5. 2017年8月20日 11:56:23 : hQzw9t4Kvk : QuWcmB75WYU[1]
アメリカのノーム・チョムスキーという学者が「メディアコントロール」という本で書いていることだが、ロシア革命でソビエト連邦が成立するより以前、19世紀の終わりから20世紀の初めにかけて、世界でもっとも労働運動が盛んだった国は実はアメリカだった。労働者の祝祭日としてのメーデーの起源もアメリカである。
当時の労働者たちの意識は高く、「オートメーション」が発達していく職場環境の中で、機械の下僕になるのではなく、いかにして人間らしい尊厳を保って働くかに心をくだいていた。
彼らは自分たちに必要な情報を得るための新聞まで発行していた。「女工新聞」と呼ばれる女工の組合が発行していた新聞などはなかなかの評判だったという。こうした新聞は「労働者新聞」と呼ばれて、当時のアメリカでは数多く発行されていた。そしてそれで得た情報によって、彼等は互いに啓蒙し合い、権利意識を高めて、1日15、6時間労働も当たり前だった時代に1日8時間労働を掲げて雇用者側と闘い、実現させたりした。
一方、面白くないのは資本家たちである。彼らは労働者たちの「武器」でもあった労働者新聞に目を付けた。そしてそれに対抗すべく、幾つかの商業紙が創設された。そうした新聞は広告を載せることで収入を得るので、労働者たちの新聞よりも安価に売ることが出来た。
また、娯楽面を充実させて芸能やスポーツ記事にも力を入れ、映画スターのコジップや当時はじまったばかりのプロスボーツの観戦記事に紙面を割いた。
なんのことはない、今の日本にもある「マスコミ」の誕生である。
人々は安くて面白い商業紙を競って買うようになり、労働者たちの新聞は廃れていった。それと同時に、アメリカにおける労働運動も下火になった。
その後、アメリカの労働運動は、ロシア革命でソ連が出現したことで、ある程度は労働者に譲歩せざるおえないと見た資本家たちによってソフトに「飼い慣らされて」行くことになるが、そのために商業紙(マスコミ)が大いに役立ったのは言うまでもないだろう。
「マスコミ」とはそもそもそういうものだと思えば過剰な期待をすることもない。