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2024.12.26 by 『きっこのメルマガ』
https://www.mag2.com/p/news/632590
■前向きでも発展的でもない。ホンダと日産「経営統合」の真実
12月23日、ホンダの三部敏宏社長、日産の内田誠社長、三菱(自動車)の加藤隆雄社長が経済産業省と国土交通省を訪れ、3社経営統合の本格的な協議入りを国に報告しました。今後の流れとしては、まず規模の大きいホンダと日産が年内にも協議入りし、日産と企業連合を組む三菱が年明けに合流し、来年6月の合意を目指すと発表されました。
現在の自動車の年間販売台数は、ホンダが世界7位、日産が8位ですが、この3社統合が実現すると、世界首位のトヨタ、2位のフォルクスワーゲングループに次ぐ、世界3位の連合となります。
この発表だけを見れば、前向きで発展的な経営統合のように感じてしまいますが、すでに多くの皆さんがご存知のように、これはそんなに喜ばしい話ではないのです。現在、ホンダは二輪部門が好調なので何とかなっていますが、日産は極めて苦しい状況です。日本車の主要マーケットである北米での売上を見ると、日産は去年まで2千数百億円の利益を上げていましたが、今年はマイナス50億円へと急降下してしまいました。これには複数の原因があるのですが、最大の原因は「カルロス・ゴーンの負の遺産」です。
■ゴーンの社長就任で崖っぷち状態へと転がり落ちた日産
今から50年ほど前、あたしが生まれた頃は、日産とトヨタが日本を代表する二大自動車メーカーでした。日産は「銀座に本社がある東京のメーカー」、トヨタは「愛知県のメーカー」というイメージだったため、東京生まれ東京育ちのあたしは、大人になるまで日産派でした。
でも、そのイメージが大きく変わり始めたのが、自動車業界の「ミスター・ビーン」ことカルロス・ゴーン氏が、日産の社長に就任した1999年からです。約2兆円の負債を抱えて破綻寸前だった日産の救世主として、ルノーから送り込まれて来たゴーン氏は、5カ所の工場を閉鎖し、50%の下請けを切り捨て、2万1,000人という大リストラという血も涙もない大改革を強行し、わずか2年で日産をV字回復させたのです。
しかし、その一方で、セドリックやグロリア、サニーなど、日産の代名詞とも言える伝統ある車種が「合理化」の名のもとに消えて行きました。当時、あたしが何よりもショックを受けたのが、スカイラインから、ハコスカ以降の「サーフライン」とケンメリ以降の「丸型テール」が消えたことです。どんなにフロントビューが変わろうとも、この「サーフライン」と「丸型テール」こそがスカイラインであることの証でした。
それなのに、10代目の「R34型」まで続いて来たこの二大アイコンが、いとも簡単に切り捨てられ、11代目の「V35型」は、劣化版メルセデスのような残念な外観になってしまったのです。
ま、これは一例に過ぎませんが、ゴーン氏は開発費用を削減し、他車種との共通部品を多くし、徹底した合理化によるコストダウンで安い車を大量生産し、さらにそれを大幅値引きし、「他社の同クラスの車より数十万円も安い」というコスパのみを「売り」にして販売台数を稼ぎまくったのです。その結果、破綻寸前だった日産はV字回復して生き残ることができましたが、それと引き換えに日産は、ブランド力、商品力を失ってしまったのです。そして日産は「値引きしないと売れないメーカー」になってしまったのです。
こんな話題で「新型コロナ」と書くと、ナニゲにトヨタの車のことかと勘違いされちゃいそうなので念を押しておきますが、感染症のほうの新型コロナが続いていた間は、各メーカーと同じく日産も供給が落ちていたので、必然的に需要のほうが上回っており、魅力のない日産車でも値引きせずに売れていました。しかし、昨年5月、政治的理由によってに新型コロナが明けた(とされた)ことで、各メーカーの供給量が回復し、市場に車が行き届き、消費者は選択できるようになったのです。
そして、ブランド力、商品力、魅力のない日産車は売れなくなり、現在の崖っぷち状態へと転がり落ちたのです。現在の日産は、もはや誰かが救済の手を差し伸べないとヤバイ状態です。
■日産の「第2のシャープ化」回避のために動いた経産省
…そんなわけで、そこに目をつけて日産の買収に乗り出したのが、台湾のホンハイ(鴻海)精密工業でした。日本の家電メーカー、シャープを買収したことでもお馴染みのホンハイは、アップル社のアイフォンを受託生産している企業ですが、スマホに続く次世代の成長ビジネスとして、EV(電気自動車)事業やAI(人工知能)事業を進めています。
ホンハイはすでにEV事業部を立ち上げ、2022年までに複数タイプのEV試作車を発表して来ました。つまり、開発ベースでは一定の水準に達しているのです。しかし、これを量産して販売するとなると話は別で、新たに自動車会社を作らなければなりません。でも、イチから自動車会社を作るのは時間が掛かりますし、そのノウハウもありません。
そこでホンハイは、もともとは日本企業の下請けからスタートした会社ですし、シャープの買収という成功例もあるため、日本の自動車メーカーに目を向けたのです。今の日本は、アベノミクスの失敗を頑として認めたくない政権与党によって円安進行を余儀なくされているため、日本企業の買収はバーゲン価格なのです。そして、自力では回復のメドが立たない日産に白羽の矢を立てたのです。
ホンハイは、まず日産への資金提供を提案し、続いて日本の経産省に「カルロス・ゴーン時代と同じの2万人規模のリストラを行なわないと日産に未来はない」と進言しました。これを受けて経産省は、ホンハイの日産買収を察知し、「第二のシャープを作ってはいけない!」と対策に動き出したのです。ホンハイは中国と近い企業なので、日本の基幹産業である自動車メーカーを買収されてしまったら、経済安全保障の観点からも極めて問題だからです。
そこで経産省は、ホンダに「日産の救済」を打診するとともに、日産には「早急の回復」を指示したのです。この見事な連携プレー、サスガは大企業が自民党に企業献金し、その見返りに各省庁が公共事業を振り分けるという、政権与党と各省庁と経団連とが一体化した政官財の癒着国家です。これじゃあ国会で小泉進次郎が自分の答弁時間に「企業献金の必要性」というファンタジーポエムを朗読し続けているのもうなずけます。
で、これを受けて、日産の内田誠社長は先月、全社員の7%に当たる約9,000人のリストラを発表しました。これは、ホンハイの「2万人規模のリストラ」という進言に対する精一杯の対抗策でした。しかし、現実問題として、これではまったく不足であり、言葉は悪いですが「焼け石に水」なのです。そのため、日産はホンダに救済してもらうしか道がなくなり、日産の買収を進めるホンハイとの主導権争いが始まったというわけです。
そんなホンハイのEV事業部の最高戦略責任者(CSO)は、もともと日産の副最高執行責任者(副COO)であり、日本電産の社長兼最高経営責任者(CEO)も歴任した関潤(せき じゅん)氏(63歳)です。関氏は日産時代、社長兼CEOだったカルロス・ゴーン氏に目をかけられて出世して日産のナンバー3まで上り詰め、ゴーン氏が失脚した後は「次期社長のイスに最も近い男」と呼ばれたこともありました。しかし、現在の内田誠氏が社長兼CEOとなり、関氏は日産を去って日本電産へ移ったのです。
その関氏に目をつけたのが、どうしても日産が欲しいホンハイでした。関氏は日産でEVの駆動用モジュールである電動アクスル事業に関わっていたので、ホンハイがEV事業を進める上で必要な人材でした。しかし、それ以上に、日産内部を知り尽くしている関氏は「日産買収要員」として必要不可欠だったのです。そこで、日本電産の13倍の売上高を誇るホンハイは、関氏を特別待遇で招聘(しょうへい)し、EV事業部のトップに据えたのです。
今回、ホンダと日産の経営統合の発表を受けて、関氏はすぐにフランスへ飛びました。日産の筆頭株主であるルノーの上層部と面談し、日産買収の第一歩として大量の日産株を手に入れることが目的です。
■ホンダとの経営統合実現で日産を守れるという経産省の誤算
で、ここまでの流れを見ると、ホンダとホンハイが日産を奪い合っているように見えてしまいますが、実際はそんなに単純な話でもないのです。何故なら、ホンハイ側には、まずはホンハイが日産の筆頭株主になり、日産の経営権を押さえた上でホンダと経営統合させるシナリオもあれば、今のままホンダと日産と三菱を3社経営統合させた後で、ぜんぶまとめて買収するというシナリオまであるからです。3社が経営統合したところで、今の円安なら買収可能と考えているのです。
…そんなわけで、ホンハイの創業者である郭台銘(かく たいめい)氏(74歳)は「テリー・ゴウ」という英語名のほうがメジャーですが、2020年と今年2024年の二度にわたり、台湾の総統(大統領)を目指して中国国民党の予備選に参加しているので、政治ニュースでも名前を見た人も多いと思います。
郭元会長は、2020年の総統選への出馬のために、表向きはホンハイの会長職を辞しましたが、現在も実質的なトップであり、絶大な発言力を持っています。現在のホンハイがEV事業を新たな成長ビジネスと位置づけて力を入れているのも、それに伴って日産の買収が進められているのも、関潤氏を買収要員として招聘したのも、すべて郭元会長の指示だと言われています。
台湾の総統になるという野望が果たせなかった郭元会長は、今、新たな野望に向かって突き進んでいます。それは「台湾のイーロン・マスク」になることなのです。現在のホンハイをさらに何倍もの巨大企業へと成長させ、その資金力によって現在のイーロン・マスクのように、アメリカ大統領をも動かせるような影の権力者を目指しているのです。
そして、そのために必要なのが、郭元会長自身が「走るスマートフォン」と位置づけている次世代EVの開発、生産、販売を、すべて自社グループ内で完結させるための新会社であり、その礎(いしずえ)として日産が狙われているのです。
経産省は、ホンダとの経営統合が実現すれば日産を守れると思っているようですが、まず、ホンダ側にこれと言ったメリットのない経営統合自体が極めて無理のあるシナリオですし、数々の問題点を強引に摺合せして何とか経営統合を実現させたとしても、まだその先があるのです。ホンハイは「経営統合した場合の対応」まで視野に入れて動いているのですから、今はホンダと日産の協議内容だけを見て短絡的に判断すべきではないと思います。ま、とても新車など買えないあたしには関係ない話ですが。
(『きっこのメルマガ』2024年12月25日号より一部抜粋・文中敬称略)
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