13. あやみ[327] gqCC4oLd 2017年8月04日 18:15:36 : qaLI2NC5mI : YjNJs2zyvDg[1]
12さま コメントありがとうございます。
上手く書けないかも知れませんがお付き合いください。
「陰謀論」なるものがあります。阿修羅の読者の皆さんの多くが気づかずに「染まって」いるいわば思想のようなものです。わたしは陰謀論を嘘だともデマだとも言いませんが、かなり危険な要因を孕んでいると指摘します。陰謀論をリサーチし理解するうちに多くの人はある種の絶望感に必ずといっていいほど陥ります。「日本はもう終わった」「ユダヤ人のゴイムにされた」「最終戦争だ」「放射能まみれだ」こういった絶望・あきらめ・虚脱にはまり、国、ひいては人生への愛着を失うのです。人はそうなった場合、残りわずかな時間を謳歌するために刹那な快楽に身を捧げるか自暴自棄となって自分と他人を傷つけ始めます。こうなればその後には国も文明も歴史も何も残らぬ、ぺんぺん草すら生えない荒野になります。これも奴らの目的のひとつですです。ひとりでも多くの人間を自棄と享楽におぼれさせて地獄送りにするのも奴らの目的です。
「奴ら」が誰かは書く必要も無いでしょう。
陰謀論の出どころは奴ら本人です。自らの手口を少しずつ、あたかもジャーナリストたちの努力で暴露されたかのように見せかけながら流布し、人々を潜在的に絶望させて破滅に誘うのです。
>天の時と人の和と地の利との三つ
仰るとおりです。私もそのように考えます。
三つのうちで、アダムの子ら(人間)の手中にあるのは「和」のみです。争いごとを嫌うといわれる日本人ですが実際は「和」という概念からはかなり遠いところにいます。今の日本人は目先の利益と近親憎悪に目を奪われ、物事の核の部分を決して見ようとしません。質の低い口論に追われて共同の目的をどうしても掲げられないため、結果として安倍のようなクソガキを政権に座らせる羽目になるのです。残念ながら間接的にでも彼は皆様が選んだのです。
人が自我を抑えて「和」を築けば、「地」つまり物質界は神の名において「利」をもたらします。それが「時」です。そこで人が自我に迷うことなく戦い続ければ慈悲の雨が降り、この世でもあの世でも救われるでしょう。
「奴ら」が一番恐れているのがこの考えです。だからこそイエスの教えをいいように書き変え、イスラームの破壊を試み、近代主義を煽って日本人の和の精神を踏みにじりました。
人が死ぬのと同様、滅びぬ国などないのです。人も国もどう生きてどう死ぬかが神に問われています。今は耐えて忍んで自らを躾ける時と解釈し、絶望と嫌悪から遠ざかることをお勧めします。
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