4. 2017年1月10日 13:20:00 : 9mPri2TqN6 : 7uKB72rVwKs[1]
大企業ではなく町工場ですが、経営者の鑑のような社長を二人発見しました。
しかも、揃って二代目です。
出世ナビ NIKKEI STYLE
トップは逆境を超えて
「町工場の娘」32歳からゴーン流改革で10勝2敗 ダイヤ精機社長の諏訪貴子さん
http://style.nikkei.com/article/DGXMZO06663030Q6A830C1000000
東京都大田区の中小企業の街にあるダイヤ精機。従業員30人余りの典型的な町工場を率いるのは、32歳の若さで社長になった諏訪貴子さんだ。主な取引先はカルロス・ゴーン社長が率いる日産自動車。1990年代後半、ダイヤ精機も危機的な経営状況に陥る。2004年に経営者である父親が亡くなり、専業主婦だった貴子さんは突如社長に就任。リストラなどの改革を断行し、会社を再生した。「町工場の娘」の軌跡を貴子社長に聞いた。
(略 ※社長の奮闘ぶりは本文でどうぞ)
――大田区の中小企業の街から多くの大企業が生まれています。キヤノンの本社もこの近くにあります。株式公開して大企業に脱皮していこうとは考えませんか。
●「大企業には魅力を感じません。作業工程を標準化して大量生産する大企業のようなやり方は私たちには向いていません。町工場の中で臨機応変に物づくりを進めていきたいんです。一時は従業員も40人ほどに増やしましたが、私が見られるのはやはり30人ぐらいが限度です。新入社員も欠員が出たら、入れるというぐあいで、私が必要なときに欲しい人材を募集しています。新入社員は1カ月ぐらいですが、私と交換日記をして、育てています。今は従業員も20〜30代が増えてかなり若返りましたが、70代の方もいます。本人が希望し、能力があれば定年なんて関係ありません」
――経営者としての最終的な目標は何ですか。
● 「社員が大田区に一戸建ての家が持てるようにすることです。大田区は地価が高いから夢のような話ですが、そのためにはもっと利益を上げて、給料を増やしてあげないといけません。息子を後継者にとは、今は考えていません。それは私のように、自分の意志で彼が決めることです」
1971年生まれ、東京都大田区出身。95年成蹊大学工学部卒業後、大手自動車部品メーカーに入社。エンジニアとして勤務した後、出産などにより退職。先代社長の急逝で社長に。2004年から現職。著書に「町工場の娘」(日経BP社)などがある。
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オレ的ゲーム速報@JIN
【経営者の鑑】 残業ゼロにするためにとった経営者の行動が素晴らしすぎ!「社員を犠牲にするような発注はいりません」
2016年12月20日06:00
http://jin115.com/archives/52159199.html
(※中里スプリング 中里良一社長のツイッター文画像)
ツイッターより
残業ゼロへ受注見直し・・(コピペ出来ないので略)
CybershotTad
●受注を見直して残業ゼロにした会社の記事。「残業が必要になる仕事は断っています。コストダウンに死にものぐるいになっているのに、経営をまともに考えれば、割り増し残業代が必要なほどの量を請け負っても割に合うわけがない。勘定合って銭足らず、です。断り上手は商売上手」
経営者の鏡。
2016年12月18日 18:33
https://pbs.twimg.com/media/Cz8rB4uUAAAYShd.jpg
(略)
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小さな組織の未来学
2014.08.25
従業員数は28人以下と決める
社長の処方箋 中里スプリング 中里良一社長に聞く
http://www.nikkeibp.co.jp/article/miraigaku/20140822/412339/(一部引用)
中小企業の経営者が実践で培ってきた独自のノウハウを、各回ひとつずつ紹介する「社長の処方箋」。今回登場するのは群馬県のばね専業メーカー、中里スプリングの中里良一社長。20人規模の町工場でありながら、全国47都道府県に1,600社以上の取引先を持ち、その型破りなマネジメント手法に全国から取材や公演の依頼が相次ぐ。「名物社長」という言葉がこれほど似会う人もいないだろう。中里社長が語る経営のヒントとは。
規模を大きくすれば肉厚が薄くなる
●35年くらい前から、社員の数はずっと28人までに抑えている。でも、会社って普通にやっていたら大きくなってしまうものだよ。すぐに「人が足らない」「場所が狭い」「設備が足らない」と言って、大きくすればさらに成長すると思っている経営者が多い。けれど、それは錯覚なんだよね。それは風船を膨らませている状態で、肉厚が薄くなっているということに気がつかない。だから、景気が悪くなると社員を減らしてパンクする会社が多い。町工場は大きくしないことが技術であり、勝つためのレジスタンスだと思う。
(略)
2014.08.26
「良い人材が欲しい」は寝言
http://www.nikkeibp.co.jp/article/miraigaku/20140825/412626/(〃)
養護学校から採用する理由
中小企業の経営者で「大手さんみたいに良い人材が来れば」なんて言う人がいるけど、そんなものは寝言だよ。小さい会社に良い人材なんて来るわけがないでしょ。大手、中堅でふるいにかけられて、どこにも働く場所がない人がやってくる。最後のお助け寺として存在するのが町工場なんだよ。社員の欠点を見始めたらキリがなくて、教育なんてできないから、その人のいいところしか見ない。
(略)
2014.08.27
給料は振り込みにしない 自分で現金を数えて手渡しで
http://www.nikkeibp.co.jp/article/miraigaku/20140826/412788/(〃)
給料には儀式が必要
社員への給料は今でも現金払い。ぼくがお札を数えて給料袋に入れて、手渡しで払っているんだよ。銀行の人には、もう30年も前から振り込みの方が便利だと言われているけど、ぼくは絶対そうしない。
(略)
中里 良一(なかざと りょういち)
1952年群馬県高崎市生まれ。1974年立正大学経営学部経営学科卒業後、東京都内の商社に勤務。1976年有限会社中里スプリング製作所入社。1985年同社代表取締役社長に就任。2代目社長として、社員のやる気を引き出す社内改革や下請け体質からの脱却を行い、当時苦境にあった同社の経営を立て直す。現在同社は「群馬県1社1技術企業」「群馬県IT推進モデル企業」に認定され、2009年には「元気なモノ作り中小企業300社」に選定された。「ビジネス・イノベーション・アワード2012」にて優秀賞を受賞。