1. 2017年4月20日 23:22:32 : OgSoemvM3g : 4A8VlFVZdR4[1]
ドイツの収容所の経営は赤十字の監督のもと、人道的に行われていました。
ユダヤ人は発疹チフスをはじめとする病気で死ぬことはあったが、
飢えて死ぬことや、SSに虐待されて死ぬことはほとんどありませんでした。
ドイツは、
収容所のユダヤ人が快適に暮らせるよう努力していたことは明らかです。
だが、
連合軍の爆撃で各地の収容所には食料や物資が途絶えるようになってしまった。
連合軍は道路や橋、鉄道を爆撃し、これによって流通がストップ。
当然、赤十字の援助も届けることが不可能になってしまった。
1944年3月15日、
赤十字は当然のことながら連合軍の爆撃作戦に抗議しました。
連合軍の攻撃は、ドイツ軍だけでなく、
収容所のユダヤ人も苦しめることは明らかだったからです。
しかし、赤十字の抗議は無視された。
ドイツはユダヤ人を殺そうとせず、助けようとしていた。
それを妨害していたのは他でもない連合軍だった。
1944年6月のノルマンディ上陸作戦以降、
連合軍の無差別空爆はドイツの輸送手段を破壊し尽くし、
1944年10月2日までに、
赤十字はドイツの至るところで飢餓条件が避けられなくなったことを宣言し、
ドイツの外務省にドイツの交通網が崩壊したことを報告しています。
連合軍は赤十字の報告で、
自分たちの行動がユダヤ人を殺していることを知っていた。
ユダヤ人が餓えと病気で苦しんでいることを百も承知で爆撃を続けていた。
その結果、餓えと病気で大量のユダヤ人が死んだ。
赤十字の報告書には、ユダヤ人絶滅計画なんてものは影も形もない。
あるのは、ドイツと赤十字の救助活動を連合軍が邪魔していたという事実だけだ。
1948年の赤十字の報告書は、中立の立場である赤十字が、
「ユダヤ人の大量死は連合軍の無差別爆撃が原因である」
という結論を出していた。
http://www.asyura2.com/17/china11/msg/413.html#c1