3. 2015年12月09日 22:02:18 : plKjhRw0PI : GJKljIJDpc0[1]
反体制派にとっては地獄というが、西側の思うような反体制派など中東アラブには存在しない。
そんなことは湾岸戦争からこの方学んできたはずだが、まだわかっていない脳タリンがいるんだな。
アサドの独裁を非難する連中は、なぜだかサウジやカタールなどの王政という名の油田の番人たちの部族国家を非難しないんだよな。
ここの独裁は西側の基準をなにひとつ満たしていない。
アラブの民主化の実相は、宗派の対立というよりはイスラム的であるかないかの宗教的純化性と近代主義との相克、その超克に集約される。
西側が言うアラブの民主化は、アラブの民主主義を意味していない。
アラブの民主主義とは、ムスリムの支配を指すのか、またはさまざまな民族、宗派を囲い込んでアラブ人と規定した上で国をつくることをいうのか、大枠で言うならこの二つが命題であって、どちらの政体にも上から蓋をする疑似神権王政や強権を冠した大統領の独裁がなければ、砂上の楼閣ゆえにあっという間に崩壊、地獄絵図が現出してしまう。
アラブ民族主義もイスラム主義もその意味ではコインの裏表であり、アサドやフセインやカダフィーの支配した、あるいは支配している世俗主義はアラブ民族主義とイスラム主義の折衷案であり、ゆえに西欧から見れば民主主義国家に見えないという批判は、苦肉の策から国家(ナショナル)を上から押し付けねば国民という概念が生まれ得なかったアラブでは仕方のないものである。
アサド体制だけを独裁者の非情国家だと誹る連中は、ただのご都合主義者かキレイ事を振りかざしたいだけの欧米の買弁主義者だろうさ。