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※紙面抜粋
※2023年9月2日 日刊ゲンダイ2面
※文字起こし
「王様は裸だ!」と言ってしまった(C)共同通信社
野村哲郎農林水産大臣の“言い間違え”が大騒ぎになっている。
野村は8月31日、首相官邸で開かれた会議に出席後、記者団から会議内容について問われると、「汚染水のその後の評価等について情報交換した」と発言。海洋放出している東京電力福島第1原発の「水」について、日本政府が決めた“呼称”は「処理水」なのに、野村は「汚染水」と言ってしまったのである。
これを耳にした岸田首相は慌てて火消しに走る。すぐに記者団に「遺憾なことであり、全面的に謝罪し撤回するよう指示した」と明らかにし、その直後、農水省に戻った野村は発言を撤回し、関係者に謝罪。「処理水を汚染水と言い間違った」としたうえで、「普通の会話で『汚染水』は使っていない。なぜこの言葉が出てきたのか分からない」などと釈明したのだった。
騒ぎは1日も収まらず、野村は閣議後会見で改めて陳謝したが、更迭すべしの声も出てきている。8日に行われる閉会中審査で野党から追及されるのは必至だ。メディアも連日の続報。中国外務省の汪副報道局長がきのうの記者会見で野村の「汚染水発言」について「事実を述べたものだ」と発言したことが分かると、「それみたことか!」と怒りのボルテージを上げて報じていた。
総がかりで袋叩きの恐ろしさ
だが、日常的に「汚染水」という言葉を使っていなければ、あんな自然に口から出てこないんじゃないか。野村は中国による日本産水産物の全面禁輸措置を「想定外」と発言し、非難されてもいるが、これだって思わず本音が漏れたのだろう。野村はまるで「王様は裸だ!」と叫んでしまったアンデルセン童話の子どもみたいだ。
「汚染水発言」で大騒ぎする現状を俯瞰してみると、なんだか滑稽に思えてくる。というのも、「処理水」なんて奇怪な言葉を課せられているのは日本だけなのだ。
最近の記事をちょっと調べただけでも、英紙ガーディアンは「contaminated water(汚染水)」と表記している。英ロイターや米CNN、米紙ニューヨーク・タイムズは「treated radioactive water(処理された放射能汚染水、放射能処理水)」を使っている。ただの「treated water(処理水)」ではなく「radioactive(放射能を持った)」というニュアンスを入れている。
中国のように「核汚染水」を政治的に使用するのとは違うとしても、日本のようにヒステリックに「汚染水」「処理水」を区別していない。溶け落ちた核燃料(デブリ)を冷やす注水などにより発生した水が「汚染水」、それを多核種除去設備(ALPS)で浄化した水は「処理水」とするのは、あくまで日本政府の都合であり、日本の大マスコミが右へ倣えで従っているだけなのだ。
元外務省国際情報局長の孫崎享氏が言う。
「『処理した汚染水』か『単なる汚染水』かの差でしかなく、『汚染水』と表現しても間違いではないのに、メディアも政界も総がかりで野村大臣を袋叩きにしていることに恐ろしさを覚えます。X(旧ツイッター)で、元ニューヨーク・タイムズ東京支局長のマーティン・ファクラー氏の投稿を引用しました。それは〈原発事故の最初の日から、政府は言葉の選び方により情報操作を行ってきた。今は『汚染水』対『処理水』だが、1号機が爆発した日に、『メルトダウン』や『溶融』を使っちゃいけないと言いながら、『炉心損傷』という意味不明な言い方にした。分かり難いのは、メディアが素直に政府に従ってきたこと〉という投稿です。まさに政府は政策的な意図をもって『処理水』と表現し、それと違うことを言えば全て排除する。ものの見方はさまざまあるのに、日本では『汚染水』という表現が許されない。これは本当に怖い図式です」
「処理水」は解決策なき「おまじない」の言葉
岸田政権が野村の「汚染水発言」を問題視するのは、「中国が飛びつきやすいネタを提供した」ことと、原発処理水の海洋放出に伴う風評対策に注力する中で、漁業関係者らの支援に支障をきたしかねない失言だったからだという。
確かに、関係者の怒りや落胆は想像に難くない。だが、そもそも福島県漁連と交わされた「関係者の理解なしには、いかなる処分も行わない」とした約束を反故にし、強行した海洋放出である。「汚染水」を「処理水」と言い換えたって、不安は消えないし、中国に矛先を向けるのも、論点のすり替えでしかない。
9月1日、公開された本紙のYouTube動画(【ONEPOINT日刊ゲンダイ】)で、原発問題に詳しい元経産官僚の古賀茂明氏が、今回の汚染水の海洋放出をめぐる政府の「ウソ」についてズバリ解説している。詳細は動画を見てもらいたいが(文末にQRコード)、タチが悪いのは、データ捏造など積極的なウソではなく、「大事なことを言わずに勘違いさせ、わざと放置する」というタイプのウソであることだ。
例えば、海洋放出している水には複数の放射性核種が含まれているのに、政府は「トリチウムなどが含まれる処理水」という言い方でトリチウムを強調。トリチウムだけが問題であるかのように印象操作している。
世界の他の原発でもトリチウムが流されていることや、今回の海洋放出水より多くのトリチウムが流れ出ている原発があることを解説するのもそうだ。原発の燃料棒に直接触れた水と通常運転している原発からの排水は根本的に異なるのに、同じものであるというイメージを広げた。これも相当な印象操作である。
あらためて、古賀茂明氏がこう言う。
「結局、『汚染水』を『処理水』と言い換えたけれど、野村大臣は頭の中では、いろいろな放射性物質が含まれていることを知っている。実態としてたいして違いはないから、『汚染水』と“正直に”言ってしまったのでしょう。現実は、みんな無理して『処理水』と言い聞かせているだけなのです。『処理水』はおまじないの言葉みたいなもの。『処理水』と言っていれば全てが解決するかのような。でも『処理水』だろうが『汚染水』だろうが、何も変わらないし、岸田政権には解決する知恵もやる気もありません」
後戻りできない負のスパイラル
今回の「処理水」強要と、言い間違いすら許さない岸田政権を見ていると、いよいよ来るところまで来てしまったのではないかと言わざるを得ない。「侵略戦争」を「事変」と言い、「全滅」を「玉砕」などと言ってきた大本営発表さながらだ。
安倍政権で「安保法制」を「平和安全法制」、戦争ができる国づくりを「積極的平和主義」と呼んだ。岸田政権はさらにエスカレートし、先制攻撃となる敵基地攻撃能力の保有を「反撃能力」と言い換えた。目に余る言論統制なのに、大マスコミは唯々諾々だからどうしようもない。
前出の古賀茂明氏が言う。
「安倍政権以降、政治に誠実さがなくなり、かつてなら内閣が倒れるような嘘をついても、居直れば責任を取らなくてよくなった。そうした強弁が繰り返されているうちに、それを問題視して騒ぐことの方がおかしいという『規範』ができてしまいました。安倍時代のマスコミ弾圧がマスコミ自身の忖度に進化し、菅政権を経て岸田政権で変わるかと思われましたが、逆に根付いてしまった感があります。マスコミが10年以上、大本営発表通りに報じてきた結果、国民は大本営が真実だと洗脳されている。もちろん、マスコミがつくった『大本営世論』なのですが、今やマスコミがその大本営世論に忖度し、視聴者や読者が喜ぶことしか伝えなくなり、それがさらに国民を洗脳していく。とことん負のスパイラルに陥り、フェイクニュースを正すことができない。後戻りできないラインを越えてしまった。そんな危うさを感じています」
このままでは、いつか来た道へまっしぐらだ。
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