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露国の大統領報道官は米国のTV番組で「西側を再び信用することはない」と明言
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202206220000/
2022.06.22 櫻井ジャーナル
ロシアのドミトリー・ペスコフ大統領報道官はMSNBCの番組で「西側を再び信用することはない」と明言 した。ソ連時代、ミハイル・ゴルバチョフはアメリカやヨーロッパの支配層を信用するという致命的な失敗を犯したが、ウラジミル・プーチン政権になってもその「信仰」から抜けきれていなかったようだ。
ヨシフ・スターリンと対立していたニコライ・ブハーリンを「別の選択肢」として研究していたグループに属していたゴルバチョフは西側の「民主主義」を信じ、アメリカの支配層を信頼していた。歴史や世界情勢に関し、無知だったと言えるだろう。そのゴルバチョフの周辺にはジョージ・H・W・ブッシュを含むCIA人脈と結びついていたKGBの中枢グループが取り巻き、操られていた。自分の置かれた状況に気づいたときは手遅れだったわけである。ゴルバチョフは排除され、実権を握ったボリス・エリツィンはソ連を解体した。
それから間もない1992年2月にネオコンは「DPG草案」として世界制覇プラン、いわゆる「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」を作成する。その時のアメリカ大統領はジョージ・H・W・ブッシュだ。
エリツィン体制は10年近く続くが、21世紀に入るとプーチンのグループがロシアを曲がりなりにも再独立させる。その隣国、ウクライナでは2004年の大統領選挙でビクトル・ヤヌコビッチが当選した。
そこでアメリカのジョージ・W・ブッシュ政権は介入、ヤヌコビッチを排除するため、2004年から05年にかけて「オレンジ革命」を展開、新自由主義者のビクトル・ユシチェンコにすげ替えた。
しかし、ユシチェンコの新自由主義的な政策は西側の巨大資本と結びついた腐敗グループを富ませるだけで庶民は貧困化。そこで2010年の大統領選挙でもヤヌコビッチが当選、再びヤヌコビッチを排除するために13年から14年にかけてネオ・ナチを使ったクーデターを実行した。その際、最前線でクーデターを指揮していたのが国務次官補だったビクトリア・ヌランド。クーデターの直後、ヤヌコビッチの支持基盤だった東部や南部でクーデター政権は住民を殺戮している。
ウクライナでクーデターがあって間もない2014年6月、プーチンの側近と考えられているセルゲイ・グラジエフはアメリカの行動を的確に見通す発言をしている。
ナチスの焚きつけられ、反ロシア感情を植え付けられたアメリカ/NATOがロシアを狙っていると指摘、ウクライナ軍をロシアとの戦争へ引きずり込むとしているのだ。
また、ドンバスを制圧し、その後にクリミアへ矛先を向けるとグラジエフは主張、アメリカのビクトリア・ヌランドはオデッサでウクライナの手先に対し、クリミアを奪い取るため、50万人を投入してロシアと戦うことを期待していると語ったともしている。
グラジエフは「冷戦」を「第3次世界大戦」と考えているが、アメリカの思惑通りに事が進むとウクライナで「第4次世界大戦」が始まり、戦火はユーラシア大陸へ広がると見通していた。その戦争でアメリカがターゲットにするのはロシアだけでなくヨーロッパや中国も含まれ、日本や朝鮮半島も戦争に巻き込まれると指摘するが、これはウォルフォウィッツ・ドクトリンに合致する。
プーチンの周辺には西側の計画を理解している人は少なくなかったものの、エリツィン時代から経済を支配している勢力は西側と友好的な関係を維持しようとしていた。買収や恫喝をしながら表面的な話し合いで時間を稼ぎ、締め上げていくという手法は米英の常套手段。米英の支配層は約束を守らない。
恫喝外交を継承したジョー・バイデン政権のウェンディ・シャーマン国務副長官は1月10日にジュネーブでロシアのセルゲイ・リャブコフ外務次官と会談、安全保障問題について話し合ったようだが、合意には至らなかった。こうしたことの繰り返しだ。
ソ連消滅後、アメリカ政府は約束を守らずにNATOを東へ拡大させ、ついにウクライナへ到達しようとしている。こうした状況を容認できないとロシア政府はアメリカ政府に抗議してきたが、バイデン政権は無視してきた。
その一方、バイデン政権は2021年1月に誕生して以来、ウクライナ周辺で挑発的な行動を繰り返してきた。例えば、3月10日にNATO加盟国の軍艦がオデッサへ入港、同じ頃にキエフ政府は大規模なウクライナ軍の部隊をウクライナ東部のドンバス(ドネツクやルガンスク)やクリミアの近くへ移動させてロシアを挑発。
4月に入るとアメリカ空軍は1週間の間に少なくとも3度、物資を空輸していると伝えられた。4月5日にはウクライナのゼレンスキー大統領はカタールを訪問、そのカタールの空軍は5機の輸送機を使い、トルコを経由でウクライナへ物資を運んでいるという。
そのトルコはウクライナでアメリカと連携、3月14日には少なくとも2機のC-17A輸送機がトルコからウクライナへ物資を輸送、トルコ軍兵士150名もウクライナへ入る。
4月10日にウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領はトルコを訪れてレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領と会談、その直後にトルコの情報機関は「ジハード傭兵」を集め始めている。
その直前、4月6日と7日にはNATO軍事委員会委員長のスチュアート・ピーチ英空軍大将がウクライナを訪問、9日にアメリカは「モントルー条約」に従い、と政府へ自国の軍艦2隻が4月14日か15日に地中海から黒海へ入り、5月4日か5日まで留まるとると通告した。
その前にアメリカの軍艦2隻が4月14日か15日に地中海から黒海へ入り、5月4日か5日まで留まると通告されていたが、ロシアの反発が強いため、米艦船の黒海入りはキャンセル。
そうした中、ウクライナの国防大臣が辞意を表明し、その一方でネオ・ナチ「右派セクター」を率いるドミトロ・ヤロシュが参謀長の顧問に就任したと伝えられた。
6月28日から7月10日にかけてアメリカ軍を中心とする多国籍軍が黒海で軍事演習「シー・ブリーズ」を実施したが、これには日本も参加している。
シー・ブリーズに参加するために黒海へ入っていたイギリス海軍の駆逐艦「ディフェンダー」は6月23日にオデッサを出港した後、ロシアの領海を侵犯してクリミアのセバストポリへ接近。それに対してロシアの警備艇は警告のために発砲、それでも進路を変えなかったことからSu-24戦術爆撃機が4発のOFAB-250爆弾を艦船の前方に投下している。この爆弾は模擬弾ではなく実戦用。その直後にディフェンダーは領海の外へ出た。
当初、イギリス海軍は警告の銃撃や爆弾の投下はなかったと主張したが、問題の駆逐艦に乗船していたBBCの記者ジョナサン・ビールが周囲にロシアの艦船や航空機がいて、銃撃音や爆弾を投下した音を聞いたと伝えている。
6月24日にはオランダのフリゲート艦「エバーツェン」がクリミアへ接近したが、ロシア軍がSu30戦闘機とSu-24爆撃機を離陸させると、領海を侵犯しないまま、すぐに離れていった。
12月に入るとアメリカの偵察機が黒海の上空を何度も飛行、民間航空機の飛行ルートを横切るなど脅しを繰り返し、ウクライナ軍はアメリカ製の兵器を誇示してロシアを挑発している。その前にはアントニー・ブリンケン国務長官がロシアを恫喝、ロード・オースチン国防長官はウクライナを訪問していた。
一方、ウクライナの現政権は部隊をドンバスの近くへ移動させて軍事的な圧力を強めている。ゼレンスキー大統領は外国の軍隊が領土内に駐留することを議会に認めさせ、キエフ政権側で戦う外国人戦闘員にウクライナの市民権を与えることも議会は認めた。またCIAがウクライナ軍の特殊部隊を秘密裏に訓練しているとする情報も伝えられている。
しかし、2014年から始まったウクライナでの戦争はロシアの勝利で終わりそうだ。ドイツのシュピーゲル誌によると、同国のBND(連邦情報局)はウクライナ側の抵抗が7月までに終わ利、8月にはロシア軍がドンバス全域を制圧すると見通している。これはドイツの一般的な見方のようだ。キエフ政権の「国賊狩り」や為替相場の動きを見ても、この見方は正しいように思える。
これまでアメリカは自分たちが不利になると「話し合い」を持ちかけて時間を稼ぎ、反撃の態勢が整うと攻撃するということを繰り返してきた。アメリカの元政府高官から「いい加減にロシアは学べ」と言われるほど「お人好し」だったのだが、ここにきてやっとロシアは学んだ、あるいは米英とつながっている勢力の排除に成功したのかもしれない。
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