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DbsSfawrpEw コメント履歴 No: 100039
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[] 昭和天皇に戦争責任はあった、しかし責任を追求していくと日本国民全てに責任は及ぶ(株式日記と・・・) まさちゃん
7. 中川隆[-6660] koaQ7Jey 2017年8月16日 08:19:25 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
ルーズベルトが率いていたニューディール派は巨大企業の活動を制限し、労働者の権利を認め、ファシズムや植民地に反対すると主張していた。
巨大資本を含むアメリカの支配層はその主張が自分たちの利益に反すると考え、ルーズベルトが大統領に就任した1933年から34年にかけてクーデターを計画した。

 クーデターの中心はJPモルガンだったようで、彼らはドイツのナチスやイタリアのファシスト党、中でもフランスの「クロワ・ド・フ(火の十字軍)」の戦術を参考にしていたという。彼らのシナリオによると、新聞を利用して大統領を攻撃し、50万名規模の組織を編成して大統領をすげ替えることになっていたという。

 このクーデター計画を成功させるため、軍の内部で人望の厚かった伝説的な軍人、スメドリー・バトラー退役少将をウォール街は懐柔しようとしたのだが、拒否されてしまう。クーデター派にカウンター・クーデターの意思を伝える一方、議会で計画を明らかにしたのである。当然、その証言は公式の記録として残っているので、容易に確認できる。

 バトラーからクーデターの話を聞いた知り合いのジャーナリスト、ポール・フレンチはクーデター派を取材、「コミュニズムから国を守るため、ファシスト政府が必要だ」という話を引き出している。これも議会証言として記録に残っている。

 クーデターを実行すればバトラー少将がカウンタークーデターで対抗、内戦になることは必至だったが、ルーズベルト大統領がクーデター派を摘発すれば、やはり内戦になる可能性が高かった。そこで有耶無耶のうちに幕引きになったが、この時代を研究している学者や記者が知らないはずはない。

 第2次世界大戦の終盤、ドイツが降伏する前の月にルーズベルトは急死、ウォール街が主導権を奪還する。その後はニューディール的な要素を消し去る作業が始まり、1999年11月にはグラス・スティーガル法の求めていた銀行業務と証券業務の分離がグラム・リーチ・ブライリー法の成立で撤廃され、その目的の大半は達成された。そうした作業の総仕上げと言うべきものがTPP、TTIP、TiSAだ。これらの協定によって巨大資本が国を支配することが可能になる。その間、1970年代のアメリカでは「多国籍企業」が問題になっていたが、その時点で巨大資本による世界支配を懸念する人はいたということだろう。

 巨大資本が世界を支配するという形は新しくない。例えば、ラテン・アメリカ諸国はアメリカの巨大資本に支配され、「バナナ共和国」と呼ばれるていた。また、イギリスなどヨーロッパ諸国は19世紀までインドを私企業である東インド会社が実行している。

 インドを支配するためにイギリスは傭兵を使っている。全兵力23万8000人のうちイギリス兵は3万8000人、残りの20万人はシパーヒー(またはセポイ)と呼ばれる傭兵だった。シパーヒーは上級カースト出身者が多く採用されたという。そのシパーヒーが1857年に反乱を起こした。「インド大反乱」、あるいは「第一次インド独立戦争」と名づけられているが、かつては「セポイの反乱」と呼ばれていた。

 当時、イギリスは技術革新にともなって工場制生産に移行している。いわゆる産業革命だが、中国(清)との貿易でイギリスは大幅な輸入超過に苦しむことになる。近代的な工場が作り出す製品が中国の絹や茶に負けたということだ。

 その苦境から脱するため、東インド会社はインド産のアヘンを中国へ密輸するのだが、それを中国側が禁止するとイギリスは武力による制圧に乗り出した。アヘン戦争(1840年から42年)である。この戦争で中国における利権を手にするが、まだ不十分だと考えたようで、1856年から60年にかけてはアロー戦争を仕掛けている。

 1865年にはイギリスが麻薬取引の拠点にしていた香港で香港上海銀行が創設され、66年に横浜へ進出、さらに大阪、神戸、長崎にも支店を開設している。1867年には「大政奉還」、長州藩と薩摩藩を中心とする新政府が誕生した。

 この当時、イギリスの支配層はライバルのフランス、ドイツ、ロシアに対抗するために約14万人の兵士が必要だと考えていたが、実際の兵力は7万人。そこで目を付けられたのが日本で、1902年には「日英同盟協約」が結ばれる。日本人を一種の傭兵にしようというわけだろう。この同盟は1921年、日本、アメリカ、フランス、イギリスの4カ国条約の成立によって廃止が決まるまで続いた。

 1904年に日本はイギリスのライバル、帝政ロシアと戦争を始めるが、戦費とし約2億ドルを融資したのはロスチャイルド系のクーン・ローブ。この金融機関を率いていたジェイコブ・シフと日銀副総裁だった高橋是清は親しい。言うまでもなく、ロスチャイルドはイギリスの動きと深い関係にある。日清戦争の後、日本は戦艦の建設に力を入れているが、その際にイギリス海軍が協力している。ロシアと日本との戦争を見通してのことだろう。
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201609080001/

http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/1174.html#c7

[] 昭和天皇に戦争責任はあった、しかし責任を追求していくと日本国民全てに責任は及ぶ(株式日記と・・・) まさちゃん
8. 中川隆[-6659] koaQ7Jey 2017年8月16日 08:20:12 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

戦前の日本はウォール街、つまりアメリカの巨大資本に支配されていた。
その切っ掛けは1923年の関東大震災。その復興資金を調達するため、日本政府はアメリカの巨大金融資本、JPモルガンに頼ったのだが、それ以降、日本はウォール街の影響下に入り、最近の用語を使うならば、新自由主義を導入する。

 その当時、日本で最もJPモルガンと親しくしていたのは井上準之助だと言われている。「適者生存」、つまり弱者切り捨てを主張していた井上がJPモルガンとの関係を深めるのは1920年の対中国借款交渉以降。浜口雄幸内閣と第2次若槻礼次郎内閣で大蔵大臣を務めている。

 震災後、1925年に「治安維持法」が制定されて思想統制が本格化、27年には第1次山東出兵、翌年に第2次山東出兵と張作霖爆殺。日本共産党関係者らが大量に検挙されたのも1928年だ。

 1931年には、関東軍参謀の石原莞爾中佐(当時)と板垣征四郎大佐(当時)が立案した計画に基づいてい満鉄の線路が爆破され、いわゆる満州事変が勃発、32年には日本の傀儡国家である満州国の建国が宣言された。

 この1932年にアメリカでは大統領選挙があったのだが、ウォール街が支援していた現職のハーバート・フーバーがニューディール派を率いていたフランクリン・ルーズベルトに敗れてしまう。ニューディール派は資本主義を延命させるため、大企業の活動を制限、労働者の権利を拡大しようとしていた。ファシズムや植民地にも反対している。

 そうした事態に慌てたウォール街はJPモルガンを中心として、1933年から34年にかけて反ニューディール派のクーデターを計画する。これは海兵隊の伝説的な軍人、スメドリー・バトラー退役少将の議会証言などで発覚、記録に残されている。

 1932年には、アメリカ大使としてジョセフ・グルーが日本へ赴任してくる。この人物のいとこはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアの妻、つまりJPモルガンは自分たちの強力な代理人を日本へ送り込んできた。グルーと最も親しかった日本人のひとりが松岡洋右。松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父にあたる。

 1932年までの日米関係は基本的に今と同じで、日本政府の新自由主義的政策は不況を深刻化させた。そのころ、東北地方では娘の身売りが増え、欠食児童、争議などが問題になっている。支配層は裕福になり、庶民は貧困化、つまり貧富の差が拡大している。

 こうした政策を推進した浜口雄幸首相は1930年11月に東京駅で銃撃されて翌年の8月に死亡し、32年2月には大蔵大臣だった井上準之助が本郷追分の駒本小学校で射殺された。その翌月には三井財閥の大番頭だった団琢磨も殺され、5月には五・一五事件が引き起こされている。そして1936年2月には二・二六事件だ。

 ウォール街の戦略に従うならば、攻撃する相手はソ連。1939年に日本軍は中国東北部とモンゴルの国境地域でソ連軍と衝突している。ノモンハン事件だ。参謀本部と陸軍省の意向に反して関東軍が戦闘を拡大したが、ソ連軍の機械化部隊が攻撃で日本軍は壊滅してしまった。このソ連軍との衝突は日清戦争、日露戦争、韓国併合、シベリア派兵、満州事変という流れの中で引き起こされている。

 ドイツがソ連に攻め込むのは1941年。「バルバロッサ作戦」だ。当初、ドイツ軍が優勢だったが、この時にアメリカやイギリスの支配層は傍観している。ルーズベルト大統領はソ連を支援する意思があったようだが、実行できなかった。

 ところが、1942年の冬に形成は逆転、43年1月にドイツ軍はソ連軍に降伏する。これを見てアメリカは慌てて動き出し、1944年6月にはノルマンディー海岸に上陸する。オーバーロード作戦だ。これを「反攻」と呼ぶのは適切でない。この時点でドイツ軍の主力は崩壊していたからだ。

 バルバロッサ作戦が始まった半年後、日本軍はハワイの真珠湾を奇襲攻撃してアメリカとの戦争に突入するが、その翌年までグルーは日本に滞在、離日の直前に岸信介からゴルフを誘われて一緒にプレーしている。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007)

 グルー/JPモルガンという座標軸で流れを見るならば、松岡も岸も井上も浜口もウォール街の傀儡にすぎない。
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201609040000/

http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/1174.html#c8

[] 昭和天皇に戦争責任はあった、しかし責任を追求していくと日本国民全てに責任は及ぶ(株式日記と・・・) まさちゃん
9. 中川隆[-6658] koaQ7Jey 2017年8月16日 08:22:30 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
天皇制官僚国家が成立したのは、いわゆる「明治維新」。薩摩藩と長州藩を中心とする勢力がイギリスと手を組んで徳川体制を倒したのであり、誕生の瞬間からアングロ・サクソンの影響下にあった。その辺の事情は本ブログで何度か指摘した通りだ。

 アメリカの金融資本が大きな影響力を持つようになった切っ掛けは1923年9月1日の関東大震災。その復興支援の調達をJPモルガンに頼ったことから、この金融機関は日本に大きな影響力を持つようになる。その代理人として1932年に来日した人物がジョセフ・グルー駐日大使。そのいとこであるジェーンが結婚した相手がJPモルガンの総帥だったジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアだった。またグルーの妻、アリスは少女時代に華族女学校(女子学習院)で九条節子(貞明皇后)と親しくなっている。つまり、皇室にもパイプがあった。

 グルーが日本へ来た1932年までアメリカの大統領はハーバート・フーバー。スタンフォード大学を卒業した後、鉱山技師としてアリゾナにあるロスチャイルドの鉱山で働き、利益のためなら安全を軽視するタイプだったところを見込まれて「出世」した人物である。(Gerry Docherty & Jim Macgregor, “Hidden History,” Mainstream Publishing, 2013)

 1932年の大統領選挙でフーバーの再選を阻止したのは巨大企業の活動を規制し、労働者の権利を認め、ファシズムに反対していたニューディール派のフランクリン・ルーズベルト。1933年から34年にかけてJPモルガンを中心とするウォール街の住人はニューディール派を排除してファシズム政権を樹立しようと目論む。

 このクーデター計画はスメドリー・バトラー少将やジャーナリストのポール・フレンチの議会証言で明るみ出て実行されなかった。当時、軍の内部で人望の厚かったバトラーを抱き込もうとして失敗したのである。その際、バトラーはクーデター派に対してカウンタークーデターを宣言、内戦を覚悟するように伝えたという。この結果、日本の支配層が従属していたJPモルガンの影響力は低下してしまった。

 日本国内でもJPモルガンの傀儡に反発していた勢力も存在する。例えば、血盟団や二・二六事件を引き起こした将校たちだ。現在の表現を使うならば、この傀儡たちは新自由主義者。庶民は貧困化し、東北地方では娘の身売りが増えた。労働争議や欠食児童も問題になっている。その一方、支配層は裕福になり、貧富の差は拡大した。

 こうした政策の背後にはJPモルガンがいたのだが、この巨大金融機関と最も親しくしていた日本人は「適者生存」、つまり弱者切り捨てを主張していた井上準之助。1920年の対中国借款交渉を通じて親しくなったという。浜口雄幸内閣と第2次若槻礼次郎内閣で大蔵大臣を務めている。この井上は1932年、血盟団に暗殺された。その前、1930年には浜口雄幸首相が銃撃されて翌年に死亡、井上が殺された翌月には三井財閥の大番頭で、ウォール街とも親しくしていた団琢磨が暗殺された。二・二六事件は1936年である。

 その後も日本にはソ連へ攻め込もうと考える一派が強い影響力を持ち、1939年には中国東北部とモンゴルの国境地域で日本軍がソ連軍と衝突している。ノモンハン事件だ。参謀本部と陸軍省の意向に反して関東軍が戦闘を拡大したが、ソ連軍の機械化部隊は日本軍の第23師団を壊滅させてしまった。このソ連に対する攻撃はウォール街の意向に沿うものだったはず。ソ連に対する攻撃が成功していたなら、ソ連は西と東、両面作戦を強いられた。このソ連軍との衝突は台湾派兵、日清戦争、日露戦争、韓国併合、シベリア派兵、満州事変という流れの中で引き起こされたとも言える。つまり、米英の戦略に合致しているわけだ。

 日本では「関東軍の暴走」という話をよく聞くが、もし本当なら日本軍は軍隊の体をなしていないということになる。説得力がない。もし、参謀本部や陸軍省が関東軍を押さえられなかったとするならば、理由はひとつしか考えられない。皇族の介在だ。

 1941年6月に今度はドイツがソ連へ攻め込む。「バルバロッサ作戦」である。当初、ドイツ軍が優勢なときに米英の支配層は傍観、1943年1月にドイツ軍がソ連軍に降伏してから慌てて動き出したことは本ブログで何度も指摘してきた。バルバロッサ作戦が始まった半年後、日本軍はハワイの真珠湾を奇襲攻撃、アメリカとの戦争に突入する。その翌年までグルーは日本に滞在、日本とアメリカとの戦争を回避するために努力したというが、当然だ。彼らは日本をソ連侵略の手駒と考えていたのだから。投資の回収をどうするかも大きな問題だっただろう。離日の直前、グルーは岸信介からゴルフを誘われている。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007)

 大戦後、グルーは日本からニューディール派的、つまり民主主義的な要素を払拭する活動を始める。その中心になったグループがジャパン・ロビーだ。岸の孫にあたる安倍晋三が首相を務める政権はその延長線上にある。
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201608030000/

http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/1174.html#c9

[] 昭和天皇に戦争責任はあった、しかし責任を追求していくと日本国民全てに責任は及ぶ(株式日記と・・・) まさちゃん
10. 中川隆[-6657] koaQ7Jey 2017年8月16日 08:23:42 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

1937年12月に日本軍は南京を攻略している。

中支那方面軍司令官兼上海派遣軍司令官だった松井石根大将が指揮したことになっているが、事実上のトップは昭和天皇の叔父にあたる上海派遣軍の司令官だった朝香宮鳩彦だった。

そこで何が行われたかをイギリスも知っていたはずだが、その直後、イギリスの支配層でソ連を第1の敵と考える勢力が「日本・アングロ・ファシスト同盟」を結成しようと考えていたという。(Anthony Cave Brown, “"C": The Secret Life of Sir Stewart Graham Menzies”, Macmillan, 1988)


日本の場合、最大の問題になる人物は昭和天皇。日本が降伏した直後、堀田善衛は上海で中国の学生から「あなた方日本の知識人は、あの天皇というものをどうしようと思っているのか?」と「噛みつくような工合に質問」されたという(堀田善衛著『上海にて』)が、同じことを考える人が日本軍と戦った国々、例えばイギリスやオーストラリアには少なくない。ソ連も天皇に厳しい姿勢を示していた。

 つまり、そうした人びとの影響力が強まる前にアメリカの支配層は天皇制官僚国家を維持するために手を打とうとする。1946年1月に設立された極東国際軍事裁判(東京裁判)の目的はそこにある。その裁判では厳罰に処せられた人がいる反面、本来なら起訴されるべき人が起訴されていない。

 新憲法が作られるのは早く、1947年5月3日に施行されているが、その理由も東京裁判と同じだ。当時、日本の支配層は認められるはずのない「大日本国憲法」に執着、時間を浪費していた。そのため、アメリカ主導で天皇制の継続が謳われた新憲法が作成されたわけである。「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」と第1条にある。

 占領時代、アメリカ軍が中心のGHQ/SCAP(連合国軍最高司令官総司令部)の内部でも、多くの将校は天皇を中心とする侵略戦争の象徴である靖国神社の焼却を主張していたという。焼かれなかったのは、ローマ教皇庁が送り込んでいたブルーノ・ビッターが強く反対したからだという。(朝日ソノラマ編集部『マッカーサーの涙』朝日ソノラマ、1973年)

 ビッターはニューヨークのフランシス・スペルマン枢機卿の高弟で、この枢機卿はジョバンニ・モンティニ(ローマ教皇パウロ6世)と同様、CIAと教皇庁を結びつける重要人物だった。

 月刊誌「真相」の1954年4月号によると、1953年秋に来日したリチャード・ニクソンはバンク・オブ・アメリカ東京支店の副支店長を大使館官邸に呼びつけ、「厳重な帳簿検査と細かい工作指示を与えた」というのだが、この会談では闇資金の運用について話し合われたとされている。
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201608070001/

http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/1174.html#c10

[] 昭和天皇に戦争責任はあった、しかし責任を追求していくと日本国民全てに責任は及ぶ(株式日記と・・・) まさちゃん
11. 中川隆[-6656] koaQ7Jey 2017年8月16日 08:26:29 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
ホイットニー文書 昭和天皇の日本国民に対する見解全文
http://www.asyura2.com/0505/war71/msg/430.html
http://www.asyura2.com/16/senkyo210/msg/302.html


ホイットニー文書に昭和天皇の日本国民に対する見解が記されていることは、ご存知の方が多いだろう。

■ホイットニー文書は、1946年(昭和21年)10月16日(日本時間)、第3回天皇とマッカーサーの会談で天皇の通訳を務めた寺崎英成による英文の会議録である。したがって、英訳された天皇の言葉が大半を占めるわけだが、その中には、マッカーサー元帥の極めて重要な言葉が含まれていたのだ。

【原文抜粋】
I said that we Americans believed that Allied objectives for Japan were in the best interests of the Japanese as well as the world at large and we looked forward to the development of a democratic and economically sound Japan which would respect the rights of other nations and become a cooperative member of the Commonwealth of Nations.

【和訳抜粋 wikipedia『昭和天皇』より】
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%AD%E5%92%8C%E5%A4%A9%E7%9A%87#.E3.83.9E.E3.83.83.E3.82.AB.E3.83.BC.E3.82.B5.E3.83.BC.E3.81.B8.E3.81.AE.E5.8D.A0.E9.A0.98.E9.95.B7.E6.9C.9F.E5.8C.96.E3.81.AE.E5.98.86.E9.A1.98.E3.81.A8.E3.81.9D.E3.81.AE.E7.90.86.E7.94.B1

自分たちアメリカ人は、日本について連合軍の目的が、世界全体についてと同様、日本の最善の利益にあると考えており、日本が他国の権利を尊重しイギリス連邦の協力的な一員となり、民主的でかつ経済的に健全な国へと発展することを楽しみにしていると、マッカーサー元帥は話した。

文末の"Commonwealth of Nations"が、「イギリス連邦」である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E9%80%A3%E9%82%A6


■wikipedia『昭和天皇』-[マッカーサーへの占領長期化の嘆願とその理由]
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%AD%E5%92%8C%E5%A4%A9%E7%9A%87#.E3.83.9E.E3.83.83.E3.82.AB.E3.83.BC.E3.82.B5.E3.83.BC.E3.81.B8.E3.81.AE.E5.8D.A0.E9.A0.98.E9.95.B7.E6.9C.9F.E5.8C.96.E3.81.AE.E5.98.86.E9.A1.98.E3.81.A8.E3.81.9D.E3.81.AE.E7.90.86.E7.94.B1
【和訳全文】
2週間前の手紙で占領はあまり短くならないよう期待していると述べたことの根拠を説明したい。日本人の心にはまだ封建制度の名残が多々あり、それを根絶するには長い時間がかかるだろうと感じていた。日本人は全体として、民主主義のために必要な教育に欠け、また真の宗教心にも欠け、そのため極端から極端へと走りやすい。日本人の封建的特徴の一つは、人につき従うことを喜ぶ心。また日本人はアメリカ人のように自分の力で考えることを訓練されていない。徳川幕府は、民は彼らの領主に従うべきであり、忠誠心以外のいかなる道理も与えられるべきではないという論理の上に築かれていた。だから平均的な日本人は、自分で考えようとすると、因襲的な障害に直面してしまう。

やみくもにつき従う本能でもって日本人は今、アメリカの考え方を受け容れようと熱心に努力をしてはいるものの、労働者の状況が明かす日本人は身勝手で権利ばかりに意識を集中し、務めや義務についてを考えてはいない。この動機の部分は、日本人の思考と態度における長年の氏族的習慣に由来する。日本人が藩に分かれていた時代は、実際には終っていない。平均的日本人は、自分の親戚を利益を希求する仲間とみなし、他人は利益を考慮してあげるに値しない敵と考えている。

日本人の間で宗教心が欠如していることについて、最近たくさん話した。天皇自身、神道を宗教と考えてはいない。神道は単なる儀式なのに、アメリカでは過大評価していると思っている。しかし、ほとんどの神道信者は大変保守的であり、彼らと神道家そして超国家主義を神道と同一視していた復員兵は、団結する傾向があり、まだいくらか危険な側面がある。信教の自由という憲法の下で現在、政府が彼らを取り締まる手段を持っていない状況が危険だ。神道分子とその同調者は反米であるため、注意が必要と考えている。

日本人のいかなる美徳についても話している場合ではなく、日本人の欠点を熟慮すべきと、天皇は感じていた。日本人の短所のいくつかは、「占領は長期化すべきという結論」に天皇を導いた、前述の考え方全般に示されている。

天皇は、マッカーサー元帥とその行いに大変感銘を受けている。マッカーサー元帥は、自分がアメリカと連合軍の両方の利益のために尽力する最もりっぱなアメリカ人の1人であり、天皇も知っているとおり、日本人の利益のために心から最善を尽していると話した。自分たちアメリカ人は、日本について連合軍の目的が、世界全体についてと同様、日本の最善の利益にあると考えており、日本が他国の権利を尊重しイギリス連邦の協力的な一員となり、民主的でかつ経済的に健全な国へと発展することを楽しみにしていると、マッカーサー元帥は話した。

賠償金に関する問合せへの回答について、マッカーサー元帥は、この問題をできるだけ早く解決するためには、日本の実業家たちが仕事に取り掛かり、そして食料の輸入や国内消費に必要な商品の生産ができるようにと、非常に焦っている。マッカーサー元帥とその部下は、日本における経済の安定を早めるためにできる、ありとあらゆることをこなしていた。そしてマッカーサー元帥は、産業とその振興の妨げになる日本人の倹約体質、また経済状況改善のための最善の努力を喚起する必要について、いくらかの意見をつけ加えた。

天皇は、対日理事会におけるアメリカの態度に非常に感謝し、そしてそれは安定効果があると感じている。しかし天皇は今、この国の労働状況に甚だ憂慮している。そして、アメリカの炭鉱ストライキが速やかに解決することを望んでいる。なぜなら、日本人労働者たちの摸倣する志向性に障り、義務などお構いなしに、アメリカの労働ストライキに影響されるからだ。

天皇は、彼の治世に付せられた名「昭和、平和を啓発する」が今は皮肉に見えているが、その元号を維持することを望んでいると何度も言った。そして、誠に「壮大な平和」の治世になることを保証するために、十分に長生きすることを希望している。
天皇は、鈴木貫太郎海軍大将の損失に、心を痛めている。降伏の準備をする内閣を率いるよう任命したのに、海軍の恩給だけならまだしも、文官としての恩給まで失ったのだ。彼は、長年天皇の大侍従長を務め、降伏の準備を整える任務を成し遂げたが、陸軍大将の軍位と首相としての戦時中の地位は当然ながら追われることとなった。彼の皇室での勤めに由来する恩給の受け取りは止められていない。天皇は、そうした剥奪が鈴木陸軍大将個人にとどまらず、日本人国民にも理解されずに、占領や日本自身のためにもならない反米感情を生み出しているため、不安を募らせている。


【出典】

●憂慮するアジア研究者紀要―Full Text of the Top-Secret "Emperor's Message"
http://criticalasianstudies.org/assets/files/bcas/v31n04.pdf p.22-23

●ホーリーネームズ大学―The Text of the Memorandum
http://www.jpri.org/publications/workingpapers/wp61.html  

http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/1174.html#c11

[] 昭和天皇に戦争責任はあった、しかし責任を追求していくと日本国民全てに責任は及ぶ(株式日記と・・・) まさちゃん
12. 中川隆[-6655] koaQ7Jey 2017年8月16日 08:27:40 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

日本が正式に連合国へ降伏したのは1945年9月2日。政府全権の重光葵と大本営全権の梅津美治郎が東京湾内に停泊していたアメリカ太平洋艦隊の旗艦ミズーリ上で降伏文書に調印したのがこの日だ。

 しかし、日本の支配層は自分たちが敗北したという認識が希薄だったようで、戦前の治安体制を維持できると考え、政治犯を拘束し続けていた。そうした中、1945年9月26日に哲学者の三木清が獄死している。

 日本の思想統制を担当していたのは内務省だが、その最高責任者である内務大臣だった山崎巌にロイターのR・リュベン記者が10月3日にインタビュー、その際に山崎は特高警察の健在ぶりを強調、天皇制に反対する人間は逮捕すると言い切ったという。敗北の意味を理解できていなかったようだ。その日、岩田宙造法相は中央通訊社の宋徳和記者に対し、政治犯を釈放する意志はないと明言している。

 ロイターや中央通訊社の報道後、ダグラス・マッカーサー連合軍最高司令官は「政治、信教ならびに民権の自由に対する制限の撤廃、政治犯の釈放」を指令、10月10日に政治犯は釈放された。

 1947年1月に上海から帰国した作家の堀田善衛は引き揚げ船が佐世保沖で足止めになっていたとき、様子を見にきていた警察官に日本で流行っている歌をうたわせたところ、出てきたのは「リンゴの唄」だった。

 これを聞いた堀田は、「敗戦ショックの只中で、ろくに食べるものもないのに、こんなに優しくて叙情的な歌が流行っているというのは、なんたる国民なのかと、呆れてしまったんです」と書いた。しかも、「明白な敗戦なのに"終戦"とごまかしている。この認識の甘さにも絶望しました」という。(堀田善衛著『めぐりあいし人びと』集英社、1993年)

 内務大臣や法務大臣だけでなく、日本全体が戦争に負けたという事実を認識できていなかった、あるいは目をそらしていたようだ。いや、今でも歴史を直視しようとしない人がいる。戦争の経験者が少なくなるにつれ、そうした人びとの妄想は現実から乖離していく。

 1946年11月3日に公布、47年5月3日に施行された日本国憲法の柱は天皇制の継続、民主化、交戦権の放棄だと言えるだろう。敗戦後も維持するつもりだった支配システムとは天皇制官僚国家。官僚にとって天皇制の継続は大きな問題だっただろう。

 しかし、日本の外では、当然のことながら、天皇に対して違った見方をしていた。日本が降伏した直後、堀田善衛は上海で中国の学生から「あなた方日本の知識人は、あの天皇というものをどうしようと思っているのか?」と「噛みつくような工合に質問」されたという(堀田善衛著『上海にて』筑摩書房、1959年)が、侵略されたアジアの人びとだけでなく、イギリス、オーストラリア、ソ連なども天皇に批判的だった。

 日本占領の中枢だったGHQ/SCAP(連合国軍最高司令官総司令部)は事実上、アメリカ軍だったが、時間を経るに従って天皇に批判的な声が高まることは必然。第2次世界大戦の前から日本の支配体制と強く結びついていたアメリカの支配層、つまり巨大資本としても天皇制官僚国家を維持したかったはずで、民主主義と平和主義の衣をまとった天皇制を定めた憲法を速やかに作り上げることになった。

 勿論、安倍政権が目指す改憲で天皇制が否定されることはないだろう。民主主義と平和主義をかなぐり捨てたいのだ。これはアメリカを拠点とする巨大資本の意思でもある。

 この巨大資本は1933年3月から45年4月にかけての期間、ニューディール派が主導権を握る政府と対立関係にあった。その中心的な存在がフランクリン・ルーズベルト大統領。

 スメドリー・バトラー少将の議会証言によると、ウォール街を拠点とする巨大資本は1933年から34年にかけての時期、ニューディール派を排除するためにクーデターを計画していた。バトラー少将から話を聞いたポール・フレンチ記者はクーデター派を取材し、「コミュニズムから国を守るため、ファシスト政府が必要だ」という発言を聞いたと議会で証言している。勿論、議会での証言である以上、記録に残っている。

 クーデター派の中心だった巨大金融機関のJPモルガンは日本とも関係が深い。1923年の関東大震災で大きな打撃を受けた東京周辺を復興させるために必要な資金を日本政府は外債の発行で調達しようとしたが、その債券を引き受けたのがJPモルガン。この巨大金融機関と最も親しかった日本人と言われているのが井上準之助だ。

 また、1932年に駐日大使として赴任してくるジョセフ・グルーは、いとこがジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア、つまりJPモルガン総帥の妻。戦後、グルーは日本の民主化を止め、ファシズム化へ方向転換させたジャパン・ロビー(ACJ)で中心的な役割を果たすことになる。(詳細は割愛)

 安倍政権が目指している「日米同盟」は、1923年から32年までの日米関係をモデルにしているように見える。この時期の関係を「対米協調」とも表現するが、明治維新以降、日本は東アジアと協調しようとしていない。侵略、破壊、殺戮、略奪だ。明治維新によって日本は周辺国との友好関係を破壊、侵略国家に変貌したと言えるだろう。

 安倍政権は「戦前への復古」と「アメリカへの従属」を目指しているが、これを矛盾と言うことはできない。遅くとも関東大震災以降、日本はウォール街に従属し続けている。フランクリン・ルーズベルト政権の時代が例外なのだ。日本の支配層にしてみると、こうした政権がアメリカに登場することを阻止しなければならない。そのため、さまざまなことが行われているだろう。そうした工作で「金の百合」が「ナチ・ゴールド」と同じように重要な役割を果たしてきたことは想像に難くない。

 安倍政権を含む日本政府が進めてきた政策は基本的にウォール街発。TPPはアメリカを拠点とする巨大資本が国を支配する仕組みだが、日本の支配層にとっては必然なのだろう。安保法制は1992年にアメリカの好戦派によって作成された世界制覇プロジェクトに基づいて作られたが、その背景には世界を自分の所有物にしたいという強欲な巨大資本や富豪が存在する。
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201607050000/

http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/1174.html#c12

[] 昭和天皇に戦争責任はあった、しかし責任を追求していくと日本国民全てに責任は及ぶ(株式日記と・・・) まさちゃん
13. 中川隆[-6654] koaQ7Jey 2017年8月16日 08:28:19 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

戦前日本は米巨大資本に従属、その巨大資本と対立していたルーズベルト政権と日本の対立は必然

 安倍晋三政権は「戦前への復古」と「アメリカへの従属」を目指しているが、これは矛盾していないどころか、コインの裏と表の関係にある。幕末から日本の支配層は基本的にイギリスやアメリカの巨大資本を後ろ盾としてきた、つまり強い影響を受けてきたのだ。この関係が機能しなかったのは、ニューディール派政権だった1933年3月から45年4月、あるいはジョン・F・ケネディが大統領だった1961年1月から63年11月くらいだろう。

 現在、この従属関係を「日米同盟」と呼ぶが、かつては「対米協調」と表現されていた。そうした政策を打ち出した代表的な政権は1929年7月から始まる浜口雄幸内閣。アメリカ巨大資本の要求に従った政策、フランクリン・ルーズベルトやベニト・ムッソリーニが言うところのファシズム(注)を導入、例えば、緊縮財政と金本位制への復帰を実行した。最近の表現を使うならば、新自由主義的な政策を導入したのだが、これによって貧富の差が拡大、東北地方で娘の身売りが増え、欠食児童、争議などが問題になる。

 こうした経済政策の中心にいた人物がJPモルガンと緊密な関係にあった井上準之助であり、こうした背景を抜きにして、1932年の血盟団による井上準之助や団琢磨の暗殺、また1936年の二・二六事件を理解することはできない。二・二六事件では、昭和天皇も井上たちと同じ立場だということが明らかになった。

 ウォール街が支援していたハーバート・フーバー大統領をルーズベルトは1932年の大統領選で破ったのだが、その3年前にニューヨークで株式相場が暴落、経済破綻が顕在化していた。

 第1次世界大戦(1914年から18年)でライバルのヨーロッパ諸国は疲弊したが、アメリカは戦場とならずに物資の販売や金融で大儲け、自動車の大衆化が進み、映画やラジオの登場など技術的な進歩で豊かになっているように見えた。

 しかし、富が一部に集まる政策が推進され、社会は衰退する。大戦後に兵士が帰国すると街には失業者が溢れ、ストライキやデモが続発していた。そうした中、1919年にボストン近郊で起こった現金輸送車襲撃未遂事件が起こり、ニコラ・サッコとバルトロメオ・バンゼッティが逮捕された。1920年4月にマサチューセッツ州サウスブレーントリー駅近くで起こった強盗殺人事件でも有罪とされた。

 いずれの事件もふたりを有罪とするような証拠、証言はなく、1925年には別の事件で収監されていたセレスチーノ・マデイロスという男が「真犯人は自分たちだ」とする書面を提出しているが、裁判官は無視して死刑を言い渡している。ふたりが「アナーキスト」だったということが理由だと見られている。ふたりは1927年の8月に処刑された。

 勿論、1950年代から60年代にかけて公民権運動が高まるまでアメリカでは人種差別が公然と行われ、決して「自由で民主的な国」とは言えない。そうした国の内部で庶民の不満は強まり、1932年の大統領選でニューディール派を勝たせることになる。

 当時、日本の支配層が従属していた相手は「自由で民主的な」アメリカ人でなく、富を独占し、人種差別を行う人びと。フランクリン・ルーズベルト政権の誕生は、日本の支配層がウォール街に従属するという関係を崩した。この関係が復活するのは、1945年4月にルーズベルトが執務中に急死してからだ。

 このアメリカと日本が戦争を始める切っ掛けは、言うまでもなく「真珠湾攻撃」。この攻撃がいかに無謀だったかを語る人は多いが、日本はすでに戦争をはじめていた。1927年5月に山東出兵、31年9月に柳条湖事件と呼ばれる偽旗作戦を実行して侵略を開始、中国東北部に「満州国」と称する傀儡国家を樹立させた。1937年7月の盧溝橋事件後、宣戦を中国の全域に拡大、そして41年12月の真珠湾攻撃だ。

 しかし、日本が東アジア侵略を始めたのはその遥か前、1872年に琉球国を潰して琉球藩を設置したところから始まる。本ブログでは何度か指摘したが、1871年7月に廃藩置県を実施済みなわけで、この琉球藩設置は台湾へ派兵する口実作りの可能性が高い。実際、そのころ来日していた厦門の領事のチャールズ・リ・ジェンダーは外務卿だった副島種臣に台湾への派兵を勧めていた。そこから江華島への軍艦派遣(朝鮮に対する挑発)、日清戦争、日露戦争、第1次世界大戦へとまっしぐらだ。この背後にはイギリスとアメリカが存在していた。

 東アジアを侵略している間に盗んだ財宝も曖昧なまま、アメリカ支配層と山分けした可能性が高い。その過程で吸った甘い汁を日本の支配層は忘れていないはず。アメリカ支配層の最近の動きを見ていると、過去の「成功体験」を再現しようとして失敗しているようで、日本がアメリカの真似をして再び中国を侵略しようとしたなら、取り返しのつかないことになりそうだ。

 こうした道へと日本を導いているのが安倍政権。危険な流れを察知した人びとが小沢一郎の率いる民主党を選挙で勝たせたのだが、それをマスコミと検察が潰し、菅直人や野田佳彦は国民の期待を裏切って現在がある。ここで諦めたなら、支配層の思う壺だ。


【注】

(1) ベニト・ムッソリーニは1933年11月に「資本主義と企業国家」という文章の中で、巨大資本が支配するシステムを「企業主義」と呼び、資本主義や社会主義を上回るものだと主張した。これが彼の考えたファシズムであり、全体主義だとも表現されている。

(2) 1938年4月29日にフランクリン・ルーズベルトはファシズムについて次のように定義した。「もし、私的権力が自分たちの民主的国家より強くなるまで強大化することを人びとが許すなら、民主主義の権利は危うくなる。本質的に、個人、あるいは私的権力をコントロールするグループ、あるいはそれに類する何らかの存在による政府の所有こそがファシズムだ。」
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201606300000/

http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/1174.html#c13

[] 昭和天皇に戦争責任はあった、しかし責任を追求していくと日本国民全てに責任は及ぶ(株式日記と・・・) まさちゃん
14. 中川隆[-6653] koaQ7Jey 2017年8月16日 08:29:18 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
英国でEU離脱が現実味を帯びる中、J・ロスチャイルドやG・ソロスが離脱するなと恫喝する背景
2016.06.22 04:23:45 櫻井ジャーナル

 イギリスがEUから離脱するかどうかが話題になっているが、EUから離れたいという声が高まっている国はイギリス以外にも少なくない。金融拠点のひとつであるロンドンを抱える国がEUを離れるインパクトは大きく、その影響が世界へ波及することは避けられないものの、EUの実態はEUへの幻想を壊し、離脱派を後押しする。

 そうした出来事のひとつがギリシャのEU残留。そのような決定で利益を得ているのは国内外の富豪や巨大企業だけであり、庶民の生活は悪化するばかり。EU幻想に取り憑かれたウクライナ西部の住民はキエフでのクーデターを支持、東部や南部に住むロシア語系住民を殲滅しようとしたが、ファシストが支配する西部や中部の地域は破綻国家になっている。

 当初、イギリスがEUからの離脱を言い始めた理由は他の加盟国、例えばドイツやフランスを脅すためだったと言われているが、それが現実になりそうな雲行きになり、富豪は慌てている。ジェイコブ・ロスチャイルドやジョージ・ソロスのような富豪は有力メディアで離脱すると不利益を被ると庶民を脅迫しているが、それほど彼らを怒らせているのは世界支配のプランが崩れてしまうからだろう。

 アメリカをはじめ、西側の支配層は現在、巨大資本が世界を支配する世の中を作り上げようとしている。巨大資本が支配する世界は当然、統制経済になる。ベニト・ムッソリーニは1933年11月に「資本主義と企業国家」という文章の中で、このシステムを「企業主義」と呼び、資本主義や社会主義を上回るものだと主張した。これが彼の考えたファシズムであり、全体主義だとも表現されている。そのベースになる考え方はイタリアの経済学者ビルフレド・パレートから学んだのだという。

 後に西側では全体主義をファシズムとコミュニズムを一括りにするタグとして使うようになるが、これは巨大資本の情報操作。本来は企業主義(企業支配)と結びつけるべきものだった。巨大資本が定義した意味で全体主義というタグを使うのは、情報操作に踊らされていることを意味する。

 1933年11月といえば、アメリカの巨大資本が反フランクリン・ルーズベルトのクーデターを計画していたころ。その5年後の4月29日にルーズベルトはファシズムについて次のように定義している。

「もし、私的権力が自分たちの民主的国家より強くなるまで強大化することを人びとが許すなら、民主主義の権利は危うくなる。本質的に、個人、あるいは私的権力をコントロールするグループ、あるいはそれに類する何らかの存在による政府の所有こそがファシズムだ。」

 ここに書かれているようなことをアメリカの支配層は目論んでいる。その突破口になる協定がTPP(環太平洋連携協定)、TTIP(環大西洋貿易投資協定)、TiSA(新サービス貿易協定)の3点セット。このうちTTIPはアメリカとEUの協定で、EUから離脱した国には適用されない。勿論、EUが解体されればTTIPは雲散霧消だ。

 ところで、前にも書いたように、ヨーロッパ統合は米英支配層の計画だった。1922年に創設されたPEUに始まり、第2次世界大戦後にACUEが作られ、その下にビルダーバーグ・グループもできた。NATOの創設は1949年だ。EUの前身であるECについて、堀田善衛はその「幹部たちのほとんどは旧貴族です。つまり、旧貴族の子弟たちが、今ではECをすべて取り仕切っているということになります。」(堀田善衛著『めぐりあいし人びと』集英社、1993年)と書いている。EUでも同じことが言えるだろう。その旧貴族をカネと暴力で支配しているのが米英の支配層であり、その支配のためにNATOやUKUSAは存在する。

 こうした仕組みを作り上げた米英の支配層は当初、イギリスが主導権を握っていた。そのイギリスで1891年に「選民秘密協会」が創設されている。セシル・ローズ、ナサニエル・ロスチャイルド、レジナルド・ブレット(エシャー卿)、ウィリアム・ステッドが中心メンバー。ブレッドは心霊主義の信者としても知られるビクトリア女王の相談相手で、後にエドワード7世やジョージ5世の顧問を務めることになる。

 ジョージタウン大学の教授だったキャロル・クイグリーによると、1901年までローズがこの結社を支配していたが、それ以降はアルフレッド・ミルナーが中心になる。そのミルナーはシンクタンクのRIIA(王立国際問題研究所)を創設した。後にRIIAのアメリカ支部と見なされるようになるアメリカのCFR(外交問題評議会)は設立直後、JPモルガンに乗っ取られた団体だ。

 モルガン一族が富豪の仲間入りする切っ掛けは、ジュニアス・モルガンなる人物がロンドンにあったジョージー・ピーボディーの銀行の共同経営者になったこと。1857年にその銀行が倒産寸前になるが、そのときにピーボディーと親しくしていたナサニエル・ロスチャイルドが救いの手をさしのべている。

 1864年にピーボディーは引退し、モルガンが引き継ぐ。その息子がジョン・ピアポント・モルガン。この息子はロスチャイルド財閥のアメリカにおける代理人となった。この人物の名前から彼の金融機関はJPモルガンと名づけられたわけだ。

 本ブログでは何度も書いているように、関東大震災の復興資金調達で日本政府が頼ったのがこのJPモルガンで、それ以降、日本の政治や経済に大きな影響を及ぼすことになる。有り体に言うなら、ウォール街の属国になり、ファシズム化が始まった。だからこそ血盟団による暗殺や二・二六事件が引き起こされたのだろう。

 ニューヨークの株式市場で相場が大暴落した1929年から大統領を務めたハーバート・フーバーはウォール街の巨大金融資本を後ろ盾にしていたが、その経歴をさかのぼるとロスチャイルドが現れる。スタンフォード大学を卒業した後に鉱山技師として働いた鉱山を所有していたのがロスチャイルドだった。そのとき、利益のためなら安全を軽視する姿勢が気に入られたようだ。

 相場は大きく変動するときがチャンス。下がれば損をするというものでもない。暴落のタイミングを知っていれば、つまり暴落を仕掛けられれば大儲けできるのだ。1929年にもそうしたことが起こったと言われている。相場の下落で儲かるだけでなく、二束三文で価値あるものを手に入れられる。その時に政府をコントロールできていれば、やりたい放題だ。

 そうした意味で1928年や32年の大統領選挙は重要だったが、32年の選挙でフーバーは再選に失敗する。ニューディール派のフランクリン・ルーズベルトが当選したのだ。当然のことならが、JPモルガンをはじめとする巨大金融資本はショックを受けた。

 当時、大統領の就任は3月。選挙から4カ月のギャップがある。その間にルーズベルトはフロリダ州マイアミで銃撃事件に巻き込まれるが、弾丸は隣のシカゴ市長に命中、市長は死亡した。引き金を引いたのはレンガ職人のジュゼッペ・ザンガラなる人物で、足場が不安定だったことから手元が狂ったとも言われている。この銃撃犯は直後の3月20日に処刑されてしまい、真相は不明のままだ。

 ルーズベルトが大統領に就任した後、支配層はニューディール政策の実行を妨害する。その最前線にいたのが最高裁判所だった。そして1934年にクーデター計画が発覚する。名誉勲章を2度授与された伝説的な軍人で信望が厚かったスメドリー・バトラー海兵隊少将は議会でこの計画を明らかにしたのだ。

 バトラーによると、クーデター派はルーズベルト政権を倒すため、ドイツのナチスやイタリアのファシスト党、フランスのクロワ・ド・フ(火の十字軍)の戦術を参考にしていたという。

彼らのシナリオによると、新聞を利用して大統領をプロパガンダで攻撃、50万名規模の組織を編成して圧力をかけ、大統領をすげ替えることになっていたという。

現在、アメリカの支配層がカネ儲けに邪魔な政権、体制を倒すために使う手法と基本的に同じだ。

バトラー少将の知り合いだったジャーナリストのポール・フレンチもクーデター派を取材、その際に「コミュニズムから国家を守るため、ファシスト政府が必要だ」と言われたと議会で証言している。

 このクーデター計画を聞いたバトラー少将はカウンター・クーデターを宣言する。50万人を動員してファシズム体制の樹立を目指すつもりなら、自分はそれ以上を動員して対抗すると告げたのだ。つまり、ルーズベルト政権を倒そうとすれば内戦を覚悟しろというわけである。

その結果、クーデターは中止になるが、クーデター派を追及して内戦になることを恐れたルーズベルト政権は曖昧なまま幕引きを図った。大戦の終盤、ルーズベルトはドイツや日本の略奪財宝を回収するのと同時にナチスと巨大企業との関係を明らかにしようとしていたと言われているが、これはルーズベルトが執務室で急死したため、実現しなかった。


 何度も書いてきたが、JPモルガンと日本とを結ぶキーパーソンはジョセフ・グルー。

駐日大使として1932年に赴任してきたが、彼のいとこのジェーンはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアの妻だ。またグルーの妻、アリス・ペリーは少女時代に日本で生活、華族女学校(女子学習院)へ通っている。そこで後に大正(嘉仁)天皇の妻(貞明皇后)になる九条節子と友人になったという。


 グルーは1932年から41年まで駐日大使を務めているが、妻と皇室との関係も利用して松平恒雄、徳川家達、秩父宮雍仁、近衛文麿、樺山愛輔、吉田茂、牧野伸顕、幣原喜重郎らと親しくなったという。

1941年12月に日本軍がハワイの真珠湾を奇襲攻撃してアメリカに宣戦布告した直後、グルーは大使の任を解かれたが、42年になって岸信介(つまり安倍晋三の祖父)はグルーをゴルフに誘っている。それから間もなくしてグルーはアメリカへ戻った。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007)

大戦後、グルーはジャパン・ロビーの中心メンバーとして「右旋回」、つまり戦前回帰を推進する。安倍首相やその仲間たちはこの政策を促進しようとしているだけである。
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201606210000/

http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/1174.html#c14

[] 昭和天皇に戦争責任はあった、しかし責任を追求していくと日本国民全てに責任は及ぶ(株式日記と・・・) まさちゃん
15. 中川隆[-6652] koaQ7Jey 2017年8月16日 08:30:14 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

戦後日本の「安保」はこうして作られた 〜アメリカ・昭和天皇・吉田茂 「戦後レジームの正体」


「日米安保条約は、憲法と同じように、アメリカ側が強要ともいえるかたちで日本に求めた」

「内外の共産主義から天皇制を守るためには、米軍駐留を確保することが絶対条件であった昭和天皇にとっては、戦後において天皇制を防衛する安保体制こそが新たな『国体』となった」

占領体制の延長のような安保条約を、昭和天皇は天皇制を守る絶対条件と捉え、そして、ダレスに頼まれて「固辞」する吉田首相を叱りつけた。

憲法は、GHQがいわば密室作業でつくり上げたのだが、日米安保条約が、アメリカの強要によるとはどういうことなのか。あらためて日米安保条約が結ばれる経緯をたどってみることにする。


■踏みにじられた正論


1950年、朝鮮戦争が勃発する直前に、国務省の顧問だったダレスが日本にやって来た。東西冷戦が激しくなり、アメリカは日本を西側陣営に取り込むために、講和条約と日米安保条約の取りまとめを急ぎ、その交渉のために訪日したのである。


ダレスは、当時首相だった吉田茂に「再軍備をせよ」と強く要求した。だが吉田はこの要求を頑として断った。


吉田茂〔photo〕gettyimages


「『経済もいまだ回復していないのに、再軍備をするのはおろかなことだ』というのが、吉田の主張であった。それに、日本が再軍備をすればアジア近隣諸国が日本軍国主義の復活を恐れるだろうし、だいたい、日本は憲法で軍備を持たないことになっているから、持てるはずがないと彼は付け加えた。そして、吉田は彼の主張を支える手を打っていた。彼はマッカーサーに対し、日本の再軍備は無理だという立場を前もって説明しておいた」


当時京都大学助教授だった高坂正堯は『宰相吉田茂』(中央公論社)の中で、こう書いている。


ダレスと吉田は、翌1951年1月末にも「再軍備」の話し合いを行った。


「ダレスは前年と同じ議論をくり返し、吉田もまた同じように反駁した」(前掲書)ということだ。つまり、アメリカ側が執拗に再軍備を要求するのを、吉田は懸命に拒んだということになるのだが、豊下楢彦(元関西学院大学教授)は、著書『安保条約の成立』(岩波新書)の中で、この構図を否定している。


ジョン・フォスター・ダレス。日米安保の"生みの親"〔photo〕gettyimages


ダレスは、吉田と会う前のスタッフ会議で、「我々は日本に、我々が望むだけの軍隊を望む場所に望む期間だけ駐留させる権利を獲得できるであろうか? これが根本的な問題である」と述べているというのである。つまり、日本の再軍備への約束を獲得することが最も重要な課題ではなかったというのである。


もっとも、吉田は、独立後もアメリカが占領時代と同じように日本に軍事基地を持つことに反対だったようだ。


1950年7月29日に、参議院で社会党の金子洋文の質問に対して、吉田は「私は軍事基地は貸したくないと考えております」「単独講和の餌に軍事基地を提供したいというようなことは、事実毛頭ございません」と明言し、連合国の側も日本に軍事基地を「要求する気もなければ、成るべく日本を戦争に介入せしめたくないというのが、日本に平和憲法を据えるがいいと希望した連合国の希望だろうと思います」と答弁しているのである。


だが、被占領国である日本が、占領国のアメリカに対する「バーゲニング(交渉)」能力を持てるはずがなく、吉田首相の筋の通った「正論」は、いわば無残に踏みにじられてしまい、ダレスが述べた「我々(※筆者注 アメリカ)が望むだけの軍隊を望む場所に望む期間だけ駐留させる権利」を獲得してしまうのである。


■日本を無期限に縛る不平等条約


1951年9月8日のサンフランシスコ講和会議で日本が独立してまもなく刊行された「フォーリン・アフェアーズ」誌(1952年1月号)で、ダレスは講和会議の日の午後に調印された日米安保条約について、「アメリカは日本とその周辺に陸海空軍を維持し、あるいは日本の安全と独立を保障する、いかなる条約上の義務も負っていない」と明言しているのだ。


そこで、豊下楢彦の前掲書を引用して、日米安保条約の核心を点検しなおしたい。


「まず、安保条約の第一条では、米軍の日本駐留は義務ではなく米側の『権利』と規定されている。したがって米側は、みずからの判断でいつでも『権利』放棄をして米軍を撤退させることができるのである。


さらにこの米軍は、『日本国の安全に寄与するために使用することができる』のであって、ダレスのいうように安全を保障する義務を負ってはいない。しかし、他方において同じ米軍は、日本の『内乱』に介入し『鎮圧』することができるのである。


より重要な問題は、これら在日米軍の“任務”を規定した条文の最初に、『極東条項』がおかれていることである。しかもそこでは、『極東における国際の平和と安全の維持に寄与』するためと述べられているだけで、米軍の“行動基準”はなんら示されていない。極東とはどの地域を意味するのか明示されていないし、国連との関係にもまったくふれられていない。


要するにこの規定は、米側が『極東』とみなす広大な地域における、日本を拠点とした米軍の『一方的行動』を“保障”したものにほかならないのである」


「第三条では、米軍の配備を規律する『条件』が行政協定で決定されることが謳われている。五二年二月に締結された行政協定では、基地を設置する地域を特定する規定(米比〔※筆者注 アメリカ・フィリピン〕基地協定にさえ明記されている)が欠落した『全土基地化』の権利が米側に保障されている。


さらに、基地外で公務中ではない米軍人の犯した犯罪についても、フィリピンにさえ与えられている裁判権が日本には付与されていない。要するに、米軍には『治外法権』が保障されているのである」


さらに第四条では有効期限も定めず、日本を「無期限」に縛る、占領下と変わらないひどい不平等条約である。


■すべては天皇を守るため


「バーゲニング」能力が全く持てない吉田首相の精いっぱいの抵抗は、講和会議に出席しないこと、「忌避」することであった。吉田は講和会議には「外交界の長老であり、前総理・衆議院議長であった幣原喜重郎」(吉田の発言)に全権を委任するという決意をダレスに示していた。ところが1951年3月10日に幣原が80歳で他界した。


そして4月に訪日したダレスとの会談では、吉田は、佐藤尚武参議院議長に全権を委任すると主張した。首相の自分は日本を離れられないというのが理由であった。


だが、吉田は講和会議を忌避しているのではなく、同じ日に調印することになっている不平等きわまる日米安保条約を忌避するつもりだったのである。


7月7日には会議の開催地がサンフランシスコと決まったが、吉田の「忌避」の姿勢は変わらなかった。


だが、ダレスを含めて米国側は、吉田首相以外の全権は全く想定していなかった。そして吉田首相の「日米安保条約」の「忌避」を認めなかった。結局、吉田首相は「忌避」を翻すのである。どういういきさつがあったのか。


豊下楢彦は、前掲書で「推測」を交えて、それまで誰も示していなかった大胆なストーリーを展開している。


「それでは、かたくなに『異常』なまでに固辞をつづけた吉田がついに全権をひきうける決意を固めた契機はなんであったろうか。それは、天皇への『拝謁』であった。(中略)一九日(※筆者注 1951年7月)の朝に天皇に『拝謁した後に』、吉田は日本の全権団を率いることに『同意』した」というのである。


そして豊下は次のように書いている。


「推測の域を出るものではないが、ダレスは吉田への圧力として“最後の切り札”を切ったのではなかろうか。ダレスは『然るべきチャネル』を通して、吉田への『御叱り』と『御下命』を天皇に要請したのではなかろうか」


徹底的に「固辞」する吉田首相に「全権」を引き受けさせるために、ダレスは昭和天皇を使ったというのである。


占領体制の延長のような安保条約を吉田首相が認めず、全権を「固辞」したのは、それこそ精いっぱいの正論であった。それを、なぜ昭和天皇は「叱り」、吉田首相を翻意させたのだろうか。昭和天皇は、占領体制の延長のような安保条約をどのように捉えていたのか。


豊下は、次のように説明している。


「内外の共産主義から天皇制を守るためには、米軍駐留を確保することが絶対条件であった(中略)昭和天皇にとっては、戦後において天皇制を防衛する安保体制こそが新たな『国体』となった」(豊下楢彦『昭和天皇の戦後日本』岩波書店)


占領体制の延長のような安保条約を、昭和天皇は天皇制を守る絶対条件と捉え、そして、ダレスに頼まれて「固辞」する吉田首相を叱りつけたのだというのである。


しかし、これは豊下が勝手に決めつけているのではなく、安保条約が調印されて10日を経た1951年9月18日に、マッカーサーに代わったリッジウェイ司令官との会談で、昭和天皇は講和条約を、「有史以来未だ嘗て見たことのない公正寛大な条約」だと高く評価して、「日米安全保障条約の成立も日本の防衛上慶賀すべきことである」「日米安全保障条約が成立し貴司令官の如き名将を得たるは我国の誠に幸とするところである」と、安保条約の成立を絶賛している。


繰り返し記すが、昭和天皇にとっては、天皇制を内外の共産主義から守ることが第一義で、そのためには米軍駐留の確保が絶対条件だったわけだ。


こうして、占領体制の継続ともいえる日米安保条約は、交渉の最高責任者である吉田首相が固辞するのを、ダレスと天皇の圧力によって翻意させ、締結にいたったのである。
http://www.asyura2.com/16/senkyo203/msg/767.html

http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/1174.html#c15

[] 昭和天皇に戦争責任はあった、しかし責任を追求していくと日本国民全てに責任は及ぶ(株式日記と・・・) まさちゃん
16. 中川隆[-6651] koaQ7Jey 2017年8月16日 08:30:51 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

カトリック教徒になろうとした昭和天皇

「昭和天皇実録」を読む (岩波新書)
昨年公開された『昭和天皇実録』は、あまり新事実がないという評判だったので興味がなかったのだが、本書を読んで驚いたのは、戦後に昭和天皇がカトリックに改宗しようと考えていた事実だ。1948年には次期ローマ法王とされていたスペルマン枢機卿と面会し、改宗について相談している(当時は単なる儀礼的訪問と発表された)。

これは天皇が「現人神」だとするとありえない話で、靖国神社もカトリック教会に改造しなければいけない。しかし天皇はそういう矛盾を気にかける様子もなく、「こういう戦争になったのは宗教心が足りなかったからだ」と述懐している。つまり彼も、国家神道なんて宗教とは思っていなかったわけだ。

これは退位問題ともからんでいた。天皇自身は退位したいと考えていたようだが、皇太子が未成年なので摂政を立てざるをえない。しかしそれはむずかしいので、天皇は改宗して国家神道を捨て、戦争責任に決着をつけようと考えたらしい。今でも日本の「保守派」には天皇制=国家神道=靖国神社と信じている人が多いが、天皇は信じていなかったのだ。
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51969028.html

http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/1174.html#c16

[] 昭和天皇に戦争責任はあった、しかし責任を追求していくと日本国民全てに責任は及ぶ(株式日記と・・・) まさちゃん
17. 中川隆[-6650] koaQ7Jey 2017年8月16日 08:32:11 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

昭和天皇がここまで政治・外交に関与していたとは衝撃的だー(天木直人氏)
8th Aug 2015 市村 悦延 · @hellotomhanks

これも私が知って驚いた歴史の一断面だ。

昭和天皇が安保条約成立の過程でマッカーサーと何度も二人だけの会談を重ね、吉田外交を出し抜いて天皇外交をしていたことは、

豊下楢彦教授の名著「安保条約の成立ー吉田外交と天皇外交」(岩波新書)
http://www.amazon.co.jp/%E5%AE%89%E4%BF%9D%E6%9D%A1%E7%B4%84%E3%81%AE%E6%88%90%E7%AB%8B%E2%80%95%E5%90%89%E7%94%B0%E5%A4%96%E4%BA%A4%E3%81%A8%E5%A4%A9%E7%9A%87%E5%A4%96%E4%BA%A4-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E8%B1%8A%E4%B8%8B-%E6%A5%A2%E5%BD%A6/dp/4004304784


で知った。

 新しい日本国憲法ができて象徴天皇として政治にかかわらないことになった後も、かくも重要な外交に繰り返し携わっていたことは驚くばかりだ。

 そう思っていたら、もっと衝撃的なスクープ報道が7月31日の東京新聞に掲載された(北京発時事)

 すなわち、秘密指定解除された米国務省の外交文書によれば、昭和天皇が佐藤栄作首相(当時)に対し、国連代表権問題で、「日本政府がしっかりと蒋介石(台湾)を支持する」ように促していたというのだ。

 いうまでもなく日本は米国と一緒になって二つの中国を推進したが、最後は国連総会決議に従って中国を唯一の代表と認めることになる。

 占領時代ならまだわかる。

 しかし、1970年代にもなっているのに、昭和天皇はここまで外交に関与していたのだ。

 あたかも昭和天皇は新憲法によって象徴天皇になったことを認識していないかのごとくだ。

 そして、とどめを刺したのが、発売中の週刊新潮夏季特大号(8月13・20日号)における「特別読物」

「英国情報工作員とも引見した『昭和天皇』復興のインテリジェンス」

に書かれていた、昭和天皇の八面六臂ぶりである。

 ジャーナリスト徳本栄一郎氏の手になるその記事は、昭和天皇が国際情勢に非常な関心を抱き、ローマ法王から海外のインテリジェンスに至るまで、幅広く接触して情報収集に努めていた史実を教えてくれている。

 我々は昭和天皇のこの行動と、それを容認していた政府、宮内庁をどう考えたらいいのだろうか。

 憲法99条は天皇を含めたこの国の指導者たちに憲法遵守義務を課しているのではなかったか。

 知らされていない史実はあまりにも多いに違いない。
http://www.twitlonger.com/show/n_1sn7qi0

http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/1174.html#c17

[] 昭和天皇に戦争責任はあった、しかし責任を追求していくと日本国民全てに責任は及ぶ(株式日記と・・・) まさちゃん
18. 中川隆[-6649] koaQ7Jey 2017年8月16日 08:32:55 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

昭和天皇は戦争を選んだ! 2015/6/15 増田都子 (著)
http://www.amazon.co.jp/%E6%98%AD%E5%92%8C%E5%A4%A9%E7%9A%87%E3%81%AF%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%82%92%E9%81%B8%E3%82%93%E3%81%A0%EF%BC%81-%E5%A2%97%E7%94%B0%E9%83%BD%E5%AD%90/dp/4907127146


目次

はじめに
1 育鵬社教科書、発行の経緯
2 育鵬社歴史教科書の昭和天皇記述を見てみよう

第一部 満州事変・日中戦争と天皇
第1章 満州事変と天皇
1 大日本帝国は不戦条約を最初に破った国となった
2 天皇は、皇軍の独断越境を許した
3 天皇は、謀略と知りながら、満州侵略軍におほめの勅語を与えた

第2章 日中戦争と天皇
1 五・一五事件と二・二六事件に対する天皇の態度の違いは?
2 天皇は、日中戦争拡大派だった
3 天皇の直接統帥命令である軍令で、大本営が設置された
4 「天皇は国策決定の御前会議では発言しない」というカラクリ
5 天皇は、板垣陸軍大臣に「朕の命令なく一兵も動かすな」と命令した

第ニ部 太平洋戦争と天皇
第1章 開戦決定と天皇
1 天皇が言う「八紘一宇の真精神」とは?
2 天皇の「八紘一宇の真精神」と「平和主義」
3 天皇の裁可により、日本軍は対米戦へのルビコン川を渡った
4 天皇は、対米戦に直結する南進作戦計画作成を命じた
5 天皇は、火事場泥棒を裁可した
5 天皇は、まだ対英米戦の決意はできなかった
6 天皇は平和主義者だったから、明治天皇御製を読み上げたのか
7 天皇は、対米戦を避け得る道を拒否した
8 大日本帝国憲法は立憲君主制か
9 「白紙還元の御諚」は、天皇の平和主義を証明するか
10 天皇は、対英米開戦の「要領」を納得して裁可していた
11 念には念を入れた天皇の「聖断」で開戦が決定された
12 天皇は、九月六日の御前会議で示した態度の理由を語っていた
13 天皇は、「自分の考えと異なる」ことのない開戦実行に満足していた
14 敗戦後の天皇の「開戦時」に関する発言を確認しよう

第2章 開戦後の天皇
1 天皇は、緒戦の勝利に舞い上がった
2 軍は国民も天皇も、欺していたか
3 天皇は、焦って軍に決戦を要求した
4 支配層の一部は一九四四年から「終戦」を考えたが、天皇は考えなかった
5 天皇は、近衛の早期降伏論も拒否した
6 天皇は、東京大空襲を受けても降伏を考えなかった
7 天皇は、一九四五年五月ころから、やっと終戦を考えるようになった
8 近衛の和平交渉条件には何が書いてあったか

第3章 敗戦と天皇
1 天皇は、原爆が投下されても降伏を考えなかった
2 天皇は、国民を救うために「降伏」を決意したのか         
3 天皇は、八月十五日から「朕の一身は如何あろうとも、国民が戦火に斃れるのを見るのは忍びない」か
   ら終戦にしたと大宣伝した
4 天皇は、「鬼畜米英」のマッカーサーに、協力を申し出た
5 天皇は、真珠湾奇襲の責任を東条に押し付けた
6 天皇は、マッカーサーとの第一回会見時、「全責任を負う」と発言したか
7 天皇は、食糧等の「配給量を一般国民と同じにし、粗末な食事をとっていた」か

第三部 日本国憲法制定後の天皇
第1章 天皇と日本国憲法
2 天皇の戦争責任免罪のため、日本政府は嘘で固めて敗戦後を出発した
3 天皇は共産党が嫌いだが、右翼は気に入っていた
4 天皇バンザイ教カルト信者は、平然と真っ赤な嘘を公表した
5 天皇は、アメリカの占領統治に役立つ協力者として免罪された
6 憲法第一条と第九条は天皇制を守るためのワンセット
7 昭和天皇は、いやいや、日本国憲法を受け入れた
8 昭和天皇は、戦争責任を認めず、退位を拒否した
9 東京裁判は、天皇免罪が大きなテーマだった

第2章 日本国憲法下の天皇と沖縄・安保条約
1 天皇は、ストを行う国民を憎悪した
2 天皇は、日本国憲法施行と同時に憲法を蹂躙する政治干渉を開始した
3 天皇は、沖縄を売った
4 天皇は、マッカーサーの袖にすがって退位を免れた
5 天皇は、側近だった木戸の退位進言を拒否した
6 天皇は、政府の頭越しに日本国の主権も売り渡した
7 天皇は、主権を売り渡した安保条約成立を慶賀した
8 宮内庁(天皇)は、『風流夢譚』事件のテロを助長した
9 天皇は、ずっと日本国憲法ではなく、大日本帝国憲法を守っていた!?
10 天皇は、自分の戦争責任を暴露する高松宮に激怒した
11 天皇は、初訪米で謝罪したかのような発言をしたが、日本国内向けは違っていた
12 『裸の王様』の死後も、明仁天皇と政府は虚飾の衣装を賛美し続ける

おわりに
1 敗戦後五〇年、昭和天皇死去から六年後、初めて日本政府は「侵略と植民地支配の過去」を認めたが…
2 敗戦後七〇年、歴史の歯車を逆回転させる、戦争する憲法を作っていいか

http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/1174.html#c18

[] 昭和天皇に戦争責任はあった、しかし責任を追求していくと日本国民全てに責任は及ぶ(株式日記と・・・) まさちゃん
19. 中川隆[-6648] koaQ7Jey 2017年8月16日 08:36:40 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
日本人はみんな,天皇家は精神薄弱の家系で昭和天皇も自分では何一つ決められない意志薄弱の知恵遅れだと思い込まされてきた.

しかし,それは世を欺く仮の姿だったのだ:


ある60才代の風変わりな華族は、私に英語で以下のように告げた。

「もちろん、貴君は私をたぶらかそうとしていると思う。貴君は私に何を言わせたいのかね。

私は裕仁を子供の頃から存じている。

彼は、戦争好きの馬鹿ロマンチストだったし、たぶん今でもそうだと思う。

しかし、もう数十年もご無沙汰している。私は、自分の古い時代に乱されたくはない。もし、貴君が私の名前をあげるなら、私が貴君には会ったこともないことにする。」
http://www.retirementaustralia.net/rk_tr_emperor_04_choshakara.htm

昭和天皇は若いころから、宮中の書斎にはナポレオンの胸像が飾られていた(有名な話らしい)。パリを訪問したときに土産として自分で買ったもので、珍重していた。

「ナポレオンの軍隊は安上がりの徴集兵で」彼は「この軍隊を愛国心に燃える兵隊の群れに仕上げた。日本の軍隊は葉書一枚で徴兵された“民草”といわれる安上がりの軍隊で、ナポレオンの軍隊以上に愛国心に燃えていた。

ナポレオンは補給のほとんどを現地補給とした。天皇の軍隊はこれを真似た。

ナポレオンは参謀部をつくり、機動力にまかせて、波状攻撃を仕掛けた。天皇は大本営を宮中に置き、参謀部の連中と連日会議を開き、ナポレオンと同様の波状攻撃を仕掛けた。」

「あの真珠湾攻撃は、そしてフィリピン、ビルマ、タイ…での戦争は、ナポレオンの戦争とそっくりである。」と鬼塚氏は書いている。そう言われれば確かにそうだ。

 つまり、昭和天皇はナポレオンを崇拝し、彼にならって大戦争を仕掛けるという壮大な火遊びをやったのである。真珠湾攻撃が「成功した」と聞くと、狂喜乱舞したと言われる。2・26事件当時の侍従武官・本庄繁の『日記』には、天皇がナポレオンの研究に専念した様子が具体的に描かれているそうだ。

終戦の玉音放送が流れる日の朝、侍従が天皇を書斎に訪ねると、昨夜まであったナポレオンの胸像がなくなっており、代わってリンカーンとダーウィンの像が置いてあった、と…。

 この変わり身の素早さには驚かされる。つまりもう占領軍が来てもいいように、好戦的なナポレオンの像は撤去し、アメリカの受け(好印象)を狙って、リンカーンを飾り、自分は生物学に専念している(政治に無関心な)人間なのだとの印象を与えるためダーウィンを飾ったのであった。天皇は書斎からしてこうなのです…といえば、戦争責任が回避でき、マッカーサーに命乞いできるという思惑である。

戦後、天皇が海洋生物の研究家になったのは、ただひとえに自分が専制君主ではなかったというポーズであり、戦争中の責任を隠す念のいった方便だった。国民もそれに騙された。

 そして戦争指導の責任を全部、東条ら軍人(それも陸軍ばかり)に押し付けた。

大東亜戦争で米英と戦った主力は帝国海軍である。陸軍の主任務地は支那およびビルマやインドであって、太平洋を主任務地としたのは海軍であったから、あの太平洋での拙劣きわまる作戦で惨敗につぐ惨敗を喫し、国家を惨めな敗北に導いた直接の責任は、海軍にあった。

ところが、戦後は「海軍善玉論」がマスコミや出版界を席巻し、あの戦争は全部陸軍が悪かったという風潮が醸成された。多くの作家(阿川弘之ら)がそのお先棒を担いだ。

だから後年、阿川弘之が(あの程度の作家なのに)文化勲章を授賞したのは、海軍と天皇の戦争責任を隠してくれた論功行賞であったとしても不思議はない。

海軍の作戦を宮中の大本営で指導したのが、昭和天皇だったから、天皇としてはどうしても敗戦の責任を海軍に負わせるわけにはいかなかった。そこから「海軍善玉論」を意図的に展開させたのではないか。

佐藤氏は太平洋の作戦全般を大本営の服部卓四郎や瀬島龍三ら下僚参謀が勝手に指揮したと書いているが、知ってか知らずか、さすがに本当は昭和天皇が指導したとは書いていない。

東京裁判で収監された東条英機は尋問に答えて、

「我々(日本人)は、陛下のご意志に逆らうことはありえない」と言った。

これは当時としては真実である。

しかし東条のこの発言が宮中に伝えられると天皇は焦ったと言われる。責任が全部自分に来てしまい、自分が絞首刑にされる。

それで天皇は部下を遣わして、東条と軍部に戦争責任を負わせるべく工作をした。

 それから天皇は、なんと東京裁判のキーナン検事に宮廷筋から上流階級の女性たちを提供し、自分が戦犯に指名されないよう工作した。キーナンはいい気になって、しきりに良い女を所望したと鬼塚氏は書いている。

キーナンに戦争の責任は全部東条ら陸軍軍人におっかぶせるからよろしく、との意向を女を抱かせることで狙った。女優・原節子がマッカーサーに提供されたという噂は、噂ではあるが、当時から根強くあったのは有名である。おそらくそういう悲劇が多数あったのだろう。

みんな天皇一人が責任を回避するためであり、東条らが天皇を騙して戦争を指揮したというウソの歴史をつくるためであった。
http://blog.goo.ne.jp/hienkouhou/e/bd61d9d5c3085df3fddc6adf68c4c7d2

私が会った皇室家族の二人は、私との会話に、1926年からの日本の支配者、裕仁天皇についての、いくつもの物語を滑り込ませていた。こうした物語は、印刷物として報じられたことはなく、私は最初、皇室内のゴシップとして聞き流した。
しかし、後にその全体の文脈で見ると、そこには取り上げるべき重要さが潜んでいた。

たとえば、真珠湾攻撃の夜、裕仁がマラヤからの短波放送を聞いていたとか、
彼はかって、息子をもつため、人工授精による出産をおこなっていたとか、
彼の誕生は、一般に言われているより一年早かったとのうわさがある、などなどである。


 こうした話から私が確信することは、裕仁が、少なくとも、そのように見せようとしているような、素直な歴史の被造物なぞでは決してないということである。

彼の侍従の話では、彼は、強力な独裁制の主唱者として登場してきたという。

彼は、卓越した知性の持ち主とも言われている。

1945年までは、彼は、政府のあらゆる詳細に明るく、すべての分野の官吏と逐一協議しており、常時、世界情勢についての全体的視野を保持していたという。

彼の、民事、軍事、宗教上の力は、絶対的なものと受け止められておりながら、
彼はそれをただ儀礼的に、かつ国務大臣の推奨を追認するのみで執行していたとも言われている。

また、どの話の中でも、彼は常に大臣の構想に遅れを取らずに助言を与え、
そして、彼が受け入れられるような推奨案へと舵取りしていたことが次々と語られている。

また、時には、反対する見解をも採用し、少数意見も受け入れ、あるいは、
ひとつの推薦案を丸々無視したとすらも認められていた。

裕仁天皇は、米国との戦争の布告に署名をしていた。それは、彼の意思にはそわずにされたものと言われていたが、戦争開始数ヶ月後の、近衛首相の退陣までに作成された記録には、そうした記述は残されていない。また、もし彼が戦争を差し止めようとしたならば、暗殺されたかもしれないとも言われている。しかし、こうした主張は、こじつけのようである。というのは、兵士も将校もすべて、天皇のために死ぬ備えをしており、彼を暗殺するほどにかけ離れた日本人は、戦争に反対の西洋化した銀行家や外交官だけであったからである。

 裕仁天皇は、1937年、軍隊を華北へ送る命令に判を押した。これも後に、意思にそわずに行われたものと言われ、また、その二ヵ月後には、華中、華南へ出兵する命令にも判を押した。

彼は参謀本部の躊躇した「軍国主義者」の忠告に従い、華南の命令の執行を不本意に延期した。彼は、戦局を自ら掌握できるよう、皇居のなかに、大本営を設置した。

当時の首相が天皇のあまりな傾倒に苦言を呈しているように、彼は戦争計画に没頭するようになった。

そして遂に、彼の伯父は、中国の首都、南京攻撃の命令を引き受け、南京のあるホテルに居を移し、彼の軍隊が、10万人を超える無防備の軍民双方の捕虜を殺しているのを傍観していた。それは、第二次大戦でおこなわれた最初の集団虐殺で、この伯父が東京に戻った時、裕仁は、自らでかけて、伯父への名誉の勲章を与えた。

 それをさかのぼる1931年から32年、裕仁は、満州領有に許可を与えた。これも後になって、不承々々のものとされたが、彼は、自らが代表する天皇の統帥機関により生じた企ての全的責任を負うことに躊躇していた、と当時の記録は明確に記録している。そしてふたたび、この領有が完了した時、彼はその実行者たちに勲章をあたえ、その大将を自分の侍従武官兼軍事輔弼〔ほひつ:天皇への助言者〕の主席にさせている。

 こうした明白な諸事実より、天皇裕仁の行為と、後年、彼について語られた言葉との間には、大きな食い違いがあると結論付けうる。

私は、資料文献を読みながら書き留めたノートのすべてを見直しかつ再考察し、日本の近世の歴史は、第二次大戦以来提起されているように、一部、参謀本部の逆諜報専門家や、一部、皇室取巻きの上層部によって、戦争末期に捏造された幻想に巧に由来している、と確信するようになった。

 こうした日本の表向きの物語は、何度も、すでに生じていたことがその結果にように引き合いに出され、論理的に逆転している。偶然な出来事や自然発生した大衆行動が、高官レベルで、それに先立つ数ヶ月あるいは数年前に、実際に議論されていたことを、その時々の資料は、一度となく示している。天皇の主席政治輔弼、内大臣(訳注)は、慣例のように次期首相を任命し、現職首相の職が危ういような政府の危機の際には、それに先立つ数週間ないし数ヶ月間は、「彼の特務期間」と呼ばれた。そのやり取りは記録として残されてもおり、その中で内大臣は、続く二代の政府の組閣構成やその成果を、正確に見通している。

終戦時、オーストラリア、ニュージーランドそして中国の高官はすべて、裕仁天皇は日本の君主であり、日本の戦争責任者のリストの先頭におかれるべきであることに同意していたことを、キャンベラの書庫で発見して、私には心をやわらげられるものがあった。彼らは、その後、マッカーサー将軍の決定――天皇を国際法の下の戦争犯罪人とするより日本の復興のために用いる――(私自身、これは賢明な決定と思う)に従った。

私の調べた確証から浮かび上がる天皇の姿は、公式の伝記にあらわれる姿とは、まるで写真のネガとポジのように異なっていた。

私の見方では、裕仁は、献身的で、衰えを知らず、利巧かつ細心で、そして忍耐力を備えた、卓越した戦争指導者だった。

彼は、アジアから白人を追放するというその使命を、大祖父から引き継いでいた。だが、国民は無関心かつ後進的であったので、人々をそうした役務にかりだすため、戦争の20年前から、心理的、軍事的に準備を重ね、巧みにあやつっていった。

公式の人物像は、これとは逆に、裕仁を、魅力に乏しいところの多い、文化的な隠居した生物学者で、自らの公務は将官や総督にゆだね、そのすべてのエネルギーをおだやかに、きのこや小さな海洋生物につぎこむ人、と描いていた。

その年の一月、私の調査が終わろうとしていた時、原書房という東京の小さな出版社が、戦時中の陸軍参謀総長、杉山元〔はじめ〕大将が1940年から44年に書きとめた備忘録〔『杉山メモ』〕を出版した。これは、日本国家の最高位の軍事将校による歴然たる手書き資料である。杉山は日本が降伏した1945年に自殺しており、彼の記録を装飾する機会はなかった。記録のほとんどは、無味乾燥な軍事的詳細か、さらに単調な軍事用語で満たされていた。しかし、そのうちのいくつかは、裕仁との会話の言葉どおりの記述である。

それらは、裕仁が、真珠湾攻撃の数ヶ月前、軍事的、経済的計画について、詳細な質問をしていることを記していた。

それは、マッカーサー将軍が語ったという、裕仁が戦後将軍に告白した――1941年にはすべての軍事的、経済的事柄については無知であった――という発言と真っ向から食い違っていた。

 最も驚くべきことは、1941年1月、対米戦勃発の11ヶ月前、裕仁が独自に、真珠湾への奇襲攻撃のフィジビリティー調査を命じていることを、『杉山メモ』が記録していることである。

それ以前では、欧米の歴史家は、少なくとも1941年11月までは、裕仁は真珠湾奇襲攻撃計画については何も知らなかった、と信じていた。1941年当時の侍従長、鈴木貫太郎は、戦後、裕仁は真珠湾攻撃計画については、それが実行されるまでは知らなかった、とはばかることすらなく記している。

 『杉山メモ』はまた、裕仁は、真珠湾計画に、彼の公式軍事輔弼がそれを告知される丸六ヶ月前の段階で、参加していたことを明らかにしている。極東国際軍事法廷の連合軍判事たちに提示され、また、宣誓のもとでの目撃証言や緻密な調査によって検証された証拠は、裕仁を戦争にまで引きずり込んだとされる「軍国主義者」の誰もが、1941年8月まで、真珠湾計画を知らなかったと結論ずけている。


国際軍事法廷は、日本人指導者に「侵略戦争への陰謀」との判決を下し、1928年から1936年の間の日本を運命付けた少なくとも八件の主要陰謀を明白とさせた。また、陰謀は、日本文化においては、古くから、由緒ある地位に置かれてきた。戦前の日本の領土軍〔植民地配属軍のことか〕は、公式に「謀略部」と称する参謀チームを設けていた。

私は、その連合国判事が判明させたリストに、さらに六件の陰謀を加え、それらのすべてを、裕仁を中心とする皇室がからむ陰謀とした。裕仁は、秘密裏に少数派に働きかけ、最初は日本を欧米との戦争に導き、そしてそれに敗北すると、その記録を隠蔽した。

欧米の歴史家は、日本人をえがくにあたって、集団ヒステリーの産物という考えでもってあまりに懲り固まっているようだった。

日本経済の記録は、そうした思い込みが誤りであることを示している。わずか一世紀昔の1868年、日本の経済発展は、1485年にヘンリー七世が王座にあった英国に相当すると見られていた。

過去一世紀の変貌は、常軌を逸した不可解な人々によって成し遂げられたのではなく、もっとも勤勉で知的な人々によってなされたのである。

私は、これまでの生涯、日本人に畏敬とそれを知ることの喜びを感じてきた。日本の指導者たちが、欧米の指導者たちと同様に、極めて賢い人たちであるということは、この著作の基本的前提である。

1945年、連合軍がドイツを制圧した際、何百万ページもの国家文書が発見された。これに対し、連合軍が取り決められた日本の占領を始めた時、戦争終結からまだ2週間しかたっていないにもかかわらず、アメリカ人の手に入ったもので、何らかの重要性をもつ文書は、日本人によって自発的に提供されたものであった。

1937年より1945年まで皇居において天皇が議長を勤めて行なわれた天皇本部の会議議事録は、すべて焼却されたと言われている。陸軍参謀本部、海軍参謀本部、特高警察のファイル類の大半も、同様であった。
http://www.retirementaustralia.net/rk_tr_emperor_04_choshakara.htm


東京から80キロメートルほど海岸線沿いに下った山間に、節くれだった松林に囲まれ、等身大以上の観音像――慈悲の仏教の女神――が立っている。 観音の衣の背後の草むらの中に、1.2メートルほどの空地を見つけることができる。下部の通路からは見えないそこに、七枚の灰色に変色した無塗装の細板が地面に突き立ててある。

それぞれには、墨で書かれた以下の名前が見られる。

東条英機、板垣征四郎、土肥原賢二、広田広毅、木村兵太郎、武藤章そして松井岩根。

彼らは、日本のヒットラー、ヒムラー、ゲーリングとして、二年間の審問の後の1948年、連合軍によって絞首刑に処せられた者らである。

その近く、数百メートル下った海を見晴らす高台に、小さな神社がある。その軒先には、色とりどりの紙で飾られたしめ縄がかけられている。その周り廊下の端に置かれた台の上に記名帳があり、そうした絞首刑にあった者の家族らが、1950年初め以来、毎月一回ないし二回、そこに記名している。

おおくの日本人にとって、彼ら七人は、そう罰した国際法廷が言う意味での有罪犯ではなかった。彼らは、日本を戦争へと導いた悪い陰謀者でも、ヒットラーやその一味のような狂った者らでもなく、むしろ、天皇への忠誠な奉仕者であり、政府の責任ある官吏であり、西洋式法廷の要求を満たすため、支配階級によって白羽の矢が立てられた象徴的身代わりであった。

 日本人のほとんど誰もが、1948年の戦争犯罪法廷での判決を非難するが、だからといって、日本人は、多数の選択として戦争を行ったとも、その兵隊たちが公式の指令なくして強姦や殺人を行ったとも思っていない。
http://www.retirementaustralia.net/rk_tr_emperor_10_1.htm


天皇の7人の最も「忠実な下僕」が絞首刑に、18人が占領の間中の投獄、そして、天皇自身は皇位から退位もせず、「立派な自由主義的な紳士」となった。

1948年12月22日、絞首台に向かおうとする東条、松井ほか5名の男たちは、全員で天皇に「万歳」――裕仁朝廷の永世を誓う――を唱和した。

その処刑に立合う責を負った連合軍の外交代表は一列となって、死刑判決を受けた者らの冷徹なユーモアとも映る行動を、深い印象と共に目撃していた。

裕仁のみが生き長らえ、そして記憶にとどめられていた。

戦争後の四年間、彼は戦前からの擦り切れた背広のみを着て、人々とみじめさを共有する姿勢を表した。

そして1949年、アメリカの新聞が彼をぼろを着て散歩していると報じたと家臣が告げたことを契機に、彼は、彼の結婚25周年を記念して、背広を新調することを受け入れた。

その数年後、作家、小山いと子が、皇后良子について小説を書いた時、その新しい背広について書いて話を終わらせていた。

天皇はイソップやアンデルセンを好み、この作家は、彼女の「天皇の新しい服」という喩えが、彼の好感をさそうだろうことを予期していた。

 「天皇の新しい服」は、喩え話として、1950年代を飾った。1940年代の西洋の判事と報道記者の執拗な疑念は忘れ去られた。
http://www.retirementaustralia.net/rk_tr_emperor_13_3_4.htm


昭和天皇、A級戦犯靖国合祀に不快感・元宮内庁長官が発言メモ

 昭和天皇が1988年、靖国神社のA級戦犯合祀(ごうし)に強い不快感を示し、「だから私はあれ以来参拝していない。それが私の心だ」と、当時の宮内庁長官、富田朝彦氏(故人)に語っていたことが19日、日本経済新聞が入手した富田氏のメモで分かった。昭和天皇は1978年のA級戦犯合祀以降、参拝しなかったが、理由は明らかにしていなかった。昭和天皇の闘病生活などに関する記述もあり、史料としての歴史的価値も高い。

昭和天皇がある時期から靖国神社を参拝されなくなった理由は「A級戦犯」合祀であろう、という推測が以前からあった。この記事内容が事実であるなら、その推測が資料で裏付けられたことになり意義深いと思う。

首相の靖国参拝問題などの諸問題は、このことで一気に解決するとは思えない。
そこで記事の引用(2件)

<昭和天皇>靖国合祀不快感に波紋…遺族に戸惑いも

 「だからあれ以来参拝していない。それが私の心だ」。富田朝彦・元宮内庁長官が残していた靖国神社A級戦犯合祀(ごうし)への昭和天皇の不快感。さらに、合祀した靖国神社宮司へ「親の心子知らず」と批判を投げかけた。昭和天皇が亡くなる1年前に記されたメモには強い意思が示され、遺族らは戸惑い、昭和史研究者は驚きを隠さない。A級戦犯分祀論や、小泉純一郎首相の参拝問題にどのような影響を与えるのか。

■A級戦犯の遺族
 「信じられない。陛下(昭和天皇)のお気持ちを信じています」――A級戦犯として処刑され、靖国神社に合祀される板垣征四郎元陸軍大将の二男の正・日本遺族会顧問(82)=元参院議員=は驚きながらも、そう言い切った。


日本近現代史に詳しい小田部雄次・静岡福祉大教授は「昭和天皇の気持ちが分かって面白い」と驚き、「東京裁判を否定することは昭和天皇にとって自己否定につながる。国民との一体感を保つためにも、合祀を批判して戦後社会に適応するスタンスを示す必要もあったのではないか」と冷ややかな見方を示した。その上で「A級戦犯が合祀されると、A級戦犯が国のために戦ったことになり、国家元首だった昭和天皇の責任問題も出てくる。その意味では、天皇の発言は『責任回避だ』という面もあるが、東京裁判を容認する戦後天皇家の基盤を否定することもできなかったのではないか」と話した。

天皇の靖国神社参拝は1975年11月21日に昭和天皇が行って以来、今の天皇陛下も含め行われていない。同神社や遺族側は、その後も「天皇参拝」を求めているが、30年以上途絶えたままだ。これまでいくつかの理由が推測で語られていたが、今回の「富田元長官メモ」は、このうちの一つを大きくクローズアップした。

 宮内庁によると昭和天皇は、終戦に際し45年11月に同神社を参拝。その後も数年おきに訪れ、75年までに戦後計8回参拝した。

 途絶えた理由に挙げられるのは

(1)78年のA級戦犯合祀
(2)対外関係の考慮
(3)公人私人問題――など。

今回のメモは(1)が大きな理由だったと読める。
http://yy32zi.at.webry.info/200607/article_10.html


問題の天皇発言は、富田朝彦元宮内庁長官(故人)の手帳に記されていた(1988年4月28日付)。メモによると、昭和天皇はA級戦犯を合祀した当時の靖国神社宮司を名指しで批判、

「だから私(は)あれ以来参拝していない それが私の心だ」などと語ったという。

 天皇メモをスクープした日本経済新聞は「昭和天皇がA級戦犯合祀に強い不快感を示したのは、過去の戦争への痛切な反省と世界平和への思い、米英両国や中国など諸外国との信義を重んじる信念があったためと推察される。そうした昭和天皇の思いを日本人として大事にしたい」(7/21社説)として、小泉首相に靖国神社参拝を自制するよう求めた。「朝日」「読売」なども同様の論調を掲げている。

 時代錯誤とはこのことを言う。大手メディアがそろいもそろって首相の行動をいさめるのに天皇の言葉を持ち出すとは、とても主権在民の憲法を持つ国の出来事とは思えない。これは明らかに「天皇の政治利用」にあたる。
 そもそも、マスメディアのメモ解釈には無理がありすぎる。

昭和天皇が戦後も続けていた靖国神社への参拝を、A級戦犯の合祀(78年)を理由にとりやめたのは事実であろう。ただしそれは「戦争への痛切な反省と世界平和への思い」からではない。自身の戦争責任追及を昭和天皇が恐れたからだ。

 A級戦犯を神と崇める神社に参拝などしたら、苦労して築き上げた「平和主義者・天皇」のイメージが一瞬にして瓦解する。

つまり昭和天皇は天皇家の延命という観点から、靖国神社の勝手な行動に激怒した−−こう考えたほうが自然である。

 昭和天皇が松岡洋右元外相らに開戦責任を押しつける発言をしていたことは他の史料でも明らかになっている。戦犯連中にしてみれば、「本来なら最高責任者の陛下こそ戦犯じゃないか」というツッコミをあの世から入れたい気分ではないか。
http://www.mdsweb.jp/doc/947/0947_08a.html


昭和天皇の身代わりになって処刑された東条英機

1947年の12月、戦時中の首相、東条は自らを弁護して証言台に立った。
彼は生贄の羊となることを望んではいたものの、降伏以降、彼への雑言悪態は
限度を越えていた。

中には、天皇自身が、東条の命令不服従の不実を非難しているとさえ報じられていた。あるいは、日本の新聞は、東条が自決しようとして、刀ではなく拳銃を使ったことを、臆病者と呼んでいた。東条の家族は、近所からライ病患者のごとく扱われ、お金にも不自由した。彼の弟は、二ヶ月前、列車中で一袋の米を盗んだとして逮捕されていた

1947年の大晦日、東条への直接尋問のなかで、〔木戸の〕弁護人
ログマンはこう質問した。

「天皇の平和に対してのご希望に反して、木戸侯爵が行動をとったか、
あるいは何かを進言したという事実を何か覚えていますか?」

 東条 そういう事例はもちろんありません。私が知る限りにおいてはありません。
のみならず、日本国の臣民が、陛下のご意思に反して、かれこれすることはあり得ぬことであります。 いわんや、日本の高官においておや。


ログマン 以上をもって、木戸卿に代わる私の尋問を終わります。

裁判長(ウェッブ) 今の質問がどのようなことを示唆しているかは、
よく理解できるはずである。

 まさしく、それは誰もが知っていたことだった。

そこでキーナンは、彼の証人の切り札たる田中隆吉を、富士山麓の山中湖畔の自宅で休暇中のところより呼び戻し、ただちに巣鴨刑務所の東条に会いに行かせた。

だが東条はそれに応じようとはしなかったので、田中は皇居に行き、木戸の前秘書で
天皇の顧問の後継者、松平康昌に情況を説明した。次いで松平は、同僚の
側近たちと相談し、収監中の元内大臣木戸に手紙を送る許可を裕仁よりえた。

東条とは隣同士の房にいる木戸は、さっそく東条との話し合いに入った。
彼は東条と護衛の監視下で仕切り越しに長々と話をした。

木戸はまた、
刑務所中庭で運動の際、直接に東条に話しかけ、東条の家族の状況を改善させることを約束した。 小男で近眼の木戸ながら、彼は刑務所の雑務中でも裕仁の代理人であったため、東条は彼の話を無視することはできなかった。

二日にわたって話が交わされた後、ついに東条は折れた。

彼は法廷にもどると、キーナンによる反対尋問の中で、

自分が天皇を戦争を始めるよう説得し、それによって、裕仁を自身の気持ちに反して動くように強いさせたかも知れないことを認めるに至った。
http://www.retirementaustralia.net/rk_tr_emperor_13_3_4.htm


内閣特別顧問の石原莞爾――退役した満州戦略家――は、敗戦の説明をおこなうため、全国の津々浦々を行脚した。

彼の話す内容は、戦争を始めたのは元首相東条であり、彼以外に責任はない、という単純なものであった。

1930年代初め、石原と東条は、天皇の支持を取り付けるため互いに争っていた。だが東条が勝利していた。今、東条を犠牲者に祭り上げるにあたり、石原ほど詳細を知るものはいなかった。

出身地東京で一年以上の退役生活を送っていた東条は、その中傷を冷徹に受け入れ、戦争の責任を全面的に負うのが自分の意思であると、友人たちには内々に語っていた。

友人たちは彼の意思を尊重したが、以前の部下や下僕たちはそれに反発した。たとえば、官邸に20年間使えてきた給仕は、東条を、もっとも人間的で思慮深い人物であると述べていることが幾度も取り上げられていた。
http://www.retirementaustralia.net/rk_tr_emperor_10_3a.htm


マスコミ報道等では、第二次世界大戦は日本の軍部が独走し、
天皇は仕方なくそれに引きづられた・・という事になっている。

そのため戦争中首相であった東条英機は戦争犯罪者として処刑され、
天皇は「罪を問われなかった」という事に「なっている」。


1944年7月20日、天皇の東条英機あての勅語。

「あなたは(東条は)、朕(天皇)の行う戦争において、朕の指導の下に
十分職務を果たした。」・・()内部、筆者の注。

ここで天皇自身「が」主体となって戦争を行っている事、つまり軍部に引きづられて
戦争が行われているのでは無い事、

東条が「天皇の指導の下」にその命令通りに戦争を行って来た事を、天皇自身が証言している。

天皇は、自分の行った戦争の責任を全て東条に押し付け、東条を処刑させ、
自分だけ生き延びたのである。

戦争中、東条は1日に3回天皇を「御機嫌うかがい」のため訪問し、
政界では「ゴマすり東条」と批判されていた。

東条を始めとした政界軍部が「強引に戦争を行い」、天皇がそれに引きづられる等という事は、
この東条と天皇の「力関係」から見て有り得ない。

天皇は東条に全責任を押し付け、自分だけ生き延びたのである。
http://alternativereport1.seesaa.net/article/49704032.html


昭和天皇の身代わりになって処刑された松井石根

ついに本当の事は言えませんでしたね:

「南京事件ではお恥しい限りです。南京入城の後、慰霊祭の時に、シナ人の死者も
一しょにと私が申したところ、参謀長以下何も分らんから、日本軍の士気に関するでしょうといって、師団長はじめあんなことをしたのだ。

 私は日露戦争の時、大尉として従軍したが、その当時の師団長と、今度の師団長などを比べてみると、問題にならんほど悪いですね。日露戦争の時は、シナ人に対してはもちろんだが、ロシヤ人に対しても、俘虜の取扱い、その他よくいっていた。今度はそうはいかなかった。
政府当局ではそう考えたわけではなかったろうが、武士道とか人道とかいう点では、
当時とは全く変っておった。

 慰霊祭の直後、私は皆を集めて軍総司令官として泣いて怒った。その時は朝香宮もおられ、柳川中将も方面軍司令官だったが。折角皇威を輝かしたのに、あの兵の暴行によって一挙にしてそれを落してしまった、と。ところが、このことのあとで、みなが笑った。 甚だしいのは、或る師団長の如きは「当り前ですよ」とさえいった。

 従って、私だけでもこういう結果になるということは、当時の軍人達に一人でも多く、深い反省を与えるという意味で大変に嬉しい。折角こうなったのだから、このまま往生したいと思っている」
http://www.geocities.jp/yu77799/gunjin.html#matuiiwane


キーナンは、自分が技巧的に追及してきたその判決を聞いた日の夜、
彼の切り札証言人、田中隆吉と一杯飲みに外出した。彼は酔いにかまけつつ、

「馬鹿げている、まったく馬鹿げた判決だ」と口にした。彼が最も反対してきた判決は、
松井――南京攻略の際、その命令が悪用された痛ましい小柄な大将――の死刑だった。

 公正は私に、被告に有罪を決定する際、天皇の免責について再考するよう、求めている。
http://www.retirementaustralia.net/rk_tr_emperor_13_3_4.htm

http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/1174.html#c19

[] 昭和天皇に戦争責任はあった、しかし責任を追求していくと日本国民全てに責任は及ぶ(株式日記と・・・) まさちゃん
20. 中川隆[-6647] koaQ7Jey 2017年8月16日 08:44:36 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

鬼頭久二(1916年8月生まれ)
第16師団歩兵第33連隊 第1大隊

南京戦の時、当時の宮さん〔朝香宮〕から命令があって、その命令は中隊長か小隊長から聞いたけど、

「犬も猫も含め生きている者は全部殺せ」

ちゅう命令やった。

天皇陛下の命令やと言ったな。

当時のことを書いた日記帳は終戦の時に全部焼いた。
http://www.geocities.jp/kk_nanking/
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/m/pages/468.html

http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/1174.html#c20

[昼休み53] 中学で一番の美少女に毎朝精液を飲ませていた旭川女子中学生校内集団レイプ事件 中川隆
19. 中川隆[-6646] koaQ7Jey 2017年8月16日 10:01:27 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

壇蜜の「エロ系」宮城PR動画

壇蜜主演 【涼・宮城の夏】仙台・宮城観光PR動画 - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=%E5%A3%87%E8%9C%9C%E4%B8%BB%E6%BC%94+%E3%80%90%E6%B6%BC%E3%83%BB%E5%AE%AE%E5%9F%8E%E3%81%AE%E5%A4%8F%E3%80%91%E4%BB%99%E5%8F%B0%E3%83%BB%E5%AE%AE%E5%9F%8E%E8%A6%B3%E5%85%89PR%E5%8B%95%E7%94%BB+
http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/738.html#c19

[昼休み53] 風俗嬢「涙の極貧物語」 中川隆
31. 中川隆[-6646] koaQ7Jey 2017年8月16日 11:25:47 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

風俗嬢にもなれない「最貧困女子」から人生について考えてみた
http://diamond.jp/articles/-/138222
2017.8.16 橘玲:作家 ダイヤモンド・オンライン


作家であり、金融評論家、社会評論家と多彩な顔を持つ橘玲氏が自身の集大成ともいえる書籍『幸福の「資本」論』を発刊。よく語られるものの、実は非常にあいまいな概念だった「幸福な人生」について、“3つの資本”をキーとして定義づけ、「今の日本でいかに幸福に生きていくか?」を追求していく連載。今回は現代日本の貧困について考える。

■リア充とプア充

 私が「人生のインフラ」を構成する3つの資本(金融資産・人的資本・金融資本)に思い至ったのは、現代日本の(とりわけ若い女性の)貧困を取材したノンフィクション作品を読んだときです。読者のなかには「貧困のことなど興味がない」というひともいるかもしれませんが、これは私たちがどのような社会に生きているかを知る興味深い事例なので、その話をしましょう。

 ジャーナリストの鈴木大介氏は、『最貧困女子』(幻冬舎新書)で“リア充”と“プア充”について述べています。

 リア充とは、一流企業に勤めていたり、友だちや恋人がいたりして、ネット上だけでなくリアル(現実)も充実している若者のことです。

 一方プア充は、貧困ラインを大きく下回る年収100万〜150万円の地方の若者たちのことですが、鈴木氏は「彼らはプアではあるが“貧困”ではない」といいます。なぜなら、彼らの日々の生活は充実しているからです。

 鈴木氏が紹介するプア充は北関東に住む28歳の女性で、故障寸前の軽自動車でロードサイドの大型店を回り、新品同様の中古ブランド服を買い、モールやホムセン(ホームセンター)のフードコートで友だちとお茶し、100円ショップの惣菜で「ワンコイン(100円)飯」をつくります。肉が食べたくなれば公園でバーベキューセットを借りて、肉屋で働いている高校時代の友人にカルビ2キロを用意してもらい、イツメン(いつものメンバー)で一人頭1000円のBBQパーティをします。

 家賃は月額3万2000円のワンルーム(トイレはウォシュレットでキッチンはIH)、食費は月1万5000円程度だから、月収10万円程度のアルバイト生活でもなんとか暮らしていけます。負担が重いのはガソリン代ですが、休みの日はみんなでショッピングモールの駐車場に集まり、車1台に乗ってガソリン代割り勘で行きたいところを回るのだといいます。宮藤官九郎脚本のテレビドラマ「木更津キャッツアイ」で描かれた世界そのままで、彼ら彼女たちの生活は友だちの絆によって成立しています。

 誰もが同じような経済状況で貧富の格差がほとんどないから、「生活がキツい」と感じることはあっても自分が「貧しい」とは思いません。不幸や貧困は相対的なものですから、客観的な基準ではプアでも主観的には充実しているひとたちがいることは不思議でもなんでもないのです。

 ちなみに彼らは将来についても現実的で、「さっさと彼氏と共稼ぎになったほうが生活も人生も充実」するから早婚が当然で、「(この辺では)女は30代になっても賃金上がらないし、むしろ年食うほどマトモな仕事がなくなる」から、金はなくても体力がある20代で第一子を産んで、30歳になるまでに「気合で」子どもを小学校に上げるのだといいます。

 乏しい収入を人的ネットワーク(社会資本)で補うのは、東南アジアなど貧しい国ではごく当たり前のことです。そこに日本的な特徴があるとすれば、フィリピンなどでは家族のつながり(血縁)が大切にされるのに対し、地方のマイルドヤンキーたちは「友だち」を社会資本にしていることでしょう。

 地方の若者たちの友だちネットワークは、同級生からなる5〜6人の「イツメン」を強固な核とし、同い年の仲間が30人くらいいて、先輩や後輩を合わせれば100人程度の集団を形成しています。彼らは地元が大好きで友だちを大切にしますが、金融資産や人的資本はほとんど持っていません。「資本」が社会資本に大きく偏っていることを考えれば、“友情”や“地元愛”という特定の価値観だけが極端に強くなるのは当然のことなのです。

■デフレ化するセックス

 バイトや非正規雇用で貯金がなくても、分厚い社会資本を持つことで充実した人生が送れる。そんなプア充が存在するのは素晴らしいことですが、問題なのは誰もが「友だちの輪」に入れるわけではないことです。

 友だちグループは、「俺らに合う」奴を仲間とし、「ウザい」奴を排除することで成立する人間関係です。これはあらゆる共同体(コミュニティ)に共通する法則で、参加資格に(しばしば暗黙の)高いハードルがあるからこそ、内部の結束が高まります。

 しかしこれは、どの友だちグループにも所属できない層が一定数生まれるのは避けられない、ということでもあります。これほどまでいじめが社会問題になりながらも“根絶”できないのは、それがヒトの本性にもとづいているからです。

「地元」はベタな人間関係の世界ですから、いったん友だちグループから排除されてしまうと、なにひとつ楽しいことがありません。こうして学校を卒業すると(あるいは中退して)東京や大阪などの大都市を目指すのですが、そのときじゅうぶんな金融資産か人的資本を持っていないと、(社会資本は地元に捨ててきたのですから)すべてをかき集めてもほとんど「資本」を持たない状態になってしまいます。鈴木氏はこの状態を「貧困」と定義するのです。

 これまで経済大国・日本では、若い女性は貧困とは無縁だと考えられてきました。「若い」というだけで市場価値があり、その気になれば人的資本を「水商売」や「風俗」でマネタイズ(現金化)できるからですが、ジャーナリストの中村淳彦氏は『日本の風俗嬢』(新潮新書)で、2000年あたりを境に風俗の世界に大きな地殻変動が起きたと述べています。

 ひとつは、少子高齢化と価値観の多様化(男子の草食化)によって風俗の市場が縮小したことです。もうひとつは、女性の側に「身体を売る」ことへの抵抗がなくなって、風俗嬢志望者が激増したことだといいます。

 需要が減って供給が増えたのだから、市場原理によって価格が下落するのは当然です。これが「セックスのデフレ化」で、かつては月100万円稼ぐ風俗嬢は珍しくなかったのに、いまでは指名が殺到する一部の風俗嬢の話でしかなく、地方の風俗店では週4日出勤しても月額20万円程度と、その収入はコンビニや居酒屋の店員、介護職員などとほとんど変わらないといいます。

 貧困線上にある若い女性にとってさらに深刻なのは、景気の悪化によって風俗業界が新規採用を抑制するようになったことです。そのため現在では、10人の応募者のうち採用されるのはせいぜい3〜4人という状況になってしまいました。日本社会は(おそらく)人類史上はじめて、若い女性が身体を売りたくても売れない時代を迎えたのです。

 このようにして、金融資産と社会資本をほとんど持たずに地方から都会にやってきた若い女性のなかに、唯一の人的資本であるセックスすらマネタイズできない層が現われました。

 彼女たちは最底辺の風俗業者にすら相手にされないので、インターネットなどを使って自力で相手を探すか、路上に立つしかありません。それでもじゅうぶんな稼ぎにはほど遠く、家賃滞納でアパートを追い出され、ネットカフェで寝泊まりするようになる――すなわち「最貧困女子」の誕生です。

■風俗で働く高学歴女子大生

 風俗の仕事が若い女性たちに認知されたのは、獲得した顧客に応じて収入が増える実力主義・成果報酬の給与体系で、出退勤や労働時間、休日を自由に決められる完全フレックスタイムだからです。これはグローバルスタンダードにおける最先端の働き方で、サービス残業で会社に滅私奉公するのが当たり前という日本的労働慣行に適応できない若いひとたちにはきわめて魅力的なのです。

『日本の風俗嬢』でもうひとつ驚いたのは、風俗嬢たちがきわめて堅実な将来設計を持っていることです。

 東京新大久保のファッションヘルスに勤める33歳の女性は介護福祉士の資格を持ち、あと2年実務経験を積めばケアマネジャー(介護支援専門員)の受験資格をもらえるといいます。育児休業中の時間がもったいないのでAVデビューするという35歳の女性は、介護老人保健施設の現場主任をしていました。また大阪難波のSMクラブでは、9人の女王様のうち3人は介護の仕事をしていたといいます。彼女たちはみんな、年齢的に“性”を売ることができなくなったら介護の仕事に戻ることを考えているのです。

 風俗業界に介護関係者が多いのは、介護業界の賃金が低くてそれだけでは食べていけないということもありますが、いちばんの理由は仕事の性質がよく似ているからです。彼女たちからすれば、介護において高齢者に提供していたサービスを男性一般に拡張すると風俗になるのです。

 かつては身体を売ることが女性にとっての最後のセイフティネットとされていましたが、いまでは介護業界が、風俗で働けなくなった女性のセイフティネットになっているのです。

(作家 橘玲)


http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/286.html#c31

[リバイバル3] 中川隆 _ 宗教関係投稿リンク 中川隆
26. 2017年8月16日 11:29:39 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

狂った宗教 イスラム教 _ 頭がおかしいのは中国人と朝鮮人だけではない
http://www.asyura2.com/13/dispute31/msg/332.html

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/459.html#c26
[] 昭和天皇に戦争責任はあった、しかし責任を追求していくと日本国民全てに責任は及ぶ(株式日記と・・・) まさちゃん
22. 中川隆[-6645] koaQ7Jey 2017年8月16日 12:07:03 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2017年08月14日 第二次大戦の歴史観を見直す
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2017/08/7056.html


終戦記念日である8月15日。日本人ならあの悲劇を思い出し、二度とあのような戦争が起こらぬよう願うもの。アメリカの圧倒的物量を目の前に、開戦の前から「負ける」と分かっていた戦争に、なぜ日本は突き進んだのか。それは、天皇や財閥が金儲けのために仕掛けた戦争だからだ。

今、私達日本人は、第二次世界大戦の歴史観を見直す時期に来ている。

昭和天皇をはじめA級戦犯が死刑を免れたのも、財閥解体といいつつ、今なお諸財閥が存続し続けていることなどを考えても、戦争の立役者であった者達の戦後の動向は不整合が大きい。今回は、その一端を紹介したい。


以下は、こちらからの引用です。(赤字は引用者による)

天皇家の秘密―再掲 日本人は知ってはいけない。
http://cosmo-world.seesaa.net/article/118366403.html


天皇が自分の蓄財だけしか頭に無く、日本人の事など何も考えていない事は明白である。(ポール・マニング「米従軍記者が見た昭和天皇」マルジュ社)

なお天皇が第二次大戦中「売春婦輸出業」を行っていた商船三井の共同経営者が、CIA(当時はOSS)の対・日本作戦部長マクスウェル・クライマンであるのは何故なのか?

敵国のCIA対・日本作戦部長と「仲良く」天皇が「売春婦輸出業」を行っている=天皇はCIA工作員であったのか?ん???

天皇は戦後、このスイス銀行に預けた金塊を担保に資金を借り、CIAが事実上創立した不動産業者=森ビルと共に、港区の不動産を次々に買収し、またハイテク産業に投資し、莫大な蓄財をさらに莫大に膨れ上げさせて行くことになります。

天皇は神でも「象徴」でもなく単なる金儲け主義の金融ビジネスマンで、そしてここでも「何故か」CIAと天皇は「共同経営者」であります。

天皇は、1940年代初頭からスイス銀行に少しずつ蓄財を「移し」始めますが、ヨーロッパにおいてナチス・ヒトラーがユダヤ人から奪った貴金属を管理していたのもスイス銀行でした。

天皇はヒトラーに請願し、ナチス・ヒトラーの口座の中に「天皇裕仁」のセクションを作ってもらい、そこに天皇一族の蓄財を隠していました。

天皇とヒトラーはスイス銀行の秘密口座を「共有」する略奪ビジネスのパートナーであり、ナチスと天皇は一体であったわけです。(アダム・レボー 「ヒトラーの秘密銀行」 ベストセラーズ 及び、濱田政彦「神々の軍隊」 三五館)

1924年、米国は「排日移民法」という法律を成立さましたが、日米関係はまだ険悪ではなく、日本から余りに多数の若い女性が「売春婦」として米国に「輸入」されてくる事が社会問題化し、それを禁止した法律であった事は知られていません。

天皇自身の発言を記録した「昭和天皇独白録」(藤原彰「徹底検証・昭和天皇独白録」 大月書店)の「大東亜戦争の原因」=日米戦争の原因の項目に、1946年3月18日の天皇の発言として以下の言葉があります。

「米国のカリフォルニア州への移民拒否については、日本を憤慨させるに十分なものであった。」

この発言は日米戦争の原因についての天皇自身の発言です。

日本人女性をだまし、売春婦として米国に「売却」する天皇の売春ビジネス=移民を米国が禁止、それに憤慨激怒し米国と戦争を始めたと天皇自身が独白しているのです。

天皇一族は神でも「象徴」でも無く、人間のクズの集団でしかありません。

天皇に欺かれ売春婦にさせられた数十万人の日本人女性達の無念の人生のために、誰かが真実を語らなければならない。

以下は、こちらからの引用です。(赤字は引用者による)


原因を理解していない人間が、結果を変えられるわけがないのである - 戦争
http://otisdury.blog.fc2.com/blog-entry-2120.html


・東京大空襲で皇居や財閥系企業の施設は被害を受けなかった。

・三菱重工広島造船所や長崎造船所は広島、長崎の原爆投下でも被害はなかった。

・東京裁判では米国にとって最大の「敵」であったはずの人物は無罪とされた。

・天皇の戦争責任を追及したアメリカ人ジャーナリストのバーガミニは、日本ではなく米国から妨害工作を受け、ジャーナリスト生命を断ち切られた。

・戦時中、財閥系企業は「天皇の軍隊」を利用して莫大な利益を上げた。

・財閥解体なんて嘘八百であり、戦後も存続・拡大し続けている。

・昭和天皇はガーター騎士団の一員(エリザベスの臣下)であった。日本がイギリス相手に戦争を起こすということは、君主への反逆を表すことになる。

・石油も鉄くずも所有していない日本が、何故に4年も戦争を続けることが出来たのか。敵国であるはずの米国から、裏ルートで輸入されていたからだ。

・白洲次郎やヨハンセン・グループは、空襲や原爆の情報を事前に教えられていた。

・満州国で実権を握っていたのは、岸信介をはじめとした田布施グループである。

・満州国で岸信介は麻薬を取り仕切っていた。麻薬の製造方法や販売手段を日本は知らなかったはずである。それらの情報を教えたのは誰か。

・田布施グループの一人である松岡洋右が国際連盟脱退のお膳立てをすることによって、日米開戦の原因を作った。

・ロンドン海軍軍縮条約を締結させて日本海軍の弱体化を謀った幣原 喜重郎は、フリーメーソンだった。

・幣原喜重郎の妻・雅子は三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎の四女である。ここでフリーメーソンと三菱が繋がってくる。

・太平洋戦争開戦以前に、「日支闘争計画」が存在していた。これは、日本と中国を戦争させる計画である。

・開戦前の二.二六事件も、終戦の際の八.一五宮城事件も、ヤラセであった。ともに「あの戦争は軍部が独走して起こしたものであり、天皇は戦争に反対していた」という嘘を広めることが目的だった。

そして天皇が国際金融資本家らの思惑に沿って太平洋戦争へ邁進していった。こちらからの引用です。(赤字は引用者による)


山本五十六の真実D鬼塚英昭氏が発見した日本の秘密−2・26事件 ♪ペリマリ♪
http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/700.html


天皇は皇統派を一掃し、統制派を参謀本部に配し、ついに自らの住む御文庫の中に彼らを入れて太平洋戦争に突入するべく机上演習を始める。誰ひとり天皇に逆らえる者ない、であった。この机上演習の中から、真珠湾攻撃とシンガポール攻撃が登場してくる。そのために一番役立ったのがヴェルサイユ会議で日本に与えられた、委任統治権であった。天皇は太平洋戦争の前から、闇の権力者たちが創作した、世界のグランド・デザインをどうやら知っていたらしい。近々日本が「非常に苦心せざるべからざる環境に置かれる」とは、戦争以外のなにものでもない。大戦後に、まさしくアメリカとソ連が世界を二分する大帝国となることも知っていたらしい。それにもまして「十年を覚悟し」さえすれば、「有終の美を挙ぐる」とは、敗戦後五年で、1950年に講和条約ができ、日本は再び独立国となる、ということであろう。そのために、一年後に戦争に入るべく努力をしているのだ、と天皇は語っているように思える。

さらには、原爆の広島投下を決定したのは、天皇だった。こちらからの引用です。(赤字は引用者による)

米国指令で「広島」原爆投下地決定したのは昭和天皇 !? 今この時&あの日あの時
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/post-ba5e.html


終戦直後の昭和天皇とマッカーサーとの会見は単なるセレモニーで、実は終戦の前に連合国側は天皇家の存続と昭和天皇の生命、財産の保全を決めていたのです。天皇制をうまく利用する方が日本統治上好都合と判断したからです。

それを事前に知らされていた昭和天皇は、だからこそポツダム宣言も安心して受諾したのです。

それはともかく。米国側からヨハンセングループを通して原爆投下地を決定するよう要請された昭和天皇は、「広島」と返答しました。

なぜ広島だったのか?それには理由があったのです。

その時点で終戦決定していた天皇にとって、一番の障害となることが予想されたのが陸軍の存在です。終戦と聞いてクーデターを起こしかねなかったからです

そして、無条件降伏と言いつつも、國体護持を唯一の条件として天皇はポツダム宣言を受託する。


・國体護持のための終戦(1)
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2015/08/5126.html

・國体護持のための終戦(2)
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2015/08/5132.html

戦後以降のアメリカ支配は、天皇家や田布施一族との深い繋がりのなかで継続されたきた。奴隷密売で外国へ売り飛ばされた者達、無益な戦争で亡くなった多くの兵士達の命は、一握りの者達の私益のために消えて行ったという事実を、受け止めなければならない。

我々日本人が本当に闘わなければいけない相手は誰なのか。それを見失ってはいけない。
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2017/08/7056.html
http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/1174.html#c22

[近代史02] 君はアジアを解放する為に立ち上がった昭和天皇のあの雄姿を知っているか? 中川隆
91. 中川隆[-6644] koaQ7Jey 2017年8月16日 12:09:05 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2017年08月14日 第二次大戦の歴史観を見直す
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2017/08/7056.html

終戦記念日である8月15日。日本人ならあの悲劇を思い出し、二度とあのような戦争が起こらぬよう願うもの。アメリカの圧倒的物量を目の前に、開戦の前から「負ける」と分かっていた戦争に、なぜ日本は突き進んだのか。それは、天皇や財閥が金儲けのために仕掛けた戦争だからだ。

今、私達日本人は、第二次世界大戦の歴史観を見直す時期に来ている。

昭和天皇をはじめA級戦犯が死刑を免れたのも、財閥解体といいつつ、今なお諸財閥が存続し続けていることなどを考えても、戦争の立役者であった者達の戦後の動向は不整合が大きい。今回は、その一端を紹介したい。

以下は、こちらからの引用です。(赤字は引用者による)

天皇家の秘密―再掲 日本人は知ってはいけない。
http://cosmo-world.seesaa.net/article/118366403.html


天皇が自分の蓄財だけしか頭に無く、日本人の事など何も考えていない事は明白である。(ポール・マニング「米従軍記者が見た昭和天皇」マルジュ社)

なお天皇が第二次大戦中「売春婦輸出業」を行っていた商船三井の共同経営者が、CIA(当時はOSS)の対・日本作戦部長マクスウェル・クライマンであるのは何故なのか?

敵国のCIA対・日本作戦部長と「仲良く」天皇が「売春婦輸出業」を行っている=天皇はCIA工作員であったのか?ん???

天皇は戦後、このスイス銀行に預けた金塊を担保に資金を借り、CIAが事実上創立した不動産業者=森ビルと共に、港区の不動産を次々に買収し、またハイテク産業に投資し、莫大な蓄財をさらに莫大に膨れ上げさせて行くことになります。

天皇は神でも「象徴」でもなく単なる金儲け主義の金融ビジネスマンで、そしてここでも「何故か」CIAと天皇は「共同経営者」であります。

天皇は、1940年代初頭からスイス銀行に少しずつ蓄財を「移し」始めますが、ヨーロッパにおいてナチス・ヒトラーがユダヤ人から奪った貴金属を管理していたのもスイス銀行でした。

天皇はヒトラーに請願し、ナチス・ヒトラーの口座の中に「天皇裕仁」のセクションを作ってもらい、そこに天皇一族の蓄財を隠していました。

天皇とヒトラーはスイス銀行の秘密口座を「共有」する略奪ビジネスのパートナーであり、ナチスと天皇は一体であったわけです。(アダム・レボー 「ヒトラーの秘密銀行」 ベストセラーズ 及び、濱田政彦「神々の軍隊」 三五館)

1924年、米国は「排日移民法」という法律を成立さましたが、日米関係はまだ険悪ではなく、日本から余りに多数の若い女性が「売春婦」として米国に「輸入」されてくる事が社会問題化し、それを禁止した法律であった事は知られていません。

天皇自身の発言を記録した「昭和天皇独白録」(藤原彰「徹底検証・昭和天皇独白録」 大月書店)の「大東亜戦争の原因」=日米戦争の原因の項目に、1946年3月18日の天皇の発言として以下の言葉があります。

「米国のカリフォルニア州への移民拒否については、日本を憤慨させるに十分なものであった。」

この発言は日米戦争の原因についての天皇自身の発言です。

日本人女性をだまし、売春婦として米国に「売却」する天皇の売春ビジネス=移民を米国が禁止、それに憤慨激怒し米国と戦争を始めたと天皇自身が独白しているのです。

天皇一族は神でも「象徴」でも無く、人間のクズの集団でしかありません。

天皇に欺かれ売春婦にさせられた数十万人の日本人女性達の無念の人生のために、誰かが真実を語らなければならない。


以下は、こちらからの引用です。(赤字は引用者による)


原因を理解していない人間が、結果を変えられるわけがないのである - 戦争
http://otisdury.blog.fc2.com/blog-entry-2120.html


・東京大空襲で皇居や財閥系企業の施設は被害を受けなかった。

・三菱重工広島造船所や長崎造船所は広島、長崎の原爆投下でも被害はなかった。

・東京裁判では米国にとって最大の「敵」であったはずの人物は無罪とされた。

・天皇の戦争責任を追及したアメリカ人ジャーナリストのバーガミニは、日本ではなく米国から妨害工作を受け、ジャーナリスト生命を断ち切られた。

・戦時中、財閥系企業は「天皇の軍隊」を利用して莫大な利益を上げた。

・財閥解体なんて嘘八百であり、戦後も存続・拡大し続けている。

・昭和天皇はガーター騎士団の一員(エリザベスの臣下)であった。日本がイギリス相手に戦争を起こすということは、君主への反逆を表すことになる。

・石油も鉄くずも所有していない日本が、何故に4年も戦争を続けることが出来たのか。敵国であるはずの米国から、裏ルートで輸入されていたからだ。

・白洲次郎やヨハンセン・グループは、空襲や原爆の情報を事前に教えられていた。

・満州国で実権を握っていたのは、岸信介をはじめとした田布施グループである。

・満州国で岸信介は麻薬を取り仕切っていた。麻薬の製造方法や販売手段を日本は知らなかったはずである。それらの情報を教えたのは誰か。

・田布施グループの一人である松岡洋右が国際連盟脱退のお膳立てをすることによって、日米開戦の原因を作った。

・ロンドン海軍軍縮条約を締結させて日本海軍の弱体化を謀った幣原 喜重郎は、フリーメーソンだった。

・幣原喜重郎の妻・雅子は三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎の四女である。ここでフリーメーソンと三菱が繋がってくる。

・太平洋戦争開戦以前に、「日支闘争計画」が存在していた。これは、日本と中国を戦争させる計画である。

・開戦前の二.二六事件も、終戦の際の八.一五宮城事件も、ヤラセであった。ともに「あの戦争は軍部が独走して起こしたものであり、天皇は戦争に反対していた」という嘘を広めることが目的だった。


そして天皇が国際金融資本家らの思惑に沿って太平洋戦争へ邁進していった。こちらからの引用です。(赤字は引用者による)


山本五十六の真実D鬼塚英昭氏が発見した日本の秘密−2・26事件 ♪ペリマリ♪
http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/700.html


天皇は皇統派を一掃し、統制派を参謀本部に配し、ついに自らの住む御文庫の中に彼らを入れて太平洋戦争に突入するべく机上演習を始める。誰ひとり天皇に逆らえる者ない、であった。この机上演習の中から、真珠湾攻撃とシンガポール攻撃が登場してくる。そのために一番役立ったのがヴェルサイユ会議で日本に与えられた、委任統治権であった。天皇は太平洋戦争の前から、闇の権力者たちが創作した、世界のグランド・デザインをどうやら知っていたらしい。近々日本が「非常に苦心せざるべからざる環境に置かれる」とは、戦争以外のなにものでもない。大戦後に、まさしくアメリカとソ連が世界を二分する大帝国となることも知っていたらしい。それにもまして「十年を覚悟し」さえすれば、「有終の美を挙ぐる」とは、敗戦後五年で、1950年に講和条約ができ、日本は再び独立国となる、ということであろう。そのために、一年後に戦争に入るべく努力をしているのだ、と天皇は語っているように思える。

さらには、原爆の広島投下を決定したのは、天皇だった。こちらからの引用です。(赤字は引用者による)

米国指令で「広島」原爆投下地決定したのは昭和天皇 !? 今この時&あの日あの時
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/post-ba5e.html


終戦直後の昭和天皇とマッカーサーとの会見は単なるセレモニーで、実は終戦の前に連合国側は天皇家の存続と昭和天皇の生命、財産の保全を決めていたのです。天皇制をうまく利用する方が日本統治上好都合と判断したからです。

それを事前に知らされていた昭和天皇は、だからこそポツダム宣言も安心して受諾したのです。

それはともかく。米国側からヨハンセングループを通して原爆投下地を決定するよう要請された昭和天皇は、「広島」と返答しました。

なぜ広島だったのか?それには理由があったのです。

その時点で終戦決定していた天皇にとって、一番の障害となることが予想されたのが陸軍の存在です。終戦と聞いてクーデターを起こしかねなかったからです

そして、無条件降伏と言いつつも、國体護持を唯一の条件として天皇はポツダム宣言を受託する。


・國体護持のための終戦(1)
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2015/08/5126.html

・國体護持のための終戦(2)
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2015/08/5132.html

戦後以降のアメリカ支配は、天皇家や田布施一族との深い繋がりのなかで継続されたきた。奴隷密売で外国へ売り飛ばされた者達、無益な戦争で亡くなった多くの兵士達の命は、一握りの者達の私益のために消えて行ったという事実を、受け止めなければならない。

我々日本人が本当に闘わなければいけない相手は誰なのか。それを見失ってはいけない。
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2017/08/7056.html

http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/312.html#c91

[番外地6] 廃れた温泉 2 _ 水上温泉 中川隆
1. 中川隆[-6643] koaQ7Jey 2017年8月16日 12:24:50 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

この続きは


廃墟と化した水上温泉
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/624.html

http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/691.html#c1

[近代史02] 白人はなぜ白人か _ 白人が人間性を失っていった過程 中川隆
108. 中川隆[-6642] koaQ7Jey 2017年8月16日 16:12:06 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

新シルクロード 01 「楼蘭 四千年の眠り」(2005年1月2日) - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=%E6%96%B0%E3%82%B7%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%89+++%E6%A5%BC%E8%98%AD+%E5%9B%9B%E5%8D%83%E5%B9%B4%E3%81%AE%E7%9C%A0%E3%82%8A

2014年12月18日 砂漠に消えたロプノール湖畔に3800年前に住んでいたヨーロッパ系住民
http://eurasianhistory.seesaa.net/article/410834192.html

新疆ウイグル住民の遺伝子は、今でも、60%がヨーロッパ系です。

http://eurasianhistory.seesaa.net/upload/detail/image/2-thumbnail2.png.html


ニューヨークタイムズの記事(英語)

A Host of Mummies, a Forest of Secrets
ミイラが眠る、柱群の秘密

http://eurasianhistory.seesaa.net/upload/detail/image/1-thumbnail2.png.html


Liu Yu Sheng

SYMBOLISM Archaeologists believe the hundreds of 13-foot poles at the Small River Cemetery in a desert in Xinjiang Province, China, were mostly phallic symbols.
象徴主義(シンボリズム)− 考古学者は、中国、新疆ウイグル自治区の小河墓遺跡に立つ、長さ4mの柱群は、男根の象徴と考えます。

By NICHOLAS WADE  Published: March 15, 2010
ニコラス・ウェイド  出稿:2010年3月15日

http://www.nytimes.com/2010/03/16/science/16archeo.html?pagewanted=all&_r=1&
In the middle of a terrifying desert north of Tibet, Chinese archaeologists have excavated an extraordinary cemetery.
チベットの北にある不毛の砂漠の真ん中で、中国の考古学者らが、驚くべき墓を発掘しました。

Its inhabitants died almost 4,000 years ago, yet their bodies have been well preserved by the dry air.
約四千年前に埋葬された遺体が、乾燥のため、非常に良い状態で保存されていました。

http://eurasianhistory.seesaa.net/upload/detail/image/8-thumbnail2.png.html

http://eurasianhistory.seesaa.net/upload/detail/image/4-thumbnail2.png.html

A 3,800-year-old mummy, the Beauty of Xiaohe, found at the Small River Cemetery.
小河墓で発見された3800年前のミイラ「小河の美女」

The cemetery lies in what is now China’s northwest autonomous region of Xinjiang, yet the people have European features, with brown hair and long noses.
墓場は、新疆ウイグル自治区にあり、中国領ですが、住民はヨーロッパ人に似ていて、茶色の髪と高い鼻です。

Their remains, though lying in one of the world’s largest deserts, are buried in upside-down boats.
遺体は、世界最大級の砂漠に葬られているのに、ひっくり返した舟が、被せられています。

And where tombstones might stand, declaring pious hope for some god’s mercy in the afterlife, their cemetery sports instead a vigorous forest of phallic symbols, signaling an intense interest in the pleasures or utility of procreation.
死後の神の慈悲を願って、墓石の代わりに、この墓に立てられた柱群は、男根の象徴で、快楽と子孫繁栄への強い関心の表れと考えられます。

The long-vanished people have no name, because their origin and identity are still unknown.
大昔に消えた名も無い人々が、どんな民族で、どこから来たかは不明です。

But many clues are now emerging about their ancestry, their way of life and even the language they spoke.
でも、彼らの血統や生活様式や言語についての証拠が、発見されて来ています。

Their graveyard, known as Small River Cemetery No. 5, lies near a dried-up riverbed in the Tarim Basin, a region encircled by forbidding mountain ranges.
その第五小河墓は、踏破困難な山脈で囲まれたタリム盆地の、干上がった河床近くにあります。

Most of the basin is occupied by the Taklimakan Desert, a wilderness so inhospitable that later travelers along the Silk Road would edge along its northern or southern borders.
盆地の大部分を占めるタクラマカン砂漠は、人を寄せ付けぬ不毛の土地で、後のシルクロードの旅人らも、南か北のルートを取りました。

In modern times the region has been occupied by Turkish-speaking Uighurs, joined in the last 50 years by Han settlers from China.
現在、この地域は、トルコ系の言葉を話すウイグル族が住み、50年前からは、漢族の入植者も加わりました。

Ethnic tensions have recently arisen between the two groups, with riots in Urumqi, the capital of Xinjiang.
新疆ウイグル自治区の首都ウルムチでは、最近、民族感情の対立が激化しています。

A large number of ancient mummies, really desiccated corpses, have emerged from the sands, only to become pawns between the Uighurs and the Han.
砂の中から大量に見つかった古代のミイラは、正に乾燥した遺体ですが、ウイグル族と漢族の対立で、火に油を注ぎました。

The 200 or so mummies have a distinctively Western appearance,
およそ二百体のミイラは、はっきりと西洋人の特徴を持っています。

WELL PRESERVED The mummy of an infant was one of about 200 corpses with European features that were excavated from the cemetery.
良い保存状態の嬰児のミイラ。 この墓場から発掘されたヨーロッパ人の風貌を持つ約200の遺体の一つ。

and the Uighurs, even though they did not arrive in the region until the 10th century, have cited them to claim that the autonomous region was always theirs.
そのため、歴史的には十世紀よりも後に、この地に住み着いたウイグル族は、ここが、古来より自分たちの土地だったと主張します。

Some of the mummies, including a well-preserved woman known as the Beauty of Loulan, were analyzed by Li Jin, a well-known geneticist at Fudan University, who said in 2007 that their DNA contained markers indicating an East Asian and even South Asian origin.
保存状態の良い楼蘭の美女を含む、複数のミイラのDNAを分析した、復旦大学の遺伝学者金力(上海、ふくたんだいがく、ジン・リ副学長)は、2007年に、東アジアと南アジアの人種であろうと発表しました。

The mummies in the Small River Cemetery are, so far, the oldest discovered in the Tarim Basin.
小河墓のミイラは、今の所、タリム盆地で見つかった最古です。

Carbon tests done at Beijing University show that the oldest part dates to 3,980 years ago.
北京大学の放射性炭素年代測定によると、一番古い所は、3980年前と分かりました。

A team of Chinese geneticists has analyzed the mummies’ DNA.
中国の遺伝学研究チームが、ミイラのDNAを分析しました。

Despite the political tensions over the mummies’ origin, the Chinese said in a report published last month in the journal BMC Biology that the people were of mixed ancestry, having both European and some Siberian genetic markers, and probably came from outside China.
ミイラの人種について政治的緊張があるにもかかわらず、中国の研究者らは、先月、BMCバイオロジー誌(訳注:BioMed Central, UK 生物医学センター、イギリス)に、論文を発表しました。ヨーロッパとシベリアの遺伝子を持つ、中国以外から来た人々だと。

Evidence that a West-East admixed population lived in the Tarim Basin as early as the early Bronze Age
http://www.biomedcentral.com/1741-7007/8/15

The team was led by Hui Zhou of Jilin University in Changchun, with Dr. Jin as a co-author.
研究チームは、吉林大学(きつりんだいがく)の周慧がリーダーで、金力博士と共著です。

周慧(Hui Zhou)吉林大学(Jilin University)教授
http://life.jlu.edu.cn/?mod=teacher&act=view&id=12

All the men who were analyzed had a Y chromosome that is now mostly found in Eastern Europe, Central Asia and Siberia, but rarely in China.
分析を行った男性のミイラのY染色体は、現在の東ヨーロッパ、中央アジア、シベリアに分布するタイプで、中国のタイプは、ほとんどありませんでした。

The mitochondrial DNA, which passes down the female line, consisted of a lineage from Siberia and two that are common in Europe.
女系に伝わるミトコンドリアDNAは、主にシベリアのタイプで、二例がヨーロッパのタイプでした。

Since both the Y chromosome and the mitochondrial DNA lineages are ancient,
Y染色体とミトコンドリアDNAが、両方、古いタイプなので、

Dr. Zhou and his team conclude the European and Siberian populations probably intermarried before entering the Tarim Basin some 4,000 years ago.
周博士(周慧)の研究チームは、およそ4000年前にタリム盆地に侵入する前に、ヨーロッパ人とシベリア人が、混血していたと結論しました。


(訳注:”Dr. Zhou and his team”「周博士と彼のチーム」とありますが、周博士は女性なので、”his team” 「彼のチーム」ではなく、”her team” 「彼女のチーム」とすべき。周博士の写真は男性のように見えますが、女です!)

The Small River Cemetery was rediscovered in 1934 by the Swedish archaeologist Folke Bergman and then forgotten for 66 years until relocated through GPS navigation by a Chinese expedition.
小河墓は、スウェーデンの考古学者フォルケ・ベリイマンが、1934年に再発見しましたが、忘れられていました。中国の探検隊は、GPSで、その66年後に、位置を突き止めました。

Archaeologists began excavating it from 2003 to 2005.
考古学者らは、2003年から2005年に発掘を行いました。

Their reports have been translated and summarized by Victor H. Mair, a professor of Chinese at the University of Pennsylvania and an expert in the prehistory of the Tarim Basin.
発掘の記録を翻訳・要約したのは、ペンシルベニア大学の中国語教授ヴィクター・H・メーアで、タリム盆地の先史時代の専門家です。

As the Chinese archaeologists dug through the five layers of burials, Dr. Mair recounted, they came across almost 200 poles, each 13 feet tall.
中国の考古学者らが掘り下げた所、墓場は、五層あり、メーア博士が数えた所、高さ13フィート(4メートル)の柱が、約200本のありました。

Many had flat blades, painted black and red, like the oars from some great galley that had foundered beneath the waves of sand.
柱の多くは、平たく加工されていて、黒と赤に塗られ、砂の大海の下に埋れた巨大なガリー船から突き出た櫂(オール)のようです。

At the foot of each pole there were indeed boats, laid upside down and covered with cowhide.
各柱の下には、本当にボートが埋められていて、ひっくり返った状態で、牛革が被せてあります。

The bodies inside the boats were still wearing the clothes they had been buried in.
ボートの中の遺体は、埋葬された時の衣服が、そのまま残っています。

They had felt caps with feathers tucked in the brim, uncannily resembling Tyrolean mountain hats.
被っているフェルト製の帽子は、つばに鳥の羽が縫い付けられていて、不思議なほどチロリアンハットに似ています。

They wore large woolen capes with tassels and leather boots.
飾り房付きの、ゆったりとした毛織物のケープを纏い、革のブーツを履いています。

A Bronze Age salesclerk from Victoria’s Secret seems to have supplied the clothes beneath — barely adequate woolen loin cloths for the men, and skirts made of string strands for the women.
下着は、まるで、青銅器時代のビクトリアズ・シークレット社(訳注:アメリカの下着メーカー)の販売員から調達したようです。ぎりぎりの大きさの男性用ふんどしや、女性用のビーズのスカートです。

http://eurasianhistory.seesaa.net/upload/detail/image/5-thumbnail2.png.html


Many of the women buried there wore string undergarments like the one in this drawing.
多くの埋葬された女性は、この絵のような、紐の下着をはいていました。

Within each boat coffin were grave goods, including beautifully woven grass baskets, skillfully carved masks and bundles of ephedra, an herb that may have been used in rituals or as a medicine.
舟型の棺には、副葬品があり、草できれいに編んだ籠や、精巧に彫られたお面、麻黄(マオウ)の束などです。麻黄は、儀式や医療で用いられたのでしょう。

In the women’s coffins, the Chinese archaeologists encountered one or more life-size wooden phalluses laid on the body or by its side.
中国の考古学者は、女性の棺に、木製の実物サイズの男根が、一つ以上、体の上か脇に置かれているのを見つけました。

Looking again at the shaping of the 13-foot poles that rise from the prow of each woman’s boat, the archaeologists concluded that the poles were in fact gigantic phallic symbols.
女性の棺の舳先から聳え立つ13フィート(4メートル)の柱の形から、考古学者は、巨大な男根の象徴と考えます。

The men’s boats, on the other hand, all lay beneath the poles with bladelike tops.
一方、男性の棺の上の柱は、先が櫂のように平たくなっています。

These were not the oars they had seemed at first sight, the Chinese archaeologists concluded, but rather symbolic vulvas that matched the opposite sex symbols above the women’s boats.
始め、櫂のように見えた柱は、女性の棺と反対の性、女性器の象徴と、考古学者は結論しました。

“The whole of the cemetery was blanketed with blatant sexual symbolism,” Dr. Mair wrote. In his view, the “obsession with procreation” reflected the importance the community attached to fertility.
「墓全体が露骨な性的象徴である。」と、メーア博士は書いています。子孫繁栄への執着は、集団にとっての生殖重要性を反映していると言えるでしょう。

Arthur Wolf, an anthropologist at Stanford University and an expert on fertility in East Asia, said that the poles perhaps mark social status, a common theme of tombs and grave goods.
スタンフォード大学の人類学者で東アジアの生殖能力専門家のアーサー・ウルフは、柱が、社会的地位を示すと言います。墓や副葬品が示すのと同じです。

“It seems that what most people want to take with them is their status, if it is anything to brag about,” he said.
「たぶん、死後の世界に、社会的地位を持って行ったのです。」

Dr. Mair said the Chinese archaeologists’ interpretation of the poles as phallic symbols was “a believable analysis.”
メーア博士は、中国の考古学者が、柱群を男根の象徴と考えるのは、妥当な分析だと言います。

The buried people’s evident veneration of procreation could mean they were interested in both the pleasure of sex and its utility, given that it is difficult to separate the two.
埋葬された人々の、生殖へのはっきりした崇拝は、性の快楽と有用性を重視していたからでしょう。二つを切り離す事はできません。

But they seem to have had particular respect for fertility, Dr. Mair said, because several women were buried in double-layered coffins with special grave goods.
彼らは、生殖に大きな敬意を払っていたようです。何人かの女性は、二重の棺に特別な副葬品と一緒に、葬られていました。と、メーア博士は言います。

Living in harsh surroundings, “infant mortality must have been high, so the need for procreation, particularly in light of their isolated situation, would have been great,” Dr. Mair said.
厳しい自然環境では、乳幼児死亡率が高かったはずで、生殖が重要だったでしょう。特に、孤立した状態では。

Another possible risk to fertility could have arisen if the population had become in-bred. “Those women who were able to produce and rear children to adulthood would have been particularly revered,” Dr. Mair said.
別の問題の可能性もあります。近親交配では、出生率が下がります。子供を産んで、成年まで育てられる女性は、特に、尊敬を集めたでしょう。

Several items in the Small River Cemetery burials resemble artifacts or customs familiar in Europe, Dr. Mair noted.
小河墓の葬制と埋葬品は、ヨーロッパに似ていると、メーア博士は言います。

Boat burials were common among the Vikings. String skirts and phallic symbols have been found in Bronze Age burials of Northern Europe.
バイキングも舟を一緒に埋めました。北ヨーロッパの青銅器時代の墓からも、紐スカートや男根が見つかっています。

There are no known settlements near the cemetery, so the people probably lived elsewhere and reached the cemetery by boat.
墓の近くからは、住居跡が見つかっていません。人々は、どこかに住んでいて、墓場に舟で来たのでしょう。

No woodworking tools have been found at the site, supporting the idea that the poles were carved off site.
木材加工の道具は、その場所では見つかっていないので、柱は、別の場所で加工された可能性があります。

The Tarim Basin was already quite dry when the Small River people entered it 4,000 years ago.
小河墓地方に人々が入植した4千年前には、タリム盆地は、すでに、かなり乾燥していました。

They probably lived at the edge of survival until the lakes and rivers on which they depended finally dried up around A.D. 400.
彼らは、紀元後400年に、生活の糧だった湖と河が完全に干上がるまで、そこで、ぎりぎりの生活をしていたのでしょう。

Burials with felt hats and woven baskets were common in the region until some 2,000 years ago.
フェルトの帽子と編んだ籠の副葬は、この地域で、約2000年前まで見られました。

The language spoken by the people of the Small River Cemetery is unknown, but Dr. Mair believes it could have been Tokharian, an ancient member of the Indo-European family of languages.

小河墓の人々の言語は分かりませんが、メーア博士は、古いインド・ヨーロッパ語派のトカラ語の可能性があると考えます。

Manuscripts written in Tokharian have been discovered in the Tarim Basin, where the language was spoken from about A.D. 500 to 900.
タリム盆地では、トカラ語の文書が見つかっています。紀元後500年から900年に、当地で、話されていました。

Despite its presence in the east, Tokharian seems more closely related to the “centum” languages of Europe than to the “satem” languages of India and Iran.
トカラ語は、東方に分布していましたが、インド・イラン系の「サテム語」ではなく、ヨーロッパの「セントゥム語」に近いです。

The division is based on the words for hundred in Latin (centum) and in Sanskrit (satam).
この分類は、単語の「百」が、ラテン語で「セントゥム」、サンスクリット語で「サタム」と成る事から来ています。

The Small River Cemetery people lived more than 2,000 years before the earliest evidence for Tokharian, but there is “a clear continuity of culture,” Dr. Mair said, in the form of people being buried with felt hats, a tradition that continued until the first few centuries A.D.
小河墓の人々は、トカラ人の2千年以上も前に住んでいましたが、メーア博士は、文化の明確な継続性があると言います。フェルト帽子を副葬する習慣は、紀元後数世紀まで続きました。
http://eurasianhistory.seesaa.net/article/410834192.html

2016年02月21日 小河墓遺跡の古環境を花粉分析で復元 中国新疆
http://eurasianhistory.seesaa.net/article/434094909.html


小河墓遺跡の古環境を花粉分析で復元(英語)
Buried in Sands: Environmental Analysis at the Archaeological Site of Xiaohe Cemetery, Xinjiang, China

http://eurasianhistory.seesaa.net/upload/detail/image/E5B08FE6B2B3E5A293E381AEE6A798E5AD90-thumbnail2.jpg.html

Jin-Feng Li, Idelisi Abuduresule, Francis M. Hueber, Wen-Ying Li, Xin-Jun Hu, Yue-Zhuo Li, Cheng-Sen Li mail

http://www.plosone.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0068957

小河の王女
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Abstract
要約

Palynomorphs extracted from the mud coffins and plant remains preserved at the archaeological site of Xiaohe Cemetery (Cal. 3980 to 3540 years BP) in Lop Nur Desert of Xinjiang, China were investigated for the reconstruction of the ancient environments at the site.
中国、新疆のロプノール砂漠にある小河墓遺跡(3980年〜3540年前)の植物化石と泥の棺に含まれていた花粉化石を研究し、付近の古環境を再現しました。

The results demonstrate that the Xiaohe People lived at a well-developed oasis, which was surrounded by extensive desert.
研究の結果、小河人は、広大な砂漠の中の良く発達したオアシスに住んでいました。

The vegetation in the oasis consisted of Populus, Phragmites, Typha and probably of Gramineae,
オアシスの植生は、ポプラ属(Populus)、ヨシ属(Phragmites)、ガマ属(Typha)と、おそらく、イネ科植物(Gramineae)で

コトカケヤナギ.jpg

ヨシ属.jpg

ガマ属.jpg

while the desert surrounding the oasis had some common drought-resistant plants dominated by Ephedra, Tamarix, Artemisia and Chenopodiaceae.
オアシス周辺の砂漠には、マオウ属 (Ephedra)、 ギョリュウ属(Tamarix / 御柳)、 ヨモギ属(Artemisia)、アカザ科(Chenopodiaceae)などの耐乾燥植物が主でした。

マオウ(Ephedra).jpg

御柳.jpg

ヨモギ属(Artemisia).jpg

梭梭 アカザ科(Chenopodiaceae).jpg

This present work provides the first data of the environmental background at this site for further archaeological investigation.
今後の考古学研究で参考にすべき、遺跡周辺の最初の生態学的データを提供します。


Introduction
序説

In the past Xinjiang formed an important bridge connecting the Eastern and Western races of Eurasian continents
かつて、新疆は、東洋人と西洋人を繋ぐ、重要な架け橋でした。

and became famous for the ancient Silk Road going to Central Asia and Eastern Europe from China.
ここは、中国から中央アジア、東ヨーロッパに至る古代のシルクロードで、有名です。

Consequently, the archaeological discoveries in this area are always of great interest (e.g. Loulan City).
従って、この地域での考古学的発見は、常に大きな興味を惹きます。(楼蘭など)

Signs of human activities can be traced in Xinjiang for 10,000 years [1].
新疆では、人類活動の痕跡は、一万年前からあります。

Stone tools discovered at the site of Astana are nearly 5000 years old [2].
アスタナ遺跡では、発見された石器の年代は、およそ五千年前です。

Many cemeteries were discovered since the 1970s, such as the Gumugou Cemetery (around 3800 B.P.) [3], Wufu Cemetery in the Hami District with an age of nearly 3300-3000 years old [4].
1970年代以来、多くの墓場が発見されました。グムゴウ墓場(約3800年前)や、ハミ(哈密)地区にある、およそ3300年から3000年前のウフ墓場です。

During the period from 3000 to 2000 B.P., a group of people lived in the Turpan Basin and adjacent area,
3000年から2000年前には、トルファン盆地や周辺に、人々が住み着いていました。

and their different cemeteries, such as the Yanghai Tombs (ca. 2800 B.P.) [5], Yuergou Site (2400-2300 B.P.) [1], as well as many much younger sites,
彼らの墓地は、他にも、ヤンガイ墓地(2800年前)、ユエルゴウ遺跡(2300〜2400年前)があり、さらに、もっと後の時代の墓地も多数あります。

reveal much about the lives and beliefs of these peoples.
それらは、彼らの生活や宗教について、多くの事を教えてくれます。

Many mummies were found well-preserved in this area, owing to the dryness of the desert and the desiccation of the corpses [6].
乾燥した砂漠の気候が、遺体を干からびさせたため、多数の保存状態の良いミイラが発見されています。

The fantastic mummies and the delicate relics from the archaeological sites in Xinjiang, including the artifacts and crops,
新疆の考古学的遺跡の素晴らしいミイラや、工芸品や穀物を含む繊細な遺物は、

can tell us amazing stories: what the world looked like at any given point in time and space [7].
時空を越えた過去の世界の様子を、的確に語りかけてくれます。

The plant remains found at these sites provided an opportunity to study the ancient plants and their utilization by local people, as well as their bearing on environmental changes in the past.
これらの遺跡で見つかる植物の遺物は、古代の植物について、住民がその植物をどのように利用したか、過去にどのような環境変化があったかの研究を可能にします。

Some archaeobotanical researches have been done in Xinjiang in the past few years, mainly focusing on the relationship between plants and people [5,8–10] and also on the environmental data extracted from artifacts [11,12].
過去数年間に新疆で、いくつか考古学的研究がなされましたが、研究の焦点は、植物と人間の関係や、さらに、工芸品から得られた環境に関するデータです。

In the present contribution, the palynomorphs extracted from the mud coffins and plant remains found at Xiaohe Cemetery are investigated comprehensively for the reconstruction of the historical environments in Xiaohe.
本研究では、小河墓の古代の環境を再現するために、泥の棺に含まれる花粉と小河墓の植物遺骸を研究しました。

Site description
遺跡についての説明

The Xiaohe (“Small River”) Cemetery was first discovered in 1911 by an aboriginal hunter named Ördek who played a part in Dr. Sven Hedin’s discovery of the Loulan ruins around 1910-1911 [13].
小河墓の発見者は、オルデクと言う名の現地の猟師で、彼は、1910年から1911年頃のスヴェン・ヘディン博士による楼蘭遺跡の発見にも貢献しました。

Two decades later, a Swedish archaeologist Folke Bergman, coined the name for this graveyard, and excavated 12 burials guided by Ördek in 1934 [13].
約二十年後、スウェーデンの考古学者フォルケ・ベルグマンは、この墓所を命名し、オルデクの案内で1934年に12体の被埋葬者を発掘しました。

After that, the cemetery was forgotten for more than sixty years until the Relics and Archaeology Institute of Xinjiang Uygur Autonomous Region excavated this graveyard in detail in 2002 [14].
その後、この墓地の存在は、2002年にレリクスと新疆ウイグル自治区考古学研究所が詳しく発掘調査するまで、六十年間以上忘れられていました。

The rediscovery of Xiaohe Cemetery was considered to be one of the top ten archaeological discoveries in 2004 in China.
小河墓の再発見は、2004年の中国の考古学的発見のトップテンの一つでした。

About 170 tombs have been excavated since then, but unfortunately many of them were destroyed by treasure hunters.
その後、約170個の墓が発掘されましたが、残念なことに、その多くは墓泥棒に壊されていました。

The Xiaohe Cemetery, with an area of about 2500 m2, is some 4 km away from the Small River (Xiaohe, in Chinese), a downstream branch of Kongque River in Lop Desert (Figure 1) [15], and also about 175 km east of the Loulan ancient city in Xinjiang [14].
小河墓の面積は約2500pで、位置は、ロプ砂漠を流れるコング川の下流部の支流からおよそ4kmであり、新疆の古代都市楼蘭の約175km東です。

With its hillock shape the Xiaohe Cemetery forms a well-defined landmark on the flat desert.
小河墓は丘なので、起伏のない平らな砂漠では目立ちます。

The top of the cemetery possesses many upright wild poplar poles and more fallen ones [13] (Figure 2).
墓地の頂上には、ポプラの木の柱が林立していますが、それ以上の数の倒れた柱もあります。

These poles were thought to be the remains of a house which had lost its roof a long time ago [13].
これらの柱は、ずっと昔に屋根が無くなってしまった建物の名残りと考えられます。

Two main kinds of trunks stood in the cemetery, i.e. the multi-prismatic shaped poles (= pole monuments in Bergman, 1939 [13]) are all placed in front of females’ tombs and the oar-shaped ones (= oar-like monuments in Bergman, 1939 [13]) in front of those of males.
墓地に立てられている柱には、二種類あります。多角形の柱は、全てが女性の墓の前に立てられています。そして、オールの形の柱は、全てが男性の墓の前にあります。

Some archaeologists inferred that these poles were the symbols of fertility worship of Xiaohe People [13].

これらの柱を、小河墓に住んでいた人々の多産信仰の象徴と考える考古学者もいます。
The multi-prismatic shaped poles represent the phallus and the oar-shaped ones represent a vulva.
多角形の柱が、ペニスを表し、オール型の柱が、外陰部を表すと考えるのです。


小河墓の地図
http://eurasianhistory.seesaa.net/upload/detail/image/E5B08FE6B2B3E5A293E381AEE59CB0E59BB3-thumbnail2.jpg.html

Figure 1. Map showing the Lop Region and the location of Xiaohe Cemetery (modified from [13]).
図1.ロプ地区と小河墓の位置

小河墓の見取り図
http://eurasianhistory.seesaa.net/upload/detail/image/E5B08FE6B2B3E5A293E381AEE8A68BE58F96E3828AE59BB3-thumbnail2.jpg.html

Figure 2. Plan diagram of the Xiaohe Cemetery.
図2.小河墓の見取り図

(a) mud coffin BM28; (b) mud coffin BM 1; (c) mud coffin M100; (d) mud coffin M75
(a)泥棺BM28  (b)泥棺BM1 (c)泥棺BM100 (d)泥棺BM75
(plan in top left corner revised from [14]).

Most of the coffins, which are made from the wood of Populus euphratica Oliv., have an elliptical shape.
コトカケヤナギ(Populus euphratica)の材木で作られた棺の多くは、楕円形です。

コトカケヤナギ.jpg

However, some coffins are rectangular in shape and covered by a layer of mud.
しかし、長方形で表面を泥で固めた棺もあります。

These are called “mud coffins” (Figure 3a).
これらを「泥棺」と言います。

The result of 14C dating revealed that the age of the lowest layer of Xiaohe Cemetery is 3980 ± 40 yr BP [16], which is the oldest archaeological dating record in Xinjiang.
炭素14年代測定で、小河墓の最下層は、3980年前(±40年)と分かりました。これは、新疆の考古学的年代測定の最古のケースです。

Desiccated wheat grains from the cemetery were dated to approximately 3760–3540 yr BP [17].
墓地で見つかった乾燥した小麦の種子の年代は、およそ3760年から3540年前です。

パンコムギ(Triticum aestivum).jpg

Hence, the currently known age of Xiaohe Cemetery is about 3980 to 3540 yr BP, which was between early Xia (2070–1600 BC) to early Shang Dynasty (1600–1046 BC) in China, i.e. early Bronze Age.
現在分かっている小河墓の年代は、およそ3980年から3540年前で、中国史では、夏王朝(紀元前2070年から紀元前1600年)の初期から、殷商時代(紀元前1600年から紀元前1046年)の初期に当たります。これは、青銅器時代の初めです。

Many well-preserved mummies were found in this cemetery. Bergman described a lady with very strong European characters (e.g. brown hair, fine aquiline nose).
墓地では、多くの保存状態の良いミイラが見つかりました。ベルグマンは、はっきりしたヨーロッパ人の特徴を持つ女性のミイラについて記述しています。(茶髪、はっきりした鷲鼻)

小河の王女
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DNA analysis from 30 mummies found here also demonstrated that the Xiaohe People were a West-East admixed population, which constitutes the earliest genetic evidence for an admixed population settled in the Tarim Basin [16].
ミイラ30体のDNAを分析した所、小河墓の人々は、東西の混血集団と分かりました。タリム盆地に居住した混血集団の最古の遺伝子的証拠です。

図3泥棺と柳の葉.jpg

Figure 3. The mud coffin M75 (a); sample collected from the coffin (b); and the leaves of Populus euphratica found in the grave (c to f).
図3. (a) 泥棺M75 (b) 泥棺から採取したサンプル (c ~ f) 墓の中にあったコトカケヤナギの葉


Materials and Methods
材料と方法

In 2003, we completed our archaeological research at the site of the Xiaohe Cemetery and collected four mud samples from each of the mud coffins (BM-1, BM-28, BM-75 and M-100) (Figure 2, 3 b) for laboratory study.
2003年に小河墓での現地調査を終了し、研究室で分析するために四つの泥棺(BM-1、BM-28、BM-75、M-100 )から各一つずつ泥のサンプルを採取しました。

Meanwhile, we also collected many leaves of P. euphratica in one of the tombs with poplar remains (Figure 3 c–f).
さらに、墓の一つからコトカケヤナギの葉を多数採取しました。

In the laboratory, we first weighed 30 grams of each sample and put them into beakers with distilled water containing 1 milliliter of a suspension of Lycopodium spores (ca. 83,500 grains per milliliter).
研究室で、各サンプルから30gを測り取り、1㎖のヒカゲノカズラ胞子(1㎖に83,500粒)を加えた蒸留水に入れてミキサーにかけました。

After immersion for 48 hours, the samples were sieved using a mesh with the pore size of 1 mm2.
48時間水に浸した後、穴のサイズが1㎟のメッシュで、漉しとりました。

The residue was mainly composed of macrobotanical remains and livestock hairs (Figure 4 c).
メッシュに引っかかったのは、主に大きな植物破片と家畜の体毛です。

The screenings were prepared for a palynological study using the heavy liquid method [18].
分析用の花粉を取り出すために、重液法を用いました。

We counted the contents of three slides from each specimen to obtain a representative sample of the palynomorphs (Table 1).
各サンプルから三枚のスライドの花粉化石をカウントしました。

図4.サンプルから得られた花粉以外の物 (a) 藁 (b) 羊の糞 (c) 家畜の毛.jpg

Figure 4. Other materials found from the samples. (a) straws; (b) piece of sheep manure; (c) livestock hairs.
図4.サンプルから得られた花粉以外の物 (a) 藁 (b) 羊の糞 (c) 家畜の毛

花粉計数.jpg

Table 1. Pollen counting data of the samples.
表1. 各サンプルの花粉を計数


Results and Discussion
結果と検討

Palynological analysis
花粉分析

Totally, 96 pollen grains, belonging to nine types of palynomorphs, were found in the four palynological samples (Table 1) and all taxa were identified applying single-grain technique [19] (Figure 5, Figure 6; the only pollen grain of Alnus was lost during the preparation for the scanning electronic microscope).
4つのサンプルから、9種類の花粉化石が96粒得られました。そして、単粒法を用いて、すべての分類群を同定しました。一粒だけ見つかったハンノキ属の花粉化石は、走査電子顕微鏡のプレパラート作成時に紛失しました。

Most of the taxa are common in arid areas (e.g. Chenopodiaceae, Artemisia, Ephedra, Tamarix and Gramineae).
分類群のほとんどは、乾燥地帯に見られる植物です。
(アカザ科、ヨモギ属、マオウ属、ギョリュウ属、イネ科)

Chenopodiaceae is well-adapted to dry and saline environments.
アカザ科は、乾燥した塩分の多い環境に良く適応しています。

Artemisia normally grows in arid or semi-arid habitats.
ヨモギ属は、通常、乾燥地帯や半乾燥地帯に生育します。

Ephedra is a common shrub of dry, open sites and is predominantly a warm desert-steppe plant restricted to both meteorologically and physiologically dry areas [20].
マオウ属は、乾燥した開けた土地の低木で、主に、気象的・物理的に乾燥した温暖なステップ砂漠に見られます。

Tamarix is one of the most common woody plants in Xinjiang [21].
ギョリュウは、新疆で最も普遍的な樹木の一つです。

Gramineae pollen grains are often used as an indicator of openness.
イネ科の花粉は、しばしば、土地が開けている度合いの尺度に用いられます。

However, these grass pollen are one of the most ubiquitous and readily recognized pollen types found in terrestrial sediments.
もっとも、イネ科草本の花粉は、陸上の土壌には、どこでも普遍的に含まれています。

Although these monoporate grains differ in size, surface texture and annular width, these features do not permit reliable recognition at the subfamily level [22].

これらの単孔粒は、大きさ、表面の形状、ランド幅が異なっていても、これらの特徴で、亜科まで分類する事はできません。

Moreover, the pollen wall of Gramineae is thin, and is low in sporopollenin, hence has a poor preservational potential [23].
さらに、イネ科の花粉壁は薄く、スポロポレニンも少ないので、保存されにくいです。

These factors suggest that the pollen cannot be transported far and are easily damaged when buried in soil.
これらの要因から、花粉は遠くから持ち込まれたものではなく、また、土中で壊れやすい事が分かります。

However, based on the number of reeds (Phragmites sp.) found in the graves, it seems reasonable to believe that most of the Gramineae pollen in our samples belong to Phragmites.
ところで、墓地内で多くの葦(ヨシ属)が見つかった事から、イネ科の花粉の多くが、ヨシ属だと推定できます。

Corylus and Alnus, as wind-pollinated taxa very readily overproduce airborne pollen grains, and are the normal elements found in lake sediments and soil.
ハシバミ属とハンノキ属は、大量に花粉をまき散らす風媒花植物であり、それらの花粉は、湖沼土壌や堆積物中に普通に含まれます。

ハシバミ.jpg

Alnus ハンノキ属.jpg

The grains of these two taxa may come from the forests on the mountains surrounding the study areas.
これらの二つの分類群の花粉は、研究対象地の周辺の山地林から飛来した可能性があります。

図5 花粉写真1.jpg

Figure 5. Palynomorphs found from the samples collected from the mud coffin.
図5.泥棺から採取したサンプル中の花粉化石

The first column shows pollen grains under light microscope;
左の写真は、光学顕微鏡で見た花粉粒

the middle column shows the previous grains under the scanning electronic microscope;
真ん中の写真は、同じ花粉粒を、走査電子顕微鏡で見たもの

and the last column shows the surface details under scanning electronic microscope.
右の写真は、走査電子顕微鏡による詳細な表面形状

(a) Ephedra; (b) Typha; (c) Artemisia; (d) Chenopodiaceae.
(a) マオウ属 (b) ガマ属 (c) ヨモギ属 (d) アカザ科

図6 花粉2.jpg

Figure 6. Palynomorphs found in the samples collected from the mud coffin.
図6.泥棺から採取したサンプル中の花粉化石

The first column shows pollen grains under light microscope;
左の写真は、光学顕微鏡で見た花粉粒

the middle column shows the previous grains under the scanning electronic microscope;
真ん中の写真は、同じ花粉粒を、走査電子顕微鏡で見たもの

and the last column shows the surface details under scanning electronic microscope.
右の写真は、走査電子顕微鏡による詳細な表面形状

(a) Gramineae; (b) Corylus; (c) Tamarix.
(a) イネ科 (b) ハシバミ属 (c) ギョリュウ属

Compared with the taxa mentioned above, the presence of Typha pollen in the assemblage is more interesting.
以上の分類群に加えて見つかったガマ属の花粉は、非常に興味深いです。

As an aquatic, Typha can normally live in a variety of wetland habitats, and their pollen grains can be frequently found in peat and lignite beds [24].
水生植物であるガマ属は、通常、様々な湿地に生育し、その花粉粒は、泥炭や亜炭の湖沼底土壌中で普通に見られます。

Hence the occurrence of Typha pollen illustrates that there was surface water close to the Xiaohe People’s residence.
つまり、ガマ属の花粉の存在は、小河墓の人々の住居のそばに湖沼があった事を示します。

The mud which covered the coffins may have been obtained from the habitat of the Typha.
棺を覆う泥は、ガマが生育する場所で得られた可能性があります。

Plant remains
植物の遺骸

At a traditional funeral in China, people always put something precious into the coffin and/or grave, in the hope that the dead person can live better with these objects in another world.
中国の伝統的な埋葬では、常に棺の中や墓穴の中に、貴重品が副葬されました。死者が、あの世で、これらの品物を使って生活できる様にです。

Those relics found in tombs provide us with an opportunity to learn about the culture of the ancient people and the environment in which they lived.
墓地で見られるこれらの慣習は、古代人がどのような環境や文化の中で生活していたかを教えてくれます。

Several kinds of plant remains were found during the first excavation of the cemetery by Bergman,
ベルグマンによる墓地の最初の発掘で、数種類の植物遺骸が見つかりました。

i.e. the poles made of Populus euphratica, Ephedra twigs, Tamarix twigs, grains of bread wheat (Triticum aestivum) [17], Jiji grass (Achnatherum splendens), reed (Phragmites sp.) and grains of broomcorn millet (Panicum miliaceum) [13,14,17].
コトカケヤナギ(Populus euphratica )で作られた柱、マオウ(Ephedra)の枝、ギョリュウ(Tamarix)の枝、パンコムギ(Triticum aestivum)の種子、芨芨草 (ジジソウ:Achnatherum splendens)、ヨシ属(Phragmites sp.)、キビ(Panicum miliaceum)の種子です。

ジジソウ.jpg

キビ(Panicum miliaceum).jpg

パンコムギ(Triticum aestivum).jpg

DNA analysis of the wheat grains confirms that the grains found here are similar to hexaploid bread wheat [17].
小麦の種子のDNA分析で、それが、六倍体のパンコムギに近い事が分かりました。
(訳注:二倍体のタルホコムギと四倍体のデュラムコムギを交配して栽培種の六倍体パンコムギができたと考えられます。)

As broomcorn millet grains always show up together with wheat grains in the graves [14,17], we can presume that broomcorn millet was also cultivated by then.
キビの種子とコムギの種子が両方ある事から、当時、コムギとキビが栽培されていたと推測できます。

Populus euphratica is the characteristic element of the common desert riparian forest in Northwest China [25].
コトカケヤナギは、中国北西部の河畔林に特徴的で普遍的に見られる樹木です。

As a common shrub with medicinal function, Ephedra was considered as a magic plant by the Lop people.
普通に見られる薬効のある低木であるマオウを、ロプ住民は、魔法の植物と考えました。

Also, it is very common to find Ephedra branches in most of the graves of the ancient Lop people in the Lop Nur area, such as LF, LS and LD graveyards [26], Cemetery 36 [26], Gumugou cemetery [27] and graveyards around Loulan ancient city [28].
マオウの枝は、ロプヌール地区の古代ロプ住民の墓所内で、しばしば見つかります。LF墓所、LS墓所、LD墓所、第36共同墓地、グムゴウ共同墓地、楼蘭古代都市周辺の墓場などです。

Some Chinese archaeologists suggest that this phenomenon is a kind of plant worship and call it ephedra worship [27,28].
これを、信仰の一つと考えて、マオウ信仰と名付ける中国の考古学者もいます。

マオウ(Ephedra).jpg

The medical use of Ephedra has been known for several thousand years in China.
中国では、数千年来、マオウの薬効が知られていました。

As a central nervous excitant, ephedra was also used in ceremonies to produce feelings of exhilaration by various religious groups including Hindus [29].
中枢神経刺激性のマオウは、高揚感を喚起する目的で、ヒンドゥー教を含む、様々な宗教の儀式で用いられました。

As an ingredient of Haoma or Soma, ephedra has been used for millennia in both Iran and India [30] as a beverage to achieve longevity and immortality [31].
マオウは、ハオマやソーマの成分の一つであり、イランとインドで数千年間、長寿や不死の飲み物として用いられました。
(訳注:ソーマは、ヴェーダの祭祀で用いられる一種の興奮飲料で、 ハオマは、ゾロアスター教において重視される神酒)

The intention of putting tamarisk twigs in the burials has never been studied yet.
ギョリュウの枝を副葬する目的については、未研究です。

御柳.jpg

The grains of wheat (Triticum aestivum) were normally found together with the ephedra twigs (or fragments) in graves [28].
パンコムギ(Triticum aestivum)の種子は、通常、マオウの枝(または破片)と一緒に、墓の中で見つかります。

Moreover, some dried porridge of millet was also preserved in some graves [13].
さらに、干からびたキビのお粥が、いくつかの墓で見つかりました。

These plant remains indicate that wheat and millet were also very precious for the ancient people.
これらの植物遺骸は、ここの古代人にとって、小麦とキビが大変な貴重品だった事を示唆します。

Other plant and animal matter
他の植物と動物由来の物

The straws (Figure 4 a) found in the mud samples were used to reinforce the mud for construction purposes.
泥のサンプル中で見つかった藁は、泥の構造物を強化するために使われました。

This technique is still widely used in the countryside of China.
この工法は、現在でも中国の田舎で、広く使われています。

These straws may have originated from wheat and/or millet.
これらの藁は、小麦やキビの茎だと思われます。

The appearance of the livestock hairs (Figure 4 b) and the sheep manure (Figure 4 c) in the samples illustrates that the earth used to make the covering layer of the coffins must have been obtained from a place frequented by the animals.
サンプル泥中への家畜の毛や羊の糞の混入は、棺を覆う泥が、動物が頻繁に通る場所から採取された事を示します。

The occurrence of many/numerous bones and furs in the Xiaohe Cemetery [13,14], suggests that some of the Xiaohe People were living as herdsmen.
小河墓にある大量の骨や動物の毛は、小河墓の人々が牧畜を営んでいた事を示唆します。

Environmental analysis
環境分析

Based on the plant analyses presented above, the presence of both xerophytic and hydrophytic plants (e.g. Typha) demonstrate that there was enough water in the Small River at that time though it lies in the expansive Lop Desert.
上記の植物分析で、乾生植物と水生植物(ガマ属:Typha )の両方が見られる事から、当時は、広大なロプ砂漠を流れていた小河(Small River)に十分な水量があった事が分かります。

ガマ属.jpg

In the surrounding desert, there were many Ephedra, Tamarix, Artemisia and some members of the Chenopodiaceae plants.
周辺の砂漠には、多くのマオウ属(Ephedra )、ギョリュウ属(Tamarix )、ヨモギ属(Artemisia )と、いくらかのアカザ科(Chenopodiaceae )植物がありました。

マオウ(Ephedra).jpg

御柳.jpg

梭梭 アカザ科(Chenopodiaceae).jpg

ヨモギ属(Artemisia).jpg

The people apparently collected the ephedra and Tamarix for medicinal or religious use from the neighboring arid terrains.
明らかに人々は、医学的、または、宗教的目的で、マオウとギョリュウを、周辺の乾燥地帯から採取しました。

However when the people lived there the site was a well-watered wetland along the Small River.
しかしながら、この人々が住んでいた頃は、この場所が、小河(Small River)沿いの水量豊富な湿原でした。

There the rich alluvial soils of the flooded areas served to support the growth of their crops, and provide areas where livestock could be sustained/raised.
その氾濫原の肥沃な沖積土壌が、穀物の栽培と家畜の飼育を可能にしていました。

Moreover, this location was the habitat of the common Populus euphratica which served in the construction of their houses and coffins.

さらに、この場所には、コトカケヤナギ(Populus euphratica)が普遍的に生育していて、家屋や棺の材料になりました。

コトカケヤナギ.jpg

So although the regional natural environment was very dry, the hydrological living conditions were good enough along the small river for the Xiaohe People to survive.
地域の自然環境はとても乾燥していましたが、小河(Small River)沿いの水利的生活環境は、小河墓人にとって良好でした。

Conclusions
結論

Much research has shown that the climate in the Lop Nur region has been very dry since the Early Holocene [32–34].
多くの研究者が、ロプヌール地域の気候が、完新世の初期以降、とても乾燥している事を示しました。
(訳注:完新世は、約1万年前から現在まで)

However, the so-called dry climate is actually a kind of meteorological myth.
しかし、その乾燥気候は、実際には、気象学的神話に過ぎません。

Fed by melt-water from the Tianshan Mountain, the runoffs of the rivers into the Tarim Basin are actually quite considerable, especially in summer time.
天山山脈の雪解け水が流れ込む川は、タリム盆地に、特に夏季に、かなりの水量を注ぎ込みます。

Many oases depend on such seasonal rivers.
多くのオアシスは、この様な季節的河川に依存しています。

During 3600-3000 a BP, the lake of Lop Nur was very large and there were many deltas around it.
3600年から3000年前までは、ロプヌール湖はとても大きく、周辺には、多くの三角州がありました。

Fishing and hunting were very common at that time [35].
当時は、漁労と狩猟が、活発に行われていました。

According to historical documents, the water area of Lop Nur was still very large during the Jin Dynasty (AD 226-420) [36].
歴史的文書によると、ロプヌール地方の水量は、晋時代(紀元226年から420年)には、まだ豊富でした。

Based on this work, the living environment of the Xiaohe People was a very well developed oasis of deltas, which was surrounded by extensive desert.
本研究で、小河墓人の生活環境は、広大な砂漠で囲まれた、よく発達したオアシスと三角州だったと分かりました。

The main taxa of the vegetation in the oasis were Populus euphratica, Phragmites, Typha and maybe other weedy Gramineae.
オアシスの植物の主な分類群は、コトカケヤナギ(Populus euphratica)、ヨシ属(Phragmites)、ガマ属(Typha)と、おそらく、イネ科(Gramineae)の草本でした。

However, outside the oasis, drought-resistant taxa dominated the vegetation, e.g. Ephedra, Tamarix, Artemisia and members of the Chenopodiaceae.
ところで、オアシスの外には、耐乾燥性の植物分類群が主流でした。マオウ属(Ephedra)、ギョリュウ属(Tamarix)、ヨモギ属(Artemisia)、アカザ科(Chenopodiaceae)です。

The Xiaohe People mainly lived on animal husbandry.
小河墓人は、主に、牧畜で生計を立てていました。

However, they also attempted to cultivate cereals such as bread wheat and broomcorn millet.
しかし、パンコムギやキビなどの穀物の栽培も試みていました。

キビ(Panicum miliaceum).jpg

パンコムギ(Triticum aestivum).jpg

Most of the coffins in the cemetery are canoe-shaped, which may suggest that the Xiaohe People spent some of their lives on water.
墓地の棺の多くは、舟形です。これは、小河墓人が水上生活もしていた事を示唆します。

Bergman [13] inferred that because there are no known settlements near the cemetery, the people probably lived somewhere else along the river and reached the cemetery by boats.
ベルグマンは、墓地の近くには住居跡が見つかっていないので、人々が川沿いの別の場所で暮らし、舟で墓地を訪れたと考えました。
http://eurasianhistory.seesaa.net/article/434094909.html


タクラマカン砂漠から大量に出土中国最古のミイラ群
横堀克己=文  新疆文物考古研究所=写真提供
http://www.peoplechina.com.cn/wenhua/2009-02/05/content_177107.htm


木棺の中から姿を現した女性ミイラ【M11】

中国の西部、新疆ウイグル自治区の中央部に、中国最大の砂漠、タクラマカン砂漠が広がっている。ここは太古からシルクロードが走り、東西の文化が出会ってきた舞台である。

有名な楼蘭(ローラン)や「さまよえる湖」のロプノールから西に約百キロの砂漠の中に、「小河墓地」があることは70年以上前から知られていた。しかし、長くその存在は砂漠の砂に埋もれて分からなくなっていた。

今世紀になって、小河墓地は再び発見された。そして全面的な発掘調査が行われた。その結果、墓地からは164体ものミイラが発見され、しかもその最下層から発見されたミイラは、科学的鑑定の結果、紀元前2000年にまでさかのぼることが判明した。

さらに、DNA鑑定によって、最下層のミイラは、モンゴロイド(東洋系)とコーカソイド(白人)の混血であることが分かった。

この発見によってタクラマカン砂漠は、東と西の人種が初めて出会い、融合して、独自の文化を発展させた可能性が出てきた。

詳しい学術的報告は近く発表されるが、本誌は新疆文物考古研究所の全面的協力を得て、小河墓地の発掘調査の全容を紹介する。


mirra1 半世紀後に甦った墓地


【砂漠に消えた遺跡】

小河墓地の全景

1934年、中国政府から調査の依頼を受けたスウェーデンの考古学者、ベルグマン博士は、地元の猟師オルドックの案内で、タクラマカン砂漠の中を流れる孔雀河から南に分かれた支流の小河をさかのぼっていた。そして小河から4キロ入った砂漠の砂丘の上に、高い枯れた木の柱が無数に立っているのを発見した。

近寄って見ると、枯れた木は死んだ樹木ではなく、人工的に立てられ、長く強風に晒されて白くなり、亀裂が入っていることが分かった。足元には人骨や毛織物の破片が落ちており、黒い長髪の残るミイラの顔面も見つかった。

この場所は、地元では「有上千口棺材(千を超す棺がある)」と伝承されている墓地だった。ベルグマンはここを「小河5号墓地」と命名し、12基の墓を発掘し、ミイラや木屍(遺体の一部または全部を木でつくったもの)を持ち帰った。

そして1939年、ベルグマンは『新疆考古研究』を発表した。この中でベルグマンは小河墓地の規模の大きさや特異な墓葬形式を紹介し、ロプノール早期の文明ではないかとして世界の考古学界で大きな反響を呼んだ。

ところが長い戦乱や混乱の中で、小河墓地の存在はいつしか忘れ去られ、その場所さえ分からなくなってしまった。

小河墓地が砂漠の中で再び発見されたのは、半世紀以上経った2000年12月11日である。新疆文物考古研究所の王炳華研究員(現在、中国人民大学国学院の特別招聘教授)が深圳のテレビ映画撮影クルーに同行し、GPSなどを用いてついに小河墓地を探し当てたのだった。

【砂丘を越えて発掘現場へ】

砂漠の中を行くには、専用の車両を使わなければならない
2002年12月、国家文物局の許可を得て新疆文物考古研究所は小河墓地考古隊を編成し、1カ月間の小規模な試掘を行うことになった。

タクラマカン砂漠は新疆ウイグル自治区南部にある中国最大の砂漠。北は天山山脈、南は崑崙山脈に囲まれたタリム盆地の中央部にある。東西約千キロ、南北約400キロ、面積33万7600平方キロ。流動砂丘が85%を占め、砂丘の高さは普通80〜150メートル、中には200〜300メートルに達するものもある。

小河墓地は、そのタクラマカン砂漠の東部、有名な楼蘭古城遺跡から175キロ西にあり、もっとも近い集落であるアラカン鎮からも36キロ離れた砂漠のど真ん中に位置している。

12月26日、考古隊は二両の砂漠用トラックに発掘機材や物資を満載し、ロプノールの西側の農墾兵団34団のティエカンリク鎮を出発し、水のないタリム河を越え、小河墓地に向かった。まる二日走っても、直線距離で十数キロしか走れず、27日夜、トラックはとうとう砂に車輪を取られ、動けなくなった。

GPSで観測した結果、小河墓地までまだ15キロ余りあった。考古隊はここで三つの班に分かれ、一班はそこに荷物とともにとどまって野営し、イディリス・アブドゥラスト新疆文物考古研究所長ら5人の班は1人30キロの荷物を背負って小河墓地に向かい、もう一班は来た道を戻って住民からラクダを借りに行った。イディリス所長らは十数時間後、小河墓地に到着、その他の班はラクダで荷物を運び、2003年1月3日までに発掘現場に勢ぞろいした。

【林立する木は生殖崇拝】

発掘作業に従事する考古研究者たち

小河墓地は高さ約7メートルの砂丘の上にあり、長さ74メートル、幅35メートル、約2500平方メートルの範囲に、周囲を木製の杭で作られた木柵に囲まれていた。そして砂丘の表面には、さまざまな形をした太い胡楊木(ポプラの一種)の立木が全部で140本立てられていた。

胡楊木の立木は、ベルグマン博士が小河古墓を発見したときのまま、数千年の強風と烈日に晒されて立っていた。調査の結果、立木はその下に埋められた棺の前方に立てられており、男性の棺の前に立てられた立木は舟の櫂の形をしている。女性の棺の前に立てられた立木は柱状であった。

櫂は、大きなものは高さが約2メートル、幅約70センチもあり、小さなものは高さ1メートル30センチ、幅10センチほどであった。櫂の表面は黒い塗料が塗られ、櫂の柄は赤く塗られていて、柄の底は七重の旋回文様が彫りこまれているものが多い。

女性の棺の前に立てられた柱状の立木は、高さが1メートル50センチから1メートル80センチで、形状はさまざまである。先端はどれも赤く塗られ、毛糸がぐるぐると巻きつけられている。この櫂状と柱状の立木はいったい何を意味しているのか。学者たちは櫂状の立木は女性性器を、柱状の立木は男性性器をそれぞれ象徴していると考えている。小河墓地がつくられた時代、人々は生殖崇拝の観念を持ち、多産を願っていた、と考えられる。

また一部の立木の先端に小さな銅片がはめ込まれているものも発見された。楼蘭の遺跡からすでに青銅器が見つかっており、この時代すでに、シルクロードを通じて青銅器の交易が行われていたことを示している。

考古隊は砂丘の下にテントを張り、小河墓地の実測調査や表面に露出している棺やミイラの整理、収集を行った。砂丘の上には棺材やミイラの残骸、毛織物などが散乱しており、自然破壊だけでなく人による盗掘も行われ、140基以上の墓葬がすでに破壊されたと推定された。

また考古隊は、砂丘の東の平坦な場所で3メートル近い八角形の木柱を発見、その付近から厚い木板や横梁、白い粘土などを見つけた。これはベルグマンが小河墓地を発見した当時、あったという「立木」と「木造の小屋」の跡ではないかと推定されたが、中にあったという「木棺」と「女性のミイラ」は跡形もなく消えていた。

考古隊は3週間をかけた試掘調査で、地表に露出した四基の木棺を発掘・整理したが、その棺の一つを開けて見ると、驚いたことに中からミイラではなく、木でつくられた135センチの「木屍」が出てきた。「木屍」は木で顔や四肢がつくられていた。
http://www.peoplechina.com.cn/wenhua/2009-02/05/content_177107.htm


mirra2 ミイラはこうして発掘された
http://www.peoplechina.com.cn/wenhua/2009-02/05/content_177107_2.htm


【砂嵐で中断された発掘】

南区のもっとも下の第5層と一部の第4層がついに姿を現した

試掘調査の結果を踏まえて2003年10月からは、イディリス新疆文物考古研究所長を隊長に、全面発掘が行われることになった。10月は砂漠の気候が比較的安定し、条件が良い。数十トンの発掘機材や生活物資を小河墓地の下まで運びこまなければならない。そのルート探しのため、イディリス隊長ら二人が道路のあるアラカンから徒歩で砂漠を進み、発掘現場までの200キロ以上を往復した。

 ルート探しに時間がかかり、12月末になってタリム河が結氷したので考古隊は3日をかけて砂漠を越え、2003年の元日に現場に到達した。そこにテント村をつくって、農民工を雇って本格的な発掘調査が始まった。

 12月の砂漠は零下34度にまで冷え込む。日中、太陽が出れば暑くなり、昼夜の温度の差が激しい。砂嵐もたびたび襲ってくる。しかし、水は貴重品なので、頭を洗うのはもったいない。そこで男性の隊員たちは髪の毛をきれいに剃ってしまった。

 しかし発掘は3カ月でいったん中止された。春から夏にかけて猛烈な砂嵐に襲われたからである。考古隊は、発掘現場に看守のガードマンを残して引き揚げた。後にガードマンはあまりの孤独に、精神に異常をきたしたという。2004年9月から、今度は新疆文物考古研究所と吉林大学辺疆考古研究センターが合同で発掘が再開され、2005年3月に発掘は終了した。

 その発掘の『簡報』は2007年10期の雑誌『文物』に掲載されたが、それは、発掘調査の一部であり、全面的な報告書の作成は現在も進められている。発掘の全容を知るために、5月、新疆ウイグル自治区のウルムチに飛び、新疆文物考古研究所でイディリス所長を訪ねた。また、小河墓地発掘の全過程に参加した李文瑛・同研究所副研究員から詳しく話を聞いた。

【中国最古のミイラと判明】

発掘現場近くに建てられたテント村

発掘調査の結果、小河墓地は南区と北区に分かれており、北区からは28基の墓葬が、南区からは139基の墓葬がそれぞれ発掘された。これに、すでに破壊された190基を加えると357基の墓葬があったことになる。

 出土したミイラは、全部で145体。いずれも「干屍」であり、エジプトのミイラのように、人為的処理をくわえてつくられたものではなく、自然に乾燥したものである。内訳は男性54体、女性79体、性別不明12体。その中に子どものミイラは19体あった。

 このほかに「木屍」が10体(男性8体、女性2体)、体の一部が「木屍」で一部がミイラのもの二体(いずれも男性)が発掘された。「木屍」が何の目的で埋葬されたのかははっきりしない。研究者たちは、行方不明になり、遺体のない人の代わりに埋葬された、あるいは遺体の一部がなんらかの理由で損壊され、その部分を木で補った、または他の墓地から改葬された、などの仮説を立てている。

 いずれにせよ、145体の「干屍」と10体の「木屍」が一カ所の墓地から一度に出土したことは、世界的に例がない。

 南区の墓葬は、時代順に5層に分かれていることが判明した。一番表層の第1層からは13基、その下の第2層から27基、第3層から23基が発見された。炭素14の崩壊による年代測定の結果、1〜3層の絶対年代は紀元前1450〜1700年と分かった。

 第3層の下は約1メートルの砂が堆積し、その下に第4層があり、38基の墓葬が発見された。さらにその下には最下層の第5層があり、やはり38基の墓葬が確認された。これを炭素14により年代測定すると、紀元前1700年から2000年であることが判明した。

 これまで中国で発見された最古のミイラとされる有名なミイラ「ローランの美女」は紀元前1800年といわれるので、小河墓地の最下層から出土したミイラは中国最古のミイラと言える。


【続々発掘されたミイラ】

マントを取り除いた女性ミイラ【M11】

第1層、第2層から発掘されたミイラは、一般に頭を東、あるいは東北に向け、まっすぐ体を伸ばして上向きに寝ている。一部の死者の顔には、赤い線条が描かれ、体全体に乳白色の糊状の物質が塗られている。

 死者は頭にフェルトの帽子を戴き、足には革靴を履き、腰に腰当を着け、身に毛織物のマントを巻きつけている。副葬品は、身につけた衣服や首飾り、腕輪のほか、どの墓にも必ず、マントの外の右側に、草で編んだカゴが置かれている。死者の体の上には、大量のマオウ(麻黄)の小枝や動物の耳、動物の筋をよって作られた短い縄が置かれている場合が多く、体の下には小麦やトウモロコシの粒がばらばらに置かれている。そのほか、細長いタマリスク(紅柳)の棒や鳥の羽でつくられた羽飾りなどがよく見られる。

 墓の主人の性別の違いによって、着ている服装や副葬品は明らかな違いがある。例えば、男性のマントの穂(垂れ下がり)はスカートにあることが多く、女性のマントの穂は首から肩に多い。男性の腰当は帯のようで、女性のは短いスカートのようだ。男性の棺の前にある櫂の立木の両側には、死者が使う弓と木製の矢が別々に立てられ、体の上には羽のついた矢が置かれている。女性は、体の上に「木祖(木制の男根)」や革袋、木の櫛が置かれている。さらに特別な一部の副葬品、例えば牛の頭、人面をはめ込んだ木製の杖などは、墓主の身分と関係があるかもしれない。 

 出土した多くのミイラの中で、保存が比較的良く、小河古墓の典型的なミイラを紹介しよう。

【M11】

第1層、南区の東端の中央部にあり、墓地の砂丘の頂部から発掘された。ミイラは、保存がよく、美しい顔立ちが印象的である。


発掘された女性ミイラ【M11】

木製の棺は長さ2.2メートル。棺の上は3枚の牛の皮で覆われ、棺頭は黄色、棺尾は白、中央部は斑の牛皮。その上に白いマント、マントの上に12本のタマリスクの枝が置かれていた。

墓の主は成年女性で、頭を東に向け、仰向きに手足をまっすぐ伸ばし、頭と脛と足先以外は全身を大きな白い毛織のマントで包まれている。

女屍の身長は152センチ、全身に乳白色の糊状のものが塗られている。体はやや豊満で、胸部、腹部が著しく肥満している。眼窩は深く落ち窪み、亜麻色の長い睫毛、高くまっすぐな鼻、少し開けた口、薄い唇。髪は亜麻色で多く、自然に頭の真ん中でわかれて胸にまで達する。

棺内には白色の羊のフェルトでつくられた円い帽子、白色の羊毛で編まれた毛織のマント、短いスカート式の腰当、革靴、首飾り(玉珠、白色石珠、黒色石珠を連ねたもの)、ブレスレット(淡青色の蛇紋石玉を連ねたもの)、木製の留め針(マントをとめる)、櫛、草で編んだカゴ、小動物の皮でつくった皮袋、羽飾り、木祖などがあった。

【M13】

南区の北側の砂丘の第一層から出土したミイラも保存状態がよい。蓋の板は11枚で、板の上に黒色の直線が描かれている。棺の上は3枚の牛皮で覆われている。

墓主は成年の女性。頭を東に向けている。頭と足、脛のほかはすっぽりと白地に大きな赤い縦じま文様の毛織のマントで包まれている。

マントの外の腹部の上方には、大きな牛の角が置かれていた。屍体の右腰骨に立てかけるように、フェルトで蓋をした草篭が置かれていた。

そのほか、円形の銅片7枚がついた毛織物の腰当、乳白色の糊状の物質が塗られた革靴、珠を連ねた首飾り、腕飾りを持っていた。左乳房には木彫の人面像が置かれ、右腹部には大きな皮袋と3本の羽飾りがあった。左腕の外側には木祖が一つ、右手の下に二個の小さな石があった。また、タマリスクの枝、木製の櫛、黍の粒、麻黄の小枝、動物の耳などが出土した。

女屍の身長は150センチ。死者の顔とマントから出ている大腿部は乳白色の糊状の物質が塗られていた。顔はやや痩せ、両方の頬の下は深く落ち込み、頬骨は高く、眼窩は深く落ち窪んでいる。口をしっかりと閉ざし、明らかに扁平で長い。亜麻色の頭の髪は短く、顎よりも長くない。髪の毛にも糊状の物質が塗られていた。顔面部の糊状物質をとり除くと、額から鼻にかけて赤い横線が描かれていることが分かった。

木彫人面像は、長さ9.1センチ、幅6.7センチ、鼻の高さ2センチ。平面は楕円形で、正面は誇張された目、耳、鼻、口、眉が浮き彫りにされ、背面は内側に凹型になっている。人面の表面にはきわめて薄い皮状の物質が糊付けされており、その上に赤い色が塗られている。人面は眉が発達し、眼窩は落ち窪み、二つの小さな珠をはめ込んで眼球とし、鼻は高くそびえ、鼻梁は7本の細い紐が横に載せられている。口の形は長方形で、白い羽の管を切断してつくった八個の「歯」がはめ込まれている。額の頂上部に小さな孔があり、おそらく紐を通したものであろう。  

【M24】

矢や棒を持った男性のミイラ【M24】

南区の中部の地表から1.7メートル下の第2層から発掘された。第1層の3つの墓と第2層の2つの墓の下にあった。棺は4枚の牛皮で覆われ、墓主は成人の男性で、身長164センチ。毛織物のマントで体をすっぽりと覆われ、腹部の上には赤や黒に塗られた大きな牛の頭が置かれていた。体の右側には、矢や先の尖った棒などが多数置かれていた。

棺内から発見された人面像を象嵌した木仗は長さ66セン。これは墓主の身分を象徴していると思われる。

【M100】

南区の第4層と第5層と北区からは、特徴のある棺が発見された。それは棺の蓋の上が泥で固められている「泥棺」である。南区の第4層の【M75】、第5層の【M100】、北区の【BM1】【BM2】は「泥棺」であった。

【M100】の蓋を開けると、中から長さ134センチ、幅40センチの12枚の板からつくられた木製の板室があり、その中から墓主である成人女性とともに、木製の人形や木罐などの副葬品が出ていた。【BM1】【BM2】も墓主は女性で、木製の人形が出土した。

李文瑛・副研究員は、この「泥棺」を女性の占い師(巫女)の墓ではないかと見ている。これがもっとも深い層から出てきたことや、上層部からは出土しないことなどから見て、巫女を中心とする社会から男性の族長を中心とする社会に移行していったのではないか、と言っている。

【M19】

第2層からは嬰児のミイラが発掘された。毛織物に包まれていて目鼻立ちがはっきりしている。子どものミイラには嬰児も幼児もあったが、全体的にみて子どもの死亡率がとくに高いということはなかった。

ミイラとともに動物の耳や小麦などが出土した。発掘当初は男の子か女の子か分からなかったが、棺の近くに櫂が立てられていたことから、男の子と推定された。
http://www.peoplechina.com.cn/wenhua/2009-02/05/content_177107_2.htm


mirra3 4000年前に存在した社会は
http://www.peoplechina.com.cn/wenhua/2009-02/05/content_177107_3.htm


イディリス・アブドゥラスト新疆文物考古研究所長

小河墓地の発掘によって、いまから4000年前に、タクラマカン砂漠には、かなり文明の発達した社会が存在していたことが明らかとなった。そのころ中国では、最古の王朝である夏王朝が起こり、エジプトでは古王朝が終わり、12王朝が始まったころである。東西の文明を結ぶシルクロード上にあったと思われる小河古墓を築いたのは、どんな人たちであったのか、どんな社会を形成していたのか。発掘の総責任者であるイディリス・アブドゥラスト新疆文物考古研究所長に話を聞いた。

――小河墓地の最下層から出土したミイラの人種は?

■イディリス所長 これまで楼蘭など新疆ウイグル自治区の遺跡から出土した非常に古いミイラは、コーカソイド(白人)と考えられてきました。小河墓地の遺跡から発掘されたミイラも、外見的には眼窩が落ち窪み、鼻は高く、コーカソイドのようでした。しかし、最下層のミイラの一部を北京大学加速器実験室で鑑定してもらったところ、この5月、驚くべき報告を受けました。それはDNA鑑定の結果、モンゴロイド(東洋系)のDNAも発見されたというのです。つまり彼らはコーカソイドとモンゴロイドの混血の可能性が出てきたのです。

これは、4000年前かそれ以前に、シルクロードで、西から来たコーカソイドと東から来たモンゴロイドがタクラマカン砂漠で初めて出会い、混血したことを想像させます。壮大な人種の移動と融合が考えられるのです。

――彼らの「村」の規模はどのくらいでしょうか。

■イディリス所長 500年から600年の間に約350基の墓をつくったのですから、「村」の規模はそれほど大きなものではなかったでしょう。墓地と集落とはそう遠くは離れていないと思われますが、墓地を中心に10キロ四方からはいまのところ住居址は見つかっていません。

――彼らはどんな社会をつくっていたのでしょうか。

■イディリス所長 男女の性器を象徴する木柱や木櫂が大量に出土したことや、女性ミイラが男根を象徴する「木祖」を持っていたことなどから考えて、彼らは、生殖崇拝の信仰を持っていたと考えられます。これは「万物の豊産」の願いを反映しています。死後に顔面を白く塗ったり、赤い線を描いたり、人面像や木製人形を副葬したりしていることから見て、この時代にすでに宗教が存在していたことは明らかです。

――どのようなものを生産し、どのように暮らしていたのでしょうか。

■イディリス所長 棺の中から大量の小麦やトウモロコシが出てきました。小麦は鑑定の結果、人為的に改良された種類であることが分かりました。この小麦には大量の水が必要であり、当時は灌漑が行われ、小麦の畑が一面に広がっていたと思われます。

また、棺は3枚の牛皮で覆われているのが普通で、棺の中や木柱に大きな牛の頭蓋骨がいっしょに葬られていることから考えると、牧畜が盛んに行われていたと思われます。一つの棺を作成するのに、少なくとも3本の胡楊木が伐られたので、当時は胡楊木がかなり生い茂っていたと考えられます。

しかしこの一帯の自然は脆弱で、いったん破壊されると回復することができないため、ついに砂漠化してしまったと推定されます。

――外部の他の部族との戦争や争いがあったのでしょうか。 

■イディリス所長 男性の棺から矢が見つかっているうえ、鳥や小動物の羽や毛皮が見つかっているので、狩猟が行われていたことは確かです。武士のようなミイラも発見されていますが、ただ、多くのミイラの中で刀傷のあるのは一体だけで、矢傷など大規模な戦争を示す証拠はありません。おそらく平和な生活だったのでしょう。

人民中国インターネット版 2009年2月5日
http://www.peoplechina.com.cn/wenhua/2009-02/05/content_177107_3.htm
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/390.html#c108

[リバイバル3] アホが書いた日本国憲法 _ 護憲運動はCIA・中国・朝鮮工作員が扇動していた 中川隆
16. 中川隆[-6641] koaQ7Jey 2017年8月16日 18:56:36 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2017-08-16 侵略されたら徹底殺戮・徹底破壊・徹底収奪の地獄が出現する


2017年8月14日、韓国は路線バスの一部に慰安婦像をバスの座席に乗せて運行を始めている。

この他にも市民団体が広場に500人分のミニ慰安婦像を並べたりしている。さらに、慰安婦問題だけでなく捏造的な徴用工の問題も蒸し返している。

挙げ句の果てに、1965年の日韓請求権協定を完全に無視して、三菱重工に無償労働を強要されたとして韓国の地裁は賠償支払いを命じる判決を出している。

これが韓国という国の実態だ。やること為すこと、すべて反日なのである。

日本政府はずっと弱腰で対応してきたので、韓国は「日本という国は恫喝すれば言うことを聞く」と考えて、激しい反日外交を繰り広げている。

韓国だけではない。ミサイルを飛ばして恫喝する北朝鮮や傲慢に日本の国土を侵略してくる中国を見ても分かる通り、この「特定アジア」三カ国は、すべて反日を基盤にして日本に対処している。

なぜか。日本は恫喝すれば折れると気付いたからだ。報復もしてこないと気付いたのだ。つまり日本の弱腰が、この事態を招いている。

「相手がいいというまで謝るべき」と言う間抜け

日本が歴史プロパガンダ戦争を仕掛けられているのも、歴代の政府が、それを仕掛けられるたびに謝罪と賠償をするという弱腰に終始してきたからである。

「戦わないのが、この国のあり方」と馬鹿なことを言う文化人や「相手がいいというまで謝るべき」と間抜けなことを言う人間が、日本全体を覆い尽くしている。

たとえば、村上春樹という作家もそのように言っていたのは記憶に新しい。

(村上春樹が「相手」についてまったく無知と嘲笑されている)
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2015/04/20150420T1753460900.html

こんな人間を囃し立てて、あたかもそれが日本人全体の総意のように報道するのがマスコミである。中国・韓国・北朝鮮に報復しろ、という意見は1行たりとも報道されない。

「報復外交が必要だ」という意見は、あたかも存在しないかのように「報道しない自由」で完全に握りつぶされる。だから、日本は永遠に「謝罪と賠償」を要求され続けているのだ。日本は「舐められている」のである。

中国・韓国・北朝鮮は、自分よりも弱いと思った相手は徹底的に叩いてくる。膨張主義を取っている中国を見れば、アジア情勢がよく分かるはずだ。

チベットも、ウイグルも、中国の拡張主義に飲まれて犠牲になっていき、今も激しく戦っている。いったん弱みを見せると、中国はとことん侵略してくる。

日本のマスコミはほとんど報じないが、中国はチベット仏教を徹底的に破壊し、非暴力を推進しているダライ・ラマを悪魔扱いし、ほとんど民族浄化のような虐殺を行っているのだ。

現在もチベットでは拷問が続いており、指の爪の間に竹串を打ち込まれたとか、後頭部を強打されて眼球が突出したとか、そのような話まで伝わってきている。

中国政府は、こうした人権侵害を絶対に止めない。止めるどころか、チベットの土地も、文化も、宗教も、歴史も、遺産も、すべてを略奪・破壊し尽くそうとしているのである。

これを諸外国が非難しようものなら「国内問題に干渉するな」と激しく抗議して妥協がない。

このままでいくと、チベットは助からない。中国が自滅しない限りは民族浄化が続いていくからである。平和主義者が祈っても問題は解決しないのは歴史が教えるところだ。


侵略されたら徹底殺戮・徹底破壊・徹底収奪が起きる

ここでよく観察しなければならないのは、いったん侵略されると、そこには凄まじいまでの地獄が出現するということだ。弾圧と浄化と略奪は容赦がない。

侵略する側に、慈悲や共存と言ったものはない。徹底殺戮・徹底破壊・徹底収奪あるのみである。侵略された民族は浄化され、滅亡させられるのである。

残念なことだが、人間の歴史を見ると「溺れた犬は叩け」はあらゆる時代のあらゆる地域で起きている。

アメリカ人がネイティブ・アメリカンを虐殺しまくった歴史もあれば、スペイン人がインカ帝国の末裔たちを皆殺しにした歴史もある。弱い民族は淘汰されてしまうのだ。

人間の歴史は話し合いと友好で築きあげられたものではなく、激しい殺し合いと、闘争で築きあげられた。人間の歴史は戦争で成り立っている。

だから、弱くなれば、領土が侵され、侵略され、周辺国から愚弄され、嘲笑される。人間の歴史は暴力で作り替えられており、それはこれからも変わらない。

ところが、1945年の敗戦から、日本人は世界でも類を見ないような、現実離れした平和主義者が溢れる国になってしまった。信じられないが、「平和を守れ」と言えば平和が実現すると思い込む人がいるのである。

平和過ぎて、「日本が攻められるかもしれない」という想像力すらも喪失してしまったのかもしれない。

これまでは、そんなお花畑の平和主義でもよかった。しかし、周辺国が台頭し、悪意と敵意を持って侵略の意思を見せているとき、お花畑の平和主義者は国を滅ぼす元凶と化す。

もう「戦わないのが、この国のあり方」などと、馬鹿なことを言っているようではいけない時代になってしまったのだ。危険が迫っていることを察知して、防衛力を高めなければならない時代に入っている。


軍事的衝突が起きて、日本が巻き込まれる日が来る

平和主義であれば侵略される危険な世の中になっているのだから、今まで日本人が敢えて切り捨てて来た「防衛」「軍事力」をもう一度見直さなければならなくなっている。

北朝鮮がミサイルを飛ばし、核実験を進めてアメリカを激怒させているのだが、本来であればこれは日本が激怒しなければならない局面である。

すでに世の中はグローバル化によって民族対立が先鋭化しており、明確に暴力の時代に向かって突き進んでいる。暴力は自分が振るわなくても相手が振るってくることによって巻き込まれる。

反日国家に囲まれた日本も「暴力の時代」と無縁ではないのだ。日本はまさに今、侵略され、領土を犯され、周辺国から脅されるようになっている。

だから、軍事力に対して、忌避感を持ってはならない。

いずれ東アジアで軍事的衝突が起きて、日本が巻き込まれるのは必至なのだから、殺し合いの時代になることを準備しておかなければならない。

「暴力なんてとんでもない。野蛮で危険だ!」と叫んだところで、周辺国は仕掛けてくるのであれば巻き込まれる。彼らはゆっくりと確実に、意図的に侵略と略奪をして来る。

そして、いったん物理的な暴力が始まると、暴力には暴力でしか対抗できない。

中国・韓国・北朝鮮は軍拡に走っているが、軍事の本質は「暴力」だ。暴力の気配が拡大している。そして、その暴力の矛先に日本がある。その意味を、私たちはよく知る必要がある。

実際、東アジアの不穏な空気はどんどん拡大している。その現実が読めるのであれば、日本人は国を守るための軍事力に関心を持たなければならないのは必然である。

1945年に日本人が棄てた軍事力に対する忌避、対立や衝突に対する忌避を考え直し、新しい時代にかけて軍事力や報復外交を取り戻さなければならないのである。

暴力の時代が日本に迫っている。私たちは今、否が応でもお花畑の平和主義を脱ぎ捨てなければならない時代に突入した。

ここで日本が変われず、中国・韓国・北朝鮮に侵略されたら徹底殺戮・徹底破壊・徹底収奪が起きる。だからこそ、手遅れになる前に、生き残りを賭けて日本人は闘争心を取り戻す必要がある。


ここで日本が変われず、中国・韓国・北朝鮮に侵略されたら徹底殺戮・徹底破壊・徹底収奪が起きる。だからこそ、手遅れになる前に、生き残りを賭けて日本人は闘争心を取り戻す必要がある。
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2017/08/20170816T1704070900.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/703.html#c16

[リバイバル3] ブラームス最晩年のクラリネット曲に秘められたメッセージとは 富山誠
105. 中川隆[-6640] koaQ7Jey 2017年8月16日 19:32:31 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

フルトヴェングラー名演集 _ ブラームス
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/118.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/434.html#c105
[リバイバル3] アホが書いた日本国憲法 _ 護憲運動はCIA・中国・朝鮮工作員が扇動していた 中川隆
17. 中川隆[-6639] koaQ7Jey 2017年8月16日 19:53:48 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

中国『開放雑誌』2004年意識調査。

25歳以下の青少年の82? %が、捕虜や婦女子の銃殺に「賛成」。

「日本人婦女は強姦して殺すべき」

「日本人の男は腸を開いて皮を剥ぎ、女は輪姦して殺すべき」

「日本人は嬰児から老人まで殺しつくすべき」

という回答が多数。


中国の反日教育の実態

Anti-Japanese Education in China
http://jp.youtube.com/watch?v=8Db4vorG0ug
(英語ナレーション・日本語字幕)

日本人の絶滅の為に尽力するのが中国人の「愛国心」


日本では大量の中国野菜が安価で輸入されていますが、野菜類の47.5%から猛毒で発がん性もある有機リン系殺虫剤メタミドホスなどの高濃度の残留農薬が発見されるなどして2001年から輸入禁止が相次ぎ、大手のスーパーではあまり見かけなくなりました。しかしそういう野菜や畜産品はなくなった訳ではありません。生のままではなく、「加工」「業務用冷凍」されて日本に輸入されているのです。

これらの加工品の一部からは高濃度の水銀やダイオキシン、チクロやDDT、TBTO、BHC、クロラムフェニコール、クロルテトラサイクリン、マラカイド・グリーンといった毒性抗生物質などの使用の痕跡や高濃度の残留が認められています。もちろん中国産の食品の全てが危険な訳ではありませんが、これが一方の厳然とした現実でもあります。最近では中国産ビールの95%に発がん性物質ホルムアルデヒドが含まれているなどの衝撃的なニュースや、食品そのもの以外に、例えば中国製の食品包装袋の50%に発ガン性物質のベンゼンが残留しているとの報道もありました。

中国の食品を信頼するのは危険です。ましてや日本や日本人を「敵である」と明確にしている国なのですから、日本向けの食料品がまともである保障などあるはずがありません。かつて安価な白ゴマを高価な黒ゴマに見せかけるために、有害なタールで着色したタール黒ゴマ事件がありましたが、何らの教訓も得ず国が率先して「着色政策」を推進しているのは残念です。魚や肉、松茸に鉛を入れて重量をごまかした事件もありました。国は違いますが、同じ反日の国、韓国で生ゴミを素材にした餃子が問題となった際は、摘発された業者は

「生ゴミを使った餃子は日本などに向けた輸出品だけなので、国内の消費者は安全である」

と開き直ったほどです。
http://blog.livedoor.jp/safe_food_of_asia/archives/50010839.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/703.html#c17

[政治・選挙・NHK230] 戦後、何を「失敗」として反省すべきなのか。反省しない人がいることではないか  赤かぶ
1. 中川隆[-6638] koaQ7Jey 2017年8月16日 20:06:05 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
アメリカの正体に全然気付かなかったのが失敗だろ


醜い戦後 終戦後とはどんな世界だった?

空襲でホームレスになり上野駅に避難した人達
引用:http://livedoor.blogimg.jp/abechan_matome/imgs/3/d/3df4faa4-s.jpg


アメリカはわざと日本人を飢えさせた

テレビや映画や小説では「戦後」は美しいものの同義語で語られていて、まるで理想郷のように描かれている。

そこでは貧しいながらも人々は協力して生き、戦後の復興をなしとげたとされている。

またGHQは困窮した日本人に食料を支給して助け、民主主義を与えたとも言われている。

          
こうした物語は映画やドラマの中だけで十分であり、事実とは程遠いか、正反対だった。

GHQは日本人に食料を与えるどころか奪い取ってわざと飢えさせて、日本人を従わせる手段に用いていた。

戦争前後は食糧難だったのはよく知られているが、戦時中に日本国内で(朝鮮台湾でも)飢えて亡くなった人や、その危険はなかった。


都会の人は空襲で疎開したが、農村には食べるものがあり、十分ではなかったが飢餓状態などではなかった。

それが戦争が終わって平和になり、アメリカ軍が占領したら食料が足りなくなり、「来年は1000万人が食糧不足で亡くなる」と総理大臣が警告する事態になった。

多くの要因があるが最大のものはアメリカ合衆国自体で、戦争の報復としてわざと日本人を飢えさせていました。


占領軍による妨害で日本は食糧の輸入ができなくさせられ、生産活動も制限され、経済破綻しました。

農業も経済の一部なので、国が経済破綻すると農業生産が停止して、食糧不足に陥ります。

終戦の昭和20年から昭和25年まで、日本はほとんどの工業生産を禁止され、前近代社会になりました。


経済破綻するように仕向けた

戦前から存在する設備を更新することは出来ず、農業生産に支障を来たし、外地に出兵した男達は中々帰ってきませんでした。

「戦争が終わって平和になった」と書いたが、そのこと自体が日本経済を破綻させる原因を作り出しました。

戦争中はあらゆる兵器をフル生産していたが、それが8月15日を境に全面停止になり、一切の生産活動が停止した。


困った日本政府は紙幣を印刷して「金融緩和」したが、激しいインフレを引き起こしました。

物を生産していないのにお金だけばらまいたからだが、当時の日本政府は他にどうする事もできなかった。

あらゆる工場が全て操業停止、鉄道は空襲で破壊しつくされ交通網が分断され、労働者たる男達は外地に居るか戦犯として逮捕されていた。


空襲によって東京など都市部の多くの人は家を失ってホームレスになっていて、路上や公園などで生活していました。

この頃アメリカ本国では、日本人のこうした窮状を伝えては「楽しんでいた」のが分かっています。

自分たちが倒した敵が飢えて苦しんでいるのを見て面白がっていたのが、本当の戦後の世界でした。


一例として占領軍は広島や長崎の被爆者を診療したが、治療をせずに「治療するふり」をして、どのように悪化するか観察しました。

生産活動が禁止され輸入も禁止されているので、復興が進まずホームレスが溢れているのも、無論そうなるように仕向けていました。

さらに占領軍は日本人同士が憎み会うように、心を破壊する政策を実行していました。


アメリカは日本人の食料を絞り上げた上で、自分の手で少し援助した。
援助を受け取った人達はアメリカに感謝し日本を憎むよう仕向けられた。
enjo
引用:http://blog.nihon-syakai.net/blog/wp-content/uploads/img2011/enjo.jpg


美しくない戦後

NHKというラジオ放送局(当時唯一のラジオ)で「真相はこうだ」という日本軍や戦前の日本の暴露番組を放送させました。

内容は日本軍がいかにアジア人や欧米人に酷い事をしたかという物だったが、内容は全て嘘だったのが分かっています。

だが当時の日本人はこうした「真相」を信じ、日本人同士で憎みあったり攻撃するようになりました。


愚かなことに「こんな酷い日本を倒してくれて有難う」「原爆を投下してくれて感謝します」とアメリカ軍に感謝する連中すら大勢居た。

人々は最初アメリカ軍を鬼畜だと思っていたが、食料を恵んでくれるので、感謝するようになっていった。

実は占領軍はわざと食料を絞り、日本人を飢えさせてから、犬を手なずけるように「餌」を与えていきました。


学校では子供たちに「日本は悪の国」「アメリカは正義の国」と教え込み、拒否する教師は戦犯として逮捕しました。

じゅうたん爆撃や原爆で数百万人が犠牲になり、本来なら犯人であるアメリカ人を憎むべき所なのだが、次第に日本のせいだと思い込むようになった。

終戦時に外地には日本軍数百万人が存在したが、ソ連や中華民国の捕虜になった日本兵は、洗脳した順番から帰国を許された。


集団学習や反省、謝罪(今日使われるような軽い意味ではない)などで日本は悪の国と教え込み、拒否したものは永遠に帰国できなかった。

アメリカ軍の捕虜になると多少ましだったが、戦犯として裁かれ、やはり徹底して「日本は悪の国」と教え込んだ。

こうして「日本に原爆を落としてくれて有難う」などと言う日本人が大量生産され、この人達が現在の左翼になっていきます。


この状況が1948年まで続き、1950年に朝鮮戦争が勃発して、急にアメリカは日本の工業力や日本軍の軍事力を必要とするようになります。

ここから日本側の発言力が強まって復興へと繋がっていくのだが、戦後数年間の占領が長く日本を蝕むことになります。
http://www.thutmosev.com/archives/72011631.html

http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/740.html#c1

[政治・選挙・NHK230] ミサイルを打ち落とせと言う筋肉バカの外務副大臣、内閣改造しても本質は一緒(まるこ姫の独り言) かさっこ地蔵
1. 中川隆[-6637] koaQ7Jey 2017年8月16日 20:29:46 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
侵略されたら徹底殺戮・徹底破壊・徹底収奪の地獄が出現する



2017年8月14日、韓国は路線バスの一部に慰安婦像をバスの座席に乗せて運行を始めている。

この他にも市民団体が広場に500人分のミニ慰安婦像を並べたりしている。さらに、慰安婦問題だけでなく捏造的な徴用工の問題も蒸し返している。

挙げ句の果てに、1965年の日韓請求権協定を完全に無視して、三菱重工に無償労働を強要されたとして韓国の地裁は賠償支払いを命じる判決を出している。

これが韓国という国の実態だ。やること為すこと、すべて反日なのである。

日本政府はずっと弱腰で対応してきたので、韓国は「日本という国は恫喝すれば言うことを聞く」と考えて、激しい反日外交を繰り広げている。

韓国だけではない。ミサイルを飛ばして恫喝する北朝鮮や傲慢に日本の国土を侵略してくる中国を見ても分かる通り、この「特定アジア」三カ国は、すべて反日を基盤にして日本に対処している。

なぜか。日本は恫喝すれば折れると気付いたからだ。報復もしてこないと気付いたのだ。つまり日本の弱腰が、この事態を招いている。

「相手がいいというまで謝るべき」と言う間抜け

日本が歴史プロパガンダ戦争を仕掛けられているのも、歴代の政府が、それを仕掛けられるたびに謝罪と賠償をするという弱腰に終始してきたからである。

「戦わないのが、この国のあり方」と馬鹿なことを言う文化人や「相手がいいというまで謝るべき」と間抜けなことを言う人間が、日本全体を覆い尽くしている。

たとえば、村上春樹という作家もそのように言っていたのは記憶に新しい。(村上春樹が「相手」についてまったく無知と嘲笑されている)

こんな人間を囃し立てて、あたかもそれが日本人全体の総意のように報道するのがマスコミである。中国・韓国・北朝鮮に報復しろ、という意見は1行たりとも報道されない。

「報復外交が必要だ」という意見は、あたかも存在しないかのように「報道しない自由」で完全に握りつぶされる。だから、日本は永遠に「謝罪と賠償」を要求され続けているのだ。日本は「舐められている」のである。

中国・韓国・北朝鮮は、自分よりも弱いと思った相手は徹底的に叩いてくる。膨張主義を取っている中国を見れば、アジア情勢がよく分かるはずだ。

チベットも、ウイグルも、中国の拡張主義に飲まれて犠牲になっていき、今も激しく戦っている。いったん弱みを見せると、中国はとことん侵略してくる。

日本のマスコミはほとんど報じないが、中国はチベット仏教を徹底的に破壊し、非暴力を推進しているダライ・ラマを悪魔扱いし、ほとんど民族浄化のような虐殺を行っているのだ。

現在もチベットでは拷問が続いており、指の爪の間に竹串を打ち込まれたとか、後頭部を強打されて眼球が突出したとか、そのような話まで伝わってきている。

中国政府は、こうした人権侵害を絶対に止めない。止めるどころか、チベットの土地も、文化も、宗教も、歴史も、遺産も、すべてを略奪・破壊し尽くそうとしているのである。

これを諸外国が非難しようものなら「国内問題に干渉するな」と激しく抗議して妥協がない。

このままでいくと、チベットは助からない。中国が自滅しない限りは民族浄化が続いていくからである。平和主義者が祈っても問題は解決しないのは歴史が教えるところだ。


侵略されたら徹底殺戮・徹底破壊・徹底収奪が起きる

ここでよく観察しなければならないのは、いったん侵略されると、そこには凄まじいまでの地獄が出現するということだ。弾圧と浄化と略奪は容赦がない。

侵略する側に、慈悲や共存と言ったものはない。徹底殺戮・徹底破壊・徹底収奪あるのみである。侵略された民族は浄化され、滅亡させられるのである。

残念なことだが、人間の歴史を見ると「溺れた犬は叩け」はあらゆる時代のあらゆる地域で起きている。

アメリカ人がネイティブ・アメリカンを虐殺しまくった歴史もあれば、スペイン人がインカ帝国の末裔たちを皆殺しにした歴史もある。弱い民族は淘汰されてしまうのだ。

人間の歴史は話し合いと友好で築きあげられたものではなく、激しい殺し合いと、闘争で築きあげられた。人間の歴史は戦争で成り立っている。

だから、弱くなれば、領土が侵され、侵略され、周辺国から愚弄され、嘲笑される。人間の歴史は暴力で作り替えられており、それはこれからも変わらない。

ところが、1945年の敗戦から、日本人は世界でも類を見ないような、現実離れした平和主義者が溢れる国になってしまった。信じられないが、「平和を守れ」と言えば平和が実現すると思い込む人がいるのである。

平和過ぎて、「日本が攻められるかもしれない」という想像力すらも喪失してしまったのかもしれない。

これまでは、そんなお花畑の平和主義でもよかった。しかし、周辺国が台頭し、悪意と敵意を持って侵略の意思を見せているとき、お花畑の平和主義者は国を滅ぼす元凶と化す。

もう「戦わないのが、この国のあり方」などと、馬鹿なことを言っているようではいけない時代になってしまったのだ。危険が迫っていることを察知して、防衛力を高めなければならない時代に入っている。


軍事的衝突が起きて、日本が巻き込まれる日が来る

平和主義であれば侵略される危険な世の中になっているのだから、今まで日本人が敢えて切り捨てて来た「防衛」「軍事力」をもう一度見直さなければならなくなっている。

北朝鮮がミサイルを飛ばし、核実験を進めてアメリカを激怒させているのだが、本来であればこれは日本が激怒しなければならない局面である。

すでに世の中はグローバル化によって民族対立が先鋭化しており、明確に暴力の時代に向かって突き進んでいる。暴力は自分が振るわなくても相手が振るってくることによって巻き込まれる。

反日国家に囲まれた日本も「暴力の時代」と無縁ではないのだ。日本はまさに今、侵略され、領土を犯され、周辺国から脅されるようになっている。

だから、軍事力に対して、忌避感を持ってはならない。

いずれ東アジアで軍事的衝突が起きて、日本が巻き込まれるのは必至なのだから、殺し合いの時代になることを準備しておかなければならない。

「暴力なんてとんでもない。野蛮で危険だ!」と叫んだところで、周辺国は仕掛けてくるのであれば巻き込まれる。彼らはゆっくりと確実に、意図的に侵略と略奪をして来る。

そして、いったん物理的な暴力が始まると、暴力には暴力でしか対抗できない。

中国・韓国・北朝鮮は軍拡に走っているが、軍事の本質は「暴力」だ。暴力の気配が拡大している。そして、その暴力の矛先に日本がある。その意味を、私たちはよく知る必要がある。

実際、東アジアの不穏な空気はどんどん拡大している。その現実が読めるのであれば、日本人は国を守るための軍事力に関心を持たなければならないのは必然である。

1945年に日本人が棄てた軍事力に対する忌避、対立や衝突に対する忌避を考え直し、新しい時代にかけて軍事力や報復外交を取り戻さなければならないのである。

暴力の時代が日本に迫っている。私たちは今、否が応でもお花畑の平和主義を脱ぎ捨てなければならない時代に突入した。

ここで日本が変われず、中国・韓国・北朝鮮に侵略されたら徹底殺戮・徹底破壊・徹底収奪が起きる。だからこそ、手遅れになる前に、生き残りを賭けて日本人は闘争心を取り戻す必要がある。


ここで日本が変われず、中国・韓国・北朝鮮に侵略されたら徹底殺戮・徹底破壊・徹底収奪が起きる。だからこそ、手遅れになる前に、生き残りを賭けて日本人は闘争心を取り戻す必要がある。
http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/742.html#c1

[政治・選挙・NHK230] 「戦争」「徴兵制」― 若者は他人事ではない!  赤かぶ
1. 中川隆[-6636] koaQ7Jey 2017年8月16日 20:37:31 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

戦後183ヶ国もの国が消滅した。日本人も強い危機意識を持て


日本人は、国民や民族がどんなに危機に瀕しても国は残ると勘違いしている。

それもそうだ。数千年に渡って続いてきた日本という国に住んでいれば、あたかも国は永遠に生き残るような錯覚を抱いても不思議ではない。

しかし、国の中で国の破壊を望む異分子や、周辺国の侵略や、戦争や、人口の減少や、国土の荒廃で、国というのはいつでも消滅するというのが世界の常識だ。

実際、第二次世界大戦後にこの地球上から消滅した国々の数は183ヶ国もある。吉田一郎氏はこれを著書『消滅した国々〜第二次世界大戦以降崩壊した183ヵ国』でまとめている。

この70年近くで183ヶ国もの国が文字通り「消えてなくなってしまった」のである。

これは、「変わりゆく社会環境を民族的に対応を間違うと日本もまたいつでも消え去ってしまう」ということを示唆している。日本だけが例外ではない。

日本もうかうかしていると国がなくなってしまう。

日本人は国がなくなってしまうということなど想像すらもしていない。それは危険な思い込みである。私たちが危機意識を持たないと、いつでも国は消滅する。


どんな変化にも対応できる社会システムはない

国家にとっては、環境とは社会環境を意味する。

世界は無数の国家が覇を競っている。戦争や、競争や、人口の増減や、資源や、食料生産が有利な国が、他の国を押しのけて隆盛になっていき、やがて世界に君臨するようになる。

環境は常に、確実に変わっていく。

何らかの環境の変化が起きても国民が変化を拒んだとき、それが致命傷になって国は自壊し、新しく社会環境に馴染んだ国民のいる国が成り上がる。

どんな変化にも対応できる社会システムはない。どんな変化にも対応できる国家もない。今は強大な国家であっても、変化ができなければ、やがて衰退して消えていく。

環境が変わっても変化を拒み、そのまま滅びてしまう国も多い。ひとつのうまくいった社会システムができると、国民はそのシステムに依存して変化を望まなくなるからだ。

変化に対応するというのは生やさしいことではない。今までの安楽や慣れを捨てて、慣れないことを新しく始めなければならない。それは苦しいことでもある。

だから、時代が変わるときは常に今までの権益を守る人間と、新しい時代を代表する人間が、互いに壮絶な叩き合いをする。そして、社会が荒れていく。

対立が限界を突破して、物理的な衝突を引き起こす場面も起きていく。そんな対立の中で、国が変わるか変わらないかの分岐点がやってきて、国の命運が決まっていく。

環境が変わっているのに変化するということができなかった国も当然あるわけで、そうした国は歴史の波に飲まれ、そのまま衰退し、滅亡してしまう。

歴史はそうやって国の興亡が繰り返されてきた。

国というのは、いつまでもそこにあるわけではない。国が支えていた民族が滅びると、その土地は異国民が居座ってまったく違う国をスタートさせる。

滅んだ民族の国は歴史から抹消され、人類の長い歴史の中で「なかったこと」になる。


「環境」が変わりつつあるのを人々が自覚する

現在、世界のいろんな地域で「環境」が変わりつつあるのを人々が自覚するようになっている。

中東も、アジアも、欧米も、中南米も、アフリカも、ほぼすべてのブロックで、今までとは違う異質な環境の変化が生み出されている。

たとえば、中東ではシリアからイラク一帯が殺戮の大地と化して巨大な難民が生まれるようになった。

北アフリカのイスラム諸国も2011年の民主化デモから混乱が吹き荒れており、エジプトもリビアも、今や無法地帯のような様相と化している。

中東や北アフリカに地理的に近いユーロ圏は、こうした中東の混乱とは無縁でいられなかった。多くの難民がユーロ圏になだれ込んで「環境」を大きく変えている。

アジアは、中国が周辺国を激しく動揺させている。膨張主義で周辺国と軋轢を生み、その流れが東南アジアや日本を襲いかかり、「環境」を大きく変えている。

現代は資本主義なので、経済環境の変化が変わるとすべての国の環境が変わり、何らかのショックがドミノ倒しのように世界に波及していく。

中南米は中国経済に依存してきた国だが、こうした国も中国の経済成長が止まったと同時に「環境」が激変し、経済危機に瀕している。

ブラジルやベネズエラを筆頭に、いくつかの国は国家崩壊、経済崩壊がいつ起きてもおかしくないような状況になってしまっている。

アメリカはドナルド・トランプという新しい大統領を迎えたが、政治的な混乱は深まっていく一方である。


後戻りできない「環境の変化」が日本を直撃

すでに後戻りできない「環境の変化」が起きている。全世界が、今までとは違う激変に巻き込まれており、否が応でも環境の変化に対応せざるを得なくなっている。

日本もアジアを巡る激変に巻き込まれている。

中国・韓国・北朝鮮の言動を見ても分かる通り、これらの国々は明確に日本を敵国として照準を定めており、日本の侵略を虎視眈々と狙っている。

そんな中で、これらの特定アジア3ヶ国の工作員が日本に武力を持たせないように安保関連法案やテロ等準備罪に激しく反対し、マスコミから政治家までを動員して激しい反対工作を繰り広げている。

日本はスパイ天国の国であり、各国の工作員が好き勝手に日本で工作活動に手を染めており、そういった工作活動に日本は激しく翻弄されている。

周辺の環境が危険になっているのに、日本に環境の変化に対応させないようにしているわけで、これは明確な「日本滅亡工作」をしていると言ってもいい。

環境が危険な方向に変化しており、日本も侵略の対象にされている以上は、日本も「変わらなければならない」のである。

平和を唱えていれば平和になるというようなお花畑の精神構造から抜け出し、特定アジア3ヶ国から日本を防衛できるような環境に持っていかなければならない。

生き残るためには変化に対応できる国になるしかないわけで、それこそが日本の生き残る道なのだ。

変化に対応できなくなったとき、どんな国でも崩壊の危機に瀕してしまう。

そういった意味で、日本は国が存続できるかできないかの瀬戸際にあると言ってもいい段階に来ている。世界を巡る「環境の変化」は留まるところを知らず、日本もまたそうした激変に巻き込まれている。

変わらなければ取り残される。取り残されてしまうと、やがて国家の滅亡がやって来る。戦後183ヶ国もの国が消滅したが、絶対に次の消滅国家を日本にしてはならないのだ。もっと強い危機意識を持たなければならない。

変わらなければ取り残される。取り残されてしまうと、やがて国家の滅亡がやって来る。戦後183ヶ国もの国が消滅したが、絶対に次の消滅国家を日本にしてはならないのだ。もっと強い危機意識を持たなければならない。


詳細は


護憲運動はCIA・中国・朝鮮工作員が扇動していた
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/703.html
http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/743.html#c1

[政治・選挙・NHK230] NHKの戦争シリーズが大反響を呼んだわけ!  赤かぶ
2. 中川隆[-6635] koaQ7Jey 2017年8月16日 22:14:59 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
CIAの指示で日本が改憲しない様に画策してるんだろ
http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/747.html#c2
[お知らせ・管理21] 記事監視人の姿勢についてお伺いする 天橋立の愚痴人間
238. 中川隆[-6643] koaQ7Jey 2017年8月17日 06:17:43 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

糾弾掲示板にこういう新スレを建てたけど、どうなるかな?

[2753] ここの住人が如何に逝かれているかは これを読めばわかるけど、IQ低過ぎて理解できないだろうな New
by 中川隆 2017/08/17 06:13
https://www.kyudan.com/cgi-bin/bbskd/kyudan.cgi?


[2753] ここの住人が如何に逝かれているかは これを読めばわかるけど、IQ低過ぎて理解できないだろうな
日時: 2017/08/17 06:13 名前: 中川隆 ID:F5xrBGR2

ここの住人が如何に逝かれているかは これを読めばわかるけど、IQ低過ぎて理解できないだろうな


気まずい共存について


今年の5月17日に中央公会堂で開かれた「大阪のことを知ろう。市民大集会パート2 大阪問題」というイベントの基調講演で「みんなのそばにある大阪のモヤモヤ」という演題を頂いて15分間の大急ぎスピーチをした(そのあと若静紀さんのイベントのゲストという仕事があったのでほんとにケツカッチン)。そのときの講演が文字起こしされてきたので、ここに採録。

結論から言うと「モヤモヤしてる」っていうのは、そんなに悪い事じゃないと思います。むしろ問題は「すっきりしている」ということの方なんじゃないですか。
今の日本の状況で一番僕が困っていることは、みんながシンプルで分かりやすい単一解を求めているということです。たった一つの「正解」があって、それを「選択」して、そこに全部の資源を「集中」するという「選択と集中」の発想をしたがる。だから、切り口上でまくし立ててくる。「この案に反対なんですか? 反対なら、対案出しなさい。対案なければ黙っていなさい」と。そういう非常にシンプルな問題の設定の仕方をしてくる。そのことがわれわれの生き方をとても息苦しいものにしていると思うんです。


民主主義というのは、例えば投票して、51対49で多数を得た方の案が採択されるというだけのことです。「多数を制した」ということと、その案が「正しい」ものだったということは別のレベルのことです。後から振り返ってみたら少数派の方が正しかったということはしばしばあります。
だから、立法府で多数を制した場合でも、その執行者である行政府は「公人」としてふるまわなければならない。「公人」というのは多数派を代表するもののことではありません。反対者を含めて組織の全体を代表するもののことです。そのことを勘違いしている人があまりに多い。

オルテガ・イ・ガセットというスペインの哲学者がおりましたが、この人のデモクラシーとは何かということについて、非常に重要な定義を下しています。それは「敵と共生する、反対者とともに統治する」ということです。それがデモクラシーの本義であるとオルテガは書いています。これはデモクラシーについての定義のうちで、僕が一番納得のいく言葉です。
どれほど多くの支持者がいようが、どれほど巨大な政治組織を基盤にしていようと、自分を支持する人間だけしか代表しない人間は「私人」です。「権力を持った私人」ではあっても、「公人」ではありません。
「公人」というのは自分を支持する人も、自分を支持しない人も含めて自分が属する組織の全体の利害を代表する人間のことです。それを「公人」と呼ぶ。なぜか、そのことがいつのころからか日本では忘れ去られてしまった。
野党に対して相対的に高い得票や支持率を得ているというだけのことで、与党のトップがあたかも全国民の負託を受けたかのようなことを言う。そのことに対してどこからも原理的な批判がなされない。それはおかしいと思います。本来、内閣総理大臣は一億二千万人の国民を代表する「公人」でなければならない。でも、今の日本の内閣総理大臣は自分の支持者しか代表していない。自分を支持しない人間に関しては、その声を代弁しないどころか、敵視し、積極的に弾圧し、黙らせようとさえしている。こういう人のことを僕は「公人」とは呼びません。「権力を持っている私人」としか呼びようがない。
 
もうだいぶ前になりますが、平松さんの市長選挙の出陣式に呼ばれて、応援のスピーチしたことがあります。短い時間で、3分くらいしかなかったんですが、その時に平松さんに一言だけお願いしたのは、絶対相手と同じ土俵に乗らないでくださいということでした。向こうはきっと口汚く平松さんのことを批判してくると思うけど、平松さんは最後までジェントルマンとしてふるまって頂きたい、と。自分の市政を批判して立候補した人物がいる。そして、その人を支持している市民がいる。平松さんが市長に再選された場合には、橋下徹候補を支持した市民も含めて、平松さんは市民たちの意思を代表しなければならない。だから、選挙期間中でも、相手候補の言っていることがどれほどお門違いでも、取り合う価値もないと思えても、それでも平松さんとしてはそれをまずは受け止めて、「そういう言葉にもあるいは一理あるかもしれない」という態度を貫いて頂きたい。選挙期間中であっても私人には戻らないで、あくまで公人としてふるまって頂きたい、と。出陣式のスピーチでそう申し上げました。考えてみたら、出陣式に全く似つかわしくない、全然盛り上がらないスピーチでした。そのときはずいぶん不評でしたけれど、今でもその気持ちは変わりません。

今日これだけの人がお集りになったということは、今の大阪の市政・府政に対して、また国政に関していろいろご不満がおありだからだと思います。安倍政権の下で、デモクラシーが崩れ出していることに強い不安を抱いておられるのだと思います。でも、そういう場合だからこそ、こちらは一層デモクラシーの本義を守らないといけないと思うんです。ご不満でしょうけれど。
「お前たちの政策はこうであるが、それは間違っているので、我々は反対する。われわれが多数派を取って、お前たちを黙らせる」というのでは同じことの繰り返しになる。それでは少しも日本の政治文化が成熟してゆかない。

日本の政治文化ははげしく劣化しています。僕は今66歳ですけれども、過去、僕の記憶する限りの日本の政党史上、今が最低です。でも、この現状を口汚く罵ってみても、レベルの低い政治家たちを罵倒してみても、それでは日本の政治文化は少しも成熟しない。
では、どうすればいいのか。もう一回日本の政治文化を復興するためには、何をすればいいのか。まったく気は進まないですけど、安倍晋三とか菅義偉とか橋下徹とか松井一郎を含めて、彼らを受け入れるということだと思うんです。(会場ざわめく)
彼らをハグする…したくないけど。「君たちがそういうふうに考えるに至り、そういう行動を取るに至った事情はわからなくはない。君たちは君たちなりに日本社会を良くしようと思っているのだと思う。君たちがとても攻撃的、排他的になっているのは、もしかするとわれわれがこれまで君たちのそういう意見や思いを汲み上げてこなかったからかも知れない。君たちの意見を代表することができなかったことについてはわれわれにも責任の一端はある。われわれは君たちも含めてこの集団を代表したいと思う。」そういうふうに言わないと、この泥仕合はいつまでも終わらないと思うんです。

これから、われわれは維新的なものと戦っていくわけですけど、それを「維新を潰す、根絶する」というふうに考えると、鏡で映した裏表になってしまう。自分に反対する人間はすべて敵だ、すべて潰す、という政治的立場の人に対する根源的な批判は、「われわれは自分に反対する人間をすべて敵だとはおもわない。反対者を含めて、同じ集団に属するすべての人々を代表する用意がある」と意地でも言い切るしかない。そう僕は思います。
彼らの言い分をきちんと聞き、自由な論議の場で、彼らの欲求を部分的にでも受け入れ、部分的にでも実現してゆく。そうしないと、これまでも今も維新を支持している大阪の府民・市民たちを代表することはできません。
非常につらいことだと思うんです。想像するだに鬱陶しいし、そんなことしたら、維新と突き合わせて妥協の産物として出てくる政策というのは、どっちつかずのものになって、みなさんの「モヤモヤ」はさらに嵩じることになると思うんですけれど、あの・・・モヤモヤくらい我慢しましょうよ。(会場ざわめく)

何よりも、日本の政治文化をもう少し、大人のものに、成熟したものにしないといけないと思うんです。自由な言論がなされ、多様なアイデアが行き交って、そこで化学反応が起きて、まったく新しいものが生まれる。そういう自由な言論の場を確保しないともうどうにもならない。そのためには、理路整然と舌鋒鋭く政敵を批判するということはもうあまりしなくてもいいんじゃないかと思うんです。そんなことをしても少しも世の中は住みやすくならないから。
寸鉄人を刺す…テレビの政治番組を見てもそうですよね。一言で相手を完膚なきまでに論破するという、その鮮やかな技術にみんなすっかり魅了されてしまった。相手の言っていることをねじまげても、言っていないことの揚げ足をとっても、虚偽のデータを上げたり、あきらかな嘘をついても、それでもテレビに映っている数分間だけ相手を言い負かしたように視聴者に見えれば、それでいい。言ったことの真偽なんか、どうでもいい。そういうことを10年、15年続けていった結果、日本の政治文化はこれほど劣化してしまった。

安倍晋三は日本の過去20年政治文化の劣化の「果実」です。彼を見て、われわれは深く反省すべきなんです。彼を生み出して、表舞台に押し上げたのはわれわれなんです。彼を支持する人がたくさんいます。それを「こいつらはネトウヨだ。民主主義というものを全く分かっていない」という言葉は喉元まで出かかっているけれど、やはりそれはぐっと飲み込んで、「君たちも、いろいろつらいんだろね」と語りかけてあげなければいけないと思うんです。菅君だって心に思っていて、言葉にできない苦しみがあるんだろう、と。いつもメモ見て、顔を上げないのは、人の顔をまっすぐ見られないからなんだろうね。心の奥には人知れぬ悲しみがあるんだろう・・・と。そう思ってあげないと。

今も40%以上の人が安倍内閣を支持しています。たしかにこれは異常なことなんです。国民の基本的人権を制約して、市民的自由を抑制して、一党独裁制に持っていこうとしている政治家を支持する有権者がいる。論理的にはありえないことなんです。「あんたら、頭おかしいんじゃないの」と言うのは簡単なんです。でも「あんたら、頭おかしいよ」と言っても何も始まらない。
どうしてあの人たちは「そういうこと」を願うに至ったのか、どうして、自分の市民的自由や基本的人権が制約されることを歓迎するのか、どういう屈託なり、絶望なり、怒りなりがあって、そのような倒錯的な政治的意見を持つに至ったのか。その有権者の気持は理解しなけりゃいけないと僕は思います。彼らの屈託を汲み上げてゆかないと、この後の公共的な政治文化というものは創り出せないんですから。

前回の大阪市長選挙の出陣式で、「とにかく平松さんはジェントルマンでいていただきたい」というような全然盛り上がらない応援スピーチをしたせいで選挙の結果は敗北してしまったんですけど、それでもまた同じことを今日も繰り返さないといけないと僕は思います。
今また共謀罪が国会で強行採決されようとしていますけれど、そういうふうに強行採決によってデモクラシーを蹂躙しようとする政治勢力に対してさえも、われわれは想像力を広げなければいけない。彼らの思いを受け止めなければいけないと思います。
維新や自民や公明にしても、彼らに共感し、彼らを支持している市民がいるんです。そうである以上は、彼らを含めて、自分が共感できない、理解できないものを含めた集団全体を代表しなければならない。それぞれの政治的意見をなんとか汲み上げ、それとすり合わせをしてゆかなければならない。そうやって結果的に出てくるものは、どっちつかずで、ぱっとしないものになると思うんです。でも、それでいいじゃないですか。みんなが同程度に不満足であるようなところがデモクラシーの「落としどころ」なんですから。

僕はこのところ『フォーリン・アフェアーズ・レポート』というアメリカの外交専門誌を購読しているんですけれど、それを読んでいると、アメリカの政治学者の論調がずいぶん変わったことに気がつきました。
このところのアメリカの政治学者が言い始めているのは、アメリカはもう国際社会に対する指導力は失ってしまった、ということです。アメリカはもう世界に対して指南力のあるメッセージを打ち出せなくなった。これからは、中国とかロシアとかドイツとか、国情も違うし、国益も違うし、目指している世界のありようも違う国々と、角突き合わせながら、なんとか共生してゆくしかない、そういう諦めに似たことを語り出すようになってきた。その中に「気まずい共存」という言葉がありました。
これからアメリカは世界の国々と「気まずい共存」の時代に入ってゆく覚悟が要る、と。これまでは「価値観の一致」とか「政治文化の共有」とかそういう相互理解を基盤にして外交関係を構築してきました。でも、これからは違う。われわれがこれから同盟したり、連携したりする国々は、われわれとは価値観が違う、統治形態も、統治理念も違う。でも、そういう理解も共感もできない国々と気まずいながら共存してゆく以外にアメリカが生きる道はない。だから、その居心地の悪さに早く慣れるべきだ、と。そういうことを、何人かの政治学者が書いていて、僕は深く納得したのです。

日本でも同じです。日本の政治文化が劣化したというのは、シンプルでわかりやすい解をみんなが求めたせいなんです。正しいか間違っているか、敵か味方か、AかBか、そういうような形で選択を続けていった結果、日本の政治文化はここまで痩せ細ってしまった。
それをもう一度豊かなものにするためには、苦しいけれども、理解も共感も絶した他者たちとの「気まずい共存」を受け入れ、彼らを含めて公共的な政治空間を形成してゆくしかない。

たしかに、非常に困難な課題だと思います。相手には一方的に批判され、罵られるだけなのに、こちらは想像力を行使しても相手を受け入れなければいけないんですから。非対称的な、まことに割に合わない仕事です。けれども、この割に合わない仕事を多数派の側が受け入れていかない限りデモクラシーの成熟はないんです。
日本の政党政治、立憲デモクラシーをもう一度蘇らせるためには、「モヤモヤすること」を受け入れるしかない。気まずいパートナーとの共同生活に耐えるしかない。それでいいじゃないですか。気まずいパートナーとでも、一緒に暮らしているうちに、ちょっとずつでも意思疎通ができて、お互いの共通する政治目標が出てくるかも知れないんですから。一つでも合意形成ができれば以て瞑すべしです。
http://blog.tatsuru.com/2017/08/16_1133.php



http://www.asyura2.com/13/kanri21/msg/488.html#c238

[地域13] 札幌はいつまでヒグマを放置し続けるのか? チベットよわー
66. 中川隆[-6642] koaQ7Jey 2017年8月17日 06:24:22 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

〜ヒグマにエサをやらないで〜 
ソーセージの悲しい最期 知床ヒグマえさやり禁止キャンペーン企画映像 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=QZxDmdXYytU
http://www.asyura2.com/09/ishihara13/msg/658.html#c66
[番外地7] 「しょぼくれたアメリカ」への怒りが より過激なトランプ新大統領を生み出した 中川隆
30. 中川隆[-6641] koaQ7Jey 2017年8月17日 07:04:36 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
2017-08-16 緊迫する北朝鮮情勢、米中露の動向から何が見えるか

北朝鮮のキム・ジョンウン委員長がグアム島周辺へのミサイル発射計画を発表し、トランプ大統領が北朝鮮に核兵器を使用することを示唆するなど、緊張が続く北朝鮮情勢ですが、今後どうなるのでしょうか。アメリカもさすがに核兵器まで使うとは思えませんが、これまでも世界中で武力行使をしてきたアメリカのこと、何をしでかすか分からない恐ろしさがあります。

不思議なのは北朝鮮で、なぜこれほど強気なのでしょうか。中国やロシアが背景にいるとは言え、北朝鮮の行動はあまりにも行き過ぎており、国際世論を前にして中国やロシアもどこまで北朝鮮をかばいきれるか疑問です。南北対立の時代ならいざ知らず、中国もロシアも市場経済体制に移行しており、北朝鮮の戦略的意義がそれほど大きいとも思えません。

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北朝鮮の過激な行動がどのような結果を引き起こしているかをよく見ると、誰がその背景にいるのかも見えて来ます。
北朝鮮の過激な行動を受けて、国際情勢で最も大きな影響があったのはアメリカとロシア・中国の関係悪化です。トランプ大統領は就任した直後には、ロシアとの関係改善を目指していました。

ロシアは、トランプ政権になることでアメリカとの関係が改善することを期待していました。特に、ウクライナ問題に対する経済制裁の解除や、EUで台頭する反グローバリズム勢力との連携など、ロシアにとって大きなメリットが期待されていました。

中国の立場は微妙です。トランプ大統領就任時には中国を強く批判しており、ロシアゲート疑惑でトランプ大統領の追い落としを画策しているアメリカの民主党も支援していると思われますが、もう一方で中国は通商を通じてトランプ大統領との関係改善を図っており、国際世論を敵に回して、北朝鮮に過激な行動をとらせるほどのメリットは中国にも無さそうです。

やはり、アメリカとロシア・中国の関係悪化を一番喜んでいるのは、アメリカの反トランプ勢力だと思われます。アメリカの反トランプ勢力の中心はグローバリズムを推進する国際金融資本勢力=金貸し勢力です。アメリカとロシアが手を組むことで反グローバリズムの潮流が世界に広がることを最も恐れています。

ロシアゲート疑惑でトランプ大統領の追い落としを画策したものの、マスコミによる情報操作にもかかわらず、大衆のトランプ大統領支持が予想外に根強く、次の手として打って来たのが北朝鮮問題だと思われます。北朝鮮問題が大きくなってきた時期も、ロシアゲート事件の鎮静化の時期と並行しています。つい最近では、北朝鮮のミサイル技術はロシアから北朝鮮に供与されたとアメリカの研究機関が発表しています。北朝鮮がミサイル開発やアメリカ対する挑発を行っているのが、アメリカの反トランプ勢力の支援によるのであれば、北朝鮮がアメリカから攻撃される心配をするはずもなく、なぜあれほどトランプ大統領に対して強気なのかの説明も付きます。

心配なのは、アメリカ国内の対立構造です。北朝鮮を支援している実行部隊はCIAである可能性が高いですが、今やCIAとトランプ大統領は対立関係にあると思われ、必ずしもCIAの思惑通りに進むとは思えない事です。アメリカ軍は、トランプ大統領に忠誠を誓っており、米海軍太平洋艦隊司令官のスコット・スウィフト大将は「米軍のメンバーは全員がアメリカ憲法の遵守を宣誓している。外国や国内のすべての敵に対して、上官そして最高司令官である大統領の命令に従う」と発言しています。

トランプ大統領の過激な発言は、北朝鮮に向けて発信されたのではなく、北朝鮮の背後にいるアメリカ国内のCIAに対して発せられたのかもしれません。アメリカ国内の対立関係が激化した結果、トランプ大統領がCIAを抑え込むために、北朝鮮に武力攻撃を仕掛けるという可能性はありそうです。

■緊張緩和へ“提案”2017年7月5日
ロシアを訪れた中国の習近平国家主席とプーチン大統領は4日、モスクワで会談し、朝鮮半島問題に関する共同声明を発表しました。その中で、北朝鮮が核・ミサイル開発を凍結するのと引き換えにアメリカと韓国が大規模な合同軍事演習を停止するべきだとして、今週ドイツで開かれるG20サミットを前に、アメリカのトランプ政権と一線を画す姿勢を明確にしました。

■安保理で結論出ず 米中協議へ2017年7月6日
アメリカのヘイリー国連大使は、「同盟国とみずからを守るため、あらゆる能力を駆使する準備ができている」と述べて、軍事的な対応を排除しない姿勢を示して北朝鮮をけん制しました。さらに「北朝鮮が挑発をエスカレートさせた分だけ国際社会にもより厳しい対応を求める決議を数日中に提出する」と述べて、北朝鮮への石油の供給や航空、海運の制限を含む新たな制裁決議の必要性を訴えました。
一方、中国の劉結一国連大使は、「朝鮮半島の緊張を緩和するため、関係国は北朝鮮との無条件の対話に乗り出すべきだ」と主張し、ロシアも中国を支持したため、緊急会合では結論は出ず、北朝鮮への対応は、アメリカと中国が今後、協議することになりました。

■対北 非難声明をロシアが阻止2017年7月7日
国連の安保理は5日、対応を協議する緊急の会合を開き、アメリカが北朝鮮の発射を厳しく非難し、制裁の強化に言及した報道機関向けの声明の草案を日本を含むメンバー国に示しました。しかし、国連外交筋によりますと、ロシアは6日、ミサイルは長距離のICBMではなく中距離であり、中距離ミサイルの発射で制裁を強化する必要はないなどとして、全員一致が前提の声明の発表を阻止したということです。

■圧力強化か 緊張緩和か2017年7月9日
米中首脳会談が8日、ドイツのハンブルクでG20サミットの閉幕後に行われました。トランプ大統領は北朝鮮をめぐる、これまでの中国の対応に謝意を示したうえで、「何らかの行動を取らなければならない問題だ」と述べ、習主席にさらなる圧力を促しました。一方、習主席は「中国は対話と協議に基づく問題の解決を主張している。国際社会は対話を促し、危機管理を強める努力が必要だ」と述べ、圧力よりも緊張の緩和が優先だという考えを示しました。

■増えていた中朝貿易額2017年7月13日
中朝貿易のうち、北朝鮮からの輸入額は8億8000万ドルと、去年の同じ時期に比べ13.2%減り、国連安全保障理事会の制裁決議で原則禁止されている北朝鮮からの石炭輸入が、ことし2月以降、停止していることなどが減少の原因と見られます。一方で、北朝鮮への輸出額は16億7000万ドルと、29.1%増え、制裁対象ではない繊維製品などの輸出が増えたことが増加の要因だとしています。北朝鮮に対する国際的な圧力が強まる中でも、中国との貿易が北朝鮮経済を支えている状況が一層、鮮明になっています。

■CIA長官「秘密工作も検討」2017年7月28日
これはCIAのポンペイオ長官がアメリカのニュースサイト「ワシントン・フリー・ビーコン」のインタビューに対して明らかにしたものです。

「過去の政権は、まだ時間があると考えていたかもしれないがその段階は過ぎた」と述べ、CIAとしては外交による解決ができなかった場合に備えて、秘密工作やアメリカ軍の支援などいくつかの選択肢を検討していることを明らかにしました。ポンペイオ長官は、先週行われたフォーラムで、北朝鮮について「核の能力と核を手に入れたい者を切り離すことが重要だ」と発言していて、北朝鮮の体制転換は求めないとするトランプ政権の方針とは異なり、体制転換を目指す可能性を検討しているのではないかという見方も出ています。

■「トランプ大統領が命令すれば、米軍は中国を核攻撃する」米太平洋艦隊司令官2017年7月28日
7月27日、米海軍太平洋艦隊司令官のスコット・スウィフト大将は米軍最高司令官である大統領への忠誠を示した。オーストラリア国立大学の安全保障会議でスウィフトは、大統領の命令なら中国に核ミサイルを撃つことも辞さない、と語ったのだ。「米軍のメンバーは全員がアメリカ憲法の遵守を宣誓している。外国や国内のすべての敵に対して、上官そして最高司令官である大統領の命令に従う」

■「中国に大変失望」2017年7月30日
北朝鮮が、2回目のICBM=大陸間弾道ミサイルの発射実験に成功したと発表したことを受けて、アメリカのトランプ大統領は、29日、みずからのツイッターに「中国には大変失望している。アメリカの過去の愚かな指導者たちが貿易で中国に大金を稼がせたのに、中国は北朝鮮に対して口先だけでわれわれのために何もしていない」と書き込み、北朝鮮への影響力を行使していないとして、中国への強い不満をあらわにしました。さらに「われわれはもはやこの事態が続くのを見過ごすわけにはいかない」と投稿し、今後、中国に対して何らかの措置を取る可能性を示唆しました。

■軍事力か、対話か2017年8月2日
アメリカの与党・共和党のグラム上院議員は1日、NBCテレビの番組で北朝鮮への対応をめぐってトランプ大統領と交わした会話の内容を明らかにしました。それによりますと、トランプ大統領は北朝鮮がアメリカを標的にICBM=大陸間弾道ミサイルの開発を続けるなら北朝鮮に対して戦争を行う可能性に言及したということです。そして「戦争が起こるとしたら向こうで起こる。大勢が死ぬとしてもアメリカではなく向こう側だ」と述べたということです。

■中朝外相 1年ぶり会談2017年8月6日
中国の王毅外相は、北朝鮮のリ・ヨンホ外相と訪問先のフィリピンでおよそ1年ぶりに会談し、朝鮮半島情勢について、「危機の臨界点に迫っているが、交渉に戻る決断をする転換点でもある」と述べて、北朝鮮に弾道ミサイルの発射などをやめ、アメリカなど関係各国との対話に臨むよう促しました。

■「過去最大の経済制裁」決議2017年8月6日
北朝鮮がICBM=大陸間弾道ミサイルだとする発射実験を2回行ったことを受けて、国連の安全保障理事会は、北朝鮮の主な収入源となっている石炭や海産物などの輸出を全面的に禁止する新たな制裁決議を全会一致で採択しました。アメリカは「北朝鮮に対する過去最大の経済制裁だ」として各国に着実な実行を求めました。

中国の劉結一国連大使は「アメリカが北朝鮮の政権転覆や崩壊を求めず、朝鮮半島の統一を急がず、南北の軍事境界線を越えて米軍を投入することはないと主張していることに留意している」と述べました。また、北朝鮮が核実験と弾道ミサイルの発射を停止するのと同時に、アメリカが韓国との合同軍事演習を中止するという、中国とロシアからの提案を受け入れるようアメリカに呼びかけました。

ロシアのネベンジャ国連大使は「決議の草案に盛り込まれたわれわれの提案が、支持されなかったことを懸念している」と述べました。また、「制裁と圧力だけでは朝鮮半島の問題は解決できない。追加制裁だけで終わるのではなく建設的な対話への手段とするべきだ」と訴えました。

■「炎と怒りに直面」トランプ氏、北朝鮮けん制 2017年8月9日
トランプ米大統領は8日、記者団に対し、北朝鮮が米国を脅かすなら「世界が見たこともないような炎と怒りに直面するだろう」と述べ、武力行使を示唆して核・ミサイル開発をけん制した。「北朝鮮にとって最善の策は、米国をこれ以上脅かさないようにすることだ」と警告した。

■トランプ氏「この力を使うことがなければいいが…」2017年8月9日
トランプ米大統領は9日朝、さらに米国の核兵器について、「核兵器の更新と現代化が、私の大統領としての最初の命令だった。今はかつてないほど強力だ」「この力を使うことがなければいいと望むが、我々が世界最強の国でなくなる時は決してない」などとツイートした。

■トランプ大統領 ツイッターで北朝鮮に再び強く警告2017年8月12日
11日には自身のツイッターに、「北朝鮮が愚かな行為をすれば軍事的に解決する手段は、今、完全に整っている。戦闘準備完了」と投稿し、軍事的な対抗措置も辞さない構えを示しました。そのうえで、「キム・ジョンウン(金正恩)が異なる道を進むことを願う」と書き込み、グアム島周辺に向けた弾道ミサイルの発射計画を今月中旬までに完成させると発表した北朝鮮に対して挑発行為をやめるよう再び強く警告しました。

ロシアのラブロフ外相は11日、アメリカと北朝鮮との間で激しい言葉の応酬が続いていることについて、「強く懸念している」と述べました。さらにアメリカと北朝鮮が軍事衝突する可能性について「危険性は非常に高い」と答えました。そのうえでアメリカに対し事態の沈静化に向けた行動をとるよう促しました。
中国外務省の耿爽報道官は11日、「現在、朝鮮半島情勢は、複雑かつ敏感であり、関係各国は言動を慎み、緊張緩和の助けとなることをするよう望む。緊張をエスカレートさせるような道を歩むべきではない」として、米朝双方に強く自制を求めました。

■中国 北朝鮮の石炭など全面禁輸 制裁実行をアピール2017年8月14日
中国の商務省は14日、採択を受けて対象となった石炭や鉄鉱石、海産物などの北朝鮮からの輸入を15日から全面的に禁止すると発表しました。発表によりますと、すでに中国に到着しているこれらの貨物についても来月5日以降は輸入手続きを禁止するとしていて、制裁を着実に実行する姿勢をアピールしています。

■北朝鮮 ICBM開発で旧ソビエト製ロケットエンジン入手か2017年8月15日
アメリカのロケット技術の専門家で、IISS=国際戦略研究所のマイケル・エルマン氏は14日、北朝鮮のICBM=大陸間弾道ミサイル級の「火星14型」や新型の中距離弾道ミサイル「火星12型」について、発射映像などに基づく最新の分析結果を発表しました。これらのミサイルには旧ソビエト製のロケットエンジンの改良型が使われている可能性が高いということです。このエンジンは旧ソビエトのICBMなどにも使用された液体燃料式で、北朝鮮では去年9月ごろから発射実験などで使われるようになったとしています。また、このエンジンを製造していた旧ソビエトのウクライナの工場が去年、財政難に陥っていたほか、過去に北朝鮮がこの工場からミサイル技術を得ようとした形跡が見られることから、この2年間に闇市場を通じて旧ソビエト製の強力なロケットエンジンの入手に成功した結果、ICBMの技術を急速に進展させた可能性があると指摘しています。

■ウクライナで製造のロケットエンジンを北朝鮮に提供か2017年8月16日
このエンジンについてウクライナ宇宙庁のラドチェンコ長官代行は「ウクライナで2001年まで製造され、ロシアに供給したロケットにすべて使用された」と述べ、そのうえで「北朝鮮との友好的な関係を考えると、ロシアにはロケットそのものやエンジンなどを提供する理由があるだろう」と述べ、ロシアが北朝鮮にエンジンを提供した疑いがあるという見方を示しました。

北朝鮮のミサイル開発をめぐる今回の指摘をめぐってはロシアのロゴージン副首相が15日、「北朝鮮はウクライナの専門家なしではエンジンの製造はできなかっただろう」としてウクライナによる技術提供があったという見方を示しています。
http://www.kanekashi.com/blog/2017/08/5400.html
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/105.html#c30

[昼休み52] "新喜び組"は23歳以下の美女たち! 中川隆
24. 中川隆[-6640] koaQ7Jey 2017年8月17日 07:08:20 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2017-08-16 緊迫する北朝鮮情勢、米中露の動向から何が見えるか


北朝鮮のキム・ジョンウン委員長がグアム島周辺へのミサイル発射計画を発表し、トランプ大統領が北朝鮮に核兵器を使用することを示唆するなど、緊張が続く北朝鮮情勢ですが、今後どうなるのでしょうか。アメリカもさすがに核兵器まで使うとは思えませんが、これまでも世界中で武力行使をしてきたアメリカのこと、何をしでかすか分からない恐ろしさがあります。

不思議なのは北朝鮮で、なぜこれほど強気なのでしょうか。中国やロシアが背景にいるとは言え、北朝鮮の行動はあまりにも行き過ぎており、国際世論を前にして中国やロシアもどこまで北朝鮮をかばいきれるか疑問です。南北対立の時代ならいざ知らず、中国もロシアも市場経済体制に移行しており、北朝鮮の戦略的意義がそれほど大きいとも思えません。


北朝鮮の過激な行動がどのような結果を引き起こしているかをよく見ると、誰がその背景にいるのかも見えて来ます。

北朝鮮の過激な行動を受けて、国際情勢で最も大きな影響があったのはアメリカとロシア・中国の関係悪化です。トランプ大統領は就任した直後には、ロシアとの関係改善を目指していました。

ロシアは、トランプ政権になることでアメリカとの関係が改善することを期待していました。特に、ウクライナ問題に対する経済制裁の解除や、EUで台頭する反グローバリズム勢力との連携など、ロシアにとって大きなメリットが期待されていました。

中国の立場は微妙です。トランプ大統領就任時には中国を強く批判しており、ロシアゲート疑惑でトランプ大統領の追い落としを画策しているアメリカの民主党も支援していると思われますが、もう一方で中国は通商を通じてトランプ大統領との関係改善を図っており、国際世論を敵に回して、北朝鮮に過激な行動をとらせるほどのメリットは中国にも無さそうです。

やはり、アメリカとロシア・中国の関係悪化を一番喜んでいるのは、アメリカの反トランプ勢力だと思われます。アメリカの反トランプ勢力の中心はグローバリズムを推進する国際金融資本勢力=金貸し勢力です。アメリカとロシアが手を組むことで反グローバリズムの潮流が世界に広がることを最も恐れています。

ロシアゲート疑惑でトランプ大統領の追い落としを画策したものの、マスコミによる情報操作にもかかわらず、大衆のトランプ大統領支持が予想外に根強く、次の手として打って来たのが北朝鮮問題だと思われます。北朝鮮問題が大きくなってきた時期も、ロシアゲート事件の鎮静化の時期と並行しています。つい最近では、北朝鮮のミサイル技術はロシアから北朝鮮に供与されたとアメリカの研究機関が発表しています。北朝鮮がミサイル開発やアメリカ対する挑発を行っているのが、アメリカの反トランプ勢力の支援によるのであれば、北朝鮮がアメリカから攻撃される心配をするはずもなく、なぜあれほどトランプ大統領に対して強気なのかの説明も付きます。

心配なのは、アメリカ国内の対立構造です。北朝鮮を支援している実行部隊はCIAである可能性が高いですが、今やCIAとトランプ大統領は対立関係にあると思われ、必ずしもCIAの思惑通りに進むとは思えない事です。アメリカ軍は、トランプ大統領に忠誠を誓っており、米海軍太平洋艦隊司令官のスコット・スウィフト大将は「米軍のメンバーは全員がアメリカ憲法の遵守を宣誓している。外国や国内のすべての敵に対して、上官そして最高司令官である大統領の命令に従う」と発言しています。

トランプ大統領の過激な発言は、北朝鮮に向けて発信されたのではなく、北朝鮮の背後にいるアメリカ国内のCIAに対して発せられたのかもしれません。アメリカ国内の対立関係が激化した結果、トランプ大統領がCIAを抑え込むために、北朝鮮に武力攻撃を仕掛けるという可能性はありそうです。

■緊張緩和へ“提案”2017年7月5日
ロシアを訪れた中国の習近平国家主席とプーチン大統領は4日、モスクワで会談し、朝鮮半島問題に関する共同声明を発表しました。その中で、北朝鮮が核・ミサイル開発を凍結するのと引き換えにアメリカと韓国が大規模な合同軍事演習を停止するべきだとして、今週ドイツで開かれるG20サミットを前に、アメリカのトランプ政権と一線を画す姿勢を明確にしました。

■安保理で結論出ず 米中協議へ2017年7月6日
アメリカのヘイリー国連大使は、「同盟国とみずからを守るため、あらゆる能力を駆使する準備ができている」と述べて、軍事的な対応を排除しない姿勢を示して北朝鮮をけん制しました。さらに「北朝鮮が挑発をエスカレートさせた分だけ国際社会にもより厳しい対応を求める決議を数日中に提出する」と述べて、北朝鮮への石油の供給や航空、海運の制限を含む新たな制裁決議の必要性を訴えました。
一方、中国の劉結一国連大使は、「朝鮮半島の緊張を緩和するため、関係国は北朝鮮との無条件の対話に乗り出すべきだ」と主張し、ロシアも中国を支持したため、緊急会合では結論は出ず、北朝鮮への対応は、アメリカと中国が今後、協議することになりました。

■対北 非難声明をロシアが阻止2017年7月7日
国連の安保理は5日、対応を協議する緊急の会合を開き、アメリカが北朝鮮の発射を厳しく非難し、制裁の強化に言及した報道機関向けの声明の草案を日本を含むメンバー国に示しました。しかし、国連外交筋によりますと、ロシアは6日、ミサイルは長距離のICBMではなく中距離であり、中距離ミサイルの発射で制裁を強化する必要はないなどとして、全員一致が前提の声明の発表を阻止したということです。

■圧力強化か 緊張緩和か2017年7月9日
米中首脳会談が8日、ドイツのハンブルクでG20サミットの閉幕後に行われました。トランプ大統領は北朝鮮をめぐる、これまでの中国の対応に謝意を示したうえで、「何らかの行動を取らなければならない問題だ」と述べ、習主席にさらなる圧力を促しました。一方、習主席は「中国は対話と協議に基づく問題の解決を主張している。国際社会は対話を促し、危機管理を強める努力が必要だ」と述べ、圧力よりも緊張の緩和が優先だという考えを示しました。

■増えていた中朝貿易額2017年7月13日
中朝貿易のうち、北朝鮮からの輸入額は8億8000万ドルと、去年の同じ時期に比べ13.2%減り、国連安全保障理事会の制裁決議で原則禁止されている北朝鮮からの石炭輸入が、ことし2月以降、停止していることなどが減少の原因と見られます。一方で、北朝鮮への輸出額は16億7000万ドルと、29.1%増え、制裁対象ではない繊維製品などの輸出が増えたことが増加の要因だとしています。北朝鮮に対する国際的な圧力が強まる中でも、中国との貿易が北朝鮮経済を支えている状況が一層、鮮明になっています。

■CIA長官「秘密工作も検討」2017年7月28日
これはCIAのポンペイオ長官がアメリカのニュースサイト「ワシントン・フリー・ビーコン」のインタビューに対して明らかにしたものです。

「過去の政権は、まだ時間があると考えていたかもしれないがその段階は過ぎた」と述べ、CIAとしては外交による解決ができなかった場合に備えて、秘密工作やアメリカ軍の支援などいくつかの選択肢を検討していることを明らかにしました。ポンペイオ長官は、先週行われたフォーラムで、北朝鮮について「核の能力と核を手に入れたい者を切り離すことが重要だ」と発言していて、北朝鮮の体制転換は求めないとするトランプ政権の方針とは異なり、体制転換を目指す可能性を検討しているのではないかという見方も出ています。

■「トランプ大統領が命令すれば、米軍は中国を核攻撃する」米太平洋艦隊司令官2017年7月28日
7月27日、米海軍太平洋艦隊司令官のスコット・スウィフト大将は米軍最高司令官である大統領への忠誠を示した。オーストラリア国立大学の安全保障会議でスウィフトは、大統領の命令なら中国に核ミサイルを撃つことも辞さない、と語ったのだ。「米軍のメンバーは全員がアメリカ憲法の遵守を宣誓している。外国や国内のすべての敵に対して、上官そして最高司令官である大統領の命令に従う」

■「中国に大変失望」2017年7月30日
北朝鮮が、2回目のICBM=大陸間弾道ミサイルの発射実験に成功したと発表したことを受けて、アメリカのトランプ大統領は、29日、みずからのツイッターに「中国には大変失望している。アメリカの過去の愚かな指導者たちが貿易で中国に大金を稼がせたのに、中国は北朝鮮に対して口先だけでわれわれのために何もしていない」と書き込み、北朝鮮への影響力を行使していないとして、中国への強い不満をあらわにしました。さらに「われわれはもはやこの事態が続くのを見過ごすわけにはいかない」と投稿し、今後、中国に対して何らかの措置を取る可能性を示唆しました。

■軍事力か、対話か2017年8月2日
アメリカの与党・共和党のグラム上院議員は1日、NBCテレビの番組で北朝鮮への対応をめぐってトランプ大統領と交わした会話の内容を明らかにしました。それによりますと、トランプ大統領は北朝鮮がアメリカを標的にICBM=大陸間弾道ミサイルの開発を続けるなら北朝鮮に対して戦争を行う可能性に言及したということです。そして「戦争が起こるとしたら向こうで起こる。大勢が死ぬとしてもアメリカではなく向こう側だ」と述べたということです。

■中朝外相 1年ぶり会談2017年8月6日
中国の王毅外相は、北朝鮮のリ・ヨンホ外相と訪問先のフィリピンでおよそ1年ぶりに会談し、朝鮮半島情勢について、「危機の臨界点に迫っているが、交渉に戻る決断をする転換点でもある」と述べて、北朝鮮に弾道ミサイルの発射などをやめ、アメリカなど関係各国との対話に臨むよう促しました。

■「過去最大の経済制裁」決議2017年8月6日
北朝鮮がICBM=大陸間弾道ミサイルだとする発射実験を2回行ったことを受けて、国連の安全保障理事会は、北朝鮮の主な収入源となっている石炭や海産物などの輸出を全面的に禁止する新たな制裁決議を全会一致で採択しました。アメリカは「北朝鮮に対する過去最大の経済制裁だ」として各国に着実な実行を求めました。

中国の劉結一国連大使は「アメリカが北朝鮮の政権転覆や崩壊を求めず、朝鮮半島の統一を急がず、南北の軍事境界線を越えて米軍を投入することはないと主張していることに留意している」と述べました。また、北朝鮮が核実験と弾道ミサイルの発射を停止するのと同時に、アメリカが韓国との合同軍事演習を中止するという、中国とロシアからの提案を受け入れるようアメリカに呼びかけました。

ロシアのネベンジャ国連大使は「決議の草案に盛り込まれたわれわれの提案が、支持されなかったことを懸念している」と述べました。また、「制裁と圧力だけでは朝鮮半島の問題は解決できない。追加制裁だけで終わるのではなく建設的な対話への手段とするべきだ」と訴えました。

■「炎と怒りに直面」トランプ氏、北朝鮮けん制 2017年8月9日
トランプ米大統領は8日、記者団に対し、北朝鮮が米国を脅かすなら「世界が見たこともないような炎と怒りに直面するだろう」と述べ、武力行使を示唆して核・ミサイル開発をけん制した。「北朝鮮にとって最善の策は、米国をこれ以上脅かさないようにすることだ」と警告した。

■トランプ氏「この力を使うことがなければいいが…」2017年8月9日
トランプ米大統領は9日朝、さらに米国の核兵器について、「核兵器の更新と現代化が、私の大統領としての最初の命令だった。今はかつてないほど強力だ」「この力を使うことがなければいいと望むが、我々が世界最強の国でなくなる時は決してない」などとツイートした。

■トランプ大統領 ツイッターで北朝鮮に再び強く警告2017年8月12日
11日には自身のツイッターに、「北朝鮮が愚かな行為をすれば軍事的に解決する手段は、今、完全に整っている。戦闘準備完了」と投稿し、軍事的な対抗措置も辞さない構えを示しました。そのうえで、「キム・ジョンウン(金正恩)が異なる道を進むことを願う」と書き込み、グアム島周辺に向けた弾道ミサイルの発射計画を今月中旬までに完成させると発表した北朝鮮に対して挑発行為をやめるよう再び強く警告しました。

ロシアのラブロフ外相は11日、アメリカと北朝鮮との間で激しい言葉の応酬が続いていることについて、「強く懸念している」と述べました。さらにアメリカと北朝鮮が軍事衝突する可能性について「危険性は非常に高い」と答えました。そのうえでアメリカに対し事態の沈静化に向けた行動をとるよう促しました。
中国外務省の耿爽報道官は11日、「現在、朝鮮半島情勢は、複雑かつ敏感であり、関係各国は言動を慎み、緊張緩和の助けとなることをするよう望む。緊張をエスカレートさせるような道を歩むべきではない」として、米朝双方に強く自制を求めました。

■中国 北朝鮮の石炭など全面禁輸 制裁実行をアピール2017年8月14日
中国の商務省は14日、採択を受けて対象となった石炭や鉄鉱石、海産物などの北朝鮮からの輸入を15日から全面的に禁止すると発表しました。発表によりますと、すでに中国に到着しているこれらの貨物についても来月5日以降は輸入手続きを禁止するとしていて、制裁を着実に実行する姿勢をアピールしています。

■北朝鮮 ICBM開発で旧ソビエト製ロケットエンジン入手か2017年8月15日
アメリカのロケット技術の専門家で、IISS=国際戦略研究所のマイケル・エルマン氏は14日、北朝鮮のICBM=大陸間弾道ミサイル級の「火星14型」や新型の中距離弾道ミサイル「火星12型」について、発射映像などに基づく最新の分析結果を発表しました。これらのミサイルには旧ソビエト製のロケットエンジンの改良型が使われている可能性が高いということです。このエンジンは旧ソビエトのICBMなどにも使用された液体燃料式で、北朝鮮では去年9月ごろから発射実験などで使われるようになったとしています。また、このエンジンを製造していた旧ソビエトのウクライナの工場が去年、財政難に陥っていたほか、過去に北朝鮮がこの工場からミサイル技術を得ようとした形跡が見られることから、この2年間に闇市場を通じて旧ソビエト製の強力なロケットエンジンの入手に成功した結果、ICBMの技術を急速に進展させた可能性があると指摘しています。

■ウクライナで製造のロケットエンジンを北朝鮮に提供か2017年8月16日
このエンジンについてウクライナ宇宙庁のラドチェンコ長官代行は「ウクライナで2001年まで製造され、ロシアに供給したロケットにすべて使用された」と述べ、そのうえで「北朝鮮との友好的な関係を考えると、ロシアにはロケットそのものやエンジンなどを提供する理由があるだろう」と述べ、ロシアが北朝鮮にエンジンを提供した疑いがあるという見方を示しました。

北朝鮮のミサイル開発をめぐる今回の指摘をめぐってはロシアのロゴージン副首相が15日、「北朝鮮はウクライナの専門家なしではエンジンの製造はできなかっただろう」としてウクライナによる技術提供があったという見方を示しています。
http://www.kanekashi.com/blog/2017/08/5400.html

http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/906.html#c24

[政治・選挙・NHK230] 全国民有権者待望の「血湧き肉躍る大活劇」−「小沢一郎代表+小池百合子都知事」によるメイク・ドラマの幕開け!(板垣 英憲) 笑坊
1. 中川隆[-6640] koaQ7Jey 2017年8月17日 07:57:22 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
アメリカの犬の詐欺師コンビだね
http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/763.html#c1
[政治・選挙・NHK230] 自衛隊を憲法に明記するなら9条2項を変えなくてはならない。(日々雑感) 笑坊
1. 中川隆[-6639] koaQ7Jey 2017年8月17日 08:11:14 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

CIAの指示で日本が改憲しない様に工作員が必死に護憲運動してるんだろ


1972年2月、当時のニクソン米大統領とキッシンジャー補佐官が北京を訪問し、
周恩来首相と会談した時に、日本に対して三つの密約が交わされた。
米中密約の内容

1.日本に核武装そして単独防衛させない
2.これを防ぐために米軍は日本に駐留する(ビンの蓋論)
3.朝鮮半島および台湾問題で日本に発言権を与えない

この密約は、2002年10月、当時の江沢民中国国家主席が、
テキサスの牧場に当時のブッシュ大統領を訪ねたときにも再確認された。

___

安倍総理が憲法改正を言い出した途端にモリカケ問題で振り回されるようになった。

「株式日記」では、霞ヶ関が国政の実権を握っており、その権力の源泉は米軍にあると以前に書いたことがありますが、沖縄の問題ひとつとっても密約だらけであり、そのことは日本の政治家も国民も知らないことが多いようだ。密約を結ぶのは政治家であっても、総理も大臣もコロコロ代わっていくうちに密約のことを知らない政治家ばかりになる。

しかし霞ヶ関には密約の番人がおり、密約を破ろうとすると官僚が動いてスキャンダルを暴露されて失脚するか、不慮の病死で葬り去られる。安倍総理もプーチンとの会談を重ねて北方領土返還に動こうとしたのに、待ったをかけたのは外務官僚であり、米軍との密約で日本のどこにでも米軍基地を作れるという文言があるらしい。

だからプーチンが北方領土には米軍基地を作らせないという約束ができるのかと聞かれて、安倍総理はその密約を知らなかったらしい。でなければ安倍総理が北方領土返還交渉をするわけがない。プーチンの方が日米間の密約のことはよく知っており、そこをプーチンは突いてきたのだ。

安倍総理が憲法改正を言い出した途端にモリカケ問題で振り回されるようになったのも、日米間には日米安保と現行憲法とはセットであるという密約のことを知らなかったのかもしれない。安倍総理の祖父は岸元総理だから誰よりも密約のことは知っているはずですが、密約は密約であり公式の外交条約ではないから守る必要はない。


外務官僚が日本の内閣内部の動きを逐一アメリカに報告しているのは、明らかにスパイ行為ですがウィキリークスでこのような行為が行われていることが暴露された。それに対して日本はアメリカの政府内部の動きを何も掴むことができない。日本にスパイ防止法ができないのもこのような密約があるからだろう。

日本は在日米軍が存在する限りはアメリカの植民地であり、日本の独自外交など存在はしない。逐一外務省がアメリカに日本政府部内の動きを報告しているからだ。そのようなスパイ行為が正々堂々と出来て、日本の政治家がどうすることもできないのは在日米軍が目を光らせているからだ。

だから安倍総理がいくら頑張っても、外交は元外務次官の谷内正太郎国家安全保障局長が行っており、岸田外務大臣は蚊帳の外だった。このように政治家と官僚とのずれが生じるのは、政治家が通訳を介さないと交渉ができないのに対して、官僚は通訳を通さずに交渉ができるから、アメリカは密約を官僚に持ちかけてくる。

矢部氏によれば、「そして残念なことに、そういう掟のほとんどは、じつは日米両政府のあいだではなく、米軍と日本のエリート官僚のあいだで直接結ばれた、占領期以来の軍事上の密約を起源としているのです。」と書いているように、日本の日米交渉は密約だらけで伏魔殿のようになってしまっている。

率直に言えば日本国憲法も占領期間中に作られたものであり、だから無効だと宣言できるのでしょうが、日米安保とセットだからどうすることもできないのは密約によるものだ。日米地位協定も密約の塊であり、日本の政治家は誰も改正を持ち出せない。日本は法治国家ではなく米治国家であり、憲法以上の日米間の「掟」が存在している。
http://2013tora.jp/kabu390.html

詳細は

共謀罪批判は中国・朝鮮工作員が扇動していた
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/711.html

護憲運動はCIA・中国・朝鮮工作員が扇動していた
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/703.html

「面従腹背」に官邸疑心=加計問題、霞が関の不満影響か _ 加計問題は CIA が扇動していた
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/114.html
http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/765.html#c1

[政治・選挙・NHK230] 自衛隊を憲法に明記するなら9条2項を変えなくてはならない。(日々雑感) 笑坊
3. 中川隆[-6638] koaQ7Jey 2017年8月17日 08:29:31 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
>>2
>中国やロシアや北朝鮮の脅威など全くのゼロだ、


こういうお花畑が多過ぎるのが一番問題なんだな;

日本人がどれ程憎まれているか全然わかってないんだな:


中国『開放雑誌』2004年意識調査。

25歳以下の青少年の82? %が、捕虜や婦女子の銃殺に「賛成」。

「日本人婦女は強姦して殺すべき」

「日本人の男は腸を開いて皮を剥ぎ、女は輪姦して殺すべき」

「日本人は嬰児から老人まで殺しつくすべき」

という回答が多数。


中国の反日教育の実態

Anti-Japanese Education in China
http://jp.youtube.com/watch?v=8Db4vorG0ug
(英語ナレーション・日本語字幕)


日本人の絶滅の為に尽力するのが中国人の「愛国心」


日本では大量の中国野菜が安価で輸入されていますが、野菜類の47.5%から猛毒で発がん性もある有機リン系殺虫剤メタミドホスなどの高濃度の残留農薬が発見されるなどして2001年から輸入禁止が相次ぎ、大手のスーパーではあまり見かけなくなりました。しかしそういう野菜や畜産品はなくなった訳ではありません。生のままではなく、「加工」「業務用冷凍」されて日本に輸入されているのです。

これらの加工品の一部からは高濃度の水銀やダイオキシン、チクロやDDT、TBTO、BHC、クロラムフェニコール、クロルテトラサイクリン、マラカイド・グリーンといった毒性抗生物質などの使用の痕跡や高濃度の残留が認められています。もちろん中国産の食品の全てが危険な訳ではありませんが、これが一方の厳然とした現実でもあります。最近では中国産ビールの95%に発がん性物質ホルムアルデヒドが含まれているなどの衝撃的なニュースや、食品そのもの以外に、例えば中国製の食品包装袋の50%に発ガン性物質のベンゼンが残留しているとの報道もありました。

中国の食品を信頼するのは危険です。ましてや日本や日本人を「敵である」と明確にしている国なのですから、日本向けの食料品がまともである保障などあるはずがありません。かつて安価な白ゴマを高価な黒ゴマに見せかけるために、有害なタールで着色したタール黒ゴマ事件がありましたが、何らの教訓も得ず国が率先して「着色政策」を推進しているのは残念です。魚や肉、松茸に鉛を入れて重量をごまかした事件もありました。国は違いますが、同じ反日の国、韓国で生ゴミを素材にした餃子が問題となった際は、摘発された業者は「生ゴミを使った餃子は日本などに向けた輸出品だけなので、国内の消費者は安全である」と開き直ったほどです。
http://blog.livedoor.jp/safe_food_of_asia/archives/50010839.html
http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/765.html#c3

[政治・選挙・NHK230] 自衛隊を憲法に明記するなら9条2項を変えなくてはならない。(日々雑感) 笑坊
6. 中川隆[-6637] koaQ7Jey 2017年8月17日 09:15:45 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
防衛費に金使うと景気が良くなって賃金ば暴騰するというのも知らないアホがいるな

日本も戦時中は好景気が続いた
http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/765.html#c6

[政治・選挙・NHK230] 加計・獣医学部を白紙撤回?安倍政権が人気挽回サプライズ作戦か  山田厚史の「世界かわら版」(ダイヤモンド・オンライン) 赤かぶ
1. 中川隆[-6636] koaQ7Jey 2017年8月17日 09:51:25 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]


日本は一応は民主主義国家であり、情報公開と言論の自由が認められているから、CIAや中国の工作員はやりたい放題の工作活動ができる。

それに対する日本国民は情報リテラシーの教育が十分ではないようだ。教育からしてアメリカによる教育が行われて洗脳されてしまっている。

なぜそのような教育が行われるのかは、民主制度のもとでは十分な言論統制が難しく、国民の資質や情報リテラシーに任されるからだ。アメリカの工作活動と見抜くには十分な情報リテラシーがなければできない。CIAや中国は選りすぐりの工作員を養成して日本に世論工作を仕掛けてくる。


安倍総理が憲法改正を言い出した途端にモリカケ問題で振り回されるようになった。

モリカケ問題で安倍降ろしが始まっていますが、マスコミにも北朝鮮や中国の工作員が入り込んで工作している。石破茂というムンジェインのような受け皿も用意されたようだ。石破氏は自民党を離党したり合流したりと謎の人物だ。中国は石破氏を首相にすれば、情報は中国に筒抜けになる。

詳細は

共謀罪批判は中国・朝鮮工作員が扇動していた
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/711.html

護憲運動はCIA・中国・朝鮮工作員が扇動していた
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/703.html

「面従腹背」に官邸疑心=加計問題、霞が関の不満影響か _ 加計問題は CIA が扇動していた
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/114.html
http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/768.html#c1

[お知らせ・管理21] 記事監視人の姿勢についてお伺いする 天橋立の愚痴人間
239. 中川隆[-6635] koaQ7Jey 2017年8月17日 10:18:58 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
>>238

[2753] ここの住人が如何に逝かれているかは これを読めばわかるけど、IQ低過ぎて理解できないだろうな New
by 中川隆 2017/08/17 06:13
https://www.kyudan.com/cgi-bin/bbskd/kyudan.cgi?


は 2017/08/17 10:15 の段階で完全削除されていました。

天橋立の愚痴人間氏は自分に都合の悪い投稿は一切認めず、反論もしないで すぐに削除していたのですね。



http://www.asyura2.com/13/kanri21/msg/488.html#c239

[文化2] 女は東大出でも思考力・判断力・知性すべてゼロ _ 通産官僚 宗像直子は何故こんなにアホなの? 中川隆
80. 中川隆[-6634] koaQ7Jey 2017年8月17日 10:45:35 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2017年08月17日 アメリカの白人差別と白人暴動

白人は少数民族になり、今では白人男性が差別されているが、それを口に出すと非難される。
引用:http://www.denverpost.com/wp-content/uploads/2017/08/830762776.jpg?w=640

白人暴動と南北戦争

アメリカでは白人極右集団などが中心になって白人至上主義を唱え、有色人種のデモを襲撃していると報道されています。

だが詳細な事情を知ると、そういう単純なことではなく、白人側の言い分にも一理あるように見えます。

事件は8月12日、南部バージニア州のシャーロッツビルで白人集会と反対派が衝突し、1人がなくなった。


        


シャーロッツビルでは4月から、白人国家主義団体らが南軍側将軍の像撤去撤回を求めて、抗議運動を繰り返していた。

南北戦争はリンカーン大統領率いるアメリカ合衆国とジェファーソン大統領のアメリカ連合国の戦争で、リンカーンの北軍が武力でアメリカを統一した。

戦争の原因は黒人解放を主張した北部と、制度存続を主張した南部の対立とされているが、真相は違うとも言われている。


いち早く工業化が進んだ北部には黒人を消費者として物を売ったり労働者にする事に利益があり、つまり金儲けの為だった。

南部は農業地帯であり黒人を無料で使役する必要があり、こちらも金の為だったと言われている。

ともかく北軍が勝利して黒人は解放され、南北戦争を批判するのは日本で「大東亜戦争は日本が正しかった」と言う以上のタブーとなっています。


焦点になっていたのは南軍で活躍した「リー将軍」の銅像を撤去するかどうかで、白人団体は撤去反対、抗議団体は撤去を求めていました。

リー将軍は南軍の軍司令官で、兵力では半分、資金や近代兵器ではもっと劣っていたが、名将として北軍を苦しめた。

リー将軍は南軍の白人司令官だったので、白人至上主義者は彼を英雄視し、白人団体の象徴的存在になっている。

アメリカの白人差別

抗議グループはリー将軍を差別主義者の象徴だとして銅像撤去を求め、バージニア州はリー将軍像の撤去を決定した。

ここから両グループの対立は激化したが、実際のリー将軍は自分の職業に忠実だっただけだと考えられる。

話が難しいのは現代のアメリカではむしろ白人が差別される側になっている場合があり、部分的に立場が逆転しているのです。


2008年の大統領選で黒人のオバマが当選して驚かせたが、既にアメリカでは新生児で白人の割合が半数を下回っている。

白人の出生率は日本人より少し多い程度なのに、黒人やヒスパニックや中国人は激増している。

この状況は選挙でも反映され、もはや有色人種の組織票を得られない候補は当選できなくなっています。


アメリカで従軍慰安婦の像が建てられて白人市長が支援していたりするのは、選挙で韓国や中国系団体の支援を受けているからです。

白人の地位は目に見えて低下し、例えばクリントンやブッシュの娘(白人)は3流大学なのに、オバマの娘(黒人)はハーバードに入学しました。

他の人と同じ試験を受けて合格したのだが、黒人優遇枠で入学したのは公然の事実でした。


アメリカでは人種差別を禁止するため、白人は入学試験で制限枠を儲けたり、ハンデをつけて不利にしています。

この結果有名大学であるほど白人に不利になり、逆に黒人やヒスパニックには有利になっています。

ハーバードは裏口入学が効くので有名で、中国共産党のバカ息子が巨額献金で入学し、遊びまくってちゃんと卒業しています。

白人男性の孤立

つまり白人であっても巨額献金をすれば入学できるが、中流以下ではよほど黒人より成績が良くないと不合格になります。

企業の採用もそうで、有名企業はどこでも有色人種優遇、白人には制限を設けています。

先日某超有名IT企業で、白人男性の社員が「女性や有色人種は優遇されている」と告発したら、すぐ解雇されていました。


つまり白人側も社会で差別を受けているのだが、それを言うと「白人優越主義者」にされ、アメリカには発言する場所も無い。

さらに厄介なのはアメリカは女性差別にも厳しく、採用や昇進、入学などあらゆる機会で男性がハンデをつけられる。

入学試験で女性が80点、男性が90点だと大学は「差別を調整するため」成績が劣っている女性を合格させています。


白人男性はますます孤立し、白人女性は「男性より優遇されているからこのままで良い」と協力してくれません。

これが白人男性が怒っている根本原因で、自分たちこそ差別されている被害者なのに、それを口に出すと「差別主義者」にされるのです。

こうした不満が白人男性に蓄積されて、暴動や過激な運動でしか意思表示ができなくなっています。
http://www.thutmosev.com/archives/72196579.html
http://www.asyura2.com/09/bun2/msg/544.html#c80

[昼休み53] 千葉県にだけは住んではいけない 中川隆
125. 中川隆[-6633] koaQ7Jey 2017年8月17日 10:47:56 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
>>121 丸暗記しかできないアホの豊田真由子がハーバード大学大学院に留学できた理由 続き


アメリカの白人差別

抗議グループはリー将軍を差別主義者の象徴だとして銅像撤去を求め、バージニア州はリー将軍像の撤去を決定した。

ここから両グループの対立は激化したが、実際のリー将軍は自分の職業に忠実だっただけだと考えられる。

話が難しいのは現代のアメリカではむしろ白人が差別される側になっている場合があり、部分的に立場が逆転しているのです。


2008年の大統領選で黒人のオバマが当選して驚かせたが、既にアメリカでは新生児で白人の割合が半数を下回っている。

白人の出生率は日本人より少し多い程度なのに、黒人やヒスパニックや中国人は激増している。

この状況は選挙でも反映され、もはや有色人種の組織票を得られない候補は当選できなくなっています。


アメリカで従軍慰安婦の像が建てられて白人市長が支援していたりするのは、選挙で韓国や中国系団体の支援を受けているからです。

白人の地位は目に見えて低下し、例えばクリントンやブッシュの娘(白人)は3流大学なのに、オバマの娘(黒人)はハーバードに入学しました。

他の人と同じ試験を受けて合格したのだが、黒人優遇枠で入学したのは公然の事実でした。


アメリカでは人種差別を禁止するため、白人は入学試験で制限枠を儲けたり、ハンデをつけて不利にしています。

この結果有名大学であるほど白人に不利になり、逆に黒人やヒスパニックには有利になっています。

ハーバードは裏口入学が効くので有名で、中国共産党のバカ息子が巨額献金で入学し、遊びまくってちゃんと卒業しています。


白人男性の孤立

つまり白人であっても巨額献金をすれば入学できるが、中流以下ではよほど黒人より成績が良くないと不合格になります。

企業の採用もそうで、有名企業はどこでも有色人種優遇、白人には制限を設けています。

先日某超有名IT企業で、白人男性の社員が「女性や有色人種は優遇されている」と告発したら、すぐ解雇されていました。


つまり白人側も社会で差別を受けているのだが、それを言うと「白人優越主義者」にされ、アメリカには発言する場所も無い。

さらに厄介なのはアメリカは女性差別にも厳しく、採用や昇進、入学などあらゆる機会で男性がハンデをつけられる。

入学試験で女性が80点、男性が90点だと大学は「差別を調整するため」成績が劣っている女性を合格させています。


白人男性はますます孤立し、白人女性は「男性より優遇されているからこのままで良い」と協力してくれません。

これが白人男性が怒っている根本原因で、自分たちこそ差別されている被害者なのに、それを口に出すと「差別主義者」にされるのです。

こうした不満が白人男性に蓄積されて、暴動や過激な運動でしか意思表示ができなくなっています。
http://www.thutmosev.com/archives/72196579.html

http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/390.html#c125

[政治・選挙・NHK230] 加計・獣医学部を白紙撤回?安倍政権が人気挽回サプライズ作戦か  山田厚史の「世界かわら版」(ダイヤモンド・オンライン) 赤かぶ
5. 中川隆[-6632] koaQ7Jey 2017年8月17日 11:00:48 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
>>3
加計学園の獣医師学部新設の認可は法的に全く問題がない

「国家戦略特区」というのはそういう仕組みだというだけの事。

規制緩和の対象となる事業者と政治家の関係を制度上断つという構想自体に無理がある。

事業者が、過去に政治家に対し政治献金を行っていたとか、選挙を手伝ったということは十分有りうることである。

「国家戦略特区」の仕組では政治家は、誰が、あるいはどの事業者が特区に申請するか分らないことになっている。したがって安倍総理は、友人である加計理事長と暢気に何回もゴルフをやったり会食をしているだけである。しかしこれが前川前文科省事務次官の告発めいたタレ込みが発端で問題となったのである。

「国家戦略特区」では議長である総理が、トップダウンで特定の地区(特区)における緩和する規制と緩和の時期を決める。

もし規制緩和ができないのなら、許認可権を持つ省庁は期限までに規制緩和できない旨の合理的な理由を示す義務がある。これは挙証責任と呼ばれている。

加計学園の獣医学部新設のケースでは、16年3月末までに許認可権を持つ文科省が「獣医学部新設はまかりならぬ」という理由を示す必要があった。しかし文科省はこれを期限までに出来なかったので「待ってくれ」と頼み込み、半年後の9月16日の二回目ワーキンググループの会合まで待ってもらった。ところがここでも文科省は有効な挙証責任を果たせなかったのである。どうも文科省は農水省が反対論を展開するものと思い込んでいたようである(ところが農水省は1校新設は止む無しと方針を既に転換していた)。この結果、今治での獣医学部新設は実質的に決まったのである。


「国家戦略特区」は自治体がまず特区だけを申請することになっている。

つまりまず愛媛県・今治市が獣医師学部新設の特区を申請し、その特区の認可後に事業者を公募することになる。この公募に応募したのが加計学園である。

「国家戦略特区」をこのように回りくどい仕組にしたのは、政治と事業者の関係を疑われることを断ち切るためと考える。したがって安倍総理は、閉会中審査で加計学園が「国家戦略特区」に申請していたのを知った時期を問われ、申請が認可された1月20日と答え野党やマスコミを驚かせた。しかし「国家戦略特区」は政治家と事業者の関係を断つ仕組を持っている。したがって総理はこう答える他はないのである。


http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/768.html#c5

[政治・選挙・NHK230] 自衛隊を憲法に明記するなら9条2項を変えなくてはならない。(日々雑感) 笑坊
9. 中川隆[-6631] koaQ7Jey 2017年8月17日 11:05:36 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
>>8
軍事費がGDPの1%というのが少な過ぎるんだよ

アメリカみたいに戦争を公共事業としてやっていれば好景気を維持できる

日本も軍事費を GDPの 3% 位に増やしておけば失われた30年にはならなかったんだ


http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/765.html#c9

[番外地6] 中川隆 阿修羅番外地 相場・経済・社会関係投稿集 中川隆
72. 中川隆[-6630] koaQ7Jey 2017年8月17日 11:20:10 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

日経のウソ記事にだまされるな
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/277.html
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/571.html#c72
[リバイバル3] 中川隆 _ 相場関係投稿リンク 中川隆
11. 中川隆[-6629] koaQ7Jey 2017年8月17日 11:21:13 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

日経のウソ記事にだまされるな
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/277.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/456.html#c11
[リバイバル3] 廃墟と化した水上温泉 中川隆
47. 中川隆[-6628] koaQ7Jey 2017年8月17日 11:27:48 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

筆者は前回、「日本人よ、外国人観光客誘致などに浮かれるな」と題して、2016年の「旅行収支」が1.3兆円の黒字を記録したことなどにそんなに大げさに騒ぐなという趣旨の一文を寄せました。
https://38news.jp/economy/10870

ところが、その矢先、日経新聞が見事にこの大騒ぎをやってくれたのです(8月13日付)
http://www.nikkei.com/article/DGXLZO19940990S7A810C1EA3000/?n_cid=NMAIL003

訪日消費、主役は欧州客 「爆買い」より体験

訪日外国人の消費が新しいステージに入ってきた。

これまで日本でお金を使う外国人といえば中国人が中心だったが、
英国など欧州勢も1人あたりの消費額を伸ばし、存在感を高め始めた。

地方での訪日消費も息長く続き、いずれ地方経済のけん引役は
公共投資から観光消費にかわるとの期待も出ている。(中略)

観光庁によると、4〜6月期の1人あたり旅行消費額は、
首位の英国が25万円、2位のイタリアが23万円。
近年トップだった中国は22万円で3位。
フランスやスペインも20万〜21万円台で肉薄する。

消費の主役はいまや欧州勢だ。

1〜6月期の訪日客消費額は2兆456億円で過去最高。

みずほ総合研究所は下期もこの勢いを保つなら、
年間の付加価値誘発額は4兆円になると試算。

名目国内総生産(GDP)で0.8%の上昇が期待できる。(以下略)

突っ込みどころ満載ですが、三つにまとめておきます。

1.一人当たり消費額が、中国人より英国客のほうが少しばかり多くなっても、絶対人数では中国人が20倍以上。そのことは記事の後略部に書かれているのに、それに対するネガティブな評価は一切書かれていません。

しかも、筆者が前記事で述べたように、観光客は、「外国人訪問客」の6割どまりで、残りはビジネスその他なのです。

日経記事は、「1人あたり旅行消費額は、首位の英国が25万円、2位のイタリアが23万円。近年トップだった中国は22万円で3位」と、グラフまで掲げて麗麗しく書いていますが、英国とイタリアの訪日人数の合計は、中国一国のわずか6%にすぎません。これでどうして「主役は欧州客」なのでしょうか。印象操作もほどほどにしてほしい。
http://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/since2003_tourists.pdf

2.訪日外国人が増えても、GDPにカウントされるのは「旅行収支」なので、そのぶん日本人の海外渡航での出費が増えれば、GDPは増えません。

記事中に、「年間の付加価値誘発額は4兆円になると試算。名目国内総生産(GDP)で0.8%の上昇が期待できる。」とありますが、この数字は、たとえ予測通りとしても、日本人が海外で消費する金額が差し引かれていないので、明確に誤りです。

海外取引額としてGDPにカウントされるのは「純輸出」、つまり輸出額−輸入額ですが、旅行収支もこの中に含まれます。
結局、0.8%という見込み数字は、「輸出分」だけを計算しているのです。

3.ちなみに「旅行収支」のGDP寄与額1.3兆円は、2016年で、わずか0.26%です。
これで、「いずれ地方経済のけん引役は公共投資から観光消費にかわるとの期待も出ている」とは、お臍が茶を沸かします。

地方財政は、わずかな例外を除いて、いまどこも逼迫しています。
ことに、度重なる災害が起きた地域では、対策費捻出に血のにじむ思いをしています。

中央政府は財務省の「緊縮真理教」のために、ろくな財政出動も行わず、公共投資を減らし続けています。

地方交付金をケチってきたために、老朽化した橋やトンネルを修繕できずに潰してしまうところも出ています。

橋やトンネルを潰すということは、そこを通過する道を丸ごとなくしてしまうということでもありますよね。

災害大国日本のインフラ整備は、こんな情けないありさまなのです。

これでは、百歩譲って「観光大国」なる目標を景気回復の選択肢の一つとして認めるとしても、そのために不可欠な基盤整備や観光資源の維持・開発もままならないでしょう。

そういう現実をきちんと指摘して、政府に喫緊の課題として突きつけるのがマスコミの役割であるはずなのに、なんと日経は、「政府は20年に訪日客消費を現状2倍の8兆円の目標を掲げる。」などと、もともと何の根拠もない謳い文句を嬉々として掲げ、政府の宣伝係を自ら買って出ているわけです。

日経のこの記事には、悪政のお先棒担ぎをやっているさまがありありと出ています。いまの日本のマスコミの劣化状態を象徴していると言ってよいでしょう。恥を知れと言いたい。

一番の問題は、「経済専門紙」を標榜する日本経済新聞のようなマスコミが、日本はすでにデフレから脱却したという、このような超楽観記事を載せることで、国民がそう思い込んでしまうことです。
https://38news.jp/economy/10950  

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/624.html#c47

[リバイバル3] キタキツネ物語の世界 中川隆
12. 中川隆[-6627] koaQ7Jey 2017年8月17日 13:17:02 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

キツネ 散歩の犬を威嚇 堂々とごみあさり…取材中も続々出没 ここは札幌か 北海道 (17-08-16 1858) - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=RNhnwjN7hZg


2017/08/16 に公開
住民は困惑…何か"手だて"はないのでしょうか?

 15日にもお伝えしましたが、札幌市清田区の公園に"居座った"キツネですが、付近の学校にまで侵入していました。

 人間はもちろん、散歩中の犬まで威嚇するキツネ。地域住民の生活を脅かす、深刻な問題となっています。

 ディレクター:「犬を威嚇していますね。かなりしつこく追いかけています。飼い主も困惑した様子です」

 公園に、犬の散歩に来た男性を威嚇するキツネ。

 まるで縄張りを主張するかのように、公園から追い出しました。

 (キツネ)「ぅーぅー」

 札幌市清田区の三里塚公園では、2017年6月ごろから、キツネが姿を見せるようになり、住民が追い払おうとしても、逆に人間を威嚇するようになりました。

 そして、16日朝も…

 「あっ!いました。"ごみ"をあさっています。距離にして30メートルくらい。警戒していますが、逃げる様子はありません」

 時々、こちらの様子を伺いながらも、堂々とごみをあさるキツネ。近くにごみ箱などは見当たりません。

 どこからか運んできたのかのでしょうか?。。

 キツネの姿が見えなくなった後、公園内を探してみるとフンが…。

 エキノコックスに感染する恐れもあり、付近住民は困惑しています。

 付近住民:「エキノコックスが気になる。3か月くらい犬をここで遊ばせていない」

 「スポーツバッグを持っていかれた」

 「ここは使っていない。別の公園で遊ばせている」

 さらに、キツネは公園だけでなく、隣の小学校のグラウンドにも侵入していました。

 学校は来週が始業式で、万一のトラブルが心配されます。

 付近住民:「未来ある子どもたちが将来、病気にならないかが一番心配」

 キツネは、保護対象動物で原則、駆除はできないということで、札幌市では看板やパンフレットで注意を呼びかけるしかないということです。

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/609.html#c12

[政治・選挙・NHK230] <今治発・加計疑惑>『獣医学部 開設 2018年4月』〜地元駅に早くも出現(田中龍作ジャーナル) 赤かぶ
1. 中川隆[-6641] koaQ7Jey 2017年8月17日 20:27:20 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
安倍首相もハマった、マスコミが疑惑だけで罪人を作る3つの方法

決定的な証拠がないまま、加計学園問題で追いつめられ、とうとう「退陣カウントダウン報道」まで出てきた安倍首相。その転落プロセスをつぶさに見ていくと、マスコミが権力者を糾弾する際に多用する「3つの勝ちパターン」が見えてくる。(ノンフィクションライター 窪田順生)

退陣カウントダウンモードに突入
安倍首相叩きが止まらない

 安倍首相の支持率低下に歯止めがかからない。既に「毎日新聞」(7月24日)などは、「支持率が20%台になった最近の主な内閣」という支持率推移のグラフと、20%台突入から退陣するまでの期間を並べ、「カウントダウン」モードに入っている。


「疑惑」はあるものの、「決定打」が出てこないまま、罪人認定されつつある安倍首相。マスコミが権力者を追い落とす際の3つの手法に、まんまとハマった 写真:日刊現代/アフロ
 個人的には、安倍首相が退陣しようがしまいが知ったことではない。ただ、「謝罪会見」など危機管理広報のアドバイスをしている立場からすると、今回、安倍首相が追いつめられていった「プロセス」は非常に興味深い。

 確たる証拠もないのに、「怪しい企業」の汚名を着せられる企業のそれとよく似ているからだ。

 ひとたびマスコミのネガティブ報道が氾濫すると、そのイメージを回復することは難しい。後ろめたいことがないのなら会見を開いて説明すりゃいいじゃん、と思うかもしれないが、大きな組織になればなるほど、立場的に言えないことが増えてくるものだ。

 役所、取引先、顧客という第三者が関わってくれば、ぼやかしておかなければいけない点がさらに増える。結果、徹夜で想定問答集をつくって、直前までリハーサルをおこない、自分の息子のような年齢の記者に平身低頭で接しても、会見翌日の報道は「深まる疑惑」なんて見出しが躍ってしまう。

 要するに、疑惑を払拭するために開いた会見が、「裏目」に出てしまうのだ。

 そういう企業をこれまで掃いて捨てるほど見てきた。もちろん、糾弾されて当然という企業もあるが、なかには、そこまで厳しく断罪されるほどのことはしていないのに、マスコミによって「巨悪」に仕立て上げられてしまった企業もある。今回の安倍首相もそれとよく似ている。

「文春砲」「新潮砲」を食らった政治家たちと
安倍首相の決定的な違い

 なんてことを言うと、「安倍首相のことなんか知るかと言いながら、必死にかばおうとしている工作員がいるぞ」と、また猛烈な誹謗中傷に晒されるかもしれないが、かばうつもりなどサラサラない。

 安倍政権がいつまで持つのかという大騒ぎになっている割に、この「加計疑惑」には、「疑惑」を裏付けるような「確たる証拠」が存在しない、ということを申し上げたいのだ。

 これまで「文春砲」や「新潮砲」を食らった閣僚や政治家たちは大抵、言い逃れのできない「証拠」を上げられていた。

 たとえば、甘利明・元経済再生担当相は、ご本人と直接やりとりをしたという人物が「カネ」の流れも含めて事細かに証言した。「このハゲー!」の豊田真由子衆議院議員も被害者自身の証言と、音声データがそろっている。「重婚ウェディング」で政務官をお辞めになった中川俊直衆議院議員は、ハワイで撮ったツーショット写真という、言い逃れできない“ブツ”がある。

 そういう意味では、稲田朋美防衛相の「あす、なんて答えよう」なんて発言をしたメモなどもこれにあたる。これはもう完全にアウトだ。

 ただ、安倍首相が加計理事長に便宜を図ったという「証拠」は、今のところ出てきていない。この時期に加計氏とゴルフに頻繁に行っている、とか獣医学部新設の申請を把握したタイミングが怪しいなどというのは、「状況証拠」に過ぎないのである。

「おいおい、お前の目は節穴か、前川さんの証言や、あの『ご意向文書』があるじゃないか」と息巻く方も多いかもしれないが、残念ながら前川さんは安倍首相から直接何かを言われたわけではない。和泉首相補佐官から言われたという話も、和泉氏本人は「岩盤規制改革をスピード感をもって進めてほしいと言っただけで、そんなこと言うわけないだろ」という趣旨のことを述べており、「水掛け論」となっている。

 衆院閉会中審査で小野寺五典衆議院議員とのやりとりを客観的に見ても、前川さんがおっしゃる「加計ありき」というのは、かなり「私見」が含まれている。嘘をついているとかいう話ではなく、「告発者」というほど「疑惑の核心」をご存じないのだろうということが、答弁を見ているとよく分かる。

安倍首相がまんまとハマった
マスコミの「殺人フルコース」

 例の「ご意向文書」に関しても同様で、「加計ちゃんに頼まれているんだからとっとと岩盤規制壊しちゃってよ」なんてことは1行も書いていない。国家戦略特区を推し進めているのだから、これくらいのことを言ってもおかしくないというような発言しかない。

 これらの「文書」を「首相の犯罪の動かぬ証拠」だとしたいという方たちの気持ちはよくわかるが、「文春」や「新潮」だったらボツ扱いの「怪文書」というのがホントのところなのだ。

 では、「確たる証拠」がないにもかかわらず、なぜ安倍首相は「罪人」のようなイメージが定着してしまったのか。

 民進党のみなさんを小馬鹿にしていたり、選挙妨害する人たちの挑発に乗って「こんな人たち」とか言ってしまうなど、いろいろなご意見があるだろうが、「怪しい企業」の汚名をかぶせられた企業を見てきた者から言わせていただくと、マスコミの「勝ちパターン」にまんまとハマっている、ということがある。

 防戦一辺倒の発想しか持っていない、企業、役所、政治家のみなさんはあまりご存じないと思うが、マスコミにはこういう流れにもっていけば、どんな相手でもやりこめられる「殺人フルコース」ともいうべきテクニックが3つある。こういう時代なので、誰でもマスコミから「疑惑の人」と後ろ指をさされる恐れがある。自分の身を自分で守っていただくためにも、ひとつずつご紹介していこう。

<テクニック1>
「争点」を変えていくことで「消耗戦」に持ち込む

 改めて言うまでもないが、「疑惑報道」の主導権はマスコミ側が握っている。ここが怪しい、ここがクサい、という「争点」はマスコミが選ぶのだ。

 茶の間でテレビをご覧になっている方や、スマホでニュースを飛ばし読みしているような方は、マスコミから「ポイントはここです」と提示されると、わっとそこに注目をするしかない。違和感を覚えても、立派なジャーナリストや評論家から「ここが怪しい」と言われたら、そういうものかと思う。

 ちょっと前まで、前川さんの証言や「文書」の真偽が「争点」だと大騒ぎをしていたが、先ほども指摘したように、「証拠」とは言い難いビミョーな結末を迎えると、次のカードとして「首相は誠実な説明責任を果たせるか」とか「加計学園の申請を把握したのはいつか」なんて新たな「争点」を提示していく。

 このような長期戦になればなるほど、攻められる側は消耗し、ネガティブイメージがビタッと定着していくということは言うまでない。

 企業不祥事に対する報道でもよくこういうことがある。不祥事の原因を追及されていたかと思って対応をしていたら、いつの間にやら社長の「人格攻撃」になったり、過去の不祥事を蒸し返されたりする。こういう流れに振り回されると、企業は後手後手に回って、甚大なダメージを受ける。

<テクニック2>
「発言の矛盾」を追及して、「嘘つき」のイメージをつける

 先ほども触れたように現在、「争点」となっているのは、「安倍総理が1月20日に知ったという発言は本当か」ということだが、「加計疑惑」の本当のポイントは、安倍首相が総理大臣という立場を使って、加計学園に便宜をはかったのか否かである。

 誤解を恐れずに言ってしまえば、知った日などというのは「どうでもいい話」である。

 しかし、マスコミは安倍首相の説明の辻褄が合っていないとして「疑惑がますます深まった」という。矛盾があるのは、申請を把握した日付を巡る説明であるのに、なぜか「加計学園」全体の疑惑とごちゃまぜにしているのだ。

 要するに、「説明が理にかなっていない」→「安倍首相は嘘つきだ」→「加計学園に便宜を図った」という三段論法に持っていっているのだ。

 こういうマスコミの「飛躍」は不祥事企業に対してもおこなわれる。たとえば、異物混入騒動時のマクドナルドなどはわかりやすい。「ナゲットに歯が入っていた」→「他の店舗でも異物混入があった」→「マクドナルドの品質管理に問題がある」という具合に報道が過熱していったのは記憶に新しいだろう。

 外食での「異物混入」など日常茶飯事で、マックに限らず日本全国でのどこかで毎日のように発生している。そのなかの極端な事例をマスコミがピックアップして、企業全体の話とごちゃまぜにしたことで、企業の「品質」を揺るがす大問題にまでエスカレートしてしまったのだ。

<テクニック3>
「納得のいく説明がされていない」と食い下がる

 これまで紹介した2つの勝利パターンだけでも、世の中に「嘘をついているのでは」というネガティブな印象を広めることができるが、相手にさらに「不誠実」というレッテルを貼ることができるマジカルワードが、以下の決め台詞だ。

「納得のいく説明をしてください」

 これを出されると、「疑惑」をかけられている人間はもうお手上げだ。「疑惑」を追及する記者は、疑惑を認めないことには納得しない。

 つまり、どんなに説明を重ねて「それは違いますよ」と否定をしても、「納得いかない」と、ちゃぶ台返しをされてしまうのだ。しかも、世の中的にはどうしても「納得できる回答をしていない方が悪い」という印象になる。つまり、権力者や大企業の「傲慢さ」を世の中に広めるには、もっとも適した「攻め方」なのである。

 菅義偉官房長官の会見で、「きちんとした回答をいただけていると思わないので繰り返し聞いている」と食い下がっている東京新聞の記者さんが「ジャーナリストの鑑」として英雄視され、菅さんの株がガクンと落ちていることが、なによりの証であろう。

報道対策に疎い日本政府は
繰り返しマスコミにやられる

 このような説明をすると、「こいつはマスコミを批判しているのだな」と思うかもしれないが、そんなことはない。一般庶民がどう受け取るかはさておき、実際にマスコミで働いている人たちは、社会のためになると思って、こういう攻め方をしている。

 彼らは、自分たちの「仕事」をしているだけなのだ。

 問題は、こういう「勝利パターン」に、安倍首相をはじめ国の舵取りをおこなう人々がまんまとハマってしまう、という危機意識の乏しさだ。

 確たる証拠でもない「疑惑」なのだから、はじめからしっかりと対応をしていればボヤで済んだのに、ここまでの「大炎上」を招いてしまった、というのは、よく言われる「安倍一強のおごり」としか思えない。

 これまで紹介した「マスコミの勝ちパターン」があるということが常識化している欧米では、政府は「報道対応のプロ」を雇う。といっても、どっかの大学で勉強してきました、みたいな人ではなく、「マスゴミ」の性質を知り尽くしたタブロイド紙の編集長などが一般的だ。

 少し前まで「特定秘密保護法と共謀罪で報道が萎縮する」なんて泣き言をいっていたのがウソのように、マスコミはイキイキしている。「不誠実」「嘘つき」というイメージ付けでクビがとれると味をしめれば、次の首相も、そしてまた次の首相もターゲットにされる、というのは政権交代前の自民党で学んだはずだ。

 誰になるかは知らないが、安倍さんの「次の人」は、もっと真剣に「報道対策」を考えた方がいい。


http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/782.html#c1

[戦争b20] 安倍内閣閣僚の「ゼロ参拝」、その原因とは?(チャイナネット) 無段活用
1. 中川隆[-6640] koaQ7Jey 2017年8月17日 20:30:05 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
自民党には中国の工作員が沢山いて、議員は全員中国女のハニートラップに引っかかってるからだろ
http://www.asyura2.com/17/warb20/msg/780.html#c1
[政治・選挙・NHK230] <今治発・加計疑惑>『獣医学部 開設 2018年4月』〜地元駅に早くも出現(田中龍作ジャーナル) 赤かぶ
4. 中川隆[-6639] koaQ7Jey 2017年8月17日 20:43:28 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
ここにも工作員が多いね:


安倍総理が憲法改正を言い出した途端にモリカケ問題で振り回されるようになった。

モリカケ問題で安倍降ろしが始まっていますが、マスコミにもCIAや中国の工作員が入り込んで工作している。石破茂というムンジェインのような受け皿も用意されたようだ。石破氏は自民党を離党したり合流したりと謎の人物だ。中国は石破氏を首相にすれば、情報は中国に筒抜けになる。


詳細は


「面従腹背」に官邸疑心=加計問題、霞が関の不満影響か _ 加計問題は CIA が扇動していた
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/114.html
http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/782.html#c4

[政治・選挙・NHK230] 安倍首相の戦争についての「反省」を何故いわないか? そこに全ての本音がある。(かっちの言い分) 笑坊
1. 中川隆[-6638] koaQ7Jey 2017年8月17日 21:09:49 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
>天皇陛下は太平洋戦争をどのように受け止め、そして現在に至る慰霊と祈りを続けてこられたのか。現代史研究の第一人者が深層を探る。


こっちが真実:

昭和天皇は戦争を選んだ! 2015/6/15 増田都子 (著)
http://www.amazon.co.jp/%E6%98%AD%E5%92%8C%E5%A4%A9%E7%9A%87%E3%81%AF%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%82%92%E9%81%B8%E3%82%93%E3%81%A0%EF%BC%81-%E5%A2%97%E7%94%B0%E9%83%BD%E5%AD%90/dp/4907127146

目次

はじめに
1 育鵬社教科書、発行の経緯
2 育鵬社歴史教科書の昭和天皇記述を見てみよう

第一部 満州事変・日中戦争と天皇
第1章 満州事変と天皇
1 大日本帝国は不戦条約を最初に破った国となった
2 天皇は、皇軍の独断越境を許した
3 天皇は、謀略と知りながら、満州侵略軍におほめの勅語を与えた

第2章 日中戦争と天皇
1 五・一五事件と二・二六事件に対する天皇の態度の違いは?
2 天皇は、日中戦争拡大派だった
3 天皇の直接統帥命令である軍令で、大本営が設置された
4 「天皇は国策決定の御前会議では発言しない」というカラクリ
5 天皇は、板垣陸軍大臣に「朕の命令なく一兵も動かすな」と命令した

第ニ部 太平洋戦争と天皇
第1章 開戦決定と天皇
1 天皇が言う「八紘一宇の真精神」とは?
2 天皇の「八紘一宇の真精神」と「平和主義」
3 天皇の裁可により、日本軍は対米戦へのルビコン川を渡った
4 天皇は、対米戦に直結する南進作戦計画作成を命じた
5 天皇は、火事場泥棒を裁可した
5 天皇は、まだ対英米戦の決意はできなかった
6 天皇は平和主義者だったから、明治天皇御製を読み上げたのか
7 天皇は、対米戦を避け得る道を拒否した
8 大日本帝国憲法は立憲君主制か
9 「白紙還元の御諚」は、天皇の平和主義を証明するか
10 天皇は、対英米開戦の「要領」を納得して裁可していた
11 念には念を入れた天皇の「聖断」で開戦が決定された
12 天皇は、九月六日の御前会議で示した態度の理由を語っていた
13 天皇は、「自分の考えと異なる」ことのない開戦実行に満足していた
14 敗戦後の天皇の「開戦時」に関する発言を確認しよう

第2章 開戦後の天皇
1 天皇は、緒戦の勝利に舞い上がった
2 軍は国民も天皇も、欺していたか
3 天皇は、焦って軍に決戦を要求した
4 支配層の一部は一九四四年から「終戦」を考えたが、天皇は考えなかった
5 天皇は、近衛の早期降伏論も拒否した
6 天皇は、東京大空襲を受けても降伏を考えなかった
7 天皇は、一九四五年五月ころから、やっと終戦を考えるようになった
8 近衛の和平交渉条件には何が書いてあったか

第3章 敗戦と天皇
1 天皇は、原爆が投下されても降伏を考えなかった
2 天皇は、国民を救うために「降伏」を決意したのか         
3 天皇は、八月十五日から「朕の一身は如何あろうとも、国民が戦火に斃れるのを見るのは忍びない」か
   ら終戦にしたと大宣伝した
4 天皇は、「鬼畜米英」のマッカーサーに、協力を申し出た
5 天皇は、真珠湾奇襲の責任を東条に押し付けた
6 天皇は、マッカーサーとの第一回会見時、「全責任を負う」と発言したか
7 天皇は、食糧等の「配給量を一般国民と同じにし、粗末な食事をとっていた」か

第三部 日本国憲法制定後の天皇
第1章 天皇と日本国憲法
2 天皇の戦争責任免罪のため、日本政府は嘘で固めて敗戦後を出発した
3 天皇は共産党が嫌いだが、右翼は気に入っていた
4 天皇バンザイ教カルト信者は、平然と真っ赤な嘘を公表した
5 天皇は、アメリカの占領統治に役立つ協力者として免罪された
6 憲法第一条と第九条は天皇制を守るためのワンセット
7 昭和天皇は、いやいや、日本国憲法を受け入れた
8 昭和天皇は、戦争責任を認めず、退位を拒否した
9 東京裁判は、天皇免罪が大きなテーマだった

第2章 日本国憲法下の天皇と沖縄・安保条約
1 天皇は、ストを行う国民を憎悪した
2 天皇は、日本国憲法施行と同時に憲法を蹂躙する政治干渉を開始した
3 天皇は、沖縄を売った
4 天皇は、マッカーサーの袖にすがって退位を免れた
5 天皇は、側近だった木戸の退位進言を拒否した
6 天皇は、政府の頭越しに日本国の主権も売り渡した
7 天皇は、主権を売り渡した安保条約成立を慶賀した
8 宮内庁(天皇)は、『風流夢譚』事件のテロを助長した
9 天皇は、ずっと日本国憲法ではなく、大日本帝国憲法を守っていた!?
10 天皇は、自分の戦争責任を暴露する高松宮に激怒した
11 天皇は、初訪米で謝罪したかのような発言をしたが、日本国内向けは違っていた
12 『裸の王様』の死後も、明仁天皇と政府は虚飾の衣装を賛美し続ける

おわりに
1 敗戦後五〇年、昭和天皇死去から六年後、初めて日本政府は「侵略と植民地支配の過去」を認めたが…
2 敗戦後七〇年、歴史の歯車を逆回転させる、戦争する憲法を作っていいか


2017年08月14日 第二次大戦の歴史観を見直す
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2017/08/7056.html

終戦記念日である8月15日。日本人ならあの悲劇を思い出し、二度とあのような戦争が起こらぬよう願うもの。アメリカの圧倒的物量を目の前に、開戦の前から「負ける」と分かっていた戦争に、なぜ日本は突き進んだのか。それは、天皇や財閥が金儲けのために仕掛けた戦争だからだ。

今、私達日本人は、第二次世界大戦の歴史観を見直す時期に来ている。

昭和天皇をはじめA級戦犯が死刑を免れたのも、財閥解体といいつつ、今なお諸財閥が存続し続けていることなどを考えても、戦争の立役者であった者達の戦後の動向は不整合が大きい。今回は、その一端を紹介したい。

以下は、こちらからの引用です。(赤字は引用者による)

天皇家の秘密―再掲 日本人は知ってはいけない。
http://cosmo-world.seesaa.net/article/118366403.html


天皇が自分の蓄財だけしか頭に無く、日本人の事など何も考えていない事は明白である。(ポール・マニング「米従軍記者が見た昭和天皇」マルジュ社)

なお天皇が第二次大戦中「売春婦輸出業」を行っていた商船三井の共同経営者が、CIA(当時はOSS)の対・日本作戦部長マクスウェル・クライマンであるのは何故なのか?

敵国のCIA対・日本作戦部長と「仲良く」天皇が「売春婦輸出業」を行っている=天皇はCIA工作員であったのか?ん???

天皇は戦後、このスイス銀行に預けた金塊を担保に資金を借り、CIAが事実上創立した不動産業者=森ビルと共に、港区の不動産を次々に買収し、またハイテク産業に投資し、莫大な蓄財をさらに莫大に膨れ上げさせて行くことになります。

天皇は神でも「象徴」でもなく単なる金儲け主義の金融ビジネスマンで、そしてここでも「何故か」CIAと天皇は「共同経営者」であります。

天皇は、1940年代初頭からスイス銀行に少しずつ蓄財を「移し」始めますが、ヨーロッパにおいてナチス・ヒトラーがユダヤ人から奪った貴金属を管理していたのもスイス銀行でした。

天皇はヒトラーに請願し、ナチス・ヒトラーの口座の中に「天皇裕仁」のセクションを作ってもらい、そこに天皇一族の蓄財を隠していました。

天皇とヒトラーはスイス銀行の秘密口座を「共有」する略奪ビジネスのパートナーであり、ナチスと天皇は一体であったわけです。(アダム・レボー 「ヒトラーの秘密銀行」 ベストセラーズ 及び、濱田政彦「神々の軍隊」 三五館)

1924年、米国は「排日移民法」という法律を成立さましたが、日米関係はまだ険悪ではなく、日本から余りに多数の若い女性が「売春婦」として米国に「輸入」されてくる事が社会問題化し、それを禁止した法律であった事は知られていません。

天皇自身の発言を記録した「昭和天皇独白録」(藤原彰「徹底検証・昭和天皇独白録」 大月書店)の「大東亜戦争の原因」=日米戦争の原因の項目に、1946年3月18日の天皇の発言として以下の言葉があります。

「米国のカリフォルニア州への移民拒否については、日本を憤慨させるに十分なものであった。」

この発言は日米戦争の原因についての天皇自身の発言です。

日本人女性をだまし、売春婦として米国に「売却」する天皇の売春ビジネス=移民を米国が禁止、それに憤慨激怒し米国と戦争を始めたと天皇自身が独白しているのです。

天皇一族は神でも「象徴」でも無く、人間のクズの集団でしかありません。

天皇に欺かれ売春婦にさせられた数十万人の日本人女性達の無念の人生のために、誰かが真実を語らなければならない。


以下は、こちらからの引用です。(赤字は引用者による)


原因を理解していない人間が、結果を変えられるわけがないのである - 戦争
http://otisdury.blog.fc2.com/blog-entry-2120.html


・東京大空襲で皇居や財閥系企業の施設は被害を受けなかった。

・三菱重工広島造船所や長崎造船所は広島、長崎の原爆投下でも被害はなかった。

・東京裁判では米国にとって最大の「敵」であったはずの人物は無罪とされた。

・天皇の戦争責任を追及したアメリカ人ジャーナリストのバーガミニは、日本ではなく米国から妨害工作を受け、ジャーナリスト生命を断ち切られた。

・戦時中、財閥系企業は「天皇の軍隊」を利用して莫大な利益を上げた。

・財閥解体なんて嘘八百であり、戦後も存続・拡大し続けている。

・昭和天皇はガーター騎士団の一員(エリザベスの臣下)であった。日本がイギリス相手に戦争を起こすということは、君主への反逆を表すことになる。

・石油も鉄くずも所有していない日本が、何故に4年も戦争を続けることが出来たのか。敵国であるはずの米国から、裏ルートで輸入されていたからだ。

・白洲次郎やヨハンセン・グループは、空襲や原爆の情報を事前に教えられていた。

・満州国で実権を握っていたのは、岸信介をはじめとした田布施グループである。

・満州国で岸信介は麻薬を取り仕切っていた。麻薬の製造方法や販売手段を日本は知らなかったはずである。それらの情報を教えたのは誰か。

・田布施グループの一人である松岡洋右が国際連盟脱退のお膳立てをすることによって、日米開戦の原因を作った。

・ロンドン海軍軍縮条約を締結させて日本海軍の弱体化を謀った幣原 喜重郎は、フリーメーソンだった。

・幣原喜重郎の妻・雅子は三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎の四女である。ここでフリーメーソンと三菱が繋がってくる。

・太平洋戦争開戦以前に、「日支闘争計画」が存在していた。これは、日本と中国を戦争させる計画である。

・開戦前の二.二六事件も、終戦の際の八.一五宮城事件も、ヤラセであった。ともに「あの戦争は軍部が独走して起こしたものであり、天皇は戦争に反対していた」という嘘を広めることが目的だった。


そして天皇が国際金融資本家らの思惑に沿って太平洋戦争へ邁進していった。こちらからの引用です。(赤字は引用者による)


山本五十六の真実D鬼塚英昭氏が発見した日本の秘密−2・26事件 ♪ペリマリ♪
http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/700.html


天皇は皇統派を一掃し、統制派を参謀本部に配し、ついに自らの住む御文庫の中に彼らを入れて太平洋戦争に突入するべく机上演習を始める。誰ひとり天皇に逆らえる者ない、であった。この机上演習の中から、真珠湾攻撃とシンガポール攻撃が登場してくる。そのために一番役立ったのがヴェルサイユ会議で日本に与えられた、委任統治権であった。天皇は太平洋戦争の前から、闇の権力者たちが創作した、世界のグランド・デザインをどうやら知っていたらしい。近々日本が「非常に苦心せざるべからざる環境に置かれる」とは、戦争以外のなにものでもない。大戦後に、まさしくアメリカとソ連が世界を二分する大帝国となることも知っていたらしい。それにもまして「十年を覚悟し」さえすれば、「有終の美を挙ぐる」とは、敗戦後五年で、1950年に講和条約ができ、日本は再び独立国となる、ということであろう。そのために、一年後に戦争に入るべく努力をしているのだ、と天皇は語っているように思える。

さらには、原爆の広島投下を決定したのは、天皇だった。こちらからの引用です。(赤字は引用者による)

米国指令で「広島」原爆投下地決定したのは昭和天皇 !? 今この時&あの日あの時
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/post-ba5e.html


終戦直後の昭和天皇とマッカーサーとの会見は単なるセレモニーで、実は終戦の前に連合国側は天皇家の存続と昭和天皇の生命、財産の保全を決めていたのです。天皇制をうまく利用する方が日本統治上好都合と判断したからです。

それを事前に知らされていた昭和天皇は、だからこそポツダム宣言も安心して受諾したのです。

それはともかく。米国側からヨハンセングループを通して原爆投下地を決定するよう要請された昭和天皇は、「広島」と返答しました。

なぜ広島だったのか?それには理由があったのです。

その時点で終戦決定していた天皇にとって、一番の障害となることが予想されたのが陸軍の存在です。終戦と聞いてクーデターを起こしかねなかったからです

そして、無条件降伏と言いつつも、國体護持を唯一の条件として天皇はポツダム宣言を受託する。


・國体護持のための終戦(1)
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2015/08/5126.html

・國体護持のための終戦(2)
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2015/08/5132.html

戦後以降のアメリカ支配は、天皇家や田布施一族との深い繋がりのなかで継続されたきた。奴隷密売で外国へ売り飛ばされた者達、無益な戦争で亡くなった多くの兵士達の命は、一握りの者達の私益のために消えて行ったという事実を、受け止めなければならない。

我々日本人が本当に闘わなければいけない相手は誰なのか。それを見失ってはいけない。
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2017/08/7056.html

http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/784.html#c1

[政治・選挙・NHK230] 安倍首相の戦争についての「反省」を何故いわないか? そこに全ての本音がある。(かっちの言い分) 笑坊
3. 中川隆[-6637] koaQ7Jey 2017年8月17日 21:24:46 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
>>2
>インド アフリカなど日本の奮戦のおかげで独立をすることができました。
>大変な貢献をしたことをなぜ言わない。


アジアへの貢献の内容がこれだからさ:

日中戦争証言 車河堡 王さん(69歳)柳河口

 1回だけ見たことがあります。強姦したのは普通子どもには見せないんです。

1回見たのは、若い女性に沢山水を飲ませて、お腹を膨らませたり、

鉄の棒を火で焼いて、赤い鉄の棒を乳房に当てたり、女性の生殖器に差し込んだり、

あるいは銃剣の先を焼いて乳房や生殖器をえぐり取ったりしました。

http://www.jade.dti.ne.jp/~kaworu/syogen/syakaho.html

日中戦争証言 劉寨子 王さん(64歳)さんの話


 1972年の日中友好国交回復に対して、この地域の人はみんな反対しました。

私たちは、つらい経験したのに、どうして今更友好などという言葉を言い出して関係を回復するのか。

政府は何回も説得して、

「当時は軍国主義のやったことで、日本人民、日本国民たちとは友好関係を持っていかなくてはだめだ。戦争は、普通の人民の責任ではない。」

と教えられた。

しかし、今も気持ちとしては、今になってもやはり「日本」という二文字を聞いたら「憎む」という気持ちが湧いてきます。

私の考え方では、このような歴史はいつまでも次世代、どんな世代になっても忘れてはいけないことです。私はわりと若いですから、当時の詳しい話は次の夏さんに教えていただきたいです。
http://www.jade.dti.ne.jp/kaworu/syogen/ryujya.html#ou78


http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/784.html#c3

[リバイバル3] 北海道の最低市町村ランキング 中川隆
82. 中川隆[-6636] koaQ7Jey 2017年8月17日 21:28:07 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
「爆買いされる日本の領土」  宮本雅史氏
http://gansokaiketu.sakura.ne.jp/chuugoku-shihonno-hokkaidou-kaishime-shigenneraika--ijyuutikakuhoka-soretomo-naiyou.htm

「爆買いされる日本の領土」宮本雅史氏
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/book/211593


北海道は中国の32番目の省になる?――。表紙オビの衝撃的な言葉が目を引くが、実際、東京ドーム513個分の土地が、中国に買収されているという(昨年12月末現在)。

「北海道は毎年、前年度の水源地の面積を公表していて、最新のデータではそのうち31市町村、2411ヘクタールが中国を主とした外国資本に買収されています。一昨年は、1878ヘクタールでドーム400個分でしたから、1年で100個分増えました。しかもこれは水源地に限られるデータで、森林地や個人の買収など水源地と認定されていない場所も含めると、1桁、2桁少ないでしょう。最大、ドーム5000個分は買収されている可能性があるんですね」

 たとえば、日高山脈の麓の平取町豊糠エリアでは半分以上の土地が、中国資本の農業生産法人に買われているという。

「最初は、ニセコなどの観光地に中国資本が入っているという話だったんですが、近年はスポットではなく広範囲に100ヘクタール単位で買われているとの情報が多くなっています。

山林の所有者が、山林の処分を不動産会社に依頼したところ、いつの間にか中国系企業に売却されていた例もあるし、そもそも北海道は広いから、地元の人もはっきりとした実態は知りません。昨年、北海道入りし、延べ4000キロ以上走って現地取材をしてみると、洞爺湖の月浦温泉、星野リゾートトマム、渡辺淳一文学館などが次々と中国資本になっていることが分かりました」

 爆買いによる影響は単に土地の買収だけではない。地元の人々の生活の中にも入り込んでいるというのだ。そのひとつが、学校教育。釧路の西隣の白糠町では何と学校教育に中国語、中国文化学習が行われているというから驚きだ。また、日高山脈の麓の山林は地元住民が知らない間に中国人に買われ、「スイス牧場」の看板が立っていた。中は森林に覆われて、実態は誰にも分からない。不安を感じている住民もいるという。

 著者は、中国人による土地の爆買いは、地下資源として豊富な水源地の取得だけが目的でなく、もっと別の狙いがあるのではないかと言う。

「永住権です。道内の中国系不動産会社に勤めていた日本人何人かに取材すると、外国人は日本人と結婚しなくても、土地さえ買えば永住権が得られるというのです。中国人は規制緩和で沖縄から日本に入ると、観光ビザが90日に延長されるんです。そこから北海道に飛んで、90日で法人をつくり、土地を探して、法人名義で買う。法人は資本金500万円以上、従業員が2人以上常駐すると中長期在留のための『経営・管理ビザ』を取得できます」

 そして、滞在年数を更新して、10年経つと永住権を申請できるというのだ。

 著者が入国管理局に確認すると法的に問題ないことが分かったという。

「日本は安全保障といえば、自衛隊の強化を考えますが、エネルギー、教育、不動産、食料すべて守らなければならないし、そこがすべて狙われています。最後は主権です。領土が広がればいざ有事が起きた際、相手国の拠点になる可能性もあります。かつて日本人がハワイで不動産を買っていたとき、米国は法律を作って、軍事施設、エネルギー施設の周辺といった場所は、外国資本が買えないように対応した経緯があります。

中国人たちは非合法的なことをしているつもりはないのでしょうが、問題は、日本に法律がないことです。爆買いを食い止めるには、早急な法整備しかありませんね」(角川書店 800円+税)

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/588.html#c82

[近代史02] 釈迦の悟りとは何であったのか? 富山誠
56. 中川隆[-6635] koaQ7Jey 2017年8月17日 22:32:28 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

肉体の死の後も魂は生き続け、宇宙に還ることを科学者が認める 2017.08.13
http://www.el-aura.com/wake-up-japan20170813/


「(臨死体験は」幻覚であると考える人が多くいますが、しかしこのような経験は実際に起きた出来事と合致しているようです」

肉体の死の後も魂は生き続け、宇宙に還ることを科学者が認める


生きている以上、死は避けられないということは考えるのも憂鬱なことですが、トンネル(苦しみ)の後に見えてくる光を発見したかもしれない、と科学者が認めました。

臨死体験や幽体離脱に関し、医学的に最大規模の研究が行われ、そこで脳が完全に死亡した後にも意識は残り続ける可能性があることが明らかになったのです。

近年は無神論的思想が広がり、死後の世界は最近までは反論の強いテーマでした。

しかしサザンプトン大学はイギリスやアメリカ、オーストラリアの15の病院で心拍停止になった人2,000人以上を対象に調査を行いました。

画期的なプロジェクトで蘇る死者

その研究では対象者の心臓が再開するまでの間、臨床的には死亡した状態の間もある種の「意識」があった、と生き返った人の40%が経験を語っていました。

一人の男性は自分の体から完全に遊離し、自分の蘇生のプロセスを部屋の片隅から見ていたことさえ覚えていました。

サザンプトン出身でソーシャルワーカーの57歳の男性は、3分間の間は意識がなく「死亡」していたにもかかわらずその間の看護師の行動を詳細に説明し、聞こえた機器の音についても話していました。

元サザンプトン大学の研究員で現在はニューヨーク州立大学に勤め、この研究を主導したサム・パルニア (Dr. Sam Parnia) 博士は、次のように話しています。

「心臓が心拍を停止した時、脳は機能できないということを私たちは知っています」

「しかしこのケースでは、心臓鼓動が停止から最高で3分間の間は意識が継続していたようです。

一般的に脳は心臓停止から20〜30秒で機能停止するのですが」

「この男性は室内で起きたことをすべて説明してくれました。室内にあった3分毎にピーという音を発する機械から、二回ピーと音が鳴ったのを聞いたということです。

そのためこの経験がどれだけの長さ継続したのかを知ることができました」

研究対象になった心拍停止を経験した患者2,060人のうち330人は蘇生し、そのうち調査を受けた140人の対象者の39%は蘇生処置中に一種の意識状態を経験したと話しています。

その経験を特に詳しく思い出せる人は多くはありませんでしたが、興味深いテーマが浮かび上がってきました。

5人に1人はとてつもない平安さを感じ、3分の1近くの人は時間の流れがスローダウン、あるいは速くなったと話しています。

中には黄金のフラッシュや太陽の光のようなまぶしい光を見た人もいました。

また一部は溺れたり、あるいは深い水の中を引っ張られる恐怖を感じていたと物語っています。

肉体から離れたことを感じた人は13%いましたが、感覚の高まりを感じた人も13%いました。

パルニア博士は、臨死体験を経験した人はもっといるものの、蘇生処置で使用された薬や鎮痛剤が原因で思い出せないだけなのではないかと考えています。

「臨死の際に鮮明な経験をしたことのある人の数は数百万人になることと推定されていますが、科学的な証拠はせいぜい曖昧である、という程度のものです」

「(臨死体験は」幻覚であると考える人が多くいますが、しかしこのような経験は実際に起きた出来事と合致しているようです」

「さらに、鮮明な臨死体験を経験したことのある人の数はもっと多いものの、脳の損傷や記憶回路への鎮静剤の効果が原因でその経験を思い出すことができていない、という可能性が考えられます」

「このような経験については、さらなる研究が必要とされています」

心理学者であるデイビッド・ワイルド博士とノッティンガム・トレント大学は現在、それぞれの幽体離脱経験に共通するパターンを見つけ出すことを目的に、データを集積しています。
博士はこの最新の研究が、臨死体験という議論の激しいトピックに関する新しい研究がなされる刺激となるよう期待しています。

「10〜20年前、ほとんどの研究は遡及的に考えていましたが、(今回は)研究者グループは事例を探し求め、さらに相当大規模なサンプルサイズが用いられているため、この研究はかなりの信頼性があるものです」

「これらの経験は、被験者が実際に医学的に死亡した後に起きたものであることを示す非常に重要な証拠があります」

「死んだ後に何が起こるのか、私たちは依然として真っ暗闇の中にいる状態で、何もわかっていません。しかしこの研究によって、科学のレンズを通した光を差し込めることを期待しています」

この研究内容は、Resuscitation(蘇生に関する、医学ジャーナル)上に公開されたものです。

Resuscitationの編集長、ジェリー・ノラン博士は次のように話しています。

「パルニア博士と博士のチームは、私たちが死んだときに起きることに関するより広範囲な研究への扉を開くことになる、興味のそそられる研究を完成させたことで祝われるべきでしょう」

【参考】http://www.telegraph.co.uk/science/2016/03/12/first-hint-of-life-after-death-in-biggest-ever-scientific-study/

《ココヘッド さんの記事一覧はコチラ》
http://www.el-aura.com/writer/wake-up-japan/?c=118390

http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/739.html#c56

[政治・選挙・NHK230] 「2大疑惑封印」 安倍首相の“遁走”を許すな! 設置認可どうなる? 加計学園“獣医学部長”を直撃!(サンデー毎日) 赤かぶ
2. 中川隆[-6634] koaQ7Jey 2017年8月18日 06:37:13 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

マスコミは都合の悪いことはいっさい報道しない

本来はマスコミやジャーナリストがこれを追う必要がある。ところが、この蓮舫の二重国籍疑惑の釈明会見の翌日、蓮舫の特集を組んだテレビ局はゼロだった。

安倍首相については、疑惑でも何でもないことを針小棒大に取り上げて大騒ぎするくせに、村田蓮舫については完全に素知らぬ顔をして報道しない。

こうしたマスコミの姿勢は「報道しない自由」と呼ばれている。マスコミは自分たちの都合の悪いことはいっさい報道しようとしないのだ。

最近のマスコミの安倍首相攻撃には加計学園問題が使われているのだが、ここでもマスコミは自分たちの都合の悪い発言はいっさい報道しないで自分たちに都合の良い発言のみを取り上げて安倍首相を追い込もうとしている。

こうした状況に「安倍総理は冤罪の被害者」「あらぬ濡れ衣がかけられているので、何とか晴らすことができるようお役に立ちたい」と加戸守行前愛媛県知事は様々な事実を発言している。

ところが、マスコミはこの加戸守行氏の発言をまったく報じようとしないのである。

あまりのマスコミの「報道しない自由」に呆れた自民党の青山繁晴氏は「加戸さんがいなかったがごとく扱われた。メディアや社会の様子をどう考えるか」と尋ねたところ、加戸守行氏は以下のように答えている。

「報道しない自由があるのも有力な手段、印象操作も有力な手段。マスコミ自体が謙虚に受け止めていただくしかない」

今や多くの人はマスコミが「報道しない自由」で世論を歪めていることを認識するようになっているのである。

マスコミは自分たちに都合の悪いことはいっさい報道しない。まるっきり無視だ。まるでなかったかのように報道せず、それで世論を一方的に歪めていくのである。

マスコミの「報道しない自由」は、今や異常な段階にまで到達している。


新聞やテレビを無防備に信用する人は今も存在する

作家の門田隆将氏は2017年7月23日の産経新聞で、このように語っている。

『昨今の新聞は、単に自らの好き嫌いに基づき、それに都合のよい情報と意見を表明する場になり果てていることに気づく。安倍晋三内閣が好きか、嫌いか。安倍内閣を倒すか、倒さないか。その目的を実現するためには、事実(ファクト)など「関係ない」という露骨な姿勢である。私は、レベルが低下する一方のそういう新聞を「政治運動体」の機関紙という見方で毎朝読んでいる。すなわち倒閣運動の"ビラ"である』

そして、最後にこのように結んでいる。

『どうしても新聞を読みたい向きには、これからは「倒閣運動体」の機関紙として、割り切って購読することをお勧めする』

朝日新聞や毎日新聞や東京新聞、そしてNHKを含むほぼすべてのテレビ媒体は、今や国民に「マスゴミ」と呼ばれるようになっている。

ゴミにはゴミの目的がある。その目的というのを門田隆将氏は「倒閣にある」と喝破している。

安倍首相は日本の国益のために政治を行っており、次から次へと重要法案を通している。中国・韓国・北朝鮮の横暴からも距離を置き、容易に謝罪も賠償もしない。

つまり、安倍政権は中国・韓国・北朝鮮にとっては「邪魔で仕方がない政権」なのである。

だから、日本国内のマスコミに潜り込ませた工作員やそのシンパを使って激しい勢いで倒閣運動をしている。そして、新聞を「倒閣ビラ」として発行しているのだ。

今どき新聞やテレビを無防備に信用する人がいるのかと私たちはいぶかる。

それが、大勢いる。

70代以上の人たちは情報源が新聞とテレビしかないことが多いので、朝から晩までテレビを見続けているうちに、もはや回復できないほど洗脳されてしまうのだ。


高齢者をマスコミの洗脳から覚めさせるのは重要だ

高齢層は体力が衰えていくので、家に籠もりがちとなる。次第に社会との接点が消えていく。そして、次第に判断能力を喪失していく。

その高齢層に朝から晩まで語りかけるのはテレビだけだ。

そのため、テレビがあからさまに「報道しない自由」を行使して世論を一方的にねじ曲げると、どうなるのか。高齢層はひとたまりもなくテレビに騙される。

マスコミの印象操作するがまま、高齢層はそれを受け止める。マスコミの道具になってしまう。インターネットは高齢層に到達しない。

テレビはスイッチを入れれば「ただ」であらゆる情報を一方的に見せてくれるのだが、インターネットは「小難しい道具」を使って自分で情報を捜しにいく必要がある。

文字入力も思うがままにできず、視力も悪くなって手元もよく見えなくなっている高齢層にとって、パソコンやスマートフォンを操るというのは想像以上に難儀なことであり、だから誰もインターネットをしない。

情報が欲しければスイッチひとつで見ることができるテレビに流れてしまうのは致し方がないことなのである。日本は少子高齢化の国であり、インターネットが使えない高齢者が多数派の国である。

だから、マスコミの洗脳は今でも充分に効くのである。

これは非常に危険なことだ。最も洗脳されてはいけない多数派の高齢層が最も洗脳されやすい位置にある。そして、彼らが選挙の行方をも支配する。

そのため、私たちがやらなければならないのは、高齢層をいかに「ゴミ」と化した新聞やテレビから遠ざけるか、いかにマスコミを信じるのが危険なことなのかを高齢層に知ってもらうかということになる。

高齢層もテレビが面白いと思って見ているわけではなく、下らないと思いつつ、それしか娯楽がないのでそれを見ているだけである。

そうであるならば、私たちは身近な高齢層に「テレビは下らない、テレビは信用できない、マスコミは偏っている」と高齢層に認識してもらい、危険なマスコミから距離を置いてもらうように誘導すべきである。

テレビが消えれば高齢層ももっと実社会と接点を多く持つようになり、それだけでも世の中は活性化する。高齢者自身もマスコミの一方的な洗脳に騙されにくくなる。

高齢者をマスコミから遠ざけて洗脳から守るのは重要な課題でもある。

加戸守行前愛媛県知事は「報道しない自由があるのも有力な手段、印象操作も有力な手段。マスコミ自体が謙虚に受け止めていただくしかない」と言った。しかし、マスコミはまったく謙虚になるつもりはなく、今や倒閣ビラの発行媒体と化してしまった。
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2017/07/20170725T1554140900.html



http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/797.html#c2

[番外地7] 安倍首相もハマった、マスコミが疑惑だけで罪人を作る3つの方法 中川隆
1. 中川隆[-6633] koaQ7Jey 2017年8月18日 06:40:17 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

マスコミは都合の悪いことはいっさい報道しない


本来はマスコミやジャーナリストがこれを追う必要がある。ところが、この蓮舫の二重国籍疑惑の釈明会見の翌日、蓮舫の特集を組んだテレビ局はゼロだった。

安倍首相については、疑惑でも何でもないことを針小棒大に取り上げて大騒ぎするくせに、村田蓮舫については完全に素知らぬ顔をして報道しない。

こうしたマスコミの姿勢は「報道しない自由」と呼ばれている。マスコミは自分たちの都合の悪いことはいっさい報道しようとしないのだ。

最近のマスコミの安倍首相攻撃には加計学園問題が使われているのだが、ここでもマスコミは自分たちの都合の悪い発言はいっさい報道しないで自分たちに都合の良い発言のみを取り上げて安倍首相を追い込もうとしている。

こうした状況に「安倍総理は冤罪の被害者」「あらぬ濡れ衣がかけられているので、何とか晴らすことができるようお役に立ちたい」と加戸守行前愛媛県知事は様々な事実を発言している。

ところが、マスコミはこの加戸守行氏の発言をまったく報じようとしないのである。

あまりのマスコミの「報道しない自由」に呆れた自民党の青山繁晴氏は「加戸さんがいなかったがごとく扱われた。メディアや社会の様子をどう考えるか」と尋ねたところ、加戸守行氏は以下のように答えている。

「報道しない自由があるのも有力な手段、印象操作も有力な手段。マスコミ自体が謙虚に受け止めていただくしかない」

今や多くの人はマスコミが「報道しない自由」で世論を歪めていることを認識するようになっているのである。

マスコミは自分たちに都合の悪いことはいっさい報道しない。まるっきり無視だ。まるでなかったかのように報道せず、それで世論を一方的に歪めていくのである。

マスコミの「報道しない自由」は、今や異常な段階にまで到達している。


新聞やテレビを無防備に信用する人は今も存在する

作家の門田隆将氏は2017年7月23日の産経新聞で、このように語っている。

『昨今の新聞は、単に自らの好き嫌いに基づき、それに都合のよい情報と意見を表明する場になり果てていることに気づく。安倍晋三内閣が好きか、嫌いか。安倍内閣を倒すか、倒さないか。その目的を実現するためには、事実(ファクト)など「関係ない」という露骨な姿勢である。私は、レベルが低下する一方のそういう新聞を「政治運動体」の機関紙という見方で毎朝読んでいる。すなわち倒閣運動の"ビラ"である』

そして、最後にこのように結んでいる。

『どうしても新聞を読みたい向きには、これからは「倒閣運動体」の機関紙として、割り切って購読することをお勧めする』

朝日新聞や毎日新聞や東京新聞、そしてNHKを含むほぼすべてのテレビ媒体は、今や国民に「マスゴミ」と呼ばれるようになっている。

ゴミにはゴミの目的がある。その目的というのを門田隆将氏は「倒閣にある」と喝破している。

安倍首相は日本の国益のために政治を行っており、次から次へと重要法案を通している。中国・韓国・北朝鮮の横暴からも距離を置き、容易に謝罪も賠償もしない。

つまり、安倍政権は中国・韓国・北朝鮮にとっては「邪魔で仕方がない政権」なのである。

だから、日本国内のマスコミに潜り込ませた工作員やそのシンパを使って激しい勢いで倒閣運動をしている。そして、新聞を「倒閣ビラ」として発行しているのだ。

今どき新聞やテレビを無防備に信用する人がいるのかと私たちはいぶかる。

それが、大勢いる。

70代以上の人たちは情報源が新聞とテレビしかないことが多いので、朝から晩までテレビを見続けているうちに、もはや回復できないほど洗脳されてしまうのだ。


高齢者をマスコミの洗脳から覚めさせるのは重要だ

高齢層は体力が衰えていくので、家に籠もりがちとなる。次第に社会との接点が消えていく。そして、次第に判断能力を喪失していく。

その高齢層に朝から晩まで語りかけるのはテレビだけだ。

そのため、テレビがあからさまに「報道しない自由」を行使して世論を一方的にねじ曲げると、どうなるのか。高齢層はひとたまりもなくテレビに騙される。

マスコミの印象操作するがまま、高齢層はそれを受け止める。マスコミの道具になってしまう。インターネットは高齢層に到達しない。

テレビはスイッチを入れれば「ただ」であらゆる情報を一方的に見せてくれるのだが、インターネットは「小難しい道具」を使って自分で情報を捜しにいく必要がある。

文字入力も思うがままにできず、視力も悪くなって手元もよく見えなくなっている高齢層にとって、パソコンやスマートフォンを操るというのは想像以上に難儀なことであり、だから誰もインターネットをしない。

情報が欲しければスイッチひとつで見ることができるテレビに流れてしまうのは致し方がないことなのである。日本は少子高齢化の国であり、インターネットが使えない高齢者が多数派の国である。

だから、マスコミの洗脳は今でも充分に効くのである。

これは非常に危険なことだ。最も洗脳されてはいけない多数派の高齢層が最も洗脳されやすい位置にある。そして、彼らが選挙の行方をも支配する。

そのため、私たちがやらなければならないのは、高齢層をいかに「ゴミ」と化した新聞やテレビから遠ざけるか、いかにマスコミを信じるのが危険なことなのかを高齢層に知ってもらうかということになる。

高齢層もテレビが面白いと思って見ているわけではなく、下らないと思いつつ、それしか娯楽がないのでそれを見ているだけである。

そうであるならば、私たちは身近な高齢層に「テレビは下らない、テレビは信用できない、マスコミは偏っている」と高齢層に認識してもらい、危険なマスコミから距離を置いてもらうように誘導すべきである。

テレビが消えれば高齢層ももっと実社会と接点を多く持つようになり、それだけでも世の中は活性化する。高齢者自身もマスコミの一方的な洗脳に騙されにくくなる。

高齢者をマスコミから遠ざけて洗脳から守るのは重要な課題でもある。

加戸守行前愛媛県知事は「報道しない自由があるのも有力な手段、印象操作も有力な手段。マスコミ自体が謙虚に受け止めていただくしかない」と言った。しかし、マスコミはまったく謙虚になるつもりはなく、今や倒閣ビラの発行媒体と化してしまった。
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2017/07/20170725T1554140900.html

http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/278.html#c1

[リバイバル3] 中川隆 _ 日本文化関係投稿リンク 中川隆
46. 中川隆[-6632] koaQ7Jey 2017年8月18日 06:41:08 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

安倍首相もハマった、マスコミが疑惑だけで罪人を作る3つの方法
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/278.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/466.html#c46
[リバイバル3] 中川隆 _ 日本文化関係投稿リンク 中川隆
47. 中川隆[-6631] koaQ7Jey 2017年8月18日 06:42:06 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

日経のウソ記事にだまされるな
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/277.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/466.html#c47
[] 昭和天皇に戦争責任はあった、しかし責任を追求していくと日本国民全てに責任は及ぶ(株式日記と・・・) まさちゃん
23. 中川隆[-6630] koaQ7Jey 2017年8月18日 06:45:08 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

日中戦争証言 車河堡 王さん(69歳)柳河口

 1回だけ見たことがあります。強姦したのは普通子どもには見せないんです。

1回見たのは、若い女性に沢山水を飲ませて、お腹を膨らませたり、

鉄の棒を火で焼いて、赤い鉄の棒を乳房に当てたり、女性の生殖器に差し込んだり、

あるいは銃剣の先を焼いて乳房や生殖器をえぐり取ったりしました。

http://www.jade.dti.ne.jp/~kaworu/syogen/syakaho.html

日中戦争証言 劉寨子 王さん(64歳)さんの話


 1972年の日中友好国交回復に対して、この地域の人はみんな反対しました。

私たちは、つらい経験したのに、どうして今更友好などという言葉を言い出して関係を回復するのか。

政府は何回も説得して、

「当時は軍国主義のやったことで、日本人民、日本国民たちとは友好関係を持っていかなくてはだめだ。戦争は、普通の人民の責任ではない。」

と教えられた。

しかし、今も気持ちとしては、今になってもやはり「日本」という二文字を聞いたら「憎む」という気持ちが湧いてきます。

私の考え方では、このような歴史はいつまでも次世代、どんな世代になっても忘れてはいけないことです。私はわりと若いですから、当時の詳しい話は次の夏さんに教えていただきたいです。
http://www.jade.dti.ne.jp/kaworu/syogen/ryujya.html#ou78

http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/1174.html#c23

[政治・選挙・NHK230] 731部隊には獣医師もいて、その多くは帰国後私たちの教師として教壇に立っていた  赤かぶ
3. 中川隆[-6629] koaQ7Jey 2017年8月18日 06:57:42 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
わすれてはならないのは 731部隊は昭和天皇の命令で人体実験をやらされた事

終戦時に必死に証拠隠滅を図った事
http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/795.html#c3

[政治・選挙・NHK230] 戦争は、政治の最大かつ最高の課題である。(永田町徒然草) 赤かぶ
1. 中川隆[-6628] koaQ7Jey 2017年8月18日 07:06:01 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
1972年2月、当時のニクソン米大統領とキッシンジャー補佐官が北京を訪問し、
周恩来首相と会談した時に、日本に対して三つの密約が交わされた。

米中密約の内容

1.日本に核武装そして単独防衛させない
2.これを防ぐために米軍は日本に駐留する(ビンの蓋論)
3.朝鮮半島および台湾問題で日本に発言権を与えない

この密約は、2002年10月、当時の江沢民中国国家主席が、
テキサスの牧場に当時のブッシュ大統領を訪ねたときにも再確認された。


安倍総理が憲法改正を言い出した途端にモリカケ問題で振り回されるようになった。

「株式日記」では、霞ヶ関が国政の実権を握っており、その権力の源泉は米軍にあると以前に書いたことがありますが、沖縄の問題ひとつとっても密約だらけであり、そのことは日本の政治家も国民も知らないことが多いようだ。密約を結ぶのは政治家であっても、総理も大臣もコロコロ代わっていくうちに密約のことを知らない政治家ばかりになる。

しかし霞ヶ関には密約の番人がおり、密約を破ろうとすると官僚が動いてスキャンダルを暴露されて失脚するか、不慮の病死で葬り去られる。安倍総理もプーチンとの会談を重ねて北方領土返還に動こうとしたのに、待ったをかけたのは外務官僚であり、米軍との密約で日本のどこにでも米軍基地を作れるという文言があるらしい。

だからプーチンが北方領土には米軍基地を作らせないという約束ができるのかと聞かれて、安倍総理はその密約を知らなかったらしい。でなければ安倍総理が北方領土返還交渉をするわけがない。プーチンの方が日米間の密約のことはよく知っており、そこをプーチンは突いてきたのだ。

安倍総理が憲法改正を言い出した途端にモリカケ問題で振り回されるようになったのも、日米間には日米安保と現行憲法とはセットであるという密約のことを知らなかったのかもしれない。安倍総理の祖父は岸元総理だから誰よりも密約のことは知っているはずですが、密約は密約であり公式の外交条約ではないから守る必要はない。

最近では日韓合意がありますが、これも密約のようなものですが正式な外交条約ではない。だから守らなくてもいいのですが紳士協定のようなものであり、日本は密約を守る国であり韓国は密約を守らないというだけの事だ。外交的に難しい交渉をする時には表向きの条約と裏側の密約とに分かれていることが多く、国民には密約は公開されない。

外務官僚が日本の内閣内部の動きを逐一アメリカに報告しているのは、明らかにスパイ行為ですがウィキリークスでこのような行為が行われていることが暴露された。それに対して日本はアメリカの政府内部の動きを何も掴むことができない。日本にスパイ防止法ができないのもこのような密約があるからだろう。

日本は在日米軍が存在する限りはアメリカの植民地であり、日本の独自外交など存在はしない。逐一外務省がアメリカに日本政府部内の動きを報告しているからだ。そのようなスパイ行為が正々堂々と出来て、日本の政治家がどうすることもできないのは在日米軍が目を光らせているからだ。

だから安倍総理がいくら頑張っても、外交は元外務次官の谷内正太郎国家安全保障局長が行っており、岸田外務大臣は蚊帳の外だった。このように政治家と官僚とのずれが生じるのは、政治家が通訳を介さないと交渉ができないのに対して、官僚は通訳を通さずに交渉ができるから、アメリカは密約を官僚に持ちかけてくる。

矢部氏によれば、「そして残念なことに、そういう掟のほとんどは、じつは日米両政府のあいだではなく、米軍と日本のエリート官僚のあいだで直接結ばれた、占領期以来の軍事上の密約を起源としているのです。」と書いているように、日本の日米交渉は密約だらけで伏魔殿のようになってしまっている。

率直に言えば日本国憲法も占領期間中に作られたものであり、だから無効だと宣言できるのでしょうが、日米安保とセットだからどうすることもできないのは密約によるものだ。日米地位協定も密約の塊であり、日本の政治家は誰も改正を持ち出せない。日本は法治国家ではなく米治国家であり、憲法以上の日米間の「掟」が存在している。
http://2013tora.jp/kabu390.html



http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/798.html#c1

[リバイバル3] マルクスはやはり正しかった _ もうすぐ共産革命の嵐が吹き荒れる時代がやって来る 中川隆
71. 中川隆[-6626] koaQ7Jey 2017年8月18日 08:29:06 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2017-08-18 不安定化する社会の中でも普通に生き残れるライフスタイル
https://www.bllackz.net/blackasia/content/20170818T0135140900.html

世の中が安定しているとき、あるいは景気がどんどん良くなって人々が幸せな状態にいるとき、最も強いのは資産を持つ人である。

なぜなら、世の中が安定すると資産は配当を生み出し、あるいは投資が利益を生み出すからだ。資産があれば贅沢もできるし、良い環境で暮らすこともできるし、良い教育も医療も受けることができる。

安定した国で資産を持つ人間は最強だ。

しかし、自国の経済情勢が悪化し、自分を取り巻く社会が混乱し、愛する祖国が衰退や破綻に向かうようになると、持っている資産は見る見る減少していく。

資産は何も生み出さなくなり、今の生活水準も維持できなくなる。混乱が続くと、失意の中でダウングレードを強いられ、自信も喪失していく。

戦争や、突発的な金融危機や、国家の債務不履行や、強度の不景気(大恐慌)が起きて社会が崩壊したとき、ビルから飛び降りたり首を括ったりする人は「資産を失った人」である。

多くの人にとって地道にコツコツと築き上げた資産は命の次に大切なものなのだが、それを失うというのは強烈なショックであり、深い絶望である。だから、すべてを失った人は生きる希望も失い、自ら死を選ぶようなことになる。

世界の不安定化で、資産を持つ人がすべてを失う

国の崩壊で「すべてを失う」というのは、1945年の日本人はみんな経験している。

日本は第二次世界大戦にのめり込んでいったが、やがて戦況は悪化し、国土が空襲で焼かれ、最後には二発の原爆で人類史上類を見ない被害を受けた。

広島の惨劇は今も世界中で語り継がれている。
(原爆が投下された広島の惨劇は、いよいよ重みを増していく)
https://www.bllackz.net/blackasia.php/content/20150806T1651080900.html

人類の歴史は戦争の歴史であり、「すべてを失う」という経験はあり得ないことでも珍しいことでもない。

現在、イラクやシリアの人々は国土の破壊で何もかも失ってしまっており、数百万人にものぼる人たちが着の身着のままで自国を捨てて国外に脱出している。

この人たちの中には国内で資産を持ち、安定的な生活をしていた人たちもたくさんいた。しかし、国の崩壊と共にすべてを失ってしまった。

社会を崩壊させるのは戦争だけではない。

経済崩壊もあちこちで起きている。2014年以後、中南米は動乱に見舞われているのだが、その中でも最も動揺しているのがベネズエラである。

ベネズエラはウゴ・チャベスの死後、ニコラス・マドゥロ大統領が後を継いだ。

しかし、2014年以後、石油価格の暴落と共にベネズエラは国家崩壊の危機に見舞われ、すさまじいインフレと治安悪化で通貨も大暴落してしまった。ベネズエラの自国資産を持っている人は、資産価値のほぼすべてを失った。

メキシコも再びドラッグ・カルテルが活動を活発化させて死者を莫大に増やしているのだが、この国はドナルド・トランプ大統領が登場してから「アメリカの富を奪っている」と激しく攻撃されて、経済が不安定化している。

いつの時代でも、何らかの要因で経済状況が悪化して止められなくなる局面が発生する。うまく立ち回れない国がまわりを巻き込みながら破綻していき、その国にいる「自国資産を持った人」がすべてを失う羽目に陥る。


暴動、略奪が横行するベネズエラ。いつの時代でも、何らかの要因で経済状況が悪化して止められなくなる局面が発生する。うまく立ち回れない国がまわりを巻き込みながら破綻していき、その国にいる「自国資産を持った人」がすべてを失う羽目に陥る。


それは、何も持たなかった人間たちの下克上の動き

では、世の中が不安定になったり、景気が破滅的などん底に転がり落ちていく局面で最も強いのは誰か。

皮肉なことに、何も持たない人である。

最初から「何も持たない人」は、世の中の動きに関係なく常にどん底で生きている。そのため、世の中が不安定な局面になったとしてもそれが日常なので動揺することはない。

世の中が不安定化しても、最初から不安定な中で生きている人は、何をどうすればいいのか知っている分だけ強い。

資産も持たないので金融動向がどうなろうと知ったことでもない。たとえば、自分の国がめちゃくちゃになって通貨価値がゼロになったとしても何の問題もない。もちろん、不動産価値がゼロになっても困らない。

持っていないからだ。

持っていない物の価値など、最初からどうでもいい。「何も持たない人間が一番強い」というのは、社会が動乱すればするほど真実と化す。

世の中が地獄のようになろうとも、何も持たない人間は最初から何も持っていないので一番影響が少ないのである。

社会の大激変の影響が少ないというのは、その時代で最もエネルギーを持つということでもある。

だから、国家が崩壊するような局面になると、何も持たない層が台頭し、彼らが弱り切った金持ちや資産家を血祭りに上げて下克上を果たしたりする。

世の中の激変や革命が、常に「何も持たない人間」が中心になるのは、既存の社会やシステムから何も得ることができなかったからだ。何も持たないがゆえに革命を好む。

国家崩壊したシリアにはEU(欧州連合)で貧困に堕ちて何も持たなかった人間がどんどん流れていったが、それは何も持たない人間たちにとって国家崩壊した場所というのはチャンスを得られるかもしれない場所だったからでもある。

ISIS(イスラム国)という超過激暴力集団の登場は、何も持たなかった人間たちの下克上の動きでもあった。彼らはそこで下克上のユートピアを作り出そうとしていた。


ISIS(イスラム国)という超過激暴力集団の登場は、何も持たなかった人間たちの下克上の動きでもあった。彼らはそこで下克上のユートピアを作り出そうとしていた。


不安定化する社会の中でも普通に生き残る方法?

不安定化する社会が本格的にやって来ると、「何も持たない人間」が強くなる。失うものがないというのは、すべてが破綻する社会では最強の立場となる。

最近、日本では必要最小限の物しか持たないようにして生きるミニマリストが増えているのだが、これは日本の将来に大きな社会的動乱が来ることを薄々と感じる人が増えていることの予兆であるのかもしれない。

社会が崩壊するような動乱がくると、必要最小限の物以外は何も持たない訓練をしていた人たちが「本当に何も持たない人」と同様に生き残る。

ミニマリストは「生き残るためのライフスタイル」である。それを取り入れるというのは生き残るための訓練にもなる。彼らの手法が国家崩壊が起きても平穏に生き残れるライフスタイルである。

凄まじい経済崩壊がきたら私たちの全員が生活のダウングレードを強いられるのだが、洗練されたダウングレードの手法としてミニマリストの生き方は注目に値する。

フランス女性のドミニック・ローホー氏は、そういった「物は最小限に、精神性を最大限に」という生き方を指南する第一人者でもある。

「物を持たないことが物に振り回されないこと」と彼女は述べる。ちなみに、彼女の言うシンプル主義の実践には、以下のようなものがある。

「少ないものが多くをもたらすことを実感する」
「欲求と必要の違いを区別できるようにする」
「物の処分に罪悪感を持たない」
「買わなくても済むものリストアップする」
「自分の欲求や経験から迷いが出るものは捨てる」
「1年間、1度も使わなかったものは捨てる」
「大事なもの以外なにもいらない、をおまじないにする」
「可能な限り物質的なものを排除する」
「嫌なことは引き受けない」

彼女はそのいくつかの著書で、女性らしく、きめ細かい実践方法をたくさん書いている。

上記は彼女の言っていることのごく一部だが、こうしたライフスタイルを知っておくのは重要だ。

知っておくだけでなく、余裕のあるうちから可能な限り実践していくのは、不安定化する社会の中でも普通に生き残れるライフスタイルであると私は認識している。


凄まじい経済崩壊がきたら私たちの全員が生活のダウングレードを強いられるのだが、洗練されたダウングレードの手法としてミニマリストの生き方は注目に値する。
https://www.bllackz.net/blackasia/content/20170818T0135140900.html

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/704.html#c71

[リバイバル3] 本当のオーディオファイルは「ミニマリスト」を目指す 中川隆
19. 中川隆[-6625] koaQ7Jey 2017年8月18日 08:32:47 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

最近、日本では必要最小限の物しか持たないようにして生きるミニマリストが増えている。

凄まじい経済崩壊がきたら私たちの全員が生活のダウングレードを強いられるのだが、洗練されたダウングレードの手法としてミニマリストの生き方は注目に値する。

フランス女性のドミニック・ローホー氏は、そういった「物は最小限に、精神性を最大限に」という生き方を指南する第一人者でもある。

「物を持たないことが物に振り回されないこと」と彼女は述べる。ちなみに、彼女の言うシンプル主義の実践には、以下のようなものがある。


「少ないものが多くをもたらすことを実感する」

「欲求と必要の違いを区別できるようにする」

「物の処分に罪悪感を持たない」

「買わなくても済むものリストアップする」

「自分の欲求や経験から迷いが出るものは捨てる」

「1年間、1度も使わなかったものは捨てる」

「大事なもの以外なにもいらない、をおまじないにする」

「可能な限り物質的なものを排除する」

「嫌なことは引き受けない」


彼女はそのいくつかの著書で、女性らしく、きめ細かい実践方法をたくさん書いている。

上記は彼女の言っていることのごく一部だが、こうしたライフスタイルを知っておくのは重要だ。

知っておくだけでなく、余裕のあるうちから可能な限り実践していくのは、不安定化する社会の中でも普通に生き残れるライフスタイルであると私は認識している。
https://www.bllackz.net/blackasia/content/20170818T0135140900.html

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/691.html#c19

[近代史02] 原爆投下が日本を救った_ ユダヤ人とトルーマンと昭和天皇に感謝 中川隆
22. 中川隆[-6624] koaQ7Jey 2017年8月18日 08:34:54 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

原爆が投下された広島の惨劇は、いよいよ重みを増していく
https://www.bllackz.net/blackasia.php/content/20150806T1651080900.html

閲覧注意
1945年8月6日、リトルボーイと呼ばれたウラニウム型原爆が広島上空高度約600メートルの上空で爆発した。

これによって爆心地500メートル圏内が一瞬にして吹き飛び、燃え上がっていった。

この圏内にいた人のほとんどは即死、即死を免れてもその後の数ヶ月で放射能症で死亡している。死亡率は99%。

この1%の中には、燃料会館の地下室にいたことで奇跡的に生き残った野村英三氏がいる。ただ、原爆の爆発の難を逃れても、放射線の症状が始まって生死の境をさまよい、そんな中で奇跡的に生き残った希有な人物だ。

500メートル外でも被害は甚大だった。爆心から4キロ離れたところでも、木造住宅の場合は爆風で屋内の人も畳と一緒に吹き上げられていた。

床が抜け落ち、建物が崩れて下敷きになった人もいた。そして、下敷きになったまま火に焼かれた。

当時の広島の人口は約35万人だったが、そのうちの半数が数ヶ月内に死んでいる。人類史上でも類を見ない未曾有の大惨事だった。

原爆。人類史上でも類を見ない未曾有の大惨事

原爆が投下されたのは朝8時15分頃だったが、この頃、広島市内では多くの学生が「勤労奉仕」を行っていた。

この当時、すでに日本軍は沖縄で壊滅的打撃を受けて戦況が悪化していた。そのため人々は「本土決戦」を想定して、防空壕の建設や建物疎開作業を行っていたのである。

男たちの多くは兵隊に取られて人員が足りなかったので、こうした作業に駆り出されたのは、中学生や女子学生だった。

すでに学校は勉強を教える場所ではなくなり、学生たちは畑作業や軍需工場の手伝いをするようになっていた。これを「勤労奉仕」と当時は呼んでいた。

原爆が落ちた瞬間、屋外にいたこの勤労奉仕中の中学生や女学生たちが一瞬にして熱線に焼かれ、即死した。生徒が全滅してしまった学校もあった。

500メートル圏内で熱線の直撃を受けた者の中には身体が溶けて蒸発し、「影」として残った者もいる。爆心地の温度は3000度以上に達していたのだ。

爆風は凄まじく、彼らの着ていた服は剥ぎ取られ、あるいは燃え上がり、建物やガレキと共に吹き飛ばされて、全身がズタズタになってしまった者もいる。

爆圧の直撃で、眼球が飛び出し、破れた皮膚から内臓がこぼれ落ちたまま、よろよろとさまよっていた人たちもいた。

多くの人は火傷を負っていたが、その火傷の状態は凄まじかった。皮膚は熱でドロドロに溶けて垂れ下がり、全身が腫れ上がり、親子でさえも相手が判別できないほどの状況になっていたという。

大火傷を負った多くの人たちが、両手を前に突き出すようにして、よろよろと燃え上がる町をさまよい歩き、その多くが本能的に水を求めて川に集まった。

そのため川はたちまち力尽きて死んでしまった人たちの遺体で埋まり、それが海に流され、瀬戸内海は原爆で死んだ人たちの遺体がおびただしく漂流していたと言われている。

放射能をたっぷり含んだ「黒い雨」が降り注いだ

原爆によって広島市は壊滅し、病院もほぼ機能しなくなっていた。医師も被爆しており、看護婦もおらず、病院の建物も破壊され、薬もなかった。

にもかかわらず大量の患者が押し寄せて、そこで死んでいった。神社の境内にも多くの被爆者が集まり、そこで固まるようにして死んでいった。

この地獄を生き残った人の手記では、力尽きた人が死体に折り重なって亡くなっていくので、誰が集めたわけでなく、自然に亡くなった人の山ができていったという。

行政機関も停止していた。市の中心地にいた職員のほぼ全員が死傷してしまっていたからだ。

原爆が落ちて町全体が黒煙を上げて燃えている最中、今度はそんな中を激しい雨がいきなり降り出したという。これが、放射能をたっぷり含んだ「黒い雨」だった。

雨は一時間近く降り注いだ。被爆者の多くはこの「黒い雨」を浴びている。これが生き残った人たちを執拗に苦しませる「原爆症」を発症させる原因ともなった。

この「黒い雨」は爆心地から19キロも離れたところでも降っていたことが分かっている。

アメリカと日本政府は後に爆心地から2キロ範囲内にいた人たちを「被爆者」として扱うことにするのだが、これが「被爆者」に入れられなかった人たちの悲劇を後に生み出すことになっていく。

野村英三氏の手記によると、この雨はとても冷たかったと言う。氏は、このように証言する。

「雨が止んだ頃には寒さのためにふるえだして歯の根も合わない。そこで又火の方に近づいて体を温め二三十分もしたらやつと人心地がついた。八月の盛夏、大火事の中心にいて寒さのために火に近寄るということは何としたことだろう?それ程あの時の雨は身に應えたのである」

それは、ケガをしていない人をも蝕むものだった

原爆が落ちたのは8月だった。真夏の町に放置された死体はすぐに腐り始め、被爆地はハエとウジで埋め尽くされた。ガレキに埋まった遺体、路上に放置された遺体、川に浮かぶ遺体、ありとあらゆる遺体にウジが湧いた。

そして、まだ生きている人の大火傷した皮膚にもハエが卵を産み付け、ウジが這い回るような悲惨な状況になった。

生き残った人たちが、それを箸(はし)で取ってあげていたのだが、どんなに取ってもまたウジは湧いたという。

そうしている間に、今度は無傷だったはずの人が血を吐いて倒れはじめた。高熱と、下痢、点々と浮き出る紫や赤の斑点、喀血、脱毛、歯茎からの出血……。

この頃、まだ放射能の知識が医者にもなく、何が起きているのか誰も分からなかった。下痢が続くので、赤痢ではないかと判断する医師もいた。

しかし、すぐにそうではないことが分かってきた。「新型爆弾」は、ケガをしていない人をも蝕むものだったのである。

爆心地で放出された放射線はガンマ線は103シーベルト、中性子線は141シーベルトだったという。放射能は人間の細胞を崩壊させていく。そのため、身体のあちこちが機能しなくなる。

こうした原爆症が次々と発症する中、次第に被爆した人たちは差別を受けるようになっていく。それは伝染病のようにうつると思われたのだった。

それが伝染病ではないことは後に一般人も理解するようになるが、だからと言って放射能に汚染された人たちの身体が健康体になることはない。戦後70年経った今も、原爆症は生き残った人たちを苦しめている。

戦後70年。2015年5月、私は広島を訪れて原爆ドームや平和記念公園を見て回り、原爆で死んでいった人々の無念に祈りを捧げてきた。

原爆が投下された広島の惨劇は、風化していくのではない。これから、いよいよ重みを増していく。これから世界は暴力の時代に入っていくのだから……。

高熱と、下痢、点々と浮き出る紫や赤の斑点、喀血、脱毛、歯茎からの出血……。原爆による直接被害を免れても、放射能による影響で多くの人たちが亡くなっていった。
https://www.bllackz.net/blackasia.php/content/20150806T1651080900.html
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/327.html#c22

[近代史02] 原爆投下が日本を救った_ ユダヤ人とトルーマンと昭和天皇に感謝 中川隆
23. 中川隆[-6623] koaQ7Jey 2017年8月18日 08:37:11 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

醜い戦後 終戦後とはどんな世界だった?
空襲でホームレスになり上野駅に避難した人達
引用:http://livedoor.blogimg.jp/abechan_matome/imgs/3/d/3df4faa4-s.jpg


アメリカはわざと日本人を飢えさせた

テレビや映画や小説では「戦後」は美しいものの同義語で語られていて、まるで理想郷のように描かれている。

そこでは貧しいながらも人々は協力して生き、戦後の復興をなしとげたとされている。

またGHQは困窮した日本人に食料を支給して助け、民主主義を与えたとも言われている。

          
こうした物語は映画やドラマの中だけで十分であり、事実とは程遠いか、正反対だった。

GHQは日本人に食料を与えるどころか奪い取ってわざと飢えさせて、日本人を従わせる手段に用いていた。

戦争前後は食糧難だったのはよく知られているが、戦時中に日本国内で(朝鮮台湾でも)飢えて亡くなった人や、その危険はなかった。


都会の人は空襲で疎開したが、農村には食べるものがあり、十分ではなかったが飢餓状態などではなかった。

それが戦争が終わって平和になり、アメリカ軍が占領したら食料が足りなくなり、「来年は1000万人が食糧不足で亡くなる」と総理大臣が警告する事態になった。

多くの要因があるが最大のものはアメリカ合衆国自体で、戦争の報復としてわざと日本人を飢えさせていました。


占領軍による妨害で日本は食糧の輸入ができなくさせられ、生産活動も制限され、経済破綻しました。

農業も経済の一部なので、国が経済破綻すると農業生産が停止して、食糧不足に陥ります。

終戦の昭和20年から昭和25年まで、日本はほとんどの工業生産を禁止され、前近代社会になりました。


経済破綻するように仕向けた

戦前から存在する設備を更新することは出来ず、農業生産に支障を来たし、外地に出兵した男達は中々帰ってきませんでした。

「戦争が終わって平和になった」と書いたが、そのこと自体が日本経済を破綻させる原因を作り出しました。

戦争中はあらゆる兵器をフル生産していたが、それが8月15日を境に全面停止になり、一切の生産活動が停止した。


困った日本政府は紙幣を印刷して「金融緩和」したが、激しいインフレを引き起こしました。

物を生産していないのにお金だけばらまいたからだが、当時の日本政府は他にどうする事もできなかった。

あらゆる工場が全て操業停止、鉄道は空襲で破壊しつくされ交通網が分断され、労働者たる男達は外地に居るか戦犯として逮捕されていた。


空襲によって東京など都市部の多くの人は家を失ってホームレスになっていて、路上や公園などで生活していました。

この頃アメリカ本国では、日本人のこうした窮状を伝えては「楽しんでいた」のが分かっています。

自分たちが倒した敵が飢えて苦しんでいるのを見て面白がっていたのが、本当の戦後の世界でした。


一例として占領軍は広島や長崎の被爆者を診療したが、治療をせずに「治療するふり」をして、どのように悪化するか観察しました。

生産活動が禁止され輸入も禁止されているので、復興が進まずホームレスが溢れているのも、無論そうなるように仕向けていました。

さらに占領軍は日本人同士が憎み会うように、心を破壊する政策を実行していました。


アメリカは日本人の食料を絞り上げた上で、自分の手で少し援助した。
援助を受け取った人達はアメリカに感謝し日本を憎むよう仕向けられた。
enjo
引用:http://blog.nihon-syakai.net/blog/wp-content/uploads/img2011/enjo.jpg


美しくない戦後

NHKというラジオ放送局(当時唯一のラジオ)で「真相はこうだ」という日本軍や戦前の日本の暴露番組を放送させました。

内容は日本軍がいかにアジア人や欧米人に酷い事をしたかという物だったが、内容は全て嘘だったのが分かっています。

だが当時の日本人はこうした「真相」を信じ、日本人同士で憎みあったり攻撃するようになりました。


愚かなことに「こんな酷い日本を倒してくれて有難う」「原爆を投下してくれて感謝します」とアメリカ軍に感謝する連中すら大勢居た。

人々は最初アメリカ軍を鬼畜だと思っていたが、食料を恵んでくれるので、感謝するようになっていった。

実は占領軍はわざと食料を絞り、日本人を飢えさせてから、犬を手なずけるように「餌」を与えていきました。


学校では子供たちに「日本は悪の国」「アメリカは正義の国」と教え込み、拒否する教師は戦犯として逮捕しました。

じゅうたん爆撃や原爆で数百万人が犠牲になり、本来なら犯人であるアメリカ人を憎むべき所なのだが、次第に日本のせいだと思い込むようになった。

終戦時に外地には日本軍数百万人が存在したが、ソ連や中華民国の捕虜になった日本兵は、洗脳した順番から帰国を許された。


集団学習や反省、謝罪(今日使われるような軽い意味ではない)などで日本は悪の国と教え込み、拒否したものは永遠に帰国できなかった。

アメリカ軍の捕虜になると多少ましだったが、戦犯として裁かれ、やはり徹底して「日本は悪の国」と教え込んだ。

こうして「日本に原爆を落としてくれて有難う」などと言う日本人が大量生産され、この人達が現在の左翼になっていきます。


この状況が1948年まで続き、1950年に朝鮮戦争が勃発して、急にアメリカは日本の工業力や日本軍の軍事力を必要とするようになります。

ここから日本側の発言力が強まって復興へと繋がっていくのだが、戦後数年間の占領が長く日本を蝕むことになります。
http://www.thutmosev.com/archives/72011631.html

http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/327.html#c23

[政治・選挙・NHK230] 「加計解散」を了承か 歴代首相勢揃い“意味深”会議の中身(日刊ゲンダイ) 赤かぶ
1. 中川隆[-6622] koaQ7Jey 2017年8月18日 08:50:20 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

安倍総理が憲法改正を言い出した途端にモリカケ問題で振り回されるようになった。

モリカケ問題で安倍降ろしが始まっていますが、マスコミにもCIAや中国の工作員が入り込んで工作している。石破茂というムンジェインのような受け皿も用意されたようだ。石破氏は自民党を離党したり合流したりと謎の人物だ。中国は石破氏を首相にすれば、情報は中国に筒抜けになる。


詳細は


「面従腹背」に官邸疑心=加計問題、霞が関の不満影響か _ 加計問題は CIA が扇動していた
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/114.html
http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/799.html#c1

[政治・選挙・NHK230] ご存じか? 安倍晋三はこんなこともやっていた!  赤かぶ
1. 中川隆[-6621] koaQ7Jey 2017年8月18日 09:38:52 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
>自民党やネトウヨは、東日本大震災直後のフクイチ(東電福島第一原発)の爆発は、民主党政権と菅直人首相(当時)の責任だ、と吹聴した。真っ赤なウソ、デタラメだった。


事実だろ:

自民党政権なら原発事故は起きなかった


2017年08月09日 福島原発事故検証 電源車はなぜ役に立たなかった?

写真では放水車が入っているが、3月11日には周辺が土砂や瓦礫で覆われていた
土砂を除去して電源車を接続したが津波で受電設備が故障していた。
引用:http://cdn-st1.rtr-vesti.ru/p/o_500864.jpg


電源車は空輸できなかった

2011年3月11日の東日本大震災に伴う津波によって福島第一原発事故が発生したが、事故原因は冷却ポンプを動かす電源が止まった事でした。

原発は発電所のくせに、稼動停止すると外部から電気を供給して貰わない限り、最終的に冷却不能になる。

通常は外部の火力発電所から電力を供給していたが、津波でケーブルなどが破損して電力が途絶えました。

          

福島原発には各原子炉に1基ずつ自前のディーゼル発電機が有ったが、津波をかぶって全て使用不能になった。

せめて建物の上に設置すれば水没しなかったが、全て屋外の地上に設置してあった。

そのような場合の為に非常用バッテリーが用意してあるが、数時間しかすべての冷却ポンプを稼動できなかった。


バッテリーはすぐに空になるのが分かっていたので、次に電源車で電力を供給してもらおうという事になった。

地震当日には「電源車が電力を供給するから問題ない」とニュースは繰り返し報道していた。

ところがどうした訳か電源車は遅々として現場に届かず、やっと届いたが電源の規格が違う別の電源車を届けてしまったと報道された。


冷却されないまま原子炉は過熱し、水素を放出し、建屋内に水素が充満して圧力に耐え切れなくなり、水素爆発を起こした。

それが有名な3月12日の爆発で、全世界にテレビで生中継されていました。

翌日になってやっと火力発電所とケーブルでつながり、冷却用ポンプは再稼動したが、電源車は最後まで役に立たなかった。


受電設備は埋まっていた

今回はその電源車がどうして現場に届けられず、また届いた電源車が役に立たなかったのかという話です。

実は東京電力と自衛隊では地震発生直後に連絡を取り、電源車を輸送する準備をしていました。

地震直後に東電は自衛隊幹部に直接電話し救援を求め、自衛隊でも大型ヘリCH47Jで空輸を検討したが、重量が重すぎて不可能と分かった。


在日米軍にも当時約10トンの発電機を空輸可能な大型ヘリはなかったが、皮肉にもこれは後に「反原発派」になる人達が大型ヘリは侵略兵器だと言って、わざわざ小型ヘリにさせた経緯があった。

自衛隊は官邸に無断で東電清水社長を名古屋から東京に空輸したが、これを知った北沢防衛相と枝野幹事長は激怒し、なんと羽田に着陸寸前だったのを名古屋に引き返させた。

これで東電の対応は5時間は遅れてしまい、社長が東京に着いたのは0時を回った翌日だった。


管首相は「東電から連絡が来ない」と激怒し始めたが、実は幹事長や防衛長官や自分自身が東電の活動を妨害していた。

交通網は大混乱し、迅速に輸送できるのは自衛隊だけなのだが、自衛隊と東電が直接電話連絡するのを禁止し、必ず官邸を通すよう命令した。

そして自衛隊が東電の指示で活動するのも禁止し、官邸を通すよう命令したが、これが事態を悪化させていった。


多忙の管首相に連絡を取るだけで時間がかかり、承認を得るために何人もの了承が必要で、一つの許可を得るのに数時間を要した。

電源車69台が福島原発に向かい、11日午後7時には最初の電源車が陸路で第一原発に到着した。

ヘリで空輸できたかどうかは、実は原子炉建屋爆発とは関係がなかったのでした。


東電清水社長が東京に来るのを妨害し、自衛隊の東電支援も禁止したのは、この男だった。
「自衛隊の独自行動はクーデターだ」とまくし立てたと言われている。
74309646
引用:http://art17.photozou.jp/pub/927/191927/photo/74309646.jpg


政府が自衛隊出動を禁止した

政府の発表は二転三転し、最初は「接続ケーブルを忘れてきた」と言い、次に規格が合わない別な電源車を持ってきたと言い、東電と自衛隊をバカ呼ばわりした。

だが実際には電源車は正しい物だったしケーブルも有ったのだが、津波の為に「差し込み口」が瓦礫と土砂で埋まっていた。


厚さ数メートル、距離数十メートルに渡って土や瓦礫や残骸などあらゆる物が堆積し、すべて除去しなければケーブルを接続できなかった。

自衛隊は土砂の撤去を始めたが手作業なので遅々として進まず、建屋内に水素が充満して危険な状況になった。

3月12日の午後3時についに、2号機に電源車を接続するのに成功したが、海水に浸かったせいで配電盤そのものが故障し、送電できないのが分かった。


直後の午後3時36分に1号機建屋が水素爆発を起こして電源車が破損したため接続を断念、火力発電所から送電するしかないと分かった。

電源車自体が結局無駄であり、最終的には何の役にも立たなかったのだが、現場が全力を尽くした結果それが分かった。

水素爆発の原因は北沢防衛相と枝野幹事長が、東電清水社長を乗せた自衛隊機を羽田に着陸寸前でUターンさせたため、ベントの判断が遅れたからでした。


北沢、枝野、管の言い分では政府の指示を受けずに自衛隊機が民間人を乗せるのは自衛隊法違反であり、なおかつシビリアンコントロールに反している。

自衛隊は地震を利用してクーデターを起こそうとしており、今後一切東電と電話すらしてはならないというものだった。

法律上はそうだが非常事態であり、こんな時に憲法理念やシビリアンコントロールを盾に自衛隊の出動を禁止したのだった。


責任を逃れた3悪人

地震後数分で出動した自衛隊は、この事件の後は官邸から命令を受けた後でしか動かなくなり、後手後手を踏むようになる。

東電清水社長は地震翌日0時を回った後で東京に到着し、それから会議をして政府に水素放出(ベント)したいと報告した。

ところがこの時既に官邸は、12日朝に管首相がヘリで福島第一原発視察を決定していて、首相が視察するのに水素放出なんかとんでもないと却下した。


管首相は3月12日朝7時過ぎにヘリで第一原発を視察し、その後東電はベントしようとしたが、既に圧力が上がりすぎてバルブが動かず、圧力を下げられなかった。

もはや全てが手遅れで、午後3時36分に1号機建屋が水素爆発し、続いて3基の建屋も連続して爆発した。

最初の爆発に驚いてベント作業が中断し、4基の原子炉建屋すべてが爆発するまで作業ができなかった。


吉田所長は海水注入の許可を求めたが東電本社は禁止し、禁止した理由は菅首相が「海水を入れたら爆発する」と主張したからとされている。

菅直人首相は「ボクは原発の事は良く分かっている」と言い、水素放出と海水注入の許可を出しませんでした。

しかも菅首相は「自分が海水注入や水素放出を指示した事にしろ」と言って東電が妨害した事にし、「東電が東電が」と騒いでいました。


この後管首相は「東電が・・・」と嘘の発言を繰り返して、自分の責任を逃れ、福島第一原発の吉田所長に罪をなすりつけた。

東電社長を追い返して事故原因を作った枝野幹事長は、爆発で放射能を放出しているのに「ただちに放射能漏れは無い」と有名な発言を残した。

犯人の1人である北沢防衛相も責任を認めず、2016年に旭日大綬章を受章している。
http://www.thutmosev.com/archives/72108913.html

http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/800.html#c1

[政治・選挙・NHK230] 安倍晋三、相変わらず、戦争の惨禍は他人事  赤かぶ
1. 中川隆[-6620] koaQ7Jey 2017年8月18日 14:23:53 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
もう天皇一族の責任を追及するしかないだろ:

2017年08月14日 第二次大戦の歴史観を見直す
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2017/08/7056.html

終戦記念日である8月15日。日本人ならあの悲劇を思い出し、二度とあのような戦争が起こらぬよう願うもの。アメリカの圧倒的物量を目の前に、開戦の前から「負ける」と分かっていた戦争に、なぜ日本は突き進んだのか。それは、天皇や財閥が金儲けのために仕掛けた戦争だからだ。

今、私達日本人は、第二次世界大戦の歴史観を見直す時期に来ている。

昭和天皇をはじめA級戦犯が死刑を免れたのも、財閥解体といいつつ、今なお諸財閥が存続し続けていることなどを考えても、戦争の立役者であった者達の戦後の動向は不整合が大きい。今回は、その一端を紹介したい。

以下は、こちらからの引用です。(赤字は引用者による)

天皇家の秘密―再掲 日本人は知ってはいけない。
http://cosmo-world.seesaa.net/article/118366403.html


天皇が自分の蓄財だけしか頭に無く、日本人の事など何も考えていない事は明白である。(ポール・マニング「米従軍記者が見た昭和天皇」マルジュ社)

なお天皇が第二次大戦中「売春婦輸出業」を行っていた商船三井の共同経営者が、CIA(当時はOSS)の対・日本作戦部長マクスウェル・クライマンであるのは何故なのか?

敵国のCIA対・日本作戦部長と「仲良く」天皇が「売春婦輸出業」を行っている=天皇はCIA工作員であったのか?ん???

天皇は戦後、このスイス銀行に預けた金塊を担保に資金を借り、CIAが事実上創立した不動産業者=森ビルと共に、港区の不動産を次々に買収し、またハイテク産業に投資し、莫大な蓄財をさらに莫大に膨れ上げさせて行くことになります。

天皇は神でも「象徴」でもなく単なる金儲け主義の金融ビジネスマンで、そしてここでも「何故か」CIAと天皇は「共同経営者」であります。

天皇は、1940年代初頭からスイス銀行に少しずつ蓄財を「移し」始めますが、ヨーロッパにおいてナチス・ヒトラーがユダヤ人から奪った貴金属を管理していたのもスイス銀行でした。

天皇はヒトラーに請願し、ナチス・ヒトラーの口座の中に「天皇裕仁」のセクションを作ってもらい、そこに天皇一族の蓄財を隠していました。

天皇とヒトラーはスイス銀行の秘密口座を「共有」する略奪ビジネスのパートナーであり、ナチスと天皇は一体であったわけです。(アダム・レボー 「ヒトラーの秘密銀行」 ベストセラーズ 及び、濱田政彦「神々の軍隊」 三五館)

1924年、米国は「排日移民法」という法律を成立さましたが、日米関係はまだ険悪ではなく、日本から余りに多数の若い女性が「売春婦」として米国に「輸入」されてくる事が社会問題化し、それを禁止した法律であった事は知られていません。

天皇自身の発言を記録した「昭和天皇独白録」(藤原彰「徹底検証・昭和天皇独白録」 大月書店)の「大東亜戦争の原因」=日米戦争の原因の項目に、1946年3月18日の天皇の発言として以下の言葉があります。

「米国のカリフォルニア州への移民拒否については、日本を憤慨させるに十分なものであった。」

この発言は日米戦争の原因についての天皇自身の発言です。

日本人女性をだまし、売春婦として米国に「売却」する天皇の売春ビジネス=移民を米国が禁止、それに憤慨激怒し米国と戦争を始めたと天皇自身が独白しているのです。

天皇一族は神でも「象徴」でも無く、人間のクズの集団でしかありません。

天皇に欺かれ売春婦にさせられた数十万人の日本人女性達の無念の人生のために、誰かが真実を語らなければならない。


以下は、こちらからの引用です。(赤字は引用者による)


原因を理解していない人間が、結果を変えられるわけがないのである - 戦争
http://otisdury.blog.fc2.com/blog-entry-2120.html


・東京大空襲で皇居や財閥系企業の施設は被害を受けなかった。

・三菱重工広島造船所や長崎造船所は広島、長崎の原爆投下でも被害はなかった。

・東京裁判では米国にとって最大の「敵」であったはずの人物は無罪とされた。

・天皇の戦争責任を追及したアメリカ人ジャーナリストのバーガミニは、日本ではなく米国から妨害工作を受け、ジャーナリスト生命を断ち切られた。

・戦時中、財閥系企業は「天皇の軍隊」を利用して莫大な利益を上げた。

・財閥解体なんて嘘八百であり、戦後も存続・拡大し続けている。

・昭和天皇はガーター騎士団の一員(エリザベスの臣下)であった。日本がイギリス相手に戦争を起こすということは、君主への反逆を表すことになる。

・石油も鉄くずも所有していない日本が、何故に4年も戦争を続けることが出来たのか。敵国であるはずの米国から、裏ルートで輸入されていたからだ。

・白洲次郎やヨハンセン・グループは、空襲や原爆の情報を事前に教えられていた。

・満州国で実権を握っていたのは、岸信介をはじめとした田布施グループである。

・満州国で岸信介は麻薬を取り仕切っていた。麻薬の製造方法や販売手段を日本は知らなかったはずである。それらの情報を教えたのは誰か。

・田布施グループの一人である松岡洋右が国際連盟脱退のお膳立てをすることによって、日米開戦の原因を作った。

・ロンドン海軍軍縮条約を締結させて日本海軍の弱体化を謀った幣原 喜重郎は、フリーメーソンだった。

・幣原喜重郎の妻・雅子は三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎の四女である。ここでフリーメーソンと三菱が繋がってくる。

・太平洋戦争開戦以前に、「日支闘争計画」が存在していた。これは、日本と中国を戦争させる計画である。

・開戦前の二.二六事件も、終戦の際の八.一五宮城事件も、ヤラセであった。ともに「あの戦争は軍部が独走して起こしたものであり、天皇は戦争に反対していた」という嘘を広めることが目的だった。


そして天皇が国際金融資本家らの思惑に沿って太平洋戦争へ邁進していった。こちらからの引用です。(赤字は引用者による)


山本五十六の真実D鬼塚英昭氏が発見した日本の秘密−2・26事件 ♪ペリマリ♪
http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/700.html


天皇は皇統派を一掃し、統制派を参謀本部に配し、ついに自らの住む御文庫の中に彼らを入れて太平洋戦争に突入するべく机上演習を始める。誰ひとり天皇に逆らえる者ない、であった。この机上演習の中から、真珠湾攻撃とシンガポール攻撃が登場してくる。そのために一番役立ったのがヴェルサイユ会議で日本に与えられた、委任統治権であった。天皇は太平洋戦争の前から、闇の権力者たちが創作した、世界のグランド・デザインをどうやら知っていたらしい。近々日本が「非常に苦心せざるべからざる環境に置かれる」とは、戦争以外のなにものでもない。大戦後に、まさしくアメリカとソ連が世界を二分する大帝国となることも知っていたらしい。それにもまして「十年を覚悟し」さえすれば、「有終の美を挙ぐる」とは、敗戦後五年で、1950年に講和条約ができ、日本は再び独立国となる、ということであろう。そのために、一年後に戦争に入るべく努力をしているのだ、と天皇は語っているように思える。

さらには、原爆の広島投下を決定したのは、天皇だった。こちらからの引用です。(赤字は引用者による)

米国指令で「広島」原爆投下地決定したのは昭和天皇 !? 今この時&あの日あの時
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/post-ba5e.html


終戦直後の昭和天皇とマッカーサーとの会見は単なるセレモニーで、実は終戦の前に連合国側は天皇家の存続と昭和天皇の生命、財産の保全を決めていたのです。天皇制をうまく利用する方が日本統治上好都合と判断したからです。

それを事前に知らされていた昭和天皇は、だからこそポツダム宣言も安心して受諾したのです。

それはともかく。米国側からヨハンセングループを通して原爆投下地を決定するよう要請された昭和天皇は、「広島」と返答しました。

なぜ広島だったのか?それには理由があったのです。

その時点で終戦決定していた天皇にとって、一番の障害となることが予想されたのが陸軍の存在です。終戦と聞いてクーデターを起こしかねなかったからです

そして、無条件降伏と言いつつも、國体護持を唯一の条件として天皇はポツダム宣言を受託する。


・國体護持のための終戦(1)
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2015/08/5126.html

・國体護持のための終戦(2)
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2015/08/5132.html

戦後以降のアメリカ支配は、天皇家や田布施一族との深い繋がりのなかで継続されたきた。奴隷密売で外国へ売り飛ばされた者達、無益な戦争で亡くなった多くの兵士達の命は、一握りの者達の私益のために消えて行ったという事実を、受け止めなければならない。

我々日本人が本当に闘わなければいけない相手は誰なのか。それを見失ってはいけない。
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2017/08/7056.html

http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/807.html#c1

[番外地7] 「面従腹背」に官邸疑心=加計問題、霞が関の不満影響か 中川隆
21. 中川隆[-6639] koaQ7Jey 2017年8月18日 15:40:15 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

天下り官僚に翻弄される私大の悲惨


文部科学省の前事務次官の前川喜平がどのようなことをしてクビになったかを記事を読めばわかりますが、天下り官僚を引き受けた私立大学がどんな食い物にされているかがわかります。天下り官僚は悪知恵だけが働く悪賢い人材の集団であり、文部科学省ではそれが組織化されていた。

最近になって少子化で大学進学者が減っていくのに大学だけはどんどん新設されてきたのは、天下り官僚の引受先だからだ。大学教授や理事に天下るわけですが、天下り官僚を引き受ければお土産がついてくる。それが全国の大学にばらまかれるわけですが、それが天下り官僚の懐に入る。

日本全国に大量に作られた新設大学は、Fラン大学となり学生集めにも苦労することになる。都心にある一流有名大学なら学生集めも苦労しないでしょうが、一時は都心のキャンパスを売り払って郊外に移転する大学が相次ぎましたが、大学生の評判が悪くてまた都心に戻ってくる大学が多くなりました。

地方では大学生集めに苦労して、中国やベトナムなどからの留学生の引受先になっている。留学生といってもアルバイトに出稼ぎに来ている留学生であり、どのような勉強をしているのだろうか。私がいた頃もそうなのですが、大学は学問の墓場であり、大学という産業で学生たちを食い物にしている。

昔は利口だから大学に進学しましたが、今では利口でないから大学を出て学歴で就職に有利にしようとしている。腐敗堕落しきった大学に行って何を学ぼうとしているのでしょうか。腐敗した大学教授から学べば腐敗した大学生になるだけであり、そんな大学なら進学しないほうがいい。

大伽藍に名僧無しと言いますが、大キャンパスに名教授無しであり、主だった大学のポストは天下り教授に占拠されて、いいように食い物にされてしまう。週に一コマ程度の講義をするだけで年収は2500万円だ。5年勤めて退職金が3000万円だそうですが、いくつもの大学を渡り歩けば5億円もの収入だ。

つまり大学に進学して、霞ヶ関の官僚になり、天下って私のような人物になれと大学生に教育しているのだろうか。中にはやり手の天下り官僚もいて、大学の移転絡みで建設費用から数億円抜いた天下り官僚もいたようだ。森友騒動でも校舎建設で建設補助金がピンはねされて事件になりましたが、このような話はいくらでもあるのだろう。

年々大学の授業料が高騰してきていますが、学生たちは奨学金ローンを借りて学費を払っている。大学を卒業するまでには最低500万円はかかるからそれだけ借金を抱えて卒業する。そこまでして払った学費は天下り官僚の懐に入っていく。有意義な講義をしてくれれなそれでいいのでしょうが、天下り官僚にそれほどの学識があるわけない。
http://2013tora.jp/kabu391.html


2017.8.18 元東大教授と天下り官僚に翻弄される私大の悲惨


日本の学歴ヒエラルキーの頂点に立つ東京大学。官僚などが大学で教鞭をとる形などでの天下りは有名だが、実は東大教授が他大学へ再就職するケースも頻繁にあり、問題も多いのだという。それが私大をどれだけ破壊するのか。官僚の天下り問題や、旧帝大から私大への天下り的な再就職に批判を続けている元大学教授に話を聞いた。(フリーライター 光浦晋三)

肩書きにこだわるが何もしない
元東大教授が私大に与える弊害


ブランド力などをアテにして元東大教授を雇ったはいいものの、むしろ学内を引っ掻き回されるだけで終わるケースも少なくないという(写真はイメージです)

 かつて、定年を迎えた東大教授が私大に再就職するのは当たり前のことだった。近年は少子高齢化や大学の統廃合が増えたこともあって、その数こそ減っているが、他大学に比べれば東大教授の“ブランド力”は今なお絶大だ。

 東大教授の定年は65歳。定年前になると、多くの私大がモーションをかけて来るという。私大にとって、「元東大教授」という肩書きはかなり魅力的なもの。ある私大准教授は「東大教授として素晴らしい研究実績を残した教授が定年を迎えた後に、私大が招くことはあります。その教授の名前があるだけで 、ブランド力が上がりますからね」と語る。

 東大教授の再就職を受け入れるメリットはそれだけではない。東大教授の学生時代の同期には文部科学省の官僚がたくさんおり、東大教授は文科省官僚と密接な関係がある。そのため東大教授を“私学助成金の架け橋”として期待している側面もあるという。

 しかし、私大が元東大教授を受け入れることには弊害も多いという。警鐘作家の濱野成秋氏は東京大学研究員を経て早稲田大、一橋大、京都外語大、日本女子大などで教鞭を執ってきた。大学教授歴は40年近く、天下り官僚と戦う老教授を描いた小説「ビーライフ!白亜館物語」を著してもいる。そんな濱野氏は元東大教授が再就職先の私大にもたらす弊害をこう断言する。

「麗しき花園ともいえる私立大学は、東大勢がはびこると“不毛の砂漠”となり果てます。三流の私大では学科長クラスの待遇で迎えるわけですが、東大の人は“親方日の丸”のメンタリティですから、生徒集めの苦心などはまるで知りませんからね。それでも意見は言うし、周りも受け入れざるをえない。その結果、入試志願者が激減してしまうことになる」

 濱野氏が経験してきた実例を挙げてもらった。

「定員の5割減になっても、『今年は定員割れした』と他人事のように言うだけ。『定員割れとは96%で終わったときに言うセリフであって、5割減になってまで何を言うか』と、どやしつけた先生もいた。常識的判断しかできないし、過当競争でしのぎを削っている私大を経営的にサポートしようという気が全然ない。責任を取らないくせに、要職には就きたがる権力志向があさましいほど強い」

 運営費交付金で手厚く保護されている国立大学の中でも、東大は特に安泰。そんな環境の中で生きてきたため、私大にとって大切な学生集めに関心もなく、当然のように愛校心もない。結局のところ、何もしない人が多いのだという。

「有名予備校の経営者が建学した、埼玉県にある某法科大学院では、当初、司法試験合格者数で東大に比肩できるぐらいの人気校にしようと、本郷の法学部の権威ある教授を高給で多数採用しました。ところが全員やる気がなく、ご自分が司法試験の審査員のくせに生徒をよう育てもせん教授たちだった。初年度も次年度も合格者数は数名という空振り三振ばかり。これが何年も続いて大学院経営はガタガタになった。経営者は神様を雇ったつもりになっていたら、とんだビンボー神だった、というお粗末です」

私大を渡り歩いて5億円を荒稼ぎ!
天下り官僚に食い物にされる私大

 元東大教授よりも破壊力が強いのが官僚だ。官僚時代は数百億円の予算を動かしていただけに金銭感覚がズレすぎているという。私大には文科省、経済産業省、財務省など多くの官僚が天下りし、教授の座に収まっている。

「“渡り鳥稼業”の天下り役人は会議の欠席はザラなうえ、仕事の知識もない。仕事は部下に任せてゴロゴロしているだけ。それでも年俸は最低2500万円。さらに5年勤めて退職金が3000万円。これで3〜5つの大学を渡り歩いて計5億円は稼ぎます」

 もっとも何もしないのならマシな部類で、元官僚と悪徳教授が手を組み、大学を食い物にするケースも多々あるそうだ。濱野氏がいた都内の女子大では40億円が消えたこともあったという。

「彼らが株式や投資信託を駆使してマネーロンダリングをやったようですが、証拠が出なかった。また、翌年に取り壊しが決定していた校舎の大規模修繕に3億をつぎ込み、さらに塗装で1億2000万円と、計4億2000万円を無駄遣いしたことも。すぐに跡地に新しいビルを建てるところまで計画済みで、旧ビルでどんなインチキがあったのかはウヤムヤになってしまった。巧妙に証拠が残らない工作だけは一流のため、追跡調査もできなかった。もちろん大学の事務職などは真相を知っていましたが、黙殺したまま。ヘタに口にしようものなら簡単に左遷されてしまいますからね」

 別の学校ではこんなケースも。

「もっとひどいのは、研究業績が大学院生ほどもないクズ教授を学長に仕立て、自分は定年のない常務理事のポストに就いた天下り官僚がいました。さらに、部課長などの大学の要職を、仲間や部下で固め、付属の建物の増改築で稼ぐなど好き放題だった。さらに、法人側の私立学校法違反事項を目ざとく見つけると、理事長選で教授会をけしかけ、当主を追い出し自分が理事長の座に座り、そのまま学園を乗っ取ったヤツもいた。都内有数の伝統校でしたが、その後は、学問はそっちのけとなり、今では生徒の確保にも困るほど疲弊してしまいました」

 悪質な実例はまだまだあるという。

「今時、わざとド田舎にキャンパスを購入し、引っ越さなくてもいい学部の建物まで建てて都内一等地のキャンパスを売却し、その取り壊しとキャンパス移転で数十億を着服する天下りもいました。ゼネコンのリベートで稼いだんです。その大学は生徒集めに窮し、今は中国やベトナムからの留学生で細々と命脈を保っていますが、近々、倒産の噂も聞こえてきます。もちろん、天下り役人はその前にいなくなるでしょうね」

 悪徳教授や官僚を受け入れる私学の側にも落ち度があるとの指摘もあるが、濱野氏はそれは違うという。

「教授会が天下り官僚は採りたくないと考えていても、彼らは巧妙に法人側の上席ポストを占めてしまう。そうなれば、自動的にかつての役所の部下を雇いこむルートができてしまうんです。大学が悪いのではなく、行列を作って乗っ取りに来る方が悪いんです」

 今年3月、松野博一・文部科学大臣は、省庁退職者が許認可や補助金の支出対象である大学や財団に再就職することを当面自粛すると明らかにしたが、果たして実効力がどれだけあるのか。はなはだ疑問と言わざるを得ない。
http://diamond.jp/articles/-/137283
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/114.html#c21

[政治・選挙・NHK230] 突如開始「岸田すごい報道」 読売も産経も安倍から逃げ出す(週刊ポスト) 赤かぶ
1. 中川隆[-6638] koaQ7Jey 2017年8月18日 16:48:19 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
マスコミはCIAの指示通りに動いてるからだろ

安倍総理が憲法改正を言い出した途端にモリカケ問題で振り回されるようになった。

モリカケ問題で安倍降ろしが始まっていますが、マスコミにもCIAや中国の工作員が入り込んで工作している。石破茂というムンジェインのような受け皿も用意されたようだ。石破氏は自民党を離党したり合流したりと謎の人物だ。中国は石破氏を首相にすれば、情報は中国に筒抜けになる。


詳細は


「面従腹背」に官邸疑心=加計問題、霞が関の不満影響か _ 加計問題は CIA が扇動していた
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/114.html
http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/810.html#c1

[医療崩壊5] 世界の糖尿病人口が4億人突破!気づかないうちに進行、重症化の危険(Business Journal) 赤かぶ
2. 中川隆[-6637] koaQ7Jey 2017年8月18日 17:39:59 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
サラダ油とパーム油が原因
http://www.asyura2.com/16/iryo5/msg/653.html#c2
[政治・選挙・NHK230] NHK「731部隊の真実」大反響<本澤二郎の「日本の風景」(2706)<731軍学共同をまねる安倍内閣> 笑坊
1. 中川隆[-6636] koaQ7Jey 2017年8月18日 18:08:04 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

NHKが必死に隠そうとしたのは

731部隊は昭和天皇の命令で人体実験をやらされた事

http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/811.html#c1

[政治・選挙・NHK230] 吉田清治氏の韓国に建てた「謝罪碑」の書き換えで慰安婦問題の事実を韓国民に伝えたい奥氏、朝日新聞は韓国内で、「吉田証言の記 怪傑
1. 中川隆[-6635] koaQ7Jey 2017年8月18日 18:18:20 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
従軍慰安婦強制連行 _ 吉田清治の話はやっぱり事実だった
経済ジャーナリスト・今田真人「従軍慰安婦・吉田証言否定論を検証するページ」
http://masato555.justhpbs.jp/newpage113.html


朝鮮女性の場合は日本女性と違って泣き寝入りできなかった特殊な理由があるんだよ

朝鮮は儒教社会だから慰安婦の姉妹や娘は一生 売春婦以外の仕事はできなくなる

だから元慰安婦だったとわかると一家は路頭に迷う事になる

吉田清治はそういう事を考慮して意図的に強制連行した日時と場所を変えて書いたんだ

吉田清治は実際に強制連行した日時と場所を公表しろと何度も言われたけど、元慰安婦の身元がわかって本人や家族が迫害されると困るので、絶対に応じなかったんだ

アホ右翼は知らないみたいだけど、吉田清治は済州島の慰安婦狩りの情景は、実際には全羅南道でのできごとだったと言っているんだよな。

・朝日新聞は吉田清治さんの話が全羅南道でのできごとだったと良く知っていながら、わざわざ済州島だけで聞き取り調査したのさ。

・官邸から圧力がかかったんだろうな。
http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/814.html#c1

[政治・選挙・NHK230] NHKがドキュメンタリー「731部隊の真実」を放送 清華大学教授「良心的」(人民網日本語版) 無段活用
1. 中川隆[-6634] koaQ7Jey 2017年8月18日 19:03:34 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
NHKは

731部隊が昭和天皇の命令で人体実験をやらされた事

を必死で隠していた
http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/816.html#c1

[政治・選挙・NHK230] 2015年4月官邸訪問加計関係者 国会招致を決定せよー(植草一秀氏) 赤かぶ
2. 中川隆[-6641] koaQ7Jey 2017年8月19日 07:24:46 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
「森友学園」は天性の詐欺師、安部夫妻は被害者
http://www.thutmosev.com/archives/71947811.html

籠池は大物政治家と面会しては名前を使い、自分を大物に見せかけていた。
安倍首相や夫人も、自分の信者か子分であると周囲に思わせていた。
引用:https://rpr.c.yimg.jp/im_siggb3s.ZOjyYVStgiD6cZtwpA---x800-n1/amd/20170502-00070513-roupeiro-000-6-view.jpg


籠池夫妻が出頭、逮捕

2017年7月27日、森友学園の籠池夫妻が大阪地検特捜部に出頭を要請され、出頭しました。

補助金適正化法違反や詐欺の疑いがもたれていて、国と大阪府から補助金を不正受給したと言われている。

主な容疑は一つ目が、大阪府豊中市の小学校建設で国の補助金計約5600万円を騙し取った。

          

大阪市淀川区の塚本幼稚園で、教員数や園児数を偽り、大阪府から補助金計約6200万円を騙し取った。

籠池泰典前理事長(64)は大阪地検特捜部に出頭する前に、自宅周辺で記者団に「演説会」を始めた。

これまでに何度も籠池氏はマスコミを使って自分をアピールし、自らの正当性を主張していた。


籠池氏は7月27日が田中角栄元首相逮捕の日である事を引き合いに出し、国策捜査だと検察を批判した。

「一点の曇りもない」と記者に潔白さを語り、大阪地検へ向かう車に乗り込んだ。

このように大勢の記者を集めては演説し、大物政治家の名前を挙げては自分を巨大に見せるのが、籠池氏の得意の手法でした。


小さな幼稚園の婿養子に過ぎなかった人物が国政を揺るがす影響力を持ったのは、この弁舌の巧みさに引っかかった人が多かったからだと考えられる。

まず政治家に挨拶をしたり献金したり寄付を受け取り、その事を巧みに第三者に話して、自分が主導権を握っているかのように信じ込ませます。

例えば安倍首相夫人にあったら、自分が安倍夫人を使っているかのように話し、安倍首相に対しても影響力を持っているかのように周囲に話していました。


天性の詐欺師

籠池氏の弁舌にかかれば、彼が面会した人は全て籠池氏の信者か家来になっていて、多くの人はそのように信じていました。

一方で設立予定の小学校に「安倍晋三小学校」と命名しようとしたり、安倍首相夫人の心をくすぐるようなオベッカも忘れませんでした。

籠池氏は「天皇陛下が訪問した」という嘘をHPで掲載していて、そうした事を周囲に言いふらしていました。


自分には多くの有力政治家の支持者が居て、安倍首相夫妻も自分の支持者である、天皇陛下も自分の支持者である、などと言いふらしていました。

嘘は荒唐無稽であるほど信じやすく、ばれ難いと言われていますが、この法螺話を多くの人が信じることで、籠池氏は影響力を拡大していきました。

森友学園は「安倍晋三小学校」(結局は首相夫人が瑞穂の國記念小學院と命名した)を国から二束三文で払い下げたが、「安倍晋三は自分の支持者である」という演技は大いに影響したでしょう。


「安倍晋三小学校」は寄付金集めでも功を奏し、安部首相に近づきたいと考えた人達は競って籠池に献金しました。

財務省の官僚にも大物政治家や安部首相が自分の信者だと言いふらし、次は財務省の官僚が自分の言いなりになるのだと言いふらした。

籠池と一度でも会った人は皆、籠池の信者か支持者にされてしまい、別の人を脅すのに利用されたのでした。


こうした法螺吹きぶりは国会証人喚問でも示され、実際には一度会っただけの人物を「自分の背後に居る」かのように交渉で名前を持ち出していた。

財務省と小学校の用地問題で揉めた時には、事在るごとに何度も「安倍首相」や「首相夫人」を持ち出して、財務官僚が処罰されるかのように思わせようとした。

籠池泰典がおそらく天性の詐欺師であるのは間違いなく、他人を騙す事に長けている政治家がコロリと引っ掛かったのを見れば分かります。

http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/834.html#c2

[経世済民123] 在日外国人に対する入居差別、日本社会は考え方を変えるべき―華字メディア 赤かぶ
1. 中川隆[-6640] koaQ7Jey 2017年8月19日 07:34:43 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
中国の日常風景 階段でウンコ

中国では幼児に股が割れているズボンをはかせて、 便意を催したら、どこでも用を足させる光景をしばしば見かけます。

もちろん日本に来ても彼らは変わりません。

団地のごみ出しルールを守らず、ベランダから子供のオムツを放り投げたり、火のついたタバコをポイポイ捨てたり、エレベーターでオシッコをしたり、踊り場や階段でウンコをしたりするのだそうです。

大小便するな、上からものを落とすな、と団地内に張り紙

埼玉県川口市の芝園団地。全2400世帯のうち、3分の1を中国人世帯が占める。文化・習慣の違いから、当然ながら、さまざまな場面で軋轢が生まれている。外国人との共生というが、きれいごとでは済まない現実がここにある。現場からのレポートである。

「ホラ、あのベランダごらんなさい。洗濯物干しがロープでしょう。中国人の住んでいる部屋だってすぐわかる。もうすぐ春になるとおじさんが上半身裸で、部屋の中やベランダをウロウロするのが見えるよ」

 広場のベンチに座った70代の男性住人は、団地を見渡しながら言う。

「痰や唾を吐くのは中国の空気が乾燥しているからかな、と思っていたら、習慣なんだな。この団地でもよく吐いているよ」

「まず中国人はゴミ出しができませんね」

 というのは、芝園団地自治会の瀬川剛一会長(80)である。

「日本のマナーに同化しようという中国人は少ない。中国も都市化が進んでいるので、ある程度の社会教育を受けていると思うし、ここの中国人はホワイトカラーが多いのに、マナーを守れないのはどういうことなのでしょうか」

彼らの多くは、分別などお構いなしに、ゴミを捨てる。

「生ゴミでも缶でもビンでも一つにまとめて燃えるゴミとして出してしまう。それを毎日、掃除のおばさん達が袋を開けて仕分けしているんですよ」

こう言うのは、団地に住んで25年の男性住人だ。

「踊り場に置いてあるゴミ箱に生ゴミを捨てちゃうのもいる。“生ゴミを捨てないで”という張り紙があっても捨てる。ゴミ袋の中には中国文字のインスタントラーメンの袋とか、中国食材店で売っている食料品の包み紙とかがあるので彼らが捨てたとわかる。夏場など、ウッとなるほど臭い。勘弁して欲しい」

問題はゴミ分別や置き場所だけではない。

「もっと嫌なのは、自分の部屋の玄関先から廊下のゴミを掃きだすこと。紙屑やホコリに混じって髪の毛なんかが廊下に掃きだしてあると気持ちが悪い」

とは団地内の掃除を担当する女性だが、粗大ゴミでもルールを守らないという。

「使わなくなったソファや椅子、古自転車、冷蔵庫などを粗大ゴミとして市に引き取ってもらう、というルールを守ろうとしません。市に払う310円のシール代金は他の自治体寄りも安いのですが、お金を払ったり、電話をかけて引き取りに来てもらうのが面倒なんでしょう。粗大ゴミを玄関ホールや各階のフリースペース、非常階段の踊り場などに置き去りにしていきます。私達がそれを回収して川口市に引き取ってもらっていますが、その代金は居住者たちから集めている管理費から出ているのです。日本人居住者が可哀相になってしまいます」


だが、ゴミ問題はそれだけでは終わらない。何と、この団地では空からゴミが降ってくるのだ。

「彼らはベランダからゴミを投げ捨てるんですよ。人参の切れ端など生ゴミは当たり前。中には子供のオムツを放り投げた奴もいました。下の階で干していた布団に汚物がついたことがありました。もっと酷いのは火のついているタバコを投げ捨てるんです。この前も洗濯物が焦げて問題になりましたよ」(同)

傍若無人な振る舞いだと日本人なら誰もが思うが、彼らにとっては当たり前のことなのだという。

「中国には“白害”という言葉があります。列車の窓から弁当の包み紙や紙コップ、食べ残しなどをポイ捨てして、ゴミが線路沿いにずっと続く状態を表現しています。現在中国では立派なマンションが次々に建てられていますが、居住する彼らは窓からゴミをポイポイ捨てるので、建物の周辺にはビルの形に沿って、四角いゴミの山ができているほどです」(中国問題専門家)

日本人には何とも理解し難い行為だが、さらに信じられないことがある。

「辺り構わず痰や唾などをペッペッと吐くなんてまだ序の口、エレベーターの中や踊り場でオシッコをするんですよ。催すと、家に戻らず、そこらでしちゃうんでしょうね。よくエレベーターの床に水たまりができています」(団地の関係者)

団地内の公園には噴水があったが、しばしば彼らが立ち小便するからと撤去されてしまったという。日本人も、だいぶ少なくなったとはいえ、今でも立ち小便をしないわけではない。しかし、日本人は団地の踊り場や階段で大便をしたりはしない。ところが、この団地では日常的に大便が発見されているのである。

「毎朝のように水で流して掃除をしていますよ。ホームレスが犯人だという人もいますが、誰が13階や14階まであがってやりますか」

とは先の掃除担当者だが、30代の男性住人は言う。

「ある時、日本人のおばさんが、中国人女性が階段で用を足している所を見つけた。注意すると、こう言われたそうです。“トイレで流す水がもったいない”」

聞いた人は人は二の句が継げなかったというが、

「日本に来ている中国人でキチンと礼儀を知っているのは少数派。多くの中国人は痰や唾を吐き捨てることを悪いとは思っていません。誰も見ていなければ、植え込みにだってウンチをするでしょう。それが中国式なのですから。そんな連中に注意しても無駄ですよ。うるさいと思えば“日本語がわからない”と開き直ってしまいます。とくに集団になると仲間意識が働いて、ますます中国式にこだわるようになります」

というのは、07年、中国から日本に帰化した石平氏。

ここの中国人には、郷に入っては郷に従えという考えはないようである。実際、彼らは団地の自治会にも入ろうとしない。

「中国人で年間3,000円の自治会費を払っているのは、800世帯のうち1世帯だけですよ。この人はIT関連会社のお偉いさんです。ああいう中国人ばかりだといいのですが、他の中国人は、“3,000円払って何のメリットがあるのか”と平気で断ります」(瀬川会長)

勝手といえば、騒音問題も深刻である。
http://kanryuudaisuki.ldblog.jp/archives/33528245.html


詳細は

熱海青翠 _ 中国人に乗っ取られた訳有り(?)高級リゾートマンション
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/571.html

http://www.asyura2.com/17/hasan123/msg/252.html#c1

[政治・選挙・NHK230] あれが「原因」で天皇は靖国参拝を止めた! 赤かぶ
4. 中川隆[-6639] koaQ7Jey 2017年8月19日 07:57:40 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
戦争責任をすべてA級戦犯に転嫁させた昭和天皇は、戦争責任を追及されると困るのでA級戦犯を合祀した靖国には参拝できなくなった


昭和天皇、A級戦犯靖国合祀に不快感・元宮内庁長官が発言メモ

 昭和天皇が1988年、靖国神社のA級戦犯合祀(ごうし)に強い不快感を示し、「だから私はあれ以来参拝していない。それが私の心だ」と、当時の宮内庁長官、富田朝彦氏(故人)に語っていたことが19日、日本経済新聞が入手した富田氏のメモで分かった。昭和天皇は1978年のA級戦犯合祀以降、参拝しなかったが、理由は明らかにしていなかった。昭和天皇の闘病生活などに関する記述もあり、史料としての歴史的価値も高い。

昭和天皇がある時期から靖国神社を参拝されなくなった理由は「A級戦犯」合祀であろう、という推測が以前からあった。この記事内容が事実であるなら、その推測が資料で裏付けられたことになり意義深いと思う。

首相の靖国参拝問題などの諸問題は、このことで一気に解決するとは思えない。
そこで記事の引用(2件)

<昭和天皇>靖国合祀不快感に波紋…遺族に戸惑いも

 「だからあれ以来参拝していない。それが私の心だ」。富田朝彦・元宮内庁長官が残していた靖国神社A級戦犯合祀(ごうし)への昭和天皇の不快感。さらに、合祀した靖国神社宮司へ「親の心子知らず」と批判を投げかけた。昭和天皇が亡くなる1年前に記されたメモには強い意思が示され、遺族らは戸惑い、昭和史研究者は驚きを隠さない。A級戦犯分祀論や、小泉純一郎首相の参拝問題にどのような影響を与えるのか。

■A級戦犯の遺族
 「信じられない。陛下(昭和天皇)のお気持ちを信じています」――A級戦犯として処刑され、靖国神社に合祀される板垣征四郎元陸軍大将の二男の正・日本遺族会顧問(82)=元参院議員=は驚きながらも、そう言い切った。


日本近現代史に詳しい小田部雄次・静岡福祉大教授は「昭和天皇の気持ちが分かって面白い」と驚き、「東京裁判を否定することは昭和天皇にとって自己否定につながる。国民との一体感を保つためにも、合祀を批判して戦後社会に適応するスタンスを示す必要もあったのではないか」と冷ややかな見方を示した。その上で「A級戦犯が合祀されると、A級戦犯が国のために戦ったことになり、国家元首だった昭和天皇の責任問題も出てくる。その意味では、天皇の発言は『責任回避だ』という面もあるが、東京裁判を容認する戦後天皇家の基盤を否定することもできなかったのではないか」と話した。

天皇の靖国神社参拝は1975年11月21日に昭和天皇が行って以来、今の天皇陛下も含め行われていない。同神社や遺族側は、その後も「天皇参拝」を求めているが、30年以上途絶えたままだ。これまでいくつかの理由が推測で語られていたが、今回の「富田元長官メモ」は、このうちの一つを大きくクローズアップした。

 宮内庁によると昭和天皇は、終戦に際し45年11月に同神社を参拝。その後も数年おきに訪れ、75年までに戦後計8回参拝した。

 途絶えた理由に挙げられるのは

(1)78年のA級戦犯合祀
(2)対外関係の考慮
(3)公人私人問題――など。

今回のメモは(1)が大きな理由だったと読める。
http://yy32zi.at.webry.info/200607/article_10.html


問題の天皇発言は、富田朝彦元宮内庁長官(故人)の手帳に記されていた(1988年4月28日付)。メモによると、昭和天皇はA級戦犯を合祀した当時の靖国神社宮司を名指しで批判、

「だから私(は)あれ以来参拝していない それが私の心だ」などと語ったという。

 天皇メモをスクープした日本経済新聞は「昭和天皇がA級戦犯合祀に強い不快感を示したのは、過去の戦争への痛切な反省と世界平和への思い、米英両国や中国など諸外国との信義を重んじる信念があったためと推察される。そうした昭和天皇の思いを日本人として大事にしたい」(7/21社説)として、小泉首相に靖国神社参拝を自制するよう求めた。「朝日」「読売」なども同様の論調を掲げている。

 時代錯誤とはこのことを言う。大手メディアがそろいもそろって首相の行動をいさめるのに天皇の言葉を持ち出すとは、とても主権在民の憲法を持つ国の出来事とは思えない。これは明らかに「天皇の政治利用」にあたる。
 そもそも、マスメディアのメモ解釈には無理がありすぎる。

昭和天皇が戦後も続けていた靖国神社への参拝を、A級戦犯の合祀(78年)を理由にとりやめたのは事実であろう。ただしそれは「戦争への痛切な反省と世界平和への思い」からではない。自身の戦争責任追及を昭和天皇が恐れたからだ。

 A級戦犯を神と崇める神社に参拝などしたら、苦労して築き上げた「平和主義者・天皇」のイメージが一瞬にして瓦解する。

つまり昭和天皇は天皇家の延命という観点から、靖国神社の勝手な行動に激怒した−−こう考えたほうが自然である。

 昭和天皇が松岡洋右元外相らに開戦責任を押しつける発言をしていたことは他の史料でも明らかになっている。戦犯連中にしてみれば、「本来なら最高責任者の陛下こそ戦犯じゃないか」というツッコミをあの世から入れたい気分ではないか。
http://www.mdsweb.jp/doc/947/0947_08a.html


昭和天皇の身代わりになって処刑された東条英機

1947年の12月、戦時中の首相、東条は自らを弁護して証言台に立った。
彼は生贄の羊となることを望んではいたものの、降伏以降、彼への雑言悪態は
限度を越えていた。

中には、天皇自身が、東条の命令不服従の不実を非難しているとさえ報じられていた。あるいは、日本の新聞は、東条が自決しようとして、刀ではなく拳銃を使ったことを、臆病者と呼んでいた。東条の家族は、近所からライ病患者のごとく扱われ、お金にも不自由した。彼の弟は、二ヶ月前、列車中で一袋の米を盗んだとして逮捕されていた

1947年の大晦日、東条への直接尋問のなかで、〔木戸の〕弁護人
ログマンはこう質問した。

「天皇の平和に対してのご希望に反して、木戸侯爵が行動をとったか、
あるいは何かを進言したという事実を何か覚えていますか?」

 東条 そういう事例はもちろんありません。私が知る限りにおいてはありません。
のみならず、日本国の臣民が、陛下のご意思に反して、かれこれすることはあり得ぬことであります。 いわんや、日本の高官においておや。


ログマン 以上をもって、木戸卿に代わる私の尋問を終わります。

裁判長(ウェッブ) 今の質問がどのようなことを示唆しているかは、
よく理解できるはずである。

 まさしく、それは誰もが知っていたことだった。

そこでキーナンは、彼の証人の切り札たる田中隆吉を、富士山麓の山中湖畔の自宅で休暇中のところより呼び戻し、ただちに巣鴨刑務所の東条に会いに行かせた。

だが東条はそれに応じようとはしなかったので、田中は皇居に行き、木戸の前秘書で
天皇の顧問の後継者、松平康昌に情況を説明した。次いで松平は、同僚の
側近たちと相談し、収監中の元内大臣木戸に手紙を送る許可を裕仁よりえた。

東条とは隣同士の房にいる木戸は、さっそく東条との話し合いに入った。
彼は東条と護衛の監視下で仕切り越しに長々と話をした。

木戸はまた、
刑務所中庭で運動の際、直接に東条に話しかけ、東条の家族の状況を改善させることを約束した。 小男で近眼の木戸ながら、彼は刑務所の雑務中でも裕仁の代理人であったため、東条は彼の話を無視することはできなかった。

二日にわたって話が交わされた後、ついに東条は折れた。

彼は法廷にもどると、キーナンによる反対尋問の中で、

自分が天皇を戦争を始めるよう説得し、それによって、裕仁を自身の気持ちに反して動くように強いさせたかも知れないことを認めるに至った。
http://www.retirementaustralia.net/rk_tr_emperor_13_3_4.htm


内閣特別顧問の石原莞爾――退役した満州戦略家――は、敗戦の説明をおこなうため、全国の津々浦々を行脚した。

彼の話す内容は、戦争を始めたのは元首相東条であり、彼以外に責任はない、という単純なものであった。

1930年代初め、石原と東条は、天皇の支持を取り付けるため互いに争っていた。だが東条が勝利していた。今、東条を犠牲者に祭り上げるにあたり、石原ほど詳細を知るものはいなかった。

出身地東京で一年以上の退役生活を送っていた東条は、その中傷を冷徹に受け入れ、戦争の責任を全面的に負うのが自分の意思であると、友人たちには内々に語っていた。

友人たちは彼の意思を尊重したが、以前の部下や下僕たちはそれに反発した。たとえば、官邸に20年間使えてきた給仕は、東条を、もっとも人間的で思慮深い人物であると述べていることが幾度も取り上げられていた。
http://www.retirementaustralia.net/rk_tr_emperor_10_3a.htm


マスコミ報道等では、第二次世界大戦は日本の軍部が独走し、
天皇は仕方なくそれに引きづられた・・という事になっている。

そのため戦争中首相であった東条英機は戦争犯罪者として処刑され、
天皇は「罪を問われなかった」という事に「なっている」。


1944年7月20日、天皇の東条英機あての勅語。

「あなたは(東条は)、朕(天皇)の行う戦争において、朕の指導の下に
十分職務を果たした。」・・()内部、筆者の注。

ここで天皇自身「が」主体となって戦争を行っている事、つまり軍部に引きづられて
戦争が行われているのでは無い事、

東条が「天皇の指導の下」にその命令通りに戦争を行って来た事を、天皇自身が証言している。

天皇は、自分の行った戦争の責任を全て東条に押し付け、東条を処刑させ、
自分だけ生き延びたのである。

戦争中、東条は1日に3回天皇を「御機嫌うかがい」のため訪問し、
政界では「ゴマすり東条」と批判されていた。

東条を始めとした政界軍部が「強引に戦争を行い」、天皇がそれに引きづられる等という事は、
この東条と天皇の「力関係」から見て有り得ない。

天皇は東条に全責任を押し付け、自分だけ生き延びたのである。
http://alternativereport1.seesaa.net/article/49704032.html


昭和天皇の身代わりになって処刑された松井石根

ついに本当の事は言えませんでしたね:

「南京事件ではお恥しい限りです。南京入城の後、慰霊祭の時に、シナ人の死者も
一しょにと私が申したところ、参謀長以下何も分らんから、日本軍の士気に関するでしょうといって、師団長はじめあんなことをしたのだ。

 私は日露戦争の時、大尉として従軍したが、その当時の師団長と、今度の師団長などを比べてみると、問題にならんほど悪いですね。日露戦争の時は、シナ人に対してはもちろんだが、ロシヤ人に対しても、俘虜の取扱い、その他よくいっていた。今度はそうはいかなかった。
政府当局ではそう考えたわけではなかったろうが、武士道とか人道とかいう点では、
当時とは全く変っておった。

 慰霊祭の直後、私は皆を集めて軍総司令官として泣いて怒った。その時は朝香宮もおられ、柳川中将も方面軍司令官だったが。折角皇威を輝かしたのに、あの兵の暴行によって一挙にしてそれを落してしまった、と。ところが、このことのあとで、みなが笑った。 甚だしいのは、或る師団長の如きは「当り前ですよ」とさえいった。

 従って、私だけでもこういう結果になるということは、当時の軍人達に一人でも多く、深い反省を与えるという意味で大変に嬉しい。折角こうなったのだから、このまま往生したいと思っている」
http://www.geocities.jp/yu77799/gunjin.html#matuiiwane


キーナンは、自分が技巧的に追及してきたその判決を聞いた日の夜、
彼の切り札証言人、田中隆吉と一杯飲みに外出した。彼は酔いにかまけつつ、

「馬鹿げている、まったく馬鹿げた判決だ」と口にした。彼が最も反対してきた判決は、
松井――南京攻略の際、その命令が悪用された痛ましい小柄な大将――の死刑だった。

 公正は私に、被告に有罪を決定する際、天皇の免責について再考するよう、求めている。
http://www.retirementaustralia.net/rk_tr_emperor_13_3_4.htm




鬼頭久二(1916年8月生まれ)
第16師団歩兵第33連隊 第1大隊

南京戦の時、当時の宮さん〔朝香宮〕から命令があって、その命令は中隊長か小隊長から聞いたけど、

「犬も猫も含め生きている者は全部殺せ」

ちゅう命令やった。

天皇陛下の命令やと言ったな。

当時のことを書いた日記帳は終戦の時に全部焼いた。
http://www.geocities.jp/kk_nanking/
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/m/pages/468.html


http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/829.html#c4

[政治・選挙・NHK230] 戦争を知るアナタは、伝える責任がある!  赤かぶ
1. 中川隆[-6638] koaQ7Jey 2017年8月19日 07:59:34 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
2017年08月14日 第二次大戦の歴史観を見直す
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2017/08/7056.html

終戦記念日である8月15日。日本人ならあの悲劇を思い出し、二度とあのような戦争が起こらぬよう願うもの。アメリカの圧倒的物量を目の前に、開戦の前から「負ける」と分かっていた戦争に、なぜ日本は突き進んだのか。それは、天皇や財閥が金儲けのために仕掛けた戦争だからだ。

今、私達日本人は、第二次世界大戦の歴史観を見直す時期に来ている。

昭和天皇をはじめA級戦犯が死刑を免れたのも、財閥解体といいつつ、今なお諸財閥が存続し続けていることなどを考えても、戦争の立役者であった者達の戦後の動向は不整合が大きい。今回は、その一端を紹介したい。

以下は、こちらからの引用です。(赤字は引用者による)

天皇家の秘密―再掲 日本人は知ってはいけない。
http://cosmo-world.seesaa.net/article/118366403.html


天皇が自分の蓄財だけしか頭に無く、日本人の事など何も考えていない事は明白である。(ポール・マニング「米従軍記者が見た昭和天皇」マルジュ社)

なお天皇が第二次大戦中「売春婦輸出業」を行っていた商船三井の共同経営者が、CIA(当時はOSS)の対・日本作戦部長マクスウェル・クライマンであるのは何故なのか?

敵国のCIA対・日本作戦部長と「仲良く」天皇が「売春婦輸出業」を行っている=天皇はCIA工作員であったのか?ん???

天皇は戦後、このスイス銀行に預けた金塊を担保に資金を借り、CIAが事実上創立した不動産業者=森ビルと共に、港区の不動産を次々に買収し、またハイテク産業に投資し、莫大な蓄財をさらに莫大に膨れ上げさせて行くことになります。

天皇は神でも「象徴」でもなく単なる金儲け主義の金融ビジネスマンで、そしてここでも「何故か」CIAと天皇は「共同経営者」であります。

天皇は、1940年代初頭からスイス銀行に少しずつ蓄財を「移し」始めますが、ヨーロッパにおいてナチス・ヒトラーがユダヤ人から奪った貴金属を管理していたのもスイス銀行でした。

天皇はヒトラーに請願し、ナチス・ヒトラーの口座の中に「天皇裕仁」のセクションを作ってもらい、そこに天皇一族の蓄財を隠していました。

天皇とヒトラーはスイス銀行の秘密口座を「共有」する略奪ビジネスのパートナーであり、ナチスと天皇は一体であったわけです。(アダム・レボー 「ヒトラーの秘密銀行」 ベストセラーズ 及び、濱田政彦「神々の軍隊」 三五館)

1924年、米国は「排日移民法」という法律を成立さましたが、日米関係はまだ険悪ではなく、日本から余りに多数の若い女性が「売春婦」として米国に「輸入」されてくる事が社会問題化し、それを禁止した法律であった事は知られていません。

天皇自身の発言を記録した「昭和天皇独白録」(藤原彰「徹底検証・昭和天皇独白録」 大月書店)の「大東亜戦争の原因」=日米戦争の原因の項目に、1946年3月18日の天皇の発言として以下の言葉があります。

「米国のカリフォルニア州への移民拒否については、日本を憤慨させるに十分なものであった。」

この発言は日米戦争の原因についての天皇自身の発言です。

日本人女性をだまし、売春婦として米国に「売却」する天皇の売春ビジネス=移民を米国が禁止、それに憤慨激怒し米国と戦争を始めたと天皇自身が独白しているのです。

天皇一族は神でも「象徴」でも無く、人間のクズの集団でしかありません。

天皇に欺かれ売春婦にさせられた数十万人の日本人女性達の無念の人生のために、誰かが真実を語らなければならない。


以下は、こちらからの引用です。(赤字は引用者による)


原因を理解していない人間が、結果を変えられるわけがないのである - 戦争
http://otisdury.blog.fc2.com/blog-entry-2120.html


・東京大空襲で皇居や財閥系企業の施設は被害を受けなかった。

・三菱重工広島造船所や長崎造船所は広島、長崎の原爆投下でも被害はなかった。

・東京裁判では米国にとって最大の「敵」であったはずの人物は無罪とされた。

・天皇の戦争責任を追及したアメリカ人ジャーナリストのバーガミニは、日本ではなく米国から妨害工作を受け、ジャーナリスト生命を断ち切られた。

・戦時中、財閥系企業は「天皇の軍隊」を利用して莫大な利益を上げた。

・財閥解体なんて嘘八百であり、戦後も存続・拡大し続けている。

・昭和天皇はガーター騎士団の一員(エリザベスの臣下)であった。日本がイギリス相手に戦争を起こすということは、君主への反逆を表すことになる。

・石油も鉄くずも所有していない日本が、何故に4年も戦争を続けることが出来たのか。敵国であるはずの米国から、裏ルートで輸入されていたからだ。

・白洲次郎やヨハンセン・グループは、空襲や原爆の情報を事前に教えられていた。

・満州国で実権を握っていたのは、岸信介をはじめとした田布施グループである。

・満州国で岸信介は麻薬を取り仕切っていた。麻薬の製造方法や販売手段を日本は知らなかったはずである。それらの情報を教えたのは誰か。

・田布施グループの一人である松岡洋右が国際連盟脱退のお膳立てをすることによって、日米開戦の原因を作った。

・ロンドン海軍軍縮条約を締結させて日本海軍の弱体化を謀った幣原 喜重郎は、フリーメーソンだった。

・幣原喜重郎の妻・雅子は三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎の四女である。ここでフリーメーソンと三菱が繋がってくる。

・太平洋戦争開戦以前に、「日支闘争計画」が存在していた。これは、日本と中国を戦争させる計画である。

・開戦前の二.二六事件も、終戦の際の八.一五宮城事件も、ヤラセであった。ともに「あの戦争は軍部が独走して起こしたものであり、天皇は戦争に反対していた」という嘘を広めることが目的だった。


そして天皇が国際金融資本家らの思惑に沿って太平洋戦争へ邁進していった。こちらからの引用です。(赤字は引用者による)


山本五十六の真実D鬼塚英昭氏が発見した日本の秘密−2・26事件 ♪ペリマリ♪
http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/700.html


天皇は皇統派を一掃し、統制派を参謀本部に配し、ついに自らの住む御文庫の中に彼らを入れて太平洋戦争に突入するべく机上演習を始める。誰ひとり天皇に逆らえる者ない、であった。この机上演習の中から、真珠湾攻撃とシンガポール攻撃が登場してくる。そのために一番役立ったのがヴェルサイユ会議で日本に与えられた、委任統治権であった。天皇は太平洋戦争の前から、闇の権力者たちが創作した、世界のグランド・デザインをどうやら知っていたらしい。近々日本が「非常に苦心せざるべからざる環境に置かれる」とは、戦争以外のなにものでもない。大戦後に、まさしくアメリカとソ連が世界を二分する大帝国となることも知っていたらしい。それにもまして「十年を覚悟し」さえすれば、「有終の美を挙ぐる」とは、敗戦後五年で、1950年に講和条約ができ、日本は再び独立国となる、ということであろう。そのために、一年後に戦争に入るべく努力をしているのだ、と天皇は語っているように思える。

さらには、原爆の広島投下を決定したのは、天皇だった。こちらからの引用です。(赤字は引用者による)

米国指令で「広島」原爆投下地決定したのは昭和天皇 !? 今この時&あの日あの時
http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2013/08/post-ba5e.html


終戦直後の昭和天皇とマッカーサーとの会見は単なるセレモニーで、実は終戦の前に連合国側は天皇家の存続と昭和天皇の生命、財産の保全を決めていたのです。天皇制をうまく利用する方が日本統治上好都合と判断したからです。

それを事前に知らされていた昭和天皇は、だからこそポツダム宣言も安心して受諾したのです。

それはともかく。米国側からヨハンセングループを通して原爆投下地を決定するよう要請された昭和天皇は、「広島」と返答しました。

なぜ広島だったのか?それには理由があったのです。

その時点で終戦決定していた天皇にとって、一番の障害となることが予想されたのが陸軍の存在です。終戦と聞いてクーデターを起こしかねなかったからです

そして、無条件降伏と言いつつも、國体護持を唯一の条件として天皇はポツダム宣言を受託する。


・國体護持のための終戦(1)
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2015/08/5126.html

・國体護持のための終戦(2)
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2015/08/5132.html

戦後以降のアメリカ支配は、天皇家や田布施一族との深い繋がりのなかで継続されたきた。奴隷密売で外国へ売り飛ばされた者達、無益な戦争で亡くなった多くの兵士達の命は、一握りの者達の私益のために消えて行ったという事実を、受け止めなければならない。

我々日本人が本当に闘わなければいけない相手は誰なのか。それを見失ってはいけない。
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2017/08/7056.html

http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/830.html#c1

[リバイバル3] ジャズ喫茶「ベイシー」の選択 _ JBLの本当の音とは 富山誠
81. 中川隆[-6637] koaQ7Jey 2017年8月19日 08:31:03 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

アレキサンドライト邸を訪問 GRFのある部屋 2012年 12月 09日
http://tannoy.exblog.jp/18241659/

アレキサンドライトさんが、夜香さんとご一緒に家に来ていただいたのは、まだ八月の暑い頃でした。すぐにでもお伺いするはずでしたが、お仕事の関係から、日程が合わず、半年も経った十二月の八日にようやくお伺いすることが出来ました。夜香さんからアレキサンドライトさんのお宅では、美味しいワインが出るからということで、めずらしく電車で伺うことになりました。西武池袋線なので、地下鉄の新高円寺駅から、大江戸線経由で練馬駅までいき、そこで池袋線に乗り換えるのが、一番早いとNaviが告げてくれました。家から50分ほどで着きます。

待ち合わせの駅に約束の時間に着いたら、見慣れた車がちょうど駅前ロータリーに入ってくるところでした。横浜から来るMさんを駅前で待っていると、穏やかな日差しが暖かく、とても爽やかな日でした。夜香さんの車で少し走るとアレキサンドライトのお宅は、旧街道に面した武蔵野の防風林に囲まれた素敵なロケーションで、後ろの竹藪が風に揺れて葉が輝きとてもきれいでした。お宅に入り前から良い音がする予感がしました。

http://tannoy.exblog.jp/iv/detail/?s=18241659&i=201212%2F09%2F99%2Ff0108399_6162185.jpg

通されたお部屋は、二階の洋間で14畳ぐらいでしょうか、メインのSPは、JBLのProject K2/S9500です。その上にGEMのTS208が乗り、そのまた上にELACの全方位ツイーターが乗っています。それを駆動しているのは、PassのA級アンプ真ん中がX350のステレオで左右がX600のモノブロック。冬でも暖房はいらないそうです(笑)。

http://tannoy.exblog.jp/iv/detail/?s=18241659&i=201212%2F09%2F99%2Ff0108399_7121016.jpg

また色違いのもうワンセットのProject K2が、後方にもありそれはサラウンド用に使われているという何とも贅沢な使用法です。

http://tannoy.exblog.jp/iv/detail/?s=18241659&i=201212%2F09%2F99%2Ff0108399_8521035.jpg


入力は、emmのプレーヤーから、マルチも出来るコンバーターへ、下段は、dcsのクロック供給用と現在は故障中で使っていない、クロノスのルビジュウムクロックです。この棚だけで、SPとアンプが買えますね(笑)。ちなみに私自身は外部クロック供給には極めて懐疑的です。新しいEmmは外部クロック端子そのものも外しています。

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こちらの棚は、サラウンド用に使用しているSONYのアンプとプリはマークレヴィンソンのご存じNo.32L。ハイエンドです。私なら、この32を一番上に置きます。上方がすっきりします。

http://tannoy.exblog.jp/iv/detail/?s=18241659&i=201212%2F09%2F99%2Ff0108399_8573720.jpg


頭の中の計算機が働かなくなりましたので、金額は気にしないことにしました。その他にも、今ひとつの棚にはアナログ系もCelloとかGold何とかとかが沢山あるのですが、そちらは見なかったことにしました(笑)。

何はともあれ、ウエルカムシャンペンです。早速乾杯!これが美味しい。聴く前から、またまた良い音がしそうですね。

http://tannoy.exblog.jp/iv/detail/?s=18241659&i=201212%2F09%2F99%2Ff0108399_8595854.jpg

早速聴かせていただきました。予想通りのリッチな音がします。追加したGEMのツイーターも控えめで、全方位のELACは存在が消えますから、音が上に登っていくだけで、K2の良さはそのまま残っています。壁一面い音が立ち上り、大人の音がしっかりと鳴ります。危ういところのない音は、さすがにベテランのだされる音です。K2は私も大好きなスピーカーです。音に品があり、ジャズでもヴォーカルでもはたまた、クラシックの再生も何でもOKです。中でも声の実在感と色っぽさは抜群ですね。

ご一緒したMさんも感心して聴いておられます。何回も来られている夜香さんは、今日は飲めないので、ペットボトルの大瓶を抱えて頷いています。いつもの音が聞こえているのでしょう。二曲目のPatrcia Barberが終わり、そろそろクラシックでもということで、マーラーの二番が掛かりました。ん?

私の顔を見て、Mさんが私の言わんことを上手く説明してくれました。私の家でもクラシックは、GRFでもユニコーンでも、最低音までのばしていると。MさんのConeqを使って、私の家風の音を再現すると、最低音が相当持ち上がらないと出てこないと。その通りです。GRFはコーナーでバックロードホーンを使い、ユニコーンもバックロードで最低音まで音が伸びています。JBLだと、その上は充分なのですが、その少し上の低音が持ち上がるため、最低音が相対的に薄くなると。

それを聴いていた、アレキサンドライトさんと夜香さんは、それでは同じソースを4マルチチャンネルで聴いて貰いたいと言われました。後ろのK2も鳴り始めましたが、まったく後ろからは音はしません。しかし、いままで気になっていた、部屋の定在波に起因する400HZ前後の膨らみと3k~4kのへこみが消えて、申し分の無いバランスで鳴り始めました。ビックリです。これなら言うことはありません。コントラバスのも低いところまで伸び、金管楽器の咆哮や大太鼓の低い音も再現されます。何よりも部屋の大きさが倍以上大きくなったのには驚きです。ゴローさんのところで聴いたマルチを彷彿とさせますし、何よりもマルチが鳴っている不自然さがまったくありません。

この音にはまたまた、乾杯です。この演奏は、ティルソン・トーマスのSFSです。新しい解釈の演奏ですね。明るい音がします。ところで、二本目のブルゴーニュも良かったけれど、三本目はもっと美味しい!


こういう本物のワインはいくら飲んでも悪酔いしません。

でも、このままワインだけを二人して飲んで帰ったのでは、ワインを味わいにきただけとも思われるかもしれないので、少しだけ、調整を試みることにしました(笑)。SPの位置はほとんど合っています。そこで、音像の調整に、パワーアンプの位置を少しだけ調整しています。心持ち、音像が左に寄るので、パワーアンプを右に寄せています。最初は、5mm程度から初めて、全体に右に少しだけ寄せてみました。音像が整ってきます。右のパワーアンプを幾分壁から離し、最後にセンターのメインアンプ(中高音用)を1mm単位で微調整しました。

ご感想は、一部始終を聴かれていた、お三方に聴いていただきたいのですが、大分すっきりしてきました。気の通りをよくするので、部屋の整体みたいですね。パワーアンプの位置は大変重要です。一般的なNFアンプでは、パワーアンプの位置調整はSP自身の調整と同じ様な意味を持っています。棚の中が、一番音を悪くします。パワーアンプの上方には何も無いようにするのが、音が抜ける大切な要素ですね。

それでも、微調整を繰り返し行い、大体満足がいったところで、いよいよ、SONYのVPL-VW1000ES による4Kの画像の検証です。日本でも一番画像には詳しい夜香さんのお薦めの画面を見せていただくことにしました。電動のシャッターが降りて部屋が暗くなると、スチュワートのスクリーンがしずしずと降りてきました。

http://tannoy.exblog.jp/iv/detail/?s=18241659&i=201212%2F09%2F99%2Ff0108399_10194688.jpg

三管式時代のような専門家の微調整を必要なく、セットすれば誰でも同じ画像が出てくるという説明を聴きながら、だんだん画像が見えてきました。凄いですね〜これには本当に驚きました。ロイヤルアルバートホールを借り切って舞台を作った「オペラ座の怪人」のブルーレイです。4Kの威力を見ました。

また、映画では、バットマンの『ダークナイト』。最初の銀行襲撃の10分間が4Kで撮影されているそうです。部屋の大きさから110インチだそうですが、密度感が違いますから、近くから見ても問題なく、スクリーンの大きさをいたずらに大きくする必要はありません。この画像の質はもはや映画館では望むべくも無く、自家用のシアターで再現するしかないようです。

あっと言うまに楽しい時間はすぎ、駅近くに予約してあったレストランへと移動しました。そこでも、楽しい時間は過ぎ、Mさんと電車に乗って帰りました。感想戦が面白く、練馬の乗り換えを止めて、池袋まで各駅停車で戻り、山手線の新宿まで続きました。

車で来られて飲めなかったご案内役の夜香さん、美味しいワインをどんどん出していただいたアレキサンドライトさん、本当にありがとうございました。次回は、年末か正月にデコラを聴きに来てください。
http://tannoy.exblog.jp/18241659/

アレキサンドライト伯爵邸の豪華な音 GRFのある部屋 2017年 08月 18日
http://tannoy.exblog.jp/28068127/


お盆の最後の日、アレキサンドライト伯爵のお招きで、伯爵の豪邸の一室に置かれた、JBLS9500の豪華な音を拝聴する栄誉に預かりました。


伯爵のご手配で、アムステルダムからハイティンク・コンセルトヘボウが参集され、マーラーの四番が演奏されました。コンセルトヘボウで言えば、まえから10番目ぐらい、ミューザ川崎ならば一階席前から3列目ぐらい、きもち左に寄った位置からのオーケストラの全奏を拝聴することが出来ました。JBL S9500は素晴らしいサウンドでした。


私自身はホール全体に響き渡る音が好きなので、めったに前には座らないのですが、ミューザとか、ルツェルンとかでは、かぶりつきでも何回か聴いたことがあります。その時のエネルギーに満ちた音が、アレキサンドライト邸では鳴り響きます。JBL恐るべしですね。臨席された夜香さんは、最近375のホーンに537-500の巨大リフレクターを取り付けて、まるで別物の音にご満悦でしたが、S9500の高域まで伸びた475の音にはしびれておられました。不思議なのは、JBLとは思えない程の、音場感が出てくるのです。それに、オーケストラのトッティになると、金管や打楽器が咆哮して大変な迫力になります。

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前回お伺いしたのは、2012年の暮れですから、5年ほど経っております。SPもアンプも基本的には同じですが、その時は、S9500+GEMの上にELACのマッシュルームが乗っていました。その時とは、アンプの使い方もシンプルにして、何よりもチャンネルデバイダー兼イコライザーのトリノフが効いているようです。音のつなぎがスムーズだし、壁が消えコンサートホールが表れます。夜香さんのところのオリンパスに比べると世代が進んでいるのもわかります。何よりも仮想同軸のホーンが素晴らしいです。上に乗っているGEMはホールの響きを伝えているのでしょう。

クラシック中心に数枚聞かせていただきましたが、どれもが非の打ち所の無い素晴らしいどうどうした音でした。最後に、アナログを聴かせていただきましたが、ROKSANのプレーヤーは、SHIRAZのカートリッジも相まって、音楽性豊かな音で、こちらの方も大変感銘を受けました。

http://tannoy.exblog.jp/iv/detail/?s=28068127&i=201708%2F18%2F99%2Ff0108399_10423151.jpg


最後は、映像のマエストロが調整したばかりの55x910の画像を見させていただきました。左右に置かれたハーベスのHL5はゴールドムンドのセパレートで駆動されていました。その豊かな音は、共通の豊穣な音でとても参考になりました。4KHRD60Pの最高画質による宮古島の風景は、本物よりきれいだと思わせるほど、素晴らしい画像でした。デモ用の画面としては大変高価なディスクですが、やはりこれが無いと有機ELの進化が出ないと思いかえって早速プチしました。


その後は、伯爵主催のごうかな中華料理をごちそうになりました。中国通の夜香さんが選ばれた8年ものの紹興酒で舌を洗いつつ、伯爵ご推薦の料理を堪能させていただきました。豪華の盆の晩でした。アレキサンドライト伯爵、夜香さんありがとうございました。
http://tannoy.exblog.jp/28068127/
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/402.html#c81

[リバイバル3] ハイエンド・スピーカーの世界 中川隆
43. 中川隆[-6636] koaQ7Jey 2017年8月19日 08:45:39 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
アレキサンドライト邸を訪問 GRFのある部屋 2012年 12月 09日
http://tannoy.exblog.jp/18241659/

アレキサンドライトさんが、夜香さんとご一緒に家に来ていただいたのは、まだ八月の暑い頃でした。すぐにでもお伺いするはずでしたが、お仕事の関係から、日程が合わず、半年も経った十二月の八日にようやくお伺いすることが出来ました。夜香さんからアレキサンドライトさんのお宅では、美味しいワインが出るからということで、めずらしく電車で伺うことになりました。西武池袋線なので、地下鉄の新高円寺駅から、大江戸線経由で練馬駅までいき、そこで池袋線に乗り換えるのが、一番早いとNaviが告げてくれました。家から50分ほどで着きます。

待ち合わせの駅に約束の時間に着いたら、見慣れた車がちょうど駅前ロータリーに入ってくるところでした。横浜から来るMさんを駅前で待っていると、穏やかな日差しが暖かく、とても爽やかな日でした。夜香さんの車で少し走るとアレキサンドライトのお宅は、旧街道に面した武蔵野の防風林に囲まれた素敵なロケーションで、後ろの竹藪が風に揺れて葉が輝きとてもきれいでした。お宅に入り前から良い音がする予感がしました。

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通されたお部屋は、二階の洋間で14畳ぐらいでしょうか、メインのSPは、JBLのProject K2/S9500です。その上にGEMのTS208が乗り、そのまた上にELACの全方位ツイーターが乗っています。それを駆動しているのは、PassのA級アンプ真ん中がX350のステレオで左右がX600のモノブロック。冬でも暖房はいらないそうです(笑)。

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また色違いのもうワンセットのProject K2が、後方にもありそれはサラウンド用に使われているという何とも贅沢な使用法です。

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入力は、emmのプレーヤーから、マルチも出来るコンバーターへ、下段は、dcsのクロック供給用と現在は故障中で使っていない、クロノスのルビジュウムクロックです。この棚だけで、SPとアンプが買えますね(笑)。ちなみに私自身は外部クロック供給には極めて懐疑的です。新しいEmmは外部クロック端子そのものも外しています。

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こちらの棚は、サラウンド用に使用しているSONYのアンプとプリはマークレヴィンソンのご存じNo.32L。ハイエンドです。私なら、この32を一番上に置きます。上方がすっきりします。

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頭の中の計算機が働かなくなりましたので、金額は気にしないことにしました。その他にも、今ひとつの棚にはアナログ系もCelloとかGold何とかとかが沢山あるのですが、そちらは見なかったことにしました(笑)。

何はともあれ、ウエルカムシャンペンです。早速乾杯!これが美味しい。聴く前から、またまた良い音がしそうですね。

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早速聴かせていただきました。予想通りのリッチな音がします。追加したGEMのツイーターも控えめで、全方位のELACは存在が消えますから、音が上に登っていくだけで、K2の良さはそのまま残っています。壁一面い音が立ち上り、大人の音がしっかりと鳴ります。危ういところのない音は、さすがにベテランのだされる音です。K2は私も大好きなスピーカーです。音に品があり、ジャズでもヴォーカルでもはたまた、クラシックの再生も何でもOKです。中でも声の実在感と色っぽさは抜群ですね。

ご一緒したMさんも感心して聴いておられます。何回も来られている夜香さんは、今日は飲めないので、ペットボトルの大瓶を抱えて頷いています。いつもの音が聞こえているのでしょう。二曲目のPatrcia Barberが終わり、そろそろクラシックでもということで、マーラーの二番が掛かりました。ん?

私の顔を見て、Mさんが私の言わんことを上手く説明してくれました。私の家でもクラシックは、GRFでもユニコーンでも、最低音までのばしていると。MさんのConeqを使って、私の家風の音を再現すると、最低音が相当持ち上がらないと出てこないと。その通りです。GRFはコーナーでバックロードホーンを使い、ユニコーンもバックロードで最低音まで音が伸びています。JBLだと、その上は充分なのですが、その少し上の低音が持ち上がるため、最低音が相対的に薄くなると。

それを聴いていた、アレキサンドライトさんと夜香さんは、それでは同じソースを4マルチチャンネルで聴いて貰いたいと言われました。後ろのK2も鳴り始めましたが、まったく後ろからは音はしません。しかし、いままで気になっていた、部屋の定在波に起因する400HZ前後の膨らみと3k~4kのへこみが消えて、申し分の無いバランスで鳴り始めました。ビックリです。これなら言うことはありません。コントラバスのも低いところまで伸び、金管楽器の咆哮や大太鼓の低い音も再現されます。何よりも部屋の大きさが倍以上大きくなったのには驚きです。ゴローさんのところで聴いたマルチを彷彿とさせますし、何よりもマルチが鳴っている不自然さがまったくありません。


この音にはまたまた、乾杯です。この演奏は、ティルソン・トーマスのSFSです。新しい解釈の演奏ですね。明るい音がします。ところで、二本目のブルゴーニュも良かったけれど、三本目はもっと美味しい!


こういう本物のワインはいくら飲んでも悪酔いしません。

でも、このままワインだけを二人して飲んで帰ったのでは、ワインを味わいにきただけとも思われるかもしれないので、少しだけ、調整を試みることにしました(笑)。SPの位置はほとんど合っています。そこで、音像の調整に、パワーアンプの位置を少しだけ調整しています。心持ち、音像が左に寄るので、パワーアンプを右に寄せています。最初は、5mm程度から初めて、全体に右に少しだけ寄せてみました。音像が整ってきます。右のパワーアンプを幾分壁から離し、最後にセンターのメインアンプ(中高音用)を1mm単位で微調整しました。

ご感想は、一部始終を聴かれていた、お三方に聴いていただきたいのですが、大分すっきりしてきました。気の通りをよくするので、部屋の整体みたいですね。パワーアンプの位置は大変重要です。一般的なNFアンプでは、パワーアンプの位置調整はSP自身の調整と同じ様な意味を持っています。棚の中が、一番音を悪くします。パワーアンプの上方には何も無いようにするのが、音が抜ける大切な要素ですね。

それでも、微調整を繰り返し行い、大体満足がいったところで、いよいよ、SONYのVPL-VW1000ES による4Kの画像の検証です。日本でも一番画像には詳しい夜香さんのお薦めの画面を見せていただくことにしました。電動のシャッターが降りて部屋が暗くなると、スチュワートのスクリーンがしずしずと降りてきました。

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三管式時代のような専門家の微調整を必要なく、セットすれば誰でも同じ画像が出てくるという説明を聴きながら、だんだん画像が見えてきました。凄いですね〜これには本当に驚きました。ロイヤルアルバートホールを借り切って舞台を作った「オペラ座の怪人」のブルーレイです。4Kの威力を見ました。

また、映画では、バットマンの『ダークナイト』。最初の銀行襲撃の10分間が4Kで撮影されているそうです。部屋の大きさから110インチだそうですが、密度感が違いますから、近くから見ても問題なく、スクリーンの大きさをいたずらに大きくする必要はありません。この画像の質はもはや映画館では望むべくも無く、自家用のシアターで再現するしかないようです。

あっと言うまに楽しい時間はすぎ、駅近くに予約してあったレストランへと移動しました。そこでも、楽しい時間は過ぎ、Mさんと電車に乗って帰りました。感想戦が面白く、練馬の乗り換えを止めて、池袋まで各駅停車で戻り、山手線の新宿まで続きました。

車で来られて飲めなかったご案内役の夜香さん、美味しいワインをどんどん出していただいたアレキサンドライトさん、本当にありがとうございました。次回は、年末か正月にデコラを聴きに来てください。
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アレキサンドライト伯爵邸の豪華な音 GRFのある部屋 2017年 08月 18日
http://tannoy.exblog.jp/28068127/

お盆の最後の日、アレキサンドライト伯爵のお招きで、伯爵の豪邸の一室に置かれた、JBLS9500の豪華な音を拝聴する栄誉に預かりました。


伯爵のご手配で、アムステルダムからハイティンク・コンセルトヘボウが参集され、マーラーの四番が演奏されました。コンセルトヘボウで言えば、まえから10番目ぐらい、ミューザ川崎ならば一階席前から3列目ぐらい、きもち左に寄った位置からのオーケストラの全奏を拝聴することが出来ました。JBL S9500は素晴らしいサウンドでした。

私自身はホール全体に響き渡る音が好きなので、めったに前には座らないのですが、ミューザとか、ルツェルンとかでは、かぶりつきでも何回か聴いたことがあります。その時のエネルギーに満ちた音が、アレキサンドライト邸では鳴り響きます。JBL恐るべしですね。臨席された夜香さんは、最近375のホーンに537-500の巨大リフレクターを取り付けて、まるで別物の音にご満悦でしたが、S9500の高域まで伸びた475の音にはしびれておられました。不思議なのは、JBLとは思えない程の、音場感が出てくるのです。それに、オーケストラのトッティになると、金管や打楽器が咆哮して大変な迫力になります。


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前回お伺いしたのは、2012年の暮れですから、5年ほど経っております。SPもアンプも基本的には同じですが、その時は、S9500+GEMの上にELACのマッシュルームが乗っていました。その時とは、アンプの使い方もシンプルにして、何よりもチャンネルデバイダー兼イコライザーのトリノフが効いているようです。音のつなぎがスムーズだし、壁が消えコンサートホールが表れます。夜香さんのところのオリンパスに比べると世代が進んでいるのもわかります。何よりも仮想同軸のホーンが素晴らしいです。上に乗っているGEMはホールの響きを伝えているのでしょう。


クラシック中心に数枚聞かせていただきましたが、どれもが非の打ち所の無い素晴らしいどうどうした音でした。最後に、アナログを聴かせていただきましたが、ROKSANのプレーヤーは、SHIRAZのカートリッジも相まって、音楽性豊かな音で、こちらの方も大変感銘を受けました。

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最後は、映像のマエストロが調整したばかりの55x910の画像を見させていただきました。左右に置かれたハーベスのHL5はゴールドムンドのセパレートで駆動されていました。その豊かな音は、共通の豊穣な音でとても参考になりました。4KHRD60Pの最高画質による宮古島の風景は、本物よりきれいだと思わせるほど、素晴らしい画像でした。デモ用の画面としては大変高価なディスクですが、やはりこれが無いと有機ELの進化が出ないと思いかえって早速プチしました。

その後は、伯爵主催のごうかな中華料理をごちそうになりました。中国通の夜香さんが選ばれた8年ものの紹興酒で舌を洗いつつ、伯爵ご推薦の料理を堪能させていただきました。豪華の盆の晩でした。アレキサンドライト伯爵、夜香さんありがとうございました。
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http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/697.html#c43

[議論30] 現代顔面考@ 美男美女は天然? 暴論有理
15. 中川隆[-6635] koaQ7Jey 2017年8月19日 09:34:43 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

紀宮さまのお歩み - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=OquaRLFPcxs
http://www.asyura2.com/09/dispute30/msg/833.html#c15
[政治・選挙・NHK230] 「子供手当」を潰した勢力こそが反日勢力だ。(日々雑感) 笑坊
1. 中川隆[-6634] koaQ7Jey 2017年8月19日 09:39:49 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
見当外れ、というか悪質な嘘だな

子供手当てというのは子沢山の中国人移民の為に考えたベーシックインカム政策なんだよ

貧しい中国人移民が安心して子供を5人、10人と産める体制を作りたかったのさ

中国人移民の子供は日本で育っても何時までたっても日本語の読み書きができる様にならないから まともな会社では雇ってくれない

それで中国人移民やその子供の生活費を援助しようというのが子供手当てとベーシックインカム


子ども手当を貰ってネズミ算式に中国人が増えた地域はスコットランドみたいに住民投票で日本から独立して中国の一部になる

小沢や竹中が導入しようとしている道州制や経済特区はそういう目的で考えたものなんだな


小沢にロスチャイルドが指示したのは日本に中国人移民を二億人入れる事

もう中国は人間が住めない国になってしまったからどうしても日本に中国人を最低でも5億人は受け入れさせないと困るんだな。

子供手当てと外国人参政権と道州制はそのためにどうしても必要なんだな。

取り合えず中国人移民を1000万人入れれば、家族を呼び寄せてすぐに3000万人になる。

子供手当てを貰って一家庭当たり子供を10人づつ作ればすぐに二億人まで増える。

日本の農業が壊滅すれば、東京以外のブロックは中国人しか住まないから、外国人参政権を認めれば政治家も中国人ばかりになる。

独立運動が起きると殆んどの州は中国小日本省になる。

独立したら更に中国人を数億人呼び寄せられる。


小沢が何故中国と朝鮮ばかり重視しているかわかるだろ。


50年後の日本地図 (日本人は放射能汚染された東日本に押し込められる)
http://blog.goo.ne.jp/hps777/e/ee6e8a91af4cf1c9b0adb452f1667b7e
http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/836.html#c1

[政治・選挙・NHK230] 急げ!メディアの機構改革<本澤二郎の「日本の風景」(2707)<民意に乖離するジャーナリスト不要> <社会部任せもいい> 笑坊
1. 中川隆[-6633] koaQ7Jey 2017年8月19日 10:00:45 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
安倍首相もハマった、マスコミが疑惑だけで罪人を作る3つの方法

決定的な証拠がないまま、加計学園問題で追いつめられ、とうとう「退陣カウントダウン報道」まで出てきた安倍首相。その転落プロセスをつぶさに見ていくと、マスコミが権力者を糾弾する際に多用する「3つの勝ちパターン」が見えてくる。(ノンフィクションライター 窪田順生)

退陣カウントダウンモードに突入
安倍首相叩きが止まらない

 安倍首相の支持率低下に歯止めがかからない。既に「毎日新聞」(7月24日)などは、「支持率が20%台になった最近の主な内閣」という支持率推移のグラフと、20%台突入から退陣するまでの期間を並べ、「カウントダウン」モードに入っている。


「疑惑」はあるものの、「決定打」が出てこないまま、罪人認定されつつある安倍首相。マスコミが権力者を追い落とす際の3つの手法に、まんまとハマった 写真:日刊現代/アフロ
 個人的には、安倍首相が退陣しようがしまいが知ったことではない。ただ、「謝罪会見」など危機管理広報のアドバイスをしている立場からすると、今回、安倍首相が追いつめられていった「プロセス」は非常に興味深い。

 確たる証拠もないのに、「怪しい企業」の汚名を着せられる企業のそれとよく似ているからだ。

 ひとたびマスコミのネガティブ報道が氾濫すると、そのイメージを回復することは難しい。後ろめたいことがないのなら会見を開いて説明すりゃいいじゃん、と思うかもしれないが、大きな組織になればなるほど、立場的に言えないことが増えてくるものだ。

 役所、取引先、顧客という第三者が関わってくれば、ぼやかしておかなければいけない点がさらに増える。結果、徹夜で想定問答集をつくって、直前までリハーサルをおこない、自分の息子のような年齢の記者に平身低頭で接しても、会見翌日の報道は「深まる疑惑」なんて見出しが躍ってしまう。

 要するに、疑惑を払拭するために開いた会見が、「裏目」に出てしまうのだ。

 そういう企業をこれまで掃いて捨てるほど見てきた。もちろん、糾弾されて当然という企業もあるが、なかには、そこまで厳しく断罪されるほどのことはしていないのに、マスコミによって「巨悪」に仕立て上げられてしまった企業もある。今回の安倍首相もそれとよく似ている。

「文春砲」「新潮砲」を食らった政治家たちと
安倍首相の決定的な違い

 なんてことを言うと、「安倍首相のことなんか知るかと言いながら、必死にかばおうとしている工作員がいるぞ」と、また猛烈な誹謗中傷に晒されるかもしれないが、かばうつもりなどサラサラない。

 安倍政権がいつまで持つのかという大騒ぎになっている割に、この「加計疑惑」には、「疑惑」を裏付けるような「確たる証拠」が存在しない、ということを申し上げたいのだ。

 これまで「文春砲」や「新潮砲」を食らった閣僚や政治家たちは大抵、言い逃れのできない「証拠」を上げられていた。

 たとえば、甘利明・元経済再生担当相は、ご本人と直接やりとりをしたという人物が「カネ」の流れも含めて事細かに証言した。「このハゲー!」の豊田真由子衆議院議員も被害者自身の証言と、音声データがそろっている。「重婚ウェディング」で政務官をお辞めになった中川俊直衆議院議員は、ハワイで撮ったツーショット写真という、言い逃れできない“ブツ”がある。

 そういう意味では、稲田朋美防衛相の「あす、なんて答えよう」なんて発言をしたメモなどもこれにあたる。これはもう完全にアウトだ。

 ただ、安倍首相が加計理事長に便宜を図ったという「証拠」は、今のところ出てきていない。この時期に加計氏とゴルフに頻繁に行っている、とか獣医学部新設の申請を把握したタイミングが怪しいなどというのは、「状況証拠」に過ぎないのである。

「おいおい、お前の目は節穴か、前川さんの証言や、あの『ご意向文書』があるじゃないか」と息巻く方も多いかもしれないが、残念ながら前川さんは安倍首相から直接何かを言われたわけではない。和泉首相補佐官から言われたという話も、和泉氏本人は「岩盤規制改革をスピード感をもって進めてほしいと言っただけで、そんなこと言うわけないだろ」という趣旨のことを述べており、「水掛け論」となっている。

 衆院閉会中審査で小野寺五典衆議院議員とのやりとりを客観的に見ても、前川さんがおっしゃる「加計ありき」というのは、かなり「私見」が含まれている。嘘をついているとかいう話ではなく、「告発者」というほど「疑惑の核心」をご存じないのだろうということが、答弁を見ているとよく分かる。

安倍首相がまんまとハマった
マスコミの「殺人フルコース」

 例の「ご意向文書」に関しても同様で、「加計ちゃんに頼まれているんだからとっとと岩盤規制壊しちゃってよ」なんてことは1行も書いていない。国家戦略特区を推し進めているのだから、これくらいのことを言ってもおかしくないというような発言しかない。

 これらの「文書」を「首相の犯罪の動かぬ証拠」だとしたいという方たちの気持ちはよくわかるが、「文春」や「新潮」だったらボツ扱いの「怪文書」というのがホントのところなのだ。

 では、「確たる証拠」がないにもかかわらず、なぜ安倍首相は「罪人」のようなイメージが定着してしまったのか。

 民進党のみなさんを小馬鹿にしていたり、選挙妨害する人たちの挑発に乗って「こんな人たち」とか言ってしまうなど、いろいろなご意見があるだろうが、「怪しい企業」の汚名をかぶせられた企業を見てきた者から言わせていただくと、マスコミの「勝ちパターン」にまんまとハマっている、ということがある。

 防戦一辺倒の発想しか持っていない、企業、役所、政治家のみなさんはあまりご存じないと思うが、マスコミにはこういう流れにもっていけば、どんな相手でもやりこめられる「殺人フルコース」ともいうべきテクニックが3つある。こういう時代なので、誰でもマスコミから「疑惑の人」と後ろ指をさされる恐れがある。自分の身を自分で守っていただくためにも、ひとつずつご紹介していこう。

<テクニック1>
「争点」を変えていくことで「消耗戦」に持ち込む

 改めて言うまでもないが、「疑惑報道」の主導権はマスコミ側が握っている。ここが怪しい、ここがクサい、という「争点」はマスコミが選ぶのだ。

 茶の間でテレビをご覧になっている方や、スマホでニュースを飛ばし読みしているような方は、マスコミから「ポイントはここです」と提示されると、わっとそこに注目をするしかない。違和感を覚えても、立派なジャーナリストや評論家から「ここが怪しい」と言われたら、そういうものかと思う。

 ちょっと前まで、前川さんの証言や「文書」の真偽が「争点」だと大騒ぎをしていたが、先ほども指摘したように、「証拠」とは言い難いビミョーな結末を迎えると、次のカードとして「首相は誠実な説明責任を果たせるか」とか「加計学園の申請を把握したのはいつか」なんて新たな「争点」を提示していく。

 このような長期戦になればなるほど、攻められる側は消耗し、ネガティブイメージがビタッと定着していくということは言うまでない。

 企業不祥事に対する報道でもよくこういうことがある。不祥事の原因を追及されていたかと思って対応をしていたら、いつの間にやら社長の「人格攻撃」になったり、過去の不祥事を蒸し返されたりする。こういう流れに振り回されると、企業は後手後手に回って、甚大なダメージを受ける。

<テクニック2>
「発言の矛盾」を追及して、「嘘つき」のイメージをつける

 先ほども触れたように現在、「争点」となっているのは、「安倍総理が1月20日に知ったという発言は本当か」ということだが、「加計疑惑」の本当のポイントは、安倍首相が総理大臣という立場を使って、加計学園に便宜をはかったのか否かである。

 誤解を恐れずに言ってしまえば、知った日などというのは「どうでもいい話」である。

 しかし、マスコミは安倍首相の説明の辻褄が合っていないとして「疑惑がますます深まった」という。矛盾があるのは、申請を把握した日付を巡る説明であるのに、なぜか「加計学園」全体の疑惑とごちゃまぜにしているのだ。

 要するに、「説明が理にかなっていない」→「安倍首相は嘘つきだ」→「加計学園に便宜を図った」という三段論法に持っていっているのだ。

 こういうマスコミの「飛躍」は不祥事企業に対してもおこなわれる。たとえば、異物混入騒動時のマクドナルドなどはわかりやすい。「ナゲットに歯が入っていた」→「他の店舗でも異物混入があった」→「マクドナルドの品質管理に問題がある」という具合に報道が過熱していったのは記憶に新しいだろう。

 外食での「異物混入」など日常茶飯事で、マックに限らず日本全国でのどこかで毎日のように発生している。そのなかの極端な事例をマスコミがピックアップして、企業全体の話とごちゃまぜにしたことで、企業の「品質」を揺るがす大問題にまでエスカレートしてしまったのだ。

<テクニック3>
「納得のいく説明がされていない」と食い下がる

 これまで紹介した2つの勝利パターンだけでも、世の中に「嘘をついているのでは」というネガティブな印象を広めることができるが、相手にさらに「不誠実」というレッテルを貼ることができるマジカルワードが、以下の決め台詞だ。

「納得のいく説明をしてください」

 これを出されると、「疑惑」をかけられている人間はもうお手上げだ。「疑惑」を追及する記者は、疑惑を認めないことには納得しない。

 つまり、どんなに説明を重ねて「それは違いますよ」と否定をしても、「納得いかない」と、ちゃぶ台返しをされてしまうのだ。しかも、世の中的にはどうしても「納得できる回答をしていない方が悪い」という印象になる。つまり、権力者や大企業の「傲慢さ」を世の中に広めるには、もっとも適した「攻め方」なのである。

 菅義偉官房長官の会見で、「きちんとした回答をいただけていると思わないので繰り返し聞いている」と食い下がっている東京新聞の記者さんが「ジャーナリストの鑑」として英雄視され、菅さんの株がガクンと落ちていることが、なによりの証であろう。

報道対策に疎い日本政府は
繰り返しマスコミにやられる

 このような説明をすると、「こいつはマスコミを批判しているのだな」と思うかもしれないが、そんなことはない。一般庶民がどう受け取るかはさておき、実際にマスコミで働いている人たちは、社会のためになると思って、こういう攻め方をしている。

 彼らは、自分たちの「仕事」をしているだけなのだ。

 問題は、こういう「勝利パターン」に、安倍首相をはじめ国の舵取りをおこなう人々がまんまとハマってしまう、という危機意識の乏しさだ。

 確たる証拠でもない「疑惑」なのだから、はじめからしっかりと対応をしていればボヤで済んだのに、ここまでの「大炎上」を招いてしまった、というのは、よく言われる「安倍一強のおごり」としか思えない。

 これまで紹介した「マスコミの勝ちパターン」があるということが常識化している欧米では、政府は「報道対応のプロ」を雇う。といっても、どっかの大学で勉強してきました、みたいな人ではなく、「マスゴミ」の性質を知り尽くしたタブロイド紙の編集長などが一般的だ。

 少し前まで「特定秘密保護法と共謀罪で報道が萎縮する」なんて泣き言をいっていたのがウソのように、マスコミはイキイキしている。「不誠実」「嘘つき」というイメージ付けでクビがとれると味をしめれば、次の首相も、そしてまた次の首相もターゲットにされる、というのは政権交代前の自民党で学んだはずだ。

 誰になるかは知らないが、安倍さんの「次の人」は、もっと真剣に「報道対策」を考えた方がいい。
http://diamond.jp/articles/-/136478

http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/839.html#c1

[政治・選挙・NHK230] 安倍首相が愕然!「断末魔を迎えた安倍ゲシュタポ内閣の悪足掻き」の水爆級の猛威 紫式部
1. 中川隆[-6632] koaQ7Jey 2017年8月19日 10:26:33 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
安部の改憲を阻止する為にアメリカが日本の官僚とマスコミを動かした


マスコミは都合の悪いことはいっさい報道しない

本来はマスコミやジャーナリストがこれを追う必要がある。ところが、この蓮舫の二重国籍疑惑の釈明会見の翌日、蓮舫の特集を組んだテレビ局はゼロだった。

安倍首相については、疑惑でも何でもないことを針小棒大に取り上げて大騒ぎするくせに、村田蓮舫については完全に素知らぬ顔をして報道しない。

こうしたマスコミの姿勢は「報道しない自由」と呼ばれている。マスコミは自分たちの都合の悪いことはいっさい報道しようとしないのだ。

最近のマスコミの安倍首相攻撃には加計学園問題が使われているのだが、ここでもマスコミは自分たちの都合の悪い発言はいっさい報道しないで自分たちに都合の良い発言のみを取り上げて安倍首相を追い込もうとしている。

こうした状況に「安倍総理は冤罪の被害者」「あらぬ濡れ衣がかけられているので、何とか晴らすことができるようお役に立ちたい」と加戸守行前愛媛県知事は様々な事実を発言している。

ところが、マスコミはこの加戸守行氏の発言をまったく報じようとしないのである。

あまりのマスコミの「報道しない自由」に呆れた自民党の青山繁晴氏は「加戸さんがいなかったがごとく扱われた。メディアや社会の様子をどう考えるか」と尋ねたところ、加戸守行氏は以下のように答えている。

「報道しない自由があるのも有力な手段、印象操作も有力な手段。マスコミ自体が謙虚に受け止めていただくしかない」

今や多くの人はマスコミが「報道しない自由」で世論を歪めていることを認識するようになっているのである。

マスコミは自分たちに都合の悪いことはいっさい報道しない。まるっきり無視だ。まるでなかったかのように報道せず、それで世論を一方的に歪めていくのである。

マスコミの「報道しない自由」は、今や異常な段階にまで到達している。


新聞やテレビを無防備に信用する人は今も存在する

作家の門田隆将氏は2017年7月23日の産経新聞で、このように語っている。

『昨今の新聞は、単に自らの好き嫌いに基づき、それに都合のよい情報と意見を表明する場になり果てていることに気づく。安倍晋三内閣が好きか、嫌いか。安倍内閣を倒すか、倒さないか。その目的を実現するためには、事実(ファクト)など「関係ない」という露骨な姿勢である。私は、レベルが低下する一方のそういう新聞を「政治運動体」の機関紙という見方で毎朝読んでいる。すなわち倒閣運動の"ビラ"である』

そして、最後にこのように結んでいる。

『どうしても新聞を読みたい向きには、これからは「倒閣運動体」の機関紙として、割り切って購読することをお勧めする』

朝日新聞や毎日新聞や東京新聞、そしてNHKを含むほぼすべてのテレビ媒体は、今や国民に「マスゴミ」と呼ばれるようになっている。

ゴミにはゴミの目的がある。その目的というのを門田隆将氏は「倒閣にある」と喝破している。

安倍首相は日本の国益のために政治を行っており、次から次へと重要法案を通している。中国・韓国・北朝鮮の横暴からも距離を置き、容易に謝罪も賠償もしない。

つまり、安倍政権は中国・韓国・北朝鮮にとっては「邪魔で仕方がない政権」なのである。

だから、日本国内のマスコミに潜り込ませた工作員やそのシンパを使って激しい勢いで倒閣運動をしている。そして、新聞を「倒閣ビラ」として発行しているのだ。

今どき新聞やテレビを無防備に信用する人がいるのかと私たちはいぶかる。

それが、大勢いる。

70代以上の人たちは情報源が新聞とテレビしかないことが多いので、朝から晩までテレビを見続けているうちに、もはや回復できないほど洗脳されてしまうのだ。


高齢者をマスコミの洗脳から覚めさせるのは重要だ

高齢層は体力が衰えていくので、家に籠もりがちとなる。次第に社会との接点が消えていく。そして、次第に判断能力を喪失していく。

その高齢層に朝から晩まで語りかけるのはテレビだけだ。

そのため、テレビがあからさまに「報道しない自由」を行使して世論を一方的にねじ曲げると、どうなるのか。高齢層はひとたまりもなくテレビに騙される。

マスコミの印象操作するがまま、高齢層はそれを受け止める。マスコミの道具になってしまう。インターネットは高齢層に到達しない。

テレビはスイッチを入れれば「ただ」であらゆる情報を一方的に見せてくれるのだが、インターネットは「小難しい道具」を使って自分で情報を捜しにいく必要がある。

文字入力も思うがままにできず、視力も悪くなって手元もよく見えなくなっている高齢層にとって、パソコンやスマートフォンを操るというのは想像以上に難儀なことであり、だから誰もインターネットをしない。

情報が欲しければスイッチひとつで見ることができるテレビに流れてしまうのは致し方がないことなのである。日本は少子高齢化の国であり、インターネットが使えない高齢者が多数派の国である。

だから、マスコミの洗脳は今でも充分に効くのである。

これは非常に危険なことだ。最も洗脳されてはいけない多数派の高齢層が最も洗脳されやすい位置にある。そして、彼らが選挙の行方をも支配する。

そのため、私たちがやらなければならないのは、高齢層をいかに「ゴミ」と化した新聞やテレビから遠ざけるか、いかにマスコミを信じるのが危険なことなのかを高齢層に知ってもらうかということになる。

高齢層もテレビが面白いと思って見ているわけではなく、下らないと思いつつ、それしか娯楽がないのでそれを見ているだけである。

そうであるならば、私たちは身近な高齢層に「テレビは下らない、テレビは信用できない、マスコミは偏っている」と高齢層に認識してもらい、危険なマスコミから距離を置いてもらうように誘導すべきである。

テレビが消えれば高齢層ももっと実社会と接点を多く持つようになり、それだけでも世の中は活性化する。高齢者自身もマスコミの一方的な洗脳に騙されにくくなる。

高齢者をマスコミから遠ざけて洗脳から守るのは重要な課題でもある。

加戸守行前愛媛県知事は「報道しない自由があるのも有力な手段、印象操作も有力な手段。マスコミ自体が謙虚に受け止めていただくしかない」と言った。しかし、マスコミはまったく謙虚になるつもりはなく、今や倒閣ビラの発行媒体と化してしまった。
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2017/07/20170725T1554140900.html


詳細は

「面従腹背」に官邸疑心=加計問題、霞が関の不満影響か
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/114.html
http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/840.html#c1

[政治・選挙・NHK230] 「子供手当」を潰した勢力こそが反日勢力だ。(日々雑感) 笑坊
4. 中川隆[-6631] koaQ7Jey 2017年8月19日 10:33:40 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

子供手当ての申請をした同胞に差別した公務員
http://www.asyura2.com/09/gaikokujin01/msg/451.html

つい先日、兵庫県尼崎市に暮らされる同胞が、タイ国に残す、実子のように愛情込めて育てられた養子554人分の子供手当て(約8600万円)を申請したにもかかわらず拒否されたとのことです。これは人種差別ではないのでしょうか?

この子供手当ては、実子・養子の区別なく、条件を具備すれば本来認めらるはずのものです。そのため、同胞の中には世界中の孤児院を巡っては、養子縁組により同手当ての恩恵を受け、前途ある子供の将来に希望を持たせようとしている者も多いと聞きます。中には、すでに数万人単位の養子縁組を実現したという者もいるようです。にもかかわらず、今となって拒否するのは人種差別そのものではないでしょうか?

民主党代表にして内閣総理大臣の鳩山氏は、はっきりと「日本は日本人だけのものではない」と述べたはずです。だから、民潭および同胞が一団となり、民主党を選挙で勝利に導いたのです。しかし、地方参政権の約束も果たさず、先ほどのような人種差別も改善されていないのは、本当に腹が立ちます。


子供手当ての申請をした同胞に差別した公務員 2010-04-24

【投稿者】 同胞を差別する公務員は嫌い

つい先日、兵庫県尼崎市に暮らされる同胞が、タイ国に残す、実子のように愛情込めて育てられた養子554人分の子供手当て(約8600万円)を申請したにもかかわらず拒否されたとのことです。これは人種差別ではないのでしょうか?

この子供手当ては、実子・養子の区別なく、条件を具備すれば本来認めらるはずのものです。そのため、同胞の中には世界中の孤児院を巡っては、養子縁組により同手当ての恩恵を受け、前途ある子供の将来に希望を持たせようとしている者も多いと聞きます。中には、すでに数万人単位の養子縁組を実現したという者もいるようです。にもかかわらず、今となって拒否するのは人種差別そのものではないでしょうか?

民主党代表にして内閣総理大臣の鳩山氏は、はっきりと「日本は日本人だけのものではない」と述べたはずです。だから、民潭および同胞が一団となり、民主党を選挙で勝利に導いたのです。しかし、地方参政権の約束も果たさず、先ほどのような人種差別も改善されていないのは、本当に腹が立ちます。
http://megalodon.jp/2010-0424-0434-24/www.mindan.org/bbs/bbs_view.php?bbsid=9655&page=1&subpage=4037&sselect=&skey=


小沢先生は中国人以外には「子ども手当」を出させない気だ。
こんな人種差別が許されるのか?:

「子ども手当」で大混乱だ。法案成立直後から埼玉の川口市役所や東京・荒川区役所に「おカネもらえる?」と中国人が殺到。本紙で取り上げた不安が的中した。

こんな状況に自民党丸川珠代参院議員(39)は、選挙のための「愚策を押し通したバカ政府」と民主政権を非難し激怒。取材を進めると、確かに丸川氏の指摘通り、子ども手当は抜け穴だらけだった。

■欠陥法案実施に激怒

同法案の採決が行われた3月25日の参院厚生労働委員会での強行採決の際、丸川氏は「欠陥法案をそのまま実施するのか」「愚か者めが!」と絶叫した。そんな丸川氏はこう言い切る。

「海外に子供がいる在日外国人の場合でも受給できる問題がある。長妻大臣は法案作成の途中で『欠陥に気づいていた』と言いました。にもかかわらず何の修正もしなかった。100%参院選のためなんです」 

本紙既報通り、海外でたくさんの養子縁組をした親が日本にいる場合にも子ども手当は支給される。つまり、外国人マフィアが不正にもうけられるのだ。すでに“子ども手当ブローカー”が動いているという。 

■孤児院に怪しい問い合わせ

丸川氏によると、身寄りのない子供たちを世話している教会に「何人か養子に欲しい」という問い合わせが、最近あったという。「問い合わせしてきた人は日本人と思われますが『何人か』という言い方はおかしい。もちろん断っています。私が懸念しているのは子ども手当を商売にする人たちが現れることです。ニセの書類を作り、手数料を取って、依頼者に子ども手当を受給させるような商売ができるのではないか」 

これまで丸川氏は鳩山政権に対し、解決策を訴え続けてきた。「1つだけ条件を加えればいい。『子ども手当は、子供が日本国内に住所を有せず、かつ日本国民でないときは支給しない』というものです。これで海外へのバラマキは防ぐことができます」

だが、政府は修正することなく同法案を可決。「この1年は子ども手当で荒稼ぎしてやれという人が増えるかも。いくらでもズルして海外にお金を持って行けるのですから。民主党は財政がひっ迫しているというのに、なんてバカなことをする政府なのか!」 目玉政策がとんだ問題を抱えてしまった。
http://www.asyura2.com/10/senkyo83/msg/701.html

中国人が地元の市役所に電話しました。

「母国の村の子供たち300人養子にしたのだが、
児童手当ての手続きはどうするの?
そしたら子供手当てももらえるんでしょ!と、

ちなみに計算機ないからちょっと計算してください!と、

なんか15年間で14億!
そこで、やったー大金持ちだー!

仲間の中国人もみんな養子もらってくるって言ってるよー!」


      この時点で担当者、声が震えてました!

ここからは担当者の話!

「子供手当ての問題点は自治体は認識している。
上級官庁にも伝えている。担当者レベルでは大問題だと思っている。

今日はいつか来ると思っていた電話が来て、心臓が止まるほどびっくりした。
このことはしっかりと対応して報告します。」

こんな感じでした。自治体から危機感を煽りましょう。まだ間に合います。
http://otsune.tumblr.com/post/441174740


ロックフェラーに小沢一郎先生が見捨てられた際、ロスチャイルド一族は助け舟を出し、それと引き換えに自己への忠誠を要求したんですね。

小沢一郎先生がロスチャイルドの指令でこれからやろうとしている事は


1.中国から移民を1000万人受け入れる

2.子供手当を支給して中国からの移民が子供を10人でも20人でも心置きなく産める環境にする

3.外国人参政権法案を作って,中国移民の数が増えたら日本の政治権力を中国人が握れる様にする


という事になります.


今のアメリカは「ロスチャイルド=英国・NY資産家連合」が、「ロックフェラー=米国軍産複合体」を追い込んでいる状態になっていますが、これはこれまで株価を上げてきた要因である2つが完全に無くなることを意味します。

 (1) 「戦争=景気回復」という景気サイクルのエンジン
 (2) 「金融バブル」という株価押し上げのエンジン

 ※「ロスチャイルド=英国・NY資産家連合」は上記の2つの景気サイクルエンジンを否定している。


 これまでは、「ロックフェラー=米国軍産複合体」が米国では権勢を誇り、上記2つのエンジンで景気を保ってきました。それが、オバマ民主党政権(ロスチャイルド=英国・NY資産家連合)になって消滅することが確定しているという状況なのです。

 この2つの景気回復エンジンによって成し遂げられていた虚構の景気が破壊されている現状が”今の金融危機”であり、米国の衰退なわけです。

 で、その仕上げをするのが、いわゆるオバマの役割で、故に「オバマ=破産管財人」だと言ってきたわけです

 オバマの役割はこれまで景気を保ってきたエンジンを消滅させて、アメリカを破綻させることが仕事なのです。

その「ロックフェラー=米国軍産複合体」の犬である小泉内閣が日本では一番の売国奴ということになります。

「ロスチャイルド=英国・NY資産家連合」は中国寄りで今後の景気作っていこうとしています。

 そして、今は新しい「中国を中心とした世界経済構造」を打ち立てる為に、アメリカ経済を完全に破壊することをやっていることになります。

 つまり、破壊の後に創造があるわけで、それまでは景気は絶対に良くならないのです。

 で、さらにいえば、「ロスチャイルド=英国・NY資産家連合」のやり方ってのは”正攻法すぎる”のです。これまでの、2つの景気サイクルエンジンを完全に否定して、中国経済一本でやっていこうという理想をやろうとしているのが奴らなのです。

 だから、これが成功すると言えるまでは、景気は絶対に良くならないのです。むしろ、まだ破壊の最中なのです。


この「ロスチャイルド=英国・NY資産家連合」の考える”中国経済による景気サイクルエンジン”という流れが進んでいくとした場合には、アメリカは世界の工業国として立ち直っていくことになります。これについては、昨年10月に書いた「日米の存続に必要な要件」に書いた話なのですが、日本はその流れの中で、中国経済圏の中に飲み込まれていくことになります。

 平たくいえば、日本の都心部では、中国語が溢れて、看板にも中国語が溢れて、人も中国人が溢れて、お金は元が使えるようになるというのが究極の完成型なわけです。

http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/836.html#c4

[政治・選挙・NHK230] 笑えるような笑えないような、国防の状況  赤かぶ
2. 中川隆[-6647] koaQ7Jey 2017年8月19日 11:10:05 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

1972年2月、当時のニクソン米大統領とキッシンジャー補佐官が北京を訪問し、
周恩来首相と会談した時に、日本に対して三つの密約が交わされた。
米中密約の内容

1.日本に核武装そして単独防衛させない
2.これを防ぐために米軍は日本に駐留する(ビンの蓋論)
3.朝鮮半島および台湾問題で日本に発言権を与えない

この密約は、2002年10月、当時の江沢民中国国家主席が、
テキサスの牧場に当時のブッシュ大統領を訪ねたときにも再確認された。


安倍総理が憲法改正を言い出した途端にモリカケ問題で振り回されるようになった。

「株式日記」では、霞ヶ関が国政の実権を握っており、その権力の源泉は米軍にあると以前に書いたことがありますが、沖縄の問題ひとつとっても密約だらけであり、そのことは日本の政治家も国民も知らないことが多いようだ。密約を結ぶのは政治家であっても、総理も大臣もコロコロ代わっていくうちに密約のことを知らない政治家ばかりになる。

しかし霞ヶ関には密約の番人がおり、密約を破ろうとすると官僚が動いてスキャンダルを暴露されて失脚するか、不慮の病死で葬り去られる。安倍総理もプーチンとの会談を重ねて北方領土返還に動こうとしたのに、待ったをかけたのは外務官僚であり、米軍との密約で日本のどこにでも米軍基地を作れるという文言があるらしい。

だからプーチンが北方領土には米軍基地を作らせないという約束ができるのかと聞かれて、安倍総理はその密約を知らなかったらしい。でなければ安倍総理が北方領土返還交渉をするわけがない。プーチンの方が日米間の密約のことはよく知っており、そこをプーチンは突いてきたのだ。

安倍総理が憲法改正を言い出した途端にモリカケ問題で振り回されるようになったのも、日米間には日米安保と現行憲法とはセットであるという密約のことを知らなかったのかもしれない。安倍総理の祖父は岸元総理だから誰よりも密約のことは知っているはずですが、密約は密約であり公式の外交条約ではないから守る必要はない。

最近では日韓合意がありますが、これも密約のようなものですが正式な外交条約ではない。だから守らなくてもいいのですが紳士協定のようなものであり、日本は密約を守る国であり韓国は密約を守らないというだけの事だ。外交的に難しい交渉をする時には表向きの条約と裏側の密約とに分かれていることが多く、国民には密約は公開されない。

外務官僚が日本の内閣内部の動きを逐一アメリカに報告しているのは、明らかにスパイ行為ですがウィキリークスでこのような行為が行われていることが暴露された。それに対して日本はアメリカの政府内部の動きを何も掴むことができない。日本にスパイ防止法ができないのもこのような密約があるからだろう。

日本は在日米軍が存在する限りはアメリカの植民地であり、日本の独自外交など存在はしない。逐一外務省がアメリカに日本政府部内の動きを報告しているからだ。そのようなスパイ行為が正々堂々と出来て、日本の政治家がどうすることもできないのは在日米軍が目を光らせているからだ。

だから安倍総理がいくら頑張っても、外交は元外務次官の谷内正太郎国家安全保障局長が行っており、岸田外務大臣は蚊帳の外だった。このように政治家と官僚とのずれが生じるのは、政治家が通訳を介さないと交渉ができないのに対して、官僚は通訳を通さずに交渉ができるから、アメリカは密約を官僚に持ちかけてくる。

矢部氏によれば、「そして残念なことに、そういう掟のほとんどは、じつは日米両政府のあいだではなく、米軍と日本のエリート官僚のあいだで直接結ばれた、占領期以来の軍事上の密約を起源としているのです。」と書いているように、日本の日米交渉は密約だらけで伏魔殿のようになってしまっている。

率直に言えば日本国憲法も占領期間中に作られたものであり、だから無効だと宣言できるのでしょうが、日米安保とセットだからどうすることもできないのは密約によるものだ。日米地位協定も密約の塊であり、日本の政治家は誰も改正を持ち出せない。日本は法治国家ではなく米治国家であり、憲法以上の日米間の「掟」が存在している。
http://2013tora.jp/kabu390.html

http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/842.html#c2

[リバイバル3] 自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間"を捨てられるか 中川隆
67. 中川隆[-6646] koaQ7Jey 2017年8月19日 11:32:09 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

「怒り」という感情を教育で奪われ、牙を抜かれた若者たち


日本の若年層が心身に大きな問題を抱えるようになっているというのは、臨床に関わっている医師たちが十年以上も前から報告している。

若者たちは、2000年代に入った頃から明らかに精神的に変わってしまったという。

30年近く各大学病院で思春期外来を勤めていた鍋田恭孝氏は、その著書『子どものまま中年化する若者たち』で、若者たちがどのように変化しているのかを克明に記している。

「何とか立ち直ろうとする力が落ちている」
「悩む力が落ちている」
「主体的に動く力も落ちている」
「疲れない付き合いだけに限定する」
「漠然たる不安を抱えている」

これらに共通するのは、面倒を避け、対立を避け、トラブルを避け、自分が傷つかないように自我を必死に守り、傷つくくらいなら何もしないことを選択する受動的な生き方であると言える。

多くの若年層が等しくそうした傾向になってしまったということは、教育の現場がそのような若者たちを作っているということでもある。

(日本の学校は、考えない人間を5つの方法で生み出している)
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2014/01/20140116T1554000900.html

世の中には怒りを持たなければならない場面もある

若者たちが同時期にこのような問題を抱えるようになったというのであれば教育が問題なのだと誰もが気付く。若者たちの性格の傾向は受けた教育にも影響される。

「面倒を避け、対立を避け、トラブルを避け続ける若者たち」が大量に産まれているということは、教育の現場で若者たちがそのようになることを求めたということである。

今の教育は「正しいことを信念を持って訴えなさい」という教育はしていないということだ。あるいは「自分が考えていることが何かをはっきりと主張しなさい」という教育をしていないということだ。

「みんな仲良くしなさい、協調性を持ちなさい」という面をことさら強調し、逆に強い信念や自分の主張をしないように抑える教育が意識的にも無意識的にも為されている。

人間社会は集団生活の場だから、ある程度は同調性や協調性がなくては困る。しかし、だからと言って100%それで押し通すと自分という存在が消えてしまう。

協調性を強く押しつける教育では、信念や主張のような強いものを表に出したら怒られるので表に出せなくなり、それが習い性となって身に付く。

あまりにも協調性ばかりを教育で叩き込まれていくと、当然だが「怒り」を出すこともできなくなっていく。怒りは協調性を破壊し、同調を乱すものだからである。

しかし、人は理不尽なことをされたら怒りを感じるものだ。社会の不正にも怒りを感じるはずだ。弱い者がいじめられていても怒りを感じる。

そして、間違ったことがまかり通っているのを発見しても怒りを感じて当然だ。

あるいは、自分が、自分の家族が、自分の国が、おとしめられていても激しく怒りを感じるはずだ。自分や自分の家族や国が他国の人間に馬鹿にされてヘラヘラ笑っているような人はまともではない。

意味のない怒りもあるのだが、一方で社会正義としての怒り、正当防衛としての怒りもある。世の中には、怒りを持たなければならない場面もある。


理不尽でも黙って指示に従うのが正しい生き方か?

しかし、「みんな仲良く」だとか「人類みな兄弟」みたいな教育があまりにも徹底され過ぎて、何があっても怒りという感情を抑えなければならないと教育されたらどうなるのか。

「怒りを感じたらいけない……」
「理不尽なことをされても仲良くしなければ……」
「自分が我慢しなければ……」

このような思考回路になっていくのは容易に推測できる。とにかく協調性を崩さず、その場を丸く収めることばかり求められるようになり、不安の中で生きるしかなくなってしまう。

「みんな仲良く」を基本として教育するのは間違っていない。子供に対立と暴力を教えるのは教育ではない。強調性は生きるためには必要不可欠なものである。

しかし、小学生・中学生でしっかりと基本を教えたら、それを踏まえた上で、高校生からは「信念を持つ」ことや「主張する」こともしっかり教えないと社会に対応できない若者が続出することになる。

ただ「面倒を避け、対立を避け、トラブルを避け続ける」だけしか学ばないで義務教育を終われば、面倒や対立やトラブルだらけの社会では押し潰される。

世の中が理不尽なことや危険なことを教えるべきだ。

その中で押し潰されないようにする方法を教えないから、若者たちはどうしたらいいのか分からずに、最初から最後まで自分を殺して生きることになってしまう。

なぜ、「正しいことを主張する」ことを教えないのかというと、今の学校は若者をサラリーマンにするための養成学校のようになっており、「主張するより上司に従うこと」が優先されるからである。

「上司の命令が理不尽でも黙って指示に従うのが正しい生き方だ」というのを学校から教えて社会に出して、サラリーマン社会でクビにされないようにしているのだ。

相手がどんなに理不尽なことを言ってきても、自分の主張は殺してひとまず謝罪したり賠償したりするように教えているということでもある。

こんな生き方を義務教育で徹底されたら、誰でも主体性を失って流れるように生きるしかない。本当に、こんなことでいいのだろうか。


若年層は教育によって怒りという牙を抜かれた

日本の教育は、社会が理不尽であり混乱しており暴力的なものであることを教えない。まるで世界は「人類みな兄弟」みたいなユートピアであるかのような前提で「みんな仲良く」「平和がすべて」と教え込む。

だから、多くの日本人は社会に出て突如として理不尽が自分に降りかかったとき、自分の主張はしないで、対立もできないで、ひたすら低姿勢で謝ることしかできないのだ。

「怒り」という感情を去勢され、闘争心という牙を抜かれてしまったので、何もできずに右往左往するだけになる。戦うことができない。

現状を変えるには教育を変える必要がある。社会は理不尽であることを教え、自分たちには敵があることを教え、敵には強く対抗しなければ国が滅びることを教えなければならない。

理不尽には戦い、守るべきものは戦って守ることを教えなければならない。理不尽や社会不正に怒りを感じることは自然なことであることを教えなければならない。

怒りという感情があるから、世の中が間違っていたら是正しようとする力が生まれ、また間違った社会から自分が立ち直るためのエネルギーが生まれる。

怒りがあるから、現状を変えるために強く悩み、考え、主張するエネルギーが生まれる。怒りがあるから、現状を変えようとする強い力が働き、主体的に動けるようになる。

怒りがあるから、どんな力強い敵にも対抗できるエネルギーが生まれ、怒りがあるから漠然たる不安を吹き飛ばすエネルギーが生まれる。

今の教育は若者たちから「怒り」という感情を奪い取っており、だから若者たちはもはや現実社会で生きる夢も希望も失ってしまい、ファンタジー(虚構)の世界に逃げるしかない。

ファンタジーの世界で強くても、現実社会で何もできなければただの弱者である。現実で戦わなければ敗者と化す。現実で戦うためには闘争心が必要だ。闘争心は、まず「怒り」を感じるところから始まる。

そろそろ日本人は自分の人生から「怒り」を奪われていたことに気付いてもいい頃だ。怒りという牙を取り戻せば、自分自身が秘めているパワーも取り戻すことができる。


そろそろ日本人は自分の人生から「怒り」を奪われていたことに気付いてもいい頃だ。怒りという牙を取り戻せば、自分自身が秘めているパワーも取り戻すことができる。
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2017/08/20170817T0440570900.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/564.html#c67

[昼休み52] 意図的な世論誘導報道で悪魔呼ばわりされているシリア アサド大統領 富山誠
32. 中川隆[-6645] koaQ7Jey 2017年8月19日 11:36:33 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
2017.08.19 露軍によって手先のダーイッシュが崩壊寸前に追い込まれた米国は地上軍を侵攻させ、占領を続ける


シリアにおけるアル・カイダ系武装集団やそこから派生したダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)の壊滅は時間の問題だと見られている。アメリカ政府も「ダーイッシュ後」の準備を進めている。ユーフラテス川の北へアメリカ軍が侵攻、イスラエルの影響下にあるクルド勢力と連携して「数十年」の間、占領すると伝えられている。いわば「満州国」の樹立だ。

本ブログでは繰り返し書いてきたが、シリアの戦乱は「内戦」でなく「侵略」だ。侵略の黒幕はアメリカ、イスラエル、サウジアラビアの3国同盟が中心で、イギリス、フランス、トルコ、カタール、ヨルダンなどが協力する布陣。こうした国々が侵略の先兵として送り込んだのがアル・カイダ系の武装集団。リビアでアル・カイダ系武装集団とNATOの連携が明確になったこともあり、2014年からダーイッシュが前面に出てきた。

「民主主義を望むシリア市民が独裁者の打倒を目指して蜂起した」という一般受けしそうなシナリオを侵略国の支配者は配下のメディアを使って宣伝していたが、その嘘は早い段階から明らかにされている。

2011年10月にリビアのムアンマル・アル・カダフィ体制が倒され、カダフィ自身は惨殺されているが、その後、CIAは国務省の協力を得てアル・カイダ系武装集団を武器/兵器と一緒にシリアへ運んだ。

輸送拠点のひとつがベンガジのアメリカ領事館で、クリストファー・スティーブンス大使も関係、2012年9月10日に大使は領事館でCIAの工作責任者と会談、その翌日には海運会社の代表と会っている。その直後に領事館が襲撃され、大使は殺された。その当時、CIA長官だったのがデイビッド・ペトレイアスで、国務長官がヒラリー・クリントン。このふたりがこうした工作を知らなかったとは思えない。

シリア政府を倒すために戦闘員や武器/兵器が送り込まれている最中、西側の有力メディア「市民の蜂起」というおとぎ話を宣伝していた。そうした宣伝の「情報源」とされたのがシリア系イギリス人のダニー・デイエムやSOHR(シリア人権監視所)。シリア政府の弾圧を訴え、外国勢力の介入を求める発言を続けていた。

しかし、2012年3月1日にダニーや彼の仲間が「シリア軍の攻撃」を演出する様子を含む映像が流出し、彼の情報がインチキだということが判明する。が、CNNを含む西側メディアはこうした事実を無視、偽情報を大々的に「報道」しつづけた。

そして2012年5月、ホムスで住民が虐殺される。反政府勢力や西側の政府やメディアはシリア政府軍が実行したと宣伝、これを口実にしてNATOは軍事侵攻を企んだが、宣伝内容は事実と符合せず、すぐに嘘だとばれてしまう。その嘘を明らかにしたひとりが現地を調査した東方カトリックの修道院長だった。その修道院長の報告をローマ教皇庁の通信社が掲載したが、その中で反政府軍のサラフィ主義者や外国人傭兵が住民を殺したとしている。

その修道院長は「もし、全ての人が真実を語るならば、シリアに平和をもたらすことができる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は地上の真実と全く違っている。」と語っている。また、現地で宗教活動を続けてきたキリスト教の聖職者、マザー・アグネス・マリアムも外国からの干渉が事態を悪化させていると批判していた。その後もシリアで戦闘が続き、侵略軍が優勢になる理由のひとつは、西側の有力メディアが真実を語らなかったことにあると言えるだろう。

2012年にはアメリカ軍の情報機関DIA(国防情報局)が反シリア政府軍の主力はサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団を中心に編成された戦闘集団だと指摘する報告書をホワイトハウスに提出している。報告書の中で、東部シリア(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配国が作られる可能性があるとも警告されている。この警告は2014年、ダーイッシュという形で現実になった。

ダーイッシュの出現を口実にしてアメリカは2014年9月に連合軍を組織、アサド体制の打倒を目指す。連合軍に参加したのはサウジアラビア、カタール、バーレーン、アラブ首長国連合のペルシャ湾岸産油国、ヨルダン、トルコ、さらにイギリス、オーストラリア、オランダ、デンマーク、ベルギー、フランス、ドイツなど。

この連合軍は2014年9月23日に攻撃を始めるが、その様子を取材したCNNのアーワ・デイモンは翌朝、最初の攻撃で破壊されたビルはその15から20日前から蛻の殻だったと伝えている。その後、アル・ヌスラやダーイッシュはシリアで勢力を拡大していくが、その理由は連合軍が本気で攻撃していなかったからだ。主なターゲットはシリアのインフラや市民だったようである。その後、アル・カイダ系武装集団やダーイッシュは支配地を拡大していく。

そうした流れを変えたのが2015年9月30日に始まったロシア軍の空爆。アメリカ主導軍と違い、ロシア軍はシリア政府の要請に基づいての軍事介入だった。そして戦況は一変、侵略軍は押され始め、今では崩壊寸前になっている。そこでアメリカは地上軍を軍事侵攻させざるをえなくなった。

イスラエルはモサド(対外情報機関)の長官、アマン(軍の情報機関)の長官、国防省の高官をワシントンへ派遣、国家安全保障担当補佐官のH・R・マクマスター、副補佐官のダイナ・パウエル、そしてジェイソン・グリーブラットと会談するというが、「ダーイッシュ後」のシリアについても話し合うだろう。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201708190000/
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/816.html#c32

[近代史02] 中国人のこういう所が大好き 中川隆
91. 中川隆[-6644] koaQ7Jey 2017年8月19日 11:40:50 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2017年08月19日 香港で失われる自由 本土なみの監視抑圧社会へ


香港はいつまで自由でいられるだろうか
引用:http://pic.pimg.tw/miihuang/1429603468-483029556.jpg

香港で中国公安が活動

1997年に香港が返還されたとき、(ごく一部の)香港人と中国人は「イギリスの植民地から解放されて香港は自由になった」と喜んでいた。

自由の尺度は人それぞれだが、大部分の香港人にとって、イギリス植民地にはあった自由が中国の「植民地」ではなくなりつつある。

2014年には学生を中心として香港民主化デモ(雨傘デモ)が発生し、推定50万人が主要な地区で座り込みを行い封鎖した。

          
だが結局は香港警察に個別に拘束されて解体し、さらにこのデモは中国警察と公安が香港に介入するきっかけになってしまった。

香港返還時のイギリスとの協定によって、1997年から50年間、本土の警察や軍隊は香港で活動できない事になっている。

だが2014年の香港デモの際に、中国公安が香港入りしてデモ鎮圧に活動していたのは周知の事実で、以降公然と香港で活動している。


2015年10月に香港で中国共産党幹部を批判する本を出版し販売していた「銅鑼湾書店」の関係者5人が突然失踪しました。

失踪時から中国公安に拘束されたと噂されていたが、2016年3月から6月にかけて4人が釈放され、やはり中国公安に拘束されていたのが分かった。

中国公安は香港に侵入して連れ去ったと見られるが、4人は「自主的に出頭した」など有り得ない事を言っている。


5人のうり1人はまだ釈放されておらず(拘束したことも認めていない)既になくなっているか収容所に入れられたと推測される。

香港で失踪したのは書店関係者だけではなく、中国の富豪「肖建華」は滞在先の香港の高級ホテル「フォーシーズンズ」から忽然と姿を消した。

2017年1月27日に失踪した肖建華は、習近平の最大の敵だった江沢民を支持し、公然と習体制批判を行っていた。

中国本土の不自由さ

もはや香港の路上に居ようが、香港の最高級ホテルで鍵をかけていようが、中国公安に拉致されてしまうのが明らかになった。

それでも多くの中国人は、本土よりいくらかは自由な香港に、移住してくる人が多い。

習近平や共産党を批判するような「バカな真似」をしなければ、香港ではほどほどの自由を満喫できる。


中国公安が香港で活動していても、表向きは存在してはならないのであり、目をつけられていないなら問題ない。

香港には様々な中国化が押し付けられていて、例えば香港議会(立法会)では中国を支持しない議員は資格停止になっている。

香港のトップである行政長官など要職には、中国共産党の推薦がなければ立候補すらできなくなっている。


それでも中国人が香港の方が自由だと感じるのは、本土では例えばネットやITを駆使した人民統制が強化されている。

ネット上での行動はIDによって個人識別され、何月何日にどのサイトで何を書き込んだか、全て記録されている。

共産党批判やネット上の不適切な行為は現実世界と連動して制裁され、ローンを組めなくなったり、就職できなくなったりする。


運転免許も剥奪されインターネット契約も出来なくなり、その人の名前ではネットカフェすら利用できないらしい。

逆に現実世界で交通違反をしたら、ネットの書き込みができなくなったり、インターネット契約ができなくなる。

そして最近この制度に「顔認証」を連動し、駅に入れなくしたり交通機関を利用出来なくするなどが実用化しようとしている。


こうした事はウイグルやチベットなどで頻発するテロに対応したものだが、14億人全員が同様に管理される。

想像しただけで息苦しく、窒息しそうな世界ですが、香港にはまだそうした制度が無く、中国本土に比べれば自由を楽しめる。

だが香港だけの特別扱いを、中国がいつまでも許しておくとは考えられない。
http://www.thutmosev.com/archives/72212403.html

http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/289.html#c91

[政治・選挙・NHK230] 「安倍総理から日本を守ろう」/政界地獄耳(日刊スポーツ) 赤かぶ
1. 中川隆[-6643] koaQ7Jey 2017年8月19日 11:45:12 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

アメリカの手先の官僚とCIA・中国の工作員から日本を守ろう


反原発運動は中国・朝鮮工作員が扇動していた
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/702.html

反原発派は知恵遅れ
http://www.asyura2.com/16/genpatu47/msg/781.html

共謀罪批判は中国・朝鮮工作員が扇動していた
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/711.html

護憲運動はCIA・中国・朝鮮工作員が扇動していた
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/703.html

「面従腹背」に官邸疑心=加計問題、霞が関の不満影響か _ 加計問題は CIA が扇動していた
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/114.html
http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/843.html#c1

[政治・選挙・NHK230] 安倍首相が愕然!「断末魔を迎えた安倍ゲシュタポ内閣の悪足掻き」の水爆級の猛威 紫式部
6. 中川隆[-6642] koaQ7Jey 2017年8月19日 13:53:13 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
>>5
>改憲を押し付けているのはアメリカである。


こういう何も知らないアホが多過ぎるんだな:

日本は攻撃用兵器を保有できるか? 巡航ミサイル導入議論


防衛だけしていても「防衛」はできないという矛盾を自衛隊は抱えている


日本がトマホーク導入希望

一部報道によると北朝鮮情勢が厳しくなる中で、日本政府が巡航ミサイル導入を希望しているとされている。

米国製「トマホーク」導入を想定し、来年度予算に調査費計上を予定していると、政府関係者が語ったという。

自民党は4月30日、北朝鮮の弾道ミサイルなどを想定し、敵基地攻撃能力の保有を政府に提言していました。

過去には日米防衛協力のための指針、日米ガイドラインで日本は敵基地を含めるよう要請したが、米側が拒否してきた。

この議論は日本国内で何度か盛り上がった事があったが、アメリカの反対などで毎回断念してきた。

アメリカは何度か日本に戦争への参加や攻撃能力取得を求めたが、日本側が要望したときには拒否してきた。


古くは1950年の朝鮮戦争時、非武装だった日本に「日本軍再結成」と朝鮮出兵を求めてきて、日本側は拒否した。

ベトナム戦争の時も協力要請があったが、やはり日本側は直接の協力を拒否し、湾岸戦争でも出兵を拒否した。

それでいて日本がF2戦闘機やF22戦闘機取得で攻撃能力を得ようとすると、アメリカは毎回拒絶してきた。


1993年に北朝鮮が核開発と弾道ミサイル開発を本格化させたとき、米クリントン政権は北朝鮮攻撃を決め、日本に協力要請してきた。

日本側はまた協力を拒絶した一方で、日本が戦闘機に攻撃能力を持たせる件を、アメリカ側が拒絶してきた。

こうした両国の食い違いによって北朝鮮は野放しになり、日本は攻撃用兵器を取得できずにいる。


日米安保の機能不全

日本が戦闘機などに敵基地攻撃能力を持たせようとすると、アメリカは必ず「極右政権」や「侵略戦争を肯定している」のような批判を浴びせた。

つまりアメリカは朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争などで自分が負けそうに成ると「おい日本、敵を攻撃しろ」と言ってくるが、攻撃用の兵器を持とうとすると反対している。

2013年頃にも自衛隊が独自開発する短距離弾道ミサイルを配備するという話があったが、その後情報はなく立ち消えになったかも知れない。


今回の巡航ミサイル導入も、トマホークはアメリカ製兵器であり、アメリカが許可しなければ導入できない。

一連の出来事で分かるのは、アメリカ政府は日本が攻撃用兵器を保有する事を、過去ずっと拒絶してきたという事です。

敵基地を攻撃できるという事はハワイやグアム、アメリカをも攻撃できるという事で、アメリカ軍にとって脅威となる。


生かさずころさずという言葉があるが、アメリカは日本が「過剰な軍事力」を持たないように、日米安保という枠に嵌めている。

日米安保が有る限り日本は守られるが、その一方で日本が攻撃兵器を持つことは許さない。

日本が他国を攻撃できなくすることで、アメリカは日本の軍事的主導権を握り、何でも要求を飲ませる事ができます。


早い話、日本が核ミサイルを保有してしまえば、アメリカが貿易赤字で騒いでも、日本政府は「だからなに?」と突っぱねるでしょう。

現実の日本はアメリカに安全保障を依存しているので、アメリカの要求を拒否することはできません。

アメリカの機嫌を伺っているのだが、攻撃用兵器を保有しないことで、ますます日本のアメリカへの発言力は低下している。
http://www.thutmosev.com/archives/70798368.html

http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/840.html#c6

[政治・選挙・NHK230] 歯止めなき軍事費増強 この国の末路は日米軍事同盟破産(日刊ゲンダイ) 赤かぶ
1. 中川隆[-6641] koaQ7Jey 2017年8月19日 18:13:44 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
こいつ、知恵遅れだろ

軍事費で破産した国なんか存在しない

金を使えば使う程景気が良くなって賃金も上がるんだ

日本も戦時中は空前の好景気を謳歌していた
http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/851.html#c1

[政治・選挙・NHK230] 歯止めなき軍事費増強 この国の末路は日米軍事同盟破産(日刊ゲンダイ) 赤かぶ
4. 2017年8月19日 18:26:11 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
>国民は食うもんもなかったんや


デマ流すなよ。真実は:


アメリカはわざと日本人を飢えさせた

テレビや映画や小説では「戦後」は美しいものの同義語で語られていて、まるで理想郷のように描かれている。

そこでは貧しいながらも人々は協力して生き、戦後の復興をなしとげたとされている。

またGHQは困窮した日本人に食料を支給して助け、民主主義を与えたとも言われている。

          
こうした物語は映画やドラマの中だけで十分であり、事実とは程遠いか、正反対だった。

GHQは日本人に食料を与えるどころか奪い取ってわざと飢えさせて、日本人を従わせる手段に用いていた。

戦争前後は食糧難だったのはよく知られているが、戦時中に日本国内で(朝鮮台湾でも)飢えて亡くなった人や、その危険はなかった。


都会の人は空襲で疎開したが、農村には食べるものがあり、十分ではなかったが飢餓状態などではなかった。

それが戦争が終わって平和になり、アメリカ軍が占領したら食料が足りなくなり、「来年は1000万人が食糧不足で亡くなる」と総理大臣が警告する事態になった。

多くの要因があるが最大のものはアメリカ合衆国自体で、戦争の報復としてわざと日本人を飢えさせていました。


占領軍による妨害で日本は食糧の輸入ができなくさせられ、生産活動も制限され、経済破綻しました。

農業も経済の一部なので、国が経済破綻すると農業生産が停止して、食糧不足に陥ります。

終戦の昭和20年から昭和25年まで、日本はほとんどの工業生産を禁止され、前近代社会になりました。


経済破綻するように仕向けた

戦前から存在する設備を更新することは出来ず、農業生産に支障を来たし、外地に出兵した男達は中々帰ってきませんでした。

「戦争が終わって平和になった」と書いたが、そのこと自体が日本経済を破綻させる原因を作り出しました。

戦争中はあらゆる兵器をフル生産していたが、それが8月15日を境に全面停止になり、一切の生産活動が停止した。


困った日本政府は紙幣を印刷して「金融緩和」したが、激しいインフレを引き起こしました。

物を生産していないのにお金だけばらまいたからだが、当時の日本政府は他にどうする事もできなかった。

あらゆる工場が全て操業停止、鉄道は空襲で破壊しつくされ交通網が分断され、労働者たる男達は外地に居るか戦犯として逮捕されていた。


空襲によって東京など都市部の多くの人は家を失ってホームレスになっていて、路上や公園などで生活していました。

この頃アメリカ本国では、日本人のこうした窮状を伝えては「楽しんでいた」のが分かっています。

自分たちが倒した敵が飢えて苦しんでいるのを見て面白がっていたのが、本当の戦後の世界でした。


一例として占領軍は広島や長崎の被爆者を診療したが、治療をせずに「治療するふり」をして、どのように悪化するか観察しました。

生産活動が禁止され輸入も禁止されているので、復興が進まずホームレスが溢れているのも、無論そうなるように仕向けていました。

さらに占領軍は日本人同士が憎み会うように、心を破壊する政策を実行していました。


アメリカは日本人の食料を絞り上げた上で、自分の手で少し援助した。
援助を受け取った人達はアメリカに感謝し日本を憎むよう仕向けられた。
enjo
引用:http://blog.nihon-syakai.net/blog/wp-content/uploads/img2011/enjo.jpg


美しくない戦後

NHKというラジオ放送局(当時唯一のラジオ)で「真相はこうだ」という日本軍や戦前の日本の暴露番組を放送させました。

内容は日本軍がいかにアジア人や欧米人に酷い事をしたかという物だったが、内容は全て嘘だったのが分かっています。

だが当時の日本人はこうした「真相」を信じ、日本人同士で憎みあったり攻撃するようになりました。


愚かなことに「こんな酷い日本を倒してくれて有難う」「原爆を投下してくれて感謝します」とアメリカ軍に感謝する連中すら大勢居た。

人々は最初アメリカ軍を鬼畜だと思っていたが、食料を恵んでくれるので、感謝するようになっていった。

実は占領軍はわざと食料を絞り、日本人を飢えさせてから、犬を手なずけるように「餌」を与えていきました。


学校では子供たちに「日本は悪の国」「アメリカは正義の国」と教え込み、拒否する教師は戦犯として逮捕しました。

じゅうたん爆撃や原爆で数百万人が犠牲になり、本来なら犯人であるアメリカ人を憎むべき所なのだが、次第に日本のせいだと思い込むようになった。

終戦時に外地には日本軍数百万人が存在したが、ソ連や中華民国の捕虜になった日本兵は、洗脳した順番から帰国を許された。


集団学習や反省、謝罪(今日使われるような軽い意味ではない)などで日本は悪の国と教え込み、拒否したものは永遠に帰国できなかった。

アメリカ軍の捕虜になると多少ましだったが、戦犯として裁かれ、やはり徹底して「日本は悪の国」と教え込んだ。

こうして「日本に原爆を落としてくれて有難う」などと言う日本人が大量生産され、この人達が現在の左翼になっていきます。


この状況が1948年まで続き、1950年に朝鮮戦争が勃発して、急にアメリカは日本の工業力や日本軍の軍事力を必要とするようになります。

ここから日本側の発言力が強まって復興へと繋がっていくのだが、戦後数年間の占領が長く日本を蝕むことになります。
http://www.thutmosev.com/archives/72011631.html

http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/851.html#c4

[政治・選挙・NHK230] 歯止めなき軍事費増強 この国の末路は日米軍事同盟破産(日刊ゲンダイ) 赤かぶ
10. 中川隆[-6640] koaQ7Jey 2017年8月19日 19:09:00 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
>それがのちに急激なインフレに繋がった それが戦後の混乱の原因ね


終戦直後も大したインフレにならなかった

戦後のインフレは土地改革で地主に払うお金をタダ同然にする為に、GHQが意図的に作ったもの

普通にやっていれば食料不足もインフレも絶対に起きなかった


詳細は

日本の1946年預金封鎖
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/740.html

http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/851.html#c10

[番外地6] 日本の1946年預金封鎖 中川隆
4. 中川隆[-6639] koaQ7Jey 2017年8月19日 19:16:16 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

戦争体験者は、敗戦後はアメリカの占領の下で、「さらにひどい食糧難」を経験したことを語っている。

コメの遅配、欠配が続き、どこの家庭でも買い出しに出て、「闇米」を手に入れなければ食べていけない状況が続いたのは、いうまでもなくアメリカの占領政策によるものであった。


 ▼マッカーサーは、GHQに到着してすぐの1945(昭和20)年9月22日、「日本は産業、通商、軍事その他いかなる部門においても、完全に壊滅の状態にある。食糧供給はほとんど止まり、破局寸前の状況にある。日本が犯した罪に対する懲罰は、始まったばかりであり、長く厳しいものになるであろう」と公言し、懲罰としてこの様な状態を強いる意図を隠さなかった。GHQが貿易を全面的に禁止したことは、日本人の食糧事情を戦前の水準以下におしとどめるためでもあった。

 ▼名古屋に駐留した米第25師団長モラン少将は「連合国軍の日本占領を成功させる手段としては、まず日本の食糧不足を利用し、当面は食糧を封鎖して、日本人の抵抗意欲の抑止を第一目標とする。つまり、食糧攻めにすることだ」とのべた(中西薫著『名古屋戦乱物語』)。

 ▼モランはさらに、「(日本の)軍国主義体制を崩壊させ、武装解除が完了した段階で、徐々に米国の余剰農産物を活用し、無償・有償援助を実施して日本人に恩義を感じさせる。それまではたとえ日本農業の米麦が増産されたとしても、配給量を増加する許可を絶対に日本政府に与えてはならない」と訓示していた。名古屋では、熱田造兵廠に備蓄されていた大量の古米、小麦がすべて没収された。それは日本国内の食料難に供するのではなく、「損害賠償物資」として国外に流された。

 ▼GHQは、「闇米が出回るから、遅配・欠配が続く」などといって、買い出し列車に警察官を乗り込ませるなど、「闇米」の徹底的な取り締まりとともに、直接ジープで農家に乗りこみ、強制的に供出させることまでやった。


[戦後余剰農作物を日本に押しつけ]

 ▼こうしたなかで1946(昭和21)年、元大統領フーバーが食糧事情調査団として来日。予定どおり「食糧援助」への布石を打った。そしてこの年11月30日「ララ物資」第一便としてミルク・衣類・薬品など450トンが横浜港に到着した(写真あり:学校給食用の脱脂粉乳などの「ララ物資」第一便の歓迎に動員された横浜の子供たち)。戦後、学校給食に使われた脱脂粉乳はこの「ララ物資」によるものであった。

 ▼マッカーサーは「経済的扼殺」の成果を踏まえて、1947年2月23日、「飢餓は社会不安、混乱、暴動を生み出すに違いない。国民はどんなに邪悪な思想だろうが、食べ物を与えてくれるものに、安易に走るのだ」と「食糧援助」を本国に要請した。

 ▼こうして11月6日、「アメリカに感謝いたしましょう」と放出された輸入食糧の多くは、もともと家畜飼料で栄養値に劣るコーリャンやトウモロコシであった。それはアメリカでの市場買付け価格の二倍の高値で日本国民に押しつけられたが、「我慢して食べてもたちまち胃腸をこわす」という悪質なものであった。

 ▼「米価審議会委員」「食品流通審議会委員」などを歴任した岸康彦氏は著書『食と農の戦後史』のなかで、「フーバーは単なる慈善のために食糧援助に力を入れたわけではない。第一次大戦後、米国は大量の余剰小麦を抱え込んだ。食糧援助は飢餓救済と合わせて、米国の倉庫から、余剰小麦をへらして国際市況の低落を防ぐこと、さらには共産主義の浸透に対する防壁として農産物を利用することも狙っていた」と指摘している。

 ▼国会での感謝決議をおこなって受け入れたこれらの「援助物資」は、ガリオア・エロア基金という「見返資金制度」によるものであった。それは、物資に相当する金額を日本側が積み立てて、その30%は在日米軍基地の費用にあてるなど、資金の運用はすべてアメリカの許可を必要とした。

 ▼アメリカはそのうえに1953年、「ガリオア・エロア返済」を日本政府に要求した。そして60年「安保改訂」後の1962年、「日本はアメリカの妾(めかけ)みたいなものだから、だんなのご機嫌をとるのは当然だ」と放言した池田勇人が首相となって、4億9000万ドルの返済を実行したという屈辱的な事実も消し去ることはできない。
http://electronic-journal.seesaa.net/article/252217217.html
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/740.html#c4

[番外地6] 日本の1946年預金封鎖 中川隆
5. 中川隆[-6638] koaQ7Jey 2017年8月19日 19:18:14 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

戦後の日本のインフレは戦時中の借金とは何の関係もない

米軍に国土を焼け野原にされ、供給能力が極端に落ち込んだ1946年の日本であってさえ、物価が6倍「程度」のインフレでしかなかったのだ。

 当時の我が国の供給能力は、戦前と比較して実に2割の水準にまで落ち込んだと考えられている。供給能力の8割を喪失してさえ、インフレ率が500%程度で済むわけだから、日本国の生産力や技術、さらには「人材」の蓄積は凄まじい限りだ。


戦後、物が不足したのは米軍が意図的に物資を市場に出さなかったから。

別に需要が生産量より多かったからではないですね。


戦争体験者は、敗戦後はアメリカの占領の下で、「さらにひどい食糧難」を経験したと語っている。

コメの遅配、欠配が続き、どこの家庭でも買い出しに出て、「闇米」を手に入れなければ食べていけない状況が続いたのは、アメリカの占領政策によるもの。

終戦直後は大したインフレは起きなかった。

円がその後安くなったのはアメリカの命令で戦時国債を踏み倒す為に意図的に紙幣をそれまでの何十倍も発行したからだ

アメリカが日銀にやらせたのは、それまでの 1円札を100円札に名称変更して、戦時国債の額面だけは昔と同じままにしておいた。


戦後の農地解放と同じで、アメリカは地主の金を貧農・小作人に再分配させる為に円の額面を変えたんだ。 だからハイパーインフレとは全く違う。
その結果、農民はすべて自民党支持層になって日本が共産化する可能性がなくなったたんだ。

ドイツやジンバブエのハイパーインフレとは中身が全然違うよ


因みに、日本が一億総中流、世界で一番成功した社会主義国と言われる様になったのは

・GHQ の農地改革で富農の土地をインフレ前に強制買い取り、小作農にインフレ後にインフレ前の金額と同額(タダ同然)で売ってその金額だけ売主に渡した

・意図的なインフレと預金封鎖で富裕層の預金を没収


が原因

要するに、日本を共産化させない為にブルジョアジーの持つ農地と銀行預金・国債を没収してプロレタリアートに再分配したんだ

一億総中流の無階級社会になったらもう共産革命を起こす必要がなくなるからね

損したのは預金を没収された資産家と農地改革で農地を昔の地価と同じ額面のままインフレで安くなった新円札で売らされた大地主だけ

農地を地主からタダ同然で買わせて貰った小作人は一気に土地持ちの資産家になって、それ以降自民党とアメリカの支持者になった

それが自民党一党独裁が今迄ずっと続いた理由
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/740.html#c5

[番外地6] 日本の1946年預金封鎖 中川隆
6. 中川隆[-6637] koaQ7Jey 2017年8月19日 19:19:43 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

戦後のインフレと言われているのはアメリカの指示で戦時国債を返さなくても良くする為に、意図的に円の価値を下げて、借金の額面だけ据え置いただけの話

デノミの逆をやって資産家の財産を取上げたんだ

インフレは供給より需要が大きい場合にしか起きない
日銀がいくら金融緩和しても株式市場や海外投資に廻るだけで物価は上がらない


そもそも日本は常に供給過剰な国でハイパーインフレになった事は一度もない

ハイパーインフレーションとはフィリップ・ケーガンにより、「インフレ率が毎月50%を超えること」と定義されている。毎月のインフレ率50%が継続すると、一年後には物価が130倍に上昇することになる。すなわち、インフレ率13000%である。


戦後の日本は確かにインフレ率が高まったが、別にハイパーインフレになどなっていない。

米軍に国土を焼け野原にされ、供給能力が極端に落ち込んだ1946年の日本であってさえ、物価が6倍「程度」のインフレでしかなかったのだ。

戦後、物が不足したのは米軍が意図的に物資を市場に出さなかったから。

別に需要が生産量より多かったからではない。

戦時中も終戦後しばらくも大したインフレにならなかったんだから、農業が再開されれば食料不足は有り得ない、

従って戦後のインフレはアメリカが意図的に作った偽りのインフレという事

元々日本は供給能力が高かったから輸入と上手く組み合わせればインフレになる訳ないんだよ

米軍は食料の流通と配給制度を破壊した上で、ララ物資という食料を配給し、アメリカに恩義を感じさせる政策をとったんだよ。

GHQは小麦や脱脂粉乳などのアメリカの余剰農産物を大量に日本に輸出したかったので、日本の農業を壊滅させる占領政策を取ったんだ。
それが農家には食料が有り余っていたにもかかわらず餓死者が出た理由

 東京の小売物価は、全国平均と比べて高く推移する傾向があった。その東京の小売物価指数で見てさえ、1946年のピーク時のインフレ率は500%「程度」に過ぎない。
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/740.html#c6

[政治・選挙・NHK230] 歯止めなき軍事費増強 この国の末路は日米軍事同盟破産(日刊ゲンダイ) 赤かぶ
13. 中川隆[-6636] koaQ7Jey 2017年8月19日 19:21:24 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
>価格が三倍になるインフレがたいしたインフレじゃない?


アメリカが意図的に作ったインフレだからね

普通にやっていたらインフレにすらならなかったんだよ
http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/851.html#c13

[政治・選挙・NHK230] 歯止めなき軍事費増強 この国の末路は日米軍事同盟破産(日刊ゲンダイ) 赤かぶ
16. 中川隆[-6635] koaQ7Jey 2017年8月19日 19:53:32 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
>>15
紙幣の流通量を意図的に10倍にすれば物価も10倍になるだろ

そうすれば地主に強制的に売らせた土地の実質的価格も1/10になるから、小作人は1/10の値段で土地を買える

それが戦後の土地改革の成功の理由だ


http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/851.html#c16

[政治・選挙・NHK230] 歯止めなき軍事費増強 この国の末路は日米軍事同盟破産(日刊ゲンダイ) 赤かぶ
17. 中川隆[-6634] koaQ7Jey 2017年8月19日 20:09:53 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
預金封鎖して金持ちが銀行預金を引き出せない様にしてから物価を意図的に10倍にすれば、金持ちの財産も1/10になる

GHQはそうやって日本を階級のない平等な国にしたのさ

ルーズベルトは共産主義者だったから、終戦直後のGHQも共産主義的政策を取っていたのさ
http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/851.html#c17

[政治・選挙・NHK230] 前原氏の書生のような考えでは自公が大拍手。小沢一郎のオリーブの木に学べ!(かっちの言い分) 笑坊
1. 中川隆[-6633] koaQ7Jey 2017年8月19日 20:38:17 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
小沢一郎に学べ!

幹事長だった小沢のもとで作成されたマニフェストも、小沢自身によって破られる始末

「ガソリン値下げ隊」まで作り、ガソリン暫定税率廃止をマニフェストに記載してまで当時幹事長だった小沢一郎が国民に約束したにもかかわらず、マニフェストは反故にされました。

なんと小沢自身が官邸に乗り込んで、ガソリン暫定税率維持を首相に押し込んだのです。


そもそも小沢と民主党は、マニフェストを前面に打ち出して2009年に政権の座についたのに、そのマニフェストはまったく実行されなかった。「マニフェストは国民との契約」と言っていたにもっかかわらずそうなのである。

国債を発行しないも嘘だった。増税しないも嘘だった。高速道路無料化も嘘だった。最低賃金を上げるも嘘だった。埋蔵金を発掘して財源とするというのも嘘だった。天下りを許さないというのも嘘だった。暫定税率を廃止するというのも嘘だった。内需拡大して景気回復するというのも嘘だった。ガソリン税廃止するというのも嘘だった。

それでいて、朝鮮人学校無償化、人権侵害救済法案、外国人住民基本法、夫婦別姓、外国人地方参政権等には真剣に取り組み、野田佳彦に至っては福島復興をおざなりにしながら2011年10月19日には韓国との通貨スワップを5兆円に拡大していた。
http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/857.html#c1

[リバイバル3] 「住宅は資産」という幻想で誰があなたをカモにするのか? 中川隆
105. 中川隆[-6632] koaQ7Jey 2017年8月19日 21:36:58 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

▼要注意!分譲マンション ここが落とし穴! 


 私は元々から超高層マンションが大嫌いだ。階下で火事でも起きようものなら、逃げ場がない。屋上からヘリで救助してもらう? 

 あり得ない。炎が竜巻状となって、ビルに近づくことさえ不可能だ。

**************

マンションGメンさんがこんなことを言った。 (原文のまま)

▼「家賃がもったいないから、早くマンションを買ったほうがいい」←マンションを買うと、管理費、修繕積立金、固定資産税、駐車場使用料などがかかるが、これらを20年払い続けると800万円以上になる。加えてローンの返済。年収400万円でマンションを買うのは無謀であり、地獄への片道切符だ。


▼マンション価格が上がり過ぎたのは、建設費高騰、建設業界の人手不足が大きな原因であり、マンションの質が良くなっているということではないし、需要が盛り上がっているということでもない。今の状況を分かりやすく言うと、設備仕様が落とされた住戸面積の狭い新築マンションを高値で買うということ。


▼関東の賃貸用住宅の空室率

茨城県  27.5%
群馬県  25.0%
栃木県  24.4%
千葉県  20.5%
埼玉県  18.4%
神奈川  16.1%
東京都  14.5%

北関東の賃貸マンション、アパートに住むと、隣は空室、上階は空室・・・静かで快適かもしれない(笑)

▼タワーマンションは雨漏りをすることがよくあるが、タワーマンションは揺れるように造られており、震度3程度でもかなり大きく揺れたり、風が強い日にもグラグラと揺れるので、外壁の継ぎ目のコーキングが疲弊しやすいのだ。これが雨漏りの大きな原因になっている。

▼日本は飛び降り自殺も多いので自殺の名所的なマンションが沢山あるが、この自殺の名所的なマンションというのは地元の人しか分からない。住戸内での首吊り自殺は不動産取引の告知義務に該当するが、飛び降り自殺というのは共用部分で起こるものなので告知義務には該当しない。中古を検討している方へ。

▼欧米の高層マンション事情

@子育て世代は4階以上に住まないように(イギリス)
A子供のいる家庭は5階以上に住まないように(スウェーデン)
B1973年に高層住宅の建設を禁じる通達(フランス)
C住宅の高さ制限を導入(ワシントン、サンフランシスコ)

▼マンションの1階がスーパーなど大型店舗になっていると便利だと思うだろうが、こういうマンションは構造的に地震には弱いので気をつけたほうがいい。壁や柱が少なくなれば、当然、建物は揺れに弱くなる。阪神大震災で明らかになっている。このようなマンションの補強工事は机上の空論。

▼持家のデメリット

@長期で莫大な借金
A金利上昇リスク
B資産価値下落リスク
C返済に行き詰るリスク
D自然災害リスク
E簡単に住み替えができない
F失敗度合によっては破産、自殺

賃貸のデメリットと比較すると深刻なものばかりだ。
http://79516147.at.webry.info/201708/article_224.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/615.html#c105

[リバイバル3] 高層マンションには住んではいけない 中川隆
20. 中川隆[-6631] koaQ7Jey 2017年8月19日 21:38:26 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

▼要注意!分譲マンション ここが落とし穴! 

 私は元々から超高層マンションが大嫌いだ。階下で火事でも起きようものなら、逃げ場がない。屋上からヘリで救助してもらう? 

 あり得ない。炎が竜巻状となって、ビルに近づくことさえ不可能だ。

**************

マンションGメンさんがこんなことを言った。 (原文のまま)

▼「家賃がもったいないから、早くマンションを買ったほうがいい」←マンションを買うと、管理費、修繕積立金、固定資産税、駐車場使用料などがかかるが、これらを20年払い続けると800万円以上になる。加えてローンの返済。年収400万円でマンションを買うのは無謀であり、地獄への片道切符だ。


▼マンション価格が上がり過ぎたのは、建設費高騰、建設業界の人手不足が大きな原因であり、マンションの質が良くなっているということではないし、需要が盛り上がっているということでもない。今の状況を分かりやすく言うと、設備仕様が落とされた住戸面積の狭い新築マンションを高値で買うということ。


▼関東の賃貸用住宅の空室率

茨城県  27.5%
群馬県  25.0%
栃木県  24.4%
千葉県  20.5%
埼玉県  18.4%
神奈川  16.1%
東京都  14.5%

北関東の賃貸マンション、アパートに住むと、隣は空室、上階は空室・・・静かで快適かもしれない(笑)

▼タワーマンションは雨漏りをすることがよくあるが、タワーマンションは揺れるように造られており、震度3程度でもかなり大きく揺れたり、風が強い日にもグラグラと揺れるので、外壁の継ぎ目のコーキングが疲弊しやすいのだ。これが雨漏りの大きな原因になっている。

▼日本は飛び降り自殺も多いので自殺の名所的なマンションが沢山あるが、この自殺の名所的なマンションというのは地元の人しか分からない。住戸内での首吊り自殺は不動産取引の告知義務に該当するが、飛び降り自殺というのは共用部分で起こるものなので告知義務には該当しない。中古を検討している方へ。

▼欧米の高層マンション事情

@子育て世代は4階以上に住まないように(イギリス)
A子供のいる家庭は5階以上に住まないように(スウェーデン)
B1973年に高層住宅の建設を禁じる通達(フランス)
C住宅の高さ制限を導入(ワシントン、サンフランシスコ)

▼マンションの1階がスーパーなど大型店舗になっていると便利だと思うだろうが、こういうマンションは構造的に地震には弱いので気をつけたほうがいい。壁や柱が少なくなれば、当然、建物は揺れに弱くなる。阪神大震災で明らかになっている。このようなマンションの補強工事は机上の空論。

▼持家のデメリット

@長期で莫大な借金
A金利上昇リスク
B資産価値下落リスク
C返済に行き詰るリスク
D自然災害リスク
E簡単に住み替えができない
F失敗度合によっては破産、自殺

賃貸のデメリットと比較すると深刻なものばかりだ。
http://79516147.at.webry.info/201708/article_224.html

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/654.html#c20

[番外地6] 日本の1946年預金封鎖 中川隆
7. 中川隆[-6630] koaQ7Jey 2017年8月19日 22:15:01 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

米国の食糧輸出戦略
(1)、ガリオア、エロア、ララ援助

ちなみに敗戦後の小学校では、昭和二十一年(1946年)十二月から、米国産の脱脂粉乳を中心とする学校給食が始まりました。

それが米国産小麦粉から作るパンを主食とする完全給食になったのは、大都市では昭和二十五年(1950年)二月からで、全国の都市部では翌年二月からでした。

この給食はガリオア = GARIOA(Government Account for Relief In Occupied Areas)占領地救済資金、及びエロア = EROA(Economic Rehabilitation in Occupied Areas)占領地経済復興基金、からの援助プログラムによる米国産の小麦の払い下げを受けて発足したもので、ガリオア援助には食糧以外にも原綿、肥料、燃料、医薬品もふくまれていました。

日本に対する援助はこれ以外に国連が管理したララ=LARA(Licensed Agency for Relief of Asia)アジア救済機関による援助があり、これにより米国産の粉ミルクが日本全国の小学校児童に配給されました。

ガリオアによる援助は昭和二十三年(1948年)にエロア援助に吸収されましたが、基金の性格、その目的(米国における余剰農産物の処理)から、本来占領地域に対する無償援助の「はず」でした。

(2)、だまし、と脅し(Bluff)の手法

これは欧州に対する対共産主義政策の一環としての無償援助であるマーシャル・プラン(注:1)に対応したもので、日本に対しても当初は無償援助と言っておきながらサンフランシスコ講和条約締結を前に、昭和23年(1948年)1月に米国政府が突然総額二十億ドル(注:2、当時の為替レートで七千二百億円)の援助の立て替え代金(?)を請求したので、日本政府は「寝耳に水」と驚きました。


無償援助ではなく有償でもない、貸与したとする口実を米国は考えついたのです。

品質、鮮度が商品価値を左右する農産物について、大量の現物貸与などという話はこれまで聞いたことがありません。

しかも日本政府はそれまで援助は無償であると信じていて、占領中には国会で「米国の援助に対する感謝決議」までして来たのです。


もし仮に貸与であるとするならば、政府間の貸借契約書があるはずですが、そのような書類は存在しませんでした。

また小麦や脱脂粉乳の援助が有償、つまり売買契約に基づくものであるならば、その売買契約書が存在し、売買金額(トン当たりいくら、または総額いくら)が当然その契約書に記載されているはずです。


ところがガリオア、エロア援助に関する公文書には売買契約に関する文書やそれに関する条項がなく、金額の記載も全くありませんでした。

値段も決めずに何千億円もの品物を買う愚か者など、たとえ占領下でもいるはずがありません。

日本は米国から詐欺に遭ったのです。


最初に巨額な金額を要求して交渉相手をひるませるブラフ(Bluff、脅し)と呼ばれる交渉テクニックは、アメリカでは弁護士の常套手段です。

相手をひるませて交渉の主導権を握り、次に要求を少し減額して譲歩の姿勢を相手に示し、交渉解決に誠意のあるような振りをするのです。


それにより交渉を有利に進め、最後には目的とした金額を相手に支払わせる、とする戦術です。

交渉は難航しましたが、昭和三十七年(1962年)一月に、米国が援助の経緯を勘案した結果、当初請求した金額を定石通りに四億九千万ドル(千七百六十四億円)に減額して交渉成立に誠意を示した(?)ので、日本は十五年の年賦での返済に応じることとなり、後にはそれを完済し解決しました。


かなり減額したように思えますが、それまでに日本は占領に要する経費である終戦処理費として、五十億ドルもの大金を占領軍の為に支出したのです。

あたかも刑務所の看守の給料を、囚人が負担したようなものです。

その一方でマーシャル・プランによる経済援助を受けたヨーロッパの国々で、債務(?)返済に応じた国はありませんでしたが、アメリカ政府は赤子の手をひねるが如く簡単に、支払い義務の無い大金を日本から巻き上げました。


(3)、パン食導入計画、その影響

昭和二十九年(1954年)には学校給食法が国会を通過し、「小麦の粉食形態を基本とした学校給食の普及拡大をはかること」が明文化されて、米作地帯の農村までもコッペパンによる学校給食の普及が進められました。

当時米国の小麦栽培農家連盟の資金で作られた、パン食普及協議会が作成した小冊子「学校給食とパン」には、


コメを食べていると身体が弱く、頭が悪くなり、ガンや脳溢血になり易い
と書かれていました。

実は米国からの農産物援助には米を主食とする日本人を、子供の頃からパン食に慣れさせて、自国産小麦の輸出を図るアメリカ政府の遠大な戦略があったのです。

敗戦後の学校給食のパン食で育った子供が増加、成長し、親になるにつれて、日本人の食生活にも次第にパン食が普及して、その計画は見事に成功しました。


昭和三十九年(1964年)にマクガバン上院議員が米国上院に提出した報告書によると

米国がスポンサーとなった学校給食プログラムによって、日本の子供達が米国のミルクとパンを好むようになり、日本が米国農産物の最大の顧客となった

と書かれています。


具体的には米国産小麦の日本への輸入量は昭和二十八年度(1953年)の百六十八万トンから、昭和三十九年度(1964年)には三百五十九万トンと二倍以上に増加しました。

それ以来パン食が普及するのに伴い主食である米の需要が次第に減少して行き、米の生産過剰の状態が長年続いています。

その結果政府が保有する米の在庫や備蓄については、適正備蓄量百六十万トンのところ、平成十二年度では二倍近い二百八十万トンにも達していて、食糧倉庫には古米(生産後一年以上経過したもの)、古々米(二年前以上経過したもので、長期保存のために味が落ち、米飯には使用されず、せんべいなどの加工用や家畜のエサに振り向ける)が溢れています。

それにもかかわらず日本は米国をはじめ、オーストラリア、カナダから、毎年六百万トンを超える小麦を輸入していて世界最大の小麦輸入国となっていますが、その小麦の七割は米国産です。

つまり米国は自分のカネではなく、日本人の税金を使ってパン食普及の確固たる基盤を日本に作り上げて、大量の小麦の、しかも恒久的輸出先を確保したのです。


(4)、食糧自給率の低下

その後、昭和三十一年(1956年)には「米国余剰農産物に関する日米協定」を結ばせ、農産物輸入義務化により、大きな市場を米国農業に提供しました。

それ以来日本は米国にとって農産物の最大の輸出先となりましたが、その結果、主食の米離れが進み、日本の農業は衰退し、食糧自給率の試算を始めた昭和三十五年度(1960年)の七十九パーセントから、平成十四年度(2002年)ではカロリー換算で四十パーセントまで低下しています。

これほど低い自給率の国は フランスの百三十五パーセント、米国の百二十五パーセントなどに比べて先進国では日本だけですが、小麦をはじめ、牛肉、大豆など食糧に関する限り、日本は米国の「五十一番目の州」になり下がったと言えます。
http://homepage3.nifty.com/yoshihito/hp-1.htm

http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/740.html#c7

[番外地6] 日本の1946年預金封鎖 中川隆
8. 中川隆[-6629] koaQ7Jey 2017年8月19日 22:15:57 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

「アメリカ小麦戦略」と日本人の食生活 – 2003/2 鈴木 猛夫 (著)
http://www.amazon.co.jp/%E3%80%8C%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%B0%8F%E9%BA%A6%E6%88%A6%E7%95%A5%E3%80%8D%E3%81%A8%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E3%81%AE%E9%A3%9F%E7%94%9F%E6%B4%BB-%E9%88%B4%E6%9C%A8-%E7%8C%9B%E5%A4%AB/dp/4894343231


より抜粋


■昭和20年代(1945年〜)---アメリカで農産物の過剰生産、過剰在庫

 戦後日本人の食生活が急速に欧米化した裏にはアメリカの存在があった。
アメリカは昭和20年代、小麦、大豆等の過剰生産、過剰在庫が深刻化し、その余剰農産物のはけ口として標的にされたのが日本である。


■昭和29年(1954年)---余剰農産物処理法(PL480)成立。

 昭和29年、アメリカは余剰農産物処理法 (PL480)を成立させ、日本に対する農産物輸出作戦に官民挙げて本格的に乗り出した。

当時の日本側栄養関係者も欧米流の栄養学、食生活の普及、定着が必要だとしてパン、畜産物、油脂類などの普及を意図した「栄養改善運動」に取り組み、日米共同の食生活改善運動が推進された。


■アメリカ小麦戦略

 活動資金の多くがアメリカ側から提供されたが、そのことは当時も今もタブーとして長く伏されてきた。 

これを一般に「アメリカ小麦戦略」という。


■昭和30〜40年代(1955〜1975年)---フライパン運動、学校給食など

 パンの原料である強力小麦は日本では産出できず、日本人がパン食を始めれば永久的に日本はアメリカのお得意になる。

戦前まで少なかった油料理を普及させるためにフライパン運動を展開し、油の必要性を強調する栄養指導が熱心に行なわれた。

トウモロコシ、大豆は家畜のエサであると同時に油の原料でもある。
余剰農産物処理の観点から欠かせない重要な戦略であった。

学校給食ではパンとミルクが無償援助され、子供のうちから洋食嗜好の下地を作ることにも成功した。


■昭和52年(1977年)マクガバンレポート(アメリカは気が付いた)

 アメリカ合衆国政府は1977年に

『ガン、心臓病、脳卒中などの現代病は食生活の間違いで起こる"食源病"である』(マクガバンレポート)

と解明して、欧米型の食生活の改善を促した。

欧米型とは、脂肪と動物性たん白質、砂糖の過剰摂取。ビタミン・ミネラルや食物繊維の減少のこと。

■食料自給率たった四割

 「アメリカ小麦戦略」の成功で、小麦、大豆、トウモロコシの九割以上がアメリカをはじめとする輸入品。
食糧自給率は四割以下で先進国中最低。


■問題は命にかかわる

 ここまでは、食生活が変わった〜。美味しい食べ物のバリエーションが拡がった〜。程度の認識でいいかもしれない。

しかし、問題は・・・別にある。


■子供が糖尿病にかかり、アレルギー疾患が蔓延している

 問題は、欧米型食生活にともなって病気もまた欧米型となり、日本人の健康状態が非常に懸念される状況になってきたことである。

戦前まで少なかったガン、糖尿病、動脈硬化、心臓病、痛風などのいわゆる欧米型疾患は子供にまで広がり、アトピー、花粉症、喘息などのアレルギー疾患も増加の一途である。

糖尿病は予備軍を含めて1620万人にのぼり糖尿病に子供が苦しむという前代未聞の事態になってしまった。痛風患者も予備軍を含めて560万人とも言われる。
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=124643&g=132107

http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/740.html#c8

[番外地6] 日本の1946年預金封鎖 中川隆
9. 中川隆[-6628] koaQ7Jey 2017年8月19日 22:16:43 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

真珠湾アリゾナ記念館での安倍総理の演説
総理は米国の寛容さを示すエピソードとして、終戦直後の食料援助に言及している。本文は

「日本が見渡す限りの焼け野原、貧しさのどん底の中で苦しんでいた時、食べるもの、着るものを惜しみなく送ってくれたのは、米国であり、アメリカ国民でありました」

である。

終戦直後の米国の援助物資はララ物資(LaRa・・Licensed Agencies for Relief in Asia(アジア救援公認団体))と呼ばれている。これによって命を助けられた日本人は多数いる。またこのララ物資が発端となり学校給食が始まったという話がある。


日本人は、長い間、ララ物資を100パーセント米国民の自主的な善意の援助と思っていた。しかしこの裏には浅野七之助氏という日系米国人の大きな働きがあった。浅野氏は岩手・盛岡出身のジャーナリスト(サンフランシスコ邦字紙「日米時報」を発刊)である。氏は終戦直後の日本の惨状にいたたまれず、「日本難民救済会」を設立し日系人に声を掛け祖国日本に救援物資を送ることに奔走した(ブラジルの日系人からも寄付を募った)。

浅野氏は、食料などの援助品を米軍に掛け合い日本に送ってもらったのである。戦後間もない頃の日本人は、これを米国の善意のプレゼントと勘違いしていた。たしかにその後、金額的に見てもララ物資は大きくなりとても日系人の寄付だけではとうてい賄えないものになっている。おそらく米国の援助部分が大きくなったと思われる。しかしララ物資の先鞭をつけたのはこの浅野七之助氏という事実を忘れてはいけない。

この話は決して米国民の寛容さを否定するものではない。米国民の対日感情が非常に悪かった時代に、米軍が日本に援助物資を届けてくれたことはむしろ画期的なことである。むろん日系ではない米国人の大きな協力もあった。ただララ物資の裏に浅野氏等の日系人の働きがあったことは戦後長い間伏せられていた。安倍総理の演説を聞き、この話を思い出したしだいである。
http://www.adpweb.com/eco/

http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/740.html#c9

[番外地7] 「しょぼくれたアメリカ」への怒りが より過激なトランプ新大統領を生み出した 中川隆
31. 中川隆[-6646] koaQ7Jey 2017年8月20日 05:02:55 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

シリア爆撃にも反対した「極右」バノン首席戦略官、北朝鮮への軍事行動に反対で事実上更迭に2017年8月19日
http://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/6750

8月18日、トランプ政権を大統領選挙の頃から支えてきたスティーブ・バノン首席戦略官が辞任した。多くのメディアはトランプ大統領による事実上の更迭と伝えている。

トランプ政権入りする前までは保守系ウェブメディアのBreitbartの編集長を務めていたバノン氏は、反グローバリズムやアメリカ第一主義などのトランプ大統領の選挙公約を牽引してきた立役者であり、論敵である大手メディアからは「極右」「影の大統領」などと呼ばれてきた人物である。

トランプ大統領との蜜月と軋轢

大統領選挙で支持者を集めたトランプ氏の公約の多くは実質的にはバノン氏のものだと言われている。しかし政権発足後は大統領の娘でリベラル寄りのイヴァンカ氏や、その夫のクシュナー氏などとの対立から、トランプ大統領はこれまで何度かバノン氏の更迭を考えていた。バノン氏は特にクシュナー氏を「グローバリスト」と呼び批判していたが、身内の肩を持ったトランプ大統領によって左遷された経緯がある。

ホワイトハウス内でクシュナー氏やイヴァンカ氏との軋轢がもっとも表面化したのはトランプ政権によるシリア爆撃である。アメリカ第一主義を掲げるバノン氏は他国を攻撃するために米国が資金と労力を使うことに大いに反対したが、トランプ大統領はシリア攻撃を声高に主張したイヴァンカ氏とクシュナー氏の意見を採用、トマホークミサイルによる攻撃が行われた。

•娘のイヴァンカ氏、トランプ大統領にシリア攻撃を指示、反対した「極右」バノン氏は左遷へ

因みにこのシリア爆撃は、トランプ氏とヒラリー・クリントン氏の政治的意見が合致した珍しいケースでもあった。トランプ大統領が身内びいきのためにリベラルに寄った瞬間である。一方で攻撃に反対したバノン氏は、この頃より政権の中枢から姿を消すことになる。

何がバノン氏を辞任させたのか?

シリア爆撃の頃から明らかに左遷させられていたバノン氏だが、既に他を何人も解任しているトランプ大統領がバノン氏を即座には解任しなかったことには理由がある。保守派の象徴であるバノン氏を切り捨てることで、トランプ氏よりもバノン氏の方を支持している保守派の支持者を失うことを恐れたのである。

しかしながら、結局辞任の瞬間は訪れる。契機となったのはバノン氏がThe American Prospectによるインタビュー(原文英語)で、トランプ大統領の見解に反する意見を表明したことである。

バノン氏はこのインタビューで多くのことを語っているが、先ずは北朝鮮問題である。トランプ大統領は北朝鮮の核保有問題を解決するためには軍事的手段も辞さないと主張していたが、バノン氏はそれを否定した。


軍事的解決はない。忘れて良い。1,000万人のソウル市民が最初の30分の間に通常兵器で犠牲にならないと証明されない限りは、軍事的解決は有り得ない。

今から考えれば、この発言をした時には既にバノン氏は辞任を覚悟していたのだろう。最後に他国への軍事攻撃の否定という自分の主張を政権内の人間として通したことになる。こうした主張は、トランプ大統領の公約に含まれていたはずのものだった。

そしてもう一つトランプ大統領の発言と異なる主張をしたのは、白人至上主義についてである。

8月12日、ヴァージニア州のシャーロッツビルで白人至上主義者の集会が開かれ、反対派との衝突があり、その中で白人至上主義の男性が反対派の女性を車で轢き殺す事件が発生した。多くの政治家がこの事件に関連して白人至上主義を批判する中で、トランプ大統領は即座に批判声明を出さず、「双方の中に悪い人間が居た」との見解を出し、メディアの批判を浴びていた。

トランプ大統領は結局人種差別を批判するコメントを出すことになるのだが、バノン氏はこの件についてインタビューで迷いのない意見を表明している。以下の通りである。


民族主義的なナショナリズムは負け犬だ。彼らは政治的潮流の枝葉に過ぎない。大手メディアが大きく取り上げ過ぎているのだと思う。彼らをもっと叩き潰さなければならない。

こういう輩は道化の集まりだ。

一部の大手メディアはトランプ大統領が即座に批判しなかったのはバノン氏のせいではないかとしていたが、全くの誤解である。

結論

バノン氏も覚悟してのことだろうが、当然ながらこのインタビューはトランプ大統領の逆鱗に触れたらしい。そしてバノン氏は辞任させられた。解任にならなかったのは、やはりトランプ氏がバノン氏の支持者の支持を失うことを恐れたからだろう。ホワイトハウスは、バノン氏の「幸運を祈る」などと体の良いコメントを出している。

バノン氏の辞任後、色々なメディアが色々なことを書いている。ロイターによれば、バノン氏は政権内の「穏健派」と対立していたという。因みにその「穏健派」はシリアを爆撃した。

•娘のイヴァンカ氏、トランプ大統領にシリア攻撃を指示、反対した「極右」バノン氏は左遷へ

メディアの表現はいつも通り恣意的である。

バノン氏の事実上の更迭によって、トランプ政権のメンバーは既に発足当時のものとはほとんど別のものとなった。大統領選挙においてトランプ氏を支持した有権者の支持をこれからも得られるかどうかはトランプ氏次第だが、少なくともバノン氏の辞任で一定数の支持者がトランプ氏を見限ったことは確かだろう。
http://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/6750
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/105.html#c31

[番外地6] 日本の1946年預金封鎖 中川隆
10. 中川隆[-6645] koaQ7Jey 2017年8月20日 05:27:12 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

日本の農地改革


一般的には1947年(昭和22年)、GHQの指揮の下、日本政府によって行われた農地の所有制度の改革を指す。

もともと日本の官僚の間には農村の疲弊を除くために地主制度を解体する案はもとよりあったが、財界人や皇族・華族といった地主層の抵抗が強く実施できなかったものをGHQの威を借りて実現したといえる。

1945年(昭和20年)12月9日、GHQの最高司令官マッカーサーは日本政府にSCAPIN-411「農地改革に関する覚書」を送り、「数世紀にわたる封建的圧制の下、日本農民を奴隷化してきた経済的桎梏を打破する」ことを指示した。これ以前に日本政府により国会に提案されていた第一次農地改革法はこの後GHQに拒否され、日本政府はGHQの指示により、より徹底的な第二次農地改革法を作成、同法は1946年(昭和21年)10月に成立した。

この法律の下、以下の農地は政府が強制的に安値で買い上げ、実際に耕作していた小作人に売り渡された。

不在地主の小作地の全て

在村地主の小作地のうち、北海道では4町歩、都府県では1町歩を超える全小作地
所有地の合計が北海道で12町歩、都府県で3町歩を超える場合の小作地等

また、小作料の物納が禁止(金納化)され、農地の移動には農地委員会の承認が必要とされた。

農地の買収・譲渡は1947年(昭和22年)から1950年(昭和25年)までに行われ、最終的に193万町歩の農地が、延237万人の地主から買収され、延475万人の小作人に売り渡された。

しかも、当時の急激なインフレーションと相まって、農民(元小作人)が支払う土地代金と元地主に支払われる買上金はその価値が大幅に下落し、実質的にタダ同然で譲渡されたに等しかった。

譲渡された小作地は、1945年(昭和20年)11月現在の小作地(236万町歩)の8割に達し、農地に占める小作地の割合は、46%から10%に激減し、耕地の半分以上が小作地である農家の割合も約半数から1割程度まで減少した。

この結果、戦前日本の農村を特徴づけていた地主制度は完全に崩壊し、戦後日本の農村は自作農がほとんどとなった。

このため、農地改革はGHQによる戦後改革のうち最も成功した改革といわれることがある。

一方で、水田、畑作地の解放は実施されたが、林野解放が行われなかったことから、不徹底であったとされる。

この農地改革を巡っては、施行されたばかりの日本国憲法の第29条3項(財産権の保障)に反するとして、一部の地主が正当な価格での買取を求め訴訟を起こしたが、第29条3項で言う正当な補償とは、市場価格とは異なるという解釈がされ請求は棄却された。

また、この農地改革は当事者によればナチス・ドイツの世襲農場法も範とした反共政策として意図されており、政府や GHQ もその勢力拡大を警戒していた日本共産党の力を大幅に削ぐことになった。

従来、賃金労働者と並んで共産党の主要な支持層であった水田および畑作地の小作人の大部分が自作農、つまり土地資本を私有財産として持つようになり、その多くが保守系政党に取り込まれたためである

(当時の共産主義諸政党の政策方針では集団化(農地は自給用の田畑のみがコルホーズの協同組合経営として認められ、残りはソフホーズとして国有化され、農業従事者は国から土地を借りて耕作するという形)を目指していたため)。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BE%B2%E5%9C%B0%E6%94%B9%E9%9D%A9
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/740.html#c10

[リバイバル3] 北海道の温泉に行こう 中川隆
32. 中川隆[-6644] koaQ7Jey 2017年8月20日 05:41:32 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

野中温泉
http://www.minkoku.com/yado/top.php?yado_id=7
http://www.jiyujin.co.jp/onsen/onsen.html?hotel_id=264

北海道足寄郡足寄町茂足寄159
電話: 0156-29-7321


山の宿 野中温泉 - ホーム Facebook
https://ja-jp.facebook.com/Nonakaonsen/


男性で国内最高齢の足寄町、野中正造さん(111)は、雌阿寒岳のふもとで約100年続く旅館「野中温泉」を支えてきた。足腰が衰えて車いす生活になった今も、時折温泉につかって体を温め、寒い冬を元気に過ごしている。

 野中さんは1905年7月25日生まれ。父増次郎さん(故人)は富山県から足寄町に入植し、13年に野中温泉を開湯した。長男の野中さんが経営を引き継いだが、温泉旅館だけでは生活できず、畑作や林業もしながら一家を支えた。

 現在は孫の祐子さんが旅館経営を引き継ぎ、ともに暮らす。猫3匹と犬2匹にも囲まれ、穏やかな日々だ。


十勝毎日新聞社ニュース
111歳 足寄の野中さん 男性国内最高齢に 2016年12月15日 14時01分

国内最高齢の男性となった野中さん。日課として新聞に目を通す(野中温泉別館で)

 足寄町茂足寄在住で、道内最高齢の野中正造(まさぞう)さん(111)が、国内最高齢の男性になったことが15日分かった。厚生労働省によると、これまで最高齢だった男性(112)が死去し、野中さんが男性長寿日本一となった。

 野中さんは1905(明治38)年7月25日生まれ。町内の野中温泉の創業者益次郎さんとキヨさんの長男として町上利別で生まれた。長年、畑作と兼業で同温泉を切り盛りしてきた。現在は同温泉で家族と暮らしている。道内では2013年から4年連続で男性最高齢になっている。

 厚労省によると、これまで男性最高齢だった東京都の吉田正光さんが10月29日、112歳で死去。都から同省に今月14日になって連絡があり、111歳の野中さんが最高齢になった。

 1日3回の食事をきちんと取り、新聞も毎日読むという野中さんは「長生きは温泉のおかげ。今後も時折湯につかり、元気に暮らしていきたい」と話した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E4%B8%AD%E6%AD%A3%E9%80%A0



http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/561.html#c32

[近代史02] 中国美女も日本男性が大好き 中川隆
63. 中川隆[-6643] koaQ7Jey 2017年8月20日 05:57:35 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

日本人は、このまま無邪気なまでの性善説でいたらやられる


日本はスパイ防止法がない。だから、中国・韓国・北朝鮮の工作員が湯水のごとく入り込んで、それぞれの組織を汚染していく。

東証第一部上場の企業、技術や情報を持つ企業、公務員、大学、警察、自衛隊、政治家、宗教組織、報道機関……。

彼らはあらゆるところに入り込んで、重要機密を盗み出したり、組織を乗っ取るための工作をしたり、逆に組織を破壊したりするような動きを見せる。

マスコミが工作員まみれになっているのはよく知られるようになってきたが、それは彼らが外部に向けて意見を発信するからであって、発信しない業界に潜り込んだ工作員は、目立たない分だけ悪質だ。

工作員と言っても、映画のように荒唐無稽なアクションを行うわけではない。

一見、目立たない普通の人が、普通にきちんと働き、普通に給料をもらい、それでいて裏で工作活動を行う。そんなタイプが日本に紛れ込んでいるのである。

彼らは表面的にはごく普通の人だ。しかし、裏を持って動いており、素知らぬ顔をしてまわりを騙し、じっと機会を窺っている。

信じていた社員が、実は産業スパイの一端を担う

たとえば、エフセキュアという企業に反社会的な人間が紛れ込んで、個人漏洩をしていた事件があった。この男は反日運動を行っていたグループの一派であり、その界隈では有名な人間でもあった。

他にもインテリヤクザを称して反日運動をしていたような人間も一流企業に潜り込んでいた。

(大和証券にはインテリヤクザがいる。この会社に関わるな)
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2016/12/20161201T1556390900.html

これらの男は若干、頭が足りなかったので工作活動がすべてバレて窮地に陥っている。

しかし実際には、この男たちよりもはるかにうまくやっている工作員が各企業に潜入を試みており、実際に潜入を成功させている。

スパイ防止法が制定されていないのだから、産業スパイも日本の重要企業に入りたい放題やっている。

東レも、デンソーも、ヤマザキマザックも、新日鉄もすべてやられた。外部から情報を盗まれる手口もあるが、深刻なのは内部から潜入されて盗まれる手口だ。

内部から盗まれるというのは、要するに社員が職務の権限の中で情報を盗んでいくということだ。信じていた社員が、実は産業スパイの一端を担っていた。

配偶者が外国人で、その外国人が「操る」という手口もある。2008年に、イージス艦情報漏洩の事件があった。

ここで首謀者となった二等海曹の妻は中国人女性で、この女性が事件の首謀者で、事件後に国外追放された。しかし、また日本にやってきて横浜中華街に潜伏して新たなターゲットを探していたと言われている。

ちなみに、自衛隊では中国女性・韓国女性と結婚する男が非常に多いことで知られている。

2010年の調査では自衛隊員の800名が外国人女性と結婚していることが発覚した。しかも、そのうちの70%は中国女性だった。

政治家では橋本龍太郎が中国人女性と愛人関係にあったことが知られているが、総量規制で日本を沈没させながら、一方で中国へのODAを続けたのが、この橋本龍太郎という男だ。


無邪気なまでの性善説でいたらやられる時代だ

日本はスパイ防止法がなく、ありとあらゆる業界に工作員が紛れ込んでいる。

彼らは無理をしない。自分の所属する企業や組織から、重要なデータにアクセスし、盗むことができるまで、ずっとそこに潜伏したまま過ごしている。

1年、2年単位ではない。10年単位で所属することすらもある。いわゆる「スリーパー」と呼ばれるタイプで、時が来るまでずっと目立たないで普通にしているのである。

しかし、時が来れば一気に動き、奪い、場合によってはその後、音沙汰もなく消えていく。

日本人は、まさか自分の知り合いや同僚や社員が恋人や妻が、犯罪者や工作員だとは考えない。目の前の人を疑うことは、考えることさえ失礼だという認識がある。

「人を信じることにしている」というのは、日本人にとっては美徳である。だから、しばらく和気藹々と普通に話ができると、もう信用してしまう。

昔ならそれでもよかった。しかし、中国・韓国・北朝鮮の反日工作員が跋扈する現代は、それがアダになる。ナイーブだと足元をすくわれる。

悲しいことだが、日本人はもう簡単に「相手を信じてはいけない」時代になっているのである。

中国・韓国・北朝鮮で反日がどんどん加速し、日本の破壊を虎視眈々と狙っているのだから、無邪気なまでの性善説でいたらやられる。

まだこれについて警鐘を鳴らしている人は少ないが、これは非常に重要なことだ。もっと危険を訴える声が高まらなければならないが、不思議なことに誰も何も言わない。

本来であればスパイ防止法が整備されていなければならないのだが、そうなっていない。自分のまわりはみんな善意の人だと信じるのも愚かだし、何も警戒しないでいるのも愚かだ。


自分のまわりがみんな善意の人だと信じ込むな

工作員を見抜けると思うのは間違いだ。自分が一番好きな人が工作員である可能性がある。

熟練した工作員であればあるほど、他人に信用される洗練されたテクニックを持っており、普通の人よりもよほど信用されるために心を砕いている。

親切で、優しく、有能で、一緒にいて心地良いことが多い。

中国に売国していた橋本龍太郎も馬鹿ではないから、自分に身も心も捧げてくれている中国女性が工作員である可能性があることくらいは途中で気がついたはずだ。

彼女は2005年12月3日に、自ら公安当局の所属だったことを暴露しているが、そもそも中国によるハニー・トラップは中華人民共和国が建国されて以来、ずっと続いていた伝統だ。これを橋本龍太郎が知らなかったわけがない。

結局、橋本龍太郎はこの愛人の存在によって大スキャンダルに巻き込まれて窮地に陥るが、そうなってもこの愛人を最後までかばっている。

なぜなのか。それほど、この中国人女性は橋本龍太郎に尽くしていたということだ。途中で裏切られていることが分かっても許してしまうほど、関係が心地良かったのだ。

しかし、それによって日本という国家の命運が歪められたり、あるいは重要な情報が筒抜けに漏れていくようなことになるのであれば、「心地良かった」で許されることではない。

重要な役職にある人が下記のように考えていると、いずれは深刻なトラブルに巻き込まれる可能性がある。

(1)相手が工作員や犯罪者だとはまったく考えない。
(2)自分のまわりはみんな善意の人だと信じ込んでいる。
(3)近づいてくる異性を心から信じてしまう。
(4)潜入工作があるとは思わない。
(5)裏切り工作があるとは思わない。
(6)心が通じれば裏切られないと信じている。
(7)昔からの知り合いは信用できると信じている。

繰り返すが、日本はスパイ防止法がなく、中国・韓国・北朝鮮の工作員が野放しになっている。

人を信じるのは美しい心だが、明確な裏切りと策略が渦巻いている今、日本人はかつての戦国武将並みの考え方と眼力が必要になりつつある。

現代は、情報を中心とした「戦国時代」なのである。どこにでも、工作員がいるということだ。あなたの隣の冴えない人も、そうかもしれない。


日本を歴史問題で責め立てよと反日運動をスタートさせた江沢民と、中国の工作員を愛人にしてスキャンダルに堕ちていった橋本龍太郎。どちらも日本にとって最悪の人間だった。
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2017/08/20170819T1837410900.html
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/290.html#c63

[リバイバル3] 湯沢町の共同湯は日本国内の温泉の中で最低最悪 中川隆
91. 中川隆[-6642] koaQ7Jey 2017年8月20日 06:56:26 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
映画「雪国」1957 動画

豊田四郎/監督 
川端康成/原作
出演: 池部良, 岸恵子, 八千草薫, 森繁久彌
http://video.tudou.com/v/XMjQ2NDEyODQ4NA==.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/574.html#c91

[政治・選挙・NHK230] 安倍政権の支持率低下をマスコミの偏向報道のせいにする人たちって、税金を納めていないのか  赤かぶ
1. 中川隆[-6641] koaQ7Jey 2017年8月20日 08:46:17 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

日本のマスコミはCIAの指示で安部降ろしを始めたんだな


日本のマスコミは「報道しない自由」を発揮

加計問題に関する2回目の参考人招致が行われた。新たに大きな疑惑が出ず、参考人招致は通過したという印象である。何か問題となるさらなる証拠が出ない限り、加計問題は段々と終息に向かうという雰囲気である。

話の始まりは安倍総理の指示で、加計学園の獣医学部新設が決まったのではないかという疑惑であった。しかし第2次安倍政権下で今治市と加計学園は4回も獣医学部新設を文科省に申請したが、全て門前払いされている。本当に安倍総理の威光なるものが絶大ならば、加計学園の獣医学部新設はとっくの昔に実現していたはずである。


加計問題が大きく取上げられたのは、総理と加計理事長が昔からの友人であり、総理が友人に政治的な便宜を図ったという疑惑が持たれたからである。これは前川前事務次官のタレ込みがきっかけであった。しかし申請が4回(第2次安倍政権以前を含めれば全部で14回)も却下されていたことを関係者やマスコミは前から分かっていたはずだ。ところが加戸守行前愛媛県知事が参考人として今回証言するまで、ほとんどのマスコミは積極的にはこれを取上げていない。前回の参考人招致でも加戸氏はこれに関連した証言を行っているが、朝日、毎日がこれを取上げなかったので民放テレビもスルーしていたのである。まさに「報道しない自由」を発揮したのである。

筆者は、今回の参考人招致でマスコミがどこまで本当のことを取上げるか注目していた。おそらく前回の加戸証言の完全無視への批判があったからであろうか、ようやく朝日は加戸氏と前川前事務次官の証言の食違いを取上げ、「文科省OB同士の対決」という囲み記事を掲載した。これを見て民放テレビも加戸証言を少し取上げるようになった。ところがTBSは報道特集(7月29日午後5時30分)では、加計問題に関し依然として印象操作と思われる一方的な内容の放送を平気で流している。


どう言うわけか参考人招致では、民進党・民主党が獣医学部新設にずっと関わってきた話は出なかった。また前回招致での前川氏の言っていた辞表提出日の矛盾は追求されなかった。さらに獣医師会側からの参考人は、都合がつかないと言って出てこなかった(そのくせTBSの偏向した報道番組には堂々と出ている)。

また民進党が質問者に玉木雄一郎民進党幹事長代理を選んだことは大問題である。玉木議員は民主党獣医師議員連盟の事務局長であり、獣医師会から政治献金をもらっていた政治家である(父と弟は獣医師)。民進党は一体何を考えているのだ。


客観的に見て、加計学園の獣医学部新設なんて本当に小さな問題である。ところがこれが安倍総理と加計理事長の友人関係で決まったかのような報道が連日なされ大きな問題となった。これに加えその前の森友学園問題では、安倍政権というより安倍総理個人周辺に明らかなマスコミの攻撃があった。先々週号でも述べたが日本のマスコミは、韓国の朴政権が、大統領の友人への利益供与をマスコミに攻め続けられ倒れたこと(ローソク革命)を参考に動いたと筆者は見ている。

これらの他に豊田議員の秘書に対する暴言・暴力問題が週刊誌に取上げられ、また稲田防衛大臣の失言や自衛隊日報問題が起った。これらの悪影響も加わり内閣支持率と自民党の支持率は落ちるところまで落ちた。日本も「ローソク革命」現象の一歩手前まで来たのである。ただ日本の場合、自民党政権に代わる受け皿がないといった状況の違いがある。しかし支持率がここまで落ちると、安倍政権が弱体化するのは確実である。


しかし筆者は一連の出来事を踏まえ、これらが安倍政権にとって非常に良い教訓になったと考える。そこで筆者は二つの提案を行いたいと思う。一つは国家戦略特区に代表されるアベノミクスの第三の矢である「投資を喚起する成長戦略」への対応を見直すことである。もう一つは政権のマスコミ対策の整備である。


マスコミ対策は訴訟も覚悟に

アベノミクスの三本の矢は「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「投資を喚起する成長戦略」である。これまでの政策を通し金融政策と財政政策が経済成長に寄与することは既に証明されたものと見て良い。なお今日の経済の足踏みは、14年の消費増税分の8割が財政支出ではなく財政再建に回されていることが影響している。この悪影響を打破するには、よほど大きな財政政策を打出す必要がある。ただ先週号で述べたように、安倍政権の一層の弱体化を狙って党内の財政規律派が倒閣運動を始めた。

問題は三番目の「投資を喚起する成長戦略」である。端的に言えばこれは規制改革である。規制緩和を行えば、投資が起り経済成長が実現するといった構造改革派の主張に沿ったものである。しかし

本誌04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」
http://www.adpweb.com/eco/eco338.html

他でさんざん述べてきたように、規制緩和の経済効果はほぼ中立と筆者は見ている。


国家戦略特区の会議に集結している学者や有識者は全てこの構造改革派の面々である。彼等は規制緩和さえ行えば、日本経済は成長すると固く信じている。この信念は信仰に近い。中には規制改革を行うならば、財政支出や金融緩和政策は不要とさえ言っている者がいる。

ところがこの成長戦略路線が加計問題という壁にぶつかったのである。役所や業界といった既得権者の抵抗を、総理のトップダウンで撃ち破ろうとするのが国家戦略特区の考えである。ところが総理と事業者の加計学園の理事長がたまたま友人だったことで疑惑を持たれた。しかしこのように規制緩和で動いている者の近親者に、この規制緩和によって利益をもたらすと疑われるケースは今後も有りうることである。実際、過去にタクシーの規制緩和を審議する委員会で、規制緩和を主張していた委員がリース会社の社長だったケースがあった。


このように成長戦略路線は効果が極めて小さいだけでなく、今回の加計問題のようなとんだ誤解や疑惑を生みやすい。この路線は無理して「地雷原」を歩むようなものである。このままでは第二、第三の加計問題疑惑が起っても不思議はないと筆者は思っている。

筆者は、不要な規制や下らない規制は緩和ではなく撤廃すべきとさえ思っている。しかし規制緩和で経済が成長するとは考えない(規制緩和で経済が成長するとしたなら北朝鮮みたいな国だけ)。安倍政権は成長戦略路線からとりあえず一歩退いた方が良いと考える(成長戦略を放棄すべきとは言わないが、形は変えた方が良い)。安倍政権は本来の成長路線である財政政策と金融政策の重視に戻るべきと筆者は考える(特に財政政策は重要)。


安倍政権のマスコミ対策がまずかったことは事実であろう。年初から一部マスコミが倒閣に動いていたが、これに気付くのが遅かったと筆者は見る。安倍政権を倒すには、安倍総理個人や総理の近親者を狙うのが一番効果的ということをマスコミが知ったのであろう。この流れは今後もずっと続くと見た方が良い。

自民党は、党員集めなど正攻法の方策にエネルギーを使っている。しかしこのような努力もマスコミのネガティブキャンペーンの一発で吹っ飛んでしまうのである。今でもマスコミ対策を行っていると思われるが、これを全面的に見直しもっと効果が上がるマスコミ対策体制を整備することが必要と筆者は考える。


誠意を尽くし丁寧に説明すれば、マスコミも分かってくれるだろうといった鷹揚な対応は今後難しくなると筆者は思っている。もしかすると政府とマスコミの間で訴訟合戦が繰り広げられる時代さえ来るのではないかと筆者は思っている。特に今日の新聞や雑誌のスクープは、記者が地道に取材したものではなく、ほとんどが「タレ込み」である。

タレ込む者は、影響力が大きいメディアを選んでタレ込むのである。タレ込む者にとり、これによって相手に報復するとか金銭的な利益を得ることが目的になっている。義憤が動機でタレ込む者はまずいないと見て良い。したがってこれからのマスコミ対策は訴訟も覚悟したものにならざるを得ないと筆者は考える。既に国会審議自体が法廷闘争の場に似てきている。
http://www.adpweb.com/eco/

http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/881.html#c1

[不安と不健康18] 夏バテ防止に最強? 簡単「酢しょうが」で夏冷えにサヨナラ!〈週刊朝日〉 赤かぶ
1. 中川隆[-6640] koaQ7Jey 2017年8月20日 08:50:23 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]


中国産しょうがの恐怖 日本人を絶滅させるのが中国人の愛国心 2015-12-16


今日は中国産しょうがについて
暴露します。

生姜(しょうが)は日本では昔から
「自然の万能薬」
と言われてきました。

体を温めたり、消化を助けたり
免疫機能を高めるなど、
様々な効能があると考えられ
寒い季節には最高の食べ物です。

ところが中国産生姜となると話は別です。

極めて危険度が高い食材に
一転してしまうのです。

中国産生姜は、
食品衛生法違反の
「常習犯」
と言われています。

違反件数ですが、
2006年1月から2008年12月までの3年間で、
実に60件を超えています。
(厚生労働省の検査)

たとえば、寿司に添えられる
「ガリ(中国産)」には、
砂糖の200倍の甘さの人工甘味料
「アセスルファムK」や、
遺伝子を傷つける保存料
「ソルビン酸カリウム」が
基準値を超えて使われていたのです。

なかでも最も恐ろしいのは
「BHC」という農薬です。

これは強力な発ガン性があるため、
多くの国で禁じられ、
日本でも40年以上も前から
使用が禁止されている「猛毒」です。

ところが2007年には、
BHCが残留している
中国産生姜が13件も見つかり、
なかには基準値の26倍もの濃度の
BHCが使われていた生姜まで見つかっているのです。

最近でも、2012年に「有機野菜」と称して
販売された中国産生姜に
「BHCが使われている」
と報じられ騒ぎになりました。

日本に輸入される生鮮生姜のうち、
実に95%以上が中国産です。

回転ずしのガリや、
牛丼チェーンの紅生姜に使われるのは、
ほぼ100%中国産と考えてよいでしょう。

ひとつ間違えれば
「自然の万能薬」が
「猛毒食品」に様変わりするのです。

「国産」と表示が無い生姜は、
なるべく食べない方が無難かも知れません。
http://www.asyura2.com/16/health18/msg/578.html#c1

[番外地7] 安倍首相もハマった、マスコミが疑惑だけで罪人を作る3つの方法 中川隆
2. 中川隆[-6639] koaQ7Jey 2017年8月20日 08:54:44 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

経済コラムマガジン 2017/7/31(949号)

加計問題の教訓


日本のマスコミは「報道しない自由」を発揮

加計問題に関する2回目の参考人招致が行われた。新たに大きな疑惑が出ず、参考人招致は通過したという印象である。何か問題となるさらなる証拠が出ない限り、加計問題は段々と終息に向かうという雰囲気である。

話の始まりは安倍総理の指示で、加計学園の獣医学部新設が決まったのではないかという疑惑であった。しかし第2次安倍政権下で今治市と加計学園は4回も獣医学部新設を文科省に申請したが、全て門前払いされている。本当に安倍総理の威光なるものが絶大ならば、加計学園の獣医学部新設はとっくの昔に実現していたはずである。


加計問題が大きく取上げられたのは、総理と加計理事長が昔からの友人であり、総理が友人に政治的な便宜を図ったという疑惑が持たれたからである。これは前川前事務次官のタレ込みがきっかけであった。しかし申請が4回(第2次安倍政権以前を含めれば全部で14回)も却下されていたことを関係者やマスコミは前から分かっていたはずだ。ところが加戸守行前愛媛県知事が参考人として今回証言するまで、ほとんどのマスコミは積極的にはこれを取上げていない。前回の参考人招致でも加戸氏はこれに関連した証言を行っているが、朝日、毎日がこれを取上げなかったので民放テレビもスルーしていたのである。まさに「報道しない自由」を発揮したのである。

筆者は、今回の参考人招致でマスコミがどこまで本当のことを取上げるか注目していた。おそらく前回の加戸証言の完全無視への批判があったからであろうか、ようやく朝日は加戸氏と前川前事務次官の証言の食違いを取上げ、「文科省OB同士の対決」という囲み記事を掲載した。これを見て民放テレビも加戸証言を少し取上げるようになった。ところがTBSは報道特集(7月29日午後5時30分)では、加計問題に関し依然として印象操作と思われる一方的な内容の放送を平気で流している。


どう言うわけか参考人招致では、民進党・民主党が獣医学部新設にずっと関わってきた話は出なかった。また前回招致での前川氏の言っていた辞表提出日の矛盾は追求されなかった。さらに獣医師会側からの参考人は、都合がつかないと言って出てこなかった(そのくせTBSの偏向した報道番組には堂々と出ている)。

また民進党が質問者に玉木雄一郎民進党幹事長代理を選んだことは大問題である。玉木議員は民主党獣医師議員連盟の事務局長であり、獣医師会から政治献金をもらっていた政治家である(父と弟は獣医師)。民進党は一体何を考えているのだ。


客観的に見て、加計学園の獣医学部新設なんて本当に小さな問題である。ところがこれが安倍総理と加計理事長の友人関係で決まったかのような報道が連日なされ大きな問題となった。これに加えその前の森友学園問題では、安倍政権というより安倍総理個人周辺に明らかなマスコミの攻撃があった。先々週号でも述べたが日本のマスコミは、韓国の朴政権が、大統領の友人への利益供与をマスコミに攻め続けられ倒れたこと(ローソク革命)を参考に動いたと筆者は見ている。

これらの他に豊田議員の秘書に対する暴言・暴力問題が週刊誌に取上げられ、また稲田防衛大臣の失言や自衛隊日報問題が起った。これらの悪影響も加わり内閣支持率と自民党の支持率は落ちるところまで落ちた。日本も「ローソク革命」現象の一歩手前まで来たのである。ただ日本の場合、自民党政権に代わる受け皿がないといった状況の違いがある。しかし支持率がここまで落ちると、安倍政権が弱体化するのは確実である。


しかし筆者は一連の出来事を踏まえ、これらが安倍政権にとって非常に良い教訓になったと考える。そこで筆者は二つの提案を行いたいと思う。一つは国家戦略特区に代表されるアベノミクスの第三の矢である「投資を喚起する成長戦略」への対応を見直すことである。もう一つは政権のマスコミ対策の整備である。


マスコミ対策は訴訟も覚悟に

アベノミクスの三本の矢は「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「投資を喚起する成長戦略」である。これまでの政策を通し金融政策と財政政策が経済成長に寄与することは既に証明されたものと見て良い。なお今日の経済の足踏みは、14年の消費増税分の8割が財政支出ではなく財政再建に回されていることが影響している。この悪影響を打破するには、よほど大きな財政政策を打出す必要がある。ただ先週号で述べたように、安倍政権の一層の弱体化を狙って党内の財政規律派が倒閣運動を始めた。

問題は三番目の「投資を喚起する成長戦略」である。端的に言えばこれは規制改革である。規制緩和を行えば、投資が起り経済成長が実現するといった構造改革派の主張に沿ったものである。しかし

本誌04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」
http://www.adpweb.com/eco/eco338.html

他でさんざん述べてきたように、規制緩和の経済効果はほぼ中立と筆者は見ている。


国家戦略特区の会議に集結している学者や有識者は全てこの構造改革派の面々である。彼等は規制緩和さえ行えば、日本経済は成長すると固く信じている。この信念は信仰に近い。中には規制改革を行うならば、財政支出や金融緩和政策は不要とさえ言っている者がいる。

ところがこの成長戦略路線が加計問題という壁にぶつかったのである。役所や業界といった既得権者の抵抗を、総理のトップダウンで撃ち破ろうとするのが国家戦略特区の考えである。ところが総理と事業者の加計学園の理事長がたまたま友人だったことで疑惑を持たれた。しかしこのように規制緩和で動いている者の近親者に、この規制緩和によって利益をもたらすと疑われるケースは今後も有りうることである。実際、過去にタクシーの規制緩和を審議する委員会で、規制緩和を主張していた委員がリース会社の社長だったケースがあった。


このように成長戦略路線は効果が極めて小さいだけでなく、今回の加計問題のようなとんだ誤解や疑惑を生みやすい。この路線は無理して「地雷原」を歩むようなものである。このままでは第二、第三の加計問題疑惑が起っても不思議はないと筆者は思っている。

筆者は、不要な規制や下らない規制は緩和ではなく撤廃すべきとさえ思っている。しかし規制緩和で経済が成長するとは考えない(規制緩和で経済が成長するとしたなら北朝鮮みたいな国だけ)。安倍政権は成長戦略路線からとりあえず一歩退いた方が良いと考える(成長戦略を放棄すべきとは言わないが、形は変えた方が良い)。安倍政権は本来の成長路線である財政政策と金融政策の重視に戻るべきと筆者は考える(特に財政政策は重要)。


安倍政権のマスコミ対策がまずかったことは事実であろう。年初から一部マスコミが倒閣に動いていたが、これに気付くのが遅かったと筆者は見る。安倍政権を倒すには、安倍総理個人や総理の近親者を狙うのが一番効果的ということをマスコミが知ったのであろう。この流れは今後もずっと続くと見た方が良い。

自民党は、党員集めなど正攻法の方策にエネルギーを使っている。しかしこのような努力もマスコミのネガティブキャンペーンの一発で吹っ飛んでしまうのである。今でもマスコミ対策を行っていると思われるが、これを全面的に見直しもっと効果が上がるマスコミ対策体制を整備することが必要と筆者は考える。


誠意を尽くし丁寧に説明すれば、マスコミも分かってくれるだろうといった鷹揚な対応は今後難しくなると筆者は思っている。もしかすると政府とマスコミの間で訴訟合戦が繰り広げられる時代さえ来るのではないかと筆者は思っている。特に今日の新聞や雑誌のスクープは、記者が地道に取材したものではなく、ほとんどが「タレ込み」である。

タレ込む者は、影響力が大きいメディアを選んでタレ込むのである。タレ込む者にとり、これによって相手に報復するとか金銭的な利益を得ることが目的になっている。義憤が動機でタレ込む者はまずいないと見て良い。したがってこれからのマスコミ対策は訴訟も覚悟したものにならざるを得ないと筆者は考える。既に国会審議自体が法廷闘争の場に似てきている。
http://www.adpweb.com/eco/

http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/278.html#c2

[番外地7] 安倍首相もハマった、マスコミが疑惑だけで罪人を作る3つの方法 中川隆
3. 中川隆[-6638] koaQ7Jey 2017年8月20日 08:55:25 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2017-08-05 偏向と歪曲のメディアに、国民は「停波しろ」と声を上げよ

テレビはまったく中立ではなく、倒閣のための偏向メディアと化しているのは、もうずっと前から言われ続けている。

どのように偏向しているのかを、加計問題を通して調査された結果が出回っているのだが、8時間45分59秒の報道時間のうち、前川喜平の発言は2時間33分46秒も報道されているにも関わらず、加戸守行氏の発言はわずか6分1秒しかなかったという。

要するに、あやふやで曖昧で信憑性がない単なる安倍政権批判のための発言をしている前川喜平の発言をずっと報道し続けて「疑惑は深まった」と叫び、「歪められた行政が正された」と話す加戸守行氏はアリバイ程度に報道されただけだった。

一方は2時間33分46秒。(9226秒)
一方は6分1秒。(361秒)

これを見ると、マスコミがどれくらい偏向しているのか分かる。マスコミの偏向度は96%である。96%と言えば、もはや「ほぼ100%に近い」数字であるというのが分かるはずだ。これが今のマスコミの姿だ。

国民がマスコミの偏向に気付いていないと思っているのか。誰もがその気持ち悪さに気付いているし、あまりにも偏向がひどすぎると嫌悪感すらも持たれている。


今でも、テレビが言うがまま騙される人は大勢いる

こんな偏向が許されるのか。また、こんな偏向に誰も責任を取らなくてもいいのか。もし、私たちがこのような偏向をこれからも許すとしたら、もうテレビが報じるニュースはまったく信用できないものと化す。

中立性が保たれないのだから、テレビ局が世論誘導したいと思う方向に国民は知らない間に連れていかれる。

今でもテレビが「あれが身体にいい、これが身体にいい」と報道すれば翌日にはそれが売れてなくなるほどテレビを信用する人がいる。

つまり、テレビが朝から晩まで「疑惑が深まった」「安倍政権は終わりだ」と言っていたら、テレビが言うがまま騙される人は大勢いる。

今やテレビは96%レベルの偏向度なのだから、それがいかに危険なことなのか分かるはずだ。これは、もはや法律違反であると言っても過言ではないレベルである。

これについて、2017年7月29日、「放送法遵守を求める視聴者の会」ケント・ギルバート氏は「タガが外れたとしか思えない」と夕刊フジに寄稿している。

その中でケント・ギルバート氏は「放送法第4条を厳格に遵守すべきNHKの報道もひどい」と述べる。

放送法第4条は以下のように書かれている。

「一 公安及び善良な風俗を害しないこと」
「二 政治的に公平であること」
「三 報道は事実をまげないですること」

最も重要なのは、次のものである。

「四 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」

NHKは義務を果たしていない。そして今や中立から外れて大きくタガが外れてしまっている。NHKだけではない。すべてのメディアがそうなのだ。


政府は、放送法4条違反で停波を命じる権利がある

テレビ局は政治的公平性を欠く放送を繰り返している。どうでもいい下らない問題で安倍政権の足を引っぱり、重大な疑惑がある村田蓮舫の二重国籍疑惑はまったく取り上げない。

村田蓮舫は今でも「どこの国籍の人間なのかまったく分からない」状況にある。ところが、マスコミはみんな村田蓮舫の問題を追及しようとしない。

インターネットでは繰り返し繰り返し村田蓮舫の『国籍喪失許可証7つの疑惑』が取り上げられているのだが、テレビは一度たりともこれを検証しない。(村田蓮舫の『国籍喪失許可証7つの疑惑』を報じないマスコミ)

村田蓮舫は自分自身が二重国籍であることを知っていて議員になった可能性があるので、そうであるならば議員辞職に値する重罪である。

さらに考えなければならないのは、民進党には村田蓮舫以外にも二重国籍疑惑の人間が山ほど噂されていることだ。ところが、マスコミはまったく報じない。

あまりにも何も報じないので、国民はこれを「報道しない自由を行使している」とメディアを馬鹿にするようになっている。しかし、これは馬鹿にすべき問題ではないのは確かだ。

報じるべき問題を報じないで、疑惑でも何でもないものを疑惑のように報じて倒閣を図る。重大な規律違反である。

政治的公平性を欠く放送を繰り返しているのは明白なのだから、政府は正面切ってメディアに対して「電波停止(停波)」を命じるべきである。

メディアに中立性が保たれていないのは明白になっているのだから、放送法第4条違反として、政府はそれをすべき時期にきている。放送法4条違反で停波を命じる権利があると電波法76条に書かれている。

「総務大臣は、免許人等がこの法律、放送法 若しくはこれらの法律に基づく命令又はこれらに基づく処分に違反したときは、三箇月以内の期間を定めて無線局の運用の停止を命じ、又は期間を定めて運用許容時間、周波数若しくは空中線電力を制限することができる」


このまま偏向メディアを放置してはいけない

テレビ局は多すぎるし、番組はあまりにもつまらなく、ニュースは偏向している。今のテレビ局の半分くらいは存続させる必要はないし、なくなったところで何の問題もない。

もう娯楽としては遅れているメディアであるし、そこに偏向が加わるのであれば存続していること自体に害がある。国民はこの異常な状態に怒るべきである。

偏向と歪曲のメディアに、国民は「停波しろ」と声を上げていくべきなのだ。

国民が黙ってテレビを見てるから、メディアは好き放題に偏向報道を繰り返し、不都合な事実は報道しようとせず、めちゃくちゃな倒閣運動をしている。

「停波しろ」と叫ばなければならない。停波させることを国民として政府に要求しなければならない。

NHKも中立でないのであれば、国民から受信料を徴収すべきではないし、国民も黙って受信料を払うべきではない。今のNHKに受信料を払う価値はない。

私たちの支払っている受信料で偏向報道に使われるというのであれば、それはあまりにも国民を馬鹿にしている。

そもそも、NHKをいっさい視聴しないという人もいるのに、それでも受信料を払わなければならないというのは言語道断である。

見ない人から徴収すべきではない。常識に照らし合わせても、それは当然のことである。なぜ日本人は黙って支払っているのか分からない。

見ないのであれば、絶対に払うべきではない。

この解決方法は簡単だ。金を払わないのであれば、スクランブルをかけて見られないようにすればいいだけの話だ。見たい人は金を払ってスクランブルを解除するし、見ない人はそのまま見られないままで生活する。それが当然の話だ。

なぜ、こんなことが許されているのか。なぜ、メディアの暴走はすべて許されているのか。

それは日本人がまったく声を上げないからだ。抵抗しないからだ。おかしいと言わないからだ。

もう偏向メディアを放置してはいけない。偏向と歪曲のメディアに、国民は「停波しろ」と声を上げるべき時がきた。「停波しろ」と言わないといけないのだ。

もう偏向メディアを放置してはいけない。偏向と歪曲のメディアに、国民は「停波しろ」と声を上げるべき時がきた。「停波しろ」と言わないといけないのだ。
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2017/08/20170805T1640480900.html

http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/278.html#c3

[政治・選挙・NHK230] 藁人形論法を知りたいなら、高須克弥‏のこのバッシングのやり方を見よ  赤かぶ
1. 中川隆[-6637] koaQ7Jey 2017年8月20日 09:24:22 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
>なぜ、民間人が兵士並みに殺されるに至ったか――。
>それは、竹槍で飛行機を墜落させる訓練と言った形で狂気を民衆に押し付けたからです。


見当外れなんだよ

真実は:

負けると分かった戦争に突き進み、いくら負けてもやめることはせず、原爆投下になって無条件降伏をした。45年2月、吉田茂などが関わり近衛文麿の天皇への上奏文がある。それは、米英は国体を守ってくれること、もっとも恐るべきことは敗戦にともなって起こる人民の革命だというものであった。

天皇とその側近がもっとも心配していたのは、国体が護持されるかどうか、自分たちの地位が守れるかどうかだけであった。だまされて死ににいかされた兵隊たちが返ってきたら、反乱を起こし、自分たちの支配の地位が剥奪されるという不安であった。

日米戦争に突き進むとき、すでに中国で打ち負かされており、戦死者は20万人近くになっていた。ここで支配勢力が心配したことは、中国撤退となると、天皇の権威が崩壊することであり、反乱・革命が起きることであった。そして日米戦争に突き進んだ。

天皇を頭とする政治家、財閥などは、原爆投下を絶好のチャンスとして、アメリカに降伏し、命乞いをした。そして戦争に駆り立て犠牲を強いた人人には何の償いもせず、民族的な利益のすべてを売り飛ばすことでその支配の地位を守ってもらう道を選んだ。
http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/beikoukanngagenbakutoukaseitoukawohatugen%20nihonsukuuzihibukaikouito.htm


大本営は兵隊をわざと死なせるような作戦をやった

まともな戦争ではなかった――ほとんどが餓死か病死だった

武器も食糧も持たせず死ぬとわかった輸送船に乗せて送り出した

敗戦したとたんに、天皇も財界も官僚、政治家も平和主義者のような顔をした

そして日本はアメリカの属国になった


あれだけ鬼畜米英でやっていながら、その後の占領は、今から見てもスムーズすぎる。アメリカは日本を侵略・占領するための戦争をやっていたのだ。

日本の全土を焼き払って攻撃して、民間非戦斗員をぶち殺している。一般国民は自然の感情として、国を守らなければと思う。特攻兵士の心情などが端的だ。アメリカや天皇は、それが次にはアメリカの占領とそれに従っていく自分らに反対して向かっていくのが怖いわけだ。「本土決戦」を叫んでいるが、真実がばれたらその矛先が自分に向く関係だ。

だから、国民には竹槍を与えるが、鉄砲で武装させるということはなかった。「鬼畜米英」のインチキはそのへんにある。精神主義とかいっているが、その気じゃないのだ。マッカーサーが日本に上陸するのが8月15日から2週間後の30日だ。司令官がすぐ乗り込めるのだ。


丸ごと米単独占領 支配階級・日本を米国に売る

占領軍には1発も銃弾は飛ばなかった。

あれほどスムーズにやれたのは、天皇がやったことと、そのために本土空襲や飢餓作戦で地獄の状況を作り、国民をへとへとに疲れさせたことによる。それをアメリカが計画的に作り出したし、日本の支配階級も望んだ。国内は戦意喪失で、軍隊は独断で解散していく。集団でも離隊していく。占領軍への抵抗なども起こりようがない。かなりの男は外地に行ってしまっていない。武装解除をさせて、しかも権力の空白ができないように、そこは米軍が来て占領する。そのうえマッカーサーは民間の銃剣をすべてとりあげる徹底した「刀狩り」までやった。

マッカーサーが無条件降伏から二週間後に上陸できたのは、安心しきっていたのだ。ずっと以前から日本の対応がわかっていて、武装解除の進行具合を把握していた。占領された敗戦国でこれほど組織的な抵抗がなかったところは世界的にもまれだ。

ドイツの場合は行政機構は壊滅しており、官僚機構も軍隊も解体したが、日本は軍隊は解散させるが、官僚機構はすべてそのまま残した。日本は空襲でも官庁がやられていない。国会議事堂はそのままきれいに残った。大蔵省や日銀も戦前からの建物がそのままだ。

ドイツは戦争に協力したマスメディアなどはすべて廃刊になった。日本は違った。悪かったのは軍部だけで、天皇はじめ、官僚機構がそうだし、独占企業、マスコミ、全部が元元平和主義者のような顔をして生き残った。それが単独占領を保障したわけだ。みなアメリカに協力して民族的な利益を売り飛ばしていった。

アメリカは日本占領に50万人の兵力を用意していた。しかし20万人でよいといって削った経緯がある。戦前の体制がそっくりアメリカの配下になったからできたことだ。いかに日本の支配階級が売国的かがわかる。
http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/aratanabaikokutosennsounosyuppatutenn.htm

http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/883.html#c1

[近代史02] 白人はなぜ白人か _ 白人が人間性を失っていった過程 中川隆
109. 中川隆[-6636] koaQ7Jey 2017年8月20日 15:05:46 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2014年9月 8日 遺伝子系統と文化は必ずしも一致しないという話(1)


このページの地図を参照しながら読んでください。
http://www.eupedia.com/europe/maps_Y-DNA_haplogroups.shtml

ミトコンドリア遺伝子やY染色体を使って、民族移動の歴史をたどることができるという話は聞いたことがあると思います。遺伝子の痕跡が「人間」の移動を説明していることは間違いありません。しかし、ある集団の中で遺伝子に変異が生じた時期とその集団が新しい文化を獲得した時期は必ずしも一致しません。

その一例をY染色体のRハブロタイプの分布に見つけました。R1bとR1aというハプロタイプは中央アジア・欧州・イラン・インドに広く分布し、印欧語族の分布範囲とも重なるため、印欧語族の遺伝子ではないかとも言われています。

R1bは1万年くらい前にカフカス山脈付近で原形が生まれ、6千年前にバルカン半島に進入し、3千年前にはアイルランドやイベリア半島西端にまで到達したと考えられています。

現在R1bが人口の50%を超えているのはアイルランド、英国、フランス、スペインでこれはローマ帝国とゲルマン人の侵入以前にケルト人の文明が広がっていた地域です。できたばかりのころのローマ共和国はケルト人に圧迫されていました。ローマ人の方が臣従していたという説もあります。ケルト人は牧畜と簡単な農耕をし、馬車を持っていました。

しかし面白いことにR1bが一番多く住むのはスペインのバスク地方で、バスク人の母語はバスク語なのです。バスク語は系統不明の言語で、印欧語とは全然関係がありません。

同じくR1bの比率が高いのはアイルランドとスコットランドとフランスのブルターニュ半島です。そこにはブリトン人やピクト人などが住んでいたといわれています。彼等が話す言語は非常に原始的なケルト語、もしくは系統不明の言語だったとも推測されています。ローマがこれらの地域に進入してきた際、彼等は車輪を持たず、牧畜もしていませんでした。

つまりケルト人は生粋の印欧語族なのですが、R1bが非常に多い地域の人たちは必ずしも印欧語族ではないのです。そして移動を始めた頃のR1bは車輪を持たず、農耕も知らない狩猟採集民でした。かといって彼等が野蛮だったかというとそうではなく、ミトコンドリア遺伝子から、彼等はアルプスで見つかったミイラのアイスマンと同系統と推測できるのですが、アイスマンは高純度の銅器を持ち、縫合された衣類を着て、医療を受けた形跡もあり、成熟した狩猟採集民でした。

R1bは東にも進んでいて、、3〜4千年前のタクラマカン砂漠(中国西部)の遺跡で金髪でコーカソイドの特徴を持った骨のミイラが発見されています。オアシス都市に残る文書から、彼等がケルト語に近い言語を使っていたことがわかっています。

現在でも中国の羌族、チベット族、満州族の一部にR1bを持つ人がいます。古代中国で羌、西戎、玁狁、狐とされた遊牧民はR1bを持つ人々であった可能性があります。

タクラマカン砂漠にオアシス都市を作った人たちは、農耕をし、都市をつくり、ケルト語に近い言語を話す人たちでした。そこよりもさらに東に進んだ羌、西戎、玁狁、狐はバスク人、ブリトン人、ピクト人に近かった可能性があり、必ずしも農耕はせず、印欧語も話していなかったかもしれません。

口語としての漢語は文法が英語と異常に似ています。英語というのはラテン語やゲルマン語と比較して語順に混乱があり、副詞と前置詞を多用する特徴があります。この英語の副詞と前置詞は、古代には動詞だった可能性があるのですが、英語と漢語は中央アジアを出発したばかりのR1bが使っていた言語ではないかと私は推測しています。

まあ、さすがに英語と漢語を同一系統と結びつけるのは話が飛躍しすぎかもしれませんが、R1bと印欧語と農耕は必ずしも一致しないのです。
http://seisai-kan.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/post-aee4.html


遺伝子系統と文化は必ずしも一致しないという話(2)


欧州西端と中国北部まで到達したR1aを仮にR1a第1陣、英仏西中心部とタクラマカンで繁栄したR1aを仮にR1a第2陣とします。彼等が持っていた技術を並べると次のようになります。

R1b第1陣・・・遊牧、原始的な印欧語、銅の精練、鍼灸?

R1b第2陣・・・遊牧、畑作、印欧語(ケントゥム派)、乗馬、車輪

民族が次のようになります。

R1b第1陣・・・バスク人、ピクト人、ブリトン人、羌、玁狁、狐

R1b第2陣・・・ケルト人、トカラ人、月氏

ケントゥム派は印欧語の分類です。印欧語は印欧祖語におけるkをkで発音するかs(ts)で発音するかによってケントゥム派とサテム派に分類できます。

サテム派印欧語を使うのははスラブ人とイラン人とインド人(ヒンドゥー語)です。東側のイラン人とインド人は自らをアーリア人と自称しました。19世紀と20世紀前半のドイツの国粋主義者は自らをアーリア人と規定しました。これはインドを圧倒的な武力で制圧した(と当時は信じられていた)アーリア人とゲルマン人を同一視したいという願望から生まれた説ですが、言語と遺伝子からは、イランとインドのアーリア人に最も近いのはゲルマン人ではなくてスラブ人です。

このサテム派印欧語族の分布とよく一致するY染色体がR1aです。R1aはポーランド、ベラルーシ、ロシア、イランに多く分布し、インドではバラモン階級に多く出現します。カスピ海を中心としてC字を倒したように分布しているので、元々カスピ海を中心とした地域に居住していて、何らかの理由で東西に広がっていって、故地からは出て行ったことが容易に推測できます。

アーリア人とスラブ人がインドと欧州に現れた時期は遅いため、歴史の記録に残っています。アーリア人がインド西北部に現れたのは3,500年前です。アーリア人と推測されるメディア人とペルシャ人がバビロニアに現れたのは3,000年前です。

しかしです。私たちはここで再び印欧語族とハブロタイプRを結びつける説の反証を見つけます。現在カスピ海周辺に多く分布するハブロタイプはJ2です。J2は現在のアルメニア、アナトリア半島(トルコ)、ギリシャ、南イタリアに多く分布します。


これらに地域に住む人たちが使う言語はアナトリア半島以外は印欧語です。アナトリア半島に住む人がトルコ語を話すのは、千年前に中央アジアからトルコ人が侵入してきて、トルコ語を強制したからです。それまではアナトリア半島に住む人たちはギリシャ語を話していました。

J2系はバビロニア文明を作った人達ということになっています。そしてJ2aはR1aの故地であるカスピ海沿岸を占領しています。だとするとおかしなことになります。東側(カスピ海周辺)と西側(バルカン半島)で辻褄が合わないのです。

東側のシナリオはこうなります。5千年前にはカスピ海周辺にアーリア人 (R1a)が住んでいました、そこに南からバビロニア人(J2)がやってきて、アーリア人を追い出しました。アーリア人は2千年かけて時計回りにカスピ海を一周して、3千年前にイラン側からバビロニアに侵入しました。

西側のシナリオはこうなります。まずバルカン半島に東側からバビロニア人と同じ遺伝子をもつJ系が侵入。次に南側から古代エジプト人と同じ遺伝子をもつと推定されるE系が侵入。R1bはギリシャには入って来れなかったと推測されています。最後に1,500年前になってスラブ人(R1a)がギリシャ車に侵入しました。

ギリシャ語はケントゥム派印欧語族なのに、だれがバルカン半島にギリシャ語を持ち込んだのか不明なのです。

この矛盾はハブロタイプRとインド・ヨーロッパ語の発明者を同一視することによって生じています。最初に言ったように遺伝子の発生と文化の発生は必ずしも一致しないのです。
http://seisai-kan.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/post-873c.html


遺伝子の系統と文化は必ずしも一致しないという話(3)


欧州の学者はR系はインド・ヨーロッパ語を生み出した人達と考えています。けれども、ギリシャ・アナトリア半島にはR系の侵入を受けなかったのにインド・ヨーロッパ語を話すギリシャ人がいます。

この矛盾を解く鍵はヒッタイト人にあります。ヒッタイトは3,000年ほど前にアナトリア半島に現れた遊牧民で、強力な戦車軍団をもち、世界で初めて製鉄に成功した人達です。ヒッタイト語はケントゥム系印欧語族ではないかとされています。

現在J2が30%以上分布するのは、東からアルメニア・トルコの首都アンカラ周辺・シリア沿海部・アナトリア半島西部・ボスポラス海峡・中央イタリア・カラブリア・シチリア東部です。

アンカラ周辺はかつてヒッタイトの首都ハットシャがあった地域です。ボスポラス海峡とアナトリア半島西部にはギリシャと似た文明を持つ都市群がありました。有名なトロアはその代表的な都市です。中央イタリアはローマに先行する文明であるエトルリア文明があった地域で、カラブリアとシチリア東部は古くからギリシャの植民地がありました。

エトルリア人と古代ローマ人は自分たちはアナトリア半島西部にかつてあった都市トロイの末裔であるという始祖伝説をもっていました。古代ローマ人がJ系であるとこの始祖伝説には信憑性があることになります。

アナトリアより西に分布するJ系はインド・ヨーロッパ語を話す人達であり、さらにJ系ではないかと推測されるヒッタイト人が使ったというヒッタイト語はかなり古くにラテン語やギリシャ語から分離したと推測されています。

そしてJ2系はフランス、スペイン、英国南部に10〜20%分布しています。これはケルト人の地域です。

整理してみましょう。

1.R1b第1陣が話していた言葉は非常に原始的なインド・ヨーロッパ語、あるいはインド・ヨーロッパ語を話していなかった可能性がある

2.南回りで広まったインドヨーロッパ語(ヒッタイト語・ラテン語・ギリシャ語)を伝えたのはR系ではなくJ2系の可能性が高い

3.R1a(アーリア人・スラブ人)の故地であるカスピ海沿岸にはJ2系が住んでいる

これらの事実から導きだされるのは、インド・ヨーロッパ語を生み出したのはR系ではなくJ2系であるということです。J2系はメソポタミア文明の中心になった人達です。メソポタミア文明を担った人達の言語はインド・ヨーロッパ語ではありません。

しかし、遺伝的には近くても全く違う言語を話すことはそうおかしなことではありません。

•約1万年前にJ2系がカフカス山脈付近でインド・ヨーロッパ語を発明。

•そのとき既にR1bは西と東に広がりつつあった。最初に出発したR1b系はインド・ヨーロッパ語を知らなかった。

•J2とRは8千年くらい前にカフカス山脈で合体。この合体部族は遊牧・簡単な畑作・都市が融合した文明を作る。彼等は畑作と都市をメソポタミアから学んだのかもしれないし、あるいは独自に編み出したのかもしれない。

•J2+Rが南回りに進んだのがヒッタイト人・エリトリア人・ローマ人

•J2+Rにエジプトからの入植者(E系)が合体してできたのがギリシャ人。

•J2+Rが北回りに進んだのがケルト人とトカラ人。

•やがて6千年くらい前にJ2+Rの集団の中からR1a遺伝子が登場これがスラブ人とインド・イラン・アーリア人の祖先となる。彼等の間でサテム派の発音が流行して、サテム派のインド・ヨーロッパ語が生まれる。


というように整理できるのではないでしょうか。
http://seisai-kan.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/post-a902.html


遺伝子の系統と文化は必ずしも一致しないという話(4)


R1b+J2が出発した後にもカスピ海周辺にはR+J2が住んでいたと考えられますが、5千年前に彼等は故地を出て行き東と西に拡散します。西に進んだのがスラブ人で、カスピ海を時計回りに進んだのがインド・イラン・アーリア人です。両者はR1aの遺伝子をもっていました。

しかし「アーリア人」とR1aを同一視するのは早計で、高度な乗馬技術を持つアーリア人は3千年前から1,500年前にかけて、中央アジアから何度もメソポタミア・イラン高原・タクラマカン砂漠に侵入するのですが、遺伝子の分布からはアーリア人とされた人達には様々な組み合わせがありそうなのです。

1.スラブ人・・・R1a

2.インド・アーリア人・・・R1a+R2+J2

3.パクトリア人・スラブ人・スキタイ人・・・R1a+J2

4.ソグド人・ホラズム人・・・R1a+J+Q

5.月氏人・トカラ人・・・R2b+J

このことから、サテム派インド・ヨーロッパ語を発明したR1a+J2が中央アジアに住む様々な民族と融合したのがアーリア人るといえます。

スキタイ人・月氏人・トカラ人は研究者によってアーリア人に含めたり含めなかったりします。スキタイ人が話していた言語は不明です。月氏人とトカラ人が話していたのはケントゥム派インド・ヨーロッパ語です。アーリア人の要素をサテム派インド・ヨーロッパ語であるとすると、彼等はアーリア人には含まれなくなります。

また、ホラズム地方やドナウ川下流域や黒海北岸では4〜5千年前の都市と農耕の痕跡が見つかっています。今ではインドと東アジアでメソポタミアの影響を受けずに独自に農耕が始まったことはほぼ確実ですが、これらの地域でも、独自に農耕が始まっていた可能性があります。

ホラズム地方に多いのはR1aとQの合体部族で、Qはシベリアの狩猟採集民とネイティブアメリカンに多いハプロタイプです。ホラズム人は定住性が高かったと言われています。また、彼等はインダス文明に鉱物を供給していた人達かも知れません。


ドナウ川下流域や黒海北岸に多いのはI2aで、この遺伝子は1〜2万年前にヨーロッパで独自に発生したと言われています。欧州の学者は聖書の影響が強すぎるのか、欧州の農耕は全て中東起源と考えるのが主流らしいですが、I2aによる欧州独自の農耕都市文明を想定しても良いのかもしれません。

I2aは欧州全域に広がっているので、氷河期が終わった後に最初に欧州全域に広がったのは彼等で、独自の言語を使用していた可能性があります。R1b

はI2aの中心部(ドナウ川流域)を避けるように分布し、しかし融合もしています。

I2aとR1bの関係は日本の縄文系と弥生系の関係に近いのかもしれません。


1.1〜2万年前・・・I2aは成熟した狩猟採集民で、ドナウ川流域から黒い森にかけての森林地帯で狩猟採集生活をしていました。一部は簡単な畑作をしていました。

2.8千年前・・・そこにまず狩猟採集民のR1b第一陣がやってきた。彼等は寒冷でやや暮らしにくく、I2aがあまり分布していなかったアルプス・バスク・ブルターニュ半島・アイルランド・ブリテン島に住むようになった

3.6〜8千年前・・・次に牧畜と灌漑農業の技術を持つR1b(ケルト人)がやってきた。彼等は狩猟採集には適していない草原や低地を開拓して住んだ

4.黒海沿岸からカスピ海にかけてスラブ人(R1a)が分布

5.I2a,R1b,R1aがヨーロッパ全体で混血し合う

6.3〜4千年前・・・騎馬技術を持つJ2+R1bが黒海沿岸に侵入、スキタイ人(I2a+J2+R1b)が生まれる

7.3,500年前・・・スキタイ人がカスピ海沿岸からスラブ人を追い払う

8.スキタイ人から逃れたスラブ人に押されて、インド・イラン・アーリア人が南下

R系ハプロタイプの分布とインド・ヨーロッパ語族の分布の間の矛盾から、私なりに西洋の民族移動を推測してみました。ヨーロッパの縄文人とも言えるI2aがどのような文明を持っていたのか。5千年前には中央アジアで高度な都市文明を作っていたと考えられるQ系とネイティブアメリカンとの関係など西洋の古代も未解明で興味深い話題がたくさんあります。
http://seisai-kan.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/post-9ad4.html


http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/390.html#c109

[近代史02] 白人はなぜ白人か _ 白人が人間性を失っていった過程 中川隆
110. 中川隆[-6635] koaQ7Jey 2017年8月20日 16:15:13 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

ドキュメンタリー 文明の道「第05集 シルクロードの謎 隊商の民ソグド」 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=FdBYI5F36To&index=24&list=PL68Eg7O2Flae_s6n1BfiPUGgs6t80-qrA

ソグド人は、色黒の肌、深目、高鼻、多鬚などのコーカソイドとしての身体的特徴が挙げられる。


ソグド人の言語はソグド語である。ソグド語は印欧語族イラン語派に属する中世イラン語の東方言のひとつであり、同じ仲間としてはホラズム語、バクトリア語、コータン語がある。

紀元前6世紀にソグディアナがアケメネス朝の支配下に入ると、アケメネス朝からアラム文字が流入し、初めはアラム文字でアラム語を記していたが、次第にアラム文字でソグド語を記すようになり、最終的にアラム文字を草書化してソグド文字を開発し、ソグド文字でソグド語を記すようになった。やがてソグド人が商人として各地に散らばったため、ソグド語・ソグド文字は中央アジアのシルクロードにおいて国際共通語となった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%82%B0%E3%83%89%E4%BA%BA
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/390.html#c110

[近代史02] 白人はなぜ白人か _ 白人が人間性を失っていった過程 中川隆
111. 中川隆[-6634] koaQ7Jey 2017年8月20日 18:26:14 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

シルクロード 謎の民/タクラマカン砂漠/楼蘭の 末裔? - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=vJy4Mx7QKKk&index=17&list=PL68Eg7O2Flae_s6n1BfiPUGgs6t80-qrA


2016年05月21日
日中共同制作番組  「シルクロード謎の民 〜タクラマカン砂漠 楼蘭の末えい?〜」顛末(てんまつ)記 BY 池上達則
https://www.nhk.or.jp/bs-blog/2000/245289.html

番組の舞台は世界で2番目に大きな、中国タクラマカン砂漠。

「死亡之海(死の海)」と呼ばれる世界でも有数の乾燥地帯。しかしこの砂漠の奥深くに、周囲から孤絶した“謎の民”がいる!?

古代シルクロードの文化を守りながら生きる人々の暮らしを描き、その歴史ミステリーを紐解いて行くドキュメタリー番組。旅人は俳優の満島真之介さんです。


“かなりあやしいな…”

番組のきっかけは2015年春、中国・北京テレビからの連絡でした。タクラマカン砂漠のど真ん中に、謎の民がいると言うのです。北京テレビとNHKエンタープライズは番組制作の提携を進めており、中国のレアな情報が舞い込んできます。しかしこの知らせには、正直半信半疑でした。

でも調べていくうち、色々分かって来ました。

● 砂漠の奥深くにオアシスがあり1500人が暮らしている(よし!)

● 他の新疆ウイグル自治区で無くなった古代の風習が残っている(よし!)

● 近くの町から240キロ。砂漠に道は無く陸の孤島である(よし!)

● 既に携帯電話が通じ太陽光発電の設備も入りつつある(あれ!?)

● 住民は砂漠をバイクに乗って移動する(あれ!?)

● 緑の瞳をした美しい女性たちが暮らしている(よし!)

まもなく砂漠に舗装道路が作られ、オアシスの伝統的な暮らしもあと数年で消えてしまう。変わりつつある状況を含め番組にしようと、紆余曲折を経ながら、国際共同制作のプロジェクトが立ち上がることになりました。

オアシスの暮らしを3つの家族を通じて描きました。詳しくは是非番組をご覧頂ければと思うのですが、私が一番魅了されたのは、視力を失いながらも子どもを育てるヤコプ父さん。オアシスの主な生業である羊の牧畜が出来ないので、漢方薬掘りなど日雇い作業で収入を得ています。子どもが村を出て町の小学校で寄宿生活をしており(村の学校は小学3年までしか通えない…)仕送りが必要なのです。


実は私も2人子どもがいて保育園に通わせています。もちろんヤコプ父さんほど生活は大変でなく、パパとして頑張ってもいないのですが、彼を見て話しを伺っているうちに、肩の力が抜けて行きました。初めは“謎の民”の神秘的な生活を描かなくてはと緊張していたのですが、次第にどこの世界でも同じである、家族やふるさとを思う気持ちを、同じ目線で描けばいいのだと教えてもらったような気がしたのです。


最後の取材が終わり、オアシスを離れるときに、私はロケの間はいていた綿入れのズボンをヤコプ父さんにお渡ししました。ヤコプ父さんは茹でたての羊の肉を私たちにくれました。大変貴重なごちそうを、私の中古ズボンと引き換えに頂き、大変申し訳ない気持ちでした。

ただもし今年の冬にヤコプ父さんが綿入れのズボンをはき、少しでも暖かく過ごしてくれたら…そう想像するだけで私の心も温かくなるのです。
https://www.nhk.or.jp/bs-blog/2000/245289.html

ケリヤ(克里雅)人:楼蘭王国の末裔か?
http://www.geocities.jp/kjbmh507/minzoku/eikou/matuei.pdf


ケリヤ人発見の経緯 スヴェン・ヘディンは1896年1月コータンから北へタクラマカン砂漠に入り、古代都市 の廃墟を発見する。その後、タクラマカン砂漠を横断して、シャヤルを目指して、ケリヤ 河沿いに北へ移動する。このときガイドから、聞く。

「町の下手のケリヤ・ダリヤの森のなかには、およそ150人の人たちが住んでおり、
他の人間とは行き来せず、あらゆる街道から遠く離れて、それ自体一つの世界を構成して
おり、いかなる政府当局の手もここまでは及ばない、死のように静かな砂漠の海に囲まれ たところである。 ・・・・・・ ここには羊飼いの家族が二組住んでいたが、彼らは露天で焚き火を囲んでいた。まるで
野蛮人のようだった。彼らは小さな子供に取り囲まれていたが、子供たちが着ている物と
いえば、一枚の毛皮だけだった。この泊まり場のそばで、彼らは300頭の羊を放牧して
いた。男たちの幾人かは、われわれがはじめて見るようなとても風変わりな靴をはいてい
た。靴といっても、それは野生のらくだの足を足だこや蹄のついたままをはいていたので
ある。この野蛮人のような家族もすぐに打ちとけて、みな写生させてもらうことができた ほどである。・・・・・」

出典:『スウェン・ヘディン探検記 (全9巻)』 深田久弥ほか監修 白水社 第2巻 アジアの砂漠を越えて(下)


こうして、ケリヤ人は西欧に紹介され一大反響を得るのだが、当のケリヤ人は相変わら ず静寂な砂漠の中でのんびりと暮らしていた。

20世紀の50年代末、中国政府の役人がこの地に派遣され、达里雅布依郷を設立し、
郷の役所を開いた。しかしながら文革中であったので、ケリヤ(克里雅)人はまたもや人々 から忘れ去られた。 20世紀の80年代のある日、石油探査に携わっていた技術者が目の前の不思議な光景に 唖然と立ちすくんでしまった。 その後、多くの報道機関が入り、「タクラマカン砂漠の中央に原始部落を発見す・・」 と、大報道を開始したのである。 1989 年,新疆ウイグル自治区の役人が視察に入った。そして、学校、病院を建て、電 気、水道を引き、郵便局や電話局を設けた。ケリヤ人は桃源郷の生活から一気に現代文明 の中に引き込まれたのである。

ケリヤ人が暮らすダリヤブイ(达里雅布依)郷の达里雅(ダリヤ)はウイグル語で河の
意味、布依(ブイ)は岸辺の意味、郷は中国の行政区分で村にあたる。达里雅布依郷は「河 の岸辺村」となる。総人家305戸、総人口1321人の村である。 ケリヤ人はケリヤ(克里雅)河の中下流域の両岸に住んでいる。ホータンの東・于田か らケリヤ(克里雅)河に沿ってタクラマカン砂漠を約220km北上すれば、ケリヤ人に合う ことができる。

写真 14-1 現在のケリヤ人



現在の生活ぶり 彼らは現在に至るまで古濮な民族文化と原始的な生活を保ってきた。彼らは幾世代もの
家族が同じ屋根の下で寝起きした。老人を敬い、外部の者と婚姻する者は少なく、砂漠の 原始部落と呼ばれてきた。ケリヤ人は遊牧を主としてきたが、現在では農耕を営み始めた。

ダリヤブイ(达里雅布依)郷には数十戸の人家が集中している。郷政府の管轄する範囲 は南北 500 キロ近くに及ぶ。南に住む者が北に住む者の婚礼に参加するには二週間近く掛 かる。郷政府の者がケリヤ村を巡回するにはラクダか馬に荷物を積み、8日を掛けるとい う。 郷にはイスラム風の建物が一軒ある。大きな建物で周囲の建物と比較できないくらい 美しい建物である。この家の主人は郷の長であり、大変見識の広い人であるという。 ケリヤ人が一番困っていたのは水である。郷政府が井戸を掘るまでは大変な苦労があっ たと言う。 ケリヤ人はダリヤブイ(达里雅布依)郷を引き払い条件の良い土地に引っ越すことを嫌
っている。牧畜している山羊はこの地方の草花を食料としており、他の雑草は食べないの で引っ越せないという。 そして郷政府は彼らにダカ(大卡)車(大八車に似ている)を給付した。彼らはダカ
車で柴木や羊皮を于田県まで運び、貴重な塩や茶と交換している。


写真14-2 ケリヤ人の村落

ケリヤ人のルーツ 多くの説が流れており、いまだ検討中のようであるが、その代表的な三つの説を紹介し よう。

1 タクラマカン砂漠の土着民族であろうとする説である。・・が、これでは周囲が納得しない。

2 南に約 900 キロ下るとチベットの阿里地区にいたる。ここはかつてグゲ王朝があった所である。ラダック王朝に滅ぼされ(1630 年)、タクラマカン砂漠に逃げ込んだグゲ王朝の末裔である、とする説が有力である。


3 ところがこの説にも満足しない人々がいる。この「河の岸辺村」から東に約 450 キロの位置に、かつて楼蘭王国が栄えた。しかし、2000 年前、謎のまま忽然と消えてしまった。
その楼蘭王国の末裔が住み着いた、とする説である。


ま、どの説に満足するかは読者次第です。また別の新説を出すのも一興かと思います。

現在ケリヤ人は行政上ウイグル族に組み入れられているが、生活習慣の多くの面でウイ グル族と異なっている、とされている
http://www.geocities.jp/kjbmh507/minzoku/eikou/matuei.pdf



http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/390.html#c111

[文化2] 女は東大出でも思考力・判断力・知性すべてゼロ _ 通産官僚 宗像直子は何故こんなにアホなの? 中川隆
81. 中川隆[-6633] koaQ7Jey 2017年8月20日 18:41:40 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2017年08月20日
アメリカで白人男性が労働意欲失い社会の底辺に

白人同士で対立してますます立場を弱めている
引用:https://s.yimg.com/uu/api/res/1.2/VWPv8p1Qn8cCr_GlCThpfg--/aD02ODI7dz0xMDI0O3NtPTE7YXBwaWQ9eXRhY2h5b24-/http://media.zenfs.com/en_us/News/afp.com/6a16b325a222fbf3ca4f33eaf4bfe916d4eb78da.jpg

逆転した支配構造

アメリカでは白人団体が白人優位主義を掲げて暴動を起こしていると報道されていて、それは本当であると同時に嘘でもある。

数十年前には多数派であり他の人種より優位だったのだが、現在は少数派に転落し、差別される側になった。

白人差別を公然と正当化する法律まであり、大学や企業や自治体は「白人を差別しなくてはならない」と定められている。



昔「猿の惑星」という映画があって猿に乗っ取られた地球のSF映画だったが、本当のテーマは「有色人種に乗っ取られる地球」だったそうです。

映画の中で人間は迫害されたり差別されたり散々な目に遭うのだが、数十年後に(白人にとって)映画が現実になった。

アメリカにはアファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)が義務化されており、例えば大学進学では一部の有色人種を優遇しなくてはならない。


優遇されるのは黒人や南米系、日本人を除く一部のアジア人などで、白人は優遇対象にならない。

アイビー・リーグ大学では黒人と白人では100点満点で20点程度の差がつけられていて、白人は黒人よりも21点以上多く取らないと不合格になる。

さらに女性は男性より是正措置によって優遇されるので、白人男性は黒人女性よりも100点満点で30点は多く取らないと不合格になる。


同じ制度は企業の就職にも適用され、国家公務員試験などあらゆる試験で格差が付けられている。

この格差はほとんどの白人男性にとって「絶対に超えられない壁」になっていて、何をやっても絶対に黒人には勝てません。

例えば一流企業に黒人女性と白人男性が入社し、どんな基準で比較しても白人男性の実績が優れているとします。


それでも企業は「差別是正措置」に基づいて、有色人種や女性を先に昇進させています。

これでやる気が出る男が居るとしたら、最初から心がないか、よほどのハングリー精神の持ち主でしょう。

もし白人男性がこの不平等を会社の上層部に訴えたりしたら、間違いなくその人は解雇されます。


白人である事はもはやマイナスにしかならない
P1020098
引用:http://4.bp.blogspot.com/_5WcMb8u-12g/S79colMoC7I/AAAAAAAAAcg/PK5gi_RLsqQ/s1600/P1020098.JPG

差別是正という名の人種差別

最近アメリカ政府でも米企業でも、女性の重役やCEOがとても多いのに、皆気づいていると思います。

これも政府の格差解消政策で、能力や実績と関係なく「女性を昇進させるノルマ」が存在しています。

自分よりずっと実績や能力が劣っている黒人や女性がすぐに昇進し、自分は白人男性というだけの理由で一生彼らより昇進できないのです。


こうした社会の現状に失望し、働く意欲をなくした白人男性が、アメリカでは急増しています。

社会学者や政治家は「理由がわからない」などと言っていますが、本当は是正措置が原因だと分かっています。

だがアメリカでは「白人男性は差別されている」と事実を口に出す事すら、白人優越主義者の証拠にされてしまうのです。


無気力になるのではなく、声に出して反撃しているのが白人団体で、白人差別に抗議したり、有色人種を襲ったりしています。

日本の右翼団体と根本的に違うのは、在日が「外国人」なのに対して、白人は同じアメリカ人から差別されている点です。

アファーマティブ・アクションの結果、白人男性の収入は減少し、失業率が増大し、ホームレスが増加しています。


白人男性は高校、大学、就職、昇進と差別され続け、社会に参加できずに落ちこぼれているのが、本当のアメリカの姿です。

彼らがこの状況を改善して欲しいと投票したのがトランプ大統領で、トランプもまた「白人優越主義者」のレッテルを貼られています。
http://www.thutmosev.com/archives/72239827.html
http://www.asyura2.com/09/bun2/msg/544.html#c81

[政治・選挙・NHK230] 国民をバカにしてきたトランプ氏と安倍氏 支持率急落に共通点(NEWS ポストセブン) 赤かぶ
7. 中川隆[-6632] koaQ7Jey 2017年8月20日 18:44:50 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
全然わかってないな

安部は改憲をやると言い出したのでアメリカが阻止しようとしてマスコミと官僚に安部降ろしを指示した

トランプは反グローバリズムなのでネオコンが引き降ろしにかかった

それから

アメリカで白人男性が労働意欲失い社会の底辺に


白人同士で対立してますます立場を弱めている
引用:https://s.yimg.com/uu/api/res/1.2/VWPv8p1Qn8cCr_GlCThpfg--/aD02ODI7dz0xMDI0O3NtPTE7YXBwaWQ9eXRhY2h5b24-/http://media.zenfs.com/en_us/News/afp.com/6a16b325a222fbf3ca4f33eaf4bfe916d4eb78da.jpg


逆転した支配構造

アメリカでは白人団体が白人優位主義を掲げて暴動を起こしていると報道されていて、それは本当であると同時に嘘でもある。

数十年前には多数派であり他の人種より優位だったのだが、現在は少数派に転落し、差別される側になった。

白人差別を公然と正当化する法律まであり、大学や企業や自治体は「白人を差別しなくてはならない」と定められている。

昔「猿の惑星」という映画があって猿に乗っ取られた地球のSF映画だったが、本当のテーマは「有色人種に乗っ取られる地球」だったそうです。

映画の中で人間は迫害されたり差別されたり散々な目に遭うのだが、数十年後に(白人にとって)映画が現実になった。

アメリカにはアファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)が義務化されており、例えば大学進学では一部の有色人種を優遇しなくてはならない。


優遇されるのは黒人や南米系、日本人を除く一部のアジア人などで、白人は優遇対象にならない。

アイビー・リーグ大学では黒人と白人では100点満点で20点程度の差がつけられていて、白人は黒人よりも21点以上多く取らないと不合格になる。

さらに女性は男性より是正措置によって優遇されるので、白人男性は黒人女性よりも100点満点で30点は多く取らないと不合格になる。


同じ制度は企業の就職にも適用され、国家公務員試験などあらゆる試験で格差が付けられている。

この格差はほとんどの白人男性にとって「絶対に超えられない壁」になっていて、何をやっても絶対に黒人には勝てません。

例えば一流企業に黒人女性と白人男性が入社し、どんな基準で比較しても白人男性の実績が優れているとします。


それでも企業は「差別是正措置」に基づいて、有色人種や女性を先に昇進させています。

これでやる気が出る男が居るとしたら、最初から心がないか、よほどのハングリー精神の持ち主でしょう。

もし白人男性がこの不平等を会社の上層部に訴えたりしたら、間違いなくその人は解雇されます。


白人である事はもはやマイナスにしかならない
P1020098
引用:http://4.bp.blogspot.com/_5WcMb8u-12g/S79colMoC7I/AAAAAAAAAcg/PK5gi_RLsqQ/s1600/P1020098.JPG


差別是正という名の人種差別

最近アメリカ政府でも米企業でも、女性の重役やCEOがとても多いのに、皆気づいていると思います。

これも政府の格差解消政策で、能力や実績と関係なく「女性を昇進させるノルマ」が存在しています。

自分よりずっと実績や能力が劣っている黒人や女性がすぐに昇進し、自分は白人男性というだけの理由で一生彼らより昇進できないのです。


こうした社会の現状に失望し、働く意欲をなくした白人男性が、アメリカでは急増しています。

社会学者や政治家は「理由がわからない」などと言っていますが、本当は是正措置が原因だと分かっています。

だがアメリカでは「白人男性は差別されている」と事実を口に出す事すら、白人優越主義者の証拠にされてしまうのです。


無気力になるのではなく、声に出して反撃しているのが白人団体で、白人差別に抗議したり、有色人種を襲ったりしています。

日本の右翼団体と根本的に違うのは、在日が「外国人」なのに対して、白人は同じアメリカ人から差別されている点です。

アファーマティブ・アクションの結果、白人男性の収入は減少し、失業率が増大し、ホームレスが増加しています。


白人男性は高校、大学、就職、昇進と差別され続け、社会に参加できずに落ちこぼれているのが、本当のアメリカの姿です。

彼らがこの状況を改善して欲しいと投票したのがトランプ大統領で、トランプもまた「白人優越主義者」のレッテルを貼られています。
http://www.thutmosev.com/archives/72239827.html

http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/893.html#c7

[政治・選挙・NHK231] 戦後日本「闇の支配者」が描く政界再編構図ー(植草一秀氏)  赤かぶ
1. 中川隆[-6631] koaQ7Jey 2017年8月21日 02:38:52 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

反原発運動は中国・朝鮮工作員が扇動していた
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/702.html

反原発派は知恵遅れ
http://www.asyura2.com/16/genpatu47/msg/781.html

共謀罪批判は中国・朝鮮工作員が扇動していた
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/711.html

護憲運動はCIA・中国・朝鮮工作員が扇動していた
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/703.html

「面従腹背」に官邸疑心=加計問題、霞が関の不満影響か _ 加計問題は CIA が扇動していた
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/114.html
http://www.asyura2.com/17/senkyo231/msg/110.html#c1

[政治・選挙・NHK231] 戦後日本「闇の支配者」が描く政界再編構図ー(植草一秀氏)  赤かぶ
4. 中川隆[-6630] koaQ7Jey 2017年8月21日 03:32:17 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

石原慎太郎都知事「アメリカの犬 小沢一郎の正体」を暴く
https://www.youtube.com/watch?v=MERTrcik8CU
http://www.asyura2.com/17/senkyo231/msg/110.html#c4
[近代史02] 弥生人の起源 _ 自称専門家の嘘に騙されない為に これ位は知っておこう 中川隆
90. 中川隆[-6629] koaQ7Jey 2017年8月21日 09:11:27 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

近畿人というのは、中国大陸や朝鮮半島からやってきた異民族である。
古代、近畿人が降り立った日本には、先住民=縄文人=東北人がいた。

先住民がいてはもちろん近畿人が住む場所などはない。
彼らは、東北人=縄文人を侵略・虐殺・強制連行(俘囚)することで、国を築いたのだ。

蝦夷征討とは、有史以前からずっと続く、近畿人による先住民一掃、
単なる東北人虐殺に他ならない。それは有史以後も傷跡を残し続けるほどのものだったのだ。
 

近畿人が渡来系民族そのものである証拠。 東北人とは全く異民族であることがわかる。 

▼手掌紋D線3型出現率から求めた朝鮮人との遺伝的距離
(山口敏『日本人の顔と身体』より)
0.000…朝鮮半島
0.007…近畿地方
– – – – – – – – – – –
0.012…中部地方
0.035…中国地方
0.035…九州地方
0.038…四国地方
0.048…関東地方
0.068…東北地方
0.092…南西諸島

●1 人あたり約 14 万個所の DNA 塩基多型を用いて日本人の集団構造を解

http://www.riken.jp/~/media/riken/pr/press/2008/20080926_1/20080926_1.pdf
(図 4 日本の各地域の遺伝的な分化と地理的な傾向 参照)

近畿人クラスターは東北人のクラスター(縄文人)と遺伝的に全くオーバーラップしていない。異民族ということ。

2008年9月26日 独立行政法人 理化学研究所

1 人あたり約 14 万個所の DNA 塩基多型を用いて日本人の集団構造を解 明 - 病気と遺伝子の関連を調べるケース・コントロール解析のよりよい研究デザインが 可能に -


病気のかかりやすさ、薬の副作用の有無は、私たちそれぞれで違っています。この 個人の体質の違いの遺伝的な要因を明らかにして、それぞれの人の特質に見合った治 療を行うオーダーメイド医療がスタートしています。心筋梗塞、糖尿病、関節リュウ マチなど、さまざまな疾患の原因遺伝子を同定するために、ゲノム全体をカバーする 1塩基多型(SNP)を使った関連解析が、わが国ばかりか世界規模で展開されています。

わが国では、この研究の中心となっているバイオバンクジャパンが、約30万人 の日本人のDNA、血清を集め、情報基盤としての役割を果たしています。 この研究を推進してきた理研ゲノム医科学研究センターは、これらの情報を活用して、大部分の日本人が2つのクラスター、本土クラスターと琉球クラスターに大別で きることを明らかにしました。

この結果は、従来から提唱されていた日本人集団の「二 重構造説」と矛盾しない内容です。2つのクラスター の間のSNPの頻度の違いは小 さいのですが、耳垢のタイプを決めるSNPや髪の毛の太さに関わるSNPの頻度には 明らかな違いがありました。また、本土の中でも遺伝的な地域差があることが明確に なりました。 今後は、病気と遺伝子の関連を調べるケース・コントロール解析において、今回の 研究結果を活かすことによって遺伝的背景のバランスを調整できますので、よりよい 研究デザインが可能になります。



図 SNPを活用した日本人の集団構造の解析 ほとんどの日本人は、本土クラスター(赤) と琉球クラスター(緑)に大別



図 SNPを活用した日本人の集団構造の解析 図 本土の遺伝的な地域差


報道発表資料
2008年9月26日 独立行政法人 理化学研究所

1人あたり約14万個所のDNA塩基多型を用いて日本人の集団構造を解明
- 病気と遺伝子の関連を調べるケース・コントロール解析のよりよい研究デザインが 可能に -


◇ポイント◇

・7,000人以上の日本人の常染色体上のDNA塩基多型情報を解析

・ほとんどの日本人は、本土クラスター、琉球クラスターの2つに大別

・本土でも遺伝的な地域差があることが判明 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、1 人あたり約 14 万個所のDNA 塩基多型の解析により、日本人の集団構造を大きく2つのクラスター(集団)にわけ ることができることを明らかにしました。

これは、理研ゲノム医科学研究センター(中 村祐輔センター長)統計解析・技術開発グループの鎌谷直之グループディレクター、 加畑(山口)由美研究員らによる研究成果です。

私たちそれぞれが持っている遺伝子と個人の病気のかかりやすさ、薬の副作用の有 無などの関係を調べる場合、病気や薬の副作用を持つ集団(患者集団:ケース)と持たない集団(対照集団:コントロール)について、遺伝子上のSNP(1塩基多型)※1を 測定し、その頻度を比較する手法が一般的に行われています。

この手法はケース・コ ントロール解析と呼ばれ、この解析からわかるSNPの頻度情報は、個人に合った投薬 や治療を行う、オーダーメイド医療を目指した研究の基盤情報として非常に有用です。しかし、対象にした集団に分集団構造があり、ケースとコントロールのサンプル の仕方に偏りがある場合、偽陽性の結果を検出する率が上昇してしまいます。今後の ゲノムワイドなケース・コントロール解析のよりよいデザインのためにも、ゲノム全 体を網羅するSNPを用いて、日本人の集団構造を調べることが大変重要です。

研究グループは、日本人 7,001 人と中国人 45 人のサンプルについて、1 人あたり 約14万個所のSNPの遺伝子型データを用いた主成分分析※2を行いました。

その結果、 日本人の大部分が本土クラスターと琉球クラスターに大別できることを明らかにしました。

さらに、本土の中でも遺伝的な地域差があることが明確となりました。

今回明らかにした、日本人の集団構造に関する知識により、ゲノムワイドなケー ス・コントロール解析の研究デザインの向上が期待されます。また、今後さらに多く のアジアの近隣諸国の人のSNPと共に解析することによって、集団間の違い、民族の 歴史、人の移動の程度を含めた詳細な集団構造の理解などが可能になると期待できま す。 本研究は、文部科学省「個人の遺伝情報に応じた医療の実現プロジェクト(オーダ ーメイド医療実現化プロジェクト)」の一環として行われたもので、研究成果は、米 国の科学雑誌『 The American Journal of Human Genetics 』( 10月号)に掲載され るに先立ち、オンライン版(9月25日付け:日本時間9月26日)に掲載されます。



1.背 景

病気のかかりやすさ、薬の副作用の有無などと遺伝子の関係を調べる場合、病気 や薬の副作用を持つ集団(患者集団:ケース)と持たない集団(対照集団:コント ロール)について、ゲノム上のDNA塩基多型のタイプを測定し、その頻度を比較す る手法「ケース・コントロール解析」が一般的に行われています。このケース・コ ントロール解析で用いる1塩基多型(SNP)の頻度情報は、病気や副作用と遺伝子 の関係を解明し、個人に適合した投薬や治療を行うオーダーメイド医療を目指した 研究の基盤情報として非常に有用です。

理研ゲノム医科学研究センターは、ゲノム全体を網羅するSNP解析の手法を確立し、これまでに、心筋梗塞、関節リウマチ、変形性関節症、糖尿病性腎症などをは じめとする数多くの疾患に関連する遺伝子を特定してきました。また近年、欧米の 研究機関においても、同様の解析による疾患関連遺伝子研究が急速に進んできてい ます。一方、SNPの頻度は人種、国、地域によって異なっており、民族の歴史の影 響を受けています。このような状況を踏まえ、日本人の病気や薬の副作用に関連す る遺伝子の探索をさらに深めていく上で、日本人の集団の遺伝的多様性と集団構造 の理解の必要性が高まっています。

現在のケース・コントロール解析は、解析対象の集団の中では、疾患に関係のないゲノム領域のSNPの頻度は個人の疾患の有無と関係がない、という仮定を立てて います。そのため、もし対象の集団に、さらに細分化した分集団構造があって、ケ ースとコントロールのサンプルの取り方に偏りがある場合(図1)、あるいは、コン トロール集団に比べてケース集団の方がより近縁である場合は、疾患に関係のない ゲノム領域でも、SNPの頻度に統計的な有意差が出やすくなり、偽陽性の結果を得 る率が上昇します。

これまで理研ゲノム医科学研究センターは、日本人の集団を対象として、多くの 疾患関連遺伝子を特定してきました。しかし、今後のさらなる研究を進める場合、 より多数のサンプルを用いて解析を行うと、検出力が上がる反面、集団の構造化に よる偽陽性の結果を得る率が上がってしまうことが懸念されます。

日本人の遺伝的多様性と起源についての研究は、これまでミトコンドリアDNA※3 やY染色体※4のDNA塩基多型を用いた研究が主流でした。

それらの先行研究では、 興味深いことに、日本人集団の「二重構造」説※5を支持するものや、ミトコンドリ アDNAのハプロタイプ※6の多様性を示すものがあります。

そのため、今後のゲノム ワイドなケース・コントロール解析が、偽陽性の結果を得ることがないようにするためにも、ゲノム全体を網羅するSNPを用いて、日本人の集団構造を調べることが必要です。



2. 研究手法と成果

今回の研究では、国際ハップマッププロジェクト※6の4つの集団(西・北欧系ユ タ州住民60人、ナイジェリアのヨルバ族60人、東京在住の日本人45人、北京在 住の中国人漢民族45人の合計210人)のSNPのデータに加えて、バイオバンクジ ャパン※7の日本人7,003人の、常染色体※8上にある1人あたり140,387個所の SNP を解析に用いました。

この日本人7,003人は、心筋梗塞、糖尿病、関節リウマチな ど35種類の疾患のいずれかの患者であり(バイオバンクジャパンでは47種類の対象疾患があります)、病院の所在地により、 7つの地域(北海道、東北、関東甲信越、 東海北陸、近畿、九州、沖縄)にグループ分けされています。

研究チームは、これらの人々からの常染色体上のSNPの遺伝子型データを用いて、 主成分分析を基礎にした解析手法により、個人間の遺伝子型の相関を基に個人間の 近縁関係を解析しました(図2)。

まず、欧米人、アフリカ人を含んだ解析により、 日本人7,003人のほぼ全員が東アジア人のグループに属することを確かめました。

次に、この内の7,001人を中国人45人のサンプルと共に解析した結果、7,001人は 本土クラスターと琉球クラスターの2つの主なクラスターに大別されることがわかりました(図3)。

つまり、前者には本土の6 つの地域で採血された大部分の人が含まれ、後者には沖縄で採血された人の大部分が含まれていました。本土クラスター と琉球クラスターの遺伝的分化の程度は非常に小さく、そのためSNPの頻度の違い は大部分についてはわずかでしたが、約14万個所という数多くのSNPを用いたために、2つのクラスターを観察できたと考えられます。

さらに、本土の中でも遺伝 的な地域差があることが明確にわかりました(図4)。

今回の結果は、従来から提唱 されている日本人集団の「ニ重構造」説と矛盾しないものです。 本土クラスターと琉球クラスターの違いが、どのSNPでもっとも顕著であるかを 調べたところ、6番染色体のHLA領域※9に見つかりました。

また、アミノ酸を変化 させるSNPの頻度の違いを比較したところ、髪の毛の太さと関連のある EDAR 遺伝 子※10のSNP、耳垢のタイプと関連のある A BCC11 遺伝子※11のSNPの頻度がもっとも大きい違いを示しました。

さらに研究グループは、日本人の集団構造が疾患関連遺伝子探索のケース・コン トロール解析にどの程度影響するかを調べるために、2つのクラスターや地域を分 集団として、個人をランダムにサンプル抽出し、シミュレーションを行いました。

その一つとして、本土クラスターのケース集団(200人)とコントロール集団(200 人)を基に、ケース集団における琉球クラスターからの人の割合を増やしていき、 ゲノム全体のSNPの遺伝子型頻度の違いの統計量がどのように増大するかを調べ ました。その結果、ケース集団における琉球クラスターからの人の割合が23%にな ると、偽陽性の結果を得る率の増大が無視できなくなることを明らかにしました。 この結果は、ケース・コントロール解析では、患者の住む地域や遺伝的背景を考慮 した解析デザインが必要であることを示しています。



3.今後の期待

日本人における遺伝的な集団構造と地域差が、ゲノム全体を網羅するSNPで解明されたことにより、次のような発展が期待されます。まず、今回明らかになった 日本人の集団構造についての知識は、今後のゲノムワイドなケース・コントロール 解析の研究デザインの向上に生かすことができます。今後の解析では、検出力を上 げるために、より多数のサンプル数で解析すると予想でき、今回の研究の知見を生 かせば、ケース集団とコントロール集団のバランスがとれるように前もって調整す ることで、偽陽性をなるべく抑える研究デザインが可能になります。また、進行中 あるいは検証中の研究であっても、今回の研究で示した通り、サンプルの抽出の偏 りが及ぼす偽陽性への影響の程度を考慮することによって、構造化による偽陽性の 問題を解決することが可能になります。さらに、本土と琉球の2つのクラスターの間で頻度の違いが大きいSNPがあることを示しているため、どのSNPやどのゲノ ム領域で偽陽性が起こりやすいか、ということについても役立つ情報を提供します。

このように、集団構造の理解や、分集団間の違いを理解することからケース・コン トロール解析の精度が上がるため、疾患関連遺伝子同定の精度の向上が期待され、 より確かなオーダーメイド医療の実現化につながると考えられます。 また、日本人の集団構造が、今後、アジアの近隣諸国の人のデータと共に解析さ れることによって、集団間の違い、民族の歴史、人の移動の程度を含めた詳細な集 団構造の理解が進むことになります。近縁な集団間における遺伝的な関係や違いの 程度を理解することで、SNPと疾患の関係を解明する研究が、アジアの近隣諸国で も加速していくと注目されます。 今回の研究により、アミノ酸を変化させているSNPの中で、本土クラスターと 琉球クラスター間のもっとも大きな違いが、髪の毛の太さや耳垢のタイプのような、 表現型の違いにかかわるものであったことは、非常に興味深い結果です。今後、近 縁な分集団の間で頻度の違いの大きなSNPを調べることによって、人類の歴史に おいて過去に働いた自然選択が、表現型に違いを生じるようなSNPの頻度の変化 に影響を与えてきた例をさらに探し出すことができる可能性があると期待できま す。


(問い合わせ先) 独立行政法人理化学研究所 ゲノム医科学研究センター統計解析・技術開発グループ グループディレクター 鎌谷直之(かまたになおゆき)
Tel : 03-5449-5708 / Fax : 03-5449-5564

横浜研究推進部 企画課 Tel : 045-503-9117 / Fax : 045-503-9113

(報道担当) 独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当 Tel : 048-467-9272 / Fax : 048-462-4715 Mail : koho@riken.jp


補足説明

※1 SNP(スニップと発音されることが多い) DNAの1塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism)で、過去に起きたDNA の点突然変異による。ヒト集団では染色体をランダムに2本選んで比較すると、 1,200〜1,500塩基に1つの割合で、SNPがあると推定されている。ヒトゲノム上 では、約12,000,000のSNPが報告されている。



※2 主成分分析 複数の変数間の共分散(相関)を少数の合成変数で説明する手法。共分散行列の固 有値問題の解として得ることができる。この研究では、各個体点を座標のばらつき がなるべく大きくなるように直交軸を取り直して眺めている。


※3 ミトコンドリア DNA 細胞内小器官のミトコンドリアが独自に持っている環状のDNA。過去に細胞内で 共生したほかの細胞が由来である、と考えられている。ミトコンドリアDNAは、 受精卵の細胞質により母から子に伝えられる。DNA複製のエラー修復機構を欠き、 分子進化速度が核のDNAよりも速い。ヒトのミトコンドリアDNA は約16,600 塩基対と短いが、塩基多型の割合が核のDNAよりも高い。ヒトの遺伝的多様性と 移動の歴史を推測する研究によく使われている。

※4 Y 染色体 性染色体の1つで、ヒトでは Y染色体があると男性になる。通常の男性の性染色体 の核型はX染色体とY染色体が1本ずつで、 Y染色体は父親から息子に遺伝する。 ヒトの遺伝的多様性と移動の歴史を推測する研究によく使われている。


※5 日本人集団の「二重構造」説 埴原和郎(はにはらかずろう)氏の「二重構造モデル」。日本人の祖先集団は、縄 文人、そして北東アジアから渡来した弥生人に由来しており、この2集団は日本列 島内で徐々に混血したが、アイヌ人と南西諸島の人においては、北東アジアからの 渡来人の影響は少なかった、とする説。


※6 国際ハップマッププロジェクト/ハプロタイプ ハップマップとは、ハプロタイプ地図を略したもの。ハプロタイプは1本のゲノム (染色体)上のDNA塩基多型の組み合わせである。このプロジェクトは、疾患関 連遺伝子同定のためのゲノムワイドなケース・コントロール解析を加速させること を第一の目的に発足した。日本人、中国人、ヨーロッパ系アメリカ人、アフリカ人 からの4集団270人について、ゲノム全体を網羅するSNPの遺伝子型が決定され、 データベースで公開されている。


※7 バイオバンクジャパン 文部科学省「個人の遺伝情報に応じた医療の実現プロジェクト(オーダーメイド医 療実現化プロジェクト)」の基盤となるDNAサンプルおよび血清サンプルを収集し 臨床情報とともに保管している世界でも有数の資源バンクの名称。バイオバンクへ 約30万人のDNAおよび血清試料を集め、それらを利用してSNPと病気との関係、 薬剤の効果などの関係を明らかにする研究を行っている。心筋梗塞、糖尿病、関節 リウマチなど47種類の対象疾患がある。情報は個人情報管理に配慮し幾重にも厳 重に管理されており、東京大学医科学研究所内に設置されている。



※8 常染色体 ヒトでは1〜22番染色体のこと。細胞内の染色体の全セットのうち、性染色体(X 染色体とY染色体)を除いたもの。


※9 HLA(human leukocyte antigen)領域 ヒトの6番染色体短腕(6p21)上に存在し、その領域にある多重遺伝子族(遺伝子 重複によって生じた遺伝子の中で相同性が高いもの)は、自己と非自己の認識、免 疫応答の誘導に関与する白血球抗原をコードしている。MHC(major histocompatibility complex;主要組織適合性複合体)領域とも呼ばれる。


※10 EDAR 遺伝子(ectodysplasin A receptor) シグナル伝達に関与する遺伝子の1種で、2 番染色体上に存在する。370番目のア ミノ酸変異(アラニンまたはバリン)の頻度は、東アジア人と他の人種で大きく異 なっており、髪の毛の太さに関与することがわかっている。東アジア人は他の人種 と比べて髪の毛が太く、アラニン型の頻度が高い。


※11 ABCC11 遺伝子(ATP-binding cassette, subfamily C, member 11) ATP 結合機能を持ち、輸送にかかわるタンパク質のファミリーをコードする多重遺 伝子族のメンバーの1つで、16番染色体上に存在する。薬剤排出の機能を持つ。 180番目のアミノ酸変異(グリシンまたはアルギニン)は、耳垢の乾型、湿型を決 めることがわかっている。そのSNPの頻度は東アジアと他の地域で大きく異なっ ており、東アジア人では乾型のアルギニンのタイプの頻度が高い。



図1 ケース・コントロール解析で偽陽性率が上がる条件

分集団1、分集団2では、多数のSNPの座位(形質に関係のないゲノム領域のSNP の場所)について、SNPの頻度が少しずつ異なっている。この例では、ケース(患 者集団)のサンプルにおける分集団1からの人の割合1(f)が、コントロール(対照集団)における分集団1からの人の割合(g)よりも大きい。このようなサンプルで関 連解析を行うと疾患に関連していないSNPであっても、統計的に有意な関連(偽陽 性)を検出する率が上がってしまう。



図2 たくさんの個所のSNPの遺伝子型を使った個人間の近縁関係の解析

個人からなるべくたくさんのSNPの遺伝子型を数値化(1)して、人数×SNP数の総 データを作る(2)。次に、統計解析のために数値を標準化する(3)。そして、個人対 個人の総当りの、遺伝子型の相関の度合いのデータを得る(4)。主成分分析により、 個人間のばらつきを最大にする軸をきめ、上位の軸(例えば、第1成分と第2成分) でプロットを作成する(5)。第 1成分の軸は、個人間のばらつき最大になるように選 ばれている。第2成分の軸は、個人間のばらつきが次に大きくなるように選ばれてい る。




図3 ほとんどの日本人は、本土クラスターと琉球クラスターに大別される

日本人と中国人漢民族で個人間の近縁関係を解析したところ、主な3つのクラスター に分かれた。1つは中国人のクラスターである(橙)。日本人は、本土クラスター(赤) と琉球クラスター(緑)の2つに大別される。



図4 日本の各地域の遺伝的な分化と地理的な傾向

本土クラスターの中の人の分布は、地域によって偏りがあることがわかった。近畿の 人は、上の図では本土クラスターの左上に偏りがあり、中国人のクラスターに比較的 近い。対照的に、東北の人は、本土クラスターの右下に偏っていて、中国人のクラス ターから見て離れている。
http://www.riken.jp/~/media/riken/pr/press/2008/20080926_1/20080926_1.pdf
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/547.html#c90

[政治・選挙・NHK231] 今年の8月、反戦・平和の報道でよみがえったNHK/新たな事実、証言、証拠を発掘したドキュメンタリー(リベラル21) gataro
1. 中川隆[-6628] koaQ7Jey 2017年8月21日 09:25:41 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
CIAの指示で改憲を阻止する為に作ったんだろ:


アメリカの手先の官僚とマスコミ、CIA・中国の工作員から日本を守ろう


共謀罪批判は中国・朝鮮工作員が扇動していた
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/711.html

護憲運動はCIA・中国・朝鮮工作員が扇動していた
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/703.html

「面従腹背」に官邸疑心=加計問題、霞が関の不満影響か _ 加計問題は CIA が扇動していた
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/114.html

1972年2月、当時のニクソン米大統領とキッシンジャー補佐官が北京を訪問し、
周恩来首相と会談した時に、日本に対して三つの密約が交わされた。
米中密約の内容

1.日本に核武装そして単独防衛させない
2.これを防ぐために米軍は日本に駐留する(ビンの蓋論)
3.朝鮮半島および台湾問題で日本に発言権を与えない

この密約は、2002年10月、当時の江沢民中国国家主席が、
テキサスの牧場に当時のブッシュ大統領を訪ねたときにも再確認された。


安倍総理が憲法改正を言い出した途端にモリカケ問題で振り回されるようになった。

「株式日記」では、霞ヶ関が国政の実権を握っており、その権力の源泉は米軍にあると以前に書いたことがありますが、沖縄の問題ひとつとっても密約だらけであり、そのことは日本の政治家も国民も知らないことが多いようだ。密約を結ぶのは政治家であっても、総理も大臣もコロコロ代わっていくうちに密約のことを知らない政治家ばかりになる。

しかし霞ヶ関には密約の番人がおり、密約を破ろうとすると官僚が動いてスキャンダルを暴露されて失脚するか、不慮の病死で葬り去られる。安倍総理もプーチンとの会談を重ねて北方領土返還に動こうとしたのに、待ったをかけたのは外務官僚であり、米軍との密約で日本のどこにでも米軍基地を作れるという文言があるらしい。

だからプーチンが北方領土には米軍基地を作らせないという約束ができるのかと聞かれて、安倍総理はその密約を知らなかったらしい。でなければ安倍総理が北方領土返還交渉をするわけがない。プーチンの方が日米間の密約のことはよく知っており、そこをプーチンは突いてきたのだ。

安倍総理が憲法改正を言い出した途端にモリカケ問題で振り回されるようになったのも、日米間には日米安保と現行憲法とはセットであるという密約のことを知らなかったのかもしれない。安倍総理の祖父は岸元総理だから誰よりも密約のことは知っているはずですが、密約は密約であり公式の外交条約ではないから守る必要はない。

最近では日韓合意がありますが、これも密約のようなものですが正式な外交条約ではない。だから守らなくてもいいのですが紳士協定のようなものであり、日本は密約を守る国であり韓国は密約を守らないというだけの事だ。外交的に難しい交渉をする時には表向きの条約と裏側の密約とに分かれていることが多く、国民には密約は公開されない。

外務官僚が日本の内閣内部の動きを逐一アメリカに報告しているのは、明らかにスパイ行為ですがウィキリークスでこのような行為が行われていることが暴露された。それに対して日本はアメリカの政府内部の動きを何も掴むことができない。日本にスパイ防止法ができないのもこのような密約があるからだろう。

日本は在日米軍が存在する限りはアメリカの植民地であり、日本の独自外交など存在はしない。逐一外務省がアメリカに日本政府部内の動きを報告しているからだ。そのようなスパイ行為が正々堂々と出来て、日本の政治家がどうすることもできないのは在日米軍が目を光らせているからだ。

だから安倍総理がいくら頑張っても、外交は元外務次官の谷内正太郎国家安全保障局長が行っており、岸田外務大臣は蚊帳の外だった。このように政治家と官僚とのずれが生じるのは、政治家が通訳を介さないと交渉ができないのに対して、官僚は通訳を通さずに交渉ができるから、アメリカは密約を官僚に持ちかけてくる。

矢部氏によれば、「そして残念なことに、そういう掟のほとんどは、じつは日米両政府のあいだではなく、米軍と日本のエリート官僚のあいだで直接結ばれた、占領期以来の軍事上の密約を起源としているのです。」と書いているように、日本の日米交渉は密約だらけで伏魔殿のようになってしまっている。

率直に言えば日本国憲法も占領期間中に作られたものであり、だから無効だと宣言できるのでしょうが、日米安保とセットだからどうすることもできないのは密約によるものだ。日米地位協定も密約の塊であり、日本の政治家は誰も改正を持ち出せない。日本は法治国家ではなく米治国家であり、憲法以上の日米間の「掟」が存在している。
http://2013tora.jp/kabu390.html


http://www.asyura2.com/17/senkyo231/msg/114.html#c1

[中国11] 中国で注目のNHK「731部隊」特集、細菌兵器開発に人体実験、「残された傷は完全には癒えていない」と国営メディア 赤かぶ
1. 中川隆[-6627] koaQ7Jey 2017年8月21日 09:33:34 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
「731部隊」の生体実験は昭和天皇が直々に指示してやらせたもの

だから証拠隠滅も徹底的にやった

責任追及なんかできる訳ないんだ


http://www.asyura2.com/17/china11/msg/858.html#c1

[政治・選挙・NHK231] (加計学園問題)愛媛県で獣医師連盟会費の支払い拒否続出 獣医学部新設への対応に不満か、「半数離脱の見通し」 パイプライン
10. 中川隆[-6626] koaQ7Jey 2017年8月21日 10:45:46 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
最近はマスコミの力によって、法に触れずとも国民感情に触れると追い落とされますからね。

本当に恐ろしい世の中です。

既に忘却の彼方になっているかも知れませんが、東京の元知事であった舛添要一氏も、「セコイ」だけで法律に触れた訳ではないのですが、マスコミが世論を煽って辞任に追い込みました。

まあ、確かにセコイとは思いましたが、政治家としてはそれ程悪くなかったと思うのですが、本当にマスコミとは恐ろしい存在であります。

これは今の加計学園問題にも言える事で、特区なんだから総理が独断で決めても良い事であり、何も法律に触れている訳ではないのです。

本来マスコミは特区を作る法そのものが間違っていると報道すべきだと思うところです。
http://www.asyura2.com/17/senkyo231/msg/115.html#c10

[政治・選挙・NHK231] 今年の8月、反戦・平和の報道でよみがえったNHK/新たな事実、証言、証拠を発掘したドキュメンタリー(リベラル21) gataro
4. 中川隆[-6625] koaQ7Jey 2017年8月21日 11:08:39 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

他の国は何をやるかわからないから

核武装しないと日本が滅びる

というのは結論だね


日本さえ攻撃しなければ平和が続くと思っているのがお花畑日本人の妄想なんだ
http://www.asyura2.com/17/senkyo231/msg/114.html#c4

[近代史02] アメリカ・アングロサクソンの凶暴性・アメリカインディアンが絶滅寸前に追い込まれた仮説 sagakara
45. 中川隆[-6624] koaQ7Jey 2017年8月21日 15:02:20 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2017年8月13日(日) 午後10時00分(110分)
「なぜ日本は焼き尽くされたのか〜米空軍幹部が語った“真相”〜」 - Dailymotion動画
http://www.dailymotion.com/video/x5ww7u5
http://www.dailymotion.com/video/x5wwhri


太平洋戦争末期、日本の都市を次々に襲った空爆 市民の多くが犠牲になった

今年、取材チームが、空爆作戦を実行したアメリカ軍幹部が証言する肉声テープを発見した

軍内の野望、戦果を迫られる現場、大統領からの圧力…悲劇をもたらした戦略の真相は?

どんな番組?

「空軍に素晴らしいチャンスが来た」

1945年 敗色濃厚な日本への無差別爆撃
わずかな期間で40万人もの犠牲者を出した


72年前、なぜ日本は
焼き尽くされることになったのか?


今年4月、米軍内の施設で発見された
当時の空軍幹部246人の肉声テープ


「過激なことをやろうとした」
東京大空襲を実行した
カーチス・ルメイ将軍


「一番の目的は、人口の中心を
破壊することだった」
バーニー・ガイルズ将軍


アメリカ空軍が日本爆撃のために作り上げた
切り札 B29


強力な航空兵器をめぐる
陸・海軍とのかけ引き

アメリカ軍内の激しい対立
空軍幹部の野望


アメリカ軍内部で追いつめられた
空軍がとった戦略


「こんなに詳細に壊滅的な戦略が
考えられていたのは、本当に驚きです」
アメリカ 航空戦略の研究者

肉声テープが語る、戦争の裏側

番組内容

BS1スペシャル「なぜ日本は焼き尽くされたのか〜米空軍幹部が語った“真相”」

72年前、日本はなぜ焼け野原になったのか?アメリカ軍を取材中の今年4月、米軍内施設で半世紀以上前の空軍幹部246人の肉声テープを発見。日本への空爆を計画し実行したカーチス・ルメイなど幹部の貴重な証言だった。軍内の記録用インタビューのため、野望や焦りなど本音が赤裸々に語られていた。膨大な予算のB29開発の失敗。陸海軍との対立や屈辱。米大統領の圧力。後のない空軍幹部たち…日本への無差別爆撃の真相に迫る

http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/367.html#c45

[不安と不健康15] コンビニ弁当やお握りは辞めた方がいいです。『拡散』 (カズちゃんのブログ)  赤かぶ
214. 中川隆[-6623] koaQ7Jey 2017年8月21日 17:42:18 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

がん死亡率ワースト…やってはいけない青森県の不健康習慣 5 : 2015年11月18日


がん死亡率11年連続で1位の青森県。その原因になっている生活習慣はなんなのか?そこで青森県出身の記者ならではの視点で、何げなくやっている習慣をあげてみると、専門家から次々に指摘が!そんな、やってはいけない青森県の不健康習慣を紹介。

 

【朝からスープ一気飲み!ラーメン大好きな県民性】

とにかく青森県民はラーメンが大好き。県庁所在地を調査した総務省の『家計調査』(’13年)では、青森市が中華めんとカップめんの購入数量全国1位に。また、朝からラーメン店は、サラリーマンや主婦で満席。スープはほとんどの人が飲み干す。

 

「ラーメンのスープの塩分が気がかりですね。スープを最後まで飲み干すと、日本人の1日食塩平均摂取量11gの半分近く取ることに。がんや生活習慣病にとっていいはずがありません」(白澤抗加齢医学研究所所長・白澤卓二医師)

 

【病院に行くのが遅い】

「青森県のがんの発症率は全国平均とさほど変わりません。がん検診率も同じく、とりわけ低いワケではありません。それなのに、がん死亡率が高い。その要因のひとつは、転移もなく治療が期待できる『早期発見率』が43.6%の全国平均に比べて10ポイント近く下回っていることです。つまり、医療機関を受診したときには、症状がかなり進行した状態の人が多いのです。今後は、受診する機会を早めていく対策が求められています」(弘前大学医学部附属病院・松坂方士准教授)

 

【やめられない禁断の味。焼き魚に醤油ドバドバ〜】

青森市内の食堂では、焼き魚に醤油をドバドバかけ、真っ黒になった焼き魚でご飯をかっ込む人を多く見かける。

 

「青森県では脳卒中で亡くなられる方が多く、県を挙げての減塩運動をした結果、塩分摂取量は11.7gにまで減り、全国2位から15位に。それでも全国平均よりも高いので、県では塩分摂取量1日8gを目標として、塩分の代わりに県産食材でダシをとる“ダシ活”に力をいれています」(青森県庁のがん・生活習慣病対策課の嶋谷嘉英課長)

 

【日本一ソーセージを愛する人々】

実は、青森は一世帯当たりのソーセージの購入数量も全国トップ。ソーセージといえば、先ごろ、WHO(世界保健機関)がソーセージやハムなどの肉の加工食品を過剰に摂取すると、がんのリスクを18%高めるという調査結果を発表したばかり。

 

「共働きが多く、手軽に作れる加工品が好まれる土地柄です。総菜も揚げ物や肉類が多く脂っこいものが特徴です」(対策課の嶋谷課長)

 

【スナックで、ウイスキーを飲むのがたしなみ】

ソーセージと並んで意外なのが、ウイスキーの購入額も日本一の県だということ。

 

「ウイスキーはアルコール度数も高く、水割りやソーダ割りにすることでがぶ飲みしてしまうお酒。どうせならポリフェノールが豊富な赤ワインに切り替えたほうが見栄えもよくて健康的」(白澤医師)

http://www.asyura2.com/09/health15/msg/764.html#c214

[近代史02] 弥生人の起源 _ 自称専門家の嘘に騙されない為に これ位は知っておこう 中川隆
91. 中川隆[-6622] koaQ7Jey 2017年8月21日 17:47:14 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2013年12月17日 形質人類学のデータ

第1章で説明したように、エミシは和人とアイヌの中間の形質をもち、頭型などの点で、東北・裏日本型に属するとみられるが、近畿・山陽・山陰・九州に散在する四七部落を含む、全国的な日本人の形質調査の資料を整理した形質人類学者小浜基次(「形質人類学から見た日本の東と西」『国文学の解釈と鑑賞』二八巻五号)は、


部落民の形質は異質的なものではなく、現代日本人構成の有力な地方型である東北・裏日本形質に一致している。


とし、


頭部については、いずれの地区も共通の中頭型を示し、頭長は大きく、頭幅は小さい。したがって、畿内のような高度の短頭地区内にはさまった部落は、一般集団との間に明らかな差異がみとめられる。しかし、山陰・北九州・四国東北部などの中頭地区内にある部落は、一般集団と近似し、差異は少ない。


と書き、さらに、


大陸朝鮮型形質のもっとも濃厚な畿内地区に、もっとも非朝鮮的な形質をもつ東北・裏日本型の部落が孤島として介在することは、注目に値(あたい)する。おそらくは、婚姻と住居の制限によって内婚率が高く、特異の形質がよく保たれているものと思われる。


と述べている(図2参照)。

重要なことは、小浜基次が「一般集団と近似し、差異は少ない」とする山陰の例をみても、部落民が頭型は、中頭を示す一般の住民の頭型よりも、さらに中頭の度が高く、エミシの血を引いている現代東北北部人の頭型と一致することである。

つまり、形質人類学のデータは、エミシが部落民の先祖であることを明確に裏づけているのである。
http://ryuchan60.seesaa.net/article/435099203.html
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/547.html#c91

[近代史02] 弥生人の起源 _ 自称専門家の嘘に騙されない為に これ位は知っておこう 中川隆
92. 中川隆[-6621] koaQ7Jey 2017年8月21日 17:54:06 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2013年12月17日 2部落近世起源説の非科学性


現在、部落の起源については、さまざまな説が唱えられている。それらの説の主なものについて、ここで簡単にその誤りを指摘したいと思うが、その前に、部落民がエミシの戦士の子孫であるとする、私の説を裏付ける伝承と形質人類学のデータなどを紹介しておきたい。

「アゼチの者」

岡本弥(『融和運動の回顧』)は、和歌山県伊都郡端場(はば)村という部落について、古くからの口承に基づいて、「村の起源について確かな文献はないが、平安朝の頃東北地方から本郡学文路(かむろ)村へ移住し、後また今の所へ転住したものらしい」と書いている。ちなみに、岡本弥は俘囚起源説を唱えている。

また、前述のように、近世の山陽地方にはチャセン(茶筅)と呼ばれたエミシ系官賤民がいたが、備前や備中では20世紀になってもチャセンを「アゼチ(按察使)の者」と呼んでいたという(喜田貞吉「備前按察使文書」『民族と歴史』五巻四号)。

チャセンは、念仏修業の俗法師であるとともに、長吏と同様に、警察事務を行っていた。長吏の呼称が、「追捕の役人」を意味する古い語義に由来することを考慮すると、アゼチ(按察使)という呼称は奈良時代に設置された地方行政監察官の名称按察使に由来すると思われる。

按察使は、719年(養老三)に、九州を除くほぼ全国に設置されたが、陸奥出羽按察使を除くと、783年(延暦二)ごろを境として他の按察使は姿を史上から消してしまう。

奈良時代に移配(いはい・捕まって奴隷と)されたエミシが官賤民(国家の=天皇の奴隷)として按察使の管理下に置かれ、警察事務などを強制されていたために、後にその子孫が「アゼチの者」と呼ばれるようになったと考えられる。
http://ryuchan60.seesaa.net/article/435099201.html


2013年12月17日 ハチヤの起源伝承

チャセンは、山陰ではハチヤ(鉢屋)と呼ばれたが、出雲のハチヤの起源伝承を記録した「本朝鉢屋之来由並雲州苫之由緒之事」によると、鉢屋の先祖は、もと平将門(まさかど・?〜940)と藤原純友(すみとも・?〜941)の家来であった。

将門が関東で、純友が四国で乱を起こして敗北したので、京都に上がり、盗賊になったが、空也上人によって改悛させられ、京都の四条・五条の河原に小屋をかけ、念仏を唱え、瓢箪・鉢をたたきながら修業し、非人を制したので、洛中洛外が静まった。その後、諸国の国司・守護も彼らの仲間を呼んで、領内に置き、盗賊を防がせたという(倉光清六「空也上人とハチヤ伝説との交渉」『民族と歴史』六巻二号)。

また、京都の空也堂にも、「鉢タタキ(ハチヤ)の先祖は、将門の部下の将卒であったが、将門の滅亡後、死罪に処せられるところを空也上人に助けられ、空也堂の僧徒となった」という伝承があるという(倉光清六『前掲論文』)。

※空也上人の寺とされる六波羅蜜寺の資料(六波羅蜜寺発行)を出してみましたが、上人の出自がはっきり記してありません。私の記憶では、この方は、皇族の出身者だったとおもいます。寺に置かれた平清盛の像は有名です。

ハチヤ(鉢タタキ)の先祖が将門の家来であったという伝承は、「将門」がショウモンと音読みされ、ハチヤ(鉢タタキ)の別称である声聞師の「声聞」もショウモンと読まれることから生まれたといわれているが、これらの伝承は、ハチヤ(鉢タタキ)の先祖が東日本出身で、平安時代に反乱に参加して敗北したことと、悪人とみなされていたことを伝えていると思われる。また、ハチヤ(鉢タタキ)の仲間が、国司・守護によって領内に置かれたという伝承も、古代にハチヤの先祖が諸国に移住させられ、国司などの管理下に置かれたことを伝えているとみられる。

部落には、部落の古代起源を伝える、このような伝承がたくさんあるが、部落近世起源説を唱える人たちは、自説にとって都合が悪い、こうした伝承を完全に無視しているのである。

野間宏(『朝日ジャーナル』1977年8月26日号)によると、東京都練馬区の寺に残る板碑(いたび)の「弘安三年」(1280年)の文字は、練馬部落の形成が13世紀に始まることを示唆しているという。しかし、エミシの捕虜の移配が8、9世紀に行われたことを考えると、練馬部落が形成された時期は、鎌倉時代ではなくて、平安時代かもしくは奈良時代と推定されるのである。
http://ryuchan60.seesaa.net/article/435099202.html
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/547.html#c92

[政治・選挙・NHK231] 自民党有志議員、カナダオンタリオ州・州議会の「南京大虐殺記念日」  制定の動きへ意見書 「関係国で好ましくない論争を引き 怪傑
5. 中川隆[-6620] koaQ7Jey 2017年8月21日 17:58:17 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
もう天皇の犯罪を明らかにするしかないだろ:


昭和天皇の身代わりになって処刑された松井石根

ついに本当の事は言えませんでしたね:

「南京事件ではお恥しい限りです。南京入城の後、慰霊祭の時に、シナ人の死者も
一しょにと私が申したところ、参謀長以下何も分らんから、日本軍の士気に関するでしょうといって、師団長はじめあんなことをしたのだ。

 私は日露戦争の時、大尉として従軍したが、その当時の師団長と、今度の師団長などを比べてみると、問題にならんほど悪いですね。日露戦争の時は、シナ人に対してはもちろんだが、ロシヤ人に対しても、俘虜の取扱い、その他よくいっていた。今度はそうはいかなかった。
政府当局ではそう考えたわけではなかったろうが、武士道とか人道とかいう点では、
当時とは全く変っておった。

 慰霊祭の直後、私は皆を集めて軍総司令官として泣いて怒った。その時は朝香宮もおられ、柳川中将も方面軍司令官だったが。折角皇威を輝かしたのに、あの兵の暴行によって一挙にしてそれを落してしまった、と。ところが、このことのあとで、みなが笑った。 甚だしいのは、或る師団長の如きは「当り前ですよ」とさえいった。

 従って、私だけでもこういう結果になるということは、当時の軍人達に一人でも多く、深い反省を与えるという意味で大変に嬉しい。折角こうなったのだから、このまま往生したいと思っている」
http://www.geocities.jp/yu77799/gunjin.html#matuiiwane


キーナンは、自分が技巧的に追及してきたその判決を聞いた日の夜、
彼の切り札証言人、田中隆吉と一杯飲みに外出した。彼は酔いにかまけつつ、

「馬鹿げている、まったく馬鹿げた判決だ」と口にした。彼が最も反対してきた判決は、
松井――南京攻略の際、その命令が悪用された痛ましい小柄な大将――の死刑だった。

 公正は私に、被告に有罪を決定する際、天皇の免責について再考するよう、求めている。
http://www.retirementaustralia.net/rk_tr_emperor_13_3_4.htm


鬼頭久二(1916年8月生まれ)
第16師団歩兵第33連隊 第1大隊

南京戦の時、当時の宮さん〔朝香宮〕から命令があって、その命令は中隊長か小隊長から聞いたけど、

「犬も猫も含め生きている者は全部殺せ」

ちゅう命令やった。

天皇陛下の命令やと言ったな。

当時のことを書いた日記帳は終戦の時に全部焼いた。
http://www.geocities.jp/kk_nanking/
http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/m/pages/468.html


沢田小次郎(1915年9月生まれ)
第16師団歩兵第33連隊 第1大隊某中隊指揮班

 この中隊には「男も女も子どもも区別なしで殺せ」という命令が出ました。つまり虐殺でした。残虐な攻略戦で、その残虐さは南京に入ったらすぐそうでした。
(略)
南京攻略戦はちょっとやりすぎでした。反日の根拠地というので、
南京に入るまでは家を全部焼けという命令がずっと出てました。
するとまた後続部隊が泊まる所がないからといって、家を焼くのを中止したんです。

とにかく「家は全部焼いて、人間は全部殺せ」という命令でした。

命令が出てなかったらこっちはしませんよ。

北支の戦争では「兵隊以外の者は絶対に怪我人を出したらあかん」という命令が出ていました。 だから北支は戦争しにくかったです。

 でも南京攻略戦は手当たり次第やったので、戦争がしやすかった。
それももちろん命令があったからです。

皆伝え聞いて分かっていました。中支では、上陸してからずっとやりたい放題にやっとったんです。その代わりこっちの被害も多かったですな。あそこは支那の部隊も集中してました。
http://members.at.infoseek.co.jp/NankingMassacre/

南京大虐殺は中国からの財宝略奪をカモフラージュする為だった


第二次世界大戦が終結する数ヶ月前、フィリピンにおいて、山下奉文将軍はルソンの山々で遅延活動を闘っていた。
一方、日本の皇室の皇子たちは未来にそなえて準備していた。彼らは略奪した金の延べ棒と、また別の盗んだ財宝を近くの洞穴やトンネルの中に隠すことに忙しかった。

それらは後に発見される運命ではあったのだが。これらは数千年にわたり集積されたアジアの十二の国々の財産であった。

日本陸軍に付属した専門家集団は組織的に、宝庫、銀行、工場、個人の家、質屋、画廊を空っぽにした。 そして一般人からも奪った。

一方、日本のトップの強盗たちはアジアの地下社会と暗黒経済から略奪した。
この点では、日本はナチより遙かに徹底していた。それはあたかも、東南アジアを巨大な掃除機で吸い取っていったかのようだった。

略奪品のほとんどは韓国を通る大陸経由で日本に届けられた。残りは海上輸送であった.

どこから、このすべての財宝は来たのか? 今まで、アジアからの日本の略奪は、
酔っ払った兵士による盗みと暴力による、散発的なバラバラな活動として無視されてきた。 しかし、これは偽情報である。

 戦争の拡大による略奪は何も新しくはない。 しかし,日本が一八九五年から一九四五年の間に行ったことは、質的に異なっていた。これは酔っぱらいの略奪や打ち壊しではなかった。

日本人は真面目で、しらふで、計画的だった。彼らは普通の泥棒や歩兵たちには
無視されるような、価値のある書籍や写本に特別に注意を向けていた。
彼らはアジアの三合会や暴力団やギャングたちなどの暗黒世界から略奪することに、特に注目し専心していた。

日本は麻薬を持って中国へどっと押し寄せた。その麻薬をギャングたちに与え、交換に黄金を得た。
麻薬は各々の隠された場所から財宝を吸い上げた。個人のレベルでは、拷問は巨頭、部族の長老、銀行家、企業家を含む金持ちの個人を襲うときには当たり前に使われた。

 日本に持ち帰られた最も価値ある物品の中に、美術品と歴史的な遺物があった。
今日まで、この世襲財産のごく一部しか盗まれた国や個人に返却されていないという記録がある。 それが問題である。黄金でできた仏像を含む幾つかの主な美術品は、
フィリピンの地下に隠されていたが、最近見つかった。しかし、ほとんどの芸術品と美術品は依然として、日本で個人的に隠匿されているか、東京で皇室の蒐集物となっている。 なぜ、日本がこれを持っていることが許されているのか?

 公的には、日本の戦時中のエリート(皇室、財閥、ヤクザ、「いい」官僚たち)は
一握りの「悪い」熱狂的な軍人を生け贄にして、戦争を終えた。
読者がお気づきのように、これは真実ではない。

天皇裕仁を含む日本のエリートたちは、戦争が終わったときには、戦争が始まった時よりはるかに金持ちになっていた。 ある者は終戦前後に、数十億ドルの資産をつくり出した。
http://www.asyura2.com/0601/bd45/msg/571.html



http://www.asyura2.com/17/senkyo231/msg/134.html#c5

[昼休み52] 日本人女性2人、リゾート地・セブ島で知り合った韓国人の男2人と飲酒→集団強姦される…フィリピン 中川隆
117. 中川隆[-6619] koaQ7Jey 2017年8月21日 20:28:35 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2017.8.8 東大寺の国宝・法華堂にハングルの落書きか 奈良

東大寺法華堂に落書きされているハングルらしき文字=8日午後11時5分、奈良市 (安元雄太撮影)


 奈良県警は8日、奈良市にある世界遺産・東大寺の国宝・法華堂で、ハングルなどが落書きされているのが見つかったと明らかにした。文化財保護法違反の疑いで調べている。

 県警によると、落書きがあったのは法華堂礼堂の高欄(欄干)の側面。8日午前に東大寺の職員が見つけた。県警は周辺の防犯カメラの映像を調べる。

 法華堂は天平12(740)年から同19(747)年のころの建立といわれ、東大寺最古の木造建築。前部の礼堂は鎌倉時代の建造。

http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/334.html#c117

[番外地6] 他人の「施し」に頼って生きるのが恐ろしい結果を招く理由 中川隆
2. 中川隆[-6618] koaQ7Jey 2017年8月21日 21:43:47 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

支援すると、意図的に弱い立場に固執する人が生まれてくる


2017年7月。国連難民高等弁務官事務所は世界の難民が過去最多の2250万人になったことを報告しているのだが、これに避難民を入れるとさらに4310万人近く増大し、6560万人が避難生活を余儀なくされている。

凄まじい数であり、危機的な数でもある。国際社会は必死で支援しているのだが、支援を続けることによって今度は新たな問題が発生するようになっている。

支援は絶対に必要だ。しかし、多くの難民が保護キャンプに集まって支援を受けるようになったとき、支援漬けになって自立ができなくなる現象が徐々に問題化している。

コンゴの人々、ソマリアの人々、そして南スーダンの人々。難民キャンプに生きる人たちはみんな自立を忘れて、支援を受けるために生きるようになる。

アフリカ難民だけではない。アフガニスタン難民でも、シリア難民でも、同じ問題が発生している。難民キャンプで、何もしなくても食料が得られるようになると、働くことを忘れ、ただ無為に時間を過ごすだけになる人も多い。

アメリカでも、フードスタンプの生活に落ちると、それを当てにして逆に自立ができなくなるという。インドでも貧困層の支援が始まると、働いていた人たちも働かなくなってしまったという例がある。

意図的に弱い立場に固執する人たちが生まれてくる

ヨーロッパの移民支援もまた同じだ。

移民の支援は移民がその国に慣れるまでの最初の間だけのものだが、支援にどっぷりはまってしまうと、支援に依存してそこから抜け出せなくなる人が出てくる。

日本の生活保護にも同じ問題がある。

一時的に生活が困難になった人を保護するのが生活保護だが、いったんそこに落ち込むと、精神的にも隷属が生じて抜け出せないのである。

弱者支援のボランティアに関わる人たちがいる。彼らは最初、希望に燃えて運動に身を投じている。しかし、やがて割り切れない思いを持って現場から去る人も出てくる。

なぜか。援助に依存して、まったく自立しようとしない人たちがいることに違和感を感じ、ある日その現実に耐えられなくなってしまうからだ。

支援されることに甘え、支援者に寄りかかり、もっとよこせと要求する人たちが出てくる。その姿に幻滅して、現場を去っていく。

支援を受ける側は、意図的にそれを悪用しようとしているわけではない。ただ、少しでも有利に、そしてたくさん支援を受けようと思っているだけなのだ。しかし、それが支援の隷属につながっていく。

本来は必要最小限の支援を受けて、元気になったら自立のために行動すべきなのだが、それをしないで、より支援を受ける方にエネルギーを注ぐようになる。

そして、それが長く続くことによって自立の芽が枯れ、人に頼らないと何もできない人間になっていく。人間は弱く、安易な方向に流される。

支援を受けなければならない弱い立場のままでいて、それで長く支援が受けられると分かったら、「意図的に弱い立場に固執する」人たちが生まれてくるのだ。


何もしないで温かいスープが飲めるシステム

生きるか死ぬかの地獄に突き落とされた人を助けなければならないのは当然だ。それに疑問はない。

いかなる理由があっても、飢饉や内戦や極貧で苦しんでいる人を放置するのは人間的ではない。誰もが、何とかしないとならないと思う。

だから、そういった活動に従事するNPO団体や国連の職員は、人類で最も崇高な仕事をしていると言える。

実際、そうした人道援助で数百万人、数千万人もの人々が助かっており、その功績は政治家がもらうノーベル平和賞よりもずっと価値がある。

援助が自立を奪ってしまうという現象があっても、それで支援する側を責めるのは間違っているし、彼らの行為を汚すものではない。

かと言って、支援を受けている人たちが、自立心を失ってしまったとしても、それで弱者を責めるのもなかなか難しいものがある。

ただ何もしないでいたら温かいスープが飲めるシステムになっていたら、誰でも何もしないでじっとしている。

人は環境に依存する生き物であり、支援で生きられる人がそれに依存するのは、環境に最も適応したサバイバル能力の強い人であると言うことも可能だ。

しかし、支援に依存して生きるのが間違っているというのは、それではいつまで経っても、自分の人生を自分で生きることにならないからだ。

それの何がまずいのか。

仮に支援する側が、理不尽なことを求めてきたらどうなるのか。強制労働を求めればどうなるのか。性的交渉を求めてきたらどうなるのか。

「支援してやるから俺の奴隷になれ」と言われたら、支援に依存が強ければ強いほど拒絶できなくなる。支援のワナというのは、そこにある。人生を支援者が支配するのである。


自立の本当の意味とは何か知っているか?

ところで、「自立」とは何かというのを、深く考えたことがあるだろうか。「自立とは、自分の収入で生活ができることである」というのは、ほぼ合っている。

しかし、完全に正しい答えではない。

もし、自分が収入を得ている所属先から切られたら、もう生きてはいけないという状況になっているとき、それは自立していると言えるだろうか。

「この仕事をクビになったら生きていけない」
「この旦那と別れたら生きていけない」
「この人に見捨てられたら生きていけない」

自分で働いている場所や人から切られたら生きていけないという状況になると、それは、そこに隷属してしまっているということでもある。

他人に隷属するというのは、他人の支配や理不尽を受け入れなければならないということでもある。何を言われても、何をされても、黙って耐えて耐えて耐え続けるしかなくなる。

なぜなら、どんなに罵倒されても嘲笑されても、そこから逃れられないからである。たとえ、暴力を振るわれても耐えなければならない状況に陥るかもしれない。

それは、自立している状態と言えない。

本当の意味で自立しているというのは、他人からの隷属を離れていつでも独り立ちできるということだ。つまり、政府にも会社にも個人にも、誰にも頼らないで生きられるというのが自立しているということなのだ。

これは、誰もが一生を賭けて追求するに値するものだ。それが成し遂げられたとき、人は心からの自由を手に入れて羽ばたくことになる。

自立。自由。他人に依存しないで生きることができるというのは、とても素晴らしいことだ。

多くの人が自立を成し遂げられ、自分らしく生きることができるようになるのを、私は心から願う。自立するために、戦う価値はある。


本当の意味で自立しているというのは、他人からの隷属を離れていつでも独り立ちできるということだ。
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2017/08/20170821T1732270900.html
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/559.html#c2

[政治・選挙・NHK231] アメリカ従属万歳!!!非武装対米ケツ舐め路線こそ、平和の礎だ!!! 暴論有理
1. 中川隆[-6617] koaQ7Jey 2017年8月21日 21:59:17 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

1972年2月、当時のニクソン米大統領とキッシンジャー補佐官が北京を訪問し、
周恩来首相と会談した時に、日本に対して三つの密約が交わされた。
米中密約の内容

1.日本に核武装そして単独防衛させない
2.これを防ぐために米軍は日本に駐留する(ビンの蓋論)
3.朝鮮半島および台湾問題で日本に発言権を与えない

この密約は、2002年10月、当時の江沢民中国国家主席が、
テキサスの牧場に当時のブッシュ大統領を訪ねたときにも再確認された。


醜い戦後 終戦後とはどんな世界だった?

空襲でホームレスになり上野駅に避難した人達
引用:http://livedoor.blogimg.jp/abechan_matome/imgs/3/d/3df4faa4-s.jpg


アメリカはわざと日本人を飢えさせた

テレビや映画や小説では「戦後」は美しいものの同義語で語られていて、まるで理想郷のように描かれている。

そこでは貧しいながらも人々は協力して生き、戦後の復興をなしとげたとされている。

またGHQは困窮した日本人に食料を支給して助け、民主主義を与えたとも言われている。

          
こうした物語は映画やドラマの中だけで十分であり、事実とは程遠いか、正反対だった。

GHQは日本人に食料を与えるどころか奪い取ってわざと飢えさせて、日本人を従わせる手段に用いていた。

戦争前後は食糧難だったのはよく知られているが、戦時中に日本国内で(朝鮮台湾でも)飢えて亡くなった人や、その危険はなかった。


都会の人は空襲で疎開したが、農村には食べるものがあり、十分ではなかったが飢餓状態などではなかった。

それが戦争が終わって平和になり、アメリカ軍が占領したら食料が足りなくなり、「来年は1000万人が食糧不足で亡くなる」と総理大臣が警告する事態になった。

多くの要因があるが最大のものはアメリカ合衆国自体で、戦争の報復としてわざと日本人を飢えさせていました。


占領軍による妨害で日本は食糧の輸入ができなくさせられ、生産活動も制限され、経済破綻しました。

農業も経済の一部なので、国が経済破綻すると農業生産が停止して、食糧不足に陥ります。

終戦の昭和20年から昭和25年まで、日本はほとんどの工業生産を禁止され、前近代社会になりました。


経済破綻するように仕向けた

戦前から存在する設備を更新することは出来ず、農業生産に支障を来たし、外地に出兵した男達は中々帰ってきませんでした。

「戦争が終わって平和になった」と書いたが、そのこと自体が日本経済を破綻させる原因を作り出しました。

戦争中はあらゆる兵器をフル生産していたが、それが8月15日を境に全面停止になり、一切の生産活動が停止した。


困った日本政府は紙幣を印刷して「金融緩和」したが、激しいインフレを引き起こしました。

物を生産していないのにお金だけばらまいたからだが、当時の日本政府は他にどうする事もできなかった。

あらゆる工場が全て操業停止、鉄道は空襲で破壊しつくされ交通網が分断され、労働者たる男達は外地に居るか戦犯として逮捕されていた。


空襲によって東京など都市部の多くの人は家を失ってホームレスになっていて、路上や公園などで生活していました。

この頃アメリカ本国では、日本人のこうした窮状を伝えては「楽しんでいた」のが分かっています。

自分たちが倒した敵が飢えて苦しんでいるのを見て面白がっていたのが、本当の戦後の世界でした。


一例として占領軍は広島や長崎の被爆者を診療したが、治療をせずに「治療するふり」をして、どのように悪化するか観察しました。

生産活動が禁止され輸入も禁止されているので、復興が進まずホームレスが溢れているのも、無論そうなるように仕向けていました。

さらに占領軍は日本人同士が憎み会うように、心を破壊する政策を実行していました。


アメリカは日本人の食料を絞り上げた上で、自分の手で少し援助した。
援助を受け取った人達はアメリカに感謝し日本を憎むよう仕向けられた。
enjo
引用:http://blog.nihon-syakai.net/blog/wp-content/uploads/img2011/enjo.jpg


美しくない戦後

NHKというラジオ放送局(当時唯一のラジオ)で「真相はこうだ」という日本軍や戦前の日本の暴露番組を放送させました。

内容は日本軍がいかにアジア人や欧米人に酷い事をしたかという物だったが、内容は全て嘘だったのが分かっています。

だが当時の日本人はこうした「真相」を信じ、日本人同士で憎みあったり攻撃するようになりました。


愚かなことに「こんな酷い日本を倒してくれて有難う」「原爆を投下してくれて感謝します」とアメリカ軍に感謝する連中すら大勢居た。

人々は最初アメリカ軍を鬼畜だと思っていたが、食料を恵んでくれるので、感謝するようになっていった。

実は占領軍はわざと食料を絞り、日本人を飢えさせてから、犬を手なずけるように「餌」を与えていきました。


学校では子供たちに「日本は悪の国」「アメリカは正義の国」と教え込み、拒否する教師は戦犯として逮捕しました。

じゅうたん爆撃や原爆で数百万人が犠牲になり、本来なら犯人であるアメリカ人を憎むべき所なのだが、次第に日本のせいだと思い込むようになった。

終戦時に外地には日本軍数百万人が存在したが、ソ連や中華民国の捕虜になった日本兵は、洗脳した順番から帰国を許された。


集団学習や反省、謝罪(今日使われるような軽い意味ではない)などで日本は悪の国と教え込み、拒否したものは永遠に帰国できなかった。

アメリカ軍の捕虜になると多少ましだったが、戦犯として裁かれ、やはり徹底して「日本は悪の国」と教え込んだ。

こうして「日本に原爆を落としてくれて有難う」などと言う日本人が大量生産され、この人達が現在の左翼になっていきます。


この状況が1948年まで続き、1950年に朝鮮戦争が勃発して、急にアメリカは日本の工業力や日本軍の軍事力を必要とするようになります。

ここから日本側の発言力が強まって復興へと繋がっていくのだが、戦後数年間の占領が長く日本を蝕むことになります。
http://www.thutmosev.com/archives/72011631.html

http://www.asyura2.com/17/senkyo231/msg/145.html#c1

[近代史02] アタマに効く温泉 中川隆
29. 中川隆[-6643] koaQ7Jey 2017年8月22日 06:30:36 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

寝室明るいと「うつ」のリスク リズム乱れ心の不調に? 8/21
朝日新聞デジタル

 夜眠るときに部屋が明るいと、うつの症状につながりやすくなるとする調査結果を、奈良県立医科大の研究チームがまとめた。明るいことで眠りの質が落ちて体のリズムが乱れるなどして、心の不調につながっているらしい。世界的にも珍しい調査で、結果は米国の疫学専門誌電子版で速報された。

 奈良県明日香村や香芝市などに住む60歳以上の男女863人の協力を得て、2010年から14年にかけて寝室にセンサーを設置。寝床に入ってから出るまでの明るさを計測した。健康などに関する質問にもこたえてもらい、その後の経過を2年間ほど追った。

 期間中、寝室が「暗め」(平均0・4ルクス)だった710人のうち52人、「明るめ」(同12・4ルクス)だった153人のうち21人が、新たにうつ症状を発症した。年齢や性別、世帯収入などが影響しないよう調整して分析すると、「明るめ」の人たちは「暗め」の人たちの約1・9倍、うつ症状を起こしやすかった。


http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/345.html#c29

[政治・選挙・NHK231] 前川氏のインタビューもいい。 佐川国税庁長官や柳瀬元秘書官に読ませてやりたい 政治断簡 あなたが黙ると、窒息するのは… 赤かぶ
2. 中川隆[-6642] koaQ7Jey 2017年8月22日 06:34:38 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
事務次官とは何か、前川前次官で注目エリート集団

この人が騒いでいる本当の理由は、「自分の方が総理大臣より身分が上だ」という事です。
引用:http://blogc.fujitv.co.jp/simg/blogimg/6db29/90119/537660_pcl.jpg


総理より地位が高い事務次官

加計学園をめぐる「忖度」騒動は前川喜平・前文部科学事務次官の告発から騒動が広まった。

なぜ前川氏はこのように安倍首相を憎み、敵愾心を露にして噛み付くのか、事務次官という身分階級を知らないとわかり難い。

各省庁の事務次官は「次官」なので文字を読んだだけでは「2番目の事務員」かなと思うが、実際には省庁の大統領のような地位にある。

         

事務次官は表向きの法律では大臣を補佐する役割だが、実際には大臣を上回る最高権威です。

大臣と事務次官の関係については、2001年に小泉内閣で外務大臣を(9ヶ月だけ)勤めた田中眞紀子議員が良く喋っていた。(喋りすぎた)

その前に田中眞紀子が外務大臣に選ばれた理由を説明すると、2001年4月の自民党総裁選で小泉純一郎を当選させた功労者だった。


超不人気だった森首相が退陣し、次の首相は橋本龍太郎で決まりと言われていて、国民は「またあのバカ総理か」と失望していた。

小泉純一郎は出馬しても負けそうなので立候補するつもりはなかったが、当時人気絶頂だった田中眞紀子が「あんた出なさいよ」とけしかけたと言われている。

人気者の眞紀子に後押しされて小泉旋風が吹き、めでたく総理大臣になり田中眞紀子は論功行賞で外務大臣になった。


欧米メディアは「次の総理は田中眞紀子」「初の女性総理誕生へ」と報道し、小泉自身より人気が高かったほどだった。

その大功労者が些細なことで外務官僚と対立して、クビになったのは田中眞紀子大臣の方だった。

日本政府の方針と異なる発言を、外相として勝手に発言したり、外相会談のドタキャンなど様々な出来事があった。


官僚を激怒させた安倍首相の行為

だが一番の対立点は「外務大臣と事務次官のどちらに人事権があるか」という事で、眞紀子大臣は自分に逆らう事務次官の更迭を小泉首相に要求した。

結果は書いたとおり、クビになったのは大臣のほうだったので、大臣の人事権は事務次官が握っているが、逆はありえない。

法律はどうであれ大臣より事務次官のほうが地位が上なのが日本の制度であり、主要な省の事務次官となると総理大臣より地位が上である。


ロッキード事件で田中角栄元首相が逮捕されたが、事務次官は決して逮捕されず、責任を取らされたりもしない。

思い出して欲しいがあらゆる政治スキャンダルで責任を取るのは大臣と総理だけで、事務次官や官僚はマスコミから責任の追求すらされない。

もし事務次官が責任を取らされるような事が起きれば、明治以来の大事件であり、絶対に有り得ない筈だった。


朝日新聞は平気で天皇や総理大臣の悪口を書くが、それでいて事務次官の悪口を絶対に書かず、官僚は神聖にして汚すべからずを貫いている。

朝日新聞も日本の最高権力者が怖いのであり、許認可権から逮捕権、裁判権まで握っている官僚たちには逆らいません。(最高裁判官も官僚)

その有り得ないはずの事が森友、加計騒動の根源である文部科学省で起きていて、事務次官がクビになっていました。


「キXXX」の言い分

前川喜平前事務次官は退職した文部官僚が民間機関に天下りする仲介役をしていて、2017年1月20日に辞職した。

2017年3月に懲戒免職になる予定だったが、文部省側は猛反発しして自主退職になったうえ、退職金5000万円以上が支払われた。

軽い処分で済んで助かったように見えるが、官僚目線では「どうして上司である事務次官が部下である総理大臣から追放されるのか」という事になる。


ニュースを見ていると異常な事件で犯人が意味不明な事をしゃべる場合があるが、「キXXX」の言い分は彼らにしか分からない。

前川喜平と官僚たちには「総理大臣風情がでかい面しやがって」「今に見ておれ小僧」という恨みだけが残ったようです。

そして文部科学省は自分のスキャンダルである森友、加計を暴露する事で安倍首相を糾弾するという捨て身の戦法に出た。


過去の政治スキャンダルで責任を問われたのは政治家だけで、官僚が罪に問われた事は無いので、こうした戦法は実は良く行われている。

大阪地検や東京地検は森友加計を捜査しているが、検察官僚の身内である文部官僚は決して捜査対象にならない。

うまく行けば前川喜平前事務次官は高給で天下りできるだろうし、それどころか政治家として権力を握る事もできる。


突き詰めると官僚と総理のどちらが上か、どちらが日本の権力者かという対立です。
http://www.thutmosev.com/archives/71597964.html

天下り官僚に翻弄される私大の悲惨

文部科学省の前事務次官の前川喜平がどのようなことをしてクビになったかを記事を読めばわかりますが、天下り官僚を引き受けた私立大学がどんな食い物にされているかがわかります。天下り官僚は悪知恵だけが働く悪賢い人材の集団であり、文部科学省ではそれが組織化されていた。

最近になって少子化で大学進学者が減っていくのに大学だけはどんどん新設されてきたのは、天下り官僚の引受先だからだ。大学教授や理事に天下るわけですが、天下り官僚を引き受ければお土産がついてくる。それが全国の大学にばらまかれるわけですが、それが天下り官僚の懐に入る。

日本全国に大量に作られた新設大学は、Fラン大学となり学生集めにも苦労することになる。都心にある一流有名大学なら学生集めも苦労しないでしょうが、一時は都心のキャンパスを売り払って郊外に移転する大学が相次ぎましたが、大学生の評判が悪くてまた都心に戻ってくる大学が多くなりました。

地方では大学生集めに苦労して、中国やベトナムなどからの留学生の引受先になっている。留学生といってもアルバイトに出稼ぎに来ている留学生であり、どのような勉強をしているのだろうか。私がいた頃もそうなのですが、大学は学問の墓場であり、大学という産業で学生たちを食い物にしている。

昔は利口だから大学に進学しましたが、今では利口でないから大学を出て学歴で就職に有利にしようとしている。腐敗堕落しきった大学に行って何を学ぼうとしているのでしょうか。腐敗した大学教授から学べば腐敗した大学生になるだけであり、そんな大学なら進学しないほうがいい。

大伽藍に名僧無しと言いますが、大キャンパスに名教授無しであり、主だった大学のポストは天下り教授に占拠されて、いいように食い物にされてしまう。週に一コマ程度の講義をするだけで年収は2500万円だ。5年勤めて退職金が3000万円だそうですが、いくつもの大学を渡り歩けば5億円もの収入だ。

つまり大学に進学して、霞ヶ関の官僚になり、天下って私のような人物になれと大学生に教育しているのだろうか。中にはやり手の天下り官僚もいて、大学の移転絡みで建設費用から数億円抜いた天下り官僚もいたようだ。森友騒動でも校舎建設で建設補助金がピンはねされて事件になりましたが、このような話はいくらでもあるのだろう。

年々大学の授業料が高騰してきていますが、学生たちは奨学金ローンを借りて学費を払っている。大学を卒業するまでには最低500万円はかかるからそれだけ借金を抱えて卒業する。そこまでして払った学費は天下り官僚の懐に入っていく。有意義な講義をしてくれれなそれでいいのでしょうが、天下り官僚にそれほどの学識があるわけない。
http://2013tora.jp/kabu391.html

2017.8.18 元東大教授と天下り官僚に翻弄される私大の悲惨


日本の学歴ヒエラルキーの頂点に立つ東京大学。官僚などが大学で教鞭をとる形などでの天下りは有名だが、実は東大教授が他大学へ再就職するケースも頻繁にあり、問題も多いのだという。それが私大をどれだけ破壊するのか。官僚の天下り問題や、旧帝大から私大への天下り的な再就職に批判を続けている元大学教授に話を聞いた。(フリーライター 光浦晋三)

肩書きにこだわるが何もしない
元東大教授が私大に与える弊害


ブランド力などをアテにして元東大教授を雇ったはいいものの、むしろ学内を引っ掻き回されるだけで終わるケースも少なくないという(写真はイメージです)

 かつて、定年を迎えた東大教授が私大に再就職するのは当たり前のことだった。近年は少子高齢化や大学の統廃合が増えたこともあって、その数こそ減っているが、他大学に比べれば東大教授の“ブランド力”は今なお絶大だ。

 東大教授の定年は65歳。定年前になると、多くの私大がモーションをかけて来るという。私大にとって、「元東大教授」という肩書きはかなり魅力的なもの。ある私大准教授は「東大教授として素晴らしい研究実績を残した教授が定年を迎えた後に、私大が招くことはあります。その教授の名前があるだけで 、ブランド力が上がりますからね」と語る。

 東大教授の再就職を受け入れるメリットはそれだけではない。東大教授の学生時代の同期には文部科学省の官僚がたくさんおり、東大教授は文科省官僚と密接な関係がある。そのため東大教授を“私学助成金の架け橋”として期待している側面もあるという。

 しかし、私大が元東大教授を受け入れることには弊害も多いという。警鐘作家の濱野成秋氏は東京大学研究員を経て早稲田大、一橋大、京都外語大、日本女子大などで教鞭を執ってきた。大学教授歴は40年近く、天下り官僚と戦う老教授を描いた小説「ビーライフ!白亜館物語」を著してもいる。そんな濱野氏は元東大教授が再就職先の私大にもたらす弊害をこう断言する。

「麗しき花園ともいえる私立大学は、東大勢がはびこると“不毛の砂漠”となり果てます。三流の私大では学科長クラスの待遇で迎えるわけですが、東大の人は“親方日の丸”のメンタリティですから、生徒集めの苦心などはまるで知りませんからね。それでも意見は言うし、周りも受け入れざるをえない。その結果、入試志願者が激減してしまうことになる」

 濱野氏が経験してきた実例を挙げてもらった。

「定員の5割減になっても、『今年は定員割れした』と他人事のように言うだけ。『定員割れとは96%で終わったときに言うセリフであって、5割減になってまで何を言うか』と、どやしつけた先生もいた。常識的判断しかできないし、過当競争でしのぎを削っている私大を経営的にサポートしようという気が全然ない。責任を取らないくせに、要職には就きたがる権力志向があさましいほど強い」

 運営費交付金で手厚く保護されている国立大学の中でも、東大は特に安泰。そんな環境の中で生きてきたため、私大にとって大切な学生集めに関心もなく、当然のように愛校心もない。結局のところ、何もしない人が多いのだという。

「有名予備校の経営者が建学した、埼玉県にある某法科大学院では、当初、司法試験合格者数で東大に比肩できるぐらいの人気校にしようと、本郷の法学部の権威ある教授を高給で多数採用しました。ところが全員やる気がなく、ご自分が司法試験の審査員のくせに生徒をよう育てもせん教授たちだった。初年度も次年度も合格者数は数名という空振り三振ばかり。これが何年も続いて大学院経営はガタガタになった。経営者は神様を雇ったつもりになっていたら、とんだビンボー神だった、というお粗末です」

私大を渡り歩いて5億円を荒稼ぎ!
天下り官僚に食い物にされる私大

 元東大教授よりも破壊力が強いのが官僚だ。官僚時代は数百億円の予算を動かしていただけに金銭感覚がズレすぎているという。私大には文科省、経済産業省、財務省など多くの官僚が天下りし、教授の座に収まっている。

「“渡り鳥稼業”の天下り役人は会議の欠席はザラなうえ、仕事の知識もない。仕事は部下に任せてゴロゴロしているだけ。それでも年俸は最低2500万円。さらに5年勤めて退職金が3000万円。これで3〜5つの大学を渡り歩いて計5億円は稼ぎます」

 もっとも何もしないのならマシな部類で、元官僚と悪徳教授が手を組み、大学を食い物にするケースも多々あるそうだ。濱野氏がいた都内の女子大では40億円が消えたこともあったという。

「彼らが株式や投資信託を駆使してマネーロンダリングをやったようですが、証拠が出なかった。また、翌年に取り壊しが決定していた校舎の大規模修繕に3億をつぎ込み、さらに塗装で1億2000万円と、計4億2000万円を無駄遣いしたことも。すぐに跡地に新しいビルを建てるところまで計画済みで、旧ビルでどんなインチキがあったのかはウヤムヤになってしまった。巧妙に証拠が残らない工作だけは一流のため、追跡調査もできなかった。もちろん大学の事務職などは真相を知っていましたが、黙殺したまま。ヘタに口にしようものなら簡単に左遷されてしまいますからね」

 別の学校ではこんなケースも。

「もっとひどいのは、研究業績が大学院生ほどもないクズ教授を学長に仕立て、自分は定年のない常務理事のポストに就いた天下り官僚がいました。さらに、部課長などの大学の要職を、仲間や部下で固め、付属の建物の増改築で稼ぐなど好き放題だった。さらに、法人側の私立学校法違反事項を目ざとく見つけると、理事長選で教授会をけしかけ、当主を追い出し自分が理事長の座に座り、そのまま学園を乗っ取ったヤツもいた。都内有数の伝統校でしたが、その後は、学問はそっちのけとなり、今では生徒の確保にも困るほど疲弊してしまいました」

 悪質な実例はまだまだあるという。

「今時、わざとド田舎にキャンパスを購入し、引っ越さなくてもいい学部の建物まで建てて都内一等地のキャンパスを売却し、その取り壊しとキャンパス移転で数十億を着服する天下りもいました。ゼネコンのリベートで稼いだんです。その大学は生徒集めに窮し、今は中国やベトナムからの留学生で細々と命脈を保っていますが、近々、倒産の噂も聞こえてきます。もちろん、天下り役人はその前にいなくなるでしょうね」

 悪徳教授や官僚を受け入れる私学の側にも落ち度があるとの指摘もあるが、濱野氏はそれは違うという。

「教授会が天下り官僚は採りたくないと考えていても、彼らは巧妙に法人側の上席ポストを占めてしまう。そうなれば、自動的にかつての役所の部下を雇いこむルートができてしまうんです。大学が悪いのではなく、行列を作って乗っ取りに来る方が悪いんです」

 今年3月、松野博一・文部科学大臣は、省庁退職者が許認可や補助金の支出対象である大学や財団に再就職することを当面自粛すると明らかにしたが、果たして実効力がどれだけあるのか。はなはだ疑問と言わざるを得ない。
http://diamond.jp/articles/-/137283

http://www.asyura2.com/17/senkyo231/msg/155.html#c2

[近代史02] 白人はなぜ白人か _ 白人が人間性を失っていった過程 中川隆
112. 中川隆[-6642] koaQ7Jey 2017年8月22日 07:32:58 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]


中国・トルファン2012・・・(10)ウルムチ 旅の終わりに“楼蘭の美女”と会う
http://4travel.jp/travelogue/10668846

旅行時期 2012/04/14 - 2012/04/22 (2012/05/10投稿)

トルファンからウルムチ経由で上海へ。
途中、ウルムチの博物館で、約3,800年前に埋葬されたと言われている“楼蘭の美女”に対面します。

http://4travel.jp/travelogue/10668846

表紙写真は、その“楼蘭の美女”を復元したものです。

お昼頃ウルムチのバスセンターに到着。なんとかタクシーをゲットして博物館へ向かいます。

1階には、新疆に暮らす12民族の衣装・装身具・住居などが展示されています。

先ずはウイグル族の男女が迎えてくれます。
2000年調査で、新疆ウイグル自治区人口の45%がウイグル族、40%が漢族です。


http://4travel.jp/travelogue/10668846


こちらはタジク族ではないでしょうか。

なお、展示文物については、「地下博物館」アスターナ古墳出土品が中心になりますが、主だったものはEの「アスターナ古墳」編で紹介しましたので、こちらでは省略します。


http://4travel.jp/travelogue/10668846


各民族の風俗、出土文物の展示と並んで、ウルムチ博物館で充実しているのが、ミイラなどのタクラマカン砂漠に埋もれていた古墳に関する展示・紹介です。

先ずは「小河墓」(しょうがぼ)遺跡

“有名な楼蘭(ローラン)や「さまよえる湖」のロプノールから西に約百キロの砂漠の中に、「小河墓地」があることは70年以上前から知られていた。
しかし、長くその存在は砂漠の砂に埋もれて分からなくなっていた。

今世紀になって、小河墓地は再び発見された。そして全面的な発掘調査が行われた。その結果、墓地からは164体ものミイラが発見され、しかもその最下層から発見されたミイラは、科学的鑑定の結果、紀元前2000年にまでさかのぼることが判明した。

さらに、DNA鑑定によって、最下層のミイラは、モンゴロイド(東洋系)とコーカソイド(白人)の混血であることが分かった。

この発見によってタクラマカン砂漠は、東と西の人種が初めて出会い、融合して、独自の文化を発展させた可能性が出てきた”【人民中国】


http://img.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/25/32/40/src_25324026.jpg?1336633079

「小河墓」(しょうがぼ)遺跡の模型ですが、男根を象徴する先端の尖った墓標の下には女性の棺が、軍配のような女性性器を象徴する墓標の下には男性の棺が埋まっているそうです。

船のようなものは舟形棺です。「小河墓」の名が示すように、かつてはこの地には河が流れていました。船は冥界へ旅立つ死者の乗物ということでしょう。

この遺跡からは、約4000年前の小麦も発券されており、小麦、ひいては文明の伝播を考えるうえで重要視されています。

http://4travel.jp/travelogue/10668846

「小河墓」遺跡には数百体のミイラが埋葬されているそうですが、その中でも印象的なのが「小河美女」とも呼ばれるこのミイラです。
後ほど紹介する「楼蘭の美女」よりは、はるかに“美女”の名にふさわしい美しいミイラです。

長いまつ毛まで残っており、推定年齢は20歳、身長160cm。コーカソイド(白色人種)系と見られています。フェルトの帽子には鷹の羽飾りとお洒落でもあります。

顔には白いクリーム状のものが塗られているそうですが、腐敗防止のためなのか、死化粧なのかはわかりません。

ウルムチ博物館では、この「小河美女」に関するものは目にしませんでしたので、「新シルクロードの旅(講談社)」からの転載写真です。

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こちらは且末(しょまつ チャルチャン)遺跡に埋葬されていた女性のミイラで、約2600年前のものと推定されています。

コーカソイドとモンゴロイド両方の特徴を兼ね備えているそうです。

且末は、楼蘭から400〜500kmはなれた、タクラマカン砂漠の南縁、
かつての西域南道に位置するオアシスです。

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こちらが、有名な「楼蘭の美女」
約3800年前に埋葬されたと推定されており、年齢は45歳、身長は152cmで、「小河美女」とほぼ同時期です。

楼蘭王国が歴史に登場するのは紀元前176年ですから、「楼蘭の美女」は楼蘭王国より千数百年古い時代のものになります。

人種的にはコーカソイド(白色人種系)です。


復元された容貌
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在りし日の「楼蘭の美女」
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http://4travel.jp/travelogue/10668846
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/390.html#c112

[政治・選挙・NHK231] 獄に繋がれ犯罪人に仕立て上げられるよう「祈ります」ー(植草一秀氏) 赤かぶ
1. 中川隆[-6641] koaQ7Jey 2017年8月22日 08:15:54 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
最近はマスコミの力によって、法に触れずとも国民感情に触れると追い落とされますからね。
本当に恐ろしい世の中です。

既に忘却の彼方になっているかも知れませんが、東京の元知事であった舛添要一氏も、「セコイ」だけで法律に触れた訳ではないのですが、マスコミが世論を煽って辞任に追い込みました。

まあ、確かにセコイとは思いましたが、政治家としてはそれ程悪くなかったと思うのですが、本当にマスコミとは恐ろしい存在であります。

これは今の加計学園問題にも言える事で、特区なんだから総理が独断で決めても良い事であり、何も法律に触れている訳ではないのです。

本来マスコミは特区を作る法そのものが間違っていると報道すべきだと思うところです。


安部先生は反安部運動の黒幕が CIA と官僚だというのがわかっているからね。

官僚の目的は、官僚の人事権を内閣が握る「内閣人事局」を撤回させる事。
人事が公正に行われたりしたら、官僚は美味い汁を吸えなくなってしまう:


注目の都議選が終わり、結果は小池氏率いる都民ファーストが圧勝となりました。
候補者50人中49人が当選という快挙であり、自民党は大幅に議席を減らし大敗を喫しました。

本来、政策で争われるべき選挙が、スキャンダル叩きの様な選挙になり、本当にこれで良いのか?という疑念が有ります。

しかしまあ、今回の都議選ですが「秘書にパワハラ」「自衛隊からもお願い」「加計学園理事長からの献金」等々、狙いすましたかのように次々に出てきましたね。

出て来たというか、出されてきたというか、明らかに都議選を狙った材料放出が、どうも気になります。


官僚はCIAの指示通りに動いただけだから黒幕はCIAなんだ

アメリカは安部さんを解任したいから、スキャンダル情報を官僚に流してマスコミを使って日本人を操作したんだ

官僚は安部さんに都合の悪い自民党のスキャンダルをマスコミに流させた

都民はマスコミに扇動されて官僚の流した嘘を信じた

安部さんは官僚とそのバックのCIAとの闘争に負けた

アホ日本人にはそういう背景が全くわからない

スキャンダル情報はCIAが官僚とマスコミに流していた:


日本のジャーナリズムを監視する米軍組織

 神奈川県の座間キャンプ内にある、米軍第500軍事情報旅団「アジア研究分遣隊」Asian Studies Detachmentでは、日本国内で刊行される書物・雑誌等々を網羅的に「チェック」し、米国の政策に反対する人間、反米の思想家・評論家を監視している。
http://www.asyura2.com/17/senkyo231/msg/156.html#c1

[政治・選挙・NHK231] 加計学園の獣医学部新設“白紙撤回”の公算〈週刊朝日〉 赤かぶ
1. 中川隆[-6640] koaQ7Jey 2017年8月22日 08:33:28 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
最近はマスコミの力によって、法に触れずとも国民感情に触れると追い落とされますからね。
本当に恐ろしい世の中です。
既に忘却の彼方になっているかも知れませんが、東京の元知事であった舛添要一氏も、「セコイ」だけで法律に触れた訳ではないのですが、マスコミが世論を煽って辞任に追い込みました。

まあ、確かにセコイとは思いましたが、政治家としてはそれ程悪くなかったと思うのですが、本当にマスコミとは恐ろしい存在であります。

これは今の加計学園問題にも言える事で、特区なんだから総理が独断で決めても良い事であり、何も法律に触れている訳ではないのです。

本来マスコミは特区を作る法そのものが間違っていると報道すべきだと思うところです。


安倍首相もハマった、マスコミが疑惑だけで罪人を作る3つの方法

決定的な証拠がないまま、加計学園問題で追いつめられ、とうとう「退陣カウントダウン報道」まで出てきた安倍首相。その転落プロセスをつぶさに見ていくと、マスコミが権力者を糾弾する際に多用する「3つの勝ちパターン」が見えてくる。(ノンフィクションライター 窪田順生)

退陣カウントダウンモードに突入
安倍首相叩きが止まらない

 安倍首相の支持率低下に歯止めがかからない。既に「毎日新聞」(7月24日)などは、「支持率が20%台になった最近の主な内閣」という支持率推移のグラフと、20%台突入から退陣するまでの期間を並べ、「カウントダウン」モードに入っている。


「疑惑」はあるものの、「決定打」が出てこないまま、罪人認定されつつある安倍首相。マスコミが権力者を追い落とす際の3つの手法に、まんまとハマった 写真:日刊現代/アフロ
 個人的には、安倍首相が退陣しようがしまいが知ったことではない。ただ、「謝罪会見」など危機管理広報のアドバイスをしている立場からすると、今回、安倍首相が追いつめられていった「プロセス」は非常に興味深い。

 確たる証拠もないのに、「怪しい企業」の汚名を着せられる企業のそれとよく似ているからだ。

 ひとたびマスコミのネガティブ報道が氾濫すると、そのイメージを回復することは難しい。後ろめたいことがないのなら会見を開いて説明すりゃいいじゃん、と思うかもしれないが、大きな組織になればなるほど、立場的に言えないことが増えてくるものだ。

 役所、取引先、顧客という第三者が関わってくれば、ぼやかしておかなければいけない点がさらに増える。結果、徹夜で想定問答集をつくって、直前までリハーサルをおこない、自分の息子のような年齢の記者に平身低頭で接しても、会見翌日の報道は「深まる疑惑」なんて見出しが躍ってしまう。

 要するに、疑惑を払拭するために開いた会見が、「裏目」に出てしまうのだ。

 そういう企業をこれまで掃いて捨てるほど見てきた。もちろん、糾弾されて当然という企業もあるが、なかには、そこまで厳しく断罪されるほどのことはしていないのに、マスコミによって「巨悪」に仕立て上げられてしまった企業もある。今回の安倍首相もそれとよく似ている。

「文春砲」「新潮砲」を食らった政治家たちと
安倍首相の決定的な違い

 なんてことを言うと、「安倍首相のことなんか知るかと言いながら、必死にかばおうとしている工作員がいるぞ」と、また猛烈な誹謗中傷に晒されるかもしれないが、かばうつもりなどサラサラない。

 安倍政権がいつまで持つのかという大騒ぎになっている割に、この「加計疑惑」には、「疑惑」を裏付けるような「確たる証拠」が存在しない、ということを申し上げたいのだ。

 これまで「文春砲」や「新潮砲」を食らった閣僚や政治家たちは大抵、言い逃れのできない「証拠」を上げられていた。

 たとえば、甘利明・元経済再生担当相は、ご本人と直接やりとりをしたという人物が「カネ」の流れも含めて事細かに証言した。「このハゲー!」の豊田真由子衆議院議員も被害者自身の証言と、音声データがそろっている。「重婚ウェディング」で政務官をお辞めになった中川俊直衆議院議員は、ハワイで撮ったツーショット写真という、言い逃れできない“ブツ”がある。

 そういう意味では、稲田朋美防衛相の「あす、なんて答えよう」なんて発言をしたメモなどもこれにあたる。これはもう完全にアウトだ。

 ただ、安倍首相が加計理事長に便宜を図ったという「証拠」は、今のところ出てきていない。この時期に加計氏とゴルフに頻繁に行っている、とか獣医学部新設の申請を把握したタイミングが怪しいなどというのは、「状況証拠」に過ぎないのである。

「おいおい、お前の目は節穴か、前川さんの証言や、あの『ご意向文書』があるじゃないか」と息巻く方も多いかもしれないが、残念ながら前川さんは安倍首相から直接何かを言われたわけではない。和泉首相補佐官から言われたという話も、和泉氏本人は「岩盤規制改革をスピード感をもって進めてほしいと言っただけで、そんなこと言うわけないだろ」という趣旨のことを述べており、「水掛け論」となっている。

 衆院閉会中審査で小野寺五典衆議院議員とのやりとりを客観的に見ても、前川さんがおっしゃる「加計ありき」というのは、かなり「私見」が含まれている。嘘をついているとかいう話ではなく、「告発者」というほど「疑惑の核心」をご存じないのだろうということが、答弁を見ているとよく分かる。

安倍首相がまんまとハマった
マスコミの「殺人フルコース」

 例の「ご意向文書」に関しても同様で、「加計ちゃんに頼まれているんだからとっとと岩盤規制壊しちゃってよ」なんてことは1行も書いていない。国家戦略特区を推し進めているのだから、これくらいのことを言ってもおかしくないというような発言しかない。

 これらの「文書」を「首相の犯罪の動かぬ証拠」だとしたいという方たちの気持ちはよくわかるが、「文春」や「新潮」だったらボツ扱いの「怪文書」というのがホントのところなのだ。

 では、「確たる証拠」がないにもかかわらず、なぜ安倍首相は「罪人」のようなイメージが定着してしまったのか。

 民進党のみなさんを小馬鹿にしていたり、選挙妨害する人たちの挑発に乗って「こんな人たち」とか言ってしまうなど、いろいろなご意見があるだろうが、「怪しい企業」の汚名をかぶせられた企業を見てきた者から言わせていただくと、マスコミの「勝ちパターン」にまんまとハマっている、ということがある。

 防戦一辺倒の発想しか持っていない、企業、役所、政治家のみなさんはあまりご存じないと思うが、マスコミにはこういう流れにもっていけば、どんな相手でもやりこめられる「殺人フルコース」ともいうべきテクニックが3つある。こういう時代なので、誰でもマスコミから「疑惑の人」と後ろ指をさされる恐れがある。自分の身を自分で守っていただくためにも、ひとつずつご紹介していこう。

<テクニック1>
「争点」を変えていくことで「消耗戦」に持ち込む

 改めて言うまでもないが、「疑惑報道」の主導権はマスコミ側が握っている。ここが怪しい、ここがクサい、という「争点」はマスコミが選ぶのだ。

 茶の間でテレビをご覧になっている方や、スマホでニュースを飛ばし読みしているような方は、マスコミから「ポイントはここです」と提示されると、わっとそこに注目をするしかない。違和感を覚えても、立派なジャーナリストや評論家から「ここが怪しい」と言われたら、そういうものかと思う。

 ちょっと前まで、前川さんの証言や「文書」の真偽が「争点」だと大騒ぎをしていたが、先ほども指摘したように、「証拠」とは言い難いビミョーな結末を迎えると、次のカードとして「首相は誠実な説明責任を果たせるか」とか「加計学園の申請を把握したのはいつか」なんて新たな「争点」を提示していく。

 このような長期戦になればなるほど、攻められる側は消耗し、ネガティブイメージがビタッと定着していくということは言うまでない。

 企業不祥事に対する報道でもよくこういうことがある。不祥事の原因を追及されていたかと思って対応をしていたら、いつの間にやら社長の「人格攻撃」になったり、過去の不祥事を蒸し返されたりする。こういう流れに振り回されると、企業は後手後手に回って、甚大なダメージを受ける。

<テクニック2>
「発言の矛盾」を追及して、「嘘つき」のイメージをつける

 先ほども触れたように現在、「争点」となっているのは、「安倍総理が1月20日に知ったという発言は本当か」ということだが、「加計疑惑」の本当のポイントは、安倍首相が総理大臣という立場を使って、加計学園に便宜をはかったのか否かである。

 誤解を恐れずに言ってしまえば、知った日などというのは「どうでもいい話」である。

 しかし、マスコミは安倍首相の説明の辻褄が合っていないとして「疑惑がますます深まった」という。矛盾があるのは、申請を把握した日付を巡る説明であるのに、なぜか「加計学園」全体の疑惑とごちゃまぜにしているのだ。

 要するに、「説明が理にかなっていない」→「安倍首相は嘘つきだ」→「加計学園に便宜を図った」という三段論法に持っていっているのだ。

 こういうマスコミの「飛躍」は不祥事企業に対してもおこなわれる。たとえば、異物混入騒動時のマクドナルドなどはわかりやすい。「ナゲットに歯が入っていた」→「他の店舗でも異物混入があった」→「マクドナルドの品質管理に問題がある」という具合に報道が過熱していったのは記憶に新しいだろう。

 外食での「異物混入」など日常茶飯事で、マックに限らず日本全国でのどこかで毎日のように発生している。そのなかの極端な事例をマスコミがピックアップして、企業全体の話とごちゃまぜにしたことで、企業の「品質」を揺るがす大問題にまでエスカレートしてしまったのだ。

<テクニック3>
「納得のいく説明がされていない」と食い下がる

 これまで紹介した2つの勝利パターンだけでも、世の中に「嘘をついているのでは」というネガティブな印象を広めることができるが、相手にさらに「不誠実」というレッテルを貼ることができるマジカルワードが、以下の決め台詞だ。

「納得のいく説明をしてください」

 これを出されると、「疑惑」をかけられている人間はもうお手上げだ。「疑惑」を追及する記者は、疑惑を認めないことには納得しない。

 つまり、どんなに説明を重ねて「それは違いますよ」と否定をしても、「納得いかない」と、ちゃぶ台返しをされてしまうのだ。しかも、世の中的にはどうしても「納得できる回答をしていない方が悪い」という印象になる。つまり、権力者や大企業の「傲慢さ」を世の中に広めるには、もっとも適した「攻め方」なのである。

 菅義偉官房長官の会見で、「きちんとした回答をいただけていると思わないので繰り返し聞いている」と食い下がっている東京新聞の記者さんが「ジャーナリストの鑑」として英雄視され、菅さんの株がガクンと落ちていることが、なによりの証であろう。

報道対策に疎い日本政府は
繰り返しマスコミにやられる

 このような説明をすると、「こいつはマスコミを批判しているのだな」と思うかもしれないが、そんなことはない。一般庶民がどう受け取るかはさておき、実際にマスコミで働いている人たちは、社会のためになると思って、こういう攻め方をしている。

 彼らは、自分たちの「仕事」をしているだけなのだ。

 問題は、こういう「勝利パターン」に、安倍首相をはじめ国の舵取りをおこなう人々がまんまとハマってしまう、という危機意識の乏しさだ。

 確たる証拠でもない「疑惑」なのだから、はじめからしっかりと対応をしていればボヤで済んだのに、ここまでの「大炎上」を招いてしまった、というのは、よく言われる「安倍一強のおごり」としか思えない。

 これまで紹介した「マスコミの勝ちパターン」があるということが常識化している欧米では、政府は「報道対応のプロ」を雇う。といっても、どっかの大学で勉強してきました、みたいな人ではなく、「マスゴミ」の性質を知り尽くしたタブロイド紙の編集長などが一般的だ。

 少し前まで「特定秘密保護法と共謀罪で報道が萎縮する」なんて泣き言をいっていたのがウソのように、マスコミはイキイキしている。「不誠実」「嘘つき」というイメージ付けでクビがとれると味をしめれば、次の首相も、そしてまた次の首相もターゲットにされる、というのは政権交代前の自民党で学んだはずだ。

 誰になるかは知らないが、安倍さんの「次の人」は、もっと真剣に「報道対策」を考えた方がいい。
http://diamond.jp/articles/-/136478

http://www.asyura2.com/17/senkyo231/msg/157.html#c1

[政治・選挙・NHK231] 10月トリプル補選 自民負け越し濃厚で“安倍降ろし”に号砲(日刊ゲンダイ) 赤かぶ
1. 中川隆[-6639] koaQ7Jey 2017年8月22日 09:40:20 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

マスコミと官僚の流すデマに騙されるな


官僚たちは人事権を事務次官が持つことによって政治家には介入させなかった。

それが内閣人事局が人事権を持つことによって、官僚の権力の源泉が失われて、これが官僚には面白くないことだった。

だから官僚たちにとっては、安倍総理は敵であり、第一次安倍内閣は官僚たちによるマスコミへのスキャンダルリーク作戦で退陣に追い込んだ。それがまさかの第二次安倍内閣の発足によって、官僚たちへの「内閣人事局」による報復が始まった。文科省の天下り問題はその一例に過ぎない。

組織の論理から言えば、官僚の人事は行政のトップである総理大臣や各省の大臣が持つのが当たり前ですが、以前は各省の事務次官が人事権を持っていた。だから官僚たちは、内閣の言うことよりも事務次官の言うことを聞いて、内閣総理大臣の言うことは面従腹背だった。

それが「内閣人事局」ができたことで、内閣総理大臣の権力は非常に大きくなった。それが官僚たちには面白くない。だからまたしてのスキャンダルリーク作戦で安倍総理の足を引っ張り出した。政治家のスキャンダルは警察や検察庁の官僚が握って持っている。豊田真由子議員もそうだし、中川俊直議員もそれでやられている。

いずれも二回生議員で安倍チルドレンとマスコミは呼んでいる。安倍総理がどこまで巻き返せるかは国民の支持率次第ですが、マスコミは連日安倍ネガティブキャンペーンを張っている。やらせているのが財務省官僚たちであり、籠池騒動の元は財務省官僚の安倍総理への裏切りにある。

このような官僚たちの裏切り行為に対して、安倍総理が「内閣人事局」を使っての報復人事が行われるだろう。まさに中堅官僚にとっては安倍総理につくか事務次官につくかの選択を迫られる事態となっている。安倍総理が踏ん張りきれれば官僚のスキャンダルリーク作戦も収まるのでしょうが、マスコミも官邸につくか官僚につくかで分かれている。

もっとも、政界でも反安倍の動きが有り、石破・麻生・二階・岸田・菅らの自民党幹部の動きが怪しくなっている。ここでも反安倍に舵を切った石破氏もいれば、安倍政権を支えるかで処遇も違ってくるだろう。問題は安倍政権への支持率であり、共謀罪強行採決では大きく支持率を下げた。

文科省の前川前次官が告発の記者会見を開いて抵抗しているのも、官僚と官邸との権力闘争が主体であり、人事権を取り上げられた官僚の抵抗は続くだろう。しかし安倍政権が長期化すれば官僚への人権発動で、反安倍の官僚たちは飛ばされるから官僚たちも必死だ。

アメリカの手先の官僚とCIA・中国の工作員から日本を守ろう


共謀罪批判は中国・朝鮮工作員が扇動していた
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/711.html

護憲運動はCIA・中国・朝鮮工作員が扇動していた
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/703.html

「面従腹背」に官邸疑心=加計問題、霞が関の不満影響か _ 加計問題は CIA が扇動していた
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/114.html
http://www.asyura2.com/17/senkyo231/msg/159.html#c1

[政治・選挙・NHK231] 加計学園の獣医学部新設“白紙撤回”の公算〈週刊朝日〉 赤かぶ
7. 中川隆[-6638] koaQ7Jey 2017年8月22日 09:44:02 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
>>6
だから経済特区というのは、総理が加計学園に便宜をはかっても法的には問題ないんだよ
http://www.asyura2.com/17/senkyo231/msg/157.html#c7
[政治・選挙・NHK231] 加計学園の獣医学部新設“白紙撤回”の公算〈週刊朝日〉 赤かぶ
10. 中川隆[-6637] koaQ7Jey 2017年8月22日 09:54:49 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
>>9
経済特区は総理の判断で将来性のある企業を選んで優遇するものだからね
http://www.asyura2.com/17/senkyo231/msg/157.html#c10
[リバイバル3] 伝説のデッカ デコラ 中川隆
13. 中川隆[-6636] koaQ7Jey 2017年8月22日 10:10:43 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

Decolaがお嫁に行きました GRFのある部屋 2017年 08月 21日
http://tannoy.exblog.jp/28085496/

あの震災があった2011年の春に、英国から購入したDECCAのDecolaが昨日、お嫁入りをしました。私のところに来るまでは、購入した1963年から48年間イギリス南部の邸宅に置かれていました。最後は、鳴らす人もなく、家具として置かれていたのです。家に来たときは、本当に驚きました。深窓の令嬢が、しっかりと箱入り娘の儘、運ばれてきたからです。そして、そのヴェールをそっとはがしたときの、感激は今でも覚えています。


http://tannoy.exblog.jp/iv/detail/?s=28085496&i=201708%2F21%2F99%2Ff0108399_21070281.jpg

それから、Oさんの協力を得て、オーバーホールを始めました。元の場所を記録して、丁寧に分解してアンプとプレーヤー部を岡山の是枝さんのところへ送ったのです。アンプ類が戻ってきたのは、年末になっていました。それらを、再組み立てして、DECOAに灯りがともったのは、翌年の二月になっていました。

http://tannoy.exblog.jp/iv/detail/?s=28085496&i=201708%2F21%2F99%2Ff0108399_10533841.jpg

http://tannoy.exblog.jp/iv/detail/?s=28085496&i=201708%2F21%2F99%2Ff0108399_10533035.jpg


足かけ三年にも及んだ、デコラの復活は、8D8の初段管を交換したところで、完結しました。普通の電蓄から、Decolaになった瞬間でした。その差は、あまりにも違いました。二人で大笑いをしたぐらいの大きな差だったのです。出来るだけ同じ部品を使い、オリジナルを尊重してオーバーホールしてきました。その努力が実を結んだ瞬間でした。

http://tannoy.exblog.jp/iv/detail/?s=28085496&i=201708%2F21%2F99%2Ff0108399_20584107.jpg

当初付いていたのは、Mark1のLP用とSP用、それとMark2のステレオでした。それにMark1のステレオとMark3を二個買い集めました。予備のアームもオリジナルを揃えました。そして、希少な初段管8D8もついています。勢いで集めました。このデコラは製造番号も100番以内の初期のタイプで、コラードのターンテーブルが付いています。これが優れものなのです。現在では、初期のデコラは、本国でも希少で、価格も相当上がっているそうです。その意味でこのDecolaは、すべてオリジナルですから、嫁入る先でも大事に、かわいがって下さるでしょう。


おまけに、何十年も持っていた、オリジナルのDECCAのブラシもつけました(笑)。

http://tannoy.exblog.jp/iv/detail/?s=28085496&i=201708%2F21%2F99%2Ff0108399_21080135.jpg

ピアノ運送が引き取りに来られる朝、一時間ほど思い出の曲を聴きました。DECCAのレコードや、ミルシュテイン、越路吹雪にフランク永井です。しみじみとしたいい音でした。

http://tannoy.exblog.jp/iv/detail/?s=28085496&i=201708%2F21%2F99%2Ff0108399_21130367.jpg


貴婦人と過ごせた素晴らしい6年間でした。Oさん本当にありがとうございました。楽しかったですね!
http://tannoy.exblog.jp/28085496/
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/683.html#c13

[リバイバル3] 中川隆 _ 日本文化関係投稿リンク 中川隆
48. 中川隆[-6644] koaQ7Jey 2017年8月22日 10:31:51 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

支配層は被支配者を教育で洗脳し、メディアを使って支配層が望む方向へ誘導していく
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/279.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/466.html#c48
[リバイバル3] 中川隆 _ 売国政治家・御用学者 関係投稿リンク 中川隆
23. 中川隆[-6643] koaQ7Jey 2017年8月22日 10:32:54 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

安倍首相もハマった、マスコミが疑惑だけで罪人を作る3つの方法
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/278.html

日経のウソ記事にだまされるな
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/277.html

支配層は被支配者を教育で洗脳し、メディアを使って支配層が望む方向へ誘導していく
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/279.html

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/461.html#c23

[政治・選挙・NHK231] 加計学園の獣医学部新設“白紙撤回”の公算〈週刊朝日〉 赤かぶ
12. 中川隆[-6642] koaQ7Jey 2017年8月22日 10:35:41 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
>>11

「国家戦略特区」は超法規的なものだから総理大臣は本来何をやっても構わないんだよ:

経済コラムマガジン 17/8/14(951号)

行き詰る「国家戦略特区」

前段の「投資を喚起する成長戦略」について具体例で補足する。「国家戦略特区」の代表となった観がある加計学園の獣医学新設の経済効果を試算してみる。今治に獣医学が新設されることになり、校舎が建設されたり教員が採用される。筆者は、これらの直接投資額とその波及効果を合算して経済効果は200億円程度になると見積もる。

しかし今治の獣医学新設の影響によって、当然のことであるが他の既存の獣医学部の投資が長期的には抑えられる(これはマイナス効果)ことが考えられる。したがって日本全体で見れば、長期的には経済効果はほぼ中立と筆者は見る。

04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」
http://www.adpweb.com/eco/eco338.html

などで述べたように、昔から構造改革派が行う規制緩和の経済効果の試算の特徴は、マイナス効果を過小に見積るところにある。

たしかに今治市にとって200億円の経済効果は大きく「国家戦略特区」の恩恵は目に見える。しかし全国的、また長期的に見て他方で投資が抑えられることを考えると、合計した経済効果はほぼゼロと筆者は考える。


仮にマイナス効果を全く考慮せずとも、今治の獣医学新設の経済効果はたった200億円程度である。日本のGDPを500兆円とすれば、200億円はたった20分間で達成される生産額である。他の「国家戦略特区」の経済効果も同様に小さいものばかりと見られる。つまりGDP増大(経済成長)効果が極めて小さいのが「投資を喚起する成長戦略」政策の特徴である。

たしかに一つの民間企業が構造改革や合理化によって成長することは有りうる。特に売上が伸びている企業にとっては、構造改革による生産性の向上は重要である。しかし国全体、あるいは一国の経済の経済成長となれば話は別である。国全体で需要が伸びないのなら構造改革による生産性の向上は不要である。むしろ構造改革は失業を生むだけである。

日経新聞には「国家戦略特区」政策などによる構造改革で生産性を上げ経済成長を実現すべきという主張がいまだに見られる。しかし日本のように経済が成熟した国の場合は話が違ってくる。生産性を上げるのではなく、日本は需要さえあれば経済は成長すると筆者はずっと言って来た。また生産性が上がるから経済が成長するのではなく、経済が成長すれば単に計算上で生産性が上がったことになるのである。そもそも「国家戦略特区」が対象にしている事業は小さいものばかりである。仮にマイナス効果を考慮しなくとも、規制緩和はやたら時間が掛るだけでなく日本のGDPを押上げる力はほとんどないと筆者は見ている。それなのに本当に小さい加計学園の獣医学部新設で躓いたのである。


一斉を風靡した構造改革派であるが、最近では冴えない。既に構造改革派は考えが違ういくつかのグループに割れていると筆者は見る。まずいまだに構造改革によって経済が成長すると真剣に思っている人々はたしかにいる。しかし筆者はこれはかなり少数派になっていると思っている。

また構造改革派を装おう財政規律派がいる。「国家戦略特区」の審議委員の中にも何人か紛れ込んでいると筆者は見ている。もう一つが積極財政派に傾きつつある構造改革派である。霞ヶ関埋蔵金の話が出た頃から、構造改革派の中にも財政政策の有効性を認める者が現れた(つまりシカゴ学派離れ)。またこのような人々は、経済成長にこだわりを持ち、消費増税に反対している。


今度の加計問題によって「国家戦略特区」制度は行き詰ると筆者は見る。規制緩和の対象となる事業者と政治家の関係を制度上断つという構想自体に無理がある。例えば事業者が、過去に政治家に対し政治献金を行っていたとか、選挙を手伝ったということは十分有りうることである。そのようなことを安倍政権の倒閣に燃えるマスコミは必ず騒ぎ立てると見て良い。このようなことが続けば、政権は持たないと思われる。
http://www.adpweb.com/eco/

http://www.asyura2.com/17/senkyo231/msg/157.html#c12

[番外地7] 支配層は被支配者を教育で洗脳し、メディアを使って支配層が望む方向へ誘導していく 中川隆
1. 中川隆[-6641] koaQ7Jey 2017年8月22日 10:45:43 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

ゆとり教育を推進した三浦朱門の妻 曽野綾子がした事 _ これがクリスチャン
http://www.asyura2.com/09/bun2/msg/492.html

女は東大出でも思考力・判断力・知性すべてゼロ _ 通産官僚 宗像直子は何故こんなにアホなの?
http://www.asyura2.com/09/bun2/msg/544.html

http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/279.html#c1

[番外地7] 支配層は被支配者を教育で洗脳し、メディアを使って支配層が望む方向へ誘導していく 中川隆
2. 中川隆[-6640] koaQ7Jey 2017年8月22日 10:50:42 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

官僚がアホな理由
http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/162.html
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/279.html#c2
[リバイバル3] 伝説の静電型スピーカー QUAD ESL57・ESL63 中川隆
37. 中川隆[-6640] koaQ7Jey 2017年8月22日 12:25:17 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

529 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/05/12(火) 16:32:39.07 ID:iP38/mkk

ESL2812, ESL2912シリーズ逝っちゃおうかなと思います
使い続けるには定期的なメンテ必要と思いますが、
ESL2812, ESL2912シリーズ独特の勘どころあればアドバイスお願いします


533 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/05/14(木) 00:07:28.45 ID:wbRSUUcu
>>529
インターナショナルオーディオショウで質問したら、

・スピーカーの電源入れずに信号入れちゃ駄目
・スピーカーの電源はなるべく切らない

と伺いました。
湿度は気にしなくて良いとかなんとか。


534 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/05/14(木) 04:28:17.68 ID:/WMuxP4

D聞く数時間前に電源投入すればいいんじゃないの
面倒だが

539 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/05/17(日) 03:51:02.18 ID:eCuBAssJ
>>533
メーカーの人間というか、売ってる人間が未だにそんな馬鹿な事言ってるんか?

ちょっとでも電気知識ありゃそんな事信用しないもんだよ。

電源入れなきゃ幾ら信号入れても無問題。
入力トランス焼けるくらいの電圧でも入れるってのならそりゃ駄目だけどね。

それから57以外のESLは常時通電は百害有って一利無し。

57はユニットがテープでモールドされてたが63以降のESLはダストカバーは
後から嵌め込みなので隙間がある。

5000Vの空気清浄機で空気中の埃24時間吸い続けるなんて代理店に修理代の
ご奉公するようなもの。

湿気は無問題だが埃は大敵。

使用時以外の通電なんて真空管アンプ常時通電で使うようなもの。
確かに少しは通電後本領発揮には時間は掛かるけど1時間も必要ない。

57と違って逐電塗料使ってなく導電塗料使ってるからSWオンで直ぐに
最大音量出るからね。

常時通電は57だけの事だよ。


543 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/05/17(日) 22:24:05.98 ID:8TJTjWeQ
>>539
ロッキーさんに持ち込まれる機体の故障原因の多くが、電源入れずに信号入れてしまったのが原因ということでした。

いずれにせよ 529 さんが購入の齋には、販売店や代理店から詳しくノウハウを伺うのがよろしいかと思います。

544 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/05/18(月) 06:47:44.18 ID:uRHwp+3v

だから嘘だって。
ユニットの耐久性無いのを誤魔化す為に考え出した素人騙しの都市伝説だよ。
内部構造理解して多少なり電気知識がありゃ馬鹿にされてるの解るってもんだ。


520 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/05/10(日) 02:10:27.70 ID:XJPIAM

ESL63は57と違って、ある程度広い部屋に設置しないと実力を発揮しない
という情報もありましたし、57は音場が出ないという情報もありました。

仮にこの二つが本当だとすると、
部屋は平均的なリビングルーム、音場は欲しい私にとって、
どちらのスピーカーも私に合わないということになってしまいます。

63はハイエンドクラスのアンプと組み合わせないと実力を発揮しないようですし..


540 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/05/17(日) 04:24:13.74 ID:eCuBAssJ
>>520
それも都市伝説みたいなもんじゃないかな?

後ろの壁にくっつけても設置は流石に出来ないし、もしくっつければ
全然低音でなくなるんだけど、ESL63の方は球面波出るからそんなに
離れなくともちゃんとした音と定位が得られるんだけどね。

特にpro63の方なんて元々モニター用途で接近視聴用だしね。
6畳の部屋で良い音で鳴らしてる人何人も居るよ。

でも確かにアンプは要るね。
特に63はアンプ次第って言うかもろに差が出るからね。
下手なアンプじゃ保護回路働いて直ぐにリレー切れちゃう。
結構パワーも要るしね。

57の方がその形状から多少スペース要求すると思うんだけど。
まあどっちも甲乙付けられない別世界のSPだよ。

>>529
水掛けるみたいで悪いんだけど、今のESLはちょっと音変だよ。
この間 ESL988 を自宅で視聴する機会があったんだけど何か ESL63 や Pro63
聴いてるのと違ってなんか詰まらん音なんだよな。

何がって言うの難しいんだけど何か音楽がのぺっとして覇気が無い。
ユニット同じなのにね。

やっぱりドイツ製になってからマッチングトランスや電子回路周りが
変わったからなんだろうなと思ったよ。

時期を同じくして 57 と pro63 鳴らしてる知り合いが ESL989 を安かったから
予備にって買ったんだけどやっぱ同じ。

低音の量だけは出るけど pro63 みたいな音色(ねいろ)が出なくって何か
音楽がつまらなく感じる。

アンプもそうだけどやっぱり QUAD は身売りしてからのは名前は同じだけど
別物だなと思うな。


541 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/05/17(日) 10:28:18.31 ID:wlIdFPMS
>>540
ESLと63を聴いて惚れ惚れしたんですよ
あれは美しい想いでなのかなぁ


542 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/05/17(日) 18:05:46.99 ID:eCuBAssJ

どちらも現在の入手価格を考えるととんでもないコストパーフォーマンス
優良機だと思いますね。

条件さえ整えば今聴いても惚れ惚れする良い音ですよ。
多少のリスクや修理代掛かっても余りあるクオリティーなのは間違いない。
メンテをちゃんと安くしてくれるとこさえ見つけておけば間違いなく
ベター1の1つでしょう。
なんたって現行の¥200万くらいの SP じゃあの音絶対に出ないもの。


549 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/05/19(火) 00:55:30.85 ID:mOSgD7dy
>>545,>>547
ESLを使う上での普通のSPとの違いは電源の有るSPって事に尽きる。
それも5000Vってとんでもない高圧を扱ってる。

ゆえに最大の敵は結露。
冬場に寒い部屋に放置し、帰って来て直ぐに電源ONなんかすると見事に壊れる。

結露の水分に放電して振動板を破ってしまうって事。

これさえ気を付けりゃ梅雨場の湿気程度は全くの無問題。
大体振動板破ってるのはこれが原因。
元々イギリスのSPだから日本の湿気くらいじゃビクともしない。
多少空気中の湿気に空中放電する音がする事はあるけどそんな事じゃ
壊れたりは絶対にしない。

わざわざ除湿機24時間動かしてる人も居るけどそれより空気清浄機動かしてる方がよっぽど良い。


550 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/05/19(火) 00:56:16.48 ID:mOSgD7d

他には躯体強度があまり高くないと言う事。
移動時に捻ると中の電極が剥がれたり振動板自体が剥がれたりする。
上持って歩くように移動するなど最悪。
特に古くなれば余計にこのリスクは高くなる。

この2点さえ気を付ければ普通のSPとなんら変わりはないし、
そん所そこらのSPじゃ出せない音が出る。

勿論使う時意外は電源落とすの常識です。
出ないと24時間空気清浄機として働くよ。
隙間から内部に埃が入ると放電でゴミが燃える。
その時振動板に小さな丸穴が開く。
運が悪けりゃ破れてさいなら。

電源入れっぱなしにしても電位だけなんで温度上昇なんかしないから
結露防止には全く無意味だからね。

内部構造に接着剤を多用してるんで10年超えれば劣化もする。
剥がれる前にメンテして貰うくらいの事はしないと逆に高い修理代
払う破目になるよ。

553 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/05/20(水) 02:04:24.50 ID:KV4wwihA

ESLは本当に良いSPなんで参考にして頂ければ幸いです。

取り合えず代理店、販売店の知識が無さ過ぎで変な都市伝説が
往来してますがその殆どが嘘です。

使ってみえる方は一度なり中身を見て構造を把握してみる事です。
その折にお掃除をする事をお勧めします。
多分ダストカバーが緩々でしょう。
これフレームに両面テープで貼ってあるだけ。

経年でパリパリになって剥がれかけてるかある時代のはテープの接着成分が
ズルズルになって緩んでる筈です。
ここに隙間が出来ると埃が中に入ります。
で燃えて振動板を破る。
はずれてたら早急に処置をして下さい。
でないと時間の問題でお釈迦になります。

本来ダストカバーは熱収縮されピンと張ってる物です。
でないと見事にある帯域でビビリますし後ろのゆるみが酷いと
高圧端子に触れて穴が開いてます。
多少の穴はセロテープで塞いでもOK。
熱収縮さえすればビビッたりしません。
見事に代理店で修理すると緩々のままで帰ってきます。
またすぐ潰れる様にわざと手を抜いてるのかただの馬鹿なのか?

多分ダストカバーは埃で真っ黒です。
喫煙環境ではヤニまみれです。
破れないようにここの埃を拭き取れば音もすっきり蘇りますよ。

554 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/05/20(水) 10:07:21.89 ID:zEmiLYiD

ESL989の巨大な輸送用元箱をどうしようかと迷ったまま何年も家の中にそのまま起き続けている
いざというときは必要だが、場所取ってるし困ったもの

561 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/06/07(日) 01:00:00.19 ID:lpbF4KLU

ESL2912の能力を出しきるにはどの位のスペース要るかな
8畳くらい?


562 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/06/07(日) 05:07:15.18 ID:e52O7ZPa

どういうスタンスで聴くかだよね。

モニター的に直接音中心に聴くなら8畳で十分だし、空中浮遊する
間接音でライブ会場ぽく鳴らしたいなら最低30畳のライブな空間
要るからね。

でも何で2912なの?
メーカーの言うように音が良くなったとは到底思えない音しか聴いた事ないんだけど。

563 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/06/07(日) 22:49:53.26 ID:5ZEmuebT

英国でESL63を持ってると、城に住んでるのかと聞かれるそうだけどな

564 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/06/08(月) 19:01:40.47 ID:j6LADSz1

英国に赴任中にESL-63買って使ってて日本に持って帰ってきた来た人知ってるけど
別にそんな話は聞かないし、普通の古いアパートメントで使ってたようだよ。

565 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/06/08(月) 21:25:29.85 ID:DQd6aLsu

ESLとESL63ならある


566 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/06/16(火) 20:47:23.18 ID:NOkm6FPD

ESLとESL63持ってて2912買うの?
馬鹿じゃないかと思うのは俺だけ?

568 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/06/18(木) 23:24:07.33 ID:G3r+qsfs

えー、ショップの人?
あの高いだけの2912のどこが良いの?

570 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/06/19(金) 08:32:22.45 ID:IF5PC+YA

2912だと壊れにくいとかないの?


571 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/06/19(金) 10:56:31.26 ID:QyksQl29

そりゃ新品なら10年くらいは持つかな?


572 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/06/19(金) 12:03:35.75 ID:t5/+iG99

宿命的に接着剤の寿命が来たら何十万覚悟


576 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/06/20(土) 09:38:20.44 ID:S8EQ8o1m
>>572
それがあるからESLは買えないんだよな。
http://yomogi.2ch.net/test/read.cgi/pav/1303158619/
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/682.html#c37

[地域13] 知ったら住みたくなるケンミン性 (第6回)魅力度ランキング2位「京都」に住んでわかる理想と現実 軽毛
14. 中川隆[-6639] koaQ7Jey 2017年8月22日 12:56:49 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

京都人(近畿人)というのは、中国大陸や朝鮮半島からやってきた異民族である。

古代、京都人(近畿人)が降り立った日本には、先住民=縄文人=東北人がいた。
先住民がいてはもちろん近畿人が住む場所などはない。

彼らは、東北人=縄文人を侵略・虐殺・強制連行(俘囚)することで、国を築いたのだ。

蝦夷征討とは、有史以前からずっと続く、近畿人による先住民一掃、
単なる東北人虐殺に他ならない。それは有史以後も傷跡を残し続けるほどのものだったのだ。
 

京都人(近畿人)が渡来系民族そのものである証拠。 東北人とは全く異民族であることがわかる。 


▼手掌紋D線3型出現率から求めた朝鮮人との遺伝的距離
(山口敏『日本人の顔と身体』より)
0.000…朝鮮半島
0.007…近畿地方
– – – – – – – – – – –
0.012…中部地方
0.035…中国地方
0.035…九州地方
0.038…四国地方
0.048…関東地方
0.068…東北地方
0.092…南西諸島

●1 人あたり約 14 万個所の DNA 塩基多型を用いて日本人の集団構造を解

http://www.riken.jp/~/media/riken/pr/press/2008/20080926_1/20080926_1.pdf
(図 4 日本の各地域の遺伝的な分化と地理的な傾向 参照)

近畿人クラスターは東北人のクラスター(縄文人)と遺伝的に全くオーバーラップしていない。異民族ということ。


2008年9月26日 独立行政法人 理化学研究所

1 人あたり約 14 万個所の DNA 塩基多型を用いて日本人の集団構造を解 明 - 病気と遺伝子の関連を調べるケース・コントロール解析のよりよい研究デザインが 可能に -


病気のかかりやすさ、薬の副作用の有無は、私たちそれぞれで違っています。この 個人の体質の違いの遺伝的な要因を明らかにして、それぞれの人の特質に見合った治 療を行うオーダーメイド医療がスタートしています。心筋梗塞、糖尿病、関節リュウ マチなど、さまざまな疾患の原因遺伝子を同定するために、ゲノム全体をカバーする 1塩基多型(SNP)を使った関連解析が、わが国ばかりか世界規模で展開されています。

わが国では、この研究の中心となっているバイオバンクジャパンが、約30万人 の日本人のDNA、血清を集め、情報基盤としての役割を果たしています。 この研究を推進してきた理研ゲノム医科学研究センターは、これらの情報を活用して、大部分の日本人が2つのクラスター、本土クラスターと琉球クラスターに大別で きることを明らかにしました。

この結果は、従来から提唱されていた日本人集団の「二 重構造説」と矛盾しない内容です。2つのクラスター の間のSNPの頻度の違いは小 さいのですが、耳垢のタイプを決めるSNPや髪の毛の太さに関わるSNPの頻度には 明らかな違いがありました。また、本土の中でも遺伝的な地域差があることが明確に なりました。 今後は、病気と遺伝子の関連を調べるケース・コントロール解析において、今回の 研究結果を活かすことによって遺伝的背景のバランスを調整できますので、よりよい 研究デザインが可能になります。

図 SNPを活用した日本人の集団構造の解析 ほとんどの日本人は、本土クラスター(赤) と琉球クラスター(緑)に大別

図 SNPを活用した日本人の集団構造の解析 図 本土の遺伝的な地域差


報道発表資料
2008年9月26日 独立行政法人 理化学研究所

1人あたり約14万個所のDNA塩基多型を用いて日本人の集団構造を解明
- 病気と遺伝子の関連を調べるケース・コントロール解析のよりよい研究デザインが 可能に -


◇ポイント◇

・7,000人以上の日本人の常染色体上のDNA塩基多型情報を解析

・ほとんどの日本人は、本土クラスター、琉球クラスターの2つに大別

・本土でも遺伝的な地域差があることが判明 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、1 人あたり約 14 万個所のDNA 塩基多型の解析により、日本人の集団構造を大きく2つのクラスター(集団)にわけ ることができることを明らかにしました。

これは、理研ゲノム医科学研究センター(中 村祐輔センター長)統計解析・技術開発グループの鎌谷直之グループディレクター、 加畑(山口)由美研究員らによる研究成果です。

私たちそれぞれが持っている遺伝子と個人の病気のかかりやすさ、薬の副作用の有 無などの関係を調べる場合、病気や薬の副作用を持つ集団(患者集団:ケース)と持たない集団(対照集団:コントロール)について、遺伝子上のSNP(1塩基多型)※1を 測定し、その頻度を比較する手法が一般的に行われています。

この手法はケース・コ ントロール解析と呼ばれ、この解析からわかるSNPの頻度情報は、個人に合った投薬 や治療を行う、オーダーメイド医療を目指した研究の基盤情報として非常に有用です。しかし、対象にした集団に分集団構造があり、ケースとコントロールのサンプル の仕方に偏りがある場合、偽陽性の結果を検出する率が上昇してしまいます。今後の ゲノムワイドなケース・コントロール解析のよりよいデザインのためにも、ゲノム全 体を網羅するSNPを用いて、日本人の集団構造を調べることが大変重要です。

研究グループは、日本人 7,001 人と中国人 45 人のサンプルについて、1 人あたり 約14万個所のSNPの遺伝子型データを用いた主成分分析※2を行いました。

その結果、 日本人の大部分が本土クラスターと琉球クラスターに大別できることを明らかにしました。

さらに、本土の中でも遺伝的な地域差があることが明確となりました。

今回明らかにした、日本人の集団構造に関する知識により、ゲノムワイドなケー ス・コントロール解析の研究デザインの向上が期待されます。また、今後さらに多く のアジアの近隣諸国の人のSNPと共に解析することによって、集団間の違い、民族の 歴史、人の移動の程度を含めた詳細な集団構造の理解などが可能になると期待できま す。 本研究は、文部科学省「個人の遺伝情報に応じた医療の実現プロジェクト(オーダ ーメイド医療実現化プロジェクト)」の一環として行われたもので、研究成果は、米 国の科学雑誌『 The American Journal of Human Genetics 』( 10月号)に掲載され るに先立ち、オンライン版(9月25日付け:日本時間9月26日)に掲載されます。


1.背 景

病気のかかりやすさ、薬の副作用の有無などと遺伝子の関係を調べる場合、病気 や薬の副作用を持つ集団(患者集団:ケース)と持たない集団(対照集団:コント ロール)について、ゲノム上のDNA塩基多型のタイプを測定し、その頻度を比較す る手法「ケース・コントロール解析」が一般的に行われています。このケース・コ ントロール解析で用いる1塩基多型(SNP)の頻度情報は、病気や副作用と遺伝子 の関係を解明し、個人に適合した投薬や治療を行うオーダーメイド医療を目指した 研究の基盤情報として非常に有用です。

理研ゲノム医科学研究センターは、ゲノム全体を網羅するSNP解析の手法を確立し、これまでに、心筋梗塞、関節リウマチ、変形性関節症、糖尿病性腎症などをは じめとする数多くの疾患に関連する遺伝子を特定してきました。また近年、欧米の 研究機関においても、同様の解析による疾患関連遺伝子研究が急速に進んできてい ます。一方、SNPの頻度は人種、国、地域によって異なっており、民族の歴史の影 響を受けています。このような状況を踏まえ、日本人の病気や薬の副作用に関連す る遺伝子の探索をさらに深めていく上で、日本人の集団の遺伝的多様性と集団構造 の理解の必要性が高まっています。

現在のケース・コントロール解析は、解析対象の集団の中では、疾患に関係のないゲノム領域のSNPの頻度は個人の疾患の有無と関係がない、という仮定を立てて います。そのため、もし対象の集団に、さらに細分化した分集団構造があって、ケ ースとコントロールのサンプルの取り方に偏りがある場合(図1)、あるいは、コン トロール集団に比べてケース集団の方がより近縁である場合は、疾患に関係のない ゲノム領域でも、SNPの頻度に統計的な有意差が出やすくなり、偽陽性の結果を得 る率が上昇します。

これまで理研ゲノム医科学研究センターは、日本人の集団を対象として、多くの 疾患関連遺伝子を特定してきました。しかし、今後のさらなる研究を進める場合、 より多数のサンプルを用いて解析を行うと、検出力が上がる反面、集団の構造化に よる偽陽性の結果を得る率が上がってしまうことが懸念されます。

日本人の遺伝的多様性と起源についての研究は、これまでミトコンドリアDNA※3 やY染色体※4のDNA塩基多型を用いた研究が主流でした。

それらの先行研究では、 興味深いことに、日本人集団の「二重構造」説※5を支持するものや、ミトコンドリ アDNAのハプロタイプ※6の多様性を示すものがあります。

そのため、今後のゲノム ワイドなケース・コントロール解析が、偽陽性の結果を得ることがないようにするためにも、ゲノム全体を網羅するSNPを用いて、日本人の集団構造を調べることが必要です。

2. 研究手法と成果

今回の研究では、国際ハップマッププロジェクト※6の4つの集団(西・北欧系ユ タ州住民60人、ナイジェリアのヨルバ族60人、東京在住の日本人45人、北京在 住の中国人漢民族45人の合計210人)のSNPのデータに加えて、バイオバンクジ ャパン※7の日本人7,003人の、常染色体※8上にある1人あたり140,387個所の SNP を解析に用いました。

この日本人7,003人は、心筋梗塞、糖尿病、関節リウマチな ど35種類の疾患のいずれかの患者であり(バイオバンクジャパンでは47種類の対象疾患があります)、病院の所在地により、 7つの地域(北海道、東北、関東甲信越、 東海北陸、近畿、九州、沖縄)にグループ分けされています。

研究チームは、これらの人々からの常染色体上のSNPの遺伝子型データを用いて、 主成分分析を基礎にした解析手法により、個人間の遺伝子型の相関を基に個人間の 近縁関係を解析しました(図2)。

まず、欧米人、アフリカ人を含んだ解析により、 日本人7,003人のほぼ全員が東アジア人のグループに属することを確かめました。

次に、この内の7,001人を中国人45人のサンプルと共に解析した結果、7,001人は 本土クラスターと琉球クラスターの2つの主なクラスターに大別されることがわかりました(図3)。

つまり、前者には本土の6 つの地域で採血された大部分の人が含まれ、後者には沖縄で採血された人の大部分が含まれていました。本土クラスター と琉球クラスターの遺伝的分化の程度は非常に小さく、そのためSNPの頻度の違い は大部分についてはわずかでしたが、約14万個所という数多くのSNPを用いたために、2つのクラスターを観察できたと考えられます。

さらに、本土の中でも遺伝 的な地域差があることが明確にわかりました(図4)。

今回の結果は、従来から提唱 されている日本人集団の「ニ重構造」説と矛盾しないものです。 本土クラスターと琉球クラスターの違いが、どのSNPでもっとも顕著であるかを 調べたところ、6番染色体のHLA領域※9に見つかりました。

また、アミノ酸を変化 させるSNPの頻度の違いを比較したところ、髪の毛の太さと関連のある EDAR 遺伝 子※10のSNP、耳垢のタイプと関連のある A BCC11 遺伝子※11のSNPの頻度がもっとも大きい違いを示しました。

さらに研究グループは、日本人の集団構造が疾患関連遺伝子探索のケース・コン トロール解析にどの程度影響するかを調べるために、2つのクラスターや地域を分 集団として、個人をランダムにサンプル抽出し、シミュレーションを行いました。

その一つとして、本土クラスターのケース集団(200人)とコントロール集団(200 人)を基に、ケース集団における琉球クラスターからの人の割合を増やしていき、 ゲノム全体のSNPの遺伝子型頻度の違いの統計量がどのように増大するかを調べ ました。その結果、ケース集団における琉球クラスターからの人の割合が23%にな ると、偽陽性の結果を得る率の増大が無視できなくなることを明らかにしました。 この結果は、ケース・コントロール解析では、患者の住む地域や遺伝的背景を考慮 した解析デザインが必要であることを示しています。

3.今後の期待

日本人における遺伝的な集団構造と地域差が、ゲノム全体を網羅するSNPで解明されたことにより、次のような発展が期待されます。まず、今回明らかになった 日本人の集団構造についての知識は、今後のゲノムワイドなケース・コントロール 解析の研究デザインの向上に生かすことができます。今後の解析では、検出力を上 げるために、より多数のサンプル数で解析すると予想でき、今回の研究の知見を生 かせば、ケース集団とコントロール集団のバランスがとれるように前もって調整す ることで、偽陽性をなるべく抑える研究デザインが可能になります。また、進行中 あるいは検証中の研究であっても、今回の研究で示した通り、サンプルの抽出の偏 りが及ぼす偽陽性への影響の程度を考慮することによって、構造化による偽陽性の 問題を解決することが可能になります。さらに、本土と琉球の2つのクラスターの間で頻度の違いが大きいSNPがあることを示しているため、どのSNPやどのゲノ ム領域で偽陽性が起こりやすいか、ということについても役立つ情報を提供します。

このように、集団構造の理解や、分集団間の違いを理解することからケース・コン トロール解析の精度が上がるため、疾患関連遺伝子同定の精度の向上が期待され、 より確かなオーダーメイド医療の実現化につながると考えられます。 また、日本人の集団構造が、今後、アジアの近隣諸国の人のデータと共に解析さ れることによって、集団間の違い、民族の歴史、人の移動の程度を含めた詳細な集 団構造の理解が進むことになります。近縁な集団間における遺伝的な関係や違いの 程度を理解することで、SNPと疾患の関係を解明する研究が、アジアの近隣諸国で も加速していくと注目されます。 今回の研究により、アミノ酸を変化させているSNPの中で、本土クラスターと 琉球クラスター間のもっとも大きな違いが、髪の毛の太さや耳垢のタイプのような、 表現型の違いにかかわるものであったことは、非常に興味深い結果です。今後、近 縁な分集団の間で頻度の違いの大きなSNPを調べることによって、人類の歴史に おいて過去に働いた自然選択が、表現型に違いを生じるようなSNPの頻度の変化 に影響を与えてきた例をさらに探し出すことができる可能性があると期待できま す。


(問い合わせ先) 独立行政法人理化学研究所 ゲノム医科学研究センター統計解析・技術開発グループ グループディレクター 鎌谷直之(かまたになおゆき)
Tel : 03-5449-5708 / Fax : 03-5449-5564

横浜研究推進部 企画課 Tel : 045-503-9117 / Fax : 045-503-9113

(報道担当) 独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当 Tel : 048-467-9272 / Fax : 048-462-4715 Mail : koho@riken.jp


補足説明

※1 SNP(スニップと発音されることが多い) DNAの1塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism)で、過去に起きたDNA の点突然変異による。ヒト集団では染色体をランダムに2本選んで比較すると、 1,200〜1,500塩基に1つの割合で、SNPがあると推定されている。ヒトゲノム上 では、約12,000,000のSNPが報告されている。


※2 主成分分析 複数の変数間の共分散(相関)を少数の合成変数で説明する手法。共分散行列の固 有値問題の解として得ることができる。この研究では、各個体点を座標のばらつき がなるべく大きくなるように直交軸を取り直して眺めている。


※3 ミトコンドリア DNA 細胞内小器官のミトコンドリアが独自に持っている環状のDNA。過去に細胞内で 共生したほかの細胞が由来である、と考えられている。ミトコンドリアDNAは、 受精卵の細胞質により母から子に伝えられる。DNA複製のエラー修復機構を欠き、 分子進化速度が核のDNAよりも速い。ヒトのミトコンドリアDNA は約16,600 塩基対と短いが、塩基多型の割合が核のDNAよりも高い。ヒトの遺伝的多様性と 移動の歴史を推測する研究によく使われている。


※4 Y 染色体 性染色体の1つで、ヒトでは Y染色体があると男性になる。通常の男性の性染色体 の核型はX染色体とY染色体が1本ずつで、 Y染色体は父親から息子に遺伝する。 ヒトの遺伝的多様性と移動の歴史を推測する研究によく使われている。


※5 日本人集団の「二重構造」説 埴原和郎(はにはらかずろう)氏の「二重構造モデル」。日本人の祖先集団は、縄 文人、そして北東アジアから渡来した弥生人に由来しており、この2集団は日本列 島内で徐々に混血したが、アイヌ人と南西諸島の人においては、北東アジアからの 渡来人の影響は少なかった、とする説。


※6 国際ハップマッププロジェクト/ハプロタイプ ハップマップとは、ハプロタイプ地図を略したもの。ハプロタイプは1本のゲノム (染色体)上のDNA塩基多型の組み合わせである。このプロジェクトは、疾患関 連遺伝子同定のためのゲノムワイドなケース・コントロール解析を加速させること を第一の目的に発足した。日本人、中国人、ヨーロッパ系アメリカ人、アフリカ人 からの4集団270人について、ゲノム全体を網羅するSNPの遺伝子型が決定され、 データベースで公開されている。


※7 バイオバンクジャパン 文部科学省「個人の遺伝情報に応じた医療の実現プロジェクト(オーダーメイド医 療実現化プロジェクト)」の基盤となるDNAサンプルおよび血清サンプルを収集し 臨床情報とともに保管している世界でも有数の資源バンクの名称。バイオバンクへ 約30万人のDNAおよび血清試料を集め、それらを利用してSNPと病気との関係、 薬剤の効果などの関係を明らかにする研究を行っている。心筋梗塞、糖尿病、関節 リウマチなど47種類の対象疾患がある。情報は個人情報管理に配慮し幾重にも厳 重に管理されており、東京大学医科学研究所内に設置されている。

※8 常染色体 ヒトでは1〜22番染色体のこと。細胞内の染色体の全セットのうち、性染色体(X 染色体とY染色体)を除いたもの。


※9 HLA(human leukocyte antigen)領域 ヒトの6番染色体短腕(6p21)上に存在し、その領域にある多重遺伝子族(遺伝子 重複によって生じた遺伝子の中で相同性が高いもの)は、自己と非自己の認識、免 疫応答の誘導に関与する白血球抗原をコードしている。MHC(major histocompatibility complex;主要組織適合性複合体)領域とも呼ばれる。


※10 EDAR 遺伝子(ectodysplasin A receptor) シグナル伝達に関与する遺伝子の1種で、2 番染色体上に存在する。370番目のア ミノ酸変異(アラニンまたはバリン)の頻度は、東アジア人と他の人種で大きく異 なっており、髪の毛の太さに関与することがわかっている。東アジア人は他の人種 と比べて髪の毛が太く、アラニン型の頻度が高い。


※11 ABCC11 遺伝子(ATP-binding cassette, subfamily C, member 11) ATP 結合機能を持ち、輸送にかかわるタンパク質のファミリーをコードする多重遺 伝子族のメンバーの1つで、16番染色体上に存在する。薬剤排出の機能を持つ。 180番目のアミノ酸変異(グリシンまたはアルギニン)は、耳垢の乾型、湿型を決 めることがわかっている。そのSNPの頻度は東アジアと他の地域で大きく異なっ ており、東アジア人では乾型のアルギニンのタイプの頻度が高い。

図1 ケース・コントロール解析で偽陽性率が上がる条件

分集団1、分集団2では、多数のSNPの座位(形質に関係のないゲノム領域のSNP の場所)について、SNPの頻度が少しずつ異なっている。この例では、ケース(患 者集団)のサンプルにおける分集団1からの人の割合1(f)が、コントロール(対照集団)における分集団1からの人の割合(g)よりも大きい。このようなサンプルで関 連解析を行うと疾患に関連していないSNPであっても、統計的に有意な関連(偽陽 性)を検出する率が上がってしまう。

図2 たくさんの個所のSNPの遺伝子型を使った個人間の近縁関係の解析

個人からなるべくたくさんのSNPの遺伝子型を数値化(1)して、人数×SNP数の総 データを作る(2)。次に、統計解析のために数値を標準化する(3)。そして、個人対 個人の総当りの、遺伝子型の相関の度合いのデータを得る(4)。主成分分析により、 個人間のばらつきを最大にする軸をきめ、上位の軸(例えば、第1成分と第2成分) でプロットを作成する(5)。第 1成分の軸は、個人間のばらつき最大になるように選 ばれている。第2成分の軸は、個人間のばらつきが次に大きくなるように選ばれてい る。


図3 ほとんどの日本人は、本土クラスターと琉球クラスターに大別される

日本人と中国人漢民族で個人間の近縁関係を解析したところ、主な3つのクラスター に分かれた。1つは中国人のクラスターである(橙)。日本人は、本土クラスター(赤) と琉球クラスター(緑)の2つに大別される。

図4 日本の各地域の遺伝的な分化と地理的な傾向

本土クラスターの中の人の分布は、地域によって偏りがあることがわかった。近畿の 人は、上の図では本土クラスターの左上に偏りがあり、中国人のクラスターに比較的 近い。対照的に、東北の人は、本土クラスターの右下に偏っていて、中国人のクラス ターから見て離れている。
http://www.riken.jp/~/media/riken/pr/press/2008/20080926_1/20080926_1.pdf



京都人と京都の被差別部落民は遺伝子が全然違う

2013年12月17日 形質人類学のデータ

第1章で説明したように、エミシは和人とアイヌの中間の形質をもち、頭型などの点で、東北・裏日本型に属するとみられるが、近畿・山陽・山陰・九州に散在する四七部落を含む、全国的な日本人の形質調査の資料を整理した形質人類学者小浜基次(「形質人類学から見た日本の東と西」『国文学の解釈と鑑賞』二八巻五号)は、


部落民の形質は異質的なものではなく、現代日本人構成の有力な地方型である東北・裏日本形質に一致している。


とし、


頭部については、いずれの地区も共通の中頭型を示し、頭長は大きく、頭幅は小さい。したがって、畿内のような高度の短頭地区内にはさまった部落は、一般集団との間に明らかな差異がみとめられる。しかし、山陰・北九州・四国東北部などの中頭地区内にある部落は、一般集団と近似し、差異は少ない。


と書き、さらに、


大陸朝鮮型形質のもっとも濃厚な畿内地区に、もっとも非朝鮮的な形質をもつ東北・裏日本型の部落が孤島として介在することは、注目に値(あたい)する。おそらくは、婚姻と住居の制限によって内婚率が高く、特異の形質がよく保たれているものと思われる。


と述べている(図2参照)。

重要なことは、小浜基次が「一般集団と近似し、差異は少ない」とする山陰の例をみても、部落民が頭型は、中頭を示す一般の住民の頭型よりも、さらに中頭の度が高く、エミシの血を引いている現代東北北部人の頭型と一致することである。

つまり、形質人類学のデータは、エミシが部落民の先祖であることを明確に裏づけているのである。
http://ryuchan60.seesaa.net/article/435099203.html


http://www.asyura2.com/09/ishihara13/msg/777.html#c14

[不安と不健康15] コンビニ弁当やお握りは辞めた方がいいです。『拡散』 (カズちゃんのブログ)  赤かぶ
215. 中川隆[-6638] koaQ7Jey 2017年8月22日 14:50:46 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

「運動は体に良いと言ったな。あれは嘘だ。」 高須賀 2017/8/22

運動は身体によいと思っている人もいるだろう。実はそれは真っ赤な嘘だ。

スポーツ健康法は幻想だ。データ上でも、激しい運動を行ったスポーツ選手の寿命は、一般的な寿命と比較して6〜10年ほど短いとされている。人生が80年と仮定すれば、スポーツマンはなんと一般人よりも一割も寿命が短いのである。

「それは極端な運動を行っている人の場合であって、ほどほどに運動している人は健康なんじゃないの?」

そう思う人もいるだろう。しかし残念ながら現実はそう簡単ではない。

データの上では、最も平均寿命が長いとされている人達は東洋の僧侶だ。彼らの生活の特徴は、激しい運動はせずに一日中座ってお経を唱えた生活を行い、かつ食生活は質素だという事があげられる。

この東洋の僧侶を現代の「適度な運動」をしているという人達と比較すると、あくまで傾向ではあるが長寿だという。


スポーツは体にわるい―酸素毒とストレスの生物学 (カッパ・サイエンス)
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実はかなり前から判明しているのだが大規模なデータを分析した結果、人間の寿命にもっとも作用するのは運動量と食習慣だという事がわかっている。他にもいろいろな要素はあるのだけど、この2つが最も人の寿命を左右する。

この2つの組み合わせのうち、最も健康で長生きなのは運動量が少なく・食事量も少ないグループだ。

ちなみに最も短命なのは、よく動き・よく食べる人である。一般的には健康だと思われている彼らだが、実は検討上は最も短命な軍に所属しているという事がわかっている。

ハチも過労死する。

この運動量と寿命の関係は、人間のみならず他のほとんどの動物でも影響がみられる事がわかっている。有名なのはミツバチの過労死である。

このミツハチの過労死のエピソードは以下のような事例により明らかとなった。

ハウス栽培農家では、受粉作業の効率化の為にミツバチを用いる事がある。

もともと自然界でミツバチは、蜜を集めるという行為の過程で体中に花粉がまとわりつくようになっており、この事で雌しべから雄しべに花粉を効率よく運ぶという役割を副次的にではあるが遂行している。

まったく自然というのは実にうまくできているものである。この作業をハウス栽培という人口で作られた環境で行わせることで、植物の受粉作業を極めて円滑に行う事ができるというわけだ。

当然だけど、普通の農家はミツバチなんて所有していない。蜂蜜製造業者である、養蜂家から、受粉の作業の時期にだけミツバチをレンタルして、この受粉作業をミツバチに代行させるのである。

この作業が行われていた当初の頃、養蜂家も「まあ減るもんじゃないし、一時的にミツバチを貸しても構わないだろう」と好意的にミツバチのレンタルをしていたそうである。

だが徐々に養蜂家の間で「農家にミツバチを貸し出すと、ミツバチが早死にする」という事が経験則として蓄積されていき、だんだんとミツバチ・レンタルを渋るようになっていったのである。

「どういうわけだがわからないが、ハウス栽培場に送り込まれたミツバチは早死するらしい」

この事が広く知れわたるにつれ、ミツバチの早死現象は極めて関心深い現象として専門家の間で話題となった。原因について様々な憶測がされたのだが、最終的に導き出された結論は1つだった。過労である。

人だけでなく、ミツバチも過労死するのだ。

実はミツバチに限らず、自然界でも動きすぎによる身体破壊の問題はかなり広範にみられる。

例えばチーターは非常に早いスピードで走れる事が知られているが、その高負荷により年老いた個体はかなりの割合で関節に問題を抱えている事が多い事が知られている。運動で膝を悪くするのも、人間だけの特権?ではないのだ。

激しい運動は、人間だけでなく、全ての生物にとって毒なのである。

寿命に大きく影響するのは運動量、食事量、睡眠時間の3つ

では長寿に最も何が関係するのかが気になる人もいるだろう。一応、科学的に大切だといわれているのは、これまで話した運動量以外に2つわかっている。食事量と睡眠時間である。

先にも少し書いたが、食事量は多いよりも少ないほうがよいといわれている。特に大切だと言われているのが炭水化物の摂取量だ。

これは実は先行研究がされている。東大の医学部を卒業し東北大学で教鞭を取られていた近藤 正二 氏は、長寿者の多い村と少ない村との衛生学的比較調査研究の為に、日本全国くまなく、990カ町村以上を歩き続け、現地探訪の記録をまとめ上げられている。

その研究は著書である<日本の長寿村・短命村―緑黄野菜・海藻・大豆の食習慣が決める>に詳しいのだけど、端的にいうと、塩辛いものを食べて炭水化物をどか食いするタイプの人が多い村は、その他のグループと比較して著しく寿命が短かったのである。

昨今糖質制限ダイエットがブームだが、その理論の骨子となるような事例は近藤正ニ氏によりかなり詳細に調べられている。少々古い本だが、ぜひ図書館で借りるなどして読むとよいだろう。素晴らしい名著である。

他にも睡眠時間も結構重要なファクターだ。僕らの医療業界でも、外科系の医師はその他の医療従業者と比較して、寿命が10年程度短くなるといわれている。

これは長時間勤務の問題もあるが、それに加えて夜中の緊急呼び出しなどという、睡眠時間が不規則になる傾向が左右しているという風に一般的には理解されている。

その他にも速報を扱う事の多い就労時間の不安定な新聞記者等のマスコミ関係者も、定時で終了するような就労時間が安定した職についている人と比較すると、かなり寿命が短い傾向にあるらしい。

作家の佐々木俊尚さんによると、新聞社の社会部に所属する記者の平均睡眠時間は2時間で、死亡平均年齢は61.3歳だという。なんと日本人の平均寿命よりも10年以上も短い。

<参考 職業で寿命が決まる!? 新聞記者時代の睡眠事情【ジャーナリスト・佐々木俊尚】>

やっぱり規則正しい睡眠は最高の妙薬であり、寝ないのは駄目なのである。

こうして眺めてみると、健康で長生きな生活をおくるにあたって特別な機材や習慣は必要ない事がわかるだろう。

あなたがどういう風な人生を選びたいかにもよるけども、これら3つのパラメータを自分や子供の人生に適切に運用するように考えるのは、悪くはないだろう。

まとめると食事は炭水化物をあまり多く取りすぎず、激しい運動をあまり行わず、しっかり寝て身体にストレスをあまり与えないような生活をするのが、いまのところの長寿最適解である。

結局のところ多くの場合において病気を引き込むのは自分の選んだ生活習慣なのである。我々の業界ではよく予防は治療に勝るというけども、まさに上に書いた生活習慣こそが至上の人生戦略といえるだろう。しっかり参考にして欲しい。
http://blog.tinect.jp/?p=42446
http://www.asyura2.com/09/health15/msg/764.html#c215

[昼休み52] 老化しないための方法は、たったひとつの生活態度で良かった 中川隆
7. 中川隆[-6637] koaQ7Jey 2017年8月22日 14:53:56 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

「運動は体に良いと言ったな。あれは嘘だ。」 高須賀 2017/8/22


運動は身体によいと思っている人もいるだろう。実はそれは真っ赤な嘘だ。


スポーツ健康法は幻想だ。データ上でも、激しい運動を行ったスポーツ選手の寿命は、一般的な寿命と比較して6〜10年ほど短いとされている。人生が80年と仮定すれば、スポーツマンはなんと一般人よりも一割も寿命が短いのである。

「それは極端な運動を行っている人の場合であって、ほどほどに運動している人は健康なんじゃないの?」

そう思う人もいるだろう。しかし残念ながら現実はそう簡単ではない。

データの上では、最も平均寿命が長いとされている人達は東洋の僧侶だ。彼らの生活の特徴は、激しい運動はせずに一日中座ってお経を唱えた生活を行い、かつ食生活は質素だという事があげられる。

この東洋の僧侶を現代の「適度な運動」をしているという人達と比較すると、あくまで傾向ではあるが長寿だという。

スポーツは体にわるい―酸素毒とストレスの生物学 (カッパ・サイエンス)
光文社 発売日1992/11
https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%84%E3%81%AF%E4%BD%93%E3%81%AB%E3%82%8F%E3%82%8B%E3%81%84%E2%80%95%E9%85%B8%E7%B4%A0%E6%AF%92%E3%81%A8%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%81%AE%E7%94%9F%E7%89%A9%E5%AD%A6-%E3%82%AB%E3%83%83%E3%83%91%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B9-%E5%8A%A0%E8%97%A4-%E9%82%A6%E5%BD%A6/dp/4334060706?SubscriptionId=AKIAJJXNSRE3ZQJGHHRQ&tag=asyuracom-22&linkCode=xm2&camp=2025&creative=165953&creativeASIN=4334060706


実はかなり前から判明しているのだが大規模なデータを分析した結果、人間の寿命にもっとも作用するのは運動量と食習慣だという事がわかっている。他にもいろいろな要素はあるのだけど、この2つが最も人の寿命を左右する。

この2つの組み合わせのうち、最も健康で長生きなのは運動量が少なく・食事量も少ないグループだ。

ちなみに最も短命なのは、よく動き・よく食べる人である。一般的には健康だと思われている彼らだが、実は検討上は最も短命な軍に所属しているという事がわかっている。

ハチも過労死する。

この運動量と寿命の関係は、人間のみならず他のほとんどの動物でも影響がみられる事がわかっている。有名なのはミツバチの過労死である。

このミツハチの過労死のエピソードは以下のような事例により明らかとなった。

ハウス栽培農家では、受粉作業の効率化の為にミツバチを用いる事がある。

もともと自然界でミツバチは、蜜を集めるという行為の過程で体中に花粉がまとわりつくようになっており、この事で雌しべから雄しべに花粉を効率よく運ぶという役割を副次的にではあるが遂行している。

まったく自然というのは実にうまくできているものである。この作業をハウス栽培という人口で作られた環境で行わせることで、植物の受粉作業を極めて円滑に行う事ができるというわけだ。

当然だけど、普通の農家はミツバチなんて所有していない。蜂蜜製造業者である、養蜂家から、受粉の作業の時期にだけミツバチをレンタルして、この受粉作業をミツバチに代行させるのである。

この作業が行われていた当初の頃、養蜂家も「まあ減るもんじゃないし、一時的にミツバチを貸しても構わないだろう」と好意的にミツバチのレンタルをしていたそうである。

だが徐々に養蜂家の間で「農家にミツバチを貸し出すと、ミツバチが早死にする」という事が経験則として蓄積されていき、だんだんとミツバチ・レンタルを渋るようになっていったのである。

「どういうわけだがわからないが、ハウス栽培場に送り込まれたミツバチは早死するらしい」

この事が広く知れわたるにつれ、ミツバチの早死現象は極めて関心深い現象として専門家の間で話題となった。原因について様々な憶測がされたのだが、最終的に導き出された結論は1つだった。過労である。

人だけでなく、ミツバチも過労死するのだ。

実はミツバチに限らず、自然界でも動きすぎによる身体破壊の問題はかなり広範にみられる。

例えばチーターは非常に早いスピードで走れる事が知られているが、その高負荷により年老いた個体はかなりの割合で関節に問題を抱えている事が多い事が知られている。運動で膝を悪くするのも、人間だけの特権?ではないのだ。

激しい運動は、人間だけでなく、全ての生物にとって毒なのである。

寿命に大きく影響するのは運動量、食事量、睡眠時間の3つ

では長寿に最も何が関係するのかが気になる人もいるだろう。一応、科学的に大切だといわれているのは、これまで話した運動量以外に2つわかっている。食事量と睡眠時間である。

先にも少し書いたが、食事量は多いよりも少ないほうがよいといわれている。特に大切だと言われているのが炭水化物の摂取量だ。

これは実は先行研究がされている。東大の医学部を卒業し東北大学で教鞭を取られていた近藤 正二 氏は、長寿者の多い村と少ない村との衛生学的比較調査研究の為に、日本全国くまなく、990カ町村以上を歩き続け、現地探訪の記録をまとめ上げられている。

その研究は著書である<日本の長寿村・短命村―緑黄野菜・海藻・大豆の食習慣が決める>に詳しいのだけど、端的にいうと、塩辛いものを食べて炭水化物をどか食いするタイプの人が多い村は、その他のグループと比較して著しく寿命が短かったのである。

昨今糖質制限ダイエットがブームだが、その理論の骨子となるような事例は近藤正ニ氏によりかなり詳細に調べられている。少々古い本だが、ぜひ図書館で借りるなどして読むとよいだろう。素晴らしい名著である。

他にも睡眠時間も結構重要なファクターだ。僕らの医療業界でも、外科系の医師はその他の医療従業者と比較して、寿命が10年程度短くなるといわれている。

これは長時間勤務の問題もあるが、それに加えて夜中の緊急呼び出しなどという、睡眠時間が不規則になる傾向が左右しているという風に一般的には理解されている。

その他にも速報を扱う事の多い就労時間の不安定な新聞記者等のマスコミ関係者も、定時で終了するような就労時間が安定した職についている人と比較すると、かなり寿命が短い傾向にあるらしい。

作家の佐々木俊尚さんによると、新聞社の社会部に所属する記者の平均睡眠時間は2時間で、死亡平均年齢は61.3歳だという。なんと日本人の平均寿命よりも10年以上も短い。

<参考 職業で寿命が決まる!? 新聞記者時代の睡眠事情【ジャーナリスト・佐々木俊尚】>

やっぱり規則正しい睡眠は最高の妙薬であり、寝ないのは駄目なのである。

こうして眺めてみると、健康で長生きな生活をおくるにあたって特別な機材や習慣は必要ない事がわかるだろう。

あなたがどういう風な人生を選びたいかにもよるけども、これら3つのパラメータを自分や子供の人生に適切に運用するように考えるのは、悪くはないだろう。

まとめると食事は炭水化物をあまり多く取りすぎず、激しい運動をあまり行わず、しっかり寝て身体にストレスをあまり与えないような生活をするのが、いまのところの長寿最適解である。

結局のところ多くの場合において病気を引き込むのは自分の選んだ生活習慣なのである。我々の業界ではよく予防は治療に勝るというけども、まさに上に書いた生活習慣こそが至上の人生戦略といえるだろう。しっかり参考にして欲しい。
http://blog.tinect.jp/?p=42446

http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/860.html#c7

[昼休み52] 老化しないための方法は、たったひとつの生活態度で良かった 中川隆
8. 中川隆[-6636] koaQ7Jey 2017年8月22日 14:55:09 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

がん死亡率ワースト…やってはいけない青森県の不健康習慣 5 : 2015年11月18日

がん死亡率11年連続で1位の青森県。その原因になっている生活習慣はなんなのか?そこで青森県出身の記者ならではの視点で、何げなくやっている習慣をあげてみると、専門家から次々に指摘が!そんな、やってはいけない青森県の不健康習慣を紹介。

 

【朝からスープ一気飲み!ラーメン大好きな県民性】

とにかく青森県民はラーメンが大好き。県庁所在地を調査した総務省の『家計調査』(’13年)では、青森市が中華めんとカップめんの購入数量全国1位に。また、朝からラーメン店は、サラリーマンや主婦で満席。スープはほとんどの人が飲み干す。

 

「ラーメンのスープの塩分が気がかりですね。スープを最後まで飲み干すと、日本人の1日食塩平均摂取量11gの半分近く取ることに。がんや生活習慣病にとっていいはずがありません」(白澤抗加齢医学研究所所長・白澤卓二医師)

 

【病院に行くのが遅い】

「青森県のがんの発症率は全国平均とさほど変わりません。がん検診率も同じく、とりわけ低いワケではありません。それなのに、がん死亡率が高い。その要因のひとつは、転移もなく治療が期待できる『早期発見率』が43.6%の全国平均に比べて10ポイント近く下回っていることです。つまり、医療機関を受診したときには、症状がかなり進行した状態の人が多いのです。今後は、受診する機会を早めていく対策が求められています」(弘前大学医学部附属病院・松坂方士准教授)

 

【やめられない禁断の味。焼き魚に醤油ドバドバ〜】

青森市内の食堂では、焼き魚に醤油をドバドバかけ、真っ黒になった焼き魚でご飯をかっ込む人を多く見かける。

 

「青森県では脳卒中で亡くなられる方が多く、県を挙げての減塩運動をした結果、塩分摂取量は11.7gにまで減り、全国2位から15位に。それでも全国平均よりも高いので、県では塩分摂取量1日8gを目標として、塩分の代わりに県産食材でダシをとる“ダシ活”に力をいれています」(青森県庁のがん・生活習慣病対策課の嶋谷嘉英課長)

 

【日本一ソーセージを愛する人々】

実は、青森は一世帯当たりのソーセージの購入数量も全国トップ。ソーセージといえば、先ごろ、WHO(世界保健機関)がソーセージやハムなどの肉の加工食品を過剰に摂取すると、がんのリスクを18%高めるという調査結果を発表したばかり。

 

「共働きが多く、手軽に作れる加工品が好まれる土地柄です。総菜も揚げ物や肉類が多く脂っこいものが特徴です」(対策課の嶋谷課長)

 

【スナックで、ウイスキーを飲むのがたしなみ】

ソーセージと並んで意外なのが、ウイスキーの購入額も日本一の県だということ。

 

「ウイスキーはアルコール度数も高く、水割りやソーダ割りにすることでがぶ飲みしてしまうお酒。どうせならポリフェノールが豊富な赤ワインに切り替えたほうが見栄えもよくて健康的」(白澤医師)

http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/860.html#c8

[不安と不健康15] コンビニ弁当やお握りは辞めた方がいいです。『拡散』 (カズちゃんのブログ)  赤かぶ
216. 中川隆[-6635] koaQ7Jey 2017年8月22日 15:11:37 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
長生きするのは温泉が一番


男性で国内最高齢の足寄町、野中正造さん(111)は、雌阿寒岳のふもとで約100年続く旅館「野中温泉」を支えてきた。足腰が衰えて車いす生活になった今も、時折温泉につかって体を温め、寒い冬を元気に過ごしている。

 野中さんは1905年7月25日生まれ。父増次郎さん(故人)は富山県から足寄町に入植し、13年に野中温泉を開湯した。長男の野中さんが経営を引き継いだが、温泉旅館だけでは生活できず、畑作や林業もしながら一家を支えた。

 現在は孫の祐子さんが旅館経営を引き継ぎ、ともに暮らす。猫3匹と犬2匹にも囲まれ、穏やかな日々だ。

十勝毎日新聞社ニュース
111歳 足寄の野中さん 男性国内最高齢に 2016年12月15日 14時01分


国内最高齢の男性となった野中さん。日課として新聞に目を通す(野中温泉別館で)

 足寄町茂足寄在住で、道内最高齢の野中正造(まさぞう)さん(111)が、国内最高齢の男性になったことが15日分かった。厚生労働省によると、これまで最高齢だった男性(112)が死去し、野中さんが男性長寿日本一となった。

 野中さんは1905(明治38)年7月25日生まれ。町内の野中温泉の創業者益次郎さんとキヨさんの長男として町上利別で生まれた。長年、畑作と兼業で同温泉を切り盛りしてきた。現在は同温泉で家族と暮らしている。道内では2013年から4年連続で男性最高齢になっている。

 厚労省によると、これまで男性最高齢だった東京都の吉田正光さんが10月29日、112歳で死去。都から同省に今月14日になって連絡があり、111歳の野中さんが最高齢になった。

 1日3回の食事をきちんと取り、新聞も毎日読むという野中さんは「長生きは温泉のおかげ。今後も時折湯につかり、元気に暮らしていきたい」と話した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E4%B8%AD%E6%AD%A3%E9%80%A0

野中温泉
http://www.minkoku.com/yado/top.php?yado_id=7
http://www.jiyujin.co.jp/onsen/onsen.html?hotel_id=264

北海道足寄郡足寄町茂足寄159
電話: 0156-29-7321


山の宿 野中温泉 - ホーム Facebook
https://ja-jp.facebook.com/Nonakaonsen/


http://www.asyura2.com/09/health15/msg/764.html#c216

[昼休み52] 老化しないための方法は、たったひとつの生活態度で良かった 中川隆
9. 中川隆[-6634] koaQ7Jey 2017年8月22日 15:18:40 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

長生きするには温泉が一番


男性で国内最高齢の足寄町、野中正造さん(111)は、雌阿寒岳のふもとで約100年続く旅館「野中温泉」を支えてきた。足腰が衰えて車いす生活になった今も、時折温泉につかって体を温め、寒い冬を元気に過ごしている。

 野中さんは1905年7月25日生まれ。父増次郎さん(故人)は富山県から足寄町に入植し、13年に野中温泉を開湯した。長男の野中さんが経営を引き継いだが、温泉旅館だけでは生活できず、畑作や林業もしながら一家を支えた。

 現在は孫の祐子さんが旅館経営を引き継ぎ、ともに暮らす。猫3匹と犬2匹にも囲まれ、穏やかな日々だ。


十勝毎日新聞社ニュース
111歳 足寄の野中さん 男性国内最高齢に 2016年12月15日 14時01分


国内最高齢の男性となった野中さん。日課として新聞に目を通す(野中温泉別館で)

 足寄町茂足寄在住で、道内最高齢の野中正造(まさぞう)さん(111)が、国内最高齢の男性になったことが15日分かった。厚生労働省によると、これまで最高齢だった男性(112)が死去し、野中さんが男性長寿日本一となった。

 野中さんは1905(明治38)年7月25日生まれ。町内の野中温泉の創業者益次郎さんとキヨさんの長男として町上利別で生まれた。長年、畑作と兼業で同温泉を切り盛りしてきた。現在は同温泉で家族と暮らしている。道内では2013年から4年連続で男性最高齢になっている。

 厚労省によると、これまで男性最高齢だった東京都の吉田正光さんが10月29日、112歳で死去。都から同省に今月14日になって連絡があり、111歳の野中さんが最高齢になった。

 1日3回の食事をきちんと取り、新聞も毎日読むという野中さんは「長生きは温泉のおかげ。今後も時折湯につかり、元気に暮らしていきたい」と話した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E4%B8%AD%E6%AD%A3%E9%80%A0

野中温泉
http://www.minkoku.com/yado/top.php?yado_id=7
http://www.jiyujin.co.jp/onsen/onsen.html?hotel_id=264

北海道足寄郡足寄町茂足寄159
電話: 0156-29-7321


山の宿 野中温泉 - ホーム Facebook
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http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/860.html#c9

[昼休み52] 老化しないための方法は、たったひとつの生活態度で良かった 中川隆
10. 中川隆[-6633] koaQ7Jey 2017年8月22日 15:22:27 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

難病は温泉水を飲んで治そう
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/730.html

癌はニンニクで治そう
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/731.html

風邪は 強酸性温泉水 と ドクダミ茶(ジュウヤク) で治そう
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/732.html


http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/860.html#c10

[昼休み52] 老化しないための方法は、たったひとつの生活態度で良かった 中川隆
11. 中川隆[-6632] koaQ7Jey 2017年8月22日 15:22:53 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

酒を飲むとバカになる
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/723.html

パンやラーメンを食べるとハゲになる
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/724.html

サラダ油を使うと認知症になる
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/725.html

塩事業センターの食塩を使うとミネラル欠乏症になる
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/727.html

加工乳・低脂肪乳を飲むとガンになる
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/726.html

ホウレンソウを食べると癌、酸欠、発達障害、アルツハイマーになる
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/728.html

輸入肉を食べると癌になる
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/733.html

糖質制限を何年も続けると廃人になる
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/734.html

1日に3杯以上コーヒーを飲むと失明する
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/736.html

http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/860.html#c11

[不安と不健康15] コンビニ弁当やお握りは辞めた方がいいです。『拡散』 (カズちゃんのブログ)  赤かぶ
217. 中川隆[-6631] koaQ7Jey 2017年8月22日 15:25:12 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

難病は温泉水を飲んで治そう
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/730.html

癌はニンニクで治そう
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/731.html

風邪は 強酸性温泉水 と ドクダミ茶(ジュウヤク) で治そう
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/732.html

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酒を飲むとバカになる
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/723.html

パンやラーメンを食べるとハゲになる
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/724.html

サラダ油を使うと認知症になる
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/725.html

塩事業センターの食塩を使うとミネラル欠乏症になる
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/727.html

加工乳・低脂肪乳を飲むとガンになる
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/726.html

ホウレンソウを食べると癌、酸欠、発達障害、アルツハイマーになる
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/728.html

輸入肉を食べると癌になる
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/733.html

糖質制限を何年も続けると廃人になる
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/734.html

1日に3杯以上コーヒーを飲むと失明する
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/736.html

http://www.asyura2.com/09/health15/msg/764.html#c217

[政治・選挙・NHK231] 読売と産経の紙面を丸ごと使用、加計学園を擁護する宣伝!偏見報道と掲載!前川氏らを猛批判  赤かぶ
2. 中川隆[-6630] koaQ7Jey 2017年8月22日 15:29:40 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

前川喜平は何故 安部をそんなに憎んでデマまで流したのか

事務次官とは何か、前川前次官で注目エリート集団

この人が騒いでいる本当の理由は、「自分の方が総理大臣より身分が上だ」という事です。
引用:http://blogc.fujitv.co.jp/simg/blogimg/6db29/90119/537660_pcl.jpg


総理より地位が高い事務次官

加計学園をめぐる「忖度」騒動は前川喜平・前文部科学事務次官の告発から騒動が広まった。

なぜ前川氏はこのように安倍首相を憎み、敵愾心を露にして噛み付くのか、事務次官という身分階級を知らないとわかり難い。

各省庁の事務次官は「次官」なので文字を読んだだけでは「2番目の事務員」かなと思うが、実際には省庁の大統領のような地位にある。

         

事務次官は表向きの法律では大臣を補佐する役割だが、実際には大臣を上回る最高権威です。

大臣と事務次官の関係については、2001年に小泉内閣で外務大臣を(9ヶ月だけ)勤めた田中眞紀子議員が良く喋っていた。(喋りすぎた)

その前に田中眞紀子が外務大臣に選ばれた理由を説明すると、2001年4月の自民党総裁選で小泉純一郎を当選させた功労者だった。


超不人気だった森首相が退陣し、次の首相は橋本龍太郎で決まりと言われていて、国民は「またあのバカ総理か」と失望していた。

小泉純一郎は出馬しても負けそうなので立候補するつもりはなかったが、当時人気絶頂だった田中眞紀子が「あんた出なさいよ」とけしかけたと言われている。

人気者の眞紀子に後押しされて小泉旋風が吹き、めでたく総理大臣になり田中眞紀子は論功行賞で外務大臣になった。


欧米メディアは「次の総理は田中眞紀子」「初の女性総理誕生へ」と報道し、小泉自身より人気が高かったほどだった。

その大功労者が些細なことで外務官僚と対立して、クビになったのは田中眞紀子大臣の方だった。

日本政府の方針と異なる発言を、外相として勝手に発言したり、外相会談のドタキャンなど様々な出来事があった。


官僚を激怒させた安倍首相の行為

だが一番の対立点は「外務大臣と事務次官のどちらに人事権があるか」という事で、眞紀子大臣は自分に逆らう事務次官の更迭を小泉首相に要求した。

結果は書いたとおり、クビになったのは大臣のほうだったので、大臣の人事権は事務次官が握っているが、逆はありえない。

法律はどうであれ大臣より事務次官のほうが地位が上なのが日本の制度であり、主要な省の事務次官となると総理大臣より地位が上である。


ロッキード事件で田中角栄元首相が逮捕されたが、事務次官は決して逮捕されず、責任を取らされたりもしない。

思い出して欲しいがあらゆる政治スキャンダルで責任を取るのは大臣と総理だけで、事務次官や官僚はマスコミから責任の追求すらされない。

もし事務次官が責任を取らされるような事が起きれば、明治以来の大事件であり、絶対に有り得ない筈だった。


朝日新聞は平気で天皇や総理大臣の悪口を書くが、それでいて事務次官の悪口を絶対に書かず、官僚は神聖にして汚すべからずを貫いている。

朝日新聞も日本の最高権力者が怖いのであり、許認可権から逮捕権、裁判権まで握っている官僚たちには逆らいません。(最高裁判官も官僚)

その有り得ないはずの事が森友、加計騒動の根源である文部科学省で起きていて、事務次官がクビになっていました。


「キXXX」の言い分

前川喜平前事務次官は退職した文部官僚が民間機関に天下りする仲介役をしていて、2017年1月20日に辞職した。

2017年3月に懲戒免職になる予定だったが、文部省側は猛反発しして自主退職になったうえ、退職金5000万円以上が支払われた。

軽い処分で済んで助かったように見えるが、官僚目線では「どうして上司である事務次官が部下である総理大臣から追放されるのか」という事になる。


ニュースを見ていると異常な事件で犯人が意味不明な事をしゃべる場合があるが、「キXXX」の言い分は彼らにしか分からない。

前川喜平と官僚たちには「総理大臣風情がでかい面しやがって」「今に見ておれ小僧」という恨みだけが残ったようです。

そして文部科学省は自分のスキャンダルである森友、加計を暴露する事で安倍首相を糾弾するという捨て身の戦法に出た。


過去の政治スキャンダルで責任を問われたのは政治家だけで、官僚が罪に問われた事は無いので、こうした戦法は実は良く行われている。

大阪地検や東京地検は森友加計を捜査しているが、検察官僚の身内である文部官僚は決して捜査対象にならない。

うまく行けば前川喜平前事務次官は高給で天下りできるだろうし、それどころか政治家として権力を握る事もできる。


突き詰めると官僚と総理のどちらが上か、どちらが日本の権力者かという対立です。
http://www.thutmosev.com/archives/71597964.html


天下り官僚に翻弄される私大の悲惨

文部科学省の前事務次官の前川喜平がどのようなことをしてクビになったかを記事を読めばわかりますが、天下り官僚を引き受けた私立大学がどんな食い物にされているかがわかります。天下り官僚は悪知恵だけが働く悪賢い人材の集団であり、文部科学省ではそれが組織化されていた。

最近になって少子化で大学進学者が減っていくのに大学だけはどんどん新設されてきたのは、天下り官僚の引受先だからだ。大学教授や理事に天下るわけですが、天下り官僚を引き受ければお土産がついてくる。それが全国の大学にばらまかれるわけですが、それが天下り官僚の懐に入る。

日本全国に大量に作られた新設大学は、Fラン大学となり学生集めにも苦労することになる。都心にある一流有名大学なら学生集めも苦労しないでしょうが、一時は都心のキャンパスを売り払って郊外に移転する大学が相次ぎましたが、大学生の評判が悪くてまた都心に戻ってくる大学が多くなりました。

地方では大学生集めに苦労して、中国やベトナムなどからの留学生の引受先になっている。留学生といってもアルバイトに出稼ぎに来ている留学生であり、どのような勉強をしているのだろうか。私がいた頃もそうなのですが、大学は学問の墓場であり、大学という産業で学生たちを食い物にしている。

昔は利口だから大学に進学しましたが、今では利口でないから大学を出て学歴で就職に有利にしようとしている。腐敗堕落しきった大学に行って何を学ぼうとしているのでしょうか。腐敗した大学教授から学べば腐敗した大学生になるだけであり、そんな大学なら進学しないほうがいい。

大伽藍に名僧無しと言いますが、大キャンパスに名教授無しであり、主だった大学のポストは天下り教授に占拠されて、いいように食い物にされてしまう。週に一コマ程度の講義をするだけで年収は2500万円だ。5年勤めて退職金が3000万円だそうですが、いくつもの大学を渡り歩けば5億円もの収入だ。

つまり大学に進学して、霞ヶ関の官僚になり、天下って私のような人物になれと大学生に教育しているのだろうか。中にはやり手の天下り官僚もいて、大学の移転絡みで建設費用から数億円抜いた天下り官僚もいたようだ。森友騒動でも校舎建設で建設補助金がピンはねされて事件になりましたが、このような話はいくらでもあるのだろう。

年々大学の授業料が高騰してきていますが、学生たちは奨学金ローンを借りて学費を払っている。大学を卒業するまでには最低500万円はかかるからそれだけ借金を抱えて卒業する。そこまでして払った学費は天下り官僚の懐に入っていく。有意義な講義をしてくれれなそれでいいのでしょうが、天下り官僚にそれほどの学識があるわけない。
http://2013tora.jp/kabu391.html

2017.8.18 天下り官僚に翻弄される私大の悲惨


日本の学歴ヒエラルキーの頂点に立つ東京大学。官僚などが大学で教鞭をとる形などでの天下りは有名だが、官僚の天下り問題や、旧帝大から私大への天下り的な再就職に批判を続けている元大学教授に話を聞いた。(フリーライター 光浦晋三)


私大を渡り歩いて5億円を荒稼ぎ!
天下り官僚に食い物にされる私大

 元東大教授よりも破壊力が強いのが官僚だ。官僚時代は数百億円の予算を動かしていただけに金銭感覚がズレすぎているという。私大には文科省、経済産業省、財務省など多くの官僚が天下りし、教授の座に収まっている。

「“渡り鳥稼業”の天下り役人は会議の欠席はザラなうえ、仕事の知識もない。仕事は部下に任せてゴロゴロしているだけ。それでも年俸は最低2500万円。さらに5年勤めて退職金が3000万円。これで3〜5つの大学を渡り歩いて計5億円は稼ぎます」

 もっとも何もしないのならマシな部類で、元官僚と悪徳教授が手を組み、大学を食い物にするケースも多々あるそうだ。濱野氏がいた都内の女子大では40億円が消えたこともあったという。

「彼らが株式や投資信託を駆使してマネーロンダリングをやったようですが、証拠が出なかった。また、翌年に取り壊しが決定していた校舎の大規模修繕に3億をつぎ込み、さらに塗装で1億2000万円と、計4億2000万円を無駄遣いしたことも。すぐに跡地に新しいビルを建てるところまで計画済みで、旧ビルでどんなインチキがあったのかはウヤムヤになってしまった。巧妙に証拠が残らない工作だけは一流のため、追跡調査もできなかった。もちろん大学の事務職などは真相を知っていましたが、黙殺したまま。ヘタに口にしようものなら簡単に左遷されてしまいますからね」

 別の学校ではこんなケースも。

「もっとひどいのは、研究業績が大学院生ほどもないクズ教授を学長に仕立て、自分は定年のない常務理事のポストに就いた天下り官僚がいました。さらに、部課長などの大学の要職を、仲間や部下で固め、付属の建物の増改築で稼ぐなど好き放題だった。さらに、法人側の私立学校法違反事項を目ざとく見つけると、理事長選で教授会をけしかけ、当主を追い出し自分が理事長の座に座り、そのまま学園を乗っ取ったヤツもいた。都内有数の伝統校でしたが、その後は、学問はそっちのけとなり、今では生徒の確保にも困るほど疲弊してしまいました」

 悪質な実例はまだまだあるという。

「今時、わざとド田舎にキャンパスを購入し、引っ越さなくてもいい学部の建物まで建てて都内一等地のキャンパスを売却し、その取り壊しとキャンパス移転で数十億を着服する天下りもいました。ゼネコンのリベートで稼いだんです。その大学は生徒集めに窮し、今は中国やベトナムからの留学生で細々と命脈を保っていますが、近々、倒産の噂も聞こえてきます。もちろん、天下り役人はその前にいなくなるでしょうね」

 悪徳教授や官僚を受け入れる私学の側にも落ち度があるとの指摘もあるが、濱野氏はそれは違うという。

「教授会が天下り官僚は採りたくないと考えていても、彼らは巧妙に法人側の上席ポストを占めてしまう。そうなれば、自動的にかつての役所の部下を雇いこむルートができてしまうんです。大学が悪いのではなく、行列を作って乗っ取りに来る方が悪いんです」

 今年3月、松野博一・文部科学大臣は、省庁退職者が許認可や補助金の支出対象である大学や財団に再就職することを当面自粛すると明らかにしたが、果たして実効力がどれだけあるのか。はなはだ疑問と言わざるを得ない。
http://diamond.jp/articles/-/137283


http://www.asyura2.com/17/senkyo231/msg/167.html#c2

[リバイバル3] アホが書いた日本国憲法 _ 護憲運動はCIA・中国・朝鮮工作員が扇動していた 中川隆
18. 中川隆[-6629] koaQ7Jey 2017年8月22日 16:33:25 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2017年08月22日
弾道ミサイル飛来の「可能性」で有事立法は発動するか

1995年の阪神大震災で自衛隊はほとんど住民の救助をしなかった。
その理由は誰も自衛隊に命令しなかったから、出動する根拠が無いというものだった。
引用:http://www.mod.go.jp/msdf/hanshin/about/saigai/img/shinsai1.jpg

冷戦の実態

ソ連との冷戦時代にはこんな予想があり、北海道にソ連軍が上陸し日本占領に取り掛かったが、自衛隊は道路使用許可を取れずに出動できない。

ソ連は自衛隊基地がある地元警察署をまず空襲し、陸上自衛隊は戦車(重量オーバー)などの通行許可を得る事ができなくなる。

出動できるのは大型トラック以下の重量の車両だけで、しかも道路を占有して対空ミサイルを設置するには別の許可証が要る。


警察署の許可を取っても戦車が発砲すると必然的にどこかの建物や家屋に命中し破損するので、戦車の操縦士は器物破損罪などで逮捕される。

不幸なことに笑い話ではなく現実であり、敵の軍隊が攻撃し日本に上陸しても、陸上自衛隊は出動できないし戦う事もできなかった。

なので政府と自衛隊はなるべく海上と空でソ連軍を撃退するよう特化し、特に航空自衛隊は当時世界最強で非常に高価な、F-15やE-2Cを導入して鉄壁の防御を敷いた。


海上自衛隊も対潜哨戒機P-3Cを110機も導入し、米本土周辺より密度の高い哨戒活動を行っていた。

何しろソ連軍が1000人も北海道に上陸したらお手上げなので、上陸前に打撃を与え絶対に上陸されないというのが防衛方針だった。

これが日本の冷戦の実態で、もし上陸を許したら在日米軍も含めて、役所の書類手続きが間に合わないので陸上自衛隊は戦闘できなかった。


「有事の際は道路使用許可などは不要」という有事法制(有事関連法)が成立したのは小泉時代の2003年で、それまで58年間誰も日本本土を守っていなかった。

それでもソ連が日本を攻撃しなかったのは、日本を攻めたら在日米軍と戦闘になり、アメリカと戦争に突入するからでした。

ケネディ大統領時代に「アメリカの同盟国に対する攻撃はアメリカへの攻撃と同じである」と宣言され、長い間暗黙の了解になっていた。

ただし日米安保条約ではアメリカは日本を守るとは書かれていないので、戦争になったら逃げ出しても条約違反ではない。

実戦では反撃できない法体系

小泉首相が有事立法を成立させたのは2001年の同時多発テロがきっかけて、9.11が無ければ成立は困難だった。

日本がテロの標的になる可能性が強調され、一時的な「危機ブーム」では在ったが上手くこれを利用した。(安倍首相よりこういう事が上手かった)

またこの頃は北朝鮮の不審船事件などで、現実に敵国の特殊部隊が日本に上陸していたのも発覚していた。


さて現在日本では北朝鮮の弾道ミサイル攻撃を受ける可能性が指摘されているが、ソ連軍上陸とは違った問題を含んでいる。

ソ連軍はまず自衛隊基地を空襲し、ついで上陸させるので戦闘の開始が明白であり、従来の有事立法でも良かった。

だが北朝鮮の弾道ミサイルはいつ攻撃してくるか分からず、発射しないと思っていたら東京に水爆が飛んでくるかも知れない。


従来式の「総理が有事を宣言し、防衛大臣が命令し、防衛省から自衛隊に、最終的に各部隊に命令する」という手続きではまったく間に合わない。

第一、発射された弾道ミサイルが日本海に落下するか、新潟や秋田市内に落下するか、着弾してみないと分からない。

やっと整備した有事法制だったが、今の時代には既に時代遅れになっている感がぬぐえない。


これを象徴する事件が2011年の東日本大震災で現実になり、北沢防衛大臣は「まだ命令していない」という理由で一度出動した自衛隊機を基地に戻させ、あとで処分していました。

同じ事は1995年の阪神大震災でも起き、近所の住民を救助するため出動したが、同じ理由で帰還させ命令違反で処分されている。

という事は当然、突然外国の軍隊が奇襲してきても、総理大臣や防衛大臣の命令がないまま反撃したら、反撃中止を命令され自衛隊員は処分されます。


もし総理大臣がミサイル破壊措置命令を出していない時に、北朝鮮や中国が日本の都市を攻撃しても、自衛隊は撃墜できないのです。

あまりに時代錯誤で無責任ではないだろうか。
http://www.thutmosev.com/archives/72259781.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/703.html#c18

[リバイバル3] アホが書いた日本国憲法 _ 護憲運動はCIA・中国・朝鮮工作員が扇動していた 中川隆
19. 中川隆[-6628] koaQ7Jey 2017年8月22日 16:36:20 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2017年08月09日 福島原発事故検証 電源車はなぜ役に立たなかった?

写真では放水車が入っているが、3月11日には周辺が土砂や瓦礫で覆われていた
土砂を除去して電源車を接続したが津波で受電設備が故障していた。
引用:http://cdn-st1.rtr-vesti.ru/p/o_500864.jpg


電源車は空輸できなかった

2011年3月11日の東日本大震災に伴う津波によって福島第一原発事故が発生したが、事故原因は冷却ポンプを動かす電源が止まった事でした。

原発は発電所のくせに、稼動停止すると外部から電気を供給して貰わない限り、最終的に冷却不能になる。

通常は外部の火力発電所から電力を供給していたが、津波でケーブルなどが破損して電力が途絶えました。

          

福島原発には各原子炉に1基ずつ自前のディーゼル発電機が有ったが、津波をかぶって全て使用不能になった。

せめて建物の上に設置すれば水没しなかったが、全て屋外の地上に設置してあった。

そのような場合の為に非常用バッテリーが用意してあるが、数時間しかすべての冷却ポンプを稼動できなかった。


バッテリーはすぐに空になるのが分かっていたので、次に電源車で電力を供給してもらおうという事になった。

地震当日には「電源車が電力を供給するから問題ない」とニュースは繰り返し報道していた。

ところがどうした訳か電源車は遅々として現場に届かず、やっと届いたが電源の規格が違う別の電源車を届けてしまったと報道された。


冷却されないまま原子炉は過熱し、水素を放出し、建屋内に水素が充満して圧力に耐え切れなくなり、水素爆発を起こした。

それが有名な3月12日の爆発で、全世界にテレビで生中継されていました。

翌日になってやっと火力発電所とケーブルでつながり、冷却用ポンプは再稼動したが、電源車は最後まで役に立たなかった。


受電設備は埋まっていた

今回はその電源車がどうして現場に届けられず、また届いた電源車が役に立たなかったのかという話です。

実は東京電力と自衛隊では地震発生直後に連絡を取り、電源車を輸送する準備をしていました。

地震直後に東電は自衛隊幹部に直接電話し救援を求め、自衛隊でも大型ヘリCH47Jで空輸を検討したが、重量が重すぎて不可能と分かった。


在日米軍にも当時約10トンの発電機を空輸可能な大型ヘリはなかったが、皮肉にもこれは後に「反原発派」になる人達が大型ヘリは侵略兵器だと言って、わざわざ小型ヘリにさせた経緯があった。

自衛隊は官邸に無断で東電清水社長を名古屋から東京に空輸したが、これを知った北沢防衛相と枝野幹事長は激怒し、なんと羽田に着陸寸前だったのを名古屋に引き返させた。

これで東電の対応は5時間は遅れてしまい、社長が東京に着いたのは0時を回った翌日だった。


管首相は「東電から連絡が来ない」と激怒し始めたが、実は幹事長や防衛長官や自分自身が東電の活動を妨害していた。

交通網は大混乱し、迅速に輸送できるのは自衛隊だけなのだが、自衛隊と東電が直接電話連絡するのを禁止し、必ず官邸を通すよう命令した。

そして自衛隊が東電の指示で活動するのも禁止し、官邸を通すよう命令したが、これが事態を悪化させていった。


多忙の管首相に連絡を取るだけで時間がかかり、承認を得るために何人もの了承が必要で、一つの許可を得るのに数時間を要した。

電源車69台が福島原発に向かい、11日午後7時には最初の電源車が陸路で第一原発に到着した。

ヘリで空輸できたかどうかは、実は原子炉建屋爆発とは関係がなかったのでした。


東電清水社長が東京に来るのを妨害し、自衛隊の東電支援も禁止したのは、この男だった。
「自衛隊の独自行動はクーデターだ」とまくし立てたと言われている。
74309646
引用:http://art17.photozou.jp/pub/927/191927/photo/74309646.jpg


政府が自衛隊出動を禁止した

政府の発表は二転三転し、最初は「接続ケーブルを忘れてきた」と言い、次に規格が合わない別な電源車を持ってきたと言い、東電と自衛隊をバカ呼ばわりした。

だが実際には電源車は正しい物だったしケーブルも有ったのだが、津波の為に「差し込み口」が瓦礫と土砂で埋まっていた。


厚さ数メートル、距離数十メートルに渡って土や瓦礫や残骸などあらゆる物が堆積し、すべて除去しなければケーブルを接続できなかった。

自衛隊は土砂の撤去を始めたが手作業なので遅々として進まず、建屋内に水素が充満して危険な状況になった。

3月12日の午後3時についに、2号機に電源車を接続するのに成功したが、海水に浸かったせいで配電盤そのものが故障し、送電できないのが分かった。


直後の午後3時36分に1号機建屋が水素爆発を起こして電源車が破損したため接続を断念、火力発電所から送電するしかないと分かった。

電源車自体が結局無駄であり、最終的には何の役にも立たなかったのだが、現場が全力を尽くした結果それが分かった。

水素爆発の原因は北沢防衛相と枝野幹事長が、東電清水社長を乗せた自衛隊機を羽田に着陸寸前でUターンさせたため、ベントの判断が遅れたからでした。


北沢、枝野、管の言い分では政府の指示を受けずに自衛隊機が民間人を乗せるのは自衛隊法違反であり、なおかつシビリアンコントロールに反している。

自衛隊は地震を利用してクーデターを起こそうとしており、今後一切東電と電話すらしてはならないというものだった。

法律上はそうだが非常事態であり、こんな時に憲法理念やシビリアンコントロールを盾に自衛隊の出動を禁止したのだった。


責任を逃れた3悪人

地震後数分で出動した自衛隊は、この事件の後は官邸から命令を受けた後でしか動かなくなり、後手後手を踏むようになる。

東電清水社長は地震翌日0時を回った後で東京に到着し、それから会議をして政府に水素放出(ベント)したいと報告した。

ところがこの時既に官邸は、12日朝に管首相がヘリで福島第一原発視察を決定していて、首相が視察するのに水素放出なんかとんでもないと却下した。


管首相は3月12日朝7時過ぎにヘリで第一原発を視察し、その後東電はベントしようとしたが、既に圧力が上がりすぎてバルブが動かず、圧力を下げられなかった。

もはや全てが手遅れで、午後3時36分に1号機建屋が水素爆発し、続いて3基の建屋も連続して爆発した。

最初の爆発に驚いてベント作業が中断し、4基の原子炉建屋すべてが爆発するまで作業ができなかった。


吉田所長は海水注入の許可を求めたが東電本社は禁止し、禁止した理由は菅首相が「海水を入れたら爆発する」と主張したからとされている。

菅直人首相は「ボクは原発の事は良く分かっている」と言い、水素放出と海水注入の許可を出しませんでした。

しかも菅首相は「自分が海水注入や水素放出を指示した事にしろ」と言って東電が妨害した事にし、「東電が東電が」と騒いでいました。


この後管首相は「東電が・・・」と嘘の発言を繰り返して、自分の責任を逃れ、福島第一原発の吉田所長に罪をなすりつけた。

東電社長を追い返して事故原因を作った枝野幹事長は、爆発で放射能を放出しているのに「ただちに放射能漏れは無い」と有名な発言を残した。

犯人の1人である北沢防衛相も責任を認めず、2016年に旭日大綬章を受章している。
http://www.thutmosev.com/archives/72108913.html

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/703.html#c19

[番外地7] 支配層は被支配者を教育で洗脳し、メディアを使って支配層が望む方向へ誘導していく 中川隆
3. 中川隆[-6627] koaQ7Jey 2017年8月22日 16:40:06 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

東大出身の人間が経営に関わり出すと組織が崩壊する
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/761.html

東芝を破綻寸前に追い込んだ「日本の病」 _ 米国に足元を見られる理由とは?
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/774.html

http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/279.html#c3

[昼休み53] 豊洲市場「空洞」騒動の真実 _ なぜ、デマやウソが阿修羅掲示板を席巻してしまうのか? 中川隆
21. 中川隆[-6626] koaQ7Jey 2017年8月22日 16:51:54 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2017年8月22日
【藤井聡】「小池知事・AI発言」の謎を解く 〜「隠蔽」を「隠蔽」し続ける小池炎上劇場〜
https://38news.jp/politics/10971

From 藤井聡@内閣官房参与(京都大学大学院教授)

(1)小池炎上劇場を作り上げる「小池さんなら正しいハズ」という思い込み
7月の東京都議会選挙で吹き荒れた「小池劇場」は「都民ファーストの会」の空前の圧勝をもたらしました。その勢いは未だ衰えず、小池知事の後ろ盾の下「国民ファーストの会」が設立され、その影響は国政にも及びつつあります。

その様相はまさに「炎上」そのもの。

今の日本の政治はこうした「炎上」で動いている──という状況を描写した佐藤健志さんとの対論本 『「炎上」・日本のメカニズム』 (https://www.amazon.co.jp/dp/4166611283)では、炎上というものを、次のようなものとして定義しました。

『炎上とは、特定の「物語」を皆が共有し、その「物語」が正しいハズ──と信ずることにした大衆が、互いに刺激し合いながら、拡大的・爆発的にその「物語」に沿った言動を繰り返していく現象』

つまりそれは、「イェーーイ!!」と盛り上がる「パーティ・ピープル」達の様なもので、人々は特に何かをよく考えて政治的な発言をしているのではなく、単なる「ノリ」や「空気」で、特定勢力を支持したりディスったりする、と言う次第。

そして、今回の「小池炎上劇場」で共有された「物語」とは、

「小池さんなら正しいハズ」

という至ってシンプルなものでした。

(2)「正しいハズの小池さん」が、決定プロセスを「隠蔽」していた!
しかしそれは単なる「ハズ」のものなので、必ずしも「真実」と一致するとは限りません。結果、どうしてもツジツマが合わなくなることも生じます。

その典型が、次の一件でした。

『小池知事 「私が決めたから」市場移転に関する文書残さず』
https://mainichi.jp/articles/20170811/k00/00m/040/057000c

小池知事は、自ら「凍結」した豊洲市場への移転について、本年6月に「豊洲に移転する」と同時に「築地を再開発する」という方針を決定しました。言うまでもなくこの決定は、何千億円という血税が関わる「非常に重みのある重大行政決定」。

一方でこれまで小池知事は、石原都政等でのいわゆる密室行政を激しく批判してきました。つまり「正しいハズの小池知事」は、「不透明な行政の闇」を暴き立てる「正義のヒロイン・ジャンヌダルク」のように振る舞い、世論の期待に大いに応えてきたのです。

(それはまさに「♪過去の記憶を糊塗したところで、見極められないジャンヌダルク♪」(作詞:適菜収『豊洲の女』より)。だったわけですね)
http://amzn.asia/3Xz2IwB

だから、「正しいハズの小池知事」は、今回の重大な行政決定においても、透明性を確保していた「ハズ」なのですが──その決定は全て密室で下され、そのプロセスについて何の文書もないということが(情報公開請求を通して)バレてしまったのです。

これを受けて、毎日新聞では『数千億円規模の巨大プロジェクトの最終判断が「密室」で下され、その資料も存在していないという。知事が改革の「一丁目一番地」とする情報公開も軽視された形だ。』と批判。

何といってもそもそも、小池知事は「豊洲市場の地下に盛り土をしないと決定するまでの議論が文書化されていなかったことは問題」としていたわけで、その認識に基づいて『6月7日閉会の都議会定例会に、重要なことは決めた経過も文書で明らかにすることなどを定めた「公文書管理条例案」を提案。条例案は可決され、方針公表直後の7月1日に施行されている』わけですから、小池知事はどれだけ批判されても致し方ありません。

これまで、他人の「隠蔽」に対して目くじらを立てていた小池知事が、「豊洲移転・築地再開発」という重要な行政決定のプロセスを「隠蔽」したのですから、これぞまさに巨大ブーメラン。世論から総バッシングされても不思議ではない状況に至ったわけです。

(3)「正しいハズの小池さん」が「私=AI」などと、滅茶苦茶な事を言いはじめた
実際、小池知事は記者会見でこの件について追求されます。記者会見で記者が、今回の「情報の隠蔽」の問題について詰め寄ります。

しかし──これに対して小池知事は何とも奇妙な返答をします。この質問に対して彼女は、
何と「それはAIだからです」と、何とも摩訶不思議な回答をしたのです。

その時の彼女の発言を全文掲載しましょう(http://blogos.com/article/240074/)。

『ご質問でございますけれども、情報というか、文書が不存在であると、それはAIだからです。私があちこち、それぞれ外部の顧問から、それからこれまでの市場のあり方戦略本部、専門家会議、いろいろと考え方を聞いてまいりました。いくら金目がかかるかということについては、関係局長が集まった会議で、既にA案、B案、C案、D案と各種の数字が出てきております。よって、試算については既に公表されているものがあります。

最後の決めはどうかというと、人工知能です。人工知能というのは、つまり政策決定者である私が決めたということでございます。回想録に残すことはできるかと思っておりますが、その最後の決定ということについては、文章としては残しておりません。「政策判断」という、一言で言えばそういうことでございます。』

このやりとりを見て、「なるほど、そういうことか!」と納得できる方はほとんどいないでしょう──ですがあえて解釈するとするなら、次のようになります。

そもそもAIは人工的に作り出した知性ですから、そのオリジナルは単なる知性。その点を踏まえると、要するに、『私は優秀な頭脳を持っており(通常AIが模写しようとする知性は優秀なものに決まっています)、その優秀な頭脳が、様々な情報を適切に処理して、合理的な判断を下したのです」と答えたわけです。

これを、「情報公開という知事の方針に逆行するという指摘があるかどうか?」という質問に対して発言したのですから、これはもう「私の判断は適切なのだから、手続き上の透明性がなくてもかまわない」と宣言したと解釈せざるを得ません。

まさに、滅茶苦茶の極み。

重要な行政決定は皆、文書化し、保存し、公開すべしという「公文書管理条例案」を提案していた彼女自身が、優秀な私だけはそんな条例に従う必要がない、と、自分が作った条例をゴミ箱に捨てる様な宣言をしてしまったからです。

「正しいハズの小池知事」が、こんな滅茶苦茶な発言をする「ハズ」がない──のですが、しちゃったのだから仕方ありません。ここまで滅茶苦茶な対応をしたのだから、やっぱり世論からバッシングが始まったとしても致し方ない状況へと、ますます小池知事は追い込まれていったわけですが──。

(4)「隠蔽」の「隠蔽」が横行。小池炎上劇場はまだまだ進行中。
しかし、小池さんはほとんどバッシングされていません。

ネット上で一部批判はされていますが、未だに彼女に対する高評価状況が続いています。

なぜかと言えば──その理由は、「認知的不協和」理論という社会心理学理論で解説することができます。

そもそも、ツジツマが合わない事実が明らかになり、「認知的な不協和」を経験した人は皆、その不協和を低減させるために様々な対応を(必死で!)図る事が知られています。

『「炎上」・日本のメカニズム』(https://www.amazon.co.jp/dp/4166611283)で整理しましたが、「不都合な事実」に対する代表的な「ごまかし方」は以下の三つ。

(1)その事実がそもそも「無かった」ことにする(スルー戦略)。
(2)その事実が「ウソ」であるということにする(それはデマだ!作戦)
(3)そんな事実はたいした問題じゃ無いということにする(そんなのカンケーネー!作戦)

さて、今回の「文書無し事件」はどうやっても事実は事実。ですので「それはデマだ!」作戦を採用するのは無理です。

一方、「そんなのカンケーネー!」作戦はもちろん採用可能です。実際、小池知事の「AI発言」は、「私は優秀な頭脳(AI)なんだから、記録を残すかどうかなんてカンケーネー!」という「オッパッピー」発言だったわけですから、彼女自身が「そんなのカンケーネー!」作戦を採用したわけです。

とはいえ、小池知事はこれまで「情報公開すべし!」と主張し、知事としてその条例まで作ってしまってるのですから、この作戦を小池知事が採用するのは筋ワルとしか言いようがありません。

実際、小池知事を支援した人々も含めて、皆が「困惑」してしまいます。
http://www.sankei.com/politics/news/170815/plt1708150045-n1.html

そうなるともう、残された方法は「スルー作戦」しかありません。

だから、小池知事もその支持者も、また、各種メディアも、小池知事についての「他の発言」をことさら取り上げ続け、かの小池知事の「情報隠蔽」も「AI発言」も無かった事にし続けていくわけです。

今、メディア、ネット上で見られる小池知事を巡る情報配信は(直接彼女の隠蔽体質を批判するもの以外は)全て、最もシンプルなゴマカシ作戦である「スルー作戦」の一環だったのです。

これぞ、全体主義の時に横行する「隠蔽」。

今、小池知事本人やその周辺の「隠蔽体質」が、メディアや世論総ぐるみの全体主義的な圧力によって「隠蔽」されようとしているのです。

こんな事を続けていて、まともな行政が進められるはずはありません。このままではオリンピックの主催をはじめとして東京都政はこれから大いなる混乱に見舞われることは不可避でしょう。

心ある読者の皆様は是非、こうした「隠蔽の構造」が「小池炎上劇場」において明確に存在することを冷静に認識頂きたいと思います。

その上で、都政について(そして、大阪や名古屋を含めたあらゆる大都市自治において)適切なご判断を下して頂きたいと思います。

追伸:あらゆる「劇場型政治」の背後にある「炎上」の構造にご関心の方は是非、こちらをご一読ください。https://www.amazon.co.jp/dp/4166611283

http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/541.html#c21

[政治・選挙・NHK231] <サンデー毎日> 剛腕健在なり 自由党共同代表・小沢一郎が語る/下 「政権奪還論」 「安倍1強」はこうして粉砕!  赤かぶ
3. 中川隆[-6625] koaQ7Jey 2017年8月22日 20:35:57 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
小沢は中国共産党の指示通りに動いているだけだからね:


そもそも小沢と民主党は、マニフェストを前面に打ち出して2009年に政権の座についたのに、そのマニフェストはまったく実行されなかった。「マニフェストは国民との契約」と言っていたにもっかかわらずそうなのである。

国債を発行しないも嘘だった。増税しないも嘘だった。高速道路無料化も嘘だった。最低賃金を上げるも嘘だった。埋蔵金を発掘して財源とするというのも嘘だった。天下りを許さないというのも嘘だった。暫定税率を廃止するというのも嘘だった。内需拡大して景気回復するというのも嘘だった。ガソリン税廃止するというのも嘘だった。

それでいて、朝鮮人学校無償化、人権侵害救済法案、外国人住民基本法、夫婦別姓、外国人地方参政権等には真剣に取り組み、野田佳彦に至っては福島復興をおざなりにしながら2011年10月19日には韓国との通貨スワップを5兆円に拡大していた。

小沢の様な日本をないがしろにして売国する政治家に国民は我慢の限界に達しており、2012年12月の解散総選挙で民主党は政権の座から転落した。


2009年から2012年まで小沢・鳩山と民主党が仕掛けていた異常なまでの円高によって日本の株価は低迷を余儀なくされていたが、これは安倍政権になってから是正されてやっと株価も上昇するようになり、日本は最悪期を脱した。

民主党政権が存在していなかったら異常な円高はなかったわけで、リーマン・ショックによる株価の落ち込みも早期に回復し、日本の景気も早い段階で立ち直っていたはずだ。

しかし、この小沢・鳩山と民主党政権の地獄の3年間で日本の雇用は大幅に失われ、活力も失われ、株価も回復せず、景気も落ち込んだままだった。

小沢・鳩山と民主党のせいで、中国や韓国に技術も国富も毟り取られ、国内の重要機関も乗っ取られ、日本という国の対外的な信頼も地位も失われ、日本は崩壊寸前となってしまっていた。

小沢・鳩山と民主党の「円高放置政策」が日本経済を駄目にした元凶だったのだが、売国政党である民主党がこの失策を日本国民に謝罪したことは一切ない。


日本の本来の国力以上に、円は強くなりすぎていた

ところで、円高については本来であれば1990年代のバブル崩壊時に是正されて然るべきだったが、そうならなかった。日本はバブル崩壊して国の実力が落ちたのだから、本来は円安になるべきだったのである。

にも関わらず、円だけはずっと円高を志向しており、日本の本来の国力以上に円は強くなりすぎていた。

だから、日本の輸出企業は海外で価格競争力を喪失し、中国や韓国に工場を作るしかなくなり、そのせいで雇用ばかりか技術も盗まれて、日本企業が一気に衰退するきっかけとなった。

中国・韓国の台頭は、日本企業の技術が盗み放題だった1990年代から2000年代に起きていた。

当時の日本企業は、国内に設備投資すれば円高で価格競争力に負け、国外に設備投資すれば技術を盗まれて価格競争力に負けるという状況に陥っていたのだ。

そのせいで日本の衰退は止まらなかったが、にも関わらず円高は加速していった。

円高で日本が苦しんでいると知った小沢と民主党政権は、日本破壊を成し遂げようとでも思ったのか、アクセルを踏んで円高に向かわせたのだった。

小沢・鳩山と民主党はマスコミでも円高誘導を行い、お抱えのジャーナリストには「円は50円になる」「円は10円になる」「円高で日本は復活する」と叫ばせて、日本の経営者を絶望させることさえもしていた。

日本の銀行や保険会社や郵政が、馬鹿のひとつ覚えのように日本国債を買い支えたので、それも円の下落を防いで円高を促す原因にもなった。

安倍政権によってやっと金融緩和が行われて円安になっていったが、これがなければ日本企業は完全に息の根を止められていたことになる。日本は間一髪で助かった
http://www.asyura2.com/17/senkyo231/msg/172.html#c3

[昼休み52] 日本人女性2人、リゾート地・セブ島で知り合った韓国人の男2人と飲酒→集団強姦される…フィリピン 中川隆
118. 中川隆[-6625] koaQ7Jey 2017年8月22日 21:05:20 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2017-08-22 反日工作を放置しておくと、やがて日本人の人権も抹殺される


中国・韓国・北朝鮮は、今やなりふり構わず、日本を貶める動きを全方位に、徹底的に、執拗に、展開している。

すでにこの特定アジア三ヶ国は、日本を明確に敵として認定し、日本を叩きのめそうと悪意を持って仕掛けてきている。これは、戦争行為と言っても良い。

中国・韓国・北朝鮮は、すでに日本に敵対しているのである。

これらの反日国家は日本を敵として認識して動いているのだが、逆に日本人には中韓友好や自虐史観を押し付けて敵対させないようにしている。

このような現実は、ここ数年で多くの若者がインターネットで知るようになった。

インターネットでは、すでに反日国家に乗っ取られたメディアによる露骨な偏向報道はさんざん指摘されている。そして、いよいよこの偏向報道に対抗する動きも出てきた。

たとえば、「放送法順守を求める視聴者の会」などは、その先頭に立っていると言える。

(「放送法順守を求める視聴者の会」)
http://housouhou.com/

高齢層が反日メディアに操られて洗脳されていく

「放送法順守を求める視聴者の会」は、いかにマスコミが偏向しているのかを意見広告を新聞に載せて、日本のマスコミの偏向ぶりを世に知らしめようとしている。

これは非常に重要な動きであると言える。偏向が為されていることを、新聞に情報を頼っている高齢層に届けようとしているからだ。

何としてでも、インターネットを使うことのない高齢層に、情報が届かなければならないのだ。

テレビや新聞は、今やインターネットが使えない高齢層の御用達のメディアとなっている。長い時間をかけて中国・韓国・北朝鮮の工作員がこのメディアを押さえてしまった。

だから日本のテレビや新聞は「反日メディア」と化してしまい、反日の記者が跋扈し、反日のコメンテーターが毒々しいコメントを垂れ流し、反日の知識人がうろつくような吐き気を催すような世界と化したのだ。

そして、世界でも類を見ない超高齢化社会の日本で高齢層が洗脳されたままとなっており、偏向報道にやられっぱなしになっている。

一部の賢明な高齢層はもちろん、マスコミが安っぽいアジビラみたいになってしまったのに気付いているが、ほとんどの高齢層は、まだ何も気付いていない。

未だにテレビや新聞が中立だと思っているし、まして中国・韓国・北朝鮮が敵国になったという自覚もない。子供のように素直にテレビや新聞を信じている。

韓国の工作員どもに乗っ取られたテレビ局は、繰り返し繰り返し韓流だとかいう韓国礼賛を高齢者に見せて洗脳させ続けてきた。

洗脳を甘く見てはいけない。いったん洗脳されると、自分が洗脳されたと気付いても抜けられないのである。

(17年経っても消えないマインド・コントロールの恐ろしい手口)
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2012/06/20120621T1717000900.html


そのため、根深い洗脳から脱することができない手遅れの高齢者もいる。


今の日本は、敵を敵と言うことすらもタブーだ

こういった害悪のあるメディアに洗脳された高齢者が、中国・韓国・北朝鮮が敵対化した危険な国家であるという認識がすっぽりと抜ける。

そして、「隣国だから仲良くしないといけない」とか「相手が納得するまで謝り続けなければならない」みたいなことを言う人間に誘導されて、本当にそう思い込んでしまうのである。

中国・韓国・北朝鮮が、日本を敵と認定して激しい反日工作を仕掛けているのに、それを自覚していない高齢者が山ほどいる。これがどれだけ危険なことなのか分かるはずだ。

今の状況では、中国・韓国・北朝鮮の工作員の誘導するがままに高齢層が操られる。

このような状況の中、反日国家に対抗しようとする日本人はまだまだ少ない。彼らが日本にとって危険な存在になっていることに気付いても、どうしていいのか分からずに右往左往しているだけだ。

それに比べて、中国・韓国・北朝鮮の反日は、国そのもので組織的に動いている。日本人がまったく組織化されていないにも関わらず、彼らは徹底的に組織化された効率的なグループで動いているのだ。

客観的に状況を見ると、今の「烏合の衆」のままでは、日本人は中国・韓国・北朝鮮の反日工作に飲まれて負けていくのは確実だ。

日本人は政治的な民族ではない。これは民族的な気質だから仕方がないのだが、その弱点を突かれ、どんどん日本の中枢を食い荒らされるがままになっている。

本来であれば、日本は反日言動をする中国・韓国・北朝鮮とは国交断絶をしなければならない時期にきている。

それなのに、政財界やジャーナリストを見て欲しい。まだ、誰ひとりとして「国交断絶」を訴える人間がいない。

これは異様なことではないだろうか。誰も正論を「言えない」のである。誰も守ってくれないからだ。叩かれるからだ。干されるからだ。孤立してしまうからだ。

今の日本は、敵を敵と言うことすらもタブーにされている。


「日本人に人権はない」ということになるのだ

日本人ひとりひとりが覚醒しなければならないときがきているのに、まったく覚醒できていないと言っても過言ではない。その結果、日本は追い詰められていく。

このまま放置していくと、侵略は静かに進み、日本の領土は奪われ、日本人は全員が反日国家に戦争犯罪者として認定され、「日本人に人権はない」ということになる。

これは日本人の誰もが他人事ではない。日本人すべてが当事者だ。私たちは日本人だというだけで、激しい憎悪にさらされて、どんどん追い詰められていく。

2012年の反日暴動で、中国人が「日本の男を見たら、すぐに殺せ! 日本の女を見たら、すぐに犯せ!」と煽っていたのはよく知られている。

(「日本の男を殺せ、日本の女を犯せ」と、中国で煽られている)
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2012/09/20120918T1545000900.html

実際に、「日本人か?」と確認して、日本人だと分かったら殴ったり蹴ったりするような暴力を振るうようなケースも山ほどある。

大阪では、「生粋の日本人ですか?」と確認して高齢者を殺す狂った男まで出現した。

(「日本人を殺せ!」が、いよいよ実際の行動として表れてきた)
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2013/05/20130523T1644000900.html


2017年8月22日には、東京世田谷区三軒茶屋のコンビニエンスストアで金輝俊(キム・フィジュン)という40歳の男が包丁を日本人女性の首に突き立てて殺そうとする事件があったのだが、この男はツイッターで「日本人を大量虐殺する」と宣言する気の狂った人間のクズだった。(「金輝俊(キム・フィジュン)・ツイッター」で検索)

言うまでもなく、反日という感情は妥協のない憎悪なのである。それは日本人を差別し、日本人を殺すことを正当化する。対馬から仏像を盗んでも、靖国神社に小便を垂れ流しても、仏像を叩き壊しても、すべて正当化される。

これほどまで危険が目に見えているのに、まだ何も知らないフリをするつもりなのだろうか?

敵を敵と客観的に認識すらもできないのだから、このまま推移すると、どれほど日本人の立場が悪くなっていくのか想像するのも恐ろしい。


言うまでもなく、反日という感情は妥協のない憎悪なのである。それは日本人を差別し、日本人を殺すことを正当化する。
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2017/08/20170822T1800270900.html
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/334.html#c118

[リバイバル3] 中川隆 _ 日本文化関係投稿リンク 中川隆
49. 2017年8月22日 21:10:44 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

中国・韓国・北朝鮮の工作員がマスコミを押さえてしまった
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/280.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/466.html#c49
[番外地7] 中国・韓国・北朝鮮の工作員がマスコミを押さえてしまった 中川隆
1. 中川隆[-6624] koaQ7Jey 2017年8月22日 21:13:19 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

阿修羅住民の小沢崇拝は CIA が扇動したものだった
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/701.html

反原発運動は中国・朝鮮工作員が扇動していた
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/702.html

反原発派は知恵遅れ
http://www.asyura2.com/16/genpatu47/msg/781.html

共謀罪批判は中国・朝鮮工作員が扇動していた
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/711.html

護憲運動はCIA・中国・朝鮮工作員が扇動していた
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/703.html

「面従腹背」に官邸疑心=加計問題、霞が関の不満影響か _ 加計問題は CIA が扇動していた
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/114.html
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/280.html#c1

[リバイバル3] 中川隆 _ 売国政治家・御用学者 関係投稿リンク 中川隆
24. 中川隆[-6623] koaQ7Jey 2017年8月22日 21:14:16 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

中国・韓国・北朝鮮の工作員がマスコミを押さえてしまった
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/280.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/461.html#c24
[リバイバル3] ヒグマ注意 中川隆
21. 中川隆[-6622] koaQ7Jey 2017年8月22日 21:29:04 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

〜ヒグマにエサをやらないで〜 
ソーセージの悲しい最期 知床ヒグマえさやり禁止キャンペーン企画映像 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=QZxDmdXYytU


クマに8回襲われ生還の研究者 最も推奨する対処法
加賀谷直人 2017年5月21日15時09分


 日本ツキノワグマ研究所(広島県)の米田(まいた)一彦理事長(69)が

「熊が人を襲うとき」
https://www.amazon.co.jp/%E7%86%8A%E3%81%8C%E4%BA%BA%E3%82%92%E8%A5%B2%E3%81%86%E3%81%A8%E3%81%8D-%E7%B1%B3%E7%94%B0-%E4%B8%80%E5%BD%A6/dp/4864470987


を出版した。明治末期から現在まで起きたツキノワグマによる人的被害を分析、46年間の研究と8回クマに襲われた経験を生かし、独自の知見を加えた。

 米田さんは県自然保護課の職員時代、秋田市の太平山でツキノワグマを追跡調査し、退職後の89年に研究所を設立した。昨年、クマに襲われて4人が死亡した鹿角市十和田大湯の現場に長期間滞在して地形を調べ、加害グマの特定を進めた。

 執筆の資料として集めたのが、クマが生息する各県の地元紙の記事だ。活動期の4〜11月まで調べたところ、狩猟中を除き1993件の襲撃が起き、2255人が被害に遭っていた。

 こうした事故例を月別や発生場所、時間帯ごとに統計をとった。また、農作業、山菜採り、釣りなど被害者がどのような活動中に襲われたのか発生状況も取り上げ、どう対応して助かったのかにも触れた。

 クマに遭遇した時、賛否のある「死んだふり」について、米田さんは有効とする立場をとる。この方法で助かった十数例を取り上げ「うつぶせになって首を両手で守り、背中はザックで守るのが山に慣れていない人には最適」と指摘する。

 米田さんは、ラジオの使用は接近するクマの気配が分からないとして短期間でやめた。クマよけ鈴も音によって効果が違うという。最も推奨するのが、市販されているクマ撃退スプレーだ。自身も山を歩く時2本携帯する。本ではその理由も説明している。「本質的にクマは危険であり、積極的に人を襲う。死亡に至れば食害もあることを知ってほしかった」と言う。


amazon.co.jp 熊撃退スプレー スポーツ&アウトドアストア
https://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&url=search-alias%3Dsporting&field-keywords=%E7%86%8A%E6%92%83%E9%80%80%E3%82%B9%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%BC+

クマ被害、なぜ?どうすれば? 狩猟のプロたちに聞きました 2017年06月25日


全国各地の猟友会員らが集った「ブナ林と狩人の会:マタギサミットinおぐに」=小国町・旧北部小中


 全国各地の猟友会員や野生鳥獣の有識者らが集う「ブナ林と狩人の会:マタギサミットinおぐに」が24日、小国町の北部地区で開幕した。山を知り尽くし、野生動物の生態にも精通した狩猟のプロらが一堂に会する機会。県内でクマの目撃や食害が相次ぐ中、各県の猟友会員に、増え続けるクマ被害の実態や注意点、遭遇時の対処法などについて聞いた。


手入れされない緑が増えた

 ▽小国町猟友会長 遠藤春男さん(68)「木を伐採するなど手入れがされなくなった緑(森林)が民家に近い場所に増えたことや、人里には柿や栗などおいしいものがあると親グマから子グマへと遺伝子レベルで伝えられていることが、目撃増加の要因と考える。

山に入る際、一般的にクマよけの鈴が効果的だと言われるが、高い音だとクマがイライラし、逆に襲われてしまうケースもある。

落ちている枝などで木の幹をたたく方が音が響くし、『人間が来たぞ』と知らせることができる。

クマと出くわしてしまったら、目をそらさずにゆっくりと後ろに下がること。背中を向けて逃げると追いかけてくる。山には複数人で午前中のうちに入ったほうが良い」


里山暮らしに慣れたクマも

 ▽秋田県北秋田市阿仁猟友会長 鈴木英雄さん(70)「人慣れ、車慣れし、里山での暮らしが染み付いたクマが出てきた。クマの生態が、マタギが昔から持つイメージとだいぶ違ってきており、大変な時代になってきたと感じる。

山菜やタケノコ取りで山に入った際に弁当やお菓子のごみ、ジュースの缶などを捨てると、クマが味を覚えてその場所にまた出てくる。山では食べ残しなどを捨ててはならない」


ラジオつけ続け人の存在伝える

 ▽福島県猟友会福島支部 丹野一好さん(66)

「山菜採りなどで複数人で山に入った場合、意図的でなく人間がクマを囲む形になることもある。(獣を囲みながら追い込んで捕らえる)『巻き狩り』に近い状態になり、クマが恐怖を感じて人間に襲いかかってしまう。

また山菜採りに夢中になりすぎると無言になり、クマに人間の存在が伝わらない。自分の存在を知らせるためにも、ラジオをずっとつけておくのが良い」


狩猟によって人との境界引く

 ▽長野県栄村猟友会 福原和人さん(55)「栄村では、春先から民家周辺に子グマが降りてきている。ここ2年ほどほとんど山に狩りに入れておらず、クマの『人間は怖い』という認識が薄れてきているからだと考える。

狩猟で山に入ることが、人間と野生動物の境界を引くことになる。(基本的に)クマは人間を恐れるもので、山に入る際には鈴やラジオなどで人間の存在を知らせれば、クマは自分から離れていく」


小国でマタギサミット

 同サミットは28回目で、同町での開催は3回目。県内各地のほか北海道や秋田県、兵庫県、長野県などから約150人が参加した。初日は兵庫県の野生鳥獣対策連携センターの上田剛平さんと、北海道の酪農学園大農食環境学群・環境共生学類の伊吾田宏正准教授が、シカとイノシシの効率的な捕獲技術や、群れの全滅などを目的とした狙撃体系「シャープ・シューティング」についてそれぞれ講演した。25日はパネル討議を行うほか、五味沢地区猟場を見学する。


http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/573.html#c21

[番外地7] 「面従腹背」に官邸疑心=加計問題、霞が関の不満影響か 中川隆
22. 中川隆[-6621] koaQ7Jey 2017年8月22日 22:33:16 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

「天下り」がダメなら…国家公務員の「現役出向」増加中
8/22(火) 20:41配信 朝日新聞デジタル

「現役出向」する国家公務員が増え、「天下り」の減少分を補っている


 政府系法人の常勤役員ポストに現役の官僚が出向する「現役出向」が増えている。退職した公務員による政府系法人への再就職(天下り)は、規制が本格化した2010年度からの6年間で53%減ったが、現役出向は逆に44%増えた。常勤役員の4人に1人が国家公務員経験者という構図は変わらず、現役出向が天下り規制の「抜け道」になっている。

 国家公務員が監督先の法人を再就職先にする天下りは省庁と法人の癒着を生み、税金の無駄遣いにつながるとして08年に規制された。現職の公務員が法人への再就職のあっせんや求職活動をすることは禁止されたが、現役出向はこうした規制の対象外とされた。

 内閣人事局などの公表資料を分析すると、天下りで政府系法人の常勤役員に就任した国家公務員OBは、規制後の10年度(270法人)が196人だったのに対し、16年度(259法人)は93人へと半減した。これに対し、現役出向で常勤役員に就いた国家公務員は10年度の193人から16年度は277人へと増えた。役員ポストに占める国家公務員経験者の比率は、10年度27%、16年度26%とほぼ横ばいだ。

 主な独立行政法人や特殊法人計90法人について朝日新聞が聞き取りなどで調べたところ、役員に就いた出向者約170人はほとんどが所管する省庁の幹部で、大半は50代だった。給与は多くが非公開だが、給与基準などによると年収1300万〜1500万円程度が中心とみられる。通勤手当などと合わせ、全て出向先の団体が支払う。天下りの時とほぼ同じ待遇だった。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170822-00000067-asahi-pol


天下り先「月2回勤務、年収1千万円」 国会どよめく
2017年2月7日21時25分ブックマーク

文部科学省の天下りの構図に関わる元事務次官ら


 文部科学省による「天下り」のあっせんについて、7日に開かれた衆院予算委の集中審議。前事務次官や仲介役OBへの追及から浮かんだのは、OBに厚遇ポストを与え、再就職の支援活動を組織ぐるみで下支えする違法な構図だ。

天下り仲介役、淡々と謝罪 違法性追及に言葉詰まる
文科省の天下り問題をまとめ読み

 「天下り」あっせんの仲介役だったのは、本省の人事課に通算15年以上の勤務経験がある嶋貫(しまぬき)和男氏(67)。職員の異動を担う任用班の事実上の責任者を務め、人事課企画官などを経て2009年に退職した。

 問題の一つとなったのは、顧問だった明治安田生命保険での嶋貫氏の待遇だ。嶋貫氏の処遇について、省内で「保険会社顧問に就任し、再就職支援業務をボランティアベースで行う」とする案がつくられた翌年の14年に就任した。

 民進党の小川淳也議員は、顧問報酬について「月2日勤務で1千万円か」と質問。嶋貫氏が「社に出向く回数は基本的にそう」「金額はその通り」などと答えると、委員や傍聴人からは「おお」「1カ月2回か」とどよめきが起きた。

 小川議員は、省内でつくられた…
http://www.asahi.com/articles/ASK275G1MK27UTIL03R.html?ref=yahoo
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/114.html#c22

[政治・選挙・NHK231] 民主の崩壊:日本政治の右翼化が浮き彫りにするもの:左翼不在の超高齢化社会、その行く末は‥ 手紙
1. 中川隆[-6620] koaQ7Jey 2017年8月22日 23:00:27 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
中国人は情弱で何も知らないだけさ:


日本共産党はマッカーサーが創設した
http://www.thutmosev.com/archives/71957109.html#more

マッカーサーのこうした写真は全部ヤラセで、俳優のように何度もポーズを取っては撮り直した
引用:http://learnlearn.net/Historie,religion,kunst/res/Default/ESS_PasteBitmap02329.png


マッカーサーの歪んだ人格

連合軍総司令官として日本に乗り込んできたダグラス・マッカーサーには多くの知られていない逸話があり、その一つは事実上「日本共産党」の創設者だという事です。

日本共産党と名乗る団体は戦前から存在し、日本をソ連の植民地にするため活動していたが、非合法テロ組織という位置づけでした。

日本の統治者として君臨したマッカーサーには人格上の欠陥があり、『ニセ写真』作りを趣味にしていた。

         

硫黄島に米国旗を立てる写真とか、マッカーサーがフィリピンの海岸に上陸した写真などは全部”やらせ写真”でした。

マッカーサーは映画監督のように戦場で写真や動画撮影を指示し、気に入った構図で自分がヒーローに見えるように報道させていました。

厚木飛行場の輸送機からコーンパイプを咥えて降りてくる写真も、専属カメラマンに映画撮影のように撮影させました。


この時日本軍は武装解除されていたが、襲われるのではないかという恐怖心から、マッカーサーは小便を漏らしていました。

日本に到着してからも彼は、あらゆる写真で自分が格好良く見えるように撮影するため、専属の撮影スタッフを周囲に置いていました。

昭和天皇とマッカーサーが面会した有名な写真があり、マッカーサーは作業服のような軍服のズボンに手を突っ込んでいます。


正装ではなく平服で、胸のボタンを全部止めず、身体を斜めにして立っていたのも計算しつくした『構図』でした。

昭和天皇が自分よりかなり背が低いのが目立つように、昭和天皇を直立不動にさせ、自分がくつろいでいるように撮らせました。

当時新聞を統制していたのはGHQなので、新聞に掲載する写真も記事も、GHQが決めていました。


「マッカーサーが日本の支配者であって、天皇はこれほどみすぼらしい」と日本人に見せ付けて天皇を貶める目的でした。


GHQは何の根拠で日本を占領していたのか

マッカーサーについて70年間一度も議論されず、タブーになっている事は、実は正式な資格が無いのに日本を統治していたという事実です。

マッカーサーは連合軍司令長官だったが、一体何ゆえに日本の支配者となったのか、この根拠が曖昧なままなのです。

日本が1945年8月15日に停戦したとき「ポツダム宣言を受諾し、占領地を放棄する」と言いましたが、アメリカが日本本土を占領して良いとは誰も言っていません。


アメリカ大統領や国連事務総長、あるいは国連安保理が任命したからと言って「だから何?」という事です。

降伏したら占領されるのが当たり前という主張もあるが、それなら日本はロシアを占領できるし、朝鮮や中国の占領は正しかった事になります。

1945年9月2日に東京湾の米戦艦ミズーリ上で、連合国各国と日本代表団が日本の降伏文書に署名調印しました。


文書には連合国軍最高司令官の指示に基づき、日本政府は日本軍と日本国民を従わせると書かれているが日本占領には触れていない。

8月15日の玉音放送でも、9月2日の降伏文書でも連合軍が日本を占領できるとは書かれていない。

日本軍の武装解除については書かれているが、連合軍の日本占領には、天皇や他の誰も合意していない。


マッカーサーが小便を漏らしながら厚木飛行場に降りたのは8月30日、連合軍先遣隊が厚木に到着し武装解除したのは8月28日だった。

9月2日に降伏文書に調印し、9月15日にGHQ本部が日比谷に設置され、GHQによる日本統治が始まった。

だがマッカーサーは武装解除までは良いとして、一体どのような条約や合意に基づいて「日本占領」をしたのだろうか。


この写真も自分は立派に見え、天皇は「みすぼらしい小男」に見えるよう計算されている
mig


日本国憲法はアルバイトに書かせ脅迫して成立させた

法的根拠がないのに一介の軍人が日本を占領して独裁者になった事が、その後の日本の70年に大きな悪影響を与えた。

例えばマッカーサーは日本政府に憲法改正を命令し、政府が帝国憲法の改正案を示すと、これを拒絶して独自の憲法を創作させました。

マッカーサーはGHQのアルバイト職員に命じて適当な憲法草案を書かせて、日本政府に無断で新聞に発表しました。


東久邇宮(ひがしくにのみや)内閣は新憲法が非民主的だとして辞職し、マッカーサーは「もう一度東京を空襲してやろうか」と言って議会を脅迫しました。

日本人は新聞に書いてあるからには日本政府が作ったのだろうと思い込んだが、実際にはマッカーサーがアルバイトに書かせた落書きでした。

東京大学などの法学者もこのやり方に怒り、新憲法反対の立場を取ったが、GHQは反対するものを「戦争犯罪人」として逮捕していきました。


新憲法に反対するものは戦犯になり処刑されるか刑務所に入れられると分かり、反対する人間は居なくなりました。

こうしてできたのが現在の「日本国憲法」であり、日本人は一切関わっていないし、民主主義とは正反対の経緯で成立しました。

マッカーサーが日本を統治するために優遇したのが共産主義者で、特に逮捕歴がある共産主義者を好んで重用しました。


GHQを創設するとすぐに、共産主義者や反政府主義者を釈放させ、労働組合や政党を結成させました。

こうして誕生したのが日本共産党と日本社会党で、事実上GHQが合法化し創設したのです。

マッカーサーの意図は日本の「犯罪者」である天皇や旧時代の権力者に対抗させるため、反政府主義者に力を持たせる事でした。


マッカーサーの共産党優遇

マッカーサー自身は共産主義者ではなかったが、それ以上に日本の「右翼」を嫌っていたので、共産主義者を重用しました。

GHQは主要な新聞社に共産主義者を雇用するよう圧力を掛け、応じなければ事実上活動できなくしました。

こうして日本の新聞社やNHKの上層部は共産主義者や戦前の逮捕者、反政府主義者になり、今日まで続いています。


マスコミだけではなく銀行や企業にもこうした圧力が掛けられ、自動車で有名な「日産」などは特に酷かったとされている。

日産は戦前には三菱や三井以上の最大の財閥だったが、戦争に協力したとしてほとんど解体されました。

自動車生産も認められなかったが、朝鮮戦争勃発で軍事生産が必要になり、共産主義者を経営に参加させる条件でようやく認められました。


こうしたGHQの共産党優遇は1948年まで続いたが、1949年になると米ソ冷戦が始まり、米本国は日本を再軍備させる方針に突然変わりました。

その変化は急激なもので、それまで日本人をわざと飢えさせては笑いものにして楽しんだり、なるべく日本経済が破綻するように仕向けていました。

ところが1949年のある日から、本国は「日本軍を再結成させろ」「日本の産業を立て直せ」と命令してきました。


マッカーサーは最初本国からの指示を無視していたが結局従わざるを得なくなり、1950年には朝鮮戦争が勃発しました。

マッカーサーの間違いは誰の目にも明らかになり、その後アメリカは何度も日本軍を再建しようとしては、日本政府と対立する事になります。

この後日本ではマッカーサーの後遺症で反日カルト政党が大ブームになり、今も日本を破壊するために”日々努力”しているようです。


マッカーサーの占領下では日本を貶めたり日本を破壊する事が正しいとされ、日本の為に貢献する人は戦犯や右翼と決め付けられました。

マスコミは全てGHQの統制下にあったので「日本国民はマッカーサー様を心から慕っています」などの気持ち悪い記事が量産された。

北朝鮮の新聞が金正恩を褒めるのと同じで、これほど気持ち悪い事はない。


そして当時GHQの為に報道していた新聞やテレビは、当時の本当の事を決して話そうとしない。


http://www.asyura2.com/17/senkyo231/msg/179.html#c1

[政治・選挙・NHK231] 人口構造から、日本社会の保守化・右傾化を見る 手紙
1. 中川隆[-6631] koaQ7Jey 2017年8月22日 23:25:31 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
中国人は本質が理解できないから見当外れの事ばかり言ってるんだな。

日本人が反共になったのは農地改革からなのさ:


農地改革は当事者によればナチス・ドイツの世襲農場法も範とした反共政策として意図されており、政府や GHQ もその勢力拡大を警戒していた日本共産党の力を大幅に削ぐことになった。

従来、賃金労働者と並んで共産党の主要な支持層であった水田および畑作地の小作人の大部分が自作農、つまり土地資本を私有財産として持つようになり、その多くが保守系政党に取り込まれたためである

日本の農地改革

一般的には1947年(昭和22年)、GHQの指揮の下、日本政府によって行われた農地の所有制度の改革を指す。

もともと日本の官僚の間には農村の疲弊を除くために地主制度を解体する案はもとよりあったが、財界人や皇族・華族といった地主層の抵抗が強く実施できなかったものをGHQの威を借りて実現したといえる。

1945年(昭和20年)12月9日、GHQの最高司令官マッカーサーは日本政府にSCAPIN-411「農地改革に関する覚書」を送り、「数世紀にわたる封建的圧制の下、日本農民を奴隷化してきた経済的桎梏を打破する」ことを指示した。これ以前に日本政府により国会に提案されていた第一次農地改革法はこの後GHQに拒否され、日本政府はGHQの指示により、より徹底的な第二次農地改革法を作成、同法は1946年(昭和21年)10月に成立した。

この法律の下、以下の農地は政府が強制的に安値で買い上げ、実際に耕作していた小作人に売り渡された。

不在地主の小作地の全て

在村地主の小作地のうち、北海道では4町歩、都府県では1町歩を超える全小作地
所有地の合計が北海道で12町歩、都府県で3町歩を超える場合の小作地等

また、小作料の物納が禁止(金納化)され、農地の移動には農地委員会の承認が必要とされた。

農地の買収・譲渡は1947年(昭和22年)から1950年(昭和25年)までに行われ、最終的に193万町歩の農地が、延237万人の地主から買収され、延475万人の小作人に売り渡された。

しかも、当時の急激なインフレーションと相まって、農民(元小作人)が支払う土地代金と元地主に支払われる買上金はその価値が大幅に下落し、実質的にタダ同然で譲渡されたに等しかった。

譲渡された小作地は、1945年(昭和20年)11月現在の小作地(236万町歩)の8割に達し、農地に占める小作地の割合は、46%から10%に激減し、耕地の半分以上が小作地である農家の割合も約半数から1割程度まで減少した。

この結果、戦前日本の農村を特徴づけていた地主制度は完全に崩壊し、戦後日本の農村は自作農がほとんどとなった。

このため、農地改革はGHQによる戦後改革のうち最も成功した改革といわれることがある。

一方で、水田、畑作地の解放は実施されたが、林野解放が行われなかったことから、不徹底であったとされる。

この農地改革を巡っては、施行されたばかりの日本国憲法の第29条3項(財産権の保障)に反するとして、一部の地主が正当な価格での買取を求め訴訟を起こしたが、第29条3項で言う正当な補償とは、市場価格とは異なるという解釈がされ請求は棄却された。

また、この農地改革は当事者によればナチス・ドイツの世襲農場法も範とした反共政策として意図されており、政府や GHQ もその勢力拡大を警戒していた日本共産党の力を大幅に削ぐことになった。

従来、賃金労働者と並んで共産党の主要な支持層であった水田および畑作地の小作人の大部分が自作農、つまり土地資本を私有財産として持つようになり、その多くが保守系政党に取り込まれたためである

(当時の共産主義諸政党の政策方針では集団化(農地は自給用の田畑のみがコルホーズの協同組合経営として認められ、残りはソフホーズとして国有化され、農業従事者は国から土地を借りて耕作するという形)を目指していたため)。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BE%B2%E5%9C%B0%E6%94%B9%E9%9D%A9

http://www.asyura2.com/17/senkyo231/msg/182.html#c1

[リバイバル3] 難病は温泉水を飲んで治そう: 中川隆
16. 中川隆[-6630] koaQ7Jey 2017年8月23日 07:06:45 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

長生きするには温泉が一番


男性で国内最高齢の足寄町、野中正造さん(111)は、雌阿寒岳のふもとで約100年続く旅館「野中温泉」を支えてきた。足腰が衰えて車いす生活になった今も、時折温泉につかって体を温め、寒い冬を元気に過ごしている。

 野中さんは1905年7月25日生まれ。父増次郎さん(故人)は富山県から足寄町に入植し、13年に野中温泉を開湯した。長男の野中さんが経営を引き継いだが、温泉旅館だけでは生活できず、畑作や林業もしながら一家を支えた。

 現在は孫の祐子さんが旅館経営を引き継ぎ、ともに暮らす。猫3匹と犬2匹にも囲まれ、穏やかな日々だ。


十勝毎日新聞社ニュース
111歳 足寄の野中さん 男性国内最高齢に 2016年12月15日 14時01分


国内最高齢の男性となった野中さん。日課として新聞に目を通す(野中温泉別館で)

 足寄町茂足寄在住で、道内最高齢の野中正造(まさぞう)さん(111)が、国内最高齢の男性になったことが15日分かった。厚生労働省によると、これまで最高齢だった男性(112)が死去し、野中さんが男性長寿日本一となった。

 野中さんは1905(明治38)年7月25日生まれ。町内の野中温泉の創業者益次郎さんとキヨさんの長男として町上利別で生まれた。長年、畑作と兼業で同温泉を切り盛りしてきた。現在は同温泉で家族と暮らしている。道内では2013年から4年連続で男性最高齢になっている。

 厚労省によると、これまで男性最高齢だった東京都の吉田正光さんが10月29日、112歳で死去。都から同省に今月14日になって連絡があり、111歳の野中さんが最高齢になった。

 1日3回の食事をきちんと取り、新聞も毎日読むという野中さんは「長生きは温泉のおかげ。今後も時折湯につかり、元気に暮らしていきたい」と話した。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E4%B8%AD%E6%AD%A3%E9%80%A0

野中温泉
http://www.minkoku.com/yado/top.php?yado_id=7
http://www.jiyujin.co.jp/onsen/onsen.html?hotel_id=264

北海道足寄郡足寄町茂足寄159
電話: 0156-29-7321


山の宿 野中温泉 - ホーム Facebook
https://ja-jp.facebook.com/Nonakaonsen/

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/730.html#c16

[リバイバル3] 中川隆 _ 医療・健康関係投稿リンク 中川隆
129. 2017年8月23日 07:09:21 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

スポーツをやっていると早死にする
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/746.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/454.html#c129
[不安と不健康15] コンビニ弁当やお握りは辞めた方がいいです。『拡散』 (カズちゃんのブログ)  赤かぶ
218. 中川隆[-6629] koaQ7Jey 2017年8月23日 07:10:04 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

スポーツをやっていると早死にする
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/746.html
http://www.asyura2.com/09/health15/msg/764.html#c218
[政治・選挙・NHK231] 前川喜平・前文科事務次官が証言「加計学園獣医学部新設は、素人が説明・評価して進められた」(日刊SPA!) 赤かぶ
1. 中川隆[-6628] koaQ7Jey 2017年8月23日 07:13:46 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

前川喜平は何故 安部をそんなに憎んでデマまで流すのか


最近はマスコミの力によって、法に触れずとも国民感情に触れると追い落とされますからね。

本当に恐ろしい世の中です。

既に忘却の彼方になっているかも知れませんが、東京の元知事であった舛添要一氏も、「セコイ」だけで法律に触れた訳ではないのですが、マスコミが世論を煽って辞任に追い込みました。

まあ、確かにセコイとは思いましたが、政治家としてはそれ程悪くなかったと思うのですが、本当にマスコミとは恐ろしい存在であります。

これは今の加計学園問題にも言える事で、特区なんだから総理が独断で決めても良い事であり、何も法律に触れている訳ではないのです。

本来マスコミは特区を作る法そのものが間違っていると報道すべきだと思うところです。

事務次官とは何か、前川前次官で注目エリート集団

この人が騒いでいる本当の理由は、「自分の方が総理大臣より身分が上だ」という事です。
引用:http://blogc.fujitv.co.jp/simg/blogimg/6db29/90119/537660_pcl.jpg


総理より地位が高い事務次官

加計学園をめぐる「忖度」騒動は前川喜平・前文部科学事務次官の告発から騒動が広まった。

なぜ前川氏はこのように安倍首相を憎み、敵愾心を露にして噛み付くのか、事務次官という身分階級を知らないとわかり難い。

各省庁の事務次官は「次官」なので文字を読んだだけでは「2番目の事務員」かなと思うが、実際には省庁の大統領のような地位にある。

         

事務次官は表向きの法律では大臣を補佐する役割だが、実際には大臣を上回る最高権威です。

大臣と事務次官の関係については、2001年に小泉内閣で外務大臣を(9ヶ月だけ)勤めた田中眞紀子議員が良く喋っていた。(喋りすぎた)

その前に田中眞紀子が外務大臣に選ばれた理由を説明すると、2001年4月の自民党総裁選で小泉純一郎を当選させた功労者だった。


超不人気だった森首相が退陣し、次の首相は橋本龍太郎で決まりと言われていて、国民は「またあのバカ総理か」と失望していた。

小泉純一郎は出馬しても負けそうなので立候補するつもりはなかったが、当時人気絶頂だった田中眞紀子が「あんた出なさいよ」とけしかけたと言われている。

人気者の眞紀子に後押しされて小泉旋風が吹き、めでたく総理大臣になり田中眞紀子は論功行賞で外務大臣になった。


欧米メディアは「次の総理は田中眞紀子」「初の女性総理誕生へ」と報道し、小泉自身より人気が高かったほどだった。

その大功労者が些細なことで外務官僚と対立して、クビになったのは田中眞紀子大臣の方だった。

日本政府の方針と異なる発言を、外相として勝手に発言したり、外相会談のドタキャンなど様々な出来事があった。


官僚を激怒させた安倍首相の行為

だが一番の対立点は「外務大臣と事務次官のどちらに人事権があるか」という事で、眞紀子大臣は自分に逆らう事務次官の更迭を小泉首相に要求した。

結果は書いたとおり、クビになったのは大臣のほうだったので、大臣の人事権は事務次官が握っているが、逆はありえない。

法律はどうであれ大臣より事務次官のほうが地位が上なのが日本の制度であり、主要な省の事務次官となると総理大臣より地位が上である。


ロッキード事件で田中角栄元首相が逮捕されたが、事務次官は決して逮捕されず、責任を取らされたりもしない。

思い出して欲しいがあらゆる政治スキャンダルで責任を取るのは大臣と総理だけで、事務次官や官僚はマスコミから責任の追求すらされない。

もし事務次官が責任を取らされるような事が起きれば、明治以来の大事件であり、絶対に有り得ない筈だった。


朝日新聞は平気で天皇や総理大臣の悪口を書くが、それでいて事務次官の悪口を絶対に書かず、官僚は神聖にして汚すべからずを貫いている。

朝日新聞も日本の最高権力者が怖いのであり、許認可権から逮捕権、裁判権まで握っている官僚たちには逆らいません。(最高裁判官も官僚)

その有り得ないはずの事が森友、加計騒動の根源である文部科学省で起きていて、事務次官がクビになっていました。


「キXXX」の言い分

前川喜平前事務次官は退職した文部官僚が民間機関に天下りする仲介役をしていて、2017年1月20日に辞職した。

2017年3月に懲戒免職になる予定だったが、文部省側は猛反発しして自主退職になったうえ、退職金5000万円以上が支払われた。

軽い処分で済んで助かったように見えるが、官僚目線では「どうして上司である事務次官が部下である総理大臣から追放されるのか」という事になる。


ニュースを見ていると異常な事件で犯人が意味不明な事をしゃべる場合があるが、「キXXX」の言い分は彼らにしか分からない。

前川喜平と官僚たちには「総理大臣風情がでかい面しやがって」「今に見ておれ小僧」という恨みだけが残ったようです。

そして文部科学省は自分のスキャンダルである森友、加計を暴露する事で安倍首相を糾弾するという捨て身の戦法に出た。


過去の政治スキャンダルで責任を問われたのは政治家だけで、官僚が罪に問われた事は無いので、こうした戦法は実は良く行われている。

大阪地検や東京地検は森友加計を捜査しているが、検察官僚の身内である文部官僚は決して捜査対象にならない。

うまく行けば前川喜平前事務次官は高給で天下りできるだろうし、それどころか政治家として権力を握る事もできる。


突き詰めると官僚と総理のどちらが上か、どちらが日本の権力者かという対立です。
http://www.thutmosev.com/archives/71597964.html


天下り官僚に翻弄される私大の悲惨

文部科学省の前事務次官の前川喜平がどのようなことをしてクビになったかを記事を読めばわかりますが、天下り官僚を引き受けた私立大学がどんな食い物にされているかがわかります。天下り官僚は悪知恵だけが働く悪賢い人材の集団であり、文部科学省ではそれが組織化されていた。

最近になって少子化で大学進学者が減っていくのに大学だけはどんどん新設されてきたのは、天下り官僚の引受先だからだ。大学教授や理事に天下るわけですが、天下り官僚を引き受ければお土産がついてくる。それが全国の大学にばらまかれるわけですが、それが天下り官僚の懐に入る。

日本全国に大量に作られた新設大学は、Fラン大学となり学生集めにも苦労することになる。都心にある一流有名大学なら学生集めも苦労しないでしょうが、一時は都心のキャンパスを売り払って郊外に移転する大学が相次ぎましたが、大学生の評判が悪くてまた都心に戻ってくる大学が多くなりました。

地方では大学生集めに苦労して、中国やベトナムなどからの留学生の引受先になっている。留学生といってもアルバイトに出稼ぎに来ている留学生であり、どのような勉強をしているのだろうか。私がいた頃もそうなのですが、大学は学問の墓場であり、大学という産業で学生たちを食い物にしている。

昔は利口だから大学に進学しましたが、今では利口でないから大学を出て学歴で就職に有利にしようとしている。腐敗堕落しきった大学に行って何を学ぼうとしているのでしょうか。腐敗した大学教授から学べば腐敗した大学生になるだけであり、そんな大学なら進学しないほうがいい。

大伽藍に名僧無しと言いますが、大キャンパスに名教授無しであり、主だった大学のポストは天下り教授に占拠されて、いいように食い物にされてしまう。週に一コマ程度の講義をするだけで年収は2500万円だ。5年勤めて退職金が3000万円だそうですが、いくつもの大学を渡り歩けば5億円もの収入だ。

つまり大学に進学して、霞ヶ関の官僚になり、天下って私のような人物になれと大学生に教育しているのだろうか。中にはやり手の天下り官僚もいて、大学の移転絡みで建設費用から数億円抜いた天下り官僚もいたようだ。森友騒動でも校舎建設で建設補助金がピンはねされて事件になりましたが、このような話はいくらでもあるのだろう。

年々大学の授業料が高騰してきていますが、学生たちは奨学金ローンを借りて学費を払っている。大学を卒業するまでには最低500万円はかかるからそれだけ借金を抱えて卒業する。そこまでして払った学費は天下り官僚の懐に入っていく。有意義な講義をしてくれれなそれでいいのでしょうが、天下り官僚にそれほどの学識があるわけない。
http://2013tora.jp/kabu391.html


2017.8.18 天下り官僚に翻弄される私大の悲惨


日本の学歴ヒエラルキーの頂点に立つ東京大学。官僚などが大学で教鞭をとる形などでの天下りは有名だが、官僚の天下り問題や、旧帝大から私大への天下り的な再就職に批判を続けている元大学教授に話を聞いた。(フリーライター 光浦晋三)


私大を渡り歩いて5億円を荒稼ぎ!
天下り官僚に食い物にされる私大

 元東大教授よりも破壊力が強いのが官僚だ。官僚時代は数百億円の予算を動かしていただけに金銭感覚がズレすぎているという。私大には文科省、経済産業省、財務省など多くの官僚が天下りし、教授の座に収まっている。

「“渡り鳥稼業”の天下り役人は会議の欠席はザラなうえ、仕事の知識もない。仕事は部下に任せてゴロゴロしているだけ。それでも年俸は最低2500万円。さらに5年勤めて退職金が3000万円。これで3〜5つの大学を渡り歩いて計5億円は稼ぎます」

 もっとも何もしないのならマシな部類で、元官僚と悪徳教授が手を組み、大学を食い物にするケースも多々あるそうだ。濱野氏がいた都内の女子大では40億円が消えたこともあったという。

「彼らが株式や投資信託を駆使してマネーロンダリングをやったようですが、証拠が出なかった。また、翌年に取り壊しが決定していた校舎の大規模修繕に3億をつぎ込み、さらに塗装で1億2000万円と、計4億2000万円を無駄遣いしたことも。すぐに跡地に新しいビルを建てるところまで計画済みで、旧ビルでどんなインチキがあったのかはウヤムヤになってしまった。巧妙に証拠が残らない工作だけは一流のため、追跡調査もできなかった。もちろん大学の事務職などは真相を知っていましたが、黙殺したまま。ヘタに口にしようものなら簡単に左遷されてしまいますからね」

 別の学校ではこんなケースも。

「もっとひどいのは、研究業績が大学院生ほどもないクズ教授を学長に仕立て、自分は定年のない常務理事のポストに就いた天下り官僚がいました。さらに、部課長などの大学の要職を、仲間や部下で固め、付属の建物の増改築で稼ぐなど好き放題だった。さらに、法人側の私立学校法違反事項を目ざとく見つけると、理事長選で教授会をけしかけ、当主を追い出し自分が理事長の座に座り、そのまま学園を乗っ取ったヤツもいた。都内有数の伝統校でしたが、その後は、学問はそっちのけとなり、今では生徒の確保にも困るほど疲弊してしまいました」

 悪質な実例はまだまだあるという。

「今時、わざとド田舎にキャンパスを購入し、引っ越さなくてもいい学部の建物まで建てて都内一等地のキャンパスを売却し、その取り壊しとキャンパス移転で数十億を着服する天下りもいました。ゼネコンのリベートで稼いだんです。その大学は生徒集めに窮し、今は中国やベトナムからの留学生で細々と命脈を保っていますが、近々、倒産の噂も聞こえてきます。もちろん、天下り役人はその前にいなくなるでしょうね」

 悪徳教授や官僚を受け入れる私学の側にも落ち度があるとの指摘もあるが、濱野氏はそれは違うという。

「教授会が天下り官僚は採りたくないと考えていても、彼らは巧妙に法人側の上席ポストを占めてしまう。そうなれば、自動的にかつての役所の部下を雇いこむルートができてしまうんです。大学が悪いのではなく、行列を作って乗っ取りに来る方が悪いんです」

 今年3月、松野博一・文部科学大臣は、省庁退職者が許認可や補助金の支出対象である大学や財団に再就職することを当面自粛すると明らかにしたが、果たして実効力がどれだけあるのか。はなはだ疑問と言わざるを得ない。
http://diamond.jp/articles/-/137283

http://www.asyura2.com/17/senkyo231/msg/185.html#c1

[政治・選挙・NHK231] <ニュースワイドSAKIDORI> 小沢代表、安倍首相をメッタ斬り! 政治家、トップリーダーとして失格!国家が破滅する! 赤かぶ
1. 中川隆[-6627] koaQ7Jey 2017年8月23日 07:17:57 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

日本人が小沢を嫌う理由


そもそも小沢と民主党は、マニフェストを前面に打ち出して2009年に政権の座についたのに、そのマニフェストはまったく実行されなかった。「マニフェストは国民との契約」と言っていたにもっかかわらずそうなのである。

国債を発行しないも嘘だった。増税しないも嘘だった。高速道路無料化も嘘だった。最低賃金を上げるも嘘だった。埋蔵金を発掘して財源とするというのも嘘だった。天下りを許さないというのも嘘だった。暫定税率を廃止するというのも嘘だった。内需拡大して景気回復するというのも嘘だった。ガソリン税廃止するというのも嘘だった。

それでいて、朝鮮人学校無償化、人権侵害救済法案、外国人住民基本法、夫婦別姓、外国人地方参政権等には真剣に取り組み、野田佳彦に至っては福島復興をおざなりにしながら2011年10月19日には韓国との通貨スワップを5兆円に拡大していた。

小沢の様な日本をないがしろにして売国する政治家に国民は我慢の限界に達しており、2012年12月の解散総選挙で民主党は政権の座から転落した。


2009年から2012年まで小沢・鳩山と民主党が仕掛けていた異常なまでの円高によって日本の株価は低迷を余儀なくされていたが、これは安倍政権になってから是正されてやっと株価も上昇するようになり、日本は最悪期を脱した。

民主党政権が存在していなかったら異常な円高はなかったわけで、リーマン・ショックによる株価の落ち込みも早期に回復し、日本の景気も早い段階で立ち直っていたはずだ。

しかし、この小沢・鳩山と民主党政権の地獄の3年間で日本の雇用は大幅に失われ、活力も失われ、株価も回復せず、景気も落ち込んだままだった。

小沢・鳩山と民主党のせいで、中国や韓国に技術も国富も毟り取られ、国内の重要機関も乗っ取られ、日本という国の対外的な信頼も地位も失われ、日本は崩壊寸前となってしまっていた。

小沢・鳩山と民主党の「円高放置政策」が日本経済を駄目にした元凶だったのだが、売国政党である民主党がこの失策を日本国民に謝罪したことは一切ない。


日本の本来の国力以上に、円は強くなりすぎていた

ところで、円高については本来であれば1990年代のバブル崩壊時に是正されて然るべきだったが、そうならなかった。日本はバブル崩壊して国の実力が落ちたのだから、本来は円安になるべきだったのである。

にも関わらず、円だけはずっと円高を志向しており、日本の本来の国力以上に円は強くなりすぎていた。

だから、日本の輸出企業は海外で価格競争力を喪失し、中国や韓国に工場を作るしかなくなり、そのせいで雇用ばかりか技術も盗まれて、日本企業が一気に衰退するきっかけとなった。

中国・韓国の台頭は、日本企業の技術が盗み放題だった1990年代から2000年代に起きていた。

当時の日本企業は、国内に設備投資すれば円高で価格競争力に負け、国外に設備投資すれば技術を盗まれて価格競争力に負けるという状況に陥っていたのだ。

そのせいで日本の衰退は止まらなかったが、にも関わらず円高は加速していった。

円高で日本が苦しんでいると知った小沢と民主党政権は、日本破壊を成し遂げようとでも思ったのか、アクセルを踏んで円高に向かわせたのだった。

小沢・鳩山と民主党はマスコミでも円高誘導を行い、お抱えのジャーナリストには「円は50円になる」「円は10円になる」「円高で日本は復活する」と叫ばせて、日本の経営者を絶望させることさえもしていた。

日本の銀行や保険会社や郵政が、馬鹿のひとつ覚えのように日本国債を買い支えたので、それも円の下落を防いで円高を促す原因にもなった。

安倍政権によってやっと金融緩和が行われて円安になっていったが、これがなければ日本企業は完全に息の根を止められていたことになる。日本は間一髪で助かった
http://www.asyura2.com/17/senkyo231/msg/187.html#c1

[番外地6] 中国人客急増で“性病”大流行 日本の風俗業界に猛威 中川隆
12. 中川隆[-6626] koaQ7Jey 2017年8月23日 07:52:33 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]


5年で感染者5.5倍―― 加速する「梅毒」流行の実態とは 5/16(火)
https://news.yahoo.co.jp/feature/607


この数年、梅毒の拡大が止まらない。性的接触によって感染し、かつては「死の病」と恐れられた。戦後は治療法が確立され、過去の病気として忘れられつつあった梅毒だが、近年、ハイペースで感染が拡大している。原因は何か。感染症対策の専門家・堀成美氏と評論家の荻上チキ氏が、その背景と予防策を対談で探る。(ライター・庄司里紗/Yahoo!ニュース 特集編集部)


日本でまん延する梅毒をめぐり、意見の応酬が続いた(写真:岡本裕志)


かつては20万人以上の感染者がいたとされる梅毒だが、特効薬の普及により、近年は年間600〜800人程度の水準にまで抑え込まれていた。ところが、2011年頃から患者数が増加。2016年には42年ぶりに患者数が4000人の大台を突破。特に20代の女性が感染するケースが目立つという。

医師も知らない梅毒


荻上 梅毒は一般には、すでに「過去の病気」という印象があると思うんですが、実際は今、どれぐらいのペースで増加しているんでしょうか?


堀 2011年あたりから増えましたね。当時827人だった感染者数は、昨年(2016年)末の時点で約5.5倍の4518人にまで急増しています。今年に入っても勢いは止まらず、4月16日時点の感染者数は1307人。前年を上回るペースです。


ずっと横ばいだった感染者数が、2011年以降、一気に増加している(国立感染症研究所のデータより作成)


荻上 爆発的、といえる伸び方ですよね。堀さんは感染症対策のスペシャリストとして日々、患者さんと接しているわけですが、急増の背景にはどんな要因がありますか?


堀 まず多くの人が「梅毒」という病気についてほとんど知らないんです。


荻上 知識がないと、病気だという自覚を持ちにくいですね。


堀 じつは医療者側にも、梅毒を知らない人が増えているんです。なぜなら、昔は多かった梅毒患者が、撲滅といえる水準までいったん減ったから。「過去の病気」になったせいで、症状から梅毒を見抜けない医療者が増えてしまったんです。


20代女性感染者の爆発的増加が目立つ(国立感染症研究所のデータより作成)


日本有数の繁華街、東京・新宿の歌舞伎町から北東に1キロほどの位置にある国立国際医療研究センターで、今回の対談は行われた。立地の関係から多くの性感染症を診療する機会が多く、国内や海外での研究発表も活発に行われている。堀成美氏は同センターの感染症対策専門職である。評論家の荻上チキ氏は、論壇サイト「シノドス」を運営する傍ら、個人売春(ワリキリ)を行う若い女性たちの実態調査などフィールドワークも行ってきた。医療、そして社会問題というそれぞれの視点を軸に、梅毒に関する対話はまず医学的な考察からはじまった。


特に日本では、「過去の病気」となっていたはずの梅毒だったが……(写真:岡本裕志)

自覚症状の乏しさで発見が遅れる


荻上 実際、梅毒はどんな症状が出るんですか。


堀 全身疾患なので、症状が多彩なんです。性器のしこりや全身のブツブツ以外にも、頭髪の脱毛や難聴、目のかすみといった症状があるので、梅毒を診たことがない医師には診断が難しい実情があります。


荻上 原因や感染経路は?


堀 梅毒は「梅毒トレポネーマ」という病原体が性的な接触によって皮膚や粘膜から入り感染する性感染症の一つです。比較的感染力は強く、挿入行為がなくてもオーラルセックスや皮膚の小さな傷の接触でうつります。だから、コンドームでも100%は防げない。でも、多くの人は性病を「パンツの中の病気」だと思っているので、挿入以外でも感染するとは夢にも思っていないわけです。


荻上 挿入行為は危ないけれど、オーラルセックスは安全だと思っている人は多いですよね。「挿入しなければ浮気じゃない」ではないけど、「挿入しなければ病気もうつらない」みたいな認識で、風俗や出会い系サイトなどでリスキーな性行為を繰り返す人も少なくない。


堀 私たちの立場から言えば、浮気かどうかは関係ない。性器同士の接点はありましたか、性器と口はどうですか、コンドームを使いましたかという話。感染につながる行為があれば梅毒はうつりますからね。悪いことに、梅毒は感染後もしばらくは自覚症状がないので早期発見が難しく、これも感染を広めてしまう一因になっています。


荻上 梅毒は潜伏期間が長いそうですね


堀 3〜6週間程度といわれています。その後、性器などに小さなグリグリしたしこりができます。ただ、痛みはないし、場所が場所だけに「どうしよう」と悩んでいるうちに、いったん消えてしまうんですよ。ここが梅毒の厄介なところで、患者さんは「よかった、治った」と思って病院にも行かず、性的接触を繰り返してしまう。


堀 成美(ほり・なるみ)1968年生まれ。神奈川県出身。国立国際医療研究センター・感染症対策専門職、看護師。民間病院等の感染症科勤務を経て2009年、国立感染症研究所 実地疫学専門家コース修了。同年から聖路加国際大学・助教(〜2012年)、2013年から現職。2015年からは国立国際医療研究センター国際診療部 医療コーディネーターも併任。性感染症の予防、ケアに携わりながら、地域における感染症予防を含めた「性の健康」教育にも取り組んでいる(写真:岡本裕志)

報告数は実数の3割程度?


荻上 梅毒の急増の原因として、知識不足のほかにはどんな理由が考えられるでしょうか?


堀 感染者数が急に増えるような場合、テレビなどの報道を見て不安になった人が検査を受けることで発見数そのものが増加するケースも考えられます。ただ、今回の梅毒については、その可能性は低い。つまり、リアルに患者数が増えている。現場の実感としては、報告されているのは実数の3割程度ではないかと思っています。私が個人的に調べた範囲ですが、梅毒専門の治療薬の販売量が、報告されている患者数に比べてかなり多いというデータもあるんです。


荻上 でも、梅毒はHIVや結核と同じで、診断で陽性がわかれば医師が保健所に届け出なければならない感染症の一つですよね。


堀 本来は法律で全数報告が義務づけられているんですが、実際にはクリニックの医師が見落としていたり、報告を怠ったりしているケースもあるんです。


荻上 では、実際にはもっと感染が拡大している可能性もあるわけですね。感染パターンには何か明確な傾向があるんですか?


荻上チキ(おぎうえ・ちき)1981年生まれ。シノドス編集長。評論家・編集者。複数のメディアを運営する傍ら、テレビやラジオへの出演も多数。メディア論を中心に政治経済、社会問題まで幅広く論じる。著書に『社会的な身体』(講談社現代新書)、『彼女たちの売春』(扶桑社)、『夜の経済学』(扶桑社、飯田泰之と共著)、『未来をつくる権利』(NHKブックス)など、近著に『セックスメディア30年史』(ちくま新書)がある(写真:岡本裕志)


堀 男性は同性間、異性間の性的接触で感染するパターンが半々ぐらいで、女性は異性間によるものが多くを占めています。ただ、男性の同性間感染の中には、一定の割合でHIV感染者が含まれるんです。HIVに感染すると治療のため定期通院が必要ですから、その過程で発覚し、統計に反映されやすい。でも同性間、異性間カップルの母数を考えると、実際は異性間による感染の方が多いと思います。


荻上 実態の正確な把握には、そういった統計上の誤謬に気をつける必要がありますね。


堀 ただ、梅毒に関して20代の女性たちに感染が目立つのは事実です。私が勤める国立国際医療研究センターを含めて、新宿区内の医療機関には風俗店に勤める女性や出会い系サイトを使った「ワリキリ(個人売春)」の女性も多く受診しますが、現場にいると彼女たちの職業上のリスクが心配になります。


荻上 感染した女性が、自覚症状のない期間に毎日複数のお客さんと性的接触を繰り返すわけですから、その拡散力は大きいでしょうね。オーラルセックスだけという形態の風俗でも、その日のうちに次々に感染しますからね。


「本来は法律で全数報告が義務づけられているんですが、実際にはクリニックの医師が見落としていたり、報告を怠ったりしているケースもあるんです」(堀氏)、「では、実際にはもっと感染が拡大している可能性もあるわけですね」(荻上氏)(写真:岡本裕志)

ハイリスク層へのサポートを


堀 風俗店は定期検査をしているところがありますが、先ほどもお話ししたように梅毒は潜伏期間が長いので、月1回程度の検査ではすり抜けてしまうことも多いんです。


荻上 僕は2010年から出会い系サイトや出会い喫茶などを使ったワリキリ経験者にアンケート調査をしているのですが、そのうち3割が性感染症になったことがあると回答しています。コンドームなしの性行為を許している女性も3割近くいる。彼女たちの目的は主に短期的な収入であり、「職業」として性的なサービスをしている感覚がなく、定期検査のような自己管理も難しい。こうした女性たちは、小規模とはいえハイリスク層になるでしょうね。


堀 ワリキリしている女性は全国にどれぐらいいるんでしょうか?


荻上 僕たちの調査では、おおむね10万人前後ではないかと推計しています。ただ、ワリキリ利用者は固定的で、なおかつテクニカルな知識が必要なので、風俗ほど簡単にアクセスできるものではない。ボリュームとしては風俗店で感染するパターンが多いのではないでしょうか。風俗店に勤務している女性は30万人ほどいると言われていますので。


堀 偶然かもしれませんが、臨床の現場で梅毒が有意に増えてきた時期と、訪日外国人客が増加した時期が重なるんですね。受診した性サービス業の女の子たちからも「外国人のお客さんが増えた」という声を耳にしました。梅毒は現在、アメリカや中国など世界的にも増加傾向にあります。病原体は国境を簡単に越えますので、粘膜や皮膚の接触という最もリスクの高い行為によって、梅毒だけでなく治療薬の効きにくい(多剤耐性の)淋菌などが広がることを医療者は心配しています。


荻上 インバウンド(外国人の訪日旅行)仮説はしばしば指摘されますね。ただ、疫学調査がないので、特定はできない点が注意です。一般論としては、性感染症は昔から花柳病と呼ばれ、セックスワーカーにとっては大敵で、当事者のための情報提供などは重要になるでしょうね。


荻上氏の調査では、女性の個人売春経験者のうち、3割が性感染症になったことがあるという(写真:岡本裕志)


荻上氏の調査によれば、風俗やワリキリをする女性たちの最終学歴は高卒以下が多く、貧困率や精神疾患の罹患率も高いという。「女性たちが生きる手段として、性労働という手段があるという、経済的側面は重要です」と荻上氏は言う。

感染者には社会的弱者も少なくない


荻上 貧困や病気への認識などの関係はどうですか。


堀 医療機関では学歴や収入を調査しないので明確な情報はわかりません。例えば、指示されたとおりに薬を飲めるか、指定の日時に再度受診ができるかということに影響する話です。ご本人の治療効果や、感染拡大防止にも影響します。


荻上 ワリキリや風俗の女性に聞き取り調査をすると、学歴が高い人は多くありません。経済力も厳しい。そもそも貯蓄という行動そのものを知らない場合もある。それらは成育環境などの違いもあるので、そうした個人へのバッシングをしてもしかたがないと思います。そうした傾向があるなら、どうやって医療と結びつけやすくするかを考えなくてはいけない。


堀 医学の視点で言えば、それは「弱者」なんですね。もし彼女たちが問題を抱えているなら、周囲はサポートしてあげなければいけないんです。


荻上 だとすると、やるべきことは、ふつうの感染症対策と同じように、いちはやく有効な対処法を広げることだと思うんです。たまたまセックスワークの話になったけれど、特定職業に限る話でもありませんし。


堀 おっしゃるとおりで、そもそも梅毒は治療法が確立された、予防できる病気なんですよ。それなのに感染の拡大が止まらないのは、世界のスタンダードになっている対策が日本ではとられていないから。感染者が性交・接触した相手の検査の徹底はされていないし、第一選択の治療薬であるペニシリンの注射が使えないままです。この2つだけでもかなり拡大は抑えられるはずなのに、問題といわれながら数年対策がとられていない。検査を徹底して、治療に効果の高いペニシリン注射を復活すれば、感染はかなり抑えられるはずなのに、なぜ動かないのか。理解できません。


「感染拡大が止まらないのは、有効とわかっている基本的な対策さえとられていないから」(堀氏)(写真:岡本裕志)

薬価が安いから、つくられない注射


荻上 抗生物質の内服以外にも、ペニシリン注射という治療法があるんですか?


堀 内服だと一定期間、薬を飲み続ける必要がありますが、注射だと感染初期であれば1回の接種で済みます。だから梅毒治療においては「ベンザチンペニシリン注射」が世界標準の選択薬です。でも日本にはこの注射がないんですよ。大変安い治療薬のため、今から開発や承認のための臨床試験のコストを考えると、製薬会社にインセンティブがありません。


荻上 はしかや結核については国がしかるべきサポートをしてくれるのに、こと性感染症となると自己責任のように扱われる。しかも女性の場合、「貞操観念のない乱れた女」として偏見や攻撃の対象になることすらある。こうした風潮には違和感を覚えますね。


堀 梅毒は、夫や恋人など特定のパートナーからうつることも少なくありません。つまり、梅毒を放置して誰が一番被害を受けるかといえば、妊婦さんや赤ちゃんなんですよ。妊婦が感染すると、流産や死産してしまったり、赤ちゃんが先天梅毒を持って生まれてくる可能性があるんです。


国が作成した、STI(性感染症)/HIVの啓蒙用ポスター。ふきだしは堀氏が作成したもの(写真:岡本裕志)


荻上 国は性教育でもっとリアルな性感染症対策を教えるべきだと思いますが、性教育へは保守的な反応も強いですね。また、セックスワーカーの支援団体などと連携するなど、当事者参加で様々なハイリスク層に確実に届ける仕組みづくりも必要でしょう。こんな啓発ポスター作っている場合じゃない。個人に責任を転嫁しちゃってますし、具体的知識が書かれてもいないですし。


堀 梅毒に対して、個人が取りうる対処法は大きく2つです。コンドームと定期検査。まず、必ずコンドームを使用すること。ただ、予防効果は100%ではないので、リスクの高い性的接触があったときやパートナーが変わったときは、そのインターバル期間に検査をする。血液検査は医療機関は有料ですが、無料でやっている保健所もあります。地域の保健所の検査プログラムをぜひ調べてみてください。


荻上 感染症を放置するということは、周囲の人にも影響が出るかもしれない。逆に自分が予防することは、集団的な防疫にもなります。そして衛生環境を整えるには社会的な対応が必要だという認識が、もっと広がる必要がありますね。
https://news.yahoo.co.jp/feature/607
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/565.html#c12

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