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ロシア反体制派ナワリヌイ氏の獄中死とプーチン政権/安間英夫・nhk
2024年02月21日 (水)
安間 英夫 解説委員
https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/491968.html
ロシアでプーチン政権を厳しく批判してきた反体制派の指導者、アレクセイ・ナワリヌイ氏が獄中で死亡しました。
ロシアの政治弾圧の歴史で、またひとつ大きな汚点になったと言えるでしょう。
ナワリヌイ氏の獄中死の波紋について考えます。
【解説のポイント】
@不可解な死因と内外の衝撃
A“最大の政敵”ナワリヌイ氏とは
B政権や社会への影響
【獄中死したナワリヌイ氏 不可解な死因】
ロシアの刑務所当局は16日、北極圏のヤマロ・ネネツ自治管区の刑務所に収監されていたアレクセイ・ナワリヌイ氏(47歳)が死亡したと発表しました。
現地の冬場の気温はマイナス20度を下回り、ロシアで最も厳しい刑務所のひとつと言われています。
現地に向かった母親と弁護士は「“突然死症候群”だ」と告げられ、検査のため、14日間、遺体を引き渡せないと通告されたということで、遺族側は死因を検証できていません。
ナワリヌイ氏の妻ユリアさんは「プーチンが夫を殺害した。遺体を引き渡さないのは毒物の痕跡が消えるのを待っているからだ」と指摘しました。
ナワリヌイ氏の死因や当局の対応には不可解な点があります。
しかし仮に当局が言う突然死だったとしても、ナワリヌイ氏はこれまで厳しい弾圧を受け、過酷な環境で収監され、獄中死しました。
政治犯を結果として死に至らせたことは間違いなく、プーチン政権の責任は免れないと思います。
【内外に与えた衝撃】
ナワリヌイ氏の死は内外に衝撃を与えました。
ロシア各地で追悼の動きが広がり、市民の間で真相究明を求める声が強まっています。
人権団体によると、無許可のデモや集会を禁じる治安当局の取り締まりで400人以上が拘束されました。
欧米各国はプーチン政権を一斉に非難しています。
アメリカのバイデン大統領は「責任はプーチンにある。残虐さを示す証拠だ」と非難し、ロシアに対し追加制裁を発表することにしています。
日本を含むG7も、外相会合の議長声明で、憤りを表明するとともに、ロシア当局に死因を完全に解明するよう求めています。
【“最大の政敵” ナワリヌイ氏とは】
ではナワリヌイ氏はプーチン政権にとってどんな存在だったのでしょうか。
ナワリヌイ氏が一躍有名になったのは、プーチン大統領が、大統領職に復帰した2012年の選挙の前後の抗議行動でした。
人気ブロガーとして政府や国営企業の腐敗ぶりや選挙の不正の実態を具体的な事実を明らかにして追及。
政権関係者を「詐欺師と泥棒」と呼んで厳しく断罪し、デモや集会は都市機能をマヒさせるほどに膨れ上がりました。
政権側も警戒を強め、「プーチン大統領の最大の政敵」と言われるほどのカリスマ的な存在となりました。
【生命の危機にさらされてきたナワリヌイ氏】
ナワリヌイ氏は、これまでも生命の危機にさらされてきました。
内外に衝撃を与えたのは2020年の毒殺未遂事件です。
ロシア国内を航空機で移動中に突然体調を崩して意識不明の重体となり、ドイツの病院に搬送され、奇跡的に意識を回復しました。
ドイツ政府は、旧ソビエトで開発された神経剤「ノビチョク」と同じ種類の物質が検出されたと発表し、ロシアの政府機関の関与が疑われました。
さらにナワリヌイ氏らは独自に調査を行い、治安機関が毒殺を企てたものだったと主張してきました。
その後も厳しい弾圧は続きました。
2021年、療養先のドイツからロシアに帰国しましたが、過去の経済事件に関連して空港で逮捕されたあと、収監されました。
2022年には、詐欺などの罪で禁錮9年の刑を受け、2023年には“過激派組織”を創設した罪で禁錮19年の刑が上乗せられました。
厳しい弾圧が予想されたのに、なぜナワリヌイ氏がロシアに帰国したのか。
このとき、国外から政権批判するのをよしとせず、命をかけて政権と闘う信念と覚悟を固めていたのだと思います。
若者やリベラル派の国民の間では、“恐れを知らない政治家”として根強い人気がありました。
【ロシアで相次ぐ殺害・不審死】
ロシアでは、プーチン政権を批判した人物が殺害されたり、不審な死を遂げたりすることが相次いできました。
主なものだけでも、
▼2006年にプーチン政権を批判してきた新聞「ノーバヤ・ガゼータ」のポリトコフスカヤ記者がモスクワの自宅アパートで、銃で撃たれて殺害されました。
▼同じ年には、イギリスに亡命した治安機関の元職員のリトビネンコ氏が死亡。体内から猛毒の放射性物質が検出されました。
▼2015年には、野党指導者のネムツォフ元第1副首相がモスクワ中心部で、銃で撃たれて殺害されました。
▼去年は、武装反乱を起こした民間軍事会社ワグネルの創設者プリゴジン氏が、乗っていた自家用ジェット機の墜落で死亡しました。
▼反プーチンのカリスマだったナワリヌイ氏が死亡したことで、政権に異を唱える動きはいっそう畏縮することが懸念されます。
【プーチン大統領とナワリヌイ氏】
プーチン大統領は、ナワリヌイ氏をどのように考えていたのでしょうか。
プーチン大統領は、2020年にナワリヌイ氏は「アメリカの特殊機関の支援を受けている」と述べました。
ナワリヌイ氏は否定しましたが、このことは、プーチン大統領が一方的にナワリヌイ氏を「欧米の手先」と捉えていたことを意味します。
プーチン大統領には、「ナワリヌイ氏の背後のいる欧米が、ロシアを混乱させ、政権転覆を狙っているのではないか」、厳しい弾圧の裏に、こうした警戒感があったのでしょう。
【ロシア大統領選挙を前に】
ロシアでは、来月中旬に行われる大統領選挙が目前に迫っています。
プーチン陣営は、投票率70%、得票率80%の圧倒的な支持で再選することを目指しています。
一方ナワリヌイ氏は、刑務所から支援団体を通じて、プーチン大統領以外の候補者に投票するよう呼びかけてきました。
ナワリヌイ氏が去年12月に突然、北極圏の刑務所に移されたのもこうした活動が影響したのではないかという見方も出ていました。
さらに今月には、ウクライナ侵攻に反対を訴えていた別の野党指導者の立候補が、書類の不備を理由に認められませんでした。
政権側は、ナワリヌイ氏の呼びかけや反政権の動きが広がることに神経をとがらせていた可能性があります。
【今後は・・・】
では今後はどうなっていくのでしょうか。
妻のユリアさんは、ナワリヌイ氏の遺志を継いで、プーチン政権批判の活動を続けていく決意を示しています。
しかしその活動は厳しいものとなりそうです。
ナワリヌイ氏に代わりうる有力なリーダーはおらず、ナワリヌイ氏が率いていた団体も「過激派組織」として解散させられ、元メンバーの活動は大きな制約を受けています。
かつて大規模な動員力を誇ったデモや集会も、政権側の取り締まりで封じ込められ、2年前のウクライナへの軍事侵攻のあと、締め付けがいっそう強まっています。
このためプーチン体制が大きく揺らぐ見通しはありませんが、抗議の声は表に出ないかたちで広がっていく可能性はあります。
来月の大統領選挙で、ナワリヌイ氏が生前投票を呼びかけた、プーチン大統領以外の候補の得票が予想以上に伸びるのか、注目していく必要があるでしょう。
【終わりに】
ソビエト時代を含むロシアの歴史を振り返ると、弾圧が厳しければ厳しいほど、揺り戻しやしっぺ返しが大きいことを、政権側は認識すべきでしょう。
国際社会も、ロシアの政治弾圧や人権状況に監視と関与を諦めてはならないと思います。
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