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【原子力資料情報室声明】IAEA報告書は汚染水の海洋放出を正当化していない
原子力資料情報室 2023/07/06配信分
https://cnic.jp/47363
7月4日、IAEAは東京電力福島第一原発からの汚染水海洋放出が国際的な安全基準に合致しているとする報告書を岸田首相に提出した。政府は「この夏」としてきた放出開始の時期を、安全性の確保や風評対策の取り組みの状況を確認して判断していくとしている。
IAEAの報告書は、汚染水の海洋放出を正当化するものではなく、放出設備の性能やタンク内処理水中の放射性物質の環境影響などを評価したに過ぎない。
報告書では「正当化」のセクションで次のように記述している。「放射線リスクをもたらす施設や活動は、全体として利益をもたらすものでなければならない。正当化は、放射線防護の国際基準の基本原則である。」「日本政府からIAEAに対し、ALPS処理水の海洋放出に関連する国際安全基準の適用を審査するよう要請があったのは、日本政府の決定後であった。したがって、今回のIAEAの安全審査の範囲には、日本政府がたどった正当化プロセスの詳細に関する評価は含まれていない。」「ALPS処理水の放出の正当化の問題は、本質的に福島第一原子力発電所で行われている廃止措置活動の全体的な正当化の問題と関連しており、したがって、より広範で複雑な検討事項の影響を受けることは明らかである。正当化に関する決定は、利益と不利益に関連しうるすべての考慮事項が考慮されうるよう、十分に高い政府レベルで行われるべきである。」
政府は福島第一原発の廃炉のために汚染水の海洋放出が必要不可欠だと説明をしてきた。しかし、廃炉作業における最難関工程は高線量下における燃料デブリの取り出しであるが、グラム単位の取り出しすらままならない。廃炉の最終形態も定まらない中で、汚染水海洋放出によるタンク保管エリアの別用途への転用が急務という説明は説得力に欠ける。
また、それが事実であっても、汚染水の海洋放出は廃炉作業のみに適用される利益であり、漁業や観光業、住民の生活、海外への影響も含めた社会全体としての利益をもたらすものではない。海洋放出に社会的合意が取れていないことは全漁連、福島県漁連の放出反対の決議や、太平洋沿岸諸国から懸念が上がっていることからも明らかである。国際基準の基本原則[1]に則れば、海洋放出は正当化されない行為である。
海洋放出の是非に関しては、多核種除去設備ALPSで除去できないトリチウムの健康影響に議論が誘導され、政府はトリチウム被ばくによる健康影響は取るに足らないものだと主張してきた。しかし、IAEA報告書の被ばく評価では、預託実効線量[2]への寄与が最も大きなものは水産物の摂取であり、「摂取による線量に最も寄与している放射性核種は、ヨウ素129、炭素14、鉄55、セレン79であり、その寄与率は 90%を超えている」とされている。ALPSで取り切れなかったトリチウム以外の核種が与える影響が大きな割合を占めることが明確に示された。
福島第一原発から放出しようとしているのは、メルトダウンした核燃料に触れ、さまざまな核種の放射性物質を含む放射能汚染水である。ALPSは設計されたとおりの性能を発揮せず、放射性物質が残留している処理済み水を大量に発生させてきた。汚染水は増え続けており、放出される汚染水および放射性物質の総量は決定されていない。どこまで膨れ上がるのか、環境影響がどの程度に収まるかは未知数である。
政府がおこなってきたのは、海洋放出ありきで理解を求める硬直化した“理解活動”だ。不都合な事実を無視し、議論を矮小化し、世論を誘導しようとするコミュニケーションのあり方では、原子力業界がさかんに課題とする原子力への「国民からの信頼」が築かれることはない。
政府は、海洋放出ありきでなく、汚染水の取り扱いについて一から検討しなおすべきだ。
[1] ICRP勧告の放射線防護の基本原則は、(1)行為の正当化、(2)防護の最適化、(3)個人の線量限度である。
[2] 放射性物質を体内に摂取した場合に、それ以降の生涯にどれだけの放射線を被ばくにすることになるかを推定した被ばく線量。受ける線量を最初の1年間に積算して評価する。
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