霊長類フォーラム:人獣共通感染症(第146回)6/30/2003 米国で発生したサル痘 西半球にいまだ発生したことのなかったサル痘(モンキーポックス)が米国で広がっています。6月26日付けのCDCの疾病罹患率・死亡率週報(MMWR)によれば、6月25日までにウイスコンシン州(39名)、インディアナ州(20名)、イリノイ州(16名)、ミズーリ州(2名)、オハイオ州(1名)、カンザス州(1名)の計79名の患者が見いだされ、そのうちの29例についてはCDCでウイルス学的検査(皮膚病変についてのウイルス培養、PCR、免疫組織化学、電子顕微鏡など)で、サル痘であることが確認されたと報告されています。患者の年令は1歳から51歳にわたり、平均28歳、データが入手できた75例のうち、19例(25%)が入院しています。 サル痘はこれまで、中央アフリカと西アフリカの熱帯雨林周辺の辺鄙な村でしか発生は見いだされていません。ウエストナイル熱に続いてアメリカ大陸に新たなウイルス感染が侵入したわけです。この話題について、MMWR, ProMED、CDCとWHOグループの論文(Outbreak of human monkeypox, Democratic Republic of Congo, 1996-1997, Emerging Infectious Diseases, 7, 434, 2001)などを参考に解説を試みたいと思います。サル痘の特徴 サル痘ウイルスは天然痘ウイルスと同じオルトポックスウイルス属に分類されています。名前からはサルが保有するウイルスのように受け止められますが、実際にはリスを中心とした数種類の齧歯類が主な自然宿主と考えられています。 ついでですが、ジェンナーが種痘に用いた牛痘ウイルスもウシのウイルスではありません。その自然宿主は分かっていませんが、齧歯類が疑われています。 1980年にWHOが天然痘根絶を宣言した後、サル痘ウイルスが天然痘ウイルスのようにヒトの間で広がるおそれが問題になり、WHOは1981年から86年にかけてコンゴ共和国で調査を行いました。その結果、338名にサル痘ウイルスに対する抗体が検出されています。もしもヒトの間で広がり続けると第二の天然痘ウイルスになるのではないかという意見も出ましたが、ヒトの間で広がることは稀です。 1996年から97年にかけては、コンゴ共和国でサル痘の発生が起こり、88名の患者が出ました。この際の調査結果では、家族内での2次感染は約8%に起きたと推定されましたが、さらにヒトの間で広がってはいなかったようです。 アフリカで見られているヒトへの感染は、普通、リスやサルに咬まれたり、その血液に接触することで起きています。ヒトが感染した場合の潜伏期は12日くらいで、発熱、咳、頭痛、関節痛、発疹、リンパ節腫脹が3週間以内に現れます。致死率は1ないし10%であって、若い子供の方で高い致死率が見られています。 種痘はサル痘にも効果があります。天然痘根絶で種痘が廃止され、天然痘ウイルスに対する免疫をもつヒトがほとんど居なくなり、アフリカの熱帯雨林ではヒトへのサル痘の感染の機会が増加していることも推測されています。 米国でのサル痘 最初に見いだされた患者はウイスコンシン州の女性で、5月5日にプレイリードッグを購入し、5月半ばになって、水疱が現れ、咳と101度(摂氏38.3度)の発熱も見られました。そこで、病院に行ったところ、ウイルス感染と言われてアスピリンを処方されて帰宅したと伝えられています。 CDCの追跡調査の結果、イリノイ州のペットショップでプレイリードッグへの感染が起きたものと推測されています。ここは4月に西アフリカのガーナから9種類の小型哺乳類800頭を輸入しており、その中にはアフリカ産齧歯類が6種類(アフリカオニネズミ、キリス、タイヨウリス、フサオヤマアラシ、スジマウス、アフリカヤマネ)が含まれていました。これらのうち、アフリカオニネズミ(Cricetomys sp)はプレイリードッグと一緒の部屋で飼われていました。1996−97年にコンゴ共和国で行われた野生動物の血清についての調査では、種々のリスの48%、アフリカオニネズミの16%にサル痘ウイルス抗体が見いだされています。そこで、おそらく、プレイリードッグはアフリカオニネズミから感染を受けたものと推測されています。なお、アフリカオニネズミは体長24−45センチメートル、体重1-1.5キログラムという大型の齧歯類です。 ウイスコンシン州のペットショップは、このイリノイ州のペットショップからプレイリードッグを入手していました。4月から5月にかけてイリノイ州ではペット交換会を何回か開催していましたので、その際にウイスコンシン州を初めいくつもの州のペットショップに感染したプレイリードッグが持ち込まれたものと推測されています。 感染したプレイリードッグは最初、結膜炎の症状を示し、結節病変の見られた例もあり、死亡したものもあります。 ヒトの間でのサル痘感染の伝播 ウイスコンシン州ではサル痘の患者の処置を行った看護婦と医療補助者がサル痘に似た症状を示し、また、医療補助者のボーイフレンドも同様の症状を示したと新聞で報道されました。しかし、CDCのMMWRでは、6月中旬までのところ、ヒトへの2次感染は見いだされていないと述べていますので、これらの例はサル痘の2次感染ではなかったものと推測されます。 1997年のコンゴ共和国でのサル痘の発生ではヒトの間で感染が広がったために、問題になりましたが、2次感染もしくは3次感染までで、自然に終息しています。 米国では種痘は1972年に中止されています。そこで、今回感染した人たちの種痘歴に関心がもたれています。新聞報道では患者のひとりは1972年に種痘を受けたと言われていますので、免疫がもはや残っていなかったものと推測されています。 サル痘発生の教訓 米国ではペットとしてプレイリードッグを飼う人が増えています。2002年にテキサス州からペットとして全米に販売されたプレイリードッグは1万頭と報告されています。 これまでもプレイリードッグでは、ペスト菌や野兎病菌の感染が問題になっています。ただし、それらはいずれも米国にもともと存在する病原体でした。しかし、今回はアフリカから持ち込まれたのが、新しい問題提起になったわけです。 ウイスコンシン州で見いだされた最初の患者は、地域病院の救急外来に行ったと伝えられています。米国では天然痘によるバイオテロに対する準備態勢が進められていますが、水疱の病変が出ていた患者をそのまま帰宅させたことに対して、救急外来にまでバイオテロ対策が徹底していなかったのではないかという、議論も起きています。サル痘はしばしば水痘と間違えられますので、この患者の場合も水痘とみなされた可能性があります。 コンゴ共和国で新たに発生したサル痘 6月23日と26日のProMEDにコンゴ共和国でのサル痘の発生が報告されています。発生が確認されたのは、最北部の人口約4万5000人のインポンドImpfondoという町です。ここは熱帯雨林に接していて、人々は森林の動物に接触する機会が多く、ブッシュミートとしてサルを食用にすることもしばしばあります。 CDCで3例のサンプルについて検査を行った結果、2名では血液中にサル痘ウイルスが検出されました。血液中にウイルスが存在することは、病気が進行中であり、また、体外にウイルスが排出されている可能性を示しています。 もうひとりでは、サンプルを採取した時には病変が治っていたため、もはやウイルスは排出していないと考えられています。 霊長類フォーラム:人獣共通感染症(第146回追加)7/2/2003 米国で発生したサル痘(追加と訂正) サル痘患者への対応が遅かったことから、天然痘バイオテロに対する準備態勢が問題になっていることについて、英国の科学雑誌New Scientist 6月21日号に関連記事が掲載されていました。その内容を追加します。 最初の報告例はウイスコンシン州の女性で5月11日に2頭のプレイリードッグを購入し、その2日後に1頭が3歳の娘を咬みました。5月20日に娘は医師のもとに連れて行かれ、その際、白っぽい発疹が出ていました。5日後には発熱、発疹の化膿のために入院しました。医師は最初、プレイリードッグに感染が知られているペストと野兎病についての試験を行っています。 5月27日には母親も同じ症状を示し、さらに4日後には父親も症状を示しています。しかし、誰も6月4日までは保健当局には報告していません。それまでに5月30日には母親の発疹から天然痘ウイルスと同じグループのウイルスが分離されていたのですが。(CDCでは2次感染は確認していないようですので、内容に食い違いがあります。) もうひとりの女性(前回、最初の患者と紹介した例)は、新聞記者に対して発熱と化膿した発疹の症状を示して病院に行ったところ、アスピリンを与えられて帰宅したと語っています。 天然痘ウイルスの拡散モデルを研究しているエール大学エド・カプラン(Ed Kaplan)は、今回の対応の遅れがもしも天然痘ウイルスによるバイオテロ攻撃で起きたと仮定すると、6月7日までにすくなくとも80名から175名に2次感染を広げ、そのうちの何人かは3次感染を起こしていたと推測しています。 迅速な検出が非常に重要ということで、この記事はしめくくられています。 一部訂正 前書きで、サル痘はウエストナイル熱に続いてアメリカ大陸に侵入した新たなウイルス感染と書きましたが、SARSも侵入していますので、3つ目の新しいウイルス感染ということになります。 https://www.jsvetsci.jp/05_byouki/prion/pf146.html https://idsc.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/assets/survey/kobetsu/j1026.pdf
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