25. 2018年6月21日 04:07:29 : jdC8BHPV5Y : cOGGWQ82sLE[1]
世界には、人間働かずに金をもらう生活をし続けるとダメに成るという宗教と
働かずに金をもらう生活をしている者こそ最も自由人で自由人が生産性を向上させてきたという宗教がある。
前者はまず、ダメになるというところがダメである。ダメとは一体何に対してダメなのかが説明されていない。要するに働かない者はダメな奴だからダメになるというトートロジーに陥っているだけの場合が多い。
ダメの定義が何なのか、まるではっきりしない。多くは資本家のために金を持ってこない奴がダメな奴ということだろう。
ゆえに、これらはおそらく貴族や資本家が、労働者や奴隷をこき使うために作られた方便だろう。
一方、働かずに金をもらう生活をしている者とは、貴族や資本家である。
彼らはダメなのだろうか?そうではないと主張する向きも多い。
特に貴族や資本家自身は、
自分たちが最も文化や文明、発明、発見、生産性の向上に貢献してきたということを主張している。
メディチ家しかり、ノーベル賞受賞者しかり、芸術、スポーツの分野では、
プロという形でまともに働かずに遊びで食っているものたちこそ活躍している。
ゆえに、その論も貴族や資本家たちから出た論であると見る。
確かにそういう一面は否定できない。文化や発明は貴族が興したものも多い。
無産階級が、多くの栄誉ある仕事をしているという言い方もあるいは正しい。
だが、すべてそうかというとそうでもない。
働かない貴族自身の自己弁護であるようにも見える。
ある基準に則ればどちらの論も正しいのだろう。
その基準が一体何なのか?
ということに、思い至っているものはわずかで、
残りは両者の洗脳の中で両論の亜論をわめきあっているに過ぎないのである。
そういうことを抜きにして考えると、AIやロボットが人並み働いてくれるのなら、
「人間は何をなすべきかを考える必要がある」ということだけが事実であり真実だろう。
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