ノボロシア建国がウクライナでの露の目標? 2022年4月25日 田中 宇 今回のウクライナ戦争について、ロシア敵視を誇張する方向に歪曲されている米国側(米欧日)のマスコミでは「ロシアが突然、善良なウクライナを残虐に侵攻してきた」といった感じの話になっているが、これは2月末の開戦より前の経緯を意図的に無視することで話を歪曲している。今回の戦争の起源は、2014年に米英が諜報力を駆使してウクライナをロシア敵視の方向に政権転覆したことに始まる。その後、米英加仏が出資して全欧州からネオナチの活動家を10万人ほどウクライナに集めて軍事訓練して極右民兵団を作るセンチュリア・プロジェクト(Centuria project)を遂行し、それまで弱かったウクライナ軍をテコ入れしつつ東部の親露勢力を攻撃させるなど、ウクライナが米英の傀儡になってロシア側に戦闘を仕掛けてきた。 (NATO lies exposed! Former agent speaks out!)ウクライナは1991年のソ連崩壊まで、ロシアを中心とするソ連の一部であり、ロシアとウクライナは同じ国で、ウクライナには多くのロシア系が住んでいた。ソ連崩壊後も、ロシアとウクライナの関係は良かった(だからロシアの最重要なセバストポリ軍港があるクリミア半島がフルシチョフ時代からウクライナ領内に編入されたままでもロシアは容認していた)。2014年の米英によるウクライナ政権転覆後、すべてが変わった。米英はウクライナを、ロシアを敵視して怒らせるための傀儡国に変質させた。極右勢力がウクライナ国内の親露勢力を殺したり抑圧し続けた。ロシアはとりあえず軍港があるクリミアだけウクライナから引き剥がして奪還した。しかし、米英傀儡のロシア敵視装置にされてしまったウクライナをどうするか、ロシアにとってのウクライナ問題は未解決なままだった。 今回のウクライナ侵攻は、ロシアにとってウクライナ問題を解決するために行われている。親露派が多いウクライナ東部2州(ドンバス)の自治政府がウクライナから分離独立したのを2月22日にロシアが国家承認して安保条約を結び、ウクライナ軍から攻撃され続けているドンバス政府がロシアに軍事支援を求めたのを受け、ロシアは安保条約に沿って、ドンバスを攻撃してくるウクライナ軍に2月24日から反撃して破壊していった。ロシアから見ると今回の戦いは、同盟国となったドンバスを攻撃・侵略してくるウクライナに反撃する正当防衛だ(だからロシアは「戦争」「侵攻」と呼ばず「特殊作戦」と呼んでいる)。 ロシアはウクライナの軍事力を破壊して制空権を奪い、窮したウクライナはロシアが求める「中立(NATO加盟を希望しないこと)」をとりあえず宣言した。だが今後、ロシアがドンバス以外のウクライナから撤兵して制空権も返還したら、おそらくウクライナは再び米英の傀儡に戻ってロシアや親露派への敵視と攻撃を再開する。米英はウクライナを軍事支援し続け、ウクライナが疲弊するのもかまわず親露派やロシアと戦わせ続ける。米英の傀儡をやめない独仏など欧州諸国も巻き込まれてロシア敵視とウクライナ支援を続ける。ロシアに脅威を与えるウクライナ問題は残る。 最終的に、ロシアはどのようにウクライナ問題を解決していくつもりなのか。一つありそうなのは、ウクライナの中で親露派が比較的多いドンバスなどいくつかの地域において、露軍の庇護のもと、地元の地方政府がウクライナから分離独立を宣言し、ロシアが国家承認してウクライナとは別の国になることだ。ウクライナは、分離独立した親露派の国と、以前からの米英傀儡ロシア敵視のゼレンスキーの残存国に分割される。ドンバスなどウクライナの東部と南部が親露派の国として分離独立すると、それは2100万人の人口と、旧ウクライナのGDPの3分の2を持つ。ウクライナの工業地帯の多くは東部にある。ロシア敵視の残存国は人口が4600万人から2100万人に減る。残存国は、引き続き米英傀儡としてロシア敵視を続けるが、その国力はかなり縮小し、ロシアにとっての脅威が減る。ウクライナから分離独立した親露派の国は、ロシア本土と米英傀儡残存国との緩衝地帯として機能するので、その意味でもウクライナがロシアにもたらす脅威が減る。 (Putin’s “Greater Novorossiya” – The Dismemberment of Ukraine) このような構想は、すでに実際に存在している。それは「ノボロシア(新ロシア)」と呼ばれている。ノボロシアは、18世紀後半から実際に今のウクライナの東部と南部に存在していたロシア帝国傘下の行政区の名前だ。当時のロシア帝国は領土拡張の目的で、衰退していたオスマントルコ帝国から割譲させたり、自立的なコサックが開拓した地域を併合したりして、この地域をまとめてノボロシアとして自国領にした。18世紀にウクライナという国はなく他国に分割支配されていたが、20世紀始めのロシア革命で近代ウクライナが建国されてソ連の一部になると、ノボロシアの地域はウクライナに編入された。 (Novorossiya Governorate - Wikipedia) (Novorossiya - Wikipedia) 2014年初めに米英がウクライナの政権をロシア敵視側に転覆し、ロシアにとってのウクライナ問題が始まった後の2014年4月、ロシアのプーチン大統領はテレビ出演の中で、ウクライナ問題の解決方法として「ソ連建国時になぜかウクライナ領に編入されたが本来はロシア領であるべきノボロシア(ハリコフ、ルガンスク、ドネツク、オデッサといった諸都市)に多いロシア系住民に、解決方法を考えてもらうのが良い」と述べ、昔のノボロシアにあたるウクライナ東部・南部の住民が、米英傀儡のロシア敵視国になってしまったウクライナから分離独立してノボロシアを建国・再建するのが良いと示唆した。これ以来、米英では「ノボロシア」の名前が「プーチンの危険なウクライナ分割構想」として攻撃的に紹介されるようになった。ロシアでは逆に、愛国的な人々が「ノボロシアを建国してウクライナ問題を解決しよう」と言い続けた。ウクライナの東部から南部にかけてノボロシアが建国されると、ウクライナは黒海岸を全て失って内陸国になる。 (Putin Talks About Novorussia) ノボロシアは、東端がウクライナの対ロシア国境だが、西端はウクライナとモルドバの国境を少し越えて、モルドバから分離独立を宣言しているロシア系住民が主導する「沿ドニエストル共和国」までつながっている。ルーマニア人に近い人々がすんでいるモルドバはかつてソ連の一部で、ソ連崩壊後、大部分がモルドバ共和国として独立した。だがモルドバには、ソ連の後継国であるロシアの一部になりたいと思っている親露派の人々もいて、親露派が特に多いウクライナ国境とドニエストル川に挟まれた細長い地域だけ、1990年にモルドバから分離独立して「沿ドニエストル共和国(正式名称は沿ドニエストル・モルドバ共和国)」となった。モルドバはこの分離を認めず内戦になり、1992年にロシア軍が沿ドニエストルに入って両者を停戦させ、それ以来1500人ほどの露軍が駐留したまま、沿ドニエストル共和国は国際的に未承認国家として存在している。ロシアは、モルドバとの関係も良いので沿ドニエストル共和国を国家承認していない。ウクライナにノボロシアが建国されると、沿ドニエストルもそこに入ることが想定されている。 2014年の米英によるウクライナ政権転覆(マイダン革命)後、ロシア敵視政権がウクライナ国内のロシア系の自治権や、ロシア語を公用語として使う権利を剥奪し、親露派への弾圧を強めると、実際にウクライナの東部と南部では、ロシア系住民が主導してウクライナから分離独立しようとする動きがあった。しかし、南部のオデッサや北東部のハリコフでは、極右の脅迫を乗り越えて分離独立を支持する住民が十分におらず不発に終わった。住民の大多数が分離独立を望んだ東部のドネツクとルガンスクのドンバス2州のみが、自治の復活要求を拒否された後に分離独立を実際に宣言し、自治も分離も認めないウクライナ政府軍や極右軍との長い内戦に入った。 (What people in southeast Ukraine really think of Novorossiya May 25, 2015) プーチンは2014年にノボロシアの構想を示唆したものの、ウクライナのドンバス以外の親露派の動きが鈍いため構想は棚上げされた。実際にその後ロシア政府がやったことは、ミンスク合意体制を作ってドンバスとウクライナ政府を話し合わせ、ウクライナ政府が国内のロシア系に自治を再付与するように求めただけだった。ウクライナ政府はミンスク合意を無視し続け、ドンバスのロシア系を攻撃し続けた。その後2021年から米英がウクライナ政府をけしかけてドンバスとの内戦を激化させる動きを強め、2022年2月になってウクライナ軍がドンバスへの攻撃を劇的に強めたため、プーチンも対応せざるを得なくなり、今回の大反撃のウクライナ侵攻になった。 (“The policy of the USA has always been to prevent Germany and Russia from cooperating more closely”) 今回の戦争開始とともに、ロシア側では再びウクライナ問題の最終解決案としてノボロシアを建国してウクライナを分割する話が出てきた。私は開戦翌日に書いた記事「バイデンがプーチンをウクライナ侵攻に導いた」の中で、ロシアの地上軍の動き方が、ノボロシア建国への布石を作ろうとしているような感じになっていると指摘した。しかし開戦前後にロシア政府が正式な表明の中でノボロシアの話を出すことはなく、その後しばらくノボロシアの話は宙に浮いていた。 (バイデンがプーチンをウクライナ侵攻に導いた) ロシア政府がノボロシアに言及したのは開戦から2か月たち、露軍作戦の第1段階が終わって次の第2段階がどうなるのか人々が注目する中、4月22日にロシア軍のミネカエフ副司令官(Rustam Minnekayev)が、ウクライナでの露軍の今後の目標を発表した時だった。ミネカエフによると露軍は今後、当初の目標である東部のドンバス2州を完全に管理下に入れるだけでなく、まだウクライナ側の管理下にある南部地域にも支配を広げ、沿ドニエストル共和国までロシアから陸路で行けるようにすることを目標にする。ミネカエフはノボロシアという言葉を使っていないが、これはまさに露軍のウクライナでの今後の目標がノボロシアの領土確保であると言っているようなものだった。 (Russia says it plans full control of Donbas and southern Ukraine) 露軍はノボロシアの想定領土の主要な4地域のうち、北東部のハリコフ、東部のルガンスク、ドネツクの3つをすでに管理しており、南部のオデッサだけがまだウクライナ側の管理下だ。ドネツクで極右の最重要拠点だったマリウポリも露軍がほぼ抑えた(極右軍が住民を人質にして地下壕網に立てこもっている攻略が難しい製鉄所以外)。露軍はウクライナ南部において現在、東から侵攻してきてクリミアから100キロほど北西のミコライフ市まで占領しているが、そこからさらに西のオデッサ市や、沿ドニエストルとの国境までの黒海岸の150キロほどは、ウクライナ側が管理している。オデッサでは最近、それまで散発的だった戦闘の頻度が上がっている。 (Russian separatist claimed "Novorossiya" borders in black, and the current military situation in Ukraine) 露軍のミネカエフ副司令官が、ウクライナ東部だけでなく南部も占領し、すでに露軍が駐留している沿ドニエストルとつなげるノボロシア建国を連想させる計画を発表したことに対し、沿ドニエストルの分離独立を認めていないモルドバ政府が、駐在するロシア大使を呼びつけて苦情を言った。モルドバは今回のウクライナ戦争に際して中立の立場をとっている。モルドバは経済がロシアとの貿易に依存しており、ロシアと対立したくないが、沿ドニエストルの分離独立を認めるわけにはいかない。モルドバはロシアに「わが国は貴国と仲良くしたいので困らせないでください」という態度だ。ロシア政府は何も答えていない。ノボロシア的な計画の表明はミネカエフ副司令官の不規則発言でなく、ロシア政府の公式見解な感じだ。 (Moldova's foreign ministry expresses 'deep concern' after Russian military chief outlines plans to seize Ukraine's entire south coast) 露軍が今後オデッサを陥落して沿ドニエストルとの国境まで管理下におき、ノボロシアの主要地域(ウクライナ内陸部以外)を建国用地としてウクライナの親露派が分離独立できるようお膳立てしても、その地域の住民の過半数がウクライナからの分離独立、ノボロシアの建国を支持しなければ、ノボロシアは実現しない。2014年に実現しなかったことが、今回は実現するのか。疑問も残る。しかし2014年より今回の方が、親露派住民にとって分離独立にともなうリスクは大幅に少ない。2014年には、分離独立を宣言したらウクライナ側の軍や極右に敵視され、攻撃や殺害の標的にされたが、今はすでに露軍が進駐して守ってくれる。住民はリスクなしに分離独立を宣言できる。今回の戦争は、ウクライナが敗戦国でロシアが戦勝国だ。ロシア側にいた方が今後安定できる。露軍がオデッサなど南部の占領を完遂すると、ノボロシアが建国されていきそうだ。 露軍がウクライナの諸都市を大きく破壊したと喧伝する米国側のマスコミを軽信する人は、露軍が南部を占領してノボロシアを建国しても、新国家は廃墟の中に作られ、住民を幸福・裕福にするものでないと思うだろう。それは間違いだ。露軍は今回のウクライナ侵攻で、できるだけ街を破壊せず、市民を殺さないようにしており、露軍の作戦はおおむね成功している。米国側のマスコミは街区の破壊を大幅に誇張して報道している。実際はおそらく、マリウポリなどで破壊された街区はあまり広範囲でない。2か月間のウクライナ全体の戦争で市民は2千人ほどしか死んでいない(米軍はイラク戦争で最初の1か月に数万人を殺した)。街を積極的に破壊しているのは海外からの傭兵が多いウクライナ極右軍で、米国側のマスコミはそれを露軍の仕業だと意図的に誤報し続けている。 ロシア政府は、米国側の誤報に対してあまり反論しなくなっている。米国側のマスコミに好き放題にロシア敵視の誤報をさせ、ロシアを極悪だと歪曲報道させている。極悪なロシアを許すなという米国側の世論によって、過激な対露経済制裁が行われ続ける。しかし、石油ガスなど資源の輸入停止を中心とする対露経済制裁は、中長期的にロシアをあまり傷つけない半面、米国側、とくに欧州諸国の経済に大打撃を与え続ける。米国側の対露制裁は自滅的な超愚策である。情報戦争・プロパガンダ戦争としては、ロシアが惨敗、というか不戦敗している。しかしこの不戦敗は、米国側が自分たちの経済を自滅させる対露経済制裁をどんどん進めることにつながり、経済戦争や、米国側と非米側の地政学的な戦いにおけるロシアや非米側(中国やBRICS)の優勢や勝利をもたらす。 (米欧との経済対決に負けない中露) そしてロシアは、軍事的な面でもウクライナにおける優勢が崩れない。米国側のマスコミはロシアの惨敗を描くが、実際のロシアは予定通りゆっくりと勝っている。ロシア国内でのプーチンの支持率も下がらない。この状態が長引くほど、経済面で米国側が崩壊していく。露軍はもっと早くウクライナでの作戦を完了できそうだが、それをやらない。戦争状態が長引くほど、米国側が過激な対露制裁によって経済的に自滅していってくれるからだ。経済の自滅が進むと米国の覇権が低下し、非米側の全体が相対的に優勢になっていく。露軍は、時間をかけた方がウクライナの諸都市の街区を破壊せず、住民を死なせずに作戦を進められる。露軍は予定通り、時間をかけて勝っていく。 (米露の国際経済システム間の長い対決になる) 露軍がこれから何か月かけてオデッサからウクライナ軍を追い出していく計画なのか予想できないが、ゆっくり進めていくだろう。オデッサが露軍の管理下に入ると、沿ドニエストルまでの距離は近い。ノボロシア建国の準備が整っていく。そこから実際の分離独立や建国までの住民の政治的な動きにも時間をかけるだろう。その間、まだ戦争が続いているかのような状況が描かれ続ける。米国側のいろんな権威筋が、ウクライナ戦争はこれから1-2年続くと予測している。彼らは自分たちの敗北までは明言していない。英国首相が「ロシアは勝ちうる」と発言したり、米国の財務長官が「対露制裁はロシアより欧州を打撃する」と言うなど、状況はわかっているようだが、自滅への道をやめる動きはない。 (Johnson Warns Russian Victory A "Realistic Possibility") (Yellen: European ban on Russian energy may do more harm than good) https://tanakanews.com/220425novorussia.htm
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