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どうなる？日本製鉄によるUSスチール買収 アメリカ大統領選挙に翻弄される巨額買収劇／神子田章博・nhk
2024年02月27日 (火)
神子田 章博 解説委員
https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/492097.html
アメリカでは、4年に一度の大統領選挙を前に、日本製鉄によるアメリカの鉄鋼メーカーの買収が波紋を広げています。雇用などへの影響を懸念して買収に反対する労働組合と、それに寄り添う姿勢を見せるバイデン大統領と、共和党の大統領候補になることが有力視されるトランプ前大統領。その背景には何があるのか。この問題について考えていきたいと思います。
解説のポイントは3つです。
１） 巨額の買収劇のねらい
２） 労働組合 反対の背景に感情論か
３） 大統領選挙を前に政治問題化
です。
１） 巨額の買収劇の狙い
まず今回の買収がどのようなものなのか見ていきます。
去年12月、日本製鉄が買収することで合意した「USスチール」は、年間の粗鋼生産量が、1400万トン余りとアメリカ3位の規模を誇る鉄鋼メーカーで、買収が実現すれば両社の生産量の合計は単純計算で5800万トンとなり、世界三位の規模となります。買収額はおよそ2兆円と、巨額に上ります。
アメリカの鉄鋼製品の市場は、世界一の経済規模を背景に安定した需要が期待できます。さらに、経済安全保障の観点から、アメリカ国内で生産された鉄鋼を調達する動きが強まることが予想され、今後も成長が見込めると期待されています。さらに、USスチールは、二酸化炭素の排出が比較的少ない電炉による鉄鋼生産を手掛ける企業を買収するなど、環境への対応を強化しています。こうした中で、日本製鉄としては、アメリカでの事業を強化し、海外事業の拡大につなげること。さらに、両社がもつ環境技術を組み合わせることで、脱炭素への対応を加速させる狙いがあるとしています。
２） 労働組合 反対の背景に感情論か
これに対し待ったをかけたのがアメリカ鉄鋼産業の労働組合です。
全米鉄鋼労働組合は、両社の合意は「組合員と国の利益を危険にさらすものだ」とする声明を発表するなど、合併に強く反対しています。日本製鉄は、労働組合との協約は100％守るとしていますが、組合側には、雇用や、退職者の医療費の補助、年金制度などが、ずっと守られていくのかという懸念があるといわれます。
また、USスチールは1901年の創業。120年あまりの歴史をもち、一時期は、アメリカの製造業の隆盛を支える存在となり、地元の人々の誇りともいわれてきました。それが、外国企業、とりわけ、日本企業の手にわたることに、反発もあるのではないかと思います。
私は2000年代前半にワシントンに駐在していましたが、この時、アメリカの鉄鋼業界は日本から輸入される質の良い鉄鋼製品に押され、大手鉄鋼メーカーが破産法の申請に追い込まれるケースもでたことから、日本の鉄鋼メーカーへの反発が強まっていました。当時のブッシュ政権は、日本から輸入される鉄鋼製品に高額の関税を課す輸入制限措置に踏み切り、これに対し日本側が国際ルール違反だと訴えるなど、日米間の経済摩擦ともなりました。そうした状況の中で、私が中西部オハイオ州にある製鉄所の取材に行った時のこと。工場の外観を撮影していると、中から出てきた従業員に立ち去るように言われました。日本のメディアだと察したのか、私たちを見るまなざしに強い憤りが感じられたことを覚えています。彼らから見ればいわば「にっくき敵」である日本の鉄鋼メーカーに買収されることに感情的なしこりがあるのかもしれません。
3）大統領選挙を前に政治問題化
こうした、USスチール買収反対の声が、いま秋の大統領選挙を前に政治問題化しています。民主・共和両党の候補に、製造業で働く有権者の票を取り込みたい思惑があるからです。
アメリカの大統領選挙は、全米50の州などに、あわせて538人の選挙人が割り当てられ、最終的に過半数の270人以上の選挙人を獲得した候補者が選ばれる仕組みです。選挙人の数は州によって異なり、USスチールの本社のあるペンシルベニア州は、選挙人の数が5番目に多い19人にのぼり、重要州と言われています。また、この州は1990年代以降は労働組合を支持基盤とする民主党の大統領候補が勝利してきましたが、2016年の大統領選挙では、「製造業の労働者の雇用を守る」と訴えた共和党のトランプ氏が勝利し、大統領の座をつかみとりました。その次の2020年には、民主党のバイデン大統領が奪い返しました。このように、最近では選挙のたびに、民主・共和のどちらの候補が勝利するかが変わり、今年も、大統領になるにはこの州で勝利することが欠かせないと言われています。
こうした中で共和党の大統領候補となることが有力視されるトランプ氏は、先月、日本製鉄による買収について「ひどい話だ。私なら即座に阻止する。絶対にだ」と述べ、大統領に再び就任した場合には買収を認めない考えを示しました。自分は労働者の味方であると強くアピールすることで、ペンシルベニアのみならず、製造業が集中するミシガン州やオハイオ州など中西部の有権者をとりこむ狙いと見られます。
これに対し日本製鉄側は、「トランプ氏は取引の内容を十分に理解されて発言しているか疑問に思う。アメリカの各産業に広く貢献できると理解いただければ意見も変わってくるだろう」としています。
ただトランプ氏は、国家安全保障の観点からも買収に反対するのではないかという見方があります。今回の買収をめぐっては、戦闘機や艦船など兵器を製造するのに欠かせない鉄鋼メーカーを外国企業に買収されることは、国家安全保障上問題だという指摘が上がっており、議会上院の議員からも「金のためにアメリカ防衛産業の極めて重要な部分が売却されることになった」という批判が出ています。実はトランプ氏も、大統領だった2018年3月、日本を含めた海外からの鉄鋼製品に国家安全保障を理由に追加の関税を課したことがあり、再び大統領になった場合には、買収にノーをつきつけるという見方が、こうした観点からもでているのです。
一方のバイデン政権も、今回の買収がアメリカの安全保障に与える影響などについて、政府の外国投資委員会が慎重に審査する方針を示しています。再選をめざすバイデン大統領としても、労働組合を敵に回すわけにはいかないようです。全米鉄鋼労働組合は、今月2日、「バイデン大統領がわれわれを後押ししてくれているという個人的な確約を得た。彼は常にアメリカの労働者と組合の友人だ」とする声明を発表。バイデン大統領が組合を支持する姿勢を伝えたことをうかがわせています。
鉄鋼産業を巡っては、世界市場での中国の存在感が増す中、日米の鉄鋼メーカーの大型再編は脱炭素の取り組みも含め、中国企業と競争するうえで有効な一手だとする指摘があります。また国家安全保障上の問題については、共通の価値観をもち、軍事的な同盟国である日本の企業による買収であれば、安全保障上のリスクはない」という見解を示すアメリカの専門家もいます。こうした中で日本製鉄側は、今回の買収が、USスチールの従業員を含めアメリカへのマイナスが生じないことを丁寧に説明したいとしたうえで、「9月を過ぎて、大統領選が行われる11月が近くなると政治的な懸念が大きくなるので、できるだけ早いタイミングで労働組合とも一致点を見つけたい」としています。組合の理解を得られさえすれば政治問題化は避けられると考えているようで、今年9月までに買収の完了を目指したいとしています。
ただ、熾烈な選挙戦が予想されるなか、投票日が近づくにつれ、この問題に改めて焦点があたる可能性も考えられます。日米間の巨額買収劇は、大統領選挙の渦に巻き込まれ、波乱含みの展開となることも予想されます。
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