東京と名古屋・大阪を時速 500 km で結ぶ「リニア中央新幹線」計画が JR 東海によって押し進められている1。鉄道といえば,蒸気機関車の時代から,鉄輪を大出力で回転させ,摩擦抵抗に抗って力強く走行するものというイメージがあるが,JR リニアはそれとは異なり,軽い車両がふわりと浮上し,摩擦抵抗もなく超電導で軽快に疾走するスマートな乗り物というイメージが振りまかれている。しかし,これは JR リニアの真実ではない。
確かに半世紀にわたって粘り強く開発が続けられてきた JR リニアは,まさに技術の粋を集めたものである。しかし,個々の技術がいかに素晴らしいものであっても,システム全体として筋のよい技術になるかどうかは別問題である。ここでいう「筋のよい技術」とは,市場に受け入れられ,多くの経験をふまえて改良され,社会に定着してゆく技術である。磁気浮上鉄道技術はまだ市場に受け入れられていない未熟な技術である。リニア中央新幹線計画は,日本の大動脈をこの未熟な技術にいきなり委ねようとするものであり,きわめてハイリスクな計画と言わねばならない。事業者にとってリスクが高いというだけでなく,社会的なリスクも高いのである2, 3。
そのリスクの中でも,電力消費の問題は JR リニアの存在意義にも関わるものである。JR 東海の広報資料などではほとんど触れられていないが,専門家の論文を読み解いていくと,この問題の実相が見えてくる。鉄道技術者の間では当初から,高速化に伴う動力の増大が懸念されていた。既に40 年前,仮に新幹線の列車を時速 500 km で青函トンネルを走行させるには,当時の新幹線車両の 10 倍以上の動力(=電力)が必要になるとの試算があった4。JR リニアは,列車もトンネルも新幹線とは規格を変えることで電力を抑制しているが,それでも新幹線の 4〜5 倍の電力を浪費することは避けられない。これは社会のグリーン化,すなわち省エネルギー化という今日の世界的な潮流に逆行するものである。品川―名古屋間開業予定の2027 年頃にはエネルギー問題がさらに深刻化し,JR リニアはもはや社会にとって受け入れられない技術となっているリスクすらある。
構想から半世紀:磁気浮上の夢と現実
1964 年に東海道新幹線が開業して以来,この半世紀は高速鉄道が世界中で路線を延ばし,技術として定着してきた時代である。この間,二度の石油危機,地球温暖化問題,原発事故などを経て,エネルギー問題が次第に深刻になる中で,鉄道の省エネルギー性に対する評価はますます高まっている。高速性と省エネルギーを両立させる技術開発により,高速鉄道技術は社会の期待に応え,社会に受け入れられてきたといえる。
一方,磁気浮上式鉄道の開発が本格的に始まったのもほぼ半世紀前である5。開発の中心となったのはドイツと日本であった。磁気浮上式鉄道にもさまざまな方式があり,工学的に最適な方式を選定したドイツの「トランスラピッド」と日本の「HSST」は 1990 年代までにほぼ実運用可能な水準に達したが,日本の旧国鉄から JR が引き継いで開発してきた独自方式の「JR リニア」は,そのシステムの複雑さゆえに開発は困難を極め,半世紀という長い時間と多額の研究開発資金を投じて,ようやく実用化の手前の水準にたどり着いたところである。
JR リニアは「誘導式磁気浮上・地上一次リニア同期モータ」という方式で,その特徴は,車両に極めて強力な超電導磁石を搭載していること,超高速走行時にのみ電磁誘導力によって磁気浮上し,150 km/h 程度までは車輪支持が必要なこと,側壁ガイドウェイ内を走行することである。トランスラピッドや HSST が,常電導磁石のみを用いていること,停止時も含めて常に磁力で浮上していること,モノレール方式であるのとは対照的である。JR リニアは他の磁気浮上システムとの違いを強調して「超電導リニア」とも呼ばれるが,超電導で走るわけではないので誤解を招く表現である。列車の駆動力は地上コイル(常電導)から供給されるのであって,「超電導だから消費電力が少ない」などというのはまったくの誤りである。トランスラピッドや HSST は技術的には完成したにもかかわらず,高コストという壁を打ち破ることができず,普及しないまま現在に至っている。わずかに採用された例は,上海で新空港に合わせて建設されたトランスラピッド「上海磁浮列車」(2003 年開業,距離 30 km,時速 430 km)や,愛知万博のために建設された名古屋のHSST「リニモ」(2005 年 開 業,距 離 9 km,時 速 100 km)な ど,高 コ ス トが許容される特殊な場合で,しかも短距離に限られている。いずれも独立採算事業として成立しているとはいえない。
このような状況において,時速 500 km の超高速走行を目指す JR リニアは,磁気浮上技術にとっての最後の望みであり,大きな賭けなのかもしれない。しかし,工学的に率直な方式で開発が先行したトランスラピッドや HSST ですら普及していないのに,より複雑で高コストな技術であるJR リニアが普及できるかどうかはおおいに疑問である3。
時代は変わりつつある。磁気浮上式鉄道の開発が始まった 1960 年代には「エネルギー問題」というものは存在せず,電力消費のことはあまり考えられていなかった。今日の状況はまったく異なっており,すべての輸送機関の省エネ化が求められている。通信環境の発達によって遠く離れていても情報を同時共有できるようになり,移動する列車の中でも仕事ができるようになった今,スピードだけに価値を求めた時代は過去のものとなった。
JR 東海はリニアのエネルギー消費に関して,航空機と比較して優位性を強調する1。しかし,まったく異なる性格のものを比較するのは適切でない。時速 500 km は新幹線の試験最高速度430km/h より少し速いだけで,ジェット機の時速900 km に比べれば約半分でしかない。本当に急ぐ人は航空機を利用するであろう。中央新幹線の需要予測でも航空機からの転換はわずか 5% にすぎず,全体の 6 割は東海道新幹線などからの転換と予測されている6。したがって,リニアはあくまで鉄道の一形態としてエネルギー消費を論ずるべきである。
JR リニアのエネルギー消費
一般に消費エネルギーの分析をする場合,何が最も中心的なエネルギー消費であるかを見定めて評価することになる。鉄道の場合,加速時や登坂時にも大きなパワーを必要とするが,長距離高速鉄道では空気抵抗に抗して定速で走行するためのエネルギーが大きい。以下で新幹線と JR リニアの消費エネルギーを比較するが,比較する対象と条件を明確にしておく。
なお,現行の東海道新幹線と中央新幹線を比較する場合は,ルートの違いも考慮に入れるべきかもしれない。東海道新幹線の品川―名古屋間 335km が中央新幹線では 286 km に短縮されるので,エネルギー的には得になる。しかしながら,中央新幹線は山岳地帯を通るため,かなりの急勾配があり7,勾配抵抗によるエネルギー増というデメリットがある。結局,この二つの効果はほぼ相殺してしまうだろう。したがって,今回の試算では距離の違いは考慮しない。
列車走行時の消費電力の要因を,3 種類の走行抵抗(機械抵抗,空気抵抗,磁気抗力)と損失の四つに分けて大まかに評価し,積算した結果を示したのが図 1 である。新幹線は約 11 MW(メガワット)の電力を必要とする。実際には走行条件によってトンネル抵抗,勾配抵抗,曲線抵抗などが加わるので,よ り 大 き な 電 力 が 必 要 に な る。事 実,新 幹 線N700 系 16 両編成は,定格出力 305 kW のモータを 56 個有し,列車全体で 17 MW の動力を出すことができる8。一方,JR リニアの消費電力は時速 500 km で 49 MW と予測され,新幹線の約4.5 倍の電力が必要である。もちろん,以下に述べるように,これはあくまで一定の前提のもとでの推定であり,実際にはこれより大きくなるかもしれないし,小さくなるかもしれない。なお,国土交通省の中央新幹線小委員会での資料において,1 列車あたり 35 MW の消費電力を想定しているとの記述がある9が,その根拠は示されていない。おそらくこれはかなり少なめに見積もった「期待値」にすぎないのではないか。
同じ計算結果を走行距離 1 km あたり,1 座席あたりの消費エネルギー(電力量)に換算して表示したものが図 2 である。1 座席あたりというのは,定員 1 人あたりと言ってもよい。リニアは定員が新幹線より少ないため,エネルギー効率が悪くなる。数値としては,新幹線は 28 Wh/席km,リニアは同じ時速 300 km でも新幹線の約 2 倍の54 Wh/席 km,さらに時速 500 km では約 3.5 倍の 99 Wh/席 km である。なお,JR リニアについて「500 km/h での目標は 80 Wh/席 km」という記述がある10。
走行抵抗の要因
今回の試算は,いろいろな論文の理論計算や実測結果などを参考に,できるだけ単純化した仮定の下で見積もったものである。まず,走行抵抗の評価式を表 3 に示す。機械抵抗と空気抵抗は 1両あたり,磁気抗力は 1 台車あたりで示してある(リニアは車両結合部と列車先端に台車がある)。消費電力はこの抗力に速度を掛けて算出する。各抗力の計算根拠は補注で説明するが,基本的な考え方は次のとおりである。
@機械抵抗
機械抵抗は主に車輪とレール間の転がり摩擦抵抗や軸受その他各部の摩擦抵抗によるものであり,動力エネルギーは摩擦熱として失われる。その抵抗力の大きさは列車質量に比例し,速度の一次式で表される。新幹線の各車両タイプについて経験式が与えられており,ここではそれに従っている11(補注 1)。
JR リニアは,磁気浮上すればこの機械抵抗がなくなるわけだが,150 km/h 以下では十分な浮上力が得られないため,車両下部と左右の支持車輪を出してガイドウェイ内を走行する。これは軽量なゴムタイヤでコンクリート路面を走行するもので,レール上の鉄製車輪よりも摩擦係数がかなり大きく,車両質量が約半分になっていることを考慮しても,車輪走行時の摩擦抵抗は新幹線より大きいと推察される。
A空気抵抗
空気抵抗(圧力抵抗)は速度の 2 乗に比例する。新幹線については機械抵抗と同様,経験式によって与えられている11。JR リニアは列車断面積を小さくすることで新幹線より空気抵抗を減らしているものの,トンネルでは明かり区間より空気抵抗が増大するため,ここでは新幹線の明かり区間と同じという仮定を置いている(補注 2)。空気抵抗による消費電力は,これに速度を掛けるので,速度の 3 乗に比例して増大する。つまり,速度を 2 倍にするには 8 倍の電力が必要となる。時速 300 km を時速 500 km に上げるには=4.63 倍の電力が必要となり,30 MW にも達する(図 1)。これが JR リニアの消費電力の大部分である。磁気浮上であろうが他の技術であろうが,地上で時速 500 km で走るにはこのような大きなパワーを必要とするのである。それを避けるには真空チューブの中を走らせるしかない。
B磁気抗力
磁気浮上列車では,浮上することにより機械抵抗がなくなったものの,別の抵抗力が発生する。それが磁気抗力である。これは電磁力を使って列車を走行させる限り避けられないものであり,その原因は大きく分けて二つある(補注 3)。一つは浮上コイルの浮上電流に伴う磁気抗力で,列車速度に反比例する5。この場合,動力エネルギーは浮上コイルのループ電流のジュール熱として失われる。これは,いわば磁気浮上させるために生じたエネルギー損失である。新幹線では列車が通過すると摩擦熱でレールが熱くなるが,JR リニアでは列車が通過すると浮上コイルが熱くなるのである。その意味で,「磁気浮上列車は摩擦抵抗がないから速く走れる」というのは,残念ながら幻想に過ぎなかった。磁気抗力のもう一つの原因は,地上コイルの導体内やその他の構造物内で発生する渦電流によるジュール損失である20, 21。これは超電導コイルからの距離が近いほど大きく,列車速度に比例する。一つ一つの寄与は小さくても,多数の寄与が加算され,大きな抗力となる。表 3 にはこの両者を合わせた評価式を示した。16 両編成列車(台車数 17)における磁気抗力は 500km/h で 68 kN となる。JR リニアの磁気抗力がこのように大きいのは,きわめて強力な超電導磁石を使っているからである。「超電導だから省エネルギー」というのとはまったく逆の話になっている。
図 3 は機械抵抗,空気抵抗,磁気抗力を合わせた走行抵抗が速度によってどう変わるかを 16両編成の新幹線とリニア(浮上時)で比較したものである。驚くべきことに,浮上走行するリニアのほうが新幹線より走行抵抗は大きい。これは,機械抵抗がなくなったにもかかわらず,それを上回る磁気抗力が加わったためである。図 1 と図 2において,時速 300 km でリニアが新幹線よりエネルギーを消費する理由はここにある。結局,タイヤ走行する低速域も含めて,JR リニアは全速度領域で新幹線より走行抵抗が大きく,よりエネルギーを消費するのである。これが JR リニアの隠れた真実にほかならない。
エネルギー損失が大きい理由
以上が列車を走行させるのに必要な動力であるが,電気モータには必ずエネルギー損失がある。現在使われている高効率モータは半導体制御回路と組み合わせて設計されており,モータ損失には回路損失も加えて考える必要がある8。新幹線のモータは 3 相誘導モータであり,巻線での損失,鉄心での損失,回転部での損失,インバータ回路における損失などの合計損失は一般に 10%(つまり効率 90%)程度であるので,ここでは 10% と仮定する。
一方,リニアモータは一般に回転モータより効率が悪い。その理由は,構造が開放的で,地上コイルと車上コイルの間のギャップが大きく,力の発生に使われない磁束が多いからである。さらに,JR リニアの採用している地上一次コイル推進方式では,電流を流すセクションを列車の進行に伴って切り替えてゆくが,図 4 のように,同時に 3セクションに通電する必要があり,かつ 1 セクションの長さは列車長の 2 倍より長くなければならない5, 24。列車長 400 m に対してセクション長を 1000 m 程度とすると,3 セクションには約3400 個の推進コイルがあり,そのうち列車の超電導磁石に対向して力を発生しているのは各瞬間に 200 個程度にすぎない。つまり,94% のコイルは無駄に磁場を発生していることになる。このため,推進コイルの抵抗損失だけでも 10〜15%程度は避けられない18。リニアモータのインバータ制御回路まで含めた損失の合計をここでは 20%(すなわち効率 80%)と仮定する。実際はこれより効率は悪いかもしれないし,努力次第で少しよくなるかもしれない。いずれにしても,この損失を加えた図 1 のグラフから分かるように,JR リニアは必要動力が大きいため,損失が消費電力の絶対量をさらに押し上げるのである。
山梨実験線における消費電力
以上,JR リニアの消費電力は新幹線の 4〜5 倍であること,乗車定員 1 人を同じ距離輸送するのに必要な消費エネルギー(電力量)は新幹線の 3〜4 倍であることを示した。その主な要因は空気抵抗である。また,新幹線と同じ時速 300 km で走行しても 2 倍のエネルギーを消費することも示した。その原因は大きな磁気抗力にある。山梨実験線において推進コイルに電力を供給するインバータの前段の電力コンバータ(高圧送電線からの交流を直流に変換する回路)の出力容量は 69 MWである25。これが実運用を想定したものであるとすれば,リニアモータの力率(供給する電力のうち有効に消費される電力の割合)が 0.7 程度だとすると18,48MW 程度の電力消費が想定されていることになり,図 1 の試算結果と整合する。
これまで山梨実験線で試験走行が行われてきたが,消費電力に関するデータの分析は示されていない。もっとも,18.4 km という短い区間では電力消費に関して信頼できるデータを得るのは難しいかもしれない。最大電力で急加速しても時速500 km で走るのはわずか 10 秒程度にすぎない。実態として,山梨実験線の試験走行においては加速時の電力消費が大部分である25。しかもせいぜい 5 両編成の列車であったため,長い編成での空気抵抗に関する知見は得られていない。今後,42.8 km に延長された山梨実験線において長編成列車の走行試験が行われるようになれば,電力消費の実像が次第に明らかになるであろう。
JR リニアは時代遅れ
スピードの追求には限りがないとよく言われるが,果たしてそうであろうか。技術というものは一般に,成長期を経て成熟し,安定期を迎えるものである。高速道路は時速 100 km 程度,高速鉄道は時速 200〜300 km 程度,航空機は時速 900km 程度で落ち着いている。レーシングカーが一般に普及することはなかったし,超音速旅客機が普及することもなかった。鉄道のスピードを絶えず上げ続けなければいけないと考えるのは,単に成長神話に呪縛されているだけなのである。無理に背伸びする技術は特殊技術にとどまり,普及することはない。
実際問題として,JR リニアの時間節減効果というのも限定的である。品川駅と名古屋駅のターミナルは大深度地下駅のため,乗り換えに時間がかかるだろう。さらに,JR リニアはテロの格好の標的となりうるため,厳しいセキュリティチェックを行わなければならない。となると,3 倍以上のエネルギーを使っても本当の時間短縮効果はほんのわずかで,乗客にとってはむしろ不便さが際立つ。もともと,時速 500 km という速度は,1000 km 以上の長距離には有効かもしれないが,300 km の東京―名古屋間ではあまり意味がなく,まして,数十 km の途中駅間を時速 500 km で移動するのはまったくもって無意味である。
エネルギー問題が深刻化する中,社会全体の省エネルギーというのは,小さな節約の努力の積み重ねでしか実現できない。鉄道においても,車両,電気設備,駅などあらゆる部分におけるさまざまな工夫と努力により,省エネルギー化が進められてきた。ところが,大量のエネルギーを浪費するJR リニアの導入は,こうした努力に水を差し,省エネルギー性という鉄道の優れた魅力を失わせるという意味で,時代の流れに逆行するものである。
それだけではない。新幹線が開業以来半世紀にわたって省エネルギー性能を徐々に高めてこられたのは,レールというインフラは変わらずとも,その上を走る列車のモータをどんどん進化させてきたからである。ところが,リニアモータはいったん規格を決めて建設してしまうと,そのシステムを変えることはほとんど不可能となる。モータという機械を地上の長大インフラとして建設しなければならない磁気浮上式鉄道はあまりにも硬直的な巨大システムで,比べれば比べるほど,柔軟な分散型システムである現在の鉄道のよさが光って見えてくる。
こうしたことから,JR リニアが「筋のよい技術」として普及する見通しはなく,開通当初の「もの珍しさ」だけが取り柄の特殊な技術で終わってしまう可能性が高い。下手をすれば,超音速機コンコルドのように大事故を起こして退場を迫られることになるかもしれない。そうなれば後に残るのは大きな負債だけである。今からでも遅くはない。中央新幹線計画は時速 300 km の在来新幹線方式に変更するのが賢い選択である26。
補注 1:機械抵抗
機械抵抗については,車輪とレールの接触部分はわずかなので転がり摩擦抵抗力は小さいものの,質量に比例して増大する。列車抵抗のうちの機械抵抗だけを実測することは難しいが,一般に機械抵抗 F(N)は速度に依存しない部分と速度に比例する部分から成る経験式で表現される11。
ここで V は列車の速度(km/h),W は列車質量(t)であり,a1, a2 は列車ごとに異なる係数である。Wは当然ながら,編成長に比例する。新幹線 700系 16 両,W=708 t (定 員 乗 車) に つ い て,a1=1.356 g, a2=0.013 g( g は重力加速度)という値が使われており11,これに従えば,時速 300 km で約38 kN(1 両 あ た り 2.36 kN)で あ る。仕 事 率 は 力 F に速度 V(m/s)を掛けたものなので,機械抵抗による消費電力は 3.2 MW 程度となる。
補注 2:空気抵抗
空気抵抗には圧力抵抗と純粋の空気摩擦の二つの要因があるが,後者はそれほど大きくはなく,列車の場合は圧力抵抗がほとんどである。一般に流体中を物体が動こうとすると,流体を前に押しのけるとともに,物体の後方に乱流を巻き起こし,結果として進行を妨げる向きに力を受ける。これが圧力抵抗である。圧力抵抗 F は物体の速度 Vの 2 乗に比例し,進行方向に垂直な断面積 A に比例する。
ここで,t は流体(ここでは空気)の密度,c は圧力抵抗係数であり,AL=cA を有効断面積という。断面積 A は単純な形状以外に対しては必ずしも明確に定義できるわけではない。列車のような細長い物体の場合,進行方向に垂直な断面積だとしても,列車のどの部分の断面積をとればよいのかというあいまいさがあるし,単に車両断面積だけを考えればよいわけでもない。列車先頭部と後尾部の圧力差から生じる抗力のほか,車両には連結部,台車,床下機器,窓,パンタグラフなど,さまざまな凹凸が受ける圧力抵抗があり,列車全体にかかる空気抵抗はそれらの総和である。あいまいさを避けるため,A は単純に列車の幅と高さの積と定義し,すべての効果を圧力係数 c に含める場合が多い。係数 c は列車長に依存しない部分と列車長に依存する部分に分けられる12。
ここで n は編成車両数,c0 は先頭部・後尾部の圧力抵抗係数,c1 は車両側面部の圧力抵抗係数(1 両あたりの平均)である。新幹線ではだいたい c0.0.2,c1.0.1 程度であり,16 両編成のような長い列車では c は 1 より大きくなり,長さに比例する部分の割合が 9 割近くにもなっている。新幹線 700系車両については,速度 V(km/h)に対する空気抵抗 F(N)(明かり区間)として次の式が使われる11。
これは有効断面積 AL=18.0 m2に対応する。空気抵抗は時速 300 km に対しては 78.1 kN であり,単純に 1 両あたりにすると 4.88 kN である。以下,この式(4)の空気抵抗を基準に考える。リニア車両は新幹線に比べて断面積 A が 2 割以上小さくなっている7。しかし,上に述べたように,これがそのまま有効断面積 AL の減少につながるわけではない。リニア車両の長編成での空気抵抗の実測はまだ行われていないが,新幹線と比較して空気抵抗を減少させる要因と増加させる要因がある。
- 減少要因:先頭車両形状が工夫されている。パンタグラフと車輪がない。
- 増加要因:車両の下半分が側壁ガイドウェイにとり囲まれている。台車部分が車両より幅が広く,そこに超電導コイル,支持車輪,補助輪などがある。
以上のことから,ここでは有効断面積 AL が新幹線より 20% 小さいと仮定する。次に,トンネルの効果を考える。リニア中央新幹線では山岳地帯や大都市に直線的なルートを作らなければならないため,そのほとんどがトンネル(地下を含む)である。トンネル内では空気抵抗が大きくなる4, 11, 13。トンネル内では押しのけられる空気の逃げ場が少なく,トンネル前方に圧力波が進むとともに,トンネル壁と車両との間で空気が後方に加速されるからである。空気抵抗の式にトンネルによる増大係数 c をかけて
と表現しておく。係数 c は,主に列車の断面積 Aとトンネルの断面積 S の比 R=A/S で決まる。トンネル走行時の空気力学的定常モデルによる空気抵抗の理論式によれば4,トンネル内に同じ速度の対向列車がある場合(あるいはトンネル長が無限大の場合)に c は 最 大 と な り,お お ま か に c.1/(1-R)3で与えられる。新幹線のトンネルでは R.0.2 程度であり,c.2 となる。普通は,有限長のトンネル内を 1 列車だけが走行する場合がほとんどで,この場合はトンネル内を列車進行方向に空気の流れが生ずるため,空気抵抗の増大効果は抑えられる。実際には新幹線の場合,c.1.5 程度,つまり 1 と最大値 2 の中間である。JR リニアについては,トンネル断面積が新幹線の 62 m2より大きい 74 m2であり7,R.0.125 なので c の最大値は 1.5 程度である。実際の c の値は長編成の列車で走行試験を繰り返さないとわからないが,ここでは 1 と 1.5 の中間値 1.25 を仮定しておく。そうすると,有効断面積の減少とトンネル増大効果は(0.8×1.25=1 により)相殺することになり,JRリニアのトンネル区間での空気抵抗は,新幹線の明かり区間の場合と同じ式(4)で表現されることになる。(新幹線のトンネル区間の空気抵抗に比べれば 33%小さいという仮定に相当する。) それでも空気抵抗が速度の 2 乗に比例するため,時速 500 km では 217kN(1 両あたりにすると 13.6 kN)にもなる。なお,山梨実験線での 3 両編成での実測によれば,500 km/h で の 空 気 抵 抗 は 約 60 kN で あ る14。こ れ は 式(3)から想定される 3 両編成の値にほぼ対応し,今回の試算が妥当なものであることを示唆している。
補注 3:磁気抗力
磁気抗力の二つの要因のうち,まず,浮上力に伴う磁気抗力について説明する。JR リニアの誘導式磁気浮上においては,ガイドウェイ側壁に 8の字型の浮上コイルが設置されており,列車の超電導磁石が浮上コイル中心よりやや下側を通過する瞬間に非常に大きな誘導電流が流れ,8 の字コイルの下部は超電導磁石に対して反発力,上部は吸引力を発生することにより,浮上力を得ている5, 15(図 5)。車両は浮上力と重力が釣り合う高さに保持される。必要となる浮上力が大きいため,浮上コイルは 1 kA 以上の電流容量をもつアルミニウムの大型コイルである16, 17。両側の側壁の浮上コイルをつなぐことで案内力(列車をガイドウェイ中心線に戻す力)も発生させることができ,浮上コイルは案内コイルの役割も兼ねている。
浮上コイルの電気抵抗により誘導電流に位相のずれが生じ,走行抵抗としてはたらくとともに,エネルギーがジュール熱として失われる。浮上力と磁気抗力の比を揚抗比といい,理論によれば,揚抗比は速度にほぼ比例し,山梨実験線仕様では500 km/h のとき 100 程度となる5, 15, 18。浮上走行中は浮上力が一定(約 230 kN)になるように台車の上下変位が自然に調整されるため,磁気抗力は速度に反比例することになる。つまり,速度が遅いほど磁気抗力は大きい。その理由は,低速では浮上コイルに電流が流れる時間が長いからである。台車 1 台にはたらく磁気抗力は,揚抗比を 100とすると,2.3 kN となる。車両運動―電磁力連成モ デ ル の 解 析 で は 500 km/h で 平 均 1.9 kN/ 台車19,また,実験線での測定によれば 300 km/hで約 3 kN/台車である17。ここでは,浮上コイルによる磁気抗力は 500 km/h のとき 2 kN/台車とし,速度に反比例すると仮定する。
磁気抗力のもう一つの原因は,地上コイル(推進コイル,浮上案内コイル,集電コイル)の太い導体内,およびその他の地上構造物の金属類に発生する渦電流等によるジュール損失であり,超電導コイルからの距離が近いほど大きく,速度に比例する20, 21。したがって,地上コイル導体内の渦電流の影響が最も大きく22,導体の断面積によっては台車あたり 3 kN 以上にもなりうる20。これを抑制するため,導体断面を細分割化することが検討されているが,耐久性とコストの課題がある23。さらに,コイル以外の構造物,すなわち,橋梁や鉄筋コンクリートなどに使われる鋼材において発生する渦電流やループ電流による磁気抗力も無視できない。山梨実験線では構造物ごとに磁気抗力の許容値が決められており,橋梁区間では 500 km/h 走行時に 1 台車あたり 2.5 kN とされている21。構造物にはなるべく渦電流やループ電流が流れないような対策を施しているものの,小さな損失が多数加算されるため,ある程度の損失は避けられない。ここでは,こうした速度に比例する磁気抗力を500 km/h で 1 台車あたり 2 kN と小さめに(この程1299科学エネルギー問題としてのリニア新幹線度まで抑制できると)仮定しておく。
以上の 2 種類の要因による磁気抗力を合わせた計算式は
と表せる。第 1 項が浮上力に伴うもの,第 2 項がそれ以外の渦電流によるものである。V=500km/h のとき 2 つの項がともに 2 kN と仮定するの で,台 車 あ た り の 係 数 は b1=1000, b2=0.004となり(表 3),16 両編成列車(台車数 17)における磁気抗力の合計は 500 km/h で 68 kN,300 km/h で77 kN となる。
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24―北野淳一: 電気学会誌,124(8), 520(2004)
25―川口育夫・他: 鉄道総研報告,12(8), 9(1998)
26―佐藤則明: エコノミスト,70(40), 60(1992)