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※紙面抜粋
※2023年7月3日 日刊ゲンダイ
※文字起こし
限界をひた隠し、諸外国もやらない紐づけに焦る(岸田首相と河野デジタル相=右)/(C)共同通信社
マイナンバーカードをめぐるトラブルは、ア然とするほど底なしだ。富士通の子会社が提供するシステムがまたやらかし、マイナカードを使った証明書交付サービスの再停止に追い込まれた。福岡県宗像市の庁舎内に設置された端末が先月28日、直前に発行した別人の住民票を誤交付。前回のコンビニ誤交付とは違う原因だという。5月からシステムを停止して6月18日に再開したそばから、サービス停止を余儀なくされた。再開時期は未定。その間、証明書の交付を受けたい場合は、自治体の窓口で直接申請する必要がある。国民の不安は増幅するばかりだ。
岸田首相は「マイナカードは社会をデジタル化する上で重要なインフラであり、普及に努めないといけない」と繰り返し、2024年秋までの健康保険証との一本化、そして25年秋の保険証完全廃止に突き進むが、インフラとしての機能は日を追うごとに怪しくなっている。マイナカードの自主返納が後を絶たず、ツイッター上で「#マイナカード返納運動」が拡大するのも当然だ。マイナカードの取得はあくまで任意。返納届に名前や住所などを書いて自治体に提出すれば、誰でも手放すことができる。
総務省によると、返納は5月25日時点で約45万枚。3月3日時点から3万枚増えたという。5月以降に個人情報の誤登録などが相次いで判明した影響は大きい。共同通信が都道府県庁所在地と政令指定都市の計52市区を対象に行った調査では、マイナカードの自主返納が少なくとも計318件あった。5月以降に21件の返納があった金沢市は「返納届に『信用できない』『問題が多い』などの記載があった」と説明したという。共同の世論調査で保険証と一本化した「マイナ保険証」をめぐるスケジュールの延期や撤回を求める声は計72.1%に上った。岸田政権は24年度末までにマイナカードに運転免許証の機能も持たせる予定だが、マイナ保険証の問題続出を目の当たりにして、そんな恐ろしい紐づけを進んでする国民が果たして何人いるのか。捕らぬたぬきの皮算用だ。
名称変更でイメージ刷新の弥縫策
にもかかわらず、岸田はいまもって批判はどこ吹く風。先月下旬にデジタル庁に設置した省庁横断の「マイナンバー情報総点検本部」に命じた秋までの総点検をめぐり、懲りもせず拙速に事を運ぼうとしている。マイナカードの個人向けサイト「マイナポータル」から閲覧できる全29項目の情報を総点検する作業なのだから、慎重を期すべきなのに、8月末としていた中間報告の取りまとめを8月上旬に前倒しするよう関係閣僚に指示。岸田がイイ顔するために、締め切りを繰り上げられる自治体は迷惑千万だ。そうでなくても問い合わせや苦情、返納処理に追われ、業務は加速度的に増えている。
そうした中、河野デジタル担当相は2日のNHK「日曜討論」で、マイナ保険証への切り替えについて「来年の秋に一本化するが、そこから猶予期間があり、現実的にはこれから2年半となる。おそらく問題はない」と強弁。「マイナンバー制度とカードが混乱している」として、「次にカードを更新するときには『マイナンバーカード』という名前をやめた方がいいのではないか」とも主張。マイナカードについてロクに説明せず、保険証との一本化を打ち出して取得を強制し、不信を増幅させた責任を棚上げ。マイナカードの名称変更にまで言及していたが、事務所とのトラブルで改名を余儀なくされる芸能人とはワケが違う。一連のマイナ問題の根底にあるのは、見切り発車のシステム運用、個人情報の粗雑な扱いだ。名前を変えてイメージ刷新なんて、小手先対応が通用するわけがない。
保険証との一本化まで「あと2年半ある」などと嘯き、紙の廃止を撤回しない岸田政権だが、事実上の後ろ倒しで無能を認めざるを得ないていたらく。
強行はさらなる混乱を招くこと必至だ。
IT土建国家化で増えるブルシット・ジョブ
高千穂大教授の五野井郁夫氏(国際政治学)はこう言う。
「SE(システムエンジニア)が激務ゆえに『IT土方』と呼ばれるのが象徴的で、この国は土建国家からIT土建国家に変わりつつあります。利権の温床だった公共事業が人口減少や過疎化で存在感を失う一方、政府が旗を振るDX(デジタルトランスフォーメーション)を契機にITインフラ整備に取って代わりつつある。マイナカードの普及はブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)。政府にぶら下がる企業連合の中で新たな利権を回すため、不要な紐づけを推し進め、天下りやキックバックの土壌をつくっているのです。マイナカード関連のデータ入力などを主業務とする時給1600円程度のアルバイト募集がいくつもかけられていることからも、政府の意図が垣間見える。総点検なんて口先だけ。システムが抱える根本的な問題の洗い直しや国民の不安解消に真摯に取り組むつもりはなく、人海戦術でやり過ごそうというのでしょう」
岸田が「新型コロナウイルス対応並みの臨戦態勢」で総点検に臨むよう指示したのも、なるほど納得だ。コロナ禍をめぐっては、ワクチン接種事業でパソナなど大手企業による中抜きが横行。2020年6月に導入されたコロナ陽性者との接触を知らせるアプリ「COCOA(ココア)」の開発もデタラメだった。厚労省の委託先の企業が別の3社に対し、契約金額の94%で事業を再委託。再委託に関する厚労省の規定「原則2分の1未満」を大きく超えるやりたい放題の上、登録者に接触が通知されないなどの不具合が多発し、ダウンロードは約4000万件どまり。効果を上げるために必要とされた「国民の6割近く」には遠く及ばず、契約額にして約13億円に上るココアの開発・運用に要した費用はドブに捨てたようなものだった。
マイナカード問題に党派性なし
デジタル後進国でマイナカードなんて100年早い。海外に目を向ければ、こんな乱暴なやり方で個人情報を紐づける国はない。ナチス・ドイツが「共通番号」によってユダヤ人をあぶり出した歴史の教訓から、ドイツやフランス、オーストラリアでは行政機関ごとに異なる番号を用いて個人情報を管理。イギリスでは06年にIDカード法が成立したものの、政権交代を経て10年に廃止された。米国には社会保障番号があるが、取得は任意だ。この問題に詳しいジャーナリストの堤未果氏は、本紙でこう警鐘を鳴らしていた。
「諸外国では貴重な情報を同じカバンに入れないのは常識で、セキュリティーの概念から、分散化に動いているのに、日本だけが逆行している」
「9.11後の米国では“落ちこぼれゼロ法”を作って貧しい子供の成績を軍に流させる『経済徴兵制』を整備したし、ロシアは今やデジタル赤紙がスマホに送られてくる。マイナンバーカードを作ってあらゆる個人情報が紐づけられたら最後、今の日本政府の様子では何に使われるかわかりません」
コロナアプリでも露呈した役所と業者の限界をひた隠しにし、諸外国もやらない紐づけに焦る岸田政権の動きは、どこか戦前を思わせる。立正大名誉教授の金子勝氏(憲法)はこう言った。
「岸田政権が昨年末に安保関連3文書を改定したのは、27年までに中国が台湾に侵攻するという米国の仮説に従い、参戦する土台をつくるため。専守防衛を逸脱する敵基地攻撃能力の保有は、戦争国家を確立する第一歩です。マイナ保険証の強行は、国民の命をカタにして個人情報を一元的に吸い上げるためだと言っていい。すべての国民の情報を把握し、戦力となる国民を選別しなければ有事には臨めないからです。政府を平和国家の堅持に転換させない限り、この流れは止まらないでしょう。国民の命と生活を左右するマイナカードをめぐる問題に党派性はない。廃止に向けて誰もが手を結べるテーマで、正義は国民の側にある。立憲民主党をはじめとする野党の腕の見せどころですし、信頼回復のラストチャンスです」
立憲は秋に見込まれる臨時国会に保険証廃止を一定期間延期するための法案を議員立法で国会提出するというが、生ぬるい。5日の衆院閉会中審査に肝心の岸田を引っ張り出せないのはナメられているからだ。岸田の暴政を本気で止めないなら、加担したも同然だ。
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