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2023年3月11日 12時00分
https://www.tokyo-np.co.jp/article/235886?rct=tokuhou
東京電力福島第一原発事故で被災した福島県の沿岸部、いわゆる浜通り。新産業創出の中核として、政府が同県浪江町に開設するのが「福島国際研究教育機構」だ。モデルにされたのは米国の核施設の周辺地域。原子力や核兵器を礼賛する地だ。「こちら特報部」はかねて問題視してきたが、四月の開設に向けて準備が進み、誘致合戦も起きた。こんな形の「復興」でいいのか。(木原育子、宮畑譲)
◆開設目前でもサイトは準備中、事務所は間借り
「準備中」—。福島国際研究教育機構のウェブサイトは開設3週間を切った今も、その画面だけ。原発事故からの復興の目玉とされるが、何が始まるのかよく見えない。
機構は、福島復興再生特措法に基づく特別な法人として、国が設立する研究教育機関だ。福島復興の柱となる「福島・国際研究産業都市(イノベーション・コースト)」構想の一環で整備される。構想は産業集積に加え、人材育成や交流人口拡大などに、国と県市町村が連携して取り組むことを盛り込んでいる。
構想において、機構が担う役割は重い。廃炉や放射線関連、ロボット、農林水産業、エネルギーの5つを重要分野に、研究開発や産業化を進めるという。約50の研究グループに計数100人が参加する予定だ。
「震災前の状態に戻す復興ではなく、国の産業技術力の強化に資するものにしていきたい」と、復興庁の機構準備室の安藤輝行・参事官補佐は力強く語る。「新産業創出の司令塔として機能していく」
2023〜29年度の7年間の事業規模は計1000億円ほど。23年度は研究開発費や人件費など146億円を計上している。
意気込みはなかなかのものだが、事務所は当面、浪江町の施設を間借りするという。パンフレットで「世界に冠たる創造的復興の中核拠点」と銘打つ国家事業にしては、心もとない印象が残る。
◆米国の「放射能汚染から復興」を参考
この機構は20年6月、復興庁の有識者会議がまとめた原発事故の被災地復興に関する報告書がベースになっている。
報告書が機構のモデルにしたのが、米国ワシントン州のハンフォード核施設周辺だった。「こちら特報部」は当時から、この地域の特殊性を指摘していた。
ハンフォードについて、報告書は「軍事用のプルトニウムが精製され、放射能汚染に見舞われたが、環境浄化のために多くの研究機関や企業が集積し、廃炉や除染以外の産業発展に結び付いた」と復興の成功例のように位置付けた。1940年には1万8000人ほどの人口が、2020年には30万人近くに達したとし、「全米でも有数の繁栄都市」と絶賛した。ただ、ハンフォードは原爆の開発拠点の一つで、原子力が礼賛される地域という事実には触れなかった。
以後も政府は準備を進め、沿岸部の9市町が誘致合戦を繰り広げた。核礼賛の地をモデルにした点について、地元自治体はどう捉えているのか。
機構が設置される浪江町の磯貝智也・企画財政課課長補佐は「ゼロから復興していったという意味でのモデル。ハンフォードと福島の事情は別物だ」と距離を取り「それよりも、五つの重要分野は決まったが、具体的な内容は決まっていない。スピード感を持ってほしい」と国や県に注文する。
誘致を目指した広野町復興企画課の小松和真課長も「構想の具現化にはまだまだといった様相だ。早く復興を進めたい」と、地元に寄与する中身を求めた。
◆機構での研究は特定秘密に?住民警戒
核を礼賛する地域を手本とした拠点づくりに、警戒の動きが出ている。
福島県内の住民グループ「放射能ゴミ焼却を考えるふくしま連絡会」の和田央子さんらは昨年10月、「福島イノベーション・コースト構想を監視する会」を結成。大学教授らを招いて月1回の勉強会を開き、その内容をインターネットで公開している。
和田さんは「原発事故というマイナスをプラスに変えようとしているのだろうが、負の側面を厚化粧して覆い隠そうとしている」と厳しい目を向ける。機構が司令塔として新産業を創出していく構想についても「原発で利益を出した企業が、また利益を出す構図になっていないか」と問題提起する。
監視する会は、機構の下で研究が進められる先端技術が軍事転用されることも危ぶんでいる。機構の重要分野「ロボット」には水素ドローンの開発も一例に挙げられている。
会の勉強会で講義をした東北大の井原聡名誉教授(科学技術史)は「福島の復興を語りながら、福島の生業の復興ではなく、外部からの新産業移植、国家的イノベーション都市建設のテストケースだ」とみる。「廃炉研究が第一のはずが、いろんな柱ができて影が薄くなってしまった。どこに力点があるのか。しかも、それに復興の予算を使うという。何重にも問題があると感じている」と機構の意義そのものを疑問視する。
機構は人材育成の場でもあることをうたうが、軍事転用可能な国家プロジェクトが研究内容になれば、特定秘密に指定される可能性もある。京都大の駒込武教授(教育史)は「研究者は公表する研究成果が業績となり、地位を築いていく。公にできない研究をしても機構の外で仕事はできない。若い研究者は集まらないのではないか」と予測する。さらに、「研究というのは自由があってこそ成功する。内容は別にしても、国が期限や予算を決めた研究では、おそらくうまくいかないだろう」と付け加える。
◆かつての特攻隊訓練施設で
機構は福島第一原発に近い浪江町につくられる。その原発は軍と浅からぬ縁がある。
既に日中戦争が始まり、太平洋戦争の開戦が近づいていた1940(昭和15)年、旧日本陸軍が現在の福島第一原発所在地に「磐城飛行場」の建設を決めた。飛行場は終戦間際、特攻隊の訓練施設として使われ、米軍の空襲を受けた。跡地には碑が建てられ、今も当時を伝えている。
特攻隊が訓練していた場所の近くで、軍事転用が可能とみられる研究が行われる施設をつくることは、地元に複雑な感情を与えかねない。
被災地につくられる機構について、福島県の取材を続けるフリーライターの吉田千亜さんは「福島から事故後、避難してしまった人は関われない。原発事故と復興が利用されているのではないか」といぶかる。
復興庁は昨年8月に発表した「新産業創出等研究開発基本計画」で、機構を中心に産学連携による日本の科学技術力の向上を前面に出した。こうしたことからも、吉田さんは機構が復興のためになるのかという疑念がぬぐえないでいる。
「産・官・学の連携や科学技術力の向上が重点になっている。集う研究者の中には『復興のために』と思っている人もたくさんいると信じたい。しかし、機構が地元に与える影響は限定的だろう」と冷ややかな見方を示した上で、こう強調する。「そもそも、地元の人がどれだけ望んでいるのか、という議論も見えない。上から降ってくる復興が地元の人たちのためになるのか」
◆デスクメモ
東京大空襲が起きたのは78年前の3月10日。5カ月後、広島と長崎に原爆が投下され、終戦を迎える。そうした経緯と関係が深いハンフォードを手本にした施設を原発事故の被災地につくるのは、すっきりしない。新産業創出という美名のもと、負の歴史にふたをしていないか。(北)
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