ロシア軍とプーチンが犯した犯罪・国際法違反を徹底解説 国際刑事裁判所の逮捕状が国際社会にもたらす影響 2023.3.25(土)国際刑事裁判所(ICC)は3月17日、ウクライナを侵略するロシアが、占領地の子供を違法に自国に連れ去った行為は「戦争犯罪」に当たる疑いがあるとしてウラジーミル・プーチン大統領ら2人に逮捕状を発行した。 ウクライナ戦争を巡る初めての逮捕状である。 ICCが国家元首級に対して逮捕状を発行したのはスーダンのオマル・アル=バシール大統領(2008年、「人道に対する犯罪」と「戦争犯罪」)、リビアのムアンマル・アル=カダフィ大佐(2011年、「人道に対する犯罪」)に続いてプーチン氏が3人目である。 これでプーチン氏は国際社会のお尋ね者になったわけである。 今後、国際社会におけるプーチン氏の威信は失墜し、孤立が強まる可能性がある。 ロシアのウクライナ侵略を巡っては、キーウ近郊のブチャなどで多数の民間人が虐殺された。しかし、大統領の指示を立証するには多くの証言が必要になる。 そこで、ICCはプーチン氏の指示が明確な子供の強制移送を「戦争犯罪」の容疑で立件したものと見られる。 ICCは、ローマ規定(またはICC条約)に基づき、「集団殺害犯罪(ジェノサイド)」「人道に対する犯罪」「戦争犯罪」「侵略犯罪」について国際裁判管轄権を有する。 従って、今後は「集団殺害犯罪」「人道に対する犯罪」または「侵略犯罪」の容疑でもプーチン氏に逮捕状が発行される可能性もある。 ICCのカーン主任検察官は3月17日、「具体的な最初の一歩だ。今後も 躊躇なく逮捕状を発行し続ける」と今後もロシアの戦争犯罪等を追及していく意向を示した。 ICCは、「犯罪は少なくとも2022年2月24日からウクライナの占領地で行われたとみられる。プーチン氏が前述の犯罪について個人的に刑事責任を負うとみなす合理的な根拠がある」とした。 このほか、ロシアの「子供の権利担当大統領全権代表」のマリヤ・リボワベロワ氏に対しても逮捕状を発行した。 ICCの声明によると、プーチン氏は2023年1月、リボワベロワ氏に対し、ウクライナの露軍占領地域で保護者のいない子供を見つけ出すよう指示した。 また、2022年5月の大統領令への署名で、占領地域の子供のロシア国籍取得を簡素化し、孤児をロシア人と養子縁組させることを奨励していた。 これまでの捜査から少なくとも数百人の子供がウクライナの児童養護施設などから連れ去られ、多くはロシアで養子に出されたとみられている。 カーン主任検察官は「こうした行為は、子供たちをウクライナから永久に連れ去ろうとする意思を示している」と述べている。 ちなみに、英国籍のカーン主任検察官は、旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所とルワンダ国際刑事裁判所の検察局での法律顧問やイスラム国(ISIS)によるイラクでの犯罪を調査する国連チームを率いた経験がある。 他方、プーチン政権は、占領地からの子供に移送は、戦地の孤児らを保護するためだと主張している。 さて、各国の反応である。 ジョー・バイデン米大統領は3月17日、ホワイトハウスで記者団に対し、米国は自国に対するICCの管轄権を認めていないものの「正当だ。強い説得力がある」と述べた。 そのうえで「彼が戦争犯罪を行っているのは明白だ」と改めてプーチン大統領を非難した。 岸田文雄首相は3月18日、日独両首脳による共同記者会見で、「捜査の進展を重大な関心を持って注視したい」と述べた。 筆者は、日本政府が2022年3月9日にICCに捜査を付託したことを踏まえると、ICCの取り組みを評価するなどの表明があっても良かったのでないかと思う。 ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は3月17日、ロシアに連れ去られた子供の実際の数は1万6000人を「はるかに上回る」とし、プーチン氏に責任があると非難した。 「テロ国家の舵取りをする男の決定なしにこのような犯罪的作戦を実行することは不可能だっただろう」とも述べた。 一方、ロシア外務省のマリア・ザハロワ報道官は3月17日、ICCがプーチン氏に対し逮捕状を出したことについて、「法的な観点も含め、ロシアにとって何の意味もない」とし、「ロシアはICC条約の締約国ではなく、何の義務も負っていない」と述べた。 また、ロシア大統領府のドミトリー・ペスコフ報道官は3月20日、ロシアはICCが提起した問題そのものが「言語道断かつ容認できない」とし、ICCのロシアに関するいかなる決定も「無効」であると述べた。 ところで、ICCは容疑者不在の「欠席裁判」を認めないため、訴追には容疑者の逮捕と引き渡しが不可欠である。 従って、プーチン氏が失脚しない限り訴追される可能性はない。 しかし、プーチン氏がウクライナやICC加盟国の領域に入れば、彼を逮捕してICCで裁判にかけることが可能となる。 捜査協力はICC約締約国の義務となっている。2023年3月現在のICC条約の締約国は123か国である。 さて、本稿ではウクライナに侵攻したロシアの国際法違反の実態を明らかにしたい。 以下、初めに国際刑事裁判所について述べ、次に子供の移送は国際法のどの条文に抵触するのかを述べ、最後にウクライナでのロシア軍の行為はどの国際法に違反しているのかについて述べる。 1.国際刑事裁判所 (1)全般 国際刑事裁判所には、常設のものとアドホックのものがある。 常設のものには「国際刑事裁判所(International Criminal Court: ICC)」がある。 アドホックなものには過去に第2次世界大戦後に戦勝国側により設置された「ニュルンベルク国際軍事裁判所」や「極東国際軍事裁判所」、1990年代に国連安保理により設置された「旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所」や「ルワンダ国際刑事裁判所」などがあった。 ICCが設置されたのは2002年で、それほど古くはない。 ICCの裁判官や検察官は、その専門的資格において締約国の国民から選出され、その職務の独立が保障されている。裁判官は18人で、締約国が9年に限定された任期で選出する。 またその裁判手続においては、被害者や証人の保護と併せて、被疑者や被告人の国際的に認められた人権の保障との両立が求められている。 さて、ウクライナ戦争が拡大し、第3次世界大戦になれば戦勝国側がアドホックの国際軍事裁判所を設置するであろう。 しかし、今、現実的にプーチン容疑者の捜査などが可能なのはICCであろう。そこで各国はICCに捜査を付託しているのである。 (2)ICCの成り立ちと役割 本項は、外務省のホームページに公開されている「ICC(国際刑事裁判所)〜注目されるその役割」を参考にしている。 ア.ICCの起源 ICCとは、国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪を犯した個人を処罰するために設立された常設の国際刑事法廷であり、裁判所はオランダのハーグに置かれている。 第2次世界大戦での経験を踏まえ、1947年、国連総会は重大な国際犯罪を裁く裁判所を設立するための裁判所規程の草案を作ることを国際法委員会(ILC)に要請する決議を採択した。 これがのちのICC設立につながった。 イ.ICCローマ規程の採択 東西冷戦中は、自国民が裁かれる可能性を危惧した各国の間で積極的な動きは見られなかった。 1990年代になって、旧ユーゴでの戦闘状態が激化し大量虐殺などが行われた状況をふまえ、1992年、国連総会がILCに対して改めて優先事項として国際刑事裁判所規程の草案作成に取り組むことを要請した。 その後、安保理決議による旧ユーゴ国際刑事裁判所やルワンダ国際刑事裁判所の設置の後、1998年、ローマ外交会議における交渉の結果、ついにICCを設立するための「ICC条約(またはICCローマ規程)」が採択された。 2002年7月1日に60番目の国が加盟したことによりICCローマ規程が発効し、ICCは活動を開始した。 ウ.ICCが扱う犯罪 ICCが扱う犯罪は、国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪、すなわち「集団殺害犯罪(ジェノサイド)」「人道に対する犯罪」「戦争犯罪」「侵略犯罪」である。 これらの罪を犯した個人を、国際法に基づいて訴追・処罰することにより、犯罪の撲滅と予防を目指し、世界の平和と安全に貢献することがICCの目的である。 ICCローマ規程は、それを実現するために裁判の仕組みなどを詳細に定めている。 よく、国連の主要な司法機関である国際司法裁判所(ICJ)との違いが挙げられるが、ICCが個人の犯罪を扱うのに対し、ICJの当事者は「国家のみ」、つまり国家間の紛争を扱うという部分に、大きな違いがある。 エ.ICCの役割は「補完」 ICCの役割は、あくまで各国の国内刑事司法制度を「補完するもの」である。関係国が被疑者の捜査・訴追を行う能力や意思がない場合のみ、管轄権が認められる。 オ.管轄権が発生するケース ICCに事態を付託できるのは、締約国または国連安保理に限られているが、ICC検察官が自らの考えにより捜査を開始することもできる。 ある事態が付託された場合、犯罪行為の実行地国または被疑者の国籍国のどちらかが締約国ならば、ICCに管轄権が発生する。 また、実行地国と国籍国、両者ともICCに加盟していないときでも、どちらか一方がICCの管轄権を認めれば、これを行使することができる。 このほかに、国連安保理が憲章第7章に基づいた決議で付託した場合は、ICCの管轄権が認められる。 ちなみに、ロシアもウクライナも、ともにICC非締約国である。しかし、ウクライナは、2015年にICCの管轄権を受け入れることを表明している。 カ.捜査協力は加盟国の義務 既述したが、ICCの捜査が進み、被疑者の逮捕、引渡し、証拠の提出などの段階になったとき、その捜査協力を行うのは、加盟国の義務である。 しかし、例えば被疑者がICC非加盟国に逃亡してしまうと、ICCに管轄権があっても、逃亡先の国での捜査協力が得られないため逮捕できず、結局法廷を開くことができない、という事態も発生してしまう。 2.子供の移送が抵触する国際法条文 (1)ジュネーブ諸条約 ジュネーブ諸条約とは、武力紛争の犠牲者の保護を目的として、1948年に締結された次の4つの条約の総称である。 ・第1条約:戦地にある軍隊の傷者等の状態の改善に関する条約 ・第2条約:海上にある軍隊の傷者等の状態の改善に関する条約 ・第3条約:捕虜の待遇に関する条約 ・第4条約:戦時における文民の保護に関する条約 また、1977年にこの4つの条約を補完する次の2つの議定書が結ばれている。 ・国際的な武力紛争の犠牲者の保護に関する追加議定書(第1追加議定書) ・非国際的な武力紛争の犠牲者の保護に関する追加議定書(第2追加議定書) (2)「戦争犯罪」の定義 ローマ規程第8条(戦争犯罪)では、「戦争犯罪」を次のように定義している。 @1949年8月12日のジュネーブ諸条約に対する重大な違反行為、すなわち、関連するジュネーブ条約に基づいて保護される人または財産に対して行われる、殺人や拷問又は非人道的な待遇(生物学的な実験を含む)などの行為。 A確立された国際法の枠組みにおいて国際的な武力紛争の際に適用される法規および慣例に対するその他の著しい違反、すなわち、文民たる住民それ自体または敵対行為に直接参加していない個々の文民を故意に攻撃することや民用物、すなわち、軍事目標以外の物を故意に攻撃することなどの行為。 従って、一言でいえば「戦争犯罪」とはジュネーブ諸条約等に対する違反行為である。 (3)ジュネーブ第4条約 ジュネーブ第4条約の「第3編 被保護者の地位および取扱」の第24条および第50条には、次のように規定されている。 @第24条(児童福祉) 第1項には、紛争当事国は、戦争の結果孤児となり、またはその家族から離散した15歳未満の児童が遺棄されないこと並びにその生活、信仰の実践および教育がすべての場合に容易にされることを確保するために必要な措置を執らなければならない。 それらの者の教育は、できる限り文化的伝統の類似する者に任せなければならない。 A第50条(児童) 第2項に、占領国は、いかなる場合にも児童の身分上の地位を変更し、または自国に従属する団体もしくは組織にこれを編入してはならない。 第3項に、占領国は戦争の結果孤児となり、またはその両親と離別し、かつ、近親者または友人によって適当な監護を受けることができない児童の扶養および教育が、できる限りその児童と同一の国籍、言語および宗教の者によって行われるように措置を執らなければならない。 (3)結論 第24条では、児童の教育はできる限り文化的伝統の類似する者に任せなければならないと規定している。 しかし、ロシアは移送された児童と文化的伝統が異なるロシア人が教育に当たっている。 また、同条ではいかなる場合にも児童の身分上の地位を変更し、または自国に従属する団体もしくは組織にこれを編入してはならないと規定している。 これに対しても、ロシアは移送した児童を自国に従属する組織などに編入している。 第50条では、児童の扶養および教育が、できる限りその児童と同一の国籍、言語および宗教の者によって行われるように措置を執らなければならないと規定している。 しかし、ロシアはロシア国籍のロシア語を話すロシア正教の信者によって扶養・教育を行っている。 従って、露軍占領地の子供を違法にロシアに連れ去った行為は、ジュネーブ第4条約の第24条(児童福祉)と第50条(児童)に違反していることは明らかである。 3.ロシア軍が違反している国際法 本項は、筆者の個人的な見解である。 (1)ローマ規程第8条の2(侵略犯罪)違反 2022年2月24日、プーチン大統領がウクライナでの軍事作戦を開始すると述べた演説後、首都キーウ近辺を含むウクライナ各地で砲撃や空襲が開始された。 ロシア軍は当初、キーウ攻勢でベラルーシからキーウ方面に、北東部攻勢でチェルニーヒウ州とスームィ州へ向けて、南部攻勢でクリミアから、そして東部攻勢でルハーンシク州およびドネツク州へ侵攻を開始した。 これらの行為はローマ規程第8条の2(侵略犯罪)違反である。 ローマ規程第8条の2(侵略犯罪)では、「侵略犯罪」とは、国の政治的または軍事的行動を、実質的に管理を行うかまたは指示する地位にある者による、その性質、重大性および規模により、国際連合憲章の明白な違反を構成する侵略の行為の計画、準備、着手または実行をいう。 また、「侵略の行為」とは、他国の主権、領土保全または政治的独立に対する、一国による武力の行使または国際連合憲章と両立しない他のいかなる方法によるものをいう、と定義されている。 また、以下のいかなる行為も、侵略の行為とみなすものと規定されている。 @一国の軍隊による他国領域への侵入または攻撃、もしくは一時的なものであってもかかる侵入または攻撃の結果として生じる軍事占領、または武力の行使による他国領域の全部若しくは一部の併合 A一国の軍隊による他国領域への砲爆撃または国による他国領域への武器の使用(以下の項目は省略する) (2)ローマ規程第7条(人道に対する犯罪)違反 ロシア軍は、民間人を恣意的に殺害し、拷問し、女性と子供をレイプし、医師、聖職者、ジャーナリストを射殺している。 ロシアに包囲されたもしくは占領された都市には、水、食料、薬、電気がなく、占領者は食糧倉庫、学校、病院を砲撃し、人道物資の護送団を通さず、世界の他の地域との接触を全地域から奪い、人道的大惨事を引き起こしている。 これらの行為はローマ規程第7条(人道に対する犯罪)違反である。 ローマ規程第7条(人道に対する犯罪)では、「人道に対する犯罪」とは、文民たる住民に対する攻撃であって広範または組織的なものの一部として、そのような攻撃であると認識しつつ行う次のいずれかの行為をいう。 @殺人 A絶滅させる行為 B奴隷化すること C住民の追放または強制移送 D国際法の基本的な規則に違反する拘禁、その他の身体的な自由の著しい剥奪 E拷問(以下の項目は省略する) (3)ジュネーブ諸条約の第1追加議定書の第56条違反 ロシア軍は、チョルノービリとザポリッジャの原子力発電所への攻撃と占領を行っている。 これらの行為は、ジュネーブ諸条約の第1追加議定書の重大な違反である。 第1追加議定書の第56条(危険な力を内蔵する工作物および施設の保護)は、次のように規定している。 「危険な力を内蔵する工作物および施設、すなわち、ダム、堤防および原子力発電所は、これらの物が軍事目標である場合であっても、これらを攻撃することが危険な力の放出を引き起こし、その結果文民たる住民の間に重大な損失をもたらすときは、攻撃の対象としてはならない」 (4)ジュネーブ第3条約違反 ロシアの侵略者は、戦争の規則や慣習に違反して、ウクライナの捕虜に対して繰り返し深刻な犯罪を犯してきた。 例えば、解放されたウクライナの女性捕虜の写真からは、頭が剃られていたことが見受けられ、ウクライナ一時的被占領地再統合相によると、ロシア人は彼らに服を脱がせ、座らせず、レイプなどの屈辱を与えている。 これらの行為はジュネーブ第3条約違反である。 ジュネーブ第3条約の下での義務は、捕虜の権利の遵守である。この条約は、捕虜の過去の行動に関係なく、捕虜への肉体的および心理的拷問および非人道的な扱いを禁じている。 また、捕虜には食糧、水へのアクセスおよび親族と連絡をとる権利があるとされる。 (5)特定通常兵器使用禁止制限条約の議定書3違反 ロシア軍が包囲し、ウクライナ部隊が抵抗を続けるウクライナ南東部マリウポリの製鉄所「アゾフスターリ」をめぐり、同市のアンドリュシチェンコ市長顧問は2022年5月15日、重いやけどを負わせる焼夷弾などをロシア軍が前日14日に使い、製鉄所を攻撃した疑いがあるとSNSで主張した。 燃焼時の温度は2000度以上で消火も極めて難しいとし、「地獄が地上に降りてきた」と記している。 これらの行為は、特定通常兵器使用禁止制限条約の議定書3違反である。 特定通常兵器使用禁止制限条約は,手続事項や適用範囲を定めた枠組み条約および個別の通常兵器等について規制する附属議定書からなる。 現在,以下の5つの附属議定書が成立している。 @議定書1:検出不可能な破片を利用する兵器に関する議定書(1983年発効) A議定書2:地雷、ブービートラップおよび他の類似の装置の使用の禁止または制限に関する議定書(1998年発効) B議定書3:焼夷兵器の使用の禁止または制限に関する議定書(1983年発効) C議定書4:失明をもたらすレーザー兵器に関する議定書(1998年発効) D議定書5:爆発性戦争残存物に関する議定書(2006年発効) 従って、露軍による焼夷弾の使用は、特定通常兵器使用禁止制限条約議定書3に違反している。 付言するが、その他個別の条約によって使用が禁止されている兵器には化学兵器、細菌兵器、クラスター、対人地雷などがある。 (6)ジュネーブ諸条約の第1追加議定書の第53条違反 2022年6月4日、ウクライナ東部ドネツク州あるスヴャトヒルシク大修道院の木造聖堂が、ロシア軍の攻撃で炎上した。 ウクライナの大統領顧問は、「何も神聖に思わないロシアの蛮行」と強く非難した。 ウクライナ国内ではいま、ロシアによる軍事侵攻後、次々と歴史的な建造物など文化財が破壊されている。その数は160か所以上にものぼるとされているが、全容は分かっていない。 これらの行為はジュネーブ諸条約の第1追加議定書の第53条の違反である。 第1追加議定書の第53条は、「国民の文化的または精神的遺産を構成する歴史的建造物、芸術品または礼拝所を対象とする敵対行為を行うこと」を禁止している。 また、「武力紛争の際の文化財の保護に関する条約」(通称「武力紛争の際の文化財保護条約」または1954年ハーグ条約)第4条(文化財の尊重)では、締約国は文化財に対する敵対行為を差し控えることおよびいかなる行為によっても文化財を損壊することを禁止することを約束している。 (6)筆者コメント ブチャなどにおける民間人虐殺が「ジェノサイド条約」違反に当たるのか。専門家の意見は分かれているが、筆者はジェノサイドであるの認識に立っている。 「ジェノサイド条約第2条」と「ICCローマ規程第6条」のジェノサイドの定義は同一である。両者とも次のように定義している。 ジェノサイドとは、国民的、人種的、民族的又は宗教的集団を全部または一部破壊する意図をもつて行われた次の行為のいずれをも意味する。 @集団構成員を殺すこと。 A集団構成員に対して重大な肉体的又は精神的な危害を加えること。 B全部または一部に肉体の破壊をもたらすために意図された生活条件を集団に対して故意に課すること。 C集団内における出生を防止することを意図する措置を課すること。 D集団の児童を他の集団に強制的に移すこと。 さて、第2次大戦中にナチスが行ったユダヤ人の大量虐殺は、典型的なジェノサイドであり、戦後のニュルンベルク裁判で「人道に対する罪」として処罰された。 「ジェノサイド条約」はそれを一般化したもので、行為者は国家統治者、公務員、私人を問わず、また共同謀議、教唆、未遂、共犯も処罰することにしている。 「ジェノサイド条約」は、1948年12月、国連総会で全会一致によって採択され、1951年1月に発効した。2023年現在、米国、ロシア、英国、中国、フランスを含む153か国が加盟国になっている。 日本は集団殺害などの行為を犯罪化する国内法がないことを理由に同条約に加盟していない。主要7カ国(G7)のうち、同条約に加盟していないのは日本だけである。 「ジェノサイド条約」は日本でも2021年、中国政府による新疆ウイグル自治区での人権弾圧を機に注目を浴びた。 ただ、世間的な関心は高まったものの、日本政府は批准に向けた具体的な動きを見せていない。 また、G7のうち、いわゆる「マグニツキー法」を制定していないのも日本だけである。 同法は、人権侵害をした個人や組織を対象に資産凍結やビザ発給制限などの制裁を科すことを目的とする。 人権侵害問題が世界的に注目されるようになったことで、いまやほとんどの主要先進国で制定されている法律となっている。 日本においても「人権外交を超党派で考える議員連盟」は、ウイグル問題に関し、人権弾圧に関与した外国の人物や団体に制裁を科すことが可能な日本版マグニツキー法(人権侵害制裁法)の制定を目指していたが、現在は大きな機運となっていない。 今次のロシアによるウクライナ侵攻に関して、日本政府は一貫して西側諸国と足並みをそろえてきた。 「ロシア軍の行為がジェノサイドである」と西側諸国で意見が一致した時、日本はどのような対応をするのであろうか。 おわりに 今まさにウクライナでは民間人の殺戮が行われている。 誰も殺戮を止められない。国際司法裁判所(ICC)は、殺戮者を逮捕できれば訴追・処罰することはできるが、殺戮は止められない。 本来、武力紛争において現に行われている殺戮に迅速に対応すべきは、ICCではなく、国連安保理である。 しかし、安保理はロシアや中国の拒否権で機能不全に陥っている。 筆者は、国連は「平和のための結集決議」に基づく「緊急特別会期(ESS)」を開催し、平和維持部隊の派遣を含む軍事的強制措置を採択すべきであると考えている。 国連は、安保理決議だけでなくESSの総会決議により国連軍(第1次国連緊急軍)を派遣したことがある。 詳細は拙稿「国連は正常に機能している、だがロシアは事実上脱退した」(2023.3.2)を参照されたい。 筆者は、ロシアとウクライナの間で停戦が成立した場合には、国連は第1次国際連合緊急軍のような平和維持部隊を派遣すべきであると思っている。 幸い、日本は現在国連安保理の非常任理事国である。 是非とも日本には平和維持部隊派遣のイニシアチブを取ってほしい。
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