http://www.asyura2.com/22/senkyo289/msg/779.html
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https://www.yomiuri.co.jp/politics/20230330-OYT1T50314/
読売新聞の記事としては短い。
その分、内容も希薄。
恐らく、シンポジウムそのものが「内容が希薄」だったのだろう。
なんとも記者泣かせな「催し」。
しかし、見逃せない。
記事は以下の通り。
「第22回安全保障シンポジウム(NPO法人ネットジャーナリスト協会主催、読売新聞社後援)が30日、「防衛力強化 魂をどう入れる―日米同盟から考える―」をテーマに東京都内で開かれた。
討論会で長島昭久・元防衛副大臣(自民党)は、敵のミサイル発射拠点などを自衛目的で攻撃する「反撃能力」に関し、「米軍との情報共有が不可欠だ」と述べた。佐藤正久・元外務副大臣(同)は、米国などと対中包囲網を築き、「日本に有利な国際環境を作る」ことの重要性を説いた。
渡辺周・元防衛副大臣(立憲民主党)は「国家安全保障会議(NSC)の機能を強化すべきだ」と指摘。杉山晋輔・前駐米大使と折木良一・元統合幕僚長は、台湾有事について議論した。
基調講演では、黒江哲郎・元防衛次官が「国力の全てを用いた安全保障を考えないといけない」と強調した。」
記事はこれで終わっている。
皆さん、既にご承知の通り、政府、自民党は、
「相手が攻撃に着手した(と日本が主観的に判断した)段階で、保有する敵基地攻撃能力を行使できる」
と国際社会に向かって「公言」している。
その上で、「敵基地攻撃能力」が憲法に違反すると非難されると、まともな抗弁が出来ずに、結局「反撃能力」と言い換えた、という経緯がある。
この「反撃能力」も、実は「憲法に違反する」ことに気づき、最近では、枕詞の様に、「自衛のため」という「使い古された」言葉が必ず付くようになった。
と、岸田首相の国会答弁を取り上げた一昨日の私のスレで書いた。
そして今回、安全保障シンポでの長島昭久・元防衛副大臣(自民党)の発言の記事。
「敵のミサイル発射拠点などを”自衛目的で攻撃する「反撃能力」”に関し、「米軍との情報共有が不可欠だ」と述べた。」
ここでも、壊れかけのレコードのように、執拗に「自衛目的」を強調する。
そもそも「反撃」とは、どういうことを言い表しているのか。
反撃とは、
軍事戦術の研究では、反撃は大規模な戦略的攻撃軍事作戦であり、通常、防御的な位置を占めている間に敵の攻撃を首尾よく阻止した軍隊によるものです。 反撃は、敵の最前線の軍隊を使い果たした後、敵の予備軍が戦闘に従事し、防御を破ることができないことが証明された後、しかし敵が新しい防御位置をとる機会を得る前に実行されます。 ウィキペディア
難しい話ではない。
これだけを読んでも、「専守防衛」の理念とは相容れない、「専守防衛」を逸脱した「戦争」そのものの姿でり、「攻撃」そのものであることがわかる。
「専守防衛」とは、文字通り「守りに徹して、攻撃に抗う」ことだ。
そのことから分かることは、彼らが語っていることは、「戦争をすること」そのことであり、能力については、「武力」であり、「戦争遂行能力」であり、「継戦能力」ということだ。
どうしても、日本を「戦争をする国」にしたいらしい。
長島昭久・元防衛副大臣(自民党)が「米軍との情報共有が不可欠だ」と言うのは、単に日本には、敵のミサイル基地すら探知する能力がないことを言っているに過ぎない。
それは、「無能」であることではない。
「専守防衛」の理念に則れば、敵ミサイル基地を攻撃することはあり得ない訳だから、その備えも不要だったということなのだろう。
彼は、日本には、単独では「戦争遂行能力」が無いと嘆いているわけだ。
米軍との情報共有と言っても、実際には、米軍の情報が頼りで、米軍が右へ行けと言えば右へ進み、米軍が「敵がミサイル発射準備に着手した」と言えば、トマホークの発射ボタンを押す。・・・という、ただ米軍に言われた通りに行動する、だけの関係。
「トマホーク」の発射ボタンを押す人、押せる人は、日本人にはいないことを考えもしない。
ところで、「本当に、誰がトマホークの発射ボタンを押すの?」
佐藤正久・元外務副大臣(同)に至っては、米国などと対中包囲網を築き、「日本に有利な国際環境を作る」ことの重要性を説いた。
とある。
日本にとって、中国は距離的にも、歴史的にも、経済的な関係においても、最も近しい隣人、隣国であるにも拘わらず、「包囲網」を築くと嘯く。
何故、包囲網を築かなければならないのか。
あの広い領土の、どこをどうすれば包囲出来ると言うのか。
そのことの説明は、おそらく無いのだろうし、出来ないのだろう。
ただ、威勢だけはいい戦争オタクな男。
シンポジウムのテーマが恐ろしい。
「防衛力強化 魂をどう入れる―日米同盟から考える―」
魂をどう入れる?
そして、
基調講演では、黒江哲郎・元防衛次官が「国力の全てを用いた安全保障を考えないといけない」と強調した。
今、防衛省は、盛んに、「継戦能力」という言葉を口にする。
ウクライナの戦況、既に消耗戦の様相を呈した戦闘状況を見れば、武器、弾薬の損耗、兵士の損耗は双方共に著しく、その補充が速やかに出来るかどうかが、勝敗の帰趨を決定することは明らかだ。
このことから導き出されることは、
日本での「人的継戦能力」を確実なものにするためには、いずれは「徴兵制」の制定が俎上に上る。
ということだろう。
彼らの動きを見れば、簡単に予想が付く。
今の日本は、「軍人さん」がいない。
従って、トマホークを何発保有しようと、撃つことが出来ない、張りぼてと同じ。
そこに「魂」を入れるということは、日本にも「軍隊」を作るということに他ならない。
そして「国力のすべて・・・」と言うと、当然「日本国民の全て」も含まれる。
すなわち、一億総軍隊化と言うのが、彼らの思い描く、「戦争をする国」日本の姿なのだろう。
そうは問屋が卸さない。
私達には、日本という国を「戦争をしない国」のまま、将来の日本国民に延々と引き継ぐ責任がある。
憲法9条にある「・・・永久に・・・」という言葉を忘れてはならない。
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