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※紙面抜粋
※2023年7月26日 日刊ゲンダイ
※文字起こし
岸田政権に警鐘を鳴らした論客が次々と鬼籍に(安全保障関連法案に関する国会前デモでの森村誠一さん=右)/(C)日刊ゲンダイ
戦争の惨禍や愚かさを後世に伝える「語り部」とも言うべき重鎮がまた一人亡くなった。小説「人間の証明」やノンフィクション「悪魔の飽食」などで知られる作家の森村誠一さんのことだ。
24日、肺炎のため東京都内の病院で死去。90歳だった。
森村さんは32歳で作家デビューし、1969年、「高層の死角」で江戸川乱歩賞を受賞。81年から新聞連載を始めた「悪魔の飽食」シリーズでは、中国で細菌兵器の実験などを行ったとされる旧日本軍731部隊の実情を明らかにしたと主張。社会的な反響を呼んだ。
12歳で敗戦を経験した森村さんが生前、強く訴えていたのが、第2次安倍政権以降、平和憲法をないがしろにし、どんどん強権的、好戦的な姿勢を示す政府に対する憤りと危機感だった。
2013年7月には日刊ゲンダイに「日本を覆う9条改憲に異議あり」と題して特別寄稿。こうつづった。
「日本は決して軍事力空白国家ではない。軍ではない自衛隊という強い用心棒によって守られている。用心棒は軍ではない。戦前・戦中、軍事政権により人間的自由の悉くを圧殺され、八紘一宇の精神のもと、世界戦争に暴走した報いとして広島、長崎、また三百万を超える犠牲を払って手に入れた不戦憲法を改め、優秀な用心棒を、なぜ軍に昇格する必要があるか」
「九条が自衛隊を守り、自衛隊が国を守っている。国民に愛される自衛隊としての存在を、戦争誘発的な国防軍に改変する必然性はない。戦力が強大化すれば、シビリアン・コントロールから脱出して国民を補給源とする軍事優先国家となった例は、かつての日本、今日のエジプト以下、アラブ諸国やミャンマー、中国などに見る通りである」
全体主義化に懸念を示していた坂本龍一さん
安倍政権が集団的自衛権の行使容認を進めた安全保障関連法案に対しても真っ向から猛批判。
「今回の安保関連法案とは、要するに米国との不公平な“商取引”なんです」「安倍首相は中国の尖閣諸島進出に対する『米軍の支援』に飛びつき、自衛隊の活動地域・水域を世界全域に拡大させる。米国は尖閣支援をエサに、自衛隊の軍事力を超安値で買い叩いたようなものです」と切り捨てていた。
安保法案反対の集会にも精力的に参加するなど、ペテン政権の愚行に強く抗議していたが、ここ数年、森村さんのように戦争の悲惨さを知り、憲法違反の安倍・菅・岸田政治に警鐘を鳴らしてきた論客が次々と鬼籍に入っている。例えば、3月末に71歳で逝去した「世界のサカモト」こと、ミュージシャンの坂本龍一さんだ。音楽家として活動する傍ら、反戦運動や環境問題にも取り組み、東日本大震災以降は東北の復興支援と脱原発に情熱を注いだ。
政権に対して辛口のコメントを発する人物が次々とお茶の間から姿を消す状況に対しても異論を唱え、「じわじわと自主規制させるような空気がすでに気が付かないうちに始まっている」「できるだけ明確に反対意見を言わないと、全体主義体制になってしまう」(ともに沖縄タイムス紙のインタビュー)と訴えていた。
軍拡万歳の大政翼賛会となりつつある恐怖
「二度と惨禍を後の世代に残さないという思いです。私にも子や孫がいます。孫が送るべき社会のありようを考えると、戦時下に民間人はどうなるかをきちんと伝えていかなければならない。それが戦争への道のブレーキになるかもしれない」
22年5月に亡くなった東京大空襲・戦災資料センター名誉館長で、作家の早乙女勝元さん(享年90)が各メディアで繰り返し強調していたのは、東京大空襲の体験を振り返り、戦争を二度と繰り返してはいけない──という強い思いだ。
坂本さんと同様、“政府批判は悪”かのような同調圧力ともいえる嫌な空気を感じ取ったのだろう。使命感のような思いを15年2月の日刊ゲンダイにこう明かしていた。
「生き残らせてもらったひとりとして、無念の死を遂げた声なき人の声を語り継いでいかなきゃいけない。不幸な時代を繰り返さぬという心構えを子供や孫に伝えなければならない。そう覚悟しています。黙っていれば認めたことになっちゃう。声をあげないと、なかったことになってしまいますからね」
安倍政権以降、政府内ではびこり始めた「戦争政治屋」を批判していたのは、22年3月に87歳で亡くなった俳優の宝田明さん。小学生時代を旧満州国のハルビンで過ごし、つらい戦争体験から“魂の叫び”とも言うべき強い言葉で反戦を訴え続けた。
岸田は国民生活よりも政権維持のほうが大事
「戦後70年間、なんとか平和を守ってきたのが、いよいよタガが緩んできた。かつて毎朝朝礼で満州から東を見て、まだ見ぬ憧れの祖国に深々と頭を下げた。その国がなぜこんなことになったのか。戦後生まれの安倍首相は、公約に掲げて選挙で勝ったわけでもないのに、たかが閣議決定で集団的自衛権の憲法解釈を変えてしまった。ガラガラと音を立てて、大切な何かが崩壊しつつあると感じます」(2015年6月の日刊ゲンダイのインタビューで)
宝田さんの指摘通り、防衛予算の大幅増や敵基地攻撃能力の保有など、今やタガが外れた岸田軍拡の動きは止まらない。25日も、岸田首相は自民、公明両党に対して、防衛装備品の輸出緩和に向けた議論を加速するよう指示。両党の実務者協議が続いている防衛装備移転三原則の運用指針見直しを急ぐ狙いがあるとみられるが、国民や野党がどんなに反対の声を上げても知らんぷり。「命令は絶対で異論を許さない」という問答無用の姿勢は、保険金の不正請求問題が発覚した中古車販売大手ビッグモーターの悪しき組織体質と何ら変わらないだろう。
芸能人の不倫は執拗に追い回す大手メディアも、政権に対してはすっかり沈黙の異常事態だからクラクラしてしまう。
政治評論家の小林吉弥氏がこう言う。
「岸田首相は『軽武装・経済重視』という出身派閥・宏池会の理念よりも、政権維持の方が大事。そのために党内最大派閥・安倍派の右派の意見を取り入れることばかり考えている。つまり、国民世論よりも党内重視なのでしょう。防衛力強化についても米国の言いなり。このままだと際限なく突き進んでしまうかもしれません」
「戦争を知っている世代が政治の中枢にいるうちは心配ない。平和について議論する必要もない。だが、戦争を知らない世代が政治の中枢になった時はとても危ない」
こう言ったのは故・田中角栄元首相だが、まっとうな論客が次々と去ることになれば、どんな危うさが待ち受けているのか。元外務省国際情報局長・孫崎享氏は「今の日本で恐ろしいのは想像以上に言論統制が進んでいること」と言い、こう続ける。
「それは米国の意向に異論を唱える言動は封じ込められることです。防衛予算の大幅増についても米国のバイデン大統領は自身の手柄のように話していましたが、政界も経済界もすべてが米国の思うままに動いている。日本独自の戦略が見えません。メディアも異論を唱えない。これは主権国家として異常な事態です」
「戦後政治の生き証人」と称され、2月に亡くなった政治評論家の森田実さん(享年90)は今の社会全体が大政翼賛的な動きに進みつつあることを懸念していた。このまま軍拡万歳の方向に向かえば、いつか来た道にあっという間に逆戻りだ。心ある国民が声を上げるしかない。
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