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ロシアの"戦争犯罪"を問えるのか〜国際刑事裁判所の課題〜/鴨志田郷・nhk
2022年05月27日 (金)
鴨志田 郷 解説委員
https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/468982.html
ロシア軍がウクライナで市民を殺害し無差別な攻撃も行っているとして、連日、戦争犯罪の疑いが伝えられています。プーチン大統領を「戦争犯罪人」と断罪する欧米の指導者もいます。ウクライナでの「戦争犯罪」や「人道に対する犯罪」は裁かれるのか、その役目を負った国際刑事裁判所はどんな組織で、その責務を全うできるのか、考えてみたいと思います。
【止まらぬ市民の犠牲】
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まって3か月、国連はこれまでに市民およそ4000人の死亡が確認され、実際の犠牲者の数はそれ大きく上回ると見ています。多くの市民が路上などで殺害されて見つかったり、市民が避難していた劇場や学校が空爆されたりする事態が相次ぎ、ウクライナ側は「市民を意図して殺害する戦争犯罪にあたる」と主張しています。これに対して、ロシア側は一貫して「一般市民は攻撃の対象にしていない、ウクライナ側による挑発的な情報戦だ」などと反論しています。
こうした中、首都キーウの裁判所では5月23日、ウクライナ側に捕らえられた21歳の兵士に対して、自転車に乗っていた男性を射殺した罪で、終身刑が言い渡されました。ウクライナ側は、こうした戦争犯罪が疑られるケースは1万件以上に上り、すでに600人以上の容疑者を特定したとして、責任を追及する構えです。
【国際刑事裁判所とは】
ウクライナの司法当局とは別に、注目されているのが、ICC=国際刑事裁判所の捜査です。オランダのハーグにあるICCには、捜査や訴追にあたる「検察部門」と2審制の「裁判部門」があり、日本を含むおよそ100カ国から集まった900人の捜査や司法の専門家が職務にあたっています。ICCは、より地位の高い責任者の追及を目指していて、カーン主任検察官は4月、ウクライナで多くの市民が殺害されて見つかった現場を自ら視察し、犯罪捜査のチームを展開して、本格的な捜査に乗り出しました。
ICCはどのような経緯でつくられたのでしょうか。市民の虐殺や民族の迫害を「国際社会に対する罪」と位置づけ、それに関わった個人を裁く「国際刑事司法」の起源は、第2次世界大戦後にナチス・ドイツの幹部が裁かれたニュルンベルク裁判や、日本のA級戦犯が裁かれた極東国際軍事裁判、いわゆる東京裁判にあります。冷戦終結後の1990年代に旧ユーゴスラビアやアフリカのルワンダで民族紛争が相次ぎ、多くの市民が虐殺されると、国連の安全保障理事会はそれぞれの責任者を裁く特別の裁判所を設けました。その流れを汲み、2003年に「ローマ規程」という条約に基づいて設立されたのが、ICCです。国連の主要機関で、国と国との争いを裁定するICJ=国際司法裁判所が長い歴史をもつのに対し、ICCは設立からまだ20年も経たない新しい裁判所です。
ICCが扱うのは、4つの犯罪です。@紛争地での市民や民間施設への意図的な攻撃、捕虜の非人道的な扱いなどの「戦争犯罪」。A広範かつ組織的に市民に危害を加える「人道に対する犯罪」。B民族など特定の集団を破壊する目的で迫害する「ジェノサイド」、ナチス・ドイツによるユダヤ人迫害やルワンダの大虐殺がこれにあたります。Cそして、他国の領土を侵害する「侵略罪」です。
ICCの検察部門はその指針の中で、こうした犯罪に直接関わった兵士一人一人ではなく、「最も責任のある者」、つまり軍や政府の指導者、武装勢力のリーダーなどの責任を追及することを、掲げています。
【国際刑事裁判所を阻んできた壁】
ICCは設立以来、30を超える事件を立件し裁判を開いてきましたが、多くの課題にも直面してきました。ローマ規程には日本も含む123の国と地域が参加していて、ICCの管轄権が及ぶのは、原則として、締約国の領域で起きた犯罪か、締約国の国籍を持つ人物による犯罪です。一方で、アメリカやロシア、中国などの大国を含む70以上の国や地域が、自国の関係者が訴追されるのを恐れてローマ規程には参加せず、ときにICCを敵視する姿勢すら見せてきました。
ロシアは今回の軍事侵攻の以前から、ウクライナなどの情勢をめぐり、ICCへの協力を拒んできました。アメリカもまた、アフガニスタンでのアメリカ軍兵士による虐待行為を調べていたICCにトランプ政権が反発し、検察官たちに制裁を科したこともあります。ローマ規程に参加していた国の中にも、捜査が及ぶと一転して非協力的になる国もありました。フィリピンのドゥテルテ政権は、自らの強引な薬物取り締まりの手法にICCの捜査が及ぶと、ローマ規程から脱退してしまいました。
またICCは、国連安保理の付託を受ければ、ローマ規程に参加していない国の関係者も例外的に捜査・起訴できることになっています。しかし、北朝鮮やミャンマーでの人権侵害をめぐっては、常任理事国の中国やロシアが同意せず、付託には至っていません。これまでに安保理がICCに付託した例として、30万人以上が犠牲になったとされるスーダンのダルフール紛争があります。このときICCは当時のバシール大統領に「人道に対する犯罪」などで逮捕状を出しました。しかし、アフリカ諸国が反発し、スーダンでも去年クーデターを起こした軍が、引き渡しに応じる姿勢を見せていません。
【ロシア側の刑事責任を問えるのか】
これまで各国の政治的な思惑に翻弄されてきたICCが、果たしてロシアで「最も責任のある」プーチン大統領などの刑事責任を問うことができるのでしょうか。
まず、「侵略罪」については、ローマ規程の締約国の国民しか起訴できないことになっているため、立件は困難と見られます。焦点となるのは、「戦争犯罪」や「人道に対する犯罪」です。ICCが目指すのは、被害が深刻な現場で犯罪の事実を証明することと、「指揮命令系統」を解明し責任の所在を明らかにすること、です。ローマ規程には、司令官や上官の責任を定めた条項があり、犯罪行為の直接の命令を出した場合に加え、監督下にある軍隊の犯罪行為を知っていたり、知りながら意識的に無視したりした場合、それを防ぐための必要かつ合理的な措置をとなかった場合も、責任が及ぶとしています。そうした指揮命令系統のやりとりを解明するには、捕虜となった兵士や、軍や政府からの離反者の証言、さらには通信や文書の記録、会議の議事録なども、重要な証拠になります。
ただ、たとえ証拠が集まってもロシア側の協力が得られない現状では、ロシア国内で容疑者を逮捕したり連行したりすることはできません。このためICCの関係者の多くは、容疑者の逮捕状を発行し国際手配に至るかどうかが、当面の焦点になると話しています。今後の捜査が、現場の司令官から軍の上層部に及び、さらにはロシア政府の中枢まで上り詰めるかどうかは、戦況の行方や各国からの情報提供、そして何よりロシアの国内事情に、大きく左右されることになりそうです。
もう一つ無視することができないのは、戦争が続く中で、ロシア側の責任を追及すればするほど、ロシアが態度を硬化させ、ますます停戦に応じなくなる恐れがあるという問題です。実は国際刑事司法に対しては、かねてから「紛争下で正義を追求しようとすれば、相手との妥協は困難になり、和平は遠のく」というジレンマが、外交の実務家や安全保障の専門家などから指摘されてきました。
しかし、ローマ規程の前文は、ICC設立の精神として、「犯罪者が放置される状態に終止符を打つことこそが、将来にわたり犯罪を防ぐことにつながる」とうたっています。また、9年にわたってICCで裁判官を務めた中央大学の尾ア久仁子特任教授も、「ウクライナでの犯罪の捜査と立件は、ICCの存在意義が問われる試金石だ」と話していました。
【日本の役割】
国連の予算を支える2大国のアメリカも中国もローマ規程に参加していない現状では、実はICCの最大の資金拠出国は日本です。日本政府は4月、ICCの分担金を前倒しして支払うとともに、林外相は「ロシアの責任は厳しく問われなければならない」と述べ、ICCの活動を後押ししていく姿勢を示しました。たとえ長い歳月がかかっても、多くの難題に直面しても、重大な犯罪を許さない国際社会の規範を揺るぎないものとするために、これからもICCの地道な取り組みを支えていくことが、求められているのだと思います。
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