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日本が直面する食品輸入に関する4つの危機 「世界で最初に飢えることになる」東大教授が警鐘鳴らす
https://www.news-postseven.com/archives/20230307_1845993.html?DETAIL
2023.03.07 07:00 女性セブン NEWSポストセブン
いつか食料に困る時が来るかもしれない(写真/PIXTA)
かつてキューバの革命家ホセ・マルティは「食料を自給できない人たちは奴隷である」と述べ、高村光太郎は「食うものだけは自給したい。個人でも、国家でも、これなくして真の独立はない」と言った。果たしていま、日本は独立国といえるのだろうか──。
スーパーに行けば新鮮な肉や野菜が手に入り、コンビニにはすぐに食べられるような弁当や総菜が所狭しと並ぶ。外食ひとつとっても、高級フレンチから、チェーンのラーメン店まで多様な選択肢の中から選べるうえに、それらの一つひとつはさらに細分化している。たとえば「お肉が食べたい」と思ったら、神戸牛でも比内鶏でもアンガス牛でも部位や産地を選び放題だ。
昨今、多少値段は上がっているものの、いつでもどこでも食料が手に入る「飽食の時代」であることは間違いない。そんな日本から食べ物が消えて、日本人が飢える日が来るなど考えられない──ほとんどの人はそう思うだろう。
しかしその陰で、現実には、食料を輸入も自給もできずに飢えていく「食料危機」が始まりつつある。『農業消滅』(平凡社)、『世界で最初に飢えるのは日本』(講談社)などで繰り返し危機を訴えてきた東京大学教授・農業経済学者の鈴木宣弘さんが、食料危機のリアルをお伝えする。
* * *
現在の日本の食料自給率は、37%。裏を返せば、いま私たちが口にしている食品の半分以上は、海外から来たものだ。つまり、もし食品の輸出がストップすれば、現在流通している食品の半分以上が消えることになる。
そうなった場合、私たちの食卓は一体どうなるのか。2022年4月に放送された『ワールドビジネスサテライト』(テレビ東京系)では、農林水産省の資料をもとに「国内生産だけで成人1日分の必要カロリーを供給する場合のメニュー例」が再現され、大きな衝撃を与えた。その内容はりんご4分の1個と焼き魚ひと切れ、米以外は、ほとんどすべてのカロリーを芋でまかなう「3食、芋だけ生活」だったのだ。
実際にいま、さまざまな要素が絡み合って日本の食品輸入は危機に瀕しており、「芋だけ生活」は目前まで迫ってきている。筆者はそれを「クワトロ・ショック」と呼び、日本に訪れた4つの危機に警鐘を鳴らしている。
日本で流通している野菜の種の9割は海外頼り(写真/GettyImages)
中国のトウモロコシ輸入量は10倍に
1つ目は、コロナ禍で起きた物流停止がまだ回復していないこと。2つ目は、中国の食料輸入量の激増に伴う食料価格の高騰だ。
実際、2022年の中国のトウモロコシの輸入量は2016年の10倍に増えており、その驚異的な伸びはコロナ禍からの経済回復による需要増だけではとても説明できない。戦争の勃発など、有事を見越した備蓄増加も考えられる。
大豆輸入量も年間約1億トン。一方の日本は300万トンの輸入量に過ぎず、中国の「端数」にもならない。
もし中国が「もう少し大豆を買いたい」と言えば、輸出国は中国への輸出分を確保するために、日本に大豆を売らなくなる可能性すらある。
さらに脅威を感じるのは、海上運賃においても中国と日本の間に大きな格差が生じていることだ。いまや中国の方が高い価格で大量に買う力があるので、コンテナ船も相対的に取扱量の少ない日本経由を敬遠しつつある。そもそも大型コンテナ船は中国の港に寄港できても日本の小さな港には寄港できない。
そのため、まず中国に着港して小さな船に食料を小分けして積み直してから日本に向かうことになるが、当然その分の海上運賃は高騰する。
3つ目は、慢性化した異常気象によって世界各地で農作物の不作が頻発したこと。
そして最後は、ウクライナ紛争の勃発による物流の停止だ。「世界の穀倉」と呼ばれ、ロシアとともに世界で3割の小麦輸出量を占めるウクライナは耕地を破壊され、農業に大きなダメージを負った。
深刻なのは、そうした紛争の影響を危険視した国々が「国外に売っている場合ではない」と自国民の食料確保のため、防衛的に輸出を規制し始めていることだ。その数は現時点で小麦生産世界2位のインドをはじめとして30か国に及ぶ。現在日本は小麦をアメリカ・カナダ・オーストラリアから買っているが、それらの代替国に世界の需要が集中し、食料争奪戦が激化しているのだ。しかも現在、そこに歴史的な円安も加わり、日本は“買い負けて”いる。もしいまの状況があと数年も続けば、私たちの食卓からあっという間に小麦やトウモロコシは消えていく。当然、それらを加工したパンやケーキ、スパゲティといった食品も手に入らなくなるだろう。
「SNAP」と呼ばれる消費者支援制度をはじめとした食料問題や農家への救済制度のあるアメリカ(写真/GettyImages)
将来の自給率は肉も野菜も5%以下
日本が世界に買い負け、入ってこなくなる恐れがあるのは、食料そのものに留まらない。例えばかつては日本が買い付けの主導権を握っていた、牧草や魚粉などの家畜や養殖魚のエサは、いまや中国が大量に高値で買い付けており、日本は高くて買えないどころか、ものが調達できない。
その最たるものが化学肥料原料だ。日本はリンとカリウムを100%、尿素も96%を輸入に依存しているのに、最大調達先の中国は国内需要が高まったため輸出を抑制しだした。カリウムはロシアとベラルーシに大きく依存していたが、ウクライナ紛争によって日本は“敵国”認定され、輸出がストップ。現在、それらの値段は平常時の2倍に高騰しており、原料が入らないために製造中止となった配合肥料も出てきている。
飼料や肥料に加え、現在深刻な問題となっているのが、野菜の「種」も海外に依存しているという事実だ。
日本で流通している野菜の80%は国産だといわれているものの、もととなる種は9割が海外の畑で採集されている。そうした状況下でも国内で奮闘している種苗業者によると、いまや「三浦大根」や「ごせき晩生小松菜」などの在来種ですら、多くはイタリアや中国など海外に依存しているという。そのため、いかに種を国内で確保するかが重要になるにもかかわらず、日本政府はそれに逆行し、国が予算を出して米や麦、大豆の種を県の試験場で作って農家に供給する事業をやめさせるような政策を取っているのだ。
現状の「37%」という食料自給率も諸外国と比較すればとんでもない低さだが、飼料や肥料、種を取り巻く事態を鑑みれば実質はもっと低い。
飼料や種の海外依存度を考慮すると、2035年には牛肉・豚肉・鶏肉の自給率は4%・1%・2%、野菜の自給率は4%と、信じがたい低水準に陥る可能性さえある。いまは国産率97%の米ですらも、国産の「種」を守ろうとしない政策によって、いずれ野菜と同様になってしまう可能性は決して否定できない。
牛乳余りが深刻で、製造にストップをかけられた日本(時事通信フォト)
「牛乳搾るな牛殺せ」
このままでは日本は世界で最初に飢えることになる──食料安全保障の危機は、すでに何年も前から予測され、筆者も警鐘を鳴らしてきた。しかし、日本の政治家たちはそれをまったく認識していない。実際、昨年1月に発表された岸田文雄首相の施政方針演説では「経済安全保障」だけが語られ、「食料安全保障」「食料自給率」についての言及は皆無だった。農業政策の目玉は「輸出5兆円」「デジタル農業」など、ほとんど夢のような話に終始している。
日本人には、「食料やそのもととなる種や飼料を過度に海外依存していては国民の命は守れない」という現実が突きつけられており、国産の食料を少しでも増やし、自給率を上げることが何よりの急務。つまり日本各地で頑張っている農家を国を挙げて支えることこそが、自分たちの命を守ることにつながるはずだ。
にもかかわらず、政府は真逆の政策を取っている。
その最たるものは、国内生産の命綱ともいえる米だ。国内の米の価格はどんどん下がっており2022年はコロナ禍の消費減も加わって、1俵60kg=9000円まで下がった。生産コストは1俵当たり平均1万5000円かかるため、作るほどに赤字になるのは明白だ。しかし政府が取った対応は、支援や補填ではなく「余っているから米はこれ以上作る必要はない」と苦境に立つ農家を切り捨てるものだった。
同様の危機は、酪農家にも起きている。2020〜2021年にかけて、コロナ禍による一斉休校に伴う給食需要や外食産業、観光地の土産菓子などの需要が蒸発したことによって、深刻な「牛乳余り」が発生した。しかしこのときも政府は「余っている牛を殺せ。殺せば1頭当たり15万円払う」という政策を打ち出した。だが、乳牛は種付けから搾乳できるまで最低3年はかかる。近いうちに乳製品が足りなくなったとしても牛は淘汰されていて、また大騒ぎになることが目に見えている。
食料は「武器よりも安い武器」
そもそも米も牛乳も“余っている”のではなく、買いたくても買えない人が続出しているというのが真実だ。わが国は先進国で唯一、20年以上も実質賃金が下がり続けており、新型コロナに伴う深刻な不況がそれに追い打ちをかけたことで日本の貧困化が顕在化したに過ぎない。だからいま必要なのは、政府が農家から米や乳製品を買って、フードバンクや子ども食堂など、食べられなくなった人たちに届ける人道支援だろう。
アメリカでは、コロナ禍における農家の所得減に対して総額3.3兆円の直接給付を行ったうえ、3300億円で農家から食料を買い上げて困窮者に届けている。
そもそもアメリカやカナダ、EU諸国では緊急支援以前から最低限の価格で政府が穀物や乳製品を買い上げ、国内外の援助に回す仕組みを維持している。例えばアメリカでは、米を1俵につき4000円ほどの低価格で売るように農家に求めるが、「最低限コストである1万2000円との差額は100%国家が補填するので安心して作ってほしい」とセーフティーネットも張り、それをほかの穀物や乳製品にも適用している。
そのうえで、食料を「武器よりも安い武器」と位置づけて、世界で安く売っているのだ。アメリカが輸出大国なのは競争力があるからではなく、食料を安全保障の要、武器とする国家戦略があるからだ。
しかもアメリカは、年間1000億ドル近い農業予算の6割以上を「SNAP」と呼ばれる消費者支援として使っている。これは低所得者にプリペイドカードのように使える「EBTカード」を配り、所得に応じて最大月額7万円まで食品の購入費に充てることができるという制度だ。これは消費者はもちろん、農家にとっても経済効果がある。
一方、日本は農業予算を削り、防衛費を強化するという方針だ。実際、2022年末の閣議決定では今後5年の防衛費を前回の1.5倍の額である43兆円と計上している。しかし、世界で唯一、エネルギーも食料もほとんど自給できていない国である日本が経済封鎖されて兵糧攻めに遭ったとき、助けてくれる国はあるだろうか? その答えは、いまのウクライナを見れば一目瞭然だ。
実際、私たちが命を守るのにどれだけ脆弱な砂上の楼閣にいるのかということを裏付ける衝撃的な試算が2022年8月、アメリカで発表された。米ラトガース大学などの研究チームが学術誌『Nature Food』に発表したもので、局地的な核戦争で15キロトン級の核兵器100発が使用され、500万トンの粉塵が発生するという恐ろしい事態を想定した場合だが、直接的な被爆による死者は2700万人。さらにもっと深刻なのは「核の冬」による食料生産の減少と物流停止によって、その2年後には世界で2億5500万人の餓死者が出るが、そのうち日本が7200万人で世界の餓死者の3割を占めるというものだ。ショッキングな事実だが、冒頭から説明している現実から考えれば当たり前のことだ。
このままでは、芋どころか、いざとなれば昆虫しか食べられないような事態になりかねない。
(次回につづく)
【プロフィール】
鈴木宣弘(すずき・のぶひろ)さん/1958年三重県生まれ。東京大学農学部卒業後、農林水産省に15年勤務の後、農業経済学者として学界へ。九州大学大学院教授などを経て2006年より東京大学大学院農学生命科学研究科教授に。
※女性セブン2023年3月16日号
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