1. 2015年12月20日 00:32:50 : clMGREmYcI : 7kUg4Qjkjhc[1]
イスラム共同体というのは、以下のようなシャリア法が支配する共同体だと思うが、「危険な“宗教”」下にある日本人にはかなり窮屈な社会ではないだろうか。それに、7世紀を背景にしたコーランとスンナが根本原理で憲法として扱われていては、いくら一生懸命解釈したところで危険な近代政治思想を背景にした外部からの影響を咀嚼できない。
(シャリア法)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%A2
https://en.wikipedia.org/wiki/Sharia
(ムタワ)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8B%A7%E5%96%84%E6%87%B2%E6%82%AA%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A
https://en.wikipedia.org/wiki/Committee_for_the_Promotion_of_Virtue_and_the_Prevention_of_Vice_(Saudi_Arabia)
基本的に中世の宗教のままであるイスラム教(キリスト教も中世では多分今のイスラムのようなものであったと思われる。)をそのまま尊重するというのは、アマゾンの少数部族を保護するように、近代から隔離し、イスラムは近代とかかわらない、近代もイスラムとかかわらないとするしかないのではないか。但し、そうするには、いささかサイズが大きすぎるが。
いずれにしても、人権概念のない中世のような社会を、共同体とそこに属する個人が統合されいるとしてそのまま容認するというのは、やはりアマゾンの少数部族の共同体は、それはそれで機能しているので人権概念、自由主義といった近代で毒さないでおこうというようなものである。
国家、共同体とは独立した、国家、共同体からの自由、人権概念は、共同体を崩壊させる危険概念だからイスラムの人々には与えない方がいいのだろうか?
http://www.asyura2.com/15/kokusai12/msg/153.html#c1