが経済的苦境に陥り、ISの資金源にも制約が出るということであれば、米国にとってはメリットの方が大きい。政策金利の引き上げで微妙な時期ではあるが、米国にとって原油安を積極的に転換させるインセンティブは少ないだろう。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45567
http://www.asyura2.com/15/hasan103/msg/687.html#c2