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プリゴジンが暴いたプーチンの虚像...怒りに震え動揺──ロシア国民が初めて目にした大統領の顔/ニューズウィーク日本版
ニューズウィーク日本版 によるストーリー • 月曜日
https://www.msn.com/ja-jp/news/world/%E3%83%97%E3%83%AA%E3%82%B4%E3%82%B8%E3%83%B3%E3%81%8C%E6%9A%B4%E3%81%84%E3%81%9F%E3%83%97%E3%83%BC%E3%83%81%E3%83%B3%E3%81%AE%E8%99%9A%E5%83%8F-%E6%80%92%E3%82%8A%E3%81%AB%E9%9C%87%E3%81%88%E5%8B%95%E6%8F%BA-%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2%E5%9B%BD%E6%B0%91%E3%81%8C%E5%88%9D%E3%82%81%E3%81%A6%E7%9B%AE%E3%81%AB%E3%81%97%E3%81%9F%E5%A4%A7%E7%B5%B1%E9%A0%98%E3%81%AE%E9%A1%94/ar-AA1dlI51?ocid=msedgdhp&pc=U531&cvid=0d5bed34890149ec8ab84696e1d43b8c&ei=10
<子飼いの部下から挑戦状を突き付けられ、右往左往した絶対独裁者の痛ましい欠点>
あんなに動揺し、怒りに震える大統領の顔をロシア国民が目にしたのは、たぶん初めてだ。
6月24日の昼前、ウラジーミル・プーチンは突然テレビに現れ、緊急演説を行った。朝方には民間軍事会社ワグネルの戦闘部隊がロシア軍に反旗を翻し、南西部の要衝ロストフナドヌに進撃していた。正規軍の兵士や治安部隊、地元警察などが抵抗した様子は見られなかった。
この演説でプーチンは、ワグネルの領袖エフゲニー・プリゴジンの名こそ挙げなかったが、「背中にナイフを突き立てる」ような行為には迅速かつ断固たる懲罰を科すと断言した。プリゴジンがたたき付けた挑戦状を、自分は受けて立つ。テレビの前の全国民に、プーチンはそう約束した。
しかし、その決意は1日ともたなかった。実戦で鍛えた反乱勢力が(ほとんど邪魔されずに)首都モスクワに向けて進撃し、慌てた首都防衛隊が緊急配備に就くなか、クレムリン(ロシア大統領府)の報道官ドミトリー・ペスコフは大統領演説と正反対の声明を出した。プリゴジンを反逆罪に問うことはない、彼はベラルーシに亡命する、反乱に参加した戦闘員が退却すれば罪に問わない......。
国営メディアは突然の方針転換を、無用な流血を避けるための寛大な措置と言いくるめようとした。だがプーチンの最も忠実な支持者たちでさえ、それを額面どおりには受け取らなかった。
何か都合の悪いことが起きれば自分は身を引き、部下に責任を押し付けて国民の怒りをそらし、彼らが内輪もめで自滅するのを待つ。プーチンは今日まで、そうやって権力を維持してきた。
例えば新型コロナウイルスのパンデミックでは、感染予防と称して厳格な自主隔離を行い、危機対応の大部分を自治体の当局者に丸投げした。ウクライナ戦争でも、ハルキウやヘルソンからの撤退といった屈辱的な決定は国防省や軍部に発表させてきた。
そのせいで、国内の戦争支持派やロシア民族主義者の間では、国防相のセルゲイ・ショイグが最大の嫌われ者になった。プリゴジンもそれを承知で、プーチンの名は出さず、ひたすら軍の幹部を非難してきた。ネット上にプーチンの指導力を疑問視する書き込みが散見され、好戦派の一部からプーチンの辞任を求める声が出たのは事実だが、あくまでもごく一部だった。
一気に崩壊したイメージ
しかしプーチンが「われ関せず」を貫き、部下の誰かに責任を押し付けるやり方は限界にきていた。なにしろ大軍を率いて首都へ進撃し、目障りなロシア空軍機を撃墜した張本人は、プーチンの最も忠実な部下の1人なのだ。
プーチンはやむなく顔を出し、テレビを通じて反乱鎮圧を宣言した。だが、それもむなしかった。正規軍も治安部隊も秘密警察も動かず、プーチンの命令を実行しようとしなかったからだ。
ロシア国民の目には、プーチンが机上の軍隊を動かしているだけと映ったことだろう。しかも最悪なことに、この時点で大統領支持を表明する有力者が一人もいなかった。プーチンがいったん反乱鎮圧を宣言し、その方針があっさり撤回されるまでの間、彼らは様子見を決め込んで、決着がつくのを待っていたようだ。
無理もない。誰に責任を押し付けることもできずに自分自身が前面に出て、一人で事態に対処しようとする。そんなプーチンの姿は前代未聞だった。
そもそも子飼いのプリゴジンに「汚れ役」を引き受けさせ、その代わりにアフリカ諸国などで天然資源の利権を与え、ネット上で情報操作を行う「トロール工場」を運営させ、強力な傭兵部隊を養えるようにしたのはプーチン自身だ。ワグネルとロシア国防省の対立を悪化させ、顕在化させたのもプーチン自身。そして今回、反乱を実力で鎮圧すると宣言しながら撤回したのもプーチン自身だ。
どう見ても優柔不断。しかも、ワグネルの反乱は決して「無血」の政治的策動ではなかった。モスクワに向かう途中で、彼らはロシア空軍機7機を撃墜し、操縦士を含む乗員10人以上を死亡させたと伝えられる。
その情報がすぐにもみ消され、彼らが許されてしまったことに困惑し、怒りを感じた国民は少なくない。その中には、昨日までワグネルの勇猛さを絶賛し、国防省を批判していた人々も含まれる。
6月26日の夜遅く、プーチンは異例の短い演説を行った。ワグネルの戦闘員たちが反乱未遂の責任を問われないことを確認し、「友軍同士の流血」を回避した指揮官たちに感謝すると語った。しかし、自分たちの指導者が事態を掌握できていないのではないかという国民の不安を和らげる助けにはならなかった。
今回の反乱で、反プーチンの守旧派も活気づいた。以前はブロガーや元傭兵など、不満分子の寄り合い所帯にすぎなかったが、今は反プーチンで結束し始めている。
「大統領らしからぬ惨めなパフォーマンス」だとSNSのテレグラムに書き込んだのは、著名な軍事ブロガーで元軍人のイーゴリ・ギルキン(2014年にウクライナ上空でマレーシア航空機が撃墜された事件への関与を疑われている人物だ)。過激な民族主義者で超好戦派のウラジスラフ・ポズニャコフも、「プーチンは現実から切り離されたファンタジーの世界に住んでいる」とこき下ろした。
揺らぐ親プーチン勢力
極右民族主義集団の「怒れる愛国者クラブ」は、ウクライナ戦争でロシアが苦戦しているのはプーチンとショイグの指導力不足と政府の腐敗のせいだと主張し、プリゴジンを擁護してみせた。
この団体は26日にギルキンらを招いて会合を開き、ロシア政府がウクライナ戦争で敵に譲歩することは絶対に許さないと宣言した。しかも彼らは、自分たちの背後には1000万〜1500万の有権者がいるとし、来年に迫るロシア大統領選挙で影響力を行使できると豪語している。
多くのロシア人、とりわけ権力の中枢にいる人たちが反乱の行方を傍観したという前代未聞の事態も注目に値する。以前なら、彼らは必ずプーチンへの忠誠を表明し、口をそろえて敵を糾弾したものだ。
いい例がロシア政府の御用テレビ局RTの編集長マルガリータ・シモニャンだ。従来はプーチンを声高に支援し、プリゴジンとワグネルにも惜しみない称賛を送っていたのに、25日の晩まではひたすら沈黙していた。そして決着がついた後に、ようやくプーチン支持の発言をした。
親プーチンの中道左派政党「公正ロシア」を率いるセルゲイ・ミロノフも、以前は積極的にワグネルをたたえていたが、今回は沈黙していた。プーチンのおかげで潤ってきた政商たちも声を上げなかった。そして一般国民は、ほぼ無関心を装っていた。
危機に際して自ら動かず、決断を先送りするのはプーチンの常套手段。今まではそれで、不都合が起きても誰かに責任をなすり付けることができた。だが今回は違った。彼自身の無残な欠点が暴かれた。反乱の芽を摘むことができず、粉砕し鎮圧するという約束も守れなかった。決断力のなさと弱さは明らかだ。裸の王様であることが、ばれた。独裁者には最悪の事態だ。
プーチン体制を支えるはずの治安部隊と情報機関でさえ、今のところ動きが鈍い。ロシアは事実上の独裁国で警察国家だが、まだ反乱参加者やその支持者の一斉検挙に踏み切っていない。もはや治安部隊でさえ気付いたのだろう。無慈悲な支配者というプーチンの自画像は虚像だったと。
同じ思いは国民の間にも急速に広がっている。さて、この先に待つのは自滅の道か。
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