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ウクライナ侵攻1年 「プーチンは癌」「ロシア軍に反プーチンが蔓延」…怪しい「迷走報道」の読み方
https://friday.kodansha.co.jp/article/297464
2023年02月27日 FRIDAYデジタル
「プーチン ウオッチャー」軍事ジャーナリスト黒井文太郎の「露ウ情報戦1年」
2月23日、ロシア「祖国防衛の日」に戦死者に花を手向けるプーチン大統領。死亡説まで流れるなか、健在をアピールした 写真:代表撮影/ロイター/アフロ
<「ロシア軍によるウクライナ侵攻から1年となる2月24日には、この1年を振り返る解説がテレビや新聞で多く特集された。さまざまな分析があるが、本稿は視点を変えて、関連するニュースの読み方について考えてみたい」軍事ジャーナリスト・黒井文太郎が分析するフェイクニュースの背景と、正しい情報の読み方>
怪しい情報が飛び交った1年
この1年、大量のニュースが報じられてきたが、なかには怪しい情報も少なくなかった。「スクープか!」という情報でも、その後さっぱり話題にならずにフェードアウトするケースもかなり頻繁に見られた。言い換えればそれは、スクープではなく「誤報」だったのである。
今回の戦争では、ロシア側メディアは完全にプ−チン政権のプロパガンダ機関になっている。例えば「ウクライナはネオナチに支配されており、ロシア語を話す人々が殺されている」「NATOがウクライナを使ってロシアを滅ぼそうとしている。ウクライナ側には核兵器も渡されるようだ」といった情報だ。
これはプーチン政権がメディアを使って、他国への侵略を正当化するために行っている偽情報工作である。
他方、ウクライナ側の発信には、戦争中ということもあり軍事行動に関する情報は厳格に秘匿されたが、政治的なニュースは比較的真っ当だった。ウクライナにとっては「世界に事実をアピールする」ことが重要なので、悪質な情報操作は少ない。
また、日々の戦局に関する情報は、米国の研究機関「戦争研究所」などが情報をかなり精査して発信しており、リアルタイムでの戦局はともかく、少なくとも数日単位で見れば、ファクトに近い情報が報道されてきた。これは今回のウクライナ侵攻報道の特徴でもある。
とくに「誤報」が多かったロシア内部情報
今、振り返ると、とくに誤報が多かった分野があった。それは、ロシアの政界や軍部の内幕の暴露情報だ。たとえば2022年6月半ば頃、筆者は複数のメディアからこんな質問を受けた。
「イギリス情報機関『MI6』が、プーチン大統領は『影武者』を使っており、すでに死亡している可能性も否定できないといった分析をしたと、英メディアが報じました。これについて、どう考えますか?」
それに対する筆者の答えはこうだ。
「現時点で、情報としての価値はありません」
これはもともと英タブロイド紙『デイリー・スター』紙が同年5月28日に報じた。翌日、英タブロイド各紙が続き、日本のいくつかのメディアもこれを報じた。が、追従するメディアは「裏」をとってはいない。証拠のない1紙だけの情報では信憑性は担保されず、少なくともその時点では、その情報の根拠は「ない」と評価するしかないのだ。
このように証拠性のある根拠情報がなく、複数の情報源がチェックしてもいない「情報」が、ロシア政府の内部事情としてしばしば報じられてきた。
「ロシア軍の内部にプーチンに対する不満が高まっており、密かにクーデターが計画されている」
「プーチンが若手側近から後継者を指名した」
といった類の情報や、クレムリン、ロシア軍内部の極秘情報など、戦時下でロシア側も厳重警戒している状況で、そう簡単に漏れるはずがない。一時期、頻繁に流れたプーチンの重病説も同様だ。「パーキンソン病説」「進行癌説」などが飛び交ったが、いずれも明確な証拠はなかった。
こういった経緯をふまえて、筆者が、今回の戦争に関しての国外の情報源として信憑性の低い「あくまで参考情報のひとつ」に留めているのが、イギリスのタブロイド各紙だ。今回に限らず、概して「飛ばし記事」が多い。タブロイド紙というジャンルでいえば、米国のものも同様だ。
ところが日本の大手メディアは、英タブロイド紙を引用して「英メディアによると〜」という報道をしばしばしている。「話として面白い」ので、それをまたTVが引用する。参考情報として紹介することに異論はないが、あたかも「真実」のように紹介することには注意が必要だ。たしかに、これらの「参考情報」は、「見出し」としては目を惹く。
「ロシアの財閥によると、プーチンは血液癌」(デイリー・スター紙)
「進行癌で余命3年の宣告とFSB局員」(デイリー・メール紙)
「プーチンは視力を失いつつある」(デイリー・ミラー紙)
これらの情報源がウクライナ軍情報局ということもしばしばあった。ブダノフ局長自身が頻繁にメディアに発信するのだが、「プーチンは癌を含む複数の病魔に侵されている」と発言するなどプーチン重病説にもそういったものがいくつもあった。当然ながらウクライナ情報機関はロシアへダメージを与える情報工作を任務として行っている。したがって、こうした情報はあくまでウクライナ側が発信する未確認情報という受け止めが必要だが、そこを飛ばしての「報道」が散見する。
SNSの「将軍」が「見てきたように」発信
ロシア政官界・軍部の内部情報では、バルト3国などを拠点に活動している独立系メディアにも誤報はしばしばある。ラトビアを拠点とする『メドゥーザ』などはロシア国内の事情をかなり詳細に報道しており、欧米の国際的メディアでもよく引用されているが、ことクレムリンや軍の内部情報では信憑性に疑問のある未確認情報もある。
それと、怪しい情報源をそのまま引用する報道も多い。海外の大手メディアにさえ引用されるものに、「SVR将軍」というSNS「テレグラム」上のアカウントがある。これはSVR(ロシア対外情報局)の退役将軍という触れ込みで、クレムリンの内部情報などを発信しているが、その内容が実に怪しい。
「ゲラシモフ参謀総長が癇癪を起した」などとまるで見てきたようにロシア中枢の会議内容などの情報を発信しているが、どれも裏のとりようがない話ばかりだ。筆者もテレグラム上でフォローしてみたが、まるで怪しいQアノン系陰謀論ユーチューバーのようにしか見えない。
米タブロイド紙『ニューヨークポスト』などはよくこのSVR将軍の情報をそのまま引用しているが、もちろん裏付けを独自にとっているわけではない。SVR将軍は『ニューズウイーク』誌でも「クレムリンの内部情報を発信しているといわれるSVR将軍によると〜」といった引用を何度もされているが、ワシントンポスト系列を離れた現在の『ニューズウイーク』はウクライナ侵攻に限らず、国際ニュースでの「飛ばし記事」がままある。
「飛ばし」報道の背景には
少々ややこしいのは、実在するリチャード・ディアラブ元MI6長官やクリストファー・スティール元MI6ロシア担当が実名で、英タブロイド各紙などにプーチン重病説を流していたことだ。彼らのポジションのバリューから信憑性がある情報に思えなくもなかったが、結果的にはただの飛ばしだった。
ところで、プーチン重病説をもっとも具体的に書いたのは、実はタブロイドではなく、前出の『ニューズウィーク』だ。同誌6月2日付が「米情報機関幹部によると」として「プーチンは既に進行癌で治療を受けている」とかなり具体的に書いたが、その後、7月20日にバーンズCIA長官が「病気と示す情報は得ていない」「むしろあまりに健康すぎる」と語り、翌日にはイギリスのムーアMI6長官も「病気の証拠はまったくない」と断言した。こちらも飛ばしだったということになる。
由緒ある有名メディアということでは、18世紀創刊のイギリスの高級紙『ザ・タイムズ』もある。裏がとれない1社だけの単独報道はあまり参考にならないことが多いが、今回の戦争でとくに初期に単独報道が際立っていたのが、この『ザ・タイムズ』だった。ウクライナ当局筋の情報源からと思しき根拠の乏しい未確認情報を、ザ・タイムズだけが報じるケースがいくつもあったのだ。もっとも、こちらも今や政治色の強いメディア王ルパード・マードックの系列下にあるので、それが影響しているのかもしれない。
フェイクに踊らされないために
いずれにせよ、ロシアの政権中枢に関する根拠の乏しい情報の多くは、@ロシアの怪しいテレグラムのアカウントAロンドン発情報、が非常に多い。なお、イギリス国防省もウクライナの戦局分析レポートを出し続けているが、どうもロシア側に不利になるように情報を「盛る」傾向がある。
とにかくどこか1つのメディアが出した「驚くべき暴露情報」は、そのまま飛びつかずいったん評価を保留して、他の有力メディアが裏どりして報じるかを確認することをお薦めしたい。日本のメディア報道であれば、その引用元が海外のどこか「1つだけの情報」ではないか、といったことだ。
ただし「複数メディアの報道」といっても、海外には怪しい陰謀論系メディアが多いので注意が必要だ。米国の極右系に多いが、東欧系やインド系も多い。日本の大手メディアの報道でも、「その情報源は?」という問いをもつこと。これが、フェイクに騙されないために保っておくべき姿勢だろう。読者・視聴者も、メディア自身も、だ。
取材・文:黒井文太郎 写真:代表撮影/ロイター/アフロ
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