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政権に忖度するテレビ朝日に「株主提案」で問題提起 勝算はあるのか…田中優子さんに聞いた 注目の人 直撃インタビュー
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/339729
2024/05/06 日刊ゲンダイ
田中優子(法政大前総長)
法政大前総長の田中優子氏(C)日刊ゲンダイ
昨年発足した市民グループ「テレビ輝け!市民ネットワーク」がテレビ朝日ホールディングスに株主提案を行い、話題を集めている。権力による報道介入を防ぐため、定款変更を求めるというもの。過去10年間に圧力を受けたり、放送番組審議会が機能不全に陥っている場合などには、独立した第三者委員会を設立して調査・公表する▽番組審議会委員らの任期に上限を設ける▽共同代表を務める元文科次官の前川喜平氏を社外取締役に就ける──とする議案を出した。なぜ今、こうした手法で問題提起をしたのか。勝算はあるのか。前川氏と共に共同代表を担う法政大前総長に聞いた。
◇ ◇ ◇
──在京キー局を抱える持ち株会社は5社あります。どうしてテレ朝なのですか。
テレビ朝日の報道姿勢は、ある時を境に大きく変わってしまった。政権に対する忖度が露骨になった。そうした認識を私たちが共有しているからです。
──「ある時」というのは?
「報道ステーション」のコメンテーターだった(元経産官僚の)古賀茂明さんが降板した2015年です。(過激派組織)イスラム国による日本人人質事件をめぐり、古賀さんは政府の対応を「I am not ABE」という言葉で批判したため、2カ月後に番組から降ろされてしまった。チーフプロデューサーも異動を命じられた。官邸がテレビ朝日側に圧力をかけたと古賀さんらからも聞き、とんでもないことが起きていると危機感を抱き始めました。
──安倍首相が中東歴訪中に「ISIL(イスラム国)と戦う周辺各国に総額2億ドル程度、支援をお約束します」と発言。反発したイスラム国が人質殺害を警告する事態となり、古賀発言につながっていきました。
耐えがたかった卒業生殺害
拉致された末に殺害されたフリージャーナリストの後藤健二さんは、法政大学の卒業生なんですね。私は総長として、悲しく耐えがたい出来事を特に卒業生たちに報告しなければならなかった。とても、とてもつらいことでした。ですから、古賀さんの発言の真意はよく分かりましたし、深く共感していた。後藤さんを救出したい一心のご家族は、水面下で必死の交渉を続けていたんです。にもかかわらず、安倍政権が待ったをかけた。なぜあんな結末を招いてしまったのか。政府の対応は疑問だらけだし、テレ朝の動きもおかしい。そうした疑念を裏付けたのが、(昨年明るみに出た)総務省の内部文書でした。
──総務省文書には、放送法が定める「政治的公平性」の解釈変更をめぐり、2014年から15年にかけて官邸が総務省側に圧力を強めていった記録が克明に記されています。
やり玉に挙げられていたのが、テレビ朝日とTBSでした。(TBSの)「サンデーモーニング」には私自身が出演していましたが、特に変化はなかった。(司会の)関口宏さんが3月末にお辞めになったのは、世代交代が理由でした。それはそうなのでしょう。だけれども、テレビ朝日で明らかに大問題が起きた以上、番組の質を注視していく必要はあると思っています。
大手ほどやらない調査報道
阪口徳雄弁護士、前川喜平元文科次官らと先月会見(C)共同通信社
──テレビ朝日HDの株主総会は6月。市民ネットワークは昨年9月末までに48人で計4万株(400単元=約6000万円分)を購入し、会社法に基づく議題提案権行使に必要な「300単元以上の議決権を6カ月継続保有」をクリア。他の株主に提案を開示させる道筋をつけたほか、株主名簿の閲覧謄写も請求できるそうですね。
提案できる態勢を整えたのは、すごく大事なこと。テレビの影響力はまだまだ強い。信頼しているがゆえにしっかりしてほしい。資金もマンパワーもある大手メディアこそ調査報道に力を入れるべきなのに、大手ほどやらない。おかしいでしょう。私たちは批判するのではなく、励ますための提案をしているんです。
──前川氏は官僚時代、安倍官邸から強い圧力を受けました。社外取締役への推薦は、テレビ朝日に果たし状を突きつけたように見えます。
前川さんはふさわしい人物だと思います。社外取締役は取締役会などを通じて経営に助言したり、監督する立場。テレビ朝日HDの大株主である朝日新聞を含む報道機関としての経営のあり方、政権との関係をちゃんと見ておくことが必要なのであって、「公正にやってください」と言っているに等しい。番組制作の現場に直接口を挟めるわけではありません。取締役会の決定を覆すこともまずできないので、果たし状でも何でもない。それでも、テレビ朝日は私たちの提案にはなかなか応じないでしょうね。
──議決権比率の問題ですか。
そのあたりは事務局の阪口徳雄弁護士が詳しいのですが、米国では株主の10%以上が賛成した提案について、会社は何らかの対応をしなければならない。相当な発言力を得られるんですよね。私たちもそこを目指したいのですが、とても遠い。さらに200倍を超える資金を投じなければならなくて。
──200倍! テレビ朝日HDの時価総額は2190億円超に上ります。いかに賛同を広げるかが今後の展開を左右しますね。
この運動は今年限りのものではありません。これを機に「そういう方法があったのか」と知っていただき、来年に向けて多くの方が「一緒に株を買いましょう」となれば、大きなうねりになる可能性はあります。政府は22年末、閣議決定で安全保障関連3文書を改定しましたよね。安保政策を大転換し、大軍拡に舵を切った。それを受けて23年1月に「平和を求め軍拡を許さない女たちの会」を立ち上げ、一連の動きを俯瞰したいと思って年表を作ったんです。自民党は野党時代の12年4月に改憲草案を発表し、12月に政権復帰。13年に特定秘密保護法、15年に安保法制、17年にいわゆる共謀罪法が成立した。第2次安倍政権以降の10年あまりで軍拡の流れは確固としたものになり、その間にマスコミに対する圧力を次第に強めていったのではないか。そうした思いを強めました。
「◯◯政権」と呼ぶ意味がない
──確かに、深掘り報道がグッと減りました。
沖縄に関する情報は本土では全然報じられない。自衛隊の南西シフトに対し、沖縄の人々はどう反応しているのか。メディアが伝えなければ、一般市民は正確な情報を知る術がないでしょう。それともうひとつ、企業の存在も大きい。提供(広告)を通じてテレビ局に影響を及ぼしています。軍拡に関与している企業は少なくありません。一方で、企業は消費者の声やプレッシャーを無視することはできない。そうした関係を踏まえながら、報道を望ましい方向へ持っていくアプローチを始めたということなのです。
──タカ派の安倍政権、菅政権の9年。当初はハト派と目された岸田政権は、3年を待たずに馬脚を現しました。
状況はどんどんひどくなっている。首相の名前を取って「◯◯政権」と呼びますけれど、私は全く意味がないと思っているんです。自民党政権は首相が誰であっても中身は同じですから。米国の傀儡であり、抱き込まれるままなのが既定路線。訪米した岸田首相は米軍と自衛隊の指揮統制の連携強化で合意しました。その先に主権制限があるのは明白ですが、それも自民党政権は織り込み済みなのでしょう。
──主権の一部を切り離す方針は米軍の公式文書に明記されています。
民主主義を担保するのは選挙です。それなのに、投票行動の前提となる情報が圧倒的に足りない。政府が、自民党が何をしようとしているのかが判然としない。だから、私たちはちゃんとした報道を求めているんです。
(聞き手=坂本千晶/日刊ゲンダイ)
▽田中優子(たなか・ゆうこ) 1952年、横浜市生まれ。江戸文化研究者。法政大文学部日本文学科卒、法大大学院人文科学研究科博士課程満期退学。法大社会学部教授、社会学部長、第19代総長を歴任し、現在は名誉教授。著書「江戸の想像力」で芸術選奨文部大臣新人賞、「江戸百夢」で芸術選奨文部科学大臣賞とサントリー学芸賞を受賞。2005年に紫綬褒章受章。
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