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ウクライナ軍の反転攻勢、地道な成果積み上げにロシア軍が悲鳴 航空優勢なき戦果は歴史的快挙、逃亡兵急増に悩むロシア軍
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/76509
2023.8.15 渡部 悦和 JBpress
射程距離が300キロに及ぶATACMSは供与されればロシア軍にとって脅威となる(写真は2018年2月撮影、米陸軍のサイトより)
ウクライナ軍が6月初旬に反転攻勢を開始して以来、多くの西側主流メディアや相当数の軍事専門家は「ウクライナ軍の反攻作戦は遅い。失敗しているのではないか」と主張している。
しかし、彼らの主張は的を射ていない。
ピューリッツァー賞を2度受賞した元戦争特派員のトーマス・リックス氏は次のように主張している。
「戦闘の取材は危険だが、比較的簡単だ。見聞きしたことを書き留めるだけでいい。しかし、戦争を正確に取材するのははるかに難しい」
「戦略、兵站、士気など、しばしば観察することができないものをある程度理解する必要があるからだ」
また、セント・アンドリュース大学のフィリップス・オブライエン教授も同じようなことを主張している。
オブライエン教授は、ロシア・ウクライナ戦争の開始から現在に至る戦況を的確に指摘し続けている戦略研究の大家だ。彼はフォーリン・アフェアーズ誌に以下のように書いている。
「ウクライナ侵攻は、国家が大規模な敵対勢力を打ち負かすには、優れた兵站と強力な経済力が必要であることを明らかにした。しかし、大規模な戦争に勝つためには、この2つの要素だけでは十分ではない」
「国家はまた、モチベーションが高く、よく訓練された兵士で構成された軍隊も必要とする。そして、ウクライナの軍隊は、敵であるロシアよりもはるかに決断力があり、熟練していることを繰り返し証明してきた」
リックス氏やオブライエン教授の適切な指摘は、「ウクライナ軍の反攻作戦は遅い」としか言わない論者への批判にもなっている。
航空劣勢下における攻勢作戦
ウクライナ軍の反転攻勢の本質は「航空劣勢下における攻勢作戦」だ。
米国は、ウクライナが求める「F-16」戦闘機の供与を頑なに拒否してきた。しかし、米国をはじめとするNATO(北大西洋条約機構)加盟国は、航空劣勢下にあるウクライナ軍にNATOが理想とする諸兵科連合作戦(Combined Arms Operations)の実施を求めた。
諸兵科連合作戦はあらゆる兵科の総合力を結集する作戦であり、その前提は航空優勢の獲得であるにもかかわらずだ。
この点は明らかに米国などのNATO加盟国の落ち度であるが、ウクライナ軍の苦難の原因はここにある。
ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、次のように記述している。
「ウクライナが大規模な反攻を開始したとき、西側の軍事関係者は、ウクライナ軍がロシア軍を撃退するために必要な訓練や砲弾から戦闘機までのすべての武器を持っていないことを知っていた」
「それでも、彼らはウクライナの勇気と機知に期待した。しかし、ウクライナ軍の大幅な攻撃進展はほぼ阻止された」
特に、米国のマーク・ミリー統合参謀本部議長は、早くからウクライナの反転攻勢が戦力不足のために遅延することを予言していた。
それではなぜウクライナが要求するF-16や長距離射程のミサイルATACMS(Army Tactical Missile System)の提供を拒否したのか。
ジョー・バイデン政権がロシアを刺激し、戦線が拡大することを恐れたからだ。バイデン政権の兵器供与に関する遅すぎる決定、小出しの決定がウクライナの作戦を難しくしている。
戦い方を変えざるを得なかったウクライナ軍
ウクライナ軍は6月初旬にザポリージャ州を主作戦正面として反転攻勢を開始した。
しかし、当初のトクマク軸(オリヒウ軸)の戦闘において、戦車を中心とした機甲部隊で攻撃を開始したが、地雷原の処理に手間取り損害を出して攻撃は失敗した。
この失敗を反省し、その後のウクライナ軍が採用したのが「阻止作戦(Interdiction Operation)」と慣れ親しんだ小部隊による戦い方だ。
阻止作戦については後で詳述するが、歩兵を中心とした慣れ親しんだ戦い方は以下のとおりだ。
小部隊(小隊や中隊レベル)を中心として、機械力と人力による地雷処理を確実に行い、夜間や森林などを利用して隠密裏に敵に近づいて敵に接触し、確認した敵に対して砲迫火力を浴びせるという戦い方だ。
この戦い方を批判する欧米の専門家がいるが、その批判は的を射ていない。
航空劣勢下、史上最強レベルの地雷原という非常に厳しい状況を前にして、機甲部隊中心の機動戦を実施しなさいと言うのは酷である。
NATO軍がこれを批判するのであれば、自分たちでやってみなさいというウクライナ軍の反論は妥当だ。
現在のウクライナ軍の戦い方を評価しているのは、皮肉なことにロシア軍の方だ。
ロシア軍第58諸兵連合軍長だったイワン・ポポフ少将は典型例で、ウクライナ軍の戦い方を脅威だと評価するロシア軍人やロシア人軍事ブロガーは多い。
クリミア半島、ザポリージャ州、ヘルソン州の分断・孤立化
航空劣勢下でもウクライナ軍は反転攻勢を成功させなければいけない。 そのためにウクライナ軍が最も重視している作戦が阻止作戦だ。
阻止作戦は、敵軍や補給品の戦闘地域への移動を阻止、遅延、混乱、破壊することを目的とする。
つまり、阻止作戦は、ロシア軍の兵站組織の破壊を重視し、図1の赤い✖印が示す兵站上の要点を破壊し、クリミア半島、ヘルソン州、ザポリージャ州を兵站的に分断することを目指している。
例えば、クリミア半島を完全に孤立した島にするために、クリミア大橋(自動車橋と鉄道橋)を破壊し、ヘルソン州・ザポリージャ州とクリミア半島を連接するチョンガル橋(自動車橋と鉄道橋)やヘニチェスク付近の橋を破壊しているのだ。
もしもウクライナ軍が航空優勢を確保していれば、阻止作戦の主体は航空戦力が担うことになる。
しかし、ウクライナ軍は、十分な航空戦力がない。そこでウクライナ軍は、F-16の代わりに長射程空対地ミサイル・ストームシャドー、高機動ロケット砲システムHIMARS(High Mobility Artillery Rocket System=ハイマース)、榴弾砲などを使用した阻止作戦を行っている。
つまり、攻撃前進を無理に急ぐのではなく、射程の長い精密なミサイルや砲弾を使用して、ロシア軍の奥深くに存在する高価値目標(弾薬補給所などの兵站施設、司令部、榴弾砲やロケット砲、予備部隊、電子戦機器)を徹底的に破壊し、ロシア軍の戦力を弱体化する作戦を重視しているのだ。
阻止作戦の効果は明らかに出てきていて、ロシア軍の第一線部隊に補給が十分に届けられない状況、ロシア軍の榴弾砲・ロケット砲および砲弾が不足する状況になっており、ウクライナ軍の攻撃前進が可能になってきたのだ。
図1:攻撃軸と破壊目標
出典:地図はGoogle Maps
対砲兵戦の重視
ウクライナ軍は、特に対砲兵戦(大砲同士の撃ち合い)を重視し、ロシア軍の榴弾砲やロケット砲の破壊を重点的に行っている。
ウクライナ政府関係者は7月22日、「ウクライナ軍の阻止作戦は、後方地域の軍事目標に対して実施され、ロシア軍の兵站能力と対砲兵戦能力を低下させることに成功している。ロシア軍の損害の約90%はウクライナ軍のミサイル・砲兵部隊によりもたらされたものだ」と表明している。
つまり、ウクライナのミサイル・砲兵部隊は、西側の高精度ミサイルと砲兵(榴弾砲や多連装砲)による強力で正確な打撃により、ロシア軍の砲兵部隊に大きな損害を与え、ロシア軍はもはや効果的な対砲兵戦を行うことができない状態だというのだ。
ウクライナ南部作戦軍司令部スポークスマンは7月22日、次のように指摘した。
「ウクライナが後方地域の奥深くにあるロシアの弾薬庫を攻撃していることが、露軍に兵站上の問題を引き起こしている」
「この傾向はヘルソン州における露軍の砲撃の減少に反映されており、露軍がこの地域で『砲弾飢餓』を経験していることを示している」
国防次官のハンナ・マリャルはウクライナの国営テレビで、「我々が今直面している主な仕事は、前進することに加えて、敵の防衛能力を弱めることだ」と述べている。
ウクライナ軍の反転攻勢は、人員の損耗を局限しつつ、ロシア軍の人員と装備を徐々に損耗させることを優先する作戦である。つまり、攻勢作戦においてスピード重視の領土奪還を優先していないのだ。
ウクライナ軍の反転攻勢の成果が出てきた
ニューヨーク・タイムズは8月12日付けの記事「ウクライナ、反転攻勢で『戦術的に重要な』進展を見せる」で、以下のように記述し、ウクライナ軍の反転攻勢が進展している事実を明確に評価している。
●ウクライナ軍は、地雷原や村落、草原での過酷な戦闘を数か月にわたって繰り返してきたが、2つの主要な攻撃軸、つまりトクマク軸(オリヒウ軸)、ベリカノボシルカ軸(図1参照)でやや大きな前進を見せている。
●占領した領土は、両攻撃軸とも16〜19キロと比較的短いが、ロシア軍に前線の他の正面から兵力を転用させるという点で重要である。
●ワシントンのシンクタンク「戦争研究所(ISW)」は、ウクライナ軍の攻撃進展は「戦術的に重要」であり、ロシア軍の再配置は「ロシア軍の防衛ラインを全体としてさらに弱体化させる可能性が高い」、「ウクライナ軍の突破口が決定的なものになるチャンスを生み出す可能性がある」と記述している。
また、8月12日付けのISWの報告書には次のように書かれている。
「ウクライナ軍は8月12日、戦線の少なくとも2つのセクターで反攻作戦を継続し、ザポリージャ州とドネツク州の行政境界線に沿って戦術的に重要な前進(ウロジャイネの奪還など)を行ったと報告された」
「ウクライナ軍参謀本部は、ウクライナ軍がメリトポリおよびベルディアンシク方面で攻撃作戦を継続したと報告した」
トクマク軸(オリヒウ軸)の戦況
ウクライナ軍にとってトクマク軸は主作戦軸であり、反攻作戦用に準備されていた9個機械化旅団の中の4個旅団(33、 47、116、118旅団)がこの正面に投入されている(図2参照)。
ISWは8月11日の報告書で、次のように記述している。
「ウクライナ軍は8月11日、戦線の少なくとも3つのセクターで反攻作戦が続く中、ザポリージャ州西部で戦術的に重要な前進を行った」
「ウクライナ軍はザポリージャ州西部のロボティネ(オリヒフの南10キロ)の北の郊外に到達した」
「ロシア軍が防衛に多大な労力と時間、資源を費やしているロボティネの郊外まで前進するウクライナ軍の能力は、ウクライナ軍の戦果が現時点では限定的であるとしても、依然として重要である」
ウクライナの反攻作戦は、西部ザポリージャ州で守備しているロシア軍を横方向に再配置することを余儀なくさせているようで、ウクライナの努力がロシアの防衛力を著しく低下させている可能性を示している。
その例として、ロシアのミルブロガー(軍事ブロガー)は8月11日、第7近衛空挺(VDV)師団の部隊がザポリージャ州西部のロボティネ近郊で激しい戦闘に巻き込まれていると主張した。
第7VDV師団のロボティネ地域への到着は、この地域へのロシアの新しい編成と部隊の最初の明確なコミットメントを意味する。
第7VDV師団は、6月6日のカホフカ水力発電所ダムの破壊後、ヘルソン州東岸(左岸)からザポリージャ方面へ移転し、その後、7月にザポリージャ州とドネツク州の行政境界線に沿ったスタロマヨルスケ地区で、同師団の部隊が防衛しているのが観測されている。
つまり、第7VDV師団は現在、戦線の少なくとも2軸、場合によっては3軸に分かれていることになる。
このことは、ロシアの作戦予備部隊が不足していることを示していて、ロシア軍司令部が今後戦線の特定のセクターを強化したいのであれば、より多くの横方向の再配置を実施しなければならないことを意味する。
図2:トクマク軸(オリヒウ軸)の戦況
出典:militaryland.net
ベリカノボシルカ軸の戦況
ベルディアンスク沿岸の港を狙ったベリカノボシルカ軸は、トクマク軸と比較すると地雷等の障害が少なく、配備されているロシア軍も少なく、ウクライナ軍の攻撃正面としては適切な正面だ。
この正面は、戦い慣れた4個の海兵旅団がすべて(35、36、37、38旅団)投入されていて、ウクライナ軍がいかにこの正面を重視しているかが分かる(図3参照)。
この正面の攻撃では、ウクライナは7月下旬に奪還したスタロマイオルスケ周辺での戦果を拡張してきたが、8月12日になって戦況が一挙にウクライナ側に傾いた。
ロシアの軍事ブロガーは8月12日深夜、テレグラム・チャンネルを通じて、ロシア軍が数日間の激しい戦闘の後、ウロジャイネを放棄したと伝えた。
複数の西側の軍事ブロガーも、ウロジャイネから撤退するロシア軍の動画をSNSで発信している。
その撤退の状況は、慌てふためくロシア軍に対してウクライナ軍のクラスター爆弾攻撃が降り注ぐ悲惨なものである。
ウロジャイネの奪還によりこの地域で最も重要だと言われるスタロムリニフカ(Staromlynivka)の奪還が注目される。
図3:ベリカノボシルカ軸の戦況
出典:militaryland.net
ヘルソン州のドニプロ川東岸の戦況
ウクライナ軍が重戦力を含めた部隊でドニプロ川の渡河作戦を行うと、南部戦線に決定的な影響を与える。この反転攻勢の帰趨を決定する作戦になりうるだろう。その兆候らしき動きはある。
8月12日付けのISWの報告書は次のように記述している。
「ロシアの軍事ブロガーは、ウクライナ軍がヘルソン州のドニプロ川東岸(左岸)に存在していることを認めた」
「クレムリン系の軍事ブロガーは8月11日夜、ウクライナ軍がドニプロ川を数日間限定的に襲撃した後、コザチ・ラヘリの西に陣地を確立したと主張した」
「ロシアの軍事ブロガーは、ウクライナの破壊工作グループと偵察グループがコザチ・ラヘリの西で活動を続けているが(図4参照)、集落自体はまだロシアの支配下にあると主張している」
「ドニプロ川の東岸にウクライナ軍が駐留しているというロシアの主張は、ウクライナ軍が川向こうに半永久的な陣地を築いていることをロシア軍が懸念していることを示唆している」
図4:ドニプロ川渡河作戦
出典:Def Mon
多くの西側のブロガーは、「ウクライナ軍が橋頭堡を築いた」と主張している。
しかし、ハンナ・マリャル国防次官は8月12日、「ドニプロ川東岸に橋頭堡が確保されてはいない。ウクライナ軍の特定の部隊が特定の任務を東岸で行っている。現在は、対砲兵戦に集中している」と慎重な発言をしている。
いずれにしても、東岸のウクライナ軍が、東岸で広範な攻勢作戦を実施するためには、橋頭堡の確立とその拡大は不可欠であり、そのためには戦車等の重戦力の渡河が必要になってくることは明らかだ。
一方、ドニプロ川東岸のロシア軍の間ではパニックが広がり、脱走者が増えているという。
そのため、ヘルソン州ホルノスタイフカ集落では、ロシア軍のパトロール隊や司令部の軍人が、脱走兵がいないか一軒一軒探しているという。
同司令部がこのような行動に出たのは、占領地とその周辺に新たに到着したロシア軍兵士の中に、脱走兵だけでなく、アルコールや麻薬を摂取する者が著しく増加しているためである。
彼らは勤務地を離れ、廃墟に隠れようとしているという。
いずれにしても、ヘルソン州におけるウクライナ軍の渡河作戦は今後とも要注目だ。
結言
第1次世界大戦の米陸軍大将ジョン・パーシング氏は、「歩兵は戦いに勝ち、兵站は戦争に勝つ」という格言を後世に残した。
まさに航空劣勢下におけるウクライナ軍が行っている反転攻勢にぴったりの格言だ。
歩兵の戦いのみを見るのは「木を見ること」であり、「兵站を観察することが森を見ること」だ。
ウクライナ軍の阻止作戦と工夫された第一戦部隊の戦いが相まって、その反転攻勢はゆっくりとではあるが確実にロシア軍に支配された領土を奪還していくであろう。
今後、8、9、10月のウクライナ軍の反転攻勢の進捗がこの戦争の帰趨に大きな影響を与えるであろう。
そのためにも、米国による射程300キロのATACMS、F-16、弾薬等の供与が急がれる。
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