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※紙面抜粋
※2023年4月18日 日刊ゲンダイ2面
※文字起こし
ともにルーツはハト派の宏池会(上、岸田首相と麻生副総裁)、捜索にあたる自衛隊員(C)日刊ゲンダイ
沖縄県の宮古島付近で10人が搭乗した陸上自衛隊UH60JAヘリコプターが消息を絶った事故発生から12日。自衛隊や海上保安庁などが懸命の捜索活動を続ける中、17日までに宮古島の西隣にある伊良部島の北約6キロ、水深約106メートルの海底で5人を発見。機体の胴体部分も損壊した状態で見つかった。
陸自の発表によると、そのうち引き揚げられた2人は巡視船で宮古島の平良港に運ばれ、医官が死亡を確認。3人の引き揚げとともに、不明者の捜索を急いでいる。岸田首相は「痛恨の極みだ。全力で事故原因の解明に努めたい」と言葉少なだったが、「10人が一日も早く家族の元に帰ることができるよう、全力を尽くす」と力を込めた。
ようやく機体が見つかり、遺体の収容が始まったが、そもそも一団はここで何をしていたのか。事故機には陸自第8師団の坂本雄一師団長(55)ら師団司令部幹部5人、ヘリを運航した師団傘下の第8飛行隊のパイロットと整備士2人ずつ、宮古警備隊の幹部1人の計10人が搭乗していた。
拠点がある熊本県の高遊原分屯地を4日に発ったヘリは、那覇市を経て6日に宮古島へ移動。6日午後3時46分、宮古島中央部に位置する航空自衛隊宮古島駐屯地を離陸し、海岸線に沿うように北上した後、北端で進路を北西に変更。午後3時56分ごろ、伊良部島の北東約3キロの洋上でレーダーから機影が消えた。
それまで宮古島空港の管制官と複数回交信。消息を絶つ約2分前には、伊良部島に隣接する下地島空港の管制官からの「下地島の管制圏に入ったら下地島の周波数で連絡ください」との呼びかけに「了解」と応じたという。1時間20分ほどの飛行を終えて午後5時5分に宮古島駐屯地に戻る予定だったが、離陸から10分で「SOS」を全く出さずに行方不明となった。
有事うってつけの立地
事故機は、周辺の地形を上空から確認するために目視で飛行。こうした場合のヘリの高度は300〜500メートルが一般的とされる。当時の気象状況は、風速7メートルの南よりの風が吹き、視界は10キロ以上、雲の高さはおよそ600メートル。飛行に特に問題はなかったという。レーダーから消失した地点からすると、進行方向の反対側の海底に沈んでいたことから、レーダーで捉えられないほど低空を飛んでいたとの見方が浮上している。どういうことなのか。
軍事評論家の田岡俊次氏は、ネットメディア「デモクラシータイムス」(12日配信)でこう言っていた。
「もしも中国と戦争になれば、あの島(下地島)を米軍が基地に使いたい。それを守るのに、第8師団があの島(下地島)へ防備に行くということは十分にある話」
「(事故機は)かなり低空で飛んで、写真もじゃんじゃん撮っていたそうですしね」
下地島は隣の伊良部島と複数の橋でつながっており、伊良部大橋を通じて宮古島まで車で行き来できる。民間パイロット訓練用空港として1979年に設置された下地島空港が島の大半を占める独特の立地だ。下地島空港を管理するのは沖縄県。当時の知事が国と交わした71年の「屋良覚書」と79年の「西銘確認書」によって、使用は航空訓練と民間航空に限定されている。ちなみに、県内の空港で国が管理しているのは那覇空港だけだ。
田岡氏はこうも言っていた。
「(下地島は)小さい島で、面積は10平方キロないくらい。(下地島空港は)滑走路3000メートルですよ。成田空港とか、羽田空港とか、それくらいのクラスの滑走路がある」
米軍は虎視眈々、政権も前のめり
事故機に搭乗していた師団長など複数の幹部は、先月着任したばかりだった。隊員5000人の第8師団は全国に9つある師団の中でも重要度が高く、管轄は熊本、宮崎、鹿児島だが、2018年に全国に先駆けて「機動師団」に組織改編されたことで、有事にはいち早く南西諸島に駆けつけることが想定されている。
10年の防衛大綱で明記された自衛隊の「南西シフト」は着々と実行され、16年に与那国駐屯地、19年に奄美駐屯地と宮古島駐屯地、今年3月には石垣駐屯地が開設された。軍事ジャーナリストの世良光弘氏はこう言う。
「沖縄県は第15旅団の管轄ですが、いざとなれば第8師団がバックアップする。坂本師団長の前任は相馬原駐屯地(群馬県榛東村)に拠点を置く第12旅団長。空中機動に特化したヘリボーン部隊の特性を有する旅団を率いたことから、ヘリの運用にとりわけ熱意があったのかもしれません。
もっとも、自衛隊が下地島空港に部隊を置く構想は90年代から持ち上がっている。ジェット戦闘機の運用は3000メートル級の滑走路がなければ難しいためで、07年には久間防衛相が『これから先、緊迫してきて(自衛隊機の)スクランブルをかけなければいけない状況が出てきたときは、下地島空港はいい場所にある飛行場だと思っている』と国会答弁しています。12年にJAL、14年にANAが訓練から撤退したことも流れに棹さしています」
米軍は今年1月、人道支援などの訓練を目的として県に下地島空港の使用届を提出。海兵隊のヘリを普天間基地と行き来させる計画だった。通告すれば日本国内の空港や港をタダで使用できるとする日米地位協定5条をタテに押し込もうとしたが、米軍による民間空港の使用自粛を繰り返し求めてきた県が受け入れず、引っ込めた。
そういう経緯がありながら、浜田防衛相は自衛隊の下地島空港利用に前のめり。米軍キャンセル直後の会見で、「日ごろから訓練を重ね、柔軟に利用できることが重要だ」「常にあらゆる空港に降りていることが、その空港を利用する際には大変無駄なく、危険を回避しながら対応できると考えている」と主張していた。
米軍使用に向けた地ならしなのだろう。事故機の超低空飛行は自衛隊のためというよりは、米軍に差し出す情報収集のためで、その過程で何らかのアクシデントに見舞われたのかもしれない。
「存立危機が危なくなる」
この国の防衛戦略はわからないことだらけだ。国民が知らない間に「戦争準備」が着実に進められている。岸田政権は昨年末に国家安全保障戦略などを改定。防衛費を倍増させ、国是である専守防衛を逸脱する敵基地攻撃能力を保有すると決めたが、岸田は防衛力強化の中身についても、財源についても「手の内を明かすことになる」などとホザいてロクに答えない。ひたすら軍拡に突き進む岸田は一体、何を企んでいるのか。
その答えは、自民党の麻生副総裁の17日の発言に凝縮されている。地元の福岡県内で開いたセミナーで、台湾有事となれば石垣島など日本の領土も巻き込まれる可能性があるとし、「今までのような状況と違って、戦える自衛隊に変えていかないと、われわれの『存立危機』が危なくなる」と強調。
「存立が危うくなる」と言うべきところを「『存立危機』が危なくなる」とやらかすのが麻生らしいように見えるが、第2次安倍政権が強引にまとめた安保法制に基づけば、米国のような密接な関係国に対する武力攻撃により、日本の存立が脅かされるのが「存立危機事態」だ。
集団的自衛権の行使を可能とし、国家安保戦略は敵基地攻撃能力を用いて共に反撃できるとした。米軍と一緒に戦える自衛隊にしておかなければ無に帰すと言いたいのか。「間違いなく、岸田首相は安倍元首相にはできなかったことをいずれもやってのけています」──。この統一地方選後半戦、衆参補選で政権に厳しい審判を下さなければ、麻生の言葉通りになりかねない。
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