1. 2016年3月01日 21:18:47 : 4kPSb0Dxso : 3ZBq0eXWpRU[1]
田中龍作さんはムスリム同胞団穏健派のムルシー政権(政治的イスラミズム)にある種の可能性を見ていたようだけれども、いかにムバラクの長期独裁政権が酷くてもエジプトには世俗主義の時代に生まれ育った世代もムバラク時代に別れを告げるべく、アラブの春に民主化の期待をかけて立ち上がっており、必ずしもムルシーにのみ期待を寄せていたわけではないこともムルシ―失脚に一定の影響を与えたと思う。
もちろん、軍部がムルシ―政権を潰しその後ろには米国がいたことはいうまでもないけれども、ムルシ―に不満を訴えていたのは全部が親米派や軍部の増員した支持者たちだけではない。
ここにイスラミズム(政治的イスラミズム)への支持がエジプト全体にどれだけ行き届いていたのかという疑問へのひとつの回答がある。↓
イエメンですら50%に届かず…アラブ各国、「政治的イスラミズム」と「デモクラシー」についての調査
nofrills@nofrills
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これは興味深い。 dish.andrewsullivan.com/2014/11/02/pea… アラブ世界(イエメン、ヨルダン、イラク、パレスチナ、アルジェリア、チュニジア、エジプト、レバノン)での「政治的イスラミズム Political Islamism」への支持率。最高のイエメンでも50%行かず。
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リンク先をクリックして記事をお読みください。
http://t.co/wIXutHZFnp
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ええと、「詳細キボンヌ」(古)っていうか、文中に出典リンクされているので、それをお読みになればよいのでは。。。
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出典は2箇所。
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(出典がいずれも「アメリカでの報道」なので信用できない、と言い張る人もいると思います。)
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つまり、チュニジアなどから「自国内で支持を得られない、いわば『保守反動』の主義主張の人々」が「イスラムの大義」を掲げ、「国境などフィクション、領域国家反対」と叫びつつ、シリア(レバント)・イラク(メソポタミア)に拠点を築きに行って、「ぼくたちのかんがえた最高の統治形態」を実践と。
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それを、「西洋崇拝よくないよねー」っていう西洋の「リベラル」(「アンティ・コロニアリズム」のつもりだけど実は「反知性主義」の人も含む)が応援しちゃってる、と。英国では少なくとも10年以上前には指摘されていた現象(「左派」によるイスラムズムへの盲目的支持・承認)。
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そういう「盲目的支持・承認」に対する批判が、英国ではあらかじめ政治化されて、メラニー・フィリップスなどの(自身の政治性を隠蔽した)「左派がアホすぎる」とかいう暴言・妄言のもとに行われたので、"「支持・承認」を批判するのは右翼" みたいなことになって、非常にめんどくさい。
返信 リツイート お気に入りに登録 2014.11.03 11:28
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「現地では実は支持などされていない政治的イスラミズムへの、西洋における『リベラル』の間での反知性主義ゆえの支持・承認」については、いわゆる「アラブの春」の前に左派の書き手が指摘していたし、マアジド・ナワズのような人たちもかなり発言していると思う。「アラブの春」が歓迎されたのは…
返信 リツイート お気に入りに登録 2014.11.03 11:30
※「左派の書き手」はたぶんSunny Handalさんか、彼のグループブログ参加者の誰かだと思う。ガーディアンのCiFでも読んだ記憶があるけど、それはたぶん在英のイスラム教徒の機関の人。
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……従来の、"「独裁体制からの解放」のためには「イスラミズム」しかない" という「あの抑圧か、この抑圧か」の究極の選択(懐)が「フィクション」であることが示されたことによる(チュニジアもエジプトも、始まったときは「イスラミスト」は蚊帳の外だった)。
返信 リツイート お気に入りに登録 2014.11.03 11:33
http://matome.naver.jp/odai/2141498862085844801
俺は政治的にはこのツイートで盲目的にイスラミズムをアラブの春で民主化の旗手と神聖視した左派に近いし、もちろん田中龍作さんもそちらに近いのだろうが、とはいえ俺はアラブの春が始まってからシリアで惨たらしい終焉を迎えるまでただの一度たりともイスラミズムに対して民主化の旗手のような希望を抱いたことはなかった。
むしろ惨たらしい終焉だけが待っていると醒めていた。
断言するがエジプトがあのようになったのは、アラブの春が春などではなく最初から厳冬であることを見抜けなかったマヌケな左派の敗北である。
そしてそれはアラブの春がチュニジアで始まったとき、最初領導していたのはチュニジアの左派であったのに、いつの間にやらイスラミズムに取って代わられ、隅に追いやられて以降ずっと続いている。
田中隆作さんは左派の敗北は最初からずっとだったと認めたくはないのだろうが・・・