5. 2019年1月25日 23:59:23 : OgWph9qqOw : lt54NG11Is4[1]
船橋君のこの一件に限らず、いまの世の中、大げさに言えば、体制に批判的な意見は全く認めず、排除、制裁に走る傾向が顕著なのではないか。
生まれていなかったから、体験的な意味での実態は知らないが、昭和10年ごろから太平洋戦争敗戦に至る時代がおそらくこんな風潮なのではなかったのか。
当時の軍隊絶対がいまは安倍様絶対。
お上の言う通りに従い、不満は我慢。
と同時に、何を言っても仕方がないと庶民は厭戦気分の空気に覆われ、メディアも安倍様絶対で、庶民に真実を知らせないための“忖度報道”にまい進する。安倍側の「不正」が露見しても「不適切」の表現で批判を緩和する。
きっと、こんな空気感が独裁体制を助長する。
安倍はクソ、官僚もクソ、財界もクソ、そして学問の府からも東洋大のようなクソが出てきた。いや、昨年既に、日大もクソになっていた。
時系列的にクソの原点を探れば、小泉が竹中を重用したあたりから始まる。旧民主がつぶされ、安倍になって昭和の戦後に築いた日本の輝きが無に帰した。
船橋君の指摘はまさに正論、正義の声。彼の叫びが虐げられる庶民の決起に結びつくのを恐れ、だから体制側は慌てた?
若者から正義の叫びが出てきたのはうれしいが、わたしの終わる時代に日本に輝きが戻るとはもう思えない。せめてわたしの子ども、孫の時代にはかつての輝きをと願うが、安倍の残した膨大な負債に苦しめられるのは間違いあるまい。ただ、今回の一件が、少しでも早く、知らぬ間に狂っていた日本の修正に向かうきっかけになるのであれば、うれしい。
クソの竹中よ、消えろ。