6. 母系社会[1133] leqMbo7Qie8 2016年1月19日 20:26:54 : F0EB2AhS8s : 9xcB2xEure4[1]
●新約聖書の「マタイによる福音」(第10章・第34〜第39節)には・・・
「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。わたしは敵対させるために来たからである。 人をその父に、 娘を母に、 嫁をしゅうとめに。
こうして、自分の家族の者が敵となる。わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない。また、自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。自分の命を得ようとする者は、それを失い、わたしのために命を失う者は、かえってそれを得るのである。」とある。
ここで、マタイは<神>であるキリストは「自分の家族の者が敵となる。わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。」、つまり、キリストは、人間である信者の両親や子供よりも上位の絶対的存在=超越的存在という<神>の言葉を伝えている。
●このような超越者としての<神>を認める宗教は、イスラム教だけでなくキリスト教や、日本の天皇やチベットのダライ・ラマのような「生き神」を信仰する「天皇教」(アマテラス教)やチベット仏教も同じである。
当初は人間を守護する存在が<神>であったが、どのような宗教であれ、この<神>という概念を突き詰めてゆくと教義的には逆転して、<神>が支配者で人間は<神>の「しもべ」となるパラドックスが生じてしまうのである。
●ダライ・ラマを「生き神」とするチベット仏教は仏教以前の「クマリ」信仰のような土着宗教と仏教の混合宗教。釈迦が生きていた頃の仏教は、死後を論じない「宗教」だったので、どちらかと言えば宗教というよりも思想運動だった。
だから、仏教では「生き神」などあり得ないのだが、今でもチベットでは、チベットを昔のような「生き神」信仰のチベットに戻すために、約140名もの信者が焼身自殺を図るという悲劇が起きているという。
★チベット研究者の木村肥佐生氏(亜細亜大学教授)は、現在の14世の先代13世は長生きしたので別だが、その前の成人前後に急逝した10世・11世・12世の3名のダライ・ラマは毒殺と推定している。かつて、チベットの貴族や官僚、高級僧侶などの支配階級は、言うことを聞かないダライ・ラマは暗殺した。
★つまり、チベットの支配階級にとってダライ・ラマは「生き神」などではなく、彼らが民衆を奴隷のような状態にして支配するための「繰り人形」に過ぎなかった。しかし、宗教イデオロギーは、「天皇イデオロギー」のように精神の遺制として残るので簡単には消滅しない。だから、今でもダライ・ラマを「生き神」と考える民衆は少なくないようだ。
現在の14世の先代である13世の治世の約40年間、中国は列強の侵略で大混乱に陥っていたために、中国からの干渉が無くなり、チベットは半ば独立し、半ばイギリスの影響下にあった。
それで、イギリス大使は13世に、チベットを近代化するようにアドバイスしていたが、封建的な支配階級の抵抗でチベットは近代化されなかった。一方、中国本土では漢民族は多大な犠牲を払いながらも、半ば近代化した。だから、解放軍によりチベット軍は簡単に撃破されてしまったのである。
●現在の14世はチベットに居た若い頃、中国共産党への入党を考えてチベットを近代化しようとしていたと証言している。つまり、解放軍が侵攻しなかったら、現在の14世も、10世〜12世のように暗殺された可能性があった。
しかし、現在、チベットの旧支配階級は追放され瓦解し、多くの民衆も覚醒した。また、日本や欧米と同じように、近代化により宗教を信じる人自体が減少している。だから、チベットが元の「神が支配する国」のような状態に戻る可能性はなく、チベット仏教は無害となった。
また、亡命政府側も独立要求は放棄した。ダライ・ラマを<神>と信仰し、それが生活の支えとなっている民衆がいる以上、焼身自殺を防ぐためにも、中国政府はダライ・ラマが北京政府を認めるなら、帰還させるべきではないか。(ただし、ダライ・ラマ14世を熱烈に歓迎する人もいれば、憎む人もいるはずなので、民衆に殺される可能性もあるだろうが)
確かに、開放前のチベット社会は最悪の封建社会。しかし、それは比較対象がある第三者の認識で、比較対象が無い民衆には、第三者が思うほど酷い社会とも思わないし、因果応報的思想で心が麻痺されていたので、チベットのような酷い階級社会でも存続してきた。
★チベットやウイグルの民族問題は、中国という主権国家の消滅=中国政府自体が消滅する「東アジア共同体」の結成で、最終的には解決されるだろう。
●ほとんど日本では報道されないが、現在の中国政府は宗教保護政策を実行している。文革で破壊された寺院もほとんど再建し、イスラム教徒の場合、メッカへの巡礼さえも政府が資金提供して支援している。
ただし、北京政権を認める宗派だけ。一方で、近代化で宗教離れが進み、どの教団も信者の減少に悩んでいるという。
★毎日新聞に、実はダライ・ラマの帰還に反対しているのは政府だけでなく、チベットの民衆自身にも多いという記事が掲載されたことがある。解放前と比べれば、ダライ・ラマの帰還に反対する民衆もかなり多い可能性は十分にある。
●●ネパールの「生き神」信仰クマリと、暗殺されたダライ・ラマ10世・11世・12世について
クマリ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%9E%E3%83%AA
WIKI:(暗殺された)ダライ・ラマ10世
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%9E10%E4%B8%96
●●開放前のチベットは、確かに中国が言う通りの最悪の封建社会で、このことは下記の日本人僧侶河口慧海の「チベット旅行記」を読めばわかる。
チベット旅行記 河口慧海
http://www.aozora.gr.jp/cards/001404/files/49966_44769.html
●●ダライ・ラマ14世は若い頃、マルクスとレーニンの本も読み、共産党への入党を希望していた時期もあったと証言している。自分を「半・マルクス主義者」と呼んでも構わないと語っており、仏教と純粋なマルクス主義が融合した場合には、それが有効な施政方法となることを確信していると述べている。(ただし、現在の亡命チベット政府があるインド北西部の町「ダラムサラ」も超格差社会なのだが)
京都精華大学45周年記念事業の「ダライ・ラマ14世講演会」:ダライ・ラマ14世が「私はマルクス主義者であり、疑いなく私は社会主義者です。」と表明
http://www.kyoto-seika.ac.jp/1968+45/lecture_report/1123/
ダライ・ラマ、銀行家を導く:「仏教徒マルクス主義者」・「若い頃、中共への入党を考慮した」と表明
http://www.asyura2.com/12/hasan78/msg/517.html
●●解放前のチベットについて、北京政府とチベット亡命政権の両者の説明を批判する慶応大学大西広教授による論説と解放前のチベットの写真とビデオ。
解放前チベット農奴制の状況と解放の効果について
http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/155120/1/kronso_183_1_1.pdf
西蔵資料館 〜チベットの本当の歴史〜
- The True History of Tibet -
http://xizang.is-mine.net/index.html
チベット農奴の悲惨な暮らし /自由 人権 民主 平等
https://www.youtube.com/watch?v=mSx2whMhyXI
チベット貴族の贅沢な暮らし /自由 人権 民主 平等
https://www.youtube.com/watch?v=A7OZUhHQtgI
旧チベット社会の支配階級 /自由 人権 民主 平等
https://www.youtube.com/watch?v=7fUZBlpXaW4